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 “英雄”の出撃宣言を受けて、現地の動きは慌ただしさを増していた。記者会見で「絶対に守る」とまで英雄に言わせ、その上で避難して欲しいと頼まれたのである。行政から町内会組織、そして一般住民まで、英雄様の言葉に従い、整然と避難行動を始めたのである。

「中島、天神方面の避難完了を確認、広報車から逃げ遅れた住民の姿は見られませんでした!」
「柏木、神代地区の確認も完了しました!
 動くものは、犬猫しか残っていないと思われます!」
「高砂、水元地区の避難確認完了しました!」

 対策本部となったM市市役所では、市長の河本が陣頭指揮を行っていた。その河本の下に、市内各地区の避難状況が集まっていた。人口が減ったとは言え、昼間人口は6万人を数えている。周辺市町村と併せれば、10万人にも届く規模となる。その住民が避難するのだから、誘導自体も生やさしい物では無かった。
 だが英雄の言葉は、どんな言葉よりも住民達の大きな支えとなっていた。そのおかげで、短時間の脱出劇にもかかわらず、きわめて手際よく住民の避難が進められたのである。避難開始からわずか2時間で、ほとんどの地区で避難が完了したとの報告が上がってきたぐらいだ。未だ移動中ではあるが、地域からは人が居なくなったというのである。

 その報告を受けた河本は、対策本部の移動を命令した。市民の避難が完了した以上、もはや市役所にとどまる必要は無い。ここから先市内にとどまることは、ギガンテス迎撃の足手まといになるだけだった。

「これより対策本部は、苫小牧市に移動する。
 各担当者は、決められた手順に従い、苫小牧市に移動せよ!」
「はい、各員苫小牧市に移動します!」

 市長の命令に、各担当者達は敬礼を返して対策本部を出て行った。それを見送ったところで、河本は初めて小さくため息を吐いた。ギガンテスの大規模襲撃の前に、河本ですら脱出を諦めかけていたぐらいだ。そこから精神的に持ち直したのは、すべて英雄様の記者会見のおかげだった。

「では、我々も苫小牧市役所に移ることにするか」
「受け入れ準備は完了しているとの報告を受けています」

 河本に付き従った秘書の言葉に、「よろしい」と小さく頷いた。

「まさか、市内に誰一人として居なくなることが起きるとは……」

 映画でならば、死滅した世界と言う舞台で、建物しか残されていない情景が描かれることがある。だが現実の世界で、本当に住民のすべてが消滅することがあるとは思っていなかった。それを目の当たりにして、河本はどうしようもない不条理に囚われてしまった。

「これで、市民の被害を押さえることが出来ます。
 報告に上がっている範囲で、発生したけが人は20名。
 特別搬送を行った病人は、45名と言うことです。
 この見事な避難行動は、後々語り継がれることになるでしょう」
「すべて、碇シンジの功績だよ。
 あの放送があるまで、誰もが避難する意味を見失っていた。
 シャームナガルに並ぶ、M市の悲劇が歴史に残るところだったのだよ。
 いや、悲劇を語り継ぐ、人類そのものが残されない可能性があっただろう」

 そう言って立ち上がった河本は、秘書の誘導に従って市役所の屋上へと向かうことにした。そこには、自衛隊から差し向けられた、避難用のヘリコプターが待機している。最後まで残ったのも、特別な移動方法が用意されていたからに他ならない。

「逃げ遅れた市民は居ないのだな?」
「残念ながら、100%の確認は不可能です。
 寝たきりの独居老人は、把握されている限り避難させました。
 それでも、すべてを把握しているとまでは言い切ることは出来ません。
 自分から残った者を含め、すべてを見つけ出すには時間が不足していました。
 あまり多くは無いと推定されていますが、二桁程度は残っているものと推測されます」
「だが、今更捜索する時間は残されていない……か」

 限りなく100%に近づける努力はしたが、すべては時間と準備が不足していた。それだけが心残りなのだが、今は大多数が避難できたことに満足するほかは無い。あれだけ広報車を走り回らせたのだから、ここまで来れば逃げない方が悪いのだと開き直ることにした。

 折からの好天で、屋上は明るい日差しに照らされていた。そこに待機しているヘリに乗り込むところで、河本は屋上から見える街の景色に目をとめた。あと少しで始まる戦いで、この街はどのように姿を変えてしまうのだろうか。65体と言う尋常ならざる襲撃を受けて、この街が今の姿をとどめることがあるのだろうか。市長としてSICからの復興に尽くしてきた街が、ギガンテスと言う理不尽により、世の中から姿を消すことになる。たとえ住民が生き残ったとしても、再度歴史あるM市の復興がなされるのだろうか。
 長年住み慣れた街と、こうしてお別れをしなくてはいけない。その名残を惜しむため、河本はしばらく街の景色を眺め続けた。

「市長、お急ぎください」

 それでも、河本の立場では、いつまでも名残を惜しんでいるわけにはいかない。秘書に声を掛けられ、河本は振り返ってヘリに乗り込んだ。そして河本がシートベルトを締めたのを合図に、自衛隊のヘリは上空に飛び上がり、一路苫小牧を目指したのだった。



 ギガンテス迎撃を前にして、千歳の航空自衛隊基地には日米露の航空隊作戦司令官が集まっていた。これからのギガンテス迎撃に当たり、作戦内容を確認する必要があったのだ。

「太平洋艦隊所属、リチャード・ボング大佐です!」
「ウラジオストック基地所属、リディア・リトヴァク少佐です!」
「S基地所属、加藤タテオ大佐です」

 所属する国は違っていても、お互いが飛行機乗りとして有名人であることには変わらなかった。よろしくと固い握手を交わした1人の女と2人の男は、早速支援攻撃方法の議論に移ることにした。

「過去の実績で、我々の攻撃はギガンテスには通用していません。
 従って、当初の予定では、あくまで侵攻するギガンテスへの牽制が役割と言うことだったのですが……」
「だったのですが?」

 そう言って口ごもった加藤に、何事かとリディア少佐はすぐさまその真意をただした。

「碇シンジ君から、積極的に攻撃に出て欲しいとお願いをされたのですよ」
「なるほど、だが彼は、我々の攻撃が通用していないのを知らないのか?」

 過去の戦いでは、戦術核までギガンテスには使用されている。そこまでしても、出来て足止めまでだったのだ。その事実を鑑みれば、リチャード大佐が、シンジの考えに疑問を挟むのも当然のことだった。

「彼も、香港の戦い直前に中国海軍が行った攻撃を理解していますよ。
 それを承知の上で、私達戦闘機乗りを挑発してくれました。
 有効な攻撃方法を教えてやるから、出来るものならやって見せてみせろと言うことです」
「ほほう、あなたに対してそれを言うとは、彼はよほどの怖いもの知らずでしょうな」
「まったくです。
 ミスターカトー、まだ可愛がり方が足りないのではありませんか?」

 にやにやと笑いながら、米露のエースパイロットは思い知らせた方が良いと言ってくれた。

「ええ、次のPhoenix Operationが楽しみなのですがね。
 とまあ挨拶はこれまでにして、彼の挑発内容をお知らせしますよ。
 彼の言葉が証明されたなら、我々はギガンテスと戦う上で、新しい力を得ることになります」
「なるほど、我々にとって願っても無いことだな」

 それでと促され、加藤は「ギガンテスに打撃を与える方法だ」と、シンジに伝えられた作戦を話し始めた。

「ジャクソンビルの戦いを思い出していただきたい。
 彼は、Third Apostleの展開する、不可視の防御壁に苦しめられました。
 そして最終的には、その防御壁を突破し、Third Apostleを殲滅しています。
 今回彼は、我々に同様の攻撃を期待しています。
 その方法ですが、口にするのは簡単ですが、実行するのはきわめて難しいものと言えるでしょう。
 ギガンテスが加速粒子砲を放つ直前に、その口の中に対地ミサイルをたたき込むと言うものです。
 攻撃直前であれば、不可視の防御壁が解除されるだろうと言うのがその根拠です。
 そして内部からであれば、ギガンテスに大きな打撃を与えるのが可能なはずだそうです」
「攻撃直前のギガンテスの口に、対地ミサイルをたたき込むのか……」

 改めて言われれば、類似の攻撃を今まで一度も行っていなかった。最近では、攻撃するだけ無駄だと、すべてをヘラクレスに任せていたところもある。加藤が口にした作戦に、リチャードとリディアは、腕組みをして可能性を考えた。

「不可視の防御壁を突破できるのは確かなのかもしれない。
 だが、空対地ミサイル程度の破壊力で、ギガンテスを倒すことが出来るのだろうか?」

 全長50mを超える巨体を考えると、航空機に搭載する程度のミサイルで効果があるとは思えなかった。

「確かに、空対地ミサイルの破壊力は、あまり大きなものではありません。
 それを碇シンジ君にぶつけてみたのですが、別に構わないという答えが返ってきました。
 それなりに痛い目に遭わせてやれば、ギガンテスも加速粒子砲を撃てなくなると言うことです。
 確かに、敵の攻撃方法を封じられれば、戦いはかなり有利なものとなるでしょう」
「なるほど、効果が期待できるのは理解した……
 だが、攻撃間際のギガンテスの口に空対地ミサイルをたたき込むのは……」

 戦いの状況を考えると、難しいことこの上ない攻撃だった。確実に口の中にたたき込むためには、ギガンテスにかなり接近する必要がある。低速で接近すれば、間違いなく他のギガンテスに狙い撃たれることになる。さもなければ、警戒されて、攻撃自体意味の無い物になりかねない。攻撃後の離脱まで考えると、難易度はさらに跳ね上がってくれるだろう。

「だから、碇シンジは挑発したという訳ね?」
「まあ、ある意味安っぽい挑発ですね。
 狙う場所がはっきりしているのだから、そこを突けないはずがないと言い切ってくれましたよ。
 「まさか出来ないなんて言わないですよね?」と聞かれたら、当たり前だと言いたくなるでしょう?」
「確かに、我々の名誉に関わる話だな」

 ふっと口元を歪ませたリチャードは、「目にものを見せてやろう」と二人に持ちかけた。英雄様が挑発してくれたのだから、お釣りをつけて返してやろうと言うのだ。

「そうですね、そろそろ子供に躾をしないといけないわね」
「ええ、まっすぐ飛ぶだけが能じゃ無いところを見せようと思っていますよ。
 そう言う事なので、まず第一陣として私が出ることにしますよ。
 ここいらあたりで、単なるタクシーの運転手じゃ無いことを教えてあげる必要がありますからね」
「あなたなら、第一陣に相応しいでしょうな。
 では、我々はどちらが先に行くのか別室で決めさせていただきましょうか?」

 そう言ってウインクしたリチャードに、リディアはふっと口元を緩め、「早漏は嫌いだ」と言い返した。

「カトーの次は、あなたたちに任せることにします。
 私たちは、すぐさま基地に戻って兵装を切り替える必要がありますので」
「確かに、雌雄を決するには時間が短すぎるな。
 極東の白い百合との一戦は、またの機会と言うことにさせていただくか」

 そう言う事だと、リチャードは加藤に敬礼をして会議室を後にした。そんなリチャードを見送り、「だからヤンキーは」と小さく呟いた後、リディアは「ご一緒できて光栄です」と握手を求めてきた。

「この人類にとって絶望的な戦いが、新たな光明を示すものになりますように」
「限定された条件でも、通常兵器が有効あることが示せれば、非常に大きな意義を持つことになります。
 非常に困難な作戦ですが、是非ともご協力をお願いしますよ」

 そう言って握手をした加藤に、リディアは「祖国の、そして人類の名誉にかけて」と誓いの言葉を口にした。

「大人として、戦闘機乗りとして、意地を見せてあげることにしましょう」
「同感ですね。
 ところでカトー、是非とも彼と会ってみたいのですが?」

 誰もが、17歳の若き英雄に対して、並々ならぬ興味を持っていた。それは、極東の白い百合と呼ばれるリディア・リトヴァクも例外では無かったのである。
 そんなリディアに、「残念ながら」と加藤は答えた。

「彼に関しては、よほどのことが無い限り、日本政府が面会を許可しないでしょう。
 戦場で、通信機越しの逢瀬で我慢していただきたい。
 さもなければ、この戦いが無事終わったところでの祝勝会でしょう」
「それが、一番私達らしいと言うことですね」

 了解したと、リディアは加藤に対して敬礼をした。

「リディア・リトヴァク、これよりウラジオストックに戻り、対地ミサイルに換装してきます」
「よろしくお願いしますよ」

 加藤もまた、リディアに倣って敬礼を返した。簡単な確認ではあるが、お互いが何をなすべきか確認したのだ。ここから先は、英雄と連携をとって作戦の修正を行っていけば良い。そのためにも、自分が出て、実績を上げる必要があると加藤は考えていた。

「お手並みを拝見させていただきますよ」
「お恥ずかしいところを見せないよう、頑張ります」

 加藤の答えを受け、リディアがくるりと背を向けた。そして少し足早に、会見の場となった会議室を後にした。一度基地に戻ることも有り、これ以上時間を無駄にするわけにはいかなかった。



 S基地からM市までは、高速キャリアで1時間ほどの飛行となる。通常キャリアに比べて、およそ10分の時間短縮が行われていた。さほど時間が稼げないのは、国内のため距離が近かった事による。
 その移動中、シンジはアサミとのプライベートコールを行わなかった。そしてその代わり、マドカ達を含む5人でのパーティーコールを実施した。目的は、初めて戦いに出るキョウカへのケアだった。

「感触は、あまりシミュレーターと変わらないはずだ。
 だから今まで通りにやれば、何も問題なく動く……と言うほど単純な問題じゃ無いな。
 シミュレーターとの一番の違いは、何かをするたびに加速度が掛かると言うことだ。
 その加速度になれないから、初めのうちは余計な動きを入れてしまう。
 するとまた違った加速度が加わるから、慌ててそれに反応してしまう。
 それを繰り返すから、まともに動かせないことになるんだ。
 そう言う事なので、とにかく慌てるなと言うのがヘラクレスに乗る時のアドバイスになる。
 それで慣れてくれば、いろいろなことが出来るようになると言う寸法だ」

 理解できたかと聞かれたキョウカは、真剣な顔で「分かった」と答えた。

「とにかく落ち着けという事だろう?」
「まあ簡単に言えば、そう言うことになるな。
 慣れてしまえば、さほどヘラクレスを動かすのは難しくないよ。
 いきなり高いところから飛び降りるのは、まあ僕とアサミちゃんがサポートするさ」

 難易度としては、キャリアから飛び降りるのが一番高いことになるだろう。それをぶっつけ本番でやるのだから、二人がかりでサポートするのはある意味当然の措置だった。そこでシンジに「大丈夫だ」と言われれば、怖いなどと言っていられなくなる。

「地上に降りたら、後はアサミちゃんの指示に従え。
 僕は、最前線に出て先輩達と一緒にギガンテスを迎え撃つ」
「俺は、先輩達のサポートをすれば良いんだな」
「そうだ、そのあたりはシミュレーションとまったく同じだ」

 今までのシミュレーションでは、その役目はアサミと二人でこなしていた。だが今度の戦いでは、キョウカの単独任務となるのである。もしもキョウカがしくじることがあれば、前に居る3人が絶体絶命の危機に陥ることになるだろう。
 責任の重さが分かるだけに、キョウカの顔も真剣そのものだった。ただ、初陣と言うことも有り、いささか堅くなりすぎにも見て取れた。本当にそれが理由なのか分からないが、いつもの通りナルがキョウカにちょっかいを掛けた。

「ところでキョウカちゃん、話が凄く変わるけど、碇君にキスをしてもらったの?」
「ばっ、なっ、鳴沢先輩、い、いったい、何を言っているのだ!」

 ものすごく狼狽えたところを見ると、疚しいところがあったのか、さもなければ強い願望を抱いていたという所だろう。とにかく、キョウカの反応は期待以上のものだった。
 それに気をよくしたナルは、返す刀でアサミにもちょっかいを掛けた。

「碇君の恋人として、心中穏やかじゃ無いってところ?」
「う〜ん、今日一日のことは目をつぶるつもりでいましたから。
 さすがに子作りは問題ですけど、キスぐらいだったらたいしたことは無いと思いますよ。
 でも、余計なところで、ギガンテスが襲ってきてしまいましたからね。
 だから、キョウカさんは運が悪いなぁって同情しているんですよ」
「それって、正妻の余裕って奴ぅ?」

 少し茶化したナルに、アサミは少し考えてから効果的な反撃をした。

「う〜ん、どっちかというと“愛しているから”でしょうかね。
 でも鳴沢先輩、そんな質問をすると後悔することになりますよ」
「ええ、どうしてこうも地雷を踏んじゃうのかなぁ〜
 いや、もう、勝手にしてって感じよね」

 はははと乾いた笑いをしたナルに、「学習してないな」とキョウカが突っ込みを入れた。

「今日一日はと言うことなので、早くギガンテスを片付けて帰ることにしよう。
 キスぐらいなら大目に見て貰えるそうだから、これで帰った時の楽しみが増えた。
 きっと、母様も喜んでくれるだろう!」
「だったら、ちゃんとお前の仕事をしろよ!
 もしも手を抜いたら、明日を待たずに“離婚”だからな」

 そんな脅しをしなくても、今のキョウカが手を抜くはずがない。正確に言うのなら、今までキョウカは一度も手を抜いたことは無かったのだ。ただ、こうしたやり取りで、キョウカにこびり付いた緊張と言う束縛を剥ぎ取ることが出来る。

「どうだ篠山、シミュレーションとは違った感覚だろう!」
「うむ、何か本当に自分が大きくなった気がするぞ。
 それに、見える景色がずっと綺麗だ!」

 景色を楽しむだけ、キョウカに余裕ができたと言うことだろう。実際のギガンテスを前にしたら、どう転ぶことになるのかは分からない。だが、今出来る事は、ここまでが限度だった。

「あと10分で、M市上空に到着する。
 その10分後に、衛宮さん達が到着することになっている」
「中国からの支援は、さらに1時間後でしたっけ?」
「ギガンテスが上陸予定時刻から、30分後の予定だよ。
 だから、最初の30分間は、衛宮さん達だけで壁になってもらう」

 数が少ない分だけ、壁自体は薄いものとなる。その一方で、統制をとるのは、数が少ない分だけ楽になる。それをうまく調整するのが、今回のアサミが負う役目だった。そしてシンジも、アサミだから任せられると思っていた。

「篠山、よくこの景色を見ておくんだ。
 これが、僕達が守ろうとしている景色なんだ」

 シンジが見ろといった景色は、自然と人が共生している景色だった。美しい山並みの間に、色とりどりの屋根が点在しているのが見える。そしてそこから海の方を見ると、大勢の人達が自然に抱かれて生きている町並みがあった。

「綺麗なんだな……」
「これも、シミュレーションでは分からないことだ。
 僕達は、この美しい世界を守るために、ギガンテスと戦っているんだ。
 そのために自分が何をすることが出来るのか、篠山もそれを考えるんだぞ」

 シンジの言葉は耳に届いていたが、キョウカはそれに反応しなかった。初めて見る上空からの景色、その美しさに目を奪われていたのだ。

「遠野先輩、鳴沢先輩、いよいよですけど、覚悟の方はいいですか?」
「あー、まあ、大丈夫っしょ」
「私達より、碇君は大丈夫なの?
 それからお姉さん達から注意しておくけど、今回ばっかりは無理しないように。
 遠回りするのも勇気だって、確か教えてあげたはずよね?」

 珍しく注意してきたナルに、シンジは「覚えていますよ」と答えた。部活で特訓中に、「あと少し」と無理をして病院に担ぎ込まれたことが有ったのだ。その時に、ナルから「遠回りするのも勇気が必要なのよ」と諭されたのだ。状況を冷静に見て「止めるときには止める」ことは、無理をして突っ走ることより難しいことだった。

「あれは、体操部でのことでしたっけ?」
「もう少しで大車輪ができるからって、無理をしたせいで頭から落ちたのよ。
 あの時は、マドカちゃんがオロオロとして大変だったんだからね。
 だからもう、お姉さん達に心配させるようなことはしないでね」

 その注意に対して、シンジは何も答えを返さなかった。正確に言うのなら、答えを返すことが出来なかったのだ。自分が抱えた事情、それを話していない以上、これからも心配をかけることになるのだから。
 だからシンジは、答える代わりに「降りますよ」と全員に告げた。いよいよ、65体のギガンテスを迎え撃つ、決死の戦いの地へと到着したのである。

「1番機、4番機、5番機、ヘラクレスをリリースしてください。
 その1分後、2番機、3番機はヘラクレスをリリース!」

 シンジの指示と同時に、アサミとキョウカの乗ったヘラクレスがキャリアから切り離された。同時に切り離されたシンジと合わせ、3機がM市の上空に舞ったのである。そしてキョウカの右手をシンジが、左手をアサミが取り、ゆっくりと市街地の外れへと滑空していった。
 初めて感じる浮遊感覚に、キョウカは「おおっ」と歓声を上げた。キャリアに固定されていた時に感じた束縛から、何もない自由な世界に踊りでたのを感じていた。これが自由なのだと、初めての経験に喜んだのだ。

 ゆっくりと滑空した3機は、大地が近づいた所で着地態勢をとった。ヘラクレスは少し膝を曲げ、地面に降りた時の衝撃に備えた。キョウカにとって、初めて尽くしの出撃だった。だが二人の手厚いサポートのお陰で、無事地面に降り立つことに成功した。少し足の裏がしびれた気がするが、あれだけの高さから飛び降りたことを考えれば、大成功と言っていいことだった。

「全員、機体に異常はないか?」
「4号機、異常ありません」
「5号機……ちょっとまってくれ。
 ああ、5号機も異常は無いぞ!」

 先輩二人はと海側を見ると、今まさにマドカとナルが、海岸線近くに着地するところだった。その安定した姿勢を見る限り、こちらも問題が有るとは思えなかった。

「アサミちゃん、周辺の探索をしてくれないか?
 もしも逃げ遅れた人がいたら、踏みつぶしてしまう可能性があるんだ」
「はい、周辺探索を開始します。
 500m以内に赤外線センサー、及び外部集音マイクに人の反応はありません。
 1号機の進路方向に探査範囲を拡大、微弱ながら両センサーに反応を確認しました。
 約700m先の、住宅地の中に生物反応があります。
 ほとんど動きがないのですが……やはり人が残っているようです」

 そう言って、アサミは周辺マップをシンジへと転送した。そしてその拡大図に、反応のあった場所をマークした。

「確認している余裕はまだあるね。
 アサミちゃんと篠山は、このまま作戦ポジションで待機すること。
 僕は、反応を確認してから、先輩達と合流する!」

 途中に生物の反応がないのだから、多少家を踏みつぶしても大丈夫のはずだ。だがその家の一つ一つに、それぞれ住んでいた人の思い出が詰まっている。それを考えれば、迂闊に踏みつぶしていく訳にはいかなかいものだった。だからシンジは、慎重に足場を選んで、軽やかな身のこなしで跳躍していった。50mに及ぶ巨人が飛び跳ねるのに、不思議なほど振動は起きていないようだった。

「近くの公園に到着、これから反応の確認を行います」

 そう報告して、シンジは周りを壊さないよう、ゆっくりヘラクレスの方向を転換した。そしてアサミのポイントした場所を、直接ヘラクレスの目で確認した。

「逃げ遅れた人を発見、状況を確認するため、一度ヘラクレスを降ります。
 アサミちゃん、玖珂一尉に救助要請を出してくれないか?」
「了解しました。
 こちらから要請しますので、先輩はあまり時間を掛けないでくださいね」

 作戦開始まで、まだ1時間近く残されていた。それを考えれば、この程度の寄り道は大したことは無いはずだった。そして状況を考えれば、逃げ遅れた方が悪いのは間違いない。大事の前の小事と考えれば、見捨てることもひとつの選択だったろう。だがシンジ達は、人を踏みつぶして戦えるほど心は死んでいなかった。そして自分の役目を見失うほど、頭に血が上っていることもなかったのだ。
 シンジが降りた公園から、人がいるのを確認した場所まで、走っておよそ2分と言う距離だった。その距離を軽快に駆け抜けたシンジは、そこで頭から血を流して倒れている少女と、それにすがりついて倒れている老婆を見つけた。

「生存者2名を確認した。
 一人は、70歳ぐらいのおばあさんだ。
 もう一人は、高校生ぐらいの女の子で、頭から血を流して……」

 そこで絶句したシンジに、「どうかしました?」とアサミが聞き返した。ここでのシンジの役割は、状況を確認することだけだ。自分の役目を理解しているシンジが、どうして言葉を失ってしまったのか。状況が理解できず、アサミは「先輩、何があったんです!」と強い調子でシンジに聞いた。

「あ、ああ、ごめん、頭から血を流して倒れているのは……
 アサミちゃん、瀬名さんなんだよ」

 思いがけず現れた過去の亡霊に、アサミもまた言葉を失ったのだった。



 ずっと神様に祈っていたカズコは、自分は死んだのかと絶望した。自分が死ぬことは構わないが、優しい少女まで道連れにしてしまったのだ。願ってやまなかった英雄様が現れたのは、自分をあの世に連れていくためだろうと考えてしまった。

「お願いです。
 私はもう、70年も生きて来ました。
 だからもう、お迎えが来ても仕方がないと思っています。
 だけど、アイリちゃんはまだ17年しか生きていないんです。
 だから神様、アイリちゃんを連れて行くのはお許し下さい。
 この子は、こんな私を助けようとしてくれた、とっても優しい子なんです。
 後生ですから、私の命だけで勘弁して下さい!」

 痛む右足を引きずりながら、カズコは「助けてください」とシンジの足にすがりついた。そんなカズコに、シンジは「大丈夫ですよ」と声を掛けた。

「おばあさんは、どこか怪我をしたんですか?」
「わ、私は、逃げようと外に出た時、転んで右足を捻ってしまって……
 そんなことより、アイリちゃんが頭から血を流して大変なんです。
 私はどうなっても構いませんから、アイリちゃんの命だけは助けてあげてください」

 まだ現実として理解できていないのか、カズコはしっかりとシンジの足にすがりついていた。それを無理やり振り払うわけにはいかず、シンジは少し腰を落として、もう一度「大丈夫ですよ」と声を掛けた。

「僕が連絡しましたから、すぐに救援隊が到着します。
 だからおばあさん、僕の足を放してくれますか?」
「アイリちゃんを助けてくれるんですか?」
「ええ、絶対に見捨てませんよ」

 それで納得したのか、カズコは掴んでいたシンジの足を放した。それで自由になったシンジは、うつ伏せに倒れているアイリに近づき、首筋に手を当て脈拍を調べた。そしてそれから、頭の傷の様子を確認し、血の着いた手すりを見た。

「瀬名さんは、ここに頭をぶつけたんですね?」
「わ、私を無理しておぶってくれたから……」

 多少脈が弱い気はするが、自発呼吸はしっかりしていた。だがシンジに分かるのはそこまでで、これ以上は病院で精密検査をする必要がある。そしてもう一人の老婆も、病院で手当をする必要があった。

「アサミちゃん聞こえるかい?
 二人の状況を、救護班に伝えてくれ。
 瀬名さんは、呼吸、脈拍とも確認したけど、意識は失った状態にある。
 一応頭からの血は、止まっているようにみえる。
 ただ、かなりの出血をしているみたいだ。
 もう一人のおばあさんは、右足を強く捻って動けない状況だ」
「了解しました。
 玖珂一尉がそちらにヘリを差し向けてくれます。
 到着時間は、およそ15分後と言うことです。
 付き添いの必要がなければ、先輩は遠野先輩達に合流してください」

 必要な措置を行ったのだから、シンジは重要な役目に戻る必要があった。アイリの容態は気になったが、シンジは自分の役目に戻ることにした。

「おばあさん、僕はギガンテスを倒しに行かなければいけません。
 だからおばあさんが、瀬名さんのことを見ていてあげてください。
 あと15分もしたら、救援隊が来るから安心していいんですよ。
 ああ、それから、この電話を持っていると、救援隊が発見しやすいですから持っていてください」

 そう言って、シンジは自分の持っていた携帯電話をカズコに渡した。GPSと発信機が内蔵されているので、どこにいても位置を特定できる機能を持っていた。
 そう言いのこして、その場を立ち去ろうとしたシンジだったが、もう一度その場に腰を下ろした。そしてカズコに向かって、伝言を頼まれて欲しいとお願いした。

「わ、私にですか?」
「ええ、あなたにしか頼めませんからね。
 瀬名さんが目を覚ましてからで構いません。
 僕が、よく頑張ったねと褒めていたことを伝えてください」
「え、英雄様が褒めていたと伝えればいいんですね……」
「元彼が未練がましく側に居たといってあげてください。
 じゃあ、僕は戦いに行きますから、瀬名さんをおねがいしますね」

 そう言い残したシンジは、すぐに自分のヘラクレスへと戻った。ここまで要した時間は、およそ15分。短くはないが、まだ余裕を持って間に合う時間だった。これでシンジには、この街を守る理由が一つ増えてしまった。
 ヘラクレスに乗り込んだシンジは、一度目を閉じて大きく深呼吸をした。今いる場所から、本来の配備場所までは、直線距離で2kmほどあった。うまくルートを選べば、ほとんど建物を壊さずに移動することも出来る距離だろう。ただそれでは、時間が掛かり過ぎると考えたのである。

「ギガンテスほどは飛べないかもしれないけれど……」

 ヘラクレスにも似たことが出来るはずだと、シンジは飛ぶことをイメージした。だが、ただイメージしただけでは、ヘラクレスを飛ばせることは出来なかった。仕方がないと諦めたシンジは、そのイメージのまま、力強く大地を蹴って飛び上がった。
 物理学的に言うのなら、シンジの乗ったヘラクレスは途中で一度地面に降りるはずだった。だが大地を蹴ったヘラクレスは、重力が弱まったかのように、空高く飛び上がった。そして、まるでスローモーションのような動きで、2km程の距離を飛び越えてみせた。

「いやぁ、さすがにそれはないと思うんだけどなぁ」
「碇君、ついにあっち側に入っちゃった?」

 さすがに非常識と、着地した所で二人からツッコミを受けた。そしてシンジ自身、自分でしたことなのに非常識だと感じていた。ただ、これもヘラクレスの可能性と、ジャージ部らしく前向きに考えることにした。

「あっち側の意味はわかりませんけど、新しい扉を開いたことにしておいてください。
 戦闘開始まで、あと30分ぐらいなんですが、その前に加藤さん達がちょっかいを掛けてくれますよ」
「あれっ、普通の武器は役に立たないんじゃないの?」

 加藤と言う名前に、マドカは格好のいいおじ様のことを思い出した。一度後藤に紹介されたのだが、どうしてこんなに差が有るのだと、自衛隊に対して不信感を抱いたぐらいだ。それぐらい加藤が格好良く、後藤がとてもずぼらに見えたのである。
 通常兵器が役に立たないと言うマドカの指摘に、「それも考慮している」とシンジは答えた。

「でも、ヘラクレスで殴るのだって、スケール以外は普通の事なんですよ。
 その違いを考えたんですけど、多分、例の不可視のフィールドが関係していると思うんです。
 だったらそのフィールドが解除されるところを狙えば、通常の武器でも役に立つと考えたんですよ。
 後は、加速粒子砲を撃つ瞬間を狙えば、ギガンテスが自分の攻撃で傷つく可能性もあるでしょう?
 攻撃はタイミングの難しさがありますけど、嵌ったら効果が大きいと思うんです。
 なにより、ヘラクレス以外にもギガンテスと戦う術が有ると分かるのは、もの凄く意味があるんですよ」
「確かに、ヘラクレスで殴るのも、爆弾を落とすのもあまり変わらないはずよね……」

 そのくせ、ヘラクレスで攻撃しなければギガンテスは倒せない。それがこれまでの実績なのだが、本当にそうなのかとシンジは問題を提起しようとしていた。

「それで碇君、私達は一箇所に留まらないように戦うのよね?」
「はい、ヘラクレスの機動性を生かして、ギガンテスが集まるのを防ごうと思っています。
 先輩達二人なら、ギガンテスを蹴散らすことも難しくありませんよね?
 とどめを刺さない限り復活してきますけど、それまで時間を稼ぐことができます。
 サンディエゴのパイロットが到着したこところで、戦い方を殲滅に変えようと思っています」
「それでも、65って嫌になるほど数が多いわね。
 その辺り、英雄様の見立てはどうなっているのかしら?
 記者会見で、さんざん無謀だって言われたんでしょう?」

 からかうように言ってきたナルに、「暴れ応えがありますよ」とシンジは答えた。

「ちょっとやそっと暴れたぐらいで、ギガンテスはいなくなりませんからね。
 そりゃあもう、おもいっきり暴れられますよ」
「そっかぁ、じゃあ碇君、私達とどっちが沢山やっつけたか勝負する?」
「それって、2対1だから僕の方が不利なんですけど……」
「え〜、でも、碇君がうちのエースなんだよ」
「もともと、ギガンテスを倒すのは先輩達二人の役目でしょう?」

 だから賭はしない。そう言い切ったシンジに、「つまらないわね」とナルは不満を漏らした。

「まっ、戦いを舐めて掛かってもいいことはないわね。
 ここは、元カノと再会した碇君に花を持たせましょうか」
「アイリちゃん、大丈夫なの?」

 アサミとの通信は、当然マドカ達の耳にも届いていた。何たる偶然と思うのと同時に、人助けをする所はアイリらしいと二人は感心していた。ただ残念だったのは、シンジと違ってスーパーマンではなかったことだ。

「自衛隊のヘリが来ていましたから、もう大丈夫だと思います。
 傷も、顔じゃないみたいですから……普通は心配しないといけないんですよね」
「頭を打ったんだったら、心配すべきよね……」
「この戦いが終わったら、アイリちゃんのお見舞いに行く?」

 元カノと言うことを忘れても、半年前まで仲の良い友達だったのだ。その友だちが怪我をしたのだから、近くにいるのだからお見舞いに行ってもおかしくはない。
 お見舞いに行くかと言うナルに、「やめておきましょう」とシンジは答えた。

「もしも僕達が行ったら、瀬名さんの周りが騒がしくなってしまいます。
 きっとそれは、瀬名さんにとって迷惑なことになると思います」
「そうよね、今の生活が壊れてしまうかもしれないわね……」

 それぐらい、シンジ達は特別な存在になってしまったのだ。昔の感覚で迂闊なことをすると、それだけ周りに迷惑をかける事になってしまう。それを考えると、S市を出た時の行動は、十分に自制的でなければならなかった。

「玖珂一尉には、後から容態だけは聞いておくつもりです。
 とお話をしていたら、そろそろ本番モードになる時間ですよ。
 アサミちゃん、作戦本部との連携はとれている?」
「はい、加藤一佐達が、海上でギガンテスを補足しているそうです。
 かなり密集した状態で、こちらに真っ直ぐ向かっているそうです」

 密集していると言うことは、それだけ同時に多くのギガンテスを相手にする必要がある事になる。だが、密集することで、ギガンテスも動きに制限が生まれることになる。結局どういう作戦をとるかで、メリットデメリットが混在することになるだろう。

「もう少しこちらに接近した所で、攻撃を敢行するそうです。
 あっ、先輩、加藤一佐から通信が入っているそうですよ?」

 「どうします?」と聞かれたシンジは、「繋いでくれ」とアサミに指示を出した。色々と無茶をお願いした自覚があるので、多少の無理は聞こうと思っていたのだ。
 そしてシンジの指示から少し遅れて、通信機から「やあ」と言うのんびりとした加藤の声が聞こえてきた。戦いを前にした中で、不謹慎といえば不謹慎な通信なのかもしれないが、それこそ加藤らしいとシンジは感心していた。

「緊張していないんですね?」
「緊張?
 ようやくタクシー以外の仕事が出来るから、ワクワクしているところなんだよ。
 しかし、改めて見ると、ギガンテスと言うのは本当にとてつもないね。
 子供の頃テレビで見た、怪獣を思い出したよ」
「かいじゅう……ですか?」

 残念ながら、シンジは怪獣と言われてもピンとこなかった。だから加藤への答えも、「なにそれ?」と言うニュアンスが含まれていた。そんなシンジに、ギガンテスを思い浮かべてくれれば良いと加藤は笑った。

「君に貰ったアドバイスを生かして、何とか1体ぐらいは仕留めてみるように努力をするよ。
 それができなくても、痛い目ぐらいには遭わせてやろうとは思っている」
「ギガンテスの癖は、頭に入っていますよね?」

 狙うタイミングが、加速粒子砲を放つ時なのだ。そのくせが頭に入っていなければ、攻撃が成功するどころか、全員で自殺することになってしまう。
 それを指摘したシンジに、「何度もビデオで見た」と加藤は答えた。

「全員で、僅かな癖も見逃さないように何度も見返したよ。
 100%完璧と言うつもりはないが、それなりに癖はつかめたと思っている。
 どの程度勉強がうまく行ったのか、そろそろテストを採点する時が来たようだ」

 こうして追尾しているうちに、ギガンテスが岸へと近づいてきていた。これまでの戦いをなぞるのなら、前列にいるギガンテスが、加速粒子砲による先制攻撃を仕掛けてくる頃だった。

「テストで満点をとってくれることを期待しています」
「及第点ぐらいで我慢してもらえると嬉しいよ」

 そう言って笑った加藤は、「ありがとう」と言ってシンジとの通信を切った。ここから先は、大人として子供の露払いをしなくてはいけない。せっかくその機会を貰ったのだから、今更出来なかったで済ませるつもりはなかったのだ。そして、その機会を与えてくれたことに感謝していたのだった。

「さて、少しでもギガンテスをいじめてやるか」

 シンジとの通信を切った所で、加藤は操縦桿から手を話して指を鳴らすように拳を握った。

「この絶望的な戦いは、私達次第で希望の扉を開く戦いとなる……
 それは、これから我々の行う攻撃に掛かっている……か」

 タクシーの運転手と自虐的に言っている仕事をしている間、何度もシンジと話す機会があった。その中で、「これぐらいしか貢献できない」と嘆いた加藤に対して、「本当にそうですか?」とシンジが疑問に思ったことが始まりだったのだ。
 ギガンテスに対して通常攻撃は通用しない。それは、加藤を含めた自衛隊員達、否、世界中で共通した認識だった。そしてそれは、先日あった香港の戦いでも証明されている。中国政府が威信をかけ、核まで使用したにもかかわらず、仕留めるどころか足止めすら出来なかったのだ。その事実を持ち出すだけで、通常兵器が通用しないと考える理由としては十分なものだった。そしてシンジもまた、香港での中国政府の失態を知っていたはずだった。

 だがシンジは、それでも加藤に対して疑問を返してきたのだ。そしてその根拠として持ちだしたのが、ジャクソンビルでのThird Apostleとの戦いだった。

「Third Apostleは、僕の投げた石を嫌がっていました。
 だから、僕が石を投げたと分かったら、防御壁を展開して防いでいたんです。
 つまり、あの程度の攻撃でも、Third Apostleに影響を与えたということです。
 だったら、もっと破壊力の大きな攻撃だったら、もっと効果があると思いませんか?」

 シンジのこなした戦いについては、何度も分析しながら見た記憶がある。確かにシンジが言うとおり、ただの石っころが戦いの鍵となっていた。それを考えれば、シンジの言うことにも一理あるように思えた。
 だが実際の攻撃で、ギガンテスに打撃を与えたことは一度もない。正確に言うのなら、核を使った攻撃ならば、それなりの足止めが出来る事は分かっていた。ただその攻撃をした時には、辺り一帯が廃墟となっていたのだ。それを通常攻撃と呼ぶことは、さすがに難しいと加藤は感じていた。

「だが、これまで何度もギガンテスへの直接攻撃が行われている。
 その結果、核を除いて効果が認められた攻撃は無かったんだよ。
 本当に嫌になるほど、様々な試みが行われたんだよ。
 ヘラクレスとの連携も、その試みの中に含まれていた。
 だが、結局味方の邪魔をする以上のことが出来なかったと記録されている」

 それが、シンジの疑問に対して、加藤が返した答だった。そんな加藤に対して、「核なら効いたんですよね?」と念を押すようにシンジは聞いてきた。

「ああ、それでも倒すところまでは行っていないんだよ。
 ただ、表面のそれなりの割合を焼却し、再び動き出すまでの時間を稼ぐのがせいぜいだ」
「だったら質問しますけど、核と通常攻撃の違いはなんですか?」
「違いは何って……発生する熱量が桁違いなんだが?」

 それぐらいのことは分かっていると思って答えた加藤に、サンディブリッジの戦いを知っているかとシンジは質問を追加した。

「サンディブリッジの戦いと言えば、君がFifth Apostleを倒した直後のことを言っているのかな?」
「ええ、その戦いのことです。
 そこで一つ、とても興味深いことが起きているんですよ」
「あの戦い自体、とても興味深いものなのだが……
 君は、どう言った意味で興味深いと言っているのかな?」

 救出作戦後、追撃してきたギガンテス2体を、シンジがアサミとタンデム状態で見事撃退に成功している。戦いとしてとても熱く、しかも公開された映像は、まるで映画のようだと評判になったものだった。だが、ここで持ち出す以上、一般に言われているのとは別の意味を持つことになるはずだ。だが加藤には、その意味を理解することは出来なかった。
 そしてシンジが持ち出したのは、改めて言われればなるほどと思わせる内容だった。

「ヘラクレスが装備するポジトロンライフルでは、ギガンテスを倒すことは出来ないんですよ。
 思い出して欲しいんですが、僕が傷めつけた後は、ポジトロンライフルでギガンテスを焼却できている。
 つまり一定の条件を満たせば、通常兵器でも効果があることになると思うんです。
 通常兵器が通用しない理由は、ギガンテスが身を守るために防御壁を張っているのだと考えてください」
「結局、通常兵器が役に立たないということじゃないのか?」

 シンジの説明では、通常兵器が役に立たないことを確認する意味しか持たない。そう言い返した加藤に、「話はこれで終わりじゃない」とシンジは答えた。

「それなりにギガンテスを痛めつければ、通常兵器でも倒すことが出来ると思うんですよ。
 大規模侵攻への対処を考えた時、それが攻略方法につながってくるはずなんです。
 ヘラクレスに乗る僕達は、通常兵器が役に立つのなら止めまで刺さなくてもすむんですよ。
 それだけ、戦い方に幅がでるとは思いませんか?」

 そう指摘されれば、確かにシンジの言うとおりなのだ。「目から鱗が落ちる」と言うのはまさにこのことかと、加藤は目の前がぱっと開けた気がしていた。単独ではギガンテスを倒すことはできなくても、ヘラクレスと連携すれば、自分達がギガンテスを仕留めることが出来る。過去に行われた連携との違いは、受け持つ役割の違いと言うことになる。それが可能になった時点で、これからの戦い方が変わってくれるだろう。
 これは凄いことだと静かに興奮する加藤に、「これで終わりではありません」とシンジは別の攻略法を提案した。

「攻撃目標として、口を狙うというのを考えました。
 さほど大きな威力は無くても良いのですが、ミサイルで口を狙えませんか?」
「残念ながら、その方法も過去試されているんだ。
 だが、なんら効果が出なかったため、途中で放棄された攻撃方法でもある」

 残念ながらと答えた加藤に、シンジは一つ条件を付け加えることにした。

「この攻撃方法には、もう少し条件が加わるんです。
 ギガンテスの攻撃方法に、加速粒子砲と言うのがあります。
 これを使用するとき、ギガンテスは防御壁を使用することができません。
 何しろそんなものを使えば、自分で自分の攻撃を遮ることになりますからね。
 そしてギガンテスは、攻撃のために体の内部に粒子加速器を持たなくてはなりません。
 攻撃をする瞬間は、その粒子加速器が表から届くところにあると考えるのが自然です」

 シンジの指摘に、加藤はまさかと目を大きく見開いた。物語では、攻撃の瞬間が最大の弱点を晒す時になると言うことがよく描かれる。その法則が、ギガンテスにも通用するとシンジは言っていたのだ。
 そして自分が反論として持ち出した過去の攻撃パターンとは、前提からして異なっていることに気がついた。口を狙うことは同じでも、攻撃のタイミングと精度、求める物がまったく違っていたのだ。

「もちろん、これは仮説にしか過ぎませんけどね。
 でも、試してみるだけの価値があると思いませんか?
 それがうまく行けば、ヘラクレスで無くてもギガンテスを倒せることになります」
「た、確かに、試してみる価値は大いにあるだろう。
 い、いや、絶対に試すべきことに違いない。
 もしもそれが成功したら、対ギガンテス用の兵器も開発することが出来る。
 ヘラクレスの重要性は変わらなくても、作戦の自由度が格段に上がることになるよ」

 冷静さを絵に描いて額に掛けたと言われる加藤が、シンジの言葉に興奮していたのだ。「この少年は凄い」アメリカ軍の関係者が「天才」と評したのも、ムリもないことだと加藤は思ってしまった。もしもシンジの言うことが証明されたなら、本当に絶望を希望に塗り替えることが可能となる。

「最初のは、作戦として難易度は高くないと思います。
 でも、ギガンテスの口を狙うのは、結構タイミングが難しいと思っています。
 ただ、ギガンテスにはいくつか特徴的な癖があります。
 加速粒子砲を撃つ時には、はっきりと動きを止めてくれます。
 そして攻撃の兆候として、口から白い光が漏れ出てきます。
 攻撃までには、それなりの時間溜めを作らないといけないのも分かっています。
 その習性を分析して、タイミングを測れば、攻撃するのも不可能ではないと思っています」
「あ、ああ、あれだけ大きな的だからな。
 タイミングさえ取れれば、攻撃を成功させるのも難しくないだろう」

 シンジの指摘に、加藤はひどく感動していた。Phoenix Operationの重要性は理解しているが、それでもこの手でギガンテスを倒したいと願っていたのだ。その願いが、シンジの意見によって実現の可能性が出てきたのである。これで、自分もほんとうの意味で役に立つことが出来る。その思いは、おそらく全自衛隊員、全世界の軍人に共通する思いだろう。

「碇シンジ君か……」

 シンジの存在が、対象Iとして恐れられているのは知っていた。そしてなぜ対象Sでなく、対象Iなのかという意味も加藤は気がついていた。2000年のSICから、2015年のTICに至るまで、その重大な事件の裏には「碇」が必ず存在していたのだ。ヘラクレスの元となったエヴァンゲリオンも、その「碇」が作り上げたものだった。そしてTICを誘発させたのも、「碇」が抱く妄執だったのである。
 だから対象Iと言うのは、必ずしもシンジ一人をさしたものではなかったのだ。むしろシンジ一人であれば、さほど恐れられていなかったのだろう。ただ、幾つもの事件の主役となった「碇」に対して、全世界が恐れたからこそ、対象Iと定義し、別格として管理されたのである。

 だが、シンジの持つ碇の血は、別の意味で世界に貢献しようとしている。それこそが、本当に求められたことなのかもしれなかった。

「西沢、岩本、これからギガンテスへの攻撃を実行する。
 各自、ミーティングで教えたことを忠実に実行するように!」

 虎の子のF35と虎の子の空対地ミサイル。それを用いた、対ギガンテス殲滅作戦が開始されるのである。操縦桿をぎゅっと握りしめた加藤は、出撃した全員に作戦開始を発令した。

 ギガンテスの口を狙うためには、まさに攻撃が行われる目の前に出る必要がある。そして空対地ミサイル発射から着弾までの時間を考え、ギガンテスの攻撃にタイミングを合わせる必要があった。うまく入射角度を合わせなければ、ミサイルは口元で爆発し意味のある攻撃とならないだろう。その意味で、作戦の難易度は極めて高いものになっていた。
 そして海面を進行中のギガンテスは、攻撃ポイントとなる口が、海面すれすれに位置していた。この攻撃目標もまた、F35からの攻撃を難しいものにしていたのだ。

「ギガンテスに発光現象を確認。
 2番機から5番機、タイミングを間違えるなっ!」

 加藤の指示と同時に、指定された4機は先頭のギガンテスを追い越した。そして通常とは逆、海面に向けて降下し、方向転回しながら海面すれすれの高さに位置取りをした。ギガンテスが加速粒子砲を撃てば、その攻撃に巻き込まれる位置取りをしていたのである。

「ターゲットロックオン、マーベリック発射!」

 全員がターゲット毎にタイミングを計っているため、発射の声は微妙にずれて伝わってきた。そして空対地ミサイルを手放した機体は、ギガンテスの攻撃を避けるため、発射と同時に急上昇した。
 4機のF35から発射された空対地ミサイルは、まっすぐ光の漏れだしたギガンテスの口へと向かっていった。そのうち3つは、ギガンテスの口元で爆発し、1つがちょうど口に入ったところで爆発した。その爆発から少し遅れて、3体のギガンテスの口から加速粒子砲が発射された。やはり、この程度の攻撃では、ギガンテスにダメージを与えることは出来なかった。
 その中で例外は、口の中でミサイルが爆発したギガンテスだった。まるで痛みを感じているように頭を振り、加速粒子砲の攻撃を行わなかったのだ。

「敵の攻撃抑止を確認。
 ギガンテスの反応から、攻撃に効果があることを確認した。
 ギガンテスの発光現象を認め次第、再度攻撃を実施する!」

 ギガンテスの殲滅は出来なかったが、加速粒子砲の発射を妨害することには成功した。そして、今までの攻撃では認められなかった、ダメージらしきものも確認することが出来たのだ。これだけでも、攻撃として意味のあるものになっていた。
 だが、軽微な打撃は、求めるものからは遠かった。欲を掻くのは良くないが、大打撃となる攻撃を目指していたのだ。そのためには、もっとギガンテスの腹の中でミサイルを爆発させる必要がある。

「やはり、マーベリックの追尾精度に限界がありそうですね」

 はてさてどうしたものかと考えた加藤は、すぐに一つの結論に達していた。離れたところから誘導されるから、どうしても誤差が大きくなってしまう。ならば、誤差が出ようも無い距離から発射すれば、攻撃が奥深くまで届くだろうと。

「ミサイルの改良を待っている暇はありませんね。
 まず、効果を証明することにしましょうか」

 本当にギガンテスに対して打撃を与えられるのなら、対ギガンテス兵器として急速に開発が進むことだろう。そのためには、ここで効果を立証しておく必要があったのだ。ただその方法は、パイロットに非常に大きなリスクを負わせるものだった。

「さて、都合良くギガンテスが攻撃してくれますかね。
 碇君の言葉が正しければ、奴らは頭が悪いと言うことなんですが……」

 直接痛い目に遭わない限り、絶対に警戒しないと言うのである。それが正しければ、再度攻撃を仕掛けてくる可能性は大いにあった。
 そして加藤が考えたとおり、今度は5体のギガンテスの口から白い光が漏れだしてきた。

「ギガンテスに発光現象を確認。
 2番機から5番機、タイミングを間違えるなっ!
 それから、今度は私も行きますからね」

 先ほどの攻撃と同じように、5機のF35はギガンテスを追い越し、海面すれすれの高度をとった。そしてそのうちの4機は、先ほどと同じタイミングで空対地ミサイルを発射した。
 しかし加藤だけは、そのまままっすぐギガンテスの口へと進路をとった。命中精度を上げるためには、息が掛かるほど間近で攻撃する必要があると考えたのだ。

 そしてこのままでは衝突するという距離で、加藤は抱えていた空対地ミサイルを切り離した。そして限界まで操縦桿を引き、機体が壊れるのでは無いかと思うほどの急上昇を掛けた。ぎしぎしと機体のきしむ音が聞こえてきた時、加藤の真下で大きな爆発が発生した。
 4機から行われた攻撃は、いずれもギガンテスの口元で爆発しただけだった。そのため、攻撃を受けたギガンテスは、何事も無かったかのように加速粒子砲を陸に向けて放った。だが加藤が攻撃したギガンテスは、空対地ミサイルを飲み込んですぐ、お腹の所で大爆発を起こした。その爆発規模は、使用したミサイルの爆発規模とは比較にならず、周囲に居たギガンテスを巻き込む大規模なものだった。

 だがこの爆発は、回避しようとした加藤をも巻き込むものだった。最大加速で脱出しようとしたF35を巻き込み、炎は空高く舞い踊った。

「隊長っ!」

 出撃した全員が、思わず無線に向かって大声を上げていた。だが加藤からは、何の応答も無かった。誰もが助からないと考えた時、上空に白い傘が大きく開いた。

「加藤一佐の脱出を確認。
 救難信号確認、救助隊の出動を要請します」

 加藤に代わって指揮を執った西沢は、「さて」と舌なめずりをしてギガンテスを見た。自分たちの攻撃で倒せることが分かったのだから、1体でも多く仕留めてやろうと考えたのだ。
 だが追撃しようとした西沢に、いきなりシンジから通信が入った。なぜ出鼻を挫くと不満は感じたが、この場において“誰”に権限があるのかをすぐに思い出した。

「こちら西沢、何かご用でしょうか?」
「いえ、そろそろ海上での迎撃を切り上げて欲しいんです。
 加藤一佐の攻撃は、予想以上に効果がありました。
 ただ、爆発規模が予想より大きいという問題があります。
 従って、今後使用する武器を含めて検討が必要かと思います。
 これ以上航空戦力を減らしたくありませんので、ここから先は地上迎撃に切り替えます。
 当初の打ち合わせ通り、僕達がダメージを与えたギガンテスへの追撃をお願いします」

 シンジの言葉には、西沢を冷静にさせる効果があった。何をと言い返そうとした西沢だったが、すぐに自分の役目を思い出したのだ。ギガンテスに対して、通常兵器の有効性を示すことには成功した。ここで欲を掻いたとしても、続く戦いに大きな影響を与えるものではなかったのだ。むしろ冷静に、自分達のなすべきことをなすのが、結果的に戦いを早く終わらせることになる。それをタイミング良く言ってきたシンジに、「さすがだな」と西沢は感心したのだった。

「了解した。
 これよりギガンテスから離脱し、君達の支援に入る」
「ギガンテスを蹴散らしますから、粘り強く攻撃をおねがいします」

 先制攻撃で、世界を驚かすことに成功したのは間違いない。だがこれから、更に世界を驚かせてやる。加藤からの指示を思い出した西沢は、従った僚機に対して後退を指示したのだった。

 接触戦でギガンテスを撃破したことは、冗談抜きに世界を驚かせることに成功した。これまでいかなる攻撃をもってしても、ギガンテスを倒すことが出来なかったのだ。そのギガンテスに対して、貧弱な空対地ミサイルで挑み、見事撃破してみせたのである。これを驚かずして、何に驚けというのだろうか。そのため、各国は急遽新たなギガンテス迎撃方法への検討を始めたのである。
 そしてこの戦いの様子は、当然アスカやカヲル達もじっくりと見ていた。最初にギガンテスの攻撃を押さえ込んだ所で、これで戦いが変わるのだと予感をした。そしてギガンテスが爆散するさまに、思わず「凄い」と唸ってしまった。

「これで、条件さえ整えば、通常兵器でもギガンテスを倒せることが証明できた。
 クラリッサ、誰がこの作戦を考えたのか掴んでる?」

 通信機の向こうに居るだろう相方に、一番の疑問をアスカはぶつけた。もっとも疑問に思っていても、一人しか候補が居ないことは分かっていた。

「誰がって、シンジ様以外に居ると思っているの?
 回ってきた作戦書によると、今回の戦いで二つ仮説を確かめることになっているわよ。
 そして第一の仮説については、今の結果で有効性が証明されたわ。
 お陰で、こっちでは軍人さん達が有効な武器について協議を始めた所よ。
 今のところ、無人機の利用が有力ってところかしら?」
「もう一つの仮説は?」

 シンジが考えたのだから、もう一つの仮説も効果があるのに違いない。そう考えたアスカに、ヘラクレスとの連携作戦だとクラリッサは答えた。

「シンジ様、遠野マドカ、鳴沢ナルの3人がとる作戦は分かっているわ。
 3人は、ギガンテスの群れに飛び込んで、手当たりしだいに暴れることになっているのよ。
 ただ、それだけじゃギガンテスを倒すまでにはいかないから、
 後始末を軍人さんに任せようとしているのよ。
 ねえアスカ、サンディブリッジの戦いのことを覚えてる?」
「忘れるわけは無いと思うわよ。
 それで、サンディブリッジの戦いが、どう関係してくるのかしら?」

 早く種を明かせと言うアスカに、クラリッサはよく思い出せと繰り返した。

「シンジ様が傷めつけた後、ポジトロンライフルでギガンテスを始末したでしょう。
 これまでの戦いで、ポジトロンライフルがあそこまで効果を示したことがなかったのよ。
 つまり、ギガンテスにダメージを与えた後なら、通常兵器でも効果があると仮説を立てたのよ。
 だからシンジ様達は、暴れるだけ暴れて、通常兵器の効果を確認しようとしている。
 これで効果が確認されたら、大規模侵攻でも、私達は十分に戦えることになるわよ。
 だから、こっちでは陸上で行われる戦いが、どんな結果になるのか見守っているのよ」
「確かに、連携すればギガンテスを倒せるんだったら、数的優位を保てるわね……」

 そう答えたアスカは、本当に凄いとシンジのことを改めて尊敬した。これまで苦労して倒してきたギガンテスが、シンジの出現によって次々と秘密のベールが剥がされていくのだ。同時に自分達も鍛えられていくため、それまででは不可能だった戦い方も出来るようになっていた。その全てが、碇シンジと言う存在の功績だったのだ。

「シンジ様がいれば、私達は絶対にギガンテスなんかに負けない……」

 それが真実なのだと、アスカは目を閉じてシンジのことを思ったのだった。

 そして同じ頃、カヲルもアスカと同じ分析をしていた。そして、これまでの経験を、何一つとして無駄にしないシンジに対して、畏怖に似た感情を抱いていた。
 ギガンテスの口に攻撃するのは、ジャクソンビルで確認したことを生かしている。そしてこれから行おうとしているのは、サンディブリッジの戦いから導き出された仮説なのだ。これから戦いを重ねていくことで、シンジは更に新しい発見をしてくれるのだろう。それが確定した未来のように、カヲルは先行きの明るさを感じていたのだ。

「しかし、本当に碇シンジは凄いな。
 奴のお陰で、3体程度のギガンテスは、もはや脅威じゃなくなっている。
 これだけの大侵攻でも、誰もが乗り切ることが出来ると考えるようになった。
 それが、たった4時間程度の出来事だと誰が信じられる?」

 凄すぎると感心したエリックに、「同感だよ」とカヲルは答えた。

「シンジ君が戦いに加わるたびに、世界は一つ一つ階段を登っていく気がしているよ。
 高知、ニューヨーク、香港、ムンバイ、そしてジャクソンビル。
 いずれの戦いも、僕達に新しい世界をシンジ君は示してくれた。
 そして今度の戦いでは、僕達だけじゃない、世界に対してギガンテスとの戦い方を示してくれたんだ。
 英雄なんて言葉じゃ、もうシンジ君の功績を語ることは出来ないよ。
 シンジ君がいてくれれば、世界は絶対に勝ち残ることができる。
 世界中の誰もが、そう信じて疑わないだろうね」
「碇シンジこそ、奇跡的に組み上げられた芸術品と言うことか……」

 その表現は、前サンディエゴ基地司令トーリが、後藤に対して口にした言葉だった。ただその時の対象は、マドカ達を含む日本チームに向けられたものだった。
 だがエリックは、それをシンジ一人に対して用いていた。エリックもまた、シンジが記憶操作されていることを知る一人である。大勢の思惑が絡みあい、そして偶然作り上げられた人格。二度と同じものはつくり上げることの出来ない、奇跡の芸術品ということである。

「奴は、これから俺達にどんな世界を見せてくれるんだ?」
「そんな事、僕に聞かれても分からないよ。
 ただひとつだけ言えることは、それが僕達にとって素晴らしいことだと言う事だよ」

 それを楽しみに待っている。カヲルは、これからの世界を夢想したのだった。



***



 出撃直前のパイロット追加は、大きな驚きを持って受け止められていた。しかも追加されたパイロットが、名家の跡取り娘で美少女だったため、マスコミは大きくキョウカのことを取り上げることになった。もっとも、これまでS高ジャージ部を追いかけていたこともあり、一部で「やっぱりそうか」と受け止められてもいた。
 ただそうなると、S高ジャージ部の特異性が際立ってしまう。3年の2人、2年の1人、そして1年の2人が全員パイロットとして高い適性を示したのである。何かのからくりを疑うのも、これまでのテスト結果を見れば仕方が無いことだろう。もっとも、そんなことを説明できるのは、世界中どこを探しても誰も居なかった。

「シズカ、見てごらんキョウカの事がテレビに出ているよ」

 絶対に見逃したくないという妻の願いを叶えるため、ユキタカはお昼過ぎにシズカを起こした。そしてテレビをつけて、娘の晴れ姿を妻に見せた。
 それを見たシズカは、「ああ」とうれしそうに声を漏らした。

「今日は、本当にすばらしい日ね。
 キョウカさんの花嫁姿だけじゃ無く、こんなすばらしいニュースまで見られるなんて。
 あなた、キョウカさんはようやく自分の意思をはっきり持つことが出来たんですね?」
「ああ、これで親戚一同が騒ぎ出すだろうがな」

 本家の跡取り娘が、パイロットなどと言う危険な役目に就くのだ。明日の命も保証できないとなれば、親戚筋が騒ぐのも無理も無い事だろう。
 だが親戚一同が騒ぎ出すと言った夫に、「どうでも良いことですよ」とシズカは笑った。

「ねえ、トモノリさん、あなたもそう思いませんか?」

 本家の一大事だから、院長が付き添ってもおかしくないだろう。そして篠山一族の序列においても、鷹栖トモノリは重要な役目を担っていた。そう言う意味で、これから話す言葉は、すべてトモノリにも聞かせておいた方が好ましかった。
 「どうでも良い」と言うシズカの決めつけに、トモノリははっきりと苦笑を浮かべた。

「私の立場として、なかなか認めにくいことを言ってくれる。
 一族の繁栄は、今まで以上に本家の力が大きくなっているんですよ。
 だからこそ、跡取りのキョウカさんには、相応しい男を捕まえて貰いたい。
 パイロットになることが、碇シンジを捕まえるためだと言われれば、誰も反対は出来ないでしょうな」
「キョウカさんじゃ、堀北さんには勝てませんよ。
 それに、私の時と同じ事には絶対になりませんからね。
 だからこそ、碇さんは素晴らしい男性なんですよ」
「まあ、うちの娘ものぼせ上がっているようですからな」

 そう言ってフユミのことを持ち出したトモノリに、「あら」とシズカは楽しそうに笑った。

「あら、フユミさんも、碇さんのことが気になっているの?」
「S高で自主制作の映画があったでしょう。
 そこで共演したのも理由でしょうが、恋の病というのに掛かっていますよ。
 ようやく男に興味を持ってくれたのは喜ばしいのですが、相手が相手だけに素直に喜べないんです」
「でも、碇さんに興味を持たないようでは、逆に心配になりませんか?」
「仰るとおりなのでしょうな」

 もう一度苦笑を浮かべたトモノリは、「凄い高校生です」とシンジのことを褒めた。

「しばらくうちに通っていましたが、ごく普通……と言うにはいささか格好が良すぎますが、
 それ以外は特に目立ったところの無い、普通の高校生に見えましたよ。
 そう言えば、あの頃はマナミさんのお嬢さんもよく顔を出されていましたね」
「キョウカさんが憧れている人の事かしら?
 あなたと、マナミさんの間に生まれた女の子でしたね」

 篠山家の中では、アイリとの関係は極秘として扱われていたものだった。それを何事も無いように口にしたシズカに、「ずっと隠されていたがな」とユキタカは苦笑した。

「その程度であなたをごまかせると思うだなんて、本当に底の浅い人たちですね。
 でもあなた、マナミさんのお嬢さん、あなたの娘をこの先どうなさるおつもりですか?」
「あれは、篠山には関係の無い娘だからな。
 だからマナミがしたいようにしてくれれば良いと思っている。
 もしも手助けが必要なら、その時に考えれば良いことだ」
「私が死んだら、あなたはどうするおつもりですか?」
「さあな、そんなことは考えたことも無いよ」

 自分と言う重しが無くなれば、キョウカもアイリも、血の繋がった子供と言う意味で同じになる。だからどうするのかと聞いたシズカだったが、ユキタカはその答えをはぐらかした。

「ただな、もう18年も昔のことだ。
 そんな昔のことを、今更引きずることでは無いだろう。
 マナミにはマナミの生活があるし、今更父親だと言われてもあの子も喜ばないだろう。
 もちろん、父親としての責任を求められれば、精一杯果たすつもりはあるぞ。
 俺個人として女が必要なら、適当な所に作って済ませることにするさ」
「私は、サユリさんのことは大好きですよ」

 その候補としてサユリを持ちだした妻に、ユキタカは苦笑交じりにその関係を否定した。

「彼女は、あくまで秘書の一人だよ。
 信じて貰えないかもしれないが、俺は浮気をしたことは無いよ」

 そう言って笑ったユキタカに、「信じてますよ」とシズカは弱々しく笑った。一所懸命話をしているが、こうして話をすること自体、シズカにとって負担が大きかった。

「あなたは、とても私に対して誠実な人ですからね。
 碇さんもそう、とても誠実な人だと思いますよ。
 だからキョウカさんは、堀北さんに勝つ以外に思いを遂げる方法がないんです」
「まあ、将来のことは、誰にも分からないのだがな……
 そんなことを話していたら、そろそろ戦いが始まるようだ。
 俺たちは、娘が無事に帰ってくることを祈っていようか」

 今までスタジオの映像が流れていたのだが、突然M市の映像に切り替わった。そしてその画面の中、立ち並ぶヘラクレスは偉容を周りに示していた。

「キョウカさんは、堀北さんと一緒に居るのね?」
「あれで、結構仲が良いという話だからな」
「そのあたりは、私とマナミさんの関係とは違うのね」
「同じ部活で頑張っているからだろうな」

 二人がそう会話をしている内に、映像はM市沖の前哨戦へと切り替わっていた。そして1体のギガンテスが撃破された時、快挙だとアナウンサーは絶叫をあげた。そしてギガンテスを撃破した加藤一佐に続けと、さらなる攻撃を主張した。

「あらあら、外野が熱くなってはいけませんね」
「ああ、気持ちは分かるが、ここで無理をすることに意味があるとは思えないな。
 なるほど、同じ事はあちらも考えているようだな」
「冷静で、とても頼もしいわね」

 一体こそ撃破したが、それだけではギガンテスの侵攻に影響を与えることは出来なかった。それどころか、岸に向けての動きが加速したようにも見えた。ギガンテスを倒した事実だけを取り上げれば、さらなる追撃の意味はあるだろう。だがこれからの戦いを考えた時、追撃自体に大きな意味があるとは思えない。そしてそれを証明するように、空自の戦闘機はさらなる追撃を行わなかった。

「一番前に居るのは、やっぱり碇さんですか?」
「彼は、一番危険な役割をすると言うからな」
「いよいよ、碇さんが活躍する所を見られるんですね」

 シズカがそう口にした時、テレビ放送は「世紀の戦い」だと煽り立てるような言葉を発していた。そして、世界の存亡が掛かる戦いなのだから、視聴者に対しても応援するようにとお願いしてきた。

「そうですね、私達も碇さん達を応援しましょうか?」
「そうだな、俺たちも応援すべきだな……
 だからトモノリ、お前も応援するんだぞ」
「私も、ですか?」

 少し目元を引きつらせたトモノリに、「当たり前だろう?」とユキタカは言い返した。そして、いささか過激とも思われることを口にした。

「お前も、こんな事で病院をつぶしたくないだろう?」
「いくら本家とは言え、それは横暴な物言いじゃありませんか?」
「俺は、昔お前達にされたことを参考にしているだけだ」

 そう言ってトモノリを黙らせたユキタカは、「せーの」と声を掛けて「頑張れっ」とテレビに向かって応援した。そしてユキタカに少し遅れて、シズカも「頑張って」と蚊の鳴くような声で応援の言葉を掛けた。
 ここで応援しないのは、本家・分家とか関係なく、空気を読まないことになるのだろう。仕方が無いと諦めたトモノリも、「頑張れっ」と大きな声を上げた。いささかやけっぱち気味なのは、トモノリの気持ちをよく表していた。

「頑張れ、頑張れ、頑張れっ!」
「碇さん頑張って、キョウカさん頑張って、みんな頑張ってっ!」

 そして早く帰ってきて。その思いを込めて、ユキタカとシズカはテレビに向かって応援を続けた。世界よりも何よりも、自分の娘と仲間たちの無事を祈っていた。その応援の声を聞きながら、トモノリは静かに病室を後にした。今は元気そうに見えるのだが、予想以上にシズカの衰弱が進んでいたのだ。いざという時のため、関係者を集めておく必要があった。

 彼らに託す思いは、おそらく世界で共有されたものだろう。世界中の声援を受け、いよいよM市の戦いが始まろうとしていた。



 実際に目の当たりにすると、60を超えるギガンテスの迫力は想像を絶するものがあった。それは、迎え撃つことを主張したシンジですら、その決断を後悔するほどだった。

「さすがに、凄いわね……」

 ゴクリとつばを飲み込んだマドカに、シンジも「そうですね」とだけ答えた。その声色の硬さに、ナルがちょっかいを掛けるように「ビビってる?」と聞いてきた。

「珍しいわね、碇君がビビるのって」
「僕だって、怖いものは怖いですよ。
 さすがに、こんな数のギガンテスは想像したこともありませんでしたからね」
「まあ、こんなもの平然と受け止めるほうがおかしいわよねぇ」

 そう言って笑ったナルに、つられたようにシンジも口元を緩めた。

「鳴沢先輩、少しもビビっているようには見えませんけど?」
「う〜ん、ビビるっていうより、なんだかなぁ、ちょっと興奮しているって感じかな。
 こうやって3人で暴れられるのって、滅多に無い事でしょう?
 ここでお姉さんの凄いところを見せてあげようかなって考えているのよ。
 まあ、危ないところは碇君に助けて貰うけどね……」

 そこでどうして責任を自分に持ってくる。口元を引き攣らせたシンジは、「無理を言わないでください」と文句を言った。

「あら、アサミちゃん以外は見捨てるって言うの?
 碇君は、私のことは守ってくれないんだ?」
「ええっ、ナルちゃんだけじゃなくて、私も守ってほしいんだけどな」
「いえ、だから出来る事と出来ないことがあるって……
 はぁっ、分かりましたよ。
 先輩達を含めて、全員僕が守って見せますよ」
「でも、あまり無理をしないでね?」

 だったらどうすればいいというのか。かなりの理不尽さを感じたシンジだったが、「分かりましたよ」と答えるだけにした。矛盾しているように聞こえる願いは、二人の素直な気持ちだった。自分もまた、二人に対して似たような気持ちを抱いているのに気がついたのだ。

「そろそろ来ますから、気を引き締めて行きましょうか」
「じゃあ、切り込み隊長は碇君に任せるわよ!」
「任されてあげますよ」

 シンジがそう答えた時、ギガンテスの先頭が浜から上陸してきた。シンジ達を敵と認めたのか、真っ直ぐ3人のところへと向かってきた。しかも続々と、ギガンテスが上陸してくるのだ。確かにその光景は、今までと違って圧倒的なものだった。
 そして第三陣が上陸した所で、シンジは少し助走をつけてギガンテスの中へと飛び込んでいった。

「篠山、後は任せるぞ!」

 助走を付けたシンジは、飛び上がると腕を眼前でクロスして全面に防御スクリーンを展開した。そして身を縮め、可能な限り防御スクリーンに体が潜れるようにした。ちょうどそのタイミングで、沖に居たギガンテスが加速粒子砲を撃ってきた。その全てが防御スクリーンで散らされていた。
 そのままの勢いでギガンテスの中に飛び込んだシンジは、たまたま着地点に居たギガンテスを踏みつぶした。そして足元に構わず、もう一度飛び上がって、更に後方へと着地した。

 ギガンテスでも、人間のように驚くことが有るのだろうか。いきなり現れたシンジに、目の前のギガンテスはすぐに攻撃に出ることは出来なかった。それを良い事に、シンジは目の前のギガンテスの頭を蹴り飛ばした。そして蹴り飛ばした勢いそのままで位置を変え、目の前にあった別のギガンテスの尾を捕まえた。

 サンディフックでは、ギガンテスを叩きつけることで、2体のギガンテスにダメージを与えた。だが今度の戦いでは、周りには複数のギガンテスが押し寄せていた。それもあって、シンジはスイングするようにギガンテスを振り回し、手近にいるギガンテスを跳ね飛ばした。そしてそのまま走りだし、当たるを幸いに届くところにいるギガンテスをなぎ倒していった。
 シンジの暴れる様子を見たマドカとナルの二人は、「さすがね」とその戦い方に感心した。可能な限り一箇所にとどまらず、それでいてできるだけギガンテスにダメージを与える。はじめに考えた、理想的な戦い方を展開しているのだ。ヘラクレスに比べて鈍重なギガンテスでは、シンジの動きに追いつくことは出来ないだろう。

「じゃあ、私達も密集している所に飛び込みますか?」
「あれって、碇君が残しておいてくれたんだよね。
 まったく、控え目っていうのか、気を使い過ぎっていうのか……
 面倒ばっかり残してくれて」

 ふんと鼻息を一つ吐いたナルは、「行くわよ」とマドカに声を掛けた。

「オッケーナルちゃん、私達も大暴れしましょうか!」

 そこで左足を後ろに下げた二人は、そのまま反動をつけてギガンテスの群れに飛び込んでいった。ここまで来れば、出来る出来ないは問題ではない。やれることを、思いっきりやるだけなのだ。覚悟を決めてギガンテスの群れに飛び込んだ二人は、そのままの勢いで回りにいるギガンテスを蹴散らしていった。その姿は、まるでどこかのワルガキのようでもあった。

 3人の戦いを、衛宮達を挟んだ位置でアサミとキョウカは観察していた。アサミの役割は、3人から逃れてきたギガンテスを、人の居ない方へ誘導すること。そのために、衛宮達に対して細かな指示を出す必要があった。この場合特に重要なのは、住民たちが避難をした、苫小牧方面にむかわせないことだった。
 そしてキョウカの役目は、シンジ達3人の戦いをサポートすることだった。暴れようとすればするほど、周りに注意が向かなくなる。それを防ぐために、キョウカが3人の目となって、周りのギガンテスに対して注意を向ける必要があったのだ。

「碇先輩、右手方面から大量のギガンテスが押し寄せてくるぞ。
 遠野先輩、鳴沢先輩、進行方向右手に獲物が集結している。
 おかしな攻撃をされる前に、さっさと蹴散らしてくれ!」

 キョウカの指示に対して、3人からは答えは返って来ない。ただ彼らの戦いが、キョウカの指示を参考に変わっていく。伏兵を含め、そうやって対処をしていたのである。
 そしてアサミは、更に戦闘全体を見渡していた。シンジ達3人がうまく戦いに入って行ったので、ここから先は、新しい作戦を行う段階になったのである。

「西沢一尉、お待たせしました。
 ダメージを受けていそうなギガンテスから攻撃をしていってください。
 攻撃ポイントは、頭、もしくは胴体をお願いします!」
「こちら西沢、了解した。
 これからギガンテスへの攻撃を開始する!」

 そうやってアサミから指揮権を受け取った西沢は、上空に待機した仲間たちに、「攻撃開始」の合図を送った。出撃の前に、何度も繰り返し確認した作戦。それがいよいよ実行される時がやってきたのだと。

「5機1組で波状攻撃を行う。
 すぐにアメリカさんも参戦するから、遠慮なくギガンテスにミサイルを食らわせてやれ!
 いいか、ちゃんと弱ってる奴を狙って撃つんだぞ!」

 そう言って注意をした西沢は、「俺から行く!」とシンジの後ろでのたうつギガンテスを標的とした。

 今までは、自分達の攻撃では、ギガンテスに手傷を負わせることも出来なかった。だがシンジの助言で行った攻撃で、1体のギガンテスを撃破し、もう1体にはそれなりの手傷を負わせることに成功した。そしてこの攻撃で手傷を負わせることが出来れば、この戦いも人が有利に進めることができる。その思いを込めて、西沢はターゲットに向けてミサイルの発射ボタンを押した。

「Fire!」

 その声に少し遅れ、機体の下から2機の空対地ミサイルが白い尾を引きながらギガンテスへと向かって行った。
 西沢が狙ったのは、シンジに跳ね飛ばされ、お腹を見せているギガンテスだった。西沢の乗る機体から放たれた2機のミサイルは、そのままお腹に突き刺さり、小さな爆発を引き起こした。

 ミサイルの爆発した後には、体の一部が欠落したギガンテスがのたうっていた。そして欠落した部分からは、真っ赤な血のようなものが吹き出していた。

「攻撃の効果を確認。
 追撃を行い、ギガンテスを仕留めるぞ!」

 西沢の指示に従い、後続の機体からミサイルが発射された。そして発射されたミサイルは、狙い過たず、ぱっくりと開いた傷口へと突き刺さり、再び小さな爆発を起こした。
 ただ爆発自体は小さなものだったが、期待以上の効果を示した。二度のミサイルの攻撃を受けたギガンテスは、胴体を分断されて動きを止めていたのだ。

「ギガンテスの撃破を確認!
 引き続き、ターゲットを絞って攻撃を続行する!」

 これで、彼らは2体のギガンテスを撃破したことになる。威力の小さな空対地ミサイルだと考えれば、これは画期的な成果に違いない。過去一度も成功したことが無かった連携攻撃が、ようやく意味のある攻撃として成立したのだ。



 M市の戦いは、明らかにこれまでの常識を越えたものだった。津波のように押し寄せるギガンテス、そしてその中に切り込んでいくヘラクレス。さらに言えば、通常兵器を用いた迎撃方法。後者は本来考えられて然るべきものなのだが、過去一度も成功したことが無いため諦められていたものだった。
 だがこの戦いにおいて、通常兵器で2体のギガンテスを撃破している。しかも3機のヘラクレスは、押し寄せるギガンテスをものともせずに暴れている。まだ戦いが始まったばかり、しかも数多くのギガンテスが残されているにもかかわらず、世界は目の前の成果に熱狂していた。

 その戦いを見せつけられ、アスカは今更ながら自分が居る場所を呪った。なぜ自分もあの中に入って戦っていないのか。どうしてこんな遠くで見ていることしか出来ないのか。Phoenix Operationが自分にも適用されていれば、自分もこの戦いに加わることができたのにと。

「ああっ、もう、どうして私がここに居るのよっ!
 なんで、シンジ様と一緒に暴れられないのよ!」

 ヘラクレスの中で地団駄を踏んだアスカに、通信機の向こうから「冷静に」とクラリッサが声を掛けてきた。高ぶる気持ちは理解できるが、世の中には出来ることと出来ないことが存在している。
 必要なのは、枠を超える努力と判断。それをしたのが碇シンジ達で、しなかったのがアスカ・ラングレーを含む今までのパイロットだった。常に追い詰められた状況と言うこともあるが、そこに意識の違いがあったことは疑いようも無い。

 単純に悔しがるアスカを向こうに、クラリッサは別のことを考えていた。一部関係者のみに共有された、極秘中の極秘の情報がある。ジャクソンビル、そしてM市、いずれの戦いも、この情報が絡んでいることは疑いようが無かった。

「碇シンジは、もう限界を迎えている……
 おそらく、本人がそれを一番自覚している……か」

 記憶操作の方法自体、言われてみれば納得できる内容だった。リスクを考えた時、確実に記憶の復元できる方法を考える必要があったのだ。そのため元とまったく同じ仮想人格、すなわちコピー人格の形成と言うのは十分に考えられる方法だった。そしてその仮想人格に対する、執拗なまでの精神操作。当時求められた対処を考えれば、いずれも適正なものとしか言いようが無かった。
 だが技術として確立されていない処置は、やはりと言うべきか、破綻が待っていたのだ。そしてその兆候が、すでに現れているのだと教えられた。

 碇シンジが恋人とともに、そのための準備を進めている。そう聞かされた時には、クラリッサは自分の耳を疑ったほどだ。そしてすぐに、悲しいなと二人の努力を哀れんでしまった。二人が集中して準備しているのは、碇シンジが居なくなっても困らないようにすること。その成果が、ジャクソンビルやこの戦いに示されていたのだ。そこに込められた思い、それが悲しすぎるのだ。

「記憶をつなげる方法を研究して欲しい……か」

 15歳までの人生と、15歳からの人生。確かにその二つに、どこにも重なったところは無い。従って、排他的に扱う理由が無いのは間違いなかった。そして記憶の戻った碇シンジには、およそ3年にわたる記憶の空白が存在する。そこにもう一つの記憶をはめ込むことは、論理的には不可能とは言えないだろう。
 だが現実的に可能かと言われると、その方法がまったく思い浮かばないのだ。今の記憶がどこまで保存されるのか、そしてそれを壊さず結合することが出来るのか、個人的希望としては、何とかつなげてあげたいとは思っている。だが“天才”クラリッサにも、その方法は奇跡と呼ばれるものしか思い浮かばなかったのだ。

「世界は、本当に彼を失っても存続できるのかしら……」

 碇シンジとその恋人が、そのための準備を進めているのは分かっている。そしてその成果が、着実に現れているのも理解できる。だが問題の本質は、戦力的なものでは無いことも分かっていた。サンディエゴ、カサブランカ、いずれのエースも碇シンジに依存している。そして世界もまた、碇シンジの存在に希望を見つけている。それが失われた時、対象Iが代わりになるとは思えなかった。

「もう一つの希望が、あの3人と言うことか」

 ギガンテスの大群に飛び込み、なおかつ蹴散らすだけの能力を示した二人。そして後方で、冷静沈着に指揮統括できる一人。それが日本の持つもう一つの力だと言うのは分かっていた。碇シンジの活躍に目を奪われがちなのだが、その三人の活躍もまた、他の基地には真似の出来ない大きな功績だったのだ。ただこの三人にしても、碇シンジが作り上げたものだった。
 サンディエゴではアスカ、カサブランカではカヲルと言うエースならば、一人で二人分の働きをすることは出来るだろう。だがこの状況で、迷わずギガンテスの群れに飛び込むことなど出来るはずもない。それを当然と受け止め、冷静に任務を遂行する。同調率で語ることの出来ない、優れた能力がそこにあったのだ。

「一番の問題は、堀北アサミね。
 彼女が健在であれば、影響を最小限に抑えることが出来る」

 そのための話し合いは、二人の間で何度も行われているのだろう。そして様々な準備が行われているのは、この戦いを見ても理解することが出来る。だが、本当にその役目を彼女に求めることが出来るのか。15歳の少女に求めるには、あまりにも酷な要求では無いのだろうか。

「いつか記憶を取り戻す日まで……か」

 それだけが支えと言うのは、あまりにも心許ないものに違いない。いくら備えをしていても、現実に直面した時、それを受け入れられるのかは全くの別物なのだ。
 だがいくら心許なくても、今はそれに頼るしか他に方法は残されていなかった。そしてクラリッサに出来ることは、本当に悲しくなるほど何も無かったのだ。唯一あるとすれば、記憶の結合方法を研究することだろう。それにしたところで、すぐに成果を示すのは不可能としか言いようが無かったのだ。

「一日でも長く、碇シンジが安定しているのを願うしか無いのか……」

 それが今の限界だと、興奮するアスカの声を聞きながら、クラリッサは暗澹たる気分に囚われていたのだった。



 M市での戦いは、予想を超えた順調なものとなっていた。撃滅数こそあまり増えていかないが、着実にギガンテスを減らすことには成功している。そして何度か攻撃を繰り返していく中で、おぼろげながら何が有効なのかも掴めてきたのだ。

「ミスターシンジ、出来ればギガンテスを裏返して貰えないか?
 奴らの背中は、どうやらかなり頑丈に出来ているようだ」

 西沢達は、補給のために千歳へと戻っていった。そしてその後を引き継いだリチャードは、シンジに対して一つの要求を投げかけた。ギガンテスを蹴散らす時に、可能な限り裏返して欲しい。その方が、攻撃が効果的に行えると言うのである。

「了解しました。
 可能な限り、裏返すように努力します」

 リチャードに引き継ぐまで、ギガンテスの殲滅数は6となっていた。そのすべてを通常兵器で達成したのだから、快挙と言って差し支えないだろう。そしてリチャードが引き継いでから、さらに4の撃滅数が積み上げられた。未だ55のギガンテスは残っているが、戦いの終わりも見え始めていた。
 その中で行われた依頼に、シンジは了解したと答えた。そしてその言葉通り、今までよりは裏返ったギガンテスの数が増えていた。

 それをさすがと感心しつつ、リチャードは淡々とギガンテスへと攻撃を加えていった。弾薬数の準備では、一番米軍が多いのが分かっていたのだ。だから可能な限り、自分のところで数を減らしておく。それこそが、この戦いを乗り切るポイントだと信じていた。
 そしてさらに8の撃滅数が積み上がったところで、リチャードからリディアに攻撃がバトンタッチされた。

「こちら、ウラジオストック基地のリディア・リトヴァク少佐です。
 あなた方とともに戦場に立てることを光栄に思っています」

 そう言って挨拶したリディアは、全体統括をしているアサミに、「試してみたいことがある」と持ちかけた。

「何でしょうか?」
「ギガンテスへの攻撃について、ちょっとしたアイディアがあります。
 この機会に、是非とも試してみたいと思っている。
 海上で行った攻撃と、今やっていることをミックスできないだろうか」
「つまり、加速粒子砲を撃とうとしているギガンテスに攻撃し、
 撃破できないまでもダメージを与えた時に、追撃をしてみると言うことですね」

 正しく考えていることを言い当てられ、「さすが」とリディアは目を見張った。

「つまり、そちらのプランには有ったという訳ね」
「当然考えつくことだと思いませんか?
 むしろ、今回のように一撃で撃破できるとは思っていませんでした。
 ダメージを与えたところで、追撃によってギガンテスを撃破する。
 もともと考えていたのは、そちらの作戦だったんですよ」

 そこまで考えていたのかと感動しながら、リディアは「それで」と作戦実行についての可否を求めた。

「二つのリスクがありますが、条件付きで認めることにします。
 離れたところに居るギガンテスに限って、その攻撃を許可することにします。
 理由は、予想以上の爆発から、ヘラクレスを守ることにあります」
「もう一つのリスクは?」

 爆発に巻き込まれることが、第一のリスクと言うのは理解できた。そうなると、もう一つのリスクがどこにあるのか気になってくる。
 それを質問したリディアに、攻撃がそれる可能性があることをアサミは指摘した。

「把握している状況から、ギガンテスの攻撃がそれる恐れが出てきます。
 現状把握しているリスクは、その程度だと思ってください」

 その説明に、なるほどとリディアはリスクに納得がいった。こちらの攻撃で、放たれる加速粒子砲の軌跡がずれることは大いにあり得たのだ。そうなると、想定外の被害を引き起こす可能性が出てくる。確かに、リスクとして考慮しておく必要があることだった。
 そしてリスクを認識したリディアは、慎重に掛からなければと考え直していた。せっかく順調に戦いが進んでいるのに、自分たちのせいで戦場をかき乱してはいけない。まかり間違ってこちらに被害が出たら、自分の命ぐらいでは償うことが出来るものではない。

 そんなリディアに、「積極的にやってください」とアサミがお墨付きを出した。さすがに予想外の指示に、リディアは再び目を剥いて驚いた。

「本当に、いいのか?」
「分かっていれば、対処は難しくありません。
 戦いに余裕がある内に試してみようというのが、こちらの意見です。
 もちろん、着実にギガンテスを仕留める作業も続けてください」

 自分の相手をしているのが、まだ10代半ばの少女なのだ。しかも実戦経験は、半年にも及ばないと聞いている。その前に訓練すら受けていないと聞かされると、時代は変わったのだとリディアは実感させられた。

「了解した。
 変に欲を掻かず、着実な任務遂行を心がける」

 ありがとう。そう言って通信を切ったリディアは、部下達に「ギガンテスを撃滅する!」と命令を飛ばした。

「作戦への許可は出た。
 ウラディミール、お前達はこれまで通りギガンテスへの攻撃を行え。
 私達は、もう一つの作戦を遂行する!」

 そのために、リディアと僚機3機は、高度をとるべく上空へと位置を変えた。今の攻撃を邪魔しないため、全体を俯瞰し、いち早くギガンテスに攻撃を加えるためだった。

 だがリディア達より、ヘラクレスのパイロットの方が、ギガンテスの動きへの理解が高かった。機会をうかがうため旋回していたリディアに、アサミから攻撃対象が知らされたのだ。

「クリスカ、手はず通りギガンテスへの攻撃を行う!」

 付いてこいと、リディアは愛機のSu-27を失速、急降下させた。そして指示された位置では、2体のギガンテスが動きを止め、口から白い光を漏らし始めていた。

「なるほど、さすがは日本のパイロット」

 的確な指示に、凄いとリディアは唸ってしまった。そしてここまでお膳立てされたのだから、しくじるわけには行かないと覚悟を決めた。

「クリスカ、お手本はカトーが示してくれた。
 いいか、うまくやれよ、それからうまくやり過ぎるな」

 そう言ってリディアは、加速粒子砲を撃とうとしているギガンテスの前に回り込んだ。漏れ出す光が強くなっているのは、そろそろ攻撃をしようとしているのだろう。そのギガンテスの前でさらに急減速したリディアとクリスカは、抱いていた空対地ミサイルを発射し、急加速でその場から旋回・離脱した。

 うまくやり過ぎるなと言うリディアだったが、自らの攻撃はうまくいきすぎてしまった。まっすぐギガンテスの口に吸い込まれたミサイルは、少しタイミングを置いてからギガンテスの腹部を吹き飛ばしてくれたのだ。隣に居たギガンテスは、そのあおりを受けて腹を天に向けてひっくり返った。
 そしてクリスカの攻撃は、指示通り口の入り口で爆発した。こちらはこちらで、酷い激痛を感じたようにその場でのたうっていた。

「イリヤ、イーニャ、ギガンテスを撃破しろ!」

 かろうじて爆発を回避したリディアは、すぐさま鋭い声で追撃を指示した。せっかく作った好機を、みすみす見逃す手は無いのだ。

「カトーに感謝だな」

 あれを知らなければ、自分も爆発に巻き込まれていた。カトーが開いた道を、リディアは見事活用してみせたのだ。

 そしてリディアの指示を受けたイリヤとイーニャは、指示通り抱いていたミサイルをギガンテスの腹部めがけて発射した。
 期待を込めて放たれたミサイルは、まっすぐギガンテスの腹部に吸い込まれた。そして小さな爆発を起こし、大きくその腹をえぐり取った。そしてすかさず行われた追撃で、2体のギガンテスは見事撃滅されたのである。これで、通常兵器単独でのギガンテス撃滅への道が確立されたことになる。

「シンジ・イカリとアサミ・ホリキタか……」

 作戦を成功させたのは自分たちだが、この功績は二人のものだとリディアは理解していた。冷静にギガンテスの特徴を分析し、そこから弱点をあぶり出した。そしてその弱点を突く攻撃を立案し、自分たちに提示して見せてくれたのだ。そこまでお膳立てされれば、成功しても当然だと思えてしまった。

「ウラディミール、こちらの作戦は成功した。
 弾を撃ち尽くしたものは、すぐに基地へと帰投せよ。
 この後は、日本の精鋭達が引き受けてくれる!」

 リディア達の攻撃で、都合7体のギガンテスが撃滅された。これで、都合25のギガンテスが撃滅されたことになる。まだ40体のギガンテスが残っているが、撃滅されるのはそれこそ時間の問題と言えるだろう。それだけ、ヘラクレスと自分たちとの連携がうまくいっていたのだ。

 戦いが始まって2時間を経過したが、ギガンテスの侵攻は沿岸部に押さえ込まれていた。上陸したギガンテスが、3機のヘラクレスを敵と認識したのがその理由だろう。時折はぐれたギガンテスが街へと向かってきたが、そのすべては日中合同の防御陣で戦場へと押し返された。当初の予定は山間部への誘導なのだが、その必要は無いとアサミが作戦を切り替えたのである。
 そしてさらに1時間が経過したところで、待望の騎兵隊が空から駆けつけた。アスカを先頭に、サンディエゴ基地の精鋭5人が乱戦に参戦してきたのだ。この時点で撃滅数は32を数え、残りは33となっていた。

「アサミ、全体統率を任せて良いか?」
「ええライナスさん、思う存分暴れてください」

 これで戦力比は、8対33と言うことになる。シンジとアスカの2枚看板が揃った事で、戦力への不安は一掃されることになった。ここが踏ん張りどころだと、アサミはエース二人に新しい指示を出すことにした。

「先輩、アスカさん、共同してギガンテスを倒してください。
 二人が協力すれば、ギガンテスにつけいる隙は無いと思います。
 それから遠野先輩、鳴沢先輩、お二人には、今まで通り暴れて貰って結構です。
 サンディエゴ基地の人達と共同で、ギガンテスを蹴散らしてやってください!」

 前線に指示を出したアサミは、防御陣を敷く衛宮達に、「戦いをよく見ていてください」と指示を出した。

「もう、防御陣の意味は薄くなったと思います。
 ですから皆さんには、この戦いをよく見ておいて欲しいんです。
 そうですね、皆さんの手元にポジトロンライフルがあると想定してください。
 ポジトロンライフルを使うのであれば、どこに位置取りをすれば良いのか、
 そしてどのギガンテスを狙えば良いのか、それを考えながら戦いを見てくださいね」

 それが、将来の戦いに繋がることになる。アサミの指示に「ああ」と衛宮達は感動した。なぜ自分たちがここに居るのか、もう一つの意味を理解したのだ。そしてその指示は、自分達も戦力となることを教えてくれた。だから衛宮達は、片時も見逃すまいと、ギガンテス1体1体の動きを追いかけ続けたのだった。

 溜めていた力をはき出すというのは、このことを言うのだろう。それほどまでに、西海岸のアテナは戦場で躍動していた。戦いは、個別撃破へとフェースが進んでいるのだが、それにお構いなくアスカは、複数のギガンテス相手に暴れまくってくれた。
 アスカの動きは、それだけを見れば慎重さに欠けるものだったかもしれない。ただその分破壊力が大きく、対峙したギガンテスを次々と屠っていった。そしてアスカにあった隙は、すべてシンジがサポートして埋められていた。しかもアスカをサポートしながら、シンジは折を見て一撃必殺の攻撃を放っていった。その的確な攻撃により、アスカを中心としたエリアで加速的に撃破数が積み上がっていった。

 そこから1時間経過したところで、アサミは全員に対して攻撃を撃破へと切り替える命令を出した。積み上げられた撃滅数は50、残るギガンテスは15となっていた。

「西沢さん、リチャードさん、リディアさん、これまでご支援ありがとうございます。
 残る15体……もう14体ですね、それぐらいだったらお手を借りなくても大丈夫です」
「堀北さん、全体統括ご苦労様でした。
 とても見事な指示でした!」
「祝勝パーティーへの招待を頼むぞ!」
「お土産を持って駆けつけるからね」

 すでにとっぷりと日も暮れ暗くなった空を、日米露の戦闘機が光の尾を引いて飛び去っていくのを見ることが出来た。空前絶後の襲撃に対して、人類は力を合わせることで乗り切ろうとしている。その立役者達が、己の役目を完遂し、無事基地へと帰っていこうとしていた。

「残存ギガンテスの数は12ですね。
 キョウカさん、約束の今日中にS市に戻ることが出来そうですね」
「そうだな、もう先輩達なら大丈夫だろう」

 ふうっと大きく息を吐いたキョウカは、小さな声で「母様」と呟いた。

「母様、俺が言ったとおりだろう?
 碇先輩は、とっても凄い人なんだぞ」

 だから一緒に居られるだけで幸せなのだ。病院の母を思い、キョウカは大丈夫だと語りかけたのだった。



 その頃シズカの病室には、篠山家関係者が顔を揃えていた。シズカの容態を見た院長トモノリが、親戚一同の招集を行った結果である。
 すでにシンジ達を応援する声も無く、ただ黙ってシズカとユキタカの様子を見守っていた。そして全員に見守られる中、シズカはユキタカに手を握られていた。

 ユキタカに手を握られたシズカは、何かを訴えるように口をぱくぱく動かしていた。いよいよ呼吸もままならなくなったのかと全員が詰め寄った時、ユキタカはシズカの口に合わせるように「頑張れ」と語りかけた。それで初めて、全員がシズカが口を動かしている意味を理解した。今際の際でも、戦いに出た娘を応援し続けているのだと。確かに、シズカは何かを訴えているように見えた。

 そんなシズカの姿を見て、誰とも無く「頑張れ」と唱和を始めた。そしてすぐに、詰めかけた全員が「頑張れ」と声を合わせた。「頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ……」と。
 そんな状況が5分ほど続いた時、シズカの手を握っていたユキタカが「お疲れ様」と語りかけた。その声を聞きつけ、すぐにトモノリが駆け寄り脈拍と瞳孔の反射を調べた。そして時計を見て、「ご臨終です」と全員に告げた。

「18時32分です」

 S市のお姫様と言われたシズカも、今は見る影も無いほどやせ細ってしまった。ただやせ細ってはいたが、とても穏やかな死に顔だった。
 「そうか」と小さく呟いたユキタカは、握っていたシズカの手を離して立ち上がった。

「悪い、トイレに行ってくる」
「別に、ここで泣いても構わないんだぞ」

 すかさず言い返したトモノリに、ユキタカは「馬鹿野郎」と言い返した。

「ションベンぐらい行かせろ」

 そう言い残して出て行ったユキタカに、トモノリはぼそりと「トイレならそこにあるだろう」と呟いた。すべてが完備された特別室なのだから、トイレから風呂まで揃っていたのだ。それを考えれば、わざわざ病室から出て行く必要は無かった。

「まあ、あいつらしいと言えばあいつらしいか……」

 ユキタカは篠山家に君臨し、発展させてきた立役者なのだ。親戚一同が集まったところで、弱いところなど見せたくないのだろう。たとえ愛した妻の死でも、毅然としている必要があったのだ。特に、これから篠山内部の戦いが待っているのだから。

「さあ、これからの1週間が大変だな」

 ユキタカが篠山家の当主なのだが、資産自体はすべてシズカの名義となっていた。葬儀をどうするのかから始まり、次にその相続が問題となってくる。その大筋が見えてくるのは、この1週間が目安だろう。ユキタカの力を弱めたい者達は、すべての権利を娘のキョウカへと渡すことを画策するに違いない。さもなければ、一族内に分散させることを考えるのだろうか。その暗闘が、シズカの死をきっかけに始まるのである。
 ただトモノリには、一族が勝者になることはあり得ないと分かっていた。今の篠山の繁栄は、すべてユキタカの能力に依存していたのだ。その意味でユキタカを敵に回した時点で、篠山の繁栄は終わることになる。加えて言うのなら、まともな考えを持つものは、間違い無くユキタカにつくはずだ。

「さあて、俺はどうするかだが……」

 総合病院として、S市で確固たる地位は築いている。その意味で、もはや篠山の庇護はトモノリには必要がなかった。しかも旧泰然とした考え方で、出る杭を打ってくるのが篠山だった。その面倒くささを考えると、自分はユキタカに付くべきなのは分かっていた。色々と言ってくる奴は多いだろうが、蹴散らすのはユキタカに任せればいい。

「シズカさんの死で、篠山の大掃除が始まることになるのか」

 それもまた時代の要請だと、トモノリはこれからの騒動を思ったのだった。



 2時から始まった戦いも、すでに5時間になろうとしていた。今だ健在の8機のヘラクレスの周りには、61体の屍が積み上げられていた。残る3体にしても、もはや時間の問題という状況になっていた。

 戦いの趨勢は、通常兵器が通用した時点で決まっていたのだろう。それに比べれば、サンディエゴ基地の参入は、結果を早める以上の意味を持たなかった。65を超えるギガンテスに、僅か3機のヘラクレスで戦いに臨んだ絶望的な戦いを、支援を受けたとは言え見事に乗り切ってみせたのだ。その支援自体も、シンジの発案から出たものだった。この戦いでシンジの評価は、更に高まることになったのである。
 その証拠に、戦いを中継したマスコミは、こぞってシンジを“救世主”と称賛した。どんな絶望的な状況においても、僅かな光明を力強い光に変える存在。周りを固める4人の少女を含め、世界の守り神とまで言い切るテレビ局もあるぐらいだ。そしてこの戦いにおいて、S高ジャージ部の5人は、称賛にふさわしい戦いをしてみせた。否定の言葉すら見つけられない、完璧な戦い方なのだ。もしも批判することがあるとすれば、彼らへの扱いぐらいだろう。

「残るギガンテスは、あと3体です。
 最後まで気を抜かないで、確実に撃破をお願いします」

 一部市街地で被害こそ出ていたが、当初予定された被害に比べれば、それこそ天と地の違いとなっていた。しかも人的被害に関して言えば、確認できる限りでは発生していない。絶望的と言われた戦いだと考えれば、これこそ奇跡と言っていい戦果に違いなかった。
 終わりが見えた所で、アサミは全員に対して後一息と激励をした。65と言う数字に比べれば、3と言うのは終わった気になる数に違いない。だが過去の戦いにおいては、僅か3体のギガンテスに対して、大きな被害を被ったことがたびたび有ったのだ。

 その意味での激励だったが、もはやその心配も必要はないようだった。たまたま2体が密集していた所にアスカが飛び込み、至極あっさりと血祭りにあげてくれたのだ。そして残った1体は、マドカとナルが同じように血祭りにあげていた。
 この戦果を持って、5時間を超えるM市の戦いは終結したことになる。結局、カサブランカの応援が辿り着く前に、すべてのギガンテスを撃滅したのだ。もはや、どれだけの数が押し寄せてきても、ギガンテスだけならば乗り切ることが出来るのを証明したのである。

「ご苦労さまです!
 すべてのギガンテスを撃滅したことを確認しました!」

 アサミからの連絡に、集結した30機のヘラクレスが右手を天に突き上げた。口が無いから分からないが、パイロット達全員は歓喜の雄叫びを上げていた。絶望的な戦いに臨み、最高の結果を出してみせたのだ。直接撃滅に加わらなかったパイロット達にしても、奇跡の当事者となれたのである。これまで抱いていたギガンテスへの恐怖も、今はすっかりなくなっていた。
 そしてアサミの声と同時に、アスカはシンジのところに駆け寄っていた。

「シンジ様、やりましたねっ!」

 アスカ自身、今回の戦いは会心のものだと思っていた。シンジのサポートこそ受けたが、本当に思う存分戦うことが出来たのだ。しかも絶望で迎えた戦いが、結果的に最高の終わり方をしてくれた。それを演出したシンジに対して、アスカは絶対の信頼を抱いていた。

「アスカさんが来てくれて助かったよ」
「とんでもありません!
 今回の戦いでは、私達は本当におまけに過ぎませんよ。
 何しろ、今まで不可能とされていた、通常兵器でのギガンテス撃滅が成功したんです。
 すべて、シンジ様のお陰だとみんな思っているんですよ!
 これで、私たちはギガンテスに対して有利に戦いを進めることができます」

 そう言ってシンジを讃えたアスカは、「あのぉ」と少し口ごもってから、これからの事を持ちだした。

「もう少ししたら、カサブランカからカヲルの奴も来ると思うんです。
 お疲れのところを申し訳ありませんが、祝勝会を開きませんか?」
「祝勝会か……」

 リディア達からも、似たようなことを頼まれていたなとシンジは思いだした。普段なら、言われたとおり祝勝会に突入していただろう。だがシンジには、まだ果たさなければならない約束が残っていた。その約束を果たすためには、すぐにS市に戻らなければならなかった。

「祝勝会は開くべきだと思うけど、ごめん、僕はすぐにS市に戻らなくてはいけないんだ。
 ギガンテスを倒してすぐに帰るって、ある人と約束をしているんだよ。
 この約束だけは、絶対に守らないといけないんだよ」
「そう、なんですか……残念ですね。
 でも、約束だったら仕方がありませんね」

 絶対に守らなくてはいけないとまで言われれば、無理を言って引き止めるわけにもいかない。「分かりました!」と元気よく答え、アスカは自分達だけで祝勝会を開くことにした。

「他のパイロットの皆さんは参加できるんですよね?」
「ああ、約束が有るのは僕と篠山だけだからね。
 先輩達は、ちゃんと残ってパーティーに出てくれるよ。
 僕も、一旦千歳に戻ってからS市に帰ることになると思う。
 少しぐらいなら、そこで話を出来るんじゃないのかな?
 そう言うことなので、次は千歳で会うことにしよう」
「はい、チトセですね」

 一緒にパーティーに出られないことは残念だが、それでも直接会う機会は残っていた。とりあえずそれで我慢出来ると、アスカは元気よくシンジに答えた。そうと決まれが、さっさと千歳まで撤収する必要が有る。アスカは撤収の指示をだすために、仲間達の方へと歩いて行った。

 それを見送ったところで、シンジは大きく息を吐き出した。勝算こそあったが、ここまでうまくはまるとは考えては居なかった。それが、予想以上の結果で戦いを終わることが出来たのだ。安心するのはまだ早いのだが、いくつかの責任を果たした気持ちになっていたのである。

「ふうっ、さすがに疲れたな……」

 気づいてみれば、出撃してから5時間以上暴れ続けたのだ。それで疲れない方が、むしろおかしいと言えるだろう。それでも最高の結果を前に、疲れも吹き飛ぶ気持ちになっていた。

「遠野先輩、鳴沢先輩、ご苦労様でした。
 ひとまず千歳の基地に行きましょうか」

 何をするにしても、一度自衛隊の基地に戻る必要がある。マドカとナルに声を掛けたシンジは、次の瞬間なぜかアサミに揺り起こされていた。周りを見てみると、出撃していたヘラクレスが自分を囲んでいた。

「あれっ、何か有ったのかい?」
「なにかって……」

 通信機の向こうに見えるアサミの顔は、これ以上無いほど青ざめていた。そこで初めて、シンジは自分の身に何が起きたのかを理解した。そして理解したからこそ、冷静にこの場を取り繕うことにした。

「ごめん、今日は朝からバタバタしていたからね。
 ホッとした所で、疲れが出たんだと思うよ」

 この場において、事情を知るのはアサミだけだった。だからこそ、ここは「疲れた」で押し通す必要がある。自分の手を借りて立ち上がったシンジに、アサミも調子を合わせて「無理しすぎです」と言い返した。

「う〜ん、これぐらいは大丈夫だと思ったんだけどな」
「そんな事ありません。
 先輩は、無理をし過ぎなんです!
 今日は、無理をしないで休んだ方がいいですよ!」

 まったくとため息を吐いたアサミは、周りを囲んだパイロット達に、「お騒がせしました」と謝った。

「碇先輩には、あまり無理をしないように強く言い聞かせます。
 今日は栄養をとって、早く寝るようにしますので大丈夫ですよ!」

 小さな頃から鍛えられた演技で、アサミは本当に何事もなかったかのように取り繕った。今の世界で、シンジの存在は欠くことのできない物になっている。そして様々な負担が掛かっているのは、誰もが知っていることだった。だから二人は、それを利用して「疲れている」ことで押し通した。

「これから、順次ヘリで千歳へと移動します。
 申し訳ありませんが、疲れている碇先輩を優先させてもらいます」

 ピッタリとくっついたアサミは、そこで通信をプライベートモードに切り替えた。

「先輩、意識が途切れたんですか?」
「それすら分からないんだよ。
 気がついた時には、アサミちゃんに起こされていたんだ」
「それで、これが初めてのことなんですか?」

 脳が破綻するとき、間違い無くその徴候が先に現れることになる。意識の中断は、おそらくその徴候となるものだろう。それが初めてのことなのか、アサミは祈るような気持ちでシンジの答えを待った。
 だがシンジから返ってきたのは、アサミを絶望に突き落とすものだった。

「ごめん、ここの所何回も意識が飛んでいると思う。
 でも、こんなにはっきりとしたのは、これが初めてだと思うよ」
「どうして、教えてくれなかったんですか!」

 それを教えたとして、アサミに何かできるわけではない。そしてシンジにしても、何も出来る事は残っていなかった。それでも、アサミはせめて自分だけには教えて欲しいと思っていた。
 だがシンジから返ってきたの、「ごめん」と言う言葉だけだった。どうしてと言われても、アサミだけには心配かけたくないと思っていたのだ。だからシンジは、アサミに謝ることしか出来なかった。



 勝利した高揚感も無く、シンジは千歳基地に舞い戻った。そこでシンジは、もう一つの残酷な現実を突きつけられることになった。

「篠山のお母さんが亡くなられたのですか……」

 出撃前は、そこまで差し迫っているようには見えなかった。それもあって、シンジはかなりのショックを受けていた。

「篠山には、まだ教えてないんですよね?」
「ああ、戻ってきたところで伝えることになる」

 そう答えた玖珂に、特急便を仕立てられるかとシンジは聞いた。シズカとの約束を果たすことが、最後にしてあげられることだと考えたのである。そんなシンジに、「言いにくいことだが」と断り、行かせられないのだと玖珂は告げた。

「特務一佐が篠山家ご当主から、君を来させないでくれと頼まれたそうだ。
 2日後の葬式に、学校の友人として来てくれればいいとのことだ。
 もちろん篠山さんには、特別便を仕立てる用意は出来ている」
「僕を来させないように……ですか」

 なぜと言う気持ちはあったが、それがユキタカの指示ならば受け入れるしか無い。それにシンジ自身、どこまで行っても篠山の関係者では無かったのだ。将来を約束したわけでも無い男が、のこのこと顔を出すのは正しい対応では無いのだろう。
 「そうですかと」受け入れたシンジは、もう一つ気になっていたことを確認することにした。

「加藤一佐はご無事でしょうか?」
「命には別状無いが、かなりのけがをされていると言うことだ。
 すでに、札幌にあるH大病院に搬送されている。
 それからもう一つ、保護した少女は危険な状況にあると言うことだ。
 多量の出血に加え、処置が遅れたことが原因になっている。
 医者の話では、今晩が峠と言うことらしい。
 今は、彼女の母親が付き添っているそうだ。
 先に言っておくが、現場を混乱させないため、君が顔を出すのを認めることは出来ない」

 昔のガールフレンドと言うことで、いろいろと便宜が図られたのだろう。さもなければ、アイリの情報を玖珂が把握している理由が無かったのだ。だが、図れる便宜はそこまでということだった。

「僕には、祈ることしか出来ることは無いんですか」
「陳腐な言い方だが、彼女の生命力に賭けるしか無いだろう」

 もう一度「そうですか」とシンジが受け入れた時、第二陣が千歳基地へと戻ってきた。マドカを先頭に、わいわいと入ってきた3人は、すぐに微妙な空気に気がついた。

「碇君、何かあったの?」
「なにか……そうですね」

 本来これを告げるのは、玖珂の役目に違いない。そこで玖珂を見たシンジは、小さく頷いて自分がキョウカに教える選択をした。

「篠山、お前のお母さんが亡くなられたそうだ。
 だからお前は、すぐにS市に戻らなくてはいけない」
「母様がっ!」

 嘘だと叫びたい気持ちを、キョウカは何とか抑え込んだ。いつか来るとは覚悟していたが、まさか今日とは思っても居なかった。自分が出てくる時も、あれほど落ち着いていたはずなのにと。だがシンジが伝えてくれた以上、母が死んだことは間違いなかった。
 流れ落ちそうな涙をぐっと我慢して、キョウカは「分かった」とシンジに告げた。

「だったら、俺はすぐに母様の所に戻ることにする」
「キョウカちゃん、碇君に付いていって貰わなくて大丈夫?」

 自分を心配してくれたマドカに、キョウカは「必要ない」とはっきり言い切った。

「親戚どもの前に、碇先輩を連れて行く訳にはいかない。
 これから俺は、父様と一緒の戦いに行くんだ。
 その戦いに、篠山と関係の無い先輩を巻き込んでいいはずがない」

 そう答えたキョウカは、シンジに向かって「ありがとう」と頭を下げた。

「先輩のおかげで、母様に最後の親孝行することが出来た。
 父様も、きっと同じ思いでいるに違いない。
 だから俺は、俺は……」

 キョウカが言葉に詰まった時、シンジの脇腹をアサミが肘で突いた。そしてちらりと自分を見たシンジに、アサミは小さく頷いて見せた。

「ばか、僕の前でやせ我慢なんかしなくていい」

 シンジはそう語りかけ、キョウカの頭を胸元に抱きしめた。それを合図にしたように、キョウカはシンジの胸で大声を上げて泣きじゃくった。

「母様、母様……」

 母親を思って泣くキョウカに、マドカ達も涙を流した。そしてキョウカを支えながら、シンジも悲しい別れに涙を流していた。

 その後すぐに、ヘラクレス用の高速キャリアを使い、キョウカはS市へと戻っていった。それを見送った足で、シンジは共同記者会見へと臨むことになった。今回の戦いは、いくつかの意味でエポックメーキングなものになっている。その説明を含め、記者会見の開催を頼み込まれたのだ。ただ長時間の戦いを行った後ということで、会見自体は短時間でいいことになっていた。
 記者会見には、サンディエゴ基地を代表してアスカも出席した。そして日米露の共同作戦に関係して、それぞれの代表も出席した。ただ日本側からは、重傷の加藤に代わって西沢一尉が記者会見に出席した。

「お疲れの所を申し訳ありません」

 そう前置きされてから、シンジへの質問が行われた。

「H新聞の前原です。
 質問をさせていただく前に、碇さんにお詫びとお礼を申し上げさせていただきたいと思います。
 私どもの掲載した批判にもならない誹謗中傷文で、
 大変ご不快な思いをさせてしまったことをお詫びいたします。
 そして、誰もが絶望したギガンテス襲撃を、碇さんのおかげで無事乗り切ることが出来ました。
 碇さんの言葉が、絶望にうちひしがれていた人々を動かしてくれました。
 奇跡的に軽微な被害で乗り切ることが出来たのも、すべて碇さんが諦めるなと激励してくれたおかげです。
 道民を代表するなどとおこがましいことは言えませんが、心からお礼を申し上げます」

 そう言って立ち上がった前原は、腰を90度曲げてシンジに頭を下げた。そしてこれでもかと言うほど時間を掛けてから、頭を上げて質問を始めた。

「今回の戦いは、いくつか新しい試みが行われたと理解しています。
 よろしければ、その試みの背景を説明していただけないでしょうか?」

 その新しい試みこそ、人類に希望をもたらすものだった。それを考えれば、その説明は、誰が質問に立ったとしても、当然求めるものに違いなかった。そしてシンジも、説明すべきことだと考えていた。

「お詫びについて、素直に受け取らせていただきます。
 では、ご質問のあった新しい試みについてですが……
 それは、通常兵器によるギガンテス迎撃と考えてよろしいですね?」
「はい、よろしくお願いします」
「分かりました。
 背景と言うことなので、なぜこのようなことを考えたのかからお話しします。
 なぜヘラクレスを使わないとギガンテスを倒せないのか。
 そのことへの疑問は、つねづね考え続けていたことでした。
 ヘラクレスと言う兵器の特殊性が、ギガンテス迎撃への大きな制限になっています。
 それを何とか取り除けないかと考えていたわけです。
 ただ、それが簡単にできるのなら、これまででも実践できていたでしょうね。
 それができていないと言う事は、常識にとらわれてはだめだと言うことになります。
 だから、どんな小さなきっかけでも良いから、新しい発見が無いかをいつも気にしていました」

 そこで言葉を切ったシンジは、二つの戦いがきっかけだったと説明した。

「まず第一のきっかけは、僕達にとって二度目の出撃となったアメリカでの戦いです。
 その戦いで、ダメージを与えたギガンテスに対して、ポジトロンライフルが効果を示しました。
 それまでの戦いでは、一度も打撃を与えたことの無い武器が、あの時に限ってギガンテスを倒したのです。
 その違いがどこにあるのか、それをずっと考えていました。
 そしてもう一つの戦いが、先日有ったジャクソンビルの戦いです。
 そこで僕は、敵が攻撃する時、不可視の防御壁が解除されるだろうと言う仮説を立てて臨みました。
 そして、戦いの中、その仮説を証明することに成功しました。
 その時の相手は、Third Apostleだったのですが、ギガンテスでも同じだろうと目星をつけたわけです。
 ギガンテスが加速粒子砲を放つ瞬間であれば、こちらの攻撃も届くだろうと考えたのです。
 そしてその可能性について、Phoenix Operationでお世話になっている加藤一佐にぶつけてみました。
 そこで加藤一佐から、肯定的な意見をいただくことになりました。
 加藤一佐達の卓越した技量なら、ギガンテスの口にミサイルをたたき込むことが出来るだろう。
 それが確信できたところで、二つの作戦が浮上することになりました。
 その一つが、ギガンテスの先制攻撃を利用して、逆襲することが出来ないのかと言うことです。
 こちらの攻撃が届けば、加速粒子砲による攻撃を押さえ込むことが可能となります。
 それが実現できれば、どこを襲撃されても、都市部の被害を押さえることが可能となります。
 そして第二が、ヘラクレスと役割を分担するというものです。
 今回の戦いを見て貰えば分かりますが、ギガンテスを倒しきるまでには結構な手間が掛かります。
 大量に押し寄せられた時には、1体1体にそこまでの手間を掛けている余裕は与えられません。
 ですから、その部分を受け持って貰えないかと考えたわけです。
 そしていずれの試みも、今回予想以上の成果を上げることになりました。
 そのおかげで、もう一つの試みも試すことが出来ました。
 もっとも、協力していただいたリディアさんも、同じ可能性に達したようですね。
 今回リディアさん達は、ヘラクレスの援護が無い状況で、2体のギガンテスを撃滅しています。
 ご質問のあった、新しい試みへの背景と考え方については以上の通りとなります」

 「よろしいですか」と言う問いかけに、質問をした前原は丁寧な説明へのお礼を口にした。そして前原の代わりに、別の記者が手を上げて立ち上がった。

「A新聞の若宮です。
 今回の戦いで示された結果は、非常に大きな意味があると理解しています。
 今の世界は、3地点同時侵攻に対応できる力を蓄えました。
 今回の成功は、さらなる多地点同時侵攻への備えになると理解しました。
 その解釈に間違いは無いのか、碇さんのお考えを聞かせてください」
「パイロットの僕がお答えできる話では無いと思いますが……
 あくまで、可能性という意味で僕の考えをお答えいたします。
 若宮さんが仰ったことに、全面的に同意しますよ。
 少なくとも、アスカさんや渚さんなら、単独出撃で敵を蹴散らすことが出来ます。
 現地のヘラクレス部隊、もしくは今回のような航空戦力と協力すればギガンテスを倒せると思います」
「それは、碇さんにも当てはまりますよね?」

 念を押した若宮に、シンジは少し口元を歪めて「どうでしょうね」とはぐらかした。

「一部の戦力を分離した場合、残された戦力でもギガンテスを倒せないといけないんですよ。
 経験を積んだサンディエゴやカサブランカと、僕達を一緒にしないで欲しいですね。
 そう言った判断も含まれるので、パイロットが答えられる話では無いと言わせていただきました」

 シンジがそう答えたところで、司会が「記者会見を終わります」と割り込んできた。戦闘直後で疲れていることを理由に、長時間の記者会見は許可していなかった。必要な説明が終わったこともあり、司会が潮時だと考えたのだ。いささか短すぎる会見なのだが、必要なことが聞けたと不満は出て来なかった。

「この後の予定ですが、関係者で意見交換会を実施いたします。
 ご質問にありましたとおり、今回の戦いは非常に大きな意味を持ったものとなっています。
 その意味を、関係者で意見交換し、今後に生かしていきたいと思っています」

 司会の合図に従って、出席したパイロット達は全員立ち上がった。そして満場の拍手に見送られ、会見場を後にしていった。シンジ以外は一言も喋らない会見だったが、関係者が全員顔を揃えることに意味が見いだされた会見だった。

 全員忙しい身と言うことも有り、会見場を後にした一行は、そのまま情報交換会という名の祝勝会に顔を出した。これがあるからこそ、面倒な記者会見があっても、各国のパイロットは日本に残ったと言っても良かった。
 そしてこの祝勝会において、シンジが主役であるのは言うまでも無いだろう。アサミが料理と飲み物を持って来た時、すでにシンジの前には行列ができあがっていたぐらいだ。そうなると、一人が長い時間シンジを独占することも出来なくなっていた。

「君には、一度お目に掛かってみたいと思っていた」

 そう言って切り出したリディアは、腹心3人をシンジに紹介した。いずれも自分より年上なのだが、ずいぶんと若いなとシンジは感心していた。そして付け加えるなら、全員がとっても美人だった。

「左からクリスカ・ビャーチェノワ、イリヤ・スフィール、イーニャ・シェスチナだ。
 まだ年は若いが、いずれも優秀なパイロットだよ。
 そしてなにより、全員が君の熱心なファンなんだ」

 男として、そう言われると悪い気がしないのは確かだった。さすがはロシア人というのか、全員が透き通るような白い肌をした美人なのである。内心しっかり喜んだシンジだが、隣にアサミが居る以上、それを顔に出すわけにはいかない。「光栄です」とまじめな顔をして、順番に一人一人と握手をしていった。

「いろいろと話を聞かせて貰いたいと思ったのだが……」

 後ろを見ると、列は初めより長くなっていた。それを考えると、長々と時間を使うのは迷惑なことに違いない。仕方が無いと小さくため息を吐いたリディアは、「一度遊びに来てくれ」と誘いの言葉を口にした。

「夏でも涼しいから、一度避暑にでも訪れてくれ。
 その時は、基地をあげて歓迎さえて貰おう。
 寝る暇も無いほど、念入りに歓迎させて貰うぞ」
「お誘いはうれしいのですけど、彼女の前でそう言うお誘いはちょっと……」

 困った顔をしたシンジに、「冗談だ」とリディアは小さく吹き出した。

「そう言う誘いをするときには、ちゃんとばれないように気を遣うよ」
「それも、彼女の前で言って欲しく無いんですが……」

 本当に困った顔をしたシンジに、リディアはもう一度冗談だと繰り返した。そして右手を差し出し、「感謝している」と口にした。

「これまで、私達は何も出来ず忸怩たる思いをしてきたんだ。
 ヘラクレス抜きと言うのは無理でも、これで私達にも一矢報いる方法が与えられた。
 それを私達に示してくれたことに、私達は本当に感謝をしているんだよ」
「そう言っていただけてありがたいです。
 これからも、皆さんの力をお借りしたいと思っているんですよ」

 しっかりと手を握り、リディアはもう一度ありがとうと繰り返した。そして後ろで待っているリチャードに順番を譲った。

「いやぁ、今日は胸のすく思いをさせて貰った。
 本当に感謝するよ。
 それから、噂には聞いていたが、彼女がこんなにキュートだとは思わなかった」

 そのあたりは、陽気なヤンキーと言うところか。シンジと握手するのよりも熱心に、リチャードはアサミの手を握りしめた。それが気になったシンジは、「おほん」と咳払いをしてから、「見事な攻撃でした」とリチャードを褒めた。

「いやいや、見事なのは君達の方だろう。
 そして彼女の出してくれた指示も、きわめて的確なものだった。
 うちの奴らが、あっさりと宗旨替えをしたのもよく分かる」
「宗旨替え……ですか?」

 どうせろくな事じゃ無いだろうと、シンジはそれ以上こだわることはしなかった。その代わり、これからの対処がどうなるのか、武器を含めて考えているのかと質問をした。だがその質問に対して、リチャードの反応はあまり宜しくなかった。

「武器をどうするのかは、上と研究所が考えることだな。
 今のところ、今日と同じ方法をとるしか無いと思っている。
 それぐらい、ギガンテスの攻撃に割り込むのはデリケートなタイミングが必要になる」
「ですが、かなり危険なミッションになりますよね?」
「それについては、極東の白百合が手本を見せてくれただろう。
 100%大丈夫と言うつもりは無いが、分かっていれば回避することも可能だろう。
 研究所の奴らは、無人機の活用を考えるのじゃ無いかな」

 そう答えたリチャードは、ここから先は大人の仕事だとシンジに言った。

「すべてを、君が思い悩む必要は無い。
 どうすれば良いのか分かったのだから、そこから先は専門家に任せるべきだろう。
 今、君がしなくてはいけないのは、キュートな彼女と青春を楽しむことだ。
 大丈夫、俺たちは君の努力を絶対に無駄にはしない」
「そうですね、余計なことに頭を悩ませていてはいけないんですよね……」

 なんでも気になるというのは、きっと集中できていないことになるのかもしれない。残された時間を考えると、リチャードが言うとおり、アサミとの時間を大切にすべきだろう。

「まあ、そう言う事だ」

 そう言って右手を差し出したリチャードは、アメリカで会うのを楽しみにしていると耳元で言った。

「是非とも、大人の世界を見せてやろう」

 凄く魅力的なお誘いなのだが、隣に居るアサミのことを考えると、下手に頷く訳にはいかない。「その時はまた」と、とても曖昧な答えでシンジはお茶を濁したのだった。



 千歳基地で祝勝会が行われている頃、頃苫小牧にある市民病院で、アイリの母瀬名マナミは、動かなくなった娘の前で神に懺悔をしていた。すでに治療は終わり、医者からは今夜が峠だと告げられていた。腕に付けられた点滴と、心臓の動きを知らせる機械だけが娘の生を教えてくれていた。
 自分の弱さが、娘をこんな目に遭わせてしまった。自分がつらい過去から目を背けて逃げ出した結果が、娘の大怪我に繋がってしまったのだと。今まで自分は何をしてきたのか、危篤の娘を前に、マナミは自分を見失っていた。
 頭蓋骨の陥没骨折と頭部からの大量の出血が、アイリを危機に追いやっていた。もしもあそこでシンジに見つけられなければ、間違い無く手遅れになっていた重傷だった。それが、マナミの嫌う自衛隊によって病院に運ばれ、今は何とか命を繋いでくれている。ギガンテス襲撃の混乱の中、病室にはマナミの他には誰も訪れては来なかった。



 長い戦いが終わった直後と考えると、祝勝会など長時間続けられるものではない。9時を回った所でお開きとされ、各国のパイロット達はそれぞれの方法で帰っていった。一人アスカが未練たっぷりだったのだが、残る理由がないと諭され、渋々サンディエゴへと帰っていった。

「さて、私達も帰ることにしますか!」

 これから帰れば、家の布団でぐっすりと眠ることが出来る。大暴れした後だけに、元気印のマドカの顔にも疲労が色濃く現れていた。それは同じく元気印のナルも例外ではなく、「疲れた疲れた」とタオルで汗を拭っていた。

「でも、キョウカちゃんも大変ね。
 篠山ともなれば、お葬式も盛大に開かれるんでしょう」
「そうですね、家の格に合わせた葬式をする必要がありますからね。
 きっと、色々な政治家達も集まってくるんじゃありませんか?」
「そう言われると、キョウカちゃんって、いいとこのお嬢様なんだね……」

 一緒に居ると忘れがちなのだが、こうして何かが有ると思い出されてしまう。凄いのねと感心したマドカは、そう言えばと手を叩き、とても微妙なことを口にしてくれた。

「アイリちゃんって、怪我は軽かったの?」
「瀬名さんは……」

 どう答えていいのか分からず、シンジはそこで口ごもってしまった。そしてシンジの代わりに、アサミが「重態だそうです」とアイリのことをマドカに教えた。

「玖珂一尉は、今夜が峠だろうと言っていました。
 ただ先輩には、騒ぎになるから行かない方がいいだろうって」
「騒ぎになるか……確かにそうなんだろうけど」

 再び奇跡が持ち出されるほど、M市の戦いは神がかったものになっていた。シンジがその立役者だと考えると、迂闊な行動がとれないというのは間違いないだろう。シンジが動けば、間違い無く多くの人が動くことになる。そしてシンジが特別に扱えば、自動的に周りも特別に見てしまう。
 それぐらいのことは、今のマドカにも分かっていた。それが分かっていても、マドカはシンジがどうしたいのかを問題とすることにした。

「だけどさ、碇君はそれでいいの?」
「それでいいのかって言われても……」

 振られたとは言え、一度は好きになった人だった。その女性が生死の境に居ると聞かされれば、心穏やかでいられるはずがない。その感情は、シンジと言えども隠すことの出来るものではなかった。そしてシンジが遠慮するもう一つの理由、アサミはどうなのかとナルが聞いた。

「会いに行っても、アサミちゃんは怒らないでしょう?」
「こんな時に、怒るはずがないと思いませんか?」

 アサミの答えに、ナルは迷うシンジの背中を押した。

「ここからだったら、そう遠くない所に入院しているんでしょう?
 だったら、後悔しないためにも行ってあげたほうがいいんじゃないの?
 だって碇君、すぐにでも飛んでいきたいって顔をしているよ」
「ねえ碇君、碇君だけがアイリちゃんを助けてあげられるのよ。
 ここまで頑張ったんだから、最後にもう一人助けてあげようよ。
 玖珂さんに頼めば、バレないように送ってくれると思うよ」

 3人に背中を押されたのだが、それでもシンジは行っていいのか分からなかった。気を遣いすぎて決断できないのは、ある意味シンジらしいところかもしれない。普通ならマドカが切れるところなのだが、今日に限ってはアサミが最初に行動を起こした。スカートのポケットから携帯電話を取り出し、いきなり玖珂に電話をかけたのである。

「玖珂一尉ですか、はい、堀北アサミです。
 お願いですから、すぐに私と碇先輩を瀬名アイリさんの所へ連れて行ってください。
 もしも断られたら、後藤特務一佐を含め、大勢の人達の首を飛ばしてあげますよ。
 S高ジャージ部全員が造反することを覚悟してください」

 玖珂にしてみれば、心臓が止まるほどの脅し文句に違いない。その凶悪な脅し文句を、アサミは平然と口にしてくれた。そこまで言いますかと全員が目を丸くしている前で、アサミは「分かりました」とにっこり笑ってみせた。

「すぐに車を出してくださるんですね。
 はい、急げば1時間ほどで病院に着くんですね。
 すぐに出口で待っていますのでよろしくお願いしますね」

 そう言ってニッコリと笑った……と言っても、玖珂に見えるわけはないのだが……アサミは、「話がつきました」と全員に言った。

「あ、アサミちゃんって、結構怖いわね」
「そうですか、たまにはこれぐらいいと思いますよ。
 そう言うことなので、私と先輩で瀬名先輩のお見舞いに行ってきます!
 さっ先輩、グズグズ言っていないで行きましょう」

 そう言って、アサミはシンジの手を引っ張って部屋から出て行った。あっけにとられて見送った二人は、すぐに我を取り戻して「凄いわね」とアサミを評した。

「やっぱり、碇君にはアサミちゃんの方が合ってるわ」
「それはそうなんだけど、最近ちょっとおかしいのよね」
「それは私も感じてるけど……
 二人が話してくれるまで待つって決めたでしょう?」

 マドカに言われ、「そうなのよね」とナルは認めた。

「たださぁ、碇君が倒れた時、アサミちゃんの様子がちょっと異常だったでしょ?」
「うん、もの凄く焦っていたわね。
 必死に碇君の名前を呼んで……何か、心あたりがあるようだったわね」

 その何かが分からない以上、自分達は助けにはなれない。ただ何かは分からないが、とても大変なことが近づいていることだけは感じていた。

「私達は、見守ってあげることしか出来ないのね」
「それが、お姉さんの仕事だもの」

 今は黙って見守るしか無い。何度も話し合って、その都度同じ結果に落ち着いていた。それぐらいしか出来ない自分が、マドカとナルはとても歯がゆかったのだ。

 シンジの手を引いて部屋を出た所で、「怖いのですか?」とアサミは語りかけた。

「キョウカさんのお母さんと同じになりそうで?」
「そうだね、僕は身近な人も救うことが出来ないんだ……」

 自分の言葉を認めたシンジに、「当たり前ですよ」とアサミは冷たく言い返した。

「先輩も前に言ったじゃありませんか。
 私達に出来る事は、悲しくなるほど少ないんだって。
 だったら先輩、私達に出来る事をしませんか?」
「僕達にできること……か」

 それは一体何なのだろうか。アサミに言われて、それが何かをシンジは考えた。だが少し考えたぐらいで、簡単に思いつくものでは無いようだった。

「一体、それは何なんだろうね?」
「今は、瀬名先輩のそばに居てあげる事じゃありませんか?
 そこで頑張ってって声を掛けてあげるのが、先輩に出来る事だと思いますよ。
 そして、先輩にしか出来ないことだと思います」
「僕にしか出来ないことか……」

 何かもっと凄いことをしたいのに、出来る事といえばアサミに言われたことぐらいなのだ。それを悔しがったシンジに、それで十分だとアサミは言い返した。

「先輩が倒れた時、私は必死になって先輩の名前を呼んだんですよ。
 そうしたら、先輩が帰ってきてくれたんです。
 だったら、先輩も瀬名先輩のことを呼んであげればいいんですよ。
 さあ、うじうじ考えていないで、瀬名先輩を助けてあげましょう」

 建物を出たら、すでに一台の大型車が二人のことを待っていてくれた。それを確認して、アサミはシンジを後部座席へと押し込んだ。

「玖珂さん、無理を言って申し訳ありませんでした」
「いや、無理と言うより、二度とあんな恐ろしい脅しをしないで欲しい。
 真剣に、心臓が止まるかと思ったほどだ」

 そう言った玖珂の顔は、これでもかと言うほどひきつっていた。その様子を見る限り、アサミの脅しは相当堪えたのだろう。そんな玖珂に、アサミはもう一度「ごめんなさい」と謝った。

「い、いやっ、それで……」

 本当にいいのかと聞きかけた玖珂だったが、すんででその言葉を飲み込んだ。この二人に関しては、後藤からも干渉を禁じられている。二人がしたいようにさせておけばいい。それが後藤から全員に発せられた命令だった。

 シンジ達が乗り込んでおよそ40分、苫小牧市の中央病院へと車はたどり着いた。すでに夜も11時になろうとしているので、すでに病院の入口は明かりが落ちていた。シンジ達の活躍により、ほとんどけが人が出なかったことが大きかったのだろう。街はすっかり落ち着きを取り戻していたのだ。
 車から降りた二人は、玖珂の案内で外科病棟へと連れて行かれた。すでに消灯時間が過ぎていることもあり、病院の中は誰も歩いてはいなかった。その暗闇を突き進んで、3人はようやくアイリが収容されたフロアに到着した。

「すみません、面会時間は過ぎています」

 慌てて飛び込んできた3人に、当直の看護婦は病院の決まりを持ちだした。入院患者のためにも、病院の秩序を守らなくてはいけない。そのつもりで静止した看護婦に、瀬名アイリの関係者だと玖珂は告げた。

「君達も、二人の顔ぐらい見覚えがあるだろう。
 彼女が危ないと聞いて、二人が駆けつけてくれたんだ!」

 玖珂の言葉に、「だから」とまだ若い看護婦は言い返そうとした。だがシンジとアサミの顔に、まさかと驚き、すぐに「案内します」と態度を変えた。ただの有名人で片付けるには、相手が大物過ぎたのだ。いかなるルールにも例外というものがある。そして、その例外を持ち出すべきだと理解したのだ。それに、ここで二人を追い返せば、間違いなく自分の責任になると考えたのだ。

「瀬名さんでしたら、201号室に入院されています。
 たった今、脳外科の田所先生が駆けつけたところです」
「悪いのですか?」
「危篤としか申し上げようがありません」

 こちらですと病室にたどり着いた時、中から女性の声でアイリの名を呼ぶのが聞こえた。何度も何度も繰り返し呼ぶ声に、シンジとアサミは顔を見合わせて病室に入って行った。
 病室に入った時、シンジの目に飛び込んできたのは真っ白な顔をしたアイリの姿だった。そのアイリにすがりつき、母親らしき女性が必死になって名前を呼んでいた。何度も何度も、大切な娘が死の世界に旅立ってしまわないように。心をこめて、命をつなぎとめるように何度も何度も呼びかけていた。そしてその隣では、万策尽きたのか医者が静かに見守っていた。

 その姿を見た瞬間、シンジの体は自然に動いていた。そしてマナミの後ろから、大きな声で「瀬名さん」と呼びかけた。「死んじゃ駄目だ」「瀬名さん目を覚まして」それを何度も何度も呼びかけた。アサミが自分を呼び起こしてくれたように、今度は自分がアイリを呼び起こす。その決意を込めて、何度も何度もシンジはアイリに呼びかけ続けた。その姿を見て、アサミは静かに病室の外に出た。

「中にいなくていいのですか?」

 外で待っていた玖珂は、病室から出てきたアサミにそう声を掛けた。一緒に駆けつけてきたのだから、シンジの隣にいるものだと思っていた。

「分かっていても、やっぱり割り切れないところがあるんですよ。
 自分の大好きな人が、他の女の人の名前を呼んでいるのって辛いですから」

 だから自分はここでいい。そう答えたアサミに、玖珂は小さく「そうですか」と返した。

「それに、瀬名先輩は私が居ても嬉しくないと思いますよ」
「碇さんがここに来たのが、あなたのおかげででもですか?」

 シンジだけならば、間違い無く瀬名アイリのところに来ることはなかった。玖珂はそれを理解していたのだ。

「それはそれ、これはこれと言うものです。
 勝者の余裕に見えてしまうんじゃありませんか?」
「なるほど、そう言うものなのですかね……」

 小さく頷いた玖珂は、「何か飲まれますか?」と聞いてきた。ただ立って待っているのも辛いだろうと言うのだ。

「ありがとうございます。
 でも、今は喉は乾いていませんから大丈夫ですよ」
「そうですか。
 では、私は後藤特務一佐と連絡をとって参ります」

 アサミに頭を下げてから、玖珂は病院の暗闇の中へと消えていった。その姿が見えなくなった所で、アサミは病室の壁にもたれ掛かった。アサミ自身、食事もそこそこに働き詰めだった。一人になった所で、その疲れがどっと表に出てきてしまったのだ。
 だがそれ以上に問題だったのは、一人になったせいで、戦いが終わった時のことを思い出してしまったことだ。何もない状態で、いきなりシンジが意識を失ってしまった。すぐに意識を取り戻してはくれたが、破綻が間近に迫った証拠なのは間違いない。今まではただ漠然としていたものが、ついに現実の形として目の前に突きつけられてしまった。

 覚悟をして、二人でその時に備えてきていた。そしてもしもその時が訪れたとしても、絶対に記憶を取り戻してみせると考えていた。だが予兆を突きつけられた時、そんな覚悟は何の役にも立たないことを思い知らされてしまった。シンジが倒れた瞬間、何も考えられなくなり、気がついたら抱きかかえて大声で呼びかけていたのだ。どうやってそこまでたどり着いたのかすら、全く覚えていなかった。

 そのままズルズルと背中を壁に滑らせ、アサミはその場でうずくまった。そして誰にも聞こえない小さな声で、ただ「先輩」とだけ呟いた。膝小僧の間に顔を埋め、小さくなって一人の時間をじっと耐え続けた。

 急に男の声が聞こえてきたことに、マナミは何事かと驚いてしまった。誰にもこのことを知らせていないのだから、誰かが駆けつけてくるはずがなかったのだ。だが現実に、誰かが娘に「死んではだめだ」と呼びかけてくれた。
 そしてその誰かの横顔が見えた所で、マナミはあらためて自分の犯した罪を知ることになった。まさかこんな所にいるはずのない、世界の英雄がそこにいたのだ。そしてそこに居るだけでなく、必死になって自分の娘に呼びかけてくれている。今もなお娘にとって一番影響力の有る男性、その人が駆けつけてくれたのだ。
 そしてその男性から娘を引き離したのは、自分の弱さが原因だった。

「い、碇さん、娘の手を握ってあげてくれますか」

 テレビで見るのよりも、ずっと精悍な顔をしたシンジに、これが男なのだとマナミは思い知らされた。娘が恋をして、そして自分が引き離した男。どういう理由かわからないが、その人が娘の危機に駆けつけてくれた。人の命を奪う兵器、その兵器のパイロットが、こうして小さな命のために必死になって呼びかけてくれている。
 マナミに言われた通り、シンジはアイリの手をぎゅっと握った。昔のように握り返してくれないし、氷のように冷たくなっているし、すっかり変わり果てたアイリの姿がそこにあった。冷たくなったアイリを温めるように、シンジは両手のひらでアイリの手を包み込んだ。そして、「帰っておいで」と優しく語りかけた。

「僕は、まだ瀬名さんに何も返していないんだよ。
 高校に入って1年間、僕は先輩達と同じぐらいに瀬名さんに支えてもらったんだ。
 だから瀬名さん、僕に恩返しをさせてくれないかな?
 瀬名さん、瀬名さんなら大丈夫、それでも心配だったら、僕を頼ってくれればいいんだ。
 僕の力が必要だったら、いくらでも持って行っていいんだからね。
 だから瀬名さん、早く目を覚まして笑ってくれないか。
 瀬名さんの笑顔がとっても綺麗なことを、僕が一番良く知っているんだからね」
「アイリ、大好きな碇君が来てくれたのよ。
 だから、あなたの思いを伝えなくちゃいけないでしょう。
 お願いだから、私のためじゃなくてもいいから、死なないでちょうだい!
 目を覚まして、碇君に大好きって言わなくちゃいけないでしょう!」

 そうやって、二人はアイリに向かって語りかけ続けた。自分たちの声が届いて、アイリの生命力が復活するようにと。アイリに命の炎を吹き込むために、二人は心をこめて語りかけたのである。

 それを2時間ほど続けた所で、主治医の田所が「すみません」と言って割り込んできた。そして瞳孔の反応や血圧、脈拍を確認して、ほっと小さくため息を吐いた。

「お嬢さんの容態は安定したようです。
 後遺症に注意を払う必要はありますが、直ちに命に危険があることはないでしょう」
「娘は、娘は助かるということですかっ!」
「ええ、もう大丈夫ですよ」

 医者の言葉に、マナミは「ああ」と安堵の息を漏らした。そこで力が抜けたのか、ぐらりと体をよろめかせた。それをシンジは、胸のところで抱き留めた。

「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」

 シンジに支えられ、マナミはこれ以上ないほど恐縮した。名前だけは何度も聞かされていたが、こうして身近で話をするのは初めてだった。
 「大丈夫です」とシンジから離れたマナミは、もう一度「ありがとうございます」とシンジの頭を下げた。

「碇さんが呼びかけてくれたおかげで、娘の命が助かりました。
 この御恩は一生忘れません」
「恩だなんて、気にしなくてもいいんですよ。
 ずっと瀬名さんの容態が気になっていましたからね。
 だったら、さっさと見舞いに行けとみんなにお尻を叩かれたんです」
「ずっと、気になっていた……?」

 アイリが運び込まれた状況を知らないこともあり、ずっとと言うシンジの言葉がマナミには理解できなかった。そんなマナミに、「ああ」と頭を掻いて、シンジは自分の知っている事情を説明することにした。

「瀬名さんは、逃げ遅れたおばあさんを助けようとして怪我をしたんですよ。
 どうもおばあさんも、足をけがして動けなくなっていたみたいですね。
 無理して背負って移動しようとして、足を滑らせて頭を打ったんでしょう。
 それで、そのまま動けなくなってしまったんでしょうね。
 その時、かなりの出血もしていました。
 僕がM市に着いて周辺確認をした時、偶然逃げ遅れている人を見つけたんです。
 救助のため近づいてみたら、それが瀬名さんだったと言うことですよ。
 そこから先は、自衛隊に救助のヘリを出してもらって、病院に収容してもらいました」
「あの戦いの前に、そんなことまでしてくださったのですか?」

 その話が事実であるならば、自分の娘は3度命を救われたことになる。絶望の淵から逃げる決心をしたこと、怪我をして動けなくなったのを助けてもらったこと、そして死の淵から呼び戻してもらったこと。それを知ったマナミは、どうしようもなく自分のしたことが悲しくなってしまった。娘を引き離したのは自分の事情が理由となっていたが、シンジの素性を知ってからは、引き離してよかったのだと考えていた。自分の娘が、侵略兵器のパイロットと付き合っていると言うのが許せなかったのだ。
 だが現実の碇シンジと言う存在は、忌々しい侵略に加担するものではなかった。それどころか、世界にあまねく希望を届ける存在だった。だがそんなシンジに対しても、マナミの瞳は曇ったままだった。マナミの瞳には、いつか化けの皮が剥がれるのだと映っていたのだ。だがこうして本人を前にしてみると、誰が間違っていたのかは考えるまでもないことだった。

 「そんな事」と言ったマナミに、「当たり前のことですよ」とシンジは答えた。

「僕達は、困っている人の味方をしたいんです。
 一人でも多くの人を助けたいのに、足元を疎かになんてできないでしょう?
 出来れば、思い出の詰まった皆さんの家も壊したくなんか無いんです。
 ただ、今度ばかりはそういう訳には行きませんでした」

 そう答えたシンジは、マナミに向かって「帰ります」と頭を下げた。

「さすがに疲れたので、休ませて貰いたいと思っているんです。
 後は、後輩のお母さんが亡くなられたので、お通夜と告別式にも出ようと思っています。
 だから少し心残りが有るんですが、これで帰らせてもらおうと思っています。
 それから瀬名さんが目を覚ました時、気が向いたら電話でもして欲しいって伝えてくれますか?
 電話番号は、あれから変えてませんので」
「む、娘にはちゃんと伝えます……
 あの、立ち入ったことを伺いますが、どなたが亡くなられたのですか?」

 シンジほどの立場の人間が気にするのだから、よほど親しい相手に違いない。そうなると、自分の娘も関わっていた人の家族かもしれなかった。
 そのつもりで聞いたマナミだったが、シンジの口から出たのは思いもかけない名前だった。

「瀬名さんの部活の後輩だった、篠山キョウカのお母さんです。
 僕達がギガンテスと戦っている時に、鷹栖総合病院で亡くなられたそうです」
「篠山の奥様が……」

 自分から愛する人を奪った、憎むべき篠山の一人娘。それがマナミにとって、篠山シズカと言う女性だった。その憎い相手が、あっさり息を引き取ったと言うのだ。それを聞いた瞬間、マナミの頭の中は真っ白になってしまった。

「そう、なんですか……」
「ええ、だから休める時に休んでおかないといけないんです。
 瀬名さんも落ち着いたみたいですから、これで失礼させてもらいます」

 もう一度頭を下げて、シンジはマナミに背を向け病室を出た。マナミの様子は気になったが、これ以上は自分に関わりのないことだと忘れることにした。今の自分がすべきことは、大切な人と一緒に居ることなのだ。アイリに向かい合ったことで、アサミと逢いたい気持ちが強くなっていた。
 待合室かと考えて外に出たとき、シンジは座り込んでいるアサミの姿を見つけた。

「アサミちゃん……」

 ドアの横に座っているアサミは、とても寂しそうに見えた。それに驚いたシンジに、アサミは立ち上がって飛びついてきた。しっかりとシンジの首に腕を回して、自分から唇を重ねてきたのだ。何度も何度も息継ぎをして、それでも足りないのか、アサミはシンジに唇を重ね続けた。それをしばらく続けてから、アサミは小さくため息を吐いてシンジから離れた。

「足りなかった先輩分を補給させてもらいました。
 それで先輩、瀬名先輩はもう大丈夫なんですね」
「うん、容態は安定したようだ。
 お医者さんは、命の危険はなくなったって言ってくれたよ」
「じゃあ、先輩も一安心ですね!」

 そう言って笑ったアサミに、シンジは「ありがとう」と感謝の言葉を口にした。

「これも、全部アサミちゃんのお陰だよ」
「私は、どうするのが一番いいのか考えただけですよ。
 これで先輩も、元カノのことは吹っ切ることが出来たでしょう?」
「僕は、アサミちゃんに首ったけだよ」

 そう言って、シンジは自分からアサミの唇を求めた。アイリに会って、本当に自分が誰のことを好きなのか。それをはっきりと理解することが出来たのだ。アサミの言うとおり、アイリの掛けた呪縛は綺麗に拭い去られていた。すでにアイリは、仲が良かった女友達でしかなくなっていた。
 唇を離した所で、シンジはアサミに帰ろうと告げた。自分とアサミが暮らす、大好きな街へ帰ろうと。そこには、マドカやナルといった大切な人達も待っているのだから。







続く

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