立場上、芙蓉学園のことは全てカエデに伝えられる。特に留学解除をしたジントのこととなると、リリンにとって非常に大きな意味を持ってくる。そのせいもあって、自動的にジントの動静が伝えられることになる。
 このことに関しては、ノエインの中でも秘匿した方が良いのではないかという議論が起きていた。だがあからさまな真似は、逆に不信を買うことにもなりかねない。それに隠し通すことは出来ないだろうというのが、最終的な結論の理由となった。だから包み隠さず、動静を報告しようと。従って、碇家で行われたパーティーの様子も、極めて客観的なコメントとあわせてカエデに伝えられたのだった。

「……楽しそう」

 当然のように、カエデはジントの映像に注目した。だがそうすると、嫌でも隣に立つマディラの姿が目に入ってくる。しかも二人揃ってコハク達と話す様子は、とても楽しそうに見えたのだ。だから「楽しそう」と言うのは、現実をただ口にしたのに過ぎない。だが「楽しそう」と口にするカエデの顔は、言葉を裏切る表情をしていた。そこには色々な物が入り交じっていたのだが、一番言い表しているのは「無表情」だろうか。混ざり合いすぎて、塗りつぶされてしまったのが今のカエデだった。
 だが表情の無かったその顔も、報告を読み続けるに連れ冷たさが顔を出してきた。それが顕著に出たのは、自分が連れてきた少女達の表情が出たときだろう。同じように楽しそうにする彼女たちに、カエデの中では黒い物が沸き上がっていたのだ。

 だが冷たい表情も、ドアがノックされたところで綺麗に霧散した。その代わりに現れたのは、疲労のにじみ出た顔だった。そのひどさは、決裁書類を持って現れたマーガレットが、思わず顔をしかめるほどだった。

「本来なら、至急処理をして欲しいとお願いするところなんですが……
 カエデ、悪いことは言いませんから、少し休暇を取った方が良いですよ。
 これは、私たち全員の総意だと思ってください。
 そうしないと、医療部から休暇勧告が出てしまいますよ」

 しかしカエデから返ってきたのは、否という答えだった。「ありがとう」と礼を言ったカエデは、その気持ちになれないのだと本音を口にした。

「だから皆さんには悪いと思っていますが、ここに来ている方が落ち着くんです。
 私なりにコントロールしていますので、あまり心配してくれなくても結構ですよ」
「しかしカエデは本当に休暇を取っていない。
 数日ぐらいなら、ここを離れても大丈夫じゃないのですか?
 美咲市に戻れば、気分も変わって良いかと思いますが」

 そこに帰れば、ジントと過ごすことも出来る。その言葉を口にしないで、マーガレットは休暇を取るよう強く勧めた。確かに彼女の言うとおり、カエデの仕事なら美咲市でも処理出来ることが多い。それに美咲市に帰れば、コハクやシンジと話をする機会も作れるだろう。リリンの代表という立場を考えれば、それはそれで大きな意味を持ってくる。意味のないことだが、美咲市に帰ることは口実を作りやすい。
 カエデの性格を考えれば、単純に休暇を取れではだめなのは分かっている。知恵を絞ったマーガレットは、コハクやシンジのことを持ち出したのだ。特にシンジは、役職者回りを続けているとの報告が来ている。ならば一度帰って、話を聞くのは自然なことなのだと。

「確かに、マーガレットさんの言われるとおりなんですが……
 ただ碇さんなら、近々ジュネーブにいらっしゃると言うことですよ。
 マーガレットさんが言われたとおり、今の活動のことを報告してくださるそうです」

 それを考えれば、そのために美咲市に戻る必要はないのだ。口実の一つ、そして最大の物を失ったマーガレットは、タイミングの悪さを呪わないではいられなかった。仕事と責任を持ち出せば、無理矢理でもカエデを帰すことが出来たのだ。だがシンジがこちらに来るとなった以上、このタイミングで美咲市に行けと言えなくなってしまった。
 もっともカエデのことを除けば、シンジがジュネーブに来るのはありがたかった。前回の訪問の時は、色々と問題を起こしてしまったような気がするのだ。それを考えれば、今度こそ色々と話をしなければと思っていた。しかもエデンへの訪問報告となれば、是非とも話を聞きたいというのが本音だった。だからマーガレットは、ひとまず問題を棚上げし、自分にも話を聞かせて貰えるかと切り出した。

「是非とも、役職者達の話を聞いてみたいと思います」
「とうぜん、皆さんのことは考えていますよ。
 私たちには、最高評議会議員さんの考えを聞くことは重要ですから。
 可能な限り、情報の共有をしたいと思っています」

 そこまで話したカエデは、シンジに頼まれていたことを思い出した。ゆっくりとしたいので、適当なホテルを確保して欲しいと言われていたのだ。

「ねえマーガレットさん、碇さんがホテルを予約して欲しいって言っているんですけど。
 どこのホテルが良いのでしょうね?」
「シンジ碇が宿泊するホテルですか……」

 日帰りできる能力があるのに、どうしてホテルに泊まるのだろう。疑問は感じていたが、それはありかとマーガレットは考え直した。それならばと、格式に従って最上級ホテルの名前を出そうとした。シンジの立場を考えれば、それぐらいしてもおかしくはないと思ったのだ。だがいざ名前を出そうとしたところで、本当にそれで良かったのかと思えてしまった。何しろシンジに関する分析では、派手なことが嫌いで貧乏くさい英雄様とされていたのだ。特に豪華な環境に押し込むと、居場所を失うとされていた。それを考えると、最高級のスイートルームは、むしろ嫌がらせに思われてしまうだろう。
 そしてもう一つ思い出したのは、ロレンツの本家が近いことだった。妻として迎える前ならいざ知らず、今の立場ならロレンツに顔を出してもおかしくはない。むしろそうする方が、クレシアの為になるような気がしたのだ。だからマーガレットは、ロレンツの方は良いのかと聞き返した。

「ロレンツ……ああ、クレシアさんのご実家ですね。
 心配しなくても、その後の予定に入っているそうですよ。
 ジュネーブを出たところで合流して、ひいおじいさまの所にいかれるそうです」
「合流と言うことは、クレシア様はジュネーブには見えられないのですか?」
「そう言えば、泊まるのは一人だと言っていましたね……」

 前の訪問の時も、シンジは一人で来ていたのだ。それを考えれば、別におかしなことではないのだろう。だからカエデも、別段不思議とは思っていなかったのだ。だが途中でクレシアに合流するとなると、なぜ最初からではないのかが気になってくる。

「確かに、どうしてそんな面倒なことをするのでしょうね?」
「何か、他の理由があるのでしょうね。
 それでシンジ碇の泊まるホテルですが……華美でない方が良いのですよね」
「そりゃあ、あの碇さんですから……」

 このあたりのシンジ評は、二人は一致していたようだ。顔を見合わせて、困った物だと二人揃ってため息を吐いた。

「そう言うリクエストって、却って手間が掛かるんですよね」
「趣味の世界に踏み込むことになりますから、なかなかこれという物を推薦できないのですが……」
「碇さんだから、お上りさん向けで良いと思うんですけど……」

 その方が却って喜ばれるだろう。シンジにしてみれば、いささか失礼な決めつけをカエデはしてくれた。だがそれを受け取ったマーガレットは、きっとそうだろうと力強く同意してくれたのだ。

「そこそこ綺麗で、観光に適したホテルというのが似合いそうな気がしますね。
 しかも、あまり他人と触れ合わないような規模を持ったところの方が良さそうな……」
「本当なら、雰囲気のあるこぢんまりとしたホテルの方がお勧めなんですけどね」
「シンジ碇なら、絶対に窮屈さを感じることでしょうね」

 どうした物かと考えながら、マーガレットはカエデの観察を続けていた。こうやってシンジのことを話していると、苛つくような空気を感じなくなるのだ。それどころか、どこか楽しげな空気さえ感じさせてくれる。これまでの分析を信じるなら、かなり強い好意を抱いているはずだ。
 それを考えると、なぜそこまでジントに拘らなければいけないのかが不思議に思える。さっさと乗り換えてしまえば、あらゆる面で充足を得られるはずなのにと。

「だったら、旧市街のビクトリアにしましょうか?
 あそこだったら、近くに観光する場所もたくさんありますし、
 交通の便も問題ないと思いますから」
「しかも、カエデの家に近いというメリットがありますね」
「ま、マーガレットさん、別にそう言う意味でビクトリアを出した訳じゃなくてですね……」

 しかも意識しているのを素直に現してくれるのだ。これでどうしてジントに拘るのか、マーガレットには理解できないカエデの感情だった。







<<学園の天使>>

175:







 盛り上がった食事が終われば、いよいよご奉仕の時間と言うことになる。もともとこれを目的に餌をまいたのだから、ここまでこぎ着けたことにシンジは安堵を感じていたりした。いくら警戒されていても、その瞬間の記憶がとぎれるのは、これまで確認してきたことだった。その間の繋ぎさえ上手くやれば、ちょっとした違和感を与えるだけで、乗り切ることが可能なのだ。回りを固めた少女達は厄介だが、色々と観察したおかげで逃げ道も見えてきた。しかも絵を描いているときからずっと、少女達に対しては布石を打ってきたのだ。焦りさえしなければ、不審に思われることは無いだろう。
 だが安堵したのも束の間で、いざその段になってシンジはしっかりと後悔していた。こうして裸の少女達を侍らせていると、自分がどうしようもないだめな人間になった気がしてならないのだ。それに一度食事で間をおいてしまったために、裸になることに抵抗を感じてしまったのだ。

 そんなシンジを見たサードニクスは、良かったなと少女達を煽ってくれた。

「英雄様は、君たちのことを十分に意識してくれているようだ」

 だから裸になることを恥ずかしがっているのだと。サードニクスのその言葉に、少女達は大いに盛り上がった。そして更にシンジを追いつめるように、回りに集まってくれたのだ。もちろん恥ずかしがって隠すような真似をするはずもない。まあ、逆にシンジにとって救いとも言えたのだが。これで恥ずかしがられようものなら、とても冷静ではいられないだろう。
 ただ一人ではないと言うのはいいことで、シンジが追いつめられたのを、横からヒスイが救い上げてくれた。殿方を困らせる物ではないと言う一言で、少女達に規律が生まれたのだ。このあたり、少女達にとってヒスイは学ぶべき手本となっているようだ。その様子を見たサードニクスは、なるほどと大きく頷いてくれた。

「なるほど、君たち夫婦は、本当にお互いを補い合っているんだね」

 感心したサードニクスに、そう言うことにしてくださいとシンジは顔を引きつらせた。多少楽になったとは言え、やはり恥ずかしいことには変わりはないのだ。だめ人間に思えるのも相変わらずだ。とは言え、ここまで来て後に引くわけにも行かない。沢山ある監視の目から逃れること、それを優先させる必要があった。
 仕方がないと開き直ったシンジは、付いてくるようにとヒスイに命令した。それは、自分に奉仕するのはヒスイだと指名する意味も持っていた。

「じゃあ、我々も入ることにしようか」

 さっさと行ってしまったシンジに、少女達は少し不満げ、そしてかなり羨ましそうな視線を向けた。そんな少女達を促し、サードニクスは遅れて浴室へと入っていったのだった。

 エデンにおいて、お湯での奉仕は二つの意味を持っていた。ごく日常碇家で行われていたのは、ごく親しい、シンジ的には家族という括りで行われるものである。これには社交的な意味は含まれておらず、生活の一部と言っていいものだった。このあたりの事情は、議員達でも変わりはなかった。その中で碇家が特殊だったのは、側仕え達が主を誘惑する場として利用したことだ。

 そしてもう一つの意味は、お互いの親密さを確認するというものだった。裸を見せ合うことで、何も隠していないと相手に示したのである。そしてその習慣が拡大し、お見合いの場としても利用されるようになっていた。年長の役職者が年若い男を招いたとき、自分の娘はどうかと奉仕させたのである。同じように若い男も、目指す女性のいる役職者を訪れ、奉仕に持ち込もうとすることもあった。このあたり、順位を持つ女性が貴重だという事情もあったのだ。
 だがそうなると、娘を持たない役職者の所には誰も来ないことになる。そこで知恵を絞った結果、側仕えの品評会も行われるようになった。そうすることで、気に入った側仕えを交換しようと言うのである。それらの習慣が変化して、現在もまた生きていると言うことである。

「歴史をひもとくと、湯での奉仕というのはこういうことになる。
 ちなみに我々の名誉のために言っておくが、側仕えに対して強制することは無かったからね。
 役職者が熱を上げただけで、彼女たちに袖にされるということも珍しくなかった。
 そうなると哀れな物で、本当に背中を流されただけで終わってしまうんだよ」

 それはそれで納得できる説明だったのだが、その中で一つだけシンジの気に入らないことがあった。

「とても勉強になったと言いたいのですが……
 人の家を、特殊だと言って欲しくないんですが」
「そうは言うが、君の家が特殊であるのは間違いないだろう。
 もちろん君の常識がどうかは分からないが、我々の常識においては十分特殊なんだよ。
 それは、単に奉仕の習慣だけのことじゃないんだ」

 そう言って、サードニクスはシンジに寄り添うヒスイの顔を見た。

「私たちの世界では、複数の女性と事実婚の関係になることは珍しくない。
 だがその場合でも、それぞれの女性は別の家に住んでいるんだよ。
 ずっと同居するというケースは、1対1の関係の時だけだ。
 そうしないと、女性達の間で折り合いが付かないというのが大きな理由となっている。
 ところがシンジの家と来たら、3人の奥さんが同居しているじゃないか。
 これは、十分に特殊と言っていい環境だと思うんだよ。
 ちなみに聞くが、それはリリンで珍しくないことなのかな?」
「ええっと、たぶん特殊なことだと思います……」

 歴史を紐解けば、似たような事例を探すことは出来る。ハーレムと憧れられる世界は間違いなく同じだし、日本でも奥の院という形で複数の女性を抱えている例もあった。だが長い歴史の中で、例としてあげられるのはあまり多くないのも確かだった。特にシンジの知る範囲では、ほとんど無いというのが実態だ。3人まで妻を持つことが許される宗教もあるのだが、そこまでシンジに知識がなかったのだ。
 そしてサードニクスは、もう一つ特殊だと碇家の構成を指摘した。

「アスカに関することは良いとして、パーガトリの姫には特殊な環境ではないのかな?
 世話役も連れず、姫が嫁入りするというのは普通には行われないのだろう?」
「仰有るとおり、私の立場であれば大勢の側仕えを連れて行くことになりますね」

 何しろパーガトリ第一王女が、3界1の勇者に嫁いだのだ。その家にエデン副議長も居るとなれば、格式で遅れをとるわけにはいかないだろう。本来なら数百、数千の側仕えが随伴してもおかしくなかったのである。もちろんそうならなかった理由は、サードニクスもよく理解していた。
 何しろシンジの家の場合、純粋に側仕えとして入ったのは、ユウガオただ一人だったのである。それにしたところで、生活改善という意味が一番大きかったのだ。それにしても、コハクの立場を考えれば非常識とも言える少なさだろう。こうして具体的に示されれば、特殊と言われても仕方がなかった。

「確かに、特殊なことは認めますよ。
 ええ、僕の家は特殊なんですよ。
 でもそうさせたのは、サードニクスさんも原因になっているんですよ」

 当然魔界の王、ロードナイトも片棒を担いでいる。人にだけ責任を押しつけるかというシンジに、責任など誰にもないとサードニクスは言い返した。誰も悪いと言ってはいないし、それが問題だとするつもりもないのだと。

「私は、ただ単に事実をありのままに口にしただけだよ。
 シンジの家が特殊であること、そこに善悪の判断を挟むつもりはない。
 それでも一つだけ言わせて貰えば、よくも纏め上げられたと言うことだろうね」

 長年敵対してきたエデンとパーガトリ、両者を代表する女性が同居しているのだ。その事実を考えれば、サードニクスが感心するのも仕方のないことだった。ただシンジにしてみれば、その分苦労したことになる。

「こうなるのに、ずいぶんと苦労させて貰いましたよ」
「パーガトリに行った彼に、ずいぶんと助けて貰ったようだね」
「ええ、ずいぶんと、オモチャにもされましたよ」

 功績を認めるのは吝かではない。そう言うことだとまとめたシンジに、そう言うことなんだよとサードニクスも続けた。

「何がですか?」
「今、この場の状況って奴のことだよ。
 どうだい、彼女たちはいずれ劣らぬ美少女揃いだと私は思うのだがね。
 どうだろう、誰かシンジの好みに合う子はいたかね?」

 つまり見合いの場として提供したと言いたいのだ。ひねくれた議長様のことを考えると、これぐらいなら可愛い遊びと言えるだろう。それにシンジにしても、答えに困る問いではなかったのである。そして同時に、なるほどとエデンのやり方に関心させられていた。こうしたときにヒスイがいるお陰で、相手を傷つけなくても済んでくれるのだ。ここでヒスイを持ち出せば、誰にも文句を言われる事はないだろう。妻が隣にいるのだから、わざわざ別の女性を選ぶ必要はない。それに美少女揃いのエデンでも、正面から争うにはヒスイは強敵過ぎた。
 その問いに答えるのに、シンジはヒスイの肩を抱き寄せた。

「みんな可愛らしいけど、僕にはヒスイが一番ですよ」
「と言う風に、押しつけられても困らないようにお気に入りを連れて行く方法もあるんだよ。
 そうすれば、どさくさでセッティングされたお見合いで、断っても角が立たなくなる。
 君たちから見れば不思議な習慣に見えるだろうが、始まりから違っていたと理解してくれ」

 そう言うことだと頷いたサードニクスは、少女達へのフォローを行った。いくら相手がヒスイでも、このままでは可哀想というものだ。

「今日うまく行かなかったからと言って、別に諦めなければいけない訳じゃない。
 むしろ君たちは、3界1の英雄様に覚えて貰う機会を得たと考えれば良いんだよ。
 なに、今は敵わなくても将来上回れば良いだけのことなんだよ。
 そのための時間なら、君たちには沢山残されているのだからね」
「まるで、先生をしているみたいですね」

 やけにまじめなサードニクスに、シンジはそう茶化すようなことを言った。言葉だけを聞いていれば、本当にまともなことを言ってくれている。だが全員裸でお風呂に入っていることを考えると、どこか違うだろうと言いたくもなるのだ。
 だがサードニクスにしてみれば、当たり前の指摘でもあったのだ。

「こんな機会は滅多にないだろうからね。
 ある意味君は、3界で最高の男なんだよ。
 そして隣にいる姫は、最高の女性の一人であるのは間違いない。
 どれだけ沢山の言葉を費やすのよりも、こうして現実を見せるのが一番大切なんだよ」
「そうやってまじめなことを言われると、どうしても違和感を感じてしまうんですけどね」
「まあ、私にもこう言うときがあるってことだ」

 苦笑を浮かべたサードニクスは、少女達に上がるようにと指示を出した。それに素直に従う少女達にも驚いたが、それ以上にサードニクスの意図が理解できなかった。
 どうしてという顔をしたシンジに、これも風呂の意味だとサードニクスは説明した。

「腹を割って話す場だと説明しただろう?
 ここから先の話は、あの子達に聞かせるべきではないんだよ。
 ここにいる我々3人、まあ君の奥方を含めても良いんだが、
 資格のある者だけが許される話をしようと思っている。
 それぐらいのことは、彼女たちもちゃんと理解しているんだよ。
 その代わり、風呂から上がってからのお楽しみをとってあるだろう?」

 納得できる説明だったが、一つだけシンジには気がかりなことがあった。それは退出させられた少女達ではなく、風呂にまで監視の目が付けられていたことだった。今までの経験では、ここまで護衛が付いてきたことはない。

「だったら、護衛も外してもらえますか?
 僕がいるかぎり、サードニクスさんに危害が及ぶ可能性はありませんよ」
「もとより、この場は監視の目から外してあるはずだよ」

 おかしな事を言うと笑うサードニクスに、今の今まで監視されていたとシンジは答えた。

「とてもうまく隠れていて分かりにくいんですけど、
 これって、サードニクスさんの指示じゃないんですか?」
「私は、そんな指示を出した覚えはないよ。
 シンジの勘違いと言うことはないのかな?」
「僕が監視の話を持ち出したときにいなくなりましたから、勘違いなどではありません。
 サードニクスさんの指示ではない監視が居たと言うことですね?」
「もう、いなくなったと言ったね?」

 その通りと頷いたシンジに、そう言うことかとサードニクスはつぶやいた。

「やはり、不逞の輩は私達の世界(エデン)にいたと言うことか」
「やはりという以上、疑いは持っていたと言うことですね?」

 確認するシンジに、当たり前だとサードニクスは答えた。

「姫には悪いが、ここまでする実力はパーガトリにはないよ。
 加えて言うなら、パーガトリには邪魔をする動機がない。
 パーガトリに実力がないのなら、リリンにもないと言うことだよ」
「でも、実行犯はリリンなんでしょう?」

 クレシア達の活躍で、かなりの所までは追い込めたのだ。その過程において、直接手を下したのはリリンであるのは確認された。

「組織という意味でなら、リリンには十分な実力はあるだろうね。
 しかしゲンドウ氏やカエデに手を出せるほどではなかったのだよ。
 リリンの組織については、利用された、もしくは共同歩調をとったと言うのが現実だろう」
「その相手が、エデンにいると言うことですね」
「シンジは、それを探ろうとしているんだろう?」

 サードニクスの言葉は、シンジにとって意表を突く物が多かった。これもその一つなのだが、驚く変わりに「その通り」だとシンジは切り返した。

「僕たちは、エデンの全てを疑っています」

 シンジの言葉に、サードニクスは驚きではなく賛同を示した。

「まあ、それだけのことをしてきたのだから、
 疑われても仕方がないと思っているよ。
 それで、ここまで何か成果はあったのかな?」
「思った以上に根が深いことでしょうか。
 コハクの監視をかいくぐって、良くもまあ活動できたという所でしょう」

 敢えて自分の名を出さなかったシンジに、そう言うことかとサードニクスは得心した。頭脳戦では及ばないと言ったが、何がなかなか渋いところを突いてきている。何よりも、こうして自分が誘い出されたことが、シンジ達の策略に乗っているのだと。

「それで、私から何か出たのかい?」
「もともと、何も出ないとは思っていましたけどね。
 それに、サードニクスさんならもっと上手くやると思っていましたし。
 それにやっていることが、見た目以上にせこいですから」
「つまり、私の身の潔白は証明されたと考えて良いと言うことかな?」
「ええ、僕たちが調査した範囲でサードニクスさんは潔白でしたよ」
「また、微妙な表現を使うんだね……」

 範囲を示したシンジに、それは無いだろうとサードニクスは苦笑を浮かべた。

「このあたりは、僕たちの駆け引きだと思ってください。
 それから僕たちの覚悟は、草の根を分けても犯人を捜し出すと言うことです」
「言うのは優しいが、方法論的には難しい物があるね。
 本件に関わる役職者、行政官の数は山の様にいるんだよ。
 草の根を分ける手間にしても、べらぼうな時間が掛かってしまう」
「それを含めての覚悟という言葉を使いました。
 それを示すことで、犯人に安息の時を与えないつもりですから」

 それもまた仕返しの一つだとシンジは説明した。その意味で、成果が出ていないというのは絞り込まれているという意味にも繋がってくる。

「どうやってと言うのは聞かないことにした方が良さそうだね。
 私自身何をされたかは気になるが、それも聞かないことにしておこう」
「証拠を残すような真似はしていませんからね」
「確か君は、歩く非常識とも言われているんだったね。
 あれっ、非常識が服を着て歩いているんだっけかな?」

 苦笑したシンジは、どちらも嫌だと言い返した。

「まあ、神様と言われるのよりもましですけどね。
 まあ、その手のことだと思ってください。
 そのうち、僕の持ちネタを披露するときが来ると思いますから」
「なかなかおもしろそうな出し物になりそうだね。
 どうだろう、次の芙蓉学園学園祭辺りで紹介してみたら?」
「その辺りは、学園祭実行委員長と相談しますよ。
 ただ、まだまだ3界には学園祭ネタがありそうですからね。
 その手の物が枯渇したとき、場つなぎにしたら良いと思っています」
「何かが起こる芙蓉学園学園祭かい?
 まさか、遊びで作った学園がここまでおもしろくなるとはね……」

 感慨深げにしたサードニクスは、おもむろに「意見が聞きたい」と切り出した。

「僕の意見で宜しければですけど?」
「実は、芙蓉学園の成果を見て考えたのだけどね。
 私たちの世界でも、類似の実験が出来ないかと考えたのだよ。
 大学を作るというのは、現在進行形で動いているよ。
 ただ私は、もう少し低年齢層への教育方法を考えている」

 理解できる考えではあるが、同時に疑問を感じる物でもあった。ミクラ達低位階層から聞いた話では、リリンと似たような教育をしているらしいのだ。それを考えれば、エデンでも似たような物だと思っていたところがある。

「私たち、特に役職者レベルになると、教育というのは親の役目になる。
 当然付ききりというわけにはいかないから、側仕え達がかなりの部分を代行する。
 その教育方法は、代々伝えられた伝統に従うことになるのだろうね。
 従って、決まったカリキュラムの様な物はないんだよ」
「じゃあ、花菱君が受けた教育は?」
「当然、アデュラリアの家で伝えられてきた物だよ。
 ただ補足をするのなら、長い伝統の中で教育も洗練されては来ているんだ。
 役職者同士の繋がりもあるから、情報の水平展開もなされているよ」
「それに、問題があると言うんですね?」

 シンジの疑問に、そこまでは言っていないとサードニクスは笑った。

「問題と言うより、不足を感じるというのが正しいだろうね。
 予定した教育を行い、予定通りの結果が得られるだけなんだ。
 必要な教育が行われることに文句を言うつもりはないが、
 それだけで終わってしまうところに不満があるんだよ」

 そう言って持ち出したのは、芙蓉学園の実績だった。

「芙蓉学園では、お互い研鑽し合うことで己を高めているじゃないか。
 それに、シンジに触発されるように、色々な人材が生まれている。
 私たちの世界では、君の友人達の様な人材はなかなか生まれてこないのだよ」
「仰有りたいことは理解できます。
 確かに、刺激し合うことでみんなが伸びていっていますからね。
 だけど、僕が協力するようなことってなんですか?」

 実験を真似するだけなら、シンジが絡むことはないだろう。同じようにエデンの中で、学校を設立すれば済むだけなのだ。お互いを磨き合うだけなら、他の世界から生徒を呼ぶ必要もない。

「まあ、学校を作るだけなら協力して貰う必要はないんだがね。
 ただ上位階層の子弟集めただけでは、期待した効果は上がらないと思っているんだ。
 私はね、第二の芙蓉学園を作るべきだと考えている。
 そうすることで、更に芙蓉学園の成果を大きくできるのではないかとね」
「エデンの社会構造自体変わってしまいませんか!?」

 驚くシンジに、まさしくその通りとサードニクスは膝を叩いた。

「それこそが、私の思い描いた楽しい世界へと繋がる物だと思っているんだ。
 せっかく芙蓉学園という成果、3界の融和という成果が得られたんだ。
 だったら最大限楽しませて貰っても良いとは思わないか?」

 言っていることは間違いではないだろうし、期待する物も理解できる。楽しむという言葉に引っかかりはするが、それはサードニクスの個性だと思えば気にする必要はないだろう。だがその話を具体化したとき、どういう問題が引き起こされるのか、それを考えなければ安請け合いができるものではない。
 だからシンジは、「協力はする」と答え、そしてコハク達と相談してからだと条件を付けたのだった。







続く

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