これでいいのかなぁと言うのが、モデルになったシンジの感想だった。何しろ上倉は、今まで一度も絵筆を握っていない。していることと言えば、アヤと3人でのお茶会なのだ。のんびりとくつろげるのは良いが、本来の目的とは離れているだろうと考えていた。それを聞いてみたのだが、上倉からは役に立っているという答えが返ってきた。

「良いんですよ、絵なら碇さんのいないところで描いていますから。
 こうやって碇さんの人となりを理解して、絵に反映しているんですよ」

 そう言われると、そうですかと納得するしかない。とにかく自分は絵に関して素人なのだから、専門家の言葉には従う必要があるのだろう。「この方がいい絵が描ける」と言われれば、別に問題とする必要もないと思えてしまう。
 美術準備室でのお茶会は、本当に雑談というのがぴったりと来る雰囲気だった。白熱する生徒会選挙とは全く関係なく、和気藹々、のほほんとした話題ばっかりとなっていた。くつろげるというのが、正直なシンジの気持ちでもあった。

「上倉さんの従妹は小学校3年生なんですね。
 私の妹は、5年生なんですよ」

 家族関係の話が出たところで、アヤは芙蓉学園を志望するであろう妹のことを持ち出した。よほど可愛いのか、妹の話をするアヤの顔はにこにことしていた。

「絵を描く才能はないみたいなんですけどね。
 その代わり、とっても歌がうまいんですよ。
 両親や私に、いろいろな歌を歌ってくれるんですよ」
「エリスの奴は、絵の才能は俺なんて目じゃないぐらい有りますよ。
 しかも、本当に絵を描くのを楽しんでいるんです。
 俺は、あいつが大きくなった時、どんな絵を描いてくれるのか楽しみで……」

 妹自慢をするアヤに、上倉も負けじと従妹自慢を始めた。

「スミレ……妹なんですけどね、中学校は芙蓉学園に来るんだって張り切っています。
 お姉ちゃんのコネが使えないかって、小5のくせに生意気なんです」
「エリスも同じことを言っていましたよ。
 小3だから、まだまだ先なんですけどね。
 それまで待ちきれないみたいで、春休みに美咲市まで遊びに来るんですよ」
「それ、良いですね。
 私も妹を呼んであげようかしら?
 碇さんに逢いたいっていつも言っているんですよ。
 でも、それ以上にヒスイさんに逢いたいみたいですけどね」
「うちのエリスは、コハクさんのファンみたいです。
 もちろん、碇さんにも逢いたいって言っていますよ」

 家族自慢をしてくれるのは良いのだが、二人の話を聞いていると、どうも自分がついでに聞こえてくる。別におかしなことではないと思いながら、どこかシンジは寂しさを感じてしまっていた。もっとも、そんなことを口にすれば、「ロリコンだったんですか?」と上倉の追求を食うだろう。何しろ二人とも、まだ小学生の少女なのだ。そんな趣味はないと、少なくともシンジは信じていた。
 だからシンジは、春休みに来るという上倉の従妹のことに話題を振った。

「エリスちゃん……だっけ?
 春休みに美咲市に遊びに来るの?」
「ええ、アンナさん……おばさんがこっそりと許可を取ったって言っていましたから。
 相談してくれれば、生徒会長の権力を使えたんですけどねぇ」

 生徒会長の権力は、身内の便宜を図る物ではない。そうシンジが心の中で主張しているとき、そうそうと上倉は突然とっても失礼なことを言ってくれた。

「俺は、碇さんがロリコンじゃないと信じていますよ」
「……なぜ、いきなりそう言う話になるんだい?」

 ひくっと顔を引きつらせたシンジに、上倉はきわめて重要な情報を与えた。もっともそれが重要だと、どうして分かったのだろうか。と言うか、不当きわまる決めつけだと思っていた。

「俺としては、碇さんがロリコンじゃないことを信じたいんです。
 だってエリスは、碇さんの好きな金髪碧眼なんですよ。
 身内が言うのも何ですが、絶対に将来は美人になります!」

 つまり幼女のうちから傷物にするなと言っているのだ。さすがのシンジも、これだけは看過するわけにはいかない。

「上倉君、それは大いなる誤解というものだよ!」

 それを問題にしているつもりはない。シンジとしてはそう言うつもりだったが、上倉の言葉はよけいなスイッチを入れていた。ええっとと手を挙げたアヤは、のぞき込むようにシンジの顔を見た。

「碇さん、私も金髪に染めた方が良いですか?」
「美咲先生、どうしてそう言う話になるんでしょうか?」

 黒髪を金髪に染めた誰かを思い出し、シンジは心底情けなさそうな顔をした。そんな反応を見せるシンジに、上倉は思わず吹き出していた。目の前の天然ジゴロは、まだ問題の重要さに気づいていないようだ。

「天使以外は、金髪で碧眼じゃないとだめと聞きましたよ。
 だから私も、そうした方が良いのかなぁと」

 アヤの言葉の真意を無視し、シンジは責任を上倉に振った。

「上倉君が、誤解を招くようなことを言うから……」

 しかし責任を振られた上倉は、逆にフォローにもならない言葉で打ち返した。

「碇さんは、黒髪のリリン女性も“大好き”だって広めれば良いんですね」
「だから……」

 はあっと肩を落としたシンジに、上倉は盛大に吹き出していた。SSSや生徒会長として接してるときには、シンジのこんな姿を見ることは出来なかった。3界1の英雄というのも良いが、こうして等身大の姿を見るのはもっと良いと思っていた。

(これが、碇さんの本当の姿なんだよなっ)

 それをどう絵に表すことが出来るのか。そしてどうしたら、もっと普段の姿を引き出せるか。その方法を上倉は考えることにした。







<<学園の天使>>

161:







「盗人に鍵を預く」

 ちょっと思いついたと、夕食後の団らんの中シンジは言った。何のことだと訝った妻達に、「本当に思いつき」とシンジは笑った。

「ちょっと慣用句を調べていたら、たまたま目に付いただけなんだよ。
 『悪人と知らずに、却って悪事の便宜を与え、被害を大きくすること。
  災いの元になるものを助長すること。』って意味なんだけどね」
「シンジよ、それが慣用句だと言うことは理解した。
 だが、その慣用句から何を思いついたというのだ?」

 前置きが長いと、コハクはすかさず文句を言った。言いたいことがあるのなら、もったいつけずに言えばいいのだと。そして「話が長いと部下に嫌われる」と追い打ちを掛けてくれた。そこまで言うかと、シンジの顔が引きつったのは言うまでもない。

「先に断っておくけど、本当にちょっとした思いつきだからね。
 具体的な証拠も何もなくて言っているんだからね」
「前置きはいい、それでシンジは何を言いたいのだ?」

 早く言えと迫るコハクに、シンジはようやく核心を話した。

「父さんや桜庭さんを狙った事件のことだよ。
 リリンでの捜査には進展があったけど、エデンではさっぱりだろう?
 その理由を、無責任にも想像してみたんだよ」

 言いたいことを察したコハクは、そこまでざるの捜査はしていないと言い返した。

「だがなシンジよ、われらの調査は複数で当たっているのだぞ。
 一人が何か企んだところで、隠し通せる物ではないと思うのだが……」
「だから、ちょっとした思いつきって言っただろう?
 ただ、犯人が調査をしていたら、絶対に見つからないと思ったんだよ」

 しょせんは思いつきなのだから、あまり拘ってくれるなとシンジは苦笑した。

「ただね、サードニクスさんの調査を見ても、議員さんに対象を絞り込んでいるじゃない。
 交流を制限している現状を考えると、逆に議員の人たちはやりにくいんじゃないのかな?」
「確かに、議員達の配下は交流事業に関わっていないな。
 ぬしの護衛に付いている者達も、誰かの配下というわけではないからな。
 唯一の例外は、われとサードニクス様なのだが……
 さすがにサードニクス様が仕組んだこととは考えにくいであろう」
「いくらあの人でも、茶飲み友達を無くす真似はしないと思うよ。
 それに、やるならこんな回りくどいことはしないと思うし……」

 相手が最高評議会議長だと言うことをさておき、シンジのサードニクス評はきわめて正鵠を射ていた。だからコハクは、それに答える代わりにシンジの上げた可能性を評価した。

「確かに、行政官どもなら不始末をもみ消すことは可能だろう。
 だがなシンジよ、奴らがそれをしてどのような得がある?
 シンジを亡き者にしたところで、われは奴らの妻になどはならぬぞ。
 ヒスイ殿やスッピーを妻にすることもできぬ。
 最高評議会での立場を得ることも叶わぬであろう。
 それなのに、これだけ危険な真似をする価値があるのか?」

 危険を冒すには、それだけの動機が必要になる。そして、危険を冒した分だけ得られる利益も必要だ。3界融和、そしてリリンに対するコハクの態度、動機としては十分でも、この程度で流れ出した動きは止めようもない。それを考えれば、リスクとベネフィットのバランスが悪すぎると言うのだ。
 割に合わないというのは、シンジにも理解できることだった。やったことの重大さに比べ、得られる利益が小さいのも確かだろう。それで犯罪が行われないかと言うと、必ずしもそうではないのが問題だった。たとえば怨恨というのは、利益に関係なく犯罪の理由となる。その証拠に、ナズナですらシンジを襲った過去があるぐらいだ。それを考えれば、自分の関係者が標的にされることはあり得るが、それにしても対象となるのは戦士の家系だろう。それがこんな陰湿な真似をするとは考えにくかった。しかも彼らには、行政官を巻き込んだ陰謀など立てようが無いはずだった。

「それから言っておくが、行政官に対する調査も行っておる。
 と言っても、ゲンドウ殿が襲われたこととは直接関係はしていないがな」
「3界の融和に対して、おかしな動きがないかを確認するためだろう?」
「もとより、芙蓉学園の設立に関わることだからな。
 設立当初からサードニクス様も調査を行われていた」

 そこでも何も見つかっていない。コハクの言葉は、調査の行き詰まりを示す物だった。ううむと二人が考え込んだところで、ちょっと良いかとアスカが口を挟んだ。

「シンジの着眼点は良いと思うわよ。
 二人への忠告だけど、あまり利益に拘らない方が良いわ。
 己の信条を貫くためなら、命さえ賭ける人がいることを忘れないようにね。
 単なる自己満足、そして他人から見たら何の利益もない行動よ。
 それでも、世の中にはそう言う人もいるってことを忘れないで」
「つまり、再度調査をし直した方が良いというのだな?」
「あまり下っ端を調査する必要はないわよ。
 これだけのことが出来る相手って、結構限られてくるんじゃないの?」

 ガードの情報を操作できるとなると、それなりの立場を持つことになる。ただ問題は、そこまで絞ったとしても対象者が多すぎることだろう。

「ならば、もう少し対象者を絞り込む方策を考えてみよう」
「でも、決定的証拠には欠けるでしょう?」

 周到に用意をしたのなら、足の着きそうな証拠はすぐに処分するだろう。難しいというアスカの指摘は、極めて真っ当なものだった。
 確かにそうかと考えたコハクは、だったらと「自白」の利用を考えた。

「……自白って」
「普通ならあり得ぬだろうな。
 従って、ちょっとしたずるをすることにする」
「ずるって?」

 アスカの問いに答える代わりに、コハクは話を聞いていたヒスイの顔を見た。それで全員、コハクが何を考えたのか理解した。パーガトリの姫には、強制自白という隠し技がある。もっとも、相手を考えれば色々と差し障りのある方法でも有った。

「ですが、そのようなことをして宜しいのでしょうか?」

 従って、ヒスイの懸念となるのだが、コハクはそれでも何とかすると言ってのけた。

「何、しゃべらせたことを忘れさせればそれで済むことだ。
 証言を元に証拠を探せば、それで告発することは難しくない。
 しかも、今後の攻撃を予想できるだけでも十分な成果といえるだろう。
 なに、責任ならわれが引き受けてやる」

 後は、誰から手を付けるかを決めるだけだ。そう言ったコハクに、全員が言いにくそうに顔を見合わせた。それだけで、誰が対象かコハクにも分かってしまった。

「やはり、サードニクス様からと言うことになるな」

 ここまで信用されていないというのはどういうことか。最高評議会に身を置くコハクとしては、その辺りをとことん追求したかった。

 サードニクスへの小言は後回しにして、どう議長様を尋問するかを考えなくてはいけない。最初の犠牲者とは考えたが、失敗したときの影響が大きすぎる相手でもある。従って、周到な用意の上、罠を仕掛けないといけないことになる。
 しかも気を付けなければいけないのは、議長様には漏れのない警備体制が敷かれていることだ。いくらヒスイの技が優れていても、白状させるとなると会話の不自然さは隠しようがない。議長様の不自然な行動は確実に彼らの目に付き、そして次なる行動を引き起こすことになるだろう。相手がサードニクスと言うことを考えれば、その場を収めることは可能なのかも知れない。だがその後の調査がやりにくくなることは確かだろう。

「警備の目を欺くと言うと、はっきり言って“湯”だな」

 即断したコハクに、それはそれで宜しくないとシンジは言い返した。尋問係は、能力から言ってヒスイ意外にあり得ない。湯を選ぶと言うことは、サードニクスにヒスイの裸を晒すことを意味している。鬼畜のくせに独占欲の強いシンジは、それは絶対に嫌だと主張したのだった。

「しかしシンジよ、それ以外の場所には必ず護衛の目が有ることになるのだ。
 唯一例外となるのは、特定の条件におけるサードニクス様の寝所と言うことになるのだが……
 湯よりも、間違いなくそちらの方が問題が多いと思うぞ」

 寝所が監視から外れる特定の条件は、あくまであのときだけなのである。その場にヒスイが立ち会う方法と言えば、サードニクスの相手をするか、4人で楽しくと言うシチュエーション以外にあり得ない。湯で裸を晒すことでも問題なのに、そんな条件を許容できるはずがない。もってのほかだと否定するシンジに、だったらある程度の譲歩は必要だとコハクは答えた。元々は、シンジが持ち出した話なのだからと。

「シンジならば、護衛の目をそらすことは可能だろう。
 だがそれなりの時間が掛かることを考えると、必ず護衛の不審を買うことになる。
 サードニクス様に関わるだけに、簡単に騒ぎが広がることになるだろう」

 後々を考えれば、出来るだけ自然に振る舞う必要がある。シンジの力を使えば、確実に何かあったことを教えることになるだろう。大勢の人間の記憶を操作すれば、絶対にほころびが生じることになる。しかも機械的な監視と付き合わせれば、すぐに矛盾など見つかってしまう。

「つまり、あんまり選択肢が無いってことか」

 シンジが自分の感情に折り合いを付ければ、残る問題はヒスイの気持ちと言うことになる。おっかなびっくり聞いたシンジに、「問題はない」とヒスイは微笑んだ。

「シンジ様の妻としての作法であれば、何を躊躇うことがありましょうか?
 それにジャガイモ相手だと思えば、特に気にすることはありません」
「ヒスイがそう割り切ってくれるのなら良いけど……」

 本当にジャガイモなら良いけれど、相手は一応人なのである。それを考えると、どうしても嫌だという気持ちが先行してしまう。そこまで思われていることに喜んだヒスイは、それならと一つの方策を提案した。それにしても、議長様をジャガイモと言っていいのだろうか。

「衣装を脱ぐところから、サードニクス様の意識を奪うというのはいかがでしょう。
 湯から上がったところで元に戻せば、私の裸は記憶に残らないかと思います」
「あまり記憶の欠落が長いのも問題が有りそうだね」
「でしたら、シンジ様には少しだけ我慢をいただかないと……」

 申し訳なさそうに言ったヒスイは、少し俯いて「嬉しい」とつぶやいた。見せるのですら嫌と言うシンジに、、ヒスイは独占される喜びを感じていた。普段嫉妬するところを見せて貰えないだけに、余計に喜びを感じていた。
 二人で良い雰囲気を作ってくれると、コハクとしては収まりがつかないところがある。だから強引に割り込み、もう一つの問題点を指摘した。湯に入れば護衛の目は無くなるが、サードニクスにも奉仕する者がもれなく付いて来るということだ。

「サードニクス様のことは割り切るとして、もう一人の女のことはどうするのだ?
 ヒスイ殿がシンジに奉仕をするのなら、サードニクス様に奉仕する者がおるだろう?」

 目の前で見せられれば、誰でもサードニクスの異変に気が付くだろう。情報の漏洩を防ぐには、その対策も必要となってくる。

「コハクの配下って訳にもいかないか……」
「疑いを抱かれないようにするには、サードニクス様のところが良いからな」

 そうなると、記憶をもう一人奪わなければならなくなる。記憶を奪うことは難しくないが、どうしても不自然さが残ってしまう。そうなると、その対処を考えなければいけないことになる。ううむと悩んだところに、他にも問題があるとアスカが口を挟んだ。

「そもそも、シンジがお湯に誘われることが前提でしょ?
 そこから仕掛けをしておかないと、ヒスイを連れて行っても空振りにならない?」

 今までのシンジを考えれば、自分からお湯に誘うというのは不自然きわまりない。そうなると、サードニクスから誘わせなければならないことになる。果たしてヒスイを伴った時、期待通りサードニクスがお湯に誘ってくるだろうか。しかもアスカは、シンジが連れて行く相手も問題だと付け加えた。

「ヒスイだけを連れて行く口実も必要ね。
 かと言ってあたし達が団体で行ったりしたら、絶対にお湯って話にはならないでしょう?」

 そう言われればそう思える話に、ちょっと待てとコハクが異論を挟んだ。

「ヒスイ殿とアスカなら、サードニクス様も下心を出すのではないのか?」
「……あたしが、おっさんに“ご奉仕”するってこと?」

 すっと目を細めたアスカに、コハクは負けじと口元を歪めた。

「湯での奉仕だけなら、たいしたことは無いであろう。
 ヒスイ殿も体を張るのだ、妻筆頭であるアスカこそ先陣を切るべきではないのか?」
「こういう時だけ、筆頭を持ち出してくれるのね……」

 さすがにシンジ以外へのご奉仕は遠慮したい。仕方がないとアスカは、シンジに頑張るよう命令した。

「シンジが、その女性の相手をすればいいのよ。
 ヒスイが尋問している間、シンジがうまく注意をそらせば良いんでしょう?」
「アスカよ、さすがにそれはどうかと思うぞ」

 注意をそらす方法を考えれば、コハクが問題にするのも当然だった。

「だったら、エデンの住人であるあんたがする?」

 外の人間より、コハクの方が好ましい。話を振られたコハクは、「絶対に嫌」と言い切った。

「われは、髪の毛一本から魂、そして心までシンジの物なのだ。
 われが奉仕する相手は、シンジ以外にはあり得ない!」
「それはヒスイやスピネル、そしてあたしも同じってことよ」

 結局話は振り出しに戻り、誰か分からない女性への対策が必要となる。

「やはり、シンジに頑張って貰うしかないか」
「お義父様のためと、張り切って貰いましょうか」
「今回ばかりは、見て見ぬふりをすることにします」
「ねえ、そこに僕の意志は入っているの?」

 おかしな仕事が回ってきたことに文句を言ったが、だったらどうすると振られて言葉に詰まってしまった。調査の必要性は認めるし、他人に悟られるわけにも行かない。そうなると、どこかで我慢が必要と言うことだ。

「……頑張ってみます」

 従って、シンジとしてはそう答えるしかなかい。だがシンジの答えを受け取った妻達の答えは、少しだけ違っていた。と言うか、シンジには可哀相な決めつけをしてくれた。

「あんまり頑張らないほうが良いわよ」
「うむ、適当に手を抜かないと相手が持たないぞ」
「シンジ様、もう少しご自分のことを理解された方が……」

 僕って何? そう聞きたくなるような決めつけをされたのだった。



***



 信任投票となった生徒会長、そして対立候補が自発的に降りた生徒会副会長、終盤で盛り下がった役員選挙は、結果からすると非常につまらない物になってしまった。この流れの中で、ヒナギクと藤田が不信任を突きつけられるはずもなく、見事圧倒的な信任を受けて当選してくれたのだ。それを考えれば、IIIの選挙戦の勝利と言えるだろう。それでもヒナギクは、数%の白票があったことを問題とした。
 就任演説で全生徒に感謝したヒナギクは、1年間生徒会長を勤め上げる覚悟を宣言した。そしてその中で、少ないとは言え白紙の投票があったことを取り上げた。

「新生徒会長、生徒会副会長に、不信任を示す票が数%ありました。
 私たち生徒会は、この事実を重く受け止めています。
 そして、その人達にも認めて貰えるよう生徒会活動に励んでいきます!」

 どういう訳か、壇上にはヒナギクと藤田が上がっていた。二人の位置関係は、背の高い藤田がヒナギクの斜め後ろとなっていた。一歩退いた姿は、副会長として適切な場所と言っていい。だが二人の位置関係を見たとき、シンジとアスカの二人は、訳の分からない不快感を感じていた。どうも二人の位置関係、そして頭の位置が何かを思い出させていたようだ。もっとも、そんなことを感じているのは旧NERV関係者だけだろう。

 並んで頭を下げた二人に、生徒達は大きな拍手でそれに答えた。その拍手が鳴りやむのを待って、ヒナギクは就任の挨拶を続けた。

「まず前年度を総括するなら、やはりというか波乱に満ちた年だったと言うことです。
 芙蓉学園初のマスコミ公開、そして体育祭と言った行事に始まり、
 初の他校……私立一刻館との学生交換というイベントも経験しました。
 2回目の学園祭では、3界の機動兵器がそろい踏みをしました。
 そしてエデン、パーガトリに留学生を送り出しました。
 芙蓉学園を中心とした世界で、大きく3界に変化があったと思います。
 1年目で築かれた基盤の上、大きく発展した2年目だったと言えるでしょう」

 「しかし」と、ヒナギクは演壇を叩いた。

「1年目もそうでしたが、2年目もまた多くの事件がありました。
 パーガトリ内乱が起きたのは、ちょうど一刻館との交流を行っているときでした。
 この知らせを聞いたとき、学園の生徒はどのような結末を迎えるかに胸を痛めたものです。
 そして同じく、パーガトリでホムンクルス事件も起きました。
 いずれの事件も、我が校生徒の活躍で無事収束しました。
 ですが、そのために払った代償は、必ずしも小さな物ではありませんでした。
 精神的支柱といえる碇さんが消息不明にもなりました。
 そんな困難を、生徒会長上倉さんを先頭に私たちも乗り越えてきたのです。
 生徒会長上倉さん、そして第2期生徒会役員の皆さん、
 その献身的な働きに、盛大な拍手で私たちの感謝の気持ちを表したいと思います!」

 演壇から少し離れ、ヒナギクと藤田は大きな動作で手を叩いた。そしてそれに呼応するように、講堂は大きな拍手で包まれた。今更ヒナギクが言うまでもなく、2年目も芙蓉学園は波乱に満ちていた。それを無事乗り切ったのだから、生徒会の努力は認められるべきだ。それは生徒達全員も感じていたことだった。

「初代の碇会長が基礎を築き、二代目の上倉会長が発展させてくださいました。
 三代目会長となった桂ヒナギクは、よりいっそうの発展を目指して努力したいと思います。
 「唐様で売家と書く三代目」と川柳に書かれるようにならないよう、心して掛かりたいと思っています!」

 よろしくお願いしますと、一歩下がってヒナギクは頭を下げた。これで3期目の生徒会長就任挨拶は終わりとなる。生徒達は、ヒナギクへの期待を込め、大きな拍手を送ったのだった。
 だがこれで終わっては、芙蓉学園生徒会長はやっていられない。就任演説は2年目からの習慣だが、ヒナギクは前例に倣い特定生徒への対応方針を説明した。

「以上が新生徒会長としての公式挨拶ですが、皆さんの期待にはまだ不足していると思います!」

 ヒナギクは、マイクを握って身を乗り出した。

「二代目会長上倉さんは、「まだまだ碇さんを楽にはさせない」と就任挨拶で言いました。
 桂ヒナギク、生徒会長就任にあたってその言葉を引き継ぎたいと思います!」

 シンジとしては、おいと文句を言いたいところだろう。だが生徒達は、これまた満場の拍手でヒナギクの言葉を信任した。だがヒナギクは、引き継ぐだけでは終わらせなかった。だが含みの有りすぎるその言葉は、楽にさせない以上に問題が多いようにも感じられた。

「しかし、新生徒会長として少しだけ方向を修正したいと思います。
 公的な立場は、放っておいても碇さんについて回るでしょう。
 碇さんには、それは芙蓉学園の責任外だと諦めて貰います。
 しかし、芙蓉学園に関わることについては、負担を減らしてあげようと思います。
 先ほどの公約と違うと反発される方もあるかと思いますが、
 今一度考えて欲しいのは、碇さんは私たちと同じ芙蓉学園の生徒と言うことです。
 一生徒にだけ、負担をかけ続けて良いものでしょうか?」

 そこまでは、シンジとしてはありがたい宣言でもあった。だがその分、他の生徒には不満のある宣言でもある。どうしてという空気が広がる中、ヒナギクは更に自説を繰り広げた。

「碇さんには、もっとプライベートな時間が必要だとは思いませんか?
 昨年の一刻館との交流行事、確かにその手の行事には碇さんは必要です。
 ですが、あまり行事に束縛しすぎるのも良くないとは思いませんか?
 特に女性……及び一部男性の皆さん、本当にそれで良いのかよく考えてみてください!」

 本当に良いのかと聞かれ、生徒達はその意味をじっくりと考えた。色々なところに引っ張り回すと、結局学園にいる時間が短くなってしまう。たしかに、それはそれで不都合には違いない。
 一方シンジにしてみれば、どういうことだと聞きたくもなる発言だった。「まだまだ楽にはさせない」と言われるのも問題だが、ヒナギクの言葉は含みが有りすぎるのだ。しかも相手を、女性と一部男性としているのも嫌らしい。余計に胡散臭い言葉に、しっかりとシンジは顔を引きつらせていた。それを隣で見ていたサラは、「大変ね」と慰めにならない励ましの言葉をかけてくれた。

「まあ、その時は相談に乗るから」

 ありがとうと言っていいのか悩みはしたが、やはりここは感謝をするところだろう。そう割り切ったシンジは、小さな声でサラに礼を言った。生徒間の問題となると、彼の妻達は当てにならない。どうしても妻以外の女性……と限るところに問題の所在がある気がするが、そこに頼らないといけなくなってくる。その点で行けば、ずっと助けて貰っているサラなら適任と言うことになる。
 ただサラの抱える問題は、彼女がIIIの副会長と言うことだろう。もちろんシンジは、彼女が副会長と言うどころか、IIIなどという物の存在すら知らない。そしてサラも、絶対に自分が副会長だとは話すはずもないことだった。IIIの組織が非公開と考えれば、シンジの耳に届くのは相当先のことだろう。

 いずれにしても、今年も楽にはして貰えそうもない。剣道部での積極性を見せられると、今年の方が大変な年になりそうな気がしないでもない。仕方がないとシンジが諦めたとき、ひな壇ではヒナギクが「頑張ろう!」と生徒達に檄を飛ばしていたのだった。







続く

inserted by FC2 system