シンジに加えてコハクまでくれば、パーガトリ訪問が静かな物になるはずがない。まあ国王まで先導するのだから、国民総出の歓迎になるのは当然のことだった。

 わざわざ王宮から遠いところに連れてこられたシンジ達一行は、そこから王宮へと地上を移動することになった。当然ただ移動するだけでなく、その移動に「パレード」と名前が付けられたのは言うまでもない。俗に言う「歓迎パレード」と言うやつである。流石に着替える暇がなかったため、そのときの衣装は居間にいるのと同じ普段着だった。

「普段着でパレードって……」

 甲冑をつけるのも嫌だが、普段着でパレードするのも間抜けすぎる。それを嘆いたシンジに、気にする必要はないとアイオライトが横からささやいた。

「その格好の方が、珍しくて民への受けが良いんですよ。
 エデンの正装も良いですが、この方が皆さんの魅力が引き立つのではありませんか?」
「魅力ねぇ……僕の場合、ますます特徴が無くなる気がするよ」
「つまりシンジ君は、パーガトリ戦士の格好の方が良かったと言うのだね」

 ならば次から考慮する。そう言ったアイオライトに、それも嫌だと小声でシンジは答えた。

「どうして、パレードをしないという選択肢が無いんです?」
「何しろシンジ君は、一番の国賓だからね。
 迎える方にしても、歓迎しないのは失礼だと思っているんだよ」
「そっとしておいてくれるのが、僕にとっての一番の歓迎なんですけど……」
「それが、君のおかれた立場だと理解して欲しいな」

 そう言うことだと笑って、アイオライトはシンジを一段高いところに押し上げた。すでにコハクとヒスイがそこにいたのだが、シンジが現れたことで一段と高い歓声が沸き起こった。美しいコハク達も人気があるが、その二人を妻とするシンジに対する尊敬とあこがれは、それ以上の物を持っていたのだ。ただ問題となるのは、そこにアスカの席が無かったことだろう。

「で、どうしてあたし達の席がないわけ?」
「すみません、何しろ狭い物で……
 あとは、知名度の問題というか……」

 パーガトリでは、アスカたちの知名度が低いというのだ。確かに妻と紹介されたことはあっても、大々的に民衆にお披露目したことは一度もない。女性の地位が低いことを考えれば、ただ妻と言うだけでは尊敬されないのがパーガトリだった。
 だから我慢して欲しいというアイオライトに、仕方がないとアスカは引き下がることにした。自分の人気が低いというのは気に入らないが、立場を考えれば仕方が無いとも言えたのだ。何しろ比較される相手が、エデンの副議長様とパーガトリの姫なのだ。端から勝負するのが間違っているとしか思えない。

「それは我慢するとして、次に来たときはエリカも壇上に上がるってことね?」

 パーガトリへの貢献から考えれば、エリカの大きさも忘れることはできない。何しろパーガトリ支援の中心にいるのがエリカなのだ。

「確かに、エリカ様をお披露目する必要がありますね」

 アスカの指摘にアイオライトは、すぐにお付きの物を呼び寄せた。そしてすぐにエリカの席を用意するようにと命令した。

「エリカには、すぐに対応するのね……」

 冷たい視線を向けたアスカに、そうは言うがとアイオライトは言い訳をした。

「エリカ様のことを持ち出したのは、アスカ様自身ですよ。
 それにこういっては申し訳ないのですが、私はエリカ様の味方なんですよ。
 どうもシンジ君の妻として、彼女はいい目にあっていませんからね」

 一緒に住んでいるわけでもなく、寵愛を受けているわけでもない。ただ立場として認められているだけでは可哀想だと言うのである。そう言われてみれば、シンジに抱かれていないのはスピネルとエリカの二人なのだ。その点をつかれれば、アスカとしても言い返しにくくなる。それにアスカ自身、さらし者になりたいとは思っていなかった事情もある。

「ええっと、アスカさん?」
「まっ、良いんじゃないの?
 ただ、誰、これって目で見られるのは覚悟しておきなさいよ」

 そう脅しをかけて、アスカは準備されたばかりのスペースにエリカを押し上げた。だがアスカの脅しに意味がなかったのか、エリカが上に上がったとたん、民衆達は今まで以上の拍手で出迎えた。ただその歓声を聞く限り、どうやらアスカと間違えているようだった。

「……本当に、エリカが可哀想になったわ」

 ごめんなさいと、心の中で手を合わせたアスカだった。



 シンジが来たことに対して、いろいろと悩んだイツキだった。だがいくら悩んでも仕方がないと、イツキは黒曜石だけを王宮に連れて行くことにした。そこまで用心する必要があるかは疑わしいが、プリムラを連れて行かない方が良いと判断したのだ。それにプリムラ抜きで、黒曜石をシンジに会わせてみる必要もあった。
 おとなしく留守番しているようにと言いつけたイツキに、プリムラは寂しそうな表情を浮かべて見せた。その顔を見れば可哀想にもなるのだが、だからといって言うことを聞くわけにも行かない。「おとなしく聞き分けるのだ」と諭して、留守番できるのかと逆に尋ねた。

「……留守番ぐらいなら。
 でもイツキ、早く帰ってくる?」
「プリムラが待っていてくれるのだろう?
 良い子にしていれば、早く帰ってくるというものだ」

 うんとうなずいた頭を撫でたイツキは、準備は良いかと黒曜石に聞いた。

「はい、ですが私のような者がついて行って良いのでしょうか?
 それにプリムラと一緒に留守番をしていれば、椎名様もゆっくりできるのではないでしょうか?」
「シンジのやつも、黒曜石さんなら難しいことは言わないさ。
 準備ができているのなら、すぐに王宮に行くことにしよう。
 じゃあプリムラ、おとなしく家で待っているのだぞ!」

 もう一度プリムラはうなずき、「いってらっしゃ」と手を振った。そう言うことだと笑ったイツキは、一緒に行こうと黒曜石に手を差し出した。

「その、プリムラが見ています……」

 しっかりと顔を赤くしながら、黒曜石は差し出された手をしっかりと握ったのだった。







<<学園の天使>>

148:







 王宮に着いたところで、イツキは予想の一つが当たっていたことを確認した。シンジの顔を見掛けたとたん、黒曜石が自然につかんでいたイツキの手を離してくれたのだ。もちろん注意していたイツキは、黒曜石の変化を見逃さなかった。

(やはり、黒曜石さんに何かあったのか……)

 その何かを確かめるため、イツキは黒曜石の背中を押そうとした。だがその手はきれいに空振りをしてしまった。しかも黒曜石は、きつい眼差しでイツキを見てくれるのだ。

「椎名様、どさくさ紛れは宜しくないですよ」

 そう言い残し、黒曜石は少しほほを染めてシンジの方へと歩いていった。当然一緒に来たイツキは置き去りにされていた。

「……予想はしていたが、現実になると悔しいものだな」

 それでも意味があったのだと頭を切り換え、イツキは早速薄情者を責めるために話の輪に加わることにした。とりあえず、難しい話をするのは正餐が終わるまで後回しをすることにした。



 そして正餐が終わり、不満そうな黒曜石を先に返したイツキは、「折り入って話がある」とシンジ達に時間が欲しいと持ちかけた。

「別に、かまわないけど……
 いいのか、黒曜石さんだけ先に帰して」

 聞いたぞと肘でつつかれたイツキは、その黒曜石のことだとアスカの方をちらりと見た。邪魔にされているのを察知したアスカは、先に帰ろうとコハク達を誘った。

「悪いな」
「今度埋め合わせをさせるから」

 シンジにと言う言葉を聞かなかったことにして、イツキはいつもの軽口を叩いた。

「じゃあアスカちゃん、俺様とデート……」

 「をしよう」と言いかけたのだが、後ろも振り返らないアスカにむなしくなり、イツキはそれ以上の言葉を飲み込んだ。そしてアスカに文句を言う代わりに、「殺意がふつふつとわき上がる」とシンジの前で右手をわしわしと動かした。

「まじめな話をするんじゃなかったら、僕はアスカたちと一緒に帰るからね」

 すぐさま言い返したシンジに、「まじめな話をするさ」とイツキも返した。

「だがなシンジ、この俺の怒りは誰が受け止めてくれるのだ!」
「命がいらないって言うのなら、相手にするのも吝かじゃないよ」

 シンジが本気で相手にしたら、それこそパーガトリの上級戦士を連れてこなければいけなくなる。そこに特殊能力が加われば、上級戦士が団体かかっても対処できるかどうかは疑問が残る。流石に命の惜しいイツキは、「まじめな話だ」と一方的に話を引き戻した。

「だが、落ち着いて話せる場所に移動したいのだがな」
「フローライトさん、どこか良い場所はありますか?」

 落ち着いて話せるということに反対する理由があるはずがない。その言葉を受けたフローライトは、

「だったら、私の部屋はどうだろう。
 あそこだったら、誰も入ってこられないよう警備されているよ」

と提案した。もっとも「誰も入れない」と言っても、アイオライトとヒスイは秘密の通路を知っている。そのことを棚に上げたフローライトは、自分の書斎を提案した。ただそれで良いかと聞かれても、だめという理由をシンジは持っていなかった。
 承知したとフローライトは、すぐさまフォーベシィを呼び寄せた。そして人払いを申しつけた。

 目の前に紅茶が並べられ、セージが退出したところでフローライトは入り口に鍵を掛けた。ここまですれば、本当に誰も入ってこられなくなる。当然のことではあるが、多層空間に対しても被いが掛けられた。

「それで話というのは、黒曜石さんのことだ。
 以前王様には相談したが、やはりおかしいというのが俺様の結論だ」

 膝のところで手のひらを合わせ、少し前屈みになってイツキは話し出した。ただシンジには、おかしいという意味は通じていなかった。

「僕には、いつもの黒曜石さんに見えたよ?」

 年に似合わず、頬を染めてすり寄ってきていたのだ。それがおかしいと言うのは、本人に対して失礼なことだろう。だがフローライトは、イツキの言葉の意味を理解していた。

「椎名殿の疑問は、ようやく私も理解することが出来たよ。
 確かに、ここしばらくの黒曜石の態度はおかしかったね」

 同意したフローライトに、うむとイツキは頷いた。そしてシンジにも理解できるように、時間を少しさかのぼって説明することにした。

「お前が国王様に聞いたとおり、黒曜石さんは俺様に靡いているように見えたのだ。
 国王様は俺様に向かって、お前のことは「紫の奏者様」と言って、線引きをするようになっていた。
 そして国王様に対しては、プリムラと一緒に俺様の世話になると言ってくれた。
 抱きしめようと思えば簡単に抱きしめられるようになったし、
 それ以上のことをしようとすれば、おそらく拒まれることはなかっただろうな」
「そのことだけなら、別におかしなことではないと思っていたよ。
 シンジと黒曜石では、置かれた立場が違いすぎるからね。
 だから黒曜石が、椎名殿のお世話になるというのはむしろ自然に感じられたのだよ。
 だけど今日の黒曜石は、以前の黒曜石に戻っていたんだよ。
 当然椎名殿は、手を触れることも出来なくなっていた……
 シンジからすれば、いつもの黒曜石に戻っていたわけだ。
 つまり、立場の違いを実感しての心変わりではなかったと言うことになる」

 同じことを二人に言われれば、シンジも何か起きているのは理解できる。だが元の状態に戻る何かをシンジがしたわけではない。だから相談されても、シンジが答えられることはほとんど無かった。

「フローライトさんも認めているのなら、勘違いじゃないんだろうね。
 でも僕は何かをした訳じゃないんだ。
 だから本人に聞いてみないと何も分からないと思うんだけど……」
「おそらく、本人に聞いても何も分からないだろうな」

 イツキの決めつけに、シンジもその通りと頷いた。シンジが話をしたときには、本当に何も変化が見つけられなかったのだ。どう考えても、本人がおかしいと自覚しているはずがない。

「そうなると、原因を突き止めなければいけないのだが……」

 だが黒曜石に痕跡がなければ、原因追及の手がかりすら見つからないだろう。どうした物かと悩んだイツキに、シンジは不思議だと疑問を投げかけた。もしも黒曜石に異変が誰かの手による物なら、いったい何を目的としたのだろうかと。

「黒曜石さんがイツキに靡いて、お前以外誰が得をするんだ?
 桜庭さんと違って、混乱自体起こらないと思うんだけど……」
「……なぜ、俺様が得をするのだ?」
「その気もないのに、口説いていた訳じゃないんだろう?」

 反論を封じ込めたシンジは、目的が分からないと別の形で疑問を説明した。

「おかしいと言っても、極めて個人的な問題じゃないか。
 黒曜石さんには可哀相だけど、それ以外の問題がどこにも見あたらないんだよ。
 もしも問題があるとしたら、その理由をイツキが悩むぐらいのことだろう」
「黒曜石さんが可哀相というのは、非常に失礼な話だな。
 鬼畜な英雄様と違って、俺様は女性を大切にしているのだぞ!」

 一応の反論をしたイツキは、言いたいことは分かると話を続けた。

「確かにカエデちゃんの時と違って、やることが無邪気すぎる気がする。
 だが仮にも相手は黒曜石さんだぞ、精神操作が簡単に行えるとも思えないのだ。
 いたずらにしては、やることの難易度が高すぎるとは思わないか?」
「それを認めることは吝かじゃないけど……」

 ふむと考えたシンジは、可能性をフローライトに尋ねた。

「パーガトリに、そんなことを出来る道具はあるんですか?」
「人の心を操る道具かい?
 機動兵器に似たような能力を持つ物はあるけど、
 個人に適用するには大がかりすぎるね。
 精神操作の装置……研究はされていたと思うけど、
 気軽に使える物でもなさそうだし……」
「つまり、パーガトリには該当する装置がないってことですか?」
「個人に使えるような物は無いだろうね。
 その事情は、エデンでも変わらないのじゃないかな?」

 フローライトは、そう言って答えを先取りした。そうなると、問題は更に複雑になってくる。

「黒曜石さんに、催眠術が掛かると思う?
 っていうか、そんな真似をすることが出来ると思う?」
「普通に考えれば、不可能に等しいな」

 シンジの言わんとすることを肯定したイツキは、それでも事実は残ると付け加えた。

「王様も俺様も、黒曜石さんの異常を認識したのだ。
 不可能にも思えることを、どこの誰かは知らないが実行したことになる」
「だけど、誰が何のためという疑問は残るよね?」

 黒曜石を攻撃することに、意味を見つけるのが難しいのは変わりがない。そうすると議論は、堂々巡りになってしまう。結局ここでも、理解できない事件に遭遇したことになる。頭を抱えたシンジは、「いい加減にして欲しい」と弱音を吐き出した。

「ようやく、あっちの方が落ち着く目星がついたのに……
 なんで、イツキの煩悩に振り回されなくちゃいけないんだよ」
「なぜ、俺様の煩悩のせいにするのだ?」

 失礼なと憤慨したイツキに、それ以外の理由があるのかとシンジは言い返した。

「お前があんまりしつこく迫るから、誰かが気を利かしたんじゃないのか?
 今回の件は、それぐらいしか理由がお思い付かないんだよ!」
「そんな奇特な奴がいるのなら、是非ともヒスイちゃんやコハクちゃんもお願いしたいところだな。
 鬼畜の手から救い出すのだから、きっと本人のためにもなることだろう!」

 どうだと笑うイツキに、シンジはとてつもなく冷たい眼差しを向けた。

「その時は、イツキが“鬼畜”って言われるだけだろう?
 実は、なんの救いにもなっていないじゃないか!」
「お前か俺様かというのは、極めて大きな差だと思うのだがな」

 まあいいと手を挙げたイツキは、少しも問題が解決しないと嘆くことにした。

「簡単に解決することはないと思っていたが、考えるほど話がおかしくなっていくな。
 しばらく状況を見守っていく必要があるのだが……」
「たぶん、尻尾を掴ませるようなことはしないだろうね」

 まともに考えれば、シンジの言うとおりなのである。それを認めたイツキは、だから困るのだと繰り返し嘆いたのだった。

「俺様は、プリムラに説明しなくちゃいけないのだぞ。
 こんな話、いったいどうやって説明すればいいのだ?」
「どうやってと言われてもねぇ……
 一緒に暮らしているんだから、説明責任はイツキに有るんじゃないのか?」

 自分はプリムラ自身を知らないと、シンジは説明責任をイツキに放り投げた。
 説明責任を投げ返されたイツキは、責任自体は認めると零し、だからよけいに難しいのだと嘆いた。

「こんな話、説明する方法なんて無いと思わないか?」
「それ以前に、黒曜石さんを帰したのはまずくなかったか?」

 説明する前に、元に戻った黒曜石を返してしまったのだ。長く留守番をさせるわけにはいかない事情はあったが、今考えると迂闊としか言いようのない対応だった。頭を抱えたイツキに、ご愁傷様とシンジは慰めの言葉を口にした。

「僕は、家族の問題に口出しするつもりはないからね」
「そう言う薄情なやつだと思っていたよ……」

 あい分かったと、イツキはさっさと家に帰ることを決めた。たとえ手遅れだとしても、傷が浅いうちに手当をした方がましだろうと。



***



 いくら不機嫌でも、家族を心配させてはいけない。家にたどり着いたところで、黒曜石は気を落ち着けるように二度深呼吸をした。心を落ち着け、かわいい娘を怯えさせないように、いつもの笑顔を与えてあげられるようにと。
 なんとか心を落ち着けた黒曜石は、最後の仕上げとばかりにガラス窓で自分の顔をチェックした。目をつり上げたせいで、目元にしわが寄っていないか、おかしな引きつりは残っていないか。口元を歪めたり、無理にほほえみを作ったり、何度も表情を確認して、ようやく納得できる表情を作ることができた。

「よしっ!」

 もう一度笑みを浮かべ、黒曜石は「ただいま」と家の扉を開いた。もっとも、広い家なのでちょっとやそっとでプリムラに聞こえるはずがない。このあたりは気分を盛り上げるためのお約束だと黒曜石は思っていたのだが、

「……お帰り」

 ところが、玄関の前にプリムラがじっとうずくまっていたのだ。驚いた黒曜石は、どうしたのだとあわてて駆け寄った。

「どうして、お部屋で待っていなかったの?」
「だって、誰も帰ってこないから」

 ぐしっと鼻をすすったプリムラを、ぎゅっと豊かな胸に黒曜石は抱きしめた。シンジと引き離された苛立ちも、プリムラを悲しませたという事実の前に吹き飛んでいた。

「く、苦しいよ黒曜石……」

 少し強く抱きしめすぎたのか、プリムラは苦しいと文句を言った。あわてて体を離した黒曜石は、プリムラの顔の高さにしゃがみ込んだ。

「ごめんねプリムラ……」
「いい、帰ってきてくれたから……」

 もういいと、少しほほを赤くしてプリムラははにかんだ。そして誰かを捜すように、黒曜石の後ろをのぞき込んだ。

「イツキは?」
「碇様に、相談することがあると言っていたわ」

 それでもイツキのことを思い出すと、不機嫌さが首をもたげてくるようだ。少し頬をふくらませ、「邪魔ばっかりする」と黒曜石は文句を言った。

「椎名様は、私の邪魔ばっかりするのよ。
 せっかく碇様にお会いできたのに、ゆっくりとお話をする時間もくれないんだから」
「黒曜石、イツキのことが好きじゃないの?
 どうして、碇様とお話をしたがるの?」

 困惑の表情を浮かべたプリムラに、そうねぇと黒曜石は説明の言葉を考えた。

「いい、椎名様のことを嫌いな訳じゃないのよ。
 でもね、私が一番好きなのは碇様なのよ。
 碇様はね、私の心を解放してくださったの。
 そしてパーガトリの民に、明るい未来を与えてくれた恩人なのよ。
 それに碇様は、私にとても優しくしてくださったの」
「イツキじゃ、だめなの?
 私は、黒曜石とイツキがいつまでも一緒にいて欲しいのに……」

 なんでと言うプリムラに、「大人になったら分かる」と黒曜石は答えた。この感情だけは、合理的な説明を付けようがないのだと。

「碇様の奥様にはしてもらえなくても良いと思っているの。
 ただ、お側においていただいて、時々可愛がっていただければ……
 それが過ぎた望みだというのは分かっているのよ。
 でも、私は碇様の側にいたいと思っているわ」

 だからと、黒曜石はプリムラの頭に手を置いた。

「パーガトリの国内が落ち着いたら、王様にお願いしてリリンに住ませてもらうつもりなのよ」
「イツキや、私は?」
「プリムラとは一緒にいたいと思っているけど……」

 そうなると、プリムラを連れてと言うことになるのだが、イツキと一緒という条件には合わなくなる。困ったという顔をした黒曜石に、だったらとプリムラは大きな声を上げた。

「イツキで良いじゃない、イツキだったら一緒にいられるよ!
 私はイツキも黒曜石も大好きだから!!
 3人で、いつまでも仲良くいようよ!!」

 すがりついてきたプリムラに、黒曜石ははっきりと困った顔をした。プリムラの言うとおり、イツキを選べばずっと一緒にいられるだろう。しかしイツキを伴侶というのは、どうしてもぴんと来てくれないのだ。

「私も、プリムラと一緒にいたいと思っているわよ。
 でもね、椎名様の妻になるのは、ちょっと違うと思えるのよ」
「なんで……」
「なんでって言われても……」

 困ったという黒曜石に、プリムラはもう一度「なんで」と声を上げた。

「せっかく、一緒にいられるようにしたのに!
 どうして黒曜石は、私のことを裏切るの!!」
「裏切るって言われても……
 それにプリムラ、いったい何を……」

 突然襲ってきためまいに、黒曜石は「ごめん」と言って体を支えるように壁に手をかけた。

「プリムラ、人の心は都合良く変えることはできないのよ……
 私が碇様を好きだという気持ち、それは、プリムラのことが大切だというのと同じくらいに大きいの……」

 めまいがするだけでなく、なぜか息苦しさも感じ始めていた。どうしたのだろうと頭を振った黒曜石は、ついに壁に寄りかかっていた。

「プリムラ、悪いけどお水を持ってきてくれない?
 なにか、急に気分が悪くなってきたのよ」

 そう言って黒曜石は頼んだのだが、プリムラはいっこうに動こうとはしなかった。それどころか、少し離れたところでじっと黒曜石の顔を見つめていた。

「プリムラ……!?」
「おとなしくしていて、少しだけ我慢して!
 そうすれば、私たちはずっと一緒にいられるから」
「プリムラ、いったい何を……」

 立っているのも辛くなり、背中を滑らせるようにして黒曜石は床に座り込んだ。苦しそうな黒曜石を前に、プリムラの瞳は赤く輝いていた。

「黒曜石は、イツキのことを好きじゃないといけないの。
 そうすれば、私たちはずっと一緒にいられるんだから……」

 「誰にも邪魔はさせない」プリムラがそうつぶやいたとき、黒曜石の意識は闇の中に沈み込んだ。



 イツキが家にたどり着いたのは、黒曜石が帰ってから2時間経ってからのことだった。うまい説明の言葉は、結局見つけることはできなかった。従って、イツキは出たとこ勝負を選択することにした。

「ただいまって、黒曜石さん、どうしたのだその格好は!」

 誰も迎えにでるはずがないと思っていたところに、黒曜石のお出迎えである。それだけでも驚きなのに、黒曜石のしていた格好が問題だった。「お嫌いですか?」と恥じらった黒曜石は、エプロン以外何も身につけていなかった。

「リリンで調べ物をしたとき、殿方の読まれる雑誌にこういう格好が載っていました。
 こういう格好なら、きっと椎名様に可愛がっていただけるかと」

 少し動くだけで、豊かな胸がはみ出てくる。しかも長さが足りないから、大切な部分がほとんど隠されていない。年上の破壊力にくらっとは来たが、流石にイツキも流されることはなかった。そしてこれまで抱いていた疑惑が、確信に変わるのを実感した。

(やはり、プリムラの仕業なのか)

 慎重さの欠片もない無邪気な仕業に、イツキは正しく誰が原因かを探り当てた。

「黒曜石さん、プリムラはどうしたのだ?」
「プリムラなら、寝かしつけました。
 だから、何も、心配することはないんですよ。
 私だったら、いつでも、たとえこの場所でも構いませんから」

 熱に浮かされたように、黒曜石はイツキに迫ってきた。年上の美女、しかも相手は裸エプロンである。本来なら涙を流して喜ぶべきところなのだろうが、流石にイツキは冷静だった。だが相手は、鍛えられたパーガトリの女性だった。うまく逃げようとしたのだが、結局イツキは逃げ場を塞がれてしまった。しかも両手を塞がれては、イツキではどうすることもできなくなってしまう。

「大丈夫ですよ、年上の良さを教えて差し上げます。
 椎名様は、何も心配しないで私にお任せください」

 壁際にイツキを追いつめ、黒曜石はぞくっとするほど熱のこもった瞳を向けた。そしてイツキのうなじに、ゆっくりと舌をはわせた。

「黒曜石さん、心にもないことは止めるのだ!」
「女に、恥をかかせないでください……
 私とプリムラを、お願いですから生涯可愛がってください」

 首筋を這っていた黒曜石の舌は、そのままイツキの胸元へと移動していった。邪魔になるシャツは、どういう方法か分からないがきれいに切り開かれていた。あまりの妖艶さ、そして熱さに、イツキの体は電気が走ったように震えた。いくら疑問があっても、おかしいと思っていても、黒曜石の愛撫にイツキの男は押さえきれなくなっていた。

「何を我慢されているのですか?
 男を知らないおぼこではないのですよ。
 椎名様のしたいように、可愛がってくださって結構ですよ」

 ズボンの上からでも分かるふくらみを、黒曜石は手のひらで包むように愛撫した。

「や、止めるんだ、俺様はこんなことは望んでいない!」
「私は、これを望んでいるのですよ。
 椎名様、これ以上我慢なさるのは宜しくないですよ。
 ほら、椎名様の分身は、こんなに元気になっています」

 少し力を入れたせいか、イツキの口からうっと声が漏れた。確かに黒曜石の言うとおり、イツキ自身高まりを感じ始めていた。

「男の人は、我慢をしない方が良いですよ。
 私だったら、ちゃんと受け止めて差し上げますから。
 大丈夫です、どんな手荒な真似をされても耐えられますから」

 だからと、黒曜石は床にイツキを押し倒し。絡めるように、腕をイツキの首に回した。

「これ以上、私に恥を掻かせないでくださいね」
「残念だが、俺様は正気でない女性を相手にしないことにしているのだ!」

 意志の籠もった声で答え、イツキは「シンジ!」と悪友の名を呼んだ。「そこにいるのなら、すぐに助けろ!」と。そしてイツキの呼びかけに、期待の助っ人がすぐに答えた。

「悪いな、取り込み中だったから出るきっかけが無くてね」

 突然現れた気配に、黒曜石はすぐに戦闘態勢に入った。せっかく良いところだったのに、いったい誰が邪魔をするのかと。瞬時にイツキから離れた黒曜石は、背後に現れたシンジに襲いかかろうとした。その行為自体、シンジを崇拝する黒曜石からは考えられないことだった。しかもシンジを攻撃しようとした行動に、少しの躊躇も見られなかった。
 鋭い動きがシンジを捕らえようとした時、何者かが二人の間に入り込んだ。そして黒曜石の拳を受け止めると、その勢いのまま石の壁に叩きつけた。容赦のない攻撃に、黒曜石はそのまま意識を失って崩れ落ちた。

「ヒスイ、ちゃんと手加減しないとだめだよ」
「シンジ様に手を挙げる者を許せませんから……」

 ごめんなさいと謝るヒスイを許し、シンジは倒れている黒曜石の安否を確認した。流石にしゃれにならない攻撃だったこともあり、大丈夫かと心配になってしまったのだ。
 だが調べてみると、ちゃんと胸が動いて息をしているようだ。

「どうやら、気絶しているだけのようだね。
 こんなところに寝かせておく訳にはいかないから、上の部屋に運ぼうか」
「頼めるか?
 俺様は、首謀者を問いつめなければならないからな」

 ああとシンジが黒曜石を抱き上げたとき、「どうして」と言う少女の声が3人の耳に聞こえてきた。







続く

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