Stargazers 03  2度目の探査ともなると、慣れと油断が生じてくる。それでも標準的恒星のカイパーベルト帯を移動地点とした長距離移動は、前回の経験から得られた妥当な移動ポイントだと思っていた。だが超長距離ジャンプを実行したトラスティ達は、通常空間出現と同時に非常警報を聞くことになった。 「メイプル、状況報告っ!」  いきなり発見されたかと焦ったマリーカだったが、置かれた状況はそれ以上に過酷なものだった。誰と言うのは分からないが、いきなり戦闘の真っ只中に出現してしまったのだ。1kmも離れていない場所を高エネルギービームが通過していく光景に、マリーカは死を覚悟したぐらいだ。 「高エネルギービーム……おそらく重金属ビームだと推測できます。もっとも近いもので、この船の1km近傍を通過していきましたっ。続いて高エネルギービーム接近、1.1kmのところを通過しますっ!」  距離の離れ方から考えると、その攻撃は自分達を狙ったものではないのだろう。だが収束しきれない粒子が、探査船メイプルの外壁を叩いていった。振動吸収機構でも殺しきれないのか、ピシピシと言う不気味な音を立ててくれていた。 「まずいな、光学迷彩が役に立たなくなるぞ」  外部をモニタしたカイトは、削られていく光学迷彩に唸り声を上げた。 「外部状況を確認しました。最短で500光秒の距離で、艦隊が向かい合っています。こちらから見て左舷側は、その数およそ5千です。右舷側には、およそ2万の艦船が集まっています。私は、その攻撃交差ポイントに移動してしまったようです」  普段はおっとりしているメイプルの声も、流石にヒステリックなものになっていた。いくら自分を狙ったものでなくとも、攻撃がすぐ間近を通り過ぎていくのだ。両軍が向かい合った1億5千万キロの距離からすれば、1kmなど射撃の誤差でしかなかったのだ。 「離脱は?」  こんなところにとどまっていても、命を無駄にするだけなのだ。それを考えれば、さっさと現場を離脱すべきなのだろう。  だが離脱を口にしたトラスティに、「当たらないとは思いますが」と前置きをしてマリーカは微妙と答えた。 「光学迷彩が削られていますから、おそらくレーダー探知から隠れきれません。こんなちっさな船ですし、激戦中ですから気づかれないとは思いますが。亜空間航行は、間違いなくトレースされることになります」  マリーカの報告を聞いたトラスティは、「コスモクロア」と切り札を呼び出すことにした。 「はい、主様」  レオタードに似た服で現れたコスモクロアに、「飛べるね」とトラスティは確認した。 「とにかく、戦闘宙域を離脱してくれ」 「畏まりました……ただ、ちょっとまずいことになりそうですね」  なにと警戒したトラスティに、メイプルの方から「何かが近づいてきます」と言う報告が上げられた。 「見つかった可能性があると言うことかっ!」  さすがにまずいと焦ったトラスティは、「大至急離脱を」とコスモクロアに命じた。その命令が発せられたのと同時に、再び探査船メイプルの中を警報音が鳴り響いた。 「ミサイルらしきものが接近してきます」  カイトに迎撃に出てもらうか。一瞬迷いを見せたトラスティだったが、次の瞬間正面スクリーンに映る映像がガラリと変わった。どうやらコスモクロアが、土壇場で移動を成功させてくれたようだ。 「メイプル、至急現在位置の確認を」  自分でも作業をこなしながら、マリーカはテキパキと確認を進めていった。戦闘宙域に実体化しただけでなく、敵として攻撃を受けた可能性まで出てきたのだ。ここから先は、一つのミスでも命にかかわることになる。 「カイトさん、光学迷彩の確認をお願いできますか」 「ああ、ちょっと外に出て確認をしてくる」  ザリアと己のサーヴァントを呼び出したカイトは、すぐにフュージョンをして船外へと出ていった。姿をくらますための光学迷彩は、探査船メイプルにとって命綱の一つでもある。電波迷彩と合わせて、これが使えなくなると活動方法が著しく制限されることになってしまう。 「トラスティさんは、電波迷彩のチェックをお願いします」 「ああ、今やっているところだっ」  かなりの部分はAI任せになるが、それでもトラスティは、リストを舐めるようにチェックを進めていった。 「マイクロアレイの5%が機能不全を起こしているな」 「微妙な損傷率ですね」  そこで少しだけ考えたマリーカは、「メイプルさん」と探査船のAIを呼び出した。 「補修部品の準備にどれだけ掛かる?」 「これからラインを組み替えますので、24時間ほどお時間を頂きたいと」  うむと考えた所で、「こっちもまずい」とカイトが戻ってきた。 「20%ほど、光学迷彩基盤が焼損しているぞ」 「重粒子ビームの流れ弾なんて想定していませんからね」  ふうっと息を吐いたマリーカに、「こちらは32時間」とメイプルが答えた。 「つまり、56時間は動けないってことかしら」 「補修部品の準備と言う意味でしたら、そのとおりになります。可能ならば、どこかのドックに係留したいところです」  そうすることで、自分も補修に掛かりきりになることが出来る。退避を提案したメイプルに、「現状では無理」とマリーカは返した。 「でしたら、引力を強化して周辺の岩塊を呼び寄せますか」 「そうすれば、小惑星に偽装は可能ね……」  口元に手を当てて考えたマリーカは、「お願い」とメイプルに指示を出した。とにかく身の安全を確保しないと、次の作戦も立てられなくなってしまう。 「補修完了まで、ここで道草をすることになりますね」 「56時間+αの時間が掛る訳だ」  渋い顔をしたカイトは、「仕方がない」ため息を吐いた。そして二人の顔を見てから、「哨戒に行ってくる」と再びメイプルの外へと出ていった。  それを見送ったマリーカは、「流石にエッチはできませんね」と苦笑を浮かべてくれた。 「ああ、修理が終わるまで警戒を続ける必要がありそうだ」  「ですよねぇ」とため息を吐いたマリーカは、トラスティに「休んでいてください」と指示を出した。 「約3日掛かりますから、交代で休まないと体が持ちません」 「そうなると、人手が足りなくなるか……」  うむと唸ったトラスティは、「メイプルさん」とお食事を作っていたメイプルを呼び出した。 「メイプルさんは、休息が必要なのかな?」 「休息ですか?」  ぽっと顔を赤くしたメイプルは、「トラスティ様なら」と意味不明の答えを口にしてくれた。 「いやいや、僕が聞きたいのは違うから」 「マリーカさんと出来ないから、私に代わりをしろと言うのではないのですか?」  残念そうな顔をしたメイプルに、「それは違うから」とトラスティは繰り返した。 「僕はデバイスが使えるから、兄さんと交代した方がいいかと思ったんだ。だからメイプルさんには、マリーカの交代要員をしてもらいたと考えたんだよ」 「その意味で言えば、ご期待には添えませんね。私では、マリーカ船長ほど的確な判断はできません」 「となると、56時間の乗り切り方が問題となるのか……」  コスモクロアと、そこでトラスティは己のサーヴァントを呼び出した。 「兄さんと連絡をとってくれるかな」 「約56時間、ぶっ通しで哨戒任務が出来るのかと言うことですね」  畏まりましたと答えてすぐ、「なんとかするだそうです」と言う答えが与えられた。 「兄さんに無理をさせるのは本意じゃないけど、兄さんにはぶっ通しで頑張って貰おう。こちらの警戒は、僕とマリーカの交代と言うことでいいかな?」 「流石に、私一人ではと言えませんね」  了解と答えたマリーカは、「先に休んでください」と改めてトラスティに指示を出した。 「ああ、そうさせてもらうよ」  こんなことで譲り合いをしても、ただ時間の無駄になるだけだ。マリーカの指示を認めたトラスティは、一人でベッドルームへと入っていった。ここから修理が完了するまでの56時間とαは、外部への警戒を怠る訳にはいかない。よしと顔を叩いたマリーカは、なぜか目をキラキラと輝かせたりしていた。  敵プロキア連邦2万の艦隊を前に、ザノン公国総指揮官バレルは「流石に堅い」と相手の戦い方を称賛した。2万対5千と言う数的有利な状況にあるのに、とても押さえた戦い方をしてくれているのだ。もう少し敵が突出してくれればハメ手が使えるのだが、このままだとお互いが損耗を続けるだけの戦いとなる。その場合、数に劣る自分達が確実に不利になるのだ。 「ドルグレンと言ったか。敵の指揮官はなかなかやるな」  ひとまず敵の指揮官を褒めたバレルだったが、彼の立場としてはこのまま戦いをジリ貧で終わらせる訳にはいかない事情がある。 「仕方がない……後のことは、その時に考えることにするか」  こんなところで使うことになるとは。己の不甲斐なさを心の中で呪い、バレルは直轄の部下デストレアを呼んだ。 「はっ、これにっ!」  すぐに現れたのは、年の頃なら30ぐらいだろうか。豊満な肉体をした、長い亜麻色の髪を頭の上でお団子にした美女である。そしてその魅力的なボディは、赤を基調とした堅い軍服の中に牙とともに隠されていた。 「敵旗艦を沈めてこい」 「はっ、敵旗艦ボルガを沈めてまいります」  敬礼を決めたデストレアは、踵を返してバレルが指揮するケルトレのブリッジを出ていった。できるできないではなく、命令がくだされた以上確実に任務は遂行する。それが彼女が部下とともに築き上げてきた誇りだったのだ。  ブリッジを出たデストレアは、その足で部下達の詰める「花園」と言われる詰め所に移動した。そこで側近のエイローテを呼びつけると、「敵旗艦を落とす」と簡単な指示を出した。 「では、重装甲突撃艦を用意いたします」  小さく頭を下げたエイローテは、すぐに配下に向かって出撃を指示した。 「スクブス隊出撃するぞっ!」  その命令を受けた20名ほどの女性隊員は、「はい」といささか場違いな返事をした。集まっていたのは、10代後半から20代前半に見える、いずれも美しい女性たちばかりである。出撃と言う割に、全員が体にピッタリとしたボディースーツに、申し訳程度のスカートと言う、肉体保護はどうしたのだと言いたくなる格好をしていた。  その事情は、全員に号令を飛ばしたエイローテも同じで、大きめの上着を脱ぎ捨てると、他の隊員たちと同じく、体にピッタリとしたボディスーツが中から現れた。ちなみにエイローテのボディスーツは銀色。他の隊員たちは、10名ずつで茜色とスカイブルーに分かれていた。 「ガントレットの用意まで、あと10分ほどかかります。デストレア様は、バレル様の元で、我らの戦果を見届けてください」 「ああ、エイローテ。吉報を待っているぞ」  きゅっと唇を噛み締めたデストレアは、「任せた」と言い残して「花園」を出ていった。  ガントレットと言うのは、スクブス隊専用に作られた強襲船に付けられた名前である。極端に先端が尖っているのは、敵船の装甲に突入し、それを食い破ることを目的としたからである。ただ敵船に取り付くことだけを目的としたため、持っている兵装は僅かな数のミサイルと言う貧弱さである。しかも乗組員のためのキャビンは、20名が乗ればぎりぎりと言う、とても狭いものになっていた。船体の残る部分は、強度を上げるための装甲と、加速を上げるための巨大なエンジンだけだった。居住性どころか、乗員の安全すら考慮されていない、ある意味特攻を目的としたような船である。その形状は、太った針と言うのが一番しっくりと来る形容だった。  そのガントレットの操縦部に座ったエイローテは、特に感情の感じられない整った顔を前方へと向けた。これまでと同じように、敵の胴体を食い破ってその本体を沈めてやる。ただそれだけのことを、エイローテは考えていた。 「ケルトレ、ガントレット発進するっ!」  エイローテの言葉と同時に、ガントレットへを繋いでいたアンカーが切り離された。その直後はゆっくりと旗艦ケルトレから離れたガントレットは、強烈な噴射を行うのと同時に弾丸となって敵旗艦ボルガめがけて加速した。ここから先は、スピードとコース取りが死命を決することになる。少しジグザグの軌道を取りながら、エイローテはガントレットを敵旗艦ボルガへと向けたのだった。  太らせた針と形容できる形態から、ガントレットは敵から見つかりにくくなっていた。そしてエイローテは、発見されるのを避けるために、障害物の多いルートを敢えて選んでいた。多少の障害物、例えば小さな岩塊ならばガントレットで粉砕できるし、大きなものであればエイローテならば避けることも可能だったのだ。  脳にセンシング情報を直結したエイローテは、巧みな舵さばきで次々と障害物を避けていった。時折空間探査の信号を受けるのだが、細すぎる形状のお陰で敵に見つかる可能性は極めて低くなっている。また見つかったとしても、その時にはすでにガントレットは先に進んでいる。速度を重視したのも、敵に捉えられないことを狙いとしたからだった。 「前方に、何か人工物があるな」  双方の位置を考えたら、こんなところに人工物があるはずがない。そしてザノン公国側は、この近くにセンサー類を配置していなかった。 「敵の探査船……もしくは、強襲艦か?」  そのいずれにしても、ザノン公国艦隊の驚異に繋がるものとなる。だがガントレットの任務は、敵旗艦ボルガを落とすことただ一点に絞られていた。だからエイローテは、スピードを落とすのではなく、抱いていたホーミングミサイルを1機、発見した物体めがけて発射した。そしてそのまま結果を確認することもなく、ただひたすら敵旗艦ボルガへ向けて飛行を続けていった。 「敵旗艦ボルガ識別完了。これより再加速を行い、10分後にボルガへと突入する。各自蹂躙の用意をせよ」  エイローテの眼の前には、猛烈な勢いで減っていく残り時間が表示されていた。この数値がゼロになった時、強襲船ガントレットが敵旗艦ボルガへと突入することになる。そしてボルガ以外の敵艦船は、抱いているミサイルを味あわせてやればいい。 「残り4分っ!」  小惑星帯を抜けると、目に前には敵艦隊以外には障害物は存在しない。それは、敵に発見されやすくなると言う意味でもあった。いくら装甲を厚くしても、集中攻撃を受ければ耐えきることは不可能だろう。だが敵の攻撃を少しも恐れず、エイローテはひたすら敵旗艦をめがけてガントレットを飛翔させたのだった。  2万対5千の戦力比ならば、まともに考えれば敵の蹂躙は難しくないはずだ。時折訪れる誘惑、すなわちこのまま数で押しつぶすと言う物を押さえ込み、プロキア連邦艦隊司令ドルグレンは抑制的な戦いを行っていた。双方で同じ攻撃を続けていけば、損耗する数は戦力比が支配項となる。焦らず、そして偶発事象に足をすくわれなければ、この戦いにおける勝利は動かせないはずだと思っていた。 「敵に、新しい動きは見えないかい?」  ベレー帽に似た帽子に手を当て、ドルグレンは幕僚達に声を掛けた。通常の戦いでの決着が見えたこともあり、気をつけるべきは敵の奇策に類するものだけとなっていた。それを潰す、もしくは使えなくすることで、自分達の勝利が確定するのだとドルグレンは考えていた。 「現時点では、何も……としか申しようがありません。ただ敵旗艦ケルトレが影に隠れているため確認が遅れています」  部下の一人からの報告に、「まずいね」と言ってドルグレンは右手で口元を隠した。 「敵さんの司令を考えたら、おとなしく削られたままになるとは思えないな」  勇猛果敢にして冷静沈着と相反する顔を持つ敵将を思い出し、ドルグレンはどうしたものかと思案を重ねた。このまま敵が引いてくれれば、この戦いは自分達の勝利で終わることになる。ただ敵の被害にしても、さほど甚大と言うほどでもないのは確かだろう。ただ欲を掻いた場合、どちらにとっても嬉しくない事態になることを予想ができた。同じ勝つことを目指すにしても、勝ちすぎと言うのは弊害ばかり大きくなってくれるのだ。 「敵さんは、このままジリ貧を許す訳にはいかない。ただ、距離をとっているので、得意の接近戦を仕掛けることも出来ない……」  血気にはやる者達からは、「消極的にすぎる」と批判される作戦である。ただザノン公国艦隊との戦いで、彼が一番被害が小さく勝利を収めているのも確かだった。それだけ敵の特徴を理解していると言うこともであり、勝ちすぎない戦いを心がけているからと言うことでもあった。  その条件のもと敵の作戦を考えると、接近戦を仕掛けてくるのは予想ができたのだ。ただ統制のしっかりした彼の艦隊は、巧みに敵との距離を保ち続けている。今のままなら、自分達の距離で戦う事ができるだろう。 「観測班。途中の小惑星帯に、小型船が潜んでいるとかは無いのかな?」 「ただいま、ソナーを打って確認しています」  すぐさま返ってきた答えに、「杞憂であるように」とドルグレンは心の中で願った。だがそれから10分して、「小さな反応があります」と言う報告に臍を噛むこととなった。 「小型突入艇を使うと言うことか。5分の距離だとすると、今から補足するのが可能だろうか」  ただ、彼に迷っているような時間は与えられていない。直ちに必要と思われる命令を発した。 「検出のあったエリアに探査を集中せよ。小型突入艇の存在が疑われるっ!」  ドルグレンが命令を発した時、「スクブス」と言うキーワードが部下の中から漏れ出てきた。年若い美女で構成された突入部隊は、その美しい見た目とは裏腹の戦果を上げ続けていた。この戦いの中で、スクブスに狙われて犠牲になった主要艦船は20を超えていると言われていた。狙われた船は、今の所100%の確率で沈められていると言われるぐらいだ。助かりたければ、その牙が向けられる前に離脱しろと言われていた。 「狙いは、間違いなく本艦だな」  ドルグレンが小さく呟いた時、観測していた部下から悲鳴のような報告が上げられた。 「該当地区で小爆発を観測。さらに、超高速で接近する物体を確認しましたっ」  その報告でブリッジにざわめきが起こり、明らかに乗組員たちの間に動揺が広がっていった。 「直ちに、現場から急速離脱をっ! ボルガの周りに機雷を散布しろっ! 陸戦部隊、直接戦闘に備えて待機しろっ!」  ここで食い破られてなるものか。ドルグレンは、取りうる限りの対処方法を部下に対して指示を出した。  「お出ましか」ドルグレンの命令を受けた陸戦隊隊長ケリーニンは、無精髭の目立つ顎を右手で撫でた。 「見目麗しい乙女ってのは、ベッドの上で愛でるものだと相場が決まってるんだがねぇ」 「スクブスの美女は、その方面でも強欲って噂ですよ」  そう言って笑ったのは、彼の部下サンチョスである。ちょっと小太りをした、愛嬌溢れる見た目をした男だった。ただ見た目の愛嬌とは裏腹に、容赦ない戦い方は「殺戮だるま」と味方から噂されるような猛者でもある。そして「殺戮だるま」ことサンチョスの率いる部隊が、司令官ドルグレンの誇る陸戦部隊ゴリアテだった。  抑制した艦隊戦を得意とするドルグレンなのだが、その部下の陸戦隊は血の気に溢れた者達が大勢を占めていた。 「隊長っ!」  そこで声を上げたのは、まだ年若い陸戦隊員だった。 「なんだ、ソルティ」  言ってみろと指名されたソルティは、「お持ち帰りは可でしょうか」と気の抜けたことを言ってくれた。そこでどっと部隊が湧いたのは、適度に力が抜けているのとは違う世界があるからだろう。 「お持ち帰りだとぉ。何を寝ぼけたことを言ってる。わざわざあちらからデリバリーに来てくれるんだ。ありがたく頂いてこそ、男の甲斐性ってものだろうがっ!」  以上だと答えたケリーニンに、部下達からヤンヤの喝采が上がった。 「私の取り分はあるのでしょうかっ!」 「スガー、そんな物は早いもの勝ちに決まってるだろう」  自分で頑張れと突き放したケリーニンは、「注意しておく」と声を張り上げた。 「粗末なものを見せるのは、俺達の恥を晒すことになると心して掛かるんだぞ。もしも一物に自身がないのなら、我慢するのも男だと諦めることだ」  それを大声で通達したケリーニンは、「そろそろだ」と状況表示に目を落とした。衝突回避の策をいくつか打ったのだが、敵はそのいずれもすり抜けてくれていた。このままだと、敵が乗り込んでくるまで1分も掛からないだろう。推定突入位置をマップで確認したケリーニンは、「ギンギンに行くぜ」と部下達に発破をかけた。  遠距離からの砲撃や、途中に敷設された機雷原も、エイローテにとって見ればいつものことに違いなかった。巧みな操船でトラップをすり抜けたエイローテは、更にガントレットを加速させた。突入速度が早ければ早いほど、敵に与える損害は大きくなる。そして突入部隊への抵抗も小さくなってくれる。  ただ別の問題として、突入速度が早すぎると、反対側に突き抜けてしまうと言うものがある。下手に突き抜けて姿勢制御を行うと、周りの艦から袋叩きに合う可能性もあった。 「突入速度調整、突入角よし。スクブス隊、ガントレット突入直後に、敵艦へと侵入せよ」  いつもの命令をいつもどおりに発したエイローテは、迫ってくる敵旗艦ボルガの映像へと視線を向けた。加速金属粒子砲が狙ってきているが、投影面積が小さく速度の早いガントレットに当たる可能性は極めてい低い。また尖っている上に装甲が固めてあるので、短時間の照射程度で「深刻な」ダメージを船体が受けることもあり得ないことだった。 「突入」  エイローテが小さく呟いたその時、ガントレットの先端が戦艦ボルガの装甲を食い破った。そして急減速を行いながら、ガントレットの船体はボルガに隠れたところで停止した。宇宙を部隊にした戦いは、狭い船内でのぶつかり合いへと移行したのである。 「カーネーション隊は、ブリッジを襲い指揮系統の破壊を第一目標に。ロベリア隊は機関部を破壊せよ」  以上と言う言葉をきっかけに、20人の美女がボルガの館内に散っていった。彼女達が装備している武器は、肘までを覆い隠す手甲だけである。遠距離から攻撃する銃や、リーチを延ばす刀剣類を持っていなかった。  20名の部下達が散った所で、エイローテはゆっくりとボルガの船内に侵入した。ここから先は、彼女の部下たちが仕事を終わらせて帰ってくるのを待つだけだった。いつもどおりの仕事だと表情も変えずに部下達の走り去った方を見たエイローテだったが、聞こえてくる足音に初めてのその顔に表情が現れた。残酷に口元を釣り上げた彼女が浮かべたのは、間違いなく歓喜の表情だった。 「どうやら俺は、当たりを引いたらしい」  そう言って現れたのは、陸戦隊長のケリーニンだった。ほとんど裸に近いエイローテに対して、彼は白い薄手の装甲姿をしていた。 「どうだい、これからベッドでしっぽりってのは?」  軽口を叩いたケリーニンに、「お互い生き延びたら」とエイローテは答えた。 「その時は、ゾルバーのホテルで相手をしてあげても良くてよ。その代り、泣いて頼んでも絞り尽くしてあげるから」  楽しみねと笑ったエイローテ、「泣いて喜ばせてやるよ」とケリーニンは言い返した。そして腰のウエポンラックから、小ぶりの斧のような武器を取り出した。 「あら、あなたはか弱い女性に対して武器を使うのかしら?」  見下げた男と鼻で笑うエイローテに、「俺はリスペクトを欠かさない男だからな」とケリーニンは言い返した。馬鹿を言いながら隙きを伺っているのだが、目の前の女に全く隙きが見つけられなかった。背中に嫌な汗を掻いたケリーニンは、斧を構えながらゆっくりと間合いを詰めていった。  そして両者の距離が3m程となった所で、お互いが一気に距離を詰めた。最短の動作で斧を振り下ろしたケリーニンだったが、腕にはめられたプロテクターで、その攻撃はあっさりと受け止められてしまった。そしてケリーニンの攻撃を受け止めたエイローテは、流れるような動作でケリーニンの腹に拳を叩き込んだ。  ただこの攻撃は、とっさに距離をとったケリーニンのせいで不発に終わった。だがそのまま踏み込んだエイローテは、流れるような攻撃を繰り返した。流石にこの攻撃を避けきることが出来ないのか、ケリーニンのプロテクターが次第に凹んでいった。それでも、かろうじて致命傷を避けているのか、時折斧での反撃も行われた。ただ戦いは、一方的なものになりかけていた。 「この女は化物に違いない」  一向に止まない攻勢を受け続けたケリーニンは、心の中で文句を叫んでいた。ただいくら文句を呟いても、状況は一向に好転などしてくれなかった。  時間の感覚を失ったケリーニンは、自分がどれだけ戦い続けているのか分からなくなっていた。機械的に行われる攻撃に対して、ほとんど斧とプロテクターの機能だけで、ケリーニンは一方的な攻勢に耐えていた。それでも両手がしびれて持ち上がらなくなった時、汗一つ掻かない眼の前の美女に、自分は死ぬのだと覚悟した。だがケリーニンの両手が垂れ下がっても、エイローテはとどめを刺しに来なかった。  少しケリーニンから距離をとったエイローテは、「あなた名前は?」と静かに尋ねた。 「ケリーニン、ケリーニン・アリゲイルだ……」  大きく肩で息をしながら、ケリーニンは必死の形相でエイローテを睨みつけた。そんなケリーニンに対して、エイローテはカードを1枚取り出すと、彼に向かって飛ばしてきた。反応することの出来なかったケリーニンは、カードがプロテクターの隙間に突き刺さっているのを見ることになった。 「もうすぐ、この船は沈むわ。私達ザノン公国軍は多くの船を失い、あなた達プロキア連邦は旗艦を失った。でも、これでこの戦いは終わりになるわね。この続きがしたかったら、ゾルバーにあるそのホテルにいらっしゃい。ベッドの上で、決着を付けてあげるから」  そこで少しだけ表情、と言っても口元が僅かに緩んだ程度なのだが、「しばらくそこ居るから」とエイローテはケリーニンに告げた。まだ突き刺さったカードをぼんやりとケリーニンが見た時、「ずるいっ!」と言う声が後ろから聞こえてきた。 「隊長だけずるいっ! 私達は、任務を何時も通り果たしてきたんですよ」  茜色のボディースーツを着た女の不平に、スカイブルーのボディスーツ側からも「そうだそうだ」との声が上がった。どうやらエイローテ一人いい目に遭うことが、彼女達のお気に召さなかったようだ。 「お前達があと10秒遅ければ、私もゾルバーで男漁りをしていたわね」  それだけのことと言い返したエイローテだったが、隊員の一人が右腕を押さえているのに気がついた。しかも綺麗な顔には、殴られたような跡が残っていた。 「レザリア、しくじったのか?」  少しだけ心配したような声を出したエイローテに、レザリアと言う女性は「手こずりました」と正直に答えた。 「小太りしたおっさんでしたが、意外に手ごわかったんです。ですが、隊長と違ってちゃんと仕留めました!」  小太りをしたおっさんと言うキーワードに、サンチョスのことだとぼんやりとケリーニンは考えていた。「殺戮だるま」の象徴とも言える男が、か弱く見える女性に素手で殺されたと言うのだ。  偉そうに言い返した部下に、「他を見てみろ」とエイローテは指摘した。 「スクブス隊のモットーは、いかなる時にも美しくだ。汗で髪を貼りつかせるだけでも失格なのに、顔に痣を作るなど言語道断と言うことだ。この後ゾルダーに寄るが、お前は痣が消えるまで外出禁止だな」 「そんな隊長、せっかくの楽しみなのにぃ」  殺生なとレザリアが情けない顔をした所で、女たちの間に笑いが巻き起こった。その非現実的な光景を目の当たりにしたケリーニンだったが、すでに声を出す気力もなくなっていた。 「では、レザリアのことは休暇になってから考えることにする。そろそろ我々も、離脱することにしよう」  そこでちらりとケリーニンの顔を見たエイローテは、「決着がつくのを楽しみにしているぞ」と言い残して突入船へと消えていった。そして全員の姿が消えて間もなく、突入船ガントレットが旗艦ボルガを離れていった。 「ドルグレン閣下はご無事だったのだろうか……」  ガントレットが離脱してすぐ、船内に非常警報が鳴り響いた。「総員退去」の命令に、「ああ沈むのだ」とケリーニンはぼんやりと考えた。そして突き刺さったカードを手に取り、「すっぽかしてやる」と力なく呟いた。 「せいぜい、寂しい思いをすることだっ」  それぐらいの復讐が、負け犬の自分にできる限界なのだ。力なく壁にもたれたまま、ケリーニンは最後の時を待った。そしてスクブスが去った10分後、プロキア連邦第7艦隊旗艦ボルガは、爆発してプラズマの雲に成り果てたのだった。  敵旗艦が沈んだからと言って、それで戦いが優勢になるとは限らない。もともと5千対2万の不利な状況で始まった戦いだから、負けるにしても負け方を考えなければならなかったのだ。その意味で言えば、敵旗艦ボルガを沈めたのは、負けて帰ることへの口実をバレルに与えてくれた。 「デストレア、スクブス隊は帰還したか?」 「あと1時間ほどで着艦するかと」  頭を下げたデストレアに、バレルは前方を見つめたまま「そうか」と答えた。そして少しの間をおいてから、全軍に撤退の指示を発した。 「旗艦は落としたが、数的不利を覆したわけではない。スクブス隊収容後、全艦ゆっくりと後退を開始しろ。いいか、絶対に急いではならんぞ」 「敵は、追ってきませんか?」  小声で尋ねたデストレアに、「間違わなければな」とバレルは答えた。 「急いで逃げられると、どうしても追いかけたくなるものだ。今は旗艦が沈んで混乱しているからこそ、敵に背中を向けることが命取りとなりかねない。ゆっくりと下がって、奴らが落ち着いた時にはすでに追跡不能な距離にいればいいのだ。ドルグレンが生きていれば、追いかけてくるような間抜けな真似はしないし、死んでいたなら間抜け共を餌食にしてやればいいだけのことだ」  それだけのことだと答えたバレルは、椅子に座ってから「休め」とデストレアに命じた。 「ここから先、もうスクブス隊の出番はない。褒美として、この後ゾルバーで休暇を取ることを認める」 「部下たちは、司令に感謝することでしょう」  ありがとうございますと頭を下げたデストレアは、「花園に行っております」と残してブリッジを出ていった。それを見送ったところで、バレルの副官であるゾーンタークが近づいてきた。そのゾーンタークを見て、「使いにくいな」とバレルは小声で話しかけた。 「戦力としては強力だが、使い所が難しすぎる。タランタが手放したのも理解できる気がするな」  いかつい顔をした艦隊司令の顔を思い出し、バレルは小さく苦笑を浮かべた。 「いっその事、会敵直後に投入してみると言うのはいかがでしょう」 「それが、一つの方法であるのは認めるが。一つのバリエーションにしかならないだろうな」  使い方がパターン化すると、それだけ対処の方法も考えやすくなる。それをパターン化させないことが、指揮官の腕の見せ所にもなってくるのだ。起死回生の策にもなるため、序盤で切り札を投入するのはリスクが大きいことにも繋がってくる。 「使い方に慣れるしか無いのだろうな」  ふっと口元を緩めたバレルに、「休息を取られたら」とゾーンタークは進言した。 「今回の作戦準備から、お休みを取られていないかと。しばらく直接の対決はないかと思われますので、今のうちに骨休めをされてはいかがでしょう」 「私に、休めと言うのか?」  少し眉を顰めたバレルに、「その通りで」とゾーンタークは言い切った。 「閣下がお休みになられないと、部下達も休みを取ることが出来ませんゆえ」  だからだと言い切られ、バレルは今度は目元を少し引きつらせた。 「部下達の士気を上げるためには、私が休みを取る必要があると言いたいのだな」 「あくまで、一般論として申し上げました」  しれっと言い返したゾーンタークに、バレルは短く「分かった」と返した。 「撤退完了後、ゾルバー行きのシャトルを用意してくれ」 「畏まりました、閣下っ!」  敬礼を一つ決め、ゾーンタークは持ち場へと戻っていった。  結果的に、プロキア連邦旗艦ボルガの撃沈が、会戦を終わらせるきっかけとなったのは確かだろう。ボルガの撃沈後に行われたのは、双方とも牽制程度の攻撃でしかなく、損害が出ることもなかったのだ。そして双方がゆっくりと牽制をしあい、最終的には2週間を掛けて両軍は戦闘宙域からの離脱を果たしたのである。  この戦いにおいて、沈んだ船はプロキア連邦100、ザノン公国250を数えていた。数の上ではプロキア連邦の勝利なのだが、一方でプロキア連邦は旗艦ボルガが沈められていた。かろうじて総指揮官ドルグレンは脱出したが、精神的な意味ではプロキア連邦の方が大きな痛手を受けていた。  酷い目に遭ったと言うのが、トラスティ達3人の正直な気持ちだった。結局56時間の待機に耐えられなくなり、一行はままよとばかりに近くにあった星系のステーションへと逃げ込んだのである。そしてマリーカの経験から導き出された推測で、安全な場所として最外周部にあるオープンドックへと探査船メイプルを係留することになった。  その時臨検と言って係官が乗り込んできたのだが、「良く無事でしたね」と逆に呆れられてしまった。そこそこ立派な「ボート」なのに、護身の手段が搭載されていなかったのがその理由だった。  そこで形ばかりの検査が行われ、一行は無事惑星ゾルバーの宇宙港への上陸が認められた。思っていたよりすんなりと上陸できたことに、「これで良いのか」と他人事ながらに心配になってしまったぐらいだ。 「お二人とも、他人の心配をしている暇なんて無いんですからね。調べてみましたけど、最安のドックでも結構なお値段がするんです。ちゃんと係留料金を支払わないと、メイプルが差し押さえられてしまうんですよ。ですから皆さん、仕事をしてお金を稼ぎましょう」  いいですねと顔を見られた二人は、マリーカの迫力に負けて何度も頷くことになった。それを見て「宜しい」と頷いたマリーカは、「だったらこれ」と言ってアルバイトの求人票を二人に提示した。 「係留料金も必要ですが。私達が無一文だと言うのも忘れないように。どこの世界でも、生きていくにはお金が必要なんです。トラスティさんが得意な博打にしても、元手がなければどうすることも出来ません!」  「と言うことで」とマリーカはトラスティ達3人を引っ張って軌道ステーションにある歓楽街の方へと向かった。皿洗い、呼び込み、接客、調理と言うのがマリーカの選んだアルバイトである。ただ翌日から、皿洗いが用心棒に代わり、呼び込み、接客、調理が4人の仕事となっていた。 「まさか、ここに来てこんな貧乏暮らしをするとは思わなかった……」  そして4人が宿として選んだのは、歓楽街の外れにある、どう見ても崩壊寸前の宿屋だった。廃棄寸前としか思えないロボットがフロントを務め、廊下を歩くとギシギシと音がする年代物の建物である。最初に部屋に入る前にロボット……すなわち廃棄寸前のポンコツから言われたのが、「ほどほどに」と言うあちらの方面への注意だった。 「そうしないと、床が抜けますから」  と言うのが、ポンコツロボットが注意してくれたことだった。確かにふわふわとした床は、いつ抜けるのは分からない恐怖を与えてくれた。 「そうだな、しかもシャワーが水しか出ないと来ている。まあ、シャワーがあるだけマシとも言えるがな」  ははとカイトが笑ったのは、軍の頃に比べればマシと言う気持ちがあったのだろう。 「私とメイプルさんは、お店でシャワーが浴びられるけど……」  そこでムウとマリーカが膨れたのは、この環境ではトラスティとエッチが出来ないことだった。「ほどほど」にしないと抜けると言う床も問題だが、「防音それ何」と言いたくなるほど薄い壁も問題だった。プライバシーもへったくれもないと言うのが、ナニをすることの前に立ちふさがってくれたのだ。 「とにかく、今は元手を貯めることに専念しようか」  そうすれば、カジノで一攫千金を狙うことも可能だ。なけなしの金をはたいて一攫千金を狙うのは、どう考えても生活破綻者の言い分である。ただ今のバイトでは、生活するのがいっぱいいっぱいで、どう考えてもメイプルの係留代も払えない事が分かっていたのだ。 「まあ、それしか無いのは確かだな」  ははと笑ったカイトは、「冒険らしくなった」と3人に向かって言った。 「前回が冒険じゃなかったとは言わないが、生活の方は比較的恵まれていたからな。それに比べて、生活のギリギリ感がいかにも冒険に思えるだろう」 「確かに、カイトさんの仰る通りなんですけど……ねぇ」  うーむと唸ったマリーカに、「胃は痛くないんだろう?」とカイトは突っ込んだ。 「それを、判断の基準にします?」  少しだけ口元を歪めたマリーカに、「適切な基準だ」とカイトは胸を張った。 「ハラハラ・ドキドキ、どうなるのか分からない中、力を合わせて乗り切るのが冒険ってやつのはずだ」  だからこれが冒険なのだ。力説するカイトに、おかしなスイッチを入れてしまったと、マリーカは少しだけ反省をしたのだった。  そして楽しく遣り取りをする二人の横では、仲間外れにされたトラスティがいじけて……居るわけではなく、この銀河の情報収集に勤しんでいた。その第一目的は、自分達が巻き込まれた戦闘の意味を知ることである。この世界のことを知らなければ、わざわざ探検に来た意味がなくなってしまうのだ。 「とりあえず、一つ分かったことがある」  部屋に備え付けの情報端末を触っていたトラスティは、楽しそうな二人の話に割り込んだ。 「この銀河では、かなりの長期間に渡って戦争が行われていると言うことだ。構成星系15万のプロキア連邦と、構成星系5万のザノン公国ってのが戦っている。この銀河にはまだ未開……と言うのは双方の立場にとっての未開と言う意味なんだけど、その未開エリアへの拡張と同時に、お隣さんとの戦いを続けていると言うことだよ。そして僕達が空間移動をして現れたのが、ちょうど境界領域と言うことになるんだ。両国家体の境界は、総延長で10万光年程度の長さがあるんだけど、船舶の通行に適さないエリアが9割を占めているね。だから1万光年ほどのエリアのいたるところで、戦闘が繰り返されていることになる。双方の戦力分析は、専門家の兄さんに任せようと思うけど……今度は艦隊投入ってのは難しいのだろうね」 「それで、俺達が逃げ込んだここは安全なのか?」  戦争の方も気になるが、まずは自分達の身を守る必要がある。それを第一に確認したカイトに、「一応は」とトラスティは返した。 「境界上には、いくつかの緩衝地帯が作られているんだ。まあ、長いこと戦争を続けているけど、それは長い付き合いって意味にもなるからね。緩衝地帯と言うのは、その交流拠点と言う意味もあるんだよ。僕達が居るのは、その交流拠点の中では、最大の、そしてもっとも賑わっているゾルバーって星系にある、惑星軌道ステーション・シーリーと言う場所になる。一番長い所で4千キロ、短いところで2千キロって言う、馬鹿げた大きさを持つ軌道ステーションだよ。中には、およそ5千万人の人が住んでいるね」 「そのお陰で、俺達もアルバイトにありつけたってことか」  なるほどなるほどと頷いたカイトは、一度マリーカの顔を見てから「どうするつもりだ?」とトラスティに確認した。 「ここに来ちまったのは仕方がないとして、ここから先はどうするつもりだ? グルカ銀河のように、交流を持ちかけるって訳にもいかないだろう。まあ、連邦のどこかに近いってのなら、対処を考える必要があるのだろうけどな。もっとも、その場合は連邦安全局の仕事になる訳だ」 「それなんですよねぇ……ただ、現時点で戦争が進行中ってところを見るのも、結構刺激的だとは思っているんです。もちろん、自分達の身を護るのが最優先ですけどね。多層空間上で位置関係の把握と、銀河の分類を終えたら、観察対象として管理すると言うのが定石だと思いますよ。少なくとも、内政に関わることはないと思います」  トラスティの言葉にカイトが頷いた時、「ところで」とマリーカが割って入ってきた。 「次は、どんな女性を毒牙に掛けるつもりですかぁ?」  どうしてそっちに持っていくのか。情けない顔をしたトラスティは、「たまには違うパターンがあってもいいと思うんだ」とマリーカの顔を見た。 「君のラブロマンスがあってもいいとは思わないのかな?」 「私ぃっ!」  素っ頓狂な声を上げたマリーカに、トラスティとカイトが「しー」と人差し指を自分の唇に当てた。有って無きが如くの防音なのだから、ちょっとした声でも通路に響き渡ってくれるのだ。 「どうして、私のラブロマンスって話になるんですっ! それって、トラスティさんが私を捨てるって意味になるんですよね」  酷いって泣き真似をしたマリーカに、「どっちが捨てられるんだろうなぁ」とトラスティはカイトの顔を見た。 「普通は、僕が捨てられるって意味になると思うんだけど」 「二股って手もあるんじゃないのか?」  ニヤッと笑われたマリーカは、「二股かぁ」と少し悩んでみせた。 「でもなぁ、私って一途なタイプだし。二股って言われても想像がつかないって言う感じだし」  うーむと悩むマリーカを見て、「愛されてるな親父」とカイトはニヤついた顔をトラスティに向けた。 「ってことは、今回は兄さんが担当ってことになるんだな」  うんうんと頷いたトラスティに、「おい」とカイトはツッコミを入れた。 「どうして俺なんだ?」 「今回は、やんごとなきお方ではなさそうだからね。きな臭い方向だったら、兄さんがうってつけだろう?」  トラスティの決めつけに、カイトはすかさず「パス」と返した。ただトラスティだけでなく、マリーカからも同情するような目で見られてしまった。 「な、なんだ、どうしてそんな目で俺のことを見る!」 「どうしてって、ねぇ」  そこで顔を見られたマリーカは、「逃げられると思います?」と痛いところを突いてきた。 「そのあたり、IotUの血を引いた宿命だと思ってください」 「だとしたら、親父も逃げられないことになるんだが?」  だよなと顔を見られたマリーカは、「否定するだけの理由がありません!」と言い切った。 「大丈夫ですよトラスティさん。私は理解がある女ですから」 「結局、自分のところに戻ってきたか……」  やってられないなと、音量を押さえてトラスティはぼやいたのだった。  4人がアルバイトに入ったのは、歓楽街の外れにある「ちょっと」いかがわしいサービスをするバカラと言う名前のお店だった。バカラのサービスは、ステージでダンスをするお持ち帰りが可能なダンサーの女性と、飲食物をお客に届けたり、そこで楽しくお話をしたりする「お持ち帰り不可」のコヨーテと呼ばれる女性がメインとなっていた。そこでメイプルは、料理の腕を買われて厨房に入り、ダンサーを勧められたマリーカは、「お持ち帰り不可!」を強く主張したためコヨーテと言われるサービス係に着いた。  そして男性陣のうちトラスティは、言葉巧みに客を店の中に引っ張り込む客引きをし、特に技能のないカイトは皿洗いから始めることになった。ただ初日のトラブル対応が見事すぎたため、皿洗いから用心棒への昇格を果たした。その結果、一日の実入りはマリーカ>>カイト>メイプル>トラスティの順に変わっていた。 「お兄さん、色々と美味しい子が揃ってるから」  揉み手で客引きをしながら、自分はナニをしているのだろうとトラスティは情けない気持ちになっていた。売れてはいなかったが、良好随筆家の時でもここまで卑屈な仕事をしたことはなかったのだ。違う銀河に冒険に来たのに、やっているのがエロオヤジに媚びる客引きなのである。  「どうしてこんな店を選んだっ!」と初日にマリーカに詰め寄ったのだが、そこで言い返されたのが「常識がない!」と言う反論だった。 「トラスティさんが想像するようなお店で、私達が働けると思いますか? 身元の確認が緩くて、そこそこ実入りがいいお店を選ぶとああなるんです。まったく、蝶よ花よと育てられたお坊ちゃまはっ」  はあっと大きくため息を吐かれた時には、「そこまで言うのか」と反発をしたくなっていた。ただ同時に思ったのは、謎に包まれたマリーカの経歴だった。確かグリューエルに紹介された時には、彼女はまだ14だったはずなのだ。王家のクルーザーの船長までした女性が、いつこんな店のことを知ることが出来たのか。自分以上にアンダーグラウンドの事を知るマリーカに、トラスティは疑問を押さえる事ができなかった。  ただトラスティの問いに、マリーカは「聞かない方が良いことがありますよ」と真顔で答えてくれた。それを聞かされた時には、「聞かない方が良いんだ」と思いながら、「確か処女だったよな」と初めての夜のことも思い出した。ますます謎だと、トラスティはクリスティア自体に疑問を感じたのである。  ただマリーカが選んだだけのことはあり、卑屈な真似さえ我慢できれば、仕事としては非常に順調だと言えただろう。言葉巧みに客からチップを巻き上げるマリーカと、安宿を選んだお陰でお金にも余裕ができ始めたのだ。 「はい、あなた」  そして勤め始めて10日過ぎた所で、マリーカはトラスティに軍資金を渡した。相場を考えればいささか心もとない金額なのだが、今の自分達にはこれが限界だったのだ。 「いいですか。賭け事ですから、絶対に負けてはだめとはいいません。だけど、借金をこしらえてきては駄目ですからね。引き時をわきまえるのも、ギャンブルでは大切なことです。もしも借金をこしらえてくるようなら、あなたには素敵な職場に転職してもらいます」  それがここと示された店に、トラスティは「絶対に嫌」とマリーカに懇願した。当たり前のことなのだが、男性向けのお店があるのなら、女性向けのお店も存在していたのだ。 「それから、負けて帰ってきたらご飯を抜きますからね」  いいですかと凄まれ、トラスティはかくかくと頷いた。 「分かったら、さっさと稼いできなさいっ!」 「ええっと、僕の寝る時間は?」  そんな話を、仕事が終わった時間にしていたのだ。「さっさと」と言うところを見ると、これから行って来いと言うことになる。 「シーリーのカジノは、24時間営業をしています。稼ぎが一番悪いのですから、寝る時間を惜しんで稼いできてください。それとも、こっちのお店で金づるを捕まえてきますか?」  そう言ってマリーカが持ち出したのは、マダム向けの別のお店だった。楽しくお話をしてご贔屓を捕まえれば、貢物だけでもかなりのお金が稼げると噂されていた。 「いやいや、こう言うのは僕のポリシーに反するから。女性を誑し込んでお金を貢がせるのって……なにか、疑問があるのかな?」  マリーカが不思議そうな顔をしたのに気づき、トラスティは心から素直な質問をした。 「いやぁ、自覚がないのかなぁって思っただけだから」 「自覚がないって……」  おかしいなと首を傾げたトラスティに、本当に自覚がないんだとマリーカは呆れていた。どれだけ多くのやんごとなき女性が誑し込まれ、どれだけ貢物を出さされているのか。自覚が無いだけタチが悪いと、とても冷たい視線をトラスティに向けた。 「まあ、自覚がないのならいいんですけどね。それよりも、あなたが一番稼ぎが悪いんですからね。いつまでも、ヒモのような生活をしていないで私に楽をさせてください」  だからさっさと行けと追い出され、「優しくないな」とぼやきながらカジノへと繰り出していった。  そこで大勝ちを狙わなかったのは、確実さを狙ったと言うより、ご飯抜きが怖かったと言う笑えない理由からだった。ただ確実さを狙ったおかげで、「ギャンブラー」の面目が立つ程度のそこそこの稼ぎを得ることには成功した。  ただ堅実さを狙って勝って来たトラスティだったが、マリーカは少しも優しくなかった。 「初日としてはマアマアなのでしょうけど。これではメイプル号が係留しているピアの1日分にもなりません。明日からは、もっと気合を入れて稼いできてください! とりあえず、今日はご飯を食べさせてはあげます」  はいと言って出されたのは、なぜかとても粗末な食事だった。普段よりもおかずが少ないのは、どう考えたらいいのだろうか。ただ文句を言うと更に減らされそうなので、トラスティは黙々と量の少ない食事に取り掛かった。  そして食事が終わった所で、「今日はいいかな?」とマリーカに誘いをかけた。一応構造強度は理解できたし、コスモクロアに床の補強も行わせていた。更に言うと、防音の方もコスモクロアに任せていたのだ。だから少しぐらいならとせがんだのだが、「だめ」の一言で片付けられてしまった。 「あなたは、客引きの仕事もあるんです。私もそうですけど、睡眠時間を削っては駄目ですよ。だから、エッチは余裕ができるまで当分お預けです!」  だから駄目と繰り返されたトラスティは、すごすごとベッドで丸くなったのだった。  数日後カジノで中勝ちをして帰ってきたトラスティに、「ここまでの情報」とマリーカはカイトとトラスティに客から聞かされた話を伝えた。 「私達を攻撃したのは、どうもザノン公国側みたいですね。スクブスと言う女性だけで編成された強襲部隊があるんですけど、プロキア連邦の旗艦ボルガを強襲して撃沈に成功しているんです。日付を考えると、ちょうど私達がこちらに来たのと同じ日なんですよ。そのスクブスの攻撃手法が、強襲艇で敵艦に高速で突入して内部から破壊すると言うものらしいんです。私達が狙われたのは、ちょうどその強襲艇の進路にいたのが理由みたいですね。それから私達が目撃した戦いは、どうやら双方痛み分けの形で撤退が行われたそうですよ。プロキア連邦側の損害は100、そしてザノン側の損害は250ぐらいだそうです。出撃艦船数の0.5%対5%ですから、数だけで言えばプロキア連邦側の圧勝と言うことになりますね。ただプロキア連邦側は、旗艦が落とされると言うミソが付きましたた。司令官のドルグレンと言う人は脱出できたそうですけど、その時の怪我でステーションにある病院に収容されているそうです。それを考えると、圧勝と喜んでばかりはいられないと言うことになりますね」  マリーカの説明に、カイトは小さく頷いた。 「確かに痛み分けって奴になるな。だが、旗艦だけ狙ってどうするんだ?」  戦術として効果的かと言われると、思わず首を傾げてしまうのだ。万に及ぶ戦艦が居るのだから、たかが1隻、それが旗艦であっても沈めたことに決定的な意味があるとは思えない。もしも意味があるとしたら、プライドと言うところが大きいだろう。カイトの疑問に、「考えられることは」とトラスティがコメントした。 「ドルグレンでしたか、その人のプライドは大いに傷ついたでしょうね。それと、スクブス隊ですか、その勇名は高まるってところでしょうか。戦略的に大きな意味を持つことはないと思うし、戦術的にも局面を打開するのは難しいでしょう。スクブス隊が驚異と言うのなら、部隊配置を考えれば戦局に影響が出ないように出来ますからね」  トラスティの論評に、「だな」とカイトもそれを認めた。 「もしもスクブス隊って奴が大隊レベルであれば別だが、1艦必殺だけじゃぁ暗殺にしか使えないだろう。今の使い方は、ちょっと方向性が違うんじゃないのかな」 「やっぱりそうなんですよねぇ。ただ、プロキア連邦側の陸戦部隊は戦々恐々としているって話ですよ。今回の戦いでは、結構な有名人まで殺されていますからね。自分達のところには来ないでくれって言うのが、正直な気持ちらしいです」  マリーカの補足に、「あるだろうな」とカイトはその事実を認めた。ただ陸戦部隊を怯えさせることが出来たとしても、艦隊戦に大きな影響をするとは考えられない。その意味でも、使いにくいと言う印象は変わらなかった。 「ところでカイトさん、そのスクブス隊に興味はわきませんか? 話によると、全員が10代後半から20代前半の美人揃いらしいですよ。ほら、カイトさん、女性の匂いがしてきたと思いません?」  ほらほらと口元を歪めて迫るマリーカに、カイトは「ないない」と手を振った。 「ゴーゴーバーの用心棒が関わるような相手じゃないだろう」  だから無いと繰り返したカイトに、「逃げられるといいですね」とマリーカは笑った。そして笑いながら、どうすれば関わらせることが出来るか。それを考えたのだった。  広大な面積を持つシーリーだから、カジノは10箇所ほど設置されていた。そしてそれぞれの箇所には、ホテルに併設されたカジノが5〜10件営業していた。従って軌道ステーション・シーリーには80件ほどのカジノが営業していることになる。  その1つであるカジノ「ソンブレロ」が、トラスティが通うようになったカジノである。そのカジノを選んだ理由は、第一に「入場料」が安いことだった。そして人の出入りも多いので、中勝ち程度では目立たないと言うのも都合が良かったのだ。ただ客層の関係で、一攫千金を狙うには不向きなカジノでもある。そしてそれ以上の問題は、多少勝ったぐらいではメイプルを係留しているピア1日分の係留料金にも届かないことだ。 「着実に稼いでくれるのはいいんですけど。係留料金を考えると赤字なんですよね。ただ、少しお金を入れたので、うるさく催促されることはなくなりましたけど」  収支を管理しながら、「足りませんね」とマリーカは繰り返した。そしてカイトの顔を見て、「お客さんからの情報です」と言って1枚のポスターを投影した。 「地下闘技場って……ここは、惑星軌道上にあるステーションだろう?」  どこに地下があると言うのか。的確な指摘をするカイトに、「言葉のゴロと勢いでしょう」とマリーカは身もふたもない答えを口にした。ちなみに宇宙空間に作られたシーリーは、多層構造をとっているため地下室の下に更に別の建物が建っていた。 「まあ、金持ちの娯楽なんですけどね。腕自慢を戦わせて、どっちが勝つかに賭けて遊ぶってやつです。結構なお金が動くので、ファイターにも実入りがいいって話なんですよ。お金に困ってるってお客さんに話したら、こんなのもあるって教えてくれました」  その時には「同伴はどう?」と誘われてもいたのだが、そちらの方は綺麗サッパリ無かったことにした。ちなみにピアへの係留料金は、客をとったぐらいではまかないきれないことは分かっていた。その意味でも、マリーカが客を取ることには意味がなかったのだ。けして自分だけは守ろうと言う感情からではない、はずだ。 「ちなみに女性の部もありますから、いざとなったらメイプルさんを投入することも考えています。チャンピオンクラスになると、ファイトマネーも桁が違うって話ですよ」  ふ〜んとトラスティが感心したのは、その手の世界を知らなかったからだろう。ただカイトの方は、あまりいい顔をしなかった。 「似たようなやつは、うちの連邦にもあったんだけどなぁ……ただ、ろくな場所じゃなかったと言うのか、経営している奴が危ない奴らばっかりだったな」  そちらの方の管轄は、軍ではなくIGPOに任されていた。その意味では、カイトも噂を聞いただけのレベルである。駆け出しの頃には潜入調査への協力依頼もあったが、結局実現しないで終わっていたのだ。 「まあ、この手のものはそんなものですよ。危ない奴らを相手にするから、実入りがいいし足がつかないって言うのもありますからね」  マリーカの話を聞きながら、トラスティはますます彼女に対する疑問を深めていた。一体どんな子供時代を送っていたのか。できれば教えて欲しいと思っていた。  ただ女性の過去をほじくり返すのは、無粋な上に命知らずと言われる行為に違いない。 「ところでトラスティさん、もっとカジノからの上がりを多く出来ないんですか?」  出来るでしょうと言う目で見られたトラスティは、「出来るけどね」と微苦笑を浮かべた。 「勝ちすぎると目をつけられるから、そのバランスを取っているところなんだ。出禁ぐらいならいいけど、怖いお兄さんに絡まれたら面倒だからね」 「確かに、そっちは面倒ですね。でも、このままだと赤字が膨らむばかりなんですよ」  その対策も必要だと主張するマリーカに、「そろそろ河岸を変える」とトラスティは答えた。 「結構カジノ事情も分かってきたからね。もうちょっと動くお金の大きいところを狙ってみるつもりだよ。そこでマリーカにお願いなんだけど、一緒に来てくれないかな?」 「私に付いてきて欲しいんですか?」  ちょっと頬を赤くしたのは、誘われたのが嬉しかったからだろう。明らかに機嫌がよくなったマリーカに、トラスティは「なぜ」の部分を説明した。 「豪華なところになると、客層がちょっと変わってくるんだ。そんなところに男一人で行って目立つと、結構後から面倒なことになるんだ。主に、声を掛けてくる女性関係で」  色んな所でやんごとなきお方を誑し込んだ実績を考えれば、面倒なことになるのは想像ができることだった。なるほどと納得したマリーカだったが、「着ていく服がありませんよ」と現実問題を指摘した。 「ドレスとか必要になってきますよね。そう言うのを着たこともないし、持ってもいないんですけど。でも、社交場かぁ」  うっとりとした顔をするマリーカに、「ドレスなら」とトラスティはぱちんと指を鳴らした。必要だろうとノブハルから貰ってきた、衣装チェンジシステムを起動したのである。  そのお陰でマリーカの格好が短パンにTシャツから、ちょっと大人のパープルのドレスへと変わってくれた。ただそれを見たカイトは、「うまく引っ掛けてきた方が役に立ちそうだ」と方針変更を提案した。 「そうですね、都合のいい金づるを探した方が良さそうですね」  それにトラスティも同調したので、「酷くありませんか」とマリーカは唇を尖らせて文句を言った。 「それって、直接口に出して言っていないだけで、私に魅力がないって言っているようなものなんですけど」  させてあげないからと怖い顔をしたマリーカに、「求めるのはこっち」とドレス姿のフリーセア、もちろんチョーカーバージョンを見せた。そこで同い年のグリューエルを見せなかったのは、どんな反論があるのか分かっていたからだ。 「ちなみに、彼女は君の2つ下だからね」 「これで、私より2つ下なのかぁ……」  う〜むと真剣に見比べたマリーカは、「チョーカーくれます?」とトラスティに尋ねた。 「君の場合、チョーカーの効果がないと思うよ。彼女達とは、性格が違いすぎるからね。あれは、高い身分にいる人の方が効果が大きいからねぇ。多分、軍系にも役に立たないと思うから」 「ちっ、社交界デビューが出来るかと思ったのに」  それなりに悔しそうな顔をしたマリーカに、「人には向き不向きがあるから」とトラスティは慰めた。 「どちらかと言ったら、君はこちら側の人間だと思うよ。支配されるより、支配する側って感じかな」 「そのあたりは、王女様を愛人にしたご先祖様の血ってやつじゃないのか?」  茶化してきたカイトにきつい視線を向けたマリーカだったが、「そう言えば」と自分の母親のことを思い出した。 「そう言えば、リリカさんは王妃様とも仲が良かったし……やけに顔が広かったような」  納得しかけたところで、マリーカは首をブンブンと横に振った。 「で、でも、私は可愛い女の子が理想なんですよ。だから、ベッドの上ではトラスティさんのなすがままになってるしっ。って、なんですか?」  可愛い女の子だと力説したマリーカの肩を、カイトはぽんぽんと叩いてくれた。そして顔を見られ、ゆっくりと首を横に振った。 「子供に、親父の性生活なんて教えてくれなくてもいい……と言う建前はいいんだが。親父はデバイスも蹂躙する男なんだぞ。オスラム帝国のエロ護衛も、オヤジの前では可愛い小娘だったんだ。それを考えたら、ピカピカの処女が抵抗できるはずがないだろう」 「それを指摘されると、確かに反論はできませんね」  う〜むとマリーカが唸ったところで、「話が逸れすぎ」とトラスティが割り込んだ。 「変なのに引っかからないように気をつけることにするよ」 「その意味だと、おかしな女性を拾ってこないようにしてくださいね」  そちらは前科がありすぎると。絶対に反論できない決めつけをしたマリーカは、「これで話は終わりですね」と嬉しそうな顔をした。 「ああ、明日からエルドラドだったかな、今行っているソンブレロより格上のカジノに河岸を変えることにするよ。うまく行けば、数日分の係留費用を稼ぐことが出来るはずだ」 「期待していますけど、欲をかかないように。大勝ちを狙うと、その分大負けの可能性も高くなりますからね」  だからくれぐれも慎重にと、マリーカはトラスティの目を見て注意をした。それに頷いたトラスティは、「男娼にはなりたくない」と言って笑った。 「ほどほどってのが、長く続けられる秘訣だと思っているよ。少なくとも、ギャンブルに関してはね」  ツッコミを受ける前に言葉を足したトラスティに、「ですよね」とマリーカは笑った。そして先程より顔を赤くして、「頑張ってる、ご、ご褒美が必要ですよね」とそっぽを向いた。 「先渡しをすることも吝かではありませんからね」 「じゃあ、俺は先に寝させてもらうわ」  気を利かせたカイトは、「ごゆっくり」と言い残して自分のベッドルームへと消えていった。 「ず、ずいぶんと久しぶりなのを分かっていますか?」  帰った時は、留守番組の奥さん達を優先していたのだ。そう主張したマリーカは、上向き加減になって瞳を閉じたのだった。  そこまでの怪我ではないと主張したのだが、結果的にゾルバーの病院に押し込まれてしまった。そのあたりは、生き残った彼の幕僚のおせっかいと言う物があったからである。消極的と批判を受ける戦いをしているくせに、敵に旗艦を落とされてしまったのが良くなかった。それが彼だけではないと分かっていても、本星に戻れば吊し上げを食らう恐れがあったのだ。そのため一時避難所として、ゾルバーに押し込まれたと言うことである。そしてもう一つ、休暇を取らない司令に、骨休めをしろと言うお節介もそこには含まれていた。 「ありがたく受け取るべきなんだろうね」  手入れの行き届いていない、少し伸びすぎた髪を掻きながら、ドルグレンは無事軌道ステーション・シーリーにある病院を退院した。ここならば暗殺の恐れもないと言うことで、特別な護衛は付けられていなかった。そして護衛の代わりに、彼の行動を制限する一番いい方法が取られていた。 「司令は、もう少し自分のお体をいたわるべきなんです。入院が伸びたのは、疲労が原因だったんですよ」  そう言って文句を口にしたのは、彼の副官を務めているフランチェスカと言う女性だった。茶色の髪をショートにした、鼻筋の通ったなかなかの美人と言うのが彼女の評判である。ちなみに彼の部下達からは、さっさとゴールインしろと盛んに言われていた。 「だけどね、僕にはスタッフを立て直すと言う使命があるんだ。今回スクブスに襲われて、半数の部下が命を落としたんだ。彼らの冥福を祈る必要もあるし、後釜を探す必要もあるんだ。特にケリーニンの後任問題が大きいんだ。「殺戮だるま」の部隊が全滅したお陰で、連邦軍の間に動揺が広がっているんだよ。スクブスに対する恐怖が広がると、それだけで連邦軍の戦力が落ちることになるんだ」 「だとしてもです。それぐらいのことは、生き残ったあなたのスタッフが考えてくれます。確かにボルガに乗っていた部下は数多く失いましたが、それ以外はほとんど無傷で残っているんですからね。頼ってあげないと彼らが可愛そうですよ」  反論は許さないと言う勢いのフランチェスカに、ドルグレンはため息の形で同意を示した。 「ただ、考えることまでは止めないで欲しいな」 「考えるのを止めたドルグレンは、庭の置き石より役に立ちませんからね」  周りで揶揄されている言葉を持ち出され、「そこまで酷くはないと思っているよ」とドルグレンは言い返した。ただ口元をニヤけさせたフランチェスカを見て、「どうやって寛ごうね」と次なる問題点を上げた。彼自身、バカンスと言う物に慣れていなかったのだ。 「それなんですけど、ちょっといいホテルを確保したんです。トリスタンと言う5つ星のホテルなんですけど、立派なエルドラドと言うカジノも併設されているそうですよ。プールとかもあるそうですし、レストランも3つ星クラスが勢揃いしているんです」  いいですよねと目を輝かせるフランチェスカに、「場違いな気が」とドルグレンは小声でぼやいた。 「第7艦隊司令が、そんなことを仰っていいのですか?」  立場を考えましょうと主張したフランチェスカに、「慣れないものは仕方がない」とドルグレンは開き直った。 「まあ、勝負勘を鈍らせない必要はあるのだろうね」 「では、ホテルにチェックインをしてからカジノに繰り出しましょうか」  立場上腕を組む訳にはいかないので、ちょっと普通より近い距離でフランチェスカは並んで歩き出した。  やはり場違いと言うのが、ホテルで感じたドルグレンの正直な感想だった。ホテルのチェックインでは支配人が来て挨拶をしてくれるし、部屋は3ベッドルームのスィートが用意されていた。「私は別ですから」とフランチェスカが居なくなってくれたので、ますます手持ち無沙汰になってしまったのだ。もっともフランチェスカが居たら居たで、別の意味で持て余すことになったのは疑いようもないだろう。  着替えもせずにベッドに仰向けになったドルグレンは、「失態だった」と旗艦ボルガを沈められた戦いのことを思い出した。損失艦船数を比べれば、圧勝と言っていい戦いには違いない。ただ掛けた時間を考えたら、撃沈数が少ないことを論われていたのだ。その分自軍の損耗も桁違いに小さいのだが、撃沈数を論う者たちは、自軍の損耗に触れることはしなかった。  旗艦ボルガ撃沈と言うミソがついたことを除けば、ケチを付けられるような戦いでは無いはずだ。損耗率0.5%と言うのは、敵の損耗率5%に比べれば、大勝と言ってもおかしくない数値なのである。ただドルグレンにしてみれば、腹心の多くを失ったと言う失敗を拭い去るものではなかったのだ。 「だが、スクブスには十分に警戒をしていた」  相手の接近を予想し、万全の迎撃体制を敷いたはずだった。ただその体制が役に立たず、虎の子の陸戦隊も全滅させられてしまった。次はどうすると言うことにも、これと言った目処が付いていないと言う体たらくである。バカンスを楽しむ気力が沸かないと言うのが、今のドルグレンの置かれた状況だった。  そうやってぼんやりしていたら、予想以上の時間が過ぎていたのだろう。メッセージを告げるポップアップで、ドルグレンは現実の世界に引き戻された。送られてきたメッセージは、食事前に遊びに行かないかと言うフランチェスカのお誘いだった。 「気分を変えた方が、まだ生産的なのだろうな」  用意された着替えを引っ張り出したドルグレンは、「シャワーは」と手の甲の匂いをくんと嗅いだ。そして時間を確認し、まだいいかとそのまま部屋を出ていったのだった。  ずっと軍人として生きて来たドルグレンにとって、カジノと言うのは全くの別世界だった。少し落とされた照明の中に、原色でコーディネートした遊具が並び、忙しく光を明滅させていたのだ。そして奥の方を見ると、大勢の客たちがディーラーを囲んでいるのが目についた。  トレーに酒を載せたボーイが、まるで客と言う海を泳ぐように歩いていき、カウンターの方を見ると、際どい格好をした美女たちが獲物を狙う猛禽類のように止まり木で戦闘態勢を整えていた。そして毒々しい光を放つ遊具達が、こちらへ来いとばかりにお祭り騒ぎを続けていた。 「なるほど、これは初めて見る世界だ!」  タキシード姿に着替えたドルグレンは、入口に入った所で思わず立ち止まってしまった。それぐらい眼の前の世界は、派手やかな異世界だったのだ。そしてその事情は、タイトな赤色のドレスを着たフランチェスカにとっても同じようだった。 「本当に、世界が違いますね」  ドルグレンと同様に入り口のところで立ち止まり、軽いため息を吐いたのである。  そこに「ドルグレン様ですね」と言って一人の男が近づいてきた。「支配人のターゲッツです」と挨拶した男は、「これをどうぞ」とIDを差し出した。 「遊興費の方は、こちらに用意させていただきました」 「ずいぶんと手回しがいいのだね」  そこで顔を見られたフランチェスカは、「私ではありません」と慌てて否定をした。そもそもそんな手配ができるぐらいなら、入った所で立ち止まったりはしないはずなのだ。 「だとしたら、ワイツゼッカー辺りのお節介か」  ふっと息を吐いてからチャージ額を確認したら、結構な金額が入っているのが分かった。カジノとはこんなにお金を使うものなのかと、ドルグレンは新鮮な気持ちになっていた。 「さて、少し見学をしてから試してみることにしようか」 「そうですね、なんの基礎知識もなく来てしまいましたからね」  でしたらあちらと指を指し、フランチェスカはドルグレンの横に並んで大勢の人達の間を縫って目的地へと向かっていった。  ワイツゼッカー辺りなら、どうして「腕を組まないのだ!」と二人に小言を食らわしていただろう。初心なのかそれともそう言うことを知らないのか、二人は並んだままテーブルの間を移動していった。そしてテーブルごとに、どんなゲームが行われているのかを観察したのである。簡単なゲームのルールなら、AIに確認すれば教えてくれる。それを元に、客とディーラーの間で行われる駆け引きを観察したと言うことである。  その他の客からしたらいささか迷惑な行動を1時間ほど続けたところで、ドルグレンはカードゲームのテーブルに移動した。カードゲームなら、士官学校時代の寮で遊んだ経験があるからと言うのがその理由だった。そこでカードゲームでも、普段と同様にとても手堅い遊び方をしたのである。お陰で収支はプラスになったが、それにしても大したことはないと言われる程度の勝ち方だった。 「初心者だし、負けるのは癪に障るからね」  誰に責められた訳でもないのに、ドルグレンはフランチェスカに向かって言い訳らしきものを口にした。ただ言い訳を言われた方にしても、地味なやり方かどうかなど理解できていなかったと言う事情がある。だから「初心者だから」と言う言い訳にしても、「そうなんですか?」程度の反応しかできなかった。 「確かに、堅実に勝たれているなとは思いましたが……」  それ以上のコメントは、素人のフランチェスカには難しかった。お陰で少し言葉に詰まることになった彼女に、「別のテーブルに行こう」とドルグレンは提案した。そして提案をしながら、ちぐはぐとしているなと反省をしていた。  それからのテーブルでも、大負けどころか負けさえしない堅実なゲームをドルグレンはしていった。そのあたりは普段の作戦行動と全く同じなのだが、「遊びに来ているのか?」と彼の部下なら間違いなく疑問に感じてくれるところだろう。ただ少しずつでも勝ち続けたお陰で、手持ちの金は20%程増えていた。 「やはり、私にはギャンブルは向いていないようだ」  カウンターに用意されたハイチェアに腰を下ろし、ドルグレンは緑色のカクテルを口にしながら自分を卑下した。羽目を外すためにカジノに来たのに、結局何時も通りに手堅いことしか出来なかったのだ。 「私には、堅実なことが悪いこととは思えません。それどころか、司令らしいと思っています」  こちらはピンク色のカクテルに口をつけ、フランチェスカは「気にし過ぎでは」とドルグレンを慰めた。 「気にし過ぎか。確かに、それを否定することは出来ないのだろうね。ただ私も。この前の戦いには色々と思うところがあったんだ」  カウンターにグラスを置いたドルグレンは、「うまい方法が見つからないんだ」とフランチェスカに向かって白状をした。 「私の戦い方は、味方の損耗を最小化することを重心をおいている。そしてその上で、いかに敵の戦力を削っていくかを考えているんだよ。それが消極的だとの批判を受けているのは分かっているが、それが自分に求められる戦い方だと信じていたんだ。その証拠に、この歳で艦隊司令にも抜擢されることもできたんだ。だから、今のままでいいとずっと思い続けていたのだよ。ただ、その自信もこの前の戦いで打ち砕かれてしまった。これまでの私の戦い方は、確かに地味で嫌らしいものに違いない。だが敵のバレル司令官は、敵に対して「恐怖」を植え付ける戦い方をしてくれた。だから戦いに勝利をしても、誰も勝利したと言う気持ちになれていない。それどころか、連邦艦隊の中にスクブスに対する恐怖を植え付けてくれたんだ。悔しいけれど、私にはできない戦い方だと思っているよ」  心情を吐露したドルグレンに、「私には」とフランチェスカはバレルに対する評価を否定した。 「苦し紛れの策にしか思えないのですが?」  そこまで評価することかとの疑問に、「苦し紛れかい」とドルグレンは苦笑を浮かべた。 「スクブス隊による強襲は、すでにパターン化された攻撃方法なんだよ。最近の戦いで、すでに20隻近くの旗艦級の戦艦が沈んでいるんだ。そして私も、目出度くスクブス隊の餌食に名前を連ねたと言うことだ」 「ですが、全体の戦局には影響が出ていません。気にしすぎるのは、逆に敵の術中にはまる事になります」  冷静に答えるフランチェスカに、「まったくもって君の言うとおりだ」とドルグレンは返した。 「だがいつも正論が正しいと言う訳ではない。敵の中に伝説を作ってしまうことだけで、我々が不利になることも十分あり得るのだよ。そして一発しか打てない……そのことにも疑問はあるのだが、一発しか打てない銃弾に怯えた戦いになってしまう。重要人物が星間を移動する際には、常にスクブスを恐れなくてはならなくなってしまう。どんなに守りを固めようと、一度狙われたら逃げることも叶わないとね」  その影響が怖いと吐露したドルグレンに、「だったらっ」とフランチェスカはカウンターに置かれたドルグレンの手に自分の手を重ねた。 「次は、撃退してやればいいんです。そうすることで、スクブス隊も脅威ではなくなります」 「簡単に言ってくれるね」  苦笑を浮かべたのは、これと言った策が浮かばなかったからに他ならない。 「あれから、本当にいろいろな方法を考えてみたよ。だがスクブス隊の突入を防ぐ方法すら見つからなかった。そして一度突入されてしまうと、直接対決で圧倒する以外に撃退する方法が見つからなかった。だが直接対決で圧倒と言うのは、ケリーニンと殺戮だるまの部隊でも敵わなかったんだ。船内の外敵に対する備えも、簡単に突破されたよ。罠が、罠としての役目を果たせなかったんだ」 「だとしたら、突入前に叩けばいいのではありませんか?」  フランチェスカの意見に、「それも考えた」とドルグレンは答えた。 「そのため、各種迎撃を今回行っているんだよ。だけどそのすべてを、見事な手際ですり抜けてくれたんだ。そうなると、新たな兵器を開発する必要があるのだが、たった一発の銃弾対策のために、研究のリソースを使うのは難しくなっているんだ」  そこまで話をしたところで、「すまない」とドルグレンは謝った。 「私のつまらない話に、君に付き合わせてしまった」 「ですが、私達にとって重要な話と言うのは確かですよ。だったら、対策を考えると言うのはおかしくありません!」  力強く答えたフランチェスカだったが、だからと言ってプランが有るはずもない。したがって勢いにも急ブレーキがかかり、「難しいですよね」と肩を落とした。 「ああ、難しいのは確かだな」  そこでふうっと息を吐いたドルグレンは、立ち上がってテーブルの方を見た。結局頼んだカクテルは、ほとんど口をつけられていなかった。 「自分らしく、小勝ちをしてくることにするよ。どうも、大勝ちをするイメージが沸かなくてね」  そこが問題だとぼやくドルグレンに、「ハメを外してみたらどうです」とフランチェスカは殻を破ることを勧めたのだった。  24時間営業のゴーゴーバーでも、どう言う訳か客の来る波と言うものがある。そしてピークの時間は、むしろ客引きが不要になると言う不思議な関係があった。放っておいても客が来るのだから、頑張って客引きをする必要がないと言うのがその理由である。  その暇な時間を利用して、トラスティはエルドラドを攻略することにした。それまで通っていたソンブレロよりも格上と言うことなので、動いているお金もぐっと大きくなってくれる。その分負けた時の損失も大きいのだが、勝てばピア代を出すことが出来ると言うまさにギャンブルが行える場所だった。  ただ格が上がると、それだけ客に対する要求も厳しくなる。見た目で断られないよう、トラスティはタキシードに着替えてエルドラドを訪れた。 「この点については、ノブハル君に感謝だな」  必要だろうと、彼オリジナルの着替えシステムを餞別にくれたのだ。そこにアリッサがデーターを詰め込んでくれたので、こう言った場所で着る服には困らなかったのだ。  そして格好を決めたお陰で、最初の関門を突破することが出来た。ただ情けなかったのは、遊ぶためのIDにチャージされた金額である。最低レートの3倍と言うのは、格が違うにしても違い過ぎだと主張したいところだった。  それでも最初にチャレンジしたルーレットに似たゲームで、いきなり持ち金を30倍に増やすことに成功した。これだけで、レンタルしているピアの3日分に相当する儲けになっていた。やはり金持ち向けはいいと喜びながら、トラスティは目立たないように観察しながら遊びを変えていった。そして適当に勝ったり負けたりを繰り返しながら、カジノの空気に馴染む努力を続けていった。マークをされると稼ぎにくくなるし、勝ち負けを繰り返すことで相場をつかもうと言うのである。 「この様子だと、もう一桁高くても目立つことはなさそうだな」  どこの金持ちかは分からないが、自分とは比べ物にならないチップが賭けられていたのだ。よほど巻き上げてやろうかと思ったのだが、継続して稼ぐのには邪魔になると自重をすることにした。  そして再度ルーレットに似たゲームで、所持金を最初の1千倍にすることに成功した。それだけを見ればものすごい金額にも思えるのだが、ボロ負けした金持ちの掛け金から比べれば小銭の世界だった。 「これを倍にしたら、今日の所は引き上げることにするか」  それだけで、借りているピアの200日分に相当する稼ぎと言うことになる。当面お金の心配はいらなくなるし、活動にも自由が生まれてくれるだろう。  場所をカードゲームに変えたトラスティは、そこで勝ったり負けたりを繰り返しながらお金を増やしていった。ただ負けると言っても、その部分には「わざと」と言う要素が大きかったりした。したがって負ける時には最小限の損失で、そして勝つときには「それなりの」金額を儲けていた。  結果的に持ち金を2千5百倍に増やしたところで、今日の戦いを終えることにした。マリーカが言う通り、「欲を掻いたらろくなことがない」と言うのを理解していたのだ。2千5百倍と言うともの凄いように聞こえるが、初めの金額が小さかったからと言うのが大きかった。  そして適当なチップをテーブルに置いたトラスティは、引き上げようと立ち上がった。そこで背後から、「宜しいですか?」と知らない女性に声を掛けられた。  早速金の匂いを嗅ぎつけてきたかと身構えたのだが、振り返った先に居た女性にトラスティは首を傾げることになった。栗色の髪をショートにした、見た目だけならなかなかの美人と言って良いのだろう。体にピッタリした胸元の開いた紫色のドレス姿を見る限り、スタイルもそこそこなのは疑いようもない。それだけならなかなかの上物のはずなのだが、ただトラスティの目からは、彼女からどうしようもない場違いな印象が感じられてしまったのだ。 「私に、何か用ですか?」  警戒心を笑顔に隠し、トラスティはにこやかに話しかけてきた女性に対応した。その笑顔に打たれたのか、その女性は恥ずかしそうに「お話を伺いたいと思いまして」と声を掛けた理由を答えた。  おおよそ、金に釣られた女性には似たような傾向が見られている。自分の体を餌に、男を釣り上げようとするのもそのうちの一つである。だが目の前の女性は、大胆なドレスが似合っていないし、明らかに場馴れをしているようには見えなかったのだ。それもまた手管と言えばそれだけなのだが、場数を踏んだトラスティには「素人」としか思えなかった。 「そう言えば、リンディアの時も似たようなものだったな」  過去の悪行を思い出したトラスティに、その女性は「申し訳ありません」と頭を下げた。 「警戒させるようなことをしてしまいました。私は、プロキア連邦第7艦隊所属のフランチェスカと申します。実は上官とカジノに来ているのですが、少しコツを教えて頂きたいと思いまして」  もう一度「申し訳ありません」と頭を下げられ、トラスティはついため息を吐いてしまった。 「つまり、上官命令で私を呼びに来たと言うことですか。あなたのような美しい人にそんな無茶を押し付けるなんて、ずいぶんとひどい人なんですね」  上官に対する悪口に、フランチェスカの目元が引きつるのをトラスティは見つけた。なるほど尊敬、さもなければもう少し深い思いがあるのだと理解し、「分かりました」とトラスティは大きく頷いてから答えた。 「では、私が文句を言ってあげましょう。その上官と言う人のところに案内してもらえますか?」  悪人に決めつけてくれたが、会ってくれると言うことに代わりは無いのだ。これで役目を果たせたことになると、フランチェスカはほっと胸をなでおろした。なるほど追い詰められているのだと、トラスティはそこに別の理由があることを推測したのだった。  そしてこちらにと案内されたのは、カジノの中に儲けられたVIPボックスだった。各テーブルで行われれているゲームには参加できないが、食事や酒が楽しめ、一部のシミュレーションゲームも遊べる仕組みになっていた。そこで引き合わされた一人の男性に、「冴えないな」とトラスティは自分を棚に上げた印象を持った。 「プロキア連邦軍、第7艦隊司令のドルグレン閣下です」  文句を言おうと意気込んできたのに、引き合わされた相手はかなりの大物だった。相手の立場を考えたら、下手に文句を言うと色々と不利益を被りそうな相手でもある。 「トラスティ・イカリと言います。ここには、一応旅行で来ています。ただ、近くを航行している時に、乗っていたボートが流れ弾を受けてしまって……それで、修理が終わるまでの予定でシーリーに滞在していると言うことです」 「なるほど、ならば私はあなたに謝罪をしないといけない。何しろあなたを巻き込んだ戦闘の、私は一方の当事者ですからね」  こちらにとにこやかに案内されたトラスティは、「自分達の不手際です」とドルグレンの謝罪を否定した。 「跳躍する時の座標設定を間違えた方が悪いんです。ただ、予想外の出費は痛かったですけどね。お陰でボロ宿に泊まることになったし、家族はゴーゴーバーでアルバイトをしていますよ。ちなみにカジノの元手は、そのアルバイトで稼いだお金です」  トラスティの説明に、なるほどとドルグレンはもう一度頷いた。 「話だけを聞いていると、身を持ち崩す典型例に思えますね」 「なけなしのお金をギャンブルにつぎ込むんですから、普通はそう考えますね」  苦笑を返したトラスティは、「とりあえず勝ってますけどね」と賭けに勝ったことをドルグレンに告げた。 「それで、私に何を聞きたいと言うのですか? 私は飽くまで旅行者で、軍の司令官に教えるようなことはないんですけど?」  常識的なことを口にしたトラスティに、「普通はそうですね」とドルグレンは笑った。 「比較的早いタイミングであなたのことに気づいていました。そこで失礼かと思いましたが、それからしばらく観察をさせていただいたと言うことです。そこで不思議だったのは、あなたは何度かわざと負けていました。そして最後には、持ち金を大きく増やしてゲームを終わらせました。おそらくあなたなら、もっと早く持ち金を増やすことが出来たはずだ。それをしなかったことに、興味を持ったと言うことです」 「それにした所で、たかがギャンブルのことだと思いますよ。軍の司令官閣下が興味を持たれるようなことではないでしょう」  小さくため息を吐いたトラスティは、「チェックされているからです」と手の内を明かした。 「おおよそのカジノでは、客個々人の勝ち負けをチェックしています。プロのように勝ち続けたりすると、途端にマークがきつくなるんですよ。そして今日は良くても、場合によっては翌日入場を断られることもあります。継続して儲けるためには、店にマークされないようにしないといけない訳です。先程も言いましたけど、色々と物入りなので、カジノを利用させてもらったと言うことです」 「つまり、あなたは賭博のプロと言うことですか?」  驚いた顔をしたドルグレンに、「まさか」とトラスティは言い返した。 「色々と肩書を持っている気もしますが、賭博のプロと言われたことはありませんね。飽くまで賭博は、活動資金を得るための手段でしかありませんからね」 「なるほど、割り切られていると言うことですね」  うんうんと頷いたドルグレンは、「ちょっとしたゲームをしませんか?」と持ちかけてきた。 「お時間をいただくのですから、もちろん相応の報酬を出させていただきます」  それがこちらと、相応にしてはかなり大きな金額が提示された。 「一体、人に何をさせようというのです?」 「いえ、ちょっとしたシミュレーションゲームですよ。あなたは2万の艦隊の司令官で、敵5千と向かい合っていると思ってください。シミュレーションゲームですから、当然負けても死ぬことはありませんよ」  あまりにもあからさまな条件に、トラスティは大きくため息を吐いてみせた。 「勝って当然の条件で素人に指揮を取らせてどうするんです」  もう一度ため息を吐いたトラスティは、「狙いがミエミエです」とドルグレンの狙いを指摘することにした。 「僕もニュースで見ましたが、あの戦いはプロキア連邦側の勝利です。それでもあなたは、スクブスと言う強襲部隊に旗艦を沈められたことを気にされている。その対処方法が思い浮かばないので、ギャンブラーの僕に目をつけたと言うことですよね」  その指摘が当たっていたのか、ドルグレンは引きつったような笑みを浮かべた。そしてその事情は、トラスティを案内してきたフランチェスカも同じだった。 「そんなに、分かりやすかったかね?」 「あなたのような立場がある方が、ギャンブルのコツを聞くために得体の知れない男を招待するはずがありません。それぐらいのことが分からない……違いますね、それもまた僕の能力査定と言うことですか」  やめてほしいですねと文句を言うトラスティに、「合格だ」とドルグレンは一転して真剣な表情を浮かべた。 「いい考えが浮かばなくてね。だから、アイディアでも貰えないかと思ったんだよ。もちろん、アイディアを貰う訳だから、そのアイディアに対して報酬を払うし、失敗したからと言って責任を問う真似もしない」  いい条件だろうと答えたドルグレンに、「正気の沙汰ではありませんね」とトラスティは言い返した。 「正気の沙汰で無いことは私も理解しているよ。それだけ、打開策に困ったからと思ってくれればいい。いわば、藁をも掴む気持ちだと思ってくれればいい」  だからだと答えるドルグレンに、トラスティはもう一度「正気の沙汰じゃない」と言い返した。ただ真剣に自分を見るドルグレンに、仕方がないとため息を一つ吐いた。 「本当に当てにして欲しくないのですが……でしたら、僕から報酬を提示させてもらいます。そうですね、今晩一晩彼女に付き合って貰うと言うのはどうでしょう?」 「フランチェスカに、かい?」  驚いたドルグレンに、「フランチェスカさんにです」とトラスティは繰り返した。 「僕のつける条件はそれだけです」  どうされますかと問われたドルグレンは、明らかに困った表情をフランチェスカに向けた。 「これは、正規の軍務ではないからね。だから、彼女に命令を下す訳にはいかないんだ。そしてこれは、僕と君との間の取引になる。その意味では、彼女は関係がないことになるんだ」  だからその要求を飲むことは出来ない。要求を拒否したドルグレンに、「だったらこの話はなかったことで」と答えてトラスティは立ち上がった。  それを「待ってください」と、フランチェスカが呼び止めた。 「確かに、これは司令とあなたの間の取引です。ですが、私が司令の支払いを肩代わりしてもいいはずです。ただ一つだけ、条件を緩和して頂きたいと思います。一晩と仰りましたが、その時間を短縮させていただけないでしょうか。あなたの要求は、私を抱かせろと言うことだと理解いたしました。ですから、あなたに抱かれれば要求を満たしたことにしていただけないでしょうか」  それを思いつめた表情で口にしてくれるのだ。一体どれだけ追い詰められているのかと、トラスティはドルグレンに対して悪い感情を持ってしまった。  おそらくフランチェスカと言う女性は、ドルグレンのことを女として愛しているのだろう。だから彼を悩ませる問題の解決に、なんとしても役に立ちたいと強く思っていると言うことだ。そのためなら自分の貞操を差し出してもいいし、それが理由で見向きもさなくなっても構わないとさえ考えているように見えてしまった。  まったくと吐き出した頭を掻いたトラスティは、「冷静になって考えましょう」と二人を諌めた。 「ズブの素人に、一体何を期待しているのですか? まともに考えたら、役に立つ答えなど得られるはずがないでしょう。そしてフランチェスカさん、あなたも思い詰めすぎています。思い詰めた女性を抱いても、罪悪感ばかりで少しも嬉しくありませんよ」  酷いものだと繰り返したトラスティに、「ですが」とフランチェスカが切羽詰った顔で詰め寄ってきた。 「ですから、後腐れのないお礼でいいです。そうですね、10万ペリアと言うのはどうですか?」 「ずいぶんと安くないかな?」  自分が払うつもりの金額に比べ、トラスティが提示したのは10分の1にもならない金額だったのだ。安すぎると気にしたドルグレンに、「適正相場です」とトラスティは言い返した。 「アルバイト先のゴーゴーバーなんですけどね。女の子を5人ばかり連れ出すのに必要な額を提示させて貰いました。フランチェスカさんには失礼かと思いまいしたが、女性の方はそれで我慢することにしますよ」  そこで笑ったトラスティは、「当てにしすぎないように」と釘を差して指を3本立ててみせた。 「旗艦が狙われると言うのだったら、旗艦の配置を味方の影になるようにしてください。指揮をとるのに、前方に出る必要はありませんよね。それが、対処方法の一つになります。少なくとも、これで旗艦が狙われることはなくなります」 「い、いや、その方法は私も考えては見た。だが相手は、高速で移動できるし、それなりの機動力もあるのだが。後方に配置しただけで、狙うのをやめるとは思えないんだが」  少し落胆したドルグレンに、「頭を使いましょう」とトラスティは指摘した。 「敵の強襲艇ですけど、攻撃を避けるために極端に細く作られているのと、直進速度だけを求めた構造をとっていますよね。裏を返せば、速度を落とすわけにはいかないと言うことです。だったら、速度を落とさざるを得ない状況を作ってやればいいと言うことです。敵も馬鹿じゃありませんから、自分達の不得意な状況で突っ込んでくるマネはしませんよ。そしてそれでも突っ込んでくれば、次の対応と言うことになります」  いいですかと問われたドルグレンは、小さく頷いて次の説明を待つことにした。 「先程も言いましたけど、敵の強襲艇はこちらの陣内で速度を落とす訳にはいかないんです。だから、急激なターンは絶対にできないんです。したがって、通り過ぎてしまった時には襲うことは出来ないんです。と言うことなので、タイミングを見てショートジャンプをしてやればいいだけです。そうすることで、敵の強襲艇は目標を見失ってくれるんですよ」  それが2つ目と説明したトラスティは、「3つ目は最後は条件が揃わない」と口にした。 「その条件というのは何なのだね?」  ドルグレンの問いに、「正面からの撃破です」とトラスティは答えた。 「先の2つは、敵のスクブスですか? それを恐れての対策と言うことになります。だから封じ込めたとしても、敵は使い方を変えてくるでしょう。なんなら、別の艦を狙うことも出来ますからね。その代わり出撃回数を増やして、狙いをわかりにくくしてやればいい。それ以外にも、ダミーを使う方法も考えられます。たぶんですけど、たとえ目標を見失っても、そこで速度を落とすほど間抜けとは思えませんからね。だから、この方法ではスクブスを落とすことは出来ません。そして正面からの撃破ですが……直接対決をして勝つと言うのが必要になります。条件が揃わないと言う意味、ご理解いただけましたか?」  前の対策には、なるほどとドルグレンは大いに納得させられた。そしてこの男が言う通り、対策にしても一時的なものになるのもそのとおりだったのだ。そして条件が揃わないと言われた通り、スクブスを正面から打ち破る戦力は今の連邦側には存在していなかった。 「まあ、正面から打ち破らなくても、突入した所で閉じ込めると言う方法もありますけどね。そこで艦ごと爆破してやれば、スクブスも一網打尽になりますね」  そちらにしても条件は揃わないがと、トラスティはオチを付けて説明を終わらせた。 「と言うことなので、お代を頂いて帰ることにします」  そう言って立ち上がったトラスティを、「君はペテン師だな」とドルグレンは侮辱とも言える決めつけをした。 「素人の妄想にしては、やけに評価がしっかりとしている」 「素人っていうのは、面白い事に妄想を逞しくするものなんですよ」  そう言うことですと言い残して去っていくトラスティに、「フランチェスカ」とドルグレンは表情を険しくした。 「彼の身元を洗ってくれ。私には、彼がただの旅行者には思えないのだよ。どう考えても、場馴れしすぎているのだよ。そして、彼らが乗ってきたと言うボートも調べて欲しい」 「はい、直ちに手配を行います」  ドルグレンの命令を受けたフランチェスカは、敬礼をしてから早足でVIPボックスを出ていった。している格好を考えるとはしたない行動なのだが、それを気にする余裕はフランチェスカにはなかったのだ。  トラスティの稼ぎにより、4人は金銭的には問題を解決したことになる。ただ生の情報が聞けるからと、マリーカはゴーゴーバーでのアルバイトを続けることにした。  そしてトラスティの話を聞く前に、「耳寄りな情報」と言って新しく入ったダンサーのことを持ち出した。 「うちのゴーゴーバーに、新しい女の子が20人も入ったのよ。10代後半から20代半ばまでの、全員がとびっきりの美人なの。お陰でお客さんが増えたんだけど、情報っていうのはその女の子のことなのよ」  そこでカイトを一度見たマリーカは、「なんと!」と言って女性たちの正体を口にした。 「全員スクブスの突入隊員なのよ。店のマスターに聞いてみたら、暇な時はアルバイトに入っているみたいなの。どうやら目的はアルバイト代じゃなくて、男を探す手間が省けるってことらしいわ。だから今日だけでも、平均3人ずつぐらい客をとっていたわね……私達が上がるまでってことだけど」  その後は知らないと言われると、どれだけ男好きなのだろうと思えてしまう。なるほどねぇと納得したトラスティは、「こちらの情報」と言って声を潜めた。 「プロキア連邦第7艦隊の司令様にコンタクトされたよ。どうやら、スクブス隊に頭を悩まされているようだね。伝説を作られると厄介と言う気持ちは理解できるけど、それにしても気にしすぎだと思っているよ」  そこでトラスティは、話しながら唇に人差し指を当て、親指で部屋の外側を指さした。 「あなたに助言を求めるのって……そこまで追い詰められているのかしら?」  明らかに呆れたと言う声を上げ、マリーカは小さくウンウンと頷いた。 「精神的に、ちょっとやばいんじゃないの?」 「流木に捕まったつもりが、捕まったのが藁じゃね。それを理解できないところが、確かに精神的にやばいのかも知れないね」  はははと笑ったトラスティは、「良いだろう?」とマリーカに声を掛けた。 「珍しく、女の人を引っ掛けてこなかったんですね」  そう言って笑ったマリーカに、「好みの女性がいなかった」とトラスティは笑った。 「実際、君も我慢出来ないんだろう?」 「そうね、あんな綺麗な人達が、男を食い漁っていくのを見てると……私も、ダンサーになろうかなぁ」  こんな風にと身をくねらせたマリーカに、「僕じゃ不足なのかな?」とトラスティは苦笑を浮かべた。 「だったら、これから満足させてくれる?」 「いつも満足させてるつもりなんだけどなぁ」  そこで言葉を切った二人は、カイトからの合図を待つことにした。 「オーケー、これで不自然にならないように音声を遮断したぞ」 「その、連邦軍司令さんが興味を持ったの?」  マリーカの問いに、「多分」とトラスティは肯定した。 「こちらの素性を疑ってくれたんだろうね。そのため、人を使って僕達のことを調べている。多分だけど、メイプル号も調べられているんじゃないかな」  その意味では、さらなる疑いを持たれる可能性がある。何しろ探査船メイプルは、民間のクルーザーとは違う毛色を持っていたのだ。中立地帯でなければ、接収されていてもおかしくないぐらいだ。 「ところで兄さん、兄さんの目から見てスクブス隊の女性はどうでした?」 「俺の目から見て……か?」  うんと考えたカイトは、「そこそこ強い」とスクブス隊の実力を評した。 「ミリアでも、リミットブレイクしなければ負けるかもしれないな」 「かなりの実力者ってことですか……」  はあっと息を吐いたトラスティに、「経験の違いだろう」とカイトは笑った。 「日常的に命のやり取りをしているやつは、実力以上に強いんだよ。そのあたり、肝の座り方が違うと言うのか。一つひとつの行動に遠慮がないんだよ」  だから強いと答えたカイトに、「敵に回したら厄介ですね」とトラスティは答えた。 「まあ、俺達はどっちにも関わっていないからな。敵に回るってことはないだろうよ」 「まっとうに考えればそうなんですけどね。ただ、兄さんみたいに強いと、突っかかられる可能性もありますよ。だからゴーゴーバーでは、あまり顔を合わせないようにしてください」  「目をつけられますから」と指摘したトラスティに、「確かになぁ」とカイトもその事実を認めた。 「俺が相手の実力を図り取れるんだから、同じことを出来ても不思議じゃないな。もっとも、俺のことをマークしなきゃ、実力を知ろうとも思わないだろうよ」  そこで声を潜めたカイトは、「これで話は終わりか?」とトラスティに確認をした。 「ええ、でもどうして声を潜めるんです?」  盗聴対策は終わっているはずだ。そのつもりで確認をしたトラスティに、カイトはちょいちょいとマリーカの方を指さした。 「奥さんに欲求不満を試させちゃ駄目だろう?」 「まさか、本当に影響を受けたとか?」  「話のとおりだ」と笑ったカイトは、「じゃあ明日」と言って自分のベッドに入っていった。それを見送ったトラスティは、「する?」と言ってこちらを見ていたマリーカに尋ねた。 「旦那さまが、ちゃんと稼いで帰ってきたんですよ。だったら、妻としてご奉仕する必要があると思いませんか?」  だからすると答えたマリーカに、「はいはい」と笑ってトラスティは唇を重ねた。  監視をつけた報告は、逐次フランチェスカのところへ送られていた。そのお陰で、フランチェスカはドルグレンの部屋に入り浸ることができると言う幸運を得ることになった。 「盗聴……する必要もないぐらい、防音があってないようなホテルなのだそうです。そして説明されたとおり、男2人、女2人が住んでいるとのことです。そして記録された会話を聞く限り、トラスティと言う男性と、マリーカと言う女性は肉体関係にあるのは間違いないでしょう。ちなみにマリーカと言う女性は、ゴーゴーバー・バカラで働いています。バカラと言う店は、ダンサーと言われる女性を男性がお金を払って連れ出すシステムになっていますね。そしてマリーカと言う女性は、コヨーテと言われる、性交渉を前提としない接客係をしています。それに加えてメイプルと言う女性が居るのですが、こちらは調理場に入っています」  そしてと、フランチェスカは男性側の説明に移った。 「カイトと言う男性は、バカラの用心棒的なことをしていますね。かなり強いと言う話なのですが、場末のゴーゴーバーレベルならと考えた方が良いのかと」 「そして4人目が、トラスティ氏と言うことだね。男女2人ずつと考えると、組み合わせとしてはおかしなところがないのだろうね。それで、おかしなところは出てきたかな?」  その問いに、フランチェスカは「こちらに」と別のデーターをドルグレンに示した。 「4人がアルバイトをしているゴーゴーバーに、スクブスの20人がダンサーとして入りました。どうやら目的は、男漁りのようですね。以前にも同じゴーゴーバーで、アルバイトがてらに男漁りをしていったと言う証言が取れています。見た目が良いので、かなり人気があるとのことですよ」  そこで「どうです」と言われるのは、どう考えたら良いのだろうか。ここが中立地帯だと考えれば、殺しあい……と言うより、一方的に殺されることはないのだろう。ただ連邦軍の士官が、敵兵の、しかもスクブスの女性を抱くと言うのは問題がありすぎるとしか言いようがなかった。 「私は生まれてこの方、女性を買ったことなど一度もないよ」  それよりもと、ドルグレンは他の情報をフランチェスカに求めた。 「そうですね、司令の貞操問題よりもそちらの方が重要ですね」  サラリと怖いことを言いながら、「それがこちら」と係留されているボート、メイプル号のデーターを差し出した。ただ詳細なものはないため、外観データーと臨検時に取られたデーターだけとなっていた。 「明らかに、違う技術で作られているね。連邦でもザノン公国の技術でもないようだ。外装を見る限り、見つからないことを目的とした探査船のように思えるね」 「一応軍に照会してみたのですが、該当する船は無いとのことです。その意味では、ザノン公国が秘密裏に開発している探査船とも考えられますね」  その指摘に小さく頷いたドルグレンは、「ありがちな想像だ」とのコメントを発した。 「だとすると、同じゴーゴーバーで働いているのにも説明がつくと言うのだろう?」  ドルグレンの指摘に、「そのとおりです」とフランチェスカは認めた。 「もしもそうだとしたら、間抜けすぎるとは思わないかな? 何しろ一番価格の安い開放ドッグの外れに野ざらしにされているんだ。これじゃあ、機密なんて無いようなものだろう? それに、シーリーの係員が乗り込んでいるんだ。秘密裏に開発されているのなら、そんな間抜けなことはしないはずだ」 「だとしたら、船籍不明のこの船はどこで作られたものなのでしょうか!」  少し興奮したフランチェスカに、「落ち着こう」とドルグレンは宥めた。そこで自分の態度を恥じたフランチェスカに、「疑問を解消する必要は認めるよ」とドルグレンは続けた。 「多分だけど、明日も彼はカジノに来るんじゃないのかな? もう一度彼を捕まえて、そこで話をすればいい。多分だけど、彼もこちらが調査しているのは理解しているはずだ」 「それでも、カジノに顔を出すと言うのですか?」  まったくの無関係者なら、普通は面倒を避ける行動に出るはずだ。そしてザノン公国の関係者なら、自分達を罠にかけることを考えるだろう。 「むしろ、危険なのではありませんか?」 「ここは中立地帯だからね。敵方を殺傷したりすると、結構重いペナルティーが課せられることになるんだ。もちろん、非常時にはそんな事を言っていられないのだろうけど、今は非常時でもないし、相手はたかが第7艦隊の司令でしか無い。リスクを犯すような愚を、彼らが犯すとは思えないね」  だから大丈夫と言われても、とても安心できるものではない。だから司令には内密のうちに、手配を済ませることを考えた。 「それから、彼を信用するに至った理由があるんだ。彼は、敵の突入艇の弱点を、繰り返し口にしてくれたんだよ。つまり、「こちらの陣内で速度を落とす訳にはいかない」とね。確かに彼らの船は、前面投影面積を極小化しているんだ。ただそれだと機関部を収容しきれないし、隊員たちの収容にも困るはずだ。だからかなり船体が長くなっている。そしてその長い船体も、かなりスマートな構造となっているんだよ。つまり、さほど強固な装甲は望めないことになるんだ。それを考えれば、彼らは横から攻撃される訳にはいかないんだ」 「そのヒントを与えてくれたから、トラスティと言う男を信用されるのだと?」  本当かと言う顔をしたフランチェスカに、「それほどお人好しじゃない」とドルグレンは笑った。 「それですら、信用させるための手管とも言えるからね。ただ忘れてはいけないのは、彼は私達に関わろうとはしていなかった。行動を観察した限り、私達が勝手に関わっていったんだよ。あそこで君が声を掛けなければ、彼は私達に気づくこともなかったのだろうね。私達のことなど、どうでもいいと思っているんじゃないのかな?」 「どうでも良いと仰るのですか?」  驚いたフランチェスカに、「どうでもいい」とドルグレンは繰り返した。 「ピアへの支払いが滞っていたのも確認が取れているのだろう?」 「ええ、先日少額が入金されたところですね」  その報告に頷いたドルグレンは、「イレギュラーだったのだろうね」とトラスティ達の事を考えた。 「彼らは、ここに来るつもりはなかった……んじゃないかと思ってる。多分だけど、戦いの巻き添えで壊れたところの修復が目的なのだと思うよ。そう考えると、全体的に彼らの行動に納得がいくんだ。もしかしたら、彼らは別の銀河……は飛躍し過ぎか。どちらにも属していない領域から来たのかも知れないと思っているんだ」 「あのような小型艇で、ですか?」  流石にありえないと否定したフランチェスカに、「それが常識の壁」とドルグレンは笑った。 「スピードまでは分からないけど、あれぐらいの大きさがあればリサイクルシステムは組み込めるのだろう? だとしたら、全く違う場所から来たと言うのを否定出来ないんじゃないかな。それに彼の言葉には、ちょっと変わった訛りがあったからね」 「それだけ得体が知れない相手に、司令はもう一度話をされると仰るのですね?」  その確認に頷かれたフランチェスカは、「分かりました」とトラスティと会うことを認めた。 「ただし、私は副官として必要な安全策を取らせていただきます」 「相手の気分を害さないように……と言うことだけを気をつけてくれたまえ」  注意するのはそれだけだと、ドルグレンはフランチェスカに念を押したのだった。  撤退を完了させた司令官バレルは、副官ゾーンタークの押し付けで休暇を取ることとなった。そこでゾルバーを選んだのは、公国に戻っても骨休めにならないと言う、副官のありがたい配慮が理由である。  ただいかに中立地帯でも、司令官を一人で放り出すのは不用心としか言いようがない。現地に対応スタッフこそいるが、だから大丈夫と言えないのが戦時中の事情である。だからゾーンタークは、ある意味切り札を利用することにした。つまり、陸戦最強の異名を取る、スクブスに司令の護衛を命じたのである。そこをもう少し正確に説明すると、スクブス隊を統括するデストレアに護衛を依頼したのだった。 「頼もしいと言えば、これ以上頼もしい護衛はいないのだろうけどね」  そう零したバレルは、隣に立つデストレアの顔を見た。 「スクブス隊の誰よりも強い君だ。身の安全に対して不安を感じなくても済むのは理解できるよ。ただ、これで骨休めになるのかは、極めて疑問としか言いようがないな」  何しろ隣では、デストレアが周りを威圧しまくってくれるのだ。特に彼女が何かをした訳ではないのだが、発する気配が周りを圧倒していたのだ。そしてその被害を等しく受けたバレルは、「気が休まらない」とデストレアに零したのである。 「私は、ゾーンターク様に閣下を守るようにとの依頼を受けました。ですから、閣下の安全に対する責任があります」  だからですとニコリともしないデストレアに、バレルははっきりと分かるため息を吐いた。 「そんなに肩肘を張るものではないよ。ここ暫くの間、シーリーで公国の人間に危害が与えられたことは無いんだ。それこそ、私よりも偉い提督がお出でになられても居るんだ」 「それはそれ、これはこれと言うものです」  そこで更に表情を引き締めてから、デストレアは口元に手を当てて小さく吹き出した。 「申し訳ありません。少しばかり冗談なるものを言ってみました。ご心配にならなくとも、私も時と場所を心得ております。閣下が女性を連れ込む時には、邪魔にならないようどこかに隠れています」 「私が女性を連れ込むのは、規定の事実なのかね?」  眉毛をハの字にしたバレルに、「お嫌いですか?」と逆にデストレアは尋ね返した。 「面と向かって嫌いかと問われたら、流石に「嫌いじゃない」と答えざるを得ないだろうね。ただ、君は私の護衛をしていたら、男を捕まえることが出来ないのではないのかな?」  他の隊員たちのことで論ったバレルに、「なぜ、そうお考えになられました?」と逆に不思議そうな顔をされてしまった。 「いや、愚問だったようだね。今の話は忘れてくれればいい」  そこでちらりとデストレアを見たバレルは、「いい女なのに」ととても残念な気持ちになっていた。頭の上で結い上げられた亜麻色の髪に、少し青みがかった灰色の瞳。スッキリと通った鼻筋とかを見ると、デストレアは間違いなくとびっきりの美人だったのだ。そしてスタイルにしても、軍の制服の胸元が苦しそうに見えるほど、ボリュームのある胸元をしていた。しかもスクブス隊を束ねるだけのことがあり、体全体がしっかり鍛えられていたのだ。あいにく裸を見たことはないのだが、きっと魅力的だろうなと想像をすることが出来た。  スタイル、見た目にしても魅力的なはずなのに。どうしても彼女に対して食指が動かないのだ。その当たり、デストレアに捕食者を感じてしまうからだろうか。周りを威圧するきつい眼差しも、間違いなく彼女の魅力をスポイルしているのだろう。 「それで、これからの予定は?」  シーリーのターミナルで、バレルはこれからの予定を確認した。 「ホテル・トリスタンにチェックインの予定です。そこから先は、特に予定を決めてありません。カジノで遊ぶのも、ゴーゴーバーで女性を連れ出すのも自由です」 「やけに、女性のことに拘ってくれるね。ただ、ゴーゴーバーに行くのは気をつけた方が良さそうだね。どうせ、君の部下達が羽根を伸ばしているのだろう?」  そう尋ねられたデストレアは、驚いたような顔をバレルに向けた。 「私が、何か間違ったことを言ったかな?」 「いえ、いまさらどうして当たり前のことを仰られたのか。それを疑問に感じてしまいました。エイローテを除く20人が、すでにいつものバカラでステージに立っています。わざわざ探さなくても、あそこに行けば男が寄ってきますからね。彼女達にとって、天国のような場所だと思います」  その説明に、なるほどとバレルは頷いた。見た目の良い彼女達だから、客に困ることはないのだろう。そして彼女達を買う男達は、金で女を自由にしたと言う勘違いから来た征服感を抱くはずだ。その実態は、スクブスの女達にとって金を貰って男漁りができると言う、これ以上無いと言う狩場が提供されることになる。 「では、早速ホテルで寛ぐことにしよう」  バレルの言葉に、「こちらに」と言ってデストレアは車のような乗り物へと彼を案内したのだった。  そして10分ほど移動した所で、二人はホテル・トリスタンに到着をした。そこで支配人の出迎えを受けたバレルは、誰かと同じような3ベッドルームのスイートへと案内された。ただ誰かと違ったのは、そのうちの一つをデストレアが使用したことだ。 「鍵ぐらいで身を護る事ができるのだろうか」  自分では歯が立たないデストレアに、バレルはそこはかとない不安を抱いたのである。 「どうでも良いことですが、一つ情報が入りましたのでお知らせいたします」  着替えをしようかと上着を脱いだ所で、バレルはデストレアの奇襲に遭ってしまった。ただここで慌てては負けだと、「情報か?」と目元を少しだけ険しくした。 「はい、同じホテルの別フロアに、連邦第7艦隊司令ドルグレン閣下が宿泊されているとのことです」 「確かに、どうでも良い……と切り捨てるには問題があるな。下手をすると、本国から馴れ合いを疑われかねないな」  的確な答えに、デストレアは小さく頷いた。 「閣下を快く思わないものは、大勢おいでです」 「そう言う君は、私のことをどう考えているのかな?」  本国に居るライバルと言う名の邪魔者は忘れても問題ないが、目の前に居る化物は絶対に忘れてはいけない存在だった。それを気にしたバレルに、「尊敬致しております」とデストレアは心の籠もらない答えを口にした。 「それは、素直に受け取っても良いものなのかな?」 「ご自由にとしか申し上げられません」  やはりそうかと内心落胆をしたバレルに、「ドルグレン閣下はカジノに連日いかれているようです」との情報を追加した。 「と言うことなので、閣下も負けずにカジノに行かれてはいかがでしょう」 「馴れ合いを疑われると言ったはずだが?」  どうしてそんな提案をする。疑問を呈したバレルに、「すでに手遅れだからです」とデストレアは答えた。 「同じホテルに宿泊した時点で、すでに馴れ合いを疑われる条件は成立しております。どうせ疑われるのなら、相手の顔を見ても良いとは思いませんか?」 「もの凄い開き直りに聞こえる話だな」  そう指摘したバレルだったが、すぐに口元をニヤリとばかりに歪めた。 「だが、それも面白いだろう」  「早速手配を」と、バレルはデストレアに命じた。 「では、早速手配を行います」  頭を下げて出ていこうとした所で、「ところで」と言ってデストレアは振り返った。 「ドルグレン閣下と寝るのは、協定違反になるのでしょうか?」 「通常の男女関係なら、協定違反に問われることはないのだろうね」  当たり障りのない答えを口にしてから、「君の場合は協定違反だ」とバレルは決めつけた。 「君と寝て、無事で済むとはとても思えないのだよ」 「やはりそう言うことになりますか」  残念そうな顔をしたところを見ると、デストレアは結構本気で言っていたことになる。その表情に、忠告しておいて良かったとバレルは胸をなでおろした。 「では、別の男を探すことにします」 「取り敢えず、シーリーの法を侵さないようにと注意をしておく」  それ以上は無駄だと、バレルは諦めの境地へと達していた。  それから1時間後、ドレスアップをした二人はホテル併設のカジノ・エルドラドへと繰り出した。タキシードで固めたバレルは、鍛えられた体と鋭い眼差しをしたイケメンと言うのがピッタリと来た風貌をしていた。そして隣に並んだデストレアは、巨大な胸を強調した、赤と紫のグラデーションのタイトなドレス姿である。髪型も、結い上げた髪の先端だけを垂らすと言うちょっと凝ったものに変えていた。見た目とスタイルだけを取り出せば、間違いなく頗る付きの美人なのだろう。ただ問題は、周りを寄せ付けない尖すぎる視線である。現れたデストレアを見た時、バレルですらその視線に震え上がったほどだった。 「もう少し、穏やかな表情は出来ないものかね。それだと、あまりにも周りを威嚇しすぎていると思うんだ」 「これでも、穏やかな表情をしているつもりですが?」  まだ駄目なのかと、デストレアは何度も表情を動かしてみた。それをしばらく見せられたバレルは、「もう良い」と無駄な努力に介入した。 「それ以上は、流石に時間の無駄だ」 「穏やかな表情というのは難しいものなのですね」  そこでもう一度難しい顔をしてくれるものだから、営業妨害にならなければとバレルが心配したほどである。ただカジノが適当に暗かったことに、安堵することになった。 「なかなか、賑やかなものなのだね」  司令官こそしているが、バレルはカジノに来るのは初めてだった。なるほど面白いと呟きながら、デストレアを連れてテーブルを見て回った。 「しかし、これは金持ちの道楽としか言いようがないな。生産性と言う意味では、全く生産性がないではないか」 「歓楽街を含めて、そのようなものだと割り切る必要があるのかと」  意外な理解を示したデストレアに、「どうして」とバレルは素朴な疑問を感じた。ただすぐに、彼女の部下達を思い出してその理由に納得が出来た。スクブス隊の女達は、己の欲望に素直に生きていたのだ。その意味で言えば、カジノで遊ぶ者達との間に、大きな差がないことになる。 「まあ、そう言う場所に来たと思えば、不思議な事はないのだろうな」  そこでゆっくりと歩いたバレルは、カードゲームで遊ぶ一人の男に目をつけた。明らかに、他の客とは違った空気をまとっているのに気がついたのだ。 「閣下も、あの男に目をつけられましたか?」 「も、と言うところを見ると、君も彼に目をつけたのかな?」  奇妙な一致だと考えたバレルに、「はい」とデストレアは素直に頷いた。 「あの男を見て、私の子宮が疼いてくれました」 「どうして君は、本能で物事を語ってくれるのだ?」  呆れたと零すバレルに、「人として生まれた性です」とデストレアは答えた。 「もちろん、冷静な私も存在しております。そしてそちらの私は、あの男から特別なものを感じております。明らかに周りの者達とは、違った時間に存在しています。空気感の違いとでも言えば良いのでしょうか、冷静な私も、結構良いなと判断しています」  本能でも理性の面でも、男に魅力を感じていると言うのだ。結局結論は同じかと、バレルはデストレアに対して呆れていた。 「君には悪いが、先にドルグレン閣下への挨拶を済ませることにしよう」 「閣下は、あの男を見失わないことを願われた方が良さそうですね」  それは一体どう言う意味の脅しなのか。まさか本気ではないだろうなと考えながら、バレルはVIPボックスへと向かうことにした。  そこでドルグレンのボックスにたどり着き、「はじめまして」とバレルは挨拶をした。 「ザノン公国突撃艦隊司令、バレルと申します。ドルグレン閣下には、以後お見知りおきを願いたいと思っております」  デストレアに警戒していたところに、挨拶してきたのは思わぬ大物だった。そう言うことかと納得したドルグレンは、少し引きつった顔をもとに戻す努力をした。 「こちらこそ、プロキア連邦第7艦隊司令、ドルグレンと言います。ご高名なバレル閣下にお会いできて、光栄の至りと思っていますよ」  取り敢えず当たり障りのない挨拶を交わしてから、「ご一緒して宜しいですか?」とバレルは尋ねた。 「馴れ合いを疑われそうな気がしますが……ここでお断りするのは、間違いなく礼儀に反するのでしょうね」  どうぞと案内され、バレルはエストエアを連れてドルグレンのボックスへと入っていった。 「それで閣下は、なぜシーリーに? ちなみに私は、部下に休暇を取れと脅迫された結果です」  自分の事情を話したバレルに、「似たようなものです」とドルグレンは苦笑を浮かべた。 「あとは、旗艦を沈められてしまいましたからね。ほとぼりを冷ます意味で、しばらく帰ってくるなと腹心にお節介をされてまいましたよ」  お恥ずかしい限りで頭を掻いたドルグレンに、「似たようなものです」とバレルも苦笑を浮かべた。 「こちらは、閣下の10倍の損耗率ですからね。嫌味を言われに帰る必要はないと、部下から説教を食らいました」  内情をばらしたバレルは、「紹介します」とデストレアを手で示した。 「スクブス隊を統括するデストレアです。どうも、閣下にはご迷惑をおかけしたようですね」  「デストレアです」と言って頭を下げられ、こちらこそとドルグレンは頭を下げ返した。 「彼女は、私の副官をしているフランチェスカと言います」  同じように立ち上がって、フランチェスカは緊張しながら頭を下げた。相手の司令官が眼の前にいることより、スクブスを統括するデストレアをフランチェスカは意識したのである。  そこで二人に警戒をさせたデストレアは、「失礼します」と言って立ち上がった。そしてそのままボックスを出て、賑やかなテーブルの方へと向かっていった。 「彼女は、あなたの護衛だと思ったのですが?」  護衛と言う意味なら、スクブスの女性は打って付けと言えるだろう。その護衛が護衛対象を置いていってくれたのだ。ドルグレンが疑問に感じるのも不思議な事ではない。 「そのあたりは、私の艦隊にとって最高機密になる話です」 「なるほど、詮索しないのがマナーと言うことですね」  分かりますと頷いたドルグレンは、フランチェスカに向かって小さく合図をした。それを確認したフランチェスカは、「失礼します」と言ってボックスを出ていった。 「そちらも、最高機密だと考えれば宜しいですか?」 「まあ、そのようなものだと思ってください」  そう言って笑っては見たが、そこでお互いはたと困ってしまった。せっかく顔を合わせたのに、お互いに共通する話題がないのに気がついたのだ。唯一共通するのが先の戦闘なのだが、お互いの立場を考えれば、迂闊なことを口にできるはずがなかったのだ。 「当たり前のことですが、これと言って話すことがありませんな」  そう言って切り出したバレルに、「全くです」とドルグレンも同意を示した。何しろ連れてきた女性のことを話題にするのも、お互いの微妙な関係に影響をしてくる。 「カジノとかは、よくおいでになられるのですか?」  なんとか話題を絞り出したドルグレンだったが、バレルの「恥ずかしながら」との答えに先が続かなくなってしまった。 「ちなみに閣下は?」 「実は、私も初めての経験です」  これで、カジノを話題にした会話も終わりである。再び押し黙ってしまい、お互い話題を探すのに苦労をしてしまった。もしも作戦談義が出来たなら、おそらく一晩掛けても終わらないことだろう。だがこれからも戦う相手だと考えると、ここで手の内を明かす訳にもいかなかったのだ。  まるで初心な男女のように話題を探している時、「失礼します」と言ってフランチェスカが帰ってきた。 「バレル閣下。部下の方が男性を拉致して消えられたのですが……宜しいのですか?」 「宜しいのかと言われても……」  そこで大きく息を吐いたバレルは、「手遅れです」と投げやりな言葉を吐いた。 「後は、揉め事を起こさないことを願うばかりです」 「失礼ですが、閣下の部下でいらっしゃるのですよね?」  それなのに、どうして制御の外れた暴走トラックのような扱いなのか。不思議そうな顔をしたフランチェスカに、「多少のことは、目をつぶる器量も必要だと思っています」と諦めたようにバレルは答えた。 「実際の所、そうやって自分を慰めているのですよ」  やれやれと大きく息を吐いたバレルに、猛将も大変なのだと二人は同情した。そして今は無き部下のことを思い出し、「自分も似たようなものだった」とドルグレンは我が身を省みたのである。  ただこのイレギュラーな問題も、そこから先の話題をつなぐものではなかった。ドルグレンにしたところで、踏み込むには微妙な問題を抱えていたのだ。だからフランチェスカが「たまたま見かけた」と言う態度を通したのである。そこで一つだけ収穫があったのは、トラスティがザノン公国の関係者でないことが分かったことだった。  もう少しと欲を掻いたのがよろしくなかった。明らかにマークされていることに気づいたトラスティは、失敗したかなと反省をしていた。ただマークされた程度で、負けるほど軟なギャンブラーではない。勝つこと自体問題はないのだが、次は使えないと言う方を問題として考えていた。 「だったら、遠慮なく稼がせてもらうか」  どうせ出禁だと開き直ったトラスティは、積極的に賭けに出ることにした。そのお陰で前日稼いだ金額を、更に一桁増やしてみせたのだ。これならば、ピア代だけなら10年ぐらい払い続けられることになる。1年も居るつもりもないので、これで風俗店でのアルバイトも卒業することが出来るだろう。それどころか、かなり豪華なホテルにも泊まれるだけの稼ぎとなっていた。 「さて、そろそろここも潮時だな」  更に勝ち続けたお陰で、トラスティの所持金はしっかりと膨れ上がっていた。お陰でバックヤードの方が騒がしくなり、止まり木でさえずる女達が近づいて来るのも分かった。  そして最後の大勝負でも大勝し、所持金が更に倍に膨れ上がった。ピア代換算で言うのなら、およそ50年分と言うことになる。がっくりと頷くディーラーに、「運が悪かったね」と労いチップをたんまり残していった。そして勝ちを確定させるために精算コマンドを入れた所で、「宜しいかしら」と女性に声を掛けられた。  今日は遠慮がないのだなと振り返ったトラスティは、そこに別のトラブルが立っているのを知ることになった。背丈は結構高く、頭に結い上げた亜麻色の髪、そしてキュッと締まった腰つきにこれでもかと言うほどの大きな胸。それだけを見れば、ストライクゾーンに居るのは間違いない。ただ尖すぎる眼差しに、立っている「トラブル」と言うのを実感させてくれたのだ。どう贔屓目に見ても、止まり木で囀る好色スズメとは思えない相手だった。  明らかなトラブルに、トラスティは急いで換金のコマンドを投入した。ここまですれば、カジノには稼いだお金に手を出せなくなる。 「あなたの用は終わったと思っていいのかしら?」 「換金するのを待っていてくれたと思っていいのかな?」  疑問に疑問で返したトラスティに、「そうね」と女は短い答えを口にした。トラスティが覚えていたのは、その短い答えまでだった。まるで糸が切れたマリオネットのように、次の瞬間トラスティの体が崩れ落ちていったのだ。 「私が用があるのは、お金じゃなくてあなただから」  ふふふと口元を釣り上げる様は、哀れな生贄を手に入れた悪魔と言うところだろうか。美しい顔をしているだけに、逆にこれ以上無い迫力を醸し出していた。  完全に軟体動物になったトラスティをお姫様抱っこをした女性は、「連れの具合が悪くなったの」と言い訳をしてからカジノを出ていった。ここまでの時間は、接触してからわずか1分と言う早業である。フェランチェスカが駆けつけた時には、すでにトラスティは何処へと連れ去られた後だった。  次にトラスティが意識を取り戻出したのは、綺麗な装飾のなされたベッドの上だった。簡単に辺りをチェックした結果、どこかのホテルだろうと推測することが出来た。「一体何が」と頭を抑えようとした時、手にIDが絡まっているのに気がついた。 「お金には手がつけられていないのか」  どうやら自分を襲ったのは、物取りのたぐいではないようだ。そこだけは安心したトラスティは、どこに居るのかと体を起こして辺りを見渡した。当たり前なのだが、判ったのはどこかのホテルの一室だろうと言うことだけだった。やけに調度が綺麗なことを考えると、結構高級なホテルに連れ込まれたのだと想像することが出来た。  さてどうしたものかと考えた時、誰かがバスルームから出ていくる気配がした。その気配の方へと顔を向けた時、バスローブ姿の女性が現れた。頭の上で結い上げられていた髪も、今はストレートにまとめられていた。 「あら、意外に早く気がついたのね。良かった、これで起こす手間が省けたわ」  化粧とかも落としているが、その女性の美しさは健在だった。ただ震えが来るような恐ろしい眼差しも健在なので、どう頑張っても色っぽいことが想像できなかった。 「あなたが、僕を攫ってきたと言うことですか。それで、僕を攫ってどうしようと言うんです。恥ずかしながら、大してお金を持っていませんよ」  とりあえず物取りと決めつけることで、相手の出方を伺おうと言うのである。その意図を理解したのかどうかは分からないが、女は口元を少し釣り上げベッドに腰を下ろした。 「私の名前はデストレア。ザノン公国突撃艦隊に所属する士官よ。スクブス隊と言うのが、私の配下に居るわね。どう、物取りじゃないことは理解できたかしら?」  そう答えたデストレアは、ゆっくりとバスローブをずらしてくれた。その動作自体はとても色っぽいのだが、すべてを尖すぎる眼差しが否定してくれた。現れた豊かな乳房を目にしても、少しも劣情が沸き起こってくれなかったのだ。  そこまですれば、相手が自分を誘惑しているのは理解することが出来る……と言うより、はじめから目的は明確だったのだ。それでも訳が分からないと言う顔をして、トラスティは「帰してもらえませんか?」とデストレアに問いかけた。 「私に恥を掻かせて、生きて帰れると思っているのかしら? 無事に帰りたいのだったら、私を満足させてみることね。もっとも、あなたに出来るのだったらね」  フフと笑ったデストレアは、纏っていたバスローブを完全に脱ぎ捨てた。もしも目に黒線を入れることが出来たら、しゃぶりつきたくなるような美人に違いないだろう。目の前に晒された裸体は、惚れ惚れするほど均整の取れたものだったのだ。いささか大きすぎる胸にしても、少しもたるんだ所は見られなかった。 「もしも、あなたを満足させられなかったら?」  ごくりと音を立ててつばを飲み込んだトラスティに、「飽きるまで絞り尽くしてあげる」とデストレアは死刑宣告をしてくれた。その答えを聞く限り、満足させる以外に無事帰還する方法はなさそうだった。 「許してくださいと言っても無理なんでしょうね」  ゆっくりとのしかかって来るデストレアに、トラスティは最後の命乞いをした。もちろん返ってきたのは、「無理ね」と言う死刑宣告だった。そしてトラスティをベッドに押し倒したデストレアは、とても強引に唇を重ねてきた。 「それから教えておくけど、今まで誰一人として私を満足させくれなかったわ」 「その人達がどうなったか、聞かない方が良さそうですね……」  とても神妙な顔をしたトラスティに、「生きてるわよ」とデストレアは笑った。 「多分だけど」 「ますます絶望的ってことか」  はあっと吐かれたため息を、デストレアは唇を重ねることで飲み込んだ。哀れな獲物を生贄にした、強者の宴が始まったのである。  お互いの話題に欠けるとなると、出来ること言えば酒を酌み交わすことぐらいだろう。死力の限り戦いをする間柄ではあるが、だからと言って相手に個人的な恨みを持っている訳ではない。それどころか、相手のことをリスペクトしているぐらいだ。ただ戦いのことは守秘義務以上に自分の命に関わるので、その方面でも話に困る事情は変わらなかった。  そこで一つ分かったことは、ドルグレンとバレルの二人が独身と言うことだった。そこでフランチェスカを見てから、「本当に独身なのですか?」とバレルは確認をしてしまった。 「本当に独身ですよ。そう言う閣下も独身じゃありませんか」  それなのに、どうして自分ばかり疑問に思われなければいけないのか。不公平だろうとドルグレンは文句を言った。その文句を聞きながら、「彼女が可哀想だろう」とバレルはフランチェスカに同情していた。どうやらこの手堅い作戦をとる閣下様は、周りの女性から向けられる視線の意味を理解できないらしい。もう一度可哀想にと同情したのだが、人のことは言えないかとバレルは我が身を省みた。 「それはそうなのだろうが、どうやらお互いのためにはこの話題はやめた方が良さそうだな」  くいっと茶色の液体を飲み干し、「私はこれで」と言ってバレルは立ち上がった。そして一人酒を飲んでいないフランチェスカに、「お邪魔をいたしました」と頭を下げてボックスを出ていった。ただフランチェスカが気になったのは、バレルの足取りが重そうに見えたことだ。なにか気がかりがあるのかと考えたところで、「ああ」と少し前のことを思い出した。 「バレル閣下も、苦労されているのですね」  敵将に同情するのは、普通は失礼と言われることだろう。だが作戦に関係ないからと、フランチェスカはバレルへの同情を正当化した。  敵方の女性にまで同情されたバレルは、重い足を引きずりホテルへと戻ってきた。スクブスの女性の評判は、彼に惨劇を予想されるものでしかない。だからこそホテルに戻りにくいし、だからこそ戻らなければと考えていた。時間を見れば、デストレアが消えてからすでに3時間が経過している。今から踏み込めば、まだ相手の男性は生きているだろう、生きていて欲しいと期待できる時間だと思っていた。  とてもブルーになりながら部屋に入ったバレルは、そこで寝室から出てくる男に出くわした。すわ泥棒かと身構えたのだが、出てきた男の顔には見覚えがあった。ただ疑問があったのは、やけに男の顔がスッキリとしていたことだ。一体全体何が起きているのか。男の様子に、バレルは理解が追いついてくれなかった。 「確か、君はデストレアに拉致されたはずだが?」  それなのに無事なのかという意味を込め、バレルは出てきた男に声を掛けた。 「あなたが、彼女の旦那さんですか? 誓って言いますけど、僕は被害者ですからね。間男とか言うふざけたことはしていませんから」  絶対に違いますと強調した男に、「落ち着き給え」とバレルは宥めた。 「私はザノン公国軍突撃隊の司令をしているバレルと言う。彼女は、私の護衛として同室しているのだが……ところで、デストレアはどうしている?」  間男の言い訳をしたところを見ると、デストレアと一緒だったことは間違いないだろう。だとしたら、目の前の男はどうして無事なのか。アルコールが理由ではない、理解力の低下にバレルは襲われていた。 「彼女なら、気持ちよさそうに寝ていますよ……多分失神しているのかな。いずれにしても、約束通り満足させたつもりですからね。もしも彼女が目を覚ましたら、そこのところを強調しておいてください!」  よろしくお願いしますと言って出ていこうとしたトラスティを、「待ち給え」とバレルはもう一度呼び止めた。 「私が自己紹介をしたのに、君は名乗ってくれないのかな?」 「拉致被害者にそれを要求しますか?」  胡乱な眼差しを向けたトラスティは、すぐに「いいですけど」と譲歩することにした。 「トラスティ・イカリと言います。一応旅行者ですよ。カジノで遊んでいたら、彼女に拉致されました」 「そのことを詫びるのは吝かではないのだが……本当に彼女は失神しているのか?」  信じられないと言う顔をしたバレルに、「思ったほどではありませんでしたね」とトラスティは言ってのけた。 「と言うのか、口ほどでもなかったですね。すぐに失神してくれたから、何度か起こして責め立ててあげましたよ」  うんうんと頷いたトラスティは、「もういいですか?」とバレルに尋ねた。 「あ、ああ、呼び止めて悪かったね。気をつけて帰ってくれたまえ」 「では、失礼いたします」  丁寧に頭を下げてから、トラスティはそそくさとスイートルームを出ていった。それをあっけにとられながら見送ったバレルは、すぐに首を振って現実へと復帰した。 「まさかとは思うが、殺されたと言うことはないだろうな」  他人の情事の跡など見たくはないが、まさかと言う可能性を捨てる訳にはいかない。それぐらいデストレアが失神をしたと言うのが、いまだに信じられなかったのだ。  一体どんな惨劇が繰り広げられたのか。ごくりとつばを飲み込んだバレルは、意を決してデストレアの部屋のドアを開いた。 「生きているのか?」  ベッドまわりが乱れているのは、男女の交わりがあったと考えれば不思議な事ではないだろう。どこにも血の痕跡はないなと確認し、バレルはうつ伏せで動かなくなったデストレアに近づいた。あれだけ周りに恐怖を振りまいた女が、今はだらしなく足を開いたまま動かなくなっている。  シーツが申し訳程度に掛けられているのは、出ていった男の心遣いなのだろうか。だが疑ってみれば、情事の後を装ったと考えることも出来る。そこでそっとシーツの端を持ち上げて確認をしたら、しっかりと情事の痕跡を確認することが出来た。すぐにシーツを戻したバレルは、心拍を確認するため指を首筋に当ててみた。 「確かに、生きてはいるようだな」  指からの感触で、心臓がしっかり動いているのは確認することが出来た。だとしたら、トラスティと言う男の言う通り、デストレアは失神させられたことになる。  ドアが開いて空気が変わったのが理由なのか、それともバレルが首筋を触ったのが理由なのか、デストレアが小さな声で何かを呟いてくれた。一体何をと耳を近づけてみたら、「もう許して」と言う懇願の言葉だった。  「これ以上は絶対に無理」と繰り返して寝言を言うデストレアに、宇宙はなんと広いのだとバレルは感心したのだった。  お金は十分に稼いだのに、なぜか4人はアルバイトを続けていた。そのあたり、何もすることがないと言うのが理由なのだろう。そしてその事情はトラスティも例外ではなく、暇な時間帯にお店の外で呼び込みをしていた。本来ならカジノに行けばいいところなのだが、エルドラドからはしっかり出禁を通告されたのである。出禁理由は勝ちすぎたことではなく、店の中でトラブルを起こしたことだった。 「ほら、今なら掘り出し物がいますよ」  時折通り過ぎる男に、トラスティは揉み手をして近づいていった。そして二言三言会話をしてから、「絶対に保証しますから」と言ってその男を店の中に連れ込んだ。ちなみにトラスティの仕事はそこまでで、男が飲み物だけを飲んで出ていっても、営業成績には響かなかった。 「おはようトラスティっち。ただでいいから、今度遊ばない?」 「おはようございます。とっても嬉しいお誘いなんですけど、僕はマリーカに一途なんですよ」  えへへと笑ったトラスティに、出勤してきた女達……ちなみに彼女達の正体はスクブス隊の精鋭である……はちぇっと舌を鳴らした。 「カイトさんも、ガードが硬いからなぁ」 「兄さんも、メイプルさんのお尻に敷かれてますからね」  だから無理と笑ったトラスティに、「今日も搾り取るか」と女の中の一人、ノルンが声を上げた。本人申告では、まだ10代と言うことだ。仲間内では少しスレンダーだが、美人と言う意味ではスクブスの水準を保っていた。 「いやいや、そこは「今日も稼ぐか」にしておいて貰えませんかね」 「トラスティっちは硬いねぇ、あっちも硬いのかな?」  あははと笑って、20人の女性達は店の中に入っていった。ここから腹ごしらえをしてから、裸同然の格好でステージに上るのである。そこで指名されたら、店には指名料が入り、本人にはメイティング料が入る仕組みになっていた。 「いやぁ、みんな元気だねぇ」  少し年寄り臭いことを口にしてから、トラスティは「いい子が入りましたよ」と別のかもへと近づいていったのだった。  それから2人ほどかもを店の中に連れ込んだ所で、トラスティは今日の仕事を上がることにした。ここから先は、呼び込みをしなくても客が来てくれるのだ。  ロッカールームで着替えをしようと歩いていたら、ダンサーの一人ヒルロイに「こっちこっち」と手招きをされた。「はいはい」と愛想よく手招きされた部屋に入っていったら、全員が食事を始めたところだった。どうやら、シャワーを食事の前に浴びたようだ。お陰で全員が、バスローブ姿と言うとても目の毒となる状況だった。  ただそれぐらいのことはいつものことと、トラスティも特に気にした様子を見せなかった。 「それで、何か用ですかヒルロイさん」 「いやぁ、ちょっと気になった話があってね。それを確認しようと思ったのよ」  そう答えたヒルロイは、「どう思う」と仲間に声を掛けた。 「う〜ん、私の好みなんだけどぉ。でも、やっぱり違うんじゃないのかな?」  そう答えたのは、同じくスクブス隊の一人ホーリーだった。少しだけ長めの黒髪をした、パット見にはおしとやかに見える猛獣である。 「そうよねぇ、流石に違うよねぇ」  ホーリーに同調したのは、メロンと言う名の同じくスクブス隊の一人である。銀色の髪をベリーショートにした、とても大きなおっぱいが特徴の猛獣である。 「でもさぁ、トラスティって珍しい名前だと思わない?」  名前の線から攻めてきたのは、モモと言う名のスクブス隊の一人である。ピンク色の髪と、ツルンとしたおしりが特徴の、これまた猛獣の一人である。 「なんですか、人の顔を見るなり訳の分からないことを」  やめましょうよと笑ったトラスティに、「うちの隊長のことなの」とナイラが事情を教えてくれた。ちなみにナイラは、黒い髪をツンツンに尖らせた、ちょっと鋭い感じを受ける美人の猛獣である。 「ええっと、皆さんの隊長さんって……スクブス隊の隊長ですよね? 確か……」  トラスティが名前を思い出そうと悩んでいたら、「デストレア」とロリエが助け舟を出してくれた。黒い髪をショートにした、ちょっと幼い感じの化物である。 「そのデストレア隊長さんがどうかされたのですか?」  訳が分からないと言う顔をしたトラスティに、「イカされまくったのよ」とリンリンが下卑た笑いを浮かべた。リンリンは、黒い髪を両側で玉にした、釣り眼の可愛い猛獣である。 「エイローテが言うには、だらしなく思い出し笑いをしているみたいなの。そしてそこまでにした相手の名前が、トラスティって言うらしいわ。カジノで勝ちまくっていた男を、拉致ってきたと言う話よ。バレル様がお話をされたみたいだけど、いまだに信じられないと仰ってるそうなの」  そう教えてくれたのは、ミンチと言う女性である。ちょっと気弱に見える、外見と中身が乖離した猛獣と言うことになる。 「世の中には、同じ名前の人は沢山いますからねぇ。それに繰り返しますけど、僕はマリーカ一筋ですから」 「そうやって、惚気けないで欲しいんだけどなぁ。でも、マリーカってとっても可愛いわよね。トラッチが夢中になるのも分かる気がするわ」  暑い暑いとバスローブを開いて扇ぐ真似をしたのは、マインと言うちょっとおしゃれな感じのする猛獣だった。ちらりとめくられたバスローブからぽっちまで見えたのは、間違いなくわざとと言うことなのだろう。 「でもさぁ、マリーカもトッチにメロメロだと思うわよ。どんなイケメンに誘われても、絶対にお持ち帰りされないんだもん」  マリーカの勤務状況を教えてくれたのは、ランカと言うちょっと変わった緑色の髪をした可愛い顔の化物である。 「いいよねぇ、私も恋人が欲しいわぁ」 「ヌイヌ、恋人ってただするだけの相手じゃないからね」  そう言って笑ったのは、ネコロと言う女性である。ヌイヌと双子と言うだけのことはあり、髪型を変えてくれなければ全く見分けがつかなかった。どうやら戦場では、全く同じ格好をすることで、相手を撹乱しているらしい。 「だとしたら、トラスッチも運が悪いわね。同じ名前をした人がいるって知ったら、間違いなく確認に来ると思うし。もしも人違いだったとしても、隊長が我慢するとは思えないしぃ」  そこでご愁傷さまと同情してくれたのは、ヘロナと言う金色の髪をカールにした、かなり美人の猛獣だった。 「まさか、僕のことを売ったりはしていませんよね?」  恐る恐る尋ねたトラスティに、「売らないよ」とハレイが答えた。黒髪を頭の上でお団子にした、ちょっとかわい目の化物である。 「うん、売ったりはしていないわね。ただ、業務日誌には載ってるけど」  あははと笑って地獄に突き落としてくれたのは、フリールと言うふわふわの金色の髪をした、ちょっとロリが入った猛獣だった。 「どうして、そう言うことをしますか」  はあっとため息を吐いたトラスティに、「諦めは肝心だから」とルレイは慰めにならない言葉をかけた。黒髪をおかっぱにした、一見真面目そうに見える猛獣である。 「大丈夫。隊長の後に、私も可愛がってあげるから」 「あっ、ムーダったらずるいんだっ!」  そう言って文句を言ったのは、ニルトと言う女性である。ちなみにちょっとだけ豊かなスタイルをしいるが猛獣と言うのは変わらなかった。そして可愛がってあげると死刑宣告をしたのは、ムーダと言うボーイッシュな髪型と、ちょっとスレンダーなスタイルをした化物だった。 「でもさぁ、隊長の後って……トラスティさん、無事で済むかしら?」  うーむと考えたレザリアに、「やめてくれる」とトラスティは懇願した。 「でも、絶対に手遅れだと思うよ。だから、今のうちにスタミナを付けておいた方がいいんじゃないかな」  焼け石に水だけどと、トラスティを呼び寄せたヒルロイは死刑宣告を繰り返してくれた。ヒルロイは、青色の髪をウルフカットにした、ちょっと影のある美人というタイプの猛獣である。 「どっちかと言ったら、思い残すことがないようにマリーカちゃんとやりまくった方が良かったりして」  きゃははと下品な笑い声を上げたマインに、トラスティは「やめてくれる」ともう一度懇願したのだった。そして懇願しながら、「返り討ちにしてやる」と鬼畜なことを考えていたのだった。  スクブス隊の部下達の言葉通り、あの後デストレアはしばらく使い物にならなかった。バレルをして「気持ち悪い」と言わせるほど、連日ニヤニヤとしてくれていたのだ。迫力満点だった眼力が消え失せ、釣り上がった目尻も今はしっかり垂れ下がっている体たらくである。様子を見に現れたエイローテまで、「あなたは誰?」と驚いたぐらいだ。  ただ使い物にならない状態も、わずか3日で解消されてしまった。当たり前だが、再び体が疼き出したのである。トラスティに与えられた強い刺激が、薄れてきたと言うのがその理由だろう。 「閣下、カジノに行きませんか」  そして下がっていた目尻が地面と平行になったぐらいで、デストレアはカジノに行くことをバレルに提案した。その提案に対して、「彼はいないぞ」とバレルは直球そのものの答えを口にした。 「彼だったら、エルドラドに出禁を言い渡されているぞ。出禁の理由は、他の客と揉め事を起こしたからと言うことだ。ちなみに他の客と言うのは、お前のことだからな」  バレルの言葉に、そこまでのことか言いたくなるほどデストレアは嘆いてくれた。それを一瞬だけ哀れに思ったバレルだったが、トラスティの居場所には触れなかった。トラスティに慮ったと言うより、これ以上の面倒はゴメンだと考えたのである。残された休暇が1週間だから、そこを何とか無事に乗り切ろうと考えたと言うことだ。ただそれは、甘すぎる考えだとすぐに気付かされた。 「せっかく、理想の男性に巡り会えたと思ったのに」  はあっと大きく息を吐きだしたデストレアは、思いつめた表情で「閣下」と迫ってくれた。  別の意味で迫力満点のデストレアに、バレルは思わず2歩下がってしまった。 「申し訳ありませんが、少しお暇をいただけないでしょうか。これは、私の人生に関する一大事なのです」 「き、休暇中の行動までし、縛るつもりはないぞ」  ここで否定をしたら、自分の身に何が起こることになるのか。嬉しくない想像をしたバレルは、「自由にしていい」とのお墨付きを出すことにした。そして「トラスティと言う男だが」と人を悪魔に売り渡すようなことを言ってくれた。 「お前の部下達が男漁りをしている……確かバカラだったか? その店の客引きに、トラスティと言う男がいるそうだ。お前の部下達の評判は、なかなか良いと聞いているぞ」 「ゴーゴーバーの客引き……ですか?」  そこで目元を険しくしたのは、彼女の理想から外れた仕事をしているからだろう。突然現れた理想の男性「白馬の王子様」なのだから、している仕事も会社経営とかを考えたのである。そしてそう妄想した理由には、トラスティと出会ったカジノが高級だと言うのも理由になっていた。 「手がかりとしてはありだと思いますが……」  そこで一つ息を吐いたデストレアは、「足で稼いでみます」と言ってスイートルームを出ていった。その足取りが重そうなのは、目的地が理想と離れているのが理由なのだろう。  そうやってトボトボとホテルのフロントに降りてきたら、同じように落ち込んだエイローテと顔を合わせた。自分のことをさておき、デストレアは惚れっぽい部下のことを心配した。 「やっぱり、来なかったのか?」 「脱出できるだけの時間を与えたのですが……」  そこでふうっと息を吐いたエイローテは、「化物ですからね」と自分のことを卑下した。 「武器を持った男を、平気で蹂躙する化物の女ですから。正体を知っている男が寄ってこないのも当然なんでしょうね……」  そこでもう一度ため息を吐いたエイローテに、デストレアは「だったら」と相手の消息を確かめることを提案した。結果を確かめるのは怖いことだが、死んでいるのならまだ諦められると言う理由からである。  「少し待つように」と命令をしたデストレアは、ホテルのフロントでドルグレンと連絡をとろうとした。 「ドルグレン様なら、間もなくご出発されるのかと」  フロントがそう答えた所で、EVホールを出てくるドルグレンとフランチェスカを見つけることが出来た。あまりご機嫌が麗しそうに見えないのは、休暇の終わりを嘆いているからだろうか。  その表情は気になったが、デストレアは問題解決を優先することにした。 「失礼いたします。少しだけお時間をいただけないでしょうか?」  警戒させないようにと、できるだけ相手を威圧しないようにデストレアは気をつけた。ただ気になったのは、相手が驚愕の表情を浮かべていることだ。どうして信じられないものを見る目で自分のことを見るのだ。デストレアには、それが理解できなかった。 「す、すまない、本気で君が誰か分からなかったのだ。バレル閣下の部下、デストレアで合っているのかな?」  まだ納得行かない顔をしたドルグレンに、「そのデストレアです」と本人談では厳しい表情を浮かべた。ただドルグレンにしてみれば、まったくの別人と言いたくなるぐらい、その顔はしっかりと緩んでいた。 「そ、それで、私になにか用かな?」  動揺を抑えきれないドルグレンに、「閣下の部下の消息です」とデストレアは切り出した。 「閣下の部下に、ケリーニンと言う陸戦部隊の男がいたはずです。その男の消息を教えていただければと。もちろん、これが厚かましいお願いであるのは理解しております。ただ私の部下が、ここのホテルで彼と再戦を約束いたしました。ここまでずっと待っていたのですが、ケリーニンと言う男は現れてくれなかったのです。ですから、せめて生きているかどうかを知りたかったと言うことです」  再戦と言うのが、血腥い方向でないのは理解することが出来た。ただドルグレンに理解できなかったのは、部下と紹介された女性が、明らかに落ち込んでいたことだ。自分達が攻め入り殺した男のことで、どうしてそこまで落ち込むことができるのか。そのメンタリティを理解することが出来なかった。 「彼は、死んだよ。少なくとも、戦死者名簿に載っている」 「そうですか。その男は死を選びましたか」  ふうっと息を吐いたデストレアは、「失礼いたしました」とドルグレン達に頭を下げた。そして少し言い訳をするように、「私達は」と自分たちの考えを説明した。 「大勢の人々を殺している私達ですが、戦う相手への敬意を忘れたことはありません。そして名誉を掛けて戦った相手のことを、忘れることはないのです。私の部下エイローテは、ケリーニンと言う男と1対1の戦いを行いました。ただその勝負も、私達の作戦が終わるまでと言う期限付きのものです。その戦いを生き延びたケリーニンと言う男に、エイローテは別の決着をつけようと持ちかけました。抱いて欲しいとは言えない、照れ隠しのようなものだと思ってください。だからエイローテは、ずっとホテルのバーでケリーニンと言う男を待ち続けたと言うことです」  その説明に頷いたドルグレンは、「良かったのかな」とデストレアに問いかけた。 「君達の考え方を語ることは、利敵行為になりかねないことなのだよ」  ドルグレンの言葉に、「ああ」とデストレアは頷いた。 「杓子定規に考えればそうなのでしょうが、それを知られても私達は少しも困らないと言うのがお答えになります。惚れた相手だろうと、戦場で立ち塞がってきた者は、容赦なく排除いたします」  それが覚悟だと答えたデストレアに、「ありがとう」とドルグレンは答えた。 「これは、ケリーニンの代わりだと思ってくれないかな」 「では、遠慮なく受け取らせていただきます」  ありがとうございますと、デストレアとエイローテは揃って頭を下げた。そして踵を返すと、「これで失礼します」とその場を離れた。 「分かっていたことだが、彼女達も名誉を賭けて戦っていたと言うことだよ」 「だからこそ、余計に恐ろしいですね」  フランチェスカの答えに、「全くだ」とドルグレンは同意した。 「叶うなら、二度と戦場で顔を合わせたくないと思っているよ」  まだ対策が思いつかない。そう零したドルグレンは、「多分無理なのだろうね」とフランチェスカに告げたのだった。  落ち込むエイローテを連れて、デストレアはホテル・トリスタンを後にした。目指す場所は、部下達が男漁りをしているゴーゴーバー・バカラである。自分はトラスティの手がかりを探しに、エイローテは気分転換の男漁りをさせるためである。  そして高級ホテルのブロックから遠く離れた、とてもいかがわしいエリアに二人はたどり着いた。もっともデストレアもエイローテも、別に初めてくる場所ではない。特にエイローテの場合、ケリーニンとの約束がなければ、とっくに他の女達と一緒に男漁りをしていたはずだったのだ。 「ここも、相変わらずと言うことだな」  暇だったら、自分も一緒に男漁りをしていっただろう。ただ自分は、生涯の伴侶を見つけると言う、崇高な使命を持っていたのだ。だから男漁りを考慮の外に置き、二人は勝手知ったる従業員通用口から中へと入っていった。 「ええっと、新人さん?」  少し驚いたような顔で迎えてくれたのは、茶色の髪をショート……少し伸びているが……ショートにした可愛らしい女の子だった。しっかりと服を着ている女の子に、「コヨーテ」なのだろうなと二人は想像した。 「まあ、こいつの場合は、今回は新人だな。すでに、うちの奴らが20名ほど世話になっているはずだがな」 「20名……」  そこでしばらく考えた女の子は、「ああ」と手を叩いてみせた。 「スクブス隊の方ですね。だとしたら、こちらがエイローテさんで、あなたが隊長のデストレアさんと言うことですか?」 「なんだ、私達のことを知っているのか」  少し口元を緩めたデストレアに、「良くしていただいています」と女の子は頭を下げた。 「マリーカと言います。コヨーテ、ですか。給仕とお話を担当させていただいています」  ペコリと頭を下げたマリーカに、「可愛いのだな」とデストレアは優しい気持ちになっていた。 「スクブス隊の方と言うことなら、ここのシステムは私よりもご存知ですよね。適当に空いているロッカーを使っていただいて結構ですよ」  こちらにと、マリーカは二人をロッカールームへと案内した。そこで二人は、マリーカが帰るところだったと気がついた。 「悪いな。帰るところだったのではないのか?」  自分に気を使ったデストレアに、マリーカは大したことじゃないと首を振った。 「みんなで一緒に帰りますからね。どう言う訳か、今日は私が一番早かったみたいです」 「みんな?」  首を傾げたデストレアに、「4人家族で働いていますから」とマリーカは笑った。 「ちょっとしたトラブルに遭って、お金が必要になってしまったんです。だから手っ取り早い場所ってことで、みんなでここをバイト先にしました。こう言うところって、身元の照会はザルですからね。だから、面倒なくお金を稼ぐことができるんですよ」  だからだと笑ったマリーカに、「ダンサーの方が稼ぎが良くないか?」とデストレアはからかった。ここまで話をした感触で、そちらの方は初心なのだと想像したのである。  そしてデストレアが予想したとおり、マリーカは顔を赤くしてくれた。 「その、私は旦那様に一途ですから」  キャッと照れる辺り、本当に可愛いなとデストレアは感動していた。 「それで、エイローテさんはダンサーをされるのですよね。デストレアさんは、ただの付き添いですか?」  自分のことは良いと、マリーカは話を変えた。 「い、いや、私は人探しをしているのだ。名前はトラスティと言うのだが、手がかりがそれしか無いのだ。だから、虱潰しに探していこうとここに来たと言うことだ」 「その人が、どうかしたんですか?」  とても無邪気に聞かれ、今度はデストレアが顔を赤くした。 「そ、そのだな、り、理想の人だと、お、いや、巡り会えたと思ったのだ」  余程動揺しているのか、デストレアはしどろもどろになりながら説明してくれた。ただそこで予想外だったのは、マリーカが小さくため息を吐いてくれたことだった。  それに気づいたデストレアは、「どうかしたのか」とマリーカに訪ねた。 「こう言うことになるんじゃないのかなって思っていたんですよね」  そこでもう一度ため息を吐いたマリーカは、「会ってどうするんです?」と尋ねた。 「どうするって……男と女がすることぐらい決まっているだろう」 「やっぱり、そうなんですよねぇ……」  そこで一度デストレアの顔……と言うより、頭の天辺からつま先まで見たマリーカは、「付いてきてください」とデストレアに背中を向けた。 「付いて来いと言われてもだな……」  なんだと思いながらも、デストレアはマリーカの後について店の中へと入っていった。そしてマリーカは、デストレアをステージに立つ前の控室へと連れ込んだ。そこでスクブスの女性たちに、トラスティがおもちゃにされているのを知っていたのだ。 「デストレアさんって、くじ運が良いんですね」  大正解ですと言って、マリーカは控室で弄ばれるトラスティを指さした。それを確認したデストレアは、「どうしてっ!」と思わず大声を上げてしまった。 「隊長、大声を上げてどうしたんですぅ」  そう言ってリンリンが絡んできたのだが、デストレアはそれを綺麗さっぱり無視をした。そして右手で顔を抑えているトラスティに詰め寄り、「どうして帰ったのだっ!」と詰問してくれた。 「満足させたら、帰してくれるって言いましたよね?」  だからですと、トラスティは逃げ腰になりながら答えた。 「だったら、私はまだ満足出来ておらんぞ!」 「もう一度満足させて欲しいの間違いじゃありませんか?」  困ったものだと吐き出したトラスティを、女達は「うっそぉ!」と驚いた顔を向けた。 「ひょっとして、トッチって絶倫男?」  自分の顔を見られたマリーカは、「どうなんだろう」と遠くを見る目をした。 「でも、否定出来ないかな?」  えへっと笑ったマリーカに、「えへっ」は無いだろうとトラスティは文句を言った。 「そんなことはどうでもいいっ!」  声を荒げたデストレアに、トラスティは大きくため息を吐いた。 「そんな恫喝まがいのことが、何度も通用すると思って欲しくないんですけど」 「ほほう、通用しないと言うのか?」  にやりと口元を歪めたところなど、間違いなく迫力満点と言って良いのだろう。 「と、トラッチ、流石にその挑発はまずいから」  謝った方が良いと、マインが顔色を悪くして忠告してきた。 「いえ、こう言う時には、どちらの立場が上かをはっきりとした方が良いんですっ!」  ふんとトラスティが気張った所で、デストレアの体がぶれて消えた。言うことを聞かないのなら、「どちらが上かをはっきりすればいい」のだ。その言葉通り実力行使をしようとしたのだが、次の瞬間トラスティの前で地面に両手をつくことになってしまった。さすがのスクブス隊の女達も、この事態にはついていけなかった。 「俺に、面倒を持ってきて欲しくないんだがなぁ」  とてものんびりと、そして緊張感の欠片も感じさせないカイトに、「嘘でしょう」と女達は声を揃えた。 「カイトっち、悪いことは言わないから手を出さない方が良いよ」 「そうそう、デストレアさんには、私達が束になっても敵わないんだからね」  本気で心配する女達に、カイトはニカッと笑ってみせた。 「なぁに、たまには体を動かさないとなまっちまうんでな」  そう言って笑ったカイトは、「家族に手を出したら許さないぞ」と軽くデストレアを脅した。もっとも、迫力も何も感じさせない相手に脅されて、はいそうですかと受け入れられるはずがない。立ち上がったデストレアは、「どう許さないのだ?」と殺気を振りまいてくれた。 「お尻ペンペンってのでどうだ?」  にやっとカイトが笑った瞬間、デストレアがぶれて消えた。そして全員が気づいた時には、その体はカイトの小脇に抱えられていた。 「と言うことで、お尻ペンペンだな」  そう口にしながら、カイトはデストレアお尻を2度叩いた。「離せ」とジタバタとデストレアが暴れたのだが、少しも意に介した素振りを見せなかった。そしてトラスティの顔を見て、「お持ち帰りするか?」と笑ってくれた。 「兄さんが面倒を見てくれるのならってところですね。正直言って、楽しくないんですよね彼女としても」 「一応俺もパスと言っておこう」  そう答えたカイトは、デストレアの体を放り上げた。「きゃあ」と言う可愛らしい声を上げたデストレアを、「ほい」と言ってカイトは腰のあたりを受け止めた。 「ちゃんと立てるな?」 「え、ええ、まあ……」  分けがわからないと言う顔をしたデストレアに、ニカッと笑ってから「出直してくれるか?」とカイトは頼んだ。 「こいつらがステージに出ないと客が騒ぎ出しちまう」 「あ、ああ、店に迷惑をかける訳にはいかないだろう」  何が起きたのか理解できないのか、デストレアはとても素直にカイトの言葉に従った。それを見送った女達は、「信じられなぁい!」と声を揃えた。 「ねえカイトっちって、実は物凄く強い?」 「お金を全部払うから、私を連れ出してくれないかしら」 「ううん、逆に私がカイトっちを買ってあげる!」  ワイワイきゃあきゃあと騒ぐ女達に、トラスティは「そこまでです」と手を叩いた。 「そう言うことは、ちゃんと個別にやってください」 「おい、普通はするなって言うところだろう!」  やめてくれと懇願したカイトに、「無駄だから」とトラスティは笑った。 「僕は、個別交渉まで邪魔するつもりはありませんよ。それに、みんなとっても可愛いじゃありませんか」  ねえと顔を見られたマリーカは、「そうそう」とトラスティに同調した。 「カイトさんも、ここの所体を持て余してますよね?」  内緒にしておきますからと、女達には理解できないことをマリーカは口にしたのだった。  上官として、バレルがデストレアのことを心配するのはおかしなことではないだろう。そして同時に、「何者なのだ」と言う疑問をトラスティ達に抱くようになったのも不思議ではない。絶対的捕食者だったデストレアが捕食されたことだけでも驚きなのに、ゴーゴーバーの用心棒に子供扱いされたと言うのだ。普通に考えれば、ありえないことが2つ同時に起こったことになる。  そしてバレルの立場では、疑問を放置することを認める訳にはいかない。したがってデストレアとは別に、人を使ってトラスティ達のことを調べることにした。 「料金をたんまり弾んでくださいましたからね」  ひひと下卑た笑いを浮かべた情報屋は、「おまけがあるんですよ」と切り出した。 「プロキア連邦の方も、あの男達に興味を持たれたようなんですよ。ですから、8日ほど前に一度調べているんです」 「プロキア連邦……」  そこで首を傾げたバレルは、ドルグレン達とのやり取りを思い出した。 「そう言えば、副官の女性がデストレアの蛮行を教えてくれたな」  その時は偶然見かけたのかと考えたのだが、あの男をマークしていたと考えれば辻褄が合ってくれるのだ。なるほど目をつける所は同じかと、バレルは自分達の価値観が同じなのだと考えた。 「それで、この男達に関する情報は?」 「年齢順にカイト、トラスティ、メイプル、マリーカ……全員、イカリ名で登録されていますね。シーリー滞在理由は、乗ってきたボートが被弾したからと言うものです。現在そのボートは、一番端っこにあるオープンピアに係留されています。あたしゃ調べていないのですが、プロキア連邦の方々はそのボートも調べられたようですね。それは置いておくとして、4人共バカラと言うゴーゴーバーで働いています。働いている理由は、無一文だったと言うことらしいんですけどね」  報告を続けようとした情報屋を、「ちょっと待て」とバレルは制止した。 「ボートを持っているのに、無一文だと言うのか?」  ボートなど、おいそれと個人で持てる代物ではない。それを考えると、「無一文」と言う説明が矛盾しているのだ。だが無一文を気にしたバレルに、情報屋は「無一文ですな」とその情報を繰り返した。 「利用している宿は、貧民街にある簡易宿泊所です。そして当初は、ピアへの支払いも滞っていたんですよ。支払いが行われても、一日分にも足りなかったそうですからね。カジノでバカ勝ちをして、ようやくピア代が支払われたって話ですぜ。無一文は言い過ぎにしても、ほとんど金を持っていなかったのは確かでしょうな。しかも働いているのが、身元確認がザルのゴーゴーバーって言うんですからね。ボートだって、どこで手に入れたか分かったもんじゃありませんぜ」  胡散臭そうに語った情報屋だったが、バレルは全く別の意味で受け取っていた。 「それで、その男達は何をしているのだ?」 「それなんですけどね、具体的には何もしていないんでさあ。ゴーゴーバーとカジノは、カネに困っているから仕方がないとして。それ以外は、特にこれと言ったことをしていないんです。コヨーテをしているマリーカでしたかね、結構人気があるんですけど、いくらチップを弾んでも誰も連れ出しに成功していないんですよ。男二人は、客引きと用心棒しかしていませんね。ただ、用心棒をしている男は、めっぽう腕が立つと言う話ですがね」  腕が立つと言う情報は、すでに部下達の情報から分かっていたことだった。そもそもデストレアが子供扱いされたことが、トラスティ達を調べようとしたきっかけなのである。  もういいと追銭を支払って情報屋を帰したバレルは、得られた情報の意味を考えることにした。 「収穫はボートと金を持っていなかったと言う話か」  トラスティと言う男の持っている空気を考えると、情報屋の考えるような小物とは思えないのだ。しかも一緒にいる男が、デストレアを上回る戦闘力を持っていると言う。女性二人のうち一人は、「とってもいい子よ」と言うのが部下達の評価である。 「ならば、女性の線から攻めて見るか」  時間を確認したバレルは、呆けているデストレアを置いてホテルを出た。部下達の出勤時間前の今なら、マリーカと言う女性がバカラでコヨーテをしているはずだった。  そう考えて場所を移動したバレルだったが、バカラのある一角に来た所で中に入るのを躊躇してしまった。明らかに自分の居る世界とは別世界がそこには広がっていたのだ。ネオンがギラつく狭い通路の両脇には、かなりいかがわしい格好をした女性達が屯し、通りを歩く男達に声を掛けていた。  ただいつまでも立ち止まってはいられないと、バレルは意を決して魔境へと足を踏み入れた。各店で流されている音楽が混ざりあい、多くの人熱れと合わさり異様な熱気を作り上げていた。 「バカラと言うのは、一番奥にあるのだな……」  大勢の客が居るのだが、彼らはどんな基準で店を選ぶのだろうか。どこを見ても大差の無い作りに、バレルはそんな事を考えながら通りを奥へと進んでいった。寄って来る客引きや熱い視線を向けてくる女達に目もくれずに進んだバレルは、少し客が少なくなったところで目指すうちの一人が客引きをしているのに出くわした。 「こんな所で君に会うとは思っても見なかったよ」  目を丸くして驚くバレルに、「いい子が居ますよ」とトラスティは客引きに徹した。そして客引きの言葉を口にしながら、「それはこちらのセリフです」と小声で言い返した。 「今なら、部下の方達はいませんからね。思いっきりハメを外してください。旦那」  揉み手をしたトラスティに、「コヨーテにいい子が居ると聞いてきた」とバレルは口元を歪めた。 「難攻不落と言う評判だそうからな。是非とも挑戦してみようと思ってね」 「ダンサーに比べて、店への仲介料が……まあ、あなたなら問題にならないでしょうね」  さあさあどうぞと、トラスティはバレルを店へと案内した。これで、トラスティの営業成績が+1されたことになる。 「どうやら、興味を持たれてしまったかな」  相手の身元もしっかりしているし、危ないことにはならないのも分かっていた。たまにはこう言うパターンもいいかと、トラスティはマリーカの冒険を生暖かく見守ることにした。  店に入ったところで、バレルはいきなりマリーカに顔を合わせることになった。ただいきなりと言うのは考えていなかったこともあり、内心少しだけ焦っていたりした。それをなんとかごまかし、案内されるがまま大人しくステージに近い席へと案内された。 「うちの奴らは、こんなことをしているのか……」  とても隠す所の少ない衣装で踊る女性を前に、バレルはとても理不尽なものを感じてしまった。ああやって男に媚びるのと、スクブスでの評判がマッチしなかったのだ。 「お客さん、こう言ったところは初めてですか?」  ニッコリと笑った所は、なかなか可愛いなとバレルはマリーカを値踏みした。そして値踏みしてから、いやいやと心の中で首を振った。前で踊っている女性の影響を受けたのか、いきなり女性を値踏みするようになっていたのに気がついたのだ。 「ああ、一度行ってみたらいいと勧められてね。ダンサーもいいが、コヨーテだったかな、凄く可愛い子が居ると教えられてきたんだよ。ただ、いきなり当たるとは思っていなかったのだがね」  良かったと笑みを浮かべたバレルに、「お上手ですね」とマリーカは少し顔を赤くした。 「いや、私は運が良かったと思っているよ」 「そ、そうですか。それで、お飲み物はどうなさります?」  空中投影されたメニューに、バレルは「これ」と言って軽いアルコールの飲み物をタッチした。 「それで、君は何を飲むのだい?」 「私はですねぇ……アルコールの入っていないのにしているんです」  だからこれと、黒い色をした飲み物をマリーカはタッチした。 「それは、飲まされて前後不覚になるのを避けるためかな?」 「と言うより、今まで飲んだことがないからですけどね」  待っててくださいと言い残し、軽やかな足取りでマリーカは厨房の方へと消えていった。その後姿を見送ったバレルは、ちらりとステージを見てからううむと考えてしまった。 「私には、あちらの方がエロく見えるのだが……もしかして、異常性癖なのだろうか」  ステージで踊っているダンサーからは、盛んに色目を飛ばされているのは分かっていた。だがバレルには、マリーカの「清潔な色気」の方が魅力的に見えたのだ。だが自分の半分ぐらいの年齢だと思うと、それはそれでまずいのではと思えてしまった。  もう一度ううむと考えたところで、飲み物を持ったマリーカが戻ってきた。 「お客様、どうかなさいましたか?」  難しい顔をした自分に気を使ったマリーカに、「いやなに」とバレルは言葉を濁した。 「ステージで踊っている女性より、君の方が魅力的に見えてしまったのだよ。流石に問題かと、ふと考えてしまったと言うことだ」 「ここに来たら、あまりモラルを持ち出すのは粋ではないと思いますよ」  はいと手渡されたグラスを受け取り、「だがね」とバレルは言い訳をした。 「自分には特殊性癖は無いつもりで居たのだよ。だが短いスカートから伸びる太ももとか……いや、私は何を口走っているのだ?」  いかんいかんと首を振って、バレルは手渡された飲み物を口にした。 「あー、この格好ですね。初めは恥ずかしくて仕方がなかったんですけど。今は、もう慣れてしまいましたね。それに、見られるのも結構気持ちがいいかなって思えるようになったんですよ」  けらけらと笑ったマリーカは、自分用の黒い色をした飲み物に口をつけた。黒くて甘くて、結構強い炭酸が特徴の飲みのものである。 「お客さんは、太ももフェチってことですか?」 「いや、面と向かってそう言われるのも……誰でもいいと言う訳ではないと思っているよ」  慌ててアルコールを飲んだバレルに、「少し時間が早かったですね」とマリーカは答えた。 「あと2時間もしたら、凄く綺麗なダンサーが21人入るんです。スタイルもすっごくいいから、絶対お客さんのフェティシズムにぴったりだと思うんですよ。その子達なら、お持ち帰りも自由ですからね」 「つまり、君を連れ出すのは無理と言うことかな?」  表情をキリッと引き締めたバレルに、「システム的にはありですけどね」とマリーカは笑った。 「ここだけの話、私は亭主持ちなんです。そしてその亭主は、外で客引きなんてしているんですよ」 「つまり、ご亭主公認でお持ち帰りが可能と言うことかな?」  口説きに掛かったバレルに、「否定できませんね」とマリーカは苦笑した。 「ただお客さんは、女の子を口説きにこの店に来た訳じゃありませんよね?」 「不特定多数の女性と言う意味ならそうなのだろうね」  右手で太ももに触れようとしたバレルに、「ストップ」とマリーカは制止した。 「そんなことをすると、怖いお兄さんにつまみ出されますよ」 「なるほど、こんな所でおかしな武勇伝を作る訳にはいかないな」  残念だと大げさに悔しがったバレルは、「君達は」とこの店に来た本題を切り出すことにした。 「なんの目的で、シーリーに来たのかな?」 「いきなり、踏み込んだ話をしてくれるんですね」  少しだけ口元を歪めたマリーカは、「船が壊れましたから」と事情を打ち明けた。 「だから、修理のためにこの宇宙ステーションに来たんですよ」 「だったら、質問に「どこから」と言うのも追加しよう。君は連邦の住人なのかな。それとも公国側の住人なのかな?」  さらに踏み込んできたバレルに、「エチケット違反だと思いますよ」とマリーカは笑って話をそらした。 「女の子の出身を聞くのって、こう言ったお店ではマナー違反にもなりますね」  その答えに頷いたバレルは、「だったら」と一方的に話をすることにした。 「悪いが、君達のことを少しだけ調べさせて貰ったのだよ。何しろ君のご亭主は、連邦軍の司令官とも接触をしているからね。そして私の部下達とも毎日接触をしているんだよ。しかも私の部下一人を、使い物にならなくしてくれたんだ。だから私としては、放置する訳にもいかなかったと言うことだ。そして調べてみて疑問に感じたのは、君達がどこから来たのかと言うことだよ。君のご亭主であるトラスティ氏や用心棒をしているカイト氏は、明らかに違う世界に生きている。いくら腕に自信があっても、普通は軍関係者とトラブルを起こすことは誰も考えないのだよ。たとえ自分達に責がなくても、軍相手に突っ張るような者は誰も居ないんだ。だが君達は、私の部下を相手にしても全く気にしたところが見えないんだ。どうだい、君達がどこから来たのか、興味を持つ理由としては十分すぎるとは思わないかな?」  そこでさり気なく太ももに手を伸ばしたのだが、触れる前に「駄目」と手を叩かれてしまった。 「なるほど、鉄壁のガードを持っているのだね」 「一応、これでも親切に忠告しているつもりなんですよ。私と寝ると、間違いなくあの人と比べられることになりますからね。男としてのお客さんのプライドが、ずたずたになるのが見えるようなんです」  だからだと口元を歪めたマリーカに、なるほどとバレルは大きく頷いた。そして先程までと比べ物にならない大胆さで、マリーカの太ももに右手を伸ばした。ざらりとした手触りを感じた時、「あっ」とマリーカが小さく息を漏らした。 「男には、負けると分かっていてもプライドを賭ける時があるんだよ」 「艦隊司令官が、負け戦に突き進んでいくのは感心しませんね」  少し頬を上気させたマリーカは、「そこまでですよ」と言ってバレルの右手に自分の右手を当てた。 「でも、少しだけ感じちゃいました」  そこで小さく息を吐いたマリーカは、「カイトさん」と用心棒の名を呼んだ。 「俺は、合意の上なら干渉しないことにしているんだがな」  そう言って現れたカイトは、「止めていいのか?」とマリーカに尋ねた。 「私は、貞淑な妻だと常々言っているつもりですけど?」 「貞淑ねぇ……」  そこで店内を一度見渡したカイトは、もう一度「貞淑ねぇ」と苦笑を浮かべた。 「おへそや下着の見える格好を他人に晒す貞淑な妻ってのは初めて見たんだが」  まあいいかと、カイトはバレルの肩を叩いた。 「ここでは他のお客様の迷惑になるんでな。だから、ちょっと別室まで付いてきて貰おうか」  軽く右手を握られたのだが、バレルはそれだけで自由を奪われてしまった。強いと言う評判どおりだと、これで情報の裏付けが取れたことになる。  そこでバレルの手をマリーカのシャツから中に滑り込ませたのは、明らかにカイトの悪戯なのだろう。下着でガードされてはいたが、バレルはなにか柔らかなものに触れたのを感じていた。 「カイトさん、そう言うサービスはいらないからっ!」 「なに、太ももぐらいで事務所に連れ込まれるのは可哀想だろう?」  だからだと笑ったカイトは、「こちらにどうぞ」とバレルを奥の事務所へと引っ張っていった。 「ちょっと感じちゃったじゃない!」  奥に消えたカイトに向かって、マリーカは顔を赤くしたまま文句を言ったのだった。  おおよそトラブルを起こした客と言うのは、強面のお兄さんが相手をするのが相場になっていた。ただ相手が相手だけに、怖い目に合わせてお引取りをいただくと言う訳にもいかない。だから怖い顔をして近づいてきた支配人に対して、「公国軍の司令官だ」とカイトは説明をした。 「おまけで言うのなら、スクブス隊はこの方の部下になる」 「ちちちちち、手荒な真似はしていないだろうなっ!」  相手が大物すぎるのと、スクブス隊の女性達は店にとっての稼ぎ頭になっていただの。その元締との良好な関係維持は、店にとって最重要事項に数えられるものだった。  いきなり教えられた相手の素性に、さすがの支配人も慌ててしまった。 「ああ、だからおさわりサービスを味わってもらったさ。と言うことなので、ここから先は俺達がお相手するから心配いらないぞ」 「どうして、それで心配いらないと言えるんだっ!」  アルバイトに店の運命を任せるのは、普通ならば正気の沙汰とは言えないだろう。当然のように文句を言った支配人に、カイトは「だそうだ」とバレルに水を向けた。 「私としては、彼の言うことが正しいとしか答えようがないな。なに、何があっても店に迷惑を掛けないことを保証しよう」  バレルに保証されれば、支配人としてもこれ以上は文句をいうことも出来ない。少し不機嫌そうな目をカイトに向けてから、「粗相のないように」と繰り返してから支配人は部屋を出ていった。 「さて、これで邪魔者はいなくなったのだが……あいつが来ないと、話が始まらないだろう」  この手の対応は、トラスティに丸投げすると言うのが暗黙の合意事項となっていた。カイトがそれを持ち出した所で、「迷惑なんですよね」と言いながらトラスティが入ってきた。 「そうは言うが、君はドルグレン閣下と話をしているのだろう。だったら、私とも話をしてくれないと不公平と言うものだ」 「そう言ったところに、公平性を求めて欲しくなんですけどねぇ……」  はあっとため息を吐いたトラスティは、「こちらから話すことはありませんよ」と先手を打った。それになるほどと頷いたバレルは、「君達の正体」ととても微妙な問題を持ち出した。 「君達は、一体どこから来たのかな?」 「本件に関して、黙秘と言うのは認められますかね?」  即答したトラスティに、「力づくは無理なのだろうな」とバレルはカイトの顔を見た。 「ただ、君達のボートが、原因不明の爆発を起こす可能性までは否定できないと思っている」 「なるほど、一番弱いところを人質にとって来ましたか」  トラスティの言葉に、いやいやとバレルは首を振った。 「私は、ただ可能性を口にしたまでの事だよ。何しろ、君達の報復も怖いからね」  何を思い浮かべたのか分かるだけに、トラスティはほんの少しだけ口元を歪めた。 「民間人にできる報復なんて、たかが知れているんですけどねぇ。そもそも、僕達からあなた達に関わっていった訳じゃない」  それでと、バレルを見たトラスティは、「どんな答えを期待しているんです?」と問いかけた。 「どんな答えかい? そうだな、君達は公国にも連邦にも属していない世界から来た。私は、そう想像しているんだよ。それがこの銀河にあるのか、はたまた他の銀河にあるのかまでは分かっていない」  どうだろうと問いかけられたトラスティは、「想像力が逞しいですね」と笑ってみせた。 「そんな遠くから、一体何をしに戦争真っ最中のところに来る必要があるんでしょうね」 「だが君達の乗ってきた船は、どちらにも所属していないのだろう。そして君達の出身星系も、どちらにも所属していない。だから、セキュリティの煩くない最外周部の開放型ピアを利用し、しかも身元確認がザルなこんな店に勤めている。公国や連邦、そして中立地帯出身ならば、無一文で困ることはないはずだ。さて、私はなにか間違ったことを言っているのかな?」  どうだろうと顔を見られ、トラスティはしっかりと息を吐き出した。 「そのあたり、ちょっと証拠を残しすぎましたかね」  もう一度息を吐いたトラスティに、「正解だったわけだ」とバレルは表情を引き締めた。 「改めて尋ねるが、君達はどこから来たのだ?」 「改めて聞かれると、なかなか説明が難しいのですけどね。少なくとも、この銀河でないことだけは確かです。この銀河に来てからだと、まだ30日程度しか経っていませんよ」  わずか30日と言う答えは、バレルの想像の埒外にあるものだった。お陰で少し思考が停止したのだが、すぐに気を取り直してその意味を考えることにした。 「それが本当のことだとしたら、君達は何をするためにこの銀河に来たのだ?」 「何をしに……ですか。それって、結構難しい問題なんですよ。それでも強いて言うのなら、観光に毛の生えたものでしょうか。僕達の銀河に隣接しているのなら、危険性がないかを確認するのですが……もしも隣接していないのなら、本当に興味本位でしか無くなってくれるんです」  トラスティの答えに、「ちょっと待ってくれ」とバレルは右手を上げた。 「君の説明には、いくつかおかしな点があるぞ。君達は、この銀河から来た訳ではないと答えている。そしてその上で、自分達の銀河に隣接しているのかを問題としている。我々の銀河から一番近い銀河は、およそ150万光年離れたところにある。普通ならば、最寄りの銀河から来たと考えるところだろう。ただその場合、隣接の有無は疑問にならないはずだ。どう考えても、君の説明は酷い矛盾があるような気がする」 「閣下の疑問は、極めて理に適ったものだと思いますよ」  ただと、トラスティは前提に関する部分を問題として持ち出した。 「銀河間の移動方法が、単純に直線上を移動すると言う条件ならばです」 「その前提が崩れた時、到達した銀河がどこにあるのか分からないと言うのかな?」  小さく頷いたバレルに、「そんなところです」とトラスティは笑った。 「だとしたら、君達はここで何をしているのだ? そしてボートの修理だが、いつになったら終わるのだ?」 「ボートの修理は……実はもう終わっているはずなんですけどね。壊れたと言っても、外装機能の問題だけなんですよ。具体的に言うのなら、迷彩機能が重粒子ビームの影響で破損したんです。隠密性の問題を除けば、船の機能には問題がありませんでしたからね」  そこで少し考えたトラスティは、「潮時ですかね」とバレルの顔を見た。 「公国と連邦の人に、僕達の正体に気づかれてしまいましたからね。これからの面倒を考えたら、ここを引き上げた方がいいと言うことになります。データーも十分に取れていますから、これ以上何かをする必要もないと思いますしね」  そこで小さく頷き、「やはり潮時だ」とトラスティは繰り返した。 「僕達は、公国にも連邦にも与するつもりはないんです。それにあまり長くいると、スクブス隊の子達に情が移ってしまいますからね……と言うか、すでに兄さんは情が移ってしまった気がしますが」  そこで少しだけ考えたトラスティは、「まあいいか」と言ってのけた。 「それで閣下は、こんな話をするためにわざわざ場末の店までおいでになられたのですか?」 「私の立場では、正体不明の存在を見逃す訳にはいかないのだよ。しかも君達は、スクブス隊の隊長を子供扱いしてくれた。君達の正体に対して疑問を持つ、正当な理由になると思うのだがね。何しろスクブス隊と言うのは、連邦軍に恐れられている存在なんだよ」  デストレアを理由にしたバレルに、「なるほど」とトラスティは頷いた。確かに自分は、デストレアを返り討ちにしていたのだ。しかもカイトは、腕っぷしの面でも返り討ちにしている。特に後者の問題は、指揮官としては看過する訳にはいかないのも理解できる。 「デストレアさんでしたか、相手が悪かったと思って貰うしかありませんね。何しろ兄さんは、僕達の連邦では最強の男と言われていたんですよ」 「君は、どちらの勢力にも与するつもりはないと言ったね?」  バレルの問いに、「そのつもりですよ」とトラスティは返した。 「ええっと、ちょっと待ってください。なにか新しい情報が入ったみたいですから」  そこで少しだけ難しい顔をしたトラスティは、バレルの前で小さくため息を吐いた。 「なにか、情勢が変わったのかな?」  バレルの問いに、トラスティは小さく頷いた。 「ええ、先程の前提に関わる部分に訂正が入ったんですよ。この銀河が、僕達の連邦に所属する銀河の近傍銀河と言うのが判明しました。したがって僕達の遊びはこれで終わりで、後は正規の組織にバトンタッチすることになりますね」 「君達は、ここを撤退すると言うことかな?」  もう一度頷いたトラスティは、「撤退ですね」とバレルの問いを認めた。 「気分的には中途半端と言うところです。ただ、現状で僕達が干渉する余地もないと思いますし……それに、大規模戦争に干渉するのは良くないでしょう。多分ですけど、戦争が終われば交流と言う話も出てくるかと思います。ただ、それは相当先のことになるのでしょうね」  当分戦争は終わらないと指摘したトラスティに、「確かにそうだ」とバレルはその決めつけを肯定した。 「この戦争が始まって、もう400年は経っているはずだ。もはや戦うことが目的となって居るとしか思えないのだよ。よほどの野心家が生まれて来ない限り、この状況が変わることはないのだろうね」 「でも、もったいないと思いますよ。宇宙はこんなに広くて、ご近所には別の文明を持った銀河があるんです。単純に比較は出来ませんが、お隣の方が文明は進んでいるように思えます。もしもザノン公国とプロキア連邦が平和の為に手を携えたのなら、交流を始める条件が揃うんです。そうすれば、あなた達が今までに想像もしなかった、1万を超える銀河との交流を持つことが出来るんです」 「1万を超える銀河と言うのかっ!」  驚きに目を見張ったバレルに、「1万を超える銀河です」とトラスティは繰り返した。 「1万と2と言うのが、現時点で僕達の連邦を構成する銀河数になりますね。この近くにあるのは、僕達の呼び方ではグルカ銀河と言うのですが。そこが、1万と2番目に加盟した銀河なんです。星系数20万のヤムント連邦と星系数1万のオスラム帝国が加盟の主体となっていますよ」 「そうか、お隣の銀河はそんな事になっているのか……」  トラスティの説明に、バレルは体の中にムズムズとする気持ちを感じていた。感動とは違う、何か熱い物が体の中から沸き起こっていたのだ。  そこで目を閉じたバレルは、しばらくしてからほっと息を吐き出した。 「とても魅力的な世界と居うのは認めるが……だが、今の私には手の届かない世界と言うのも確かだな。我々がプロキア連邦と手を携えると言うのは、少なくとも私が生きている間には実現しないだろう。双方合わせて20万と言う加盟星系の意志と言うのは、早々簡単に変えられるものではないのだ。そうか私の知らない外の世界では、1万を超える銀河が同盟を組んでいるのか」 「構成星系は10億を超えています。それだけ多くの星系が、一つの共同体として活動をしていますよ」  凄いでしょうと問われたバレルは、素直にそれを認めることが出来た。 「確かに凄いのだろう。ただ、今の私には手が届かないと言うことに変わりはない。私やドルグレン閣下に出来ることは、ただ憧れることでしかないのだよ」  ふっと息を吐いたバレルは、「ありがとう」と言って右手を差し出した。 「驚きました。同じ習慣があるのですね」 「そうか、君達の世界にも握手と言う習慣があるのか。なるほど、宇宙と言うのは広くて狭いものなのだな」  そう言ってトラスティの手を握ったバレルは、「一つお願いがある」と正面からじっと見つめた。 「デストレアなのだが……彼女達スクブス隊は、全員とても不器用に生きていると思っている。君には悪いことをしたと思っているのだが、できれば彼女のことを許してくれないだろうか。そしてよければ、彼女の思いを叶えてあげて欲しい。いや、彼女達と言う方が正しいのだろうな。せめて休暇の間だけでも、彼女達に夢を見させてあげてくれないか」 「その方面でしたら、兄さんに頑張って貰えばいいんですけどね。実際には、もう何人か相手にしていますよ。彼女達が不器用……普通の感覚を持てなかったと言うのはそうなんでしょうね」  ふっと口元を歪めたトラスティは、「怒っていませんよ」とバレルに返した。 「僕達は、あと1週間はここに居ると思います。そこで、一度元の世界に戻ることになるんでしょうね」 「ならば、我々の休暇の方が先に終わることになるな。5日後、我々はここを立つ予定になっている」  その答えに頷いたトラスティは、「宿を移りますよ」とバレルに持ちかけた。 「資金的に余裕が出来ましたからね。ホテルを、あなた達と同じところに変えますよ。もう、ここでアルバイトを続ける理由もなくなりましたからね」  それは、シーリーを引き払うと言う意味に通じている。なるほどと頷いたバレルは、「感謝する」ともう一度トラスティに右手を差し出した。 「どうやら、私は新しい夢を見ることができそうだ」 「夢と言うのは、叶えてこそ意味があるのですけどね」  トラスティに答えに、確かにそうだとバレルは認めたのだった。  また連れて行って貰えなかった。クリプトサイトを訪問したノブハルは、ドラセナ公との夕食で不満を漏らした。その子供っぽさを笑ったドラセナは、彼のために未来視を働かせた。 「トラスティ様ですけど、意外に早く戻られることになりそうですよ」 「意外に早いとは? まだ出掛けてから1ヶ月しか経っていないのだが?」  前回の探検では、大きな動きは3ヶ月後に起きていた。そして探検の終わりは、その2ヶ月後に行われたヤムントでの結婚式だった。ドラセナの未来視の距離を考えたら、あまりにも早すぎる変化と言うのがノブハルの感想である。 「理由は、トラスティ様ではありませんね。超銀河連邦安全保障局の探査で、隣接する銀河であるのが判明するからです。そうなると、そこから先は連邦安全保障局の管轄となります」 「結果が出るのではなく、打ち切りと言うことになるのか」  なるほどと納得したノブハルに、「少しは気が晴れましたか?」とドラセナは笑った。 「本当に、多少はと言うところだな。連れて行って貰えなかった事実には変わらないからな」 「ノブハル様は、可愛らしいところがあるのですね」  ふふと手の甲を口元に当て、「本当に」とドラセナは笑った。 「確かにあなたにとっては子供のような年なのかも知れないが……あまり子供扱いしないで貰いたい」 「そうですね、先日は男を見せてくださいましたからね」  素敵でしたよと囁かれ、ノブハルの頭は簡単に沸騰した。 「い、いや、それを今持ち出すのは卑怯だっ!」 「未来視を持つ女に、議論で勝てるとお思いですか?」  分かっていませんねと笑うドラセナに、ノブハルは奥の手を使うことにした。ただこの奥の手は、「多用は良くないよ」とトラスティに忠告されたものだった。 「ああ、普通にやったら無理なのだろうな」  ノブハルがそう話した次の瞬間、ドラセナはゴクリとつばを飲み込んだ。彼女の見ていた未来が、たった今ノブハルによって書き換えられたのである。 「そう言う真似をなさりますか……」  息を荒くしたドラセナに、「なんのことだ?」とノブハルは白を切った。 「そう言うあなたこそ、ずいぶんと可愛い反応をするではないか」  明らかに顔を上気させたドラセナに、「可愛いのだな」と今度はノブハルが言い返した。 「お、女と言うものは、いくつになっても可愛くいたいものなのです」  はあはあと息を荒くしたドラセナは、「あっ」と小さく声を上げて軽い絶頂を迎えた。未来視を持つ女性に対する必殺技が、今炸裂したと言うことである。  これで用が足せたともう一度未来を書き換えようとしたノブハルだったが、今度は全身に熱を帯びたドラセナに捕まってしまった。自分で書き換えた未来が、今度はノブハルを縛ったのである。 「今更、未来を書き換えられるとお思いですか?」  そんな真似をさせませんよと、ドラセナ妖艶な空気をまとわせてノブハルに迫った。そうなると、途端にノブハルの経験不足が露呈する。 「トラスティ様を真似たのでしょうけど、それが敗因になりましたね」  ふふと笑いながら、ドラセナはノブハルに唇を重ねたのだった。  ちなみにドラセナと同じような未来を、かなり前にアルテルナタは見ていた。そのあたり、もともとの素質に加え、若さと指輪の効能と言うドーピングが効いていたのだ。  娘のアセイラムを抱っこしたアルテルナタは、「ご主人様ですが」と双子の女の子をあやすアリッサに声を掛けた。 「あの人がどうかしましたか?」 「意外に早くお帰りになられます。その、別にトラブルに見舞われたと言うことではなくて、飽くまで約束が理由なのですが」  「約束?」と首を傾げたアリッサに、「連邦安全保障局との棲み分けに関する合意文書です」とアルテルナタはその理由を説明した。 「ですけど、今行っている銀河は、データー上は連邦に隣接していないと言う話でしたよね?」  おかしくないかと疑問を呈したアリッサに、「これまでのなら」とアルテルナタは答えた。 「先日加わった1万2番めの銀河、グルカ銀河と同じ銀河群にあることが判明します。したがって、規定上は連邦安全保障局の担当になるわけです」 「グルカ銀河ですか。確かに、それは盲点でしたね」  分類データーは、グルカ銀河が加わる前のものを利用していたのだ。だからその時点では、連邦には関係ないと言うのは間違いではない。だがグルカ銀河が連邦に加わった以上、取り決め上は連邦安全保障局の担当になってくれる。 「ただ、今の所あの人の状況が分かりませんよね。いきなり帰ってこいと言っても、簡単には帰れないのではありませんか?」 「そのあたりは……少し、ノイズが多くなっていますね。詳しい事情は分かりませんが、1ヶ月以内に戻られるのは確かです」  母親が難しい顔をしたのが理由なのか、アルテルナタの娘「アセイラム」が急にぐずりだした。途端に母親の顔に戻ったアルテルナタは、「よしよし」と愛娘をあやした。 「うんち……って、アルテルナタさんだったら、何が理由か先に分かっていますね」 「ええ、ちょっと私が怖かっただけみたいですね」  よしよしとあやすのだが、いっこうにアセイラムは泣き止んでくれなかった。それがおかしいなと首を傾げたところで、アルテルナタの未来視に知らない女性の顔が浮かんだ。とても綺麗な女性なのだが、発している空気はとても恐ろしいものだった。それにアルテルナタが震え上がったところで、アセイラムがピタリと泣き止んでくれた。 「この子、もしかして……」  そう呟いたアルテルナタは、娘の額に自分の額を当てた。そこでしばらく集中したアルテルナタは、額を離してほっと息を吐いた。 「アルテルナタさん、どうかなさったのですか?」  不可解な行動をとった事を気にしたアリッサに、アルテルナタは「おそらくですが」と言って自分の娘の顔を見た。 「この子にも、未来視の能力が遺伝したようです。ただ、とても不安定なので、先程のように急に泣き出したのだと思いますけど……私の未来視にも、とても怖い雰囲気を持った女性が出てきましたので」  そうですかとアルテルナタの説明に納得しかけた所で、「それって」とアリッサは身を乗り出した。 「クリプトサイトの男性相手でなくても、未来視の能力が遺伝すると言う意味ですよね」  驚くアリッサに、アルテルナタは小さく頷いた。 「おそらく、そう言うことだとは思います。ただ、相手がトラスティ様ですから、他の方でも大丈夫と言う保証にはならないと思います」  不思議な決めつけなのだが、同時にアリッサはその決めつけに納得もしていた。何しろトラスティは、あのIotUの子供なのだ。普通の男性と同じに考えるのは、流石に無理があると思えてしまった。 「科学的根拠のまったくないお話なんですけど……でも、とても説得力のある話ですよね」 「IotUのお子様ですからね」  そこで二人で顔を見合わせ、同時にため息を吐きあった。 「何しろ、こんな指輪まで作れるぐらいですし」  そこで指輪を見たアリッサに、アルテルナタは小さく頷いた。 「もしかしたら、指輪が理由かもしれませんね。フリーセアにも、作って貰いましょうか?」  そうすれば、後継者問題に目処がつく事になる。色々な問題を無視したアルテルナタに、「それも問題が」とアリッサは指摘した。 「調整、ですか? それを、あの人がすることになるんですよ……でも、よく考えたら今更でしたね」 「ええ、妹はまだチョーカーをしたままですから」  その説明に、アリッサは「男の人って」と少しげんなりした顔をした。 「心に大きな棚を持っているのかしら。エルマーのイチモンジ家次期当主……確かナギサさんでしたか。奥さんになるリンさんだけじゃなくて、ナギサさんまでチョーカーをされているんですよね。あと、パガニア王国第一王子のクンツァイト様もされているんです。あの人、いつの間にかアマネさんにまでチョーカーをさせているし」  困ったものだと嘆いたアリッサは、一度ため息を吐いてから「帰ってくるのですね」とアルテルナタに確認をした。それに頷くアルテルナタに、アリッサはもう一つの疑問を口にした。 「ところで、とても怖い雰囲気を持った女性って。どう未来に関わってくるのかしら?」 「それが、私にも分からないんです。この子の未来を見ても、アリッサ様の未来を見ても出てこないんです。似たような女性がこの部屋を訪れてくるのですけど、纏っている雰囲気が全く違いますし……」  う〜むと唸りながら、アルテルナタはもう一度精神を集中してみた。だがいくら集中して未来を見ても、新しい未来は見えてくれなかった。 「出てくる女性は増えるのですけど、怖い女性は出てきませんね」 「ひょっとして、分岐として消えてしまったのでは?」  可能性を口にしたアリッサに、「あり得ますけど」とアルテルナタは苦笑をした。 「むしろ、アリッサ様が書き換えてしまったと言う可能性もあるんです。何しろアリッサ様は、都合がいい方に未来を書き換える能力がありますから」 「ですが、それって無意識のうちにしか書き換えられないんですよね?」  役に立たないと零したアリッサに、「そうでなければ怖すぎます」とアルテルナタは笑った。 「コハク様とヒスイ様に、その能力が強化して遺伝しないことを願っています……ええっと、不運になれと言う意味ではありませんからね。物事には、ほどほどと言うものがありますから」  言い訳をしたアルテルナタに、「ほどほどですか」とアリッサは答えた。 「確かに、ほどほどと言うのは重要なのでしょうね。ですけど、あの人を見ていると、ほどほどと言うのがいかに難しいのかが分かる気がします。おそらくそれが、IotUの血を受け継いだ呪いなのではありませんか?」 「呪いと仰りますか」  苦笑を浮かべたアルテルナタだったが、「そうかも知れませんね」とアリッサの言葉を認めた。 「ご主人様は、ほどほどから一番遠いところにおいでになられますからね」  つい先日も、巨大な連邦国家の婿に迎えられてしまったのだ。そこにたどり着くまでの時間を考えると、「ほどほどから一番遠い」とアルテルナタが言うのも納得できる話だった。 「私は、この子達に非常識さを求めていないのですけどね」  それを、周りから「トラブル・アリッサ」と揶揄される女性が口にしてくれるのだ。「割れ鍋に綴じ蓋」と言うのはこのことなのか。アリッサが一番でいられる理由が、アルテルナタには分かったような気がした。  管理番号UC011の再調査報告に、連邦安全保障局局長であるパイクは頭を抱えることになった。当初対象外とされた銀河が、いきなり対象銀河に変更されたのである。そうなると、トリプルAが荒らした銀河の、後始末を付けなければならなくなる。グルカ銀河で行われた乱暴な手法など、連邦直属の組織でできるはずがない。  さらに付け加えるなら、自分達には連邦軍を動かす権限など存在していなかったのだ。 「グルカ銀河の連邦加盟が、こんな形で影響してくるとは……」  もう一度頭を抱えたパイクに、彼の副官ライカーはとても同情的だった。ただ同情的であっても、規約を曲げる権限は彼らには与えられていなかった。 「こちらから乗り込むには、未だ体制が出来ておりません。従って、当面観察処置を取ることになるのですが。その場合、サイレントホーク2の派遣が必要となってきます……」  どうしましょうかと、ライカーは初めて困った顔をした。 「どうもこうもあるまい。迅速に人選を進めて、探査に送り出すだけのことだ……それが、たとえ建前であってもだ。我々が、自ら己のミッションを否定するわけにはいかないだろう」 「そのまま続けてもらった方が……」  そう口に仕掛けたところで、ライカーはいやいやと首を振った。ヤムント連邦で起きたことを考えると、肯定ばかりは出来なかったのだ。あんな荒っぽい真似をしていたら、どこかでしっぺ返しを受ける恐れもある。  しかも1万と2番目の参加銀河が増えたことに対して、連邦に対する風当たりも強くなっていた。その辺り、あっさりと成果を出したトリプルAとの比較が行われたのだ。やることなすこと派手すぎると、ライカートしては文句の一つも……否、あらん限りの文句を言いたいところだった。  ただ現実逃避をしても、何も解決しないのは確かだった。二度ほど深呼吸をしたライカーは、手続きを進めますとパイクに上申した。 「幸いなことに、直接探査は始まったばかりです。要員には比較的余裕がありますから、割当は可能でしょう……ただし、現地がややこしいことになっていなければと言う条件が付きますが」 「トリプルA……トラスティ氏、カイト氏、マリーカ嬢が揃っているのだぞ。ややこしいの規準が、我々と同じであるとは思わないことだ」  そう答えて頭を抱えたパイクに、「それは自分がしたいことだ」とライカーは強く主張したかった。ただそれも生産的ではないと諦め、「ヒアリングが必要でしょう」と当面の対応を提案した。 「その必要性は認める。引き渡しを受ける以上、十分なヒアリングと引き継ぎが必要だ。ただ、問題は彼らとどうやって連絡を取るのかと言うことだ」  そこでひと息ついたパイクは、「アルテッツァ」と頼みの綱を呼び出した。 「はい、パイク局長!」  安全保障局の制服、すなわちベージュのブレザー姿で現れたアルテッツァに、パイクはとても重要な依頼を行った。 「速やかに、トラスティ氏と連絡を取りたい」  彼の立場として、とても切実な依頼には違いない。ただその依頼を受けたアルテッツァは、パイクの言葉に重なるぐらいの速さで「無理です」と答えた。 「多層空間制御権が私にありません。UC011へ多層空間をつなげていただき、そこから通信網の整備を行う必要があります。加えて言うのなら、先方の状況が分かりませんので、接続にも慎重を期する必要があります。その状況を鑑みると、連絡を待つ以上のことは私には出来ません……ええっと、トリプルAからメッセージが届きました。探査船メイプル号までの通信経路は用意した……とのことです」  メッセージを伝えた所で、「なんで!」とアルテッツァは大声を上げた。多層空間接続の問題であれば、提携先のエスデニアを頼れば難しくはないのだろう。ただそこから先の話は、あまりにも問題が大きすぎると思っていたのだ。それなのに、連邦最高のコンピューターの自分に出来ないことを、トリプルAはあっさりとやってのけてくれたのだ。アルテッツァが受け入れられないのも、事情を考えれば不思議なことではない。  ただパイクにとって重要なのは、こちらのメッセージが届くことだけだった。荒れるアルテッツァに対して、「トラスティ氏にメッセージを」と命令した。 「可及的速やかに連絡を取りたい。そう伝えてくれ」 「どうして、私にも出来ないことができるんだろう……」  ぶちぶちと文句を言いながら、アルテッツァはパイクのメッセージをメイプルへと転送した。そうしたら、なぜかメイプルから「1週間後に戻る」のメッセージを受け取ってしまった。「もういやっ!」と叫ぶのも、彼女のプライドを考えれば不思議なことではないのだろう。  アルテッツァの叫び声を聞いたパイクは、「ついにシルバニア帝国も超えたか」と非常識すぎるトリプルAの事を考えた。軍事面で圧倒したことは記憶に新しいが、これで情報力でもシルバニア帝国、正確には連邦最大のシステムを超えてくれたのだ。「やっていられない」とアルテッツァと一緒に叫びたいぐらいだった。  ただ彼の立場なら、「やっていられない」とやさぐれている訳にはいかない。帰ってきてくれるのなら、確実な引き継ぎを行わなければいけないのだ。 「アルテッツァ、トラスティ氏と面会の約束をとってくれ」 「呼びつけますか、それとも訪問されますかぁ?」  投げやりなアルテッツァの態度に、「訪問しよう」とパイクは答えた。せっかくだから、トリプルAの本社で話をしようと考えたのである。その辺り、美人社長に会いたいと言う下心があったのだ。 「トリプルAからです。「社長がお待ちしています」だそうです」  そこまで見透かされていたのか。背中に冷や汗を掻いたパイクは、「同行するように」とライカーに命じたのだった。  超銀河連邦に於いて、最大最高のコンピューターシステム何かとの問いに、アルテッツァと答えるのは不思議なことでは無いだろう。何しろ3千ヤーの歴史を持ち、ずっと超銀河連邦の歴史を記録し続けてきた存在なのだ。しかもIotUの偉業をサポートしたと言う、華々しい実績まで持っていた。そのためシルバニア帝国のみならず、連邦からも大勢の人員がその管理に当てられていたのだ。実際帝国だけではなく、連邦の仕事の多くもアルテッツァがサポートを行っていた。  ただトリプルA本社に於いて、現在の能力評価は「サラ>アルテッツァ」となっていた。そのあたり、「意外にポンコツ」と言う評価がアルテッツァに生まれたからに他ならない。もちろん張り巡らされたネットワークや規模では、未だアルテッツァが最大最高である事実は変わっていない。ただサラの方が、特定の仕事に関して能力が高いことが何度もあったのが理由である。 「メイプルさんと連絡が付きましたけど、どうしましょうか?」  アルテルナタが未来視で見たことを理由に、アリッサは夫と連絡を付けようと考えた。だが探査船メイプルには、不測の事態を避けるために通信制限措置が行われていた。通信波が傍受されることで、探査船メイプルの居場所が特定される恐れがあるからである。  そのブロッキングを易々と乗り越えたサラは、探査船メイプルの本体であるAIメイプルと連絡をつけた。ただそのやり取りが、「お久しぶり」とから始まるのをどう考えたらいいのだろう。 「ずいぶんと早く繋がったのですね」  驚くアリッサに、「アルテッツァとは違いますから」とサラはそこそこの胸を張った。ちなみにインペレーター専用AIのはずのサラなのに、どう言う訳かジェイドに居るアリッサの前に現れていた。「どうしてですか?」と言うアリッサの問いに、「無断借用しています」とサラは笑ったのだ。ちなみに無断借用の相手は、アルテッツァの張り巡らせたネットワークである。 「ええ、メイプルの癖は分かっていますからね。アルテッツァ程じゃありませんけど、ちょろいものですよ」  そんな所ですと答えるサラに、「人間臭いな」とアリッサは違うことを考えていた。ただそれもどうでもいいことだと、「あの人と話ができますか?」と問いかけた。 「今は、船から離れているみたいですね。メイプルの話だと、どこかの宇宙ステーション? に潜り込んでいるみたいです。どうも、いかがわしいお店で客引きをしているようですよ」  似合ってると笑われ、そうなのだろうかとアリッサは考えた。いかがわしいと言えば、姉のやっている娼館などその最たるものだろう。だが姉のやっているアムネシアでは、客引きなど雇っていなかった。 「ちょっと想像がつかないのですけど。それはそれとして、もう他の文明と接触しているのですね。そのあたり、マリーカさんの引きの強さが理由でしょうか」  元気いっぱいのマリーカを思い出したアリッサは、「それはそれとして」と夫との連絡を希望した。 「メイプルさんに、アルテルナタさんの未来視の結果を伝えておいてくれますか? そうすれば、あの人に連絡がつくでしょう」 「UC011でしたか。グルカ銀河と同じ銀河群にあるとお伝えすればいいのですね」  サラの確認に、アリッサは小さく頷いた。 「それだけ伝えれば、あの人なら意味を理解することが出来ると思います」 「おかしな女性に捕まっていなければ、さもなければおかしな事件に関わっていなければ……と言う但し書きが付きそうですね」  了解しましたと答え、サラはメイプルに必要な電文を送付した。その反応を見ながら、「本当に人間臭い」とアリッサは感心していた。 「それでサラ、あの人はなんてお店で働いているのですか?」 「トラスティ様、ですか?」  ちょっとお待ち下さいと答え、サラはメイプルと再度接続した。そこで何かを確認したのか、「こんな感じですね」とトラスティの働きぶりの映像を投影した。そこではハッピを着たトラスティが、揉み手をしながら客に擦り寄っていた。 「とてもではありませんが、皇帝様がすることではありませんね」 「意外に生活力があると驚いているんですけど……それで、お兄様とマリーカさんは?」  トラスティのことが分かったのだから、ついでに二人のことを確認しておこう。そのつもりで尋ねたアリッサに、「用心棒と給仕係ですね」と言って二人の働きぶりを映像で見せた。カイトの方はいかにもと言う仕事なのだが、マリーカの方は「いいのかしら?」とアリッサは首を捻ってしまった。そこにはおへそどころかお腹がはっきりとでたTシャツらしきものに、下着がギリギリ見えないぐらいのミニスカートを履いたマリーカが映っていたのだ。それでも大人しくしていれば大丈夫なのだろうが、忙しく動き回っているので下着が隠しきれていなかった。  しかもマリーカが働いている後ろでは、それ以上にモラルに厳しい格好をした女性が踊っていたのだ。それに比べればおとなしいものなのだろうが、「このお店は何?」とアリッサは首を傾げてしまった。 「店の形態は、ゴーゴーバーと呼ばれるもののようですね。やっていることは、売春……娼婦の斡旋です。マリーカさんの後ろで踊っている女性を、客として来た男性が指名するんです。そしてお店には指名料を、本人にはチップと言う形でお金を払うことになっています。ちなみにマリーカさんは、注文を受けた飲み物や食べ物を運ぶだけではなくて、お客さんの話し相手もしているようです。一応お持ち帰りもあり……なんですけど。トラスティ様にべた惚れのマリーカさんが、体を売るとも思えませんね。と言うか、今はトラスティさんを独占できていますしね。そのアドバンテージを、最大限に生かしていると思いますよ」 「それはそうなんでしょうけど……なにか、ちょっとムカついてきました」  どうやらアリッサは、マリーカがトラスティを「独占」していることが気に入らなかったようだ。少し目元を険しくしたアリッサに、サラは小さく頷いてみせた。 「その気持は理解できますけどね。あっ、それから追加の情報です。どうやら皆さんが行かれた銀河は、現在戦争の真っ最中のようですよ。ただ宇宙ステーションですか、そこは中立地帯にあるようですね。だから、戦闘に巻き込まれる心配は無いようです」  とても大切なことを、サラはさらっと話してくれた。ただアリッサにしてみても、「心配しても無駄」と思っていたのは確かだ。何しろトラスティにはコスモクロアがついているし、一緒にいるのが超銀河連邦最強の男なのだ。多少の艦隊程度なら、片手で抹殺できる力を持っている超人である。 「それで、あの人は高貴な方に手を出したのですか?」 「流石に、戦争中の中立地帯ですからね。そう言った方は身近にいないようですよ。しかも働いているのが、ゴーゴーバーですから」  中立地帯と言う理由より、働いている場所の方が説得力があるなとアリッサは思った。やんごとなきお方と関係するには、場末のゴーゴーバーでは流石に無理だと思えたのだ。 「だとしたら、今度は女性絡みは考えなくても良さそうですね」  それをホッとするのではなく、「つまらない」と口にするのはどう考えたらいいのだろう。どこかずれていないかと、サラはアリッサの顔をまじまじと見てしまったのだった。  トラスティ達の動きを追いかけているのは、置いていかれたノブハルや、本妻のアリッサだけではない。他の妻達も注目しているし、御三家の3人も興味深く見守っていたのである。そして御三家の3人、正確には連邦軍に勤めている3人は、宮仕えをしている己の立場を呪っていた。  何しろグルカ銀河事件では、御三家に登場の機会が与えられなかったのだ。唯一スタークと言う例外はいたが、彼にしても連邦軍を退役していたのでその機会を得ただけだった。他の銀河に乗り込み、あまつさえ全面戦争の危険を感じながら行う任務は、彼らの目にはとても魅力的なものに映っていた。 「どうやら、今回はつまらないものになりそうだね」  定期報告と言う名目でアスに降りてきたウィリアムに、アス駐留軍総司令ジュリアン少将は愚痴を零した。自分達が関わるか否かに関係なく、面白いことを求めていたと言うことである。  そんな総司令の態度に、ウィリアムは「軍人として如何なものか」とコメントをした。連邦軍人として、混乱を望むような発言は問題があると言うのである。そんな建前を口にしてから、「まだ判断が早いのでは?」とウィリアムは自分の考えを説明した。 「安全保障局に移管されたとして、そのまま何事もなく終わるとお考えなのですか?」  流石にそれは甘すぎる。そう指摘したウィリアムに、「そうだろうか?」とジュリアンは疑問を投げ返した。 「パイク局長の手腕は分からないが、未だ安全保障局は体制が整っていないんだよ。従って、今回の銀河UC011だったかな、そこは観察対象にしかなりようがないんだ。そしてその銀河がグルカ銀河へと進攻を計画でもしていない限り、こちらから能動的に手を出すことはありえないのだろうね」  とても常識的な答えを口にしたジュリアンに、「やはり甘すぎる」とウィリアムは指摘した。 「まず、UC011がグルカ銀河に進攻を計画していないかどうかについては、確認のしようがないと言うのがお答えになるのかと。閣下は、どうすればその確認ができるとお考えなのでしょうか」  「と言うのがその1つ」とウィリアムは、確認をする場合の最大の問題を口にした。そして同じ問題に対して、別の切り口も提供した。 「我々のような巨大連邦が構成されていれば、まだ確認できる可能性もあるのでしょう。ですが、ヨモツ銀河におけるアリスカンダルのように、連邦の意思に反して、さもなければもともと連邦に属していない星系の行動をどうすれば知ることができるのか。それもまた、考慮が必要になるかと思います」  ウィリアムの指摘に、なるほどとジュリアンは頷いた。そしてその上で、確認方法の助けになる考え方を提示した。 「グルカ銀河から見て、反対側にある星系が進攻を計画するとは考えにくいね。常識的判断で言えば、グルカ銀河側の、かなり外周部にある星系のみを注意すればよいのではないのかな? 加えて言うと、外銀河に出る理由も必要となる。単独星系の場合、余程のことがない限り、同じ銀河内を目指すのではないのかな? 何しろ、外銀河となると距離の概念が1桁以上変わるからね。とは言え、連邦としての方針を探るのは難しいのだろうね」  一部を認めたジュリアンに、「基本的な考え方は同意いたします」とウィリアムは認めた。そしてその上で、ジュリアンをして反論できない決めつけを口にした。 「閣下は、トラスティ氏達が関わって、よもやそのような平凡な結果になるとお考えですか?」 「その指摘だけは、私には否定する言葉も、否定する理由もないのは認めるよ。そして同時に、そんなつまらない結果を導かないで欲しいとも思っているんだ」  ウィリアムの言葉を全面的に認めたジュリアンは、「訂正をしよう」と口にした。 「個人的に、パイク長官に同情をすると」 「手札が、サイレントホーク2ですか。探査艇しかないことを考えれば、確かに同情されてしかるべきことと思えますね。さて、トラスティ氏は間もなく戻ってくることになるのですが、どんな手土産を持ってきてくれるのでしょうか。まさか、手ぶらと言うことはないと思われますが」  いかがでしょうかと問われたジュリアンは、「無いだろうね」とウィリアムの言葉を認めた。 「ただ、彼らが出発して1ヶ月足らずだと考えることもできるんだよ。グルカ銀河の実績を考えたら、そろそろどこかに上陸した……辺りと考えるべきなのだろうね」 「我々の常識なら、と言う但し書きが付きますが。私は、トラブルと言うものは、人を選んで訪れるものだと思っています。従って、彼らがとびっきりのトラブルに巻き込まれているのではないか。それを期待している次第です」  ウィリアムの言葉に、ジュリアンはそれはもうしっかりと頷いて同意を示した。 「その気持を持っていないなどと言うつもりはないね。さて、どんな土産話を持ってきてくれるのか。なかなか楽しみだと思っているよ」  まったくですとウィリアムが頷いたところで、「話は変わるが」とジュリアンは口元を歪めた。 「最高評議会議員のアクアマリン嬢なのだけど、君のところに挨拶に来たいと言っているのだがね」 「あ、アクアマリン嬢が、でしょうかっ!」  途端に緊張するウィリアムに、「若いな」とジュリアンは内心笑っていた。 「最高評議会議員たるもの、見聞を広めることが求められているのだよ。その話を聞いたエイシャが、だったら君のところが良いだろうと推薦をしてくれた。確か君も、私の妻のパーティーで顔を合わせたことがあったはずだな?」 「た、確かに、少しですがお話もさせていただきましたっ!」  どうしてこの程度のことで、しかも本人を前にしていないのに緊張をしてくれるのか。やはりウェンディは謎だと考えながら、「許可を出して良いかね」とウィリアムに問いかけた。 「君の都合が悪いと言うのなら、ここにお招きをして話を聞くと言う方法もあるのだがね。それならそれで、エイシャが差配をしてくれるだろう」  つまり、撃墜王が撃墜王として活動をすると言うのである。黒髪をセミロングにした、議員標準の美しい顔を思い出し、「万難を排してご招待差し上げます!」とウィリアムは答えた。  それに頷いたジュリアンは、「スターク閣下に教えておこう」と腹の中で考えていた。もしかしたら、出歯亀をしに来てくれる可能性もあったのだ。トラスティが帰ってくることを考えれば、断られることも無いだろうと考えたのである。  「トラスティが帰ってくる」と考えた所で、もう少し面白くなる仕掛けをジュリアンは考えた。野次馬の数が多い方が、きっと面白いことになるのに違いない。つまりは、そう言うことである。  どんな手土産を持って帰ってくるのか。全員が期待をしたトラスティ達の帰還は、ヨモツ銀河にあるアリスカンダルが第一歩となった。「お早いお帰りで」と頭を下げたエスタシア王妃に、「予定外ですけどね」とトラスティは笑った。 「お疲れのようでしたら、こちらで休まれたらと言いたいところなのですが」  そこで苦笑を浮かべたのは、相変わらず貧乏くさい王室と言うのが理由である。連邦に加わることと、多層空間制御装置を置いたことで、新しい文化が入ってくるようにはなっていた。ただアリスカンダル自体が変わるには、まだまだ時間が足りなかったのだ。 「アリスカンダルでは、逆にのんびりとは出来ませんね」 「どう答えたら良いのか、難しいことを聞かないで欲しいものです」  そう言って笑ったトラスティは、「お嬢さんは?」とサーシャの様子を尋ねた。ノブハルがアリスカンダルに来ないことぐらい分かっているので、それからどうしたのかと言うことに興味を持ったのだ。 「新しい恋を探すのだと、多層空間制御装置……でしたか? その技術者の方々のところに押しかけています。ただ、そちらはそちらで、なかなか難しいようですが」 「コウバコ王家のトリネア王女のように、既成事実を作らないと難しいでしょうね。王女様と言うのは、やはりブランドですからね」  正しく事情を言い当てたトラスティに、「警戒されているようです」とエスタシアは打ち明けた。 「おそらく、コウバコ王家の話が伝わっているのでしょうね」  困ったものですと吐き出したエスタシアに、「まだ時間はありますよ」とトラスティは慰めた。 「何しろ、超銀河連邦には王国はゴマンとありますからね」 「いっそのこと、トラスティ様のところで面倒を見ていただけませんか?」  いきなりの爆弾発言なのだが、トラスティはとても冷静に受け止めた。 「残念ながら、僕も首がまわらない状態になっていますね。それなら、よほどノブハル君のところに押しかけた方が可能性が高い」 「そう言えば、トラスティ様はグルカ銀河で皇女様を手篭めにされておいででしたね。ヤムント大帝家でしたか、責任をとってそこに婿入りをされたと伺っています。どうです、アリスカンダル王家に婿入りをすると居うのは。ここまでくれば、一つぐらい増えても大きな問題ではないと思いますよ。いっそのこと王国一つ差し上げてもいいと思っているぐらいです」  いかがでしょうと言われても、とてもではないが「うん」と言えるものではない。そしてもう一つ、エスタシア王妃の言葉に、とても不穏なものが含まれていたのが気になった。間違っても、自分はアーコ皇女を「手篭め」などにはしていないはずだ。 「そこの所は、やっぱりノブハル君を目指してもらいたいですね」 「ノブハル様は、クリプトサイトに入り浸っていると伺っています。やはり、なにか王国として売りが必要なのでしょうね……」  はあと大きく息を吐き出したエスタシアは、「贅沢を言っているのは分かっています」と先手を打った。 「皆様のお陰で、愚か者共の武装蜂起はとても穏便な結末を得られたと感謝しております。さもなければ、夫も娘も、10年を超える懲役刑に服していました。それを考えれば、今は夢のような……と言っても良いのでしょう。ヨモツ銀河の空気も、少しずつ変わってきています。多分ですが、そのせいで乗り遅れている気持ちになってしまうのでしょうね」  もう一度息を吐き出したエスタシア王妃は、「少しずつ変えていくことにいたします」とトラスティの顔を見た。 「トリネア王女の変化も、内面が磨かれたのが理由なのでしょう。でしたら娘も、内面を磨く努力が必要なのかと。新しい世界に入っていくには、やはり何らかの形で努力が必要だと思います」 「王族と言うのは、努力から縁遠いところに居る気もしますけどね」  口元を歪めたトラスティは、「分かります」とエスタシア王妃の言葉に理解を示した。手を貸したフリーセア女王にしても、自分を変えていこうと努力をしていたのだ。  もっとも、そんなものを超越したアリッサと言う存在もあったのだ。ただここでそれを口にするのは、間違いなく空気を読まないことになるのだろう。だからエスタシア王妃に理解を示したまま、トラスティはアリスカンダルを後にした。連邦安全保障局との約束に間に合うよう、ジェイドに戻る必要があったのだ。  同じ銀河群にあると言うことで、ヨモツ銀河からディアミズレ銀河の間には空間ゲートが常設されていた。探査船メイプルでゲートをくぐったトラスティ達は、次の寄港地であるシャルバート星系にある宇宙ステーションテレジアへと到着した。ここからは、再度空間ゲートを超えて、天の川銀河のアスへと移動することが出来る。約束まで残す所3日となっていたので、テレジアはただ素通りすることになった。 「ここのチーズフォンダンが美味しいって聞いていたのに」  寄港してすぐに出発と言うことで、マリーカは名物が食べられないと大いに残念がった。それに苦笑を返したカイトは、「ゲートの都合だな」と事情を口にした。 「連邦特権で割り込みを掛けたんだ。まさか、チーズフォンダンを理由に再調整する訳にはいかないだろう」 「そりゃあ、そうなんですけどね」  すでに探査船メイプルは、空間ゲートを超える所定の位置についていた。船長椅子に体を預けたマリーカは、「消化不良だから」と今回の冒険のことを持ち出した。 「せっかくいろんな人と知り合ったのに、安全保障局にバトンタッチしなくちゃいけないじゃないですか。だから、ちょっと消化不良って言うか、不完全燃焼って言うか。トラスティさんが、どんなペテンを見せてくれるのか楽しみにしていたのになぁ……」  つまらないとマリーカが大きな声で文句を言ったところで、ゲート使用の許可が降りてきた。手続きのすべてをメイプルにまかせているので、放っておいてもメイプル号は天の川銀河に移動してくれる。ちなみに次の寄港地は、ルナツーになっていた。 「ここは寄らずに先を急ぎましょう!」  ルナツーに寄っても、出てくるのはウィリアムスなのだ。相手が面倒だと考えたトラスティは、ここも素通りすることを提案した。ちなみにテレジアではごねたマリーカも、ルナツーを素通りすることには反対しなかった。 「ポトフが美味しいって……まあ、ここはいいか。メイプルさんが、美味しいのを作ってくれるし」  パスパスとマリーカが声を上げたところで、「通信が入っています」とメイプルが報告を上げてきた。 「アス駐留軍司令、ジュリアン少将閣下からですけど」  どうなさいますと問われ、トラスティは大きくため息を吐いた。別に忘れていたわけではないのだが、ただ面倒だと思っただけだ。 「少将閣下を無視する訳にはいかないだろう……気がすすまないけど」  トラスティがため息を吐いたところで、目の前にジュリアンの仮想体が現れた。そしてジュリアンは、開口一番「水臭いね」と詰ってくれた。 「水臭いも何も、通りかかる度に顔をだすのもおかしな話でしょう。これが安全保障局なら分かりますけど、外銀河探索には連邦軍は関係していないはずですよ」 「だから、余計に話を聞きたいのだけどね」  そこで口元を歪めたジュリアンは、「とりあえずそれが理由の一つ」と笑った。 「ルナツー司令、ウィリアム少佐に出会いの場をつくろうと思っているんだよ。ちょうど、エスデニアからアクアマリン嬢が来ることになっていてね、せっかくだから、立会人になってみてはどうかとのお誘いをしようと思ったと言うことだ。ちなみに、スターク氏も顔を出されるそうだ」  つまりは、野次馬になるかとのお誘いと言うことになる。 「そうやって、見世物にするのはどうかと思いますよ。しかし、エスデニアから……ですか」  うむと考えたトラスティに、「なにか問題が?」とジュリアンは聞き返した。 「ジュリアン・ウェンディの奥さんは、エスデニア出身のIotUの側仕えだから問題はないと思いますけど。ただアガパンサス様のようなタイプだと、ちょっと違うかなと思っただけですよ。スターク氏の奥様、エスタリアさんのようなタイプが良いのかなと。だからと言って、具体的な心当たりが無いんですけどね。今回の銀河では、年頃のやんごとなき女の子に会っていないからなぁ……」  しばらく考えてから、「良いんじゃないですか」とトラスティは明らかにおざなりな答えを口にした。 「とりあえず、一般的なエスデニアの女性は一人の夫に仕えるのを美徳にしていますから」 「なにか、とても含みのある言い方をしてくれたね」  ジュリアンが目元を少し引きつらせたのは、彼の奥方がエスデニア出身だからである。しかもとてもオープンな性格をしているのは、すでにトラスティには知られていたのだ。と言うか、カイトやトラスティとも関係していた。  ただこの問題は、拘った時にはジュリアンが一方的に被害をうけることになる。ただ自分も無傷で済まないので、「やめておいた方が」とトラスティは話を引き戻すことにした。 「やめておくと言うのは、エスデニアの女性を紹介することかな?」  ジュリアンの言葉に、「ああ」とトラスティは頭を掻いた。 「いや、僕が顔をだすことですよ。僕達が顔をだすと、どうしても冒険の話がメインになってしまうでしょう。アクアマリン嬢にとって、可哀想なことになりかねませんからね」  トラスティの答えに、今度はジュリアンが「確かに」と大きく頷いた。そもそも「水臭い」と文句を言ったのも、新しい銀河の話を聞きたかったからなのだ。その意味で言えば、ジュリアンの興味もトラスティ達の方へと移っていたのである。スタークにしたところで、どちらの転ぶか知れたものではなかった。  ただ問題は、このままトラスティ達を素通しさせて良いのかと言うことだ。ううむと悩んだジュリアンは、「それはそれ」と寄っていくことを提案した。 「アクアマリン嬢には、自分で頑張ってもらうことにすればいい」 「自分に関係がなくなると、途端に女性に冷淡になるんですね」  いいけどと笑ったトラスティは、「それでいいか」とカイトとマリーカの顔を見た。 「まあ、お預けするのは可哀想なんだろうな」 「御三家は敵に回さない方が良いと思いますよ」  とても現実的な答えに、仕方がないかとトラスティはルナツーに寄っていくことにした。約束の日時を考えると、そこまでが譲歩の限界だったと言うことである。  御三家のうち2家が揃い、そこにエスデニアの最高評議会議員が集まるとなると、その集まりが大げさなものになるのは避けられないことだった。  なぜ声を掛けてくれないのだとクンツァイトが文句を言いながら現れ、全くですと同意しながらラピスラズリまで現れてくれた。さすがにクサンティン元帥までは顔を出さなかったが、錚々たるメンバーが集ったことに違いない。「寂しかったんですよ」とロレンシアが現れるのも、クンツァイトが現れた以上当然のことだった。 「目的が、完全に変わってますよね、これって」  アス駐留軍本部にある応接室で、トラスティは集まった面々を見てため息を吐いた。「それはそれ」とジュリアンが口にしたとおり、目的が綺麗に入れ替わっていたのだ。 「細かなことを気にしてはだめだと思うのだがね。ああ、それからノブハル君が連れて行って貰えなかったと文句を言っていたよ」  そう言って笑ったスタークは、「成果はあったのかな?」と1ヶ月の冒険の首尾を尋ねた。 「今回は、ちょっと船長の引きが強すぎたようです」  そこでマリーカの顔を見たトラスティは、「これに」と自分達が訪れた銀河の情報を投影した。直径およそ20万光年の銀河が表示され、その3/8を占める勢力と、1/8を占める勢力のマップが示された。 「こちらの大きな方が、プロキア連邦と言います。構成星系数およそ15万の巨大連邦です。そして小さい方が、ザノン公国と言います。こちらの規模は、構成精係数およそ5万となっています。この両国家体は、およそ10万光年の領域で接しています。残念ながら友好的な関係は結ばれていないようで、今現在戦争中と言うのがこの銀河の置かれた状況です。15万対5万と規模は違いますが、どちらかが一方的に押されていると言うことはないようですね。そのせいもあって、かなり長期に渡って戦争が行われています」  こんな感じでと、トラスティは自分達の遭遇した戦争の映像を投影した。そこには2万対5千の艦隊戦が映し出されていた。 「実際には、接している10万光年のうち、航行に適した1万光年のエリアで継続的に戦闘が行われているようです。僕達が遭遇したのも、その一部と言うことになりますね。この戦いの流れ弾でメイプル号がダメージを受けたため、僕達は近傍にある中立星系の宇宙ステーションに逃げ込みました。どうやら脛に傷を持つ者達が大勢いるようで、僕達の正体を詮索されずに潜り込むことが出来ましたよ」  それがこれと、長さが4千キロにも及ぶ巨大ステーション・シーリーの映像を展開した。 「そこでアルバイトをしたのと、それを元手にカジノで稼いだので結構活動資金は貯まっています。安全保障局には、シーリーの情報と活動資金を引継ぐことになるのでしょうね」 「それで、その銀河の文明レベルはどうなのかな?」  引き継ぎの話が出た所で、スタークが相手の実力に関する質問を口にした。そこで一度カイトの顔を見たトラスティは、「4程度でしょうか」とおおよその評価を口にした。 「戦闘が主に戦艦同士で行われていたこと。後は、陸戦兵士に強化兵装が使われていないこと。それを考えたら、1千ヤー前のシルバニア帝国並みと考えれば良いのかも知れません。ただ20万光年の広さを持つ銀河で星間戦争が成立するのですから、移動手段はヨモツ銀河よりは進んでいるかも知れませんね。500光秒の距離をおいて打ち合いが出来るぐらいですから、武器もそこそこ発達していると思います。ちなみに打ち合いに使用されているのは、重金属ビームではないかと言うことです。近傍を通過してくれたお陰で、メイプル号の外装にダメージを受けました」 「文明レベル的には、グルカ銀河にとっては驚異ではないのだろうな。ただ、戦争と言うのは、特定技術を突出して発達させる可能性がある。同数で向き合ったら、グルカ銀河のレベルでは相応の損害が出ることになる……か。そのことについて、皇族の一人としてどう考えるのかな?」  自分の立場を持ち出したスタークに、トラスティは思わず目元を引きつらせた。 「なぜ、それをここで持ち出します?」  思いっきり嫌そうな顔をしたトラスティに、「事実を持ち出したまでだ」とスタークは嘯いた。 「連邦安全保障局の活動指針の中には、該当銀河の意向を尊重すると言うものだあるのだよ。ヤムント連邦において、皇族は政治的発言をしないのがルールなのだろう。だが君は、彼らにとって潜在的な驚異を目撃したのだ。だとしたら、君の感じたことが大きな意味を持つのではないのかな? その助言を行うことは、君の立場なら自然だと思うのだがね」 「僕は、連邦安全保障局に引継ぐつもりなのですけどね」  嫌そうな顔をしたまま、トラスティは建前を強調した。 「ちなみに、その銀河にはまだ半分ぐらい未加盟の星系が残っています。150万光年離れたグルカ銀河に手を出す前に、残りの領域に手を広げていくと思いますよ」  潜在的驚異ではあるが、それにしても今日明日の話どころか数百ヤーは先の話と言うのである。 「つまり君は、手を出す必要は無いと言うのだね?」  目を見て確認するスタークに、「キリがありませんからね」とトラスティはその言葉を認めた。 「手を出す場合、両者の戦争に介入しなければいけなくなります。自分達にとって驚異ではない銀河の戦争介入に、どんな大義名分を持ち出すのですか? 間違いなく、連邦法で禁じられた侵略行為になりますよ」  そこでジュリアンを見たトラスティは、「連邦軍の出撃条件を満たしますか?」と問いかけた。もちろん、条件を満たさないことは承知の上での問いかけである。 「直接の脅威とならない限り、連邦軍派遣と言うことにはならないだろうね」  そこでトラスティの言葉を認めたジュリアンは、「ただ」と言葉を付け足した。 「グルカ銀河に対して、確か100万ほどこちらから艦隊が派遣されたね。その法的根拠を持ち出すと、かなりの問題となるのは理解してくれているかな? 外交団保護を目的とした、ヨモツ銀河派遣とは事情が違っているんだがね」 「でしたら、なおのこと派遣と言うことにならないと思うのですがね」  だから何もしないと答えたトラスティに、「でもぉ」とマリーカが口を挟んできた。 「プロキア連邦のドルグレン司令やザノン公国のバレル司令と仲良くなってしまいましたよね? せっかく手がかりができたのに、むざむざ手放すのもどうかと思うんですよ。それにお二人とも、ザノン公国のスクブス隊の女性とよろしくやっていましたよね?」  「見捨てるんですか?」と言うマリーカに、それはそれとトラスティは答えた。 「個人的に彼女達を助けることと、その両国家体に干渉するのは同じじゃないんだ」 「つまり、個人的にスクブス隊の人達を助けるつもりがあるってことですね?」  うんうんと頷いたマリーカに、「未定」とトラスティは言い返した。 「連邦安全保障局との協定を破るつもりはないよ」 「せっかくお友達になったのに、それを見捨てるんですか?」  ありえませんよねと追求するマリーカに、「立場上できない」とトラスティは答えた。 「あまり手を出すと、せっかく設立した連邦安全保障局を潰すことになりかねないからね。今でも、彼らのメンツを大いに潰しているんだよ。組織自体の存続を危うくすると、トリプルAでも尻拭いが難しくなる」  だから無いと繰り返したトラスティに、「でもぉ」とマリーカは食い下がろうとした。だがそんなマリーカの肩を、ぽんぽんとスタークが叩いた。 「少なくとも、彼は間違ったことを言っていない。そしてここには、連邦軍の少将と少佐の二人がいる。迂闊なことを口にすると、彼らの責任問題にも発展しかねないのだよ」 「迂闊も何も、僕は何もするつもりはないんですけどね」  苦笑を浮かべたトラスティは、「基本的にはスターク氏の言う通り」と問題があることを認めた。 「この中で、外で言いふらす人はいないと思うんですけど」  それでも不服そうな顔をしたマリーカは、「アリッサ様に任せるか」とトラスティを焚きつける方法を考えた。トラスティに対して無理を通すには、アリッサと言うのは強力な手札になってくれるのだ。  それからもトラスティ達の行った銀河について、色々と話が弾むことになった。ただそこで問題となったのは、その銀河の呼称と言うことになる。現地で確認してこないと言うミスを犯した3人は、当面グルカ銀河で用いられている呼び方を使用することにした。 「どうやらヤムントに伝わる神話が元になっているようなんですけどね。グルカ銀河では……と言うか、ヤムント連邦では「パシフィカ銀河」と呼んでいるようです。世界から捨てられた王女の名前が、「星座」と言う形で残されているそうです。その辺りの考え方も、僕達と似ていると言って良いんでしょうね」 「今更ながら、宇宙の不思議を教えられた気がするな」  スタークのコメントに、居合わせた者達は同感だとばかりに頷いた。 「では、当面パシフィカ銀河と呼ぶことにするのだが。恐らくだが、連邦軍の出番は無いのだろうね。ヤムント連邦は、それ自体で巨大な戦力を持っている。グルカ銀河の治安維持に関して、ヤムント連邦に委託する方向で調整が行われているそうだ」  連邦軍の情報を持ち出したジュリアンに、「妥当な線ですね」とトラスティは認めた。ヤムント連邦の文明レベルは十分に高いし、なおかつ保有している戦力も桁違いに大きなものになっている。それまで歩んできた歴史を見てみても、争いを起こすことは考えにくかった。 「ちなみに、グルカ銀河が超銀河連邦に加盟したことに関して。盛大な式典を行うと聞いているよ。こちらからは、幹事会の主要メンバー並びにクサンティン元帥が出席されるそうだ」 「ヤムント連邦並びにオスラム帝国にとって、歴史的イベントなのは間違いありませんからね。盛大なイベント……式典ですか。それを行うと言うのは、むしろ当然のことなのでしょうね」  小さく頷いたトラスティに、「君も出席するのだろう?」とジュリアンは問いかけた。 「いえいえ、トリプルAはただの民間企業ですよ。そして、政府間の式典に出席するほどの規模も持っていません」  だから無いと言う意味で答えたトラスティに、「そちらじゃない」とジュリアンは笑った。 「君は、ヤムント皇室に婿入りをした身のはずだ。連邦を挙げての式典だったら、出席する義務があるはずだ。と言うより、この式典のスケジュールは、君が出席することを前提に決められたそうだよ」  逃げられるはずがないと、ジュリアンは決めつけてくれた。 「婿に入ることを認めた以上、ヤムント連邦の重要行事に出席する必要があることになる」  諦めるのだなと、ジュリアンはとても楽しそうに指摘してくれた。 「恐らくだが、パイク長官も君に併せてヤムント入りをするはずだ。そこで、パシフィカ銀河に対する対応方針を相談することになるのだろうね。もしもヤムント連邦が連邦安全保障局の業務を肩代わりすると言う話になったら、はたして君は逃げることができるのかな?」 「ヤムント連邦では、皇室と言うのは象徴以上の意味を持っていませんよ。だから、直接行動するのは内閣と言うことになります。そして内閣は、皇室に仕事を押し付ける……式典出席以外はですけど、押し付けるような真似はしませんよ」  だから無いと答えたトラスティに、「だったら良いね」とジュリアンは含みをもたせた言い方をした。それを綺麗さっぱり無視したトラスティは、端っこで話を聞いているアクアマリンの方を見た。最初に危惧したとおり存在が埋没してしまったのだが、なぜかアクアマリンは目を輝かせて自分の方を見てくれている。類は友を呼んだかと、彼女がアガパンサスタイプだとトラスティは確信した。 「つまり、別口を探す必要がある訳だ……」  結構難しいなと、ウェンディのやりにくさをトラスティは考えたのだった。 途中で「余計」な寄り道をしたせいで、トラスティ達のジェイド入りは引き継ぎの前日となってしまった。その辺り、「何もしないのが許されると思いですか?」とラピスラズリとロレンシアに詰め寄られたのが理由である。おかげで多層空間ゲートを使えたのだが、それでも余計な時間が掛かったことには違いはない。  そのせいでトリプルAの事務所に顔を出した際、笑顔で目元を引きつらせたアリッサの出迎えを受けることになってしまった。  それを謝り倒すのと、広いソファーを大いに活用することで乗り切ったトラスティは、「面白かったよ」と妻に冒険の報告をした。 「あの年齢でどうしてと言う疑問はあるけど、マリーカにはずいぶんと助けられたと思うよ。一番助けられたのは、彼女の引きの強さなのだろうね。ピンポイントで、キーパーソンの近くを探し当ててくれるんだ。生活力にしても、旅行随筆家をしていた僕よりあるぐらいだ」 「マリーカさんって、まだ20になっていなかったような……」  同じ疑問を抱いたアリッサは、「それは良いとして」と話を切り替えた。曲がっていた機嫌は、夫の多大なる努力のおかげで元通りになっていた。 「マリーカさんの引きの強さは確かにあると思いますね。連邦安全保障局も、該当銀河の探索に出始めていますけど、まだ文明を見つけられていないようです」  それを考えたら、簡単に接触できるのは異常だと言えるだろう。これが標準にされたら、連邦安全保障局が可哀想に思えるぐらいだった。 「それで、あのいかがわしいお店はお兄様が見つけられたのですか?」  サラ情報で、夫が客引きをしているのを見せられたのだ。しかもマリーカにまで、モラルの厳しい格好をさせているのも見ている。一人用心棒などと言う慣れたことをしているカイトを、アリッサは疑ったのである。  そんな妻に苦笑を返したトラスティは、「マリーカが探してきた」と答えた。 「マリーカさんが、ですかっ!」  流石に驚くよなと思ったトラスティは、「だから彼女の経歴に疑問を感じたんだよ」と答えた。 「確か、グリューエル王女と同い年のはずなんだけどね。だとしたら、僕達に会ったのは彼女が14ヤーぐらいの時のはずなんだ。その時すでにプリンセス・メリベル2世号の船長をしていたことを考えたら、一体どこでアウトローの経験をしたのだろうと疑問に感じたんだ」 「その気持は、とてもよく分かります……」  少しだけ目元にシワを寄せたアリッサは、「忘れていました」と手を叩いた。 「ヤムントから、アーコさんがおいでになっていますよ。今は、アルテルナタさんのところで「占い」をして貰っているはずです」 「占い?」  なにそれと言う顔をした夫に、「将来の予測です」とアリッサは答えた。 「その人がどんな人生を送るのか、病気はどうか、恋愛はどうかとか、そう言ったことを胡散臭い方法で「見る」のが占いだそうです。ただアルテルナタさんは、本当にその人の将来を見てしまうのですけどね。未来視と言うと刺激が強いので、占いと言うことにしておいただけです」  それを「ふ〜ん」と受け止めたトラスティは、「ところで」とアーコが来ていることを問題にした。 「どうして、アーコが来ているんだい?」 「婿入りをしたはずのあなたが、なかなかヤムントに顔を出さないからではありませんか? それと、早く子供をと言うプレッシャーが厳しいみたいですね。カルアさんが妊娠したから、余計にプレッシャーが厳しくなったそうです」  「つまり」とトラスティは妻の顔を見た。 「この後僕は、ヤムントに行く必要ができたと言うことか……」  そのあたりのことは、すでにジュリアンから指摘されていたことだった。ただ主導権が、いつの間にかアーコに握られていたのが問題と言うだけのことだった。 「大丈夫ですよ。私も付いて行くつもりですから。ヤムントの文明レベルが8.5ぐらいですから、トリプルAの支社を作ろうかなって。具体的業務は、タンガロイド社のアンドロイドの販売代理店から始めることになると思います。前回調べた範囲で、タンガロイド社のアンドロイドに競争力があることが分かりましたから」  その辺りは、さすが企業家と言えば良いのだろうか。さすがだなと感心したトラスティは、一つだけ重要な注意をすることにした。 「言っておくけど、僕は手伝えないからね。何しろあちらの皇族は、政治的・経済的活動が出来ない事になっているんだよ。アーコを嫁にしたんだったら事情が違っていたけど、僕が婿入りをしたので皇族と同等に扱われるんだ」  だから無理と口にした夫に、アリッサは「そんなぁ」と情けなさそうな顔をした。ただ事情が事情だけに、アリッサもそれ以上の無理を言うことは出来なかった。 「その意味で言うと、君の立場も微妙なんだけどね。まあ、トリプルAの経営者で押し通せば筋は通るんだろうね。と言うことで、あちらで誰かをスカウトしてこないといけないことになるね」  その当てはまったくないと答える夫に、アリッサは大きくため息を吐いた。 「グリューエルさんがもう一人いたら良かったのに……」  エルマー支社長として、グリューエルは期待以上の働きをしていた。ゼスのコンサル業務も含めて、得難い人材だと思っているところもあったのだ。  ただ問題は、グリューエルは一人しかいないと言うことだ。だとしたら、他の候補を探さなければいけないことになる。 「人材募集を掛けようかしら」  取り敢えずの当てがないことから、アリッサは他所の人材を求めることを考えた。 「そうするしか無いと思うけど……あちらの経済団体に繋いでおく必要がありそうだね」 「それぐらいしかなさそうですね」  はあっと息を吐いたアリッサは、「それから」と今日の予定を口にした。 「この後、アルテルナタさんの部屋でディナーにします」 「アルテルナタの?」  どうしてと言う以上の問題は、アルテルナタの料理の腕である。それを気にした夫に、「それなら大丈夫」とアリッサは保証した。 「どうやら、未来を変えることを諦めたみたいです。アセイラムちゃんの安全を考えてのことらしいですね。ですから、クリスタイプのアンドロイドを導入することにしました。ちなみに私は、コハクとヒスイを連れて行くつもりですからね」 「だとしたら、アンドロイドを増やした方が良いんじゃないのかな?」  赤ん坊3人に大人3人の面倒を見るのに、クリスタイプ1体では無理だろうと言うのだ。その当たり前の指摘に対して、「手配済みです」とアリッサは胸を張った。 「ヘルプでバネッタタイプとクリスタイプを1体ずつ派遣しました」 「だったら、心配はいらないと言うことだね」  頷いた夫に対して、「それから」とアリッサはゲストの追加を教えた。 「マリーカさんも誘っておきました」 「よく、この集まりに来ようと言う気持ちになったね」  驚く夫に対して、「既成事実が必要だと思ったのでしょうね」とアリッサは笑った。 「冒険中だけと言うのが、我慢できなくなったんじゃありませんか?」 「グリューエルと一緒を避けていた彼女がねぇ……」  比較の相手として、アリッサはグリューエル以上に比べられたくない相手のはずだ。そしてそこまでいかなくとも、アルテルナタも強敵に違いない。清楚さが際立つアーコにしても、比べられるのは厳しい相手のはずだった。 「何か、心境の変化があったのかな?」 「一緒にいた時間が長いあなたの方が、分かると思いますけどね」  そこまで言ってから、「何かムカついてきました」とアリッサは口にした。 「また、脈絡のないことを……」  苦笑した夫に向かって、「ムカつくのだから仕方がありません!」とアリッサは開き直った。 「3人がかりで虐めてあげようかしら」 「返り討ちにあわないよう、気をつけた方が良いと思うよ」  生きてきた世界が違いすぎるからと。トラスティは、マリーカに「こちら側」と自分が言ったことを思い出した。その辺りもご先祖様の血かと、おかしな納得の仕方をしたのである。  トラスティ達パシフィカ銀河に行った3人は、翌日連邦安全保障局の局長パイク一行との面談を持った。場所はトリプルAのオフィスでも良かったのだが、せっかくだからとアリッサが確保したエヴァンジェリンのリョウテイを使用した。  ホリゴタツ型のテーブルで向かい合ったパイクとライカーは、緊張からかとても難しい顔をしていた。一方トラスティとカイト、そしてマリーカは「緊張それ何?」とでも言うかのように普段と全く変わりがなかった。 「今回僕達が行った銀河が、グルカ銀河の隣接銀河であることが判明したと伺っています。従って確かパシフィカ銀河でしたか、協定に基づいてその探査を連邦安全保障局に引継ぐと言うことで宜しいでしょうか?」  訪問の目的を持ち出したトラスティに、パイクは「その通り」と事実を認めた。 「そのため、あなた達が得た情報を教えて貰いたいと思っています。このような引き継ぎは、本来担当者が行うものでしょう。ただ今回が初めてのケースであること、そしてあなた方の手柄を横取りする形になるため、局長の私がお話を伺いに来ました」  相手の持っている肩書を考えたら、絶対に高圧的な態度をとることは出来ない。そのため言葉を選んだパイクに、「手柄なんかありませんよ」とトラスティは笑った。 「そもそも、僕達の外銀河探査は趣味のようなものですからね。そして趣味でやっている以上、正規の業務の邪魔をするわけにはいきません。探査を引き渡しするのは、当然のことだと思っています」  当然のことだと答えたトラスティは、サラとインペレーターのAIを呼び出した。その呼出に応じて現れたのは、10代後半に見えるショートの黒髪をした凛々しくも可愛らしい女性である。 「はい、トラスティ様」  普段とは違い丁寧な態度をとったサラに、「データーの提供を」とトラスティは命じた。 「アルテッツァに転送すれば宜しいでしょうか?」 「連邦はアルテッツァを利用しているからね。そこに渡しておけば、局の方も困らないだろう」  畏まりましたと頭を下げたサラは、「他には?」と追加の命令を確認した。 「いや、今日の所は別にないかな?」 「でしたら、やさぐれているアルテッツァに焼きを入れてきます」  失礼しましたと答え、サラはお辞儀をしてから頭を下げた。 「アルテッツァがやさぐれてる?」  はてと首を傾げてみたが、だからと言ってパイクが答えを知っているわけではない。まあ良いかと頭を切り替えたトラスティは、「質問はありますか?」とパイクに問いかけた。  その問いに頷いたパイクは、「これからのことだ」と話を切り出した。 「今回の銀河……確かパシフィカ銀河だったか。その探査は、我々が引継ぐことになった。それであなた達は、また別の銀河の探査を行うのですか?」 「探査を繰り返すのかと言う質問であれば、そうですねと言うのが答えになります。今回の探査は、ちょっと消化不良の状態で終わってしまいましたからね。次は、もう少し面白いところがないか探してみますよ」  つまり、まだまだ外銀河探査を続けると言うのである。それに頷いたパイクは、「パシフィカ銀河ですが」と今回の銀河のことを持ち出した。 「我々が引継ぐことに異論はありません。ただ、近傍銀河がグルカ銀河と言うのが事情を複雑にするのかと思っています。何しろグルカ銀河には、連邦宇宙軍が駐留しておりません。従って、安全保障のスキームから構築する必要があると言うのがクサンティン元帥閣下のお考えです。またヤムント星系の文明レベルは、トップ6に並ぶものと伺っています。保有艦船数と合わせて、他の連邦所属銀河と同じとはいかないのかと思っています」  パイクの言葉に、トラスティは「ああ」と頷いた。 「確かに、あそこは必要十分な戦力を持っていますね。しかも安全保障に、ヤムント政府が積極的に関わっています。その意味で言うと、超銀河連邦が手を出す理由は今の所薄いのかも知れませんね」  そのあたりのことは、すでにアスで話をしてきたことでもある。そして予想通り、パイクはヤムント連邦で行われる式典のことを持ち出した。 「ヤムント連邦で、超銀河連邦加入を祝う式典が開かれると伺っています。超銀河連邦からは、理事会の幹事3名と連邦軍のクサンティン元帥が出席されることになっています。その式典の後、ヤムント連邦の安全保障に関する会議が開かれると言うことです」 「確かに、必要な会議だと思いますよ」  ただ単に自分の話を肯定したトラスティに、パイクは「あなたは?」と問いかけた。 「僕が、どうかしましたか?」 「確か、ヤムント連邦の皇族に名を連ねたと伺っています。でしたら、一番事情に詳しいあなたがどうされるのか。そのことに疑問を感じたのだと思ってください」  やはり同じことを持ち出されたかと、トラスティは自分を巻き込もうと考える者の多さを今更ながらに思い知らされることになった。 「ヤムント連邦において、大帝と言うのは象徴的な意味しか持っていませんよ。そして大帝以下皇室は、政治的、軍事的、経済的活動に関わっていないんです。そしてその事情は、僕も同じと言うことですね」 「つまり、関わることはないと仰られるのですか?」  少し驚いたパイクに、「郷に入れば郷に従えですよ」とトラスティは返した。 「引き継ぎ資料を精査してもらえば分かると思いますが、パシフィカ銀河対応に緊急性はありません。銀河の半分を占める2大勢力は、今は戦争で手一杯なんですよ。しかも長々と400ヤー程続けていると言いますから、当面銀河の外に目を向けることはないでしょう。だから僕も、皇室の仕来りに従うだけのことです。まあ、アリッサを連れてヤムントには行くつもりですけどね。どうやら、ヤムントに支社を作りたいみたいなんです」 「トリプルAの支社ですか……」  それはそれはと感心するパイクに、「ピンときたみたいですね」とトラスティは笑った。 「ヤムントの文明レベルは高いのですけど、結構こちらと違う発達の仕方をしていますからね。だからこちらから持ち込めるものもあれば、あちらから持ってこられるものもあるんですよ。アリッサは、それに目をつけたと言うことです」 「そのあたり、さすがは勢いのあるトリプルAと言うことですか」  なるほどと感心したパイクは、「実は」と自分達も式典に出席することを持ち出した。 「もっとも、私達は下っ端ですからな。随行員と言う形で同伴して、外銀河対応についての会議対応がメインになります」 「あなたの立場を考えれば、必要なことでしょうね。ただ予め申し上げておくと、あまりヤムントに期待をしないように。シルバニアやライマールと、驚く程違いがありませんからね」  だから期待するなと言うことなのだが、その助言にパイクはなるほどと頷いた。 「それこそ、宇宙の神秘と言って良いのかと。遠く離れた銀河が、私達の知っている世界と瓜二つと言うのです。それを目の当りにすることも、貴重な経験に違いありません」 「なるほど、そう言った考え方もありますね」  うんうんと頷いたトラスティは、「ご活躍を」と言って右手を差し出した。それをしっかり握り返したパイクは、「お手柔らかに」と返した。 「どうも発足からこの方、あなた方に振り回されている気がしてならないのです」 「それは、間違いなく被害妄想だと思いますよ……と言うのが、僕の立場からのお答えです。ただ客観的に見れば、振り回しているのでしょうね」  そこで申し訳ないと謝ったトラスティは、「まだまだこれからです」とパイクの心臓に悪いことを口にした。 「まだまだ、面白い世界が待っていると思っていますからね」 「もう一度、お手柔らかにと繰り返させていただきます……と言うのが、私の立場からのお答えになりますな。ただ、野次馬の私は、あなた方に期待をしています。是非とも、興味深い世界を見つけてきてください」  それを楽しみにしている。そのパイクの言葉を持って、引き継ぎのセレモニーは終了したのである。  アーコがジェイドに来た理由の一つ、そして最大のものが記念式典に夫であるトラスティを連れてくることだった。清楚でとても控えめに見えるアーコなのだが、意外な押しの強さでトラスティに式典への出席を認めさせた。それを目撃したアリッサは、「天然って強いんですね?」と自分を棚上げしたコメントを口にしていた。 「それは良いんだけど、どうやってヤムントからジェイドまで来たんだい?」  現時点で、グルカ銀河へのルートはヨモツ銀河にしか作られていない。そして両者を結ぶゲートは、惑星ヤムントから定期便で6日分ほど離れたコルトと言う星系に作られていた。そこからアリスカンダルに移動し、更にディアミズレ銀河、アスと経由する必要があったのだ。もしも定期便を乗り継いできたのなら、それだけで3週間程度掛かることになる。チャーター便を仕立てたとしても、それが2週間程度に短縮されるだけだった。  トラスティと同じシーツにくるまったアーコは、「定期便です」と質素な生活を送る皇室らしい答えを口にしてくれた。 「それで、定期便のクラスは?」 「1等ですけど……それがどうかなさいましたか?」  何事もないように答えるアーコに、これもまた世界が違うのだとトラスティはヤムント皇室の考え方を理解できた気がした。象徴として贅沢や華美なことを廃し、可能な限り庶民に近い生活を送る。それでも2等船室にしなかったのは、警備の問題からだろう。警備をする側としては、周りから隔離される貴賓室が好ましいはずなのだ。 「それで、帰りはどうするつもりだったのかな?」 「行きと同じ方法を考えていました……それが、どうかなさいましたか?」  本気で分からないと言う顔をしたアーコに、トラスティは小さなため息を答えとして返した。 「つまり、僕に対しても同じ方法を考えていたと言うことになるんだね」 「なにか、問題があるのでしょうか?」  やけに船のクラスにこだわる夫に、アーコは失敗をしたのかと不安から顔を曇らせた。 「いや、別に1等を悪いと言うつもりはないけどね。僕の持っている肩書上、なかなかそう言う訳には行かないところがあるんだ。後はアリッサもついてくるんだけど、彼女の場合特等船室がデフォルトなんだよ」 「ですが、特等ともなるとかなりの費用が掛かることになります。皇室の予算は確かに膨大なものがありますが、同時に膨大な人数の関係者が居るんです。ですから、移動に掛かる費用を抑えないと、すぐに財政的に行き詰まってしまうのです」  だから1等なのだと答えたアーコに、「僕の妻だよね?」とトラスティは確認をした。 「はい、私はあなたの妻の一人だと思っています」  違うのですかと顔を曇らせたアーコに、「違っていない」とトラスティは答えた。 「僕のところに来るのに、ヤムントの皇室予算を使わなくても良いんだよ。僕もしくはアリッサに相談してくれれば、適当な方法を教えてあげるよ。と言うことなので、帰りはキャンセルしてくれるかな。君の随行員達も、一緒に運んであげるからね」 「100名ほどいますが、良いのでしょうか?」  それだけで、金額がバカにならないほど大きなものになる。財政面を心配したアーコに、「それも大丈夫」とトラスティは保証をした。 「グリューエルに、クルーザーの用意をさせたからね」 「グリューエル様に、でしょうか?」  それで良かったのかと不安を感じたアーコに、本人から提案があったことをトラスティは伝えた。 「彼女も、グルカ銀河に行ってみたいみたいだね。その意味では、ノブハル君のところのローエングリンでも良かったのだけどね。まあグリューエルなら、僕の妻の一人だから問題は無いだろう」  夫の答えに、「ですが」とアーコは不安そうな顔をした。 「ご厚意に甘えてしまって本当に良いのでしょうか……」 「こう言うときは、甘えてあげるのが礼儀だと思うよ。ちなみに僕の権限で、リゲル帝国皇室専用船ガトランティスとか、トリプルA保有のインペレーターも使えるのだけどね。船の規模としてなら、プリンセス・メリベルV号が適当なんだよ」  だから心配しないでと答え、トラスティはアーコへと覆いかぶさっていった。 「それから、無理に声を抑えようとしなくても良いんだからね」 「ですが……恥ずかしいのです」  その答えがトラスティの嗜虐性に火を付けたのは、いまさら言うまでもないことだった。  グリューエルが持参金代わりに持ってきたクルーザー、プリンセス・メリベルV号は全長500mほどの優美な姿をした船である。白いスマートな船体には、機能には全く関係のない鳥をイメージした翼が付けられていた。性能ではなく豪華さと見た目を重視した、星間航行用の王室専用船である。  王室専用船と言うこともあり、設備も実用面以上に見た目の豪華さが優先されていた。当然貴賓室に類する部屋も複数用意されているし、お付きの者のための部屋も数多く用意されていた。  その一室をあてがわれたアーコは、「贅沢な作りなのですね」と頬を少し赤らめた。まさか自分が、こんなに豪華な船を利用するとは思ってもいなかったのだ。 「お褒めいただいて光栄ですね」  優雅に微笑んだグリューエルは、アーコの左手を横目で見ていた。そこにはトラスティの作った、ミラクルブラッドが光っていたのだ。自分には作ってくれないくせにと、グリューエルは少しだけ暗い気持ちをアーコに対して抱いていた。  もっとも、そんなものを見せるほど、グリューエルは素直な性格をしていない。「ごゆっくりと」とお辞儀をしてから、アーコの部屋を出ていった。その後姿を見送った所で、アーコはため息を吐くと自分の左手にはめられた指輪を見た。 「いったい、どのような基準で指輪をいただけるのでしょうか?」  グリューエルがチョーカーをしていたことも、そして自分の指輪を気にしていたことも気づいていたのだ。そのチョーカーの意味を知っているだけに、アーコには使い分けが分からなくなっていた。以前引き合わされた妻達は、誰もチョーカーをしていなかったし、指輪をしていないものも何人かいたのだ。 「今度、トラスティ様に聞いてみましょう」  取り敢えず自分の中で結論を付けたアーコは、あてがわれた部屋をぐるりと見渡した。広さ的には、ヤムントの自室とは左程変わらないだろう。ただ装飾とかは、確実にこちらの方がきらびやかなものになっていた。ぱっとみは綺麗で良いのだが、落ち着かないと言うのが正直な気持ちだった。 「1等船室の方が落ち着くと言うのは、皇女としておかしなことなのでしょうか?」  ううむと唸ってみても、答えが出てくるわけではない。仕方がないと諦めたアーコは、食事までの時間に本を読むことにした。それが「言語学概論」と言うのは、いささか置かれた状況にそぐわないのは確かだろう。その辺り、研究に逃げるしか無いヤムントの皇族と言うことだった。  プリンセス・メリベルVは、もともとマリーカが船長を務めていた船である。したがって、今回の航海でもマリーカが船長としてヤムント星系まで行くことになっていた。ヤムント連邦との交流開始に貢献したことを考えれば、彼女が船長として同行するのは当たり前のことと言えるだろう。 「なにか、この船が一番落ち着かないわっ!」  船長椅子に座ったマリーカは、開口一番船への文句を口にした。マリーカいわく、豪華さに全振りされたため、基本性能が低いしブリッジの居心地も悪いのである。船に無理をさせても、高速の100万倍と言うのがプリンセス・メリベルVの性能限界だったのだ。 「しかも、インペレーターよりレスポンスが悪いし……」  全長で30倍の船に比べて、小型船の方がレスポンスが悪くなっていた。そのことを持ち出して、マリーカは性に合わないと文句を口にしたのである。その文句を聞きながら、彼女の優秀なクルー達は「比較の対象が悪すぎる」と心の中で答えていた。そしてもう一つ、「愛欲に満ちた生活が送れないからだろう」と彼女の欲求不満にも理由を求めていた。 「船長、王室の豪華クルーザーに高機動を求めるのは酷ってやつですぜ」  機関士をしているトーマスの言葉に、「それぐらいのことは分かってる」とマリーカはすかさず言い返した。そして言い返した上で、「気に入らないものは仕方がないっ!」と繰り返した。 「しかも、搭載AIも低性能だし」  一つ気に入らなくなると、そのすべてが気に入らなくなってしまう。ただAIの性能に文句を言った所で、「船長」とモトコの低いとても抑えた声が聞こえてきた。 「この船のAIは、私がチューンしているのですけど。そのAIが、低性能だと仰るのですか?」  流石にそれだけは聞き捨てならない。明らかに怒気をにじませたモトコに、「事実だから仕方がないっ!」とマリーカは言い返した。 「私には、メイプル号より低性能としか思えませんっ!」 「ほほう、たかが探査船のAIより低性能と言いますか」  ふふふと口元を歪めたモトコは、「良いでしょう」と不敵に笑った。 「では、勝負して差し上げますよ。もしもメイプル号が負けたら、その時は船長に裸でランニングをして貰いましょうか。さもなければ、裸でミニスカ・パイレーツを歌ってもらっても良いんですよ」 「おいおい、流石にそりゃあ可哀想だろう。せいぜい下着程度にしておいてやれよ」  熱くなったモトコを止めるように、隣りにいたトーマスがすかさず止めに入った。だが熱くなっていたのは、なにもモトコだけではなかった。「裸で」と言う条件を持ち出されたマリーカは、「だったら」とモトコに言い返したのである。 「私が勝ったら、そっくりそのままお返ししますけど良いですか……まあ、私が勝つのに決まってるから、パンツとブラで許してあげてもいいわよ」  ふふふと挑発するように口元を歪めたマリーカに、「裸で結構ですっ!」とモトコは言い返した。 「後で吠え面を掻かないようにね」 「それは、私のセリフですよ。船長」  うふふと顔を見合わせたところで、「面白そうなことしているね」と笑いながらトラスティが入ってきた。流石に問題行動と言うのは理解しているのか、二人は慌てて「何でもありません!」と取り繕った。その態度を笑ったトラスティは、マリーカを見て「僕のなんだけどね」とモトコに告げた。 「それは、裸は許してくれと言うお願いですか?」  少し勝ち誇ったモトコに、トラスティはマリーカを見て「微妙に違う」と笑った。 「別に負けるとは思っていないよ。ただ、おかしな癖をつけて欲しくないだけなんだ」 「ほほう、トラスティ様も私のことを甘く見てくださいますか」  うふふと口元を歪めたモトコは、「代理でも良いのですよ」と宣言した。 「それは何かな? 負けた時は、僕に裸で走り回れと言うことかな?」 「それでも、許して差し上げますよと言う意味です。もちろん、私だって鬼じゃありませんからね。謝っていただければ、大人げない真似をしようとは思いません」  さあ謝れと胸を張ったモトコに、トラスティは小さくため息をつくと「サラ」とインペレーターのAIを呼び出した。 「メイプルさんは起きてるかい?」 「やる気満々ってところかしら」  黒髪をショートにした、ちょっと可愛い女の子は「大人げないですよ」とトラスティに注意をした。 「まあ、軽い娯楽のようなものだからね。いちいち目くじらを立てるようなことじゃないと思ってるよ」 「だったら良いんですけど……それで、プリンセス・メリベルVのAIと接続すれば良いんですか?」  小さくため息を吐いたサラは、5秒後に接続しますとモトコに告げた。 「こちらは、いつでも構わないわよっ!」  出来るものならやってみなさい。自信満々に答えるモトコに、サラはもう一度ため息を吐いた。  そしてサラが「ゼロ」を告げた所で、「こんにちわ」と言ってメイプルの仮想体がブリッジに現れた。 「私が、プリンセス・メリベルVの全システムを掌握いたしましたことをお伝えします」 「そんなことありえないわっ!」  大声を上げたモトコは、すぐさまシステムの状態を確認した。「そんな」「まさか」「ありえないでしょう」と言う声が聞こえてくるところを見ると、彼女の想定外の事が起きているのだろう。 「モトコ、覚悟は良いわよね?」  ニヤニヤと笑うマリーカに、モトコはびくりと背筋を伸ばした。 「か、覚悟、ですか?」  ゴクリとつばを飲み込んだモトコに、「そう覚悟よ」とマリーカは偉そうに胸をそらした。 「船長に向かって、あれだけ挑発してくれたのよ。しかもトラスティさんまで挑発したんだから、負けたらどうなるかぐらいは分かってるわよね?」  「分かってるわよね」と繰り返したマリーカは、口元をニヤけさせながら「さあさあ」とモトコを促した。 「まさか、今更出来ません、なんて言わないわよね?」  さあさあと繰り返した時、マリーカはいきなりトラスティに脇に抱えるように抱きかかえられた。お陰で、短いスカートからマリーカの下着が開陳される事になってしまった。 「ち、ちょっとトラスティさん、いきなり何をするのよっ! 見えてるからっ!」 「なんか、ストレスを貯めてるようだからね。人間関係を円滑なものにするため、ちょっとお節介を焼こうと思ったんだよ」  そう言いながら、トラスティは「サラ」とインペレーターのAIに声を掛けた。その次の瞬間、二人の姿はブリッジから消失した。  あっけにとられて見送ったクルーに、「トラスティ様から伝言です」とメイプルはニコリと笑った。 「モトコ様の裸は、個人的にお願いをするとのことです」 「えーっと、それは遠慮したいんですけど」  本気で嫌そうな顔をしたモトコに、「逃げられるといいですね」と笑いながらメイプルは姿を消した。 「コントロールは返しておいた……そうよ」  そう言うことだからと言い残し、サラも後を追うように姿を消した。 「本当に、コントロールが戻っているんだけど……どうして、インペレーターのAIが出てくるのよ」  そんな通信路は存在しないはずだ。モトコが「ありえないでしょう」と叫ぶのも、事情を考えればおかしなことではないだろう。ただウフーラ辺りは、「現状認識が足りない」と呆れていた。自分達の居るトリプルAが、常識をどこかに置き忘れた組織かを考えていないと言うのである。  いささか緊張感に欠けるやり取りもあったが、特にモトコの貞操に危機が及ぶことなく、プリンセス・メリベルVはディアミズレ銀河からヨモツ銀河へとジャンプした。そして中継地点のアリスカンダル宙域からグルカ銀河のコルトへと連続ジャンプを行った。おかげで定期便を乗り継ぐのに比べて、ここまで掛かった時間は1/4にまで短縮することが出来た。  そしてコルトから惑星ヤムントまでは、ヤムント連邦の用意した航路を使用した。外交特権で割り込みをしたのだが、それでも3日の時間がここでは掛かることになった。つまり、定期便に対して3日しか短縮できなかったと言うことである。  ヤムントの宇宙港ベガス・シティに入港前、アーコは「よほどのことがない限り、1等で移動いたします」とトラスティに告げた。 「この船が悪いと言うつもりはございません。ただ、あまり贅沢を身につけてはいけないと思っているんです。そうしないと、他の方々とのバランスも取れないことになります。ですから私が公務に出る場合は、これまで通り1等船室を使うことにいたします」  その意見に、「基本的には尊重するけど」とトラスティは答えた。 「ただ、君は僕の妻と言うことも忘れて欲しくない。ヤムントの公務に口をだすつもりはないが、僕のところに来るときには事前に連絡をしてくれ。そうすれば、こちらから迎えをよこすことにする。その方が、移動時間を短縮することにもなる」  少し厳し目に告げたトラスティに、「仰る通りにいたします」とアーコは頭を下げた。形式上婿入りをしたことになっているが、夫婦の立場としてはトラスティの方が強かった。  それで良いと頷いたトラスティは、「付いておいで」と一転して優しく語りかけた。 「ですが、私で宜しいのでしょうか?」  一緒にアリッサが来ているとなると、優先するのは彼女ではないのかと思えてしまうのだ。それを気にしたアーコに、「ここから先は、ヤムント皇室の公務となるんだろう」とトラスティは答えた。 「アリッサも、自分の立場を弁えているよ」  さあと促して、トラスティ達はベガス・シティの来賓用のデッキに降り立った。そして迎えに来た宮内省の役人に、「ご苦労」と少し上から目線の言葉をかけた。今のトラスティは、ヤムント皇室に婿入りをした立場と同時に、リゲル帝国皇帝並びにモンベルと国王と言う立場も持っていた。後者の立場は、別の国の役人に頭を下げることを許さなかった。  トリンケローと名乗った男は、深々と二人に頭を下げてから「こちらに」と先導をした。ヤムントの首都ダイワまでは、専用のシャトルで降りることになっている。ただ広大なベガス・シティと言うこともあり、歩くどころか通常の移動手段を用いることは出来ない。そのため特別に、直行の空間ゲートが用意されていた。  先頭を歩く二人の後を、お付の者よろしくアリッサとグリューエルが続いた。そして最後に、ずっと寝ていたカイトがマリーカと並んでいた。 「このあたりの整備状況は、シルバニアより洗練されているかな?」 「と言うか、シルバニアのよりもずっと広いですよね。だからじゃないんですか」  キョロキョロと周りを見渡したマリーカは、「いけないと」言って少し小走りになった。前がさっさと歩いているため、気を抜いた途端に置いていかれそうになってしまったのだ。  そうやって案内された一行6人は、「こちらに」と一枚のドアの所に案内された。そしてドアを通り抜け、駐機されている小型のシャトルの前へと立った。 「1時間ほど、我慢いただければと」  最後に乗り込んできたトリンケローは、そう言って頭を下げたアーコ以外の5人に説明をした。6人には世話係が付き、白磁のカップでお茶が供されていた。 「超銀河連邦への加盟式典は、5日後に執り行われる予定でございます。オスラム帝国から、皇太子夫妻もご出席の予定となっております」 「彼が来るんだね」  顔を綻ばせたトラスティに、トリンケローは「左様で」と頭を下げた。 「オスラム帝国とは、政治統合の話が持ち上がっていると伺っております」 「まあ、もともとは一つだったんだからねぇ」  それが200ヤー程前に、袂を分かったのが今のオスラム帝国である。オスラム帝国側にわだかまりがなくなれば、政治的統合の話が出てもおかしくはないはずだ。  なるほどと頷いたトラスティに、「オスラム帝国への住民感情は良好です」とトリンケローは答えた。その微妙な言い回しを気にしたトラスティは、「僕には悪いのかな?」と答えづらいことを問いかけた。 「その辺りは、ご自覚のとおりとしか。ただ、いささか複雑な事情と言うものもございます」 「まあ、先の事件では大勢の人が亡くなられているからね。その意味で、僕への反感があるのは仕方がないと思っているよ。しかもアーコ皇女を傷物にしたからねぇ、その点でも反感を買うのは仕方がないんじゃないのかな。まあ、僕には実害がないけど、宮内省には頭の痛い問題なんだろうね」  理解を示したトラスティに対し、トリンケローは「ですから複雑と申し上げました」と答えた。 「先の事件では、確かに200万の死者が出ております。ただそれにしても、1星系あたり10人程度のものでしかありません。したがって、ヤムント連邦全体に怨念を撒き散らすまでには至っておりません。もちろん、御身に恨みを抱く者がいないとまでは申せませんが」  そこで言葉を切ったトリンケローは、アーコの顔を一度見た。 「連邦の民は、皇室の動静をとても興味深く見ております。お一人お一人のスケジュールやその日に何をしたのかが、差支えのない範囲で公開されております。そして民達の興味は、嫁がれたカルア様、そして婿を迎えられたアーコ様に向けられております。流石に嫁がれたカルア様の動静を、これまで通り伝えるのはオスラム帝国の主権を犯すことになります。したがって、発信される情報は極端に少なくなっております。それでも、ご懐妊のニュースは、すでに民達の知るところとなっているのです」  それぐらい興味を引いていると強調したトリンケローは、「一方で」とアーコの顔をもう一度見た。 「トラスティ様の動静情報は、極端に少なくなっております。それ自体不満の理由になっているのですが、それに加えてアーコ様がお一人で居るのが民達に知られております。カルア様がご懐妊されたのに、アーコ様はお一人で寂しくされている。その事実を知れば、民達がどのように考えるかは想像が付くのかと思われますが?」  いかがでしょうかと問われ、トラスティは苦笑を浮かべながら頷いた。 「もっとヤムントに顔を出して、アーコと一緒にいる姿を見せろと。そしてさっさと、アーコを妊娠させろと言うのだろう?」  その答えに大仰に頷いたトリンケローは、「それが一つ」と理由がそれだけでないことを告げた。 「まだ、他にあるのかな?」 「我が連邦に着いて言えば、情報開示が行き届いております。そしてマスコミが、いささか元気すぎると言うところもあります。したがって、動静情報の出てこないトラスティ様ですが、身辺情報はしっかりと洗われております。当然大勢おいでになられる奥様のことも知られております。ちなみにアーコ様を除く奥様の中で、一番人気があるのはマリーカ様と言うことです。その辺り、親しみやすさが理由になっていると分析されております」  なにか先が見えた気持ちになったトラスティは、「それで」と微妙な問題を確認した。 「トラスティ様と関係してから、アーコ様がとみに美しくなられました。そのアーコ様を放置することだけでも反感を買う理由になるのですが、しかも他の奥様方もとても美しくていらっしゃいます。トラスティ様が、嫉妬を向けられるのは仕方がないことかと」  あーっと上を向いたトラスティは、「誰が情報を漏らしたんだ?」とトリンケローに確認した。そんな個人的な情報が、まともに考えればヤムントまで伝わるはずがなかったのだ。 「誰がと申されましても。超銀河連邦の方から、配慮が必要だからと釘を刺された結果です。これだけの方が関係するから、予定を入れるのには注意するようにとの指導がまいりました」  確かに、公式スケジュールを組む際には配慮が必要なことは確かだろう。それを連邦加盟の打ち合わせの中で指摘されるのも、皇族の役目を考えれば不思議なことではない。ただいくら必要なことと言っても、それを受け入れられるかは別のことだった。  はあっとため息を吐いたトラスティは、「リストはあるのかな?」と名前を確認することにした。 「それはこちらに」  そう答え、トリンケローは超銀河連邦提供のリストをトラスティに提示した。 「これを、超銀河連邦が提供したのか?」  そこでトラスティが険しい表情を浮かべたのは、考えていたよりも名前の上がった女性の数が多いことだった。 「心当たりが無い女性もあるんだが?」  そう言ってトラスティが示したのは、リンやアマネ達だった。そして別の問題として、クンツァイトとナギサと言う、男性二人までリストにあったことだ。 「それに、どうして男が2人も入っているんだ?」  ありえないだろうとのトラスティの言葉に、「頂いた情報ですが?」と自分には責任が無いとトリンケローは主張した。 「こんなものが広まっていると言うのか?」  これでは、まるで節操のない男ではないか。大げさに嘆いたトラスティに、トリンケローは何を今更と言う顔をした。 「ちなみに、連邦において同性愛は珍しいことではございません。その方面では、流石はトラスティ様と評価されております。逆に、なぜジンケン皇太子殿下がリストに無いのかとの疑問も上がっております。近々リストに追加されるだろうと言うのが、大方の見方となっております」  そう言うことだと話を締めくくったトリンケローは、「間もなく到着です」と全員に声を掛けた。ちなみにトラスティ以外のメンバーは、とても和気藹々と言うか、時々聞こえてくる話に笑い転げていたりした。 「何か、どんどん窮屈になっていく気がする……」  IotUも同じだったのかと、トラスティは父親のことを思ったのだった。  戦いが長く続くと、時々鬼子のような兵器が生まれることがある。プロキア連邦とザノン公国との戦いでも、まさにその鬼子が生まれようとしていた。 「以上が、開発名ドゥームの説明となります」  プロキア連邦軍上層部、すなわち艦隊司令以上が集まる席で、兵器開発局局長の局長シュバルツシルトは粛々と新型殲滅兵器の説明を終えた。開発名ドゥームは、ミリメートルオーダーのブラックホールを、重力加速で光速の10%にまで加速して打ち出す質量兵器でもある。そして同時に打ち出されるブラックホールの数は、1万を超える規模となっていた。ブラックホール自体が帯電していないため、防御磁場では防ぐことの出来ない厄介な兵器となっていた。  そして兵器としてのドゥーム本体の大きさは、直径で1000km、長さは3000kmと言う巨大な筒型をしていた。  本来画期的な兵器のお披露目ともなれば、もう少し場に高揚感が漂うものとなるはずだった。だが集まった中で、ほとんど例外なく艦隊司令達は渋すぎる表情を浮かべていた。 「発言宜しいですか?」  そこで手を上げたのは、第7艦隊司令ドルグレンだった。もちろん彼も、渋い表情を浮かべていた一人である。 「ブラックホールを用いた無差別破壊兵器は、ザノン公国と結ばれた戦時協定に反していると思うのだが?」  戦時協定の該当部分を示したドルグレンに、それはとシュバルツシルトは直属の上司に当たるバスク上級大将を一度見た。そして予め用意してあった答えを口にしたのである。 「協定に違反しているかと言うと、その辺りはグレーかと理解しております。本ドゥームは、協定締結時に懸念された、大規模ブラックホールによる環境被害を行わない兵器です。極小のブラックホールには明確な寿命があり、生成後はごく短い時間で消滅いたします。その意味で言えば、協定の趣旨からは外れていないことになります。重金属粒子砲の重金属粒子を、マイクロブラックホールに置き換えただけのものとご理解ください」 「しかし、ドゥーム本体はブラックホール生成マシンなのだろう。それを戦場に持ち込むことは、明らかに協定に違反することになるはずだ。しかも説明されていないが、小型サイズのブラックホールを作ることが可能なはずだ」  問題兵器だと断言したドルグレンに、「それは」とトリンケローは答えに詰まった。言葉に詰まった時点で、ドルグレンの指摘を認めたことになる。  そしてトリンケローが言葉に詰まった所で、「ドルグレン君」と黙っていたバスク上級大将が口を開いた。帽子で隠れてはいるが、禿頭で少し痩せぎすの男である。過去幾度か協定違反を犯してきたのだが、数の力で押し切って上級大将まで上り詰めた男でもある。ちなみに元帥職不在のプロキア連邦軍に於いて、上級大将は最上位の役位にもなっていた。  少し濁った声でドルグレンの名を呼んだバスクは、「戦争とは」といきなり語りだした。 「一番難しいのは、いかにして終わらせるのかと言うことだ。そしてその証拠に、我々の戦争は400年の長きに渡って続いている。終わらせ方が分からないため、ただ漫然と意味のない戦闘を続け、多くの犠牲者を生み続けておるのだ。果たして、このまま戦争を続けることが、双方にとって生産的なことと言って良いのだろうか。否、それは断じて否と言えるであろう。だから吾輩は、この意味もなく続く、惰性となった戦争を終わらせることを考えた。我々プロキア銀河に住まう者たちは、戦争の呪縛から逃れ新しい時代に生きていくべきと考えたからである。殺し合いをやめ、新しい時代に生きていくべきだと考えたのである。そのために、新兵器ドゥームは開発された。いわば、新しい時代を作り出す、創世記兵器なのである!」  自分に酔ったように語るバスクに、ドルグレンは「ですが閣下」と異を唱えた。 「戦争を止めるのであれば、外交のチャネルを用いるのが正しい姿のはずです。目的は、手段を正当化することは出来ないと思いますが」 「ふん、綺麗事だなっ」  バカにしたように鼻を鳴らしたバスクは、「この400年は何なのだ?」とドルグレンに問うた。 「話し合いで戦争がやめられるのであれば、なにゆえ戦争が400年も続くのだ。なにゆえ政治は、軍人に意味のない犠牲を強いておるのだ? その理由は一つ、一度始めた戦争は、相応の犠牲なしには終わることが出来ないからだ。綺麗事を言って遠く離れたところからの打ち合いをするだけでは、戦争を終らせるための人身御供が足りないのである!」 「大量虐殺が必要だと仰るのかっ!」  大きな声を上げたドルグレンに、「必要悪である」とバスクは言い切った。 「それによって救われる命は、より大きな数となるからである!」 「戦時協定は、泥沼の戦いとなるのを避けるために作られたものです。その枷を外した時、双方が滅亡するまで戦い続けることになります。1つの超兵器で、戦争が終わることはありません。もしも終わることがあるとすれば、双方が滅びたときだけです」  お考え直しをと訴えたドルグレンに、「軟弱者」とバスクは声を張り上げた。 「戦争を続けることに大義など無い。戦争を終わらせること、そして我らの勝利にこそ大義があるのだ。連邦軍軍人ならば、なぜ己の勝利を目指さぬ。なぜ、己の勝利によって戦争を終わらせようと考えぬのだ。新しい時代は、犠牲なしには迎えられないのである」  己に酔った言葉を吐くバスクに、ドルグレンはそれ以上の説得を諦めた。そして他の司令官達の顔を見てから、「緊急動議を発議する」と声を上げた。 「連邦軍規則第99条2項の規定により、バスク上級大将の適格性審査を請求する。審査請求に賛成の者は、ご起立をお願いする」  会議室に集まっていたのは、艦隊司令30名及び幕僚10名と言う構成である。その40名のうち30名が、ドルグレンの呼びかけに応えて立ち上がった。議決を成立させる為には、過半数の賛成が必要となる。30名の賛成を得たことで、バスク上級大将の適格性審査が承認されたことになる。そして適格性審査の請求が通ったことで、審査終了までバスク上級大将は資格停止が行われることになっていた。  だがドルグレンがバスクの資格停止を宣言しようとした時、100名ほどの重武装をした兵士が会議室になだれ込んできた。 「上級士官会議だぞ。誰の許可を得て入ってきたっ!」  大声を上げたドルグレンに、「上級大将権限である」とバスクが声を上げた。 「第7艦隊司令ドルグレンに、反逆の恐れありとの内通あり。故に反逆者鎮圧を、上級大将である我輩の権限で命じたのである。直ちに反逆者共を制圧せよっ!」  通常上級士官会議に出るのに、護衛どころか武器を携帯することはない。その状況で重武装をした兵士に対して抵抗など出来るはずがない。起立した30名が制圧されるまで、物の5分も掛からなかった。  ドルグレン達30名が連行された結果、会議室にはバスクを含む10名が残された。そこで満足げにバスクが口元を歪めた所で、「宜しいか」と一人の男が発言を求めた。白い髪をした、年齢的には退役が近いと思われる見た目をしていた。 「なんだ、ウィーレッック司令」 「差し出がましいことを申し上げるようで心苦しいのですが」  そう切り出したウィーレックは、「寛大な処置を」と反逆罪に問われた者たちへの処罰を持ち出した。 「彼らはまだ若い。戦争後のプロキア連邦の為に働いて貰う必要があるでしょう」 「反逆者に与える温情など無いっ!」  大声で否定したバスクは、「しかしながら」とトーンを落とした。 「情状酌量の余地はあるであろう」 「ご寛大な措置、感謝いたします」  立ち上がって頭を下げたウィーレックは、「作戦を」とバスクに促した。 「うむ、ドゥームは間もなく投入が可能である。準備でき次第、直ちに戦線に投入し、ザノン公国軍を殲滅することとする。配置する艦隊は、ドゥームを守ることを第一とせよ」 「しかし、大きすぎる的ではありますな」  微苦笑を浮かべたウィーレックに、「心配には及ばん」とバスクは笑った。 「ドゥームの装甲は、艦隊主砲の近接攻撃でもなければ破壊はできん。敵艦との距離を間違えさえしなければ、ドゥームに傷をつけられることはないのだ。そして不用意に近づいてきたなら、ドゥームのマイクロブラックホールによって薙ぎ払われるのだ」  「ドゥームは落ちん」とバスクは力を込めて主張した。 「ドゥームが落ちん以上、この戦いは我々の勝利以外にありえないのだ。我々は、ザノン公国軍を殲滅し、長きに渡った戦争を終結させる。ドゥームの前に、ザノン公国軍は戦うことの愚かしさを知ることになるであろう。その時には、我がプロキア連邦が、プロキア銀河に覇を唱えることになるのである!」  高らかに宣言をしたバスクは、「速やかな職務の遂行を」と残った全員に要求した。 「一刻も早く、我らの手によってプロキア銀河に平和をもたらすのである」  自己陶酔したバスクに対して、残った9名は立ち上がって敬礼を行った。 「Genesis Machineドゥームを用いた最終決戦を、Operation Dawnと呼称するものである」  30名の艦隊司令の離脱は、間違いなくプロキア連邦軍崩壊の瀬戸際とも言えるだろう。だが自壊の危険を孕んだまま、バスクの号令により大虐殺を前提とした作戦の遂行が決定されたのである。  休暇から戻ったからと言って、バレルがすぐに出撃することはなかった。麾下5千のうち5%が沈んだ以上、艦隊の再整備が必要となる。その補充と指揮系統の再確立が、今の彼が優先すべきことだった。それに加えて、しっかりとした出撃のローテーションも理由になっていた。そのローテーションに従うかぎり、彼の艦隊が出撃するまではまだ時間的猶予があったのである。 「次の出撃予定は、何もなければ6ヶ月後と言うことか?」  改定されたローテーション表で確認したバレルは、「おかしなことだ」と自分の言葉を笑ってしまった。死命を掛けた戦争をしているはずなのに、まるで仕事のシフト確認のようなことをしていたのだ。そして今までの自分は、そのことを少しも不思議に思っていないことに気付かされたのである。 「私達は、いったいなんのために戦争をしているのだ」  シーリーで会ったトラスティを思い出したバレルは、「本当になんのためなのだ?」と小さく繰り返した。それに加えて相手の指揮官と顔を合わせたこともまた、彼に戦いの理由を分からなくしていた。 「プロキア連邦との境界は、もはや確立したものと言えるだろう。今更支配領域を奪い取ることに、どれほどの意味があると言うのか。それぐらいなら、未開発領域に目を向けた方がよほど前向きではないか」  トラスティからは、この銀河の外から来たと教えられていた。そして150万光年離れた銀河には、自分達より進んだ文明を持つ、巨大な連邦があるとも教えられた。それだけでも驚異なのに、しかも1万を超える銀河が連邦を組んでいると言うのだ。その想像を絶する規模の連邦に、自分達の準備さえ整えば参加することも出来ると教えられた。壮大な世界を教えられれば、戦争をしているのが馬鹿らしく思えても仕方がないだろう。  だが、いくら彼が戦争を否定しても、彼の力で戦争を止めることは出来ない。そして400年も戦争が続くと、誰にも止めることが出来ないのではと思えてしまう。バスク公国歴代大公も、戦争を止めることを口にしたことがなかったのだ。  自室で思索に耽っていたバレルだったが、「失礼します」と言う声に現実世界へと復帰した。そこで時間を確認したら、そろそろ艦隊司令会議が始まる時間になろうとしていた。 「バレル閣下、お騒がせしたことをお詫びいたします」  公国軍標準の制服に身を包んだ兵、赤毛を短髪にしたまだ年若い男は、緊張気味にバレルへと向かい合った。静かな時間をかき乱したことへ、彼なりに問題を感じたと言うことである。 「いや、会議に遅れる訳にはいかないだろう」  努めてにこやかな表情を作ったバレルは、「君は?」とメッセンジャーの兵に名を尋ねた。 「はっ、こ、今回閣下の部隊に配属されましたロアム二等兵であります」  緊張気味に敬礼したロアムに対して、「楽にしたまえ」とバレルは微笑むことに成功した。 「まだ若いな。君は幾つだ?」 「は、16になったところです!」  ますます緊張するロアムに、そうかとバレルは頷いた。 「慣れぬ所はあるのだろうが、焦ることはないのだぞ。そう言う私だって、君のように新兵の時代が有ったのだからな」  楽にしていいと命令をして、バレルは会議に出るため自室を出た。その後ろを小走りに追いかけたロアムは、持っていたデーターメモリをバレルに手渡した。 「これは?」 「会議に必要だと言うことです。ただ、私には中身を知らされておりません」  なるほどと頷いたバレルは、左手に巻かれたリストバンドにメモリを差し込んだ。そして中身を確認した所で、はっきりと顔を歪めたのだった。  反射的に「なにか」と声を出しかけたロアムは、慌てて自分の口を両手で押さえた。問いかけをすること自体、権限を超えた行為だと気づいたのである。  ただロアムの不審な行動は、すぐにバレルに気づかれることとなった。そしてバレルは、本来する必要のない言い訳じみた言葉を口にした。 「いや、なんでもないのだよ」  それは、ロアムにではなく、自分に言い聞かせるかのような言葉だった。  遥か上の存在に気を使わせたことへ、ロアムは「申し訳ありませんでした」と頭を下げ謝罪の言葉を口にした。そこまでする必要はないのにと呆れたバレルは、「気にする必要はない」ともう一度笑ってみせた。そして笑いながら、「スクブス隊とは大違いだ」などと心の中で感心していた。  ただいつまでも油を売っているわけにもいかず、バレルは早足で会議の設定された会議室へと向かった。ただ会議室と言っても、50名ほど収容できる広さを持っていた。  その指定された席にバレルが腰をおろしたところで、「見たか?」と隣に座っていた男、第11遊撃艦隊司令ベントレーが声を掛けてきた。 「敵さん、厄介なものを持ち出そうとしているぞ」  その言葉に頷いたバレルは、「確かに厄介だ」とベントレーの言葉を認めた。 「だが、本気で連邦は協定破りをするとは思えないのだがな。少なくとも、あちらの艦隊司令は正気を保っていたぞ」  ドルグレンを思い出したバレルに、「出撃準備をしていると言う噂もある」とベントレーは指摘した。 「もちろん、噂は噂以上の意味は無いんだがな」 「噂が立つだけの理由があると言うのだろう?」  その指摘に頷いたベントレーは、「なあ」と声を出したところで小さく咳払いをした。議場に、議長となるザノン公国軍最高司令官が着席したのである。  スコープ眼鏡を光らせた最高司令官ロールスは、「諸君」と重々しく語りかけた。 「すでに資料には目を通していると思う。連邦は、明らかに協定違反となる兵器を実戦投入する構えだ。開発コード名ドゥーム、mmオーダーのシュバルツシルト半径を持つブラックホールを、複数かつ連続して射出する機能を持つ巨大砲台と言うのがその正体だ。科学局の分析では、有効射程距離2千光秒なおかつ我々の艦の防御機能では防げない攻撃と言うことだ。すでに連邦軍拠点の一つ、ラ・クルーテオで出撃準備を行っていると言う情報もある。我々との戦闘宙域到達まで、出港後6週間弱と言うのが現状の見立てだ」  そこでロールスが言葉を切ったのだが、出席した艦隊司令からは質問すら発せられなかった。それほどまでに、彼らに与えた衝撃が大きかったと言うことになる。  その沈黙が2分続いたところで、「決定事項を伝える」とロールスは口を開いた。 「わが公国軍も、対抗措置を取ることにする。協定違反を確認次第、ワープミサイルで敵有人星系に対して無差別攻撃を敢行する。また封印されていた、反物質プラントの稼働を再開する」  双方の合意の上で結ばれた戦時協定を破る以上、相応の報復が必要と言うのは理解できることだった。だが大量破壊兵器の投入や、民間人への攻撃は、戦争を歯止めのないものに変貌させるものでしか無い。そして一度歯止めを失った戦争は、間違いなく想像を絶する犠牲を出すことになるはずだ。 「閣下、宜しいでしょうか?」  再び沈黙が訪れたところで、バレルが挙手をして発言を求めた。 「報復措置及び対抗措置が必要なのは仰る通りかと。ただ、非戦闘員に対する直接攻撃はいかがなものでしょうか? それを行うと、この戦争は歯止めを失うこととなります」  失礼しましたと椅子に座ったバレルに、ロールスは小さく頷いた。 「貴公の意見が正当と言うのを認めるのは吝かではない。だが、反物質生成にかかる時間を考えた場合、繋ぎとなる報復行動が必要となる。現時点で可能な報復方法は、有人星系への攻撃だけなのだ。連邦軍の協定破りの報復であることを宣伝し、状況を押し戻すための苦肉の策だと思ってもらいたい。わしだって、無辜の民を虐殺したいなどとは思っておらぬのだ」  苦しそうに吐き出すロールスに、「もう一つ」とバレルは発言を求めた。 「私には、連邦軍の艦隊司令が異議を唱えないとは考えられないのです。戦いの中で知る彼らは、非常に有能であり、なおかつ高いモラルを持っております。このような暴挙を、黙って見過ごすとは思えないのですが」  ドルグレンを念頭に置いたバレルの意見に、「確かにそうだ」とロールスは指摘された事実を認めた。 「不確定情報だが、多くの艦隊司令が反逆罪で拘束されたそうだ」 「つまり、連邦軍も一枚岩ではないと言うことですか?」  連邦内部の情報が出てくる事自体、内部統制が緩んでいる証拠となる。なるほどと事情を理解したバレルは、「失礼しました」と謝罪をして椅子に座り直した。一連の情報に関する確度は分からないが、知らされた状況に矛盾が無いように思われたのだ。  バレルが引き下がったのを確認したロールスは、「我々に残された時間は短い」と話を続けた。 「従って、リストにあるものは直ちに出撃準備の開始を命令する。バレル君には止む終えないこととは言ったが、民間人の犠牲など出ない方が良いことに決まっておる。従って、ドゥームにはその力を発揮される前に沈んで貰う。このように巨大な図体で、しかも前方にしか攻撃できぬ木偶の坊だ。側面から攻撃すれば、破壊するのも難しくはあるまい」  住民の虐殺を行わないためと言うロールスの言葉は、集まった艦隊司令達の心に届くものとなっていた。そんなに簡単に行くのかと言う疑問はあるが、それが唯一の方法であるのも分かっていたのだ。  それを理解したから、艦隊司令達からは異論が発せられることはなかった。一度ゆっくりと全員の顔を見たロールスは、「感謝する」と帽子をとった。 「1秒を争う必要はないが、かと言って無為に時間を潰すのも良くないだろう。本会議は、これで散開することとする」  以上だとのロールスの言葉に、集まった艦隊司令達は立ち上がって敬礼をした。それを満足げに眺めたロールスは、ゆっくりと幕僚達に囲まれながら会議室を出ていった。  そこから100m程歩いた所で、何者かがロールスを追いかけてくる足音が響いた。とっさにかばった幕僚達に、「良いのだ」とロールスは警戒の必要がないことを告げた。果たして通路の角から現れたのは、先程まで同じ会議に出ていた艦隊司令バレルだった。 「なんだ、わしに苦情を言いに来たのか?」  はっはと笑ったロールスは、「付いて来い」と言ってバレルに背中を向けた。そして更に200m程進んだところで、「ここまでで良いぞ」と幕僚達を追い払った。流石に渋った幕僚達だったが、「艦隊司令に失礼だろう」ロールスはと笑い飛ばして解散させた。 「バレル君が何を言いに来たのか、一応は分かっているつもりだ。ただ、こんな所で立ち話は良くないだろう。わしもしばらく時間があるのでな、ここは一つ酒保に付き合ってはくれないか」 「酒保、でありますか」  少し目元を険しくしたバレルに、「そんな顔をするな」とロールスは笑った。 「何もとって食おうなどとは考えておらんよ。暇な年寄りに付き合って欲しい。その程度のことだと思ってくれれば良い」 「これから一大決戦に臨まれるお方が、暇な年寄りであるはずがありません」  もう一度目元を険しくしたバレルだったが、小さく息を吐いてから「仕方がありません」と同行を認めた。 「上官命令に従うのも、忠実な軍人の務めと言うものです」 「命令ではなく、暇な老人のお願いなのだがな」  まあいいと細かなことを飛ばしたロールスは、「こっちだ」と更に100m程通路を進んだ。そこからエレベーターに乗って、最上階にある「酒保」へとバレルを連れ込んだ。ただ酒保とは言ったが、むしろバーと言うのが相応しい内装をしていた。その奥にある薄暗い席にバレルを連れ込んだロールスは、「とりあえず飲め」と言って血の赤をしたぶどう酒をバレルの前に差し出した。 「まだ、勤務時間中だと思いましたが?」  いかがなものかと言うバレルに、「この程度は水だ」とロールスは言い返した。そしてさっさとぶどう酒を口に含んでから、「違うな」と自分の言葉を訂正した。 「水ではなく、ぶどうジュースだな」 「アルコール入りの、と言えばその通りでしょう」  仕方がないとぶどう酒に口をつけてから、「理由を伺っても宜しいですか?」とバレルは切り出した。何をとは口にしなかったが、ロールスにはしっかりと伝わっていた。 「君は、切り札だと思っておるのでな。そして切り札と言うのは、最初に使うものではないのだよ。従って、出撃は第二陣とさせてもらった」 「しかし、敵陣への突入は、我が艦隊の得意とするところです!」  納得がいかないと主張したバレルに、「君は」と口にしてからロールスはぶどう酒を口にした。 「シーリーのカジノで、プロキア第七艦隊司令と会っておったな」  敵との内通を疑われたのかと、バレルは色をなして「私は忠実な軍人です」と主張した。その態度に少しだけ苦笑を浮かべたロールスは、「落ち着き給え」と言ってぶどう酒を飲むように勧めた。 「シーリーに着いてからの君の行動は、全て報告としてわしのところに上がっておる。ドルグレンと言ったか、その男との会話内容も伝わっておるのだよ。だからわしは、君が公国軍軍人として恥ずべき行為をしていないのは分かっておる」 「でしたら、なぜ第一陣に加えていただけないのですか!」  納得がいかないと主張したバレルに、「わしも似たようなことがあった」とロールスは口にした。それは、バレルの問いに答えるものではなかった。 「若い頃、と言っても君ぐらいの年だろう。シーリーのバーで、プロキア連邦軍の艦隊司令と議論を交わした。ちなみにその男の名は、バスク・デラロッサと言う」 「バスク、バスク・デラロッサ……」  その名前を繰り返したバレルは、「まさか」と目を見開いてロールスの顔を見た。 「そのまさかと言うやつだ。バスク・デラロッサは、現在連邦軍の最高司令、上級大将のバスクと言う男だ」  驚くバレルを見たロールスは、「とても刺激的なものだった」とその時のことを懐かしんだ。 「だからわしは、当たり障りの無いことしか話さぬ君達に失望もしている。ただ勘違いして欲しくないのは、それが第二陣に回した理由ではないと言うことだ」 「ならば、なぜだと言うのですっ!」  そう言ってバレルは迫ったのだが、それでもロールスは理由を口にしなかった。そして理由の代わりに、バスクとの議論のことを口にした。 「あの男と議論したのは、なぜ戦争が続いているのかと言うものだった。そしてそれは、どうしたら戦争が終わるのかと言うものでもある。そしてわしたち二人は、同じ結論を別の角度から主張しあっていた」 「同じ結論を、ですか?」  疑問を呈したバレルに、「同じ結論だ」とロールスは繰り返した。 「それぞれの政府も、そして民衆も、戦争を現実のものとして認識していないと言うことだ。自分とは全く関係の無い、まるでスクリーンの向こう側で起きた出来事としか捉えておらんと言うことだ。だから停戦に向けた政府間の話合いなど行われるはずがないのだ。政府も、そして民衆も、誰一人として戦争の痛みを感じておらぬのだからな。同じ結論に達した私達は、それぞれ反対の立場で戦争の終わらせ方を主張したのだよ。粘り強く上申して、戦争の無意味さを政府に伝えるべきだ……それが、バスクの主張だった。そしてわしは、それでは何も変わらぬと、政府や民衆に痛みを教えるべきだと主張したのだよ。より直接的な方法を主張したのは、むしろわしの方だと言うことだ。それも、すでに20年以上前のことなのだがな」  ふふと笑ったロールスは、残っていたぶどう酒を飲み干した。そしてお代わりをすることもなく、じっと空になったグラスを見つめた。きれいに磨かれたグラスの縁に、アルコールの作る虹が映っていた。 「バスクは、連邦政府に絶望をしたのかもしれん」 「それが、ドゥームを持ち出した理由だと仰るのですか?」  真剣な表情のバレルに、ロールスは小さく首を振った。 「わしが、勝手にあいつの考えを推測したまでのことだ」  ただと、バレルの言葉を待たずにロールスは言葉を続けた。 「わしは、その時の主張を変えるつもりはないのだよ。メリハリの一つもない今の戦いは、いつまでも惰性で続いていくことだろう。そして戦いが続いていくうちは、我々は目を外の世界に向けることはない。まるでゲームのように戦いの結果に一喜一憂し、勝手に英雄を作って騒ぎ立てておしまいだ。そんな世界で、誰が戦争を止めると言い出すだろうか」 「閣下は、今度のことを利用されるおつもりですか?」  驚くバレルに、「かもしれんな」とロールスは答えをぼかした。そしてロールスは、意外なことを持ち出した。 「この戦争を続けることに、意味などないと思っておるのだ。そして戦争を終えれば、そこにはとても魅力的な世界が待っておるのだろう?」 「閣下は、何を仰っておいでですか?」  自分の言葉に訝ったバレルに、ロールスは「トラスティと言ったか?」と隠していたもう一つの出会いことを持ち出した。 「その男から、戦争が終われば交流の条件が整うと言われたのではないのか?」 「そこまで監視されていたと言うことですか」  はあっと息を吐き出したバレルに、「もう少し身の回りに気をつけた方がいい」とロールスは笑った。  それを確かにと認めたバレルは、「不思議な者達でした」とトラスティ達のことを話した。 「あのデストレアが、戦闘でもセックスでも敵いませんでした。そしてこれまで独り身で居た私ですが、初めて女性に魅力を感じてしまいました。ただ問題は、相手が私の半分ぐらいの年齢と言うことですがね」 「年齢は、大した問題ではないと思うのだがな。まあ、それは良いとして、その男達だがな、わしらの監視を振り切って、この銀河のどこかに消えてくれたよ。わしらの有する高速艇が、あの小さなボートに置いていかれたのだ。亜空間レーダーからも、あっと言う間に消えてくれたと言うのが受け取った報告だ」  その監視自体、バレルの全く知らないことだった。自分の迂闊さを嘆いたバレルに、「だからだよ」とロールスは答えた。 「だからと言うのは?」  疑問を呈したバレルに、「第二陣になった理由だ」とロールスは返した。 「君には生き残って、トラスティと言う男と話をして欲しい。バスクも、ドルグレンと言う男を隔離しておるからちょうどいいだろう」 「私を生かすために、第二陣にしたのだと?」  明らかに憤慨したバレルに、「損得勘定の結果だ」とロールスは嘯いた。 「それなりの損害を恐れなければ、ドゥームを落とすのは難しくはない。そしてそれがうまくいかなくとも、連邦政府に血を流させることは可能だ。そうすれば戦争を、よりリアルで痛みのあるものとして民衆に突きつけることも出来るだろう。過激ではあるが、その一方で有効な手段でもあるのだよ。その意味で言えば、第二陣には重大な責任があることになる。戦争を終わらせ、そして別の世界との交流の懸け橋となる。有能な君だからこそ、任せることが出来ると思っておるよ」  それだけだと答え、ロールスは持っていた空のグラスをテーブルに置いた。それをしばらく見つめてから、「これは特命だ」とバレルに告げた。つまり、これ以上の抗弁は許さないと言うのである。 「聞き分けろと仰るのですか?」  そのバレルの言葉に、「それは違う」とロールスは答えた。 「命令に従えと言っておるのだ」  軍において、上官の命令は絶対のものとなる。命令を持ち出すことで、ロールスはバレルの抗弁を抑え込んだのだった。  戦争が集団で行う以上、個人の感情は後回しにされるものである。それぐらいのことは、ロールスに楯突いたバレルも理解していた。ただ理性で理解できても、感情を押さえきれるのかと言うのは別物となる。それでもバレルは、強靭な精神力で、爆発しそうな感情を抑え込んでいた。  ただ、このままでは終わらせないと言う気持ちが、ますます高まったのは確かだろう。ただ個人的感情で艦隊を出撃させられない事情は変わっていない。だからバレルは、シーリーに人を送り込むこととした。 「正規の組織に引継ぐと言うのなら、人が派遣されていてもおかしくないはずだ」  トラスティと交わした会話を頼りに、彼の居る銀河と連絡を付けようというのである。銀河間を自由に移動できるだけの技術力、そして10億を超える星系が連邦に参加しているのなら、保有する戦力は自分達を凌駕すると考えたのである。その戦力を引き込むことができれば、無意味な戦争にも終止符が打てると言うのが彼の考えだった。 「すぐに、出撃がないのなら……」  その場合、誰を送り込むことが適当なのか。自分の意を汲むことが出来、そして信頼の置けるものは誰なのか。その候補を何人か思い浮かべ、その都度難しいかと否定していった。そして最後にたどり着いたのは、トラスティと因縁の深いデストレアだった。 「問題は、どこまで信用出来るかだが」  そう考えた所で、バレルはいやいやと首を振った。彼の配下に入って以来、デストレアとスクブス隊は忠実に任務をこなしてきている。そして先のシーリーでの遭遇でも、指示に従いおとなしく休暇を終わらせていたはずだ。 「あの男に会うためと考えれば、必死になって任務を遂行しようと考えるだろう」  トラスティに対する思い入れを信じたバレルは、デストレアをシーリーに派遣することにした。もしも自分の艦隊が出撃することになっても、今回のような大規模戦闘に於いてスクブス隊の出撃は考えにくい。ドゥームに突入し破壊するにしても、相手の規模が大きすぎると言う問題もある。出番が考えにくいのであれば、別の方法での活用すべきと考えたのだ。  そしてバレルが決断をした1時間後、彼の居室にデストレアが現れた。その時のデストレアは、長い髪をアップにまとめ、豊満な肉体は公国軍の制服に身を包んでいた。一時ほどではないが、釣り上がった瞳は迫力たっぷりと言うところだろう。 「閣下、お呼びと伺いましたが?」  そこで首を振って部屋の中を確認し、「命知らずですね」とデストレアは苦笑をした。なんのことかと言うと、部屋の中にベッドが置かれていたことだった。 「私は、まだまだ命が惜しいと思っている。君をここに呼び出したのは、他に適当な場所がなかっただけのことだ」  その説明を聞いたデストレアは、「ストレスは溜めたくないのですが」と自分の事情を口にした。 「それは、どう言う意味なのだ?」 「手加減をすると、ストレスが溜まると言うことです」  つまりデストレアは、呼び出された理由を誤解したままと言うことだ。なるほどと頷いたバレルは、前振りを省いて呼び出した理由を口にした。 「君に単独任務を申し付ける。シーリーに戻り、トラスティ氏と連絡を付ける方法を探査せよ」 「あ、あの方とですかっ!」  目を大きく見開いたデストレアは、「しかし」と初めて戸惑いの表情を見せた。そこでバレルが感心したのは、デストレアが女の顔をしたことだ。 「彼らが、自分達の世界に帰ったことは知っている。そして正規の組織が、仕事として引き継ぐと言うのも理解している。君には、その組織と接触し、彼と話をする機会を作って貰いたい。シーリーに行くと言うのは、その意味だと思って欲しい」  バレルの説明に、デストレアは「ですが」とバレルの命令に異を唱えた。 「プロキア連邦との戦いに、ロールス閣下が艦隊10万を率いて出撃されると伺っております。閣下が第二陣と言うのは伺っておりますが、かと言ってスクブス隊を指揮する私が閣下のもとを離れても良いとは思えません」  敵の喉元を食い破り、そして打ち破るのが彼女の隊の役目なのだ。潜入調査と言うのは、自分の役目ではないと思っていた。  その自負のもと反論したデストレアに、バレルは頷いて彼女の主張を認めた。 「ああ、普通の戦いならば君達は貴重な戦力だ。そして君が離脱することで、我が艦隊の戦闘能力が下がることを否定するつもりはない。だが私は、ロールス閣下に未来を託されたのだ。ならば私は、どうするのが一番なのかを考えなければならない。それは我が艦隊のことではなく、ザノン公国、しいてはこの銀河全体にとって最善となることなのだ」 「我らが公国の未来のためと仰りますか?」  表情を厳しくしたデストレアに、バレルはきっぱりとその事実を認めた。 「そうだ。我らが公国の未来のためだ」  正面から自分を見るバレルに、デストレアはこの男の覚悟を理解した。 「分かりました。私が居ない間の代理は、エイローテに務めさせます。必ずや、トラスティ様と連絡をとってみせます」  表情を引き締めたデストレアは、「出発します」とバレルに向かって深々と頭を下げた。 「うむ、吉報を待っているぞ」  確かな足取りで出ていくデストレアを、バレルは敬礼で見送ったのだった。  パシフィカ銀河へ再探査員が派遣されたのは、トリプルAとの引き継ぎが終わった20日後のことだった。そこまで時間がかかった背景には、近傍にあるヤムント連邦の意向確認を待ったからである。  探査船サイレント・ホーク2の定員一杯の4名が選出され、認証式を経た後アリスカンダルからパシフィカ銀河へと移動した。すでにシーリーまでの航路図と言語情報並びにシーリーのマップ、当座の資金を受け取っていたので、潜入探査は比較的容易と言えるだろう。 「比較的イージーモードの潜入探査だな」  そう口にしたのは、この探査任務の副長を命じられたビスケスである。優秀との評価はあったが、年が若いことといささか軽薄な性格から、船長ではなく副長に任じられていた。20ヤーを少し超えた、標準的ヒューマノイド種の男性である。 「ビスケス、その油断が取り返しの付かないことになることもあるのよ」  慎重にと注意したのは、この船の船長グレンダである。ヒューマノイド亜種の彼女は、緑の肌と長い尖った耳が特徴だった。レムニアに住まう巨人ほどではないが、500ヤー程度の寿命を持つ長命種である。そのため彼女の年齢は、間もなく100ヤーになるところだった。 「バララケス、シーリーへの航路は確認できたかしら?」  無駄口はここまでと律したグレンダは、技術士官バララケスに確認を求めた。バララケスは、ヨモツ銀河から選出された技術員で、300ヤーの寿命を持つヒューマノイド亜種に属していた。その特徴は、少し平面の顔にある4つの目と言うことになる。本人申告では、年齢は90ヤーとのことだった。 「メイプル号のデーター変換完了しています。10分後に、最初の移動が可能となります。そこから5回の跳躍で、シーリー近傍に移動が可能となります。合計移動日数は7日間です」  それに頷いたグレンダは、一度目を閉じてから小さく息を吐き出した。ビスケスはイージーモードと言ったが、話しはそんな簡単なものではない。いかに中立地帯とは言え、戦争をしている真っ只中に飛び込もうとしているのだ。自分達の存在が知られたときに、何が起こるのか想像がつかなかった。 「トリプルAからは、特に警告はなかった……」  未来視を用いて、局員達の安全を担保していると説明を受けていた。その時の説明では、説明を受けた時点から1ヶ月以内には目立ったトラブルは無いと言うことだった。ただその説明を受けたのが、1週間前と言うのが気になっていた。 「シーリーには、無事到着できると考えれば良いのかしら」 「トリプルAからの情報でしょうか?」  責任者のつぶやきを聞きつけたビスケスは、その時受けた説明を持ち出した。 「アルテッツァからは、1ヶ月以内に緊急報告を受けないと言う説明でしたね。しかし、1ヶ月も先のことを見る能力ですか……まったく、トリプルAと言うのは何でもありの会社ですね」 「普通ならば、眉唾の話と受け取るところなんだけどね。ヨモツ銀河やグルカ銀河で、その確からしさは実証されているわ。確かに何でもありといえば何でもありには違いないわね。その意味で言えば、ありがたいと言うことになるのだけど」  ふっと息を吐いたグレンダは、最初の跳躍までの時間を確認した。そしてまだ6分台の時間が残されていることを確認し、この時間は嫌だと心の中で呟いた。比較的長い時間を生きる彼女なのだが、意外にせっかちなところも持っていたのだ。ただ泰然自若とした態度に、誰もが気が長いのだと勘違いをしていた。 「お待たせしました。跳躍の準備が整いました。いつでも跳躍が可能です」  バララケスの報告に頷いたグレンダは、「カウントダウンの後跳躍」と命令を発した。 「はい、カウントダウンの後跳躍を実行します。跳躍実行後30時間で、実空間に復帰いたします」  報告を上げたバララケスは、「10」からカウントダウンを始めた。律儀に10も数えなくてもいいのにと、グレンダは心の中で文句を言っていた。  そしてバララケスのカウントダウンが0となった所で、目の前の表示が亜空間航行へと切り替わった。これで実空間からの干渉がなくなるため、30時間のうち通常空間復帰1時間前までは暇になる。 「では、2交代で休息を取ります。7時間を1セットとし、4セットを回すことにします」  そこで顔を見られたビスケスは、もうひとりの隊員ネソの顔を見た。亜空間に居る限り、警備隊員に出番はないはずだ。だからさっさと休もうと言うのである。  そこで「同じ部屋?」と口元を歪めるネソに、「まさか」とビスケスは肩をすくめた。 「俺は、受けなんだよ」  そう言い残すと、ビスケスはさっさと片方の仮眠室へと入っていった。つまらない男とそれを見送ったネソは、自分を見るグレンダとバララケスに気づき、「冗談よ」と言い訳をしてもう一つの仮眠室へと入っていった。 「あれ、冗談に思えましたか?」  小声で確認してきたバララケスに、「本気でしょうね」とグレンダは口元を歪めた。 「あの手の隊員は、性欲が強いのが一般的特徴と言われているわ」 「性欲、ですか……」  想像もつかない世界だと、バララケスはネソの入っていった仮眠室を見た。そして肩をすくめてから、「原始的ですね」と苦笑を浮かべた。 「そう言う気持ちも理解できるけど……行き過ぎた合理主義が、超銀河連邦設立前にあったと言う話は聞いているわ。それから、自然回帰と言えば良いのか、割と人としての欲望を抑えない方向に進んでいるのよ。そうしないと、活力のなくなった老人の世界になる。と言うのが、方針転換した星系の意見らしいわよ」 「老人の世界ですか……そのあたり、寿命の違いを考えて欲しいものです」  老人の概念が違うのだと、バララケスは文句を言った。そして「言いたいことは分かります」とグレンダに対して先手を打った。 「超銀河連邦に加わってから、ヨモツ連邦にも活気が出てきましたからね。私がこんな探検に参加できたのも、そのお陰と言うのは間違いありません。それを考えると、老人の世界と言うのは否定できなくなるのですが……」  それでも気に入らないものは気に入らない。「船長よりも10ヤーは若いのだ」と、バララケスはグレンダの神経を逆なでする言葉を吐いてくれたのだった。  いい加減なように見えても、その実仕事に手抜きはない。トラスティ達が作った航路図のおかげで、探査船「エンタープライズ25」は、無事シーリーのあるゾルバー宙域へと到達した。これで彼らに課せられた、最初の山は超えたことになる。そして次の山となるのは、シーリーの住民に紛れ込むことである。そのための前例に倣い、シーリーの外部ピアに入港することにした。幸い渡された軍資金は、贅沢さえしなければ長期間の活動を支えてくれそうだった。言語情報も揃っているので、ビスケスが「イージーモード」と言いたくなるのも仕方がないぐらいだ。 「とは言え、資金調達も必要ね」  予定通りボロホテルに入った4人は、情報を集める方法を考えることにした。人の集まるところに情報があることを考えたら、積極的な住民との接触が求められていた。その中には、資金稼ぎのために働きに出ることも含まれていた。 「仕方がないから、私がゴーゴーバーに潜入してもいいわよ」  そこで手を上げたネソに、グレンダとバララケスの二人は、「仕方がない」と言う部分に疑問を持った。ただ本人がやる気になっているのと、下手な欲求不満を溜められるのよりはマシと考え、その申し出を認めることにした。 「では、ネソにはゴーゴーバーで働いてもらいましょう。それからビスケス、あなたは何を選びますか?」  全員に役割を振る必要があるため、グレンダは次にビスケスの希望を確認した。 「どうやら、シーリーはヒューマノイドタイプが多数種のようですね。だとしたら、あなた達ヒューマノイドタイプの方に積極的に外に出て貰いたいと思います」 「つまり、私も何らかの仕事についたほうが良いと?」  確認してきたビスケスに、グレンダははっきりと頷いた。 「潜入するには、あなた達の方が都合がいいですからね。一応マリーカ嬢が、トラスティ氏向けにいくつか候補を挙げていたようですよ」  それがこれと、グレンダは「いかがわしい」アルバイトのリストを持ち出した。 「船長は、この仕事の意味をご理解されていますか?」 「風習が違うので、詳しくは……と言うところですね。ですが、マリーカ嬢が、トラスティ氏向けにリストアップしたものですよ。だとしたら、大きな問題は無いのかと推測したのですが?」  違うのかと言う顔をしたグレンダに、「違います!」とビスケスははっきりと断言した。 「まあ、ネソの仕事とどれだけ違うのかと言われると辛いのですが。男女の立場を変えたものがほとんどと考えていただけば結構です」  その説明になるほどと頷いたグレンダは、「そこにどのような問題が?」と首を傾げてくれた。 「男性相手ならまだしも、女性を相手にしたいとは思っていないと言うことです」 「だとしたら、あなたにできそうなのはこれぐらいと言うことですか」  困ったわと言って差し出されたのは、トラスティがした客引きと、カイトが一日だけした皿洗いのバイトだった。大した稼ぎを期待していないこともあり、この程度でも十分と言えば十分だったのだ。 「でしたら、客引きにしておきますか……」  それなら、人間観察をすることもできるだろう。妥協が必要だと理解したビスケスは、仕方がないと客引きを受け入れいた。 「では、役割分担も決まりましたね。早速、あなた達二人はゴーゴーバーの面接を受けてきてください」  時間を節約することに異議はないが、ビスケスはまだ説明が不足していると思っていた。 「ところで船長達は、何をされるのですか?」  その役割を聞かされていない。疑問を呈したビスケスに、「観光ですね」とグレンダはあっさりと言い切ってくれた。 「私達を働かせておいて、船長達は観光をされるのだと?」  少し目元を引きつらせたビスケスに、「なにかおかしいかしら?」とグレンダは言い返した。 「私達の見た目で、普通の仕事につけると思いますか?」  思いませんよねと睨まれ、ビスケスは悔しそうに目をそらした。いくら不公平だと思っても、確かにヒューマノイド亜種の求人情報が出てこなかったのだ。それでも幾つかあったのだが、いずれも身元の確認が厳しいものだった。 「分かってくれたかしら?」 「ええ、チームの人選に問題があることを理解しました」  これだったら、全員ヒューマノイドタイプにしてくれれば良かった。こぼれたミルクを、ビスケスは盛大に嘆いたのである。  命令を受けたデストレアは、すぐさまシーリーに移動して待ち構えることにした。そして情報屋にカネを払うのと、入港管理局に対して該当する船の入港情報を求める作業を終わらせた。同じところに来るはずと言う仮説が成立するのなら、これでしっぽを捕まえられるはずと考えたのである。  そして任務に忠実なデストレアは、個人的趣味を封印した。その辺り、トラスティを知ったことも理由になっていたのだろう。あの充足感を知ってしまうと、これまでの延長線上では満足どころか欲求不満を溜めてしまうことが分かっていたのだ。 「さて、しっぽを掴んでからの対応なのだが……」  上官がいないこともあり、泊まるホテルは2ランクほど落ちるものになっていた。そこで戦争の状況を確認するため、ゾルバーの公開情報も確認した。やはりと言うか、連邦側の動きは正確には伝わっていないようだ。それでも、噂レベルで連邦の変化は伝えられていた。 「ついに、艦隊司令が拘束されたとの情報も出てきたか。それに絡めて、連邦の動きがきな臭いと言う論評も出ているな」  それが意図的にリークされたのか、はたまた隠しきれなくなった結果なのか。流石に断片的な情報だけからは、それを判断することは出来なかった。ただ分かっていたのは、残された時間があまりないと言うことだ。 「超銀河連邦と言ったか。我々の銀河探査は優先度が低いと考えているのだろうか?」  ふと不安に駆られたデストレアだったが、すぐに首を振ってその考えを打ち消した。 「時間をおけば、せっかくの情報が使えなくなるはずだ。だとしたら、さほど時間を置かずに派遣してきてもおかしくない。だとしたら、シーリーを避けると言う可能性もあるのか?」  その可能性を評価した所で、それもないかとデストレアは可能性を否定した。当たり前だが、他のステーションに潜伏するのは、彼らにとってリスクが高まることを意味していたのだ。言語情報や資金問題、潜入方法等を一から考えなければならなくなる。それが簡単でないのは、ちょっと想像さえすれば自分でもわかることだった。 「だとしたら、そろそろ網に掛かっても良さそうなものなのだが……」  焦っては駄目だと分かっていても、表に出ている状況だけでも時間が無いのが分かってしまう。それでも冷静でなければと、デストレアは厳しく自分を戒めた。 「いやいや、焦りは禁物だ。それよりも、発見後どう対処するのか。それを考えなくてはいけないだろう」  理想的な展開は、超銀河連邦なるものがこの戦争に干渉してくることだ。それがなされたとき、この戦争が平和的に終結し、公国は新しい時代に向けて歩みだすことができることになる。そのためにも、探査員を見つけるだけでは駄目だったのだ。 「どうしたら、支援を求めることができるのか……」  相手を見つけること以上に、その方法が問題となってくれる。だからデストレアは、外出もしないでその方法に頭を悩ませたのだった。  ヤムント連邦に少し長めの滞在をしたトラスティは、そのまま寄り道をしないでジェイドへと戻ってきた。滞在時間が伸びたのは、一つが教えられた民衆の不満対策で、もう一つがヤムントに支社を作る作業があったからである。そしておまけのように、マリーカがヤムントでアイドル活動までしてくれた。  それらの一切を終えて帰ってきたトラスティ達を、アセイラムを連れたアルテルナタが迎えに出た。その傍らを見たら、バネッタタイプのアンドロイド2体が、コハクとヒスイを抱っこしていた。  アセイラムを抱き上げたトラスティは、反対の腕でアルテルナタを抱き寄せた。そして軽く口づけをしてから、アセイラムを彼女に返した。そしてコハクとヒスイをそれぞれ抱き上げてから、帰ろうかと一緒にいたアリッサに声を掛けた。 「そうですね。ところでアルテルナタさん。今日は、私の部屋に泊まりに来ませんか?」 「宜しいのでしょうか?」  自分の立場は、妻ではなく持ち物でしか無い。立場を考えたアルテルナタに、「遠慮はいりません!」とアリッサは胸を張った。そして彼女の耳元に唇を寄せ、「可愛がって貰わないと」と囁いた。  途端に顔を赤くしたアルテルナタを、アリッサはとても優しい眼差しを向けた。そして妹を持つと言うのは、こんなことなのかと考えてしまった。大量虐殺をした王女とはとても思えないほど、彼女の反応の一つ一つが可愛らしかったのだ。 「マリーカさんは、しばらくエルマーで待機ですね」  そこでグリューエルの顔を見たマリーカは、「そうですね」とその言葉を認めた。ゼスのコンサルタントやエルマー支社の仕事を置いてきたことを考えると、少しでも早く帰る必要があったのだ。 「すぐに、別の冒険と言うことは無いと思いますよ」  含むところのありすぎるアリッサの言葉に、マリーカはトラスティを一度見てからしっかりと頷いた。 「だったら、アイドルをしてきます」 「ヤムントでも、人気がありましたね」  それは良いと手を叩いたアリッサは、「新曲は?」と尋ねた。 「その辺りは、エルマーに帰ってからですね。ただなぁ、メジャーデビューをすると、冒険に行けなくなるしなぁ……」  それも嫌だと悩むマリーカに、「それはそれ」とアリッサは笑った。 「冒険家でアイドルと言うのもいいと思いませんか?」 「船長で冒険家でアイドルですか?」  どうだろうと考えてみたら、それもなかなか素敵だと思えてしまった。なるほど肩書は多い方が良いと、マリーカはアリッサの顔を見た。 「私の顔に、何か付いています?」  キョトンとした目をしたアリッサに、「特に」とマリーカは白を切った。色々な肩書を持った自分を考えてみたのだが、どう考えてもアリッサに敵いそうもないことが分かってしまったのだ。一度ご一緒したときなど、女の自分が見とれてしまったぐらいだ。 「ではグリューエルさん。エルマー支社とゼスをよろしくお願いしますね」 「そうですね。特にゼスは、まだまだ手の掛けようがあると思います」  優雅に笑ったはずのグリューエルだったが、マリーカの目からは微妙に目元が引きつっているように見えていた。そしてどう言うわけか、自分に対する黒いものを感じるようになってしまった。やはりご一緒しないのがいけなかったのか、ご先祖様のことをマリーカは考えたのだった。  グリューエル達を送り出した3人は、そのまま子供を連れてショウトウにあるアリッサの部屋へと移動した。衛星軌道上からでも、トラスティさえいれば移動は難しくない。時間がもったいないと、「お義母様」にアリッサがおねだりをした結果である。  そこでコスモクロアとバネッタに子供を任せ、3人は狭めの(とても広い)居間で食事をすることにした。ただ子育て中と言うことで、アルコールはトラスティの前だけに置かれていた。 「お留守番ご苦労さまです」  そう言って自分を労うアリッサに、「これが私の仕事ですから」とアルテルナタははにかんだような笑みを浮かべた。  アルコールの入っていないぶどうジュースで喉を潤したアリッサは、「そう言えば」と以前アルテルナタが見た未来のことを持ち出した。 「アルテルナタさん。この人が帰ってくる前に、確か知らない女性が尋ねてくる話がありましたよね。あれって、それから変化はありませんか?」 「確かに、そんなことがありましたね」  少しお待ち下さいと答え、アルテルナタは未来を見るため精神を集中した。 「アリッサ、なんのこと?」 「あなたが、パシフィカ銀河でしたか? そこに行っている時、アルテルナタさんが未来を見たんです。あなたが予定を切り上げて帰ってくることと、知らない女性がトリプルAに来る未来を見てくれたんです。その前にアセイラムちゃんが泣いたんですけど、その時にはものすごく怖い女性が見えたそうですよ」  そこまで説明したところで、「忘れていました」とアリッサは手を叩いた。 「アセイラムちゃんなんですけど、アルテルナタさんが仰るには未来視の能力が遺伝したようですよ」 「つまり、ノブハル君にも可能性が出てきたと言うことだね」  なるほどと頷いたトラスティに、「そうなんですか」とアリッサは驚いた顔をした。 「フリーセアさんにも、指輪をあげるのだと思っていました」 「いやいや、今はノブハル君がご執心だからね。それに、姉妹両方ってのは良くないと思うんだ」  だから無いと答えた夫に、「不思議なモラルですね」とアリッサは笑った。 「育ての親に手を出したり、デバイスに手を出した人の言葉とは思えませんね。そう言えば、コンピューターにも手を出していましたね」  それに比べたら姉妹なんてと、アリッサは勘弁して欲しくなることを口にしてくれた。 「それに、なんて言いましたっけ……そうそう、ドラセナ様でしたよね。その方にも手を出していましたよね。そこまで見境なく手を出しておいて、今更姉妹に拘りますか?」  ありえませんよねと断言され、トラスティはひくっと目元を引きつらせた。ただ危ない話は、アルテルナタが復帰したことで中断した。 「とりあえず母と妹のことは後回しにして。もう一度未来を見てみました」  後回しなのかと落胆するトラスティをよそに、アルテルナタは「同じ未来が見えました」と答えた。 「ただ気になったのは、その方がジェイドにおいでになられた方法です。どうも、エンタープライズでしたか? それに同乗されて、こちらの銀河に来たようです」 「エンタープライズ!」  ちょっと待てと、トラスティは目元を険しくした。 「アリッサ、最初に見た時はもの凄く怖い女性が見えたと言ったね?」 「ええ、アルテルナタさんにそう聞きましたけど。それが?」  アリッサの答えにもう一度考えたトラスティは、アルテルナタに探査地の確認をした。 「エンタープライズと言ったけど、それは25のことかな?」  その確認を受けたアルテルナタは、「少しお待ちを」ともう一度精神を集中した。そして先程よりは短い時間で、「おかしいですね」と首を傾げた。 「未来が変わったとまでは言いませんが、ちょっと不思議なことに気が付きました。安全保障局の監視は、アルテッツァの報告をベースにしているんです。ですが、エンタープライズ25に関しては、異常事態の報告がアルテッツァから無いんです」 「ただ単に、異常事態に遭遇していないと言う意味じゃ……」  そう口にしたところで、それはおかしいとトラスティも気がついた。もしも予定にないゲストを連れてくるのなら、その事に関する報告があってしかるべきなのだ。だがアルテルナタは、その報告を受ける未来を見ていないと言う。  そしてその理由を確かめるため、トラスティはサラを呼び出した。 「サラ、デストレアの映像を出してくれないか?」 「手を出した女性の映像を見せてどうするんです?」  仕方がありませんねと息を吐き出したサラは、「これですけど」とデストレアの映像を二人に見せた。 「ここに来ると言う女性は、彼女のことを言っているのかな?」  どうだろうと言うトラスティに、アルテルナタはしっかりと頷いた。 「はい、この方に間違いありません」 「だとしたら、どうして彼女がジェイドに来ることになったんだ?」  おかしいなとトラスティが首を傾げたところで、「申し訳ありません」とアルテルナタが謝った。 「別に、謝られるようなことはないと思うけど?」  どうしたのかと問われ、アルテルナタは未来が不確定になったことをトラスティに告げた。 「その方がおいでになられる未来が、とてもぼやけた……そうですね、消えてしまいそうなものになりました。おそらくですけど、ご主人様が未来を変えられたのだと思います」 「僕が気づくことで未来が変わった……」  その可能性を考えた所で、トラスティはもう一度サラに命令をすることにした。 「エンタープライズ25への監視パスを張ってくれないか?」 「予定では、まだアリスカンダルを出たばかりですけど……」  そこで少しだけ頭を悩ませたサラは、「一応張りました」と命令を完遂したことを告げた。 「安全保障局に教えなくて良いんですか?」 「危機として明確になった訳じゃない。それにイレギュラーな未来も、今は修正されようとしているんだ。もう少し事情がはっきりしてから、行動に移した方が良いと思う。それから、なにか変化があったらアルテルナタに教えてくれないか?」  そうすることで、未来視のターゲットとすることが出来る。「畏まりました」とサラが答えたところで、「見える世界が変わりました」とアルテルナタが答えた。 「シーリーでしたか? そこのピアで、その女性がエンタープライズ25に乗り込む未来が見えました。ただ、もともとの乗員のうち、保安部員でしたか、ネソさんの姿が見つけられません。それから、他の3人の方の首に、おかしな首輪がつけられています。遠隔爆発装置が組み込んである……と言っているように聞こえます」 「捕まった……でも、どうして?」  カイトの話では、スクブス隊の実力はかなりのものと言うことだった。デストレアがそのトップに居るのだから、彼女の実力は相当高いことになる。だとしたら、保安部員が排除されても不思議ではないだろう。それに中立地帯と言っても、自分達は完全な部外者なのだ。その正体がバレた時に、身柄の拘束をされてもおかしくはないだろう。  それでも不思議だったのは、なぜデストレアが一人でこちらに来るつもりなのかと言うことだ。任務に忠実なことを考えれば、そんな勝手な真似をするとは思えなかったのだ。 「彼女が、そんな真似をした理由は分かるかい?」 「もう少し、お時間をいただけないでしょうか。サラさんのお陰で、見える未来はかなりはっきりとしてきたのですが……その女性が、目的を口にしてくれないのです」  ただ未来を見るだけだから、目的を口にしてくれなければそれまでなのだ。もう少し未来を見ようとしたアルテルナタだったが、「もう良い」とトラスティはそれ以上無理をすることを止めた。いくら能力が上がったとしても、未来視は彼女の脳に負担を掛けることに変わりがなかったのだ。別の方法があるのなら、これ以上の無理をさせる理由はないと考えたのだ。 「サラ、直ちにガトランティスを寄越すようカナデに伝えてくれ」 「10剣聖を同乗させますか?」  その確認に、トラスティはどうすべきかを考えた。 「そうだな。5名程度の10剣聖と、上級剣士を1000ぐらい乗せてきてくれ」  まるで戦争をしに行くような陣容なのだが、サラは少しも気にすることなく「畏まりました」と答えた。 「もう一度、パシフィカ銀河に行くのですか?」  わざわざ武装をした船を利用するのだから、目的地はパシフィカ銀河と言うことになる。その確認に、トラスティは小さく頷いた。 「派遣された局員達の安全もそうだけど、なにかまずいことが起きていそうなんだ。デストレアと言う女性なんだけど、彼女が勝手に行動を起こすことはないんだ。だとしたら、彼女の上司であるバレル艦隊司令の命令と言うことになるんだ。 「その人が、先走った可能性は?」  それを確かめてきたアリッサに、「それはない」とトラスティは断言した。 「戦争が終わらない限り、交流が持ちかけられることはないと説明したし、彼もそのことを納得していたんだよ。だからデストレアがここに来たとしても、パシフィカ銀河との関係は何も変わらないんだ。唯一あるのはデストレアを逃がすと言うことなんだけど、それは彼女の名誉を踏みにじることになる。それを考えると、戦争の局面が変わり、安全保障局の局員ではなく、僕に連絡を付ける必要があると考えたことになるんだ」 「よその銀河の戦争に関与するのですか? それは、間違いなく連邦法に反する行為となりますよね」  妻として賛成できないと主張したアリッサに、「それも分かっている」とトラスティは答えた。 「幸い、僕は連邦法に縛られる軍人じゃないからね。気に入らないことは気に入らないと言える立場なんだよ。しかも相手は、連邦に属していないんだ。ヤムント銀河の時と同じで……ヨモツ銀河もそうだね、連邦法のグレーゾーンに当たる部分だと思っている。そして腰の重い超銀河連邦は、連邦法の改正には乗り出していないんだよ。つまり、グレーゾーンはグレーゾーンのまま残っていると言うことだよ」 「連邦を刺激するのですか?」  それはと問われたトラスティは、「そのつもりはないんだけどね」と苦笑を返した。そしてその上で、「否定はできない」と答えた。 「今回は、一応派遣された局員の保護を目的としているつもりだ。相手に察知されないよう潜伏するため、こちらからは連絡が取れないことになっていたはずだ。だから定期連絡でしか、局員達の情報を得られない事になっているんだ。連絡が無くても、直ちに問題が発生したとは限らないのだろうね。ただ安全保障局は、状況が分からない限り、救助隊を出すことが出来ないんだ。それは、二重遭難を恐れると言う意味にもなるんだ」 「つまり、局員保護を建前にすると言うことですか」  そう指摘したアリッサは、夫の答えを待たずにアルテルナタの名を呼んだ。 「あなたの見る未来は書き換えられましたか?」 「いえ、何も書き換えられていませんね」  つまり、自分の意見では未来が変わらないと言うのだ。それを理解したアリッサは、「保釈金を用意しておきます」と夫の顔を見た。 「あなたを捕まえる度胸のある人がいたら、ですけど」  そこでため息を吐いたアリッサは、「何をするつもりですか?」と夫の行動を質した。 「インペレーター、ガトランティス、ローエングリンの3隻でパシフィカ銀河に入るんだ。ただ、3隻は両陣営から見つからないところに停泊させ、そこからメイプル号でシーリー近くに接近する。入港するとばれるから、デバイスを使ってシーリーに潜入することになる。まあ、簡単に言うとそんなところだね。そこから先は、情報収集の結果次第だね」  夫の説明に頷いたアリッサは、「質問を変えます」と言った。 「どこまでするつもりですか? と聞き直します」 「どこまでかぁ……」  ううむと考えたトラスティは、「状況次第かなぁ」と同じ答えを繰り返した。 「ヤムント銀河の脅威にならない限り、戦争には干渉するつもりはないんだ。ただ、知り合になった個々人に対しては、保護することぐらいは考えているよ」  その程度と答えた夫に、「その程度ですか」とアリッサは落胆したような声を出した。 「いやいや、それ以上すると本当にグレーゾーンを踏み越えることになるんだよ」  流石にそこまではするつもりはない。そう答えた夫に、「抜け道ならありましたよね」とアリッサは煽るようなことを言ってくれた。 「ゼスと同じことをしろと?」  そうすることで、パシフィカ銀河への派兵も経済行為に落とし込むことが可能となる。「あー」と天井を見上げた夫に、「口実は必要です」とアリッサは強調した。 「ノブハルさんを巻き込めば、シルバニア帝国はロハで艦隊を出撃させてくれます。うまく持っていけば、ヤムント連邦もロハで艦隊を出してくれますよ。エスデニアとパガニアから機動兵器を持ち込めば、プロキア連邦とザノン公国を占領するのも難しくありませんよね?」 「そこまですると、本当に侵略になってしまうよ……」  はあっと息を吐いたトラスティは、分かっているとアリッサを手で制止した。 「アルテルナタ、その時発生するこちらの損害は?」 「意外なほど少ないと言うのが答えになります。アリッサ様が仰られた、両国家体の占領は、意外なほど簡単に行うことが出来ます。懸念点を上げるとすれば、こちらから連れて行った者達の暴走ぐらいです。それから、艦隊派遣で見えたことがあります。極小ブラックホール砲ですか? プロキア連邦側が、それを持ち出しているようですね。ちなみに、それは戦時協定上限りなく黒に近いグレーと言うことです」  アルテルナタが口にした兵器で、トラスティはバレルの意図が分かったような気がした。 「誰かが、戦争を終わらせに掛かったと言うことか。ただ、双方に多大な犠牲者が出る……いや、多大なる犠牲者が、戦争を終らせる理由になると言うことだな」  なるほどと納得した夫に、「どう言うことですか?」とアリッサは尋ねた。そんなアリッサに、トラスティは「どうして戦争が続くと思う?」と問いかけた。 「どうして、ですか?」  確かとアリッサが思い浮かべたのは、惑星ゼスの内戦だった。レベル6に達した惑星が、人が死に絶える勢いで戦争を続けていたのだ。 「確か、ゼスの時は「狂気」がキーワードになっていましたね。惑星全体を包んだ狂気、でしたか。だから、止めようと思っても誰も止められないところに来てしまったのだと。つまり、パシフィカ銀河の戦争も同じ……と言うには、中立地帯で双方の司令官が談笑していたんですよね。だとしたら、狂気と言うのも違う気がするし……」  なんだろうと頭を悩ませたアリッサに、トラスティはヒントとして「当事者意識」と言うものを上げた。 「当事者意識、ですか。でも、軍人さんは戦争の当事者ですよね。だとしたら、当事者意識を問われるのもおかしな気がします」  ううむと腕を組んで唸ったアリッサは、トラスティの顔を一度見てからもう一度唸り声を上げた。 「戦争をやめる交渉は、軍人さんがすることかな?」 「違いますね。それは政府の人間がすることだと思います。一応、文民統制が取れていたらと言う前提ですけど」  貰ったヒントをもとに、アリッサはもう一度頭を悩ませた。 「当事者意識、それに誰が戦争を止めるのかがヒントでしたね……」  そこでもう一度頭を悩ませたアリッサは、「ひょっとして」と夫の顔を見た。 「戦争をしているのが、軍人さんだけで、政府も民衆も当事者じゃないからってことですか? 当事者じゃないから、痛みを感じない。痛みを感じないから、戦争をやめる動機がない。あなたが言いたいのは、そう言うことなんですか?」  そこで手を叩いたアリッサは、「だからですか」と夫の言いたいことを理解した。 「軍人だけで、しかも遠い所で行われている戦争を、現実のものとして為政者に突きつける。そうすることで、戦争をやめるきっかけを作ろうと言うのですね」 「本当にそうかと言うのは分からないけどね。もう一つ戦争を止める方法は、一方的に勝って相手を征服すると言うものもあるんだ。ただここまで戦争が続いてきたと言うことは、双方の力にさほど違いがないと言うことだと思うよ。だから連邦側が戦時協定を破れば、公国側もやり返す方法があるはずなんだ。そうして戦争をエスカレートさせる、もしくは民間人に犠牲者を出す。そうしてやれば、戦争が現実のものとして認識されることになると考えたのじゃないかな?」  そう説明した所で、「ああ」と今度はトラスティが納得したような声を出した。 「どうかしたのですか?」 「バレル司令が、どうしてデストレアを派遣したのか。その理由らしきものが思いついたんだよ」  もう一度「ああ」と声を出したトラスティは、アリッサとアルテルナタの顔を順に見ていった。 「彼も、これが戦争を止めるための手段と言うのを知っているんだよ。そして、そのために大勢の人がなくなることも理解している。そして戦争を止めるために、人が大勢死ぬことが許せないと思ったんだろうね」  「意外に青い」とバレルを評したトラスティは、アリッサの顔を見て「いいのかな?」と問いかけた。 「ゼスと違って、ほとんど実入りはないよ」 「市場拡大のための投資と思えば大したことはありませんよ。ヨモツ銀河やヤムント銀河も、トリプルAの大きな市場なんです。その理由は、私達が問題を解決したからに他ならないと言うことです。ですから、パシフィカ銀河でも、トリプルAがいち早く市場展開出来ることになります。後は、タンガロイド社製品の拡販も出来ますね」  だから、損益勘定は度外視することが出来るのだと。しかもその前に、コストを下げる算段もアリッサはしていたのだ。なるほど経営者だと、トラスティはアリッサのしたいようにすることにした。 「サラ、ノブハル君と話をできるようにしてくれ」 「畏まりました」  姿を表したサラは、頭を下げてから「ところで」とトラスティの顔を見て口元を歪めた。 「ただいま取り込み中なのですが、割り込んでも宜しいでしょうか?」 「だとしたら、急ぐことはないんだけど……彼は、今どこにいるんだ?」  どこだろうと考えたトラスティに、サラは「シルバニアですね」とあっさりと答えてくれた。 「だったら、割り込まない方がいいね。そうか、ちゃんと彼もバランスが取れるようになったんだねぇ」  成長したんだと笑うトラスティに、「そのようですね」とサラも笑った。 「ドラセナ様にも手を出している……と言うより、食べられてしまいましたけどね。あなたのお子様とは思えないほど、女性に弄ばれておいでですね」 「僕の子供と思えないほどって……IotUの孫とでも言ってくれたら、その意見には同意するんだけどね」  僕は鬼畜じゃないと嘯くトラスティに、「嘘ばっかり」とサラは笑った。 「まあ、アクサさんが仰るには、ノブハル様は「下手」だそうです。だから、ドラセナ様のような熟女には敵わないのでしょうね」 「そうか、ノブハル君は下手なのかぁ……確か、フリーセア女王もそんなことを……いやいや、そんなことはどうでもいい。ノブハル君に時間が出来たら、教えてくれないかな。まあ、アルテッツァに伝えておけば、適当な所で伝えてくれるのだろうね」  そこまで口にしたところで、トラスティはアルテッツァのことを忘れていたのを思い出した。 「そう言えば、最近アルテッツァを呼び出していなかったなぁ」  そこでアルテッツァを呼び出すかと思ったら、「まあ良いか」とトラスティは忘れてくれた。「酷いです」とアルテッツァが苦情を言いに現れるのも、これまでの関係を考えればおかしなことではないだろう。 「新しい女が出来たら、古い女を捨てるんですねっ! って、なんですか?」  アルテッツァとしては、切実な問題として抗議をしたつもりだった。だがサラがいきなり割り込んできたので、攻撃目標をサラへと変えた。そのあたりは、泥棒猫許すまじと言う気持ちがあったからだろう。 「なんですかって……って言われてもねぇ。トラスティ様の場合、新しい女が出来ても、古い女はそのままキープしているわよ。疑問があるんだったら、今時点で何人奥さんや愛人が居るかを数えてみたらどう?」 「何人って……」  コンピューターのくせに指を折って、アルテッツァはトラスティの女性関係を数え始めた。「なんて人間臭い」「ポンコツだ」と言う印象を振りまいたアルテッツァは、「言うとおりです」とサラの言葉を認めた。確かにトラスティの場合、排他的ではなく、どんどん積分されていっていたのだ。 「と言うことで、この程度ならアルテッツァでも大丈夫でしょう。私は、インペレーターの出港準備をしておくわ」  じゃあと言い残して姿を消したサラを、「何なんですか!」とアルテッツァは文句を言った。相手はたかが戦艦のAIでしかないのだ。そのAIが、「この程度なら」と超銀河連邦最高の頭脳を馬鹿にしてくれるのだ。身の程知らずというか失礼というか、ありえないだろうとアルテッツァは憤っていた。  憤るアルテッツァを見て、「やはりポンコツだ」と言うのがトラスティ達3人の統一した見解だった。そのあたり、アルテッツァの配したネットワークが、好き勝手使われている所が理由になっていた。 「じゃあ、ノブハル君に言付けを頼むよ」 「はい、私が有能なところをお見せいたしますっ!」  そう言って力こぶを作ったアルテッツァに、これはだめだと全員が呆れたのだった。  ノブハルが連絡を受けたのは、賢者モードに入ってすぐのことだった。ライラの頭を心臓上辺りに乗せたノブハルは、少し息を荒げながら明かりの落とされた天井を見上げていた。ムードを盛り上げるためなのか、天井にはシルバニアから見える星空が模擬されていた。  意識を発散させていたノブハルの耳元で、「お話が」とアルテッツァは小声で話しかけた。音量を絞ったのは、気持ちよさそうにしているライラの邪魔をしないためである。  その呼びかけで意識を覚醒させたノブハルは、「どうした?」と同じく小声で答えた。 「トラスティ様から言付けを承りました。都合の良い時に、連絡願えればとのことです」 「トラスティさんから……ああ、グルカ銀河に行っていたんだな。だが、俺になにか用があるとは思えないのだが……」  ふうむと少し頭を悩ませたノブハルは、「今で良い」とメッセージを受け取ることにした。そこで「本当に良いのですか?」とアルテッツァが遠慮したのは、その結果が見えていたからだろう。間違いなく、余韻を楽しむライラの邪魔をすることになると思っていたのだ。  だがノブハルが教えろと言う以上、アルテッツァの立場で背くことは出来ない。「良いですけどぉ」と言いながら、パシフィカ銀河へのお誘いだと伝えたのである。その結果、慌てて飛び起きたノブハルのせいで、体の軽いライラが跳ね飛ばされてしまった。 「ノブハル様、流石にこれは酷くありませんか!」  いい気持ちでいたのにと言う文句は、この場合正当なものに違いない。跳ね除けられたことへの正当な文句に、ノブハルは慌てて「すまん」とライラに謝った。そして取り繕うように、裸のライラを胸に抱き寄せた。可愛らしい胸の感触は、普段ならばノブハルの男を刺激するところだろう。ただトラスティの伝言に頭が一杯のノブハルは、そのことにも気づくことはなかった。  一方のライラも、抱き寄せられたことで取り敢えず満足はしたようだ。わざとじゃないことも分かったので、「どうかしたのですか?」と蛮行の理由を尋ねてきた。 「うむ、トラスティさんからパシフィカ銀河行きを誘われたのだ」 「また、あの人ですか……」  はあっと息を吐き出したライラは、「乗せられては駄目ですよ」と切実な思いからの忠告をした。ようやく落ち着きはしたし、ノブハルとの絆も深まりはしたが、トラスティに脅された事実に変わりはないのだ。そのことを思い出すと、未だに腹が立って仕方がなかった。  ただそれ以上に腹立たしいのは、折角の機会を逃してしまったことだ。後から調べて見たら、チョーカーを巻いた方が良かったと思えたぐらいなのだ。「トラスティ様は凄いですよ」とフリーセアに耳打ちをされた時には、本気で彼女が憎らしく思えてしまった 「そこまで迂闊ではないつもりなのだが……」  もう一度頭を悩ませてから、「それで」とアルテッツァに確認した。 「いえ、本当におつなぎしても良いのかなと。今更ですが、ライラ様のしどけないお姿を他人に晒すのはいかがなものかと」 「確かに、この格好で話をするのは問題だな」  いくら非常識と言われたノブハルでも、それぐらいの常識は持っていた。一度ライラの顔を見たノブハルは、「着替えてからだな」とタイミングを指定した。 「逆に、トラスティ様が真っ最中で無いことを祈っています」  「あちらの方が刺激が強いですし」と、余計なことを口にしてからアルテッツァは姿を消した。 「刺激が強い?」  なにがと考えようとした所で、「痛っ」とノブハルは声を上げた。何をと思って横を見たら、ライラがふくれっ面をしてくれていた。 「あ、アリッサ様と比べないでください!」 「く、比べてなど無いぞっ!」  慌てて言い返しながら、ノブハルはついアリッサの裸を想像してしまった。そのあたり、ライラが藪をつついたことになるのだろう。  立場を考えなければお馬鹿で微笑ましい出来事の後、ノブハルは、着替えてトラスティとの話に臨んだ。そしてノブハルの隣には、そうすることが当然のようにライラがちょこんと座っていた。何か悪いことを吹き込まれはしないか。それを警戒したと言うことである。 「どうやら、夫婦仲は良好のようだね」  最初に一言余計なことを口にしたトラスティは、「良かった良かった」とライラの神経を逆なでするようなことを言ってくれた。ただここで腹を立てると相手の思う壺と自重し、「用があると聞いたが?」とノブハルは切り出した。 「ああ、トリプルAの軍事部門として、押し売りに行くことを計画しているんだ。そうだな、ゼスの艦隊戦バージョンだと思ってくれればいい。ちなみにミッションには、首都星制圧作戦も含まれているんだ。そしてこれは、アリッサの提案でもある」  面白いだろうと笑うトラスティに、流石はトラブルAだとライラは呆れていた。ただノブハルの受け取り方は違ったようで、「仲間はずれにしないだろうな」と釘を差してきた。 「今回は、君にも行って貰うことを考えているよ。ザリア、コスモクロア、アクサの助けが必要だと思っているんだ」  そこで良しと拳を握ったノブハルは、「ローエングリンは?」と自分の船を持ち出した。 「必ずしも必要と言うことはないけど、有った方が好ましいかな。一応ガトランティスとインペレーターは使用するよ。ゼスの時と同じで、エスデニアやパガニアにも声を掛けるつもりだ」  うんうんと頷いたノブハルは、「いつ行くんだ?」と行きたくて仕方がないと言う声を出した。 「準備が整い次第すぐと言うのが、その答えになるね。どうやら、連邦安全保障局の局員に危険が及びそうなんだ。従って、彼らの保護と言う名目もあるんだよ」 「なるほど、だったらすぐに準備が必要だなっ!」  今にも飛び出していきそうな勢いのノブハルに、「少しお待ちを」とライラがブレーキを掛けた。そしていかにも胡散臭そうな目で、トラスティのことを見てくれた。 「ペテン師のあなたですから、おかしなことを企んでいるのは間違いないでしょう。そうやってノブハル様を巻き込むことで、シルバニアの艦隊を使用することを考えていませんか?」  ズバリアリッサの目論見を突いたライラだったが、その程度のことでトラスティが動揺するはずがない。 「まあ、有った方が良いと言うレベルでね。ちょっと、ヤムント連邦とオスラム帝国を巻き込もうかなぁなんてことも考えているんだ。やっぱり戦いは数だろう。だとしたら、ヤムント連邦に派遣して貰うと数を集めやすいからね。それに、一応彼らの近傍銀河の出来事だからね」  その面でも口実が立つと笑うトラスティに、やはりペテン師だとライラは腸を煮え繰り返る気がしていた。ノブハルに絡めれば、自分が口を出すのは計算のうちに入っていたのだ。そして大規模派兵に協力しないとどうなるのかは、先日ライマールでテッド・ターフが突き上げられたところを見せられていた。 「やはり、あなたは最悪のペテン師です」 「散々言われたから、今更それを持ち出されてもなんとも思わないよ」  そう言って笑い飛ばしたトラスティは、「集合場所はアリスカンダル」とノブハルに対する罠も張った。ただ別の銀河に渡る中継地となっているため、ノブハルはそのことに気づくことはなかった。  予定通りノブハルを巻き込んだトラスティは、ガトランティスで一度リゲル帝国へと戻った。お妃二人へのご機嫌取りと、出撃に関しての細かな打ち合わせがその目的である。それを1日で済ませ、そのままレムニア帝国へと移動した。こちらもまた、アリエルに対して艦隊派遣のお願いをするためである。 「ラゼリアの顔は見ていってくれるのか?」  帝国に顔を出した以上、アリエルのお相手をするのは義務とも言えるだろう。そこで十分な奉仕を受けたアリエルは、上機嫌のまま艦隊派遣を承諾した。アリエルが言うには、こう言った派遣は「演習としては最適」なのらしい。「10万程度で良いのか」と軽く答えた所で、アリエルは二人の娘のことを持ち出した。もっとも「夫婦」と言う概念のないレムニアだから、本来「二人の子供」と言う概念も存在していないはずだ。唯一あるのは「遺伝子提供者」と言う定義なのだが、アリエルは「わしらの子供だ!」と言う主張を貫いた。 「もう、保育器から出たのかい?」  アリッサ達の子供のことを考えたら、アリエルの子供も保育器を出ていて当然のはずだった。ただそれは、短命種基準であって、長命種の場合は保育期間は寿命に応じて長くなっていた。 「出ていないから、顔を見ていけと言っておるのだ。おまえに似ず、なかなか器量良しの娘だぞ」 「僕に似ずって言うのは良いけど……器量良しの基準はどこにあるのだろう」  純粋なレムニア人の特徴は、やたら背が高くて機嫌の悪そうな顔をしていることだった。そのいずれも該当しないアリエルを見て、どうなんだろうかとトラスティはもう一度基準のことを考えた。  それに気づいたのか、「一つ勘違いがあるぞ」とアリエルは指摘した。 「お前のことだ。一般的な我らの特徴を思い浮かべたのだろう。だがな、プライベートの顔が、公的な場所で見せる顔と同じだと思うではないぞ。想像がつかぬと言うのなら、エゼキア辺りを誘惑してみればいい。そうすれば、わしの言っていることを理解できるはずだ」  これからどうだと笑うアリエルに、「流石にそれはないから」とトラスティは否定をした。 「ラゼリアの顔を見て行くのは、まあ親としてそのつもりだけど」 「うむ、ヒスイ殿とわしの良いところを併せ持った可愛い娘だ。お前も親として、恥じることのない生き方を……まあ、そちらは今更どうにもならんか」  それは良いと言う言葉に、トラスティは目元を引きつらせていた。それを綺麗さっぱり無視したアリエルは、「カリラにも会っていけよ」ともうひとりの娘、自分にとって孫に当たる女の子の名前を上げた。こちらはアイラの娘なので、標準的な生まれ方をしていた。 「ああ、顔を見ていくつもりだけど。ゆっくりするのは、今の問題を片付けてからだね。流石に、子ども達に会えないストレスも感じ始めているんだ」 「お前が、短命種の世間一般の親のようなことを言うとはな。時代は変わるものだ」  そう言いたくなるのは理解できるが、しみじみと言われるのはやはり嫌だと思えてしまう。ただ反論すれば山のように言い返されるのは分かっていたので、トラスティは決めつけを否定しなかった。アリエルの機嫌が良さそうに見えたのも、反論しない理由の一つになっていた。  そうやって必要な根回しを終えたトラスティは、先行してガトランティスでルナツーを訪れた。別にウィリアムに用があるわけではなく、ただエスデニアへの中継地としただけのことだった。  もっとも基地司令ウィリアムが見逃してくれるはずもなく、「臨検だ」と口実を付けてガトランティスに乗り込んできてくれた。 「これは、無作為抽出によるものだ。他意はないので気にしなくても良い」  ニコリともしないで建前を口にしたウィリアムに、「それは止めましょう」とトラスティは苦笑を返した。 「ガトランティスは、営業活動に使うだけですからね」 「その営業活動先が気になるのだがな。親父に聞いても、何も教えてくれないんだ」  なるほど守秘義務を守っているのだと、トラスティはスタークのことを見直していた。ただウィリアムが乗り込んできた以上、ただ世間話で終わるはずがないとは思っていた。 「だから、シルバニア帝国の方を探ってみることにした。そうしてみたら、前回以上の30万が出撃準備をしているようだ。加えて言うのなら、ライマールでも30万ほど出撃準備をしているな。この規模となると、どうやっても隠しようがないんだ。さて、これだけの艦隊を揃えて一体何をしようとしているのだろうな。そして、これだけの艦隊を集められるのは誰かと言うことになる。そのお陰で、連邦軍本部が大忙しだ」  お前だろうと決めつけるウィリアムに、トラスティの顔は少し引きつっていた。 「「さあ」と言うのは、流石に不誠実な答えなのでしょうね。ところでライマールまでは分かりますが、どうして連邦軍本部が大忙しになるんです。ひょっとして、連邦憲章違反の取締ですか?」  他の銀河に大規模艦隊を派遣しようと言うのだ。いくらグレーゾーンとは言え、そうそう何度も踏み越えて良いはずがない。  そのつもりで質問したトラスティに、「それが違うのだ」とウィリアムが悔しそうな顔をした。 「各地区連邦軍から、業務研修派遣依頼が出ているのだ。その扱いをどうすればいいのか、その対応に追われていると言うことだ」 「業務研修っ!」  流石に想像もしてない事態に、トラスティは素っ頓狂な声を上げた。そんなトラスティに、「不思議なことじゃない」とウィリアムは不機嫌そうな顔をした。 「大規模な艦隊運用など、連邦軍にいては経験できないからな。各銀河で行われる演習にしても、数千程度が限界なんだ。最近あったものにしても、ヨモツ銀河とどこぞの皇帝様に蹴散らされたシルバニア帝国の事例だけだ。せっかくの機会だから、勉強したいと考える者がいても不思議じゃないだろう。もっとも、それにしても口実としか言えないのだろうがな」  事情を説明したウィリアムは、「ところで」とトラスティの顔を正面から見た。 「相談だが、トリプルAに転職は可能か?」  つまり、自分も似たようなものだと言うのである。それを受け取ったトラスティは、流石に駄目でしょうとウィリアムの希望を否定した。 「トリプルAとして、優秀な人材はいつでも募集していますよ。ですが、流石に御三家筆頭が連邦軍を見捨てちゃだめでしょう」  後々の影響が大きすぎると、トラスティはウィリアムの打診を断った。一応予想はしていたが、それでもウィリアムは悔しそうな顔をしてくれた。それほどのことかと思ったトラスティは、なるほどと事情が理解できた気がした。 「あなたも、業務研修を申し出たと言うことですか」 「自動的に導き出される答えだな。ただルナツー司令の立場では、門前払いをされてしまった」  だから転職なのだと主張したウィリアムは、ジュリアン少将も同じだと教えてくれた。 「クサンティン元帥は、後進に道を譲ることをお考えと言うことだ」 「そんな我儘を聞いていたら、連邦軍が瓦解してしまうでしょう……」  はあっと大きく息を吐き出したトラスティは、「受け入れませんよ」とウィリアムに釘を差した。 「そんな無責任な真似をして、トリプルAが受け入れると思わないでください」  苦笑を浮かべたウィリアムは、だから抜け道を探したと大真面目な顔で言ってくれた。 「トリプルAが連邦法を破らないか、警告の意味を含めて直接監視を行うと言うものだ。そのための戦力として、クサンティン元帥が連邦全体に招集をかけられた。その結果連邦軍のおよそ1割、各銀河から10000隻平均で戦艦が集まることになっている。これで、総勢1億を超える、歴史上最大の艦隊派遣が実現することになる。大規模艦隊の統制訓練も兼ねられると言うことで、連邦理事会も問題としないそうだ」  凄いだろうと自慢するウィリアムに、「加減を考えましょうよ」とトラスティは頭を抱えた。 「お前に、加減を言われるとは心外だな。トリプルAとして、100万を超える艦船を集めるのだろう。ならば監視、そしていざとなったら介入するためには、それ以上の艦船が必要となるのは当然のことだ」 「それを、加減を知らないと言うんですよ……」  やめて欲しいと嘆いたトラスティは、それが全てかとウィリアムに尋ねた。 「話によると、ヨモツ銀河でも派遣を考えているそうだ。あちらでも、100万単位で船を出してくるんじゃないのか?」 「グルカ銀河までは巻き込むつもりでしたが……」  どうしてヨモツ銀河まで悪乗りをしてくれるのか。誰が悪いと、トラスティは真剣に文句を言いたくなっていた。ただそれは、天に唾するようなものでしかない。吐きかけたつばを飲み込んだトラスティは、「臨検は終わりましたか?」と質問した。 「ああ、特に問題が無いことを確認した。手間を掛けたことをお詫びする」  嫌味ったらしく頭を下げたウィリアムに、さすがはウェンディだとトラスティは認識を新たにした。 「それで、どうやってパシフィカ銀河にまで行くつもりです?」  連邦単独では、多層空間制御権を持っていない。しかもこれだけ大規模な派遣を行うには、エスデニアの協力がなければ不可能だったのだ。人騒がせな議長の顔を思い出したトラスティに、「エスデニアの協力は取り付けたそうだ」と予想通りの答えが返ってきた。 「お騒がせな議長様だから、きっとそうだろうと思ったよ」 「ちなみに、艦隊集結地点はアリスカンダル宙域が選ばれたそうだ」  絶対に面倒をこちらに押し付けようとしている。「止めて欲しいな」と、トラスティは真剣に懇願したのだった。  一応トリプルAの実績を利用したが、それをそのまま辿るような間抜けな真似はしなかった。その辺りは、自分達の潜入を知られる訳にはいかないと言う事情からである。ゾルバーの、特にシーリーの住人は気にしないのだろうが、ザノン公国の人間にはトラスティ達の正体はバレていたのだ。その線からコンタクトされる可能性は否定出来ないのである。  したがってシーリーで使用するピアにしても、貰った情報から違うタイプのピアを利用した。そして滞在するエリアも、トラスティ達とは違ったエリアを選択したのである。それが理由なのかどうか分からないが、調査は順調に運んでいた。 「ここまでの結果を整理することにします」  休みの時間を利用し、グレンダは情報共有と議論の場を設けることにした。そこでの整理を、中央への報告にするためである。  「それでは私から」と、ネソが自分の感じた情報を説明した。 「驚くほど、文化的に連邦……のヒューマノイドタイプと違っていません。体の構造、そして性行為の方法、ムードの盛り上げ方等々、ここが未知の銀河だったのか疑問に感じたほどです。男性の行動パターンも、ほとんど同じと言っていいと思います」 「その辺りは、トリプルAの報告に有ったとおりと言うことですか。肉体の形状による、行動様式の画一化と仮説が建てられているものですね」  難し言い方をしたグレンダを無視し、「経済構造も似ています」とネソは続けた。 「分かっていたことですが、ここでも貨幣経済が成立していました。加えて言うと、客には連邦及び公国の住民もいました。それとなく相手に対する感情を聞いてみたのですが、特に敵意に類するものを持っていませんでした。その辺り、あまりにも相手のことを知らないと言うのが理由なのかと。そして意外にも、連邦住民には、スクブス隊へのファンがいました。彼女達を目当てにゴーゴーバーに行く者も居ると言うことです」 「スクブス隊のせいで、多くの連邦軍人が死んでいるのに?」  おかしくないかと首を傾げたグレンダに、「普通はそう思います」とネソも彼女の疑問を肯定した。 「ですが、現実にスクブス隊のファンが存在しています。直接的な聞き方が出来なかったのですが、女性にも敵司令に対するファン的感情があるそうです」 「理解し難いわね……ビスケス、これについて意見は?」  船長から水を向けられた副長ビスケスは、「一つの仮説として」と自分の考えを口にした。 「一般の住民は、戦争をしていると言う意識がないと言うことです。いえ、戦争の意味を理解していないと言い換えても良いのかと。彼らにとっての戦争は、マスメディアで紹介される程度のものでしかなく、自分の命や経済状況に影響を与えるとは思っていないと言うことです。ネソの報告は、まるでスポーツ……と言うのか、スポーツにおけるファン感情と考えれば納得のできるものです」 「そのスポーツの概念が今ひとつ理解できないのですが……言いたいことは理解できると思います」  そこで言葉を切ったグレンダは、少し考えてから「戦争は」と話しだした。 「各々の住民から、完全に切り離された事象と言うことなのですね。どうして400年も戦争が続くのかと思ったのですが、下手をしたら住民の娯楽として扱われている可能性もあると言うことですか。よく、軍人が切れないものだと感心します」 「その軍人についてですが」  そこで発言を求めたのは、技術士官のバララケスだった。4つの目をギョロつかせたバララケスは、「状況に変化が出そうです」と自分の集めた情報を持ち出した。 「この近傍宙域で、大規模な艦隊戦が勃発する兆候が出ています。その理由と考えられるのが、連邦側が大規模破壊兵器を持ち出すと言う噂があることです。ゾルバーで飛び交っている情報を観察すると、この衝突は好ましくないと言う意見が多くなっています。つまり、これまでと違う展開が発生する可能性が出てくることになります」 「大規模破壊兵器ですか……」  顔を顰めたグレンダに、バララケスは「ブラックホールを利用したものらしいです」と答えた。 「ある意味、質量兵器と言う事ができますね。ブラックホールの制御技術がなければ、大きな損害が発生することでしょう」  バララケスの報告に頷いたグレンダは、「その技術は?」と確認した。 「生成はできるが、コントロールは出来ないと言うレベルですね。恐らく、粒子加速器を用いてブラックホールを生成し、そのまま重力加速器で加速させて打ち出すと言うのが実態かと思われます。通常の防御磁場が役に立ちませんので、直撃を受ければ戦艦程度では穴だらけになってしまうでしょう。光速よりはかなり遅いので、察知できれば回避も可能かと。ただ、重力波観測がどこまで行われているのか。大規模艦隊運用時に、回避余地があるかが問題となります」 「そうなると、それだけの兵器を持ち出してきた理由が問題ね。双方の住人にも、中立地帯の住人にも、そんな兵器は歓迎されていないんでしょう?」  それはと問われたバララケスは、「不明です」と答えた。 「ゾルバー側の反応は分かりますが、双方の住人の反応は見えてきていません。先程あったビスケス副長の話が正しければ、歓迎されないのではと言う推論は成立するかと思われますが」 「だとしたら、連邦側がそんな兵器を持ち出した理由が問題ね」  うむと考えたグレンダだったが、すぐに「分からない」と考えることを放棄した。聞いていた3人の肩が落ちたのは、おそらく気のせいではないのだろう。 「やけに、あっさりと考えるのを放棄されましたね」  バララケスの指摘に、「情報が少なすぎる」とグレンダは即答した。 「その攻撃を誰が主導したのかとか、その誰に当たる人間の思想信条が分からないわ。それが分かって、初めて推測の一部が成立するのよ。ただ大量破壊兵器が投入されるだけで、推測できる方が異常なのよ」 「そこまで、言い切りますか?」  はあっとため息を吐いたバララケスに、「当然でしょ」とグレンダは偉そうにした。 「だそうですけど、副長」  バララケスに話を振られたビスケスは、「仕方がない」ともう一度肩を落とした。 「だが、ゴーゴーバーに来るような客じゃ、そんな情報を持っているとは思えないんだがな」  そっちはと顔を見られたネソは、「同じく」と肩をすくめた。 「基本的に、エロオヤジ……ばかりじゃないけど、エロが目的だからねぇ」 「どう考えても、政府高官が来るような店じゃないな」  あまりにも尤もな意見に、グレンダも「確かに」と認めてしまった。 「それでも、間違って軍事オタクが来るかも知れないでしょ」 「否定はしませんけどね。結構変な趣味の客もいましたし」  仕方がないなぁと、どことなく嬉しそうにネソは今の仕事を続けることを認めた。ただそれを指摘すると面倒なことになるので、それ以外の3人は触れないことにした。 「では、引き続き情報を集めることにしましょうか……」  そう言っては見たが、その宛がないのが問題だった。情報源を変えてみようかと、グレンダは観光スポットの変更を考えたのだった。  シーリーに入ったデストレアは、早速情報屋を捕まえることにした。情報を足で稼ぐには、シーリーは絶望的な広さを持っていたのだ。  そこで多めの手付金と成功報酬を示したお陰で、情報屋はかなり張り切って網を張ってくれた。ただ1週間待っても、芳しい情報を得ることは出来なかった。 「一応金は貰っていますけどね。本当に、このまま続けるんですかい? 調査経費の方も、バカにならないと思うんですがね」  流石にデストレアが怖いのか、情報屋はとても良心的な忠告をしてきた。相手の素性を考えたら、ご機嫌を損ねた時点で将来がなくなってしまうのが分かっている。間違って体で報酬を払われようものなら、地獄を見ながら一生を終わらせることにもなりかねなかったのだ。 「まだ初めて1週間しか経っていないだろう。もとより、そんなに簡単に見つかるとは思っておらん。調査に金が必要と言うのなら、経費で請求してくればいい。体で払えと言うのなら、体で払ってやるのも吝かではないぞ」  どうだと問われた情報屋は、滅相もないと慌てた。 「そんな、恐れ多い事はできませんよ。いえ、ちょっと親切心を起こしただけのことですからね」  だから、追加の経費も必要はない。ましてや体で払ってもらう必要など無いと情報屋は強調した。ここで中途半端な真似をしたら、本当に命に関わってくるのだ。 「そうか、ならば引き続き情報をあたってくれ」  そう言って、デストレアは情報屋を追い出したのである。 「そんなに簡単に手掛かりがつかめるのなら、バレル様が私に命じるはずがないであろうに」  シーリーに来ると考えること自体、かなりの博打になっていたのだ。それがすぐにと言う話になると、バクチの度合いがさらに酷くなるはずだ。唯一の拠り所は、時間を置くことで情報が古くなると言うことだ。 「バレル閣下は、ロールス閣下に未来を託されたのだと仰られた。ならば私もまた、未来を託されたことになるはずだ。どんな手段をとろうと、必ずやトラスティ様と連絡をつけてみせる」  自分の感情以上に、公国の未来を託されたことが重要だ。広域捜査は情報屋に任せたが、自分も足で探さなければとデストレアは考えていた。  そして足で探すと言う信念の元、デストレアは値段の安い開放型ピアを調べていた。もともとシーリーのピアは、停泊船舶の艦籍にはルーズなところがある。ただ危険物の持ち込みだけは、存続に関わるためシビアになっていただけだ。時間は掛かるかも知れないが、虱潰しにしていけば、来てさえいれば見つかるはずだと考えていた。  それがどれだけ無謀なことなのか、足で探し始めて10日経った所で思い知らされることになった。体力の塊のデストレアでも、流石に辛いと感じるようになっていたのだ。そして「見つかるはず」と言う気持ちも、「来ていないのでは」と言う方向に変わり始めていた。  そんなデストレアのところに、「疑わしいのが見つかった」と言う連絡が入ったのは、疑問を持ち始めたちょうどその日だった。慌ててホテルに戻ったデストレアは、そこで情報屋から被疑者の情報を貰うことにした。 「正規の使節と言うことで、もう少し大型の船だと思っていたのが失敗でした。先日の船を一回りとちょっと小型にした船が、6日前に反対側の66ピアに入港していましたよ。乗っていたのは4人で、そのうち2人がヒューマノイドタイプで、残りの2人がヒューマノイド亜種です」  こちらに映像がと、情報屋は4人の映像をデストレアに見せた。ただ映像を見せられても、「そうなのか」程度の印象しかない。ただ絶対に忘れないと、人相だけは記憶に刻みつけていた。 「ヒューマノイドタイプの二人ですが、反対側にある歓楽街のゴーゴーバーで働いています。ヒューマノイド亜種の二人は、観光と言う名目で、情報収集をしているようです。日によって行く場所が違いますから、接触するのならゴーゴーバーの方が確実ですね」  それをなるほどと受け止めたデストレアは、「一つ頼まれてくれるか?」と新たな報酬を提示した。 「この女の方を、私の前に連れてきてほしい。なに、ゴーゴーバーなら、金で連れ出すことが出来るだろう」 「私の趣味じゃないんですけどね……まあ、実際にする訳じゃないからいいですけど」  そう答えた情報屋は、提示された報酬を突き返した。それを訝ったデストレアに、「アフターケアです」と情報屋は笑った。 「これまででも、たんまりと頂いていますからね。これは、サービスと言うことにしておいてくださいな」 「別に、この程度で困ることはないのだがな。だが、この厚情は覚えておくことにする」  感謝すると頭を下げたデストレアに、「もったいない」と情報屋は慌てた。 「あっしは、しがない情報屋ですからね。スクブス隊の隊長様に頭を下げて貰うような大した者じゃありませんぜ」  そう言って笑った情報屋は、「いつ連れ出します?」とデストレアに確認した。その確認に、「すぐにだ」とデストレアは口元を歪めた。 「そう仰ると思っていましたよ。表に車が待たせてありますから、早速反対側まで急ぐことにしましょう。この時間帯なら、だいたい3時間で到着できますぜ」 「ああ、時間を置くことに意味など無いからな」  そう言って立ち上がったデストレアに、「こちらです」と情報屋は小走りになって先を急いだ。大きな戦いがあるのは、すでにシーリーの中では噂として広まっていた。その大きな戦いが迫っているのに、スクブス隊の隊長がこんなとこに来ているのだ。戦い以上に大きな意味があると、情報屋もその事情を想像していたのだ。  継続して今のアルバイトを続けろと言う指示が出たので、ネソは喜んでいつものゴーゴーバー・ダンディーに出勤していた。少し逞し目の女性が売りの、やはり場末のゴーゴーバーである。  そこでいつものように隠す所の殆ど無い衣装でステージに立ったネソは、他の女性と同じように鍛えた筋肉を誇示する真似をした。この店には、包容力と逞しさを求める客が大勢やってきていたのだ。そしてこの日ネソを指名したのは、何時も通りの貧相な男だった。どう言うわけか、筋肉の盛り上がった男はめったに見かけなかった。 「3万ペリアだけど、それでいい?」  最初にふっかけたネソに、男は少し卑屈な顔をして「2万が相場だろう」と言い返した。この店において珍しくもなんともない、価格交渉と言うやつである。 「だけど、ちょっと懐が苦しいのよ。だから3万出してくれたら、サービスしちゃんだけど?」  どうと本人談で「媚びた」態度をとるネソに、男はIDを確認してから「2万1千」と返した。 「そこをなんとかっ!」  もう一度媚びたネソに、男はもう一度IDを確認した。そして「これ以上は無理」と言って、2万5千ペリアを提示した。 「その代わり、スペシャルサービスを頼むぞ」 「任しといて。あたし以外に目を向かなくしてあげるからっ!」  ほくほくと喜んだネソは、外出のために着替えに戻った。流石にダンサーの格好で、外を歩く訳にはいかなかった。もっとも着替えと言っても、上にTシャツのようなものを着て、薄手のコートを着れば終わりである。時間にして5分も掛からないのは、客を待たせないと言うお店の方針が理由になっていた。  すぐに戻ったネソは、男に向かってニカッと笑ってみせた。 「どうする、ここから抱っこしてあげようか?」  それもサービスと言うネソに、「流石にそれは」と男は尻込みをした。 「人前では、男の見栄ってのもあるんだ」 「あたしを連れていて、今更手遅れだと思うけど」  そう言ってもう一度笑い、「まあいいか」とネソは男と腕を組んだ。正確には右手で男の左腕を抱え、行き先も聞かずに引きずっていった。 「おいおい、どんだけがっついているんだ?」 「やることは決まっているんだから、さっさと場所を変えた方が良くない?」  だからと言って腕を引っ張るネソに、男は「あっちだ」と目的地の方を指さした。 「あっちって、ホテルがあったっけ?」 「手持ちが少なくなったんで、やっすい木賃宿を使うんだよ」  ああと納得したネソは、了解と笑って指さされた方向へと男を引きずった。やることがやれれば、あまり場所には拘っていなかったのだ。 「だから、引きずるなってっ!」  ナスがママとなった男は、なんとか態勢を立て直してネソに並んだ。その足が早足に見えるのは、ネソがそれだけ早く歩いているからに他ならない。 「しかし、お前はどんだけ好きものなんだ?」  ああんと聞いてきた男に、「何を今更」とネソは笑い飛ばした。 「あんな店で働いていているんだから、好き者に決まってるでしょう」 「そう言うけどな、家庭の事情とか……ああ、あの店じゃそっち系はないか」  筋肉をこれだけ育てられるのだから、家庭の事情で風俗づとめと言うのは考えにくい。ネソの言葉に納得した男は、「いい体をしてるな」とネソを褒めた。 「その筋肉、ちょっとやそっとじゃ作れないだろう」 「分かるっ! お客さんって、結構目が高いわね」  少し歩く速度を落とし、ネソはもう一度「目が高い!」と男を褒めた。 「だからかな、ちょっとこのあたりはおっかないはずなんだが……あんたと居ると、少しも怖くないな」  そう言われて辺りを見たネソは、「この程度で?」と笑った。確かに建物が減って空き地が多くなっているが、怖いと言うのは「びびり」だと思っていた。 「この程度って言うが、この辺りは人気も少ないだろう」  だからだよとくっついてくる男に、「やっぱりびびりだ」とネソは笑った。だが「あたしが居るからね」と口にした次の瞬間、まるで猛獣の檻の中に入れられたような殺気を感じた。とっさに男を背中に隠し、ネソは襲撃に備えるように殺気の正体を探ろうとした。 「一応、鍛えられていると言うことね」  少し離れた物陰から現れたのは、似たような年齢の女性だった。身長も同じぐらいだろうか、逞しさと言う意味なら、自分の方が逞しいだろうと思える相手である。ただ見た目を持ち出すと、悔しいことだが相手の方が美人に見えた。短いズボンにヒールのない靴と言うのは、明らかに動きやすさを意識したものだった。 「何者、と聞いたら答えてくれるのかしら」  背中の男に逃げろと指示を出しながら、ネソは現れた女と向かい合った。  名前を問われた女は、唇の両側を釣り上げるように笑い、「自分はデストレア」だと名乗った。 「ほほう、やはり私のことを知っているようだな」  自分の反応に気づいたデストレアに、「そりゃあ」とネソは顔をひきつらせた 「スクブス隊は有名だからね」  相手との間合いを確かめながら、ネソは全神経をデストレアに集中した。内心では、陸戦用デバイス・パラメーラを装着していなかったことを呪っていた。 「それでも、勝てるって自信は無いけど」  まずいなぁと冷や汗を掻いたネソは、この危機をどうやって切り抜けようかと考えた。 「それで、私を知っているあなたはどこから来たのかしら?」  ゆっくりと近づいてくるデストレアに対して、ネソは距離を取るように後ずさった。 「どこって言って、信用して貰えるのかなぁ」 「そうね、別の銀河って言っても信用してあげるわよ」  ふふとデストレアが口元を緩めた次の瞬間、ネソはとっさに両手を顔の前でクロスした。俗に言う十字受けの格好をしたのだが、そのままの体制のまま後ろに跳ね飛ばされてしまった。残念なことに、ネソではデストレアが何をしたのか全く見えなかった。 「あら、まぐれとは言えよく耐えたわね」 「褒めてくれるの……嬉しいなぁ」  今の接触だけで、自分では歯がたたないことがはっきりしてしまった。自分の正体に気づいているのなら、話をする方に振ってくれてもいいのにと、デストレアの気が変わるのをネソは願っていたりした。 「その様子だと、とっておきがあるんでしょう。いいわよ、準備する時間ぐらいあげても」  どうぞと促されたネソだったが、すぐにデバイス・パラメーラを呼び出すことは出来なかった。時間をくれると言ったくせに、デストレアの殺気がますます高まっていたのだ。ここでデバイスを呼び出したら、その瞬間に生まれた隙きを突かれそうな気がしてしまった。 「大丈夫、隙きなんか突かないから。今のあなたじゃ、ちょっと物足りないのよ」  ほらと言って、デストレアはネソに背中を向けてくれた。これで、振り向く分だけ時間が稼げるのは確かだろう。  だからネソは、「パラメーラ」と陸戦用デバイスを呼び出した。パラメーラは、短い黒髪の年齢不詳の表情に欠けた女性の姿をしていた。 「それが、あなたのとっておきなのね? ちなみに、それは何なのかしら?」 「私達の標準装備で、デバイスって言うんだけどね。フュージョン……つまり融合して、特殊能力を使えるようになるのよ」  それでも勝てる気は全くしないが、ネソは覚悟を決めて「フュージョン」を命令した。その命令に従う形でパラメーラは光の粒に変化し、吸い込まれるようにしてネソの体の中へと消えていった。 「準備は整ったのかしら?」 「ええ、一応ね……」  肉体強化はされても、戦闘スキル自体が嵩上げされるものではない。絶対に警戒を怠らないと身構えたネソだったが、次の瞬間お腹に痛撃を受けることになった。  思わず体をくの字に曲げたネソに、「確かに強化されているみたいね」とデストレアは笑った。 「普通だったら、今ので死んでいるから」 「私に、何か聞きたいことがあったんじゃないのかしら。なんでも話したい気分になってるのよ」  お腹を押さえて後ずさったネソに、「特に必要ない」とデストレアは返した。 「あなたのお仲間の居場所も掴んでいるのよ。だからあなたを生かしておく理由もないの」  そう言って酷薄な笑みを浮かべた相手に、「ああ死ぬな」とネソは覚悟した。痛撃をお腹に食らわせておいて、追撃さえしていなかったのだ。どれだけ強いのだと、ネソは相手の戦闘力に恐怖した。 「とは言ったけど、あなたに猶予をあげてもいいかしら。そうね、前に来ていた4人を呼び戻すことは出来るかしら?」 「正規の組織が引き取った以上、民間人を危険に晒すことが出来ると思う?」  無茶を言うなと言い返したネソに、「やっぱり死んで見る?」とデストレアは笑った。 「あなたの答えは、想定の範囲のものなのよ。お陰で、話し合いではだめだと確認させてもらったわ」  流石にまずいと身構えたネソだったが、恐れた攻撃が自分に届くことはなかった。どう言う訳か、知らない男がいつの間にか自分の前に立っていたのだ。しかもその顔を見て、デストレアが驚いているのが分かってしまった。 「まあ、なんだ、これであんたが無理をする理由は無くなった訳だ」  現れた男は、それを自分ではなくデストレアに向かって言ってくれた。 「もしかして、キャプテン・カイト? でも、どうして……」  もしもキャプテン・カイトなら、確かに戦う理由は消滅することになる。だが連邦安全保障局に引き継ぎした以上、トリプルAが絡んでくる理由はないはずだった。 「ああ、そのキャプテン・カイトって奴だ。トリプルAの業務の一つ……なんだろうな、出血サービスで安全保障局員の安全確保に来たってことだ」  そう答えたカイトは、ゆっくりとデストレアへと近づいていった。 「また、お尻ペンペンをして欲しいか?」  笑いながら言うカイトに、デストレアは小さく首を振った。 「できれば、トラスティ様に可愛がって頂きたいと。ただ、その前にバレル様とお話をしていただきたい」  先程までは殺気を振りまいていたデストレアが、カイトに向かって礼儀正しく頭を下げてくれるのだ。扱いが違いすぎないかと文句を言いたいところなのだが、命が惜しいのでネソは黙っていることにした。 「まあ、そんなことだろうとは思ったがな。それで、俺達はどこに行けばいいんだ?」 「これからご案内差し上げる……と言うことで宜しいでしょうか?」  恐縮するデストレアに、やはりキャプテン・カイトは特別なのだとネソは改めて思い知らされた気がした。そして無条件に業務移管を受けるものではないと、上層部の判断に思いっきり心の中で文句を言っていた。  カイトの指示を受けたネソは、大急ぎで他のメンバーを呼びに戻った。ただビスケスは同じゴーゴーバーで働いているので良かったが、残りの二人は「観光」と称して外を出歩いてくれていた。お陰で全員が揃うまでに、少なくない時間が掛かってしまった。  それを恐縮したネソだったが、「大したことじゃない」とカイトは笑い飛ばした。 「時間が掛かりそうだったので、お、あいつにご機嫌取りをして貰っていたしな」 「ご機嫌取り、ですか?」  それは何かと考えた所で、ビスケスから「それ以上はだめだ」と止められてしまった。  一体何がと眉を潜めたネソに、グレンダとバララケスも「それ以上はだめだ」と同調してくれた。 「と言うことなので、事前に事情を説明しておく。トリプルAが連邦安全保障局に提供している機能として、派遣された隊員の安全に関する監視と言うものがあるはずだ。その方法なんだが、クリプトサイトに協力してもらって、未来視による監視ってやつをしている。ただ遠く離れた所のことを見られるはずがないので、アルテッツァからの報告を見る形で行っていたんだよ。そしてその条件では、しばらく異常は無いことになっていた」  それはいいなと確認され、船長のグレンダは首肯して認めた。 「普通はそれで問題ないんだが、その方法だと連絡があって初めて異常が分かることになるんだ。今回のケースは、そのせいで異常検出が遅れることになる。そしてちょっとした偶然から、別ルートでパシフィカ銀河探査隊、つまりあんたらのことを確認することにしたんだ。そこで、今回の事件を未来視で認識することが出来た。そこでの問題は、連邦安全保障局では、あんたらの安全を確保することが出来ないと言うことだ。だからトリプルAが、その役目を肩代わりすることになった……と言うのが、公式の説明になる」 「公式のと言うことは、別の理由もあるということですか?」  当たり前の疑問を口にしたグレンダに、カイトは小さく頷いてみせた。 「トリプルAとして、ちょっと売り込みに来たってことだ。ゼスでやったように、軍事機能の紹介って奴だな。相手は連邦のドルグレン司令でもいいし、公国のバレル司令でも良いと思っている」 「私兵の提供ですかっ! さすがにそれは……」  ううむと唸ったグレンダに、「それも建前」とカイトは笑った。 「バレル司令が、あいつにコンタクトしようとしている。戦争が終わらなければ、友好関係の樹立交渉も始まらないことを知っているにも関わらずにだ。そこに、どんな理由があるのか。連邦側がブラックホール兵器を持ち出すことが理由になっているのか。それを確認するってのが、当初の理由だったんだがなぁ……」  そこでため息を吐くことに、どんな意味があるのだろうか。それを訝ったグレンダ達に、「おかしなことになっている」とカイトは打ち明けた。 「ここからだと観測できない場所なんだが、パシフィカ銀河に大艦隊が派遣されることになった。トリプルAとしては、協業している星系から100万ちょい集めたんだが……超銀河連邦軍が、悪乗りをして1億派遣すると言うことになったんだよ」 「い、1億ですかぁっ!」  流石に想像もしていない自体に、グレンダは大きな声をあげてしまった。100万を超える程度の艦隊ならば、先のグルカ銀河遠征での実績が有ったのだ。だが1億ともなると、空前絶後、今後二度と無い大規模派遣としか思えなかった。それどころか、こんな派遣が成立するとは思えなかったのだ。 「まあ、あんたが驚く気持ちは理解できるつもりだ。あいつも、限度を超えていると嘆いたぐらいだからな。ただ、さほど遅くない時期に1億を超える艦隊がこの近傍に派遣されるのは確定している」 「限度を超えていると言うレベルではないように思えますが……誰が、そんな悪乗りをしたのですか?」  トリプルAが非常識なのは今更なのだが、連邦軍は常識的だと思っていたのだ。ただその思いが、今回の事件で否定されたことになる。頭が痛いとこめかみに手を当てたグレンダに、「誰だろうな?」とカイトは首を傾げた。 「少なくとも、クサンティン元帥が悪乗りをしたのは間違いないだろう。だが誰も止めなかったと言うことは、連邦軍自体にストレスが溜まっていたんじゃないのか?」 「ストレスですか……」  はあっとため息を吐いたグレンダは、「トリプルAが悪い!」と決めつけてくれた。 「あなた達の行動が、連邦軍にストレスを溜めさせたのだと思いますっ!」 「まっ、それを否定するつもりはないがな……ってところで、主役のご登場だな」  カイトの言葉と同時に、ドアを開いてトラスティが入ってきた。そこでネソが信じられなかったのは、一緒に入ってきたデストレアの変貌である。自分を殺そうとした相手なのだが、どこか可愛らしく思えてしまったのだ。最初から同じ人間だと思ってみないと、別人だと思えるほどの変わりようだった。釣り上がっていた目も、今はだらしく無く垂れ下がっていた。 「とりあえず、彼女を送り出したバレル司令と話をすることになったんだけど。その方法をどうするのか考えなくてはいけないと思っている」  全員の顔を見てから、トラスティは「サラ」とインペレーターのAIを呼び出した。その呼出に答えて現れたのは、黒髪をショートにした、可愛らしい見た目をしたAIのアバターだった。 「はい、トラスティ様?」  関係者外が揃っていたので、サラはよそ行きモードでトラスティに答えた。 「艦隊の集結状況はどうなっている?」 「現時点で、トリプルAの用意した130万隻がパシフィカ銀河に移動を完了しています。現在ザノン公国外周部から、100光年離れたところに移動しています。超銀河連邦軍は、現時点で1千万隻の移動が完了しています。このペースだと、1日もあれば1億隻がパシフィカ銀河への移動が完了するものと思われます。ザノン公国外周部までは、およそ1週間と言うところでしょうか」  それがこれと、サラはマップ上に艦隊展開状況を投影した。それをなるほどと受け止めたトラスティは、もう一つ別の情報を提示した。 「プロキア連邦の兵器、どうやらドゥームと言うらしいんだけどね。3週間後に所定位置に到着するようだよ。そして到着次第、大規模戦闘に参戦すると言うことだ」  それで良いかと顔を見られたデストレアは、頬を染めながら小さく頷いた。 「トリプルAの方針なんだけどね、ザノン公国、そしてプロキア連邦の双方に戦力の売り込みを行うことにする。ただその相手は、それぞれの政府ではなく、戦争を止めたいと思っている軍人さん相手なんだけどね。具体的には、ザノン公国ではバレル司令、プロキア連邦ではドルグレン司令と言うことになる。ちなみにバレル司令とはコンタクトが出来るんだが、ドルグレン司令は現在反乱容疑で拘束されているそうだ」 「だとしたら、双方への売り込みが難しいことになるのかと……すみません、連邦安全保障局のグレンダです。それからもう一つ、そのお話を私達に聞かせてどうなさろうと言うのですか?」  トリプルAとしてすることなら、自分達には関係が無いはずだ。それを持ち出したグレンダに、「お詫びのようなもの」とトラスティは笑った。 「後は、仲間はずれにしたら可哀想かなと思ったと言うことだよ」  その程度と説明したトラスティは、「現在情報収集中」と全員に説明した。 「ドルグレン司令の収監場所が分かれば、直接交渉に行くつもりだよ」 「しかし、どうやって収監場所を探るのですか?」  そのデストレアの質問に、「当てならある」とトラスティは答えた。 「収監されたのが艦隊司令だけなら、副官を探せば良いんだよ。君も知っているフランチェスカさんを探そうと思っているんだ。そして収監場所さえ掴めれば、後は契約交渉をすればいい」  その程度と言われ、グレンダ達安全保障局員達は頭を抱えた。そしてデストレアは、意味が理解できないのか首を傾げていた。  そのことを気にせず、「ノブハル君」とトラスティは分析担当を呼び出した。 「今、プロキア連邦軍のシステムに潜り込んだ所だ。関係者の所在確認は、もう少し待ってくれ」  実体ではなくホログラムで現れたノブハルは、「時間の問題」だと説明した。 「ちなみに、バレル司令だったか。その居場所なら座標まで確認出来ているぞ」 「ありがとう、引き続きドルグレン司令の捜索を頼む」  ノブハルとの通信を遮断したトラスティは、「君達はどうする?」とグレンダ達に問いかけた。トリプルAが再度登場するだけでなく、連邦軍まで関わってきてしまったのだ。もはやただの先入観測員に出来ることは残っていないだろう。 「私達ですか。そのあたりは、命令に従うとしか……連邦との連絡ルートは、そちらに頼ってもいいですか?」  これから独自でルートを作るのは、時間と手間とリスクが有ったのだ。一方トラスティ達は、すでに安全な経路を確保しているのだ。だとしたら、それを利用させてもらうのが手っ取り早いと考えるのは自然なことだった。 「別料金で……と言いたいところですが、それぐらいはサービスしておきますよ」  そう言って笑ったトラスティは、サラに通信ルートを貸すように命じた。 「僕達は、バレル司令と話をすることにしますよ」  後はご自由にと、トラスティはグレンダ達を解放したのだった。  デストレアを派遣して2週間経ったところで、接触成功の知らせをバレルは受け取った。意外に早いと言う思いと、間に合ってくれたと言う安堵をバレルは感じていた。ただ続報を目の当たりにした時、バレルは思わず腰を浮かしてしまった。正規の組織にコンタクト出来ただけでなく、帰ったはずのトラスティ達が戻ってきていると言うのだ。しかも、鎮圧用の大艦隊まで用意されていると言う。何が起きているのか、すぐには理解できなかったほどだ。  だがバレルは、いざ連絡を撮ろうとした所で「本当に問題がないのか」と言う疑問にぶち当たった。自分の期待通りに運んでいるはずなのに、なぜか公国滅亡の引き金をひこうとしている気がしてきてしまったのだ。そしてもう一つ、自分自身ロールスに監視されている身と言うことだ。そしてその監視者が、誰と言うのが未だ分かっていない。それを考えると、これから自分は危ない橋を渡ろうとしていることになる。 「下手をすると……いや、間違いなく国家反逆罪ものの事をしようとしているな」  そこで一度目を閉じたバレルは、もう一度自分のしようとしていることを見つめ直した。 「バスク上級大将が戦時協定違反の兵器を持ち出すことは事実だ。ロールス総司令は、それを戦争を終わらせるためだと考えられておられる。しかも、その行動自体を利用し、400年続いた愚かしい戦争を終わらせようと考えておられる。ならば、双方の最高責任者は、この戦争を終わらせようと考え、それを行動に移されていることになる。協定違反の兵器も、そして民間人に対する攻撃も、相応の犠牲がなければ戦争は終わらないと言うお考えが基になっている。そしてロールス司令は、その犠牲になられることを覚悟されておられる」  そこまでの推測は、細部で違う部分はあっても、大きく外れていることはないだろう。その前提に立ったバレルは、そこに自分の行動を被せたときに何が起こるのか。次にそれを考えることにした。 「私は、トラスティと言う男の言葉を信じ、別世界の大戦力を引き入れようとしている。1億隻を超える、途方もない戦力がこの銀河に結集していると言う。もしもトラスティと言う男の狙いが、この銀河の征服だとしたらどうなるのか。私は、あの男に口実を与えようとしていないか」  それはどうなのだと考えたバレルは、「違うか」と苦笑を浮かべた。 「そもそも征服するつもりなら、私など利用する必要もないだろう。1億隻の船が、短時間で150万光年を超える技術を持っているのだ。彼我の技術力の差など、今更問題にするまでもあるまい。だとしたら、なぜ彼らはそこまでの労力を払ってくれるのだ?」  それが分からないと、気持ち悪いことこの上ないのだ。だがいくら考えても、相手の動機など分かるはずがない。仕方がないと棚上げしたバレルは、理想的に進んだときにどうなるかを考えた。 「それだけの戦力があれば、逆に戦うこと無く両国を制圧できるだろう。ならば、制圧後に何が起こるのか。トラスティ氏は「友好」を持ち出したが、それを信用することが出来るのか。そして、信用して良いものなのだろうか。ザノン公国は、私が事情を知っているからまだいいだろう。だがプロキア連邦は、この事情を知らないはずだ。だとしたら、我々と違って大きな混乱を引き起こすことにならないか。だとしたら、プロキア連邦軍の誰かを巻き込むべきなのだが……ドルグレン司令は、反逆罪の疑いで拘束されていると言う話だ」  だったら、どうすべきなのか。だがいくら考えても、これと言った考えが浮かんでくれなかった。そのせいで、すぐにでもと言うデストレアの報告を、バレルは丸一日寝かすことになってしまった。  上司に連絡を入れたのだが、丸一日その答えが返ってこなかった。その事実に、デストレアはトラスティ達に向かって大いに恐縮していた。どうしてと言うのは分からないが、自分達のために大戦力を率いてくれたのだ。しかも、こちらの希望に従って先に話をしてくれると言う。ここまで譲歩してくれたのに、なぜか上司からは連絡が来なかったのだ。  普通なら航行が危険なエリアに、インペレーター他3隻は係留されていた。搭載された機器が、帯電したガス流の影響を受け正常動作が危うくなる場所となっていた。それで目隠しされた状況で、小惑星まで流れてくるので、間違って迷い込んだら船体が破壊されてしまう恐れもある場所だった。  そんな中でも3隻は、素の装甲でも大丈夫なのだろう。ただ念の為と言うことで、アクサが相転移空間を作って影響を遮断してくれていた。 「せっかくおいでいただいたのに、本当に申し訳ありません」  溢れ出る殺気を振りまいていたはずのデストレアも、トラスティの前では恋する乙女へと変わってくれる。その乙女化したデストレアは、バレルから返信がないことをトラスティ達に謝った。それを横目に、「どうします?」と今回は連れてきて貰えたリュースが尋ねてきた。 「どうするって、そろそろ乗り込んでも良いのかなと思っているよ。それから、連絡が来ないのは、むしろ当たり前だと思っているからね。考えてもご覧、1億隻を超える艦隊を自分達の世界に引き込んでしまったのだよ。そんなことを教えられたら、本当に良いのか普通は悩むものじゃないかな。だから答えが遅れるのは当たり前だと思っているし、必ず答えがあると思っているんだ」 「もしも答えがなかったら?」  その時はと問われたトラスティは、「絶対に答えがあるからね」とリュースの問を否定した。 「万が一にもそんなことはないと思っているからね。まあ、そんな事になったら、交渉相手をドルグレン閣下に絞ることになるんだけどね。ザノン公国側は、デストレアさんでも構わないしね」  だから困らないと答えたトラスティに、「信用して良いんですか?」とリュースはデストレアを見た。 「多分、信用しても良いんじゃないのかな? まあ、バレル司令の代わりにはならないかも知れないけどね」  それぐらいと笑ったトラスティに、「だったら良いんですけど」とリュースは口元を歪めた。 「今回の冒険でついてくる女性は、彼女と言うことですか?」 「どうして、二言目にはそう言う話になるのかな?」  おかしくないかとの問いに、「危機感の現れです」とリュースは答えた。 「主にミリアさんなんですけどね。強い女性が現れると、自分の立場が脅かされるんじゃないかって。私の時にも心配になったようですよ」 「君は、心配していないのかな?」  ミリアだけの問題のように語るリュースに、トラスティは素朴な疑問をぶつけた。 「私ですか? 私の方が若いし、戦闘機人を使えば負けるとも思えないし、それからそれから」  そう言って少しだけ考えたリュースは、トラスティをして勘弁して欲しいと思えることを口にした。 「トラスティさんの場合、関係する女性は足し算ですからね。新しい女性が増えても、今までの人が相手にされないってことはありませんし。かまってかまってと言えば、ちゃんとかまってくれますしね。だから心配するだけ無駄だなって思っていますよ。そうじゃなきゃ、ノブハル様の妹……リンさんなんですけど、手を出す理由がありませんよね。少なくとも、2、3回は会っていますよね?」  ネタなら上がっていると、リュースはトラスティに指摘した。 「そのことにしても、別に責めている訳じゃありませんしね。ちゃんと昨日は、私も楽しませてもらいましたし」  いひひと笑ったリュースは、「良いんじゃありませんか?」とデストレアを見た。 「ノブハル様が、ドルグレン司令を見つけているんですよね。だとしたら、計画遂行には問題はないと言うのも分かりますし」 「計画を進めるのには問題はないけどね。ただ、出来るなら二人の協力が欲しいと思っているんだ。まあ、もう少し待てば、バレル司令から連絡があると思うよ」  特に困った様子も見せないトラスティに、「だったら大丈夫ですね」とリュースは笑った。 「トラスティさんの保証は、今の所外れたことはありませんから」 「今度もそうだと良いとは思っているよ」  そう言って笑った10時間後、トラスティの予想通りバレルからの連絡が届くことになった。  もっともザノン公国には、帯電帯に居るトラスティ達と連絡を取る手段はない。そのためシーリーに中継地点を起き、その中継地点経由でバレルと話をすることになった。ただバレルが監視を気にしたので、話をするのはデストレアだけと言う事になった。 「私個人としては、戦争を終わらせるために軍人の犠牲を出すことを認めたくないと思っているよ。そのためなら、なんでもする用意があると言うことだ。ただ気をつけて欲しいのは、公国を売るつもりなど微塵もないと言うことだ」  それだけだとデストレアに告げたバレルは、少しだけ周りを見る仕草をして通信を遮断した。  通信が遮断されたことを確認してから、「十分だね」とトラスティは仲間たちの顔を見た。 「ノブハル君、ドルグレン司令の状況は確認できたかな?」 「ああ、普通に探して見つからないはずだ。拘束された司令達は、軍の刑務所ではなくバスクの別荘に軟禁されていた。さらに正確に言うのなら、敷地から出られないように制限を受けているだけで、それ以上の制限は行われていない。ただドルグレン司令だけは、また別の場所で軟禁されているようだ。フランチェスカ中尉と、軍の来賓用コッテージに軟禁されている。ちなみにこちらは、半径2km以上移動できないと言う制限が設けられている。移動制限以外は、反逆者に対する対応とは思えないな」  以上だとドルグレンの事情を伝えたノブハルに、「予想通りだね」とトラスティは答えた。 「シーリーでの行動は、バレル司令同様監視されていたと言うことだよ。そしてザノン公国と同様に、プロキア連邦も僕達のことをマークしていた。僕達とのつながりを考えて、ドルグレン司令は特別扱いを受けていると言うことだよ。まったく、食えない年寄り達だ」  そこで一度全員の顔を見たトラスティは、「期待される役割」と話を切り出した。 「双方の最高責任者は、一つのオプションとして僕達のことを考えているのだと思うよ。だからドルグレン司令は、他の司令達からも隔離されている。そしてバレル司令は、出撃の第一陣に加えられなかった。二人を隔離したのだから、さっさとコンタクトをしてこい……と言う辺りだろうね。デストレアさんが僕達と接触したのも、恐らくだけど把握されていると思うよ」  そこまで説明したトラスティは、「気に入らないな」と吐き出した。 「ノブハル君、君も面白くないと思わないか?」 「面白くないかと聞かれたら、それほどかは思うが……確かに、気に入らないと言う所はあると思っている。最高司令官が、なにか自分に酔っているようにも思えるな」  ノブハルの答えに、トラスティは小さく頷いた。 「状況を変えるのに、相応の犠牲が必要だと考えているのだろうね。生贄を用意しないと、戦争を終わらせることが出来ないと勘違いをしているんだよ。双方の最高責任者が戦争を終わらせたいのなら、いくらでもやりようがあるのにだ」  そこで顔を見られたカイトは、「そうだな」とトラスティの言葉を認めた。 「戦わないと言う選択肢が、最高責任者にはあるからな。ただ、その選択をしたあと、どうなるかまでは予想がつかないとは思うが」 「それでトラスティさん、気に入らないからってどうするんです?」  事情は理解できたが、自分達にも取れる選択肢は限られている。それを持ち出したリュースに、「招待客を変える」と言ってトラスティは口元を歪めた。 「若手の下っ端より、偉い人の方が良いと思わないかい?」 「そのあたり、トラスティさんらしいと思いますよ」  ふうっと息を吐いたリュースは、「それで?」とこれからの対応を確認した。 「それで、か。そうだね、招待客の事情も知らないとね」  そう答えたトラスティは、「サラ」とインペレーターのAIを呼び出した。そして呼び出しに応えて姿を見せたサラに、「居場所の座標確認を」と言って確認相手としてプロキア連邦軍上級元帥バスクと、ザノン公国軍最高司令ロールスの名前を指定した。 「双方の情報網にアクセスしますから、少しだけお待ち下さい」  そう言ってサラが消えたところで、「質問っ!」とリュースが手を上げた。 「どうしてアルテッツァじゃなくてサラなんですか?」 「どうしてって……サラの方が、仕事が早くて正確だからかな?」  そんなものとトラスティが笑ったところで、「調べが付きました」とサラが現れた。その速さは、リュースが「はやっ!」と思わず口にしてしまうほどのものだった。 「座標のトレースも出来ていますが、どうされますか?」 「ザリア、アクサ、コスモクロア、出てきてくれるかな?」  サラの報告を聞いたトラスティは、3人のデバイスを呼び出した。その呼び出しに応じて現れたのは、いずれ劣らぬ美しい姿をしたデバイスだった。ちなみにザリアは、コハクモードの姿をしていた。  そこで3人をじっくりと見比べたトラスティは、コスモクロアにゲスト招待の役目を任せることにした。 「コスモクロア、バスク、ロールスの両名を招待してもらえるかな?」 「夫殿、手分けをした方が手間がかからぬと思うのだが。なにゆえ、コスモクロア殿だけに任せるのだ?」  すかさずザリアから呈された疑問に、トラスティは「見た目の問題!」と言い切った。 「今のアクサでも若すぎるし、コハクモードのザリアだと幼すぎる」 「ならば、こちらなら良いということか? やれやれ、夫殿が見た目に拘るとは思っておらなんだな」  ふうっと息を吐いたザリアは、姿をラズライティシアモードへと切り替えた。お陰で長い黒髪に紫の瞳をした、絶世の美女がそこに現れてくれた。 「まあ、それだったら異論は無いよ」 「なにか、私だけ子供扱いされたみたいで気分が悪いわ」  ぷんと頬を膨らませて拗ねる姿は、綺麗と言うより可愛らしいと言えるだろう。ただ機嫌を損ねると、デバイスの場合は命に関わりかねなかった。ただ下手なことを口にすると、今度はコスモクロア達が怖くなってくれる。だからトラスティは、「適材適所」と誤魔化すことにした。  そしてトラスティがアクサへの対応を苦慮している横で、ザリアとコスモクロアは分担の話を終わらせていた。その結果ザリアがバスクを、コスモクロアがロールスを迎えに行くこととなった。 「とりあえず役割は決まったからな。夫殿、応接を用意して待っておるが良いぞ」  偉そうな言葉を吐いて、ザリアはその姿をインペレーターのブリッジから消失させた。そして「嫌味ですよね」と言い残して、コスモクロアも公国軍に向けて空間を跳躍していった。  これで必要な仕掛けは終わったことになる。さてと全員の顔を見たトラスティは、場所を変えようかと提案した。 「さほど待つ必要は無いと思うから、関係者は応接で時間を潰すことにしよう」  それがこっちと、トラスティは目の前で8の字を書いて空間接合を行ったのだった。  全長3千キロと言うのが、ブラックホール兵器ドゥームの大きさである。そのため他の艦船とは違い、機動性が皆無と言う問題を持っていた。そのため外部ワープ装置の助けを借り、製作されたドックから2万光年の距離を移動することになっていた。それでも巨大な図体のせいで、通常艦船ならば2週間の距離を、約3倍の6週間と言う時間を要することになった。  巨大で足が遅ければ、攻撃側からすれば格好の目標と言うところだろう。従ってドゥームを守るため、およそ5千の艦隊がその移動に随伴をしていた。その旗艦となるネラキネシスに、今回総司令を務めるバスク上級大将が陣取っていた。 「これで、行程の半分を過ぎたことになるのだな」  幕僚を無視し、バスクはまるで独り言のように「順調だな」と呟いた。普段ならば聞き流すところなのだが、幕僚の一人カサブランカが「閣下」と小声で話しかけた。 「公国軍最高司令、ロールス閣下の出撃が確認されております。およそ10万と言う大軍を率い、ゾルバー近傍の交戦ポイントに向けて移動中とのことです」  その報告に、バスクはふんと鼻を鳴らした。 「予定通りと言うことだな」 「まさに、その通りと言うことになります。この戦いでロールス閣下を亡き者にすれば、これまで叶わなかった我軍の大勝利と言うことになります。それも、時間の問題かと」  そこまで口にした所で、カサブランカは他の幕僚達に出ていくようにと目配せをした。すでに合意が出来上がっていたのか、20人ほど居た幕僚達は、それが当たり前のことのようにバスクの部屋を出ていった。 「ロールス閣下は、バレル司令を第二陣に回されたとのことです」 「やつも、わしと同じことを考えていると受け止めて良いと言うことか」  満足気に頷いたバスクに、「もう一つ」とカサブランカは追加の情報を持ち出した。 「スクブス隊の隊長デストレアが、シーリーでかの男達との接触に成功したようです。ただ、その後姿をくらましたとのことなので、それ以上の情報は得られておりません」 「やつらの船はどうなのだ?」  前回は、外部ドックに小型船が確認されていたのだ。それを考えれば、今回も同じでなければおかしいと言うことになる。それを指摘したバスクに、「現時点で見つかっておりません」とカサブランカは答えた。 「男達が現れた近傍を含め、すべてのドックをチェックさせております。ですが、該当する船は見つかっておりません。正規に派遣された者達の船が見つかっていることを考えると、どうやって現れたかが疑問と言うことになります」 「なるほど、あちらの方が文明が進んでいると言うのは偽りではないと言うことか」  うんうんと頷いたバスクは、「あと20日だ」とドゥームが戦場に到着する時間を口にした。 「それから10日もすれば、新しい時代が見えてくることになる。我らがプロキア銀河が、大きな世界の仲間入りをすることになるのだ。どうだカサブランカ、夢のある話だとは思わぬか?」  子供のように目を輝かせたバスクに、「まさに」とカサブランカはその事実を認めた。 「ただ残念なのは、変わっていく時代を見ることが叶わないことでしょうか」  そのカサブランカの言葉に、バスクは少しだけ口元を歪めた。 「新しい時代の前に、個人の気持ちなど些細なことである……と、普段の我輩なら言っておるところだろうな。そう言う我輩も、お前と同じ思いを持っておるのだ。だが時代の礎になると思えば、まだ我慢はできると言うものだ。これで、長き夢であった戦争を終わらせることが出来るのだからな」  夢を見るように上を向いたバスクは、長かったなとカサブランカに声を掛けた。 「そして、お前には汚れ仕事ばかりをさせてしまった」  それを詫びると言われたカサブランカは、「もったいない」と謝罪を受け付けなかった。 「私もまた、政府に絶望をした一人なのです。バスク様がおいでにならなければ、絶望したまま一生を終えていたことでしょう」  だから感謝をするのだと、カサブランカはバスクに向かって頭を下げた。部屋の中で起こるはずのない風と、嗅いだことのない香りを感じたのはその時のことだった。  一体何がと振り返ったカサブランカは、そこに妙齢の美女が立っているのに気がついた。年齢的には、20代半ばぐらいだろうか。長い黒髪と紫色の瞳をした、今まで見たこともない美しい姿をした女性である。  魅力的なスタイルをローブのような衣装で隠し……きれていないのだが、隠した女性は、ゆっくりと二人に向かって頭を下げた。 「トラスティの使いとして、バスクとやらを迎えに来てやったぞ」  丁寧な物腰に相反して、その口調はとても乱暴なものだった。ただ二人にとって、その程度の言葉遣いはどうでもいいことのようだった。ザリアの美しさに呆けた二人は、「どうした」と声を掛けられ現世界への復帰を果たした。 「トラスティだと? ならば、迎えに行くのはドルグレン司令のはずだっ! な、なぜ、見も知らぬ我輩を迎えに来ると言うのだっ!」  明らかに冷静さを欠いたバスクに、「そんなことは知らん」とザリアは言い返した。 「われにとって重要なのは、ぬしがわれとともに来るかどうかでしか無いのだ。バスクとやら、ぬしの夢見た世界を目の当たりにしたいとは思わぬのか? いらぬと言うのなら、トラスティに断られたと伝えてやってもよいのだぞ。なぁに、さほど手間を取らせるつもりはないのだ。話の長さにはよるが、往復だけなら時間は掛からぬからな」 「それでも、司令官たる我輩が長時間旗艦を離れる訳にはいかんっ! それが、司令官としての我輩の務めである!」  精一杯の虚勢を張ったバスクに、「そうなのか?」とザリアはカサブランカに問いかけた。 「不在と言っても、移動時間は瞬きするほどしか必要とせんのだ。1、2時間程度なら、仮眠中だと言っておけばいいであろう!」 「1、2時間程度と言うのかっ」  自分達の力では、2時間かけて移動できる距離など大したものではない。シーリーまで移動するにも、1日以上の時間が必要とされるのだ。しかもその時間が、移動ではなく話をするためだけの時間だと言う。予想外の出来事に思考能力が落ちたカサブランカでも、その程度の時間ならどうにでも出来ることは分かっていた。 「本当に、2時間程度で返していただけるのか?」  それを確認したカサブランカに、ザリアはバスクを見て「本人次第だな」と答えた。 「ザノン公国とやらから、ロールスと言う総司令官も招待するからな。お互い積もる話もあるだろうから、簡単には終わらぬことも考えられる。まあ、無理やり2時間で返すことも可能だがな」  どうすると問われたカサブランカは、「4時間までなら稼げる」と答えた。つまり、ザリアの提案を受け入れたと言うことだ。  そしてバスクは、「ロールスが来るのか?」とザリアに尋ねた。 「うむ、別の者が迎えに行っておるからな。コスモクロア殿なら、有無を言わさず連れてきてくれるだろう」  だから必ず来ると言われ、バスクは「良かろう!」と提案を受け入れた。 「ならば、無駄に時間を使うことはあるまい。カサブランカと言ったか、後始末をよろしく頼むぞ」  カサブランカに命じた次の瞬間、ザリアは瞬間移動でバスクの隣に立った。予想外の出来事に驚いた二人だったが、すぐにバスクの姿はザリアとともに見えなくなってしまった。 「光の距離を超えて、空間移動出来ると言うのか」  それでこそ、夢に見ただけの価値がある。湧き上がる興奮を抑えながら、カサブランカは己の役目を果たすことにした。  一方ロールスは、総旗艦ヨルゲントのブリッジに居た。すでに監視報告としてバレルの成果を受け取っていたので、後はバスクとの決戦を残すまでだと考えていた。 「連邦の動きに、特に変化はないか?」 「今の所特に変化は出ておりません。今のままなら、19日後に戦いの火蓋が切って落とされることになるのかと」  その報告に頷いたロールスは、パーソナルスクリーンに1枚の写真を投影した。そこにはスコープグラスを付けていない自分と、まだ髪の毛の有った頃のバスクが映っていた。秘蔵中の秘蔵品の、誰かに知られたら今の身分が危うくなる映像である。 「違う手段を主張した俺たちが、一つの目標に向かって力を合わせることになるとはな」  皮肉なものだと笑った時、ロールスの目の前に一人の女性が現れた。まさに湧いて出たと言っていい程唐突に現れた女性は、長い黒髪と緑色の瞳の、息をするのも忘れてしまいそうなほど美しい姿をしていた。ただいくら美しい姿をしていても、戦艦のブリッジに於いて異物であることに変わりはない。「何者だっ」とロールスが声を上げるのは、あまりにも当たり前の反応だった。  だがロールスが慌てたにもかかわらず、ブリッジに居る者達は何事もないように自分の仕事をしていた。その異様な光景に、「夢でも見ているのか」とロールスは自分の頬をつねった。  当然のように感じた痛みに、「何が起きておるのだ」とロールスはもう一度目の前に現れた美女を見た。身体にピッタリフィットしたエメラルド色のボディースーツに、白の短いスカートとジャケット姿と言うのは、いかにも戦艦と言う場にそぐわない物だった。だがその女性の美しさは、戦艦のブリッジを社交場へと変えてくれたのだ。  もう一度「何事なのだ」とロールスが呟いたところで、黒髪の美しい女性はゆっくりとお辞儀をしてくれた。 「我が主、トラスティ様からロールス様をご招待するよう申し使ってまいりました」 「トラスティ……だと!?」  一瞬誰のことかと分からなかったロールスだったが、すぐにそれがバレルに接触を命じた相手だと思いだした。それでも分からなかったのは、なぜその使いが自分の前に現れたのかと言うことだ。 「し、しかし、それならばバレルの前に現れるのが道理ではないのかっ!」 「我が主は、ロールス様とお話することを希望されておいでです。ただ、その前に場所を移りたいと思うのですが、いかがでしょうか?」  そこでぐるりと首を巡らせたコスモクロアは、ロールスの同意を待たずに場所を彼の居室へと移した。そして何が起きたか理解できないロールスに、「閣下はお休みになられている事になっています」と説明した。 「ですから、少なくとも数時間は不在を知られることはありません」 「な、なぜだっ。わしがブリッジに居たことは、全員が知っておるのだぞ」  ありえないと喚くロールスに、「騒ぎになりませんでしたよね」とコスモクロアは問いかけた。 「それがすべてのお答えになるのかと思います。それよりも、こうしている時間が惜しいとは思いませんか?」 「だ、だが、なぜわしなのだ? せっかくバレルを隔離したのだ。ならば、あやつに声を掛けるのが道理ではないのか!」  自分のことは知らないはずだ。そう喚いたロールスに、「我が主の命令です」とコスモクロアは返した。 「その苦情であれば、我が主にお願いいたします。それからロールス閣下にお伝えすることがございます。プロキア連邦軍からは、バスク閣下においでを願うことになっております」 「バスクだとっ!」  もう一度目をむいたロールスは、すぐに大きく息を吐き出した。 「あいつが来るのなら、わしが行かない理由がないな。あいつが変心した理由を問いただしてやらんといかん」  そこでコスモクロアを見たロールスは、「感謝する」と頭を下げた。 「ところで、先程数時間はと言ってくれたな。つまり、その程度の時間で帰ってこられると言うことか?」  あまり不在時間が長くなると、それだけで騒ぎが起きることになる。それを気にしたロールスに、「閣下次第ですね」とコスモクロアは笑った。 「移動に掛かる時間は、ほとんどゼロと言って宜しいのかと。ですから、それからは閣下がどれだけのお時間話されるのかとう言うことになります。もちろん、時間を切って強制的に送り届けることも可能ですよ」 「積もる話ならいくらでもあるが、それは平和になってからすれば良いことか……」  そう答えて目を閉じたロールスは、目を開いて「お願いする」とコスモクロアに頭を下げた。  「畏まりました」とコスモクロアが頭を下げた次の瞬間、ロールスの姿は総旗艦ヨルゲントから消失した。  どうやら必要な登場人物のご招待は、ザリアの方が早かったようだ。いきなり豪華な部屋を目の前にしたバスクは、首を忙しく動かして自分の置かれた状況を確認しようとした。だがいくら部屋の中を見たところで、それ以上の情報が与えられるはずがない。しかも自分を連れてきた女性の姿も見当たらないのだ。これでどうすればいいのだと、バスクは誰も居ない部屋で天井に向かって文句を叫んだ。  だがその文句の声が部屋の中に響いて消えた時、新たな影が部屋の中に現れてくれた。振り返ってその主を確認したバスクは、「ロールスなのか?」と現れた相手に問いかけた。 「そう言うお前はバスクなのか。いつの間に、そんな禿頭になったんだ?」 「そう言うお前こそ、いつの間にそんな胡散臭いスコープメガネをするようになったのだ。それはなんだ、つぶらな瞳を隠すためなのか?」  そう言い返したところで、バスクはロールスに歩み寄ると「久しぶりだな」と言って右手を差し出した。  差し出された右手を取ったロールスは、「お互い老けたな」としっかりと握り返した。 「しかし、お前は1万光年は離れたところに居たはずだが?」  驚いた声を出したバスクに、「確かにな」とロールスもお互いの距離を認めた。そして一瞬でその距離を超えた相手に、宇宙は広いのだと改めて教えられた気持ちになっていた。 「しかし、お前もドゥームだったか、どうしてあんな馬鹿な兵器を持ち出したのだ。お前のポリシーは、粘り強く上申するのではなかったか?」  そう論ったロールスに、「いい加減疲れた」とバスクは言い返した。 「あれから、何十年も上申を続けたのだぞ。それだけ続けても意味がなければ、いい加減疲れてもおかしくはあるまい。だからお前のことを思い出し、我輩達の手で戦争を終わらせる方法を考えただけだ」 「だから、上申などしても無理だと言ってやったのだ。お前がもう少し早く現実を認めれば、もっと早くケリが付いていたのだぞ」  のろまめと罵ったロールスに、「機が熟すのを待っていた」とバスクは言い返した。 「何しろ、別の銀河の者が顔を見せてくれたのだからな。もっと早ければ、我輩達は結果を見ることも、夢を見ることも出来なかったはずだ」  違うのかと問われたロールスは、「それはそうだな」とあっさりとバスクの言葉を認めた。 「だが、本当に彼らは我々を手伝ってくれるのか?」 「そうでなければ、こんな手間を掛けることはあるまい」  そう言い放ったところで、豪華な部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。いよいよお出ましかと二人が緊張したところに、扉を開けてトラスティが入ってきた。そしてその後ろから、カイトとノブハルが並んで現れ、リュースがデストレアを連れて現れた。  小さく会釈をしたトラスティは、自分の自己紹介から始めた。 「すでに私のことはご存知だとは思いますが、初めましてトラスティと言います。ここからは遥か遠く、どこにあるのか分からない銀河から来ています。カイト氏のこともご存知だと思いますが、彼も私と同じ銀河から来ています。もう一人のノブハル氏は、私達とは違う銀河の出身です。そして青い髪をした女性は、リュースと言います。彼女もまた、別の銀河出身です。デストレアさんのことは、今更紹介する必要はありませんね」  真面目な顔で出席者を紹介したトラスティは、「お座りください」と用意されたテーブルを指さした。そして全員が所定の位置に座ったのを確認し、「お話は弾みましたか?」と二人に問いかけた。 「うむ、旧友と久しぶりに顔を合わすことが出来た」  感謝すると頭を下げたバスクとロールスに、「お手伝いができて幸いです」とトラスティは微笑んだ。 「色々と説明することがあると思います。まず簡単なことから説明しますが、みなさんをここにお連れした方法は、多層空間を利用した空間接合によるものです。多少の制限はありますが、この方法を使うとどれだけ離れていても、一瞬で移動することが可能です」  そこで言葉を切ったトラスティは、二人から質問がないのを確認し、説明を続けることにした。 「一度帰って正規の組織に移管したのに、再び私達が現れたことに疑問を持たれているかと思います。彼女、デストレアさんにも説明したのですが、私達が獲得した……と言うには未解明の部分が多すぎるのですが、未来視と言う技術があります。私のスタッフにその技術を持っている者が居るのですが、彼女が私達の代わりに派遣された隊員達を襲うことを未来視で見ました。更にその理由を調べてもらったのですが、私達とコンタクトするためバレル閣下が命じたことが分かったのです。そしてドゥームですか、その兵器が使用されるのも分かりました。それが戦争を終わらせ、私達の世界に加わることを目的としたものと推測し、事態を収拾するため再度必要な戦力を用意しパシフィカ銀河……この近傍にある、グルカ銀河が付けたこの銀河の名前なのですが、再度訪れることにしたと言うことです」 「つまり、交流開始の用意を始めてくれたと考えていいのだな?」  慎重に問いかけてきたロイスに、「違います」とトラスティは答えた。  その答えに驚く二人に、「私達は、犠牲をよしとするつもりはないのです」とトラスティは答えた。 「だが、犠牲なしに戦争を終わらせることは出来ないだろう。事実バスクは、上申と言う形で何十年も努力を続けてきたのだぞ。その結果が、これなのだっ!」  そんな都合の良い方法はないと、ロイスは大きな声を上げた。そんなロイスに、本当にそうなのかとトラスティは問いかけた。 「私達が関与しなくても、戦争をやめる方法は有ったと思いますよ。そうですね、例えばですが、あなた達が戦わないことを選択したらどうなります? 軍人が戦わないことを選択した時、あなた達の政府は戦うことを強要できるのですか?」  その問いかけに、二人は一度顔を見合わせた。そして私がとロイスが口を開いた。 「その方法をとるには、大きな前提が幾つか必要だ。まず、双方の司令官が戦争を止めたいと考えている必要がある。それをクリアできたとして、お互いの意志が確認でき、約束が確実に実行できる必要がある。特に意思の確認は、置かれた立場を考えると非常に困難を伴うものだ。同時に、約束の実行も困難を伴うと予想される」  ロイスの答えに、トラスティは「そうですね」とあっさりと認めた。そして認めた上で、不可能な提案なのかと聞き返した。 「いや、わしとバスクの間なら、可能性があるのは否定出来ないだろう」  もう一度頷いたトラスティは、「そして今なら、可能な方法でもありますね」と指摘した。確かにこうして顔を突き合わせて話をしたのだから、条件はよりクリアになったはずなのだ。  それを理解した二人に、「別の方法です」と自分達の関与を持ち出した。 「あなた達の戦いに、私達が横槍を入れることも出来ます。すでに100万を超える艦隊が、あなた達の会戦予定宙域から5万光年ほど離れたところに到着しています。100万の艦隊を前に、あなた達は悠長に戦争をしていることは可能ですか?」 「100万だとっ!」  思わず腰を浮かした二人に、「100万です」とトラスティは返した。 「それに加えて、少し遅れて1億の艦隊が到着します。その戦力を前に、あなた達の政府は戦いを選択することが出来ますか?」  出来ないことを前提の問いかけに、バスクとロイスは顔を見合わせてから揃ってため息を吐いた。 「何をどうすれば、そのような馬鹿げた戦力を連れてこられるのだ? そちらのレベルから見たら、100万でも過剰投入でしか無いだろう」  いかにも呆れたと言う顔をしたバスクに、「数は重要ですよ」とトラスティは返した。 「いくら技術的に優れていても、数が少なければ戦いたくなる人もいるのではありませんか? ですが、自分達の戦力を遥かに超える数を揃えられたら、端から戦う気持ちをなくすと思いますがね?」 「それを認めることは吝かではないのだが……」  そこでもう一度顔を見合わせた二人は、「どうすればいいのだ?」とトラスティに問いかけてきた。 「その方法をとるのなら、我輩達を呼び出す必要はなかったはずだ。だとしたら、ドルグレン達ではなく、我輩達を選んだ理由があるはずだ。その理由を教えて貰いたい」  バスクの問いに、「気分ですね」とトラスティは言ってのけた。その答えに目を剥いた二人に、「話は最後まで聞くものです」とトラスティは笑った。 「配役に、あなた達の思惑が透けて見えましたからね。まあ、それが気に入らなかったと言うのもあるんですが、それ以上に気に入らないのは、あなた達が死ぬつもりだと言うのが分かったからです。そんな身勝手を、私達に押し付けて欲しくないと言うのが正直なところです」 「だが、わしらは不確実な方法をとる訳にはいかぬのだ。そもそも、君達がこれほど早く干渉してくると誰が考えられるだろうか。わしらの手で戦争を終らせる道筋をつけ、後は若者に任せるつもりで居たのだ。君達との話は、それからだと思っておったのだ」  押し付けと言われるのは心外だと言い返したロールスに、トラスティは少し口元を歪めた。 「確かに、これを予想しろと言うのは無理なのでしょうね。想像力を働かせてと言うのは簡単ですが、流石に酷な要求だと言うのは分かります」  顔の前で手をこすり合わせるようにしたトラスティは、「どんな方法がお好みですか?」と問いかけた。 「どのような方法が好みと問うのか」  うむと腕を組んで考えたバスクは、ロールスの顔を見てから「死者の出ない方法を」と口にした。 「我輩等が責任を負うことはいい。それが、総司令官たる者の責任だと思っておるからな。だが、兵士達に無駄な犠牲を出したいとは思っておらぬのだ。ましてや住民に犠牲を出したいとは思っておらん。どのような方法と問われれば、それを最初に上げるほかは無いだろう」 「まったく、あなたは優しすぎる悪人だ」  呆れたようにため息を吐いたトラスティは、「何をしても死人は出ます」と二人に告げた。 「どんなに気を使っても住民にパニックが発生します。先日も似たようなことが有ったのですが、そのパニックで200万人もの死者が出たんです。一星系あたり10人程度なのですが、巨大な連邦ともなると死者の数は積み上がってしまうのですよ。たとえ私達が平和的に交流を持ちかけたとしても、パニックが起こることまでは防ぐことは出来ません。その数をできるだけ減らすようにと言うのなら、まだやりようはあるとは思いますよ」  それでどうかと問われた二人は、「それが必要な犠牲なのか」とトラスティに問いかけた。 「必要だと言うつもりはありません。ただいくら頑張っても、ゼロには出来ないと言っているだけです。根本的な問題として、あなた達が属している政府の問題があります。あなた達が戦うことをやめても、政府は戦争を止めることを認めますか? 素直に認めるようなら、穏便な形で交流を持ちかけることも可能です。政府が落ち着いて行動できれば、パニックが起きたとしても大したものにはならないでしょう」  それはどうかと問われた二人は、「連邦は難しい」とバスクは答えた。そしてロールスも、「事情はさほど変わらん」と答えた。 「つまり、あなた達の政府に対して「事実」を突きつける必要があると言うことです」  そこでの混乱が、住民のパニックにつながることになる。そしてパニックの度合いによっては、大勢が命を落とすことになるのだと。  トラスティの指摘に対して、バスクとローレンスは否定の言葉を口にできなかった。ただ否定の言葉を口にできない代わりに、自分達がなすべきことが見えてきていた。 「我輩等は、戦地に向かうのではなく、中央行政府に向かうべきだったと言うことか」 「今宇宙で何が起きているのか。わしらは、まずそれを伝えるべきと言うことだな」  頷きあった二人に、「結論が出たようですね」とトラスティは問いかけた。そして二人に対して、別の問いかけを行った。 「僕達に、何かお手伝いできることはありますか? 恐らくですが、証拠があった方が話がしやすいのではありませんか?」  いかがでしょうと問われた二人は、「頼めるのか?」と逆に聞き返した。 「可能な限り協力しますよ。それで、お二人はどのような方法がお好みですか?」  トラスティの問いに、二人は「うむ」と揃って頷いた。 「目に見える手土産が必要だと思っておる」 「少しばかり、ご足労願うことは出来ないだろうか?」  つまりは、自分達と同行してほしいと言うのである。なるほどと頷いたトラスティは、威嚇しない程度の戦力を呼び寄せることを決めた。証拠と言う意味なら、実物を見せるのが確実だと考えたのだ。 「では、こちらの準備ができた所でお知らせします。そうですね、2、3日で整うと思ってください」 「そんな短時間で可能なのかっ!」  驚くロールスに、トラスティはしっかりと頷いた。 「1億を揃えるには、もう少し時間がかかりますけどね。少ない数なら、さほど時間を掛けずに呼び寄せられますよ」  そこで目の前でぽんと音を立てて手を叩いたトラスティは、「話はこれで終わりです」と二人の顔を見た。 「すぐにでも送り返すことは可能ですが、時間的にはまだ余裕がありますね。もう少しお話をされると言うのなら、終わり次第送り届けさせますよ」  どうされますかと問われた二人は、「厚情に感謝する」とトラスティに頭を下げた。 「だが、それは和平が結ばれた時の楽しみにとっておくことにする。もしかしたら、それが別の銀河の可能性もあるはずだ」 「うむ、その時には思いっきり酒を酌み交わすことになるだろうな」  ロールスの言葉を認め、バスクはしっかりと頷いた。それを笑顔で受け止めたトラスティは、デバイスを二人呼び出した。 「ザリア、コスモクロア、お二人を送ってくれないかな?」  姿を表したザリアは、「容易いことだ」と胸を張った。そしてバスクの隣に現れ、「準備は良いか?」と問いかけた。 「うむ、世話になるな」 「なに、これも夫殿の頼みだ。ぬしが気にするようなことではない」  もう一度ザリアが偉そうにした所で、二人の姿がインペレーターから消失した。そして残されたロールスも、コスモクロアと一緒に姿を消した。  これで、2つの巨大国家連合の戦争終結に向け、仕掛けが完了したことになる。双方の軍代表から依頼を受けた以上、連邦法を気にする必要もなくなっていた。 「さて、バレル司令をのけものにするのも可哀想だね」  そこで顔を見られたデストレアは、「その通りです」とトラスティに頭を下げた。やけに丁寧な態度に、トラスティは首を傾げてしまった。ただそれも些細なことかと忘れ、次の仕掛けへと取り掛かることにした。  まず自分がしなければいけないのは、100万を超える艦隊を預けたスタークと連絡をとることなのだ。必要な艦隊配置を済ませて初めて、両国家体が新しい時代を迎えることが出来るのだと。  双方たっての希望と言うことで、プロキア連邦とザノン公国の平和条約は、遠く離れたグルカ銀河で行われることとなった。ヤムント連邦主星ヤムントのダイワにある迎賓館で、両国家体代表が顔を合わせることとなった。そして平和条約締結の仲介役を、ヤムント連邦首相であるカンソンが務め、締結式のホストは大帝ゲンラが務めることとなった。そしてゲストとして、オスラム帝国から皇帝ジントクも列席していた。  ただ両国家体が平和条約を結ぶことに貢献した、トラスティ達トリプルAはこの式典には出席していなかった。その辺り、国家間の約束の場だからと言うのが理由になっていた。  その意味で言えば、皇族に名を連ねるトラスティには出席の義務があるはずだった。ただその義務に対して、「別の催しがありますので」とトラスティは丁重に断ったと言う事情がある。  ちなみにこの式典には、超銀河連邦から理事会代表のサラサーテ等も出席していた。そのあたり、平和条約締結後に、彼らから超銀河連邦加盟の申請を受け取るためである。 「では、両代表によるご署名をお願いいたします」  厳かな雰囲気の中、プロキア連邦代表ライハールトとバノン公国公王レノンが条約にサインを入れた。これで、晴れて両国の間に平和条約が結ばれたことになる。握手を交わす両代表の姿は、マスコミによって両国家体に住まうすべての住民のところへと届けられていた。 「続いてプロキア連邦並びにザノン公国より、超銀河連邦加盟の申し入れを行うことになる。ただ申し入れとは言ったが、この時点ですでに申し入れがなされたのと同じということだ。従って、超銀河連邦の理事長であるサラサーテ氏より、ご挨拶を頂きたいと思っている」  そこで一度頭を下げてから、カンソンは舞台の後ろへと下がった。その代わり前に進み出たサラサーテは、ゆっくりと両代表の顔を見てから口を開いた。 「超銀河連邦理事会代表として、プロキア連邦代表ライハールト殿、ザノン公国公王レノン殿に、歓迎をの言葉を述べさせていただきます。我々超銀河連邦を構成する1万と2の銀河は、あなた方の加盟を歓迎いたします」  そこで一度言葉を切ったサラサーテは、「少し歴史をお話したいと思います」と続けた。 「我々超銀河連邦は、今より1千ヤー、皆さんの言い方では1千年前に設立しています。そして設立からおよそ10ヤーで、加盟銀河数1万と言う巨大な超銀河集合体となりました。その設立には、連邦では神話を作られた一人の存在があります。人の身で宇宙を自由に駆け回り、光を始めとした森羅万象を己の下僕として操る。それだけを聞けば、恐らく皆さんは荒唐無稽、作り話だとお考えになられるでしょう。ですが、その方が起こされた奇跡の技は、データーとして残されているのです。そして1千ヤーを超える長命種の方の中には、その方と直接触れ合われた方もご存命であられます。つい最近まで、我々はその方の名前・姿に対して忘却と言う封印を受けていました。ですが、すでにその封印は御子孫によって破られ、そのお名前は分かっております。ただ不思議なことに、未だその雄姿は記録として見つかっておりません。そしてそれ以上に不思議なことは、その後子孫が存在したと言うことです。人として生を受けた以上、子孫を残されたとしても不思議ではない。みなさんは、恐らくそう考えられたことでしょう。ですが、その方にお子様がおいでになられたと言う記録はなく、まるで突如湧いて出たように……これは、いささか失礼な物言いなのですが、いきなり御子孫が歴史の舞台に現れてくださいました。そして1千ヤーの間に生まれた歪を、瞬く間に解決してくださったのです。そして1千ヤーに渡り1万から増えなかった加盟銀河が、わずか1ヤーの間に3も増えることとなりました。そしてその方々は、IotU……超銀河連邦の始祖を、我々はIotU、すなわち宇宙の非常識と呼んでいたのですが、IotUの奇跡に頼らない、人の力で新しい時代を切り開いてくれたのです。今回出席されていませんが、新しく仲間に加わったヨモツ連邦の皆さん、そして条約締結の舞台となったヤムント連邦の皆さん、そして新たに条約を結ぶことになったプロキア連邦並びにザノン公国の皆さん、皆さんとともに歩く、新しい時代を迎えることとなったのです。そしてこれからも、新しい友人を求めて我々は呼びかけを続けることでしょう」  そこで一度言葉を切ったサラサーテは、集まったマスコミ達をゆっくりと眺めていった。 「そのためにも、私はまだまだ彼らに働いてもらわなければと思っています。いえ、まだまだ楽にさせてはいけないと言い換えてもいいのでしょう。まあ、まだ彼らは若いですから、ここで落ち着くことはないと思っていますがね」  そこでニヤリと笑ったサラサーテは、話をトラスティ達から正常な方向へと切り替えた。よほど張り切っていたのか、その演説は約1時間の長きに渡ったのである。  ヤムントで調印式が行われている頃、パシフィカ銀河にあるシーリーのバーでは、男が二人グラスを合わせていた。両方共40に差し掛かった、片方は少し冴えない、もう一方はとても鋭い眼光をした男である。それぞれがプロキア連邦軍艦隊司令官、ザノン公国軍艦隊司令官と言う役職を持っていた。 「ザノン公国、プロキア連邦の平和条約締結を祝して」  ドルグレンの言葉に頷いたバレルは、「もう一つ」と乾杯の理由を付け足した。 「超銀河連邦への加盟申請を祝して」  晴れやかな顔をした二人は、赤いぶどう酒の入ったグラスを軽くぶつけ合った。ちんと言うガラスの澄んだ音が響き、深紅の液体がグラスの中でダンスをした。そして二人がグラスに口をつけたことで、ダンスのステージは彼らの舌の上へと移っていった。  その余韻を味わった二人は、ゆっくりとグラスを置いてお互いの顔を見つめ合った。そしてドルグレンが、「しかし」と先に口を開いた。 「流石に、踊らされたことには乾杯できませんね」 「確かに、見事に踊らされたとしか言いようがないな」  大きく頷いたバレルは、「しかし」と言葉を続けた。 「それもまた、歴史が動くのには必要なことだと言うことだ。そしてまだまだ、我々の人を見る目が甘かったと言うことにもなる」  そこで二人が思い浮かべたのは、和平の立役者となった男達ではなかった。 「仰る通りかと思います。私は、バスク閣下の人となりを誤解していましたよ」 「ですが、あの動議は必要な儀式ではなかったのですか?」  バレルの指摘に、「必要な儀式でしたね」とドルグレンは認めた。 「それを含めて、私はバスク閣下に踊らされたことになります。まさか私の行動が、ドゥーム就役の理由になったとは想像もしていませんでしたよ」 「私も、ロールス閣下の深慮までは想像できていませんでした。それでも言えることは、良き先達に恵まれたと言う思いです。ロールス閣下、バスク閣下がおいでにならなければ、平和条約締結にこぎつけることは出来なかったでしょう。かく言う私も、未来を夢見ることしか出来ませんでした」  バレルの告白に、「自分もそうだ」とドルグレンは認めた。トラスティ達の正体には気づいていたが、それ以上の行動を取ることが出来なかったのだ。その理由は、必ずしもデストレアの妨害が理由とは言えなかった。 「まだまだ、と言うことですな」 「ええ、まだまだだと思っていますよ」  そう言って二人が声を揃えたところで、「まだまだですね」と言う女性の声が聞こえてきた。ドルグレンには聞き覚えのない、そしてバレルには忘れられない声に、二人は慌てて後ろへ振り返った。  そこに立っていたのは、トレードマークのミニスカートを穿いたマリーカだった。そして二人に向かってニパッと笑い、「男同士でしんみりするのは早いですよ」と話しかけた。 「君が付き合ってくれると言うのなら、私としては歓迎するのだがね」  ニヤリと口元を歪めたバレルに、「今日は無いですね」とマリーカは返した。 「旦那さまから、お二人を招待してこいと言われましたので」  旦那様と強調するマリーカに、言ってくれるねとバレルは不敵に笑った。 「男には、負けると分かっていても挑まなくちゃいけない時があると教えなかったかな?」 「戦いと言うのは、相手をよく見てするものだと思いますよ」  真顔で答えたマリーカは、「サラさん」とインペレーターのAIに声を掛けた。そして次の瞬間、ドルグレンとバレルの姿が、マリーカとともにシーリーのバーから消失したのだった。  一体何がと驚いた二人だったが、目の前の光景にもう一度驚かされることになった。何しろ目の前には、明るく輝く広間が広がっているだけでなく、大勢の男女が歓談していたのだ。それだけでも驚きなのに、よくよく見てみると、その中にはスクブス隊の女性達も混じっていた。  いきなりのことで固まった男二人だったが、マリーカに突かれて現実へと復帰した。 「ここは、どこなのかね?」  深呼吸をしてから聞いてきたドルグレンに、「エスデニアですね」とマリーカは答えた。 「と言っても分からないと思いますけど、超銀河連邦の中では中核を占めている国家です。単一星系……って言うのには少し疑問があるんですけど、より大きなシルバニア帝国とかライマール自由銀河同盟の上に立っている国です。そして、超長距離の移動技術の元締めとも言える国ですね。付け加えると、男性も女性もとても綺麗と言う特徴があります」  そう言いながら二人の後ろに回ったマリーカは、「ぼんやりとしていないで」と背中を音が出るほど叩いた。  ただそれぐらいのことで輪に入っていけたら、誰も人間関係で苦労などしていないだろう。流石に尻込みをした二人だったが、「なっておらん」と言う声に再び目を剥くことになった。 「なぜ、バスク閣下が!?」 「なぜ、ロールス閣下が!?」  自分の上司が現れたことに驚く二人に、「招待されたからである」と上司二人は声を揃えた。 「お前達が夢に見た、新しい世界の仲間入りができたのだ。それなのに、どうして臆する必要があるのだ? それに見てみろ、美しい女性が大勢参加されておられるのだ。男として、挑まない道理があるであろうか!」 「まさしく、バスクの言う通りだっ!」  あははと笑うところを見ると、二人ともしっかりと酔いが回っているようだ。それをなんだかなぁと冷めた目で見たドルグレン達に、「なっていませんね」と今度はトラスティが声を掛けた。 「せっかく皆さんのためにパーティーを開催したのに、それでは集まってくれた人達に申し訳ないと思いませんか? 独身のいい男が二人来ると教えたら、エスデニアの役職者達がこぞって参加してくれたんですよ。ちなみに、フランチェスカさんも招待しておきましたけどね」  付け足しのように出された名前に、バレルは思わず吹き出してしまった。とても親切そうに見えて、その実とても嫌らしいことをしてくれたのだ。 「では、私はマリーカ嬢に挑むことにしよう」  そこでトラスティの顔を見てから、バレルはドルグレンの肩を叩いてからパーティーの輪へと加わっていった。  それをため息で見送ったドルグレンは、「君は嘘つきだな」とトラスティを責めた。 「この集まりは、必ずしも私達のためだけではないのだろう?」 「別に、嘘を吐いたつもりはありませんよ。ただ、他にも目的があっただけです。もしかして、ご迷惑でしたか?」  トラスティの問いかけに、「いや」とドルグレンは首を横に振った。 「むしろ、感謝しているぐらいだ。まさか、こんなに早く別の銀河に来られるとは思っても見なかったからね。まだ実感が湧いていないのだが、間違いなくとても凄いことだと思っているんだよ」  感動するドルグレンに、「そうですね」とトラスティは相槌を打った。 「次からは、これが日常に変わるんです。そして、もっと凄いことを目の当たりにするかも知れませんよ」  まだまだですよと笑うトラスティに、「君はペテン師だ」とドルグレンは言葉を変えた。 「しかもペテンだと分かっていても、その誘惑に抗えないからタチが悪い」 「それも、よく言われますね。だから、もう慣れてしまいましたよ」  もう一度笑ったトラスティは、「見ているだけですか?」と輪に加わることを促した。 「見ているだけ?」  まさかと答えたドルグレンは、少し早足でパーティの中へと入っていった。それを笑顔で見送ったトラスティは、特に人口密度の高い方へと視線を向けた。分かりきったことだが、そこには彼の妻達が集まっていたのだ。そして彼女達を目当てに、男達もまた群がっていた。 「さて、余計な虫は蹴散らしてくるか」  所有権をしっかりと主張しなければ。そう呟いて、トラスティもまたパーティーの喧騒へと戻っていったのだった。 続く