やっと巡ってきた活躍のチャンスに、クレシアは「任せてください!」と彼女には珍しく大見得を切った。その姿を見たシンジは、「なんだかなぁ〜」と彼女の張り切る理由を想像した。

(なんで、みんな張り合うんだろう……)

 結局クレシアも、アスカと同じ道を歩んでいることになる。シンジと一緒にいるために、自分の価値がどこ有るのかを示そうというのだ。そんなことをしなくて良いのにと言うシンジの言葉は、残念ながらクレシアにも届いてくれなかった。

「大丈夫ですよ、スイスはロレンツのホームグラウンドですから。
 シンジ様は、ゆっくりと報告をお待ちくだされば結構です!」
「いや、張り切りすぎて危険なことをしないようにね」

 相手は二度にわたって自分たちを出し抜いている。それを考えれば、下手な手出しは逆襲を受ける可能性がある。全面戦争にはならないとカルラは言ったが、絶対に大丈夫という保証はどこにもない。背後にエデンの陰が有ればなおさら危険性が高まってくる。
 だがシンジの心配に、対策なら有るとクレシアは保証した。

「ロレンツの力、甘く見ないでいただきたいものです。
 それに、相手が本気ならばこちらも覚悟が必要なのです。
 叩きつぶすときは徹底的にしないと、相手を図にのせてしまいますから」
「それは、そうなんだろうけど……」

 それでも心配だというシンジに、クレシアは嬉しそうに顔を輝かせた。

「シンジ様が私のことを心配していただくのと同じくらい、私もシンジ様のことが心配なんです。
 ですからシンジ様のお心を悩ます敵には、私は容赦するつもりはありません。
 少しだけ目をつぶっていていただければ、シンジ様に手を出す者は居なくなるでしょう」
「……何を、するのかな?」

 とても物騒に聞こえるクレシアの言葉に、「目をつぶるとは何も聞かないことだ」とクレシアは答えた。

「このことは、私が勝手にやることだと思ってください。
 ですから、シンジ様には何も関わりがないのです。
 衰えたとは言え、ロレンツに正面からたてつける者はほとんど居ません。
 見せしめを少し作れば、後は大人しく私たちに従うことになるでしょう」

 過激な内容を想像したシンジは、止めて欲しいとクレシアに懇願した。

「僕が、それを見過ごせると思っているの?
 クレシアに危ないことが有るようなら、僕は絶対に許さないからね」
「シンジ様、私を信用してください……」

 だからとおねだりしようとしたクレシアだったが、何かが少し心に引っかかった。その何かを考えたクレシアは、利用価値のある生徒を思い出した。この手のどろどろとした世界は、古い家系ほど精通しているものだ。その点では、ロレンツに勝るとも劣らない家系の者が学園には居たはずだ。それを思い出したクレシアは、「お願いがあります」とシンジに切り出した。

「お願い? クレシアの助けになることなら何でも聞くよ」

 そうやって気遣って貰うと、どうしても顔がほころんでしまう。色々と来るものをこらえながら、もう一人生徒を巻き込みたいのだと口にした。

「あまり、学園の生徒を巻き込みたくないんだけど……
 それに、このことはあまり知られたくもないんだよ」

 だから賛成できないというシンジに、それでも巻き込んだ方が本人のためになるとクレシアは答えた。

「ビンセント・ハプスブルグを覚えてらっしゃいますか?
 あれほどの旧家ともなれば、裏の世界にも大いに顔が利くんです。
 私もそうでしたが、彼はシンジ様との繋がりを求めて学園に来ました。
 私の場合、シンジ様の妻にしていただきましたが、
 彼は、国連に同行した以外の繋がりが持てていません。
 そのせいで、実家からはかなり責められているのではありませんか?」

 それを考えれば、手を差し伸べてあげるのも優しさだと言うのである。だがシンジにしてみれば、厄介ごとに巻き込むことのどこが優しさだと言いたくなる。しかしクレシアは、実態を知らないからそう言うのだと言い返した。

「はっきり言って、ハプスブルグは没落貴族です。
 お家再興の目的を持って、ビンセントは芙蓉学園に来たはずです。
 芙蓉学園に籍を置くだけでも意味が大きいのは確かですが、それだけでは不足と考えているでしょう。
 それを考えれば、危険な仕事ほど喜んで引き受けるのではないでしょうか?
 それだけシンジ様に信頼されたと、彼らは考えるはずです」
「そう言う足下を見るのって、僕はしたくないんだけど……」
「ですが、そのまま何もしない方が彼には気の毒なのですよ。
 シンジ様が遠慮するお気持ちは分かりますが、
 彼にしてみれば大きなお世話だと思うのではないでしょうか?
 『命がけで尽くせ』と命令して差し上げれば、彼らは喜びに打ち震えると思います」

 そう言われても、おいそれと納得のいく話ではない。ううむと唸ったシンジに、「自分を信じて欲しい」とクレシアは繰り返した。シンジの性格を知っている自分ならば、悲しむような真似を絶対にしないのだと。

「ハプスブルグは、ロレンツが責任を持って守ります。
 そしてビンセントの身に、危険が及ぶことはないと保証します。
 この誓いに、妻の座を賭けても良いと思っていますから」
「そんなものを賭けろとは言わないけど……」

 じっと自分顔を見るクレシアに、仕方がないとシンジは折れることにした。自分の知らない世界に対して、自らの常識を持ち込むのは傲慢なのだろう。釈然としないものを感じていても、だからどうしたらいいという言葉をシンジは持っていなかった。ならば、妻であるクレシアを信じて任せるべきなのだろう。

「ただ、危ないときは僕が介入するからね」

 それだけは譲れないというシンジに、そんなことにはならないだろうとクレシアは答えた。

「少なくともリリンにいる者は、私怨で動いているわけではありません。
 シンジ様が本気でつぶしに掛かったとなれば、これ以上抗う者は居ないでしょう」

 利益で動いているとなれば、本気でシンジとつぶし合いが出来るはずがない。だから陰で罠を仕掛けていると言うのがクレシアの考えだった。

「ロレンツとハプスブルグが本気で動いたとなれば、
 敵も迂闊に動くことが出来なくなります。
 それだけ、学園の皆さんの安全にも繋がることになると思います」

 だから任せて欲しい。クレシアは、それを繰り返した。

「そこまで、甘えて良いものなのかな?」
「自分の出来ることで助け合う、それが夫婦というものだと思いますよ。
 曾祖父も、きっと喜んで手伝ってくれると思います」

 この辺り、ゲンドウが聞いたら耳を疑うことになるだろう。それだけひ孫に甘いと言うことになるのだが、普段のキールを見ていたら、そんな姿は絶対に思い浮かばないだろう。

「そして、私も……」

 ゆっくりとシンジの胸に顔を埋め、クレシアは熱い吐息を漏らした。さらさらの金髪からは、フローラルの香りが漂ってくる。柔らかな感触を感じたシンジは、そっとクレシアの体を抱きしめた。

「曾祖父は、曾孫の顔が見たいと言っていました……」
「僕たちには、まだ早いと思うんだけどね……」
「多分、世間体を気にするのは一部のリリンだけだと思いますよ」

 英雄の子を望む者の方が多いだろうと、シンジを押し倒しながらクレシアは囁いたのだった。







<<学園の天使>>

147:







 準備期間を考えると、休み前には一度パーガトリに行っておく必要がある。ジントとカエデの件でごたついたため、パーガトリ訪問は12月も半ばとなってしまった。あと2週間待てば即位の儀式と考えれば、今更行く必要があるのかと悩む時期でもあった。

「コハクが無理に付いてくる必要はなかったんだよ」

 「所用だ!」の一言で最高評議会を議長に押しつけ、コハクはシンジに付いてパーガトリに行くことになっていた。「いかがなものか?」と言うシンジに、「夫に付いていくのが妻の義務だ!」とコハクは言い返した。

「アスカまで付いていくと言うではないか。
 ならば、われが付いて行くことのどこがおかしいというのだ?
 それともシンジ、われが付いていくのは邪魔だと言うつもりか?」

 そう言われれば、これ以上反対するわけにはいかない。仕方がないと折れたシンジは、「迷惑にならないか」とヒスイに聞いた。自分だけでも大事なのに、コハクが付いていくとさらに大げさになるだろう。それが心配だというシンジに、何を今更とヒスイは小さく笑った。

「シンジ様がいらっしゃるだけで、国中は大騒ぎになります。
 ですからコハク様がいらしても、大きな差は無いと思いますよ。
 それにコハク様がいらっしゃれば、兄もきっと喜ぶと思いますから」
「フローライトさんが?」
「学園祭では、涙を流して喜んでいましたから」

 それぐらいコハクのファンだというのだ。そうなのかと驚いたシンジに、驚くことはないだろうとコハクは言い返した。

「われの魅力を気づく者が居ても、別に不思議はないと思うのだが?
 それともシンジ、ぬしはわれに魅力がないと言うつもりか?」
「いやっ、そんなことを言うつもりはないけどね……」
「だったら、フローライト殿がわれのファンで何がおかしい?」

 そう言われれば、おかしいとは言え無くなる。いつの間にかやりこめられたシンジに、そう言うことだとコハクは笑い飛ばした。

「それで、迎えの者はまだ来ないのか?」
「兄からは、すぐに差し向けると来たのですが……」

 遅いとヒスイが文句を言おうとしたとき、玄関のチャイムが来客を告げた。はかったようなタイミングに、シンジは思わず苦笑を浮かべていた。

「誰だろうね……」

 タイミング的にはパーガトリからの迎えになるはずだが、彼らがリリン的にチャイムを押すとは考えにくい。まさか碇家に、新聞の勧誘がくるはずもない。そう思っていたら、玄関からナデシコがメイド服を揺らして小走りで戻ってきた。

「ご、ご主人様、パーガトリからの使者がお見えになりました。
 そ、その、エリカ様もご一緒なんです……」
「エリカも?」

 意外な組み合わせに驚いたシンジは、その使者を迎えるために玄関まで移動した。そこでなぜエリカが一緒だったのかを、相手の顔を見て納得した。

「アイオライトさんが使者だったのですか?」
「まあ、格式に合わせたと思ってくれないかな」

 そう言うことだと微笑んだアイオライトを、立ち話は何だと部屋の中に招き入れた。
 案内されて居間に入ったアイオライトは、そこで居間でくつろぐ女性達に「別世界」だと感心したようにつぶやいた。

「コハク様やアスカ様、ヒスイ様のくつろいだ姿が……
 あられもないというか、その、ここは別世界なんだね……」
「ここはプライベートな空間ですから、アイオライトさんもくつろいでください」

 まあ何を言わんとしているのか理解できるため、シンジはアイオライトのコメントに拘らなかった。アイオライトは、敢えてヒスイに様を付けて呼んでいた。
 ナデシコの可愛らしい姿に笑みを浮かべて、アイオライトは出されたお菓子に手を付けた。予備知識のせいか、ナデシコはアイオライトの前に沢山のケーキを並べていった。どうやら冷蔵庫にあったケーキを全部持ってきたようだ。

「エリカ様のおかげで、色々とおいしい物を食べられるようになったよ。
 でも、これはちょっと今までのとは違っているね」
「お菓子は、エデンからも取り寄せているようですから……
 あとは、ナデシコが手作りしているのも有るんですよ」
「メイド服を着た彼女がかな?」

 そのナデシコは、シンジの後ろでお盆を胸のところに抱えて立っていた。黒のメイド服に、同じくセミロングのストレートヘアー。少しおっとり目の顔は、天使の水準を十分に超えて可愛らしかった。
 アイオライトに見つめられ、ナデシコは恥ずかしそうに頬を染めた。天使の中に入れても、アイオライトの美しさは際だっているだろう。そのアイオライトにじっと見られれば、さすがに恥ずかしくなってしまうと言う物だ。

「ところで、あの格好はシンジ君の趣味なのかい?」
「僕の趣味って言うより、学園祭の名残というか……」

 本当はナデシコが悪のりしただけなのだが、どういう訳か家事をするときの制服になっていたりする。ユウガオとナズナも真似をしたため、誰も何も言えなくなってしまった事情がある。しかもその時は、シンジのことを「ご主人様」と呼ぶ習わしになってしまった。「その方が見た目に合っている」と言う訳の分からない理由で、押し切られてしまった。ちなみにコハク達を呼ぶときは、名前に様を付けている。

「リリンに来て実感したのは、制服というのがそそられる物だと言うことだよ。
 だからシンジ君も、そっちの目的で入れたのだと思っただけだよ」
「それは、思いっきり誤解です!」

 すぐさま否定したシンジに、そうなのかとアイオライトは驚いた顔をした。好き者と評判のシンジなのだから、家の中でも同じだろうと言うのである。

「ご主人様、そそられません?」

 そう言ってスカートの裾を持ち上げたナデシコに、それはだめと言ってシンジは手を押さえた。ちなみに抑止力となるアスカ達は、出発準備のために部屋に戻っていたりする。

「エリカも、今度は一緒にパーガトリに行くのかな?」
「アイオライトさんから招待されたの……
 その、支援関係でお世話になっているから、一度招待したいって……」

 言い訳を言うエリカに、「大丈夫」とシンジは微笑んだ。

「いやっ、大丈夫って言われるのも複雑なんだけど……」

 信用されているのか、どうでも良いのか。その区別もしにくいのだとエリカは零した。どちらかと言えば、嫉妬して欲しいというのがエリカの正直な気持ちだった。何しろエリカも、何もして貰っていない口だったのだ。浮気をするほどお盛んだと、エリカは聞いていたのに。
 シンジが複雑な女心を理解できるはずもない。「そう言われても」と、逆にシンジの方が零したぐらいだ。

「信用していると思って欲しいな。
 それに、この前はエリカに逢いに行ったんだよ」
「居ないときに限って、そう言うことをするんだから……
 一本連絡を入れてくれるだけで、すれ違うことが無くなるでしょう!」
「これからは、そうしようと思っているよ……」

 そうしておけば、前のように責められることは無くなるだろう。二人がかりで責められた日曜の昼下がりを、シンジは思い出していた。

「それで、シンジクンの準備は良いの?」
「男だからねぇ……特にこれって物は無いんだよ」

 そのあたり女性とは違うと、シンジは苦笑を浮かべながら小さなバッグを指さした。今日迎えが来るのは分かっていたのに、今更何を準備することがあるのかという気持ちがこもっていた。

「ところで、スピネル、様とクレシア様はどうなさるのですか?」

 さすがにスピネルに様を付けるのは言いにくいのか、若干アイオライトの言葉も詰まっていた。それを敢えて指摘せずに、シンジはそれぞれの予定を説明した。

「スッピーは、相変わらずバイトだよ。
 次を休むためにも、今回は休めないらしいよ」
「クレシアさんは?」

 準公式の行事よりもバイトを優先したという。そんなスピネルあきれてはいたが、そういう女性なのだと割り切ることにした。
 クレシアのことを聞かれたシンジは、少し複雑な事情と口ごもった。

「ちょっとね、いろいろと後始末を頼んだから……」
「クレシアさんに?」

 クレシアがするような後始末に心当たりがなく、どういうことかとエリカは首をかしげた。普通に表の世界に生きているエリカには、カエデの事件が伝わっていないことになる。そうなると、シンジの妻でこのことを知らないのはエリカだけと言うことになる。さすがに問題があるかと、シンジはエリカにも教えておくことを決めた。もっとも、今はアスカ達の準備待ちをしているのに過ぎない。パーガトリで一緒にいるのだから、そのとき教えようと考えた。

「詳しいことは、今晩にでも教えるよ」
「……今晩ねぇ」

 盛大な歓迎を受け、しかもアスカを筆頭に妻が4人も揃うのだ。それを考えれば、自分だけの時間がもらえるとは考えにくい。しかも複雑な事情があるとなれば、話もきっと長くなるだろう。「今晩もお預け?」と思わないでもなかったが、いつものこととエリカは諦めることにした。ここまで待たされたのだから、帰ってきたらデートの一つでもして貰おうと。縁起が悪い気がしないでもないが、クルーザーはシンジに受けていたはずだ。
 まあいいかと心の整理をつけたエリカは、教えておくことがあるのを思い出した。何しろ今回は、自分以外にもパーガトリから招待を受けている人がいたのだ。

「それでねシンジクン、館長も招待を受けているのよ」
「……そういえば、フローライトさんがそんなことを言っていたような」

 学園祭のことを思い出したシンジに、その通りとアイオライトが肯定した。

「パーガトリでは、戦士の技能披露は欠かせない催しだからね。
 それをよりおもしろくするために、江田島様の指導をいただくことになったんだよ」
「館長が指導するんですか……」

 前回会い損なったこともあり、いいなぁと言う気持ちがシンジの言葉に溢れていた。それを感じ取ったアイオライトは、練習がてらどうかと誘いをかけた。

「うちには、シンジ君と手合わせをしたい者が山のようにいるからね。
 どうだろう、シンジ君の実力を披露するというのは?」
「僕の実力って……生身じゃ、戦士の皆さんには敵いませんよ」

 特殊能力で戦闘力を補っていると言うシンジに、そうでもないだろうとアイオライトは言い返した。

「あれからずいぶんと時間が経っているじゃないか。
 その分、実力の方もずいぶんと伸びたと聞いているよ」

 新しい練習に励んでいるのだろうと、早速剣道の練習をアイオライトは持ち出した。まあ護衛という名の監視を受けているのだから、最近の行いが耳に届いていてもおかしくはない。

「でも、あれで強くなるって言うのも……ちょっと違う気がして」
「まあ、かわいい女の子と遊んでいるのではね」
「それも、思いっきり誤解です……一応、剣道の練習をしているんですから」

 女の子が目当てでもないし、遊んでいるつもりもないと抗弁したシンジに、そうは言うがとアイオライトは言い返した。

「ええっと、確か桂ヒナギクって言ったかな、その彼女。
 ずいぶんと可愛らしい女性だと報告を受けているよ。
 それに、彼女たちははっきりとシンジ君の寵愛を受けたがっているんだろう?」
「シンジクン、ちょっと手を広げすぎじゃないの?」
「だからエリカ、それは思いっきり誤解なんだよ!」

 冷たい眼差しで見つめられれば、心当たりが無くても後ろめたい気持ちになる。止めて欲しいというシンジだったが、準備を終えたアスカ達の参戦で話がおかしくなった。

「剣道部の子達ね……いいんじゃないの、フリーの子ばっかりだから」
「アスカ、そういう誤解を招くことを言わないでよ……」
「『英雄色を好む』と言う言葉がリリンにあるのは知っていたけど……
 色を好むのは、リリンでは英雄の必須条件なんだね」

 感心して言うアイオライトに、それは止めてくれとシンジは懇願した。こうしてよってたかって責められると、自分がどうしようもない鬼畜になった気がしてならないのだ。それはいやだと零したシンジに、自業自得だとコハクが割り込んできた。

「何しろシンジは、過去に比類無き英雄だからな。
 従って色を好むのも、過去に例のないものになるのであろう!」
「まだシンジ様は、妻の数では父を超えていませんし……」
「色を好むつもりも、奥さんの数を競い合うつもりもないんだけど……」
「どっちの言葉に説得力があるか、一度椎名にでも聞いてみたら?」

 とても客観的な決めつけをしてくれるだろう。アスカにとどめを刺され、勘弁してくださいとシンジは全面降伏をしたのだった。



***



 お願いだから自分を巻き込まないで。夜討ち朝駆けを受けたサラは、勘弁してとヒナギクに泣きを入れた。自分は着実にひっそりと計画を実行しているのだから、そのじゃまをしないで欲しいのだ。だいたいおかしな組織の頭に立とうものなら、願いがおかしな方向にねじ曲がるのは歴史が証明している。
 だから勘弁してと言うサラだったが、残念ながらヒナギクは見逃してはくれなかった。まあヒナギクにしても、3年というのが最後のチャンスとなる。ここできっちりと足がかりを作っておかないと、この先夢を叶えるのは難しくなるだろう。そのためには、是が非でもサラを仲間に引き込む必要があった。だから絶対に逃がしはしない。普段とは別人と思える、邪悪な笑みをヒナギクは浮かべていた。

「あたしは、石田さんの手伝いが無くても目的を達成するつもりでいるわ。
 でもね、そのためには邪魔になる相手を排除しなくちゃいけなくなるのよ。
 あたしは、使える手なら何でも使うつもりよ」
「だから、私には関係ないわ!」

 勝手にやってと言うサラに、勝手にやるとヒナギクは言い返した。

「本当に、勝手にやってもいいの?
 石田さん、碇君にばれたら困ること、たくさんあるんでしょう?
 たとえば、学園祭で最後のお客さんになったときのこととか」
「あ、あれは、善行君と芝村君が仕組んだことよ。
 わ、私は、何もしていないんだから!!」

 ちなみに、しっかりと買収されていたのは公然の秘密となっている。しかも学祭直前になって取り消されたメニューも、芝村が最後だけ復活させていたという。そして当然のように、サラはそのメニューを利用していた。

「抱っこって、他の人のメニューには入っていなかったわよね?
 それから、手の甲へのキスも、メニューになかったはずよね?
 芝村君達が仕組んだ? でも、石田さんもそれは知っていたはずよね。
 それを承知で、はずしたメニューを選んだ理由は何かしら?」

 当然答えが返ってくるはずがない。それに気をよくしたヒナギクは、次々にサラの隠していたことを暴き立てた。流石にばれたらしゃれにならない物が多かった。

「……よく、そこまで調べたわね」
「備えあれば憂いなしって言うでしょう?
 それに、IIIを立ち上げるには石田さんの参加が必須だもの。
 是が非でも、参加して貰わないといけないのよね」

 「もっとも」、そう口にして、ヒナギクは少し口元を歪めた。

「IIIを作ったら、誰も石田さんが無関係だなんて思わないわよ。
 そしてあたしも、否定するまねは絶対にしないわ。
 IIIの副会長が気に入らないって言うのなら、会長に就いて貰ってもいいわよ」
「私に、クラスを裏切れって言うの……」

 敵に回してはいけない相手と、サラはヒナギクのことを認識した。だがそれでも、クラスメイトを裏切ることはできない。だめだと断るサラだったが、ヒナギクは捕まえた獲物を逃がしはしなかった。そのこともちゃんと考えてあると、口元を邪悪に歪めた。

「藤田君ね、副会長って言うのはどうかしら。
 そっちで手を打ってくれたら、選挙協力もできると思うのよ。
 立場上碇君は、明確に特定候補を支持することができないでしょう。
 だったらA組から出馬しても、当選が確実ってことはないと思うのよ」
「票の取引をしようと言うのね」
「お互いの妥協点を探る上で、必要な申し出だと思って欲しいわ」

 どうと言われて、すぐに首を縦に振れるものではない。だがこのままヒナギクの攻勢を受け続けると、自分だけではなくクラスメイトにまで迷惑がかかってしまいそうになっていた。ううむと唸ったサラに、ヒナギクは同情するように優しい声をかけてきた。

「地道な努力を邪魔するまねをして悪いとは思っているわよ。
 でもね、運が悪かったと諦めて貰うしかないわね。
 これが碇君以外の人だったら、たぶんうまくいっていたと思うわよ。
 でもね、あの人の周りに常識を期待するのは間違っているのよ。
 だから石田さん、あなたもそろそろ思い切る必要があるわ。
 あたし達に残された時間は、わずか1年しかないと思うべきよ!」
「わずか1年……」
「大学に入って、今の関係が続けていけると思ってる?
 それに、碇君達が、まともに大学に通えると思ってる?
 将来を決めるのなら、この1年が勝負だと考えるべきよ!」

 まだ大きな変化があるはずだと、ヒナギクは予言するように将来のことを語った。

「碇君の力に対して、世間的な評価は不当に低くなっているわ。
 エデンやパーガトリがそうだとは言わないけど、リリンでは間違いなく低すぎる。
 だからそのひずみが、遠くない将来に破裂するのは間違いないわ。
 そしてそれは、そんなに未来の話じゃないと思ってる」
「……いやな予言をしないで欲しいわ。
 碇理事が倒れて間もないのよ。
 その影響がどう出てくるか、まだ評価も終わっていないのに……」
「評価が終わっていないと言うことは、評価しているってことね?
 やっぱりA組って、そういうこともしているんだぁ」

 にやりと笑ったヒナギクに、サラはしまったと狼狽えた。そして狼狽えたために、さらにヒナギクに付けいられることになってしまった。

「石田さんの表情をみると、ばれちゃいけないことだったようね。
 A組ってちょっと異色だと思ったけど、そういう理由があったのね?」
「……何のことを言っているのか分からないわ。
 ぶ、分析ぐらい、どこのクラスでもやっていることでしょう」
「分析ぐらいならね……」

 だけどと、ヒナギクは性格の違いを挙げた。

「ほかのクラスがやっているのは、将来どうやって3界に関わっていくかを考えるための分析よ。
 A組みたいに、碇理事が襲われた影響とか、そんなきな臭い分析はしていないわよ」
「い、碇理事が襲われたって、それ、本当!?」

 実はサラも知っていることだったが、敢えて知らないふりをして驚いた顔をした。だがヒナギクは、下手な演技だとそれを切り捨てた。

「驚き方がわざとらしいのよね。
 一応情報源を教えておくと、六道さんもIIIの会員候補なのよ。
 学園警備室別館、別名特別戦略情報室、紫東さんが情報源なのよ。
 いやぁ、A組って特別なのねぇ……」

 まだ何かという顔をしたヒナギクに、サラは小さくため息を返した。

「おとなしく協力した方がいいってことね……」
「協力してくれるなら、絶対に悪いようにはしないわ」
「なにか、言い方が悪党っぽくていやなんだけど……」

 サラの皮肉に、そういうことを言うのかとヒナギクは苦笑を返した。

「悪党なんかじゃないわよ。
 ちゃんと、学園スタッフにも賛同者も居るんだから。
 協力してくれるお礼に、ほかにどんな子が居るのか教えてあげようか?」
「教えてくれる前に当ててあげるわ。
 剣道部の残り二人、学園祭実行委員長の美嶋さん、1年の涼宮カスミ、
 あとは……3年の佐藤セイ、今年の生徒会役員女子全部、それから……」
「正解、あとは新任保険医の紅薔薇先生もよ」

 つまり、有名どころのほとんどが会員に名乗りを上げているというのだ。たいしたものだろうと言うヒナギクに、そうねとサラは醒めた返事をした。

「それだけのメンバーが集まっているなら、私を誘う必要はなかったんじゃないの?」
「石橋って言うのは、叩いて渡るものなのよ。
 それに、障害物は取り除くよりも味方にした方が有益だもの。
 信用してもらえないかもしれないけど、石田さんのことは尊敬しているのよ。
 だから、絶対に敵に回したくなかったわ」

 よかったと喜ぶヒナギクに、本当にそうねとサラは相変わらず醒めた返事をしたのだった。







続く

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