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 カレンダーと言われるように、ある程度ではあるが、ギガンテスの襲撃周期は予想されるようになっていた。主なギガンテスの発見ポイントは、北大西洋と北太平洋、そしてインド洋となっていた。正確な理由は解明されていないが、定説となっているのは「南極」の海が関係していると言うことだった。
 そしてその経験に基づく観測で、低軌道に設置された観測衛星は、北大西洋を北東方面に移動するギガンテスの集団を発見した。2〜3体程度の襲撃の場合、撮影から画像解析まで短くない時間が必要とされていた。そこで要する時間が、早期警戒態勢の一つの課題となっていた。

 だが2月8日の襲撃は、ギガンテスの発見に画像解析を必要としなかった。はっきりと分かる雲のような物体が、海上を高速で移動しているのが確認できたのだ。その時点で、襲撃が大規模であることを示していたのだ。そして大規模襲撃の観測は、直ちに各国へと伝えられた。
 ギガンテス発生の知らせを受けたアメリカ、フランス、イギリスは、該当海域に観測機を急行させた。そこで、M市に次ぐ大規模襲撃が発生したことを確認したのである。その襲撃数は32、さらに過去の亡霊が加わった襲撃は、再度人類を絶望へ叩き込むものになろうとしていた。

 Phoenix Operationの発動により、シンジは加藤の操縦するF15、識別名Phoenix Oneでロシア上空を移動していた。移動に要する時間はおよそ7時間、給油体制が万全ではないため、最高速での移動が出来ないのが理由となっていた。
 そこで生じた時間を利用し、加藤はシンジに休息をとることを勧めた。予定では、戦闘の開始は日本時間の午前3時となる。そこからの終りが見えない以上、休める時に休んでおくべきなのである。そのため加藤は、シンジに催眠誘導剤の入ったドリンクを支給した。空気が薄く、かつ振動の多い中では、それぐらい使わないと眠ることが出来ないだろうと考えたのである。

「今は、体を休めることが君の務めですよ」

 加藤の忠告を素直に受け入れたシンジは、薬の力を借りて何とか眠りに付くことに成功した。目的地近くに到着するまで、残り時間はおよそ6時間。そこでどれだけ体を休めることが出来るのか、それも戦いの鍵となるのは間違いなかった。

 そして同じ頃、カヲルのプランはアスカによって修正を受けていた。基本的な考え方は変わっていないが、バックアップ部隊の配置が修正されたのである。その理由は、フロリダのバックアップ部隊が出撃したことによる。フロリダがカテゴリ2の基地だと考えると、域外移動は例外的な措置だった。それだけ出撃命令を出した米国政府も、物量がこの戦いを決めると理解していたということである。

「私達が、イギリスに待機することになったか……」

 Phoenix Oneの目的地は、フランス西部の空軍基地に設定されていた。そこにフロリダから、シンジ用の機体が搬送されていた。ジャクソンビルの戦いでも使用された、今や碇シンジ専用機とも言える機体である。

「さて、ギガンテスがどちらに上陸してくるか……」

 ギガンテス襲撃の知らせは、金曜の午前3時に受け取った。寝入りばなの招集のため、微妙に頭がスッキリとしていなかった。それは大規模襲撃の事実を知らされた後でも、あまり解消されていなかった。だからアスカは、戦いに備えるため、睡眠を確保することにした。あと1、2時間でも睡眠を取れば、万全の体制で望むことが出来るのだと。
 どんな状況にも対応できるよう、アスカは進路設定をサンディエゴ基地に移譲した。ギガンテスの襲撃目標が明確になった所で、目的地を変更する必要が有る。その対応を行うことで、戦力の分散を避ける事が出来るのだ。

「アイツが居る限り、手薄な戦力では支えられないわ……」

 第壱十四使徒の脅威は、身を持って体験したものだった。ATフィールドを中和したにも関わらず、あらゆる銃火器が通用しなかった。そして起死回生の接近戦にしても、何も出来ないまま相手の攻撃で弐号機を切り刻まれてしまった。
 第壱十四使徒の攻略に関して、アスカはシンジの残した考察を読んでいた。そこに記載された自分への酷評を、腹を立てながらも同時に納得もしていた。敵に対する冷静な観察を怠り、想定外の事象に対する対処も欠けていた。第一撃の回避は難しいかもしれないが、第二撃をむざむざ食らったのは無様としか言いようの無いものだったのだ。

「N2弾頭の直撃にも耐える強い体、か……」

 零号機の特攻でも、第壱十四使徒の足を止めることは出来なかった。ATフィールドを突破してのN2弾頭のでの攻撃は、薄皮一枚焦がすこと無く退けられてしまったのだ。

「ATフィールドの突破、そして両手の攻撃の回避、更に加速粒子砲の回避……か。
 それが出来なければ、私達に待っているのは敗北だけって……厳しいわね」

 接近戦の有効性は、その後の戦いで証明されている。土壇場の電池切れこそあったが、第壱十四使徒をシンジが追い詰めていたのだ。あのまま電池切れにならなければ、過剰シンクロなどしなくても殲滅することが出来たのかもしれない。ただシンジ様は、自分の破壊力の無さを「子供の駄々」と切り捨てていた。

「確かに、ジャクソンビルの戦いを見せられると、あれは子供の駄々に違いないわ」

 あそこまで有利な態勢になったのだから、一撃と言わないまでも、確実に第壱十四使徒を倒さなければならなかった。だが冷静さに欠けた、しかも基本のなっていない攻撃は、せっかくのチャンスをフイにしてくれた。バッテリ切れと言うアクシデントにしても、意識していればその前に仕留められたはずだ。
 だが仕留められはしなかったが、その戦いが参考になるのは間違いない。使徒の張るATフィールドを突破して張り付けば、少なくとも両手の攻撃は意味をなさなくなる。

 だが、それが分かっていても、厳しい戦いには違いない。敵の攻撃は分かっているし、両手の攻撃にした所で、今の自分ならむざむざ食らうことはないだろう。だが最後の砦、敵のATフィールドを突破できるかが問題だったのだ。シンジ様の考察にしても、その解決が課題だとしか書かれていなかった。

「あとは、ジャクソンビルの戦いを参考にすればいいのだけど……」

 あの時と事情が違うのは、同時に襲撃してくるギガンテスの数だった。味方が抑えきれなければ、こちらの戦いにまで影響が出る可能性がある。そうなると、本当に雪崩のように、内陸部まで侵攻を許してしまうことになる。
 それを避けるにはどうしたらいいのか。なかなかまとまらない考えに、アスカは囚われることになったのだった。

 そして同じ頃、カヲルもまた難しい問題の回答を求められていた。上陸地点が分からない以上、主力を分散して配置するのは仕方がない。だがカサブランカだけの戦力で、14番目を抑えきる自信を持てなかったのだ。もしもすべてのギガンテスが自分の所に来た時、4人の主力組で支えられるとは思えない。そして14番目にした所で、自分一人で抑えることは出来ないだろう。

「その場合は、アテナが到着するまで前線を下げるしか無いのだが」

 そうなった場合、上陸地点から内陸数十kmは、間違い無く廃墟になってくれる。そこで戦線を再構築したとしても、更に被害は拡大してくれることだろう。名ばかりの英雄様も到着してくれるが、どこまで頼りになるのか全くの未知数だったのだ。

 だがカヲルが悩んでいる所で、ギガンテスの新しい情報がもたらされた。だがその情報は、カヲルを絶望に叩きこむ物となっていた。

「ギガンテスのカウントに問題あり。
 実際の襲撃数は、50を超える……」

 その報告を聞いたカヲルは、思わず右手で顔を抑えて笑ってしまった。襲撃数自体、M市の戦いをまだ下回っている。だが14番目が居る以上、状況の厳しさは更に増してしまったのだ。正直な所、どうしたら勝てるというビジョンが浮かんでくれないのだ。
 分散させて時間を掛けて、そうすればいつかギガンテスを撃破することが出来るのだろう。だがそうした時、ギガンテスが上陸した地域は、広い範囲で壊滅することになる。それがイギリスであれば、ロンドンが廃墟になるのは間違いない。
 そしてフランスであれば、パリがこの世から消えてなくなるのだ。そこで抑えられたとしても、フランス北部が歴史の舞台から消滅することになる。

「ははっ、シンジ君、君だったらこんな時どうするんだい?
 君ならば、この絶望を打ち破ることが出来たのかい!」

 たとえ初めからアテナが居たとしても、もはや乗り越えられる襲撃規模では無くなっていた。空からの支援が有ったとしても、M市のように沿岸部で抑えられるとは思えなかった。
 だからと言って、戦わないと言う選択を取れるはずもない。何が最善なのか、カヲルは必死になって考えたのだった。



 日本からヨーロッパまで、高速化されたキャリアでも12時間と言う時間が掛かってしまう。その間緊張を持続させるのは、どう考えても現実的ではないだろう。だから後藤は、マドカ達3人に、移動中は睡眠をとるようにと命令した。ただでさえ、日本では夜の時間に移動するのだ。いくら若くても、無駄に体力を消耗する必要はなかった。
 だから誘導剤を使ってでも眠れと言う、後藤の命令につながってくる。その命令を受けたアサミは、「先輩と話せますか?」とシンジとの会話を希望した。だがアサミの依頼に対して、後藤の答えは「今はできない」と言う物だった。

「彼にも、移動中は寝て貰う事になっている。
 加藤一佐には、睡眠誘導剤を渡すことをお願いしてある。
 話ができたとしても、およそ7時間後になるだろう」
「7時間後なら、先輩と話を出来るんですね」

 念を押したアサミに、「何を話すのだ?」と後藤は確認した。二人の事情は承知しているし、放置できないことだと理解もしていた。だが、ここでの会話が、余計に難しい問題を引き起こさないか。それを考えると、確認が必要となってくる。

「色々と話すことがあります。
 先輩が出撃した以上、私達は最善をつくす必要が有ると思っています。
 ですから、先輩には必要な助言をしなくてはいけないんです。
 そうしないと、今の先輩では14番目のやつを抑えることが出来ないと思います」
「君に、助言が出来るのか?」

 それが出来るのなら、話をさせることに意味が生じてくる。だが今のアサミに、適切な助言が出来るとは思えなかった。たとえシンジの遺言が有ったとしても、ここまで想定していると考えるのは無理がありすぎたのだ。
 だが、助言ができるのかと疑問を持った後藤に、「できますよ」とアサミはあっさりと答えてくれた。

「先輩は、14番目だけは、今の先輩の方が有利だと考えていたんです。
 多分メッセージは伝わっていると思いますけど、もう一つ伝えなければいけないことが残っているんです。
 それを伝えるか伝えないかで、絶対に先輩の戦い自体が変わってくるんです」

 それを言われれば、後藤の立場として二人に話をさせなければならない。「分かった」と答えた後藤は、起きた所で連絡をするようにとアサミに伝えた。

「双方の状況を見て、通信経路を確保する。
 中継基地に下りてからでも、およそ1時間の時間的猶予はある。
 それを考えれば、君達が話をする時間は十分に取れるだろう……ちょっと待てっ!」
「後藤さん、どうかしましたか?」

 最後の言葉が、自分に向けてのものでないのは気づいていた。しかも、何か思いがけないことが起きた時の反応だったのだ。そしてアサミの言葉からしばらく遅れて、後藤の言葉が返ってきた。

「ギガンテスの襲撃数が訂正された。
 まだ数自体は未確定だが、最終的に50を超えると言う報告があった」
「50を超えるギガンテスに、14番目の同時侵攻ですか……」

 はあっと息を吐きだしたアサミに、「どうかしたのか?」と後藤は聞いてしまった。ここに来て襲撃数の増加は、間違い無く絶望に繋がるはずのものだった。だがアサミのため息は、絶望から来たものとは思えなかったのだ。
 そして後藤に意味を尋ねられたアサミは、「想定にあると言ったら驚きますか?」と逆に聞き返してきた。

「想定にある?
 この、襲撃が、か?」

 きっと通信機の向こうでは、後藤が目を剥いて驚いているのだろう。その光景を目に浮かべ、「想定されていたんです」とアサミは答えた。

「そこまでするんですかと、先輩に聞いたものの一つが該当するんです。
 こっちの嫌だと思うことをしてくるのだから、これぐらいあってもおかしくないと言うことです」
「それで、どうすると言うのだ?」

 想定されていたと言うのであれば、その答えは確認しておく必要が有る。すぐに教えて欲しいと言う後藤に、「特別なことはありませんよ」とアサミは答えた。

「14番目を、先輩が単独で抑えます。
 そして先輩が抑えている間に、残りのギガンテスを全員で撃破すると言うものです。
 ただフォーメーションとして変わっているのは、アスカさんとカヲルさんを組み合わせることですね。
 カヲルさんなら、アスカさんの隙を埋められると先輩は考えていました。
 後は遠野先輩達と、サンディエゴ、カサブランカの人達でギガンテスにダメージを与えます。
 そこから先は、携帯型のポジトロンライフルを使うこと以外、M市の戦いと一緒です」

 期待が大きかっただけに、アサミの説明はいささか拍子抜けのものとなっていた。ただ、それは贅沢かと、後藤はすぐに気を取り直した。そもそも大規模侵攻への対策自体、M市の戦いで新しい考えが提示されている。そこから大きく変わるぐらいなら、M市で提示されていなければおかしかったのだ。
 そしてもう一つ、ここに来てのフォーメーション変更と言うのが気に掛かった。これまで両基地の作戦では、連携の問題から独立して活動を行なっていたのだ。だがアテナとアポロンを組ませるのは、言われてみれば効果的なフォーメーションに思えてきた。

「ポイントは、アテナを自由にすると言うことか……」
「だいぶ直ってきたみたいですけど、まだ戦いに隙が多すぎる様ですからね。
 カヲルさんがサポートに付けば、アスカさんの隙を埋めることが出来るでしょう。
 アスカさんが実力を発揮出来れば、多少ギガンテスの数が多くても何とかなります」

 今までの戦いでは、アテナのサポートはシンジが行なっていた。そしてその条件で、アテナは目を見張るほどの破壊力を示していたのだ。その破壊力を持ってすれば、確かにギガンテスに対して優位に立てるだろう。
 なるほどとアサミの説明に納得した後藤は、このことをサンディエゴ、カサブランカの両基地に伝えることにした。「遺言」と前置きをすれば、反発されること無く受け入れられることだろうと。

 ただ、遺言が残されていても、少しも気分は楽になってくれなかった。そして後藤は、その理由を痛いほど理解できていた。心の支えとなった碇シンジの脱落は、それほどまでに大きな意味を持っていたのだ。



 ヘラクレスパイロット達が各々の最善を尽くそうとしていた時、そのバックアップを行う軍もまた、彼らの最善を尽くそうとしていた。確認されたギガンテスの襲撃数は55。それに14番目が加わることで、最悪の戦いが想定されたのである。従って、NATO軍の要請を受け、ロシア、アメリカからも支援の部隊が派遣されることとなった。

「5番目で無かったことが幸運だと思うほかはありませんな」

 NATO軍の主力となるドイツ空軍からは、エースパイロットのエーリッヒ・ハルトマンとハンス・ルーデルが参戦していた。彼ら二人を頂点として、およそ200機の大戦力が投入されていた。そしてドイツと双璧をなすフランスからも、同様に200あまりの戦力が投入された。
 一方海を挟んだイギリスからも、最大となる220機の戦力が投入された。そこにアメリカからの50機、ロシアからの100機、その他EU諸国からの100機を加え、総勢900に迫る大戦力が投入されたのである。その大戦力が、ヘラクレス部隊のサポート及びギガンテスの破壊任務に当たるのだ。圧倒的な大戦力の投入は、それだけ戦いが困難なものになると考えられたからでもある。

 幸運だったと口にしたハルトマンに、「確かに」とルーデルは頷いた。5番目が居た時点で、すべての航空戦力は意味のないものにされていたのだ。

「ただ、それは不幸中の幸いと言われる程度のものだろう。
 14番目が居る以上、エース二人は14番目にかかりきりになる。
 そうなった時、TUNAMIの如く押し寄せるギガンテスを蹴散らす力は彼らには無い」
「その間、我々の仕事はギガンテスの攻撃を邪魔することだけか……」

 ルーデルの示した現実は、すでにNATO軍の中で共有されたものだった。そしてもうひとつの可能性、リディア・リトバクの示した作戦も、条件が整わないことが分かっていた。

「我々だけの単独迎撃も、非常にリスクが大きいということだな」
「今のカサブランカ、サンディエゴ両基地では、そこまで戦場を支配できないだろう。
 もちろん、内陸部まで侵攻されるぐらいなら、地上での破壊も躊躇われるものではないのだが……」

 ギガンテスの破壊は、粒子加速器の爆発と言う形で周りに被害を与える。侵攻地点である以上、撃破を優先すること自体問題はないのだが、こちらの戦力が爆発に巻き込まれる恐れも有ったのだ。それを考えると、迂闊に破壊するわけにもいかなかった。

「どっちに来ると思う?」
「君も予想しているのだろう?
 間違い無く、大陸側に侵攻してくる」

 ハルトマンの質問に、ルーデルは確信を持って「大陸」と答えた。つまり、フランス海岸部が戦いの地となるのである。

「その場合、上陸地点はノルマンディーか」

 苦笑を浮かべたハルトマンに、ルーデルも同じように苦笑を返していた。彼らドイツ人にとって、非常に因縁深い、そして縁起の悪い場所だったのだ。

「だからこそ、大陸に上陸してくるのだろうな」

 全く嫌らしい、そう吐き捨てたルーデルに、「何者かの意志か」とハルトマンは一部で囁かれている噂を口にした。

「ああ、確実に我々の嫌な所を突いてくれている。
 だが、今度は我々には、“英雄”と言う新たな力が加わっている」
「だが、今度ばかりはその力も期待できないのでは無いのか?
 しかも、カトーの奴が遅刻してくれるだろう」

 まったくと、二人のエースは顔を見合わせてため息を吐いてみせた。

「F15などと言う旧式を使うからだ」
「その辺りの責任は、日本政府にあるとも言えるが……
 F35なんぞに拘るから、こんな羽目に陥ることになったんだ」

 燃費の悪さから、給油回数が多くなる。その分だけ、移動に時間がかかることになる。開発した時期が古いことが、問題点を大きくしていたのだ。

「だが、900もの出撃数をどうコントロールするんだ?」
「必要なのは弾薬であって、出撃する機体数ではないのだがな。
 しかも、パイロットのスキルがバラつきすぎる」

 ふっと息を吐きだしたルーデルは、「面子だろうな」と出撃数の増えた理由を口にした。

「ニホンでは、100機も出撃しなかったのだ。
 それでも、全く危なげなくギガンテスを迎撃できた。
 数を投入するより、スキルのあるパイロットをローテションさせた方が確実なのに」
「それこそ、面子と言うやつだろう」

 ハルトマンの愚痴に、ルーデルは同意しつつも仕方がないと諦めていた。ある意味最大の危機に、出し惜しみなど出来るはずがなかったのだ。少しでも被害が拡大した時、それを理由にされたくないと言う意識が優先したのだろう。立場を考えた場合、ハルトマンの言うとおり「面子」を気にする必要があったのだ。



 誘導剤を服用したが、シンジは僅か4時間しか睡眠が取れなかった。そしてその睡眠の中で、シンジは夢を見たような気がしていた。それだけなら別に不思議なことでもないし、さほど気にする必要が有ることとも思えなかった。だが夢の中で、何かとても大切なことを教えられた気がしてならなかったのだ。
 だから目が覚めてからも、シンジはまどろみの中、その何かを思い出そうと考えていた。すぐそこまで出そうになっているのに、それでも思い出せない気持ち悪さを感じていた。

「確か、ギガンテスをどう倒すのかと言うことだと思うんだ……」

 自分へのアドバイスの中には、大規模襲撃と過去の亡霊が重なった場合も含まれていた。それだけでも最悪なのに、更に最悪の場合として、両者を分断できない条件まで有ったはずだ。今でも納得が出来ないのだが、ギガンテスの数は大して問題ではないと言われたのも覚えている。
 そこで問題なのは、質問をしようにも情報が一方通行だということだった。当たり前なのだが、自分への助言は過去の自分が作った記録でしか無かったのだ。

「その程度なら、堀北さんも知っているはずだし……
 今更、思い出した所で意味があるとは思えないんだけど」

 それでも、どうしても夢で見たことが気になってしまう。なにか、今までの疑問が氷解してしまう。そんな見事な説明を聞いたような気がしていたのだ。

「確か、今回の襲撃数は32と言う話だよな……
 そこに第壱十四使徒が加わって居るんだから、それをどう攻略するかってことなんだけど……」

 その方法を考えた時、どう考えても特別な方法があるとは思えなかった。出来る事と言えば、第壱十四使徒を孤立させ、その間にギガンテスを減らすことぐらいだ。
 だが、第壱十四使徒の孤立に失敗した時、自分達は打つ手がなくなってしまう。それを考えると、ギガンテスの数は脅威となるはずだった。だがメッセージを残した自分は、数はさほど問題ではないと言ってくれたのだ。

「後ろには目がないって……なんで、当たり前のことを残してくれたんだろう?」

 ギガンテスも第壱十四使徒も、後方を見る目を持っていないのだ。ワニみたいな顔をしたギガンテスでも、完全に後ろまでは視界に入らないはずだった。その程度の事なら、わざわざ“遺言”に残すほどではないと思えたのだ。そしてそのアドバイスが、ギガンテスの襲撃数を乗り越える方策とまで言ってくれたのだ。

「だいたい、襲撃してくる奴の後ろをどうやってとるんだ。
 大規模襲撃だったら、後ろにまで回っていたら、前の方は内陸に入ってくるじゃないか。
 密集させた方が好都合って、どう考えても無理があるだろう……」

 アドバイスを残してくれるのなら、もっと分かりやすく残して欲しかった。そうすれば、こんなに悩まなくても作戦を提案できるのだ。
 だが現実は、まるでナゾナゾのようなメッセージが残されていた。それが本当に役に立つのなら、どう役に立つのか教えて貰いたいと思っていた。

 そうやってブツブツとつぶやいていたら、「目が覚めましたか?」と加藤からメッセージが届いた。

「え、ええ、おかげさまで少し眠れたと思います」
「それは良かったですね。
 こちらの方は、あと2時間ほどで目的の中継地点に到着します。
 105エヴルー=フォヴィルと言う空軍基地に降りることになっています。
 その頃には、ギガンテスとの戦いが始まっている頃ですね」

 初めから言われていたことだが、自分は戦いに遅刻するという事だ。それが悔しいとは思ったが、今となってはしかたがないことだと諦めるほかはなかった。
 だが遅刻をすると告げた加藤は、更に悪い情報をシンジに伝えてくれた。

「ギガンテスの襲撃数ですが、どうやら観測に誤りがあったようです。
 当初32と言われていましたが、55に訂正されました」
「55、ですか……」

 ギガンテスだけでも、M市の戦いに匹敵する数に膨れ上がったのだ。それを考えると、この戦いは極めて困難なものになるのは間違いなかった。どう考えても、圧倒的に戦力が不足してくれるのだ。

「そうです、55と言う圧倒的な数が押し寄せてきます。
 M市の戦いは経験しましたが、さすがにこれは厳しい数ですね」

 32でも大変なのに、更に23も数を積み上げてくれた。それを考えれば、加藤の言うとおり厳しい数には違いなかった。
 だからシンジも、「そうですね」と加藤に同意しようとした。だがいざ口を開こうとした時、本当にそうなのかと考えてしまった。

 それだけ数が集まると、いくら密集していても展開面積が広くなってしまう。そうなった時、端に位置するギガンテスは、第壱十四使徒から遠く離れることになる。その場合、第壱十四使徒の影響は無視出来るのではないか。しかも密集してくれると、明らかに個々の個体は周りに邪魔されて動きが鈍くなってくれる。

「それが、後ろには目がないと言う意味なのか……」

 数が集まった時点で、そしてその中に第壱十四使徒が含まれた時点で、水際での迎撃は不可能になってしまう。その場合、次善の策として、内陸深くまで攻めこまれないようにする必要が有る。そしてもう一つ、ギガンテスの侵攻ルートをコントロールしなくてはいけない。
 その場合、後ろから攻めるのは確かに有効なのだ。そして後ろから攻撃することで、ギガンテスの侵攻を遅らせることも可能になる。それが叶わなくても、前進してくれれば後ろが隙だらけになることだろう。

 そこまで考えた所で、シンジは突然夢で見たことを思い出した。夢の中で、自分は自分から疑問への回答を貰っていたのだ。

「馬鹿正直に、中に入って暴れるだけが能じゃないってことか……
 こちらの機動性が活かせるのなら、有利なポジションから攻撃すればいい。
 それが出来れば、確かに数は大きな問題じゃない……か。
 それに、第壱十四使徒も、後ろには攻撃できないんだよな」

 そこまで思い出した所で、シンジは「なぁんだ」と大きな声を出してしまった。もの凄いことを期待していたのに、気づいてみれば本当に大したことではなかったのだ。だがその大したことのない考えが、今回の作戦では非常に大きな意味を持つことになる。

「なんだよ、本当に簡単なことじゃないか」

 その簡単なことに、誰も気がついていないのだ。それを考えると、なぜかとてもおかしくなってしまった。

「アスカとカヲル君は、このことに気づいているのかな?」

 これだけヒントが残されていたのだから、あの二人だったら気づいていてもおかしくない。いや、気づいていないとおかしいとシンジは考えた。特にアスカは、散々自分のことを馬鹿にしてくれたのだ。
 そうだよなと一人納得していたら、加藤から「通信が入りました」と教えられた。

「後藤特務一佐からです。
 ところで碇さん、なにか楽しいことがありましたか?」

 自分が笑っていたのが聞かれたのだろう。確かにこの状況で笑うのは、不思議に思われてもしかたのないことだった。

「いえ、ちょっといい事を思いついたと言うか、ようやく答えが見つかったと言うのか。
 それで、後藤さんはなんて言ってきたんですか?」
「碇さんと話をできるのかと言うことです。
 よろしければ、碇さんにおつなぎしますよ」

 今更後藤と何を話すことがあるのか。そのことに疑問を感じたが、シンジは通信をつないでもらうことにした。目が覚めた以上、時間なら十分に残されていたのだ。

「ええ、後藤さんにつないでもらえますか?」
「では、おつなぎします」

 加藤の言葉に続いて、「後藤だ」と言う言葉がヘッドホンから聞こえてきた。

「碇シンジ君、私の声が聞こえているか?」
「はい後藤さん、はっきりと聞こえています。
 それで、僕に何か用ですか?」

 わざわざ連絡をしてきたのだから、きっと重大な用があるに違いない。そう考えたシンジに、後藤は「私ではない」と答えた。そしてその声に遅れて、「先輩!」と大好きな人の声が聞こえてきた。

「アサミちゃん……ええっと、ごめん堀北さんだね」

 気分が少し浮かれていたので、ついアサミのことを名前で呼んでしまった。それに気づいたシンジは、すぐに呼び方を訂正した。

「別に、言い直さなくてもいいですよ。
 それから、謝ることがあるとしたら私の方ですから。
 駅前にいけなくてごめんなさい」

 思いがけないアサミの謝罪に、シンジは「違うよ」と答えていた。

「あれは、僕の誘い方が悪かったんだ。
 格好つけないで、僕が環境委員会に乗り込んで待っていれば良かったんだよ。
 そうすれば、周りの人達に余計な心配をさせなくても済んだんだ。
 だから謝るとすれば、僕の方こそ謝らなくちゃいけなかったんだ」

 そう言って、シンジは「ごめんなさい」とアサミに謝った。

「こんな時に卑怯かもしれないけど、明日からアサミ……ちゃんに手伝って欲しいんだ。
 勉強や運動、そして生徒会、アサミちゃんと一緒にやって行きたいんだ。
 それをお願いしてもいいかな?」

 どうだろう。そう聞いたシンジに、アサミの方から答えが返って来なかった。さすがにTPOを考えていなかったか、それを反省したシンジは、「ごめん」と無線の向こうに居るアサミに謝った。
 それでも返って来ない答えに、シンジは「堀北さん?」とマイクに向かって呼びかけた。

「あ〜っ、アサミちゃんじゃ無くて悪いわね。
 ごめんね、ちょっとアサミちゃんが使い物にならなくなっちゃったのよ」
「鳴沢先輩ですか?
 その、使い物にならなくなったってどう言うことですか?」

 どうして今の話で使い物にならなくなるのか。怒ってヘソを曲げたと言うのならまだ分かるが、“使い物にならなくなる”と言うのはそれと違うと思っていた。

「まあ、その辺りは微妙な女心だと思って。
 でもね、今の話を聞いていて、お姉さんはようやく肩の荷が下りたわ……アサミちゃん、大丈夫?
 アサミちゃんが戻ってきたから、もう一度電話を代わるわね」

 これって電話だったのか。そんなずれたことを考えていたら、ヘッドホンに「先輩」と言う声が聞こえてきた。少し鼻声なのは、もしかしたら泣いていたのだろうか。

「堀北さん、もしかして怒らせちゃった?」
「逆ですよ。
 それから、私のことは名前で呼んでくれるんじゃなかったんですか?」

 逆と言うのは、どう言う意味で受け取ればいいのか。それを考えていたら、アサミの方から「喜んで」と言う答えが返ってきた。

「でも、その前にパリかロンドンでデートをしませんか?」
「デートって、ジャージしか持っていないんだけど……」

 デートではなく、シンジは自分の服装を問題とした。それを聞いたアサミは、「デートをしてください」と言い直した。

「ええっと、今度は僕が喜んでって言う番だね」

 そう答えたシンジに、アサミは「ありがとうございます」とお礼を言った。そしてアサミは、「大切な話があります」と続けた。

「14番目の奴ですけど、先輩が一人で倒してください。
 そうすることで、残りの55体はアスカさん達が相手をすることができます」
「それしか方法がないと思っているけど……僕に、倒せるのかな?」

 まだ一度もヘラクレスに乗ったことがないのだから、自分がどれだけできるのか全く分からなかった。それでも分かっているのは、初号機の頃より力が落ちていると言う事だった。あの時倒せなかった相手が、今の自分に倒すことができるのか。さすがに“一人で”と言う所にシンジも自信が持てなかった。

「そのことですけど、先輩だけが一人で14番目を倒せると思っています。
 この1ヶ月と少し、部活で経験してきたことを思い出してください。
 バスケ部で三井先輩から、間のとり方、相手の動きを予想する方法を教わりましたよね?
 体操部で、内村先輩にバランスの取り方を教わりましたね。
 空手部で、九十九先輩から突きの基本を教わりましたね。
 ボクシング部で、具志堅先輩からパンチのよけ方を教わりましたよね?
 先輩が運動部で教わったこと、それを全部思い出してください。
 そうすれば、14番目の攻撃なんて怖くありません。
 それから、先輩だけが14番目の防御フィールドを突破できるんです。
 ジャクソンビルの戦いを思い出してください。
 正しく体を使った先輩の拳なら、過去の亡霊を打ち砕くことが出来るんです!」
「堀北さん……全部知っていたんだ」

 マドカに連れられ、さもなければ相手から誘われ、シンジは幾つもの運動部に顔を出していた。そこで色々と教えられたのだが、その中身をアサミが知っているとは思っていなかった。
 だがアサミの口から、自分が何を教わってきたのかスラスラと出てきたのだ。それだけ、アサミが自分のことを見ていてくれたのだとシンジは気付かされた。

「アサミですよ、先輩」
「あ、アサミちゃん……」

 ああ、これほどまでにアサミは自分のことを見ていてくれた。そんなアサミを、自分はどれだけ見ていたのだろう。加藤の言うとおり、何よりも一緒に居ることを考えなければならなかったのだ。そのことに後悔したシンジは、「必ず倒す」とアサミに約束した。この思いに答えるためには、第壱十四使徒は自分が倒さなければならない。

「でしたら、私達は残りの55体を倒すことを考えれば良いですね。
 その前に、アスカさん達には先輩が到着するまでの1時間を乗り切って貰わないといけないんですが……
 最悪の場合、そこまで持ちこたえられない可能性がありますね」
「アスカとカヲル君なら、第壱十四使徒なら抑えられると思うけど……」

 それでも、55体のギガンテスに向き合う戦力が不足しているのは確かだった。アサミが、それを問題にしているのだとシンジは考えていた。
 だがアサミの考えは、さらに最悪を想定していた。ギガンテスと14番目の位置関係が、分断できない場合に、さらに迎撃の難易度が増してしまうのだ。その場合、有効な手立てが打てずにずるずると押し込まれてしまう可能性があった。

「第壱十四使徒とギガンテスを切り離せない場合、正面から迎撃するのは不可能になりますよね。
 その対策が出来ているのかどうかで、その後の戦いが変わってくるんです」
「たぶん、最初の陣形を見れば分かると思うけど……」

 55体のギガンテスに、1体の過去の亡霊。それを迎え撃つのだから、万全の体制を敷く必要がある。だが裏を返せば、臨機応変さに欠ける恐れもそこにはあったのだ。

「そもそも、ギガンテスの上陸予想地点は明確になったの?」
「今のところ……待ってください」

 おそらく状況を確認しているのだろう。アサミの声がヘッドホンから聞こえなくなってしまった。たったそれだけのことで、シンジは寂しいと言う気持ちを抱いてしまった。早く通信に出て欲しい、少しでもアサミの声を聞いていたい。耳に聞こえるノイズにじれながら、シンジはアサミの声が聞こえるのを待ち続けた。

「お待たせしました。
 上陸予想地点が確定しました。
 上陸予想地点は、大陸側フランスと言うことです。
 ノルマンディー地方の、グランビル周辺と言うことです。
 今アスカさん達も、上陸予想地点に移動を開始したところだそうです」
「人は、沢山住んでいるの?」

 今度の戦いは、間違いなくM市の戦いを超える厳しさとなる。あの時は、奇跡的に被害を沿岸部に押さえ込むことが出来た。だが今度は、間違いなく内陸深くまでギガンテスの侵攻を許すことになるだろう。シンジが地域の人口を気にしたのも、そのことが理由となっていたのだ。

「上陸地点周辺は、田園地帯であまり人口は多くありませんね。
 ただ、そこから先に侵攻されると、250km先にパリがあります。
 途中にも、いくつか大都市が点在しています」
「つまり、上陸地点周辺で食い止める必要があるって事か……
 まあ、その辺りはいつもと一緒なんだけど」

 これがギガンテスだけなら、M市の戦いを繰り返せば良いだけだった。カサブランカとサンディエゴが共同で当たれば、むしろMの時より条件が良いぐらいなのだ。だが14番目が加わったことで、戦い方が不確かな物になってしまっている。14番目を倒せなければ、結果的に滅びるのは自分たちになってしまう。

「アサミちゃんは、アスカ達がどう言う作戦をとると思う?」

 アスカを呼び捨てにするシンジに、アサミの胸がちくりと痛んだ。自分の名前は「ちゃん」が付いているし、しかもまだ呼びにくそうにしてくれるのだ。それに引き替え、アスカの名前はとても自然に口にしてくれる。そのことに、アサミはもやもやとした物を感じていた。

「たぶん、正面から迎え撃つのだと思います。
 大陸内部への侵攻を食い止めるためには、正面で受け止めるほかは無いと思うはずですから」
「そこで、アスカとカヲル君が、第壱十四使徒をギガンテスから孤立させるのか……
 たぶん、難しそうだね」
「私も、そう思います……」

 アサミの同意を得たシンジは、「アイディアがある」と切り出した。

「と偉そうに言ったけど、僕の書いたアドバイスにあったものなんだけどね。
 アイスランドとフロリダからの部隊は、ギガンテスの進行方向に盾を持って並ばせる。
 ここまでは、たぶんアスカ達も考えていることだと思う。
 そしてアスカとカヲル君が、その盾の前に立って、二人でギガンテスの侵攻を待ち受ける。
 残りの主力部隊は、侵攻してくるギガンテスの両側面に配置するんだよ」
「そうすれば、ギガンテスの側面や後方から攻撃できるからですね」

 この辺りの情報は、自分が残した物にあるのだから、アサミが理解していて当たり前だと思っていた。それに、アサミは直接自分から説明を受けているはずなのだ。だから作戦意図について、自分以上に理解しているのも当たり前だと思っていた。

「ギガンテスが、側面に配置した戦力を相手にしなければそうだろうね。
 でも、両側面に反応したとしたら、それで密集体型が崩れることになるんだ。
 そうすれば、第壱十四使徒を、ギガンテスの群れから引き離しやすくなる」
「しかも、それだけで侵攻速度を遅く出来ますね。
 もっとも、反応しなかったときでも、側面から攻撃すれば足止めできるんですけどね」

 やっぱりアサミには教えていたのか。まるで自分を試すようなメッセージを残した自分に、シンジは「どうだ」と胸を張りたい気持ちになっていた。ヒントこそ貰ったが、そこから先は自分で考えて答えを出したのだ。追い越したなどと言うつもりは無いが、少しは近づいただろうと思えたのだ。

「戦場は拡大するかもしれないけど、結果的にこの方が被害地域を押さえることが出来ると思うんだ」
「正面で防ぎきるには、今回は少し相手が悪いですね」

 シンジの言葉を認めたアサミは、「それで」とその先を促した。

「この話、誰がアスカさんとカヲルさんに伝えますか?」
「それは、アサミちゃん……」

 そう言いかけて、シンジは「それは駄目だ」とすぐに気づいた。この先リーダーとなるためには、自分が先頭に立たなければいけないはずだ。そしてその役目が、自分に期待されたものなのだ。

「僕から、二人に連絡を入れるよ」
「分かりました。
 残り時間が少なくなっていますから、すぐに連絡をしてくださいね」

 時間を確認すると、上陸までの時間が1時間を切っていたのだ。フォーメーションの話をするのであれば、もはや待ったなしなのは間違いなかった。
 だが、これで通信を切るのは残念でならなかった。これまで色々と頑張ってきたのだが、ようやくアサミの心に触れることが出来たのだ。叶うのなら、もう少しアサミと話をしていたかった。

「アサミちゃん……僕は、もう間違えない」
「間違えても良いんですよ。
 その時は、私が叱ってあげますから」

 「だから」、お互いの声が重なったとき、それだけ自分のことを思ってくれているのだと二人は理解することが出来た。だからアサミは、「急いでくださいね」と言って、通信をアスカ達に譲り渡すことにした。

「後藤さん、先輩とアスカさんが話を出来るようにしてください」
「了解した。
 すぐに、アテナを呼び出そう!」

 二人の話を聞けば、そうするのが一番良いのだと後藤も理解できた。そしてアサミは「アドバイス」と言ったが、必要なのはアドバイスなどで無かったのも理解できた。二人の気持ちが通じ合うことで、碇シンジの才能が開花していく。まだまだ不足だらけなのだが、再度英雄として君臨するのも時間の問題と思えたのだ。

「おい、Phoenix Oneとアテナを繋げ!」
「はい、直ちにアテナを呼び出しますっ!」

 この二人の会話次第で、再び世界が前に動き出してくれる。後藤は、この戦いで新しい道が切り開かれることを期待したのだった。



 イギリスに陣取っていたアスカ達は、連絡を受けてすぐにプリマスを出発した。移動時間を考えると、上陸までの猶予時間は30分となっていた。
 キャリアにくくりつけられた状態なので、アスカ達の目には真っ黒なドーバー海峡が映っていた。このままの進路をとると、すぐにギガンテスの上を通過するはずだ。あいにくの夜なので、光を持たないギガンテスの姿は確認することは出来なかった。

「そろそろ、ギガンテスを追い越す頃ね」

 時刻はすでに、7時を回ろうとしていた。あと1時間で、自分たちは最悪の敵と向かい合うことになる。それを思うと、空腹の胃が収縮してくるような気がしてきた。

「こ、この私が、ぷ、プレッシャーを感じるなんてね……」

 今までの戦いと違って、血が沸き立つような興奮を感じることは無かった。14番目への恐怖か、さもなければ55と膨れあがったギガンテスへの恐怖なのか。本当は別の所に理由があるのだが、今のアスカはそれを認めるわけにはいかなかった。
 そんなアスカの所に、サンディエゴ基地から連絡が入った。通信規制を掛ける必要は無いのだが、今話をするようなことは無いはずだった。しかも通信の中身は、日本と接続していいのかと言うものだった。

「日本から接続依頼が来た!?」

 まさかと驚いたアスカだったが、アサミからならあり得ると気を取り直した。英雄が行った分析自体展開されているが、直接話を聞いた彼女ならば、なにか知らない情報があるのかもしれない。それを期待して、アスカは日本との接続を許可することにした。

「了解、時間が無いからすぐに繋いで!」
「はい、日本と接続します!」

 その応答から少し遅れて、アスカはスピーカーから予想もしない声を聞くことになった。去年までなら当たり前だった、碇シンジの声が聞こえてきたのだ。

「こ、こちら、碇シンジです。
 ええっと、1時間遅刻するお詫びに、少し提案したいと思って……」

 たどたどしくはあるが、ちゃんと英語でシンジは話してきた。それに感心したアスカは、感じたじれったさを解消するため、秘密を公開することにした。すなわち、自分の記憶が戻ったことを明らかにしたのである。

「日本語で良いわよ、シンジ!」
「アスカ、なのか……」

 そこで詰まったシンジに、「急いでるのよ」と先を急かした。

「ええっと、ギガンテスと第壱十四使徒の位置関係はどうなってる?」
「どうって、しっかりと密集してくれているわよ」

 それでと急かしたアスカに、シンジはもう一つ質問をした。

「それをアスカ達は、どうやって迎え撃つつもり?」
「どうやってって……ねぇ」

 はあっとため息を吐いたアスカは、「正攻法でいく」とシンジに告げた。

「アイスランド、フロリダ両基地のパイロットに、盾を使って防御壁を作らせるわ。
 そしてその前に、サンディエゴ、カサブランカの全戦力を展開する。
 私とカヲルで、ギガンテスと14番目の分断を試みるわ」
「それが難しい場合の代案は?」
「あったら、教えて欲しいぐらいね」

 忙しいときに通信してきて、話す内容はこれなのか。少し苛立ちながら、アスカは「前置きが長い」とシンジに文句を言った。
 ただ、記憶にあるシンジならば、そこで「ごめん」と言う謝罪が返ってくるはずだった。だが今のシンジは、謝罪の代わりに、「必要な確認をしたまで」と言い返してくれた。

「必要な確認?」
「同じ事を考えているんだったら、わざわざ話をする必要が無いと思うんだ。
 だから、アスカ達の作戦を最初に確認したんだよ」

 そう答えたシンジは、アスカの答えを待たずに「提案がある」と切り出した。

「採用するかどうかは任せるけど、少しだけ僕の話を聞いて欲しいんだ」

 そこでアスカの答えを待たずに、シンジは自分の提案を話し出した。

「アイスランドとフロリダ基地のパイロットの配置を変える必要は無いと思う。
 アスカとカヲル君も、初めの計画通り正面からギガンテスに向かい合って欲しい。
 ただそれ以外のパイロットは、サンディエゴ、カサブランカの単位で別の位置に配置する。
 ギガンテスの上陸地点を挟むように配置して、上陸しきったところで後ろから襲いかかる。
 そうすれば、ギガンテスは混乱するだろうし、前への速度も鈍ることになると思う」
「ギガンテスが、分散した戦力に目を付けたときは?」

 不機嫌そうに聞き返してきたアスカに、「それが一番の狙い」だとシンジは説明した。

「そうなれば、第壱十四使徒と分断しやすくなるだろう?
 第壱十四使徒をギガンテスから引き離したところで、両基地が合流すれば良い。
 スピードならヘラクレスの方が上なんだから、その程度なら難しくないと思う」
「ただ単に、進行方向がずれたときは?」

 良いとも悪いとも言わず、アスカは別の条件を質問した。

「その場合、アスカとカヲル君、そして無視された戦力でギガンテスに襲いかかれば良いんだ。
 第壱十四使徒は、前しか攻撃できないから、側面を守ることは出来ないんだよ。
 だから、必ず側面や後方から攻撃すれば、何も怖くは無いはずだ。
 アスカとカヲル君の組み合わせなら、仲間達以上の働きが出来るだろう?」

 確かに、14番目は前方しか攻撃することは出来ない。しかも攻撃の射程は、さほど長くないのも分かっていたのだ。だからターゲットとされた場合でも、後方に退くことで14番目との直接対峙を避けることが出来る。そこでうまく引きつけてやれば、守りの薄くなったギガンテスを始末することが出来るだろう。
 確かに良い考えなのだが、どこかに落とし穴が存在しないのか。その説明を聞かされたアスカは、落とし穴の存在を考えることにした。
 だがアスカが落とし穴を考え出す前に、シンジの方から問題点の指摘が行われた。

「この作戦の問題点と言えば、ギガンテスが分散しすぎることだと思う。
 たぶん、うまく押さえ込むには戦力が不足していると思うんだ。
 後は、ギガンテスの攻撃が全方向に向くから、街へのガード自体が難しくなる」
「その場合、重要施設を優先して守らせれば良いわね」

 そこでふうっと息を吐き出したアスカは、シンジが予想もしない文句をぶつけてきた。

「いつ、私のことを呼び捨てにしていいって言った!」
「えっ、ええっと、そうだったっけ、ごめん」

 久しぶりに聞いた謝罪の言葉に、やっぱりシンジなのだとアスカは確認することが出来た。そしてあのシンジが、自分で考えて、有効と思われる作戦を提示してくれた。ちゃんと前に進んでいるのだと、少しだけシンジのことを見直していた。

「い〜やっ、許さない!
 あんた、自分の彼女のことを呼び捨てにしてる?
 それが出来てないのに、私のことを呼び捨てにしちゃ駄目でしょう!」
「ええっと、そう言う事?」
「そう言う事よっ!
 そうじゃないと、期待しちゃうじゃ無い!」

 そう言い捨てたアスカは、「参考にする」と言って通信遮断のボタンを押した。

「あのバカ、やれば出来るんじゃ無いの」

 少し顔を赤くして、アスカはシンジの提案を反芻してみた。その提案が、何を根拠にして居るのか、分析を見ているアスカにも理解することが出来た。だが失敗のリスクが大きいと、最初に除外した作戦だった。だがシンジの説明を聞いているうちに、思ったよりリスクが小さいと評価をし直したのだ。ギガンテスの密集状態が問題なら、無理矢理引きはがしてやれば良いだけのことだった。
 効果に確信が持てたのなら、それを実行すれば良いだけだ。手元のボタンを押して、アスカはサンディエゴのオペレーターを呼び出した。

「サンディエゴ、カヲルに繋いでくれる!」
「了解しました。
 直ちに、お繋ぎします!」

 事情を知らない者は、英雄からの助言だと受け取ることになる。それもあって、担当となった通信士は、感激しながらカサブランカへと接続の依頼を出した。英雄が動いたのだから、きっと新たなブレークスルーが与えられる。この絶望的な戦いが、人類の完全なる勝利に終わるのだと。

 一通りの連絡が終わったところで、シンジは「ふぅっ」と小さくため息を吐いた。それまでに色々とあったのだが、アサミとの問題も解決したし、アスカとは声だけだが再会を果たすことが出来た。抱えていたいくつかの物を、ようやく下ろすことが出来た気がしていた。

「碇さん、お疲れ様です。
 目的地まで、あと1時間弱となりましたよ。
 あと1回ガソリンスタンドに寄ってこの旅も終わりになります」
「もう、そんなに経ったんですね……」

 初めは苦しかったのだが、6時間も経つうちにかなりその苦しさにも慣れてきた。細かいと言うには大きいが、ずっと続く振動に、お腹が悪くなりそうだとのんびりとしたことを考えていた。

「確かに、降りたら食べ物が喉を通りそうに無いな……」
「前回乗られたときには、降りた直後吐かれましたね」

 楽しそうに言う加藤に、「笑ってます?」とシンジは目元を引きつらせた。

「いやいや、慣れというのは素晴らしいと感心したんですよ。
 そして、若さのすばらしさとでも言えばいいのでしょうかね。
 私の部下達より、ずっと早く適応されていますよ」
「そんなものでしょうか……」

 そう言われても、シンジにぴんと来るはずも無い。慣れたと言われても、苦しいのは相変わらずだったのだ。少なくとも、快適なフライトとは思えなかった。
 そんなシンジに、「質問があります」と加藤が声を掛けてきた。

「質問、ですか?」
「ええ、少し前の話を蒸し返したいと思います。
 碇さん、あなたはPhoenix Oneに乗った時と、別の人になったと思いますか?」

 その質問が何を意味しているのか。今のシンジには、その意味を理解することが出来た。「違う」事を能力の違いに求めたのは、すでに加藤から否定されている。そして加藤は、次に「意識」の違いを問題にしてくれたのだ。指摘されるまでも無く、Phoenix Oneに乗ったときとは自分の意識が変わっていたのだ。
 考え方が「記憶」と「経験」に影響を受けるのであれば、それを失った以上前と同じであるはずは無かった。だが、取り戻す可能性が残っている以上、いつか3年間の経験と記憶を取り戻すことが出来るだろう。

「いえ、僕は僕、碇シンジに違い有りません!」

 そう加藤に答えたとき、それが真実なのだとシンジは自分の中で何かが変わった気がしていた。それが何なのか、明確に説明するのは難しい。ただ、「自分は自分なのだと」そう確信を持って言える気がしていた。
 戦いの開始まで、残すところ1時間を切っていた。そして自分が参戦するまで、さらに1時間ほどの時間が必要となる。その時間を乗り越えたとき、間違い無く自分たちは勝者となっているだろう。確固たる事実として、シンジは勝利を認識したのだった。



 第二次大戦中、ドイツ軍の猛攻に窮したソ連の要請により、300万人近い兵員がドーバー海峡を渡り、フランスのコタンタン半島ノルマンディーに上陸した。それが後世にも名を残す、ノルマンディー上陸作戦である。正式名称Operation Overlordは、その成功により戦況が変わったとされていた。
 そしてそのノルマンディーの地に、今度は人類の敵ギガンテスが上陸しようとしていた。70年以上前の戦いと同様に、ここでの敗北は人類の衰退を招き寄せることになるだろう。それを意識してか、マスコミは盛んにノルマンディー上陸作戦の名を口にしていた。

 そしてそのノルマンディーの地では、カサブランカ、サンディエゴの精鋭たちが上陸してくるギガンテスを待ち構えていた。そして彼らの後ろには、アイスランドとフロリダ基地から派遣されたパイロット達が、防御用の盾を持って壁を作るように整列していた。

「やはり、密集隊形は解けていないようだね」
「ギガンテスなりに、知恵を使っているってことかしら」

 中心に立った二人、砂漠のアポロンこと渚カヲルと西海岸のアテナことアスカ・ラングレーは、ギガンテスの位置を示す明かりへと視線を向けていた。すでに時間は、夜の8時になろうとしている。すっかり太陽は姿を隠し、辺り一面闇に包まれいてた。そして背後の街からも、明かりという明かりが消えていた。

「君は、今のシンジ君と話をしたんだね。
 彼は、どうだったのかな?」

 これから決戦と言うところで、それを聞くのはどうかと思えてしまう。そんなことを考えたアスカだったが、「期待してもいいわよ」と答えることにした。

「まだ不足している所は沢山あるけど、可能性だけはしっかりと見せてくれたわ。
 うまく行けば、シンジ様が見せてくれた更に先の世界を見せてくれるかもしれないわね」
「シンジ君が見せてくれた世界の更に先かい」

 アスカの答えに、「それはいいね」とカヲルは喜んだ。

「だとしたら、早く会ってみたいものだね」
「そうね、今は会ってみたいという気持ちの方が強くなったわ」

 顔を合わせない方が良いと思っていたアスカだったが、話をしてみてその考えは変わってくれた。当時を知る者同士、そこには懐かしさという要素もあったのだ。

「あと1時間、1時間過ぎればシンジが参戦してくる。
 その時は、アイツに14番目を任せて、私達はギガンテスを蹴散らすわよ」
「いきなり大役なのだが、彼は大丈夫なのかな?
 目が覚めてから、一度もヘラクレスに乗ったことがないんだろう?」

 使徒戦の経験があったとしても、これから乗るのは全く違った機体なのだ。それを考えると、ぶっつけ本番でうまくいくとは期待しすぎに違いない。奇跡と言われた高知ですら、事前にシミュレーションと搭乗訓練を行なっていたのだ。それを考えると、今回の出撃は何の準備もなされていなかった。
 それを考えれば、カヲルが不安に感じるのも当然のことと言えるだろう。さすがにアスカですら、大丈夫だと保証することが出来なかったのだ。それでも一つだけ言えることは、シンジが乗れなければ自分達が負けると言うことだった。

「もしもアイツが乗れなければ、その時は私達の負けと言うことになるんでしょうね。
 さすがに、4時間も支えきるのは不可能だと思うわ」

 日本からの第二陣到着前に、戦線が崩壊することになるのだろう。そこから立て直しが出来たとしても、発生する損害は空前のものになるに違いなかった。たとえこの戦いを勝利で終えられても、結果としては人類の敗北と言うことになる。

「あんたのところがうまくやってくれれば、多少は楽になるんだけどね」
「同じセリフを、そのままお返しすることにするよ。
 君のところが頑張ってくれれば、ギガンテスの侵攻を遅らせることが出来るんだ」
「私の仲間を、甘く見ないでほしいものね」
「その考えには同感だね。
 僕の仲間も、シンジ君に鍛えてもらった精鋭なんだよ」

 これまで一緒に、何度も死線を潜ってきた仲間なのだ。苦しい時だからこそ、余計に頼りになると二人は信じていた。そして仲間の力に対して、一片の疑念も感じていなかった。



 ギガンテスが上陸するのよりも少し早く、シンジは最寄りの空軍基地に降り立っていた。地上に降りた時には腰が砕けたが、前と違って胃の中身を吐き出す真似はしなかった。
 何とか自力で立ち上がったシンジは、迎えに出てきたフランス軍の幹部と握手を交わした。世界が期待する英雄の再起戦が、史上最大の作戦となるのは確定していた。ここでの勝利がなければ、人類に勝利は無いと誰もが感じていたのだ。

 握手の後車で格納庫まで送られたシンジは、そこで加藤に手渡されたジャージへと着替えた。自分には担ぐような縁起はないのだが、ジャージこそ仲間との絆だと思っていた。
 綺麗にクリーニングされたジャージを着た所で、シンジは鏡に写った自分の姿をじっくりと見た。そこには、固い意志のこもった目をした男が映しだされていた。記憶に残る、ひ弱な少年の姿はどこにも見つけられなかった。それこそが、あの日から3年間積み上げてきた成果なのだ。今は忘れてしまった自分だが、結果だけはここに残されていたのだ。

「僕は、本当の碇シンジになる」

 鏡に写った自分に、シンジはそう宣言した。世界を壊した自分と、世界を守り続けてきたもう一人の自分。どちらも碇シンジだし、どちらが欠けても本当の碇シンジではない。そして今からは、世界を壊し、そして世界を守る自分が碇シンジとなるのだと。

「だから、見ていてくれ」

 鏡に写った自分に声を掛けたシンジは、くるりと背中を向けて用意されたヘラクレスへと向かった。海岸線では、すでにギガンテスとの戦いが始まっているはずだ。ここから先は、僅かな時間のロスが、味方の損害を招くことになりかねない。「困って困って、それでも頑張ろうとしている人の味方」マドカとナルの作ったジャージ部の理念を胸に、シンジは自分の戦いへと向かっていった。



 55体のギガンテスと1体の亡霊は、想定された中では最悪のパターン、つまり14番目を中心とした、密集体型で上陸してきた。この状況では、アスカとカヲルを持ってしても、両者の分断は不可能だったのだ。そして14番目の驚異を排除しない限り、正面からの迎撃は不可能だった。

 上陸地点から距離をとったアスカ達に向けて、ギガンテスは上陸と同時に加速粒子砲の攻撃を仕掛けてきた。ただ14番目は、射程の関係なのか何の攻撃も仕掛けてこなかった。

「ここまでは、予想通りの展開と言うことね……」
「ああ、14番目の攻撃がこちらに届いたら、想定からやり直さなくてはいけなくなる」

 14番目の攻撃能力は、絶大ではあるが近距離限定と言う分析がなされていた。だから距離さえとれば、14番目の驚異は無視できるとされていたのだ。防御陣の後ろに隠れた二人は、シンジ様の分析の正しさに感心させられた。

「鉄壁の防御があるから、近距離攻撃に特化したってことね」
「そのあたり、5番目で無くて良かったと言う事だよ。
 もしもあれが来たら、航空戦力が使えなくなってしまう」

 いずれも難敵には違いないのだが、大量のギガンテスとの同時侵攻となると、5番目で無くて良かったというのが正直な気持ちだった。いくら攻撃が強力でも、間合いが狭ければまだ対処のしようもあったのだ。

「とは言え、後ろからの攻撃を無視されると厳しいのだけどね」
「その場合、ごっそりと後ろを削ってやれば良いだけよ。
 そうすれば、14番目を孤立させることも可能だわ!」

 黒い塊となって押し寄せてくるギガンテスを見ながら、そろそろかと、二人は仲間の攻撃が始まるのを待った。この攻撃が効果を示さなければ、最終防衛ラインを突破されるのも時間の問題だったのだ。

 そろそろかと二人が考えたちょうどその時、側面に展開していたカサブランカ、サンディエゴ基地の主力がギガンテスへの攻撃を開始した。カサブランカはエリックの、そしてサンディエゴはライナスの指示の元、それぞれ3機のヘラクレスが、ギガンテスの後ろからとりついたのである。それぞれの非主力組は、突入部隊からは外されていた。

「やっぱり、あの二人のようにはいかないか」

 突入状況は、リアルタイムで二人の元に知らされていた。群れたギガンテスの中深くまで暴れ込んで欲しかったのだが、現実は端っこを削るところで止まっていた。その辺り、仕方が無いのだが、日本の二人とは思い切りが違っていた。

「それを、彼らに期待するのは無理があるのだろうね。
 やはりシンジ君の作ったチームは、世界でも特別なのだよ」
「でも、ここで侵攻速度を落とさないと、最終防衛ラインを下げなくちゃいけなくなるわよ」

 戦力を分けた目的を考えると、後方からの攻撃でギガンテスを混乱させなくてはいけない。だが現実は、群体に対して影響を与えるところまではいっていなかった。このままでは、アスカの言う通り、最終防衛ラインを下げる必要が出てくるのだ。その分、内陸深くまでギガンテスの侵攻を許すことになる。

「ちっ、まったく隊列が乱れないわね」
「まだ早いのだけど、僕達も飛び込まないとまずそうだね。
 14番目とギガンテスを同時に相手にするのか……」」

 ぞっとしないと呟いたカヲルに、アスカも「まったくね」と素直に同意した。14番目だけでも難敵なのに、さらにギガンテスまで気にしなくてはいけないのだ。

「シンジが到着するまでの50分、果たして私達だけで支えられるかしら?」
「今連絡が入ったよ、キャリアを使用するから20分に縮まってくれるようだね」
「選択としては、妥当な線か……」

 問題は、その20分でどこまでギガンテスに侵攻されるのかと言うことだった。住民の避難こそ進んでいるが、それにも限度という物が存在していたのだ。

「背面からの攻撃は、どの程度効果があったのかしら?」
「今のところ、撃滅数は4と言うことだよ。
 10%弱減らせたのだから、効果はあったと考えるべきなのだろうね……
 まずい、エリックすぐに回避するんだっ!」

 今まで何も反応していなかった14番目が、ゆっくりと回転してカサブランカの主力の方を向こうとしていた。しかもその行動をサポートするように、前列のギガンテスはアスカ達に向けて加速粒子砲の攻撃を行ってきた。これでは、アスカ達も迂闊に飛び込むことは出来なかった。
 そしてゆっくりと回転した14番目は、カサブランカ部隊に向けて蛇腹のような両手を伸ばした。ただカヲルの指示が間に合ったおかげで、この攻撃による被害は回避することが出来た。だが、そのまま回転した14番目は、サンディエゴ部隊に対しても同じ攻撃を仕掛けてきた。こちらはライナスの指示で、すでに彼らは攻撃エリアから離脱していた。

 カサブランカ、サンディエゴの主力を牽制した14番目は、ゆっくりと回転して再び進行方向を向いた。それだけの攻撃を行ったのに、全体の侵攻速度はまったく落ちてくれなかった。

「やっぱり、そう簡単にはいかないものね」

 申し訳程度にポジトロンライフルで攻撃をさせてみたが、予想通り通常状態のギガンテスにはまったく歯が立たなかった。

「開発中の可搬型レールガンがあれば変わっていたんだろうがね」

 そうすれば、加速粒子砲を撃とうとしているギガンテスを狙い撃ちできる。うまく爆発させれば、周りを巻き込むことも可能だったのだ。
 だが新兵器など、一朝一夕でできあがる物では無い。今の予定では、試作機ができあがるまで3ヶ月は必要とされていた。

「無い物ねだりをしてもしょうが無いわね。
 そろそろ、覚悟を決めて飛び込むことにしましょうかってっ!」

 14番目が前を向いたので、仲間達は再びギガンテスの群れにとりついていた。だが再び14番目が回転を始めたので、結局数を減らすこと無く距離をとらされてしまった。

「あいつら、知恵が付いているんじゃ無いの!」
「そう言いたくなる反応だけど、やってることは大したことじゃ無いんだよ」

 それでもやっかいな事には違いない。「やっていられない」と零したカヲルは、「行こうか」とアスカに声を掛けた。

「ここで少しでも侵攻速度を落とさないと、最終ラインが下がりすぎることになる」
「果たして、私達が出て行って速度が落ちてくれるかしら?」

 それでも、何もしないまま引きこもっているわけにはいかないだろう。顔を見合わせた二人は、「せーの」とタイミングをとって防衛ラインの前に躍り出た。前を守る物がなくなったのだから、ここから先はスピードが勝負となる。たとえ加速粒子砲の的にされても、下がるものかと二人は駆け出した。
 せっかくの試みだったが、残念ながらギガンテスは二人の接近を許してくれなかった。疾走する二人に向けて、前列に居たギガンテスが加速粒子砲を放ってきたのだ。それは何とか避けたのだが、その後続もまた加速粒子砲を撃ってきた。さすがに連続攻撃を受けては、二人も逃げざるを得なかった。
 しかも14番目は、背面からの攻撃を牽制し続けてくれている。這々の体で防衛ラインに逃げ帰った二人は、苦肉の策として防衛ラインを下げることにした。突破されるのと下げるのでは、後の被害が大きく違ってくるのだ。

「あと何分!?」
「10分だね。
 このままだと、10km程度ではすぐにとりつかれてしまうだろう」

 広がっていないだけ、ギガンテスによる被害範囲は限定されていた。だが緑豊かな田園地帯も、今はすっかり踏み荒らされた荒野に変わってしまった。そしてこのまま侵攻を許せば、次は都市部が破壊されることになる。このまま状況を打開できなければ、ギガンテスの群れを止めることは出来ないだろう。
 せっかく最強の戦力がここにあるのに、このままでは使わないうちにずるずると下がってしまうことになる。正面からが駄目ならば、攻撃を受けにくい側面に回ればいい。頭を切り換えたアスカは、やり方を変えて攻撃に出ることをカヲルに提案した。

「カヲル、正面から突っ込めないのなら、側面に回るわよ!」
「どうやら、それぐらいしか方法が無さそうだね。
 ギガンテスが僕達を追いかけてこないことを願うだけだよ」

 アスカの提案を受け入れたカヲルは、最終防衛ライン上で仲間の方へと移動した。そしてアスカも、カヲルとは反対側へと移動した。一つの可能性として、ギガンテスの集団が割れることを期待したのである。そしてそのまま侵攻してくるのであれば、側面を突けるというメリットもあった。

 アスカ達の移動に対して、ギガンテスは何の反応も見せなかった。そのまま速度を落とさず、まっすぐに防衛ラインめがけて侵攻を続けたのだ。ただ全体の侵攻速度自体は、密集している分だけ上がっていないのが実態だった。

「ちっ、無視されたか」
「おかげで、側面から取り付けると考えることにしようか」

 相変わらず、14番目は周囲を牽制するように回転を続けていた。その回転が自分の前を通り過ぎたところで、アスカは助走を付けてギガンテスの群れに飛び込んだ。前に進むことを優先しているのか、密集したギガンテスはアスカに対して反応を示さなかった。

 だが密集へと飛び込んだアスカは、そこで自分の失敗を悟ることになった。隙間無くギガンテスが居るおかげで、思うように足場の確保が出来なかったのだ。そして足場が固まらなければ、暴れようにも暴れることが出来なかった。
 しかももたもたしているうちに、回転していた14番目が自分の方を向こうとしていた。このままの距離では、14番目の攻撃の餌食になってしまう。

「ちっ、距離をとるしか無いかっ」

 群れに飛び込んでは見たが、結局何の働きもすることが出来なかった。慌ててアスカが飛び出たところで、14番目からの攻撃が追いかけてきた。今度は蛇腹のような両手では無く、両目からの加速粒子砲の攻撃だった。間一髪距離をとったから良いような物の、直撃を受けたらそこで終了となってしまう爆発が起きていた。

「やはり、少しずつ削っていくしか無いか」
「どうやら、そうするしか方法が無いみたいだ」

 味方の攻撃に落胆した二人だったが、結局自分達も同じ結論へと達していた。それほどまでに、密集したギガンテスと、周囲を牽制する14番目は厄介な存在だった。

「1体ずつ、引き剥がしていくほか無さそうね」
「それにしても、あまり時間的猶予を与えてくれなさそうだ……」

 カヲルの指摘を受けたアスカは、最大の障害14番目の回転速度を確認した。そして、初めの頃より速度が上がっていることを知らされたのだ。

「やっぱり、14番目を何とかしないと駄目か」
「このままの状態だと、シンジ君にも期待は出来そうも無いんだが……」

 この状況で、14番目だけを切り離すのは不可能としか思えないのだ。それは、シンジが加わったところでどうにかなる問題とも思えなかった。

「あと何分?」
「もうすぐ来てくれるんだが……
 その前に、もう一度防衛戦を下げないと駄目そうだ」

 今の状況では、すぐにギガンテスにとりつかれそうになっている。1体2体ならいざ知らず、レギオンとなったギガンテスに対して、防衛ラインは脆弱な物でしかなかった。

「山のように弾薬を用意したのに、このままじゃ使えないわね」
「いざとなったら、僕達がおとりになって加速粒子砲を撃たせることも考えないと駄目そうだ」

 そうすることで、航空機による攻撃が有効になってくれる。密集したギガンテスに穴を開けられれば、局面も幾分変わってくれるだろう。

「仕方が無い、もう一度防衛ラインに戻りますか」
「作戦の練り直しが……」

 「必要だ」とカヲルが口にしようとしたまさにその時、「僕が行く!」と言うシンジの声がスピーカーから聞こえてきた。

「いや、行くって言われても……」

 この状況で一体何が出来るのか。シンジ単独でどうにかなるのなら、自分たちでも打開することが出来るのだ。
 だがそんな疑問を口にする前に、黒い何かが正面から14番目にぶつかり、そのままもつれるように後方へと飛んでいくのが目に入った。しかも、巻き込まれたギガンテスの何体かがはじき飛ばされていた。あまりの勢いに、二人は何が起きたのかすぐには理解することが出来なかった。

「14番目の驚異は排除しました。
 すぐに、総攻撃を仕掛けてください!」

 短い自失状態を振り払ったのは、アサミからの通信だった。その言葉にギガンテスの群れを見た二人は、確かに14番目の姿が見えなくなっているのに気がついた。しかも14番目が居たところから後ろが、密集状態が崩れていたのだ。

「た、確かに……」
「そのようね……」

 何が起きたのかより、今はこの機会を逃してはいけないのだ。それに気づいたアスカは、「行くわよ」とカヲルに合図をした。

「確かに、この機会を逃す手は無いね」

 最大の障害、14番目が取り除かれたのだから、後は黙々とギガンテスを減らす戦いをすれば良い。何が起きたのかは、終わってから確かめれば良いことだったのだ。
 アスカとカヲルの二人は、当初の予定通り、二人ペアとなってギガンテスの群れへと飛び込んでいった。



 現地到着まで、残すところ3時間半となっていた。もはや寝ていられないと、マドカ達はノルマンディーでの戦いをモニタで観戦していた。そして意見交換をするため、3人の間をホットラインで接続した。

「やっぱり、苦戦しているようね。
 アサミちゃん、この辺りは想定の範囲と思って良いの?」
「ええ、14番目を排除できなければ、こうなることは目に見えてました。
 それでも、少しずつでもギガンテスを減らすことには成功していますよ。
 だから、必ずしも作戦は失敗していないと思います。
 必要なのは、あと一手、14番目への対処だと思います」

 戦況を見る限り、攻略を難しくて居るのは14番目の振る舞いだったのだ。そして14番目を攻撃できないのは、密集したギガンテスの存在である。そのどちらかを乗り越えない限り、この戦いに勝利は無かったのだ。
 ギガンテスの切り崩しについては、本当に少しずつだが効果が出ようとしている。だが14番目に到達するためには、まだかなりの時間が掛かるように思われた。そしてそれだけの時間を掛けてしまうと、フランス内陸深くまでギガンテスの侵攻を許すことになる。

「それで、碇君はどうやって14番目をやっつけるの?」
「どうやってって言われても、さすがに私にも分かりませんよ。
 そもそも、どうやって14番目だけ引き離すのかも分かりませんから」

 アスカ達がトライしても跳ね返されているのを見れば、14番目とギガンテスの分断が簡単では無いのは理解できる。

「それに、以前と同じ方法は採れないと思いますから」
「以前と同じ?」

 マドカに聞き返され、「ああ」とアサミは説明が不足していたのに気がついた。

「スーパーマンだった頃なら、正面からギガンテスを蹴散らしていきますよ。
 ただこの時の問題は、14番目の防御フィールドが突破できるのかと言う所にあります。
 4番目と同じ事をするのでしょうが、そのためにはギガンテスから遠ざけておく必要があるんですよ」
「そっか、碇君だったらあそこに飛び込んでいけるのか……」

 へえっと感心した二人に、アサミは「先輩達もでしょ」と言った。アスカ達が這々の体で逃げ出したのを見ても、アサミのマドカ達に対する信頼は変わっていなかった。
 そしてアサミの決めつけに、マドカとなるは「う〜ん」と少し考えた。

「さすがに、買い被りすぎって所もあるけど。
 まあ、出来ない事も無いかなって所かな?」
「ところで、そろそろ碇君が参戦するみたいよ。
 どうやら、ヘラクレスを動かすのはうまくいったみたいね」
「まっ、キョウカちゃんだってぶっつけ本番でうまくいったんだしね」

 それを考えれば、経験者であるシンジが動かせないはずは無い。全く疑いを抱くこともなく、マドカとナルはシンジがヘラクレスを動かす物だと思っていた。

「そうですね、どうやら先輩が到着したようです」

 識別信号を見ると、まさにシンジの乗ったヘラクレスがキャリアを切り離されたところだった。場所は最終防御ラインから後方およそ2km。ギガンテスの攻撃を避ける意味でも、適切な距離と言えただろう。

「じゃあ、碇君の戦いっぷりを観戦させて貰いますか」
「アサミちゃん、応援しなくても良いの?」
「もう、ちゃんとお話をしてあるから大丈夫です!」

 ようやく心が通じ合えたのだから、今更言葉も必要無くなっている。大丈夫だと言いきったアサミに、ナルは「暑いわね」と手のひらで仰ぐ真似をした。

「そんなことより、そろそろ碇君が……って。
 あれって、あり?」

 現地の映像を見ていたら、もの凄い勢いでヘラクレスが14番目に激突している映像が映し出されていた。あまりにも勢いが付きすぎていたため、14番目もろとも後ろのギガンテスを巻き込み、群れの中から飛び出ていった。

「結果的に14番目を引き剥がしたんだから有りだと思うけど……
 碇君って、ラグビー部で特訓受けていたっけ?」

 物の見事に決まったタックルに、ナルはその理由をラグビー部に求めた。ラグビー部なら、サンドバッグ相手にタックルの練習をしていたのだ。14番目は、形から言ってサンドバッグにそっくりだった。

「ええっと、ラグビー部にはまだ顔を出していませんでしたね。
 とりあえず、アスカさん達にはギガンテスを攻撃して貰いましょう」

 状況に追いつけていないのか、14番目が居なくなったのにも関わらず、アスカ達は攻撃を仕掛けていなかったのだ。それを問題だと考えたアサミは、急いでアスカ達に攻撃するよう連絡した。
 一方マドカとナルは、シンジにラグビーの経験が無いことを問題とした。そうなると、今の攻撃は意図した物と違っていることになるのだ。

「ってことは、ひょっとして跳び箱を跳び損なったのと同じなのかしら?」
「なんか、凄くありそうな説明ね……」

 跳び箱を跳び損なったときには、勢いを付けすぎて跳び箱ごと後ろに吹っ飛んでいったのだ。マドカの指摘に、確かにそうかとナルも認めた。そうなると、結果オーライとばかりは言っていられなかった。

「だったら、ちょっと碇君やばいんじゃ無いの?」
「そうね、下手して失神してなきゃ良いけど……」

 その時は、シンジはそのまま保健室に担ぎ込まれたのだ。もしも同じ事が起きていたら、それこそ絶体絶命のピンチになってしまう。
 さすがにまずいと気づいたアサミは、マイクに向かって「先輩大丈夫ですか!」と大きな声を上げた。だが答えが返ってこなかったので、もう一度「先輩!」とシンジに呼びかけた。映像を追いかけてみたら、ヘラクレスが大の字になって動かなくなっている。本当に大変だと、3人揃ってシンジに起きるように呼びかけ続けたのだった。



 時間を短縮するのに、キャリアを使うのは正しい判断だと思っていた。基地から運ばれながら、アスカ達が攻めあぐねているのを見て、シンジは自分の判断は間違っていないと確信したのである。
 そしてアスカ達が攻めあぐねている原因、ギガンテスの密集隊形と14番目の位置関係を、どうやったら壊せるかを考えることにした。そのまま飛び込んで14番目を相手にするには、周りを固めたギガンテスが邪魔すぎたのだ。正面からやり合うにしても、同時にギガンテスに注意を払うのは、今の自分には難しすぎた。

「そうなると、第壱十四使徒の背後をとって、そのまま担いで群れから運び出すか……」

 そのためには、14番目を飛び越える事が必要になってくる。ここで時間を掛けると、間違いなくギガンテスに邪魔されることになる。

「やっぱり、正面から行って飛び越えるのが一番早いか……
 跳び箱の要領だと思えば良いんだよな」

 14番目の頭を掴んで後ろに回り、そのまま引きずり出すのが一番現実的な作戦なのだろう。スピードに気をつければ、ギガンテスの加速粒子砲も回避できるはずなのだ。
 それを何度も頭の中でシミュレーションして、シンジはキャリアからヘラクレスを切り離した。

 キャリアの速度そのままで地上に降りたシンジは、その速度を生かしてヘラクレスを疾走させた。いくつか家を巻き込んだ気もするが、それは見なかったことにすることにした。そしてそのままの勢いで最終防衛ラインを飛び越え、侵攻してくるギガンテスの前へと躍り出た。さすがにシンジの侵攻速度が速くて、ギガンテスは加速粒子砲を撃とうともしていなかった。
 それを好機と捉えたシンジは、最初の計画通り14番目を飛び越えるため地面を蹴ろうとした。だが勢いを付けるため前のめりになりすぎていたのと、あまり足場が良くなかったことの相乗効果で、踏み足を思いっきり滑らせてしまった。

「ま、まずいっ!」

 そう思ったときにはすでに手遅れ、シンジは頭から14番目へと飛び込んでいった。

 ただ飛び上がるのには失敗したが、スピードだけは十分に乗っていた。そのおかげとでも言うのか、そのままの勢いでシンジは14番目と一緒にギガンテスの群れから飛び出していた。マドカが口にしたとおり、ラグビーのタックルがうまく決まった形になたのだ。途中何体かギガンテスを巻き込んでいたのは、それだけ飛び込む勢いが凄まじかったのだろう。
 だがその代償とでも言えばいいのか、群れから遙か後方でシンジは大の字になってダウンしてしまった。コックピットの中で振り回されたために、少し意識も朦朧としていた。

 シンジにはじき飛ばされた14番目も、初めは同じように転がっていた。だがシンジよりも早く起き上がり、自分をはじき飛ばした敵を探すようにゆっくりと体を回転させた。そしてすぐに、近くに転がっているヘラクレスの姿を見つけてくれた。
 未だ驚異は去っていないと考えたのだろうか、空虚な14番目の奥に、白い光がぼんやりと浮かび上がった。後数秒後には、必殺の加速粒子砲が放たれる目印である。そのまま攻撃を受ければ、シンジの乗ったヘラクレスも、一巻の終わりと言うことになる。

 まさに14番目の攻撃がなされた瞬間、シンジはその場からヘラクレスを飛び退かせた。大きな火柱が立ち上ったときには、シンジの乗ったヘラクレスは、攻撃の届かないところまで離れていた。

 目の前に立ち上る火柱に、危ないところだったとシンジは胸をなで下ろした。朦朧とした意識に、アサミの声が何とか届いてくれたのだ。これこそ愛だと勝手に納得して、シンジは14番目の攻略に取りかかることにした。意図したのとはかなり違うが、14番目をギガンテスの群れから引き離すことに成功したのだ。

「ま、まあ、結果が良かったって事にしておこう」

 自分としては、とても無様な姿をさらしたと思っていた。だが結果を見れば、これ以上無い作戦に見えるはずだ。だとしたら、これは意図的な攻撃だと言い張れば良い。

「さて、後はこいつを仕留めれば良いんだな」

 14番目で気をつけなければいけない攻撃は分かっている。分かっていれば、避けることも難しくないと考えていた。それを考えて14番目に近づいたのだが、蛇腹のような両手が伸びてきて、それが甘い考えだとすぐに思い知らされた。

「む、無理だ、あんなの絶対に避けられない」

 間合いをとっていたおかげで、蛇腹は自分の所まで届かなかった。おかげで助かったのだが、紙一重で止まった攻撃に肝を冷やしたのである。どうしてこんな攻撃を避けられると言ってくれたのか、以前の自分に文句を言いたい気持ちになっていた。

「とりあえず、むやみに間合いに近づかないようにして……」

 そうすれば、もう一つの役目、時間稼ぎは果たすことが出来る。それだけでも、この戦いを有利に運ぶことが出来るはずだった。その考えの元、距離を間違えないように気をつけながら、シンジは14番目の周りをぐるぐると回ったのである。端から見れば、隙をうかがっているように見えるのもポイントだった。



 その頃カサブランカとサンディエゴの精鋭達は、当初の計画通りギガンテスへと襲いかかっていった。14番目の驚異さえ排除できれば、後は根気よくギガンテスを撃破していけば良い。こうなると、固まっているのは逆に攻略しやすくなるからありがたかった。周辺から少しずつ削っていけば、そのうちすべてのギガンテスを撃破することが出来るのだ。
 そしてアスカとカヲルの二人は、14番目の抜けた穴に飛び込んでいた。今までは足の踏み場も無かったのだが、ここだけは比較的ゆったりとした空間が存在していたのである。そしてその空間を利用して、当たるを幸いにギガンテスを蹴散らしていった。この二人の働きにより、ようやくギガンテスの侵攻を止めることに成功した。

「しっかし、やっぱり数って問題ね……」

 シンジと組んだときと同様に、アスカは寄ってくるギガンテスをねじ伏せていた。だが押し寄せてくる圧力を前に、止めを刺すまでには至っていなかった。
 カヲルにしても、アスカのサポートはかなり困難を極めていた。シンジのように、サポートしつつギガンテスを倒そうと考えたのだが、そのサポート自体がうまくいっていなかったのだ。そのため、ついサポートが遅れがちになってしまった。アスカに振り回されている、その表現がぴったりと来る状況だったのだ。

 その微妙な問題が、アスカのパフォーマンスを落としていたのは間違いない。ただ、落ちたと言っても、未だとても高い水準にあるのは間違いなかった。それでも、いっこうにギガンテスの撃破数は上がっていかなかった。
 そしてもう一つの問題は、明確な指揮命令系統が確立されていないことだった。ようやく自分のフィールドに持ち込んだのに、航空戦力による支援が始まっていなかった。その辺り、心の準備が出来ていなかったことも影響をして居た。

 遠くから戦場を俯瞰していれば、その程度のことにはすぐに気がつくことだった。マドカですら、「なんで空から攻撃しないの?」と疑問に感じたぐらいだ。

「たぶん、想定外の展開に頭が追いついていないのだと思います……
 後は、ギガンテスが密集しているから、攻撃の指示が出しにくいんでしょうね」

 冷静に状況を分析したアサミは、「そのうち落ち着くでしょう」と楽観的に口にした。

「それに、私達が到着すれば、全体統率は私が引き受けますからね。
 先輩達お二人にも暴れて貰えば、比較的早くけりが付くと思いますよ」
「でもさ、なぁんか臨機応変さに欠けるわね」

 よく言えば臨機応変、悪く言えば行き当たりばったり。それに慣れ親しんだ二人にとって、硬直した考えが理解できないようだった。だがアサミは、考え方以前に問題があると指摘した。

「その辺り、両基地の関係が影響しているんじゃ有りませんか?
 ボルドーの時だって、けっこうバラバラに迎撃していましたからね。
 それでも何とかなるぐらい、私達が力を付けたってことにもなるんですけど……
 ライナスさんが、全体に指示を出せれば良いんですけどね」

 ふっと息を吐き出したアサミは、あと2時間の我慢だと二人に告げた。

「それよりも、先輩が苦労しているみたいですね」
「あ〜っ、14番目の周りをぐるぐると回ってるわね。
 うまく14番目に取り付けないのかしら?」
「たぶん、あの攻撃が見えなかったんでしょう」

 冷静に動きを分析し、ナルは攻撃が見えていないと結論づけた。それを聞いたマドカは、「付け焼き刃じゃ無理か」と頭を掻いた。
 そんなマドカに、諦めるのは早いですよとアサミは言った。

「確かに、S高の部活は付け焼刃ですけどね。
 でも先輩は、苦しい使徒戦を戦ってきた経験があるんです。
 確かに作戦は酷かったし、戦い方もとっても稚拙でしたよ。
 でも、あの時の先輩達を考えたら、あれが限度だったと思います。
 中二の時に限界まで頑張ったことを考えれば、まだまだ余力がタップリとあります」
「それを、ちゃんと碇君が気づいていればいいんだけどね」

 余力があるのは認めても、本人がそれに気づいているかが問題となる。そのことを指摘したマドカに、アサミは「心配していません」と答えた。

「なになに、それってやっぱり愛が理由?」
「そう答えてもいいんですけど……
 やっぱり、自覚が進んだからと言うのが一番だと思いますよ。
 それに、自分から背負った責任なんですから、こんな所で投げ出したりしないと思います」
「まっ、アサミちゃんも見てるしねぇ」

 「そら、絶対に逃げないわ!」そう言って笑ったナルに、「逃げてもいいんですけどね」とアサミは言い返した。

「でも、今更私が逃すとでも思ってるんですか?」

 ふふふと笑ったアサミに、「怖いわね」とナルは目元を少し引きつらせた。綺麗なだけに、女の情念を見せられると余計に怖く感じてしまった。ただ、これでこのカップルも大丈夫。予想とは違う形だが、収まる所に収まったのだと考えることにした。



 間合いをとっているおかげで、比較的冷静に戦況を観察することが出来る。14番目を牽制しながら、シンジは戦場全体の状況を確認した。一番気になるのは、ギガンテスが順調に撃破されているのかということだった。

「思ったより倒せてないのは、攻撃がうまくいっていないのかな?」

 14番目を引き剥がしたのに、総撃破数は8までしか伸びていなかった。M市の実績に比べても、明らかに撃破のペースが上がっていないのだ。残りのギガンテスの数を考えても、戦闘時間が非常に長いものになってしまう。
 しかも自分の事情を振り返ると、このままだと何時間も14番目の牽制を続けなくてはいけない。さすがにそれは保たないと、シンジは時間稼ぎも無理がありすぎると考えていた。

「あと1時間半で、先輩達が到着するのか……」

 そこまで我慢すれば、ギガンテスとの戦いも変わってくることになるだろう。1時間半は長いが、持ちこたえられない時間とも思えなかった。
 そこでの問題は、1時間半を持ちこたえた後のことだった。アサミには「先輩が倒してください」とまで言われているのに、自分はこうして周りをグルグルと回っているだけなのだ。14番目を引き離しているのだから、戦術的には大きな意味を持っているのだろう。
 だがこの戦い方は、誰かから必要だと指示されたものではない。自分の不甲斐なさが理由となっていたのだ。このままでは、マドカ達が来た後でも、自分は14番目を倒すことは出来ないだろう。それでは、14番目を任された意味が無くなってくる。

「たとえ攻撃が見えなくても、タイミングとか攻撃の方向さえ分かればなんとかなる……はずだよな」

 自分が14番目を倒すためには、なんとしても攻撃をかいくぐって取り付く必要が有る。ただ接近戦命の相手に接近戦を挑むのは、まともに考えれば無謀な試みなのだろう。だがギガンテスに対してでも有効な遠距離攻撃がないのだから、過去の亡霊に対して使える武器など存在していなかったのだ。実際に、過去の戦いでは、アスカがそれで失敗していたのだ。
 そしてアサミが自分に期待してくれた以上、その期待から逃げるわけにはいかなかった。

「動機としては不順きわまりないな……でも」

 たとえ動機が不純でも、敵を倒したいと心から願ったのは確かだ。だったら、迷うこと無く敵を倒すことを考えれば良い。

「アイツが攻撃してくるタイミングが分かれば、それを逆手に取れるはずなんだ」

 側面からの攻撃は、1対1になった所で行えなくなっていた。シンジがグルグルと回るのに合わせて、14番目も同じ方向に回ってくれたのだ。間違いなく、自分を敵と認めた行動なのだ。そうなると、動きの小さな14番目から逃げることは出来ない。それを考えると、正面から取り付く以外に方法が無いことになる。
 だからと言って、本当に攻め手がないと言うのは違うと思っていた。それに以前の自分は、様々な観察の結果、正面からは破れないATフィールドを破り、第参使徒を倒したではないか。だったら自分も、同じように知恵を総動員すればいいだけだ。

「さっきのように近づけばっ……」

 ほんの少しだけ14番目と間合いを詰めた途端、シンジの目の前に蛇腹が到達していた。今度も長さが限界に達したおかげで自分には届かなかったが、相変わらずシンジには攻撃が見えていなかった。

「本当に、間合いに入ってすぐ攻撃してくるな……しかも見えないし」

 攻撃する時に比べて、引き戻すほうが時間がかかるようだった。お陰でシンジにも、蛇腹を折りたたむ動作を確認することが出来た。ただ攻撃の速さを考えると、折りたたむタイミングで飛び込んだとしても、返り討ちに合うのは目に見えていた。

「後は、どれだけ正確に狙えるかってことか……」

 それを確認するため、まっすぐではなく、少し斜めに間合いへと飛び込んだ。そしてそのまま、攻撃が届かないように横へとスライドした。

「さすがに、伸び始めたら方向修正はできないんだな」

 同じように攻撃をされたのだが、今度は自分からかなり遠い所で蛇腹の先端が止まっていた。そのことから推測できるのは、攻撃を始めると方向修正が効かないということだった。

「それにした所で、直近だったら逃げ切れないだろうな……」

 攻撃から蛇腹を折りたたみ、そして再度攻撃を仕掛けるまでの時間。その時間でとりつかなければ、蛇腹の餌食になってしまうだろう。
 そう考えたところで、自分がとりつくのに一度成功していたのを思い出した。

「そう言えば、最初は体当たりが出来たんだよな……」

 あの時は、助走距離があったため、十分に加速ができていたのだ。そして間合いに入るのと同じぐらいの距離で、失敗こそしたが飛び上がったのだ。敵の注意がどこにあったのかは問題だが、虚を突けば取り付けることは間違いない。以前戦ったときでも、同じようにしたはずだった。

「後は、どれだけ自由に攻撃ができるのかってことか」

 今までの攻撃は、だいたい目から胸の高さで先端が止まっていた。もしも目標がその高さにない場合、攻撃はそれを追跡できるのだろうか。
 それを確認するため、シンジはしゃがむような姿勢をとった。こうすることで、胸元の高さよりも高い部分はなくなるのである。

 そして今度も、シンジが間合いに入った途端、蛇腹の先端がシンジのすぐ前に突きつけられた。これで、14番目は上下方向は自由に攻撃できることが確認できた。それだけだと攻め手を失うことになるのだが、シンジは同時に攻撃の特徴を捕まえることに成功した。

「今、少しだけ攻撃前に体が前傾したよな……」

 相変わらず攻撃は見えないが、攻撃の予備動作だけは理解できた。もしもその観察が正しければ、14番目の攻撃に隙があることになる。

「軸方向に回れても、縦方向には回れないはずだ……」

 そこでシンジが立てた仮説は、上を使えば蛇腹の攻撃は避けられると言うものである。さほど素早い動きができない以上、上をとって後ろに回れば、自分の動きについて来られないと考えたのだ。

「今度は失敗しない……」

 相手の移動速度は遅いのだから、自分が下がれば距離をとることができる。そこで加速をすれば、初めと同じように攻撃を受ける前に取り付くことができるはずだ。その考えのもと、シンジはギガンテスの位置を確認しながら真っ直ぐ後ろに下がった。もしも14番目の注意が仲間に向いても、この距離なら問題ないと思っていた。
 ギガンテスの撃破数を考えると、ここはリスクを冒す所では無いのかもしれない。その意識は、当然シンジの中にも生まれていた。もしも自分が失敗をしたなら、14番目は間違いなくギガンテスに合流してくれるだろう。そうなると、初めと同じく手出しが出来ない状況に陥ってくれる。しかもシンクロ率だけ高い自分が抜けるのだから、14番目のATフィールドが、突破不能の壁となって立ち塞がることになる。それを考えれば、もう少し我慢をした方が良いと思えるのだ。いや、戦いの状況から行けば、間違いなく待った方が良いのだろう。

 ここで無理をすることは、それこそスタンドプレーになるのではないか。その不安を、シンジはどうしてもぬぐい去ることが出来なかった。やることは決めたし、そのため14番目と距離をとった。初めと同じように加速をして、そして今度はうまく飛び越えれば良いだけだ。それが出来れば、戦いはぐっと有利になるはずなのだ。だが、それが分かっていても、シンジは決断することが出来なかった。本当に、今このタイミングで必要な行為なのだろうか。

「堀北さん、聞こえていますか」

 結局、いくら考えてもシンジには最後の決断が出来なかった。そこでアサミを呼び出したのだが、返ってきたのはため息だった。

「また、呼び方が戻ってしまいましたね。
 それで先輩、何か問題が起きましたか?」

 悩んでいたこともあって、アサミの呼び方が元に戻っていた。いけないと反省したシンジは、「仕掛けて良いだろうか」とアサミに質問した。

「これから時間をおいても、他に良い方法が思い浮かぶとは思えないんだ。
 だから、これから第壱十四使徒にとりついて見ようと思ってる」
「私に連絡をしてきたのは、それをして良いのか迷っていると言うことですね?」

 そうで無ければ、戦場に居ないアサミと話をする必要が無い。自分の気持ちを察したアサミに、「確かに迷っている」とシンジは答えた。

「いつかやらなくちゃいけないことなんだけど、そのいつかが今なのか分からないんだ」
「そうですね、リスクを考えたら今じゃない方が良いと思いますよ。
 まともな指揮官なら、遠野先輩達が到着して、ギガンテスの撃破が進み出してからと考えるでしょう。
 時間を掛けすぎだとも思いますが、ギガンテス撃破が終わってからと考える人も居ると思います」

 その判断は、シンジにもとても分かりやすいことだった。もともと予想したとおり、今行っている迎撃の事を考えたのである。
 アサミの考えを聞いたシンジは、最低でもマドカ達が到着するまで待とつことにした。失敗したときのことを考えたら、その方が間違いなく傷が浅くなるのだ。

 シンジがそう考えたとき、「でも」とアサミが言葉を続けた。

「それは、先延ばしをしたときのリスクを考えていないと思います。
 先輩一人で14番目の牽制を行って、さんざん疲れてから撃破作業をするんですよ。
 アスカさん達にしたところで、ギガンテス撃破で疲れ切っているはずです。
 その状態で戦うのは、私は無謀だと思っています。
 だったら、先輩の気力と体力が充実している今の方が、勝率が上がるんじゃ無いでしょうか?
 先輩達二人が到着するのを待っても、実はあまり意味が無いと思っています。
 それから、私は先輩の事を信じているんですよ。
 先輩が色々と考えて、そしてこれならば大丈夫と考えたんですよね。
 だったら、先輩が納得いくようにするのが一番良いと思っています。
 もしも不安があるんだったら、私が指示したことにしてくれても良いですよ」

 そうすれば、少なくとも無謀な戦いは指示を受けての物になる。失敗した時のことを考えれば、その方がシンジにとって負担は軽くなるだろう。
 だが、それをアサミに押しつけては駄目なことは分かっていた。自分で考え、自分で行動する。そして作戦上の問題が無いのなら、自分の判断で行わなくてはいけないのだ。こんな事で女の子の陰に隠れていては、後を託してくれた自分に申し訳が立たなかった。

「いや、アサミちゃん……
 参考にはさせて貰うけど、いつ仕掛けるかは僕が一番良い時を考える」
「じゃあ、全部お任せしますね。
 先輩、頑張ってくださいね!」
「うん、アサミちゃん達が来たときには、僕もギガンテス迎撃に回っているよ」

 そこで一呼吸置いて、「じゃあまた」とシンジは通信を切断した。アサミが「信じている」と言ってくれたのだ。だったら、その信頼に応えれば良いだけだ。
 そこでシンジは、もう一度14番目との位置関係を確認した。幸いなことに、14番目はまだ自分を敵として認識してくれているようだ。ゆっくりと近づいてくるのが、シンジの目からも確認できた。

「跳び箱の要領で、あいつを引きずり倒す!」

 飛び越すときに顔を掴んでやれば、そのまま引きずり倒すことも出来るはずだ。そして同時に、加速粒子砲をつぶすことが出来る。密着していれば、蛇腹の攻撃も無効化できるだろう。良いことずくめに見える攻撃に、もしも問題があるとすれば、自分がイメージ通りに攻撃できるかと言うことだけだ。

 14番目との間合いを作りながら、シンジは何度もイメージトレーニングを繰り返した。体操部部長内村からも、うまく行くというイメージが重要だと教えられていたのだ。そしてそのイメージを作るために、シンジは内村のお手本を何度も反芻した。

「今度は、足下もちゃんと確認して……
 100メートル走をしているんじゃないことも気をつけなくちゃ」

 最初の失敗は、スピードを上げすぎたことにある。それはそれで怪我の功名となったのだが、同じ事を繰り返してはいけないのだと。
 スピードと踏切場所の二つを確認したシンジは、一度大きく息を吸って気持ちを落ちつけた。ここから先は、今まで以上に冷静でいなくてはいけない。勢いではなく、ちゃんと自分の目で見て考えて行動をしなくてはいけないのだ。

「よしっ!」

 問題は14番目ではなく、自分の中のイメージなのだ。そのイメージが固まった所で、シンジは少し反動をつけて助走を開始した。早すぎてもいけないのだが、遅すぎると14番目の的になってしまう。一陣の風をイメージして、シンジは助走路を駆け抜けた。
 14番目も、シンジが走りだすのを察知していた。だが、図っていたように蛇腹が伸ばされた時には、シンジは大地をしっかり蹴っていた。虚しく空を切った蛇腹を14番目が引き戻したのと同時に、シンジは上からマスクのような顔を両手で掴んだ。そして跳び箱のように突き放すのではなく、しっかり両手で掴んだまま体を90度捻ってみせた。そして14番目の体を支点に、反対側に着地した。シンジに顔を掴まれた14番目は、勢いをこらえきれずに仰向けに転倒していた。

「まず、顔を完全に潰す!」

 そうすることで、攻撃の一つを完全に封じることができる。シンジは掴んでいた右手を離し、短いモーションで殴りつけた。
 グシャリと何かを潰す感覚が右手に伝わったのに遅れ、顔の部分から血のようなものが噴き出してきた。これで、しばらくは加速粒子砲の攻撃を忘れることができるだろう。そのうち復活するのかもしれないが、その前に14番目を仕留めればいいことだった。

 一度両手を離し、シンジは右足で念のため顔の部分を踏みつけた。そして自由になった両手で、折りたたまれた右側の腕を掴んだ。

「後は、両腕を引き千切れば攻撃が出来なくなる!」

 渾身の力を込めて引っ張ったら、意外ににあっけなく引きちぎることが出来た。それに気を良くして、シンジはもう一方の手も引きちぎった。これで、14番目に攻撃手段は残されていない。後は、自己再生する前に撃破すれば役目が終わることになる。そしてコアの破壊は、空手部で習ったことを応用すればいいはずだった。

「確か、瓦割りのやり方も教えてもらったよな……」

 コアの位置を考えると、九十九に教えてもらった瓦割りが役に立つ。防御のためにシャッターのようなものを下ろしてはいるが、それごと撃ち抜けば良いだけだ。シンジは、止めを刺すべく14番目の横に立った。

「少し腰を落し気味にして、体勢は前屈みにする……」

 教えられたことを反芻しながら、シンジはゆっくりと右手を引き上げた。再生しようとしているのか、14番目の顔と腕の辺りで、細胞がぼこぼこと泡立っている。このままだと、意外に早く再生してくる可能性もあった。
 だがシンジは、再生しようとする動きに気を取られることはなかった。それよりも、この一撃で止めを刺すことに集中していた。

 急速に自己再生していた14番目だったが、顔の形ができてきた所でシンジが右腕を一閃させた。九十九に教えられたとおり、腰の回転を生かして右手を突き出したのだ。拳が当たった瞬間、周囲には「どん」と言う大きな音が響いた。
 ヘラクレスの拳に、一瞬14番目のコアは攻撃を持ちこたえたように見えた。だが次の瞬間、大地もろとも14番目の体が陥没した。

「もう1回っ!」

 もう一度右手を引き上げたシンジは、今度は腰の回転に加えて体重を掛けて右拳を突き出した。コアの部分に拳があたった瞬間、シンジはグシャリと何かが潰れるのを感じた。
 シャッターのような物ごと、シンジの右拳はコアを撃ち抜いていた。

「倒したのか……」

 コアこそ破壊したが、これで本当に14番目を倒せたと言う確信は持てなかった。そして撃破を確認するにも、誰に確認すればいいのか分からなかった。目で分かることといえば、再生の動きが止まっていることぐらいだった。

「しばらく、再生しないかここで待機するしか無いな……」

 これが擬態ではないと言う保証がない以上、この場を離れることは得策ではない。もしもの場合に対処するには、14番目から離れるわけにはいかないと思っていた。
 シンジがそう結論づけた時、突然モニタにアサミの顔が映し出された。「いきなり何?」と驚いたシンジに、アサミは「少し離れてください」と指示を出した。

「ドイツ空軍のルーデルさんに、ミサイル攻撃をお願いしました。
 これで破壊出来れば、先輩が14番目を倒したことが確認できます」
「そ、そうだね……」

 そんなところまで気が回るアサミを、シンジは本当に凄いと尊敬した。それに引き換え、なんと自分の引き出しが少ないことか。まだまだ先が長いと、超えなければならない壁の高さを思ったのである。
 そんなシンジを、「凄かったですね」とアサミは褒めた。

「もう、これ以上無いぐらいの完璧な戦い方だと思いますよ。
 これで内村先輩も、跳び箱を指導した甲斐があったと思ってくれるでしょうね」
「そ、そんなに、凄かった?」

 アサミに褒められれば、つい頬も緩んでしまう。もう一度「凄い」と言って欲しくて、シンジはアサミに確認しなおした。

「先輩は、私の言うことが信じられないんですか?
 それとも、みんなが聞いているのに、恥ずかしいことを言わせたいんですか?」

 つい二人きりのつもりになってしまったが、プライベートコールでないのだから、大勢の人にアサミとの通信は聞かれているのだ。それを教えられたシンジは、恥ずかしくて顔を真赤にしてしまった。

「それよりも、そろそろルーデルさんが攻撃してくれます。
 先輩は、その場から少し離れてくれませんか?」

 アサミの指摘に合わせて、シンジのモニタに接近するユーロファイターの識別信号が表示された。間違って撃たれることはないだろうし、たとえ直近で対地ミサイルが爆発しても、ヘラクレスに被害が出ることはないはずだ。ただ余計な面倒をかけないために、シンジは言われたとおり14番目から距離をとった。
 それから10秒ほど経った所で、「Feuer!」と言う声が聞こえてきた。そしてその声から少し遅れて、対地ミサイル2発が14番目に命中した。

 2発のうち1発は、再生しかけていた顔の所で爆発した。そして原型を取り戻し始めていた顔を、跡形なく吹き飛ばしてくれた。そしてもう1発は、陥没したコアの所で爆発して大穴を開けた。
 それから立て続けに4発の対地ミサイルが突き刺さり、14番目の体を引きちぎってくれた。

「これで、14番目の撃破を確認したと思っていいのかな?」
「さすがに、そこから再生することはないと思いますよ。
 先輩、お疲れ様でした!
 1時間後に合流しますから、それまで最終防衛ラインの所で休んでいてください」
「や、休んでいていいの!?」

 アスカ達の手伝いに行けと言われると思っていたら、アサミから「休んでいろ」と言われたのだ。これがシンジでなくても、間違いなく驚いていただろう。
 そんなシンジに、アサミはもう一度「休んでいてください」と繰り返した。そして「どうして」と言う顔をしたシンジに、アサミは理由を説明した。

「先輩は、アスカさん達との連携を練習したことがありませんよね。
 だから、邪魔をしないようにここから先は見学をしてください。
 全体を統率するのにどうしたら良いのか、私から先輩に教えて差し上げます」

 全体統率は、もともとシンジがアサミに教えたことだった。だがアサミに教えたシンジは、もうどこにも居ない。だからアサミは、教えられたことをシンジに返そうと考えた。

「それで、いいのかなぁ……」

 撃破数を確認してみたが、あれから2体しか増えていなかった。まだ戦場には、45体のギガンテスが残っていたのだ。14番目を撃破した自分なら、2、3体は簡単に倒せるのにと思っていた。
 本当にいいのかと悩んだシンジに、「必要なことですよ」とアサミは諭した。

「先輩は、これからたくさん覚えることがあるんです。
 仲間との連携や全体の統率。
 戦況は落ち着いているようですから、この機会に色々と勉強してください」

 撃破数が増えないと言うことは、それだけ苦戦していると言うことではないのか。アサミの指示に、もう一度シンジは「いいのかなぁ」と考えてしまった。ただ殲滅戦に参戦するにしても、言われたように連携訓練を受けていないのだ。しかも言葉に不自由しているのだから、今の連携を崩しかねなかった。アスカとだけ話ができても、連携など望み得ないのだ。

「仕方がない、先輩達が到着するまで下がっているか……」

 後でアスカに何を言われるのか。それも怖いかと一瞬考えたのだが、まあいいかと開き直ることにした。それに、自分の役目として14番目を見事仕留めたのだ。復帰戦だと考えれば、欲を掻いてもいけないのだと考えることにした。

 その頃アスカは、思うようにいかない戦いに藻掻いていたりした。M市の戦いの時には、本当に思う存分暴れることが出来たのに、今度の戦いではどこか勝手が違っている。シンジ様とカヲルの違いで説明するにしても、どこかおかしいと感じていた。
 そんな戦いの中、アスカのもとに14番目撃破の知らせが舞い込んできた。「まさか」と一瞬注意がそれたのだが、カヲルのフォローで事なきを得ていた。

「カヲル、14番目が撃破されたってシグナルが来たけど……」

 十分に驚いた後ということもあり、さすがに今度は注意を疎かにしなかった。寄ってきたギガンテスを殴り飛ばしたアスカは、確認しているかとカヲルに聞いた。

「確かに、14番目がマップから消失しているね。
 待ってくれないか、今ドイツ軍の通信を傍受した。
 ルーデル大佐の部隊が、最終的に破壊に成功したようだ。
 どうも、その攻撃自体、日本からの依頼に依るようだね。
 これで心配がなくなったと言うものだ」

 カヲルはそう喜んだのだが、アスカは内心釈然としない物を感じていた。復帰第一線かつ久しぶりにヘラクレスに乗ったシンジが、14番目撃破と言う大功績を上げている。それだけでも納得がいかないのに、しかも自分への報告がなされていない。昔なじみとして、そんなことが許されれいいのか。ギガンテス殲滅戦に加わらないことを含め、気に入らないことこの上なかったのだ。

「ところで、どうしてシンジがこっちに来ないのよ!」
「その辺りは、確認してみないとわからないのだけどね……」

 ふんと考えながら、カヲルはギガンテスを蹴飛ばした。そして感じた疑問を、素直にアスカへとぶつけた。

「今更だけど、彼を呼び捨てにするようになったのだね。
 随分と親しいようだけど、いつの間にそんな関係になったのかな?」
「い、いつの間にって……尊敬する相手じゃなくなったと言うだけよ!」

 カヲルの突っ込みのせいで、すかっと空振りをしてしまった。すぐに後ろ回し蹴りでフォローしたので事なきを得たが、ギガンテスに囲まれている状態で迂闊なことに違いなかった。

「まあ、そう言う事にしておこうか。
 ただ彼がこちらに加わらないことには、一応仮説と言うものを立てられるよ。
 彼は、今まで一度も僕達と連携訓練をしたことがないからね。
 参戦することで、僕達の連携が乱れることを恐れたのではないのかな?」
「確かに、前とは違うのよね……」

 もしもシンジ様なら、カヲルと入れ替わってもらえば丸く収まるのだ。そうすれば、こんなフラストレーションの溜まる戦い方をしなくてもいい。だが“あの”シンジともなると、本当に連携が取れるのか疑わしくなってしまう。しかも“言葉”も不自由になるのだから、更に連携が難しくなるだろ。

「つまり、ここから先は見学ってこと?」
「少なくとも、日本チームが到着しない限り状況は変わらないだろうね。
 おっと、堀北さんから連絡が来たよ」

 少し待ってくれと、カヲルはアスカとの会話を保留した。そしてアサミと少し話した所で、「お待たせ」と言って返ってきた。

「それで、あの子からなんて?」
「彼には、今後のためにも見学をさせるそうだよ。
 それからもう一つ、いい加減航空戦力を投入したらどうかと言われたよ。
 14番目の脅威も無くなったんだから、いつまでも遊ばせておくんじゃないと叱られた」

 そこで苦笑を浮かべたカヲルに、「確かにそうね」とアスカも口元をひきつらせた。

「そう言えば、航空戦力の投入を忘れていたわね」
「14番目が居るときには、なかなか投入が難しかったんだけどね。
 その14番目が居なくなったんだから、いつ投入してもいいはずなんだよ」

 「いかんいかん」と頭を掻いたカヲルは、作戦本部へ航空戦力投入の依頼をした。そして仲間たちに対して、空から支援があることを伝えた。

「14番目は、シンジ君が仕留めてくれた。
 これから、空からの支援を受けてギガンテスを撃破する。
 1時間も待てば、日本の精鋭も到着してくれるよ。
 僕達の勝利は見えたんだ、後は慎重かつ大胆にギガンテスを撃破する!」
「ライナス、M市の要領でギガンテスを倒すわよ!
 バックアップ部隊には、空と共同してギガンテス殲滅をさせなさい!」

 14番目撃破の知らせは、仲間たちの士気を上げる効果があったようだ。アスカ達の連絡に対する答えも、少し元気が出たように聞こえた。今更だが、すでに戦いが始まって3時間が経過していたのだ。それを考えると、仲間たちにも疲労が蓄積していたのだ。

「さて、倒したギガンテスはまだ10体か……」
「極めて、効率の悪い戦い方をしていたようだね……」

 14番目が切り離されてからでも、2時間以上経過していたのだ。その間6体しかギガンテスを倒せなかったのだから、効率の悪い戦い方と言われても仕方がなかった。航空戦力の投入がなされていないのは、理由の一つにしか過ぎなかった。

「ギガンテスが密集しているのと、僕達が慎重になりすぎたのが理由だろうね」
「慎重になりすぎたってのには同意するわ!
 なんか、自分で自分を縛っていた気がしてるもの」

 言葉を変えれば、臆病になっていたとも言うことが出来る。これでは駄目だと自分を叱咤したアスカは、「付いてきなさい!」とカヲルに告げてペースをあげた。

「まったく君は、慎重さに欠ける女性だね……」

 ペースをあげるのはいいが、もう少し周りに気を配って欲しい。更に大きく隙を晒すアスカに、カヲルはため息混じりにフォローに入ったのだった。



 撃破数こそ増えてはいないが、アスカ達が飛び込んでいったことで、ギガンテスの侵攻は止まっていた。海岸線からおよそ20km、内陸深くまで侵攻を許したことになる。もっとも人口密度が低いのと、田園地帯ということで被害は思いの外抑えられていた。
 アサミの進言により航空戦力が投入され、ようやくギガンテス迎撃のペースが上がってくれた。ただ、それにした所で、1時間で8体だから、まだまだ不十分なものでしか無かった。

 そして戦闘開始からおよそ4時間が経過した時、待望の増援が日本から到着した。戦力として追加されたのは、確かに3と少ないのだろう。だが思ったほどはかどらない殲滅戦に、新たな息吹を吹き込むものとなっていたのだ。

「ライナスさん、エリックさん、今後の統制は私が行います!」

 戦力として、マドカとナルの意味は大きなものに違いない。4時間も連続して戦い続ければ、気づかないうちに疲労が蓄積しているのだ。そこにフレッシュな戦力が投入されれば、戦いもぐっと楽になるのは間違いなかった。
 そしてマドカとナル以上に大きかったのは、全体統制の役目としてアサミが到着したことだった。到着してすぐエリックとライナスから指揮権を取り上げたアサミは、フォーメーションの変更を全員に指示した。

「残りのギガンテスは37体です。
 アスカさんカヲルさんは、今まで通りペアでギガンテスを痛めつけてください。
 遠野先輩、鳴沢先輩もペアでギガンテスを痛めつけてください。
 カサブランカは、エリックさん、ライラさん、マリアーナさんの3人で行動してください。
 サンディエゴは、パティさんとライナスさん、シュローダーさんとルーシーさんが組んでください。
 3組の役目は、アスカさん達、遠野先輩達へのギガンテスのコントロールです。
 適度にギガンテスを分散させて、二組が動きやすいようにしてください」

 チームに指示を出し終えた所で、アサミは撃破担当の支援部隊に指示を出した。

「ハルトマンさん、アスカチーム、遠野チームがギガンテスにダメージを与えます。
 可能な限りひっくり返しますから、遠慮なく対地ミサイルを叩きこんでください。
 それから、はぐれたギガンテスは無視してくださって結構です。
 こちらで確認次第、碇シンジを投入します!」

 全体に指示を出し終えた所で、アサミはシンジと情報リンクを確立した。これで、アサミとシンジは、同じ情報を得ることができる。そしてアサミの考えが、いち早くシンジへと伝えられることになる。そうすることで、群れからはぐれたギガンテスの個別撃破を行おうというのだ。連携動作はできなくても、破壊力が十分なことは14番目との戦いで証明したのだ。だったら、連携しなくてもいい相手を倒せばいいことだった。

「先輩、いつでも出られるようにしてくださいね」
「了解アサミちゃん」

 シンジの前の画面には、残されたギガンテスが点で示されていた。その点が孤立した時、アサミからの指示で飛び出していけばいいのだ。

「残りは37体と沢山いますが、ここから先は私達のターンです。
 戦力が揃ったんですから、一気にギガンテスを撃破します!」

 アサミの指示に、パイロット達全員、大きな声で「了解!」と伝えてきた。今までのフラストレーションの溜まる戦い方から、日本からの増援を得て一気に攻勢に出て行く。しかも不足の事態に備えるために、復帰した英雄が待機している。戦いとして、これほど心強いものは無かっただろう。

 フラストレーションが溜まっていたのは、上空に待機した支援部隊も同じだった。戦場を荒らさないため、指示がなければギガンテスに攻撃はできなかった。そのため出撃しただけで、なにもしないまま何度も交代を繰り返していたのだ。
 日本が到着した所で、ようやくその束縛から開放されることになったのだ。日本が特別と言う思いと同時に、大規模作戦における連携の重要性を、彼らは今更ながらに理解させられたのである。

 アサミの指示が適切だったこともあり、それからの1時間で撃破数は15を数えた。それまでの4時間の実績とほぼ同数なのだから、いかに新戦力の投入及び全体統率が重要であるかを示したことになる。そしてそれから30分で、更に10の撃破数を積み上げた。これで、残すギガンテスは13体となった。
 そして残す数が10となった所で、アサミは全員への指示を撃破に変更した。ここから先は、上からの支援がなくとも個別撃破が可能なのだ。

 はぐれたギガンテスを倒して戻ってきたシンジに、アサミは「ご苦労様」と労いの言葉を掛けた。

「後は、残り7体になりましたね。
 残りのギガンテスを撃破すればこの戦いは終わりです」

 不測の事態を避けるためには、本当なら各基地の非主力組を当てれば済むことだった。だが全体に与える影響を考えて、敢えてシンジにギガンテスの始末をしてもらっていた。同時に、シンジにギガンテスとの戦いに慣れてもらうことも目的としていた。そしてその目的は、見事達成されたと考えてよかっただろう。

 アサミに労われたシンジは、逆に「すごいね」と言ってアサミを褒めた。アサミたちが来る前後で、明らかに戦い方が変わっていたのだ。そしてどちらがいいのかなど、撃破が進んだ結果を見れば明らかだった。マドカ達の力も大きいのだが、一番大きいのは戦いをコントロールしたアサミだと思っていた。

「そうですね、これが先輩に教えてもらったことなんですよ。
 でも今日の戦いは、先輩が14番目を倒したことで大勢が決まったんです。
 14番目が居なくなった時点で、M市の戦いより楽になったんですからね。
 だから、この戦いで一番活躍したのは先輩なんですよ」
「そう言われても、あまり実感が沸かないんだ……」

 そうやって話しているうちにも、ギガンテスの撃破は進んでいった。中でも、アスカの暴れっぷりが一番凄まじかった。

「アスカさんの動きも良くなりましたね」
「調子に乗らせると、アスカは手が付けられなくなるからね……」

 はははと少し顔をひきつらせたシンジに、「ところで」とアサミはプライベートコールを開いた。

「後から、説明して貰いたいことがありますから逃げないでくださいね」
「せ、説明して貰いたいことって……」
「だから、後から話します」

 そう言ってプライベートコールを閉じたアサミは、「残り2体です!」と全員を激励した。戦いが始まってから、すでに6時間が経過している。時計はすでに、12時を回っていた。長い長い戦いが、ようやく終わりを迎えようとしていた。
 そして最後の2体をエリック達が倒したことで、ノルマンディー迎撃作戦は無事終了した。55体のギガンテスに1体の過去の亡霊を加えた敵に、3基地が主力を結集して挑んだ戦いである。難敵だった14番目も、結果だけを見れば見事撃破されている。時間こそ掛かりはしたが、生じた被害を含めて圧勝といっていい戦いだった。問題となった周辺部への被害も、思ったほどは拡大していなかった。

「みなさん、最後のギガンテス撃破を確認しました。
 長時間の戦い、ご苦労様でしたっ!」

 戦いの終わりを告げたアサミの言葉に、戦いの地に結集したパイロット達は両手を上げることでそれに答えた。ギガンテスの群れに飛び込み蹴散らした主力組、そして加速粒子砲を防御した支援組、いずれの働きも予定したとおりのものとなっていた。M市の死闘に続くこの戦いで、数だけならギガンテスを撃破できることが再度示されたのである。
 そしてこの戦いの持つもう一つの大きな意味は、英雄が無事復帰を果たしたことにあった。以前の輝きには及ばないが、それでも難敵だった過去の亡霊を単独で撃破する力を示したのだ。その事実だけでも、人々の気持ちを楽にしたのである。



 戦いからの撤収が午前2時と言うこともあり、派手なレセプションは省略されることになった。その代り、カサブランカの報道担当が、簡単な報道発表だけを行った。本来課題の多い戦いだったが、報道官は英雄の復活を発表の前面に出した。戦いで浮き彫りにされた課題を取り上げるより、民衆には英雄の活躍が一番求められているものだったのだ。そして欧州でも、Phoenix Operationが役立つことを証明されたのである。

 もっとも、民衆向けの発表はそれでも良かったのだが、カサブランカ、サンディエゴ両基地、およびそのサポートを行う軍の中では、今回の戦いでの不手際が問題とされた。戦場の統制が、共同作戦でうまくいっていないのだ。そのため空軍戦力の投入が遅れ、結果的にギガンテス迎撃が長時間化した。無事乗り切ることが出来たからいいようなものの、被害が拡大していたら責任問題にも発展しかねない失態だったのだ。
 そしてこの問題の厄介なところは、EUとアメリカの関係が影響しているところだった。反目とまではいかないが、相手を快く思っていないのが連携を難しくしていた。
 英雄と言う実績があったため、日本が頭をとることは暗黙の了解となっていた。だが、日本がいない時にどちらが頭をとるのか。その合意が全くなされていなかったのである。

 そして合意がなされたらなされたで、次に能力が問題となってくるのが予想された。明らかに、迎撃組織のスキームが問題となってくるのである。誰に何をさせるのか、そしてその役目をパイロットに求めるのか。適任者の発掘から始める必要があったのだ。

 サンディエゴとカサブランカが頭を悩ませている頃、日本の高校生4人はパリの街を散策していた。アサミはデートを主張したのだが、結局大使館からガイドが派遣されることになった。さすがに高校生4人を自由にするのは問題があるし、昨日の今日で注目が高すぎるというのも理由にされたのである。散策とは名ばかりで、目的地までは高級車での移動となっていた。当然パリ警察も、万全の警備体制を敷いていた。
 エッフェル塔にルーブル美術館、オルセー美術館を回るというのは、どこか修学旅行に思えるものだった。そして回る場所ごとに、厳重な警備態勢が敷かれ、大勢の人に見守られながら美術品を見て回るのである。見せられたものは素晴らしいのだろうが、なぜこんなことをしているのか疑問に感じる散策でもあった。

「なんかさぁ、これじゃない感が強いのよね」

 有名なモナリザの微笑みを前に、マドカはぐるりと周りを見渡してため息をついた。そしてナルも、「同感」と言ってシンジの顔を見てくれた。
 どうしてそこで顔を見ますかと文句を言いたいところなのだが、文句を言うこともできずにシンジはアサミの顔を見ることにした。

 全員から頼られたアサミは、そう来ますかと小さくため息を吐いた。何かと話を振られることで、シンジの苦労が理解できた気がしていた。

「周りの人を気にしなければいいと思いますよ。
 どうせ声を掛けては来ませんし、危ないことは全くありませんから」

 周辺警備をしているのだから、危なくないのは間違いないだろう。ただストレス発散に失敗したことも有り、早く帰りたいなとアサミも考えていた。二人きりの時間も、お子様相手では期待した方向へは行ってくれなかったのだ。ならばとリードしてみたのだが、早々に鼻血を出してぶっ倒れてくれた。その騒ぎのおかげで、もう一つの追求もうやむやになってしまっていた。

「そりゃあ、そうなんだろうけど……」

 これじゃない感が強いと感じたマドカは、「早く帰りたいな」なと口にした。その辺りは強く同意しているアサミだったが、「どうでしょうね」と日本大使館のはしゃぎっぷりを思い出していた。
 日本参戦の前後で、明らかに戦いっぷりが変わっていたのだ。それもあって、日本の貢献が大きいと彼らは主張していたのである。以前から言われていたが、日本チームは大きな外交手段だったのだ。なかなかヨーロッパまで来られないことも有り、この機会を活用しようと考えていたのだ。

「昨日できなかった晩餐会を、今日やりたいって話があるんですよ。
 一応早く返して貰うようにお願いしますけど、大使館の人たちが張り切っているんですよね」
「でもさぁ、アスカさんやカヲルさん達は帰っちゃったんでしょう?
 なんで、私達だけが残らないといけないのかしら?」

 そう言ったマドカにしても、アサミに責任が無い事ぐらいは分かっていた。そしてもう一つ、日本に居る後藤も、こう言ったときにはまったく役に立ってくれない。だから「早く帰りたいなぁ」とぼやくこと以上に出来ることは何も無かったのだ。







続く

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