『第二使徒の骨格で強化された槍は、試験において大変優秀なデータを示しました。これまで使用してきたチタン複合材と比べて、素材レベルで20%以 上の軽量化に加え、強度の面でも曲げ強度、引っ張り強度とも従来の10倍以上と言う優れたデータを示しました。また、曲げに対する特性も、破断するのでは なく、弾性をもって復元すると言う極めて扱いやすいものになっています。この特性を生かした槍は、接近戦において十分実用的な武器に仕上がったものと思わ れます。なお、素材として使用する使徒の残骸ですが、混合率は1%以下と低いため、現在残されている残骸からでも、十分な複合素材が製造可能となります。 なお、本複合材は従来に比べて、極めて優秀な特性を示す資源であることから、人類共通の財産として管理して行くことが重要と思われます』

ネルフロシア、ワルター・スロバチョフ















Vulnerable heart

Thirty first stage -Reveal-















 再結集したパイロットたちを前に、ミサトは作戦の再確認を行った。アスカの提案による作戦の困難さは、その制御タイミングにある。初号機のシンク ロを、1秒以下の単位でコントロールするということは、それだけ乗っているパイロットの負担が大きいと言うことでもある。その中で慰めとも言えるのかはは なはだ疑問だが、第三、第四と捕まえてしまえば、後は比較的戦いやすかったと言うことがあった。今度の使徒にしても、その重量は確かに脅威なのだが、それ さえ何とかしてしまえば後は比較的くみしやすいように思われるのだ。

「根岸さんは、アスカ、レイとは離れてもらいます。
 アスカは、速度の落ちた使徒へ体当たりをするため、助走を取れる距離に弐号機を配置。
 レイは、使徒の足止めをした後の殲滅戦に加わってもらいます。
 これは前回の反省を基にしています」

 前回、使徒のATフィールドによる攻撃で、三人の中で唯一レイだけがその攻撃を裁ききれなかったのである。その為、攻撃の的となる初号機の近くに 零号機を配置するのは得策でないと判断されたのである。

「男子パイロットは、三人への補給に徹してもらいます。
 まずあなたたちの守るべきは電源だと思ってちょうだい。
 電源が切れたら、いくらシンクロ率が高くても、5分しか戦えません」

 いいですねと確認するミサトに、男子パイロットからじは異論があるはずが無い。彼らにとって、もはや当たり前すぎる役割分担なのである。

「根岸さん、この作戦はきわめて微妙なシンクロのコントロールが必要になります。
 したがって、すべての制御はMAGIから行われます。
 迫ってくる使徒は怖いかもしれませんが、私たちを信じて我慢してちょうだい」
「はい……」

 自分ではどうしようもないことは分かっているだけに、ミヅキからも異論の出しようが無いのも確かである。ミヅキの返事によろしいとばかりに、ミサ トは視線をアスカに向けた。いささかアスカの顔がつややかなのが気になったが、この際それは無視することにした。

「アスカの提案を少しいじらせてもらったわ。
 弐号機は、少し初号機から離れたところに配置します。
 突進してくる使徒には、弐号機にも運動エネルギーを与えて対処します。
 もちろん相対速度が上がるため、弐号機の受ける衝撃は大きくなりますが、
 その分使徒を停止させる可能性も高くなると判断しました」
「使徒とスモーとりゃいいのよね」
「まあそれに近いわ。
 巨漢力士を受け止めるためには、それなりの出足が必要と言うことよ」

 ほんとにつやつやさせちゃって、それに頬が緩んでいるわよ……そう、口にしたいのを我慢して、ミサトは最後にレイの顔を見た。

「零号機は、敵の攻撃を受けきれないので初号機から離して配置します。
 ただし、一番強力な武器を持っているので、
 弐号機が敵を足止めしたなら、すぐに攻撃に加わってもらいます。
 残念ながら、あんな巨体には高振動ナイフじゃ効率が悪すぎるわ。
 零号機に装備された槍だけが頼りだと思ってちょうだい!」
「……主役と言うことね」
「そう思ってもらってもいいわ。
 とにかく、使徒殲滅はあなたの働き次第と言うことを忘れないで」

 ミサトの言葉には、ここのところ役に立っていないレイを元気付けると言う意味もあるのだが、使徒を足止めする際、弐号機に被害が出る可能性がある ことも考慮のうちに入っていた。巨大な質量のぶつかり合いとなる以上、何も起こらないと考えるほうが難しい。

「出撃は30分後、各自ケージで待機してちょうだい!」

 出撃前のブリーフィングは、ミサトのその言葉で締めくくられた。仲良く出て行く、そしてはっきりと距離の近づいたアスカとミヅキに、ミサトは微笑 ましさより釈然としないものを感じていた。

「ミサトは、この結果が気に入らないの?」

 苦笑すら浮かんでいたミサトに、オブザーバーとして参加していたリツコはそう声をかけた。

「気に入らないって言うか、なんか釈然としないのよ。
 あんだけこじれていた関係が、どうしてあんなに簡単に回復するのよ。
 アスカのって、やりまくるぐらいで直るような欲求不満じゃなかったんでしょう?」
「やりまくるって、下品な言い方ね」
「しかたないじゃない、アスカ、腰がふらついていたわよ。
 いったいどうすればそこまで出来るのよ」

 信じがたい精力ねと、ミサトはシンジに感心もしていた。もちろん、シンジがいまだ女子更衣室から出られないのを知っての上である。あけすけなミサ トの指摘に、今度はリツコが苦笑を浮かべる番だった。

「ミサト、あんたはシンジ君に手を出しちゃだめよ」
「な、なんでそういう話になるのよぉ!」
「だって、もの欲しそうな顔をしているわよ。
 ご無沙汰だからって、15歳の男の子じゃ、それは犯罪よ」
「ば、馬鹿なことを言ってんじゃないの!
 わ、私はアスカのことを話しているんだから!!」

 リツコとしては冗談のつもりだったのだが、やけにあせって否定するミサトに、もしかして本気だったのかと親友の顔を見た。まあそのこと自体は、作 戦が終わってから締め上げればいいかと。

「私たちは、アスカのことを誤解してたのよ」

 特にあなたはねと、リツコはミサトにそう指摘した。

「確かにアスカはしっかりしているわ。
 普通に見たら、同年代の子供とは一線を画しているわね。
 でも、そこに落とし穴があったのよ」
「落とし穴?」
「そう、落とし穴よ。
 アスカはね、自他共に認める天才少女よ。
 でもね、天才の後に少女と言う言葉が続くのよ」
「よく分からないんだけど?」

 何が言いたいのだと、ミサトは口にした。

「いいこと、確かにエヴァに必要なことはドイツで教え込んだわ。
 そして、アスカは天才少女にふさわしい力で、それを自分のものにした。
 格闘技だって、戦術立案だって、そして大学卒業の知性もね。
 でもね、そのために置き去りにしてきたものもたくさんあるのよ」
「それがリツコの言う落とし穴だと言いたいのね」
「そういうこと。
 アスカのそういった面のすごさのため、私たちは大人と同じように考えてしまったわ。
 でも、よく考えてみれば、普通の子供がたどるような成長の道をたどっていないのよ」
「だから、アスカの人格はひずんでいると?」
「そこまでは言っていないわよ。
 ただ普通の子供が経験してくるようなことを経験していないってことよ」

 受ける印象とは違って、大人じゃないってことよとリツコは断じた。

「そこで問題になるのは、アスカが頭がよすぎると言うことよ」
「どうして、それが問題なの?
 そのほうが、正しい判断が出来ると思うんだけど?」
「自分の言動が、周りにどんな結果を生むかが分かってしまうの」
「自分がわがままを言うと、誰が困るかとか?
 そういうことを言っているの?」

 そのとおりだと、リツコはうなずいた。

「でもね、悲しいかなそのときに自分への視点が欠けているのよ。
 ううん、違うわね。
 自分のことは考えているわね、でも、自分を過大評価している」
「だから経験不足だって言いたいわけね」
「そういうこと。
 世の中、頭の中で考えたとおりには進まないわ。
 特に、人間関係、感情が絡んでくることはね。
 でも、アスカは自分のことだから、何とかなると思っていた」

 無茶なことよと、リツコは結論付けた。そのリツコの決め付けには、ミサトも異論は無かった。

「だからシンジ君ってことなの?」
「そういうこと、シンジ君が一番アスカの深いところまで触れていたのよ。
 アスカにとっては、一番自分を偽らなくてもいい相手だったのよ」
「その相手を失った上に、今まで以上に自分を偽らなければならなくなった……」

 そりゃあ辛いわねと。

「だから、今のアスカを救えるのはシンジ君だけだったんだけど……
 でも、癪に障るのは確かなのよね」
「なにが?」

 それがどうして癪に障るのかがミサトには理解できなかった。本来なら、胸をなでおろしているべきところなのだ。だが、その点に関してミサトは、親 友の気持ちを見間違えていたと言うところだろう。

「あたしなんて、この年までずっと一人身なのよ。
 キスどころか、手を握ったのだって中学のフォークダンスだけ。
 それなのに、14の小娘の癖に男のことで悩むなんて……」

 しかも仲直りにセックスなのだ。リツコの気に食わないのは、主にその点へと集中していた。ミサトには、もちろんリツコの憤慨する気持ちは分かるの だが、それにしてもその中身が情けないと感じられてしまった。もっともそれを口にしなかったのは、そんなつまらないことで怒っていられるのは、それだけ危 ないところを脱した裏返しだとも言えたからだ。まあ大学からの付き合いのよしみで、ミサトは親友の愚痴に付き合ってあげることにした。






***






 ミサトが、リツコからねちねちと愚痴を聞かされていたころ、同じようにアスカがレイからねちねちと攻撃を受けていた。何しろ今回のことで骨を折っ た一人なのに、どうも自分はいい目を見ていないと言う思いがレイにはあったのである。

「……何回したの?」

 いつもより冷たい口調で、レイは根掘り葉掘りそのときのことを聞き出そうとした。もっともアスカにしてみれば、そんなことを告白しなければならな い義務は無いと思っていた。

「へへ、内緒」
「……碇君はつぶれていたわ」
「ミヅキが搾り取ったんじゃないの?」

 そう嘯くアスカに、今度はミヅキも攻撃に参戦してきた。

「シンジ君、うわごとを言ってたわよ。
 あすかぁ、もうだめだって」
「あ、あたしはそんなことは聞いていないわよ」
「レイさんも証人です」

 ねえ、とミヅキはレイにも確認した。

「……アスカ、一人のときも激しいから」
「つつしみが足りないんですね」
「……感謝の心も足りないのよ」
「ち、ちょっと、何でそういう話になるのよ!!」

 いきなり変な方向にずれた会話に、少しおかしいのではとアスカは抗議した。だが、その抗議は役に立ったとは言えなかった。

「……頬が痛いの」

 左頬に手を当ててつぶやくレイに、大粒の汗がアスカのこめかみを伝って落ちた。

「女の子の頬を打つだなんて、野蛮なのね」
「……いい教訓になったわ。
 ……飢えた獣に触れてはいけないって」

 満腹になっただけで上機嫌に変わるのだからと、レイは今のアスカをからかった。本当はそれだけではないことぐらいわかっているのだが、それでは面 白くないのだ。

「そんな言い方をしなくてもいいじゃない……
 そりゃあ、ちょっとだけおねだりしちゃったけど……」
「……ちょっと?」
「……だけ?」

 ちょっとだけといったアスカに、レイとミヅキが二人で突っ込みを入れた。真っ白になっていたシンジを見れば、それがちょっとなどというレベルでな いことは一目瞭然なのだ。

「なによ、二人して……
 それよりあんたたち、いつの間に仲良くなったのよ!」

 今までは名前で呼び合っていなかったわよねと、アスカは話をそらした。

「……あなたを心配していたの」
「お友達になれると思ったんです」
「そうね、あなたたちは似た者通しだしねぇ」

 話が逸れた事にほくそえみながら、アスカは追い討ちをかけるように二人の身体的特徴を突いた。

「……そういう仕打ちをするのね?」
「シンジ君の首に鎖でもつけようかしら」
「……鎖は、部屋のベッドにつないでおくべきね」
「そうですね、誰かが入ってこられないようにしておかなきゃ」

 しかし二人は、アスカの誘いには乗ってこずに逆襲をかけてきた。さすがに二人がかりは手ごわいなと、アスカをして作戦変更を余儀なくされた。

「あ、あんたたちに感謝はしているわよ……」
「……で、何回?」
「それとこれとは話が別よ!」
「……それを判断するのは私たち」
「そうそう、アスカさんは黙って白状すればいいんです!」

 ミヅキはそういいながら、今夜は精の付くメニューにしなければと、今夜の献立を考えていた。

「いやよ、恥ずかしいじゃない!」
「私の初めてのことを白状させたのはアスカさんです!」
「……心に棚をたくさん持っているのね」
「本当に自分勝手なんですね」
「……前からそう」
「なんで、そういう話になるのよ。
 仕方が無いじゃない、覚えていないんだから!
 いっぱいしたことは覚えているけど、
 無我夢中だったから細かなことは覚えていないわよ!!」
「……けだもの」
「……やらしい」

 すかさず返された言葉に、『こいつらは……』と思ったアスカだったが、さすがに世話になった手前もあってそれ以上文句を言うことも出来なかった。

 そのころ、屍のように真っ白に燃え尽きていたシンジは、女子更衣室で赤木ナオコの訪問を受けていた。かなりけばい化粧をして、人懐っこい笑顔で近 づいてくるナオコに、シンジははっきりと警戒感を表に現した。大体、笑みを浮かべて近づいてくる人間にろくな人はいない。それが最近シンジの実感した教訓 である。

「えっと、シンジ君ね、はじめまして技術部長をしている赤木ナオコよ。
 娘のリツコとは何度も会っているわよね?」
「ええ……」

 それだけに、技術部長という肩書きを持った女性に、シンジの警戒感はいやがおうも無く高まった。

「そう警戒しなくてもいいわよ。
 とりあえずあなたに何かしてもらおうってことは無いから」
「とりあえずなんですよね?」
「言葉尻を取らないで欲しいわね。
 まあ、そのつもりで言ったのは間違いないけど?」
「それで、何の用なんですか?」

 わざわざ女子更衣室まで出向いてくるのだ。しかもそこに居たシンジを責めるわけではないのだから、シンジが目的でやってきたことは間違いが無い。

「ごめんね、警戒するのは当たり前だけど。
 シンジ君とはいろいろと話しておきたかったのよ。
 まあ、これまでのことの説明もしたかったしね」
「これまでのこと?」
「そうよ、いろいろとあなたには面倒をかけたでしょう?
 本当なら、もう一苦労してもらうつもりだったのよ。
 でも、その前にあなたが解決してくれたから、今のところお願いは無いの」
「アスカのことを言っているんですか……」

 警戒感を前面に出していたシンジだったが、話がアスカのことに絡みそうになったことで、今度はナオコに対する敵意が表に出ようとしていた。

「そうよ、アスカちゃんのこと。
 あなたのおかげでアスカちゃんは助かったわ。
 私がここに来たのはとりあえずお礼のため。
 あなたが自分で動いてくれなかったら、私がお尻を叩くはずだったの」

 そう言ってシンジに向かってナオコは頭を下げた。

「僕だけの判断で動いたわけじゃない……」
「ミヅキちゃんでしょ。
 あの子のことも謝らなきゃいけないのよね」
「別に必要ありません。
 その話は、水道橋さんと済んでいます」
「彼の行為自体、ちょっと問題があるんだけどね。
 でも、まあ、おかげで助かったから不問にしているんだけど」

 出てきた水道橋の名に、ナオコはにやりと笑った。ナオコの反応の一つ一つがシンジには気に入らなかった。

「話はそれで終わりですか?
 だったら僕を解放してください。
 これからみんなの戦いを見なくちゃいけませんから」
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃない。
 こう見えても、あなたのお父様とは親しくさせてもらっているのよ。
 もちろん、あなたの亡くなられたお母様ともよ。
 そうそう、アスカちゃんのお母さんのこともよく知っているわ」
「だからなんなんです?」

 やや苛付いたように話すシンジを、ナオコは気にした様子も見せなかった。

「私の部屋にいらっしゃい。
 そこなら戦闘の様子もよく見えるし、
 もう少しきちんとしたお話も出来るでしょう?」
「僕にはお話しすることはありません」

 身も蓋もない言い方をするシンジに、ナオコは苦笑いを浮かべて見せた。

「う〜ん、こっちにはたくさんあるのよ。
 この際、シンジ君には洗いざらいぶちまけてしまおうって方針なの」
「勝手に言っていてください。
 僕がそれに従わなければならない道理も無いでしょう」
「それはその通りだけどね。
 でも、私は知っておいてもらいたいのよ。
 もちろん、あなたには聞かない自由もあるわよ。
 それに、知らないほうが幸せだと言うこともあるわ」
「それなのに、僕に教えようと言うんですか」
「そうよ、あなたのお母様のしたこと。
 アスカちゃんのお母様がしたこと。
 最近私たちがしたこと……
 あなたはユイとゲンドウ君の息子だから知る義務があると思うのよ」
「勝手にそっちの考えを押し付けないでください。
 ましてや、僕を共犯者に引っ張り込まないでください」
「正論ね。
 でも、本人も知らないようなアスカちゃんの秘密を知りたいとは思わない?」
「思いません!!」

 はっきりと断言するシンジに、ナオコは少し感心した。反発ではなく、冷静な判断の元シンジが答えたことが分かったからだ。そしてナオコの想像通 り、なぜ必要ないかをシンジは続けた。

「アスカがそれを知らないのなら、僕がそれを知る理由がありません。
 もしアスカと僕が、この先ずっと一緒に居るのなら、
 アスカがその問題にぶつかったとき、一緒に考えれば済むだけのことです。
 僕がカンニングをしてそれを知ってしまったら、
 僕はそのことをアスカに伝えなければならなくなります。
 そうでなければ、僕はアスカを裏切ってしまうことになりますからね」
「その人のために、隠しておくことは裏切りじゃないわよ」
「そうでしょうか?
 その人のためと言いますが、本当にその人のためなんですか?
 打ち明けることによって面倒にならないよう、そうやって逃げているだけじゃないですか?」
「辛らつね……
 確かに、逃げた結果ともいえるわね」
「知らなくて済むことなら、一生知らないほうがよっぽどいい。
 でも、信用していた人が、自分をだましていたと知ったら、
 そんな時、誰に助けを求めればいいんです?
 アスカの秘密が重要なことなら、なおさら僕は聞こうとは思いません」
「立派ね、それにゲンドウ君よりしっかりしているわ」

 本当に感心したようにナオコはつぶやいた。

「そう言う事ですから、あなたとお話しすることは何もありません。
 それから言わせてもらえば、あなたたちの事情なんて僕には関係の無いことです。
 それが間違っていると思ったら、ここで相談されても僕ははっきりと否定します。
 仕方がないなんてことでお茶を濁すつもりはありません」

 ミヅキのことを言っているのはナオコにも理解できた。それ自体気持ちのいい啖呵なのだが、見過ごすことの出来ないことも含まれていた。ネルフが直 面している問題が、個人の思いだけで方向が決められたのならどれほど幸せだったことか。だからナオコは話の切り口を変えた。

「そう、あなたの考えはよく分かったわ。
 なら、少し話を変えたいの。
 個人的なお話じゃなくて、もう少し世界のお話に」
「世界の話……?」

 何のことだとシンジは返した。

「ネルフは、世界中からお金を集めて運営されているわ。
 その意味というのを考えて欲しいのよ。
 ところで、世界の人口がどうなっているか知っているわよね」
「セカンドインパクトの復興以来、増加に転じています……」

 よく新聞にも載る話題である。セカンドインパクト後、20億を下回った人口は、ようやく2015年になって回復の兆しを見せてきた。

「そう、マクロな視点ではそう。
 でもミクロに見ていくと、いろいろなことがそこにはあるのよ」
「いろいろなこと?」
「一部地域だけど、飢餓、疫病、そう言った問題があるのは知っているでしょう?」
「テレビでは見ました……」

 もちろんそう言った負の部分も報道はされていた。元々第三世界と言われていたところでは、内戦が完全に収まっていないこともあり、未だ大量の難民 や餓死者を出していた。

「ネルフの存在が、それに大きく関係しているとしたらどう思う?」
「どうって言われても……」

 その関係がよく分からないとシンジは答えた。

「ネルフの維持運営には、莫大な費用が必要よ。
 特にエヴァは金食い虫の代名詞よ。
 簡単なシンクロテストだけでも、何十億と言うお金がかかるわ」

 そのお金はどこから出ていると思う?ナオコはそう尋ねて来た。

「国連からでしょう」

 何を当たり前のことをと、シンジはぶっきらぼうに答えた。

「国連が動かせるお金の量は限られているわ。
 お金の価値と言い換えたほうがいいかしら。
 もちろん、食料や、医療品、その他もろもろの経済活動によって、
 それは次第に大きくなっていくわ」

 でもね、とナオコは続けた。

「エヴァ、ネルフはその拡大に役立っていないのよ。
 そして本来流通すべきだったお金を、ブラックホールのように吸い込んでいるの。
 しかもね、ネルフは効率がよすぎるのよ」
「効率がいい?何かいけないんですか?」
「人件費と言う形で、吐き出さないのよ。
 そのおかげで、ネルフに消えた費用は、ごく一部の企業の懐を潤すだけなの。
 そのせいで、援助を必要としている人たちのところにお金が届かなくなっているの」

 わかるでしょうとナオコは問いかけた。

「つまり、ネルフでお金を使えば使うほど、困っている人たちに回らなくなると?」
「単純に言えばそういうこと。
 なかなか各国に拠出金を増やせと言うわけにはいかないのよ。
 もともと、国連にお金を出している国だって、使徒の恐怖があるから無理しているだけだもの。
 貧困による餓死・病死は一部の地域で目立つけど、決してそこだけの問題じゃないのよ」
「な、何が言いたいんですか……」
「アニメの世界じゃないのよ。
 世の中は、公明正大な正義の味方じゃやっていけないのよ。
 それに、人によって価値観はちがうと言うことよ。
 私たちがミヅキちゃんにしたことを許せないと考えるのは当たり前よ。
 でも、そのおかげで百万以上の人たちが餓死の危機から逃れたことも忘れないで。
 もっと身近な話を言えば、自衛隊の人たちの犠牲も抑えられたわ。
 私たちにこぶしを振り上げるのなら、
 自分もまた、その人たちから責められる立場にあることを忘れないで欲しいの」
「なんで、僕がそんなことを……」
「そんなことはエヴァに関わった時点で覚悟しなければいけないことよ。
 エヴァにどれだけのお金がかけられていて、そのお金がどこから出ているか。
 そんなことは、大人じゃなくてもわかることなのよ。
 それに、戦闘ごとの犠牲者の数も公表されているわ。
 あなたがエヴァに関わった以上、そのことから目をそらしてはいけないのよ!」

 生きてきた40年の時間の差が出たというところだろう。シンジは完全にナオコに言い返せないで居た。

「だからといって、ミヅキやアスカが何をされても言いと言うことにはならない……」

 かろうじて口にした反論も、ナオコには予想通りのものでしかなかった。

「当たり前じゃない。
 あの子達二人、いいえ、レイも含めて三人ね。
 その子達なら何でもしていいなんて考えるわけが無いでしょう?
 でも、どうしても仕方が無いこともあるのよ。
 私たちネルフは、世界の人たちを守るために組織されているのよ。
 あなたはその意味を分かっていないようだけど、
 世界を守るために、必要ならば真っ先に死ぬことが要求されているの。
 あなたは大切な彼女を、そんな世界に送り出したのよ」
「僕はミヅキを好んで送り出したわけじゃない!!」
「知ってるわよ、そんなこと。
 でも、ミヅキちゃんはパイロットになった。
 その事実は変わらないわ」

 へこませ過ぎかなと思わないでもなかったが、いまさら矛先を収めるわけにはいかない事もナオコはわかっていた。

「アスカちゃんが苦しむことはわかっていたの。
 そのために、私たちはいくつかの対策を考えていたわ。
 今回シンジ君がしたことも、その対策のひとつだった。
 でも、どうしてアスカちゃんが苦しむことを防げなかったのかわかる?」
「分かりませんよ、そんなこと」

 ほんとうはシンジにも分かっていたことだ。いや、ここまで話をしていて分かったと言う方が正しいだろう。アスカを救えたのが自分一人だと言う事実 をつなぎ合わせれば、自ずとその答えは見えてくるのだ。

「だめね、現実から目を背けちゃ。
 本当は分かって居るんでしょう?」
「だからといって、どうして僕があなた達と共犯にならなくちゃいけないんですか!!」
「別に強要するつもりはないわ。
 でも、あなたが加わってくれた方が、私たちの選択の幅も広がるのよ。
 さもないと、もし今度アスカちゃんが出撃できないようなことが有れば、
 迷わずミヅキちゃんの心をいじるわ」

 今度はどんな事件が起きるかしらと、ナオコは笑って見せた。

「そんなことをさせるぐらいなら、僕が出撃します!!」
「だめよ、暴走するかもしれないのに出撃なんかさせられる分けないじゃない」

 シンジとしては切り札を口にしたのだが、ナオコの前では切り札足り得なかった。シンジの決意も、却ってナオコに失笑させるだけだった。

「私と戦うには、あなたは弱みを沢山抱えすぎているわ
 あなたと私では、生きてきた時間が違うのよ。
 悪魔に魅入られたとでも思ってあきらめることね。
 大人しくしていれば悪いようにしないから」

 そう言ってシンジを丸め込んだ自分を、ナオコは本当に悪役のようだと感心していた。






***






 戦い前の浮ついた空気も、いざエヴァで出撃となればきれいにぬぐい去られる。そう言う意味では、パイロット達の精神状態はかつて無いほど良好だと 言えるだろう。あらかじめ決められた配置についたパイロット達は、静かに作戦の開始の時を待った。せっかくの充実した気力を、無駄なおしゃべりで発散させ る必要がないと思ったのか、パイロット達の間ではなんの会話も交わされなかった。

「後5分で作戦開始です。
 根岸さん、悪いけど我慢してね」

 逆にミサトの方が緊張しているのだろう。ミヅキに対しての言葉は、言わずもがなのことだったのだ。考えてみれば、今回の作戦は今までの中で一番作 戦部の関与が大きいのだ。初号機の起動、停止のタイミングがすべての明暗を分けるとなれば、発令所全体が緊張するのも無理がないと言えた。
 だがそんな言葉にも、ミヅキは黙って頷くことで答えを返した。

「オペレータ、作戦開始のカウントダウンをして!」

 計算通りに行けば、使徒の速度は時速200km程度まで落ちることになる。その速度自体は決して遅いとは言い難いのだが、エヴァのスケールになお してみれば、歩いているような速度なのである。

「使徒、初号機上空を通過!」
「作戦開始まで、あと1分!」

 速度を落とすのに有効なのは、使徒に頻繁にUターンさせることである。加速能力の貧弱な相手には、それを繰り返させることで持っている速度を落と してやることが出来る。

「作戦開始まで、あと10秒、9,8……」
「MAGI、初号機にコンタクト、すべて順調です!
 初号機、起動しました!!」
「残りのエヴァ全機も起動!!」

 ここからが正念場との思いに、ミサトはぐっとマイクを握りしめた。

「使徒回頭!
 初号機に向かっています!!」
「初号機シンクロカット!」
「使徒、方向をネルフ本部へと変更しました!!」
「高度は落ちてる?」

 ここまでは予定通りの展開である。従ってミサトは、残る最大の問題を口にした。

「今のところ予定通りです。
 使徒の応答時間に関しては、MAGIが補正しています」
「初号機起動!」
「使徒、反応しました!!」
「速度300、加速中!!」
「初号機停止!」
「アスカ、次行くわよ!!」
「了解!!」

 いよいよ決戦の時である。ミサトのマイクを持つ手にも、さらに力が込められた。その一方、初号機の中でミヅキは吐き気を必死でこらえていた。それ ほど神経接続の断続は、ミヅキの精神に負担をかけていた。

「初号機再起動!」
「初号機停止!起動!!」
「使徒接近!!」
「アスカ!今よ!!」

 もうろうとする意識の中、ミヅキは自分の隣を駆け抜けていく赤い影を見た。しかしミヅキが覚えているのは、そこまでだった。シンクロの断続による 脳への負担は、すでに彼女の限界を超えていた。

「弐号機、使徒に接触!!
 受け止めました!!」
「根岸さん、続いて!!」
「だめです、初号機パイロット意識不明!!」
「レイ、参戦して!!
 男子パイロット、初号機の回収をして!!」

 ぶっつけ本番がたたることになったのだが、こんなことで貴重な時を失うわけには行かない。初号機の回収を指示したミサトは、すぐに目の前の戦闘に 集中した。
 何しろ捕まえたはいいが、今までの相手とは比べものにならないぐらい巨大な使徒なのだ。体重差で3倍も有れば、単純に暴れられるだけでも取り押さえるの が困難になるのである。しかも戦力の一角である初号機が離脱してしまったのだ。弐号機一機では、いささか荷が重いのも確かだった。しかも使徒は、自分を取 り押さえる弐号機を敵と認識したのか、攻撃の為その大きな口を開いてきた。

「なんの!!」

 自分をくわえ込もうという使徒の口を、アスカは両手で受け止めた。だがそのせいで、弐号機は、巨大な使徒に食いつかれるのを防ぐので手一杯になっ ていた。

「レイ、アスカは手が空かないわ!
 あなたが使徒をしとめなさい!!
 男子パイロット、初号機の回収が終わったら、あなた達も参戦しなさい!
 使徒に、今までのうっぷんをぶつけるのよ!」

 パイロットに命令を出したミサトは、オペレータの方を見てミヅキの容態を聞いた。意識が戻っているのなら、すぐにでも戦いに加える必要があると。 だがオペレータから返ってきた答えは芳しいものではなかった。

「まだ意識が戻っていないようです。
 緊急覚醒措置を執りますか?」
「やめておいた方がいいわよ」

 オペレータの進言に、それまで黙っていたリツコが口を挟んだ。

「無理矢理起こすと、あの子がつぶれるわよ。
 強制的にシンクロを断続したのよ、その負担は並じゃないわ」
「だからと言って、このままじゃ決め手に欠けるのよ!」

 彼女たちの視線は、目の前の戦いへと向けられていた。弐号機が取り押さえた使徒に、4機のエヴァが取り付いている。その大きさの対比は、まるで鯨 に取り付くシャチの様でもある。一応は弐号機によってATフィールドは中和されているので、男子パイロットでも使徒を切り裂くことは出来た。だが暴れる使 徒を前にしては、彼らでは力不足の感は否めなかった。ミサトとしては、たたき起こしてでも初号機を投入したいところだったのである。
 そこに助け舟を出したのが水道橋だった。

「葛城、昔からこういう場面では定石、お約束ってものがあるんだ」
「お約束?」

 何を言っているんだこのおっさんは?そんな感じでミサトは答えを返した。

「外から攻撃してもだめな奴には、中から攻撃する。
 ATフィールドの中和が完璧ならば、前とは違って効果があるはずだ」
「それはわかりますが、しかしどうやって……」
「嬢ちゃんがこじ開けている口があるだろう。
 そこにありったけのミサイルをぶち込んでやるんだ。
 その上で口を閉じてやればいい」
「リツコ!」

 いい作戦に思えたミサトは、ひとまずリツコにコメントを求めた。

「可能性は高いわね。
 アスカのシンクロ率は最初のころに比べれば十分高いわ。
 しかも内部からの攻撃なら、その爆圧自体が武器になるわ……」
「口から出るんじゃないの?」
「口は閉じさせてやればいい」
「それに、ATフィールドを中和した状態なら、
 内部をずたずたに切り裂くことが出来るわ」

 二人の意見に、ミサトの腹は固まった。そうと決まれば迷っている時間など無い。ミサトは通常攻撃の指揮を水道橋に依頼すると、マイクを持ってアス カへと作戦を伝達した。

「アスカ、作戦を変更するわ。
 そのまま使徒を押さえつけておいてちょうだい。
 こちらから開いた使徒の口に、特性の巡航弾をお見舞いします。
 その上で使徒の口を閉じてちょうだい。
 そのタイミングで、爆薬に点火します」
「中から破壊しようって言うわけね」

 その通りだと、アスカの指摘を肯定した。

「方針が決まったのなら、とっととやってくれない?
 こうやって抑えているのは結構きついのよ」
「課長!」
「局地戦用のN2弾頭の手当てが付いた。
 ちょっときつい一発になりそうだが、効果のほうは折り紙つきだろう!
 あと5分で到着する」
「聞こえたアスカ?
 だからもう少し我慢してちょうだい!
 それから残りの4人、5分後に一度離脱をしてちょうだい。
 おそらくこの攻撃ではとどめはさせないだろうから、
 そのときはもう一度あなたたちの出番よ!」

 彼らもまた遅々として進まない解体にじれていたのだろう。手柄を取られる気もしたのだろうが、状況を変える作戦を歓迎した。

「点火スイッチをこっちにまわして」

 ミサトはN2弾頭の点火スイッチを要求した。もちろん主たる目的は、命令伝達によるタイミングのずれを防ぐためである。だが付き合いの長いリツコ には、その背後に隠れたミサトの気持ちが理解できていた。

『ようやく、自分の手で敵が打てるわね……』

 セカンドインパクトの中心、南極で父親を失ったミサトにとって使徒は父の敵なのである。その思いを表に出すのは、組織として好ましくないとこれま で抑えてきたのだ。だが溜め込んできただけに、敵を討つという思いはより高まってもいたのである。リツコの目には、スイッチに手をかけたミサトがうれしそ うに見えた。

「ミサイル到着、これより攻撃態勢に入ります!」
「アスカ、暴れないように押さえ込んで!
 レイ、男子パイロット、全員離脱!!」

 戦闘機のミサイルが口に入って初めてこの作戦が成功するのである。アスカは渾身の力で、使徒の口をこじ開けた。その弐号機の横を、運命を背負った 対地ミサイルがすり抜けていった。

「今よ、アスカ!!」

 ミサトの合図に合わせ、アスカは弐号機にバックステップを踏ませて使徒の口を閉じさせた。そのとたん、使徒の腹が大きく膨れ上がった。腹の中で、 N2弾頭が炸裂したのである。暴力的ともいえるその爆圧は、レイたちによって切り裂かれた傷口を広げて外へと放出された。

「今よ、全員で殲滅して!!」

 今の攻撃で決着が付いてもよさそうなものだが、それが確認されていない以上安心するわけにも行かなかった。ミサトは一切の逡巡を見せずに、全員で の総攻撃を指示した。目的はコアの破壊である。
 どんな生物でも−使徒を生物といっていいのかは疑問があるところだが−腹の中をずたずたに切り裂かれて無事で居られるはずは無い。そしてその事実は、使 徒にも当てはめることが出来たようだ。その形態こそは保っているのだが、明らかに瀕死の状態で使徒は地上でもがいていた。
 人類の運命がかかっている以上、残酷と言う言葉は当てはまらないのかもしれない。しかし、5機のエヴァが取り付いて、瀕死状態の使徒を引き裂いていくの は本来なら正視に堪えるものではない。しかし、その光景をテレビを通してみている市民たちは、圧倒的な力で使徒を蹂躙するエヴァの姿に熱狂した。

「責任を果たしたことになるのだけど、惨いものね……」

 モニタで戦況を見つめていたナオコは、目の前の惨状をそう評した。人は生きていくためには、どこまでも残酷になれるのだと。そして、今の使徒の姿 は、明日の人類の姿なのかもしれないと。

「なら……どうすればいいって言うんです。
 代案を示せといったのは、あなたのほうでしょう」

 うなだれていたシンジだったが、ナオコのその一言に反応した。

「あら、別にだめとは言っていないわよ。
 ただ、惨いと正直な感想を述べただけのことよ」
「でも……それしか方法が無くてがんばっているみんなに、
 たとえ感想とはいえ、ネルフのあなたがそれを言ってはいけないでしょう!」
「言論の封殺をするつもりなの?
 ここにはあなたしか居ないから、正直な気持ちを言ったつもりだけど?」
「そういう意味じゃない!!
 あなたは知っていて問題を摩り替えている。
 責任のある立場のあなたが、好き勝手なことを言っていいはずが無いじゃないですか!
 それは言論の自由とは別のところにあるはずのものだ」
「正論ね、これは私がうかつだったわ。
 謝らせてもらうわね」
「僕が謝られることじゃありません……」
「でも、あなたしか聞いていないところで、あなたに文句を言われたのよ。
 誰に謝ればいいと言うの?」
「そんなこと自分で考えてください……」
「嫌われたものね……」

 あらあらとナオコはおどけて見せた。

「未来の息子になるかもしれないのに……
 仲良くしておきたいんだけど?」
「父さんは父さんです、そっちで勝手にやってください。
 それに、僕は養子に出た身です。
 法律上は、あなたの息子になることは無い……」
「本当にそれでいいの?」
「別にあなたの息子になりたいわけじゃない!」
「違うわよ、ゲンドウ君のことよ。
 このまま一生、すれ違ったままでいいかって聞いているのよ」
「あなたには関係の無いことだ……」
「言ったでしょう?
 年甲斐も無く、ゲンドウ君に夢中になっているって。
 だったらあの人の悩みを助けてあげたいと思うのは自然でしょ?」
「それはそっちの都合です。
 僕には関係の無いことです」

 本当によく似た親子だと、ナオコはシンジに向かってため息を吐いた。一度決めたら、てこでも考えを変えないところなどそっくりだと。

「もう15歳なんだから、お父様の事情もわかって上げて欲しいのよ」
「僕の気持ちはお構いなしと言うんですね」
「ゲンドウ君は、あれでもあなたに期待しているのよ」
「それがどうかしましたか?
 一方的に期待だけされるのが、どれだけ迷惑なことか……」
「期待されない子供より、ずっと幸せだと思うわよ?」
「両親に囲まれて育った子供に比べれば、ずっと不幸ですよ」

 打てば響く反応に、ナオコはシンジを気に入っていた。

「いいなぁ、その反応の的確なこと。
 ゲンドウ君抜きでも、子供にしたくなっちゃった。
 ねえ。ちょっとばかり年上だけど、リツコなんてどお?
 あの子ねぇ、あれで男の人にはうぶで、手さえまともに触ったことが無いのよ」
「謹んで遠慮させていただきます。
 リツコさんには、きっとふさわしい人が現れますよ」
「そぉお、惜しいわねぇ。
 ここまできたら、二人も三人も四人も五人も変わらないと思うのよねぇ」

 なんなんですかと、忌々しげにシンジは吐き出した。ここに連れ込まれてから、真面目なのか不真面目なのかわからない話ばかりされているのだ。その ためシンジの言葉も、次第に乱暴なものになっていった。

「そんなことより!
 僕をここに連れてきた目的を言ってください!
 僕に何を聞かせようって言うんですか!!」

 シンジの叫びに、ナオコは先ほどまで浮かべていた笑みを消し、一転氷を思わせるような真剣な表情に変わった。

「そうね、あんまりこうしていると時間が無くなるわね。
 それじゃあ名残惜しいけど、本題に入りましょうか。
 そうね、多分一番知りたいことだと思うけど、
 ミヅキちゃんが突然おかしくなったあれ、
 ゲンドウ君に頼まれて、私がしたことなの」
「なんで、あんなことを……」
「いまさら理由なんていわなくてもわかっているでしょう。
 アスカちゃんが出撃できないとわかっていたんだから、
 生き延びるための算段をした結果よ。
 そのために、本番の前に実験をしたわ。
 いつのことかはあなたもよく知っているでしょう?」
「ええ、おかげでひどい目に遭いました……」
「それは申し訳ないことをしたと思うわ。
 でも、その成功で皆が生き延びるめどが立ったわ」
「綱渡りなんですね……」

 きわどいところを乗り切ったのかとも聞こえるシンジの言葉だったが、その裏にはネルフの無策振りをあげつらう意味が含まれていた。そしてその言外 の意味を、ナオコは正確に受け取っていた。

「そうよ、代案が一つしかなかったんだから。
 そういう危ないところを、私たちは踏みとどまっているのよ」
「代案、代案があったんですか!!」

 代案など無いからあんなことになったと思っていたシンジは、一つとはいえ代案があったという事実に色めきたった。そこには、どうして代案のほうを 採用しなかったのかと言う思いがあったのだ。

「当たり前でしょ?
 でも、そっちもあんまりいい考えだとは思えないのよ。
 それに、ミヅキちゃんの心を刺激するのより不確定要素が多かったし」
「何なんですか、その代案って!!」

 聞かせろと言うシンジに、ナオコはわざとらしく考えるそぶりをして見せた。

「まあ共犯者になってくれるんだから、教えるけど。
 アスカちゃんとミヅキちゃん、その二人の共通点って何かわかる?」
「……性格ですか?」

 わざとはずしたでしょうとナオコは笑った。

「違うわよ、あなたと言う存在よ」
「僕、ですか?」
「そう、二人ともあなたとエッチしているでしょ?
 特にアスカちゃんなんて、あなたとエッチするとシンクロ率が上がったじゃない」

 その指摘に、シンジには一つだけ思い当たることがあった。それは、食事を誘ったときに見せたレイの悪ふざけだった。あのときのレイからは、ユウカ が自分をからかうときと同じ空気を感じていたのだ。

「まさか、僕に綾波さんを抱けと……」
「大正解、実はそのまさかなのよ。
 訓練されたシンクロ率の低いパイロットと、シンクロ率は高いけど、おびえてしまうパイロット。
 そのどちらかを使い物になるようにするしか選択肢は無いでしょう?
 その一つがミヅキちゃんの心を刺激したこと。
 そしてもう一つが、レイちゃんとあなたをエッチさせて、シンクロ率を持ち上げてやること」
「そんなことを考えていたんですか!」
「仕方が無いでしょう?
 データとして、それが有効だとわかっていたんだもの。
 それに、裏返せばこれはレイちゃんのためでもあったのよ」
「どうしてそんなことが綾波さんのためになるんですか!!」

 好きでもない男に抱かれることが、どうして本人のためになるのか。その発想の飛躍にシンジは着いていけなかった。

「簡単よ、シンクロ率が上がれば、あの子の危険も減るからよ。
 第四使徒のことを覚えている?
 アスカちゃんとミヅキちゃんにはなんてことの無い攻撃が、
 レイちゃんにだけは致命傷になりかねないぐらいに利いたのよ。
 幸いプラグを外れていたからいいようなものの、
 もしプラグを切断されていたら、間違いなくレイちゃんは死んでいたわね」

 想像もしていなかった指摘に、さすがにシンジの顔色も悪くなった。あのときは、運悪くエヴァの片腕を切断されたと思っていたのだが、裏を返せばそ れで済んで運がよかったということになる。確かに装甲ごとエヴァの片腕を切り落とした攻撃なのだ。それがまともに当たれば、レイの乗ったプラグが無事で居 られると言う保障はどこにも無かった。

「ああ、だから、今でもあなたのハーレムにレイちゃんを加えるのは賛成よ。
 出来れば、ほかにも2、3人加えてくれると、パイロットが増えてありがたいんだけどね」

 『それぐらいなら心当たりがあるでしょう』と言って、ナオコは冗談とも本気とも付かない事を口にした。それが冗談に聞こえないのは、直前のナオコ の話が利いていたためだろう。

「まあそれを実践するのは、これから私のする話を聞いてからにしてちょうだい。
 そうねぇ、何から話しましょうか……
 じゃあ、センセーショナルに、レイちゃんとアスカちゃんの出生の秘密からでも行きましょうか!」

 『その後には、エヴァの誕生秘話が続くのよ』と言ったナオコの表情に、ろくな話ではないことをシンジは覚悟した。だが、自分のした覚悟がどんなに 甘かったのかを、シンジはすぐに思い知らされることとなった。






***






 些細な問題があったとは言え、今回の使徒戦も完勝のうちに終わった。戦闘に関わる被害と言う被害は無く、男子パイロット達はこれまでの溜飲を下げ る活躍を見せてもくれた。最終的に使徒のコアを破壊したのはアスカだったのだが、誰が倒したかと言うことが些細に感じられるほど充実した戦いであったの だ。もちろん被害がまったくゼロと言うわけではない。使徒迎撃の際に、多少の建物は壊れたし、これまた多少のけが人も存在していた。まあ皮肉なことと言え ば、今回に限れば、シンクロ率の高い二人のパイロットに被害が出ていたということだろう。
 その被害にしてみても、アスカは直近で発生した爆発の余波を受け、少し揺さぶられた程度だし、ミヅキについては、戦闘ではなく使徒をおびき寄せるときの シンクロコントロールで脳に負担がかかった程度である。もっともその被害が重いか軽いかは、本人たちの受け取り方しだいである。

「うううっ、きもちわるい……」

 結局、戦闘終了と共に目覚めたミヅキは、本人的には何の活躍も無いまま撤収の運びとなった。やけにすっきりとした顔つきで歩く5人とは違い、一人 だけいまだに感じる吐き気に苦しんでいた。したがって、先ほどの言葉が吐き出されることになったわけである。さかんに気持ち悪いを連発するミヅキは、不公 平だと言う目を回りに向けていた。

「やっぱりきもちわるい……」
「……つわり?」
「レイさん、その冗談面白くないです……」
「そうよレイ、それって冗談になってないじゃない」
「アスカさん、ひどい……
 危ないのはアスカさんの方なのに……」
「……そういえばそうね」

 いくら気持ち悪くても、きっちりと逆襲することだけは忘れていないようだった。レイとミヅキのコンボ攻撃に、アスカの頬はひきと引きつった。

「な、何を根拠にそんなことを……」
「だって、飲んでないんですよね?」
「……うかつな人」
「できちゃったで決着はつけないって言ったのは誰でした?」
「……戦いは隙を見せたら負けなのね」
「ち、ちゃんと薬なら飲むわよ……帰ったら……」
「つわりで戦えませんでしたじゃ、済まないんですよね」
「……この人ならわからないわ」
「あ、あんたらあたしを何だと思っているのよ!!」
「すけべ」
「……インラン」
「けだもの」
「……えっと、いたいの」
「そんなことで悩むんじゃない!!」

 レイにこぶしを振るいながら、アスカは自分に下される評価に腹を立てていた。ちょっと甘い顔をするだけで、どうしてここまで言われなければならな いのかと。

「……乱暴者」
「って、考えてそれかい!」

 レイとしては正直な気持ちなのだが、アスカにしては気に入らない決めつけだったようだ。

「まあまあ、事実は事実として認めましょう。
 そこからすべては始まるとして……」
「そんなところから始めんでもいいわい!」

 そう大声を出しながら、楽しいなとアスカは感じていた。

 そして充実した気分を味わっていたのは、男子パイロットたちも同じだった。何しろこれまでときたら、使徒に跳ね飛ばされたのと、持っていた電源を 譲るぐらいしか実績が無かったのだ。それに引き換え今回の戦いは、とどめこそアスカが刺したとは言え、敵に取り付きそのこぶしを振るうことが出来たのであ る。彼らの気持ちが高揚するのも仕方が無いことと言えるだろう。

「しかし、あっけらかんとしたものだね」

 かしましく騒ぐ三人の様子に、カヲルは感慨を込めてそう言った。ほんの12時間前までは、いったいどうなるかと思われた三人の関係なのだ。それを 思うと、今の三人の関係は隔世の感すらある。

「いいんとちゃうか、前のは息がつまってたまらんかったからのう」
「そうだな、アスカさんが鬼畜の手に落ちたのは忍びないが、
 まあ本人が幸せなら、それでよしとするべきだろう」
「おや、アスカさんと騒ぎながら、ほかの女の子に手を出していた君がそれを言うのかい?」

 シンジを鬼畜と評したムサシに、カヲルはきつい一発をお見舞いした。だがカヲルの一言は、完全にやぶへびとなるものだった。

「男の敵とまで言われたカヲルにだけは言われなくないことだな。
 いったい何人の男を泣かせたんだ、お前は?」
「さて、いったい何のことやら。
 僕はいつでも真剣に一人の女性と付き合っていたからねぇ。
 ムサシ君、僕には君が何を言っているのかわからないよ」
「おや、よほど物覚えが悪いと見える。
 それなら、この後俺の部屋に来るといい。
 面白い資料を取り寄せたからな」

 白を切ったカヲルだったが、その点ムサシのほうが上手だったようだ。極秘資料の存在を仄めかす事で、逆転一発を行った。

「き、君は好意に値しないね。
 人の過去を掘り返して、何がうれしいんだい!!」
「敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言うだろう。
 俺がライバルと目したんだから、それぐらいの調査は当たり前じゃないか」

 いやはや、面白いものを見させてもらったとムサシはにやりと笑って見せた。まあ秘密と言うほどしっかりと隠されていなかったため、カヲルの交友関 係は簡単に調べをつけることが出来た。もちろんそんなことをしようと言う奇特な人間が居ること自体がおかしいともいえるのだが。
 どの道、二人ともアスカに対する目は無いのだから、あまり意味のある会話ではない。どっちもどっちだと思いながら、トウジは二人の会話を聞き流してい た。お互い冗談とわかる馬鹿話に目くじらを立てるほうがどうかしているのだと。
 それにしてもと、トウジは出撃前の加持とのやり取りを思い出した。訓練を受けていて、それなりに腕には自信を持っていたのだ。しかしそんな自信は、加持 の前に簡単に粉々にされた。何しろ4人がかりでぶつかっていったにも関わらず、あっという間にのされてしまったのだ。

「まだまだ、鍛え方がたらんと言うことか……」

 そんなに強そうに見えない加持の顔を、トウジは思い浮かべた。監査部というから普通ではないと思っていたのだが、その実力は自分たちとは桁違い だった。残念なことに、トウジは最後までたっていられなかったために、その後何が起きたのかは知らなかった。伝え聞いたところによると、加持はシンジの覚 悟を確かめる、いや、逃げ道をふさぐ為に現れたと言う。加持の行為自体が意味が有ったのかどうかはわからないが、こうしてアスカが元気を取り戻している以 上無駄にはならなかったと言えるかもしれない。

「当面の心配がなくなっただけでもよしとすべきやな……」

 前向きに考えようと、トウジはそれ以上細かいことを考えるのをやめた。それからもうひとつ、今夜は抜け出してガールフレンドの手作り料理をいただ こうとも。

「それはそうと、カヲルだけやなぁ〜」
「ん、なにがだい、鈴原君」

 何気なく吐き出されたトウジの言葉に、ぴくりとカヲルが反応した。

「ん、たいしたことやあらへん。
 ムサシとワイ、一応彼女がおるんやなぁと思っただけや」

 それがたいしたことであったのは、引きつったカヲルの顔を見れば分かることだった。カヲルとしては不本意この上ないのだが、日常に居る守備範囲の 女性がきわめて限られているのだ。アスカにレイ、そしてミヅキである。さすがに15のカヲルは、20代の女性に手を出そうとは思えないのだ。義務教育とい う名目で中学に行っていたムサシ達とは違い、カヲルは学校に行く必要がなかったせいで同年代の女性と接触する機会が無かったことも理由になっていた。

「それでさあ、この後のことなんだけど……」

 カヲルが顔を引きつらせている頃、アスカにしては珍しく歯に物が挟まったような言い方をしていた。

「……検査」
「カウンセリング」
「知っててからかってる?」

 もちろんと、レイとミヅキは頷いた。二人がかりでやられると、げんこつというわけにも行かない。何か他の方法はないかとアスカは思案した。

「まあ、ミヅキにお願いがあるんだけど……」
「アスカさんがお願いだなんて珍しいんですね」
「……アスカの得意はおねだりだから」
「……ちょっとその世界から離れてほしいんだけど……」
「じゃあなんでしょう?」

 とほほというアスカに、ミヅキはにっこりと笑った。意外なほどきれいな笑顔に、アスカの顔も少し赤く染まった。

「あ、あのね、今晩の食事なんだけど……」
「シンジ君には精のつくものを作ってあげないと」

 誰かがしっかりと搾り取りましたから。ミヅキはしっかりと付け加えた。アスカとしてはいい加減にしてほしい話題なのだが、いろいろと世話になって いる関係からミヅキにはあまり強いことも言えない。はてさてどうしたものかと考えてみたのだが、やはり妙案は浮かばなかった。もっともミヅキの方も、これ 以上アスカを困らせる気も無かったようで、微笑を浮かべながら冗談だと言った。

「昨日のが盛り上がりに欠けましたから、今日は戦勝記念にしましょうか?
 幸い、検査が終わってからでも十分に時間がありますし」
「……異議は無いわ」
「悪かったわね、場を盛り下げて……」
「まあまあ、少しぐらいはいいじゃないですか。
 でも、今日はお客さんと言うより手伝ってもらいますからね」

 当然でしょう!と言う顔をするミヅキに、レイとアスカは顔を見合わせた。手伝いと言うからには、それなりの調理をするのだろうと。別に二人とも手 間を惜しむわけではないのだが、自分が手を出した後の惨状が思い浮かんでしまうのだ。おそらく二人の心配に気づいたのだろう、ミヅキは手伝いと言ってもた いしたことをする訳じゃないと付け加えた。もっともそんなことを付け加えられること自体、結構失礼なことなのだが、言い返せるだけのものを持っていないの で二人は大人しく従うことにした。

「それで何をすればいいの?」
「何が出来るかによりますけど……
 当然料理なんてしたことが無いですよねぇ……」

 一人用の個室を見ればだいたいのことは想像がつく。お湯ぐらいならわかすことは出来るのだが、それ以上となると困ってしまうぐらいの設備しかない のだ。レイとアスカは、ミヅキの質問に思いっきり首を縦に振った。楽をしたいというより、おいしいものを食べたいという気持ちの方が強かった。二人のあま りの様子に、ミヅキは苦笑を浮かべると、エヴァのパイロットと言ってもすべてに完璧ではないのだなと安心していた。少し考えてみれば分かるのだが、時間が 有限である以上、多少の差はあれ何かが出っ張れば何かが引っ込むのだと。それが理解できたミヅキは、深いため息を一つ吐いて二人への仕事を割り振った。

「はぁっ、分かりました。
 お二人は今日のところ見ているだけにしてください……」

 たぶん皿洗いとかもだめだろうと、キッチンの支配を再確認したミヅキだったが、ふといやな予感に囚われた。

『これから、毎晩たかりにくるって事はないわよね……』

 アスカだけでなく、レイにまでたまり場にされそうな予感にミヅキは身震いした。

 連夜の宴会が頭の片隅をかすめたミヅキだったが、その予想に反して夕食会はこじんまりとしたものになった。その原因は、男子パイロットのうち二人 が欠席したことである。その欠席の理由と言うが、野暮用である。

「シンジ君、野暮用ってなに?」

 意味のよく分からなかったミヅキは、手伝いに入ったシンジにその意味を尋ねた。

「聞くだけ野暮な用って事じゃないの?」
「ふ〜ん」

 よく分かるような分からないようなシンジの説明だったのだが、とりあえず納得がいったのかミヅキはそれ以上聞いてこなかった。テーブルの方に居る 飢えたオオカミたちがその言葉以上に気になったのか、昨夜に比べれば遙かに控えめな食材へと挑んでいった。

「ところでミヅキ、なんか食材が偏っていない?」

 そんなミヅキに、シンジは集められた食材が少し露骨じゃないのかと疑問を投げかけた。ウナギにスッポン、山芋と言った、いわゆる精が付くと呼ばれ ているものばかりなのである。もちろんシンジは、スッポンにウナギなどお目に掛かったことはなかった。セカンドインパクト以降、それらの食材はそれこそ目 が飛び出るほど高価なものになっていたのである。

「仕方がないでしょう?
 シンジ君にはこれからも頑張ってもらわなくちゃいけないんだから」
「これからも……」

 あまり深い意味を考えなかったミヅキだったが、シンジの言葉にどんな誤解を招いたか理解した。

「ええっと、あの、そう言う意味で頑張ってって言ったつもりじゃないんだけど、その」

 でも、そう言う意味になるわねと、ミヅキはへへへと笑った。

「ミヅキ、変わったね……」

 本当は喜ばなきゃいけないんだろうな。その対象の二人の少女を思い浮かべながらも、なぜか素直にシンジは喜べなかった。にぎやかなのもたまのこと ならいいのだが、毎晩となると疲れてしまう。シンジは飢えた野獣たちには聞こえないよう、ミヅキの耳元で毎晩こうはならないよねとささやいた。そんなシン ジに、ミヅキは乾いた笑いを返した。

「シンジ君、断ってくれる?」
「ミヅキからの方がいいんじゃないの?」
「私にそんな度胸があると思う?」

 こういう事は男の役目でしょうとミヅキは切り返した。もちろんシンジがそれを受け入れるはずはない。

「僕だって、あの三人は苦手だよ……」
「アスカさんは分かるけど、レイさんやカヲルさんも苦手なの?」
「なんか、あの瞳でじっと見つめられるといやって言えなくて」

 罪悪感がわき出ると言ったつもりのシンジだったが、ミヅキはそれを違う方向に受け取った。ほんの少し頬を染め、少しうつむき加減にミヅキはなっ た。そしてその口から出てきたのは、かなりの勘違いが含まれていた。

「今更だけど、自分の身体のことなのよ。
 限度はちゃんと考えてね」
「なんのこと」
「レイさんやカヲルさんまで仲間に入れるんじゃないの?」
「あのねぇ……」

 冗談にしてもきつすぎるよと、シンジは漏らした。もちろん、新しく仲間にカヲルが加わったとしても、その相手をするのが自分だと分かったからであ る。



 シンジを前に、何から話すか迷ったナオコだったが、とりあえず自分と二人の母親の関係から話し出した。

「あなたのお母様と、アスカちゃんのお母様、そして私が知り合いだと言うことは話したわよね」

 うんとシンジは頷いた。

「1990年代にね、人類の発生に関する研究が盛んに行われたのよ。
 人の遺伝子の解明、そして生物のクローニング……
 公にされないところでは、神を恐れぬ所行がいくつか行われたわ」
「それが、何かアスカや綾波さんに関係すると言うんですか?」
「そうよ、まず先鞭は私がつけたわ。
 娘のリツコね、あの子と私の遺伝子はすべて一致するのよ」

 そう言われても、シンジにぴんとくる話ではなかった。それが珍しいことなのかどうかは中学生レベルの話ではない。

「言い方が悪かったかしら。
 あの子はね、私がクローン実験で生み出したのよ。
 もちろん実験と言っても、私の遺伝子を使ったのよ、私の分身とも言える存在よ」

 可愛い娘よとナオコは言った。

「あなたが先鞭をつけたと言いましたね……」

 内心の驚きを隠すように、シンジはその先へと話を進めようとした。

「案外冷静ね。ますます気に入ったわ。
 そう、私は1984年に周りに先駆けてクローニングを成功したわ。
 でもね、それにはすぐに飽きたわ」
「飽きたって……」
「そりゃあそうでしょ。
 自分のコピーを作ったこと自体は画期的だと言えるわよ。
 でも、それだけでしかなかった。
 結局出産には自分のお腹を使うしかなかったし。
 コピー以上のなにものにもならなかった。
 まだまだ未解明のことが多すぎたのよ」

 そう言ってナオコは、コーヒーメーカーからコーヒーを注いだ。そう言われたせいなのだろうが、一つ一つの行動がリツコに似ている、いやリツコの行 動の一つ一つがナオコに似ているようにシンジには見えてしまった。

「時間的にはユイの方が先ね。
 ユイはね、その後の研究の進展を利用して、私よりも進んだことをしたわ。
 あなたが生まれるとき、その受精卵に少し手を加えたのよ」
「僕に……ですか?」

 あまりにも非現実的な話のおかげで、シンジは取り乱すことは無かった。シンジが冷静でいられたのは、現実を理解できなかったからに他ならない。

「違うわ、あなたは自然のまま生まれたはずよ。
 一卵性双生児って知ってる?」
「ええ、双子のことですよね……」
「そう、ユイは、強制的にあなたの双子を作ったの。
 そして、双子の方に自分の手を入れたわ……」
「……なにを、したんですか……」
「私と同じ、自分のクローンに作り方のよ。
 でも、もともとは男の子になるはずだった受精卵よ。
 それの性別を女の子に転換し、さらに遺伝子自体にも手を加えたのよ」

 どこまでが本当のことなのかは、シンジには分からなかった。だが一つだけシンジにも分かったのが、こんな事を平気で言うこと、することが出来る人 たちが存在すると言うことだ。踏み入れてはいけない恐怖の世界、身近なところにそんなものが存在するのをシンジは知らされたことになる。

「どう遺伝子に手を加えたかというと、髪の色と目の色、肌の色を変えたの。
 そう、世間一般で言うところのアルビノの姿にね。
 何でユイがそんな真似をしたのかは分からないわ。
 でも、現実にユイは自分の遺伝子を操作したクローンを作り出した。
 そして、その子をわざと自分から遠いところに手放したわ……」
「待ってください!
 母さんから遠いところに行ったのなら、どうして僕に関係有るんですか?」
「もちろん関係があるから教えたのよ。
 いいこと、ユイはずっと手放しておくつもりはなかったのよ。
 それどころか、近いうちに自分の手元に帰ってくる細工もしたわ」
「まさか……」

 つまり、母親の作り上げたクローンは、今身近に居ると言うことなのだ。女性、アルビノ……そこから思いつく身近な人は、シンジには一人しか思い当 たらなかった。。

「そう、綾波レイ……あの子があなたの兄妹……そういっていいものかどうかは分からないけどね」
「綾波さんが、母さんの分身なんですか……
 なぜ母さんはそんな真似をしたんですか……」

 重すぎる事実に、シンジが口に出来たのはそれだけのことだった。どこまで本当のことなのかは分からない、目の前の女性が嘘を行っていることもあり 得るのだ。

「ユイが何を考えていたのかは分からないわ。
 あの子のことだから、何か考えがあったのは確かでしょうね」

 話をつづけるわと、ナオコ。

「それからしばらくして、キョウコも同じような真似をしたわ。
 いろいろと世間的にうるさくなってきたから、あの子は受精卵を手に入れるのに精子バンクを利用したわ」
「……アスカもそうだと言いたいんですね……」
「そう言うこと。
 アスカちゃんは、99%以上の遺伝子を受け継いでいるわ。
 キョウコは、髪の色とか瞳の色、そう言うところをいじったみたいね……
 どう、アスカちゃんがいやになった?」

 そうナオコは尋ねてきた。

「そんなこと……有りません。
 僕が知っているのは、今のアスカですから……」
「いい子ね、その通りよ。
 ゲンドウ君達にも行ったけどね、
 リツコはリツコ、アスカちゃんもアスカちゃん、レイちゃんもレイちゃんなのよ。
 元になったのが誰かだなんて関係ないわ。
 3人とも、一人の人間として生を受けて、これまで自分の人生を刻んできたわ」

 それを分かってあげてとナオコは念を押した。

「さて、これでレイちゃんとアスカちゃんの出生の秘密は終わり。
 次はエヴァ誕生の秘密ね」

 そう語るナオコの顔は、とても楽しそうだった。







続く

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