人というのは、どのような環境にも適応していく能力がある。そしてそれが快適な物となれば、その速度は加速される物だ。分不相応としか言いようのない待遇にも、宝仙一家は見事としか言いようのない適応力を見せてくれた。そして適応さえしてしまえば、立派なゲストルームを楽しむことが出来る。

「しかし、これになれると家に帰ってからが怖いな」

 立派すぎるソファーで、ミキトは現実に戻るのが怖いとふんぞり返った。フルオートに設定されているため、本当に何もしなくても生活が出来てしまう。こうして晩酌するのにしても、自動で水割りが出てきてくれるのだ。ずっと続かないから良いような物の、人を堕落させてしまう環境だとミキトは笑った。
 帰ってからが怖いというのは、アンナも同じ考えだった。これが非日常だというのは彼女も理解していた。だがどんなホテルに泊まっても、お風呂とか最低限の仕事があるはずなのだ。だがここにいる限り、その手間からも完全に解放されていた。部屋で食事をしないこともあって、本当に何もしなくても生活できてしまうのだ。着替えにしたところで、一度クローゼットに入れてしまえばそれ以上やることが無くなる。汚れ物にしても、ボックスに入れておけば、翌朝には新品同様にクリーニングされている。どういう仕掛けかは分からないけれど、この仕組みを売り出してくれないかと密かに思ったほどだ。

「こんな事を続けていたら、人間堕落してしまうわね……」

 怖い怖いと零すアンナに、必ずしもそうではないだろうと上倉は答えた。

「便利にすることは、使える時間が増えるって事だろう。
 お三どんの時間を、他のことに使えるようになるんだ。
 おばさんだって、もっと絵を描く時間が出来るようになるじゃないか」

 そうやって、人は時間を作り出してきたはずだ。上倉の指摘に、そうかも知れないとミキトが同意した。

「まあ洗濯機が発明され、それが全自動になったりと……
 人は、自動化と言うことで時間を作り出してきたんだよなぁ」

 言っている意味では、上倉の言うことは理解できる。そう言って認めたミキトだったが、現実が追いつかないだろうと問題を指摘した。

「アンナがそうだと言うつもりはないが、
 本当に、みんながみんな、その時間を有効に使えているのかな?
 どうして良いのか分からなくて、無意味な時間を過ごしているんじゃないのか?」
「おじさんが言うことは分かっているつもりだけど……」

 人というのは、そんなに簡単に意識が高くなるわけではない。そして往々にして、楽な方へと流れたがる。何もしなくて良くなれば、本当に何もしなくなってしまう者が多数を占めるだろう。

「だからといって、不便なままで良いって事はないだろう。
 何かをしているって言っても、結局炊事洗濯なんだから……」
「ヒロキ君、それは全世界の主婦を敵に回す言葉よ!」

 ちなみに自分も主婦だというアンナに、慌てて上倉は言い訳をした。自分の言いたいのは、そう言うことではなく、もっと別な意味を言っているのだと。
 しどろもどろになって言い訳をする上倉に、分かっているとアンナは追求を止めた。

「炊事洗濯は、確かに私の行動を制限しているわ。
 それに、いつもいつも、誇りをもってやっている訳じゃない。
 っていうか、炊事洗濯に喜びを感じている主婦なんて滅多にいないわよ。
 だいたいは、しなくちゃ誰もしてくれないから、仕方なくやっている感じね。
 もっとひどい言い方をすると、それぐらいしか出来ることがないからかしら」

 よほどアンナの方が酷いことを言っているのだが、誰もそれを突っ込めるはずがない。そうなると、この話は尻切れトンボになってしまう。
 そしてその代わりに話題に上ったのは、引き合わされた上倉の恩師のことである。アンナも名前だけは知っていたが、直接顔を合わせるのは初めてだったのだ。

「あんな新進気鋭の画家を招聘するだなんて、芙蓉学園って本当に凄いのね」
「でも美咲先生も叔母さんに会って感激していましたよ」

 凄さではどっこいだと、上倉はフォローした。たしかに上倉の言うとおり、アンナに引き合わされたアヤは、なるほどとしっかり納得してくれたのだ。

「まあ私の場合、過去の人になっているんだけどね……」

 それでと、アンナは年に似合わぬいたずらな笑みを浮かべた。

「ところで、美咲先生はエリスのライバルになるの?」
「エリスのライバルって……同じ道を目指すのなら、そう言うことになるんだろうけど……」

 話が飛びすぎだという上倉に、そんなことを言っているんじゃないとアンナは口元を歪めた。

「年の差が7つしかないんでしょう?
 あんなに可愛い人だし、ずいぶんとヒロキ君も親密なようだしね」

 それでと迫られたヒロキは、勘違いも甚だしいと言い返した。普通の学校には、そんなドラマのような話は転がっていないのだと。

「あくまで、教師と生徒の関係です。
 絵の指導をして貰っていますから、普通の関係より少しだけ近くなっているだけですよ。
 それに美咲先生には、今現在で好きな人がいるんですからね」
「お付き合いされている人がいるってこと?」

 その手のことは、あまり生徒にばらさない物なのだ。それを知っているだけ、仲が良いというのは確かなのだろう。そうなると興味は、画壇でも有名な新進画家の交際相手と言うことになる。
 憧れの人の意外な一面に、上倉はとまどいを感じていたりした。だがそれは、自分が偶像化していただけだとすぐに気づいた。人は色々な顔を持っているのだと学んだ上倉は、「明日になれば分かる」と答えをはぐらかした。あれだけのぼせ上がっているのだから、他人の目を気にすることはないのだろうと。

「明日……?
 碇さんのお宅に招待されているのよね?」
「それ以上はノーコメントです。
 人の思いを、俺が軽々しく口にして良いものじゃありませんから」
「そりゃあ、そうだけどね……」

 不満はあったが、上倉の言っていることの方が正しいのだ。だからアンナは、アヤのことは一時棚上げすることにした。そしてその代わりに、愛娘のことを話の種にした。やはり親として、可愛い娘の将来は気になるのだ。

「じゃあ今のところ、エリスにはライバルがいないのね?」
「どういう意味で言っています?」

 意味は分かっていても、そこはしらを切らなければいけないだろう。何しろ相手は、まだ9歳の少女なのだ。その手の話に参加させるためには、まだかなりの時間が必要に思われる。
 だが少女の両親の考えは違うようで、普通なら反対するはずの父親も、いかがなものかと上倉の答えに疑問を呈した。

「ヒロキ君、そこでしらを切るのはどうかと思うのだがな?」

 どうかと言われても、上倉には心当たりの無いことだった。だが叔父夫婦にじっと見られれば、何を言いたいのか想像も付こうという物だ。

「あのぉ、エリスはまだ10歳にもなっていないんですよ」

 あまりにも先走りすぎていると苦情を言う上倉に、そうでもないだろうとアンナは言い返した。

「パーガトリとかエデンって、年齢に制限がないんでしょう?
 ヒロキ君の生きている環境って、そう言う常識がははびこっているって聞いたけど?」

 はびこっているんですか? 叔母からの言われように脱力しながら、だったら「ロリコン」と教師に責められたのはどうしてだろうと考えてしまうのだった。







<<学園の天使>>

171:







 一度訪問したことがあっても、やはり今日の訪問は特別なものだった。ある意味3界最高の権力者の家に、“お呼ばれ”に行くのである。同じ学園で学ぶ生徒とは言っても、それに甘えていい相手には思えなかった。そして自分が連れて行くのは、学園には関係のない一般家庭なのである。甘えるにも節度という物を考えなければならないのだ。
 上倉と同じようなことは、当然宝仙夫妻も考えていたりする。もともと過ぎた望みだと思っていたのだが、その思いは美咲市に来て余計に強くなってしまったのだ。何しろどこに行っても、英雄様の影響を強く感じるのである。それは、喫茶店に行っても感じられたのだ。だからと言って、今更キャンセルなど出来るはずがない。それもあって、余計に負担に感じてしまっていた。そのせいもあって、朝食の場ではエリス以外の顔色がさえなかったのである。

「10時で、良いんだよな……」
「こんなおみやげで、失礼にならないのかしら……」

 おじゃまするのだから、手みやげは必要だろう。だからと言って、何を持って行って良いのか分からない。だからエリカに相談してみたのだが、余計な気を遣わない方が良いと言われてしまった。それでも手ぶらは困るという宝仙夫婦に、だったらとエリカが提案したのが“甘いお菓子”だった。甘い物好きが揃っているから、チョコレート系が喜ばれるのだと入れ知恵をしてくれたのだ。

『ほら、北海道だったら有名なおみやげがあるでしょう』

 とヒントをくれたのだが、いざ買ってみるとそれで良いのか疑問になってしまうのだ。会社で配るおみやげならいざ知らず、相手は止ん事無きお方までいるのだ。こんな庶民のお菓子で良いのか、本当に疑問に感じられてしまう。
 とは言え、エリカの助言を無にすることは出来ない。開き直るしかない状況なのだが、それでも胃が痛んでしまうのはどうしたらいいのだろうか。

 もっとも深刻な宝仙夫婦とは対照的に、エリスは純粋に喜んでいた。何しろ憧れのコハクに逢えるのだ。しかも一緒に行くスミレとは、しっかり仲良しになっていたのだ。余計なしがらみを考えなくていい分だけ、今日という日が楽しみでならなかった。

「ねえお兄ちゃん、本当にコハクさんに逢えるんだよね!」
「ああ、コハクさんもエリスに逢えるのを楽しみにしているよ!」

 プレッシャーを感じていた上倉も、嬉しそうなエリスを見れば気分も軽くなる。自分で言っておいてなんなのだが、コハク達も楽しみにしていたではないか。それに相手は、正真正銘庶民派の英雄様なのだ。余計に構えたりしたら、かえって迷惑になることだろう。

「やっぱり、エリスがいてくれると助かるな」

 頭をなでてくれるのが嬉しくて、エリスの顔は真っ赤にゆだってしまったのだった。

 だが10時という予定は、鯨井からの連絡で微妙に狂ってしまった。約束の時間自体に変更はないのだが、碇家からお迎えが来ることになってしまったのだ。まあご招待というのだから、あり得ることなのだが、予定外のことが起これば冷静ではいられない。だからと言って、今更迎えを断ることなで出来るはずがない。どうしましょうと相談されても、鯨井にもどうしようもないのが現実だった。

「それで、俺たちはどうすれば良いんですか?」
「迎えを寄越すから、それまで部屋にいてくれればいいとのことです」

 迎えという言葉から連想するのは、立派な黒塗りの車だろうか。普段のシンジを見ていれば、普通は第一に否定される考えだろう。だが今回に限って言えば、沢近エリカがサポートに入っているのだ。大企業の重役の常識を考えると、それぐらいのことが有って不思議はないはずだ。

「ど、どうする、礼服なんて持ってきてないぞ!」
「わ、私だって、ドレスなんて持ってきてないわよ!」

 迎えという言葉に舞い上がった宝仙夫婦に、まあ落ち着けと上倉は諫めた。畏まったことの嫌いな碇家だから、絶対にそんなことにはならないだろうと。

「エデンの役職者のところに、普段着で行く人たちなんですから……」

 それを考えれば、嫌がらせでもない限り正装はいらないはずだ。常識的なアスカやエリカの顔を思い浮かべ、落ち着こうと上倉は繰り返した。それで何とか落ち着きを取り戻したというか、無理矢理押さえ込まれた宝仙一家だったが、今度は肝心の迎えがいつまで経っても来ないことに不安を感じ始めた。
 10時訪問というのだから、少なくとも10分前には出ていなければいけないはずだ。それを考えると、お迎えが来るのは15分前ぐらいだろうと考えていた。だが15分どころか10分前になっても迎えのむの字も現れてくれない。その時点で、本当に良いのかという気持ちになってしまった。

「ね、ねえ、遅刻したりしたら失礼にならない?」
「迎えが来ると言われた以上、迎えを待っていれば良いんだよ」

 一抹の不安は感じていたが、約束を破らないのがシンジの美徳なのだ。それを知っている上倉は、どっしりと構えることにした。そうした方が、叔父夫婦の不安が和らぐと思ったのだ。
 そして待ち合わせ5分前になって、ようやく鯨井から迎えが来たとの連絡が入った。待たされたことで高まった緊張から、ようやく解放されることになる。早速部屋から出ようとしたら、そのタイミングで来客を告げるベルが鳴った。

 誰だろうと顔を見合わせたが、いつまでもそのままにしておく訳にはいかない。せっかく迎えが来てくれたのだから、用事は速やかに済ませておく必要がある。

「どうぞ」

 と上倉がドアを開けると、そこに立っていたのは普段着……のナズナだった。このあたり曖昧なのは、上倉がナズナの普段着を見たことがないのが理由になっている。少なくとも、前に訪ねたときのようなメイド服ではなかったのである。
 ドアが開いたところで、ナズナは上倉にぺこりとお辞儀をして、「お迎えに上がりました」と用事を切り出した。

「ナズナさんが?」
「はい、外は暑いから迎えに行った方が良いだろうと」

 とりあえず理由を説明したナズナは、「初めまして」と宝仙一家に挨拶をした。

「碇家で側仕えをしていますナズナと申します。
 本日は、碇様の言いつけで皆さんをお迎えに上がりました」

 おかしなスイッチが入っていないおかげで、今日のナズナは極めて真っ当だった。そうなると、元からの美少女ぶりが際だってくる。緊張していた宝仙夫婦も、思わずため息を吐いてしまう可愛さだった。

「よ、よろしくお願いします……」

 別の意味で緊張したミキトに、ナズナは文字通り天使の微笑みを返した。上倉にしても、相手がナズナというのは都合が良かった。よくとは言わないが、知っている相手だけに気が楽になってくれたのだ。

「それで、どうやって碇さんの家に行くんだい?」
「はい、皆さんが経験された、空間移動をおこなうことにします。
 そうすれば、長い距離を歩いて汗まみれになりませんから」

 良いですかとスイッチを取り出したナズナだったが、いざスイッチを押す前に「そう言えば」とシンジの伝言を思い出した。

「碇様が、上倉様に謝っておいて欲しいとのことです。
 どうも、今日は予定以上にゲストが増えてしまったらしいんですけど」
「ゲストが増えた……?」
「詳しいことは私も聞かされていません。
 ただユウガオさんが、急遽エデンに戻って準備を進めています」

 大変なんですよと微笑まれると、そうですかとしか答えようがない。そうなんですと笑ったナズナは、だから驚かないで欲しいと前置きをして移動用のスイッチを押した。これで徒歩20分の距離も、一息に超えることが出来る。お迎えをぎりぎりまで遅らせても、問題が出ないのはこういうことなのだ。

 ナズナがスイッチを押せば、瞬きする間に碇家に付くことが出来る。このあたりの感覚は、一度や二度では慣れることは出来ないのだろう。いきなり外の景色になったのだが、上倉を始め誰もまともな反応を示すことが出来なかった。
 このあたりのことは、シンジも何度か経験したことだった。だから上倉に狙いを定め、「いらっしゃい」と声を掛けた。

「え、ええっと、おじゃまします……」

 家の外このこともあり、どうしてと上倉は回りを見回した。そしてすぐに、やけに人が多いのに気が付いた。自分たちと美咲先生姉妹にしては、知らない顔が多すぎたのだ。誰だろうともう一度ゲストを見た上倉は、次の瞬間「どうして」と言う気持ちに襲われてしまった。アイオライトは予告されたいたからよしとして、どうして用務員の二人が顔を出しているのだろうか。この二人に、エデン議長とかパーガトリ前国王と言う顔があるのは、この際あまり意味はないだろう。
 だが予想外のゲストはこれで終わってくれなかった、どうしてと上倉が呆然としている後ろから「久しぶり」と聞き覚えのある声が掛けられたのだ。

「悪いな、便乗させて貰った」

 誰かと振り返れば、そこには花菱ジントご一行の姿があったのだ。ここまで来た以上、上倉としては開き直るしかないはずだった。まあそうせざるを得ないのだが、残念ながら簡単に開き直れる物ではなかったのである。従って状況について行けなくなったのだが、そんな上倉にシンジは「本当にごめん」と手を合わせた。

「花菱君は、昨日こっちに帰ってきたんだよ。
 4月からは芙蓉学園に復学するから、上倉君に挨拶したかったらしいんだ」
「お、俺にですかぁ!?」

 なんでと驚いた上倉に、「SSSの会長だからだろう?」とシンジは笑った。KKKやNNNとは違い、SSSはジント達の応援団なのである。だったら最初に挨拶することになっても、おかしくないだろうというのだ。ジントにそう言うことだと頷かれれば、それ以上何も言うことはない。

「それで、どうして用務員さんの二人まで顔を出しているんですか?」
「上倉君、用務員さんは無いと思うのだがね。
 これでも今日は、最高評議会議長という肩書きで顔を出しているんだよ」

 シンジの答えを横取りする形で、サードニクスが口を挟んできた。この場においては、正規の役職を口にして欲しかったのだ。

「なに、3界1の勇者が、私よりも君との約束を優先したというのだよ。
 それぐらい重要な相手なら、最高責任者としても挨拶しておく必要があると思ってね。
 それに、学園内では知らない間柄でも無いだろう?」

 用務員として学園内をうろついているのだから、生徒である上倉が知らないはずはない。だが問題は、サードニクスの正体がばれたのはごく最近と言うことだった。
 はあとあきれている上倉に、親戚を紹介してくれとシンジは肘でつついた。いろいろとハプニングはあったにしても、今日の目的は上倉のご親戚を招待することなのだ。

 そう言えばそうだったと、シンジに言われて上倉は目的を思い出した。そして思い出してみれば、非常に申し訳ないことをしてしまったと後悔していた。こんな見ず知らずの人間が集まる中に、全くのフォローなしに放り出してしまったのだ。
 未だ解凍されていない叔父夫婦のところに戻った上倉は、最初に叔父のミキトをシンジに紹介した。そして続いて叔母のアンナ、最後に従妹のエリスと紹介を続けた。一通りの紹介が終わったところで、今度はシンジの番になる。

「碇シンジと言います。
 この3月まで、上倉君にはいろいろとお世話になったんですよ」

 ぺこりとお辞儀をしたシンジは、家族を紹介するとアスカ達を呼び寄せた。

「アスカよ」
「われはコハクだ!」
「ヒスイと申します」
「エリカです」
「クレシアと申します」
「スピネルなのですよ!」

 それぞれが、思い思いの形で名前を名乗った。本来の紹介なら、意味合い、この場合は“妻”と付けるところなのだが、全員が全員同じ立場なのだから冗長に違いない。一応の顔合わせは終わりと言うことで、宝仙家代表と言うことでミキトが「ご招待頂いてありがとうございます」と挨拶をした。

「……つまらない物ですけど」

 今更手ぶらが許されるとも思えず、ミキトは持ってきたお菓子をおみやげとして手渡した。少し多めのを買ってきたつもりだったが、集まった人数を数えると微妙な数となる。それも含めて、少しミキトの顔は引きつっていた。
 だがシンジは、「ありがとうございます」と頭を下げて受け取った。そしてユウガオを呼び寄せ、後からお茶菓子として出すようにと指示をした。その際「おっさん二人には不要」と付け加えたのは、ちょっとした茶目っ気だろう。当然この扱いには、サードニクスから苦情が返ってきた。

「最高評議会議長に、その扱いは無いと思うのだがね」
「呼んでもないのに、勝手に来ておいて何を言っているんですか。
 おかげさまで、準備に余計な手間が掛かったんですよ。
 それから、今は芙蓉学園の集まりなんです。
 その場合は、最高評議会議長ではなく用務員と言ってください!」

 花壇の手入れでもするかと振られ、そう言うことを言うのかとサードニクスは恨めしそうな顔をした。これがジェダイトあたりなら、しっかりと仕返しをすることも出来るのだが、相手がシンジともなると仕返しも簡単にはいかない。しかも横では、コハクがにやにやと笑っているのだ。下手なことをすると、飛ぶ鳥を落とす勢いの副議長様まで相手にしなくてはいけなくなる。さすがにアゥエイでは、おとなしくしておく必要がある。
 サードニクスが折れたことで、この話は終わりになる。そう言うことだと笑ったシンジは、第一部はガーデンパーティーだとミキトに説明した。

「人数が多くなりすぎましたからね。
 第二部になったら、少人数で遊ぶことを考えていますよ」

 だから少し我慢してください。そう言って頭を下げられたミキトは、とんでもないと大げさに否定した。

「こんな一般人に、そんな真似をしてくださらなくても……
 もともとは、私たちが無理を言ったからいけなくて」
「でも上倉君の大切なご親戚なんですよね?
 それに、無理をしているつもりもないですから安心してください」

 それにと、シンジはコハクとヒスイの方へ視線を向けた。ファンだと言うだけのこともあり、早速二人はお子様に捕まっていた。

「あれで、結構楽しみにしていたんですよ」
「そう、なんですか……」

 娘が相手にして貰っているのは、この世界で上から二番目に偉い人なのだ。それを考えると、親として放っておいて良いのか疑問に思えてしまう。それでも相手をしてくれているコハクの顔を見る限り、不機嫌さはどこにも見受けられない。それどころか、ほれぼれするほど綺麗な笑みを浮かべてくれていた。
 そしてその事情は、もう一組の方でも同じようだった。あちらはあちらで、何かとても楽しそうに話をしてくれている。そして話をしているヒスイの顔を見れば、どきっとするほど綺麗な顔をしてくれている。

「なかなか気楽にと行かないのは分かっていますけどね。
 でも、ここに集まっている人たちは、そんなに難しい人たちじゃないことを分かって欲しいんです。
 だいたいサードニクスさんなんて、学園では“用務員のおじさん”で通っていますからね」

 プライベートな場だから、相手の立場を気にしない方が良い。そう言ってシンジが笑ったとき、その立場をどこかに押しやられた議長様が割り込んできた。せっかく大人が加わったのだから、お子様とのお話はこれぐらいにしようと言うお誘いである。

「功刀氏にも来るように言ったんだ。
 是非とも、大人同士酒でも酌み交わそうじゃないか」

 そう言って両側から抱える物だから、ミキトは目を白黒させて驚いた。何しろ両側にいるのは、エデンとパーガトリを代表する二人なのだ。そんな二人に、一般人の自分が誘われて良いのだろうかと。
 当然の様に不安を顔に出したミキトに、申し訳ないとシンジが謝った。そしてもう一度、見た目ほど難しい人たちじゃないとフォローした。

「功刀さんが来てくれるのなら大丈夫だとは思いますけど……
 もしも何かあったら、遠慮無く僕に言ってください。
 ちゃんとそれ相応の制裁を加えますから」
「婿殿の客人なら、パーガトリにとっても客人に違いない。
 しかも上倉殿のご親戚なら、俺としても丁重に扱うつもりだ」
「それも、限度を考えてください」

 ロードナイトにしても、リリン常識とは遠く離れたところに住んでいたのだ。あまり構えてしまうと、逆にミキトに負担を掛けることになってしまう。だからほどほどにするようにと、シンジはしっかりと釘を刺したのだった。

 こうして宝仙家主人を送り出してしまうと、急にシンジは手持ちぶさたになってしまった。婦人のアンナは、美咲アヤと談笑しているし、子供達二人はそれぞれのお目当てにかじりついている。今更割り込むのもどうかと思えてしまうのだ。

「だったら、裏方に回るか……」

 台所に立つとユウガオに叱られるので、バーベキューの世話をすることにした。これもユウガオが自分ですると主張したのだが、アウトドアは男の仕事だとシンジが譲らなかったのである。

「ちょうど良い具合に火も熾きているし……」

 バーベキューコンロの横には、肉やらソーセージ、トウモロコシやジャガイモが用意されていた。それをトングでつまみ、シンジは焼き網に乗せていった。自分で裏方と言ったとおり、焼き係に徹することにしたのだ。

「ナズナ、ナデシコ、焼けたのから渡すから配ってくれるかな」
「はい、ご主人様!」

 揃って返事が返ってきたのは許せるが、二人の格好にちょっと待てとシンジはつっこみを入れたくなっていた。確か迎えに出たときは、二人とも普段の……メイド服ではない格好をしていたはずだ。なのにどうして、メイド服に着替えているのか。誰がそんな指示を出したのかと、小一時間問いつめたくなっていた。
 もっともそんなことをしても、返ってくる答えがまともであったためしがない。「お好きですよね」などと言われるのも困るので、あえて格好には触れないことにした。

「とりあえずは、落ち着いたかな?」

 一般人である宝仙家族が、この環境に辛いのはシンジも理解していた。子供のエリスは良いとしても、宝仙夫妻は立場を忘れることが出来ないはずなのだ。だから上倉がアヤを呼ぶと聞いたとき、良い嗅覚をしているとシンジは感心したのだ。それを意識したのではないだろうが、アヤが入るお陰で一つクッションが出来るのだ。その証拠に、今はアンナが楽しそうにアヤと話をしている。
 そして酒飲みは楽だと、端っこで盛り上がる大人達を見てシンジは感心した。初めは遠慮がちだったミキトも、今はすっかり意気投合したように見える。このあたりは、もう一つのサードニクスの顔が役に立ったのだろう。お陰で一番の強敵が、すんなりと場にとけ込むことが出来たのだろう。

 そして肝心の上倉はと探してみると、アスカを交えてジントやマディラと話をしている。いろいろと考えながら話をしているところを見ると、何か相談されているのかも知れない。その姿を見る限り、普段学園にいるときの調子に戻ったようだ。気になっていたアカネやヒバリも、隅でリコリスと楽しそうに話をしている。いきなりうち解けているのは不思議としか言いようがないが、良いことであるのは疑いようがないだろう。

「心配、しすぎたかな……」

 勧めては見たが、簡単にうまく行くとは思っていなかった。それがすんなりととけ込めたと言うことは、それだけジントがうまくやったのだろう。それを思うと、自分たちは心配しすぎていたのかもと思えてしまう。この調子でやってくれれば、カエデの問題も解決できるだろう。

「それにしても、暇……だな」

 一応忙しく焼き物はしているのだが、シンジのしているのはそれだけだったのだ。うまい具合に固まりが出来てしまったため、誰もシンジのところに近寄ってこなかったのだ。唯一近寄ってきたのは、焼けた肉を運ぶナズナたちだけだった。

「まあ、ここから離れられないのも本当なんだけど……」

 特に酒盛り組が顕著なのだが、全員が旺盛な食欲を示してくれるのだ。そうでなくても、参加総勢は26名を数えている、その全員の分を焼くわけだから、手が空くはずもなかったのである。

「まあ、喜んでもらえているんだから……」

 それで良しにしよう、シンジが自分を納得させたとき、お盆を持ったナズナは優しくない言葉をシンジに掛けた。

「手を休めてないで、もっと早く肉を焼いて下さい!
 みなさん、おいしいってペースが早いんですから!」
「そうですよ、焼き係は自分でやるって仰有ったのはご主人様です。
 だから、ちゃっちゃと働いて下さい!」

 そしてナデシコも、容赦の無い追い打ちの言葉を掛けてくれた。そこまで言わなくてもと嘆いたシンジだったが、「手が止まっている!」とさらなる追い打ちを受けてしまったのだった。







続く

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