Mr. Incredible −08  10万人を収容できるホールは、今日も満員の観客を迎えていた。その主人となるのは、バックダンサーを連れた一人の美しい女性である。そしてその女性こそが結婚をしてもなお、トップアイドルとして君臨するリンラ・ランカだった。彼女のファン層は、ズミクロン星系を飛び出し超銀河連邦全体に広がっていた。 その後ろでは、黒髪をしたグラマラスなバックダンサーが飾っていた。今日のステージでは、いつもの二人はお休みになっていた。  ちなみに今日のコンサートは、イメージを以前のものに戻すのをテーマにしていた。そのため選曲もアップテンポのものが多くなっているし、リンラの衣装も露出が多めになっていた。そのお陰で、10代の頃より刺激的なステージになったのである。 「次の曲は、Time Leaperよ!」  長い黒髪をポニーテールにしたリンラは、ホットパンツにタンクトップに着替えた。そしてバックで踊る1人も、色違いの同じ格好に着替えて両手を叩いた。 「私はTime Leaperっ! 時を越えてあなたに会いに来たっ!」  テンポの良いリズムに、観客達も手拍子をあわせて熱狂した。  ズミクロン星系のある銀河は、連邦の中ではごくありふれた棒状渦巻き構造をしていた。そのありふれた銀河の名を少しだけ有名にしたのは、超銀河連邦へ最後に盟したことが理由だった。数字による識別子が10,000番と言うとても切りの良い数字のお陰で、名前だけは思い出してもらえる存在になっていた。  ただ超銀河連邦最後と言うウリも、新しく銀河が加盟したことで使えなくなっていた。そして話題として見ても、この時代に加わったと言う銀河に勝てるはずがない。それでもディアミズレ銀河の名が人々に忘れられなかったのは、そこにトリプルAの支社があり、超銀河連邦外探査への拠点と言うのが理由である。そして更にディアミズレ銀河を有名にしたのは、超銀河連邦初の外銀河直接探査に取り掛かったことだった。  およそ2時間のステージは、2度めのアンコールの曲を歌い終わったところで終幕を迎えることになった。アンコール曲の「Mama Don't cry」を歌い終わったところで、詰めかけたファン達はステージの終わりを惜しむ声援を送った。しっとりとしたリンラも良いのだが、弾けるリンラもとても魅力的だったのだ。その歓声にに包まれながら、リンラとバックダンサーのトウカはゆっくりと地下へと消えていった。  ステージを降りたことで、体全体を包み込んでいたプレッシャーから開放される。その代わりに、心地よい疲労と達成感がリンラ達を包んだ。激しいダンスをしたお陰で、普段よりも感じた疲労は大きかった。付き人から飲み物を受け取った二人は、用意された椅子に腰を下ろして大きく息を吐いた。  今回も、付き人にはエリーゼとウタハが付いてくれた。ちなみにミズキは、ウタハのことをまだ諦めていないようだ。それもあって、手を変え品を変え手芸能界入りを誘っていた。今の所色よい返事は貰えていないが、かなり心が動いていると言うのがエリーゼからの情報だった。 「やっぱり、前と同じにするときついわ」  パタパタと扇ぎながら、リンラは栄養ドリンクをズズッと啜った。少し声がハスキーになっているのは、久しぶりに喉に負担をかけたからだろう。ノブハル謹製のスタミナドリンクは、喉に優しいと言う謳い文句が着いたものだった。  そこで一息ついたリンは、一人残ったトウカの顔を見た。いつものマリーカとサラマーは、お兄ちゃんについて遠くの銀河にまで遠征していて不在である。しかも普段のマリーカは、トラスティ抜きでは冒険にいかないと言っていたのにだ。 「今回は、大事の割にご主人様は行かないのね」  教えられた話では、スタークやマリーカもインペレーターで同行していると言うのだ。しかもトラスティ直轄の第10艦隊まで貸与されたと聞かされていた。そこまで大事にしたのに、リンはトラスティが行かないことに不安を感じていた。  そんなリンに、「アリッサさんの問題がありますから」とエリーゼは口にした。 「それは理解しているつもりなんだけど……なにか、それを口実にされている気がするのよ。お兄ちゃんを鍛えているって、好意的な解釈もできるけど」  ふうっと息を吐いたリンは、「立ち会ったのよね?」とエリーゼの顔を見た。 「ええ、立ち会いましたけど……何をしていたのかさっぱり分かりませんでした。何と言えばいいのか、赤い光が病室を満たしたと思ったら、コスモクロアさんが消えてトラスティさんが現れてって……少なくとも、私の理解を超えていますね」  さっぱりですと言い切られ、リンははあっとため息を吐いた。 「多分、誰も分かっていないんでしょうね……なんか、ご主人様が人間をやめてる気がしてきたわ」  そこで首のチョーカーに触れたリンは、「会いに行くかな」と小さく呟いた。 「ナギサさんと一緒に行かないと、夫婦の危機になりますよ」 「そりゃあ、まあ、そうなんだけどね。ジェイドにはシシリーさんだっけ? お兄ちゃんの新しい奥さんも居るんだよね。だったら、妹として会っておいた方が良い気もするし」  だからと答えたリンに、「シシリーさんですか」とエリーゼは何かを思い出すように上を向いた。 「凄く気安くて、綺麗な人でしたね。今までのタイプにない、大人って感じがしました」 「だったら、なおのこと会っておきたい……って、確か以前ご主人様と一緒に来ていたわよね」  リンの言葉に、エリーゼはぽんと手を叩いた。 「あの時のリンさんは、ご主人様のことを熱い目で見ていましたからね。多分ですけど、他の人が目に入らなかったんじゃないですか?」 「目に入らなかったは言いすぎだと思うんだけどなぁ……」  ううんと考えたリンに、エリーゼは少しだけ目元を引きつらせた。 「熱い目の下りは否定して欲しかったんですけどね」 「だって、本当に熱い目で見ていたんだもの」  いけしゃあしゃあと答えたリンは、「足がないなぁ」と不満を漏らした。 「定期航路で行こうと思ったら、片道3日以上掛かるし……お金ならあるんだけどなぁ」  残念と言ってから、「帰ろうか」とリンはすっくと立ち上がった。 「と言っても、リンさんは別の家ですけどね」  そう言ってから、「帰りましょうか」とエリーゼも立ち上がった。 「ところでリンさんは、お子様はまだ考えていないんですか?」 「とりあえずアイドルしてるからねぇ。妊娠しちゃうと、しばらく休まないといけないしね」  だからもう少し後と、リンはウタハの顔を見て答えた。 「どうして、私の顔を見るの?」 「ウタハさんが居てくれるから、取り残された気にならなくても済むからよ」  それ以上の意味はないと言って、リンはさっさと楽屋を出ていった。その後姿を見送ったウタハは、「溜まってる?」とリンの態度に眉を顰めた。 「そうかも知れませんね。結構リンさんって、奔放なところがありますから」  でもその程度。そう言って笑ったエリーゼは、「帰りましょう」と二人に声を掛けたのだった。  インペレーターが動けば、普通なら目立って仕方がないはずだった。ただ今回幸運だったのは、その出港が連邦軍の集結前と言うところにあった。そして目的地のマールス銀河が、ディアミズレ銀河の近傍銀河と言う理由もある。お陰で、多層空間移動を使わなくても済んでいたのだ。  そして同時に出港したレムニア帝国第10艦隊も、出発地がレムニアのお陰で目立つことはなかった。ちなみに空戦用に、リゲル帝国10剣聖の5名が乗り込み、上級剣士が1000名ほど同行していた。攻撃能力、機動性ともに連邦軍でも手に負えない陣容を整えていたのである。  ちなみに今回の遠征に際して、ローエングリンは帯同していなかった。そしてローエングリンは、待機と言うことでシルバニア艦隊に合流していた。 「シルバニア帝国皇夫ノブハル様にご乗船いただき光栄に存じます」  第10艦隊旗艦フラクトスに乗り込んだノブハルを、レクシュ艦隊司令他主要メンバーが出迎えた。ちなみにレクシュはノブハルと同じぐらいの身長で、それ以外のスタッフの多くは長命種らしく見上げるように背が高かった。お陰でノブハルの感じた威圧感は、半端ないものがあったりした。 「盛大な歓迎痛み入る」  シルバニア帝国を代表してきている以上、卑屈な真似だけはする訳にはいかない。気張って挨拶をしたノブハルに、レクシュは綺麗な笑みで「堅苦しいのはここまでです」と告げた。 「マイン・カイザーより、手厚くもてなすようにとのご指示を受けております。ただ問題は、もてなすと言う概念がレムニア帝国には希薄なことです。ですから、どのようにすればよいのかよく分からないところがあります。もしも行き届かない所があれば、遠慮なくご申し付けください」  よろしくお願いしますと頭を下げられ、ノブハルは笑みを引きつらせながら「気遣いは無用だ」と答えた。その実500歳を超えたとは思えないレクシュの美しさに、結構緊張したりしていたのだ。 「マイン・カイザーより、出し惜しみするなと命を受けております。張り合うようで申し訳ありませんが、最高速でマールス銀河に向かわせていただきます。最高速は、およそ光速の4億倍を超えるのかと。従いまして、マールス銀河到着まで2日ほど我慢いただければと」 「4億倍を超えるのか……」  そう口にして、ノブハルはふうっと息を吐いた。 「分かってはいたが、途方もない速度だな。1千隻が、その速度で移動できると言うのがもっと驚きなのだが……」  それを教えられれば、シルバニア帝国が危機感を抱くのも理解できる。また張り合うのだろうなと、ノブハルはライラの顔を思い出していた。  これでひとまず、挨拶と言う名のセレモニーは終わったことになる。そしてここからは、ノブハルに対する接待と言うことになる。艦隊指揮を副官のスポールに任せ、レクシュは目の前で8の字を書いて空間をつなげた。目的地は、トラスティ用に用意された貴賓室である。自然回帰をしたレムニア帝国らしく、木を使った落ち着いた空間がそこには作られていた。 「くつろぐための空間は、インペレーターと同じ思想で作られているんです」  少し微笑んで席を勧めたレクシュは、「お酒が宜しいですか?」とノブハルに尋ねた。そして振り返って、「みなさんもいかがです?」と声を掛けた。  ノブハルがそれに驚いたのに少し遅れ、「隠れられませんね」とサラマーとジノが姿を表した。 「ここはマイン・カイザーが使われる場所ですからね。万が一のことがあってはならないと、侵入者に対する検知システムが各種取り揃えられていますので」  そこでレクシュは、「何が宜しいですか?」ともう一度尋ねた。 「だったら、お茶を頼む」 「畏まりました。少しだけお待ち下さい」  それで必要な手配をしたのだろう。レクシュはノブハルを見て、「興味がありますか?」と第10艦隊のことを尋ねた。 「興味が無いと言ったら嘘になるな」 「ノブハル様の場合、シルバニア帝国のプライド……とは関係がなさそうですね」  微笑を浮かべたレクシュは、「フィーナ」と艦隊統括AIを呼び出した。その呼出に応えて現れたのは、やはりと言うのか、フヨウガクエンの制服姿をした、銀色の長い髪と緑色の瞳が特徴の、とても美しい女性の姿をしたアバターだった。  優雅に頭を下げたフィーナは、「御用は何でしょう」とレクシュに尋ねた。 「第10艦隊に関してのご説明を」  畏まりました。そう答えてもう一度頭を下げてから、フィーナはノブハルの前にデーターを投影した。 「ご存知の通り、第10艦隊はトラスティ様のために編成された最新鋭の艦隊です。各艦の基本性能は同じで、違っているのは旗艦のフラクトスと準旗艦のタルソナに貴賓室が用意されているぐらいです。基本第10艦隊は1千隻での運用を致しますが、予備艦として帝国ドックに100隻が係留されています。新技術を随時投入していきますので、その都度構成艦を入れ替えています。そのため、本日説明した性能は、次の機会では違うものになっている可能性がございます」  フィーナの説明を受けたノブハルは、「それは普通のことか?」とジノに尋ねた。 「いえ、通常就航した艦はそのような手直しを受けません。新技術は、新造艦にのみ適用されます。唯一例外があるとしたら、帝国総旗艦ニルヴァーナぐらいでしょうか。ちなみに、ニルヴァーナがドックを出た実績はありません」 「つまり、運用としてはかなり特殊と言うことか」  なるほどと頷いたノブハルに、「特別ですね」とフィーナもそれを認めた。 「第10艦隊が、トラスティ様のために編成されたと言うのがその理由かと。そして帝国にとっても、実験艦、実験艦隊という意味も持っています。ここで確立された技術が、順次第1から9までの艦隊に適用されていきます。現時点でその候補は、ξ粒子を用いた主砲でしょうか。現在名前がついておりませんが、「リブロ」と言う名前が内定しています」 「ξ粒子を利用した兵器だとっ!」  思わず腰を浮かしたノブハルに、「驚かれましたか?」とフィーナは微笑んだ。 「未来視の研究のお陰で、ξ粒子に関する理解が進みました。ただ、現時点では発生・放出程度の乱暴なものになっています。変調や検出の研究は、クリプトサイトの研究所に任せている……と言うのがその口実になっていますね。ご存知のリトバルトも、ξ粒子を利用した兵器です。光速を超えていますので、通常では観測した時点で破壊が完了しています」 「そんなもの、通常の防御では防げないだろう……」  唖然としたノブハルに、「それでも限界はあります」とフィーナは答えた。 「どこまで行っても、物量を超えるのは簡単ではありません。それに加えて、空間操作をされると当たらないと言う問題があります。先のラプータ戦では、物量の限界を超えられませんでした」  実はインペレーターを使わなくても超える方法はあったのだが、敢えてフィーナはそれを口にしなかった。 「いずれにしても、連邦どころか帝国艦隊でも防御は不能と言うことか……」  絶句したノブハルに、「現時点では」とフィーナは認めた。 「すぐに、防御方法は確立することになるのかと。盾と矛は、お互いを高めあっていくものです」  なるほどと頷いたノブハルは、第10艦隊を構成する船のことに触れた。それは、いずれも全長が1kmほどと、連邦の標準艦に比べて小さいことが気になったのだ。 「これまでの艦に比べ、サイズが小さくなっているな?」  それはとの問いに、「エネルギー機関の技術が進みましたので」とフィーナは答えた。 「インペレーターにも搭載されていますが、エネルギー機関の効率が桁違いに上がりました。そのため従来比で10分の1以下の大きさが可能となりました。実際には出力を上げたため、大きさでは半分ぐらいでしょうか。機関部の大きさをコンパクトに纏めることが可能となったのと攻撃の威力も上がりましたので、従来ほどのサイズが不要になったと言うのもあります。そして機動性向上のためには、小型化が有効だからとも考えられました。小型化と自動化のお陰で、最小運用人数は100名程度となっています」 「つまり、この艦隊ではゴースロスのような高機動運用が可能と言うことか」  はっきりと呆れたノブハルに、「可能ですね」とフィーナは微笑んだ。 「すでにゴースロスの機能は、旧世代になっています。おそらくゴースロス2番艦の就航に合わせて、バージョンアップが行われるのかと思います」 「俺には、あれでも過剰に思えるのだがな……」  ノブハルの視線には、瑠璃色に輝くルリ号の船体が入っていた。ゴースロスより更に小型の船体のくせに、新鋭戦艦の高速航行にも余裕で着いてきていたのだ。インペレーターに収容してはの声に対して、別に必要ないとルリが答えた結果である。 「そうですね。速度性能では、今でもトップレベルなのかと。防御能力も、これ以上の強化は難しいでしょう。忘れられがちなことですが、ゴースロスは企業保有のクルーザーですからね。最近改修を受けたルリ号に比べれば、技術的には旧世代になります」  それは比較の問題だろうとノブハルは言いたかった。すでにゴースロスでも、突出した性能を誇っていたのだ。それを考えれば、これ以上性能向上の必要がないように思えてしまう。そう考えたノブハルに、「趣味ですね」とフィーナは言ってのけた。そしてなんとも言えない顔をしたノブハルを笑い、「アリエル様ですから」と皇妃に責任を押し付けた。 「トラスティ様に良いところを見せたい……可愛い女心だと思ってください」  そう言って微笑んだフィーナは、「真面目な話をするとですね」とちょっと真剣な表情を作った。その顔が美しくて、ノブハルは見惚れると同時に「絶対におかしいだろう」と心の中で叫んでいた。なんで船のAIを、こんなに魅力的にしてくれるのか。作った者の感覚を疑っていたのだ。 「トラスティ様が、IotUの後を追わないようにするためと言うのが理由です。奇跡と言うものは、使えば使うほど心が人の物ではなくなってしまいますからね。ですからアリエル様は、トラスティ様が奇跡を使わなくてもいいよう、ありとあらゆる技術を開発させています。まあ技術者達も、使い道ができたと喜んでいるのでいいのでしょうね」 「だがトラスティさんは、新たな非常識に足を踏み入れてしまったぞ」  止めようとしても、簡単に止められるものではない。ノブハルの指摘に、「限界はありますよ」とフィーナは答えた。 「なにしろ、どんな奇跡が必要とされるか分からないじゃないですか。ですから、分野を限らずありとあらゆる研究をしている訳です。シルバニア帝国を脅すためではないのでご安心ください」  フィーナに顔を見られ、ジノは思わず苦笑を浮かべてしまった。ただその苦笑を浮かべた顔も、次の言葉ではっきりと引きつってしまった。 「そちらの方はただの暇つぶしですから。ただトラスティ様なら、そんなものを使わないでも恫喝を完成させてくださいますでしょう。そう言う実績をすでに作ってしまいましたからね。シルバニア帝国側も、疑心暗鬼になって更に術中にハマるわけです」  口元を手で隠して笑ったフィーナは、「防御力ですが」と話を進めた。 「原則として、当たらないことを優先に考えています。ですから、高機動モードでの艦隊連動が可能となっています。それでも防御が必要になることを考えて、単艦での空間障壁や量子障壁、重力障壁、磁場による障壁も備えています。質量兵器のほとんどは、量子障壁で分解することが可能です。空間障壁は、主砲リブロと同等の攻撃を防ぐためとお考えください。そして艦隊連動で防御を行う場合、各種障壁の合成障壁を構成します。その場合、最大300km四方の合成障壁を作ることができます。障壁の強度は面積に反比例しますので、最大展開時だとラプータの主砲をなんとか防ぐことができる程度でしょうか。まだまだ、改良が必要だと思います」  強度不足を口にしたフィーナに、「待て待て」とノブハルが割り込んだ。 「ラプータの主砲って……そんな広範囲で、あれを防ぐことができるのか?」  一度インペレーターが防いではいるが、それを更に広範囲で実現できると言うのだ。ノブハルが呆れるのも、考えてみれば不思議なことではなかった。 「ちなみに第10艦隊の船は、単独でもアリスカンダルのハイパーソリトン砲では落とせませんよ」 「いやいや……」  あーっと天を見上げたノブハルは、技術開発を止めるのではなかったと後悔などしていた。 「シルバニア帝国が危機感を抱いても仕方がないぞ」 「繰り返しますが、こんなものがなくてもトラスティ様なら蹂躙してくれますよ」  だから意味がないと答えたフィーナに、ノブハルはしっかりだれていた。 「エネルギー量を計算しましたが、アーベル連邦の要塞主砲……アビスでしたか? それでしたら、かなり余裕を持って防ぐことができますね」 「一応参考にさせて貰う……」  はあっと息を吐いたノブハルに、「お疲れですか?」とフィーナが声を掛けた。 「ああ、なにかどっと疲れた気がしたのだ。多分だが、精神的なものだろう」  それに小さく頷いたフィーナは、「側女は必要ですか?」と聞いてきた。それからサラマーの顔を見て、「余計なことを言いましたね」と謝った。 「頼む、そう言うのも精神的に疲れるのだ」  だからやめてくれと答えたノブハルに、「お祖父様に似ていますね」とフィーナは笑った。 「ただお祖父様の場合、その殆どがポーズでしたけど。精神的にも、とてもタフなお方でしたね」  特にあちらがと言われ、ノブハルは「IotUって」と伝説の存在のことを考えた。 「トラスティさん以上に見境がなかったと言うことか」 「周りの女性が逃さなかったと言うのが正確なのかと。ちなみに、私は別の方の貞淑な妻でしたからね」  仲間ではないと胸を……立派な……張られ、そうですかとノブハルはダレたのだった。  予告どおり2日でマールス銀河外周部に到着した一行は、僅かな確認を行ってから、惑星アーベル近傍へと長距離ジャンプを行った。通常なら1千隻の艦隊に、インペレーターと言う巨大戦艦が現れれば、警戒網にかかっているだろう。それを気にしたノブハルに、AIフィーナは、「簡易遮蔽を行っています」と説明した。 「ルリ号の隠蔽機能には及びませんが、見つかりにくい程度の効果はあります。惑星の影になるように位置取りしていますから、よほど注意深く監視していない限り見つかることはないのかと」 「あーまー、ここまで来たら驚かないがな」  そこでジノの顔をちらりと見てから、「シルバニア帝国だったら?」とお約束とも言える問いかけをした。 「間違いなく発見されるでしょうね。それでも、じっとしていたらと言う条件がつきます。超高速で移動を続けたら、トレースし続けるのは困難ではないでしょうか。そこでどう対処するかは、指揮官の能力次第と言うことになります」  なるほどとノブハルが頷いたところで、「結果は変わりませんが」とフィーナはボソリと呟いた。それにノブハルは顔を引きつらせたのだが、「ルリ号で移動されますか?」とノブハルに問いかけた。 「ああ、それが一番見つかりにくいからな」  そこでジノとサラマーの顔を見て、「行くぞ」と命令をした。大きく二人が腰を折ったところで、ノブハルは「アクサ」と己のサーヴァントに移動を命じようとした。だがノブハルが声を発する前に、周りの景色がガラリと変わってくれた。 「……こう言うのは止めてほしいのだがな」  愚痴を零したノブハルに、黒髪をカールにした美しい女性が近づいてきた。そしてとてもフランクな態度で、「歓迎するわ」とノブハルに向かって笑った。 「顔を合わせるのは初めてだっけ? ルリ号のAIルリよ」 「ああ初めてだな。よろしく頼むぞ」  皇夫として偉そうな態度をとったノブハルに、ルリは「ちょっとだけ待ってね」と言った。そしてその言葉の通り、正面スクリーンに惑星アーベルが大きく映し出されていた。 「迷彩機能は正常に働いてるからね。何かにぶつかりでもしない限り、発見されることはないわよ」  そんなドジはしないしと。軽く言ったルリに、ノブハルは小さくため息を吐いた。 「移動が早いのも良し悪しだな。心の準備以前に、物理的準備が間に合ってくれない」  そう零したノブハルは、「アルテッツァ」と帝国AIを呼び出した。その呼出しで姿を見せたアルテッツァは、普段とは違っていささか緊張気味だった。なぜか格好も、皇帝の正装をしていたりした。 「今更格好にツッコミを入れても仕方がないとは思うが……」  はあっと息を吐いたノブハルは、「場違い感が酷いぞ」と指摘した。ただ今更の話なので、「降下地点の設定を」と命じた。 「候補地として2箇所あります。前回の歴史展示館は意味がないので、アザキエル様の私邸もしくはタブリース様の執務室が候補となります」 「どちらが、揉め事が少なくなる?」  話をすることが目的だが、警備にかかっても面倒になってしまう。それを気にしたノブハルに、「アザキエル様の方でしょうか」と予想とは違う答えをアルテッツァは口にした。 「どうやら、現在趣味の筋トレ中のようです」 「趣味の筋トレか……」  そこでお供二人の顔を見て、「下ろしてくれ」とアルテッツァに命じた。ただその命令に対し、「現時点では無理です」と言う答えが返ってきた。 「私のプローブが殆どありません。気に入りませんが、ルリに命令して貰えますか」  それになるほどと頷いたノブハルは、「頼めるか」とルリの顔を見た。 「任せておいて」  その答えから少し遅れ、ノブハル達は目の前の景色が変わるのを感じた。これならアルテッツァに頼る必要はないなと、次からの頼み方を考えることにした。  とは言え、アザキエルのところに乗り込んできたのだ。今は次のことより眼の前のことを片付けなければならない。目を丸くして驚いているアザキエルに、「久しぶり」とノブハルは右手を上げた。 「引退するまで無理とか言っていたからな。俺の方から会いに来てやった」  感謝しろと嘯くノブハルに、アザキエルは持っていたダンベルを後ろに放り投げた。「ズン」と言う重々しい音を聞く限り、かなりの重量があるのは間違いないだろう。 「よく来たな……と言ってやりたいところだが」  ふうっと息を吐いたアザキエルは、「礼儀はないのか」といきなりで踏み込んできたことを問題とした。 「来る前に、一言ぐらい断るのが礼儀と言うものではないのか?」  ゆっくりと歩いてタオルを手にとったアザキエルは、「なんの用だ?」とノブハル達を見た。そして汗を拭いてから、「とりあえず歓迎する」と右手を差し出した。  差し出された右手を握ったノブハルは、「色々だな」と再来の目的を口にした。  そんなノブハルに、「気が利かない奴だ」とアザキエルは別の文句を口にした。 「なぜヴァイオレット嬢を連れてこないのだ?」 「嫌がられた……訳ではないのだがな。あれ以来、彼女の消息が掴めていないのだ」  ノブハルの答えに、「消息不明?」とアザキエルは首を傾げた。 「不思議な話だが……それでも俺の前に顔を出したと言うことは、別の目的があると言うことか」  付いてこいと先を歩いたアザキエルは、出口に通じるドアを開いた。空間接合がされているのか、案内された場所は以前話をした応接だった。そしてノブハル達に少し遅れて、「何事ですか?」とタブリースがおっとり刀で駆けつけた。 「思いつきで振り回していただきたくないとお願いをしたと思っているのですが」  当たり前の苦情に、「何か約束した覚えはないぞとノブハルは言い返した。 「それは、仰る通りなのでしょうが」  はあっと息を吐いたタブリースは、側仕えにお茶の用意を命じた。 「予め申し上げておきますが、前回のことは新総統ザフエル様はご存知です」 「今回のことも、すぐに伝わるのだろうな」  別に構わないと答えたノブハルは、「聞きたいことがある」とアザキエルに切り出した。 「前回の繰り返しになるが、「間引き」の終了・中止条件はなんだ?」 「いきなりだな。それが、今回やってきた理由か? 遠いところをご苦労なものだ」  少し軽蔑するように笑ったアザキエルに、「近いものだ」とノブハルは嘯いた。 「何しろ今回は、2日程度しか時間を掛けていないからな。しかも前回とは違い、1千とは言え艦隊も連れてきてやったぞ。旗艦も持ってきたから、その気になればこの銀河を征服できる」  1千と言ったノブハルの言葉に、アザキエルは少しも驚いた顔をしなかった。それどころか、ノブハルを見て大きくため息を吐いたぐらいだ。 「よほど暇とみえる。1万と3の加盟銀河があるのなら、こんなところまでわざわざ遊びに来る必要はないだろう。マールス銀河が、そちらの脅威にならないことは確認できているはずだ」  それから「暇だな」と繰り返したアザキエルに、「答えは?」とノブハルは問いかけへの答えを求めた。 「あと10万ほど間引きをしたら終わりだ」  それがどうしたと言うアザキエルに、「他の条件は無いのか?」とノブハルは聞き返した。 「そんなものはない! と言ってやりたいのだが、先代達はマールス銀河全体の変革とかを理由にしていたな。ただ変革とは言っても、それが何かは全く分かっていないのが現実だ。変革があれば止めると言うことは、単に言い訳にしか過ぎないんだ。つまり、予定数だけ間引くことが現時点で唯一の終了条件になる」  それをなるほどと聞いたノブハルは、少し意地悪な返しをした。 「アーベル連邦が滅びるのも終了条件ではないのか?」 「俺達を滅ぼすと言うのか」  そこで一度黙ったアザキエルに、「落ち着き先はそうなるな」とノブハルは告げた。 「ザクセン=ベルリナー連合の感情を考えたら、間引きを止めたらめでたしめでたしとはならないのだろう。もっとも、間引きをやりきった後でも揉め事は残るだろうがな」  どうするのだと問われ、「俺の預かり知らないことだ」とアザキエルは言い返した。 「間引きが終わるまで、あと数百年は掛かるだろう。終わりが近づいてきたら、多分だが軟着陸の方法を探るのではないか?」 「ずいぶんと無責任なことだな」  苦笑を浮かべたノブハルに、「文句はご先祖様に言ってくれ」とアザキエルは言い返した。 「軟着陸させるためには、ゆっくりと時間を掛けるしか無いんだよ。アメとムチを示して、連合勢力を削り取っていく。連合が瓦解すれば、感情的問題も星系一つで収まることになるだろう。そこから先は、時間を掛ければ感情的問題も収まっていくものだ」  だから自分の代ではない。そう繰り返したアザキエルに、「お前の気持ちを聞きたい」とノブハルは切り替えした。 「そんな先祖の宿題を、いつまでも続けていたいのか? しかも自分の代で終わらない宿題など、本当にやりたいと思っているのか? お前がうんと言いさえ言えば、俺はお前も見たことのない世界に連れて行ってやれるのだぞ」  青臭く迫ってきたノブハルに、アザキエルはため息と言う答えを出した。 「俺の気持ちを聞いてもどうにもなるものでもあるまい。前にも言ったと思うが、総統など惑星マールスに貼り付けられた標本のようなものだ。代々の総統は、ずっと広い宇宙を夢見、引退してから惑星マールスで暮らすのがせめての救いだったのだ」  そこで天を見上げたアザキエルは、「それが宿命と言う奴だ」とアザキエルは答えた。  それをくだらんなと切り捨てたノブハルは、「お前なら変えられる」と迫った。 「今必要なのは、変えようとする意志だ。一言お前が変えたいと口にしてくれれば、俺は全力で手伝ってやることができる」 「青臭い考えで、世の中が変わっていくと思っているのか?」  おめでたい奴と笑われ、ノブハルは「なにおう」と身を乗り出した。すかさず「ノブハル様」とサラマーに諌められたノブハルは、椅子に座り直して大きく息を吸ったり吐いたりした。 「なるほど。正攻法ではだめと言うことか」  そこで一度目を閉じたノブハルは、「今現在の動きとして」と指を1本立ててみせた。 「俺の所属する超銀河連邦だが、マールス銀河への能動的介入を決議した。目的はこれ以上の間引きをやめさせることと、アーベル連邦とザクセン=ベルリナー連合の和平にある。そのため、紛争地域に戦力を派遣し、武力によって戦闘状態を解消するとともに、両首脳部に対して仲裁を申し込むことになる」 「以前聞かされた説明とは違っているな。まあ、安っぽい正義感に囚われたと思えば、別に不思議な対応でもないのだろう。ちなみに、その程度ではアーベル連邦は間引きをやめることはないぞ。そして連合も、俺達に対して懲罰的対応をを求めてくるはずだ。仲裁など、絵に描いた餅でしかないものだ」  超銀河連合の動きに驚くことなく、アザキエルは淡々とその先に起こることを指摘した。そしてノブハルは、絵に描いた餅と言うアザキエルの言葉を認めた。 「ああ、お前の話を聞いている限り、そうなる未来が見えるようだ。そして連合側が狡猾ならば、大人しく仲裁を受け入れる顔をして、俺達にお前達連邦の武力解除を行わせるだろうな。その場合、双方でかなりの犠牲が出てお前達が弱体化することになる。その後、俺達が派遣規模を縮小したところで、連合はお前達に攻め込んでくるのだろうな」  そこでもう一度アザキエルを見て、「それはお前の望むことか?」とノブハルは尋ねた。 「そんなものは知るかと言いたいところだが、それも仕方がないことだと思っている」  そう答えたアザキエルは、「そっちは良いのか?」と逆に聞き返してきた。 「そんな事になったら、お前達の方でも揉めるのではないのか? 交流も持っていない他の銀河に干渉し、その結果壊滅的損害を与えるのだぞ。ヒューマニズムとやらに溢れたお前達だ、必ず責任問題に発展すると思うのだが?」  どうだと問われたノブハルは、「よく分かっているな」と苦笑を返した。 「そうでなければ、お前がこっそりとやってきては居ないだろう」  それが理由との答えに、「一つ誤解がある」とノブハルは言い返した。 「今回俺は、シルバニア帝国皇夫の立場で来ているわけじゃない。トリプルAと言う、民間企業の役員の立場で来ているのだ。従って、商売をしに来たと言うことだ」  流石にそれは想定外だったのか、アザキエルは少しだけ呆けた顔をした。 「本気で言っているのか?」  疑うような眼差しを向けられたノブハルは、少し偉そうに頷いてみせた。 「本気でなければ、こんな遠いところまでは来ていないぞ。何しろ艦隊まで連れてきているから、ずいぶんと金がかかっているのだ」  だから本気だと繰り返され、アザキエルは「あー」と天を仰いだ。 「商売と言っても……いったい何をするつもりだ?」 「出来ることはいろいろとあるのだがな。今回連れてきた戦力を貸してやることも出来るし、さらなる戦力の投入も可能だ。ちょっとやばい技術を売ってやることも出来るし、格安でお前を銀河旅行に連れて行ってやることも出来るぞ」  可能な限りのリクエストに応える。そう嘯いたノブハルに、「どれも大したことじゃないな」とアザキエルは言い返した。 「なるほど、大したことはないか。だったら……そうだな。アーベル連邦を乗っ取る手助けも出来るぞ。その程度なら、革命とやらを起こして今の支配体系を破壊してやれば良いんだからな。そうすれば、過去のしがらみから逃れられるんじゃないのか?」 「乗っ取らなくても、25年もすれば俺のものになるんだがな」  目元を引きつらせたアザキエルに、「意味が違う」とノブハルは言い返した。 「譲って貰ったら、これまでのことを続けることになる。だが奪い取ったのなら、過去の経緯はご破算だ。俺達の武力を背景に、お前は好きにアーベル連邦の姿を変えることが出来る」  違うだろうと嘯いたノブハルに、「俺の面倒は変わらない」とアザキエルは言い返した。 「ちなみに、同じことをあちらの指導者に提案することも出来る。もっと言えば、そこいらを歩いている奴に提案することも可能だ。断るのは勝手だが、その時は変わっていくアーベル連邦の姿をお前は見ることができない訳だ。いいか、変革と言うのは、連合側でだけ起きるものじゃないと言うことだ」  どうだと胸を張ったノブハルに、アザキエルは呆れたようにため息を吐いた。 「確かに、変革とやらは連邦で起きても良いのだろうな。それにしたところで、大義名分と言う奴が必要だろう。お前は、何を大義名分とするつもりだ? まさか、青臭い人道主義とか言わないだろうな」 そう言って口元を歪めたアザキエルに、「まさか」とノブハルは肩を竦めた。 「そんなつまらないことのために骨を折るつもりはないぞ」 「だったら、なんのためだ?」  答えろとの問いに、「言ったはずだが」とノブハルは微苦笑を返した。 「商売のために決まってるだろう。何しろここは構成星系数が多いからな。その市場規模を考えたら、放置できるはずがないだろう。しかも俺達が汗を流した以上、濡れ手に粟を掴む権利も俺達に与えられてしかるべきだ。それに売り込むネタなら、それこそ星の数ほどあるからな」  立派な理由だと胸を張ったノブハルに、「お前な……」とアザキエルは呆れ返っていた。 「ちなみに社内での俺の立場を上げると言うものもあるな。何しろ俺は、これと言った貢献をしていないからな。ここらで大逆転を狙いたいと思っているのだ」 「そんなことに、俺達を巻き込むと言うのか?」  勝手な奴と言われ、「Win-Winの関係だ」とノブハルは言い返した。 「俺達は商売のため。そして俺達と手を組む奴は、己の信条に従ってアーベル連邦を手に入れる」  そこで胸を張ったノブハルは、「どこか問題があるか?」と言い返した。 「問題と言うより、呆れたとしか言いようがないんだがな」  そこでタブリースの顔を見たアザキエルは、「どう思う?」と問うた。 「それは、私の立場をどう取るかによるのですが? アザキエル様は、どのようなお答えをお好みですか?」 「とりあえず、お前個人として正直な感想を聞かせてくれ。それを持って、お前の責任を問うことはない」  正直に話せと言われ、タブリースは大きく頷いた。 「どこの馬の骨とも分からん奴らの口車に乗るほど落ちぶれていないっ! と言うのがお答えになります。何しろ私は、信じるに足るものを何も見せていただいておりません。とは言え、面白い話だと言うのは確かでしょうか」  タブリースの答えに、「だそうだ」とアザキエルはノブハルの顔を見た。 「なるほど、見せ金が必要と言うことだな」  うんうんと頷いたノブハルは、「ルリ」とルリ号のAIを呼び出した。 「なに、呼んだ?」  そう答えて現れたルリは、わざとなのかとても隠すところの少ない格好をしていた。股上股下共に短すぎるパンツに、おへその出たチューブトップと言う、何をしたいのだと言いたくなる格好をしてくれたのだ。 「その格好には疑問があるのだが……」  そこでアザキエルとタブリースの顔を見て、「ご招待を」と命令した。だが「少しお待ちを」の声に、命令実行はひとまず棚上げされた。 「アザキエル様が地上を離れるのはよろしく無いのかと。従いまして、私一人お招きいただければ結構です」  いままでの原則を持ち出したタブリースに。「おい」とアザキエルはツッコミの言葉を入れた。 「ここに来て、それを言うのか?」 「何しろ、まだ商談は成立しておりません。従いまして、安全を考えたものとご理解ください」  しゃあしゃあと言い返したタブリースに、「敬われてない」とアザキエルは文句を言った。 「安全第一。側近の鏡じゃないかっ」  残念だったなと笑ったノブハルは、「ルリ」と中断した命令の実行を命じた。そしてその瞬間、ノブハル達3人とタブリースの姿が消失した。 「くそっ、本当に置いていきやがった。こう言う時は、サプライズで俺も連れて行くのが普通だろうっ!」  そう吐き出したアザキエルは、テーブルのポケットから大ぶりの透明ポットを取り出した。その中には、何やら得体の知れない緑色の液体が満たされていた。 「やってられるかっ!」  そう吐き出したアザキエルは、やけに粘度の高い液体をがぶ飲みしたのである。ちなみに液体の正体は、動物と植物の特徴を併せ持つ微生物を乾燥させたものと、プロテインを混ぜた筋肉と体に優しい飲料だった。  それを飲み干し「げふっ」っとゲップをしたアザキエルは、「俺も連れていけよ」とやさぐれたのである。  こんな真似をしたのだから、アザキエルの様子はしっかりとモニタされていた。そして「やさぐれた」様子に、「予定通り」とノブハルはしっかりとニヤついていた。 「しかし、立場上あなたは問題になるのではないか?」  自分のことを気にしたノブハルに、タブリースは「大したことではありません」と答えた 「私の立場は、アザキエル様を守ることにあります。そして確実にお守りするためには、その意に沿わぬこともしなくてはなりませんので」  これもその一つと嘯いたタブリースに、「なるほど」とノブハルは大きく頷いた。 「まさしく、側近の鏡と言うことだな」  うんうんと頷いたノブハルは、「教えてくれ」と切り出した。 「俺達のことは、当然今の総統も知っているはずだよな?」 「何を今更と言う質問なのかと」  その答えに頷き、「今のやり取りは?」とノブハルは質問を続けた。 「ザフエル様はまだご存じないと思いますが、連邦議会議長バルベルト様はご存知なのかと。おそらくですが、今頃ザフエル様に報告されているのではないでしょうか」  そこまで説明をして、「何を考えておられます?」とタブリースは尋ねた。 「なに、そちらでも同じことをしようと思ったのだ」 「それは、非常に効果的な嫌がらせとなりますな」  うんうんと頷いたタブリースは、「反対する理由はありません」と連邦の人間としてありえないことを口にした。そんなタブリースを見て、「今更だが」とノブハルは口元を歪めた。 「やけに乗りが良いのだな」 「退屈な日々と言うのは、何もアザキエル様だけのものではありません。口に出してぼやけるだけ、まだアザキエル様の方がマシな気もします」  だからだとの答えに、「それは議長も同じか?」とノブハルは尋ねた。 「私には、違うと言う理由が思い当たりません」  ならば決まりだと、ノブハルは「ルリ」とルリ号のAIを呼び出した。先程の遊びで満足したのか、今度はちゃんとしたセーター姿でルリは現れた。そのお陰と言うこともないが、ルリの美少女ぶりが際立っていた。 「総統のところに乗り込むぞ。場所の特定は出来るか?」  そこでタブリースの顔を見たのは、情報を貰おうと思ったからだろう。だがタブリースが口を開くのよりも早く、「いつでも良いわよ」とルリが答えた。 「それぐらいのことなら、とっくの昔に終わらせてるから。ちょうど今、バルベルト議長だっけ? 報告の真っ最中のようね」  「イク」と聞いてきたルリに、ノブハルはサラマーを見て「ああ」と頷いた。そしてルリに、「タブリース氏を持て成してくれ」と命じた。  その命令に「りょーかい」とルリが答えた所で、ノブハル達の姿はルリ号から消失した。そしてタブリースの顔を見たルリは、「お茶が良いのよね?」と尋ねた。 「一つ尋ねるのだが、こちらは酒精を嗜むのか?」 「酒精……ああ、アルコールのことね。データーがあるから大丈夫でしょう」  まかせてと軽く答え、ルリはタブリースをラウンジへと飛ばしたのだった。ちなみにタンガロイド社のアンドロイドを乗せてきていないので、接待は実体化した自分がしようと思っていた。  一方総統執務室に運ばれた3人は、予想とは違う受け止められ方をした。何しろ自分達は、重要区画への侵入者なのだ。警備兵が呼ばれてもおかしくないと言うより、それが当然だと思っていたのである。だからジノとサラマーは、移動と同時に臨戦態勢へと移行していたのである。  そんな一行を迎えたのは、「思ったより遅かったな」と言うザフエルの言葉だった。そしてノブハルが答えるのよりも先に、「まあ座れ」とソファーを指さした。 「驚かないのだな?」  ありきたりの問いに、「何を今更」とザフエルは言い返した。 「お前達の移動方法は、わしらの物とは違っているのだ。従って、それを妨げることはわしらにはできん。だったら、いつかは乗り込んでくると考えるのが当然だ。そしてアザキエルとのやり取りを考えれば、次に何をするかなど火を見るより明らかなことだ」  つまらなさそうな顔をしたザフエルは、期待を顔に出したバルベルトを見た。そしてフンと鼻息一つ吐いてから、「何をしに来た」とノブハルに問うた。 「なに、仲間外れにするのは可哀想だと思ったのでな」  そう嘯いたノブハルは、「言いたいことは分かっているのだろう?」と逆に問いかけた。 「間引きをやめろ、か?」  ふんと鼻息をもう一度吐いてから、「答えは変わらんぞ」とザフエルは答えた。 「ならば、アザキエルを口説き落とすしか無いと言うことか」  仕方がないとノブハルが息を吐いたところで、「なってないなぁ」とどこかで聞いた声が聞こえてきた。何事とノブハル達が振り向いた先に居たのは、ブラウン系のアンサンブルでまとめた美女……ルリだった。 「呼んだ覚えはないのだがな」  目元を険しくしたノブハルに、「知ってるわよ」とルリは言い返した。そして返す刀で、「なっていない」とノブハルの胸を突いた。力の加減を間違えたのか、ノブハルは激痛にのたうつことになってしまった。 「失敗失敗、ちょっと力加減を間違えちゃった」  てへぺろと舌を出したルリに、「てへぺろじゃない」とノブハルは顔を赤くして……痛かったからなのだが、文句を言った。 「そもそも、どうしてお前に実体があるんだっ!」 「メイプルさんと同じよ」  あっさりと答えを口にしたルリは、「頭を使おうよ」とノブハルに向かって呆れた顔をした。 「どうして最悪のペテン師と言われるあの人から、こんな直球の子供が生まれるのかしら」  はあっと息を吐いたルリは、「目に見える変革があれば良いんでしょ?」とザフエルに尋ねた。 「それはそうなのだが……お前は何者なのだ?」  同じように目元を険しくしたザフエルに、「ルリよ」と答えてルリは右手を差し出した。 「試しに力いっぱい握ってみて」 「か弱い女性に、そのような真似はできないのだがな」  言われた通りに手を握ったザフエルだが、当然のように卵を握るように力を込めていなかった。 「だからね、見た目で相手を判断すると怪我をすることになるんだって」  そう言って笑ったルリは、本当に少しだけ右手に力を込めた。戦艦でも握りつぶすと言われる人形の機動兵器と言うのがルリの正体である。いくら手加減をしても、鍛えただけの人間が敵うはずがない。ぎりぎりと右手を締め上げられたザフエルは、立場もかなぐり捨てて大声で悲鳴をあげることになった。 「ねっ、見た目で判断しちゃだめってわかったでしょう?」  クスクスと手で口元を押さえて笑ったルリは、「宇宙船ルリ号のAIと言うのが私の正体ね」と明かした。 「自己増殖型バイオチップを利用してこの体を作ったのよ。だから、見た目通り体は女性と変わらないわ」  そう口にして、ルリはザフエルの右手を自分の胸にあてがった。 「ちゃんと、子供だって作ることが出来るんだから」  最後に耳元に息を吹き付けたルリは、「サービスはおしまい」とザフエルを解放した。そしてノブハルに向かって、「頭を使いましょう」と繰り返した。 「その結果が、アザキエルへの提案なのだがな」  不機嫌そうな顔をしたノブハルに、「時間がかかりすぎる」とルリは指摘した。そしてザフエルの顔を見て、一つの提案を持ち出した。 「今すぐ、私達の連邦……超銀河連邦と交流を開始しない?」 「その条件は、間引きをやめろと言うのではなかったか?」  ありえんなと即答したザフエルに、「なんで」とルリは無邪気に聞き返した。 「なんで……か。その理由は、タブリース達が散々繰り返したと思うのだがな。マールス銀河の規模、資源を考えた場合、永劫に発展するためには適正な星系数と言う物がある。そしてその考えのもと、アーベル連邦は銀河レベルで間引きを行ってきたのだ。すでに55万の間引きを終え、残るは10万となったのだ。今更やめることなどありえんと言うのがわしの答えになる」  堂々と言い返したザフエルに、ルリは小首を傾げた。 「ごめん。理由になっていないと思うけど」 「理由になっておらんだとっ!」  声を荒げたザフエルに、「だってなってないんだもの」とルリは繰り返した。 「あなたって、アーベル連邦で一番偉い人なんだよね?」 「確かに、総統と言うのは最終決定権を持っておる」  それがどうしたと答えたザフエルに、「アーベル連邦ではだよね?」とルリは聞き返した。 「何を言いたいのだ?」  それを訝ったザフエルに、「とっても簡単なこと」とルリは答えた。 「マールス銀河で一番偉い訳じゃないよね。ザクセン=ベルリナー連合って、アーベル連邦の一部じゃないんでしょ。その一部じゃないところに攻撃をするのって、普通は侵略って言うんじゃないの?」  それにと、ルリは言葉を続けた。 「アーベル連邦の中は、すでに適正規模にまで間引かれているんでしょう。だったら、なんでわざわざよその連合にまで口を出すのかしら? そこのところ、納得がいく説明をして貰いたいんだけど?」  どうなのと問われたザフエルは、自分の中で答えを探しているのかルリに答えを返さなかった。 「ほらね。間引きを始めた理由は科学的なものでも、あなたが間引きをしなくちゃいけない理由に合理的なものは無いのよ。マールス銀河の7割をアーベル連邦が占めているのなら、資源のことなんて心配する理由なんて無いじゃない。そして戦力的にもザクセン=ベルリナー連合より勝っているのなら、境界を警備して連合の侵入を防げばいいだけでしょ?」  違うのと問われたのだが、やはりザフエルから答えは出てこなかった。そこでニパッと笑ったルリは、「そう言うこと」とノブハルの顔を見た。 「みんな頭がいいから、難しく考えすぎなんだよねぇ。今この人達がしているのは、間引きじゃなくて侵略行為なの。それを理解させてあげれば、屁理屈はつかなくなるのよ。だって侵略行為を認めたら、私達がすることも認めなくちゃいけなくなるんだもの。もうね、ザクセン=ベルリナー連合なんて放っておけばいいのよ」 「ずいぶんと簡単に言ってくれるな」  苦笑を浮かべたノブハルは、「だがその通りだな」とルリの決めつけを認めた。 「そして1万と3……4になったのか。その巨大連邦の仲間入りをすると言うのは、間違いなく大きなイベント……と言うことか」  そこでバルベルトの顔を見たノブハルは、「居なくなったら騒ぎになるか?」とザフエルを横目で見た。 「そのあたり、なるようなならないような……微妙なところでしょうか。ただ事情を説明してから行くと、その方が騒ぎが大きくなると思います」  そこでザフエルの顔を見たバルベルトは、「置いていきましょう」と誰かと同じようなことを言った。 「やはり、同じ結論に達するわけだ」  可哀想にと顔を見られたザフエルは、「待て」とバルベルトを睨んだ。 「連邦議長がフラフラと居なくなれるはずがないだろう」 「それにしたところで、総統よりは障害が少ないと思います」  だから問題が無いと答えたバルベルトに、「待て」ともう一度ザフエルは声を荒げた。 「答えを出すのはわしのはずだ!」 「そのための情報を、不肖私が代理で集めてまいる所存です」  だから何も問題はないとバルベルトは繰り返した。 「そうだな。連れて行って貰いたいのなら、さっさと答えをだすことだ」  そこで顔を見られたルリは、「りょーかい」と軽く答えて4人をルリ号へと飛ばした。そして一人残って、「過去に囚われるのはやめましょう」とザフエルに声を掛けた。 「あなただって、間引きを続けることに飽きが来ているんでしょう?」 「AIに同情されるとはな……」  苦笑を返したザフエルは、「そうだな」とルリに返した。 「これで肌が青ければ、側女にでもどうかと誘ってやったのだがな」  軽口を叩いたザフエルに、ルリは「ありがと」と微笑んで見せた。 「でも残念ね。私が体を許すのは、ただ一人って決めているのよ。ちょっと今は取り込み中なんだけどね」  そう言って笑ったルリは、「楽な方に逃げちゃだめよ」と言い残して姿を消した。 「楽な方に……か。前例を踏襲するのは、確かに楽な方なのだろうな」  ふうっと息を吐いたザフエルは、「良いなぁ」と空を見上げたのだった。  ノブハル達が着々と裏工作を進めている一方で、超銀河連邦軍もまた派遣準備を進めていた。艦隊の集結地点に選ばれたカミオン星系の外周部には、連邦軍1千万がまさに集結しようとしていた。  1千万もの艦隊が出撃するとなると、総司令には高い職位の者が必要となる。だが未知の銀河と言うことで、クサンティン元帥の出撃が見送られ、次席となるクルブスリー大将が総司令に就任した。ロマンスグレーの髪をした、少し細面の温厚そうな男である。 「予定より、かなり早く集まっているな」  旗艦デ・ジェルの艦橋に立ったクルブスリーは、投影された立体図で艦隊の集結状況を見ていた。 「現時点で、予定より4日前倒しになっております」  大規模派兵と言うこともあり、クルブスリーの副官に少将格が任命されていた。今回はパエッタと言う名の、少し角張った顔をした男が選ばれていた。  集結状況を報告したパエッタは、「予定の繰り上げを進言します」と囁いた。 「理由は?」 「トリプルAが動いたと言う情報があります」  余計なことをさせないためには、予想より早い行動が有効となる。今回の出撃には連邦軍の意地も掛かっていることもあり、皆がトリプルAの動きに神経を尖らせていた。 「なるほど、場を乱されないようにしなくてはな」  いいだろうとクルブスリーが認めたことで、日程の繰り上げが決定したことになる。幕僚を呼び寄せたパエッタは、「出撃を繰り上げる」と命じた。 「あちらに着いても、直ぐに戦闘状態になる訳ではない。日程の短縮を第一優先としろ」  パエッタの指示に、「直ちに」と敬礼して幕僚達は己の仕事へと走っていった。それを確認したパエッタは、「エスデニアが意外に協力的でしたな」と小声で囁いた。初めの反応では、エスデニアは大規模派遣に難色を示していたのだ。  それにうむと頷いたクルブスリーは、「政治的配慮だろう」と事情を口にした。 「トップ6として、連邦に不協和音を立てる訳にはいかなかった……と言うのが表向きの理由だろう」 「実体は、トリプルAが動いたため、邪魔をする必要がなくなったと」  答えを先取りしたパエッタに、「トラスティ氏の指示だろう」とクルブスリーは事情を想像した。 「現在居場所が分からないのは、キャプテン・カイトとシルバニア帝国皇夫ノブハル・アオヤマの二人になります。ローエングリンはシルバニア帝国に行っておりますが、ズミクロン星系センターステーションからインペレーターが出港しています。おそらく、二人はインペレーターを使っているのかと」 「だがトラスティ氏抜きの状態で、インペレーターだけでどうにかなるのか?」  有り得んだろうと口にしたクルブスリーに、「シルバニア帝国艦隊は出撃準備を進めています」とサポート側の動きを報告した。 「いざとなったら、シルバニア帝国艦隊が出撃すると言うことか。エスデニアの協力さえあれば、派遣はさほど難しくないからな。だが強力な戦力であるのは認めるが、シルバニア帝国艦隊だけでは物量が足りるとは思えない」 「グルカ銀河の際には、トップ6からかき集めて100万でしたか」  それを考えると、すでに連邦軍は遥かに巨大な戦力を投入しようとしている。そしてマールス銀河で行われている戦いも、各地で10万単位の艦隊が動いていた。それを考えると、シルバニア帝国艦隊だけでは戦力不足としか言いようがなかった。 「他のトップ6+αの動きは?」 「いずれも、艦隊を動かしておりません」  それを聞く限り、本命はシルバニア帝国軍と言うことになる。だがクルブスリーは、その考えには懐疑的だった。幾ら皇夫が動いていても、シルバニア帝国が無謀な派遣を行うとは思えなかったのだ。 「やはり、トリプルAが絡むとやりにくいな」  そう零したクルブスリーに、「全くです」とパエッタも認めた。 「稀代のペテン師の影に怯えてしまう……術中にはまると言うのは、まさにこの事を言うのかと」  それを認めたパエッタだったが、「最後にものを言うのは物量です」と付け足した。 「圧倒的な戦力の前には、ペテンを働かす猶予はありません」  いかなる策略も、数の暴力の前には無力である。そう主張したパエッタに、クルブスリーは思わず苦笑を浮かべてしまった。 「我々は、戦争をしに行く訳ではないのだがな。ましてや、トリプルAと一戦を構えることは考えておらん」  そう断言してすぐ、「それもまた建前だな」とクルブスリーは言った。 「砲火を交えることは無いのだろうが、彼らの動きを封じる必要があると考えている。我々は、この時代にIotUを生んではいけないのだよ」 「仰るとおり、特定の個人に連邦の安定を託すのは問題が大きいでしょう」  そこで集結中の艦隊情報を眺めたパエッタは、「ネジを巻きますか?」と問うた。 「いや、これ以上は余計な詮索をされることになる。5日も前倒しできれば、現時点では十分だ」  だからこのままでいい。クルブスリーの言葉に、パエッタは敬礼で答えたのだった。  ノブハルが訪れた1週間後、エスデニア最高評議会議長ラピスラズリが見舞いにやってきた。つい先日帰ったことを考えれば、見舞いと言うのは口実と言うのは見え見えの行動だった。  そしてその通り、病室に現れたラピスラズリは「連邦が出撃を急がせてます」と状況を口にした。 「現時点で、4日半ほどの前倒しでしょうか。マールス銀河外周部への接続依頼日時が変更となりました」 「わざわざ、それを教えに来てくれたのかな?」  ありがとうと言われ、ラピスラズリは少し頬を染めた。そしてアルトリアが出したお茶を口にしてから、「それも口実ですね」とトラスティの顔を見た。 「報告を理由にすれば、我が君にお目に掛かることができます」 「先日帰ったばかり……と言うのは言ってはいけないのだろうね」  そう言って笑ったトラスティは、ベッドから起き上がってラピスラズリのところへと近づいた。そして目を閉じて見上げた彼女に唇を重ねた。 「連邦軍1千万は、明後日にはマールス銀河に向けて出発いたします。今回は大規模ゲートを用意しましたので、全数移動は2時間程度で完了するのかと」 「ノブハル君達の3日遅れ……と言うことか」  そこで少し考えてから、「微妙なタイミングだね」とスケジュールのことを口にした。 「ノブハル君がうまくやっていれば、到着した頃には手遅れになっているんだけどね」  トラスティの答えに、ラピスラズリは「我が君」と呆れた顔をした。 「手遅れと言うのは、いかにも問題のある言い方なのかと。せいぜい、決着が着いている程度にしていただければ……それですら問題の多いことなのに」  こめかみを指で抑えたラピスラズリに、「言い方を変えても一緒」とトラスティは笑った。 「それで我が君は、どのような落とし所を考えられているのでしょうか?」  ラピスラズリの問いに、うんうんと頷きながらロレンシアも近づいてきた。一方アルトリアは、訳が分からないのか離れたところでニコニコとしていた。 「それを考えるのはノブハル君なんだけどね……まあ、平和的なものを考えているよ。そのためには、連邦軍の役割をひっくり返してやるのが今回の肝なんだよ」 「役割をひっくり返す?」  目を見張ったラピスラズリに、「ひっくり返すんだ」とトラスティは繰り返した。 「現実問題として、遠征した連邦軍はどちらを背にすることになるのかな?」  どちらかの勢力を背にすると言うことは、もう一方に対して砲塔を向けることに繋がる。つまり、軍事的にどちらを助けるのかと言うことになる。  その問いに対して、ラピスラズリは迷うことなく「ザクセン=ベルリナー連合でしたか」と間引き対象となっている側の名を挙げた。 「そうだね。彼らは、現在進行系で「間引き」と言う名の侵略を受けているんだ。その状態を解消するためには、連邦軍は「間引き」を行っている側を軍事的に牽制する必要がある。これは推測だけど、アーベル連邦はおとなしく言うことを聞かないと思うよ。その結果、双方で多大な犠牲を出す戦闘が行われることになる。だから君も、連邦軍への協力に気が進まなかったのだろう?」  そう問われ、ラピスラズリはしっかりと頷いた。 「我が君の言葉がなければ、サボタージュを考えていました。ライラ皇帝も、気に入らないと仰っていました。テッド・ターフ氏からも、前向きな意見は聞こえてきませんでした。それが、エスデニア連邦の答えと言うことになります」  ラピスラズリの答えに、トラスティは「そうだね」とそれを認めた。 「連邦軍とエスデニア連邦の緊張が高まるのは、超銀河連邦にとって好ましくないんだよ。もっとも、これを利用してトップ6の発言権を削ろうと考える向きがあるのも分かっている」  そこまで口にして、トラスティは「分かってる」と先手を打った。 「少なくとも、トップ6は公に連邦の方針に口出しをしていない。確かに事実としてそれはあるのだけど、その一方で理事会はトップ6の顔色を伺っている……と考えられているんだよ。君達が一歩下がって口出ししないようにしていても、彼らは常にトップ6のプレッシャーを感じているんだよ。アルカロイドだったかな、そんな秘密結社ができたのも、君達に対する反発が理由と言うのを理解しているのだろう?」  どうだろうと問われ、ラピスラズリは気持ちを表したように渋々頷いた。 「君達が遠慮をするのではなく、連邦と言う総体ならトップ6を従えることができる。今回の派遣で、それを示したい勢力もあると言うことだよ。その意味で、彼らは失敗する訳にはいかないんだ。だからクサンティン元帥の思い以上に、彼らはトップ6、特にエスデニアに圧力を掛けていた。まあ、リゲル帝国とレムニア帝国に関して言えば、今回は完全に蚊帳の外になっているからね。そして僕がこの体たらくだから、今はお目溢しをして貰っているってところかな」 「その空気があるのは感じていました。ですから、より抑制的にと考えていたのですが……」  ふうっと息を吐いたラピスラズリは、「無駄な努力だった訳ですね」と自分達の考えを笑った。 「無駄とまでは言わないけどね。ただ、幾ら抑制的に動いていても、一度持たれた疑念は解消できないものなんだよ」 「それは、仰る通りなのでしょうね。それで我が君、先程仰られた「ひっくり返す」とはどのようなことなのでしょうか?」  浮かない顔をしたラピスラズリに、「言葉のまま」とトラスティは返した。 「連邦軍が、ザクセン=ベルリナー連合と向かい合うようにしてやればいいんだよ。その場合、圧倒的な戦力差があるから、どちらにも犠牲者は出ない……出たとしても、ごく僅かですむことになるんだ」  それがペテンと笑ったトラスティに、「そんな事ができるとは思えません」とラピスラズリは即答した。 「双方の戦力差を考えた場合、戦争状態を解消するためにはアーベル連邦にプレッシャーを掛ける必要があります。そして連邦軍も、それを前提に行動をしているはずです。それをひっくり返す……方法があるとは思えません」  小さく首を振ったラピスラズリに、「普通ではね」とトラスティは答えた。 「もしもアーベル連邦が一方的に兵を引いた場合、連邦軍はどうすればいいのかな? そして兵を引く際に、境界宙域をザクセン=ベルリナー連合が超えてきた場合、「間引き」を再開すると宣言したらどうなる?」 「間引きをやめると言う事なら、確かに違った展開を考えることはできます。ですが彼らが、「間引き」をやめない前提で話をしていたはずです。ノブハル様も、アーベル連邦の次次代総統からそう聞かされているはずです」  前提がおかしくなっていると反論したラピスラズリに、「だからペテン」とトラスティは笑った。 「ある意味言葉遊びなんだけどね。あちらの総統が反論できない決めつけがあるんだ。それを持ち出せば、ペテンの第一段階は終了となる」 「反論できない決めつけ?」  そんな都合がいいものがあるのか。目元を険しくしたラピスラズリは、「それは?」とトラスティに尋ねた。  だがラピスラズリの問いに、「今は内緒」とトラスティは答えた。 「これはね、ノブハル君が気づかなければいけないことなんだ」  だから、今は誰にも教えない。恨みがましい目をしたラピスラズリに、「我慢しようね」とトラスティは唇を重ねたのだった。  嫌がらせで重鎮二人を連れ出したノブハルは、「見せ金」として連れてきた戦力から披露することにした。ただ普通に見せると数や大きさの点で訴求力に欠けるため、圧倒的な機動力を前面に出すことにした。「一体何に使うのだ」と呆れた高機動モードが、ここで役に立ったと言うことである。 「思ったほどではない……と考えるべきか、それとも非常識と考えるべきか」  自分の顔を見たバルベルトに、「難しいところですな」とタブリースもそれを認めた。 「我々の技術力では真似ができないことは確かですが……かと言って、想像を絶するものかと言われるとなにか違うと言う気がします」  タブリースの答えに、「だよな」とバルベルトもそれを認めた。 「なにか、こう、おおうっと思う派手さがあってもいいと思うのだが」  ううむと唸った二人に、ノブハルは「だったら」ととても過激な提案を口にした。 「インペレーターの主砲、リトバルトを最大出力で撃ってやってもいいのだがな。もちろん、ターゲットは惑星アーベルなんだが」  どうなるのだろうなと口元を歪めたノブハルに、「要塞砲アビスでも惑星破壊ぐらいはできますが?」とタブリースはノブハルの顔を見た。つまり、惑星破壊程度では驚かないと言うのである。 「だったら、恒星ミコラスを撃ってやってもいいのだぞ」  少しムキになったノブハルに、「こらこら」とルリが割り込んできた。 「おかしなところで意地になるんじゃないのよ」  困った子ねと眉を顰めたルリは、「演習をしない?」とバルベルトに持ちかけた。 「もっとも、双方ガチでやったら勝負にならないんだけどね。こちらは防御だけで、一切攻撃しないと言うのはどうかしら? 当然、そっちの要塞が居た方がいいし、主砲アビスを撃ってくれていいわよ。ちなみにアビスに対して、こちらは回避行動を取らないと言うのはどうかしら?」 「それは、流石に正気かと尋ねてもいいことだと思うが?」  本気かと問われたルリは、「本気も本気」とニパッと笑って答えた。 「そちらの戦闘距離は、だいたい20万キロぐらいだったかしら。それだと遠すぎるから、5万キロぐらいで一方的に撃たれてあげる。全弾避けてあげてもいいんだけど、最初は避けないでおいてあげるけど?」  「どう」と問われたバルベルトは、「流石に非常識では?」と答えた。 「そこまで言う以上、攻撃を防ぐことはできるのだろう。だが、そちらの技術が進んでいるのは分かっているのだ。だとしたら、「そう言うものだ」と考えれば終わってしまう」  バルベルトの答えに、「それがポイント!」とルリは一度手を叩いた。そこで顔を見られたノブハルは、なるほどとそこからの話を引き取った。 「俺達の連邦から1千万の戦艦が派遣されてくるのだがな。もしも「そう言うもの」と受け止めてしまったら、お前達は俺達の連邦軍相手に戦うことができるのか? すべての攻撃が通用せず、一方的に虐殺されていくのだぞ。一矢を報いることもできない戦いに挑むほど、お前達は愚か者揃いなのか?」  それはどうだと問われ、バルベルトは黙ってタブリースの顔を見た。そしてタブリースが肩を竦めるのを見て、「我々の前提が狂う訳か」とバルベルトは口にした。 「本気で攻撃しても刃が立たず、一方的に武装解除されてしまうことになるのだと。そしてそちらには、我々とは違う空間移動の方法がある。その方法を使えば、陸戦兵力を我々の艦に送り込むことも可能なのだと」  ふうっと息を吐いたバルベルトは、「戦いにもならない訳か」とノブハルの顔を見た。 「ただ、それを口で言っても信用出来ないだろう。だからお前達と軍人にデモンストレーションをしてやろうと言うのだ。そして陸戦隊の力を見せてやれば、沈めなくても制圧できると言う証拠になるのではないか?」  「どうだ」と問われたバルベルトは、「否定できないな」とノブハルの言葉を肯定した。 「エラディクト部隊と要塞バベルは、現在ここから11万光年離れたところを次の目標に向かって移動中だ。目標のパラケオン21に到着するまで、あと10日と言うところだろうか。その後でと言う事なら、デモンストレーションを受ける時間も作れるだろう」  これから移動することを考えたら、時間的にはそれぐらいが丁度いい。そう考えたバルベルトに、ノブハルは「ルリ」とルリ号のAIに問いかけた。 「エラディクト部隊とやらに追いつくのに、どれだけ掛かりそうだ?」 「11万光年先って言ったわよね?」  そこでデーターを検索したルリは、あっさりと「5時間ね」と答えた。 「だそうなのだが、それでも戦闘後の方がいいのか? あちらも必死だから、そちらにも少なくない被害が出るのだろう?」 「銀河内の11万光年を、たった5時間で移動できる距離と言うのか……」  こちらは「そう言うもの」で片付けるには、流石に想像を超えていたのだろう。こめかみを押さえたバルベルトは、「下ろしてもらえるか」とノブハルに尋ねた。 「それならそれで、エラディクト部隊に指示を出さないといけない」 「確かにそうなのだが……今回に限って言えば、ギャラリーは多い方がいいだろう」  そちらはどうだとの問いに、「ギャラリーか」とバルベルトは考えた。 「呼び寄せる時間を考えたら、こちらが移動した方が早いと思うのだが。そうだな、現時点で20箇所に展開しているのだが、それを回ってもらえるか?」 「ルリ、連邦軍のスケジュールと合わせて、最短スケジュールを作れるか?」  超銀河連邦軍が来る前に、決着をつけておく必要がある。そう考えたノブハルに、「簡単よ」とルリは返した。 「アーベル連邦の艦隊配置は吸い上げておいたから」  その報告に、「悪い夢だ」とバルベルトは頭を押さえた。ただ時間が惜しいと、「地上に戻してくれ」とルリに依頼をした。「りょーかい」と言う軽い返事と同時に、バルベルトの姿はルリ号のブリッジから消失した。  それを確認したところで、ノブハルは「さて」と言ってタブリースを見た。 「やさぐれている次代総統様はどうする?」 「今度は、乗せてあげても宜しいのかと。バルベルトが、そのための根回しを終わらせると思いますので」  その説明に、「なるほど」とノブハルは頷いた。 「つまり、現総統も乗せることになると言うのか」 「一緒に、軍幹部も数名乗せていくことになるのでしょう。そこで技術評価をさせれば、後々スムーズに調整が進むことになります」  その説明に頷き、「数に制限は掛けないぞ」とノブハルは告げた。 「この船だと限界はあるが、インペレーターならば数万程度乗せることは可能だ」  それでどうだと問われ、「有象無象を乗せても意味がない」と言うのがタブリースの答えだった。 「その考え方は理解できるな。では、人選はそちらに任せよう。ところで、あなたがアザキエルに説明に行くか?」  「やさぐれたままだ」と映像を投影され、「そのまま攫ってきましょう」とアザキエルの答えは敬意に欠けるものだった。 「それが、アザキエル様の仰った「サプライズ」になるのかと」  結構意地が悪いのだなと。タブリースの答えで、ノブハルはアーベル人の性格を理解したのだった。  バルベルトが地上に居りた3時間後、ルリ号のデッキには20名ほどのアーベル人が集まっていた。その内訳は、総統1名とその後継者1名、連邦議長1名に、次期総統の側近1名に軍から5名の高級軍人に5名の上級官僚である。そして腕試しのため、よりすぐりの護衛が6名連れてこられていた。  その20名を広めのラウンジに案内してから、ノブハルは「3時間後」とエラディクト部隊との接触予定を告げた。 「時間が押したので、移動速度を上げもらうことにした。最高で、光速の4億倍程出す予定だ」  光の速度の4億倍との説明に、集まった者達の間でざわめきが起こった。ちなみに全員が純粋なアーベル人のため、とても不健康そうな肌色がノブハルの前に集まったことになる。  超光速で移動することを説明したノブハルは、バルベルトに「準備は?」と問いかけた。 「ちゃんと、言うことを聞いてくれそうか?」 「そのあたり、かなり半信半疑……と言うところだろう」  無理もないがと口元を歪めたバルベルトに、「それは理解する」とノブハルは返した。 「本星が狂ったと思われても仕方ないのだろうな」 「我々が追いつけば、それだけで証明になるはずだ」  バルベルトの答えに、「確かに」とノブハルは頷いたのだった。 「それまでの時間の潰し方だが……ちょっと汗を流していくか?」  そこで顔を見られたのは、肉体鍛錬を日課にしている総統関係者ではない。腕試しのためと連れてこられた、6名の護衛だった。 「そこそこ広いスペースを用意してある。ジノとリュースがお相手をするぞ」 「この二人が……ですか」  そこでバルベルトが懐疑的な顔をしたのは、どう見ても二人が強そうに見えなかったからだ。連れてこられた護衛6名の体格と比べると、明らかに半分以下と言う体格をしていた。 「それもまた、常識の壁と言う奴だな」  少し口元を歪めたノブハルは、ジノとサラマーに「分かっているな」と問いかけた。  それに頷いたジノは、「実戦に近い方が」と更に過激な提案をした。 「護衛の方々には、武器を使用してもらった方が宜しいのかと。もちろん、私達も標準兵装を着用させていただきます」 「ガチの戦いをすると言うのだな」  面白いと笑ったノブハルは、「ルリ」とルリ号のAIに声を掛けた。 「なになに、私も参加しろって?」  嫌だなぁと苦笑したルリに、「それは良い」とノブハルも苦笑を返した。 「全員を、倉庫に移動させてくれ」 「一応片付けておいたけどね。でも、できれば壊さないで欲しいなぁ。後が面倒だから」  それをジノ達を見て言ったルリは、「はい到着」と一瞬にして全員をルリ号の倉庫へと送り込んだ。そこには20m四方で、高さが5m程の空間が広がっていた。 「どうする。障害物とか置く?」  その方が、より実戦に近づいてくれる。その質問を受けたノブハルは、「どうする?」とバルベルトの顔を見た。 「それ以前に、我々の安全はどうなっている?」  戦うのは8人なので、それ以外の15人の安全確保が必要となる。それを問題としたバルベルトに、「透明な壁を作っておく」とノブハルは答えた。 「多分だが、そちらのアビスでも壁は破れないぞ」 「話半分に受け取っておくこととして……」  任せるとバルベルトが答えたところで、2対6の演習が開始されることになった。  用意されたシチュエーションは、警戒して居るところにジノ達二人が侵入すると言うものである。そのため連邦側6名は、いつでも戦闘が行えるよう武器のセーフティーを解除して並んでいた。自分達の攻撃で船を壊す訳にはいかないので、「気絶モード」に武器は設定されていた。 「強力な武器の使用は、自分達の船を沈めることになるので」  バルベルトの説明に、「納得できる方法でいい」とノブハルは返した。マジモンの演習を行うのだから、それぞれが最善を尽くす必要があるのだと。  そして連邦側が配置についたのを確認し、「始めるぞ」とノブハルが号令を掛けた。それに合わせて、ジノとサラマーが空間移動で連邦側6人から少し離れたところに現れた。  通常の戦いでは、間違いなく不意を突いた攻撃になるところだろう。ただ今回は、ジノ達はバカ正直に護衛達の前に現れた。来ると分かっていれば、虚を突かれることもない。ジノ達が現れたのと同時に、護衛6人は手にした銃を「気絶モード」で乱射した。確実に攻撃はジノ達を捉えたのだが、結果的に捉えただけだった。直ぐにその攻撃が役にたたないと気づいた時点で、護衛達は攻撃モードを「破壊」へと切り替えた。 「見た目の違いが分からないのだが、なにか特殊な兵装を使っているのか?」  少しも攻撃に効果がないことを認め、バルベルトはその理由をノブハルに尋ねた。そしてその一方、高級軍人達は、戦闘の記録をデーターと共に取り続けていた。 「ああ、陸戦用の兵装を身に着けているぞ。ちなみに、そのまま宇宙にも出られると言う優れものだ」  その説明にバルベルトが頷いたところで、護衛6人は遠距離からの銃撃に見切りをつけた。そして少し大ぶりのナイフのようなものを取り出し、2人に向かって白兵戦を仕掛けていった。よく訓練された護衛達は、一糸乱れぬ統率を見せ、ジノとサラマーの二人に迫っていった。 「見事なものだ。よく訓練されているのだな」 「一応よりすぐってきたからな」  2対6の戦いは、数に勝る6が優勢に進めているように見えた。白兵戦ともなると、使用している兵装ではなく、各々の練度と実力が大きな意味を持つことになる。その意味で言えば、連れてこられた6名は、いずれも高い実力を持っていた。 「そしてこちらにも、戦力強化の方法がある」  バルベルトの言葉と同時に、連邦側の攻撃がサラマーの体を捉えた。ナイフが胸元の服を切り裂き、白い肌に血が滲んでいるのを見ることが出来た。  そしてサラマーほどではないが、ジノもまた少しずつ追い詰められるようになっていた。 「流石に、2名では苦しいのでは?」  気を使われたノブハルは、「かもな」と押されている二人の方に目を向けた。 「ルリ、インペレーターから誰か連れてきてくれるか?」 「10剣聖がいい? それともパガニアの上級剣士? 一応リュースさんも乗ってきてるけど。流石にカイトさんはやめた方が良さそうね」  よりどりみどりと笑うルリに、ノブハルは「リュースかな?」と候補を上げた。彼女ならば、ジノとサラマーとの連携に問題が出ないと思ったのだ。  そしてノブハルの指定から少し遅れ、「おまた」と軽いノリでリュースが現れた。そして目の前で行われている戦いを見て、「鍛え直さないとだめね」と笑った。 「それでノブハル様は、私にどうしろと? 8人まとめてのしてくれば良いのかしら?」  恐ろしいことをさらりと口にしたリュースに、ノブハルは少し目元を引きつらせた。 「とりあえず、連邦側6人の制圧なのだが……普通にやってくれるか?」 「つまり、ジノとサラマーを排除してから制圧しろと?」  お安い御用と笑ったリュースに、「協力して制圧」とノブハルは期待値を正確に伝えた。 「圧倒的な戦力差ってのを見せてあげてもいいと思うんだけどな」 「これは、あくまで演習だからな。特殊な例と言うのは役に立たないのだ」  だから行けと命令され、リュースは「はいはい」と手を振りながら戦闘地域へと歩いていった。そしてなんとか敵を抑えていたサラマーの前に割り込み、後ろ蹴りでサラマーを弾き飛ばした。 「鍛錬不足が思いっきり出てるわよ」  鍛え直してあげると笑いながら、サラマーの代わりに3人の攻撃を捌いていった。そして切り掛かってきた一人の手を掴み、押されているジノの方へと投げ捨てた。 「あなたも、体がなまってるんじゃないのぉ」  だめねぇと笑いながら、リュースは残った2人を制圧した。そして「じゃまじゃま」と笑いながら、ジノを排除してから残りの3人の制圧も終わらせた。リュースの投入から2分経過した所で、6人の護衛は床の上で失神し、ジノとサラマーの二人はお腹を押さえて蹲っていた。 「はい。無事制圧完了っ!」  そこでじゃあねと手を振って、リュースはルリ号の倉庫から姿を消した。  あーと天井を見上げたノブハルは、「デモストレーションになったか?」とバルベルト達に声を掛けた。何か目的とは違う形になったのだが、とりあえず制圧には成功したのだと。  そして成果を問われたバルベルトは、「なんなのだ、あれは?」とリュースのことを問題とした。 「いや、彼女の前任者なのだがな」 「片手間で、精鋭6名を制圧してくれたか」  はあっと息を吐いたバルベルトは、「敵わないことは理解できた」と連れてきた高級軍人達の顔を見た。 「何か、分かったことはあるか?」 「それなのですが……」  難しい顔をしたのは、情報収集のために連れてこられたロムニールと言う大佐だった。明らかに困惑を顔に出したロムニールは、「データーは取れたのですが」と答えた。 「初めに戦った二人からは、体内からエネルギー反応を検出しました。従って、何らかの肉体強化を行っていたと考えることが出来ます。ただ後から現れた女性からは、エネルギー反応を検出することが出来ませんでした。それを考えると、護衛の6名は、生身の女性に圧倒されたことになります」  流石に考えられないと零したロムニールに、「事実として受け止めよ」とバルベルトは命じた。 「どうだ。白兵戦でも俺達が強いのが分かったか」  本当は頭を抱えたいところなのだが、それを隠してノブハルはバルベルトに問うた。 「最後の女性だが、そちらにはあのような化物がゴロゴロといるのか?」  逆に聞き返されたノブハルは、「あれは例外だ」と嫌そうな顔をした。 「ただ、インペレーターにはゴロゴロと居るな。それから、それ以上の人も連れてきている」 「なるほど、いずれにしても白兵戦では勝てないと言うことになるのは理解した」  そこでザフエルを一度見たバルベルトは、「そろそろか?」と時間を確認した。 「ルリ、そのあたりはどうなっている?」 「あと、5分で追いつくわね。それからレクシュ司令から、「遊んでも宜しいか」とか聞かれたんだけど?」  どうすると問われたノブハルは、「どうやって遊ぶのだ?」と聞き返した。 「レムニア帝国は、電子戦が得意なのよ。たぶんだけど、アーベル連邦軍のAIを乗っ取ってもいいかって意味だと思うわ」  どうするともう一度聞かれたノブハルは、「却下」と即断した。 「今回は、俺達の方からは攻撃しないのを原則とする。もちろん、体当たりも許可しないぞ」  そこでルリの顔を見たのは、ラプータに突入した実績を考えてのことだろう。そんなノブハルに、「しないわよ」とルリは笑ってみせた。 「あの人が居ないのに、そんな真似をするはずがないでしょ」  だからしないと言うのは、果たして安心して良いことなのだろうか。ただ口にしても意味がないと、「大丈夫か」とノブハルは復活してきたジノ達に声を掛けた。 「とりあえず、体の方は」  顔を引きつらせているのは、体はまだしも、プライドが傷つけられたと言う思いからだろう。それを口にしないで、「そろそろだな」とルリの顔を見た。 「そうね。はい、通常空間に復帰したわ」  ほらねと指さされた先には、エラディクト部隊を構成する10万の戦艦と最大長1000kmの巨大要塞が映し出されていた。特に巨大要塞バベルの威容は、ノブハル達を圧倒するものだった。ラプータとは別の意味で、巨大要塞の持つ空気に圧倒されたのである。 「流石に凄いな……」  息を呑んだノブハルに、「始めて良い?」とルリはどこまでも軽かった。 「レクシュ司令は、準備は出来てるって。マリーカ船長も、いつでも良いって言ってるわ」 「と言うことなのだが……総攻撃を掛けてもらえるか?」  ノブハルの依頼に、「本当に良いのか?」とバルベルトは確認した。これだけの距離になると、攻撃は確実に当たってくれるのだ。それを考えると、「本当に良いのか」と尻込みするのも不思議な事ではない。 「ああ、何かあったらこちらの責任だ。本気で落とすつもりでやってくれ」 「本当に良いのだな?」  くどいほど確認したバルベルトは、「通信手段は?」とノブハルに問うた。 「ルリ、用意はできているか?」 「映像チャネルをオープンするわ」  はいどうぞとの言葉と同時に、正面スクリーンにエラディクト部隊総司令ゲーベンスの姿が映し出された。右肘を直角に曲げ、手を上に上げるような敬礼をしたゲーベンスは、「冗談ではなかったのですな」とバルベルトの顔を見た。 「うむ、貴官が信じられないのも無理がないと思っておるぞ。だが、現実に、我々はマールス銀河の外から来た者達と、こうしてお前達に追いついた。総統閣下も一緒にご覧になられておる。総力を上げて、外銀河からの艦隊を撃滅せよ」 「はっ、我が艦隊の力をお見せいたしますっ!」  敬礼したまま頭を下げたゲーベンスの姿が消えたところで、バルベルトは「本当にこれで良いのか?」と繰り返した。 「総力を上げてと命じた以上、あらん限りの攻撃を行うのだぞ」 「当初からの予定通りだ。お前達が気にすることじゃないっ!」  そこで全員の顔を見てから、「応接室へ」とルリに命じた。そこでノブハルが驚いたのは、連れてきてないはずのアンドロイドが揃っていたことだ。 「接客用に、インペレーターから借りてきたわ」  その方が楽だしとの答えに、「よくやった」とノブハルはルリを褒めたのだった。  エラディクト部隊からの攻撃が始まったのは、全員の前に飲み物が配られたタイミングだった。総統と次代総統の前には、不思議な色をした健康ドリンクが、そしてそれ以外の者の前には、血の赤をしたワインが供されたのである。酒のツマミとして、チーズやら乾き物が皿に盛って供されていた。  だが集まった20名の視線は、飲み物ではなく眼の前で行われた戦闘へと釘付けになっていた。「総力を上げろ」の命令に従うように、エラディクト部隊10万の戦艦から、主砲による総攻撃が1千と1のトリプルA艦隊に向けられたのである。しかも要塞バベルからも副砲がこれでもかと言うほど乱れ打ちをされていた。 「なるほど、重厚な攻撃だな」  その凄まじさは、大丈夫だと思っていても恐怖を感じるものである。そして至近距離で行われた攻撃のほとんどは、確実に第10艦隊とインペレーターを捉えていた。だが捉えたはずの攻撃にも関わらず、攻撃された側にはなんの変化も見られなかった。 「ゲーベンスと話をしたい」  それを見たバルベルトは、ノブハルに「通信を」と依頼をした。それをリレーで受け取ったルリは、「繋がったわ」と映像データーをバルベルトの前に投影した。 「あれは、一体何なのですかっ!」  ただ予想外だったのは、ゲーベンスから泣き言のようなものを聞かされたことだ。本気で総攻撃しているのに、相手は微動だにせずすべてを受け止めてくれている。これまでのことを思うと、ゲーベンスにしてみれば悪夢としか言いようがなかったのだ。  そんなゲーベンスに、「アベルを使え」とバルベルトは命じた。 「少しばかりお時間をいただければ……ですが、本当にアベルを撃つのですか?」 「なんだ、ここまでされて相手の心配か?」  バルベルトの問いに、「違います」とゲーベンスは即答した。 「たとえアベルでも、通用するとは思えないからです。それを目の当たりにすると、我軍の士気にも影響するのです」  撃つ前から弱音を吐いたゲーベンスに、「それでもやれ」とバルベルトは命じた。 「当然、最大出力で撃つのだぞ」 「議長閣下は、我軍を解体されるおつもりですか」  ご勘弁をとの泣き言に、「さっさとやれ」と強い口調でバルベルトは命じた。そしてゲーベンスの姿が消えたところで、「閣下」とザフエルを見た。 「アベルによる攻撃を命じはしましたが……本当に宜しかったのでしょうか?」 「やる時は、とことんやらねばならぬのだが……」  そこでううむと唸ったザフエルは、「見てみたい気はするぞ」と野次馬的発言をした。  それをおかしなノリだと笑ったアザキエルは、「これは売り物か?」とノブハルに尋ねた。 「そのあたりは、社長の方針次第だな。まあ、対価さえ貰えれば売ってやってもいいとは思っている」  その程度と答えた前では、要塞バランが主砲アベル発射のために姿勢を変えていた。 「ずいぶんとノンビリとしているのだな」  隙だらけだと指摘したノブハルに、「だから艦隊を連れている」とバルベルトは答えた。  そして一同が見守る前で、約6分掛けて要塞バランの姿勢制御が完了した。 「100%の出力で撃つには、エネルギー充填に5分ほど必要だ」 「繰り返すが、隙だらけだな」  ずずっとお茶をすすったノブハルの前に、呼んでも居ないのにルリが現れた。 「カイト様からですけど、お話になられます?」 「カイトさんが?」  なんだろうと考えはしたが、それも無駄だと「繋いでくれ」とノブハルは命じた。それに少し遅れて、「よう」と現れたカイトが右手を上げた。 「見てるだけってのも退屈で仕方がないんだ。俺もデモンストレーションってのをやっていいか?」 「こちらからは、攻撃しないと言うルールを決めています。ですから、スターライトブレーカーを使っちゃだめです!」  即答したノブハルに、「だったら」とカイトは別の提案をした。 「バニシング・バスターはどうだ?」 「攻撃はだめと言ったはずだが?」  出番が少ないせいなのか、どうやらインペレーター組にストレスが溜まっているようだ。まったくとノブハルは呆れたのだが、すぐに「待てよ」と考え直した。 「スターライトブレーカーの前段階ならやってもいいぞ」 「光を集めるやつか?」  カイトの答えに、「それだ」とノブハルは認めた。 「要塞主砲と艦隊からの総攻撃をもう一度して貰う。その時に、光を集めてくれればいい」 「ちと食い足りない気もするが……まあ、その程度で我慢をしておくか」  じゃあとカイトが姿を消したところで、アベル発射準備が整ったとの連絡が来た。そして「さっさとやれ」と言う身も蓋もない命令の直後、要塞バランの主砲砲塔からまばゆい光が発せられた。そして極太の光条が、まっすぐ第10艦隊へと伸びていったのだが……予想通りと言えば良いのか、要塞主砲はあっさりと受け止められてしまった。  それを見届けた所で、「頼みがあるのだが」とノブハルは切り出した。 「もう一度要塞主砲と艦隊からの総攻撃をして貰えないか。別の出し物を見せてやろうと思うのだが?」 「死体蹴りをしなくてもいいと思うのだが……」  大きくため息を吐いたバルベルトは、「ゲーベンス」とエラディクト部隊総司令を呼び出した。 「もう一度、アベルの最大出力による攻撃を。そして同時に、全艦隊から主砲による総攻撃を行え」 「閣下は、我々に恥をさらせと仰るのですか?」  少し怒気の籠もった答えに、「やれ」とバルベルトは繰り返した。  結構本気で怒った顔をしたゲーベンスは、「5分ほどお待ちを」と言って通信を遮断した。 「よもや、ただ防ぐだけと言うことはないだろうな」  少し凄んだバルベルトに、「とっておきの出し物だ」とノブハルは胸を張った。そしてルリを見て、「カイトさんは?」と主人公の居場所を尋ねた。 「そろそろ、中間地点への移動が完了しますね」 「用意ができたら、声を掛けてくれないか」  ノブハルの指示に、「だそうです」とルリはカイトへと繋いだ。 「疲れるので、手短に頼む」 「我儘を言ったのだから、5分ぐらい我慢をしてください」  そういなしたノブハルに、「いつでも良いぞ」と答えてカイトは右手を天に向けた。「星よ集え」の呪文が聞こえてきたところを見ると、確かに準備は整ったのだろう。 「艦隊からの総攻撃をお願いする」 「エラディクト艦隊総攻撃せよ」  やけくそ気味に吐き出された命令が中継され、10万の艦隊から主砲による攻撃が再開された。だが今度の攻撃は、第10艦隊に届く前に進路が曲げられてしまった。 「何が起きているのだ?」  目元を険しくしたバルベルトは、連れてきた高級将校の方を見た。だが静かに首を振られ、「分からないか」と肩を落とした。そして準備が整ったのか、要塞バベルの主砲が再び火を吹いた。当たり前だが、この攻撃も一点に吸収されるように消えていった。その代り、両艦隊の中間地点にまばゆい光の玉が現れていた。 「あれは?」 「スターライトブレーカーと言う攻撃があるのだがな。この攻撃は、宇宙に溢れる光を下僕とするものだ。だから、すべての攻撃がああやってエネルギーとして集められてしまう。ちなみにあれを攻撃に使うと、要塞バラン程度なら簡単に消し飛ばすことが出来るぞ」  やってみるかとの問いに、「やめてくれっ!」とバルベルトは即座に言い返した。 「ルリ、カイトさんにご苦労さまと伝えてくれ」 「撃っていいかと言われたので、とりあえず却下しておいたわ」  残念がってたけどと笑ったルリは、先を読んでゲーベンスとの通信を開いた。先程は火の付くような勢いで文句を言われたのだが、今度はそれ以上に状況が悪くなっていた。映像で映し出された要塞バベルの司令室が、まるでお通夜のようになっていたのだ。 「やる気が無くなりましたので、艦隊基地に戻っても宜しいでしょうか。それから、その後1ヶ月ほど休暇をいただきたいと思います」  覇気を失ったゲーベンスに、「撤収を認める」とバルベルトは許可を与えた。それからノブハルの顔を見てから、「お前もこっちに来い」と命じた。 「興味ぐらいはあるのだろう?」 「今は、何もしたくないと言う気持ちなのですが……」  大きくため息を吐いたゲーベンスは、「ご命令に従います」と頭を下げた。そして頭を下げた状態のまま、ルリ号へと拉致されてきた。  「よく来たな」と迎えたバルベルトに、ゲーベンスは不機嫌さを隠さしていなかった。何度も大きく深呼吸をしているのは、苛立つ気持ちを抑えようとしているかのようでもある。 「さて、場所を変えることにするのだが?」  その空気を無視したノブハルは、「やっていいか?」とバルベルトに尋ねた。 「ああ、次は第101方面軍だな」  バルベルトの答えに感じるところがあったのか、ゲーベンスは「閣下」と大声を上げた。 「閣下は、我軍を壊滅させるおつもりですか! 士気を保てなくなった軍は、死んだも同然です!」 「だったら、他の者達は大人しく現実を認めてくれるのか?」  そうしないと、結果的に叩き潰すことになってしまう。 「現実を目の当たりにせず、皆はこの状況を受け入れられるのか? それが出来るのなら、私としても無駄なことはしたくないのだが」  どうだと問われたゲーベンスは、「私から話します」と上申した。 「ですから、今一度司令部へとお帰し願えれば」 「そう言うことなのだが……頼めるか?」  バルベルトは、それをノブハルではなくルリの顔を見て口にしてくれた。そして「任せておいて」と軽い返事の後、ゲーベンスの姿はルリ号から見えなくなった。 「さて、これでデモンストレーションは出来たことになるのかな?」  そこでノブハルは、「どうだろう」とザフエルに問うた。 「ああ、これ以上のデモンストレーションはいらないだろうな」  ザフエルがしっかりとだれたのは、最後のデモが効いたのだろう。攻撃の全てが一点に集められ、なおかつ周りのになんの影響も与えないと言うのだ。少なくとも、こんな話を聞いたことはなかったのだ。  そしてゲーベンスの説得が効いたのか、派遣された全艦隊は最寄りの基地への帰投ルートを取った。中には今まさに惑星破壊をしようとしてた艦隊もあったのだが、その艦隊も攻撃を切り上げさっさと戦闘宙域から撤退したのである。  それが、エラディクト部隊との接触から24時間後の出来事だったのだ。それを考えると、アーベル連邦軍人にとって、それだけ衝撃的な出来事だと言えるのだろう。そして説得に回ったというゲーベンスが、それだけやる気を出した(やる気を失った)と言うことにもつながる。  予定が繰り上がったことは喜ばしいのだが、これでは喜べないとバルベルトは大いなる不安を抱いたのだった。 「さて、話を進めようか」  ザフエルを前に、ノブハルは得意げにこれからのことを切り出したのである。  同じ頃、インペレーターの中はまったりとした空気が充満していた。ノブハルには内緒だが、エスデニアの協力の下エルマーへの通路も作られていたのだ。だからマリーカなど、それを利用してアイドルをしにエルマーに帰っていたぐらいだ。ただ長時間留守には出来ないので、アイドルをしたらインペレーターまでとんぼ返りをしていた。  そしてカイトは、連れてきたジークリンデとしっぽりといっていた。それでも使い物にならなくするのは問題と、多少の加減はするようになっていた。 「贅沢なことを言っていますが……」  そう前置きをした、「物足りなく感じることはあります」とカイトに打ち明けた。ちなみにふたりとも着衣はなく、ベッドでシーツに包まっていたりした。  そこでカイトに甘えたジークリンデは、「刺激に慣れてはだめですね」とカイトの胸元で囁いた。 「それは、この冒険のことを言っているのか?」  大挙して来た割には、大した戦闘も行われていなかったのだ。ギリギリの戦いをした前回に比べ、物足りないと言われても仕方がないと思ったぐらいだ。  そんな問いを口にしたカイトに、「それは否定しませんが」とジークリンデはシーツの中に潜っていった。 「その、数日目が覚めなくなる方の刺激のことです」  恥ずかしそうにしたジークリンデに、カイトの中でムクムクと嗜虐心が沸き起こってきた。お陰で分身にも力が込められたのだが、流石にまずいと自重をした。  だが自重したカイトとは違い、ジークリンデは力の籠もった分身を手のひらで包んだ。そして愛おしむように、ゆっくりと愛撫をしたのである。 「なんだ、まだ物足りないのか?」 「し、刺激に慣れてはだめ……と言うのは分かっているんです」  慌てて答えたジークリンデは、「カイト様が悪いんです」と責任をなすりつけてきた。 「私を変えたのは、カイト様なのですからね」  だからとずり上がってきたジークリンデは、しっかりと熱に蕩けた顔をしていた。なけなしの自制心も、ジークリンデの熱に溶かされていた。ジークリンデの頭を抑えて唇を重ねたカイトは、「加減はする」と言ってから蹂躙を始めた。そしてすぐに、普段の慎み深いジークリンデからは想像の出来ない嬌声が、ベッドルームを包み込むことになった。  カイトがお楽しみをしている頃、インペレーターのブリッジでスタークは惑星マールスの観測データーを見ていた。特に何かを見つけたと言う訳ではなく、この銀河に伝わる神話に似た伝承に興味を持ったと言うのがその理由である。 「報告にある通り、伝承と現実が一致していないな」  ちなみにこの暇つぶしには、インペレーターのAIサラがお相手となっていた。 「確かに、地上に残された遺跡は、さほど文明レベルの高いものではありませんね。アーベル人が理解出来ないのは、発達の方向が違っているのと、進んでいるはずだと言う先入観が理由になっているのでしょう」  そう答えたサラは、いくつかの遺跡の分析結果を示した。 「アスの1千ヤー前より、少し遅れている程度か?」 「大融合でしたか。その前あたりと言うのが適当だと思います。IotUが、まだ神の力を発揮する前あたりですね」  そう答えたサラは、1千ヤー前のアスの文化を表示した。 「確かに、似たようなものを見つけることが出来るな」  小さく頷いたスタークは、「そう言えば」とマールスの海の色を持ち出した。 「確かアスの海の色も、南の方は似たような色をしていたな」  そのあたりの感覚は、アス駐留軍司令をしていた経験のお陰である。そしてルナツーにいる時には、毎日のように見ていた景色でもあったのだ。 「あれは、大融合の前に起きたセカンドインパクトと呼ばれる大災害の名残ですね。エスデニアの機動兵器の爆発と、局所的な融合現象が理由と言われています」 「この海の色の理由を、融合現象に求めることは出来ないのか?」  当然導き出される問いに、サラは「難しいですね」と答えた。 「成分分析をした結果が同じでも、融合現象が理由とは出来ないと思います。何が起きたのかは、本当に当事者以外には分からないのかと……違いますね、巻き込まれただけの者には真実は分からないのかと」 「エスデニアの研究者を呼び寄せるしか無いのか」  ふむと鼻を鳴らしたスタークに、「アーベル連邦が許可しますか?」とサラは問いかけた。 「一応彼らにとっての聖地ですからね。よそ者が、足を踏み入れるのを許してくれるでしょうか」 「確かに聖地を犯すことになるのだな……」  そこで少し考えたスタークは、「気になるのだ」とサラを見た。 「マールス人は、遥か1万年前に銀河広くに人類の種を蒔いたと言う伝承がある。なぜそのような伝承が生まれたかにも興味があるが、この銀河に存在する文明を持った種の構成にも疑問を持っている。1万と4の銀河で構成された超銀河連邦だが、単一種で構成された銀河はただの一つもない。それどころか、ヒューマノイドタイプは全体から見れば少数種に分類されている。それなのに、この銀河ではすべてヒューマノイドタイプになっている。そこに人為的なものを感じるのは、状況からすれば無理も無いことに思えるのだ」 「仰る通り。生まれた100万の人類が、全てヒューマノイド種と言うのは不自然ですね。そこに、何者かの作為を感じるのも、状況を見れば無理も無いことかと思われます」  スタークの言葉を認めたサラは、「ただ」と超えなくてはいけない問題を口にした。 「現存する星系に、先住民族の遺跡が残っていません。それ自体は、1万年前だと考えれば説明がつかない訳ではありません。その時代には、まだこの銀河に文明が生まれていなかったと言う可能性もあります。実際にアスでも、1万年前だとかろうじて人類の祖先らしき生物が地上を歩いていました。ただ農耕が始まるかどうか、とても微妙な線でした。従って、その時代の遺跡はほとんど見つかっていないのが現実です。この銀河においてもそうだと考えれば、遺跡が残っていないことへの説明は付きますね。ただ、惑星マールスですか、そこにだけ文明が生まれていたのかと言うのが次の疑問となります」 「確かに、この広い銀河でただ一つだけ文明が生まれたと考えるのは無理があるな」  スタークの言葉に、サラは小さく頷いた。 「そして、惑星マールスの遺跡からは、宇宙に出たと言う証拠が見つかっていません。その衛星や外部惑星からもマールス人の足跡が見つかっていないのです。だとしたら、どうやって惑星マールスは人類の種を蒔いていったのでしょうか? 100万もの惑星に種を蒔くには、かなりの時間が必要となります。今の超銀河連邦でも、かなりの数の科学調査船を用意する必要がありますし、蒔かれた種の定着を観察しなくてはいけません。とてもではありませんが、数年のオーダーでできるものではないでしょう。数百、数千年の時間がかかる作業だと思います」  どうでしょうと問われたスタークは、「そうなのだろうな」とサラの意見を認めた。 「流石に、これ以上は私の手にも余ると思っているよ。私は軍人であって、科学者ではないのだからね」  お手上げだと口にしたスタークに、「確かにそうですね」とサラは笑った。 「こう言った話は、ノブハル様向けなのでしょうね」 「ああ、きっと彼ならば目を輝かせて君と議論をしただろう」  悪いねと謝ったスタークに、「とんでもありません」とサラは返した。 「アスで起きた大融合なのですが、キャプテンアーネットの記録によると、亜空間にも影響が出ていたようです。キャプテンアーネット最初の冒険で、アス近辺で大融合の影響を観測しています。ただサイレントホーク号と言う、ある意味しっかりシールドされた環境が彼女たちを守ってくれました。そうでなければ、彼女達もまた融合に巻き込まれていたと思われます」 「その話は初めて聞いたな」  驚いたスタークに、「最新の分析です」とサラは答えた。 「ただ、あまり注目を集めなかったようですね。それでも言えることは、大融合は亜空間にも影響を与えると言うことです。そして多層空間で区切られた、エスデニアやパガニアにも影響を与えています。影響を受けた両国家の住民は、原初の姿に戻されたと伝えられています」 「原初の姿……あの、赤い液体のことか?」  スタークの問いに、「そう言われています」とサラは答えた。 「人が人として形作る境界が破壊された姿。エスデニアでは、大融合における自我境界の喪失をそのように説明していますね。そしてIotUは、その自我境界を再構築したと伝えられています。原初の姿にされた人々は、IotUが再構築した自我境界によって、再び人の姿を得ることができた……それが、大融合からの復帰と説明されています。ただ赤い液体は、ただの肉体の構成要素でしかないと言う考え方もあります」  出し物はここまでと、サラは微笑みながら説明を終わらせた。 「多少は、退屈凌ぎになりましたでしょうか?」 「ああ、自分の無学さが悔しくなるぐらいにはな。確かに、この宇宙にはまだまだ謎が残されているようだ」  感動した顔のスタークに、それは良かったとサラは微笑んだ。その笑顔が美しくて、スタークは「君は」と更に声を掛けてしまった。 「なんでしょうか?」 「い、いや、年甲斐もなく君に見惚れてしまったのだが……」  そこでいやいやと首を振ったスタークは、「実在の人物だと聞かされている」とトラスティから聞かされた話を持ち出した。 「ええ、私は様々な姿・名前で生まれましたね。その中には、スターク様もご存知のユサリアと言う名前もありますね」 「ユサリア……か。確か、IotUの奥方にその名前があったな。ひょっとして、それが君のことなのか?」  その問いに対して、「この姿は違いますよ」とサラは答えた。 「アスの神殿に描かれた肖像画の姿がユサリアの姿です。オリジナルの私は、IotUの奥さんにはなれませんでした。それでも、愛人の一人に潜り込むことはできましたけどね」  その程度の存在ですと笑い、「昔の、そして確かめようもない話です」とサラは告げた。 「何しろ私は、なぜ自分がここに存在しているのかすら理解できていませんからね。そして私と言う存在は、どのようなものかも理解できていないんです」 「やはり、この宇宙は謎に満ちていると言うことか……」  遠くを見る目をしたスタークに、「謎だらけですね」とサラは答えた。 「もしかしたら、その謎を解くことが神への道なのかもしれませんが……」  そこで言葉を切ったサラは、「それが良いものかは分かりませんね」と付け足した。 「確かに、神に近づくことが良いことなのかどうか。私にもそれは分からないな」  自分の言葉に頷くサラを見て、スタークは自分が年を取ったことを理解した。20年、いや10年前の自分なら、謎解きを否定的に見ることはなかったはずなのだ。それを考えると、まだ若いトラスティ達はどう考えているのか。サラの姿を見ながら、スタークはそのことが気になっていたのだった。  マールス銀河外周部に艦隊を集結させた超銀河連邦軍は、プロトコル通りに状況の確認作業から取り掛かった。どこのエリアが戦闘状態にあり、その惑星が破壊の危機にひんしているのか。当初手順化した介入方法を適用するに当たっての、未決定項目を確認しようとしたのである。その中でも優先すべきは、惑星破壊の阻止とされていた。  だが観測に入って1週間過ぎたところで、総司令クルブスリー大将は思いもよらぬ報告を受けることになった。集中的にザクセン=ベルリナー連合エリアを探ってみたのだが、どこにもアーベル連邦軍を見つけることが出来なかったのだ。 「サイレントホーク2で、惑星ザクセン近傍から観測した結果ですが」  副官として同行したパエッタ少将は、「混乱しています」とザクセン=ベルリナー連合の状況を報告した。 「混乱の原因は、アーベル連邦が一斉に兵を引いたことにあります。中には、惑星破壊直前でアーベル連邦艦隊が撤退したとの情報もあります」 「アーベル連邦が、「間引き」を停止したとでも言うのか?」  眉間に皺を寄せたクルブスリーに、パエッタは「客観的事実として」とそれを認めた。 「現時点で、アーベル連邦軍はザクセン=ベルリナー連合との境界線から下がったところに駐留しています」 「確か、巨大要塞があったはずだが?」  そちらはどうなっているとの問いに、「帰投ルートをとっているようです」とパエッタは報告した。 「つまり、我々の出撃理由が現時点では消滅してると言うことか?」  更に目元を険しくしたクルブスリーに、「観測した範囲では」とパエッタは認めた。  そこで椅子にもたれかかったクルブスリーは、「やられたな」と第三者の関与を持ち出した。ただこの場合の第三者に該当するのは、トリプルA以外には存在しなかった。 「しかし、アーベル連邦は「間引き」の放棄を否定していたはずですが?」  疑問を呈したパエッタに、今度はクルブスリーが「客観的事実はそうだ」と答えた。 「さもなければ、破壊途中で兵を引く理由はないだろう。そして巨大要塞も、手ぶらで帰投することも無いはずだ」  それが全てだと言ったクルブスリーに、「だから「やられた」と言うことになる訳ですか」とパエッタは息を吐いた。 「別に、戦うことを期待していた訳ではないのですが」  言い訳がましく付け加えたのは、ため息を吐いたことに後ろめたさを感じたのだろう。そんな副官に、クルブスリーは「気持ちは分かる」と顔を引きつらせた。 「備えなど使わないに越したことはないのだが、それでも1千万の艦隊の事を考えてしまうのだ」  そう答えたクルブスリーは、「引き続き警戒を」とパエッタに命じた。 「アーベル連邦側が引いても、このまま何事もなく解決と言う訳にはいかないだろう」 「ザクセン=ベルリナー連合の報復攻撃も想定されますからな。ただ、先の長い話になりそうです」  これから想定されるのは、ザクセン=ベルリナー連合内で閉じた混乱なのだ。それが内戦とまではいかなくとも、治安のさらなる悪化に加えて、いくつかの暴動が起こることが想定できる。そしてその暴徒の目を外向けにそらすための、アーベル連邦への報復行動も考えられたのだ。 「影響を直ちに分析させろ」  アーベル連邦が強かなら、ザクセン=ベルリナー連合に対して通告を行うことはないだろう。その場合、連合はいつ来るか分からない攻撃に対して、常に緊張状態に置かれることになる。それだけ、連合内部の治安悪化が予想されてしまうことになる。 「アーベル連邦だが、次はどんな手を打ってくると考えられるか?」  クルブスリーの問いに、パエッタは腕を組んで考えた。 「トリプルAが絡んで居ると想定した場合……超銀河連邦への加盟申請でしょうか」 「それは、マールス銀河全体でのことか?」  追加の質問に、パエッタは少し考えてから「連邦単独でしょう」と顔を顰めた。 「その申請が提出され審査に入ったところで、我々はアーベル連邦を守る義務が生じると言うことか」  はっきりと分かるほど顔を顰めたのは、そうしてくるのが予想できたのが理由である。だからペテン師は嫌なのだと、二人は今回は顔を出していないトラスティの顔を思い出したのだった。  「連邦軍にも見つからない」との事前触れ込みの通り、連邦軍はルリ号の接近を察知することは出来なかった。そのあたり完璧な隠蔽機能に加え、連邦軍のAIを制御下に置いたことが理由である。このご時世で、有視界による観測など行われていないのだ。その状況でセンサー類が騙されれば、迷彩機能を使わなくても発見されることはあり得なかった。 「なるほど、我々はペテンに掛けられたと言う訳か」  集結した連邦軍1千万の姿を見ながら、連邦議長バルベルトはため息混じりに吐き出した。 「俺は、ペテンに掛けたつもりはないぞ。手の内だって、しっかりと明かしてやっただろう」  少し憤慨したノブハルに、「あっちの方だ」とバルベルトは連邦艦隊を指さした。 「あの艦隊では、アベルを受け止めることは出来ないはずだ。そして我々の攻撃が当たれば、それ相応の損害が出ていただろう」  それがペテンだと言い返したバルベルトに、「そっちのことか」とノブハルは笑った。 「なに、防御できても不思議ではないと言ってくれたからな。だからそれを、利用させて貰ったのだ。そこから先は、お前達が勝手に解釈しただけだろう」  その程度だと言い返したノブハルは、「これからどうする」とザフエルの顔を見た。 「もはや、お前達の軍は抵抗する力を失ったはずだ。そして「間引き」にしても、中断と言う実績を作ってしまったのだ。これまで通りの前例踏襲は、もはやできなくなったと思うのだがな?」  それはいかにと問われたザフエルは、「ルリと言ったか?」とその姿を探した。だが見つからないかと思ったところで、「呼んだ?」とルリはいきなり目の前に現れた。そのあたり、ちょっとした茶目っ気と言うところだろうか。 「うむ、お前のプランに乗ろうと思ったのだ」 「うんうん、素直でいいわね」  そこで頭を撫でるのは、双方の見た目を考えれば不思議な光景に違いない。だが頭を撫でているルリはともかく、いい大人のはずのザフエルも黙ってされるがままになっていた。  その不思議な光景を見ながら、ノブハルは「超銀河連邦への加盟申請か?」とザフエルに問うた。 「ああ、正式に加盟申請をさせて貰う。その代りと言ってはなんだが、問題とされた間引きは今日を持って中止とさせて貰う。破壊直前で兵を引いたことが、その証と思って貰えばいいだろう」  それでどうだと顔を見られたノブハルは、小さく頷いて「十分だ」と答えた。  その答えを受け取ったザフエルは、「代わりと言ってはなんだが」と条件を持ち出した。 「わが連邦は、同じ銀河に外的驚異を抱えておるのだ。その外的驚異からの保護をそちらの連邦にお願いすることになる」 「今現在で言えば、アーベル連邦の軍事力の方が強大だと思ったのだが?」  それなのに、なぜ保護と言う話になるのか。それを疑問に感じたノブハルに、「理由ならあるぞ」とザフエルは偉そうな顔をした。 「我らの戦力では、双方に多大な犠牲が出るからな。しかもザクセン=ベルリナー連合に、さらなる憎悪を植え付けることが予想される。従って、ここは公正な第三者の介入が必要となると考えておる。超銀河連邦を前に、奴らも無謀なマネをすることはできないだろう」  それが理由だと胸を張ったザフエルに、なるほど強かだとノブハルは評価した。 「確かに、その主張は理に適っているな」  うんうんと頷いてから、ノブハルはルリに理事会への連絡を依頼した。 「今の話を伝えればいいのね」  任せておいてと豊かな胸を張り、ルリは「必要十分以上」の情報を連邦理事会へと送った。アーベル連邦代表から申し入れを受けた以上、理事会は直ちに加盟審査を行う必要が生じたことになる。そして同時に、審査対象の保護も行わなければならなくなる。  おそらく理事会は頭を抱えることだろう。少し楽しい気持ちになったノブハルは、アザキエルの顔を見てから「少数でいいが」と代表団の派遣を切り出した。 「それなりの立場のある者をリーダーに、超銀河連邦理事会に代表団を送ってくれないか。そこで、連邦加盟に関して直接話し合いを持って欲しいのだ。ちなみに、そこまでは俺達が送っていってやる」  どうだろうと問われたザフエルは、「わしが」と答えようとした。だがその言葉が発せられる前に、バルベルトは「なりません!」と先手を打った。お陰でザフエルは、口を開いたまま固まってしまった。 「大切な御身を、むざむざと差し出すような真似ができるとお思いか?」  そこでアザキエルを見てから、「同じ理由で殿下も駄目です」とバルベルトは断言した。 「こう言った時のために、いつ死んでも困らない前総統がおいでになるのです」 「バルベルト。流石にそれは言い過ぎではないのか?」  思わず頷いてしまうところはあるが、後継者としては否定しなければいけないものだった。それで否定したザフエルに、「事実は変わりません!」とバルベルトは答えた。 「それとも、サキエル様にはザフエル様が反対したことをお伝えしましょうか?」  きっと盛大に腹を立てて拗ねてくれることだろう。そう口にしたバルベルトに、「わしの言ったことを曲解するな」とザフエルは言い返した。 「引退した総統のことを、「いつ死んでも困らない」と言ったことを問題としたのだ」 「繰り返しますが、事実に変わりはありません。引き継ぎも終わっておりますので、亡くなられても連邦の運営に影響が出ることはありません」  しっかりと言い返したバルベルトは、「直ちに手続きに入る」とノブハルに告げた。 「おそらく、サキエル様は飛び上がって喜ばれることでしょう」 「ああ、きっとそうなのだろうな」  総統と次期総統の顔を見ながら、ノブハルはバルベルトの言葉を肯定した。  そんなノブハルに、「理事会からの連絡」と言いながらルリが姿を表した。 「「申し入れは受理した」そうよ。それから派遣した連邦軍に対して、両者の境界監視の命令が出されたわ」 「それだけか?」  もっと面白いことを期待したノブハルに、「正式通達はね」とルリは返した。 「ノブハル様は、裏話が聞きたいのかしら?」 「まあ、正直言えばそうなるな」  素直に答えたノブハルに、「シッチャカメッチャカ」と言ってルリは笑った。 「正式な申し入れである以上、受理しない訳にはいかないじゃない。そもそも、仲介のために軍を派遣すると言うことは、将来の連邦加盟を視野に入れていた訳だからね。「間引き」も止まるわけだから、拒絶する名分が立たないワケ。だからサラサーテ議長達が、頭を抱えたと言うのが裏事情ね。それから、クサンティン元帥だけど、こちらは驚いてはいても、頭を抱えるところまでは言ってないみたいね」  おかしそうに口元を押さえたルリは、「追加情報」と楽しそうに言った。 「今回の遠征の総司令になったクルブスリー大将なんだけどね。理事会からの命令を受け取って、がっくりと肩を落としたそうよ。どうやら、この事態は予想はしていたみたいね。ただあまりにも予想通りになったので、やってられないって気持ちになったと思うわ。連邦軍の士気も、ダダ下がりって感じ」  悪人ねとノブハルを突いてから、ルリはいつもどおりに姿を消した。そして突かれたノブハルは、脂汗を流しながら苦痛に耐えていた。 「……絶対に、楽しんでやってるだろう」 「鍛え方が足りないんじゃないか?」  すかさず茶々を入れてきたアザキエルをにらみ、ノブハルは「ルリ」ともう一度ルリを呼び出した。 「なになに、どうかしたのかな?」 「アザキエルが、可愛がって貰いたいそうだ。俺からの頼みなのだが、優しくハグしてやってくれ」  口元がニヤけるのは、その結果がどうなるのか分かっているからだ。そしてノブハル同様、ザフエルも口元をニヤけさせていた。それでも止めないのは、同じ目に遭えと思いがあるからだろう。 「い、いいの?」  そしてルリは、完全に猫を被った演技をしてくれた。顔を赤くして恥じらう姿など、どう考えても可憐な美少女だったのだ。そうなると、肌の色が違ってもなかなかぐっとくるところがあった。 「ハグ……してくれるの?」  ねえと迫られたアザキエルは、両手を大きく広げてみせた。 「うむ、俺は女性には優しいからな」 「でも、少し恥ずかしいかな……」  顔を赤くしながら、ルリはゆっくりと近づいていった。それを見る限り、ウタハもまだまだだと思えるから不思議だ。ただそれは、この場において本題ではない。ノブハルは、ルリがアザキエルの体に両手を回したところで口元をニヤけさせた。 「逞しいのね?」  うっとりとしたルリに、「鍛えているからな」とアザキエルは爽やかな笑みを浮かべた。 「良かった。手加減が難しいのよね、これって」  その言葉が発せられたところで、観客となった全員は「ゴキゴキ」と言う嫌な音を耳にすることになった。それに遅れて耳をつんざく、男の悲鳴がルリ号のラウンジを包み込んだ。ただ悲鳴も長くは続かず、直ぐにアザキエルは泡を吹いて意識を失った。 「大丈夫。骨は折れてないし、関節も外れてないからねぇ。命にも別状は無いと思うし……たぶんね」  そう言って笑ってから、ルリはアザキエルを抱えてソファーのところへと運んだ。そして「次はあなた?」とザフエルの顔を見たのである。 「全力で断らせて貰う」  総統の立場をかなぐり捨て、ザフエルはルリの前から逃げ出したのだった。  士気がだだ下がりと言われた派遣艦隊だが、正規の命令である以上確実に任務を遂行する必要がある。特にクルブスリーやパエッタは、こんなところで自分の経歴にミソをつけるわけにはいかないと言う事情があった。 「必要性に疑問は感じるが……」  一通りの命令を出し終わった所で、クルブスリーは自分の仕事を嘆いた。 「当面、ザクセン=ベルリナー連合に、アーベル連邦を攻める余力はないだろうに」  前回の調査によって、ザクセン=ベルリナー連合の戦力規模は把握できている。戦艦保有数はおよそ150万とかなりの規模をもっているが、内訳を見ると旧式のコロンバス級が120万、そしてアーベル連邦の旧型ガフ級と同等のマゼラン級が30万と言う陣容である。 それに引き換え、アーベル連邦はガフ級を200万、新型のザハ級を100万抱えるなど、総艦船数でもザクセン=ベルリナー連合を上回っていた。そして超巨大要塞バベルを擁しているのだから、戦力的にも圧倒していたのだ。その状況で喧嘩を仕掛けるのは、間違いなく自爆行為となるだろう。  だがアーベル連邦が超銀河連邦に加盟申請を行い、「間引き」をやめ、境界線を超えて艦隊を派遣しないと確約してきた以上、喧嘩を仕掛けてくるのはザクセン=ベルリナー連合しかありえない。そして連邦軍の立場は、加盟申請中の勢力を守らなければならなかったのだ。 「閣下が、必要性に疑問を感じるのは当然だと理解しております」  自分の言葉を認めたパエッタに、「分かっている」とクルブスリーはそれ以上の言葉を遮った。 「強かにも、アーベル連邦が面倒を押し付けてくれたと言うことだ。中立な第三者が成立するとは思えんが、我々が前面に立った方が感情的問題が起きにくいのは確かだろう」  クルブスリーの言葉に、「仰る通りです」とパエッタは答えた。 「しかしながら、そのためには我々の存在が認知されていると言う条件があります。前回の探査では、アーベル連邦には接触していますが、ザクセン=ベルリナー連合とは接触しておりません。連合に対して、我々の存在を明らかにし、立場を表明する必要があるのかと」 「そのとおりなのだろうがな……それは、軍人のすることか?」  違うだろうとの言葉に、「確かに」とパエッタは認めた。 「すぐには、連合側が動けないと言う見込みがあるのでしょうな」 「だとしたら、我々はいつまでここに駐留すれば良いのだ?」  両者を仲介するとすれば、相応の戦力を備えている必要がある。そのため今回は、1千万と言う大規模派兵を行ったのだ。それを考えると、迂闊に戦力を削減する訳にもいかなかった。そうなると、この大戦力を長期に渡ってマールス銀河周辺に配置して置かなければならなくなる。そのストレスを考えた場合、士気が下がるどころかボイコットが起きるのではないかと思えたぐらいだ。 「かなりの長期間となるのは間違いないのでしょうな……」  はあっと息を吐いたパエッタは、「ストレスが溜まる」と本音を吐いた。 「何がストレスが溜まるかと言うと、トリプルAに文句を言えないことなのかと。間引きが直ちに中止され、アーベル連邦が超銀河連邦への加盟を申請してきた。当初想定していた軍事介入に比べ、遥かにマシな決着には違いありません」  だから文句を言えないと零したパエッタに、「強く同意できるな」とクルブスリーはため息を吐き出した。 「どうせなら、第1回目調査の際にそこまで追い込んで貰いたかったな」 「連邦が、大規模派遣を決めたのが理由……と反論されそうな気がします」  嫌だ嫌だと零したパエッタは、「トリプルAと関わりたくない」とまで言ってくれた。 「それもまた、強く同意できるのだがな。だがこれからの連邦軍は、トリプルAとの関係を無視することは出来ないのだ。その関わりを避けようと思ったら、もはや退役する以外に道が残されておらんだろう」  「退役するか?」と問われ、パエッタはがっくりと肩を落とした。このままキャリアを積めば、中将ぐらいにはなれる見込みがあったのだ。クルブスリーの問いは、「それを捨てるのか」と付きつける物になっていた。 「精神衛生のことを考えたら、それも一つの道であるように思えます」 「時間だけは十分にありそうだからな。ゆっくりと考えてみればいいだろう」  当分帰れないことを前提とした言葉に、パエッタはやけ酒を呷りたい気持ちになっていた。  アーベル連邦が「間引き」を放棄した以上、派遣を推進した派には勝利のはずだった。だが急遽招集された超銀河連邦理事会は、どうしようもないほど重苦しい空気に包まれていた。特に派遣に賛成した理事たちなど、やさぐれていると言うのが一番適切な表情をしていたぐらいだ。 「とりあえず、思惑通りになったはずだが?」  そう口火を切ったのは、一人採決を棄権した代表理事のサラサーテだった。普段以上に顔の皺を目立たせた彼は、「これからの方針を話し合う」と全員に宣言をした。 「第一の議題は、アーベル連邦の加盟を認めるかどうかなのだが?」  そこで意見はと問われ、理事達はお互いの顔を見合わせた。そして誰も口火を切らないからと、黒い肌をしたマリタが「私が」と手を上げ発言を求めた。 「拒絶する理由がないと言うのが答えになるのかと。こちらの求めに応え、「間引き」を中止しています。そして自衛以外で戦力派遣を行わないとの確約も得ているのです。ザクセン=ベルリナー連合の領域を「無いものと思う」と言う考えには疑問を感じますが、干渉しないと言う意味では理解できる考え方でもあります」 「マリタ理事は、加盟を認めると言うことで宜しいのですか?」  サラサーテの問いに、「そうなります」とマリタは微妙なニュアンスをにじませた。そして次に、「私が」と灰色の肌ときつい眼差しをしたスロウグラスが、「加盟させた方が得策です」との意見を口にした。 「私達の連邦に加盟すれば、連邦法の縛りを掛けることが出来ます。その事実だけでも、加盟を否定出来ないのではないでしょうか?」 「だが、それ以前に働いた「間引き」に対する責任はどうするのだ?」  その指摘を口にしたのは、カブトムシを擬人化したパッパジョンと言う理事だった。ちなみにパッパジョンは、突き上げに負けて派遣に賛成したと言う経緯がある。 「連邦法には、加盟以前に行われていた行為に対する罰則規定はありません。遡及法は、明確に否定されていたはずです」  だから知らないと言うスロウグラスの答えに、パッパジョンは黒光りをする顔を引きつらせた……ように見えた。 「しかし、それではマールス銀河の混乱は収まらないのではありませんか?」  連邦に加盟した以上、その方面へのケアも必要となる。一見正当に思える指摘に、「落ち着いたものですよ」とスロウグラスは答えた。 「アーベル連邦の報告書はご覧になられていますよね? その報告書を信用する限り、個人の自由は守られ、しかも治安は極めて安定しているとされています。少なくとも、アーベル連邦は安定しています」  アーベル連邦を強調したスロウグラスに、パッパジョンの顔の引きつりは更に大きくなった。その表情を確認したスロウグラスは、結構辛辣な意見を口にした。 「アーベル連邦がザクセン=ベルリナー連合をなかったものとする場合、ここから先は連合の問題となります。連邦と連合は独立して存在しているのですから、アーベル連邦が面倒を見る理由は無い訳です。さて、艦隊を派遣して仲裁をしようとした私達は、これからどう行動すべきなのでしょうか。艦隊派遣をした以上、その方法論がなければいけないことになります。そしてアーベル連邦のザクセン=ベルリナー連合に対する責任をどうするのかは、連合側が主張すべきことだと思います」 「だが、連合側は我々との接点を持っていない……」  呻くように吐き出されたパッパジョンの言葉に、スロウグラスは大きく頷いた。そしてサラサーテの顔を見て、話しを進めろと促した。 「それは、次の議題なのだが……最初の議題、アーベル連邦の加盟を認めると言う事でよろしいか?」 「連邦法の縛りを掛けると言う意味でも、認めた方が好ましいのは確かでしょう」  パッパジョンの消極的同意が出たお陰で、他の理事達から異論が出されることはなかった。それを確認したサラサーテは、「申請を認めると言う連絡を送ります」と最初の議題を締めくくった。 「さて次の議題ですが、ザクセン=ベルリナー連合との関係と言うことになります。連邦軍の安全と言う意味でも、彼らに対して我々の存在を示しておいた方が良いと思われますが?」  いかがとの問いに、「私が」と頭に角が2本あるオクフェンと言う理事が発言を求めた。 「放置すると、それこそマールス銀河が不安定になるのかと。そして加盟を認めたアーベル連邦にも、安全上の課題が生じることになります。「自衛」が過剰になった場合、看過し得ぬ問題が連合側で生じることになるのでしょう。従って、我々からコンタクトすることを提案いたします」  それに頷いたサラサーテは、他にはと発言を求めた。それに答えて手を上げたのは、半人半獣の姿をしたガネーシャと言う男性だった。ちなみに下半身がヒューマノイド形態をとっており、上半身と言うより頭が象と言う姿をしていた。ちなみにヒューマノイド形態だが、腕は4本備わっていた。 「彼らが、アーベル連邦に対する懲罰並びに補償を求めてくることが予想されます。我々は、その要求に対してどのように応えるのか。それを確認しておいた方が宜しいのかと」 「それなのだが」  そう口にしたのは、コンタクトを取ることを主張したオクフェンだった。 「我々は、双方協議の場を設けるところまでが限界でしょう。その前提として、ザクセン=ベルリナー連合が我々の連邦に加盟が必要です。そして加盟星系の権利として交戦権を認めるのと同時に、その使用に際して制限をかける必要があります。決裂して武力衝突が起きたとしても、過激なものにならないよう歯止めをかける必要があると考えます」 「なにか、一方的にザクセン=ベルリナー連合が不利益を被る気がするな」  苦笑を浮かべたガネーシャに、「連邦加盟による利益があれば良いと考える」とオクフェンは答えた。 「それ以前に、侵略されないと言う保証が与えられるのだ。それは、彼らにとって大きな利益になるはずだ。そして復興……とは違うが、治安の安定に対して援助を行えばいい。十分な利益だと考えられるのだが?」  違うのかとの問いに、ガネーシャは「感じ方の問題だ」と返した。 「間引きの恐怖、それに抵抗する戦いから解放される。しかも我々からの援助を受けられることになる。それだけをとってみれば、確かに大きな利益を得ることになるのは理解できる。だが感情的問題として、彼らを恐怖に叩き込んだアーベル連邦が、何食わぬ顔をして存続するのだ。そして交渉の場では、連合側は弱者の立場を覆すことは出来ない。様々な要求をしたとしても、アーベル連邦に飲ませるすべを持たないのだ。どうしても、不公平感を持ってしまうのではないのか? そしてその感情が、マールス銀河情勢を不安定にする」  以上だと口にしたガネーシャに、「仰る通りですな」とオクフェンは答えた。そこでサラサーテの顔を見たのは、「なんとかしろ」との要求なのだろう。  そう来るかと嫌そうな顔をしたサラサーテは、「第1段階として」と連合側へのコンタクトを持ち出した。 「外交官の派遣を行い、連合とコンタクトを行う。そのことに異議がある方はおいでですか?」  ぐるりと顔を見渡しても、誰からも異は唱えられなかった。それを同意と認めたサラサーテは、「今回はここまで」と議論を打ち切った。 「そこから先は、コンタクトをとってからと言うことになるでしょう」  相手の出方が分からない以上、ここで時間を使うことに意味など無い。そう決めつけたサラサーテは、一方的に理事会の散開を告げたのである。そして事務方に対して、代表団の選任指示を出したのだった。  往々にして、この手の代表団は非ヒューマノイドタイプが主流となる。どうやら理事会の中で、「違い」をことさら強調しようと言う意図が働いているようだ。そこで「やってられない」とクラカチャスが嘆くのも、ヘルコルニア連合国家に続いて選出されたことへの不満からだろう。  そして再選出されたクラカチャス以外の代表も、昆虫タイプや爬虫類タイプが主流を占めていた。「イロモノで固めましたな」と言うのが、選ばれた者達の正直な気持ちである。ただ見た目で反発を受ける可能性があるからと、ヒューマノイドタイプも随行員を含め何人か選出されていた。  その結果、代表はゴキブリを擬人化したクラカチャスが勤め、昆虫タイプが2、爬虫類タイプが2、鳥類タイプが2、ヒューマノイドだが頭が3つある者が1、そして通常(?)のヒューマノイドタイプが1と言う総勢9名が代表団として選出された。それがアーベル連邦からの加盟申請を受け取った2週間後の出来事である。  そして結成された代表団は、最初の行動としてトリプルAにコンタクトをした。その心は、アーベル連邦との話が全て彼らを経由していたからである。そこで本社でなくエルマー支社を選んだのは、ノブハルが帰っていたと言うのが理由だった。 「なるほど、アーベル連邦とコンタクトしたいと言う訳か」  アルテッツァの報告に頷いたノブハルは、「手伝ってやってくれ」と彼女に命じた。だが皇夫からの命令に対して、「ルートが違うのでは?」とアルテッツァは答えた。 「彼らと話をしたのは、ルリ号のAIですよ。だとしたら、そちらのルートを使われた方が分かりやすいのでは無いでしょうか?」  一応説得力がある理由と言うこともあり、ノブハルは「サラ」とインペレーターのAIを呼び出した。その呼出に応えたサラは、お約束のフヨウガクエン制服を身に着けていた。 「なんでしょうか?」  そう言って現れたサラに、ノブハルは「アーベル連邦と話がしたい」と告げた。  その依頼にため息を吐き、サラはアルテッツァに向けて冷たい視線を向けた。 「ポンコツが役立たずになってしまった訳ですね」 「や、役立たずじゃありませんっ!」  すかさず言い返してきたアルテッツァに、「役に立ってないでしょ」とサラは追撃を掛けた。それからノブハルを見て、「どの方法がお好みですか?」と尋ねた。 「なにか、選べるほど選択肢があるのか?」  そう答えて首を傾げたノブハルに、「色々」とサラは返した。 「前回の訪問で、彼らの通信関係はすべて把握できています。ですから、バルベルト様とかにもダイレクトコールが可能です。それから内緒にしていましたけど、空間接合の座標設定もできているんです。ですから、ノブハル様が直接乗り込むことも可能ですよ。まあ、ルリに行かせても良いんですけどね?」  「気に入られてますから」と笑ったサラに、ノブハルはどうしたものかと考えた。 「いや、連絡だけにしておこう」 「それでは、あちらを呼び出すことにします」  少しお待ちをと断ってから、サラはアーベル連邦の通信システムへと介入した。そして介入してから5分経過したところで、「繋がりました」とバルベルトの映像を投影した。 「珍しく、乗り込んでこなかったのだな」  苦笑を浮かべたバルベルトに、「そこまで暇じゃない」とノブハルは言い返した。 「うちの連邦から、そちらに連絡を取りたいと言う依頼があったのだ。どうやら代表団を結成して、そちらの銀河に乗り込むつもりのようだ。おそらく、アーベル連邦と最初にネゴをしようと言うのだろう」 「なるほど、加盟申請はお前達に頼んだのだったな」  しっかりと頷いたバルベルトは、「歓迎する」と代表団の受け入れを認めた。 「ちなみに尋ねるが、事前に訪問団の陣容は教えて貰えるのだろうな?」 「事前と言うより、今からでも構わんぞ。サラ」  ノブハルの命を受け、サラは代表団のメンバー情報を送信した。画像データーが付いているので、そのほとんどが非ヒューマノイドタイプと言うのが一目瞭然となっていた。 「……なかなか個性的だな」  うむと唸ったバルベルトに、「誰かの悪乗りだろう」とノブハルは笑った。 「別の銀河でも、似たようなことをしているからな。恐らくだが、違いが分かりやすくていいと考えたのではないか?」 「そう言われれば、その手の配慮も必要なのだろうな……」  もう一度ううむと唸ったバルベルトは、「お前は来ないのか?」とノブハルに問いかけた。 「俺は、連邦には直接関わっていないからな。頼まれない限り、代表団に加わることはないと思っている」  ノブハルの答えに、「そうか」とバルベルトは少し残念そうにした。ただノブハルの立場も分かるので、バルベルトはそれ以上拘ることはなかった。 「代表団の件は了解した。日程が決まったら連絡をくれれば対応する」 「ああ、さほど時間は掛からないと思うぞ」  邪魔をしたとノブハルが言った所で、バルベルトとの通信は終了した。 「と言うことなので、今の話を連邦に伝えてくれ」 「それぐらいはアルテッツァにさせた方が良くない?」  サラの答えに、「効率が落ちないか?」とノブハルは懸念を表した。そんなノブハルに、「多分大丈夫」と笑い、「引き継いだからね」と引きずり出したアルテッツァを見た。 「なにか、少しも喜べない気が……」  目元を険しくしたアルテッツァだったが、相手はシルバニア帝国皇夫である。その仕事を投げ出したら、己の存在意義にも関わってくる。「分かったわよ」とサラに向かってぶーたれてから、「連絡いたしました」とノブハルに頭を下げた。 「追加だが、超高速船が必要なら有償で提供すると伝えてくれ」  ルーモアからインペレーターまで、貸し出せる船には事欠いていなかったのだ。それを口にしながら、「料金表が必要だな」とノブハルは事業化のことを考えていた。  そんなことを考えていたノブハルのところに、「情報提供」と言ってサラがポップアップしてきた。 「ゴースロスの2番艦が就役したわ。速度性能なら、間違いなく現時点で1番だと思うわよ」  それからと、サラはトラスティからの伝言をノブハルに伝えた。 「今回に限り、格安で貸し出しても良いって。多分だけど、試験航海を兼ねてのことだと思うわ」 「ならばグリューエルさんと相談して、お試し価格を設定するか」  なかなかおもしろいことになったと、ノブハルは口元を歪めた。 「バルベルトには行かないと言ったが……なにか、乗ってみたくなったな」  レムニア帝国が技術の粋を集めて作った船と言うのだ。だとしたら、どんな技術が投入されているのか。それを考えると、技術者としてのノブハルの血が騒いで仕方がなかったのだ。  流石にいつまでも入院しているわけにはいかないと、当初の予定日が過ぎたところで社会復帰の運びとなった。そこでトラスティは、専用クルーザーの入れ替えのため、ゴースロスでレムニア帝国に向かうことにした。ただレムニアに行くのにリゲル帝国を素通り出来ないので、いつもどおりリゲル帝国に立ち寄った。  「もう大丈夫なのか?」と尋ねてきたカナデに、「とりあえず落ち着いてる」とトラスティは笑みを返した。ただ過去前例のない事態だけに、誰も大丈夫だと保証できない問題だったのだ。だからトラスティの答えも、「落ち着いている」と状態だけを示していた。 「コスモクロアが付いていてくれるから……と言うのもあるのだけどね」  それになるほどと頷いたカナデは、トラスティに対して別の懸念を示した。 「だとしたら、お前の守りが薄くなっていることになるな。ニムレスにでも、密着警護をさせた方が良いのではないか?」  リゲル帝国皇帝だと考えれば、それぐらいのことをしてもおかしくなかったのだ。むしろ、備えなしにうろつく方が問題と言うのがカナデの考えだった。 「まあ、常識的にはそうなんだろうね。カムイがあっても、僕の実力じゃ宝の持ち腐れになるしね」  カナデの言葉を認めたトラスティは、だからと言ってリュースを呼び出した。 「コスモクロアが復帰するまで、彼女に守って貰うことにしたよ」  トラスティに紹介され、「リュースです」とリュースはカナデに対して頭を下げた。 「なるほど、元シルバニア帝国近衛が付いているのか」  うむと頷いたカナデは、「よろしく頼む」とリュースに頭を下げた。元皇帝、そして今が皇妃だと考えれば、それは破格の対応に違いない。それだけカナデが、トラスティの安全を気にかけていると言うことにも繋がっていた。 「お前の評判は、ギルガメシュとニムレスから聞いておる。10剣聖に引けを取らぬ実力者だそうだな」 「でも、カイト様には敵いませんけど」  少しはにかんだリュースに、「何を当たり前のことを言っておる」とカナデは笑った。 「カイト殿は、剣神と讃えられる実力者だ。10剣聖が束になっても歯が立つ相手ではないのだぞ」  比較の対象が悪すぎると笑い、「安心できた」とトラスティの顔を見た。そして皇妃として、とても重要な確認を真面目くさって聞いてきた。 「あちらの方は解禁されたのか?」  少し視線を下げたカナデに、「ぼちぼちね」とトラスティは微苦笑を浮かべた。  ならばよいと大きく頷き、「ご一緒願えるか?」とカナデはリュースの顔を見た。 「ええっと……光栄です。と言えば良いのでしょうね」 「うむ、皇宮内であれば、護衛の必要性も薄いからな。ニムレス達より、その方面でも実力者だと聞いておるぞ」  楽しみだと笑われ、「いつもこうなのですか?」とリュースは耳打ちをした。 「アリッサを連れてくると、たいていこうなるね」  その意味で言えば、少しも珍しいことではない。トラスティの答えを聞いて、リュースは少し目元を引きつらせながら「楽しみですね」と答えたのだった。  リゲル帝国で2日過ごしたトラスティは、その足でレムニア帝国へと向かった。超光速船ゴースロスならば、今まで1日かかった距離も僅か2時間の距離でしかない。本当にお茶を飲んでいる程度の時間で、数万光年の距離を超えることが可能だったのだ。  そこでアリエルの私邸に降りたトラスティは、「大丈夫なのか?」と言う言葉に迎えられた。それだけ妻達に心配を掛けたと言うことになる。 「とりあえず、アリッサも落ち着いているよ。お腹の子供も順調に育っているようだよ」  心配を掛けたねと、トラスティはアリエルを抱き寄せ唇を重ねた。 「ならば良いのだが……コスモクロアの代わりのデバイスを用意した方がいいか?」  そうすれば、身の安全を確保することが出来ることになる。  そんなアリエルの申し出に、「デバイスねぇ」とトラスティは遠くを見る目をした。 「船のAIもそうだけど、何が出てくるのか怖い気がするよ」 「そのあたりは、開き直ってくれとしか言いようが無いのだがな」  どうやら、「何が出てくる」と言うトラスティの危惧は共有されているようだ。それでどうすると問われ、「貰っておくよ」とトラスティは返した。 「ならば、明日にでも用意させることにする」  そこで何か小さく呟いたのは、誰かに指示を送ったからだろうか。それを一通り終わらせたところで、「本当に大丈夫なのか?」とアリエルは再度尋ねた。ただその時の視線が、トラスティの顔より下がっていたのは、リゲル帝国と同じ事情なのだろう。ここの所のドタバタで、かなりの間ご無沙汰になったのは事実に違いない。 「そっちの方は、とりあえず休養を十分とったからね……まあ、同じことをカナデにも言われたけど」 「カナデを満足させたと言うのなら……何も心配はいらぬのであろうな」  少しだけ口元を歪めたアリエルは、「アイラも誘うか」とトラスティの顔を見た。 「別々でも構わないと思うんだけど」  どうしてリゲル帝国と言い、1対複数を前提ににしてくれるのか。それを疑問に思ったトラスティに、「自分の身が可愛いからな」とアリエルは言い返した。 「われ一人で、休養が十分のお前を満足させられるとは思えんのだ。いっその事、レクシュとラフィールも呼んでやるか」  それでも足りない気がすると言われ、トラスティはつい顔を引きつらせてしまった。 「レクシュはまだしも、ラフィールには手を出していないんだけどね」 「だったら、この機会に手を出してやればいい。お前に着ける錘は、重ければ思い方が良いからな」  うんうんと頷いたアリエルに、「なんだよ錘って」とトラスティは文句を言った。 「なに、わしが勝手に考えておるだけのことだ」  気にするなと笑ったアリエルは、「ゴースロスの2番艦だが?」と話を変えた。 「いつでも就役が可能な状態になっておるぞ……ああ、ラフィールが引き取りに行っておるな」  「見に行くか」と問われ、その方が賢明そうだとトラスティは答えた。それに頷いたアリエルは、「はぐれるなよ」とトラスティの後ろに声を掛けた。 「ドックなら場所は分かっていますよ」  そう言って現れたリュースに、「それでもだ」とアリエルは笑った。それから右手で8の字を書いて、「付いてこい」と言って空間を超えていった。目的地は、ゴースロス2番艦が係留されているドックである。ただその場所は、普段のドックとは違う場所に作られていた。  ぐるりとあたりを見渡したリュースは、確かに案内が必要だと納得していた。 「ここでは、常時第10艦隊の改良を行っておる。ゴースロス2番艦も、その延長上で作ることにしたのだ」  そこだと指さされた先には、優美なカーブを描いた船が係留されていた。全長は1番艦より少し小ぶりで、全体がなめらかな曲線で構成されていた。そして白い船体にはトリプルAのマークが目立っていた。 「小型化したんだね。まあ、アリッサも大きすぎたかなと言っていたから適当だと思うよ」  第一印象を口にしたトラスティに、「小さく見えるか?」とアリエルは尋ねた。 「見えるかって……明らかに小さいだろう?」  ドックの施設に比べれば、おおよその大きさを知ることが出来る。1番艦が全長500mぐらいだから、2番艦は400m以下なのだろう。並べて比較しなくても、大きさの違いは明らかだったのだ。 「なるほど、ならば機能はうまく働いておると言うことだな」  うんうんと頷いたアリエルは、「エリカ」と2番艦のAIを呼び出した。その呼出に応えて現れたアバターに、「制服じゃないんだ」とトラスティは場違いなことを考えていた。ちなみに現れたアバターは、金髪に碧眼をしたとてもグラマラスな女性だった。格好は、エルマー支社でセントリアがしているのに似ていた。  「呼んだ?」と言う気安い態度に、「これも同じか」とトラスティは呆れていた。ただいつものことと、アリエルは特に気にした素振りを見せなかった。 「うむ、我らをお前のラウンジまで運んでくれ」 「ベッドルームじゃなくて良いの?」  気を回したエリカに、「それはこの後」とアリエルは笑った。 「それは、お前の諸元を教えてからだな」 「乙女の秘密は言いふらすものじゃないわよ」  少し口元を歪めてから、エリカは3人をラウンジへと運んだ。運ばれた先は、レムニアらしく木がふんだんに使用された、シックな趣の部屋になっていた。  座り心地の良いソファーに腰を下ろした一行に、エリカは自らお茶を運んで来た。 「……彼女も、実体を持っているってことか」 「エスデニアの技術をベースにするとな、どうしてもこうなるのだ」  微苦笑を浮かべたアリエルは、「説明を」とエリカに命じた。それに頷いたエリカは、2番艦の全体図を3人の前に投影した。 「全長は500mで、1番艦と同じ大きさをしているわ。ただ空間圧縮をかけているので、20%ほど小さく見えているの。開放空間での空間圧縮技術はまだ評価段階なんだけど、今回2番艦に適用されることになったのよ。今は20%しか圧縮していないけど、理論上は10分の1までは可能になっているわ。ただその状態だと物理的にゲートが使えないから、船外との出入りは空間移動で行うことになるわね」 「ドックスペースの節約が出来る……ぐらいが今のメリットかな?」  それ以外に、空間圧縮のメリットが見えてこないのだ。そのトラスティの疑問に、「今はその程度ね」とエリカも答えた。 「空間圧縮技術は、実は船内にも使われているの。だから2番艦の実際の広さは、1km級と同じぐらいあるわ。そして動力部にも適用されているから、出力は更に大きな物になっているのよ。インペレーターには負けるけど、半分ぐらい……だと思ってくれればいいわね。それだけ出力があると、本当に色々なことが出来るわよ」  そこで口元をニヤけさせたエリカは、「移動速度だけど」と航行性能から説明を始めた。 「インペレーターもそうだけど、理論的に最高速度の制限は存在しないの。そして有り余る動力性能を活かせば、同一銀河内でも光速の10億倍は軽く出せるわ。200万光年程度なら、半日も掛からないと思うわよ。それから高機動モードだけど……」  そこでトラスティの顔を見て、「必要?」とエリカは尋ねた。 「僕には、使い道が分からないんだけどね。アス駐留軍との演習では役に立ったらしいよ」  それに頷いたエリカは、「通常モードで実現出来るわ」と豊かすぎる胸を張った。 「それ以上のこともやってるけど、逆に見た目のインパクトが弱いから」  そう言って笑ってから、「防御だけど」と次なる重要機能の説明に入った。 「高機動モードに関わる話だけど、光速までの攻撃なら避けることが可能よ。そして避けない場合は、今の第10艦隊と同じ程度かな。ラプータの主砲程度なら、特に避けなくても大丈夫だと思うわよ。やりたくないけど、恒星を突っ切ることも出来ると思うわ」 「確かに、やりたいとは思わないね」  また非常識になったと呆れたトラスティに、「いくつか新技術が導入されたわよ」とエリカは説明を続けた。どうやら非常識さは気にしていないようだ。 「ξ粒子なんだけどね。攻撃じゃなくて観測にも使えるようになったわ。だから観測も、今までパッシブだったものを、アクティブに行うことも可能になったのよ。光速までの攻撃なら避けられるって言うのも、この観測方法のお陰ね。バージョンアップが出来たら、そのうち未来視にも挑戦してみようと思ってるわ」  ついに未来視直前まで辿り着いたのかと。偉そうに胸を張ったエリカを見て、トラスティはレムニアに呆れたりしていた。 「ちなみに攻撃だけど、インペレーターの5%程度の出力ならリトバルトも打てるわよ」 「これは、企業のクルーザーなんだけどね……」  それなのに、どうしてそんな馬鹿げた攻撃が出来るのだ。呆れたトラスティに向かって、「正式装備じゃないから」とエリカは事情を説明した。 「アクティブ観測のアンテナを利用しているのよ。だから、インペレーターに比べて効率が悪くなっているわね。従って、船の装備として攻撃手段は無いことになってるわね。あるのは、あくまで観測機器だから」  それからと口元を歪めたエリカは、とても過激なことを口にしてくれた。 「ルリ号よりも、突入性能は上がってるからね。だからラプータぐらいだったら、体当たりで破壊も可能だと思うわよ」 「武器を持っているより悪く聞こえるね……それは」  はっきりと呆れたトラスティは、究極のほこ×たて問題を口にした。 「インペレーターとだったら?」 「今時点なら、空間接合をされない限り負けないと思うわよ。まあ、このあたりはいたちごっこだから」 「それで、AIは君ってことなんだね。性能的に、ヒナギクと比べてどうなんだい?」  ヒナギクで問題を感じたことはないのだが、ここまでしたのならAI性能も変わっているのだろう。そのつもりで質問をしたトラスティに、「野暮なことを聞くわね」とエリカは嫌そうな顔をした。 「サラさん、フィーナ、ヒナギク、ルリ……それから私だけど。性格以外に性能差は無いわよ。まあ、得手不得手はあるから、その部分で差が出るとは思うけど。情報収集・処理能力って意味なら、今でもサラさんが一番じゃないのかな。艦隊運用とかだと、フィーナが適していると思うし……ヒナギクと私はオールラウンダーだし、ルリは……あの子はおっぱい星人ね」 「最後のはけなしていないか?」  得意分野を説明しているのに、さすがに「おっぱい星人」は不適切に違いない。そんなトラスティに、「事実だから仕方がないっ!」とエリカは言い返した。 「多分芸術的な面では一番なのかな? 後は、とても自由な発想をしているわよ。そのお陰で、時々思いもよらない事をしてくれるわ」 「思いもよらないことねぇ……」  その説明で思い出したのは、単身ラプータに突入してきたことだった。確かに意外性があるなと、ルリに対する評価に納得することが出来た。 「とりあえず、説明は以上かな?」  トラスティの問いに、エリカははっきりと頷いた。 「ざっと説明するのならこの程度ね。それ以上のことが知りたかったら、ベッドの中で教えてあげる」 「また、メイプルさんみたいなことを……」  はあっとため息を吐いたトラスティに、「メイプルさんを忘れてた」とエリカは手を叩いた。 「彼女もオールラウンダーね。それから料理の腕前って言う意味なら、私達の中で一番だと思うわよ」 「それがAIに求められることかは分からないけどね」  船の目的として違っていないか。少し頭を悩ませたトラスティに、「ベッドルームに行く?」とエリカは尋ねた。 「先にアイラ様、レクシュ様、ラフィール様が入られているわ」  待たせるのはよろしく無いと注意をされ、トラスティはため息を吐いてからアリエルの顔を見た。 「次からは、搭載するAIを考えてくれないかな?」 「お前の言いたいことは分かるが、はっきり言って無理な相談だな。何しろ、こうなる理由が分かっておらんのだ。AIの技術屋共も、これだけは解明できんとさじを投げておる」  つまり、これからも似たようなことが起こると言うのだ。分かっていたことではあるが、「世の中は不思議に満ちている」とトラスティはため息を吐いた。 「ちなみに、明日は新しいデバイスとの対面だからな」  アリエルの言葉に追い打ちをかけられ、トラスティは肩を落としながら「ベッドルーム」へと運ばれていった。そこでウサを晴らすかのように、6人に対して無双したのだった。  そして翌日、アリエルの私邸に戻ったトラスティは、新しいデバイスに引き合わされた。もっとも起動前の初期状態にあるため、デバイスはマネキン人形のような姿をしていた。 「こっちには、新しい技術とかは導入されているのかい?」  コスモクロアの時と同じ見た目をしていたのだが、同じ物とはトラスティは考えていなかった。それを聞かれたアリエルも、「改良したぞ」とその決めつけを肯定した。 「主にエネルギー機関の改良だな。ミラクルブラッドには及ばぬと思うが、連邦標準デバイスの100倍程度に総量を上げてある。その気になれば、惑星一つぐらい消し飛ばすのも造作無いだろう。つまり主を星に招き入れた時点で、抵抗もままならぬと言うことになる。まあ、シルバニア帝国対策だと思ってくれ」  散々繰り返されたことを持ち出され、「それを言うか」とトラスティは息を吐いた。ただ今更のことでもあるので、拘らずにデバイスを起動することにした。  そのための長いコマンドを口頭で発したところで、目の前のマネキンが小さく震え、いきなり金髪碧眼の美少女に変貌してくれた。少しも曇りのない金色の髪と澄んだ青い瞳は、どこかアリッサを思い出させるものだった。ちなみにしている格好は、お約束のフヨウガクエンのものである。 「さて、君に名前をつけなければならないんだが」  本当にデバイスは分からないと呆れながら、「クレシアで良いのかな?」とトラスティは問いかけた。 「我が君のお心のままに……と本来申し上げるところなのですが、ご配慮いただきありがとうございますとお礼を申し上げます」  優雅に頭を下げたデバイス=クレシアに、「予想は出来たからね」とトラスティは口元を歪めた。 「何しろ君は、IotUの妻として名前が残っていない」 「コハク様、ヒスイ様以外……そう言えば、スピネルさんもそうでしたね。そのお三方以外は、固定されませんでしたからね。ああ、アウグスタさんも姿を変えて妻となられていましたね」  あっさりと秘密をばらしたクレシアに、トラスティは一つ質問をぶつけた。 「なぜ、君だったんだい? ゴースロスの2番艦には、エリカが出てきただろう?」  その違いはとの問いに、「適材適所ですね」とクレシアは答えた。 「私の方が、これからの我が君の役に立つから……と言うことだと思います。そのためには、常に身近にいるデバイスが都合が良いことになりますので」 「君達は、何を想定して居るのかな?」  これからのために役立つことが理由になるのなら、何らかの想定がそこに存在することになる。それを質したトラスティに、「私の役目はご存知かと」とクレシアは答えをぼかした。  それになるほどと頷いたトラスティは、「試してみるか」と首をコキリと回した。 「フュージョンっ!」  その命令に従い、クレシアの体は光の粒となってトラスティに吸い込まれていった。これでクレシアとのフュージョンは成功したのだが、見た目からは全く違いは見つけられなかった。 「特に、エネルギーが増えた感じはしないね」 『制御していますので』  クレシアの答えに頷き、トラスティは次の段階とリュースを呼び出した。 「手加減をして攻撃してくれるかな?」  素人だからと笑うトラスティに、「手加減ですか?」とリュースは口元を歪めた。そして「必要ですか?」と逆に聞き返してくれた。 「僕はまったくの素人だからね。デバイスを使ったとしても、君に敵うはずがないだろう?」  だから手加減と答えたトラスティに、「気づいていないんですね」とリュースは笑った。 「この話をしている間に、右頬に1発、みぞおちに1発、首筋に1発攻撃をしているんですよ」 「ええっと、全く見えてないんだけど……」  リュースの言葉に、トラスティははっきりと顔を引きつらせていた。攻撃が全く見えないのは、実力差を考えれば不思議なことではないのだろう。だが全く見えない攻撃を、今の自分は完璧に防御していたのだ。 「でも、結構力を入れて攻撃したんですけどね。機人装備のフルパワーにでもしないと、防御を超えられそうもありませんね」  試してみますかと問われ、トラスティはすかさず「パス」と返した。  それを「ですよね」と受け止めたリュースは、「敵いそうもありません」と白旗を上げた。 「これなら、安心してトラスティさんを任せられますね」  そこで姿を表したクレシアを見て、リュースは少し口元を歪めた。 「それでトラスティさん。今からベッドですか?」 「デバイスに、その方面を期待している訳じゃないんだけど……」  少し顔を引きつらせたトラスティに、「でも」とリュースは客観的事実を持ち出した。 「理想的な金髪碧眼をしていますし、アリッサさんにも似ていますよね。デバイス相手と言うのも今更問題には出来ませんよね?」  してるからと事実を持ち出したリュースに、「しないから」とトラスティは言下に否定をした。  それを確認したリュースは、「そのあたりはどう?」とクレシアに尋ねた。 「私には、我が君のお心のままにとしか申し上げられませんね」 「ザリアやアクサとはずいぶんと違うのね」  驚いた顔をしたリュースに、「それは」とクレシアは少し口元を歪めた。 「性格の違いとしか申し上げようがありませんね」  そう答えてから、クレシアはニッコリと笑った。 「もちろん、していただきたいと言う強い希望はありますよ」 「うん、そうだと思っていたわ」  うんうんと頷いたリュースは、「頑張ってください」とトラスティの背中を叩こうとした。いたずらのつもりでちょっと力を込めたのだが、残念ながらクレシアに防がれてしまった。 「ちょっとしたいたずらのつもりなんだけど?」  どうして防ぐと苦笑したリュースに、「少しだけ過ぎていましたから」とクレシアは手加減の失敗を指摘した。 「今の半分ぐらいの力でしたら、邪魔はしませんでしたね」  その程度ですと答えてから、クレシアは3人の前から姿を消した。 「また、個性的なデバイスが増えましたね」 「思っていたよりは、まともに思えたけどね……」  勘違いでなければと口にしたトラスティに、「勘違いでしょうね」とリュースは指摘したのだった。  ゴースロス2番艦を受け取ったトラスティは、その足でズミクロン星系へと向かった。ノブハルに提案したとおり、マールス銀河への足に使うためである。もっとも同行するつもりはないので、別ルートで帰ることを本人は考えていた。 「もう大丈夫なのかな?」  と言うのは、センターステーションであったスタークの言葉である。妻達とは違い、スタークは1度しかジェイドに行っていなかった。 「まあ、僕自身は問題ないと思いますよ」 「そのあたり、さすがはIotUのご子息と言うところか」  そう言って笑ってから、「帰りの足だが」とゴースロス2番艦を置いてからのことを持ち出した。 「ルリ号を、アス駐留軍に持ってきて貰った」 「良いんですか、そんな真似をして」  退役した元帥が、私的に軍のリソースを利用したのだ。コンプライアンスを気にしたトラスティに、「問題にはならんよ」とスタークは笑った。 「君の立場を考えれば、問題となることはないのだよ。レムニア帝国並びにリゲル帝国皇帝殿」  敢えて立場を持ち出したスタークに、「そう言うことですか」とトラスティは小さく頷いた。 「そしてこれは、彼らにとって訓練の一環でもあるからな」  その面でも問題にはならないと言うのだ。なるほどねと納得したトラスティに、「手続きは済んでいる」とスタークは声を掛けた。 「エルマー支社ならば、特に問題となることはない」 「だったら、ありがたく利用させて貰いますか」  そこでサラを利用したのは、これまでの慣れと言うところが大きいのだろう。  それを見送ったスタークは、「さて」と同じくサラを呼び出した。 「ゴースロス2番艦の見学をしたいのだが?」 「でしたら、エリカさんに頼まないとだめですね」  少しお待ちをの言葉から少し遅れ、金髪をポニーテールにした女性が現れた。 「あら、素敵なおじさまね。はじめまして、エリカと言います」  丁寧に頭を下げたエリカに、こちらこそとスタークは小さく会釈をした。 「君も、IotUの奥方だと思えば良いのかな?」 「そうね。それだけじゃなくて、幼馴染でもあったのよ」  簡単に答えたエリカは、スタークをゴースロス2番艦のブリッジに転送した。 「いきなり、アスカさんを乗せることになるのね」  少しだけ難しい顔をしたエリカは、「まあいいか」と言い残して姿を消した。ゴースロス2番艦のAIなのだから、その役目を果たす義務がある。そのためには、あまり船から離れる訳にはいかなかったのだ。  支社では、支社長である妻のグリューエルが迎えに現れてくれた。かなり長くエルマーに滞在したこともあり、今はそのつけを解消しているところだった。 「ノブハル君はどうしてる?」  軽く唇を重ねてから、トラスティはDCTOの居場所を尋ねた。 「今日は、ご自宅においでのようですよ」  ノブハルの居場所を答えたグリューエルは、「実は」とセントリアに聞いた話をトラスティに伝えた。 「ゴースロスの2番艦に興味があるようです。それもあって、もう一度マールス銀河に行かれるようですね。その下準備として、奥様達のご機嫌取りをされておいでです」 「とりあえず、優先順位を間違えないようにはなったと言うことかな」  微苦笑を浮かべたトラスティは、「顔を出してくる」とグリューエルに告げた。 「リンさんが喜ばれるでしょうね」 「君もそうだけど、いい加減そのチョーカーを外して貰いたいんだけどね」  外してくれると問われ、「お断りします」とグリューエルは即答した。そして困った顔をしたトラスティに、グリューエルは「特別ですから」とチョーカに触れた。 「我が君の物……と言う印ですからね」  ノブハルあたりなら鼻血を出しそうな色化を発したのだが、あいにくトラスティにはその手の誘惑は通じなかった。それでも意味合いぐらいは分かると、軽く手を振って新しいチョーカーを取り出した。 「汚れてきたようだから、交換用を置いていくよ」 「それもまた、絆の強さ……だと思っていましたが」  とは言え、みすぼらしいチョーカーをつけているのも、問題には違いないだろう。ずいっとトラスティに近づいたグリューエルは、「交換していただけますか?」とお願いをした。 「結局そうなるってことか」  仕方がないとグリューエルの首に右手を当てたトラスティは、そのままチョーカーを新しいものに入れ替えた。すぐに鏡でそれを確認し、「残念です」とグリューエルは唇を重ねてきた。 「このまま可愛がっていただけたらと本気で考えてしまいました」 「支社の中だし、まだ時間が早いからね」  それはこの後と答え、トラスティは支社長室を出ていった。そしてそれまで空気だったセントリアに、「お騒がせしましたね」とグリューエルは謝った。 「そんなことは無いんだけど……少し、エリーゼの気持ちが分かった気がするわ」  その答えに、「あら」と言ってグリューエルは目を瞬かせた。 「でしたら、セントリアさんもつけてみますか? 我が君には、私からお願いをしますよ」  いかがですかと問われたセントリアは、「遠慮します」と当たり前の答えを口にした。ただその答えを口にするまでには、明らかに不自然な間が空いていた。ただ藪を突くものではないと、グリューエルは答えが遅れたこと指摘しなかった。  空間移動をすれば一瞬だが、他所様を訪問するのにそれは失礼なことになるのだろう。それもあって、トラスティはグリューエルの用意したシェアライドでノブハル宅に向かった。およそ30分ほど揺られて着いたと思ったら、玄関前でエリーゼに迎えられた。 「わざわざすまないね」  外で待たせたことを謝ったトラスティに、「セントリアさんから連絡を貰いましたから」とエリーゼは笑った。 「お義父様をお迎えするのは、嫁としての努めだと思っているんです」 「お義父様に嫁……か」  そう言う言われ方をすると、なぜか自分が年をとった気がしてならない。トラスティはそれを気にしたのだが、どうやらエリーゼにはどうでも良いことのようだった。「ノブハルさんがお待ちです」と玄関を開けてさっさと中へと入っていってくれた。  「やけにあっさりとしているな」と感心しながら、トラスティはエリーゼの後を付いていった。そしてトウカとウタハを連れたノブハルの出迎えを受けた。 「元気そうで何よりだ」  微笑を浮かべたノブハルは、ようこそと右手を差し出した。その右手を握ったトラスティは、「落ち着いたようだね」と後ろを固める女性達を見た。 「そのあたりは、色々と経験をしたから……としか言いようがないな。その点では、あなたにも迷惑を掛けたと思っている」  頭を下げたノブハルは、こちらにどうぞとトラスティを広い居間に案内した。そこそこ立派なソファーに腰を下ろしたところでエリーゼがお茶を持って現れたのも、妻達の役割分担が落ち着いたからだろう。 「今日は、フミカさんは居ないんだね?」  こう言ったときは、ノブハルの母親フミカの独擅場になっていたのだ。そのフミカが居ないことを気にしたトラスティに、「散歩に行っている」とノブハルは説明した。 「孫二人を連れて、近くの公園まで遊びに行っているぞ」  だからだと答えたノブハルは、自分もお茶を飲みながら「マールス銀河だが」と話を切り出した。 「なかなか興味深い場所なのだが、あなたは行くつもりはないのか?」 「なにもない時なら、間違いなく行くと言っていたのだろうね」  つまり今は、個人的事情で行けないと言うのである。それに頷いたノブハルは、「慎重なのだな」と理由をアリッサに求めた。  そんなノブハルの決めつけを、トラスティは苦笑しながら首を振って否定した。 「立場上、行かなければいけないところが沢山あると言うことだよ。リゲル帝国とレムニア帝国には顔を出したけど、国王としてモンベルトに顔を出す必要があるし、皇族の一人としてヤムント連邦にも行く必要があるんだ。多分だけど、モンベルトに行く前には、エスデニアやシルバニアにも顔をだすことになるのだろうね」  そのあたり、長期入院が理由になっていたのだ。その説明に頷いたノブハルは、「立場を持つと大変なのだな」とトラスティに理解を示した。 「君にも、シルバニア帝国皇夫の立場が有ったと思うのだがね?」  似たようなものだと笑うトラスティに、「クリプトサイト王国王配と言うのもあるぞ」とノブハルは告げた。それに驚いた顔をしたトラスティに、「フリーセアに泣きつかれた」とノブハルは苦笑を浮かべた。 「いずれにしても、あなたほど手広くしていないからな。それに、ここに居ないのは3人だから、手が回らないと言うこともないのだ。そして言ってはなんだが、俺はあくまで配偶者の扱いだ。皇帝や王様をしているあなたとは、背負っている責任が違うと言うことだな」 「確かに、君の方が背負っている数は少ないのだろうね……」  モノと言わなかったのは、それが必ずしも立場に関わるとは思っていなかったからだ。それを感じ取ったノブハルは、「数は重要だぞ」と言い返した。 「数が多いと、物理的時間を拘束するからな」 「確かに、その通りなのだろうね」  ふっと笑ったトラスティは、「土産話を待っているよ」とノブハルに告げた。 「ああ、なかなかおもしろそうなことになっているからな。そして何より、マールス人の秘密と言うのが未解明になっている。一朝一夕で解明できるとは思えないが、直径18万光年の銀河にヒューマノイド種しか存在していない謎に迫りたいと思っている」 「確かに、面白そうな話になっているね」  うんうんと頷いたトラスティに、ノブハルは「今日は?」とこれからの予定のことを尋ねた。 「今日はグリューエルの館かな。少しだけ、エルマーでのんびりしていこうと思っているよ」  トラスティの答えに、それはいいとノブハルは手を叩いた。 「先日ウィリアムさん達をチチャイ氏のところで接待して貰ったのだ。なかなか好評だったから、あなたも行ってみてはどうだ? 休暇が取れるのなら、グリューエルさんも一緒に連れていけばいい」 「それで、君は来ないのかな?」  そこでエリーゼ達を見たのは、それぐらいの息抜きをさせてあげたらと言う意味合いが有った。 「俺か?」  自分がかと考えたノブハルは、振り返って「そうだな」とトラスティの言葉を受け入れた。フェリシアの接待はしたが、エリーゼ達を連れて行ったことがないのに気づいたのだ。 「だとしたら、セントリアは別の機会に連れて行ってやらないと駄目だな」  支社長が不在となると、社長秘書の仕事は必然的に忙しくなってくれる。そして今回グリューエルが必須だと考えると、セントリアには我慢して貰うしかなかったのだ。 「アルテッツァ、今の話をグリューエルさんとセントリアに伝えてくれ。それから、チチャイ氏への依頼を頼む」  シルバニア帝国皇夫なのだから、アルテッツァを利用するのは当然のことだろう。「畏まりました」と答えたアルテッツァは、必要な連絡をするためすぐに姿を消した。 「ところで、体の方は本当に大丈夫なのか?」 「特に悪いところはない……と言うのをレムニアでも確認して貰ったよ。ただあまり体を動かしていなかったからね、その面でのリハビリ中と言うところかな」  首を動かしたら、ごきっと言う音が聞こえてきた。 「トレーニング……と言うのはあなたのイメージには合わないな」 「その言われ方は嫌だけど、否定はできないのだろうね」  少し口元を歪めたトラスティは、「徐々に戻ってきている」とノブハルに返した。 「もともと、あまり体を動かしては居なかったからね。あまり影響が無いと言えば影響はないんだ」  さてと言って立ち上がったトラスティは、「声を掛けてくれ」とノブハルに告げた。 「これからどこへ?」 「とりあえず、グリューエルの館でくつろぐことにするよ。チチャイ氏のところに行く準備も必要なのだろうね……特に何をと言うことはないと思うのだがね」  その程度と笑ったトラスティは、「クレシア」と新しいデバイスを呼び出した。金髪碧眼の美しい姿をしたデバイスに、「新しいデバイスか」とノブハルはトラスティに声を掛けた。 「コスモクロアがしばらくアリッサに掛かりきりになるからね。必要だろうとアリエルが用意してくれたよ」  そこで主に促され、クレシアはノブハルに挨拶をした。 「ノブハル様。初めてお目通りいたします。私のことは、クレシアとお呼びいただけば結構です」  優雅に頭をさげたクレシアに、ノブハルも慌てて頭を下げ返した。相手がデバイスだとしたら不思議な行動になるのだが、つい反射的と言うのがノブハルの事情だった。その美しさと優雅さに、彼女がデバイスと言うのを忘れてしまったのだ。 「あなたのデバイスなのに、ミラクルブラッドはしていないのだな?」  ちらりと左手を見たノブハルに、「その内考える」と言うのがトラスティの答えだった。 「今現在でも、連邦標準デバイスの100倍ぐらいのエネルギーを保有しているそうだよ。それを考えたら、必要になる機会は無いと思うんだけどね」  それも多分と答えたトラスティは、「グリューエルの館へ」とクレシアに命じた。そして「連絡を待ってる」との言葉を残し、トラスティの姿はアオヤマ家の居間から消えた。  それを見送ったところで、ノブハルは「アクサ」と己のデバイスを呼び出した。 「何か用?」  普段どおりの軽い態度なのだが、ノブハルは彼女からそこはかとない緊張を感じていた。 「クレシアと言う名前に心当たりはあるか?」 「知らない……って答えたいところだけど、ちょっと因縁のある相手には違いないわね。特に仲が悪かったと言うことはないし、色々とご一緒したこともあるんだけどね。見た目とは違って、とても恐ろしい子と言うのは確かよ」  アクサの論評に、なるほどとノブハルは頷いた。 「彼女も、オリジナルの妻の一人と言うことか」  ノブハルの言葉を、アクサは頷くことで肯定した。 「ドロドロとした、政治の暗部に対応してくれたわね。後は、大融合については一番詳しかったと思う」 「大融合だとっ!?」  出てきたキーワードに、ノブハルは思わず声を上げてしまった。今回目的とした謎解きには、惑星マールスの赤い海が含まれていたのだ。そしてその際のキーワードが、大融合と呼ばれる現象なのである。 「だとしたら、彼女がデバイスとして現れたのは偶然ではなさそうだな」 「でも、今回旦那様はマールス銀河に行かないでしょ?」  考え過ぎではとの指摘に、「かもしれん」とノブハルはそれを認めた。そして認めた上で、「用心する必要がある」と答えたのである。 「その気がなくても、巻き込まれる可能性はゼロじゃないだろう」 「マールス銀河で起きたのが大融合なら……その可能性は否定出来ないわね」  少し嫌そうに見えたのは、「大融合」が気に入らないからだろうか。そんなアクサの反応に、ノブハルはますます危険性が高まったと考えていた。 「再度大融合が発生した時、お前なら俺のことを守ることができるのか?」  その問いに、アクサはすぐに答えを口にしなかった。そしてしばらく考えてから、「可能性なら」と答えた。 「はっきり言って自信はないけどね。理論上なら、周りを停止空間で覆えば大丈夫だと思う。さもなければ、危ないと思った瞬間空間転移を掛けてゴースロス2番艦に乗り込むことぐらいね。もっとも、ゴースロス2番艦だったら大丈夫って保証も無いのが問題だけど」 「いざと言う時に贅沢は言えないのだが……」  そこで息を大きく吐いたノブハルは、「厄介だな」と表に出ないもう一つの問題に頭を悩ませた。マールス銀河の成り立ちに対する真相究明と言う問題だけでなく、それが本当に終わったことなのかの確認も必要だと考えたのである。そこでどじを踏むと、大融合の引き金を引きかねないのが問題だった。 「慎重に事を運ぶ必要があると言うことか……」 「そうね、欲を掻いたら痛い目に遭う可能性もあるわ」  難しい顔をして頷いたノブハルは、「相談してみる」とこの問題をトラスティとの話に含めることを決めたのだった。  「迷惑を掛けています」と礼を言ったノブハルに、チチャイは少し口元を歪め「妬まれている」と予想外のことを口にしてくれた。なんのことか理解できないノブハルに、「妬まれているのだよ」とチチャイは笑った。 「考えても見給え。御三家にリゲル帝国・レムニア帝国皇帝様をゲストとしてお迎えできるのだ。他の7家だけではなく、ズイコー側からも羨まれているんだ」  妬まれている理由を口にしたチチャイは、「だから忠告だ」とノブハルに告げた。 「次は、他の奴にも声を掛けてやってくれ。なぁに、奴らも色々と趣向を凝らしてくれるはずだぞ」 「その意味では、あなたにご迷惑をおかけしているわけですか」  頭を下げたノブハルに、「ハラミチが悔しがっていた」とチチャイが大笑いをした。 「あいつにとっては、君はユイリさんの息子……つまり甥っ子と言うことだ。それなのに、あまり頼ってくれないと零していたな」 「頼っていないって……いやいや、住まいとかではお世話になっているのだが」  今の豪邸にしても、イチモンジ家の伝手で入手しているのだ。それを考えれば、面倒を見て貰っているのは間違いないはずだ。 「だが、重要なゲストの接待に、あいつを頼っていないだろう?」  だからだと笑うチチャイに、ノブハルは「ああ」と頷いた。 「そのあたり、トリネア王女……今は女王となられたのだったな。彼女の感想が理由になっている」  その説明だけでピンときたのか、「なるほどな」とチチャイは口元を歪めた。 「あいつの見た目は、極端に相手を選ぶからな」 「立場上否定してやらないとだめなのだろうが……残念ながらそのとおりとしか言いようがないな」  宴の場でも、しっかりとビビっていたトリネアを見ていたのだ。それを思い出せば、なかなか否定も難しくなる。そしてトラスティからも、「なぜか苦手だ」と聞かされていた。 「ところで、今日は奥方もおいでなのだな?」 「予め、そう連絡しておいたはずだが?」  それが何かと聞き返したノブハルに、チチャイは「有名だからな」とトラスティの女性関係を持ち出した。 「うちの奴らも、興味津々と言うことだ」 「たとえそうでも、グリューエルさんとの勝負は無謀だと思うぞ」  別格だとの心からの言葉に、チチャイは「確かに」と頷いた。 「何度かお目にかかって居るのだが……別格とも思える美しい方だな。もっとも、君の奥方達もなかなかではないのかな? エリーゼ嬢だったか、留学に来た頃とは別人に思えるぐらいだ」 「エリーゼがか?」  てっきりウタハの名前が出ると思っただけに、ノブハルはチチャイの言葉に驚いてしまった。 「ああ、彼女のことだよ。とても良い笑顔をしていると思うぞ」  そこで首を巡らせたチチャイは、「奥方達は?」とその姿が見えないことを気にした。 「うむ、トラスティさんと観光に出ている。確か、ジオット遺跡に行っているはずだが」 「ああ、あの遺跡は一度見ておくべきだからな」  小さく頷いたチチャイは、「今夜が楽しみだ」とノブハルに告げた。 「トラスティ氏がどんな話をしてくれるのかが楽しみなのだよ」 「確かに、あの人は様々な経験をしているな」  それを考えると、じっくりと話をするのが楽しみになってくる。今日は飲まない方が良いなと、ノブハルは今夜の宴のことを考えたのだった。  そしてその頃、トラスティ達はジオット遺跡を訪れていた。案内役にエリーゼが立ったのは、ズミクロン星系の歴史に詳しいからと言うのが理由である。 「ズイコーではカリシン様と言うのですが、エルマーではリシンジ様と呼ばれている方が祀られています」  ジオット遺跡の由来から始めたエリーゼは、両惑星における神話の類似性から始めた。 「1千年以上前、両惑星の交流が始まる前からこの遺跡は存在したと言われています。そして両惑星に残された遺跡は、僅かな違いこそありますが、ほとんど同じになっているんです」  生き生きと話すエリーゼを、可愛いなとトラスティは温かい目で見守っていた。 「ここの遺跡には、紫鬼と赤鬼が祀られています。それに加えて、9体の神も祀られているんですよ。ちなみにズイコーにあるナーブ遺跡には、赤鬼の代わりに青鬼が祀られているんです。青鬼はリシンジ様を神の世界にいざない、赤鬼はそれに逆らって串刺しにされたと言う伝承がありますね」  それがこちらと、エリーゼは串刺しにされた赤鬼の像のところに一行を案内した。確かにそこには、9本の槍で串刺しにされた「赤鬼」の像が設けられていた。  それを見学した一行は、次にと紫鬼と赤鬼が力比べをしている像のところへと移動した。力比べと言われる通り、リシンジと思われる人の前で、2対の鬼が両手で組み合っている像が作られていた。 「真ん中に居るのが、リシンジ様と言われています。ただノブハル様は、伝承にある人の姿をした邪ではないかと考えられました。ただ証拠がないので、どちらが正しいのかは分かりませんけどね」  そんなところですと説明を切り上げ、エリーゼは9体の神のところに一行を連れて行った。 「この9体の神は、リシンジ様を天上世界へとお連れしたと言う伝承があります。少し見た目はグロい……のですけど、人智を超えたものと言う意味ではこの姿の方が正しいのではないでしょうか?」  ざっと一通り見終わったところで、「ジオット遺跡の謎ですが」とエリーゼは切り出した。 「紫鬼の像なのですけど、作られた年代がはっきりしていないんです。ノブハル様がなされた年代測定では、およそ700年前の物と言う結果が出ています。ですが、ズミクロン星系が超銀河連邦に加盟した時の記録にも残っているんです。それが謎とされているんですよ」  以上ですと笑ったエリーゼに、「案内ありがとう」とトラスティは礼を言った。 「いえ、実は私もジオット遺跡は初めてだったんです。お義父様と一緒に来られて、実は嬉しかったりするんですよ」  そう言って微笑むエリーゼは、掛け値なしの美女に違いなかった。それに感心したトラスティは、今更ながらうまくいっているのだと安心していた。そして後ろで頷いている2人、トウカとウタハとの関係もうまくいっているのだと。  安堵しているトラスティに、「この後ですけど」とエリーゼは予定を切り出した。 「まだ早いですから、琥珀宮に行かれますか? そこには、リシンジ様の妻、ブライシビライ様が祀られているんです」 「子供の姿をした奥さんだったかな?」  トラスティの問いに、「はい」とエリーゼは大きく頷いた。 「新しく描かれた肖像画では、ブライシビライ様は大人の姿で描かれています。ですが、オリジナルの肖像画は、なぜか子供の姿で描かれているんです」  これも謎の一つとの説明に、「行ってみよう」とトラスティはグリューエルの顔を見た。そして彼女が頷くのを確認し、「クレシア」と新しいデバイスを呼び出した。 「コスモクロアさんではないのですね?」 「コスモクロアは、今アリッサに掛かりきりだからね。だからアリエルに、新しいデバイスを用意して貰ったんだ」  そこでクレシアを見たトラスティは、「場所は分かるかな?」と尋ねた。 「検索は終了しました。いつでも移動できます」 「だったら、僕達をまとめて運んでくれないかな?」  主の命に、クレシアは「畏まりました」と頭を下げ、隠れていたリュースごと琥珀宮へと移動した。  白を基調とした館は、タハイ地区の一般的な建物とは異なる作りをしていた。 「ズイコーには、琥珀宮と対になる翡翠宮と言うものがあります。IotUの奥様になぞらえるのなら、ブライシビライ様がラズライティシア様で、アリョーシカ様がオンファス様と言うことになります」  その奇妙な一致に、トラスティはつい口元を歪めてしまった。 「お義父様、どうかなさりましたか?」  それを気にしたエリーゼに、「いやなに」とトラスティは言葉を濁した。 「君達は、アクサの正体のことを聞かされているのかな?」 「アクサさんの正体のことですか?」  そこで少し首を傾げたエリーゼは、「IotUの謎に纏わる話ですか?」と逆に尋ねてきた。 「ああ、その話だよ。実のところ、ザリアはラズライティシア様の意識を持っているんだ。そしてコスモクロアは、オンファス様の意識を持っている。姿については、ゼスに行く前のザリアはラズライティシア様そのものだったね」 「……その話は、初めて伺いました」  少し目元に皺を寄せたエリーゼに、「アクサは」とトラスティは言葉を続けた。 「記録に残っていない、IotU最初の妻だったんだよ。そしてもう一つ、ザリアには別の姿がある。ものすごく幼い姿なんだけど、とても美しくて高貴な姿をしているんだ」 「それが、ブライシビライ様の姿に関わると言うことですね」  なるほどと頷いたトラスティは、「中に入ろうか」とエリーゼに提案をした。 「そうですね。お義父様には、ブライシビライ様の肖像画を見ていただかないといけませんね」  こちらですと、エリーゼはトラスティの横に立って入口の方へと案内したのだった。  トラスティ達をチチャイの館に残し、ノブハルは連邦代表団を迎えるためセンターステーションへと上がっていた。エスデニアに話が通っているので、ライマールからの移動は多層空間が利用されることになっていた。  そこでクラカチャスをリーダーとした代表団を迎えたノブハルは、早速ゴースロス2番艦へと彼らを案内した。現在連邦最速でもあり、そしてもっとも安全性が高いと言うのがゴースロス2番艦を選択した理由である。そしてトリプルAが、タダ同然のレンタル費を出したのも理事会が認めた理由になっていた。 「これも、トリプルAの船ですか?」  立派なものだと感心するクラカチャスに、「最新鋭船だ」とノブハルは胸を張った。ただ内心では、「また置いていかれた」と問題も感じていたりした。何しろこの船には、最高速の制限は存在せず、ここからマールス銀河まで1日も掛からないと聞かされていたのだ。  一行を応接に案内したところで、ノブハルは「エリカ」とゴースロス2番艦のAIを呼び出した。その呼出に現れたのは紺のスーツを纏った金髪碧眼をした美しい女性だった。苦しそうな胸元はセントリアと同じなのだが、くびれた腰つきに「負けた」とノブハルは敗北を感じていたりした。 「惑星アーベルまでの日程を説明してくれ」  その命令に頷いたエリカは、宇宙マップを一行の前に展開した。 「出発後、およそ26時間と言うことになります。ノブハル様、もっと短縮した方が良いですか?」 「もっと短縮できるのか?」  ルーモアの時で4日、そして第10艦隊の時には2日の時間を掛けていたのだ。それが1日に短縮されただけでも驚くところなのに、エリカは更に短縮が可能と言ってくれたのだ。 「それで、どこまで短縮が可能なのだ?」 「う〜ん、頑張って6時間ってところかな。最高速だと、光速の30億倍ぐらいってところね」  その途方もない速度に、ノブハルだけでなくクラカチャス達からもため息が漏れ出ていた。 「その場合、なにか問題は出る恐れはあるのか?」 「私が、ちょっと疲れるぐらいかな。たぶん、その程度だと思うわよ」  それでどうすると問われ、「最高速で」とノブハルは時間短縮を命じた。時間を掛けることに良いことはないし、光速の30億倍を体験してみたいと言う気持ちがあったからだ。  その命令を「分かったわ」と軽く受け止め、エリカは「到着予定」とノブハルの顔を見た。 「惑星アーベルの衛星軌道に乗るのは、これから6時間と30分後の予定ね。センターステーションを離れてからなら、5時間55分後になるわ」 「分かってはいたが、同一銀河内の旅行よりも短いな」  分かったと頷いたノブハルは、「部屋に案内を」とクラカチャス達の顔を見た。それだけ短いと、体を休めている暇も少なくなってくる。事前に対応が決まっているから良いようなものの、会議をする時間さえ確保できない短さだった。  クラカチャス達がそれぞれの部屋に送られたところで、「ちょっといい?」とエリカが声を掛けてきた。 「……別に構わないが?」  なんだと首を傾げたノブハルに、エリカは微笑みながら「色々と説明」と答えた。そして「出てらっしゃいよ」とアクサに声を掛けた。 「あなたに呼び出される理由はないんだけど?」  文句を言いながら現れたアクサに、「それでも出てきたわよね?」とエリカは言い返した。そしていきなり、「久しぶり」と言ってアクサに抱きついた。  ちなみに綺麗な女性に見えても、エリカは機動兵器に等しいものである。そして受け止めたアクサもまた、人形デバイスと言う人外の存在だった。一見軽く抱き合っているように見えても、二人に挟まれたらノブハルはぺしゃんこに潰れていただろう。 「ええ、久しぶりね。まさか、こんな形で再会することになるとは思っていなかったわ」  はにかんだ笑みを浮かべたアクサに、「クレシアさんには会ったの?」とエリカは問いかけた。 「会ってないわ。呼び出されなかったしね」 「あなた達って、仲が悪かったっけ?」  ふむと首を傾げたエリカに、アクサは「フツー」と言い返した。 「私と違って一緒に住んでいたのにね」  ふんふんと頷いたエリカに、「これが呼び止めた理由か?」とノブハルは尋ねた。 「今のは、昔の仲間に挨拶をしただけよ。あなたには、ゴースロス2番艦の説明が必要かなって」 「速度に着いてなら、今聞いた気がするが?」  それでと促されたエリカは、「本当に色々と」と笑った。 「外形的なことを言うと、全長は500mと1番艦と同じ大きさになっているわ。それで、内部だけど」  エリカが説明を続けようとしたところで、ノブハルは「ちょっと待て」と説明を遮った。 「ドックに係留されている時のデーターでは、全長は400mとなっていたぞ?」  ドックに係留される際には、船の外形寸法が大きな意味を持ってくる。有り体に言うなら、サイズによって料金が違ってくるのだ。そしてセンターステーションに係留する際、ゴースロス2番艦は全長400mと登録されていたのだ。 「建造データーは500mで間違いないわよ。ちなみに、この船には開放空間における空間圧縮技術が適用されているのよ。だから、実際の大きさより専有面積は小さくなるのよ。頑張れば、50mぐらいの大きさにまで圧縮できるわね。それが、2番艦の一番目の特徴と言うことよ」  自慢げに豊かな胸を反らしたエリカは、「内部も似たようなもの」と説明を続けた。 「開放空間に比べれば、内部空間の圧縮は難易度が低いのよ。だから恒常的に、2分の1に圧縮されているわ。従って、ゴースロス2番艦は1kmクラスの船と同じ内部面積を持っているわね」 「ルーモアと同じと言うことか……」  これで、シルバニア帝国側のアドバンテージが消えてくれた。なんだかなぁと呆れたノブハルに、「観測機器だけど」とエリカはノブハルにとって衝撃的な事実を告げた。 「ξ粒子のセンサーが開発されたのよ。それを利用したアクティブ観測ができるようになったわ。だから光速の攻撃も、到達前に観測できるし、それを利用すれば避けることも可能よ。「見て」避けることができるようになったのよ」  凄いでしょうと自慢されたのだが、ノブハルにしてみればそれどころの話ではない。せっかくクリプトサイトに未来視の研究所を作ったのに、レムニアはその先に進んでくれていたのだ。 「ひょっとして、未来視を獲得したと言わないだろうな?」  だからこその質問に、「それはまだ」とエリカは返した。 「そのあたりは、センサーの精度不足と情報処理のアルゴリズムが確立していないのが理由ね。だから2番艦でデーターをとって、そのフィードバックが必要になってくるのよ。それから言っておくけど、変調技術は手付かずだからね。過去へのタイムトラベルには、まだまだ超えなくちゃいけない壁が沢山あるわね」 「なんか、それも先を越されそうな気がしてきたな……」  なんだかなぁと嘆いたノブハルに、「研究所の成果でしょ?」とエリカは声を掛けた。 「クリプトサイトのデーターがなければ、ここまで研究は進まなかったと言う話よ。その意味では、ノブハル様の貢献は大だと思うわ」  そう言ってノブハルを慰めたエリカは、「その応用」と言って攻撃方法を持ち出した。 「一応ゴースロス2番艦は、企業保有のクルーザーだからね。表向きには、武器は持っていないことになっているのよ。ただ裏技にはなるけど、ξ粒子発生装置を調整することで、リトバルト……インペレーターの主砲なんだけどね、あの真似事ならできるわよ。出力的には、インペレーターの5%程度かしら。第10艦隊の主砲リブロより、威力のある攻撃ができるわ」 「企業保有のクルーザーだと言わなかったか?」  エリカの説明が正しければ、ゴースロス2番艦はシルバニア帝国の戦艦より破壊力があることになる。それに呆れたノブハルに、「基本は観測装置」とエリカは嘯いた。 「そして防御機能だけど、基本的に当たらないことを前提にしているわ。1番艦の高機動モードよりももっと凄い事ができるから、光速の攻撃でも見て避けることができるのよ。避けないことも可能だけど、その場合はラプータの攻撃を受けてもびくともしないわね。ちなみに「体当たり最強」は維持しているから、ラプータだったら体当たりを繰り返せば破壊できるわ」 「確認したいのだが……それは、企業用のクルーザーに必要なことなのか?」  シルバニア帝国の戦艦では手も足も出ず、アリスカンダル艦隊の総攻撃にも耐えたのがラプータなのだ。そのラプーターを、全長500mしかない船が「体当たり」で破壊できると言うのである。もともとの目的を考えれば、「必要か?」と言うノブハルの疑問は正当なものだったのだ。 「必要か……って聞かれたら、必要になるんじゃないのってのが答えかな。何しろ開発目的が、ご主人様に奇跡を起こさせないことなのよ。だからできることを可能な限り詰め込むと言うのが優先事項になってるわ」 「つまり、これがレムニア帝国の本気と言うことか」  ふうっと息を吐いたノブハルは、「凄いのだな」と素直に感心した。 「確かに、凄すぎるって思うわよ。でも、これから改修される1番艦は、もっと凄いことになると思うわ」  もっと凄いと言うのは、一体どう言うことなのか。それに呆れたノブハルに、「ただ」とエリカは少し否定的なことを口にした。 「今の延長線上での開発じゃ意味がないと思うわ。確かに移動速度は物凄いけど、エスデニアの多層空間移動ほどじゃないでしょ。あっちは、どれだけ離れていても、歩いてその距離を超えることができるのよ。そしてどんな攻撃でも、明後日の方に飛ばすことができるわ。それから惑星マールスだったっけ? その謎に迫ろうと思ったら、レムニア帝国の技術では駄目なのよ。彼らはとても真面目に技術を突き詰めていくから、馬鹿げた性能にまで既存技術を昇華させる事ができるのよ。そしてξ粒子の活用にしても、あなたが道筋を作ってくれたから、こうして実用化にこぎつけることができたの。ブレークスルーを見つける能力がないとまでは言わないけど、その方面ではシルバニア帝国より劣るんじゃないのかな。良くも悪くも、とても真面目な人達なのよ。ただ、ご主人様のお陰で、少し新しい風が吹いてきた気もするけどね」 「俺も、役に立っていると言うのだな」  そこでふうっと息を吐いたノブハルは、「ありがとう」とエリカに礼を言った。  「どういたしまして」と礼を受け入れたエリカは、「ちなみに」と現在の移動速度をノブハルに教えた。 「光速の30億倍を超えたわ。エネルギー機関に余裕があるから、40億倍を目指してみようか」  あと4時間ちょっとで到着すると言われ、ノブハルは少し目元を引きつらせた。 「俺には、十分異常な領域に達していると思えるのだがな」 「亜空間バーストって超えるべき問題が明確になれば、その対策を考えることもできるでしょ。そしてエネルギー機関の性能を上げれば、速度を上げることができるのも分かっているのよ。そしてエネルギー機関の小型化にしても、何が阻害要因になっているのか分かれば解決も可能になる。今回は空間拡張って裏技を使ったけど、1番艦の時には正攻法で超えてくれるんじゃないのかな?」  それが技術開発と答えたエリカに、「ペースが異常だ」とノブハルは答えた。 「だが、ペースが上がった理由も理解できる気がする。レムニアの技術者も、やり甲斐を感じているのだろうな」 「そっ。だから、シルバニアでも同じことをしてみたら? あなたが檄を飛ばせば、きっと面白いことになると思うわよ」  これまで張り合うことにブレーキを掛けていたのだが、エリカはブレーキではなくアクセルを踏めと言っているのだ。今までなら否定していたノブハルだったが、それもいいかと考えるようになっていた。 「どうせトラスティさんに蹂躙されるのは変わらないのだからな。だったら、思い切りやってみろと発破をかけてみるか」 「そうね。その方が面白いと思うわよ」  でしょと聞かれ、ノブハルは大きく頷いた。 「ああ、間違いなく面白いことになりそうだな」  そう言ってほくそ笑んだノブハルは、ありがとうと礼を言ってから「部屋に飛ばしてくれ」とエリカに頼んだ。 「了解!」  その言葉と同時にノブハルの姿が消えたのだが、なぜかアクサは付いていかなかった。  そんなアクサに、「ちょっと待ってね」とエリカは右手を上げて遮った。 「いいわよ。護衛のサラマーだったっけ? その子もノブハル様の部屋に飛ばしたから」 「だったら遠慮なく」  そう言って口元を歪めたアクサは、「何を隠してるの?」とエリカに詰め寄った。 「あなたはまだしも、クレシアが現れたのには理由があると思っているのよ」  話してくれると迫られたエリカは、「今はまだ」と答えをぼかした。 「ただヒントだけを言うと、ヴァイオレットだったっけ? ご主人様とアリッサ様のお子様にも関係していることよ」 「あの子に? 確か、あの子はξ粒子を使って時間を超え、融合世界を使って帰っていったはずだけど?」  それに関係するのかと問われたエリカは、「今はここまで」と答えを拒否した。 「あなた達がご主人様に隠し事があるように、私達にも隠し事ってのがあるのよ」  カンニングはよろしくない。そう言って、エリカはそれ以上の答えを拒否したのだった。  「着いたわよ」とエリカに言われ、ノブハルは宇宙の不条理を感じてしまった。ズミクロン星系を出て、僅か5時間で惑星アーベルに辿り着いてしまったのだ。初めて宇宙に出た時には、同じ時間を掛けて近くの星系にたどり着くのがやっとだった。 「結果的に、最高速は光速の45億倍だったわ。もうちょっと遠ければ、50億倍はいけたと思う」  自慢げに説明するエリカに、「ああそうですか」とノブハルはダレてしまった。そしてその隣で、クラカチャス達もダレた空気を作り出していた。 「ところで、これは公式訪問なのよね?」 「ああ、超銀河連邦代表団による公式訪問だ」  それがとの問いに、「見つかってないから」とエリカは言い返した。 「迷彩機能を切り忘れてたから、こちらの到着に気づいていないと思うのよ」  どうすると問われ、「バルベルト氏に連絡を」とノブハルは指示した。 「迷彩機能の解除は、連絡をとってからでいい」  そうしないと、相手先が蜘蛛の巣を突いたような騒ぎになりかねない。それを危惧したノブハルに、「繋いだわ」の答えと同時にバルベルトの姿が現れた。 「結局お前も来たのか?」 「ああ、新しいおもちゃを試してみたくてな」  その程度だと笑ったノブハルは、「どうすればいい?」と尋ねた。 「そちらの衛星軌道上で停止している。今の所、見つからないよう隠れてはいるがな」 「相変わらず、非常識なことをしてくれる……」  ため息一つ吐いたバルベルトは、「ルリでいいのか?」とノブハルに尋ねた。 「いや、今回の船のAIはエリカと言う」 「だったら、指定箇所に入港するよう指示を出してくれ」  それだけだと答えて、バルベルトは姿を消した。 「それで、入港箇所の指定は来ているのか?」 「宇宙港ガミランの隔離エリアが指定されているわね」  「ここ」と、エリカは宇宙港の立体図上に停泊エリアを赤く示した。外側からは分かりにくい、奥まった場所が指定停泊場所とされていた。 「だったら、迷彩機能を切ってゆっくり入港してくれ」  ノブハルの指示に、「りょーかい」とエリカは軽く答えた。 「ちなみに聞いておくけど、この船の船長がラフィールさんなのを知っていた?」  さり気なく持ち出された話題に、「なに?」とノブハルは視線を厳しくした。 「つまり俺は、ラフィールさんへの挨拶もしてなかったと言うことか?」  流石にまずいと焦ったノブハルに、「大丈夫じゃないの?」とエリカは軽く答えた。 「トラスティ様じゃないから、ラフィールさんも気にしてないと思うし」 「……そんなことで良いのかと思えてしまうのだが」  シルバニア帝国皇夫を乗せているだけでなく、超銀河連邦代表団まで乗せているのだ。普通に考えれば、船長が出てきて挨拶すべきところだろう。それをしなかったと言うことだけで、船長として問題があるとしか思えなかったのだ。  だが船長の問題とノブハルが考えたところで、エリカは「代表との挨拶は終わっているわよ」とハブにされたのが一人だけとばらしてくれた。 「つまり、俺が忘れられただけ……と言うことか?」 「事実だけを取り上げれば、そう言うことになるのでしょうね」  気にしない気にしないと笑ったエリカは、「接舷完了!」と指定ピアへの入港完了を報告した。 「担当官が迎えに来るからそれまで待ってくれって」 「ちなみに、どれだけ待てば良いのだ?」  一口に待てと言われても、時間の目安によって待ち方も変わってくる。それを気にしたノブハルに、「20時間ぐらいかな」とエリカは予想外の答えを教えてくれた。 「これから地上を出発するみたいね。まあ、こんなに早く到着するとは思っていなかったんでしょうね」  前回に比べて、2日以上時間を短縮していたのだ。それを考えれば、出発の連絡を受けからでも余裕だと考えていたのだろう。 「従って、歓迎準備が出来ていないみたいね」 「速度が早いことの弊害が出たと言うことか……」  はあっと息を吐いたノブハルは、「部屋に戻る」と言って右手で8の字を書いた。そして集まっていた代表達も、同じように8の字を書いてそれぞれの部屋へと戻っていった。  連邦始まって以来の国賓を迎える以上、その式典はとても厳かなものとなる。見たことのない楽器が奏でる音楽に誘われ、代表達はゆっくり式典の場となった迎賓館に入っていった。そこまでに擁した時間は、惑星アーベル到着から40時間となっていた。 普段は政府の動きに無関心な民衆も、外銀河からの公式訪問ともなれば事情は違ったようだ。普段は娯楽しか流さないマスコミが大挙して集まり、歴史的瞬間を逃さないよう、カメラらしきものが砲列をなしていた。 「この放送は、ザクセン=ベルリナー連合も見ることが出来るのか?」  連邦公式と言うことで、主な対応は総統及び議長が表に出ることになっていた。そして次期総統候補と言うことで、アザキエルも出席者の列に加わっていた。ただ出席はそこまでで、次期総統のお世話役となるタブリースは、出席の義務を外されノブハルの接待に回っていた。  この情報が伝わるのかとのノブハルの問いに、「非公式なら」とタブリースは伝えた。 「公式に、連邦の放送を連合の民達が見ることはありません。そんなことをしたら、民衆があっと言う間に暴動を起こすことになります。従って、我々にこんな動きがあったと言うことが、これまで構築されたルートでリークされるだけです」 「連合側が、独自に手に入れると言うことは?」  その問いに、少し考えてから「可能性を否定はできません」とタブリースは答えた。 「スパイらしきものが紛れ込んでいる可能性はありますので。ちなみに、これまで構築されたルートの中には、敢えて見逃しているスパイも含まれています」 「ならば、超銀河連邦の意向が伝わると考えて良いのか?」  同じような交流を持ちかけることが、直接のルートではない方法で伝わるのか。その方が都合が良いと考えるノブハルに、「情報は絞りませんよ」とタブリースは返した。 「ただ彼らがどう受け取るかまでは保証しかねます」  その答えに、そうだろうなとノブハルは頷いた。 「ただいきなり呼びかけるよりはマシだろう」 「彼らの艦隊が待ち構えていても……ですかな?」  タブリースの口元が歪んでいたのは、彼我の実力差を理解しているからに他ならない。全長500mの小型船とは言え、自分達が接近に気づくことが出来なかったのだ。それよりも技術に劣る連合が、超銀河連邦の船を補捕捉できるとは考えてもいなかった。 「どんな攻撃でも、傷一つつけられないのは証明したはずだが?」  だから気にする必要すらない。そっけなく答えたノブハルに、「それを教えてやるのですか?」とタブリースは尋ね返した。  対応を探ってきたタブリースに、ノブハルは「忘れてるかもしれないが」ともう一つの戦力のことを持ち出した。 「マールス銀河には、俺達の連邦から1千万の艦隊が派遣されているのだぞ。虚仮威しが必要ならば、その艦隊を見せてやればいいだけだ」 「それをした時、彼らは冷静でいられるでしょうかね」  絶対に無理との気持ちを込めたタブリースに、「知ったことか」とノブハルは言い返した。  そこで突き放した……ザクセン=ベルリナー連合をだが、それをしたノブハルは「んっ」と引っかかるものがあった。そしてそれが何かを考えたところで、「ああ」と大きくうなずいて手を叩いた。 「どうかしましたか?」 「いや、どうして俺達から声を掛けなければいけないのかを考えてしまったのだ」  そこでもう一度考えたノブハルは、「ないな」と連合に対してとても可哀想なことを言ってくれた。 「さすがに、それは可哀想でに思えますが?」  いかがなものかと口にしたタブリースに、「なぜだ?」とノブハルは尋ね返した。 「なぜと言うのか……」  苦笑を浮かべたタブリースは、「あれです」と未だ続いている歓迎式典を指さした。 「これは、あちら側にも伝わっていると教えたはずです。しかもそちらの代表殿は、連合に呼びかける気が満々に思えますが?」  「違いますか?」との問いに、「それがどうした」とノブハルは返した。 「言っておくが、連合とは一度も話をしたことがないのだぞ。どうして、押し売りをしにいかなくてはいけないのだ? しかもうちの連邦が問題にしていた、「間引き」と言う名の侵略も止めることが出来たのだ」  ありえないだろうとの答えに、タブリースは少しだけ目元を引きつらせた。 「やはり、私には可哀想に思えるのですが?」 「間引きと称して、侵略をしていたお前達がそれを言うのか?」  もう一度ありえんだろうと返したノブハルに、タブリースの引きつりはますます大きくなった。 「でしたら、どうすると言うのです?」 「超銀河連邦への加盟は、こちらから持ちかけるものではないと言うことだ。加盟したいのなら、その旨を申し出る必要があるはずだ。お前達だって、遊びに来ていた俺達に加盟の依頼を出している」  違うかと問われたタブリースは、「嫌なことを言ますね」と息を吐き出した。 「事実関係に間違いはないのでしょうが。なにか違うと思えるのは私の勘違いでしょうか?」 「繰り返して言うが、連邦が問題としたのは「間引き」と言う行為だけなのだ。そしてそれを止める方法として、俺達は連邦への加盟申請を提案しただけのことだ。それを受け入れたのは、お前達だと俺は考えている。マールス銀河の者達を連邦に加盟させるのは、本来の目的とは違う……とは言い切れないが、目的は近傍にある俺達の銀河の安全保障だけだったのだ。つまり、アーベル連邦の加盟はそのおまけになる」  おまけとの言葉に、タブリースはつい苦笑を漏らしてしまった。 「我々にとっては、その「おまけ」の意味が大きいのですけどね」 「そちらにとってはそうでも、俺にしてみればおまけでしか無いのだ。そして数千年続いたとされる方針を転換させるのだ、それぐらいの餌があってもおかしくないだろう」  「餌」と言う言葉に顔を引きつらせ、「どうするのですか?とタブリースはノブハルの考えを質した。 「政治家と言う奴は、一筋縄でいかないのは理解している。従って、演説している代表にしても、捻くれていると考えた方がいい」 「その考えを否定する言葉はありませんが……」  そこで演説中のクラカチャスを見たタブリースは、「捻くれているのですね」と繰り返した。 「うむ。それでも、俺の親父には操られるがな」  あの人は別格だとノブハルが答えたところで、クラカチャスがアーベル連邦を歓迎する挨拶を終わらせた。そしてノブハルが指摘したとおり、「さて」と言ってマールス銀河の平和について話を変えたのである。 「超銀河連邦は、ザクセン=ベルリナー連合を仲間に迎える用意はある……か?」 「うむ、この場においてならそれだけで十分だろうな。これで、連合側は頭を悩ますことになるはずだ」  その前の挨拶で、連邦加盟によるメリットをしっかり宣伝していたのだ。「安全保障」と「技術援助」に「物的援助」の説明は、結果的に連合に対する「餌」になっていたのだ。 「加盟の申し出を待っている……ですか。コンタクトの方法を説明しないところが嫌らしいですな」 「それが、政治家の政治家たるところだと思うのだがな」  そう言って口元を歪めたノブハルは、「ルートはあるのだろう?」とタブリースに問うた。 「非常に細いものではありますが、ダイレクトルートは存在していますね」  最近使われたことはないがと付け加えたタブリースに、「待っていることだ」とノブハルは口元を歪めた。 「まあ、駐留している連邦軍にコンタクトすると言う方法もあるのだがな。ちなみに、連邦軍はザクセンとベルリナーに潜入要員を派遣しているぞ」 「建前としては理解できますが……ずいぶんと回りくどい真似をしますね」  肩を竦め息を吐いたタブリースは、「これで終わりですか」と代表の挨拶へと視線を向けた。 「数千年続いた問題が、このようにあっさりと終わってしまうとは……なにか、割り切れないものを感じてしまいます」 「変化が起きる時は、あっと言う間だと言うことだ」  これで、マールス銀河が動き出すことになる。ノブハルの言葉に、「確かに」とタブリースもその事実を認めたのである。  宿敵の情報など、広く民衆に知らされるようなものではない。そのためザクセン=ベルリナー連合の首脳以外は、アーベル連邦で起きた変化を知らされていなかった。そしてアーベル連邦の変化を知る首脳にしても、困惑したと言う事実に変わりはなかった。彼らにしてみれば、「間引き」が中断したのも信じられないし、アーベル連邦に更に進んだ文明からのコンタクトがあったと言うことも信じられなかったのだ。  そして情報の真偽を確かめるべく軍からの情報を集めたのだが、アーベル連邦が撤退したと言う事実以上のものは出てきてくれなかった。アーベル連邦との境界まで派兵すればもう少し事実関係を掴めたのだろうが、リスクが大きすぎると誰もがその一歩を踏み出す判断ができなかったのである。  そのためザクセン代表府とベルリナー代表府は、長い長い結論の出ない会議に突入したのである。  ノブハルが惑星アーベルに行っている頃、トラスティはのんびりと妻たちの所を巡っていた。エルマーでグリューエルとマリーカに時間を使った後は、ルリ号を使ってジュエル銀河への旅に出ていた。ちなみにエスデニアは、比較的短時間で通り過ぎていたりした。そのあたり、直前にラピスラズリがジェイドを訪問していたのとは無関係ではない。それに加えて、モンベルトに行く際にも立ち寄ると言うのもあった。  エスデニアをわずか1日の滞在で済ませたトラスティは、およそ1千光年離れたところにあるシルバニア帝国を訪れていた。皇帝ライラに用はないが、摂政のリンディアが彼の妻と言うのが訪問の理由である。  そこで「我が君」と子連れで現れたリンディアを見て、「なにか?」とトラスティは問いかけた。普段とは違い、リンディアの気持ちが沈んでいるように思えたのだ。 「いえ、我が君にお会いできて嬉しいのですが……」  そこで言葉を濁したリンディアに、「ライラがどうかしたのかな?」とトラスティは尋ねた。  それに小さく頷いたリンディアは、「結構面倒なことになっています」と事情を打ち明けた。 「問題点としては2つほどあります。まず問題となったのは、レムニア帝国第10艦隊の基本性能です。近衛の報告を信じる限りにおいて、わが帝国全軍を当てても勝てないのではとの騒ぎになりました。わずか1千隻の艦隊に、帝国50万が蹂躙されると言うのです。事実関係の確認ができておりませんが、近衛の証言を無視するわけにも参りません」 「だから、困ったことになっていると言うのだね」  事情を口にしたトラスティに、「まさに」とリンディアはそれを認めた。 「そしてもう一つが、トリプルAに派遣したリュースについてです?」 「リュースについて?」  はてと首を傾げたトラスティは、「出てきてくれるかな?」と自分の後ろに声を掛けた。そして呼ばれて現れたリュースに、「心当たりはあるのかな?」と問うた。 「別に、何かをした覚えはないんですけど?」  不思議ですねと首を傾げたリュースに、リンディアは少し口元を引きつらせた。 「アーベル連邦でしたか。その護衛とジノ、サラマーが模擬戦をしたはずです。ジノとサラマーが相手の6人に押されたため、あなたが呼び寄せられたと聞いていますよ。そこであなたは、ジノ達を含めた8人を片手間でのしたと聞かされていますが? しかもその時には、戦闘機人を使わなかったと聞いています」  ですよねと問われたリュースは、「ああ」と大きく頷いた。 「そう言えば、そう言うことをしましたね」  そこでぽんと手を叩いたリュースは、「弛んでいませんか?」と帝国近衛に理由を持っていった。 「あんな実力で、聖下をお守りできるとは思えません!」 「ニルバールが確認したところ、ジノが特別怠けていたと言うことが無いのが分かりました」  そこで顔を見られたトラスティは、「環境の問題」と口元を歪めた。 「兄さんを筆頭に、パガニアの上級戦士やリゲル帝国の上級剣士が揃った環境だからね。しかも、時々10剣聖やモンベルトの二人まで訓練に来るんだ。言っちゃぁ悪いけど、シルバニア帝国近衛とは訓練環境が違っているんだ」 「例えそうだとしても、近衛の相対的実力低下は帝国にとって由々しき事態と言うことです」  少し声を張り上げたリンディアは、大きく息を吐いて肩を落とした。 「従って、結構面倒なことになっていると申し上げました。しかも今挙げた問題は、簡単には解消することができませんので……」  もう一度大きく息を吐いたリンディアに、ゴースロス2番艦のことは教えない方がいいなとトラスティは心の中で考えていた。  やっていられませんとやさぐれたリンディアに、トラスティは「出直してこようか」と持ちかけた。歓迎されていないどころか、自分がいるととどめを刺してしまいそうな気がしたのだ。  出直すことを口にしたトラスティに、リンディアはとても恨めしそうな視線を向けた。 「我が君は、私をいじめて喜ばれているのですか?」 「そんなつもりは全く無いんだけどね。ただ、帝国が面倒なことになっているって聞かされたからだよ。なにか、僕がいるととどめを刺してしまいそうな気がしてね」  だからだと答えたトラスティに、リンディアは「はぁっ」と大きく息を吐いた。 「ひょっとして、我が君の新しいデバイスにもなにかあると言うことですか?」 「別に、そう言うことはないのだけどね」  出ておいでの言葉に従って現れたのは、金髪碧眼をしたとても美しい女性だった。育ちの良さが現れた顔つきは、どこかアリッサに通じているようにも思えた。 「新しいデバイス、クレシアだよ」 「リンディア様。お初にお目にかかります。クレシアと申します」  優雅に頭を下げるさまを見て、リンディアは「はぁっ」ともう一度息を吐き出した。 「とうとう我が君は、金髪碧眼の美女をデバイスにしてしまったのですね」 「僕が選んだ訳じゃないんだけどね」  コスモクロアの頃から、さんざんそのことは言われていたのだ。それを思い出したトラスティだったが、リンディアは「確かに普通に見えますね」とクレシアのことをじっくりと観察した。  「普通に見える」と口にしたリンディアに、「知らないことは幸せだ」とリュースは内心苦笑を浮かべていた。何しろクレシアは、連邦のデバイスが束になっても敵わない性能を持っていたのだ。近衛の機人装備を使っても、恐らく返り討ちに遭うことだろう。 それを口にしても良いことはないので、結果的にリュースは黙ることにした。そんなリュースの顔を見て、「面倒の続きですが」とリンディアはとても言いにくそうに切り出した。 「彼女を近衛に呼び戻せと言う話が出ております。そして彼女の代わりに、別の者を修行に出せと」  誰がをぼかしたリンディアだったが、トラスティの前にそんなごまかしは通用しない。「気持ちは分かるけどね」と口元を歪めてから、「ライラに伝えるように」とトラスティは少し厳しい顔をした。 「彼女は、僕のものだからね。それを取り上げようと言うのなら、それ相応の覚悟をするようにと」 「相応の覚悟……ですか」  はあっと息を吐いたリンディアは、「伺わない方が良さそうですね」と目元に皺を寄せた。そしてリュースの顔を見て、「大切にして貰っていますね」と話しかけた。 「そうですね。ちょっと意外と言うのか、濡れてしまったと言うのか」  すごく気持ちが良いとの答えに、「そうでしょう」とリンディアは大仰に頷いた。 「あなたのために、トップ6の一角、シルバニア帝国皇帝に啖呵を切ってくれるのですからね。女として、これ以上のことは無いと思いますよ」  そう告げてから、リンディアは「全力で思いとどまらせました」とトラスティに告げた。 「リゲル・レムニア両帝国に喧嘩を売れますかと。下手をしたら、エスデニアやパガニアまで敵に回すことになります。第10艦隊とインペレーターの侵入を許した時点で……違いますね。我が君を招き入れた時点で、シルバニア帝国の敗北が確定してしまいます。あのレムニア帝国皇帝……失礼しました。今は、皇妃でしたね。アリエル様が、中途半端なデバイスを持ち出すとも思えません……と言った、ありとあらゆる理由をつけました」 「それで、ライラが我慢したのだと?」  大したものだと感心したトラスティに、「思い当たるフシが沢山あったようです」とリンディアは答えた。 「青い顔をしていた……と言うのは聞かなかったことにしてくださいますか」 「そんなに怖がらせる真似をしてないんだけどなぁ」  いけしゃあしゃあとトラスティが口にしたとき、その前にいきなりルリが現れた。とっくりのセーターを着たルリは、普段にない真面目な顔で「ちょっとまずいことが起きそう」といきなり切り出した。 「アルテルナタ王女からの情報なんだけどね。連邦識別名パラケオン21。連合名でカストルって言う惑星なんだけど、突然惑星上から生命反応が消えたらしいのよ。哺乳類、鳥類、爬虫類、魚類、昆虫……が地上から消滅しているそうよ」  ルリの報告に、「なに」とトラスティは表情を険しくした。 「それは、何日後の出来事か分かるかな?」  アルテルナタの未来視であれば、経過日数も把握することができる。そのつもりで聞いたトラスティに、ルリの答えは「報告は3週間後」と言うものだった。 「連合が気づいたのが、その時点と言うことらしいわ。だから、正確な発生日時は分かっていないようよ。超銀河連邦も、潜入探査員を送り込んでいないしね。連合情報を基に、連邦軍は急遽探査艇を差し向けるみたい」 「惑星がどうなったかの情報……それまでの映像情報はあったのかな?」  これから起きることだと考えると、観測データーは存在しるはずがない。だとしたら、アルテルナタの見たことが全てと言うことになる。 「ううん、情報が錯綜しているみたいね。ただ連合側では、アーベル連邦の仕業と言う話も広がっているわ。ほら、パラケオン21は、先日破壊直前で兵を引いた星なのよ。その時に、なにか細工をしていったのではないかと考えられたわけ」 「疑いたくなる理由はわかるが……」  うんと考えたトラスティは、「アーベル連邦は違うのだろうね」と言葉を続けた。 「そうね。これまで連邦がしてきたのは、惑星破壊であって住民の虐殺ではないのよね。やってることが真逆だから、アーベル連邦の仕業とは考えにくいわ。だから連合の中でも疑問に思われているようよ」  その意味で言えば、まだ連合が組織としての体をなしていると言うことにもなる。それに少し安堵したトラスティは、現地に行っているノブハルのことを気にした。 「ところで、ノブハル君にこの情報は?」 「エリカ経由で伝わると思うわ。恐らくだけど、外周部から観測しようとするんじゃないのかな?」 「ノブハル君なら、乗り込みそうな気がしないでもないのだが……」  そこでうんと考えたトラスティは、「クレシア」とデバイスを呼び出した。なぜかルリとおそろいの格好で現れたクレシアに、「どう思う?」とトラスティは尋ねた。 「現時点の情報では、なんとも判断いたしかねます。ただ、これが大融合だとしたら、地上に居りた時にノブハル様以外は助からないと思います。ゴースロス2番艦なら、強力な外部シールドがあるから大丈夫のはずですが……」  そこで少し考えたクレシアは、「降りない方が良さそうですね」と少し答えを変えた。 「ノブハル君が降りたら、もれなくサラマーさんも降りることになるからね。確かに、降りない方が良さそうだな」  うんと考えたトラスティは、「情報の制限を」とルリに伝えた。 「ノブハル君に伝えるタイミングを遅らせてくれないかな。そうすれば、彼はマールス銀河を離れているからね」 「そうした方が良さそうね」  分かったわと答え、ルリはその場から姿を消した。それを見送ったところで、トラスティは「急用ができた」とリンディアに告げた。 「我が君は、マールス銀河に向かわれるのですか?」  大事件が起きる以上、トラスティが乗り出すと考えたのである。そんなリンディアに、「僕は行かない」とトラスティは返した。 「エスデニアに行って、大融合の研究者と話をするつもりだ。そして必要なら、彼らをマールス銀河に送り込もうと思っている」 「大融合の研究者をですか……」  少し目元を険しくしたリンディアは、「ノブハル様は大丈夫なのでしょうか?」と帝国にとっての懸念を口にした。 「アクサがついていれば大丈夫……だと思っているよ。それに、情報が伝わるのが3週間後なら、彼もエルマーに帰っているはずだ」  そこで顔を見られたクレシアは、「恐らく」と答えをぼかした。 「そしてアクサならば、大融合に巻き込まれない方法を覚えていると思いますから。もちろん、忘れていたらアウトですけど」  さらりと怖いことを言われ、トラスティは少しだけ口元を引きつらせた。その様子に、クレシアは言い訳をするかのように説明を付け加えた。 「ゴースロス2番艦の中にいれば大丈夫だとは思います」 そこで一度目を閉じたクレシアは、「対策はされているようです」と情報を引き出した。 「2番艦の空間障壁内に逃げ込めば、大融合の影響を完全に排除できますね。その情報をエリカさんに伝えておきました」 「とりあえず、セーフティーゾーンはあると言うことか」  少し表情を緩めたトラスティは、リンディアから娘のフィレスを受け取った。ちょっと怜悧なところのある、母親譲りの金髪碧眼をした可愛らしい娘である。  フィレスを抱き上げ頬ずりをしてから、「ノブハル君は大丈夫」と言ってリンディアを抱き寄せた。  アーベル連邦の超銀河連邦加盟は、特に問題となることもなく無事完了の手はずとなった。「イロモノ」と当人達が自嘲した代表団も、それなりに盛大な歓迎を受けたのである。ちなみにパレードが行われた際、沿道には色とりどりの肌をした住民が一緒になって繰り出していた。 「これを見る限り、区別は存在しても差別は存在していないようですな」  クラカチャスの言葉に、ゲスクラートヤも「そのようですな」とちろちろと赤い舌を覗かせた。 「自然は残され、大気汚染も抑え込まれている。そして貧富の差が比較的少なくなっておりますな。そしてそれぞれの住民が己の肌の色に誇りを持っているし、異なる肌の色に対する理解も示している。ここだけを見れば良く出来た社会と言えますな」 「だからこそ、連合との差が目立つのですがね」  クラカチャスの言葉に、「全くだ」とゲスクラートヤは頷いた。 「200年後に訪れたら、マールス銀河のすべてがこうなっている……と考えるのは甘いのでしょうな」 「あなたが、そう仰る気持ちも理解できますがね」  ヒューマノイドタイプから分かりにくい苦笑を浮かべたクラカチャスは、「この先が難しい」と零した。 「犠牲の上に成り立つ平安を、我々は否定したことになります。ならば、新しい平安への道を示してあげなければならなくなります。そこで問題なのは、ただ理想を解くだけではだめと言うことです。アーベル連邦は良いのですが、ザクセン=ベルリナー連合に対しては難しい舵取りが必要となるでしょう」  そしてその舵取りの経験は全く無い。それを嘆いたクラカチャスは、ある意味極論を口にした。 「いっその事、トリプルAに丸投げしたらと言う誘惑が私の中で渦巻いていますよ」 「それもまた、一つの方法なのでしょうが……」  うむと唸ったゲスクラートヤは、「流石に問題が多い」と丸投げを否定した。 「一朝一夕で終わる話でもないでしょう。長期の、そして実入りの少ない話は、トリプルAが受けるとは思えません」  ゲスクラートヤの指摘に、「確かに」とクラカチャスは大きな身振りで頷いた。そしてもう一つの問題である、ザクセン=ベルリナー連合の動きを問題とした。 「さて、連合は乗ってきますかね?」 「潜入隊からの報告では、市民レベルには知らされていないと言うことですな。そして政府の動きは、飛び交う通信からは分からないと。突然のことに、どうして良いのかわからないと言うのが実体ではありませんか? 加えて言うのなら、これがフェイクと疑っている可能性もあります」  フェイクを口にしたゲスクラートヤに、「フェイクですか」とクラカチャスは繰り返した。 「その場合、どんな理由でフェイクを作り上げたのだと?」 「外宇宙から使者が現れ、なんの問題もなく交流が開始する。まっとうな精神では、受け入れられないと言うのが主な理由ですな。アーベル連邦の意図と言うより、起こった事象自体が信じられないと言うところかと」  ゲスクラートヤの答えに、「理解できる気もする」とクラカチャスは遠くを見つめた。 「短期間の間に、彼らの常識を覆すことが起きていますからな。間引きを行ってきた敵が、攻撃直前で兵を引くとか、侵攻中の巨大要塞が何もしないで引き返していくとか……そして今回行われた放送も、彼らの常識から外れたものでしょう。生き延びることに汲々としていたことを考えると、理解をしろと言うのが難しいのでしょうな」 「それを考えたら、連合に対しては急いではいけないのでしょう……準備を勧めておく必要はありますが」  準備を進めると口にしたゲスクラートヤだったが、それが難しいことも理解していた。ザクセン=ベルリナー連合に加盟する星系は、現時点で25万あるのだ。その一つ一つに支援の手を伸ばすのは、さすがの連邦でもたやすいことではなかったのだ。 「艦隊規模を縮小し、境界領域に駐留させますか」  ゲスクラートヤの提案に頷いたクラカチャスは、「1千万は過剰ですな」と今の派遣規模を維持しないことを口にした。 「連合の規模を規模を考えれば、10分の1にしても大丈夫でしょう」 「100万……ですか」  ふむと考えたクラカチャスは、「妥当な線ですな」とゲスクラートヤの提案を認めた。 「式典が終わったところで、理事会に諮りますか」 「あと2日の我慢と言うところですな」  多少場所が変わったところで、国家規模の式典は面倒なものと相場が決まっていた。そしてそれは、アーベル連邦における超銀河連邦加盟式典並びに祝賀式典も例外ではない。  初日の加盟宣言から始める式典は、5日間のスケジュールがとられていた。つまり、まだまだ彼らは帰してもらえないと言うことになる。 「いい加減、見た目で選ぶのを止めるべきだと思います」  力説したゲスクラートヤに、クラカチャスも「強く肯定します」とその考えを認めたのだった。  代表団が帰途に着いたのは、アーベル連邦到着7日後のことだった。その間に5日間の盛大な式典が行われ、アーベル連邦は円満な状態で超銀河連邦の加盟を果たしたのである。ただマールス銀河におけるもう一方の当事者、ザクセン=ベルリナー連合は完全に蚊帳の外に置かれていた。リークと言う形で情報自体は伝わっているのだが、その情報確度に疑義が持たれただけでなく、超銀河連邦側が積極的にコンタクトを行わなかったのがその理由である。  ただ積極的にコンタクトこそしなかったが、サイレントホーク2による潜入調査は活発に行われた。連合の主星である惑星ザクセンやベルリナーだけでなく、加盟星系広くに調査員を派遣したのである。そのため連邦安全保障庁からサイレントホークを借用し、合計で100組が調査隊として派遣された。ただ100組と言うと多いように感じられるが、それでも連合全体の0.04%にしか過ぎない規模だった。 「理事会から、駐留規模縮小の内示が来ております」  代表団がマールス銀河を離れたところで、マールス銀河駐留軍副官パエッタ少将は、アルテッツァから連邦理事会からの内示を受け取っていた。 「駐留規模を、今の10分の1に減らすと言うものか……気にする相手がザクセン=ベルリナー連合だけだと考えれば、必要十分な規模と言うのは間違いないだろう」  同じ内示に視線を落とした総司令クルブスリーは、パエッタに対して「選抜を」と命じた。警戒レベルが引き下げられたこともあり、大将格が残る理由が消失していたのだ。それでも100万と言う大規模派兵をまとめるためには、将官レベルの統制が求められていた。  従って「選抜を」と言う命令には、パエッタに対して「誰を残したい」と言う問いかけにも繋がっていたのである。 「至急選抜を行いますが……潜入部隊以外の士気を維持するのが難しい任務かと」  パエッタの言葉に、クルブスリーは小さく頷いた。 「確かにそう言うところはあるな。これがトリプルAならば、連合上層部とのコンタクトを敢行するだろう。だが我々は、そんな真似をする訳にはいかないからな」 「いっその事、特別措置としてコンタクトをしたいぐらいですが……」  そこで天を仰いだパエッタは、「軍人の勤めを果たします」とクルブスリーに告げた。 「うむ、連邦法を遵守してこそ我々の名誉は保たれるのだからな」  任せたぞとの言葉に、パエッタは敬礼をしてからチーム選抜に取り掛かった。  代表団を送り届けたノブハルは、ズミクロン星系でローエングリンに乗り換え、惑星シルバニアへと向かっていた。この移動に際してエスデニアに支援は要請されていないため、およそ2日の移動時間が掛かることになった。そして今回のシルバニア行きには、「健康診断」と言う目的でウタハが同行していた。 「シルバニアの方が時間が掛かると言うのは皮肉なことだな」  ノブハルが苦笑を浮かべたのは、移動に掛かる時間が理由だった。似たような距離にあるヨモツ銀河に行く時には、1週間以上の時間が掛かっていたのに、今回は僅か5時間で辿り着いていたのだ。 「ある意味正常とも言えるのですが……」  苦笑を持って受け止めたコスワースは、「光速の45億倍……ですか」と非常識な速度を叩き出したゴースロス2番艦のことを持ち出した。 「我々の最新艦ルーモアで2億倍……でしたか。空間湾曲によるワープ機能があるとは言え、大きく差をつけられましたな」 「それが、今回のシルバニア行きの理由にもなっているのだがな」  エリカに発破をかけられたことが、今回の行動の理由にもなっていた。トップクラスが競い合うことで、さらなる技術革新を目指そうと言うのである。確かにその方が面白いと、ノブハルも考えるようになっていた。 「たまには、張り合うことも必要だと考えを変えたのだ」 「競い合ってこそ、技術は発展しますからな」  うんうんと頷いたコスワースは、「結果が楽しみです」と嬉しそうな顔をした。 「我が帝国が本気になった時。どのような未来が開けることでしょうか。それを考えると、なにか嬉しくなってくるのです」 「うむ、ワクワクする……と言うのは俺も感じているのだ」  そのためには、自分も新しいアイディアを出す必要がある。エリカに与えられた、「従来の延長ではなく」と言うアドバイスを思い出していたのだ。 「俺の出番もありそうだからな」  本当に楽しみだと答え、ノブハルはブリッジに映る景色に目を向けたのだった。  エスデニアに戻ったトラスティは、ラピスラズリに未来視のことを伝えた。そして「技術者の選抜を」と命じてから、専用通路を通ってモンベルトへと移動した。久しぶりの王の帰還に国は湧いたのだが、当然のように王妃は冷たい顔で出迎えてくれた。 「事情は分かっていますが……それでも、文句を言いたくなる気持ちを理解して貰えますよね?」  そうですよねと迫られたトラスティは、少し目元を引きつらせながら「うんうん」と頷いた。仕方がないこととは言え、かなり夫婦の時間がご無沙汰になっていたのだ。事情が分かっているライスフィールにしても、顔を見た途端に我慢の限界をあっさりと超えてくれたのだ。  それからの多大なる努力によってご機嫌を直したライスフィールは、珍しく子供達のことを話題にした。 「上の二人……ヘンリックとベルモンドですが、正しく魔法の素質が引き継がれたのを確認できました。アンリエッタは、もう少し成長しないとそのあたりは分かりませんね」 「素質的にはどのくらいなのかな?」  何しろ子供達は、半分は魔法に無縁な自分の血を引いている。その影響を心配した夫に、ライスフィールは「上々だと思います」と答えた。 「確認したのは素質だけですからね。これから正しく指導を行うことで、能力の伸びも変わってきます。ただ、それならそれで問題が無い訳でもないのですが……」 「問題がある……」  それはと問われたライスフィールは、「これです」と夫の前に左手を差し出した。 「ミラクルブラッドの有無で、魔法力が練上がる時間に差が出てきます。そしてモンベルトの外に出た時、これがないとほとんど魔法が使えません。そして今現在、モンベルトにはあなたが作った2つに、IotUが作られた1つしかありません。つまり、子供達に渡す分が足りないと言うことです」 「IotUの作ったのは、確か国宝指定されて保管されているんだったね」  それを考えると、今現在使用していないのは1つと言うことになる。 「全員に渡さないとだめなのかな?」 「その問題もあるのですけど……」  割と深刻そうな顔をしたライスフィールは、「考え方を纏めています」と答えた。 「王家の印として渡すのなら全員ですが、一方で跡取りだけに渡すと言う考え方もあります。その整理以外にも、外の世界に行く際に護身用として渡すことも考えています。それぞれで必要な数量が変わってきますが、その整理が付いていないのです」  それからと、ライスフィールは左手を広げてから指輪を自分の目の高さに持ってきた。 「これは、私への愛の印だと思っています。その愛の印を、道具のように扱って良いのか。それもまた、悩ましい問題だと考えているんです」 「なるほど、君が難しい問題だと言うのが理解できたよ」  小さく頷いたトラスティは、「予備の指輪だけど」と使っていない指輪のことを持ち出した。 「他の人にも効果があるのかな?」  そうしないと、個々人に向けて指輪を作る必要がある。そしてその時の問題は、新しい指輪には「調整」と言われる作業が必要になることだ。しかも調整の方法を考えたら、男女に関係なく自分の子供相手と言うのは倫理的にも問題が大きくなってくれる。  それを考えての質問に、「とりあえず試しています」とライスフィールは答えた。 「シャルロッテ……覚えておいでか分かりませんが、私の遠縁に当たる女性が居ます。彼女に指輪をさせた所、特に問題なく魔法力が増大しました。それを考えれば、お下がりならば「調整」の問題は出ないのかと」 「それは、一つの安心材料なのだろうね……だとしたら、いくつ必要なのかは君に任せることにするけど」  本当にそれで良いのかと考えたトラスティは、これまでの定説を疑ってみることにした。 「今思いついたんだけど、ちょっと実験に付き合って貰えないかな?」 「あなたの場合、その「ちょっと」がちょっとですまない気もしますが……」  そこで目を細めて睨んだライスフィールは、「それで」と実験の中身を確認することにした。 「まず君には、モンベルト以外で作ったミラクルブラッドを嵌めて貰おうと思っている。それで魔法力が増強されるのが確認できれば、次のステップに移ろうと考えているんだ」 「モンベルトの宝が増えるのですから、問題にするようなことではないと思いますが……」  しかも新しいミラクルブラッドを嵌めた時には、「調整」の作業が必要となる。それを考えたら、是非ともと言うのがライスフィールの本音だった。 「それで、次のステップは何をするのですか? まさか、別の女性に新しいミラクルブラッドを与えようとか?」  違いますよねと力を込めた妻に、トラスティは「解決策になってない」と笑い飛ばした。 「君にも一緒にモンベルトから離れて貰って、認識拡大の実験……かな。それをして貰おうと考えたんだ」 「認識の拡大?」  なんですかと首を傾げた妻に、「言葉の通り」とトラスティは答えた。 「IotUの奇跡は、「認識」で説明されているんだ。そしてミラクルブラッドは、外の世界でも作ることが出来る。それを考えたら、外の世界でも魔法が使えてもおかしくないんだ。だったら君の認識を拡大することで、ミラクルブラッドと同じ効果が得られないかを確かめてみようと思ってね。それがうまくいけば、もっと自由に魔法が使えるようになるだろう?」 「それができれば……確かにそうなのですが。フィオレンティーナ様も、成功していないと思います」  それを考えると、出来るとは到底思えない。そんなライスフィールに、「試してみるのはタダだ」とトラスティは笑った。 「そして成功した時にもたらされる恩恵は、とても大きなものになるよね?」 「仰る通りなのは認めますが……その実験はどこでしますか?」  あまり遠くに離れるわけには。先だって長期国を空けたこともあり、ライスフィールは自分の不在期間を気にした。 「あまり人目のないところが良いから……エスデニアのメガラニカ辺りかな? あそこだったら、ちょっとぐらい騒ぎを起こしても大丈夫だし」 「ちょっとぐらいの騒ぎ……ですか。あなたが言うと、冗談に聞こえないから恐ろしいと思っています」  とは言え、国の発展に大きく影響してくることでもある。実質的に国を治めている彼女にしてみれば、断ることの出来ない話でもあった。  仕方ないですねとため息を吐いたライスフィールは、早速必要な手配をすることにした。国王・王妃が共に国を空けるのだから、ちゃんと必要な指示を出しておく必要があったのだ。それを怠っても問題は生じないが、またぞろ国が騒がしくなる……と言うより、面倒が増えることが分かっていた。 「それで、ミラクルブラッドの素材を持っていけば良いのですよね? 如何ほど用意しましょうか?」 「実験だから、1個あれば十分だけど?」  なんでと首を傾げたトラスティに、「奥様が増えましたよね?」とライスフィールは痛い所を突いてきた。 「アルトリアさんの扱いは分かりませんが、メリタさんには差し上げないと問題ですよね?」  だからですと小振りな胸を……何も身に着けていないため、大きさがはっきり分かってしまったのだが……を張った妻に、「隠そうよ」と言いながら「3つ」とトラスティは答えた。 「何を今更……先程まで、さんざん弄んだくせに。と言うのは良いのですが、意外に少なくて良いのですね」 「なにか、沢山作ると有り難みがなくてね」  ちょっと遠くを見た夫に、「手遅れですね」とライスフィールは笑った。 「すでに、作った数ではIotUを超えていますよね?」 「そう言われれば、確かにそうなんだけどね……でも、歯止めは必要だと思うんだ」  まあ良いかとベッドから降りて、トラスティは着替えを身に着けていった。一方ライスフィールは、お土産のバスタオルを巻き付けて奥のシャワーへと入っていった。男のトラスティとは違い、彼女の場合はいろいろと洗い流さなければならないものがあったのだ。  その後姿を見送った所で、トラスティはぱちんと指を鳴らした。 「これは便利で良いんだけど……自分でも浄化できそうな気がしてきたな」  そう口にしてから、トラスティは「いやいや」と小さく首を振った。 「科学的に出来ることは、科学に任せないとだめだな」  そうしないと、自分は父親の後を追うことになってしまう。それをしてはだめと言うのが、愛する妻アリッサとの約束だったのだ。  シルバニアの宇宙港に着いたノブハルは、リンディアの案内で直接白の庭園へと降り立った。いきなりのことにウタハは焦ったのだが、受け入れた方は少しも気にしていなかった。結果借りてきた猫となったウタハを隣に、ノブハルはのんびりとライラが現れるのを待った。  それから10分ほど過ぎたところで、お茶のセットを持ってライラが現れた。カップが3つあるところを見ると、ウタハの分も用意されているようだ。 「あの、私が……」  皇帝様にお茶を出させるわけにはいかない。ここから先は自分がと主張したウタハに、ライラより先に「やめておいた方が」とノブハルが待ったをかけた。 「今は、目覚ましは必要ないからな」  婉曲的に「苦いお茶はいらない」と言われ、ウタハは唇を尖らせて不満を漏らした。 「確かに下手だけど、最近は少しマシになったのよ」 「敢えて、冒険をする必要はないと言うことだ」  それだけだと言った所で、ライラが3人分の用意を終えていた。ウタハにとって癪に障ることだが、ライラの煎れてくれたお茶は香りが高くて美味しかった。 「それでノブハル様、今日はなんの目的があったのですか?」  先日訪れてから、さほど時間が経っていなかった。来てくれることは嬉しいが、その理由も気になってしまうのである。  そんなライラを見て、ノブハルは正直な所を説明しようとした。ただ口を開きかけたところで、なぜかウタハが咳払いをしてくれた。 「ノブハル、照れなくていいのよ」 「別に、照れている訳ではないのだがな……」  そう答えはしたが、お陰で自分が何を口にしようとしたかに気づいてしまった。そこでトラスティならと考え、普段のノブハルからは想像もつかない理由を口にした。 「お前に会いに来るのに理由が必要なのか?」 「そう仰りますが、それならウタハさんは必要ありませんよね?」  矛盾を指摘しながらも、ライラの顔はとても嬉しそうに見えた。なるほどこう言った気遣いも必要なのだと、ノブハルは「女心」を一つ勉強した気持ちになっていた。  ウタハのことを持ち出したライラに、ノブハルは「ああ」と頷いた。 「お前が、ウタハのことも気にかけてくれたのを思い出したのだ。それに、シルバニアで体の具合を見て貰った方が良さそうだしな。もっとも、あまり急ぐことはないのだがな」  少し椅子を動かしたノブハルは、ライラを抱き寄せ唇を重ねた。 「ウタハは、医療部で良かったな?」 「ここからだと、行き方が分からないのだけど……それで良いわ」  このあたりのことは、あらかじめ合意してあったのだろう。素直に言うことを聞いたウタハに頷き、「これからでも良いか」とノブハルはライラの耳元で囁いた。 「え、ええっと、ウタハさんはそれで良いのですか?」  なにか邪魔にしたように思えてしまう。それを気にしたライラに、「安心できるから」とウタハはそっけなく答えた。 「だから、誰かを迎えによこしてくれればいいわ」 「では、リンディアを迎えによこします」  ありがとうと口にしてから、ライラは「アルテッツァ」と自分とノブハルの移動を命じた。  そうやって二人が寝室に消えたところで、おっとり刀でリンディアが駆けつけてきた。そしてウタハの顔を見るなり、「お気遣いいただきありがとう御座います」と頭を下げた。 「べ、別に、気を使っているつもりはないのだけど……」  首元を赤くしたウタハは、「淡白になるから」と小声で答えた。 「だから家でも、最近は順番を決めるようになったわ」 「そのあたりがトラスティ様とは違うところですね。我が君の場合、私一人では満足させて差し上げられませんから」  「と言うか、体が保ちません」と言って笑われると、どう答えて良いのか困ってしまう。それと同時に思い出したのは、「凄すぎるから」と言うリンの感想だった。 「その、一つ質問があるのだけど?」  遠慮がちに聞いてきたウタハに、「どうかしましたか?」とリンディアは首を傾げた。 「リンさんも言っていたのですけど……トラスティさんってそんなに凄いのですか?」  ウタハの問いに、リンディアは少し考えてから「分かりません」と期待はずれの答えを口にした。 「私には、比較できるような経験がありませんからね。ですから我が君が凄いのかと尋ねられても、明確なお答えはできないと思います。ただ……」  そこでもう一度考えたリンディアは、客観的な事実を持ち出した。 「グルカ銀河やパシフィカ銀河の出来事を考えると、「凄すぎる」と言って良いのではありませんか? その双方で、我が君は体力自慢の経験豊富な女性を誑し込んだと言う話ですからね。確かパガニア王子ご夫妻も、我が君の下僕となられておいでですから、そちらの面でも「凄い」と言うのは間違いないのかと」  そこでニッコリと微笑まれると、どこか見透かされた気持ちになってしまう。少し視線を泳がせたウタハは、「友達の話だけど」と切り出した。 「お友達のお話ですね」  それでと促されたウタハは、「ジェイドに遊びに行こうって言ってたの」と早口で答えた。  それに頷いたリンディアは、「そのお友達にアドバイスが必要ですね」と笑った。 「ちゃんと口実を用意することと伝えてくれますか? 我が君の場合、口実さえ付けば逃げませんから」 「口実をつければ良いんですねっ!」  明るく答えたウタハに、「可愛いな」とリンディアは優しい気持ちになっていた。ただリンディアが勘違いしていたのは、その友達がウタハ自身のことだと考えたことである。それがノブハルの妻達全員だと知っていたら、もう少し答えが違うものになっていたはずだ。 「そうですね。後は、エイシャさんを頼れば宜しいのかと。確かクンツァイト様とアマネ様、ナギサさんとリンさんはエイシャさんが手引きをされたはずです」 「でしたら、友達にもそう伝えておきますっ!」  とても嬉しそうにしたウタハに、リンディアは「良いこと」をした気持ちになっていた。  そんな話になっているとは露知らず、ノブハルはライラとの子作りに励んでいた。第一ラウンドが終わったところで、ライラは「準備ができました」とノブハルに伝えたのである。 「今日、私とノブハル様の子供……女の子ができたと思います」 「女の子……なのだな?」  そうかと口にしてから、「良かったのか?」とノブハルは尋ねた。 「あなたとの子供なのですよ、良いに決まっています。それに、いつまでも遊んでいるなとの声も聞こえてくるんです。いちゃつくのなら、子供が出来てからでも出来るだろうと……確かにそうなのですけどね」  えへっと笑ってから、ライラはのしかかるようにして唇を重ねてきた。そしてノブハルの胸に頭を預け、「こうしているのが大好きなんです」と小声で囁いた。 「それで、本当の目的は何なのですか?」  顔を持ち上げたライラは、真剣な面持ちでノブハルに尋ねた。そんなライラの頭を自分の胸に押し当て、「大したことではないのだがな」とノブハルは言い訳から始めた。 「今回マールス銀河に行くのに、ゴースロス2番艦を利用したのだが……流石に、凄すぎると思ってしまったのだ。そしてエリカ……ゴースロス2番艦のAIなのだが、彼女から「競い合っても良いんじゃないの」と言われてしまった。その方が健全だからと言うのがその理由らしい。だから、シルバニアの技術者達に、「何でもありだ」と発破をかけようと思ったのだ」 「ゴースロス2番艦……ですか」  ノブハルの体に腕を回したまま、ライラは「アルテッツァ」と帝国のAIを呼び出した。そしてなぜか白の少女姿で現れた彼女に、「スペックの情報を」と命じた。 「そのあたり、ノブハル様に補足していただきたいのですが……」  少し言い訳をしてから、アルテッツァは「公式」仕様を説明した。 「全長は1番艦と同じ500mになっています。外装に単結晶金属を使用しているのも同じですね。登録上の最高速度は光速の10億倍となっています。ただ室内空間と船体サイズがあっていませんので、内部には空間圧縮技術が適用されているものと推測されます。迷彩機能に関して言えば、ルーモアと同程度と言うところでしょうか。ただ観測機能に関して言えば、ξ粒子によるアクティブ観測を可能にしているとの記載があります。ただ、どの程度の効果があるのかは不明です。動力性能に関しては、秘密事項として開示されていません。それが、ゴースロス2番艦の公式情報と言うことになります。ノブハル様、補足することが沢山ありますよね?」  ですよねと繰り返され、「沢山あるな」とノブハルは口元を歪めた。 「まず船体だが、開放空間における空間圧縮を行っているそうだ。そのため、ズミクロン星系のドックに入る際には、400m級のドックに収容されている。エリカの説明を信じるなら、50mにまで圧縮が可能だそうだ。まあ、だからどうしたとしか言いようがないのだがな」  それが第一と口にしたノブハルに、「使い道がありませんね」とライラも認めた。 「ただインペレーターに適用すれば、収納場所に悩まずにすみますね。それにしても、「その程度」のことでしか無いのですが……」  ライラのコメントに、ノブハルは「そうだな」と簡単に答えた。 「そして内部空間だが、全長1km級の空間を詰め込んだそうだ。そして動力部の空間は、更に圧縮されているとのことだ。有り余るパワーのお陰で、今回の旅では光速の45億倍と言う速度を叩き出している」 「45億倍……ですか。ルーモアの20倍以上の速度が出ると言うことですね」  はあっとため息を吐いたライラに、「観測の方だが」とノブハルは話を続けた。 「ξ粒子の話が出たが、それを利用することで光速の攻撃でも「見て」避けることができるそうだ。加えて言うのなら、ゴースロスの高機動モード以上の起動性能があるそうだ。従って防御は、避けることを原則としているらしい。そして避けない場合でも、ラプータの主砲程度なら受け止めることも可能だそうだ。それからξ粒子の観測装置だが、調整をすれば武器転用が可能とのことだ。その場合、インペレーター主砲の5%程度の出力を出せるらしいな。突入性能も増したので、ラプータなら体当たりで破壊できるらしいぞ」 「それを聞かされると、キャッチアップ出来るとは到底思えませんね」  はあっと息を吐き出したライラは、体を起こして「どうしましょう」とアルテッツァの顔を見た。 「同じフィールドで競争をしたら、とても追いつけそうな気がしませんね」 「そうなのでしょうが……ですが、追いかけないわけにはいかないと思います」  アルテッツァが諦め顔をしているのは、レムニアの技術が予想以上に進んでいたからに他ならない。光速の10億倍でも脅威なのに、45億倍ともなると世界が変わってくるのだ。しかもξ粒子の研究は手付かずだし、動力機関の開発も明らかに遅れていたのだ。何しろ今時点で出来ることを詰め込んだの超光速航宙艇ルーモアだったのだ。 「それでも、エスデニアの空間接続は次元が違うと言っていたな」 「間違いなく、あれは特殊な技術ですからね。しかもブラックボックスになっていますから、技術があるのはエスデニアとパガニアだけです」  そこでもう一度ため息を吐いたライラは、「研究はしています」と多層空間接続のことを持ち出した。 「それをして分かったのは、解明には高次空間に関する認識が必要と言うことです。数学的アプローチだけでは、エスデニアの技術を解明できなかったのです」 「高次空間の認識……エスデニアの人はそんな事ができるのか!?」  初めて聞かされた話に、ノブハルはライラを胸に乗せたまま体を起こした。ただ跳ね除けないように、しっかりと彼女の体を支えていた。 「それが先天的なものなのか、後天的なものなのかは分かっていません。IotUが高次空間認識を得たと言う伝説がありますから、必ずしも遺伝は必要ない……IotUでは、あまり参考にはならないとは思いますが」  少し投げやりなのは、「IotUだから」で説明がついてしまうからに他ならない。それをなるほどと受け取ったノブハルは、「アクサ」と己のデバイスを呼び出した。 「夫婦の寝室に母親を呼び出すのはどうかと思うわ」  文句を言いながら現れたアクサに、ノブハルは「高次空間認識だが」と切り出した。 「お前も持っているのだろう?」  その問いに驚くライラとアルテッツァを横目に、「あるわね」とアクサはあっさりと答えた。 「ただあるからと言って、それを説明できるかは別物よ。まあ利用出来るから、超長距離の移動にも使えるけどね。それで、ノブハルは何を聞きたいのかしら?」  言ってみなさいと言うアクサに、「どうやって獲得した?」と問うた。 「私の場合、あまり参考にならないと思うわよ」  そう前置きをしてから、アクサは左手を差し出した。当然のように、そこにはトラスティから貰ったミラクルブラッドが光っていた。 「IotU、つまりあなたのお祖父様にミラクルブラッドを貰ったのと同時に獲得したのよ。だから、どうやってと言うのは全くわからないわ。ただ、突然違う空間が見えるようになったと言うだけ」 「確かに、情報としては全く役に立たないな……だが、その能力が今も継続しているのなら、特別な器官が必要と言うこともなさそうだな」  ノブハルの行った推論に、「そうね」とアクサは答え、別の情報を付け足した。 「役に立たないと言うIotU、つまりあなたのお祖父様の獲得方法なんだけど。あいつの場合も、ある日突然見えるようになったと言っていたわね。確かその時は、認識の問題だと言ってたと思う。何度も多層空間移動を繰り返したことで、認識が広がった……って言っていたかしら。ちなみにあいつが言うには、それから獲得した非常識な力も、すべて認識が理由だと言っていたわ」 「説明になっていそうでなっていない話だな。ただ非常識を、認識に逃げただけにしか思えないぞ」  なんだかなぁと嘆いたノブハルに、「それ同感」とアクサも笑った。 「ただ多層空間について言えば、確かに認識の問題だったわね。もっとも、エリカやクレシアは、指輪を貰っても多層空間認識を得ることは出来なかったけどね」  アクサの話に、「つまり」とノブハルは肩を落とした。 「何も分からない……と言うことだな」 「身も蓋もない言い方をするなら、まさにその通りね」  アクサは「呼び出す場所は考えなさい」と言い残して姿を消した。 「結局、まだまだやることが沢山ある……ぐらいの意味しかなかったな」 「それはそうなのですけど……」  はあっと息を吐いたライラは、「隠さなくなっていますね」とアクサのことを持ち出した。 「ああ、本当に隠さなくはなったが……だが、まだまだいろいろと隠しているのは確かだな」 「なのでしょうね……それで、技術陣に発破をかける話ですが。どうします?」  今のままだと、レムニアの後追いにしかならなくなってしまう。しかもあちらの開発が加速していることを考えると、追いつくどころか引き離されてしまうのが目に見えていたのだ。 「だが、やらない訳にはいかないだろう。そのためには、レムニアの現実を教えてやる必要がある。ルーモアの2番艦も問題だが、第10艦隊にしても十分に凄い技術を持っているからな」 「第10艦隊ですか……そちらは、頂いた情報で戦力分析をさせたのですが」  どうしてため息ばかり出てくれるのか。そんな事を考えながら、「酷いものです」とライラは答えた。 「我が艦隊では、止められないと言う答えが出ました。正面から打ち合ったら、いくら数を揃えても蹂躙されると言うのが分析の結果です。戦闘機人を出したとしても、あの高機動を捕まえるのは難しいと言うことです。そして第10艦隊には、リゲル帝国から10剣聖レベルが乗艦しています。リュースの実力を考慮すると、間違いなく戦闘機人も蹂躙されることでしょう。インペレーターが出てこなくても、我が帝国に勝利はないと言うのが分析班の答えです」  ライラの立場を考えれば、大げさに嘆くのも仕方がないことと言えるだろう。「酷いものです」と繰り返したライラに、「とりあえずとして」とノブハルは前に進むことを持ち出した。 「嘆いていても何も始まらないからな。だったら、出来ることからやっていくしか無いだろう。幸いなことに、レムニア帝国は敵ではないからな」 「敵ではないのは確かですが……それでも、癪にさわるのは仕方がないと思います」  ぷうっと頬を膨らませたライラに、「可愛いな」とノブハルはずれたことを考えていた。 「とりあえず、俺の目的は説明したぞ」 「聞かない方が良かった……と言う気がしてきました」  そう嘆いてから、「ですが」とライラはノブハルから体を離した。 「私が投げ出しては、臣民に示しが付きませんね」 「うむ、俺も微力ながら手伝わせて貰おう」  「ノブハル様」「ライラ」と顔を見合わせた二人は、どちらからともなく唇を重ねた。  そうやって夫婦の絆を深めた二人だったが、可哀想なのは相手にトラスティがいた事だろう。正攻法で技術開発を進めるレムニアとは違い、トラスティが違った分野……非常識な世界に迫ろうとしていたのだ。その意味で言えば、ノブハルもまた常識に囚われていると言えるのかもしれなかった。  メガラニカを使う以上、エスデニアに話を通すのは必要なことに違いない。ただ問題は、「目立たない」と言う目的が有耶無耶になってしまったことだ。「安全のため」と言う建前を通したラピスラズリが、多くの測定器と技術者を連れてきてくれたのである。 「人目があるとやりにくいこともあるんだけど……」  トラスティの苦情に対して、ラピスラズリは「立会人は必要です」と立派な胸を張った。 「何が起きるのか、そして何が起きたのか、第三者の目は必ず必要になると思います。何しろ我が君は、アリッサさんの時にも非常識なことをされておいでですからね。それを見届け、記録に残すことも妻としての役目だと思っています!」  だからだと言い張られれば、流石に説得も無理だろうと思えてしまう。科学的解明も必要かと頭を切り替え、トラスティは最初の実験に取り掛かることにした。 「じゃあ、新しいミラクルブラッドを作ることから始めようか」  すでに実験の目的は知らされているので、ラピスラズリからも異論は上がらなかった。そしてこの実験の手順も分かっているので、集められた技術者ものんびりとしたものだった。何しろIotUの行った奇跡は、1千ヤーの時が経っても解析不能と言うのが定説になっていたのだ。その意味で言えば、ミラクルブラッドの作成は「見物」の要素が大きくなっていた。  和気藹々と言った風で集まる技術者達に、トラスティは内心「意味があるのか?」と疑問に感じていたりした。ただそれを口にしても今更意味がないと、さっさと実験を進めることにした。ただ見世物にするのなら、夜の方が見栄えが良くないかと余計な事も考えていた。  ライスフィールから指輪を受け取り、トラスティは「星よ集え」と右手を天に掲げた。己を従える命令に応えるように、世界からトラスティの手のひら向けて光が集まってきた。 「ライスフィール、なにか感じることはあるかな?」  これも実験の一つと、二人とも何も身に着けずにピッタリと密着をしていた。人目を避けると言うのは、このことも理由になっていたのである。  幻想的な光景に陶然としたライスフィールは、「これと言って」と期待とは違う答えを口にした。 「ただ、大きな力が渦巻いているのだけは理解できます」  トラスティの右手には、すべてを破壊する力が集まっていたのだ。それを考えれば、「大きな力」を感じるのは不思議な事ではない。ただこれも実験と、トラスティは用意した石に光を飲み込ませた。そして世界の光を詰め込まれた石は、ひときわ明るく赤く輝いた。 「石の中に、大きな力が流れ込んでいくのは理解できました。ただどうして、こんなに大きな力が入っていけるのか。流石にそこまでは理解することは出来ませんでした」 「……何も分かっていないのに等しいけど。それでも、進展があったと考えるべきなのだろうね」  ふっと息を吐いたトラスティは、「そちらの方は?」とラピスラズリに声を掛けた。  声を掛けられて我に返ったラピスラズリは、大慌てで技術者達に結果を確かめた。だが得られた答えは、予想通りと言えば良いのか、1千ヤー前から変化はなかった。 「光を集めたことによる2次的現象……つまり、回りの照度が下がったとか、気温変化は確認できました。ただ重力に変化は見られませんし、遠赤外線から紫外線領域まで、目にした通りの観測結果しか出ていません。素粒子レベルでも、何かが起きたと言うことは観測できていませんし、空間の湾曲も観測できていません」  つまり、1千ヤー前と同様「何も分からない」と言うことになる。なるほどねと口元を歪めたトラスティは、「今日はこれで終わり」と実験の終了を告げた。まだ実験自体は継続するのだが、それはトラスティとライスフィールの二人だけに関わる問題だったのだ。 「そうですね。指輪の効果の確認が必要ですね。私達は、明日の作戦を考えることにいたします」  お楽しみをと言われ、「そうするよ」とトラスティは少しだけ投げやりに答えを口にした。そしてライスフィールの肩を抱くと、「クレシア」と声を掛けて姿を消した。 「今の移動方法は何を使いましたか?」  すかさず確認したラピスラズリに、空間担当は「不明」と答えた。 「確率場、量子空間、多層空間、数学的方法……いずれの方法も使っていないのは確かです」 「また、謎が増えた……と言うことですか」  はあっと息を吐いたラピスラズリに、「まさに」と技術者は頷いた。 「素晴らしいサンプルなのですが。かと言って、観測方法が見当たらないと言う問題があります」  お手上げとの答えに、ラピスラズリはもう一度ため息を漏らしたのだった。  そして翌日、前の日と同じように二人は何も身に着けずに実験へと望んだ。ちなみに前日作ったミラクルブラッドは、無事当初の目論見通り魔法力を提供してくれた。この結果を持って、モンベルト以外でも魔法力の供給が可能と言う結論が出たことになる。  そして新しい実験に臨むのにあたり、ラピスラズリのもとにミラクルブラッドが預けられていた。そしてどう言う訳か、トラスティのデバイス・クレシアもラピスラズリの隣に立っていた。その心は、力の供給源すべてを遠ざけるところにあったようだ。  正面からライスフィールを抱き寄せることで、前日に比べて体の密着度を上げていた。その分ライスフィールの頭に血が登ったのだが、それにしたところで実験に影響の出るほどのものでもなかった。そのあたり、前夜の奮闘と実験への集中が理由なのだろう。  少し身をかがめておでこをくっつけたトラスティは、「良いかな」とライスフィールに声を掛けた。 「私の準備はできています……」  そこでゴクリと喉が鳴ったのは、実験への緊張が理由なのだろうか。それを気にせず、トラスティは右手を掲げて「星よ集え」と光を下僕とする呪文を口にした。 「なにか、感じるものはあるかな?」 「大きな力が集まってきているとしか……」  むむっと顔を顰めたライスフィールは、「それぐらいです」ともう一度口にした。 「もっと、回りの世界に注意を向けてくれないかな。集まってくる力じゃなくて、その周りの世界に」 「周りの世界……ですか?」  言われたとおりに目を閉じ、ライスフィールは周りの世界に注意を向けた。 「難しいですね。どうしても、大きな力に注意が向いてしまいます」 「簡単じゃないのは分かっているよ。もうちょっと、気持ちを大きく広げてくれるかな?」  ヒナギクのアドバイスを思い出し、トラスティはライスフィールの耳元で囁いた。 「回りの世界に、もっと気持ちを大きく……ですよね」  大きく深呼吸をしたライスフィールは、意識を自分の中に沈み込ませた。魔法を最初に習った時のように、自分の根源に意識を向けたのである。  ライスフィールの呼吸が浅くゆっくりとなったところで、トラスティはライスフィール自身に干渉していった。その方法は、アリッサを救う時に使った方法と同じものである。ただアリッサの時と違うのは、彼女とは同化しなかったことだ。  トラスティの助けを得て、ライスフィールの意識は更に深層へと沈み込んでいった。光も何も存在しない真の闇の中で、ライスフィールは更なる闇の世界へと進んでいった。漠然とした感覚なのだが、その先に求めるものがあるように思えたのだ。  トラスティの腕に抱かれたライスフィールは、すでに呼吸が止まっていた。だがトラスティは、ライスフィールを少しも心配していなかった。少しずつ存在を重ねることで、ライスフィールの「今」を自分も感じていたのだ。  ただ二人とは違い、観測している方は大きな騒ぎが起きていた。二人の体温が下がり、心臓もほとんど止まろうとしていたのだ。だが干渉は厳禁との命令があったので、誰一人として動くことは出来なかった。  固唾をのんで全員が見守っている中、遂に二人の心臓が動くことを止めた。これに慌てたラピスラズリが実験の中止を口にしようとしたまさにその時、ライスフィールは闇の奥底にある光の世界に辿り着いた。  すべての闇が打ち払われ柔らかな光が身を包んだ時、ライスフィールは心からの歓喜の声を上げたのである。その瞬間、ラピスラズリは二人の体を光が包み込むのを見せられることになった。 「どうしても、嫉妬をしてしまいますね」  トラスティに導かれ、ライスフィールの存在は一つ高みに登っていったのだ。役目が違うとは言え、嫉妬を覚えるのは仕方のないことだった。  ただ自分の役目は違うと、ラピスラズリは技術者に観測状況を確認した。だが返ってきたのは、ある意味予想され答えだった。 「心拍呼吸とも正常に戻っているのですが……それ以上は、何も変化がないと言うのか。体温も正常値でしかありません」 「予想は出来たことですが……普通の物理現象と考えてはだめと言うことですか」  光を放っていても、その光源は特定できない。そして発光の原理自体、解明不能と言うことになる。そしてそのことは、観測していた技術者も明言した。 「考えられないことですが、あの光の光源も見つかりません。空間そのものが光っているとしか言いようがないのですが、どこにもエネルギーの集中が見つけられないのです」 「そんなことだと思っていました……私達は、まだ人として未熟と言うことですか」  ふうっと息を吐き出したラピスラズリは、「撤収を」と技術者達に声を掛けた。 「これ以上ここに留まるのは、無粋と言うものですよ」 「それはそうなのでしょうが……」  心残りを口にした技術者に、「なにか?」とラピスラズリは尋ねた。 「いえ、神の降臨を目の当たりにした……そんな気がしてしまいました」 「それは、人として新しい可能性を示した。そう受け取るべきですね」  けして神などと言う、訳のわからない存在ではない。少し厳しい表情で、「間違えないように」とラピスラズリは技術者達に念を押したのだった。  一方新しい世界に踏み込んだライスフィールは、目に映る全てに感動していた。目を閉じて感じた世界が、目を開けても目の前に広がってくれていたのだ。見るものすべてが明るく輝き、自分の周りにあった今まで見えなかったものも見えるようになっていた。 「これが、認識が広がると言うことですかっ!」  感動を全身で表すライスフィールに、「多分」とトラスティははにかんだ笑みを浮かべた。 「残念ながら、僕には君が見てる世界がどう言うものか分からないんだ。だから、多分としか答えようがないんだよ」  夫の答えに、「確かにそうです」とライスフィールは頷いた。 「まだ、実験の第一段階にしか過ぎませんでしたね」  そこでライスフィールは、もう一度周りの世界へと意識を向けた。そして結果を頭に思い浮かべ、何かを巻き取るように右手を動かした。 「第二段階も成功したようですね。回りの世界に意識を向け、結果を思い浮かべることで服を作ることが出来ました」  その言葉通り、ライスフィールは「魔法」で自分の服を合成していた。とてもシンプルなワンピースなのだが、無から有を作り出したことを考えれば、奇跡と言っても差支えのないものでもある。 「ただ、あまり複雑なものはまだ作れませんね」  ほらとワンピースの胸元を開くと、「あまり大きくない」胸がトラスティの目に晒された。凝った下着を作るには、まだまだ練習が必要と言うことなのだろう。 「僕の分も頼もうと思ったんだけど、こっちの方が確実なようだね」  そこでぱちんと指を鳴らして、トラスティはノブハル謹製の衣装チェンジシステムを起動した。こちらは確立した技術ということもあり、下着から靴まで、完璧に一式揃っていた。 「面白いですね。ノブハル様の作ったシステム……でしたか。それが何をしたのか見えた気がします」 「遂に、科学と魔法が交差することになったのかな?」  トラスティの言葉に、「多分」とライスフィールは頷いた。 「申し訳ありませんが、私にも服を作って貰えませんか。やはり、下着がないと落ち着きませんので」 「それは構わないんだけど。もうちょっと後でもいいかな?」  そう言いながら自分を抱き寄せたトラスティに、「人の目があります」とライスフィールは慌てた。ここが実験場だと考えれば、自分達は衆人環視の中にいることになる。 「大丈夫だよ。ラピスも気を利かせてくれたからね」  そう言って抱き寄せながら、「仕上げをしよう」とライスフィールの耳を甘噛した。そして右手は、シンプルなワンピースの中に潜り込んでいた。 「興味はあるよね?」  そう耳元で囁きながら、トラスティはライスフィールを床へと押し倒したのだった。  トラスティが人外への道を一歩踏み出した頃、アリッサは一人の使者の訪問を受けていた。アリッサが動けないからと、アリエルがその女性に「商材」を託したのである。ちなみにその女性と言うのは、未だお相手のいないフローリアだった。  「お久しぶりですね」と挨拶をしたアリッサに、フローリアは少し目元を引きつらせながら「もったいない言葉です」と頭を下げた。そのあたり、一社員と社長と言う越えられない壁を考えたと言うことである。しかも相手は、勝負する気も起こらない美女だったのだ。美女はアイラで見慣れていても、間近で見るアリッサは別格に思えてしまった。 「それで、今日は商材を持ってこられたと伺っていますが?」 「はい、外銀河探索用のゴースロス型超光速航宙艇と、探査艇サイレントホーク3型です」  それがこちらとカタログを取り出したフローリアに、「安全保障庁向けですね」とアリッサは小さく頷きカタログを手にとった。 「全長は500mのままなのですね? これでしたら、シルバニア帝国のルーモアと棲み分けが出来ますね」  軽く頷いたアリッサに、「それなのですが」とフローリアは少し言いにくそうにした。 「現時点での性能差と価格を考えたら、ルーモアの出番は無いのかと」 「ですが、あちらの方が収容能力が大きくなっていますよね?」  そのアドバンテージがと口にしたアリッサに、「そこなんですけどね」とフローリアは別のページを示した。そこには、ゴースロス型艦の見取り図が記載されていた。 「なにか、見取り図と外形寸法が合っていない気がします……」  人差し指でこめかみを押さえたアリッサに、「それは」とフローリアは適用された技術を説明した。 「空間圧縮技術を採用したそうです。だから、1km級より広いスペースが確保できるそうですよ」 「空間圧縮技術ですか……確か、船舶のようなものには使われていなかった気が」  う〜んと考えたアリッサは、「メリットがあるのですか?」と聞き返した。 「空間圧縮をすると、その分船の重量は増しますよね? そうなると、動力機関とのバランスが悪くなると言う話を聞いた気がします。後は、事故の際にとんでもないことになると言う話もあったかと」  だから、船舶に空間圧縮技術は採用されていない。  これまでの常識を持ち出したアリッサに、「それなんですけどね」とフローリアは別のページを示した。 「動力機関の性能が向上したので、デメリットは目立たないと言う話です。加えて言うと、この空間圧縮は動力が壊れても解除されないそうです。ですから、事故が起きても勝手に展開されることは無いらしいですね」 「そして小型の分、取り回しが楽になると言うことですか」  なるほどと頷いたアリッサは、パラパラとカタログをめくっていった。 「最高速度は、現状で光速の10億倍ですか。20億倍のオプションもつけられる……隣の銀河まで、半日も掛からないわけですか」  ふうっと息を吐いたアリッサは、次にと船体保護の部分を確認した。 「こちらは、意外に常識的ですね」 「量産型……だからだそうです。あまり凝ったことをすると、その分価格に跳ね返ってくれますからね」  と言うことなのでと、フローリアはカタログの別ページを捲った。 「各種オプションが取り揃えられているわけです」  そう言って示された場所には、量子障壁から重力障壁、単結晶金属外装などのオプションが示されていた。 「遂に、時間遅延障壁まで装備されたのですね?」 「1対100ですから、光速で迫ってくる物体でも避けられるそうです」 「でも、この価格じゃ売れそうもありませんね」  単結晶金属外装や時間遅延障壁ともなると、オプション価格が船体価格とは比較にならないほど高額だったのだ。予算の限られた安全保障庁相手だと考えたら、とても売れるとは思えなかった。 「でも、カタログに載せておくことは良いことだと思いますよ」  小さく頷いたアリッサは、次にとサイレントホーク3型のカタログを見た。 「こちらは、少し船体サイズが大きくなりましたね。後は、速度が光速の5億倍……ですか。目立った変更はそれぐらいと言うことですか?」  パラパラとカタログをめくった範囲では、2型との差はあまり大きいとは思えなかった。 「ですけど、船体サイズが大きくなると、積み荷として邪魔になりませんか?」  直接探査ともなると、運んでいく数も問題となってくれる。その意味では、サイズアップは積載数が減ると言う問題を抱えているはずだった。  それを気にしたアリッサに、「対策は2つ」とフローリアは別のページを開いた。 「ゴースロス型の格納庫スペースに空間拡張技術を使うのがその1つですね。これで、従来型のサイレントホーク2型なら、10隻収容が可能です」 「3型だと、その数が減りますよね?」  そちらはとの問いに、「次の技術ですが」とフローリアはさらに別のページを開いた。 「開放空間における空間圧縮技術……ですか?」  小さく首を傾げたアリッサに、「サイレントホーク3型の船体を圧縮します」とフローリアが答えた。 「1/2のサイズまで圧縮できますので、30隻まで収容することが出来ます」 「でも重量は増えますよね……って、それ込みで光速の10億倍ですか!」  凄いのですねと感心したアリッサに、「予想以上に」とフローリアもそれを認めた。そして「価格なんですけど」と原価情報を提示した。 「思った以上に下がっていますね。それでも、単結晶金属外装は飛び抜けて高くなっていますが」  なるほどと頷いたアリッサは、世話係についているバネッタを呼び寄せた。 「ティファニーさんを呼んでもらえますか?」 「ティファニー様ですね」  畏まりましたと、バネッタはタンガロイド社のネットワークにアクセスをした。こうすることで、アンドロイド同士のリアルタイム通信が可能となる。 「30分ほどお時間をいただきたいそうです」 「適当な時間……だと思えば良さそうですね」  そこで「んー」と考えたアリッサは、「足をどうしましょうね」と小声で呟いた。  そんなアリッサに、「そのことですけど」とフローリアは人差し指を立てた。 「アリエル様から、パーソナルクルーザーを用立てていただきました。なにやら、「普通のも要るだろう?」とのことでしたよ」 「確かに、普通のも必要ですね」  アリッサが顔を引きつらせたのは、これまで用立てて貰った船が、いずれも「普通」から遥か離れたところにあったからだ。超銀河連邦やシルバニア帝国を手球に取れる船など、本来企業には必要のないものだった。 「でも、本当に「普通」と考えても大丈夫なのですか?」 「大きさは50m級だし、速度も大して出ないと言う話ですから……多分ですけど、普通と言ってもいいと思いますよ」  自分の乗ってきた船を思い浮かべ、フローリアは「普通ですね」と繰り返した。 「でしたら、それを信用することにしましょう」  そこでぽんと手を叩いたアリッサは、「業務命令良いですか?」とフローリアに尋ねた。 「業務命令……ですか?」  それはと目元を険しくしたフローリアに、「業務命令ですね」とアリッサは繰り返した。 「ティファニーさんと一緒に、連邦安全保障庁のパイク長官に売り込みに行ってください。トリプルAから提案があると言えば、無碍に断られることはないと思いますよ」  それだけ恩を売っているのだと。そう言って笑ったところで、病室のドアを開けてティファニーが入ってきた。グレーのスーツを着ているのは、アリッサを真似ているのだろう。 「社長。お呼びと伺いましたが?」  そう言って現れたティファニーに、「紹介します」とアリッサはフローリアを手で示した。 「トリプルAレムニア支社のフローリアさんです。今回、連邦安全保障庁向けの商材を持ってきてくださいました」  アリッサに紹介され、フローリアは「よろしく」と右手を差し出した。ただ内心は、「どうして美女?」と本社の陣容に呆れていた。  それを「こちらこそ」と受け止めたティファニーは、「仕事ですか?」とアリッサに尋ねた。 「はい、仕事ですね。フローリアさんと二人で、連邦安全保障庁のパイク長官に売り込みに行ってください」 「連邦安全保障庁……確か、シルバニアにありましたね」  了解しましたと答えたティファニーは、「スケジュールは?」とフローリアの顔を見た。 「とりあえず、パーソナルクルーザーがあるそうです。特に急ぐことはないので、出発は明日でもいいと思いますよ。じっくりと作戦を練って、パイク長官にプレゼンしてください」  大きな商談ですよと、アリッサはティファニーを脅かした。 「うまく行ったら、お二人には特別ボーナスを考えておきますからね」  頑張ってくださいと。アリッサは二人にプレッシャーを掛けまくったのだった。  ノブハルにパラケオン21の話が伝えられたのは、彼がエルマーの自宅でのんびりとしている時のことだった。妹や妻達が姦しく旅行計画……アスはまだしもジェイドまで含まれていたのだが……を立てているのを聞き流していたら、いきなりアルテッツァが眼の前にポップアップしてきた。 「ノブハル様に、お伝えすることが発生しました」  何時になく緊張したアルテッツァは、「惑星アーベルのバルベルト様からです」と情報源を明かし、異常事態が発生したのを告げたのである。 「パラケオン21と言ってもピンとこないかもしれませんが、ザクセン=ベルリナー連合名でカストルと呼ばれる星で、先日破壊直前でアーベル軍が撤退した惑星のことです。そこで異常事態が発生いたしました。現在情報確認中なのですが、第一報では、消息が途絶えた……と言うのは表現としておかしいですね。パラケオン21の住民と連絡が取れなくなったと言うものです。現在連合で状況の確認を行ってるらしいのですが、確認まで時間が掛かりそうです」 「アーベル連邦の艦船は付近に居なかったのだな?」  重要な確認に、アルテッツァの答えは「境界線まで退去しています」と言うものだった。 「今の情報も、連合の通信を傍受したものと言うことです。とにかく情報が錯綜していて、正確なことが分からないそうです。一応この情報は、駐留している超銀河連邦軍にも伝達されたとのことです」 「だとしたら、連邦軍が調査に出るだろう……その結果を待てばいいと言うことか」  だったら大丈夫と息を吐いたノブハルは、ぐるりと首を巡らせ姦しく騒ぐ女性達の方を見た。漏れ聞こえてくる話からすると、足をどうするかが問題になっているようだ。  それを平和だなと温かい目で見たノブハルは、「ジェイドか」と彼女達の目的地を呟いた。 「特に観光名所があるわけではないのだがな……」  アスは分かるが、どうしてジェイドが目的地に含まれるのか。そんなことをぼんやりと考えていたノブハルは、「ジェイドね」ともう一度呟いた。そこで浮かんだのは、アルテッツァ以上に状況を把握しているだろうとの考えだった。 「あの人のところなら、もう少し詳しい情報があるかもしれないな」  それも良いかもしれないと考え直し、「自分も行くか」と頭の中で方針を定めた。  それが良いと立ち上がったノブハルは、「足なら用意してやるぞ」と女性陣に声を掛けた。 「なに、ちょっとジェイドに行く用を思い出したのだ」  だからだと口にしたノブハルに、意外なことに女性陣の反応は芳しくなかった。今までの姦しさは何だったと言いたくなる程声を潜め、何やら相談を始めてくれた。 「なんだ、俺と行くのは嫌なのか?」  不思議な反応を受けて疑問を口にしたノブハルに、リンが代表して「面倒なことになるのよね」と答えた。 「お兄ちゃんが行くと、また歓迎行事とかが開かれることになるでしょう?」  それが面倒と言われると、さすがのノブハルも反論が難しくなる。自分自身、毎度開かれる歓迎行事に辟易としていたのだ。 「それを言われるとぐうの音も出ないのだが……だが、トラスティさんに用が出来たのは本当だぞ。すぐにでも出発しようと考えているのだが?」 「私達の目的地には、アスも含まれているんだけど?」  直行だったら意味がないとの反論に、「アスか」とノブハルは目的地のことを考えた。 「長居をしなければ、アスに寄っても構わないぞ。ただ、せいぜい2泊程度が限度だな」  そう言って歩み寄られ、リン達女性陣はもう一度顔を突き合わせて密談を始めてくれた。一体何が起きているのか、女性陣の行動に疑問を持ったところで、「お兄ちゃんに甘えることにする」との答えがあった。その答えからすると、彼女達の間で何らかの妥協があったのだろう。ただその中身については、流石に予想もつかなかったのだが。 「甘えついでで悪いけど、神殿の見学を入れられないかな?」 「神殿の見学か?」  そこで少し考えたノブハルは、さっそくエイシャに確認しようと考えた。神殿見学のアレンジ業務も、今はトリプルAの業務となっていたのを思い出したのだ。 「エイシャさんに確認してみよう。ところで、スケジュールはどうすればいい?」  確認するにしても、「何時」と言うのが分からなければどうにもならない。それを気にした兄に、リンは「お兄ちゃんに任せる」と答えた。 「私達のは遊び、そしてお兄ちゃんはお仕事なんでしょ。だったら、私達がお兄ちゃんに合わせるわ」 「俺にしたところで、仕事と言うことはないのだがな。ただ、お前の言いたいことは分かったし、論理的な答えと言うのも認めよう……ところで、出発が明日になっても構わないか?」 「問題があるとしたらセントリアさんだけね」  そこで顔を見られたセントリアは、「なんとかする」と答えた。 「たぶん、グリューエルさんも協力してくれるから」  その答えにニパッと笑い、リンは兄の顔を見た。 「だから、日程が決まったらすぐに教えて」 「ああ、すぐにエイシャさんに確認することにしよう」  妹や妻達が喜んでくれるのならと。ノブハルは大急ぎでエイシャとコンタクトを取ることにした。  出発が翌日と忙しなくなったのは、急ぎたいと言うノブハルの都合が優先されたからである。そうなるとセントリアの都合が難しくなるはずなのだが、それもグリューエルの全面的なバックアップで事なきを得たと言う。  なぜグリューエルがそこまで協力してくれるのかも疑問だったが、それ以上にノブハルにとって想定外だったのは、ナギサが一行に加わったことだ。どうしてと言う顔をしたノブハルに、ナギサは艶っぽい笑みを浮かべながらすり寄ってきた。 「ノブハルは、僕が着いていくのは不満なのかな?」  いけずだねと流し目をされ、ノブハルは背中に電気が走った気がした。 「べ、別に、そ、そんなことを言うつもりはないぞぉっ!」  焦った声を出すノブハルに、妖艶な笑みを浮かべると「良かった」とナギサは頬を染めた。普段なら「キモイ」とリンが割り込むところなのだが、今日に限って言えば完全に放置されていた。 「それに、エイシャさんにも久しぶりに会いたいからね。叶うのなら、アマネさんにも会いたいと思っているんだよ」  そこでうっとりとされると、別の思惑が透けて見えてしまう。まだ鼓動は落ち着かないが、「ナギサ」とノブハルは努めて厳しい声色を出した。 「リンを泣かせたらタダではおかないと言っておいたはずだが?」 「それぐらいは十分理解をしているよ。それからノブハル、僕を誘ったのはリンなのだからね」  だから何も問題はないと言われ、ノブハルは呆れたように「お前達なぁ」とナギサの顔を見た。ただそれは、ナギサにしてみれば不本意な言われ方のようだった。 「確かにエルマーの常識に照らし合わせれば非難されることなのだろうね。ただね、僕からすればノブハルにだけは言われたくないと思っているんだ。何しろノブハル。僕の奥さんはリン唯一人なんだよ。それに引き換え、君は一体何人の奥さんが居るのかな? その上奥さんでもない人と、何人関係を持っているのかな?」  自分を棚に上げるなと言い返され、ノブハルは完全に反論の言葉を封じられてしまった。指摘されてみて自覚したのだが、関係した女性の数ならナギサよりずっと多かったのだ。しかもエルマーで言うところの、重婚までしていた。 「どうやら、ノブハルにも理解できたようだね」  そう言って笑ったナギサは、「一緒にどうだい?」と悪魔の囁きをした。 「アマネさんは凄いけど、エイシャさんはある意味もっと凄いからね」 「もっと凄いって……」  ごくりと喉を鳴らしたノブハルに、「凄いんだよ」とナギサは答えにならない言葉を繰り返した。その答えへの反応を見る限り、ノブハルの倫理観も当てにならなくなったようだ。どうやらシシリーとの関係が転機となったのだろう。  そしてノブハルの反応に、ナギサはとどめを刺してきた。 「どう凄いのかは、ノブハルが自分で確かめてみるといいと思うよ」  「手引きするから」とまで言われ、ノブハルは血走った目で「良いのか?」と聞き返してしまった。つまり、「落ちた」と言うことである。 「優しく教えて貰えば、これからの夫婦生活にも役に立つんじゃないのかな?」  Win-Winだとまで言われ、ノブハルもすっかりその気になっていた。ごくりと生唾を飲み込み、「よろしく頼む」とナギサの右手を握ったのである。 「壁と言うのはね、時には乗り越える努力も必要なんだよ」  これもその一歩となるはずだ。「任せて欲しい」とナギサは妖しく笑ったのだった。  ローエングリンを使えば、アスに行くのも難しいことではない。なぜか協力的なエスデニアのお陰で、ローエングリンはズミクロン星系を出たところで多層空間跳躍を行うことができた。お陰で、アスまでの移動には1日どころか3時間もかからなかった。  一方ノブハルの立場は、アスにおいて非常に強いものとなる。神殿関係にはありがたみはないのだが、駐留軍への影響力が抜群だったのだ。何しろアス駐留軍のトップがシルバニア帝国臣民なのである。そのトップが号令を掛ければ、配下が従わない訳がない。そしてトップの気持ちを忖度したルナツー司令ビュコックはは、ローエングリンに対して歓迎の艦列を作ってくれた。  ある意味晒し者になりながらルナツー入りをした一行は、当然のようにアス駐留軍司令からの招待を受けることになった。ジュリアンが帝国臣民だと考えれば、これもまた当然の招待と言うことになる。 「皇夫ノブハル様にご降臨いただき、恐悦至極にございます」  相手が自分の倍の年令だと考えると、どうしても慣れることのできないものである。今まで以上に謙ったジュリアンの態度に、ノブハルは引きつりそうな顔を必死で押さえていた。 「な、なにか、今日は今までと違う気がするのだが?」  おかしくないかとの意味を込めたノブハルに、「とんでもない」とジュリアンは大げさな身振りで否定した。 「つい先程入った知らせなのですが、皇帝聖下が無事ご懐妊されたとのことです。シルバニア帝国臣民1千ヤーの願いが、これですべて無事成就したのです。このことが発表されれば、帝国上げての騒ぎとなるのは間違いないでしょう」  だからだと言われ、ノブハルはついに顔の引きつりを抑えることに失敗した。ライラからは「できたはず」と教えられていたが、その結果がこんなことになるとは予想もしていなかったのである。  ただノブハルの変化は、ジュリアンにはどうでもいいことのようだった。シャトルへの道すがら、「今回はどのような目的で」とようやく本題に入ってくれた。 「俺と妻達は、少し事情が違うのだがな」  まだ引きつりの残る顔で、ノブハルは当たり障りのない方から事情を口にしようとした。ただすぐにシャトルに着いたので、そこで説明は一時中断となった。ちなみにさほど歩かずにすむよう、停泊位置も特別対応されていた。  そこで一旦説明をやめたノブハルは、すぐにシャトルの「応接」へと案内された。当然のように、妹のリンやエリーゼ達もその後について応接へと入っていった。 「1時間ほどお時間をいただきます」  聖域と言うこともあり、アスへの空間移動は制限されていると言う事情があった。そのため連邦宇宙軍も、レガシーなシャトルを利用していたのである。ただ連邦軍本部からミサキシティへの移動は、エイシャが多層空間移動を手配していた。  応接に案内され、お茶の歓迎を受けたところで、ノブハルは説明の続きを始めた。 「妹や妻達は、アスとジェイド観光が目的だ。ただアスは分かるが、ジェイドが観光に適しているかは俺には分からん。まあ、トリプルAの本社がある場所ではあるのだがな。しかも快適な温泉施設も整っていたと思う。それを考えれば、骨休めには良いのだろう」  それが妻達の理由と答えたところで、「一つ良い?」とリンが割り込んできた。 「エイシャさんや、アマネさんとお話がしたいと思っていました。どうしたら、そんなに素敵になれるのか。ぜひとも、その秘訣を教えて貰いたいなと。ナギサ……私の夫なんですけど、お二人は別格だと常々口にしてくれるんです。妻として腹立たしいんですけど、でも事実と言うのは私も知っていますからね。だから怒るんじゃなくて、自分をもっと磨こうかなって」  そこまで答えたリンは、ちらりとエリーゼ達の方を見た。 「その事情はエリーゼ達も同じですね。お兄ちゃん……兄の奥さんがどんどん増えていっていますからね。自分達に魅力がないのかって、みんな真剣に悩んでいたんです。だから、その解消も目的となっているんですよ。まあ、自己満足のところもあるとは思いますけど」  結構危ないことを口にされ、ノブハルの顔は盛大に引きつることになった。特に妻達の感情のことを言われると、文句も言い難くなってくれる。何しろノブハルには、現時点で妻が7人も居たのだ。  そんな話を聞かされれば、ジュリアンならば口に出されていない意図ぐらい理解することが出来る。なるほどそう言うことかと考えながら、とても無難で否定のしにくい事実をリン達に提示した。 「トラスティ氏を例に出せば分かりやすいと思いますが、彼の最初の奥さんはアリッサさんなのですよ。みなさん、アリッサさんに魅力が無いとは流石に言いませんよね?」  一つの例外を持ち出すだけで、「魅力がないから」と言うのを否定することが出来る。その例としてアリッサを持ち出すのは、これ以上ない強力なものに違いない。何しろアリッサを妻にしているくせに、トラスティは他に14人もの妻を娶っていたのだ。 「もちろん、ノブハル様の奥様方が自分をもっと魅力的にする努力を否定するつもりはありません。例として出させていただいたアリッサさんも、その努力を怠っていない……エイシャに言わせれば、それを超越しているらしいのですが。見た目とは違う方面で、なくてはならない存在になる努力を続けられておいでです」  そうやってゆっくりと一人ひとりの顔を見ていったジュリアンは、ある意味とても危険な言葉を口にした。ただいい話の後だったこともあり、ノブハルはその危険性には気づいていなかった。 「微力ながら、私もお手伝いさせていただいてもいいと思っているぐらいです」  それをにこやかな顔で言われると、リン達もついジュリアンのことを意識してしまう。何しろジュリアンは、今なお現役の撃墜王なのである。御三家と言う立場に連邦軍中将と言う高い役職、そして年齢を感じせない美しい顔に軽妙洒脱な会話術を持っていたのだ。 「そうだな。お前達が納得できることがいちばん大切なのだと俺は思うぞ」  ノブハルが微妙に散りばめられた危険性に気づけなかったのは、事前にナギサと話をしていたことが大きいのだろう。つまり、意識がすっかりそちらの方へと向かっていたと言うことだ。 「そして俺の事情なのだが……」  そこで一度咳払いをしたのは、口にする問題が微妙な意味を持っていたことが理由なのだろう。 「少し、トラスティさんと話をしたいと思ったのだ。そ、そのだ、リン達が興味を持っていることとは別方面だぞ。マールス銀河で起きた事件について、意見を聞きたいと思ったのだ」 「マールス銀河……ですか」  連邦軍の高官なのだから、かなりの情報に触れることが出来る。従ってジュリアンも、ノブハルがなんのことを言っているのか理解していた。 「アーベル連邦が我々の連邦に加盟するのに当たって、ノブハル様の果たした役割は非常に大きなものがあります。それを考えれば、ノブハル様が気にされるのも仕方がないことなのでしょう」  そのためジュリアンの言葉も、とても無難なものになっていた。リン達が居なければ話は別だが、「生物が消滅」した事件のことは口にできなかったのだ。 「マールス銀河駐留部隊が、調査のためサイレントホーク2を派遣したと言う情報は入っていますね。今の所、その情報待ちと言うことになるのでしょう」 「うむ。連邦が動いている以上、その結果を待てばいいと思っている。ただトラスティさんのところには、アルテルナタ王女が居るからな」  つまり、結果をカンニングすることが出来ると言うのだ。 「確かに、彼女なら事前に結果を知ることが出来ますね」  大きく頷いたジュリアンは、「先程の話ですが」とぐいっと危ない話から別の危ない話に引き戻した。 「エイシャから、手配できたとの連絡が来ました。少し大げさになりますが、エスデニア……まあ、妻のところなのですが、ちょっとした晩餐にお付き合い願えればとのことです。もちろん、アス神殿見学のアレンジも完了しているそうですよ」  お付き合い願えればと頭を下げられ、ノブハルは大いに恐縮した。 「突然押しかけてきたのに、晩餐まで開いていただいて感謝する」 「シルバニア帝国は、エスデニア連邦の主要メンバーですからね。最高評議会議員として、その皇夫閣下を歓迎するのは、義務と言って良いものです……少しお待ちを」  そこで言葉を切ったジュリアンは、ノブハルの顔を見て「客が増えそうなのですが」と申し訳無さそうな顔をした。 「クンツァイトご夫妻が、第三王女アズライト様を伴って参加されるそうです。また、最高評議会からも、何名か参加の申し込みを受けているようです」 「ず、ずいぶんと、情報が早いのだな?」  アレンジをお願いしてからの時間を考えると、早すぎると言っていい参加者の反応だったのだ。クンツァイト夫妻はまだしも、第三王女とか最高評議会議員と言うのが、どこから情報を仕入れいていると言いたいぐらいだった。 「まあ、最高評議会の方は、ウィリアム大佐の件がありますからね」  そこで失敗をしたから、なおのこと必死にもなると言うのだ。つまりあちらですかと、ノブハルは気分が落ち込むのを感じていた。 「ノブハル様が気に入らないと言うことであれば、お断りすることも出来ますが?」  それを察してのジュリアンの言葉なのだが、「それもまずいだろう」とノブハルは皇夫の立場で否定をした。シルバニア帝国がエスデニア連邦に属する以上、最高評議会と意味のない摩擦を作る必要はないのだと。 「適当に相手をすれば良いのであれば、さほど気にする必要はないと思うぞ」 「その旨、妻に伝えておきます」  頭を下げたジュリアンに、「できればそれも止めて貰いたい」とノブハルは懇願した。 「命令ではなく、お願いベースなのだがな」 「承りました……と言うことにさせていただきます」  そのタイミングで地上に到着したこともあり、今の話はこれで終わりと言うことになる。ノブハル達に頭を下げたジュリアンは、「こちらに」と最高責任者自ら貴賓室へと一行を案内したのである。  「本当に良いのか?」と言うのが、ノブハルの顔を見たエイシャの問いかけだった。トリプルAの中では立場が上のこともあり、エイシャは過剰に謙った真似はしなかった。ただノブハルには、そのため口がありがたかった。  そしてエイシャの問いに、「妻達のためでもある」とノブハルは肯定した。  それを都合よく解釈したエイシャは、「乗っけてってくれるか?」とジェイドに同行することを持ち出した。普段多層空間移動を利用していることを考えれば、意外な申し出と言うことにもなる。 「それは別に構わないが……エイシャさんは、普段多層空間移動を利用していると聞いているが?」  その問いに、エイシャは「ああ」と大きく頷いた。 「なんか、あれも味気ないからな。たまには、豪華な船でクルージングと言うのを考えただけだ」 「だったらルリ号は……あれだと、乗員が必要になるのか」  豪華な船と言う意味なら、ルナツーにはトリプルA所有のルリ号が係留されていた。それを思い出したノブハルだったが、同時にルリ号の制限を思い出したのである。 「ルリ号か? あれも豪華でいいのだがな。ただジェイドまでだと、乗ったらすぐに着いてしまうんだ。豪華にクルージング……と言う気持ちになれないんだよ」  だからだと言われると、なるほどと思えてしまうルリ号の性能だった。何しろジェイド程度なら、出発後数分でたどり着くことが出来たのだ。乗り込んで座ったと思ったら到着では、船旅を楽しむと言う訳にはいかなくなる。  そんな事を話していたら、ノブハルは後ろからいきなり首に腕を回されてしまった。背中に柔らかいものを感じたことを考えれば、腕を回した相手は女性なのだろう。ただ目尻を下げるには、腕に込められた力が強すぎた。渾身の力で振り払おうと思っても、ノブハルの力ではまったく歯が立たなかったのである。 「冗談にならないぞ」  ギブギブと慌てて手を叩いたお陰で、込められた力がようやく緩んでくれた。そしてその代わりに、耳元にふっと息を吹きかけられてしまった。 「感じた?」 「その前に何をしたのか、よぉく考えてみることだ」  不機嫌そうに文句を言ったところで、ようやく相手はノブハルを解放してくれた。今更確認するまでもなく、絡んできたのはルリ号のAIであるルリだった。  ノブハルを解放したルリは、ちょんと人差し指で突っついてから「最近冷たくない?」と文句を言った。 「マールス銀河に誘ってくれないしぃ、天の川銀河に来たくせに、呼び出してもくれないんだからぁ」  ぷんぷんと腹を立てるルリの前では、突かれた胸を押さえながらノブハルが悶絶していた。 「だけどなルリ、お前だと到着時間が早すぎるだろう? それに、必要な乗員が揃わないのだがな」  だから声を掛けなかったと言うエイシャに、「速度なら落とせばすむでしょう?」とルリは言い返した。 「必要な乗員だって、ローエングリンにいっぱいいるじゃない。多分だけど、誘ったら喜んでくれると思うわよ」  主に分析方面でと笑われ、「それも一理あるか」とエイシャは考えを改めた。船体はぐっと小さくなるが、豪華さと言う意味なら遜色ないと言うのがルリ号なのだ。そしてその性能は、シルバニア帝国への餌になると言うのも言われたとおりだった。 「なのだそうだが……大丈夫か?」  脂汗を流すノブハルに、エイシャは笑いながら声を掛けた。 「これが大丈夫なように見えるか?」  苦悶の表情に、なってないなとエイシャは振り返った。そして「護衛なんだろう?」と隠れていたサラマーに呼びかけた。 「護衛と言うのはそのとおりなのですが……」  姿を表したサラマーは、とりあえず指摘されたことは肯定した。 「ただの悪ふざけですから、御身に危険が及ぶことはないと思っています」  だから手を出さなかったと答えた上で、ノブハルとしては勘弁して欲しいことを言ってくれた。 「戦闘機人を持ち出しても、勝てると言う自信が全くありませんので。下手に事態を拗らすより、静観した方が被害が小さいのかと」 「まあ、ここで戦闘されても俺も困るからな」  あっはっはと笑ったエイシャは、「手配を頼む」とノブハルではなくサラマーに告げた。何しろ彼女の目の前では、ルリがノブハルをおもちゃにしていたのだ。 「確かに、帝国軍人がレムニアの技術に触れることにメリットがありますね」  承知しましたと、サラマーはローエングリン艦長コスワースに連絡を入れた。 「何名必要かだそうです」 「最低でも、船長資格保有者1名ね。実際には通信士とか含めて、3名が規定だったかしら?」  「んー」とノブハルで遊びながら考えたルリは、「2名で良いみたい」と自分の言葉を訂正した。 「ちなみにブリッジは、10名程度まで対応出来るわよ」 「だったら、10名までは良いって伝えておきます」  正しくコスワースの意図を理解し、サラマーはルリの情報を彼に伝達した。 「大至急適任者を選出してくれるそうよ」 「りょーかい。だったら、ビュコック司令にお願いしてくるわね」  ようやくノブハルを解放したルリは、「じゃあ」と言って姿を消した。それを見送ったところで、エイシャは口元を歪めて「まだ物足りないか?」とノブハルに尋ねた。何しろエイシャの目の前では、ズボンを下ろされたノブハルが惚けた顔をしていたのだ。 「なるほど、ナギサから声がかかる筈だ」  この後が楽しみだと。エイシャは少しだけ口元を歪めた。トラスティの子供とは思えないほど、あちらの方がまだまだだったのだ。 「あんたはどうするんだ?」 「ジェイドまでは我慢しようかと」  即答するサラマーに、「結構一途なんだな」とエイシャは笑ったのである。  アガパンサスが力を入れれば、宴が盛大なものになるのも仕方がないことだった。しかもシルバニア帝国皇夫が出席するのだから、年若い女性議員達の力も入ろうと言うものだ。  ただ力が入ったのは、何も年若い女性議員ばかりではない。どう言う訳か、イケメンの男性議員も大勢集まってくれた。そして集まった男性議員達は、ノブハルの妻達……つまりウタハ達に積極的に話しかけていた。 「俺は奥さん達には必要ないと思うんだがな。あんたを含め」  ノブハルのところには最高評議会議員達が、そしてウタハ達のところには同じく議員が集まっていた。そこから離れて自分のところに来たナギサに、「本気なのか?」とエイシャは今更の確認をした。 「リンは、必要だと思っていますよ。だから僕まで巻き込んだと言うことです」  綺麗な色のついた酒を口に運びながら、「僕も必要だと思っていますよ」とナギサは繰り返した。 「芸能人のリンは違いますけど、意外なことにあの4人は「チヤホヤ」されたことがないんです。まあトウカさんは、芸能活動をしていますからね。あの4人の中ではマシな方だとは思いますよ」 「彼女達を見てると、とても信じられない話だな……」  そう答えたエイシャは、「なるほどね」とナギサが「必要」と言う意味を理解した。 「それぞれの事情を考えたら、あまりいい経験ができなかったのも確かか」  ノブハルと出会う前のことを考えると、とてもではないが幸せと思える経験をしていなかったのだ。  自分に頷いたエイシャに、「だからですよ」とナギサは笑った。 「だから彼女達にも、冒険……と言うより夢を見させてあげてもいいと思ったんですよ。ノブハルの方は大丈夫。僕が押さえておきますからね」 「そっちの方は、俺達も協力するがな」  人だかりの方を見て、「夢ね」とエイシャはこれからの差配のことを考えたのだった。  その頃アパンガンサスとジュリアンは、ホストとしてそれぞれノブハルとエリーゼ達についていた。色々とゲストに配慮するためなのだが、その配慮の方向は正反対と言って良いものになっていた。つまりノブハルには、女性達と共に別室に誘導する方向で、エリーゼ達にはそれを阻止する方向と言う具合いにである。  それでも何事も起きなかったのは、ノブハルが自重したからではなかった。いつものことなのだが、エスデニアから出席したのは、いずれ劣らぬ美しい女性ばかりと言うことだ。 「つまり、優劣がつけがたいと言うことですか」  ふっとアガパンサスが息を吐いたのも、集まった女性の数が問題と言うことである。これが二三人程度ならば、うまくスケジューリングをすれば、さもなければ同時に別室に連れ込むことも可能だったのだ。だが10人近くも集まれば、その差配も難しくなってしまう。結果的に楽しくお話をして終わるのも、数が多すぎた弊害と言うことになる。「別の機会に」と耳打ちをしても、相手が大勢ともなると意味のないことだった。  その意味で言えば、よほどジュリアンの方が苦労したと言えるだろう。すきを見て別室に連れ込もうとする役職者も問題なのだが、集まった男達のバランスもまた気を配る必要があったのだ。ちなみに男達から一番人気を集めたのは、予想通りウタハと言うことになる。そしてそれに続いて、トウカとセントリアになっていた。エリーゼが一番不人気となったのは、エスデニアの役職者にとって、見た目の特徴に欠けたことが大きかった。 「やれやれ、彼らは見る目が無いようだ」  一人ぽつんと立っていたエリーゼに近づき、「お相手願えますか」とジュリアンは声を掛けた。  そんなジュリアンに、エリーゼは大きく腰を折った。 「喜んで」  そのときに浮かんだ笑みに、「やはり見る目がない」とジュリアンは感じていた。 「お気遣いいただきありがとうございます」  ダンスしましょうと誘われたエリーゼは、ジュリアンに近づきパートナーの位置に着いた。 「そのつもりがないと言うと嘘になりますが……」  少しだけ口元を歪め、「エスデニアの議員達が情けなくて」と囁きかけた。 「彼らに、見る目がないのだとね」  だからですと答えたジュリアンに、「仕方がありませんね」とエリーゼは微笑み返した。 「ウタハさんは物凄くお綺麗ですし、トウカさんとセントリアさんはスタイルが良いですからね。それに、皆さん華がありますから」 「それは、ご自身を卑下しすぎだと思いますよ」  緩やかな音楽に身を任せ、ジュリアンは巧みにエリーゼをリードしていった。 「仰る事は分かりますが……こればかりはどうしようもないと思います。現実と言うのは、かなり残酷なものだと理解していますから」  これまでずっとそうでしたと言われると、さしものジュリアンも言葉に詰まってしまう。そんなジュリアンに、「勘違いはしないでくださいね」とエリーゼは微笑んだ。 「自分が全てダメと言っているつもりはありませんからね」 「流石に、そこまで考えてはいませんよ」  苦笑を返したジュリアンは、「ノブハル様は気づかれていませんが」と小声で語りかけた。 「トラスティ氏とのことは、本気なのですか?」 「少なくとも、リンさんは本気だと思いますよ。ただ私達は、その場のノリ……と言うと語弊がありますね。ただ、トラスティさんとお話をしたいと思っているんです」  そこで頬を染めて俯いたエリーゼは、「嘘を吐いていますね」と小さな声で呟いた。 「リンさん以上に、私の方が本気かもしれません」 「だとしたら、私はエイシャを止めなければいけなくなる」  そう小声で返したジュリアンは、「それも建前ですね」と続けた。 「トラスティ氏に任せた方が、問題は小さくなるのでしょう」 「そうなのかも知れませんが……」  そこで言葉を止めたエリーゼは、ジュリアンのリードに身を任せて瞳を閉じた。 「やはり、自重をした方が良いのでしょうね」  我慢ならなれていると答えたエリーゼは、踊りをやめてジュリアンに頭を下げた。 「お気遣いいただきありがとうございます。私は、壁際で少し休んでまいります」  にこりと一つほほ笑みを浮かべ、エリーゼは少し早足で壁際に置かれた椅子の方へと歩いていった。それを見送ったジュリアンは、彼にしては珍しく苛ついたように頭を掻いた。 「さすがに、これは問題としか言いようがないな」  ただ自分が登場するには、すでに時機を逸しているの間違いないだろう。今更撃墜王として振る舞うのも、わざとらしくなってしまうのだ。あの聡明な女性ならば、自分が撃墜王になった理由を正しく理解してしまうはずだ。 「やはり、トラスティ氏に任せた方が良いと言うことか」  そのための下地を、今日のうちにも作っておく必要がある。宴が終わった後のことを、ジュリアンは考えたのだった。  そんな事になっているとは露知らず、ノブハルは宴の後に忘我の時を過ごすことになった。エイシャとアマネの二人は、ナギサの言う通り別格と思えるほど魅力的だったのだ。そこにウタハとトウカも居たのだが、結局端っこの方で膝を抱えることになってしまった。 「リンさんが「混じらない方が良い」と言った意味が理解できたわ」  ふうっと息を吐き出したトウカに、「そうね」とウタハは少し難しい顔をした。 「経験の差だけとは思えない差を見せつけられた気がするわね」  ううむと唸ったウタハは、ブラウスの首元を引っ張って上から胸の谷間を見た。 「いったい、どこが違うんだろう?」 「どこがと決められないぐらい、全部違うんじゃないの? ほら、ノブハルも普段とは全く違うから」  トウカの指差した先では、ノブハルが恍惚とした表情で腰を振っていた。しかもその都度漏れ出る声は、今まで聞いたことのないほど悩ましく聞こえてくる。ただ男のあの声は綺麗じゃないなと、二人はどうでもいいことを考えていた。もちろんそれは、現実逃避と言う奴である。  ただ自分達の時とは違い、余裕など微塵もない姿を見せつけられてしまったのだ。どうしたらああなれるのか、二人は目を皿のようにして4人の間に繰り広げられる情事を観察したのだった。  そして「ご一緒」をパスした3人は、広い部屋で女子会を行っていた。パジャマ姿でお菓子を持ち寄った3人は、今頃頑張っているのだろうと別の部屋のことを想像した。 「でも、エリーゼさんは混じらなくて良かったの?」  やめた方がと忠告こそしたが、リンは本当に良かったのかとエリーゼに尋ねた。どこかエリーゼから、諦めたような空気を感じていたのだ。  それを気にしたリンに、「言っていることが違います」とエリーゼは笑った。 「確かリンさんは、トウカさん達に「混じらない方が良い」って言っていませんでしたか?」 「確かに、そう忠告はしたわよ。ただ開き直りができさえすれば、結構貴重な経験とも言えるのよ」  そう答えてから、「その答えか」とリンはエリーゼとセントリアを見た。 「ここに残ったのが、開き直れない二人ってことになるわけだ」 「だとしたら、どうしてさっきの質問が出てくるんです?」  おかしいですよねと言うエリーゼに、「そんな気がしたから」とリンは答えた。 「なにか、エリーゼさんがとっくに開き直ってる気がしたから」  そう口にしてから、リンは「ごめん」と謝った。 「別に、謝られるようなことではありませんよ。それに私は、開き直っている訳でもありませんから」  そう微笑みながら答えるエリーゼに、失敗したかとリンは後悔していた。ジュリアンがフォローをしてくれていたが、今日の宴でエリーゼは壁の花になっていたのだ。そこでノブハルがフォローに回れば問題なかったのだが、最高評議会の役職者に囲まれていては、それは無理な相談と言うものだった。  その結果孤独を感じたエリーゼに、昔の気持ちが蘇ったと言うことである。ここの所うまく回っていた……特に子供が出来てからのことが、錯覚だったとリンは思い知らされた気持ちになってしまった。  ただ問題意識を確認したリンだが、どうしたら良いのかは全く分からなかった。兄を責めて解決するのなら、いくらでも責める用意はあったのだ。だが問題が兄だけにあるわけではない以上、リンにも出来ることが思いつかなかった。  このままジェイドに連れていって良いのか。ノリから始まった話に、リンは後悔するようになっていた。  ノブハル達が来るに当たって、トラスティの関心はマールス銀河の方に向いていた。すでにアルテルナタに指示してあるため、第二の事件がどこで起きるのかも把握していたのだ。そのため連邦軍とは別に、エスデニアに対して観測網を敷くように指示も済ませていた。 「事が事だけに、慎重に当たらないといけないのだけど」  未来視を利用するため、トラスティはアルテルナタの部屋に来ていた。ちなみにそこには、カイトとラピスラズリの姿もあった。  そんなトラスティの言葉に頷き、ラピスラズリは「配置は終わっています」と口を開いた。 「連邦識別子パラケオン32……確か、連合の中ではケスラーでしたか。アルテッツァとは独立したプローブを配置いたしました。情報の方は、全てユウカに上がるようにしてあります」 「連邦軍に通知しなくて良いのか?」  アルテッツァにも情報を上げないと言うことは、すべての情報を隠匿することに通じてくる。直接の脅威に向き合って居るのが軍だと考えたら、情報の共有をすべきと言うのがカイトの考えだった。  そんなカイトに、トラスティは「今はまだ」と答えた。 「パラケオン32には、サイレントホーク2が派遣されていません。巻き込まれないのが分かっているので、今回は警告を発しないことにしました。まだ、あまり騒ぎを大きくしたくないと言うのが正直な気持ちです」 「アーベル連邦側で起きる危険性は無いのか?」  そこで顔を見られたアルテルナタは、「3ヶ月以内にはありません」と明確な答えを口にした。 「そしてご主人様が指示を出されたことで、情報精度が上がりました」  そこで目を閉じたアルテルナタは、「不思議な光景ですね」と自分が見たもののことを評した。 「巻き込まれた人々が、次々と肉塊のようなものになって崩れ落ちていくんです。その、ヘルコルニア連合国家でしたか。そこで見た光景によく似ているんです。ただそれまでは、巻き込まれた人達は普通に暮らしていたんです。特に不安を感じている様子もなく、日々の暮らしに忙殺されていた……と言う感じでしょうか」  アルテルナタが状況を説明したところで、トラスティは彼女の隣に移動した。そして頭を抱きかかえるように、自分の胸に抱きとめた。 「そんなものを見て大丈夫なのかな?」  アルテルナタの精神状態を気にしたトラスティに、彼女は「比較的」と微妙な答えを口にした。 「現実感が無いのが理由だと思いますけど。不思議な光景と言うのは分かりますが、怖いと言う気持ちはあまり湧いてこないんです」 「多分だけど、心が一瞬で麻痺したからだと思うよ」  だから無理をしないようにと、トラスティは彼女を抱く腕に力を込めた。 「これ以上、現象を見なくていいからね。後は、別の地域で発生しないかだけ教えてくれればいい。いいかい、絶対に無理をしちゃいけないよ。そんなことをされても、僕は少しも嬉しくないからね」  最後は少しきつめに注意をしてから、「休んでくると良い」と言って彼女を解放した。その時少しだけ不満そうな顔をしたのだが、「聞き分けてくれないか」と頼まれ渋々受け入れた。 「では、アセイラムとレムリナの顔を見てきます」  そう言ってアルテルナタが部屋を出ていくのを確認し、「さて」とトラスティは残った二人の顔を見た。 「起きた事象を考えると、何らかの形で自我境界線を破壊されたと想像することが出来る。惑星一つが滅びたことを考えると、たしかに問題なのは間違いないのだろうね。そしてその事件が、新しく仲間に加わったアーベル連邦のある銀河で起きたと言うのも問題なのだろうね」  そこで言葉を切ったトラスティは、「それでも」と二人の顔を見た。 「僕は、この問題に対してあまり興味が沸かないんだ。正確に言うと、リスクを犯す価値を認めていない」 「こちらに、波及することはないのか?」  もしもの場合、放置するのは危険と言うことになる。それを気にしたカイトに、「可能性は否定しない」とトラスティは認めた。 「ただ、本件には連邦軍が関与することになるんだ。僕達の関与は、その状況を見てからでいいと思っている。もちろん、ラピスには必要な準備はして貰うけどね」  これもその一つと言われ、カイトはそれ以上の質問を思いとどまった。確かに起きた事件自体は異常なことだが、それにしても遠く離れた銀河の出来事なのである。それがどう言う形で広がっていくのか、そしてそれがどのような影響を及ぼすのか、それが全く分かっていなかった。こんな状態で行動を起こすのは、ある意味雲を掴むような話でもあったのだ。 「それでラピス、自我境界線の破壊は可能なのかな?」  そこの検討が鍵となるため、研究を続けているエスデニアの見解を質した。 「可能かと問われれば、可能と言うのがお答えになります。1千ヤー以上の昔、IotUが生まれる少し前に、私達の中で真剣にその方法が議論されています。その目的は、一時的にアスの住民を安全な場所に退避させることでした。そしてなぜそのようなことが考えられたかと言うと、長きに渡って続けられた戦争……すなわち、パガニアとの戦争を終わらせるためと言うことになります。パガニアに対して大規模派兵を行うためには、アスを利用する必要があったのです。そしてなんの対策も行わずに派兵をすると、アス住民の大半が命を落とすことになります。それを回避するため……一時的にアス住民を融合世界に隔離することが考えられました」 「その方策は成功したのかな?」  かなり真剣に検討されたことは分かるので、トラスティはその結果を尋ねることにした。そしてトラスティの問いに対して、ラピスラズリはゆっくりと首を振って否定した。 「アンバー様……すなわち、ラズライティシア様のお父上を中心に、実現間際まで進んだとされています。ただ実施直前に事故が起き、アスに大きな被害が発生したそうです。アスの海の南側が赤いのは、その時の影響がまだ残っているからと言う話です。そこでエスデニアの計画は頓挫したのですが、残された施設をアスの住人が調べ、それを利用したとの記録が残っています。その結果、IotUを依代にした大融合が発生しました。その影響はエスデニアやパガニアにまで及び、多くの者達が自我境界線を失ったとされています」 「それが本当だとしたら、高次空間で隔てられていても安心できないことになるな」  まずいかもと顔をしかめたトラスティに、「その可能性は低いのかと」とラピスラズリが答えた。 「IotUが関わった大融合では、エスデニア、パガニアの機動兵器が共鳴したとの記録が残されています。そしてその共鳴現象が、アスの被害を拡大させたと考えられております。アスの者達が使用した機動兵器のエネルギーでは、全体で融合減少を起こすのに不足しているとの分析があるのです」 「今回の事件は、その惑星上だけで収まっている……ように見えると言うことか」  そうは言ってみても、発生したメカニズムが分かっていないのだ。従って、過去の例だけで安心と言う訳にはいかない。 「結局、連邦軍の調査を待つ以外に方法は無いと言うことか」  そのためには、こちらの得た情報を提供する必要がある。仕方がないと息を吐いたトラスティは、「エリカ」と近場に居るゴースロス2番艦のAIを呼び出した。 「呼んだ?」  そう言って現れたのは、胸元が苦しそうなスーツ姿の女性である。金髪碧眼と言うのは、トラスティにとってストライクゾーンの真ん中に居た。ちなみにスーツの中身は、すでに確認済みでもある。 「ああ、クサンティン元帥に今の情報を提供してくれ」 「一つ確認するけど。どこまで流して良いのかしら?」  すかさず出された疑問に、トラスティは少しだけ情報の取扱を考えた。 「次に事件が発生する惑星の名前と、そして事件発生の日時、事件の中心となった地点の情報かな。加えて言うのなら、武装局員による直接探査のリスク……はいいか。未来視で危険性が分かったら、その時点で警告すれば事足りるだろうからね」 「とりあえず了解したわ。それから、危険性についてはクレシアさんにも確認しておいてね」  それだけと言い残して、エリカは姿を消した。そしてエリカの忠告を受け取ったトラスティは、「クレシア」と己のサーヴァントを呼び出した。 「なにか、御用でしょうか?」  我が君と言って現れたのは、フヨウガクエンの制服を着た金髪碧眼の美少女である。ちなみにこちらの方は、制服の中身については未確認になっていた。 「安全のため、君の意見を聞いておこうと思ったんだよ」 「私も、すべてを知っている訳ではありませんが」  そこで少し考えたクレシアは、「現象的に異なっている気がします」と答えた。 「具体的には?」 「勘……と言うと叱られそうですね」  微苦笑を浮かべたクレシアは、「アスの事例は」と1千ヤー以前の出来事を持ち出した。 「ほとんど事故の最初の事例……地球では「セカンド・インパクト」と呼ばれた事例は参考にならないのかと思います。大融合の依代として用意された個体、「アダム」にリリンと呼ばれた人類が干渉したことで制御が不能となり、コントロールされない状態で大融合が発生しました。そこで行われた緊急対応によって、全生物が巻き込まれるのは回避されました。ただ同時に発生した膨大なエネルギーのせいで、地球の地軸が動いています。そして中途半端とはいえ発生した大融合によって、地球の南半球に住まう20億を超える人々が消滅するだけでなく、海洋生物も死滅しています。その時人々がどうなったのか……観測データーは残っていません。ただ、セカンド・インパクト発生場所である南極を中心に、赤い海が広がっていただけです」  それが一つと答えたクレシアに、「アスの赤い海も同じなのか?」とトラスティは尋ねた。 「記録上は、同じものだと思います。私に言えるのは、その程度ですね」  関わっていませんからと口にしたクレシアは、「サード・インパクト」ともう一つの事象について説明を始めた。 「こちらは、リリン……すなわち、地球人だけで起きた事件だと思います。ただ、エスデニア……地球では、エデンと呼んでいたのですが、その干渉が結果的に後押ししています。融和派と強硬派がエデン内で対立し、融和派が妥協案として1体の使徒……つまり単独の機動兵器でリリンを征服すると言う話になったそうです。ちなみにコハク様は、その時は強硬派だったそうです。文明的に遅れたリリンに対して融和を持ちかけるのではなく、力によって従えてしまえと言うのが強硬派の主張だそうです。そしてこの試みは、機動兵器技術を時の議長サードニクス様がリリンに横流しをしたことで失敗に終わりました。ただ問題は、サードニクス様の予想よりもリリンが優秀だったこと。そしてセカンド・インパクトに対して、宗教的意味をリリンが持たせたことで問題が複雑化したことです。そのためIotUを依代としたサード・インパクトが発生し、地球上の生物は原初の姿に戻されてしまいました。そしてIotUによって、サード・インパクトは解消され、生物は元の姿を取り戻した事になっています」 「事になっている?」  疑問を呈したトラスティに、「真実は闇の中です」とクレシアは答えた。 「当のIotU……すなわちシンジ様も、その時何が起きたのかを説明できませんでした。ですから、そう言う事になっているとしかお答えようがないのです。ただ各種のヒアリング、私自身の経験から考察すると、サード・インパクト……すなわち大融合からの復帰は、シンジ様がトリガとなったのは間違いないのかと」 「君の経験と言ったね。ちなみに、どんな経験をして、それがどう言う考察に結びついたのかな?」  踏み込んできたトラスティに、「説明が難しいですね」とクレシアは苦笑を浮かべた。 「サード・インパクトが起こる直前、私は屋敷で朝食をとっていました。一応祖父からは、今日何が起こるのかは知らされていました。ただ結果的に、祖父から教えられたこと……祖父は人類補完計画と言っていたのですが、それは実行されませんでした。シンジ様のお父様の思惑、そして祖父たちの思惑、他にも関わられた方達の思惑。それぞれが絡み合い、事態は想像もつかないものになっていきました。私がそれを知ったのは、召使いたちが赤い光に包まれその体を崩壊させたのを見た時でした。そこで私は、死んだ母に出会ったと思います。そして気がついたら、裸でテーブルに突っ伏していました。その時は何が起きたのかは分からなかったのですが、祖父からサード・インパクトが失敗した結果だと後ほど教えられたのです」  そこで顔を見られたラピスラズリは、「同じ記録が残っています」とエスデニアの状況を付け加えた。 「今彼女が言ったことと同じことが、記録として残されています」  それに頷いたクレシアは、とても重要な事実を口にした。それは、サード・インパクトの持続時間と、その間における自分達の「意識」の問題だった。 「サード・インパクトは、およそ7日間継続した事になっています。なっていると言うのは、正確な記録が残せなかったからと言うのが理由です。そして多くの証言で、サード・インパクト中の記憶を誰一人として持っていないことが確認されました。つまり、融合世界を誰一人として認識できなかったと言うことです」 「クレシア、たしか君は「人類補完計画」と言ったね?」  確認したトラスティに、「確かに申し上げました」とクレシアは答えた。 「確かマールス銀河では、マールス人は高次の存在へと昇華した……と伝えられていたと思う。だが君の経験は、高次の存在になるようなものではなかった。その意味で言えば、「人類補完計画」の本当の意味、補うようなものではなく、単に保管……つまり、ストアするようなものだと言うことだ」  そこで小さく頷いたトラスティは、「ユウカ」と存在すら定かでないAIを呼び出した。  「はい」と神妙な顔で現れたユウカ……つまり、記録上存在しないことになっているニルバーナ帝国皇帝は、「観測結果は違います」とトラスティの質問の先回りをした。 「エデン標準時間で言うと、およそ3660日となります。その間惑星エデンは、無人の星として存在していました」 「つまり、我が君のお考えどおり、私達はそれだけの期間保存されたと言うことですね」  小さく頷いたクレシアに、「恐らく」とトラスティは返した。 「そこでの問題は、どうやって保管状態から元に戻したのかと言うこと。そしてもう一つ、誰が戻したのかと言うことだと思う。アス……地球といったほうが良いのかな。そこの場合は、IotUが戻したと言うことになるのだろうね。ただ伝え聞く彼の資質を考えると、意思を持って戻したとは考えられない。だとすると、彼を導いた者の存在が推測できる」 「ですが、確かめようのない話ですね。何しろアスでの大融合は、1千ヤー以上昔のことです」  推測以上のことは出来ない。ラピスラズリの指摘に、確かにそうだとトラスティは認めた。 「しかも、推測するための追加情報も無いんだ。だからこれ以上のことは、推測と言うより空想になってしまう」  そう言って微苦笑を浮かべたトラスティは、「違うと言ったね」とクレシアに確かめた。 「はい、確かにそう申し上げました」  そう答えてから、クレシアはヘルコルニアで起きた事件を持ち出した。 「アークとケイ……つまり、ヘルコルニアで起きたことが説明になるのかと。今回パラケオン32で起きたことは、地球よりはヘルコルニアの現象に近いと感じました」 「自我境界の破壊……と言いたいわけだ」  そう口にしてから、「何が違うのだろう」とトラスティは呟いた。そこで言葉が切れたトラスティに、「ちょっと良いか」とカイトが口を挟んできた。 「ええ、色々と行き詰まっていますからね。何か新しい視点があればお願いします」 「そのアークとケイで考えたのだがな」  そう口にしてから、「あいつ等は、少なくとも2度姿を現してるだろう?」と言った。 「ええ、肉人形を用意して、そこに自分の意識を転写していましたね。そうすることで、何度でもやり直しが可能になって居たかと思います」 「それはつまり、存在の核となるものが別にあったと言うことじゃないのか?」  カイトの指摘に、「それはそうですが……」とトラスティの言葉は煮え切らない物だった。 「つまり、地球だったか? そこで起きたことは、存在の核が保管されていたってことじゃないのか?」 「同じ人間がそのままの姿で復帰したのですからね。違うのかと言われれば、確かにそう言うことになりますが……」  そこで一度目を閉じて、トラスティはカイトの指摘をもう一度考えてみた。 「お陰で、ちょっと嫌なことを思いついてしまいましたよ」  目を開いたトラスティは、そう口にして大きく息を吐いた。 「確かマールス銀河で、非ヒューマノイド型の知的生命体が居ないのが不思議だと言う話がありましたね。マールス人によって滅ぼされたと言う可能性が指摘されていましたが、この方法なら姿を入れ替えることが可能なんですよ」 「存在の核の状態にしておいて、ヒューマノイド型の肉人形に詰め込むってことか?」  自分の言葉を解釈したカイトに、「そのとおりです」とトラスティはその考えを認めた。 「そうすることで、意識は継続することになりますよね。だとしたら、今まで使っていたものをそのまま使うことが出来るんです。遺跡が残っていないと言うことが、それで説明できそうなんです」 「確かに、意識が継続していたら異文明だとは思わないだろうな……」  ううむと考えたカイトは、「だとしたら」と別の考えを持ち出した。 「1万年前と言うのは、本当に1万年前のことだったのか?」 「意識が継続していたら、どうにでもなる話だと思いますよ。何しろ自分達の遺跡を発掘したら、その年代を起源にすればいいだけですからね」  カイトの言葉を認めたトラスティは、「ただ」と別の疑問を口にした。 「いずれにしても、復元者が必要になるんです。それが、一体誰だったのかと言うことですね……嫌だな。また、超古代文明とかが出てきそうだ」  げんなりとしたトラスティに、「諦めろ」とカイトは突き放した。 「なんだったら、そっちの方はノブハルに任せればいいだろう」 「兄さんは、引き取ってくれないんですね」  嫌だ嫌だと嘆いたトラスティは、「もう一つ分からないことが」と二人の顔を見た。 「どうして、こんな真似をしたのか……ってことか?」  核心をついたカイトに、「そのとおり!」とトラスティはそれを認めた。 「なぜ多様性の否定をしたのか……と言うことが気になります。しかも、100万の惑星で実施するなんて手間を掛けたことも疑問ですね」 「確かに、謎といえば謎なのだが……その復元者ってのは、今も残っているのかな」  どうなのだろうと考えたカイトに、「確かに疑問だ」とトラスティは頷いた。 「後は、今回大融合らしきものが起きた惑星には、自我境界を破壊した何かが存在することになる訳です」 「連邦軍が調査に入るのなら、それを調べて貰うのも一つの手だな」  この段階で乗り出していったら、体がいくつあっても足りないことになる。カイトの意見に頷き、トラスティは「しばらく静観しましょう」と自分達の対応を持ち出した。 「だとしたら、ノブハルの奴はどうする?」 「明日にもジェイドに来ると言う話でしたね……多分ですけど、パラケオン21の話が理由だと思いますよ」  そこでどうしたものかと考えたトラスティは、ノブハルにとって可哀想なことを口にした。 「ちょっと、惑星アーベルまで使い走りをして貰いますか」 「また、踊らせると言うのか?」  可哀想にと同情するカイトに、「本人の意志を尊重しますよ」とトラスティは嘯いた。 「多少は誘導するかも知れませんけどね」 「それが、可哀想だと言っているんだがな?」  はっきりと苦笑を浮かべたカイトに、「ノブハル君の自由ですよ」とトラスティは笑った。 「成長するための授業料……みたいなものだと思ってください。それに、呼びもしないのにジェイドまで来るんですからね。本人にもその気があるんじゃないですか?」  自主性も尊重しますとの言葉に、「乗せられないようにしよう」と、カイトはトラスティに対する警戒レベルを引き上げたのだった。  結果的にアスに3日滞在したノブハル達は、ジェイドへの移動でルリ号の持っているもう一つの面、豪華クルーザーの機能を満喫していた。あいにくタンガロイド社のアンドロイドは乗せていないのだが、その役目を肉体を持ったアバタールリが代行したのである。珍しく真面目に接客してくれたルリのお陰で、一行は豪華クルーザーの旅を満喫できたと言うことである。  通常なら数分でたどり着ける距離を、今回はゆっくり半日の時間を掛けて移動した。一行がくつろぐためと言うのがその理由なのだが、その分シルバニア帝国軍人にはストレスが溜まったようだ。それが理由なのか、ジェイドの軌道ステーションに到着したところで、ノブハルはローエングリン艦長コスワースからお願いを受けることになった。 「お呼びいただけばすぐに戻りますので、しばらくこのあたりをぶらつかせてはいただけないでしょうか?」  つまり、ルリ号の性能を確認したいと言うのである。その申し出を受けたノブハルは、もう一方の当事者であるルリを呼び出すことにした。  「呼んだ?」と言って現れたルリは、白のチューブトップに黒の短すぎるスカートと言う、とても刺激的な格好で現れてくれた。  ただ不思議な格好はいつものことと、ノブハルは呼び出した理由を説明した。 「うむ、コスワース艦長が、もう少しお前の性能を実感したいとう言うのだ」 「アスから半日も掛けたから、もう少しもなにもないと思うわよ。私は別に構わないから……ちょっと待っててね。エリカに聞いて見るから」  そう言って遠くを見る顔をしたルリは、「話がついたわ」とノブハルの顔を見た。 「緊急時の対応はエリカにして貰うことにしたの。ラフィール船長にも話を通して貰うから、特に問題になることはないわね。1週間ぐらい、テスト航海に出てもいいわよ」 「だそうだが?」  顔を見られたコスワースは、「気遣いに感謝いたします」となぜかルリに向かって頭を下げた。そしてノブハルの顔を見て、「ジュエル銀河へ移動いたします」と口にした。 「帝国本星と連動して、性能試験をしたいと思います」 「その必要性は認めるのだが……」  そこまですると、逆にレムニア帝国側が気になってしまう。一応極秘情報の塊だと考えると、機密漏洩を気にする必要がある。  そんなノブハルの懸念に、ルリは「問題ないわよ」と軽く口にしてくれた。 「すぐに、私の性能も旧世代になっちゃうしね。それにアリエル様なら、度肝を抜いてやれと仰ると思うわ」  だから全然問題ないと言われ、逆にコスワースの顔がひきつってしまった。ただ機密保持の問題もないと言われたのだから、好き勝手やってやろうと考え直して心の平穏を取り戻した。 「それから報告。エイシャ様の名前で、多層空間の使用許可を貰ったわ。だから、すぐにでも「エスデニア」宙域に移動できるわよ。確かエスデニアとシルバニアって、1千光年ぐらい離れていたわよね? それぐらいだったら、移動に5分も掛からないわよ。迎撃体制が間に合うのかどうか確かめてみても良いんじゃないの?」  面白いことになるわよと言われ、コスワースはもう一度目元を引きつらせた。 「それぐらいの速度だったら、亜空間干渉波を低減しなくても移動できるんだけど。ON/OFFで試してみる? 後は、光速の5億倍で接近するとか……色々と試してみても良いんじゃないの?」 「き、貴重な提言として本国に伝えさせて貰う……」  つい声まで引きつってしまうのは、事情を考えれば仕方がないことだろう。それだけ、ルリの提案は常識を外れたものとなっていたのだ。  そこで一度気持ちを落ち着けたコスワースは、「面倒をおかけします」とルリにもう一度頭を下げた。 「確かに、色々と確かめてみた方が良さそうです」  亜空間衝撃波の影響にしても、それが惑星シルバニアの守りにどう影響してくれるのか。そして超光速で接近する相手に対して、有効な迎撃手段を取ることが出来るのか。それを今のうちに確かめておくことは、シルバニアにとっても悪いことではなかったのだ。 「と言うことで話は着いたわ。それで、ノブハルはどうするの?」  直接降りる? と聞かれ、「良いのかそれで?」と思わず聞き返してしまった。 「許可を取れば問題は無いと思うわよ。その手の話は、トリプルAの得意技だし」  さも何事もないように口にしたルリに、「そっちじゃなくて」とジェイド政府側の対応を持ち出した。 「毎度来るたびに、政府対応が鬱陶しくて仕方がないのだが」 「そんなもの、公式行事じゃないと突っぱねればすむことでしょ。それに、その程度の根回しなら、トラスティ様が終わらせているわよ」  そう説明されれば、少しは安心できると言うものだ。なるほどと頷いたノブハルは、「直接で」と空間移動を選択した。 「奥さん達も準備はできているようね……と言うことで、エリカ、後は任せたわっ!」 「次は、もっとゆっくりしていきなさいね」  呼ばれたからなのか、紺のスーツ姿のエリカがアバターで現れた。そして次の瞬間、ノブハル達は纏めてトリプルA本社応接に飛ばされた。ようやく落ち着きを取り戻したこともあり、本社の様子は至って静かなものだった。 「今回は、クンツァイト夫妻は来なかったんだね」  苦笑を浮かべながら、トラスティはエイシャに右手を差し出した。全員身内と言うこともあり、一番立場の高いエイシャを優先したと言うことである。 「ああ、あいつは来たがっていたがな。ここだけの話、アルトリアさんに目を付けたようだ」 「神殿経営って意味なら……よく理解できる話だと思いますよ」  複雑な表情をしたトラスティは、「良く来たね」と次にノブハルと握手をした。 「うむ、あなたと話したいことが出来たからな。ただその話は、別に場所を作ってからと思っている」 「君が何を言いたいのかぐらいは分かっているよ」  少し口元を歪めたトラスティは、最後にナギサを握手をした。 「いい加減、僕としては外して欲しいんだけどね」 「今の所、その気は無いとお答えしますよ」  ニヤリと笑ったナギサは、トラスティに耳元で「ノブハルは落としました」と小声で囁いた。 「僕を巻き込まないでくれたら……文句を言うつもりはないんだけどね」  ふうっと息を吐いたところで、クリスタル銀河から連れてきた3人がお茶を持って現れた。そのうちの一人を見て、エイシャは「なるほどね」と大きく頷いた。 「まだ10代だと考えると、アマネ以上の素質じゃないのかな?」 「僕は、あっちの方向に持っていくつもりはないんだけどね」  素質があって、それを磨けば歴代最艶を超えることも可能なのだろう。ただトラスティは、アルトリアにそんなものを求めては居なかった。 「だがな、神殿の興行を考えたら彼女のような女性が必要だぞ。残念ながら、イヴァンカじゃ可も無し不可もなしと言うところなんだ」 「安定した興行を考えたら、色物を追求しちゃだめだろう」  だから不許可と答えたトラスティは、「何をしたいのかな?」とノブハル達の顔を見た。 「とりあえず観光なのだが……」  そこでナギサの顔を見て、「温泉は使えるのか?」と聞いた。 「開店休業状態だから使えるけど……今回アリッサはアテンド出来ないからね」 「まだ、入院が必要なのか?」  少しだけ眉間に皺を寄せたノブハルに対して、「アリッサだからね」とトラスティは分かりにくい答えを口にした。 「いや、よく分からないのだが……」  それで理解できるのは、エヴァンジェリンを妻にしているカイトぐらいだろう。困った顔をしたノブハルに、「基本的に体力なしだから」とトラスティは事情を説明した。 「まあ、もう少ししたら胎児の方も落ち着くと思うよ。後は、退屈に耐えられなくなるかもね。そうしたら、退院をして仕事を再開するはずだよ。コスモクロアが守っている以上、実際のところ今でも危ないことはなにもないんだよ」  つまり、入院は必ずしも必要ではないと言うことになる。それに安堵したノブハルは、「勝手に楽しませて貰う」と気遣いが不要なことを口にした。 「まあ、妹の奴はそうはいかないのだろうが」 「できれば、僕を巻き込んで欲しくないのだけどね……」  駄目なのだろうなと呟いたトラスティに、「諦めも肝心だ」とノブハルは言い返した。 「君が、そんなことを言うようになるとは思わなかったよ」  ふうっと息を吐いたトラスティは、「アクサ」とノブハルのデバイスを呼び出した。 「ツサクの温泉施設にみんなを連れて行ってくれるかな?」 「カゴネじゃなくてツサクの方なのね。一応データーを検索したわ。それで、あなたも来てくれるの?」  いきなり媚を売ってきたアクサに、「ノブハル君と話をしてから」と答えた。  求める答えを貰ったと、アクサは「りょーかい」と軽く答えてナギサ夫婦、ノブハルの妻達をツサクの温泉施設へと飛ばした。それからメリタとアルトリアを見たトラスティは、「ホストとして接待を頼む」と言って二人+シシリーも温泉へと飛ばした。 「エイシャさんはどうする?」 「俺か?」  そこで少し考えたエイシャは、「アリッサのところに」と自分の目的地を指定した。 「温泉の方は、後から合流することにする」 「病院には送った方が良いかな?」  足を気にしたトラスティに、「自分で行ける」とエイシャは笑った。 「たまには、アズマノミヤの景色を見ていってもいいだろう」 「だったら、僕達は男二人で密談することにしますよ」  そう言って笑ったトラスティは、立ち上がってエイシャをエスコートした。 「すぐに戻るから待っててくれるかな?」  そしてノブハルにそう言い残し、エイシャの背中に手を当て応接室を出ていった。  それから10分ほど過ぎた所で、「待たせたね」とトラスティが謝りながら戻ってきた。 「いや、ちょっとエイシャさんと話をしていてね」 「なに、俺が押しかけてきたんだ。その程度のことなら何でも無いと思うぞ」  だから気にするなと笑ったノブハルは、「パラケオン21のことだ」といきなり切り出した。 「あなたも、情報を掴んでいるのだろう?」  探るような目をしたノブハルに、「一応はね」とトラスティは笑った。 「ちなみに、この後パラケオン32でも類似の事件が発生することになっている。その情報を、マールス銀河に駐留している連邦軍に提供したよ」 「同じことが起こると言うのか」  うむと考えたノブハルは、「それ以上の情報はあるのか?」と尋ねた。 「パラケオン21は後手に回ったけどね。32の方は、すでにプローブを配置しているんだ。そしてそのプローブ情報を、アルテルナタが未来視で見ている。ただ大勢の人達が自我境界線を失い崩れていく姿は、さすがに彼女には刺激的すぎるだろう。だから、そちらの情報は「これ以上見るな」と今は指示を出しているんだ。それもあって、どこが事件の中心となって、どうやって人々が消えていったのか。正直連邦軍に渡した情報以上の情報は持っていないんだ」  それが全てとの答えに、「本当にか?」とノブハルは疑問の眼差しをトラスティに向けた。 「本当かと聞かれたら、本当としか答えようがないね。遠く離れた銀河のことだし、あまり興味がないと言うのが正直なところなんだ。しかも連邦軍が派遣されているのだから、現時点での謎解きは彼らの仕事だと思っているんだよ。優秀な彼らなら、かなり真実に迫ってくれるんじゃないのかな?」 「あなたが、首を突っ込まないと言うのが信じられないのだが……大融合に繋がる話だろう。しかも、古代文明が関わってくるかも知れないのだぞ?」  本気で関わらないのかと問われ、「首が回らなくなってきている」とトラスティは笑った。 「それに、今の所僕が関わらなくてはいけない状況じゃないんだ。趣味ですることまでは否定しないけど、どう考えても商売になりそうもないからね。アリッサが動けない状況だから、今はおとなしくしていようと思っているんだよ。後は、連邦が動けばそれだけ僕達の商売になるからね。僕達が直接探査するより、道具を買って貰った方が実入りが良かったりするんだよ」  だから動かないと繰り返したトラスティは、「失望したかな?」とノブハルに尋ねた。 「いや、別に失望とかじゃないんだがな。あなただったら、真っ先に飛び込んでいくと思っていたのだ。だから、少し意外に感じただけだ」 「後先考えずに飛び込んでいくのは、むしろ君の方じゃないのかな?」  これまではそうだったと言われれば、流石に反論も難しくなる。「それはそれとして」とノブハルが逃げたのも、思い当たるフシが沢山あったからに他ならない。 「ところで、なぜパラケオン21と32なのだろうな?」  もっともな問いなのだが、そんなことを聞かれてもトラスティに分かるはずがない。「さあ」と肩を竦め、「考えてみたら」と突き放してくれた。 「たった2つのサンプルじゃ、理由を考えるのは無理だと思うよ」  そう言って笑ったトラスティは、「そもそも」といくつかある疑問を口にした。 「どうして、2つともザクセン=ベルリナー連合側だったのかとか。アーベル連邦側でも同じことが起きるのかとか。この後も続いていくのかとか……まあ、疑問点だけなら山ほど出すことが出来るんだよ。ただ、それを究明するだけの動機が無いから行動に移していないんだけどね。それから忘れちゃいけないのは、ザクセン=ベルリナー連合は、超銀河連邦に所属していないんだ。だから勝手に手を出すと、連邦法に違反することになるからね」  だから何もしないとの答えに、なるほどとノブハルは大きく頷いた。 「そしてもう一つ。僕は、アーベル連邦にも関わっていないんだ」 「そのくせ第10艦隊とかルリ号とかゴースロスの2番艦とか貸してくれたな?」  十分に関わっているだろうと言い返したノブハルに、「大きな勘違いがある」とトラスティは言い返した。 「第10艦隊以外は、トリプルAが所有しているんだ。そして君には、トリプルAの船を使う権利がある。従って、トリプルA所有の船に関して言えば、僕が便宜を図ったわけじゃない」  それが一つと指を立てたトラスティは、「第10艦隊だけど」皇帝直属の艦隊を持ち出した。 「出し惜しみをしないと君が言うから、最高の戦力を貸し出しただけだからね。どれ一つとして、僕から関わって行った訳じゃない」 「そう言われれば、確かにそうなのだが……」  ううむと考えたノブハルは、一つの「なぜ」をトラスティに問いかけた。 「どうして、今回は乗り気じゃないんだ?」 「科学的探求は得意じゃないし、あまり興味がないんだ。それに、今回はペテンも必要なさそうだしね」  活躍の場がないと答えたトラスティに、「つまり」とノブハルはその先の答えを口にした。 「俺向きの仕事と言う訳か?」 「どちらかと言えばそうなのだろうね。ただ君にしたところで、アーベル連邦に影響が出なければ関わる必要はないと思っているよ」  消極的同意を示したトラスティに、「トリプルAの資産は使えるのだな?」とノブハルは聞き返した。 「先程、そう答えたつもりだけど? もちろん、バッティングしていなければと言う条件はつくけどね」  制限はその程度との答えに、「ゴースロスの2番艦を貸して欲しい」とノブハルは持ちかけた。 「DCTOとして、今回の現象を調べてみたいのだ」 「ルリ号があるから構わない……と言うのがとりあえずの答えかな?」  そんなものだとの答えに、「急ぐのかな?」とトラスティは尋ねた。 「急がなければいけない理由はないのだが。かと言って、他に急ぎの仕事がある訳じゃない。コスワース艦長達が戻ってきたら出発しようと思っている」 「コスワース艦長……確か、ローエングリンの艦長だったかな? どうして、彼らが理由になるのかな? ゴースロスには、専従の乗組員が居るのだけどね?」  なぜと言うトラスティに、「俺のスタッフだ」とノブハルは胸を張った。 「ラフィールさんより、コスワース艦長の方が相談がしやすいんだ。それに科学班も連れてきているから、分析を任せることも出来るし、科学的見地で意見を貰うことも出来るだろう」 「だったらルリ号の運用は……まあ、兄さんが居るから大丈夫か」  自分の都合も考えたトラスティは、「好きにしていい」とノブハルに許しを与えた。 「だとしたら、少し予定を切り上げさせるか」  そのまま取り上げると文句も出るのだろうが、次にゴースロス2番艦を使うと言うことになれば、その文句を抑え込むことも可能になる。それもいいかと考えたノブハルは、「アルテッツァ」とシルバニア帝国を統べるAIを呼び出した。  ノブハルに呼ばれたアルテッツァは、「白の少女」の格好で現れた。 「はい、お呼びでしょうか?」  頭を下げたアルテッツァに、ノブハルは今話をした結論を伝えた。 「うむ、コスワース艦長に伝言を頼む。事情が変わったので、そちらを切り上げて戻ってこいと」 「もう、ルリ号を取り上げるのですか?」  いかがなものかと文句を言うアルテッツァに、「どうかしたのか?」とノブハルは聞き返した。 「すでに、2度ほど実験が行われています。そこで惨憺たる結果が出ましたので、今は条件を変えて再実験と言う話になっているんです。あと数日は使えるだろうと、技術者達も張り切っているんですよ」  それを急に取り上げるなんてと、アルテッツァ三白眼をしてノブハルを睨んだ。 「惨憺たる結果……だと?」  そこで目元を険しくしたノブハルに、「惨憺たる結果ですとアルテッツァは言い返した。 「亜空間バースト緩衝装置が働いた状態だと、シルバニア帝国本星の監視網はルリ号を発見できませんでした。衛星軌道からいきなり通信が入って、本星にパニックが発生しました。そして次の実験で緩衝装置をオフにしたら、今度は監視網がずたずたになりましたし、駆けつけようとした守備艦隊が移動できなくなりました。亜空間航行をしようとしたのに、生成したバブルがすぐに弾けてしまったんです。図らずも、これで本星警備の問題点が洗い出されたと言うことです」 「つまり、ルリ号一隻にシルバニア帝国警戒網は敗北したと言うことか?」  呆れたノブハルに、「そうなります」とアルテッツァは不機嫌そうに答えた。 「それでも言い訳をするのなら、ルリ号は小型クルーザーと言うことです。潜り込まれても、直ちに深刻な状況にはならないはず……と思います」 「確かに、ルリ号には体当たり以外に攻撃方法はなかったな」  それを考えれば、警戒網を突破された時の驚異度合いは低くなる。カイトのような人物を運んだらと言う懸念は、別の方法を使っても潜り込めるため気にする必要はなかったのだ。 「それで、本当に呼び戻すのですか?」  みんながっかりしますよと言われると、呼び戻すのが申し訳なくなってくる。かと言って、ゴースロス2番艦との入れ替えも必要だった。 「うむ、やはり呼び戻してくれ。それだけだと可愛そうなので、餌を一つ用意することにした。ルリ号の代わりに、ゴースロス2番艦をシルバニアに持っていく。そこで数日演習を行ってから、マールス銀河に向けて出発することにする」  それだけだと餌として弱いと考えたのか、「追加の餌だ」とノブハルは付け加えた。 「ゴースロス2番艦ならば、収容能力が大きくなるからな。10名と言わず、もう少し技術者も乗せることができるぞ」 「一応、レムニア帝国の機密情報もあるんだけどね」  「だからだめ」とすかさず口を挟んだトラスティだったが、すぐに「まあいいか」とダメ出しを取り下げた。 「レムニア帝国皇帝は、シルバニア帝国を攻める意志がないことを示すのにもいいだろう」  そして「存分に」と、逆に許可を出したのである。 「でしたら、その旨をコスワース艦長に伝えます」  そこで一礼をしてアルテッツァは姿を消した。その姿が消えるのを確認してから、「攻める意志がない……だと?」とノブハルは訝ってくれた。 「彼我の実力差を見せつけてやろうと言うのじゃないのか?」 「そんなもの、ルリ号でも十分じゃないのかな? たった今、シルバニア帝国の警戒網が役に立たなかったと聞いた気がするけど?」  だよねと言われ、「確かに」とノブハルは頷いた。ゴースロス2番艦や第10艦隊を持ち出す以前の問題が明らかになっていたのだ。 「現時点での最先端を見せてあげるのも親切なんじゃないかな?」 「ならば、こちらも出し惜しみをするなと言っておく必要があるな」  うんうんと頷いたノブハルは、「アルテッツァ」ともう一度帝国のAIを呼び出した。 「なんでしょうか。今、帝国軍内で再調整を始めたところなのですが?」 「うむ、そのことだがな。今度は全力で迎撃……つまり、攻撃も行っていいぞ。それから、破壊していい中古要塞があったらそれも用意してくれ」  「ガチでやる」と笑ったノブハルに、「いいですけど」とアルテッツァはため息を吐いた。 「ノブハル様は、帝国軍にとどめを刺すおつもりですか?」  士気がだだ下がりになるとの不平に、ノブハルは皇夫としての反論を行った。 「この程度で破壊されるのなら、結局役に立たないと言うことだ。士気が下がると言うのなら、そんな奴らは首にしてやればいい」  偉そうに口にしたノブハルは、「だがな」と口元を歪めてアルテッツァを見た。 「それは、帝国艦隊を甘く見てると言うことだ。これまで俺が見てきた奴らは、こんなことでへこたれはしないぞ。困難に立ち向かう時こそ、今まで以上の実力を発揮してくれると思っている」  それがシルバニア帝国軍だと胸を張られ、アルテッツァは大きなため息を吐いた。 「仰る通りかと思います。帝国軍内での調整が終わりました。すぐに、コスワース艦長がこちらに戻られるそうです。あと、2時間ほどお待ち下さい」  以上ですと答え、アルテッツァはノブハルの前から姿を消した。それを見届けたところで、「立派になったね」とトラスティは笑いながら話しかけて来た。 「これで、帝国艦隊もやる気が出るだろうね。さて僕は、ラフィールに「蹂躙せよ」と命令をしておくかな」 「い、いや、流石に蹂躙は言いすぎだろう」  いかがなものかとの文句に、「現実を教えてあげるんだよ」とトラスティは言い返した。 「大丈夫。白の庭園に向けて、リトバルトの発射準備をする程度だから……流石に、白の庭園は問題か」 「それをやったら、普通に宣戦布告になるぞ」  やめてくれとの文句に、「確かにそうだね」とトラスティは笑った。 「そちらの用意する中古要塞程度にしておくか」  効果だけならそれでも十分なのだろう。そう言って笑ったトラスティは、エリカを呼び出しその旨を伝えたのである。  必要な打ち合わせが終われば、後は温泉で保養と言う話になる。なぜか欠席のはずのアリッサまで顔を出し、「シルバニア帝国皇夫歓迎会」が開かれることになった。ちなみに妊娠中のアリッサは、医者から禁酒を申し渡されていたのは言うまでもない。  カイトとジークリンデも加わって人数も増えたのだが、無駄に広い宴会場のせいで少しばかり閑散とした空気が漂っていた。  なぜかユカタドレス姿で演壇に立ったトラスティは、「シルバニア帝国皇夫殿を歓迎します」と真面目な挨拶をしてくれた。そしてそれに応えたノブハルも、「リゲル・レムニア帝国皇帝聖下のご厚情に感謝いたします」と他人行儀な挨拶を返した。  ただ公式の、そしてある意味肩苦しく他人行儀なところはこれで終わりで、そこからはとても砕けた宴会へと突入した。ちなみにこの宴会は、圧倒的に女性が多いという、とてもアンバランスなものになっていた。 「今日は、私の分も飲んでくださいね」  自分はノンアルコールの飲み物を手に、アリッサはメリタに「責任重大です」と脅しをかけた。 「何しろアルトリアさんは未成年ですし、アルテルナタさんはお酒が飲めませんからね。そしてロレンシアさんは、飲むより食べる方ですから……みなさんにお付き合いできるのが、メリタさんしか居ないんです」 「どうして、飲むことが前提になっているんですか?」  それがおかしくないかと言うメリタに、「どうしてですか?」とアリッサは分かりませんと言う顔をした。 「ホストですから、お客様と楽しくお話をしてお酒を酌み交わすのが努めですよね?」 「そんな気がしないでもありませんが……本当に必要なことなのですか?」  目元に皺を寄せたメリタに、「今日は私の代行です」とアリッサは彼女の立場を一段持ち上げた。 「ですから、あの人について居てくださいね……夜もですけど」  最後の部分はとても小さな声だったのだが、メリタの耳にはしっかり届いていた。 「ええっと……良いのですか?」 「たまには、シシリーさんとご一緒するのもよくありませんか?」  許しますと笑ったアリッサは、「休んでいます」と離れた所に作られたテーブルを指差した。 「まだ、ちょっと体力的にきついところがあるんです」 「でしたら、私がお連れしますよ」  少し慌てたメリタは、どうぞと言って手を差し出した。アリッサを見ていると、どう頑張っても「妻として同格」とは思えなかったのだ。 「でも、シシリーとご一緒って……どう言う意味だろう?」  アリッサを座らせたメリタは、直前に言われた言葉に不穏なものがあるのに気がついた。ただ藪を突きそうな気がしたので、勘違いだと忘れることにした。  そして同じ頃、ノブハルはエイシャに捕まっていた。ちなみにノブハルの横には、ウタハとトウカの二人が付いていた。そのあたり、前夜のおさらいの意味もあったのだろう。そしてトラスティのところには、ナギサとリンが「ご主人様」と言ってまとわり付いてきた。 「今晩は、ノブハルも混じることになったよ」  ふふふと妖しく笑うナギサに、トラスティは眉をハの字にして「やめようよ」と文句を言った。そんなトラスティに、「息子の教育だと思って」とナギサは危ないことを口にしてくれた。 「いやいや、普通の親はそんなことをしないよ」  だから駄目との反論に、「普通を求めますか?」とナギサは言い返した。 「ノブハルは、今の時点で7人の奥さんが居るんですよ。それを考えれば、すでに普通は崩れていると思うのですけどね。それから聞いた話ですけど、ご主人様は女性問題をノブハルに押し付けようと企んでいるのですよね。だったら、もう少しノブハルを鍛えた方が良いと思いますよ……何しろノブハルは、未だに「下手」なんだだそうです。そして一度に複数人を相手にすると、急に「淡白」になるそうです。女性を押し付けるには、まだまだ経験が足りないと思うんですよ」  そのトレーニングだと、ナギサはおかしな理屈をつけてくれた。 「大丈夫です。アリッサさんを混ぜて欲しいなんて言いませんから」 「それを要求した時点で、宇宙の塵にしてあげるよ」  真顔で言い返したトラスティに、「だから言いません」とナギサは繰り返した。 「多分ですけど、エイシャさんとリュースさんで手一杯だと思いますよ。と言いますか、今日は見学……の意味合いが大きくなりますから」 「それは、間違いなく悪趣味だと思うよ」  そこでナギサ達から目をそらしたのだが、運悪くエイシャと目が合ってしまった。自分に向かってニヤリと笑うエイシャに、トラスティは背筋に冷たいものが伝った気がした。  そこで慌てて反対側に目をそらしたら、今度はリュースと目が合ってしまった。こちらもニヤリと笑うところを見ると、すでに話がついているのだろう。 「仕方がない。クレシアを使って阻止するか」  生身でリュースに敵わなくても、クレシアを使えば立場は逆転できる。そのつもりでいたトラスティに、「無駄なことを考えていますね」とナギサは笑った。 「リュースさん情報だと、女性問題ではデバイスは力になってくれないと聞いていますよ。ちなみに、10剣聖も当てにならないそうですね」  孤立無援と指摘され、トラスティは「はぁ」と大きくため息を吐いた。 「ノブハル君は、自分の奥さんが他の男に抱かれても我慢できるのかな?」 「……流石にそこまでの割り切りが出来ているかは不明ですね。でも、今日ならロレンシア様とかメリタさんとかいますよね……ちなみにリンもその気ですから」  人数的には大丈夫と言われ、トラスティはもう一度大きくため息を吐いた。 「なにか君達の倫理感覚が狂ってないか?」 「いろいろな経験をしてみたい年頃だと思ってください。それにトラスティさんなら安全ですからね」  若さを理由にしたナギサは、「もう一つ」とトラスティの倫理感覚を問題とした。 「今の時点で奥さんは何人いますか? 加えて、愛人は何人居るのでしょうね。リン以外でも、人妻に手を出していると聞いていますけど?」  それで倫理を口にしますか。冷静なナギサの突っ込みに、「だけどね」とトラスティは言葉を探した。 「どんな言い訳をしても意味がありませんからね」  手でトラスティを制したナギサは、「気楽に行きましょう」と言ってくれた。 「変に拘るから、話がややこしくなるんですよ」 「いやいや、これは拘るべきことだと思うのだけどね」  絶対におかしいだろうと主張したのだが、馬の耳に念仏と言えば良いのか、ナギサ夫妻は少しも取り合ってくれなかった。「今晩が楽しみです」と言い残して、別の塊……ノブハルの妻達の方へ離れていってくれた。 「兄さんを巻き込まないと体がもたないな……」  犠牲者の分母を増やそうと、トラスティはジークリンデを連れたカイトの方へと歩いていった。  もう少しジェイドでゆっくりとするつもりのノブハルだったが、彼の置かれた事情は優しくなかった。そのあたりルリ号を呼び戻したことが祟ったのだが、コスワースに出発を急かされてしまったのだ。帝国側でスケジュールが切られていると言われ、ジェイドに未練を残してゴースロス2番艦で旅立っていったのである。ちなみにノブハルの護衛とデバイスの二人は、大いに満足をして旅立ったと言う話しだ。ちなみにノブハル自身、前夜の狂宴は得るものが多かったと考えていた。  それを確認した所で、トラスティはアルテルナタから新たな未来視を聞かされた。今の時点で、パラケオン32の他に大融合に似た事件が起きる未来は見えないと言うのである。 「ノブハル様が、事件に巻き込まれる未来は今の所ありません」  お疲れですねと笑ったアルテルナタに、「保養所に来ているのになぁ」とトラスティは天井を見上げた。 「どうして、普段より疲れるんだろう?」 「非日常と言うのは、かなり疲れるものだと伺っています」  そう言って笑ったアルテルナタは、「メリタさんから伺いました」ととても不穏なことを口にした。 「なにか、普段以上に刺激的だったと。それを聞いたら、私も混ぜて欲しくなりました。同じことを、ロレンシア様やアルトリアさんも言っていましたよ」  今晩が楽しみと言われ、トラスティは思わず顔を引きつらせてしまった。それがおかしくて口元を押さえて笑ったアルテルナタは、「別の未来ですけど」とエイシャ達に聞かされていた話を持ち出した。 「エリーゼさんですけど。今のままでは、ご主人様に抱かれても状況は好転しませんね。そのあたり、賢すぎることの弊害……でしょうか。いろいろな事情を考えて後ろ向きになってしまうようです。しかもご主人さまに抱かれた場合には、ノブハル様との感情の問題が発生します。他の奥様……トウカさんやセントリアさん、ウタハさんでは問題にならないのですけど……たぶん、エリーゼさんの性格が理由なのかと思います」 「むしろ、僕にはノブハル君の方に問題があると思うよ」  そうかと答えたまま、トラスティは目を閉じた。 「敢えて、感情の問題を起こしますか?」 「雨降って地固まると言うことわざ……なのかな。敢えて問題を起こすと言う方法もあると思っているよ」  そうすることで、今よりも固い結びつきが出来る可能性もある。トラスティがそう口にした所で、「未来が不確定になりました」とアルテルナタは告げた。 「ご主人様が、別の方法を選択されると言うのは分かりましたが。それが、私の理解を超えているようです。ですから、そこから先の未来がぼやけて見えなくなりました」  何をするのですかとの問いに、「今の所はまだ」とトラスティは言葉を濁した。 「まだちょっと、迷っているところがあるんだよ」 「エリーゼさんを抱くことに……ではないようですね」  ふむと目を閉じたアルテルナタは、「ライスフィール様がおいでになる未来もありますね」と未来視で見た可能性の一つを口にした。 「ただライスフィール様が……その、以前お会いしたときと変わっていると言うのか。なにか、雰囲気が変わられましたね。それに、どうやってライスフィール様がおいでになられたのでしょう?」  そこでアルテルナタが首を傾げたのは、ライスフィールの移動方法が分からなかったことだ。不思議ですねともう一度目を閉じて見たのだが、「やっぱり分かりません」と見ることを諦めた。 「それ自体、とても不確かな未来ですね。それで、ご主人様は教えてはくださらないのですね?」  少し頬を膨らませたアルテルナタを、可愛いなとトラスティは感じていた。だからちょっとしたいたずらで、軽く抱き寄せ唇を重ねた。 「ちょっとね、頭の中でいろいろな方法を考えているんだ」  だからまだと言って、顔を真赤にしたアルテルナタを解放したのである。  同じ頃、メリタはシシリーと二人で温泉に入っていた。「ほうっ」と大きく息を吐きだしたのは、温かいお湯が気持ちよかったと言うことだろう。 「普段はシャワーなんだけど。こう言うのっていいわね」  ううっと手をのばすと、豊かな胸が引き伸ばされたように強調された。少しはしたないと注意をしたシシリーは、「気持ちは分かる」とメリタの感想に賛同した。 「でもさぁ、これだけ広いからって言うのもあると思うわよ」  今の住まいでもバスタブは付いていたが、両手両足を伸ばせるほどは広くなかったのだ。 「たしかにね。今でも十分立派なお風呂なんだけど……」  アリッサが用意してくれた部屋は、自分の常識をはるか超えていたのだ。一人で住んでいるのに4部屋あってどうするのだといいたくなるし、リビングなどそれだけで以前住んでいた部屋が入ってしまうほど広かった。おかげでどこに居ていいのか悩んでしまうという笑えなことまで起きていた。しかもアンドロイドを派遣してくれたので、いたれりつくせりの生活を送れていたのだ。  ちなみにノブハルの奥さんと言うことで、シシリーにも似た部屋が用意されていた。 「お風呂だけじゃないよね、立派なのは」 「そうね。世界が違うって思いっきり教えられた気がするわ」  ふうっと息を吐いたメリタは、自分の頭を指差して「同感だって」とシシリーに告げた。 「なに、ミラニアさんも同じことを考えているの?」 「ゼムリア……でいいのかな。そこの暮らしとは段違いらしいわよ。だから今は、私達の銀河にどう干渉するのかしっかり頭を悩ませているわ」  悔しかったみたいねとミラニアの気持ちを口にして、「その気持は分かる」とメリタはサラサラのお湯を手ですくった。 「技術的には凄いんだけど、それを意識しないで生活できるんだもの。普通に生活をして、そして目立たないところを技術がサポートしてくれてるでしょ? これだったら、ブリーの家族を連れてきてもすぐに溶け込めると思うわ」 「ブリーの家族って……」  そこで「ああ」と手を叩いたシシリーは、「ご招待がまだだったわね」とメリタの顔を見た。 「リチャードおじさんたちを招待してあげなくていいの?」 「それなんだけどね……」  はあっと息を吐いたメリタは、「タイミングを外した」と答えた。 「あなたのご両親が参加したツアーがあったでしょ。あの時一緒につれてくればよかったと思ってるの。今だと、ほら、なんか特別になっちゃうしね」  だから招待しにくいと言う答えに、なるほどとシシリーは頷いた。前回シシリーの家族が招待された時には、大勢の軍人も一緒だったのだ。そして彼女の父親の名士と言う立場も、逆に目立たないと言う意味では都合が良かったのだ。 「確かに、あなたのおじさん達は一般人だものね。こっそり連れ出すのは難しくないけど、おじさん達の気持ちは別でしょうね」 「トラスティさんに紹介した時にも、しっかりと緊張してくれたわ。レックスが居なかったら、何も話ができなかったぐらいよ……結局、まともに話ができたとも思えないけど」  おじおばの二人が酔いつぶれたのを思い出し、「できてないわぁ」とメリタは天井を見上げた。 「まあ、普通はそうよね。うちの父さんも似たようなものだったから」  アルテッツァが現れた時や、ゴースロスに連れて行かれた時には、しばらく現実を受け入れられなかったぐらいなのだ。  やっぱり無理よねと頷いたシシリーは、「そう言えば」と手を叩いた。広い浴場と言うこともあり、「ぱん」と言う音が響いてくれた。 「結局、あなたの従兄はどうするの?」  誘われてたわよねと聞かれ、「どうするんだろう」とメリタは難しい顔をした。 「ここに来てみて分かったのは、レックスもブリーを出た方がいいってことかしら。でもさぁ、レックスってブリーにとって重要な役割を持っているでしょ。こちらとの唯一の窓口になってるから、そう簡単にブリーを離れる訳にもいかないのよ」 「どうして、ブリーは超銀河連邦への加盟申請をしないのかしら?」  今回のアーベル連邦を見ても、随分とあっさり加盟を果たしているのだ。そしてこれまでの事例を見ても、さほど揉めずに加盟が認められている。文明レベルにしても、モザイク銀河のヘルコルニア連邦より、よほど高いと思えるのだ。それなのに、ブリーは連邦加盟に踏み切れないでいた。 「トラスティさんが言うことによると、常識がどこか捻れてるんだって。後は、神との戦いのせいで、疑心暗鬼になりすぎているって言うのか……どうも、そのあたりが影響しているらしいのよ」 「なるほど、つまりあなたが悪いってことね」  びしりと指さされたメリタは、「なんでよ」と唇を尖らせた。 「だって、「神」ってあなたの中にいるじゃない」  だからだと言い返されたメリタは、「私のせいじゃないっ!」と力説した。 「と言う馬鹿話はいいんだけど……」  いきなり真顔に戻ったメリタは、「今晩どうするの?」とシシリーに尋ねた。 「ほら、ノブハルさんは出発しちゃったじゃない」 「昨日みたいなバカはやらないと思うわよ」  それがと顔を見られて、「ちょっと気になったのよ」とメリタは難しい顔をした。 「若い子と比べられることが?」  ノブハルの妻達は、自分を除いて全員が3歳以上年下だったのだ。それを論ったシシリーに、メリタは「違う!」と即答した。 「昨夜のことだけど……エリーゼさんだけ仲間に入らなかったでしょ?」 「……そうだっけ?」  覚えてないなぁと明後日の方を見たシシリーに、「仲間に入ってなかったのよ」とメリタは繰り返した。 「入るに入れなかったって言うより、なんか避けてたって感じがしたわ」 「よく、あの状況でそんなことを見てられたわね? あなたの甲高い声が煩くて仕方がなかったのに」  あの最中のことを論われ、メリタは顔を赤くして「それはそれ」と話を引き戻した。 「なにか燃えたって……いやいや」  慌てて首を振ってから、「目立ってたから」と理由を口にした。 「喘ぎまくっていたあなたに分かるぐらいだから、相当酷かったと言うことか……」  ううむと唸ったシシリーは、「とりあえず」とメリタの顔を見た。 「お風呂から上がらない? なんか、湯当たりしそうな気がしてきたわ」 「はぐらかさないで……と言いたいところだけど」  確かにそうと言って、メリタは広い湯船から立ち上がった。 「続きは、冷たいビールでも飲みながら話そうか」 「メリタらしいと言えばいいのか……こう言った話は、普通はシラフでするものよ。まあ反対しないけど」  のどが渇いたしと、シシリーも湯船から立ち上がった。  超銀河連邦最悪と言われるペテン師でも、エリーゼの問題は流石に難しかった。エリーゼの感じている劣等感が理由なのだが、周りに対して見えない壁を作っていたのだ。その壁のせいで自分が疎外感を抱くことになっているのだが、その一方で自分の心も守ってもいたのだ。そして壁の中にこもることで、彼女の存在を沈んだものに変えていた。「見る目がない」とジュリアンは嘆いたのだが、それは彼女のことを気にかけていたから言える言葉でも有ったのだ。 「こう言うのは得意じゃないんだけど……」  ノブハル相手なら、かなり乱暴な真似もすることはできる。だがエリーゼ相手になると、細心の注意の元デリケートな対応が必要となってくるのだ。誑し込むのなら難しくはないが、自信だけをつけさせるのはあまりにも難易度が高すぎた。 「やはり、アリッサに相談してみるか」  意外に正解を引き当ててくれる。それを期待して、トラスティはクレシアに命じて空間を移動した。  相談に現れた夫に向かって、「息子の嫁に手を出しますか?」とアリッサはまじまじとその顔を見てくれた。  そして流石にそれはめげると肩を落とした夫に、アリッサは「エイシャさんから聞いています」と口元を押さえて笑ったのである。 「物凄く短絡的な話だと思いますよ。一応エイシャさんもコントロールしているみたいですけど」  エスデニアや昨夜でも、結果的にノブハルの妻達は「不義」はしていない。すでに開き直ったナギサ夫妻と言う例外はあるが、エリーゼ達は見学に比重をおいていた。ロレンシアやメリタ、アルトリアに混じれなかったと言うのが正直なところかもしれないのだが。  そしてノブハルの方にしても、エイシャとリュースが張り切っていたのだ。彼女たちが「勉強」と考えるのも不思議なことではなかったということだ。 「エイシャさんが言うには、エリーゼさんだけが一人離れていたみたいですね……ええっと、気持ち的にと言う意味ですけど」 「ちなみにエスデニアの宴では、一人壁の花になっていたそうだよ。流石にまずいと、ジュリアン中将が僕に連絡をしてきたよ」  だから相談に来たと。自分を見る夫に、「だからと言って抱いてあげるのは賛成できませんね」と言うのがアリッサの答えだった。  それに頷いたトラスティは、「問題の解決にならないね」とその効果を否定した。 「徹底的に決裂させてからよりを戻すと言う方法もあるのだけどね。ただ、将来の幸せのためとは言え、今を苦しむことがいいこととは思えないんだ。今の彼女を抱くと言うのは、今苦しむことに繋がるんだ。そして舵取りが難しいと言うかとてもリスキーなものになる。彼女に、そんな辛い目に遭わせたくないんだよ」  いい子だからねとの言葉に、アリッサはゆっくりと頷いた。 「私が元気だったら、2対2もできたんですけどね……」  そこで少し考えたアリッサは、「特別な存在にしてあげるのはどうです?」と夫の顔を見た。 「特別な存在?」  なんのことを言っていると首を傾げた夫に、「こんな風に」とアリッサは右手をゆっくりと横に差し出した。右手にまとわりついたものを見て、「そんなことが」とトラスティは目を剥いた。 「認識の拡大……でしたか? あなたと一つになって、私にもできるようになったみたいです。もっとも、何ができるのかは全く分かりませんけどね」  そう言って笑ったアリッサは、「伝えられますよね?」と夫の顔を見た。 「ライスフィールの時には、かなり際どい方法を使ったんだけどね」  苦笑浮かべたトラスティだったが、その口からは「できない」と言う言葉は出てこなかった。それに頷いたアリッサは、「自信をもたせてあげてください」と夫に頼んだ。 「そのためなら、多少のことなら目をつぶろうと思っています」 「多少のこと……ねぇ」  どこまでしようかと鬼畜なことを考えながら、トラスティはエリーゼのことを思い出した。 「これまでと違うタイプって、新鮮でいいんだよね」 「お兄様のようにならないよう、気をつけてくださいね」  お姉様が笑っていたと告げた妻に、「兄さんねぇ」とトラスティはカイトのことを思い出した。 「ハウンド時代だったら、間違いなく守備範囲外なんだろうね」  少し口元を歪めたトラスティは、アリッサの体を抱き寄せ唇を重ねた。 「ノブハル君の度肝を抜いてやるか」 「面白そうですね、それ」  そう言って笑ったアリッサは、今度は自分から唇を重ねてきた。 「それから、この子達のことなんですけどね……」  そう言って、アリッサは少し目立ち始めたお腹に手を当てた。 「名前はギルベルトとヴァイオレットにしようと思っているんです」 「……どこかで聞いた名前だね」  そう言ってから、トラスティは「分かってる」と笑いながらアリッサを手で制した。 「これで、辻褄が合うことになるのかな?」 「あの子には、泣き顔は似合わないと思うんです」  そう言って笑ったアリッサは、お腹に手を当てて「待ってますよ」と話しかけたのだった。  方針さえ決まれば、後は行動するだけになる。デバイスと空間移動が使えれば、女性一人攫うのは難しいことではなかった。前日とは打って変わって落ち着いた二日目の夜、トラスティは寝ようとしていたエリーゼをルリ号へと拉致した。  一体何ごとが起きたと不安を隠せないエリーゼに、「二人きりになりたかった」とトラスティは告げた。ちなみに二人がいるのは、ルリ号の豪華なベッドルームである。まさに勘違いをしてくれと言うシチュエーションに違いないだろう。  シチュエーションとトラスティの言葉で真っ赤になったエリーゼは、「どうして私なんです?」と甘えた声を出した。体臭が強くなっているところを見ると、かなり興奮しているのは確かなのだろう。 「僕がノブハル君の館で泊まった時、君は僕の部屋の外で自分を慰めていたね」  気づいていたよとの言葉に、エリーゼははっと息を呑んだ。 「君が、リンちゃんの影響を受けているのも知っているよ。彼女に憧れ、そしてウタハさん達に対して劣等感を抱いている。第一夫人と主張することで、自分を慰めているのも知っているんだ」  そう告げたトラスティは、エリーゼに口づけをしてゆっくりと彼女のパジャマを脱がせていった。上着を脱がせたところで、小ぶりだが形の良い胸が顕となった。その小さな胸を右手で弄び、左手でエリーゼの体を抱き寄せた。彼女の息が荒くなっているのは、それだけ興奮している現れである。  そのままゆっくりとベッドに押し倒し、トラスティはパジャマのズボンをショーツと一緒に引き下ろした。少し太めの腰と、伸びた陰毛が視線の先に有った。トラスティの右手が太ももを伝ったところで、エリーゼはビクリと体を震わせた。  そしてゆっくりと唇を重ねたところで、「僕に抱かれたらなにか変わるのかな?」とトラスティは問いかけた。 「今まで感じたことのない悦びを感じさせてあげられるよ。よがり狂わせることも難しくはないね。ただそれをして、君は変わることができるのかな? ノブハル君に対して負い目を感じることは無いのかな?」  もう一度可愛らしい胸を弄び、「分かっているのだろう?」とトラスティは問いかけた。 「違うか。君は、分かっていないんだ。本当の君は、とても魅力的だと言うことにね」  魅力的だと言われたところで、エリーゼは初めて「そんな事はありません」と悲しそうに口にした。まだ顔は赤いが、先程までの興奮とは程遠い顔をしていた。 「だとしたら、僕が抱いても何も変わらないよね? 隷属のチョーカーは、魔法の道具なんかじゃないんだ。あんなものをしても、君には全く効果はないんだよ」 「でも、私は本当に何もありません……」  だからと、今度はエリーゼから唇を重ねてきた。そして彼女の右手は、トラスティの股間へと伸びていた。 「続きをしたら、君は何か得ることができるのかな?」  できないよねと告げ、トラスティはもう一度エリーゼをベッドへと押し付けた。 「君がしなければいけないことは、自分が魅力的だと認めることだよ」 「でも、エスデニアではどなたも誘ってくださいませんでした」  だから魅力的じゃないと言い返し、「魅力的じゃないんです」とエリーゼは声を上げた。 「僕に抱かれたら、君は魅力的になれるのかな? ただ単に性的興味と言うのなら、間に合っていると言うのが僕の答えだよ」  どうだと問われたのだが、エリーゼは答えを口にしなかった。性的興味の部分を否定できないのは確かだが、それ以上にあったのがリンのようになりたいと言う気持ちだったのだ。 「……私は、リンさんのように素敵になりたんです」 「それは、誰のためなのかな? ノブハル君のためと言うのなら、僕に抱かれることが彼のためになるのかな?」  なんとか紡ぎ出された言葉を否定し、トラスティはノブハルの名前を出した。その名前にビクリと震え、エリーゼは両手で顕になった胸を隠そうとした。だがトラスティは、エリーゼの両手を掴んで磔にするようにベッドに押さえつけた。 「ノブハル君と別れて僕のものになるというのなら、ミラクルブラッドだって上げてもいいと思っている」  エリーゼの眼前で握った右手を開くと、そこには赤く輝く石を載せた指輪が有った。  思わず自由になった左手を伸ばしかけたエリーゼだったが、ぎゅっと拳を握りしめて「だめです」と声を絞り出した。 「私は、ノブハルさんのことが大好きなんです」 「ノブハル君のために素敵になりたい……かな?」  そうなのかなと問われ、エリーゼはコクリと頷いた。 「ノブハル君は、君が素敵じゃないと言ったのかな?」  違うよねと問われたエリーゼは、「でも」と視線を宙にさまよわせた。そして言葉を探し、「あまり求めてくれないんです」と打ち明けた。 「ウタハさんみたいに綺麗じゃないから。スタイルも良くないし……」  それが答えだと言うエリーゼに、やれやれとトラスティはため息を吐いた。 「君は、僕がかなりの我慢をしていると言うことに気づいた方がいい。君がノブハル君の奥さんじゃなければ、とっくの昔に抱いていたんだよ。今だって、どうすればノブハル君を丸め込めるか考えているぐらいだ」  確かめてごらんと、トラスティはエリーゼの右手を自分の股間のものに直接触らせた。硬くて熱いものに触れたエリーゼは、思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまった。 「分かったかい。君の体に、僕の体がこれだけ反応しているんだよ。違うね、本能では僕も君を抱きたいと思っているんだ。でも、理性がそれを押し留めているんだよ。心のままに欲望を吐き出したら、絶対に君のためにならないことは分かっているんだ」  だからと告げ、トラスティはエリーゼから離れた。そして軽く手を振って風を起こし、エリーゼの体をベッドから持ち上げた。 「こ、これは何なのですか?」  突然の出来事に、エリーゼは激しくうろたえた。 「この世界に満ちている力を利用しているんだ。ライスフィールなら魔法と言うのだろうね」  そんなものだと笑ったトラスティは、エリーゼの体をゆっくりと自分の前に下ろした。そして正面から彼女の体を抱き寄せた。 「IotUは、このことを認識と説明したようだね」 「IotUの奇跡……なのですかっ!」  ゴクリとつばを飲んだエリーゼを、トラスティは抱き寄せる力を少しだけ強くした。 「言葉でいくら言っても、君は自信など持てないのだろうね。だから、君に特別なものを分けてあげようと思っているんだ」 「特別な、もの、ですか……」  再び顔を上気させたエリーゼに、「特別なもの」とトラスティは耳元で囁いた。 「宇宙の秘密の……一端ってところかな? 目を閉じて、暗闇の中から光を探してごらん?」  手伝うからと告げ、更に力を込めてエリーゼの体を抱きしめた。その力強さと肌から伝わる感覚に、エリーゼは「ああ」と歓喜の声を上げた。 「頭の中で、なにか火花が飛んだ気がしますっ!」 「もっともっと、僕のことを感じてごらん」  目を閉じているエリーゼには分からないことだが、その時トラスティの体は淡い光を放っていた。そしてその光は、水が流れるようにエリーゼの中へと流れ込んでいた。そしていつしか、エリーゼの体も淡い光を放つようになっていた。 「もっともっと、世界を広げてっ」  その言葉と同時に、更に多くの光がエリーゼの中へと流れ込んでいった。そしてその流れが飽和したところで、まるで爆発するようにエリーゼの体から光が放たれた。その光は物理的力を持ち、豪華なベッドルームの半分を消し飛ばした。  それだけの力を振るえば、力の源も無事では済まない。トラスティはけろっとしていたが、その腕の中でエリーゼが気を失っていた。 「さて、できるだけのことはしてみたんだけど」  うまく言ったのかなとつぶやきながら、トラスティは「ルリ」と船のAIを呼び出した。  「待ちくたびれた」と文句を言って現れたルリは、それが当然のように何も身に着けていなかった。 「とりあえず、ここを直しておいてくれるかな?」 「ちょっと、プレーが激しすぎるんじゃないの?」  可哀想よと、ルリは気を失っているエリーゼを見た。 「これで、ノブハル君とは親子で兄弟ってことになるのね」 「いやいや、してないから」  そう言って否定をしたトラスティは、復旧されたベッドの上にエリーゼを寝かせた。そしてぱちんと指を鳴らし、下着からパジャマ一式を彼女に着せた。 「目を覚ましたら、結果を確認することにしよう」  そう言ってから、トラスティはルリの体を抱き寄せた。 「あら、積極的ね」  嬉しいけどと抱きついてきたルリは、「程々にしてね」とトラスティにお願いをした。 「機能停止すると問題だから」 「多分だけど、大丈夫だと思うよ」  そう答えたトラスティは、ルリに口づけをしてから彼女をベッドに押し倒した。広すぎるベッドのおかげで、部屋を移らなくても大丈夫なようだった。  ジェイドを出たノブハルは、エスデニアの協力を得てジュエル銀河に来ていた。そしてシルバニアで必要な人員をゴースロス2番艦に乗せ、およそ1万光年離れた場所へと移動していた。  ただすぐに演習とならなかったのは、シルバニア帝国側の理由からだった。何しろ今回の演習の目玉は、本星代わりの巨大要塞なのである。それを必要な位置に配置するには、今の技術でも最低1日は必要だったのだ。その1日と言う待ち時間を潰すため、シルバニアの技術者を乗せて各種のデモが行われた。  1km級と同等の広さを持つこともあり、ゴースロス2番艦のブリッジはかなりゆったりとした作りになっていた。そしてそのブリッジの一部をシルバニア帝国軍用にパーテーションを切り、彼らの見学……分析用のワーキングルームとした。  そして事前に行われた両者の会合には、ゴースロス2番艦の貴賓室が使用された。そこにローエングリン艦長コスワースがいるのは、この演習がノブハル主導と言う理由からである。  ただ今回の演習は、シルバニア帝国軍にとって非常に大きな意味を持っていた。従って双璧と言われる大将の一人、メルクカッツが迎撃側を担当し、もう一人の大将レオノーラがゴースロス2番艦に乗り込んだのである。 「いささか非常識な設定であるのは十分承知していますが」  艦長のラフィールに挨拶をしたレオノーラは、依頼事項の伝達から始めた。 「詳細手順はアルテッツァから提出いたします。今回貴艦には「惑星シルバニア攻略」をお願いいたします。と言っても、流石に本物を目標にするのは問題が大きすぎます。従いまして、廃棄予定の要塞を用意いたしました。ガイエスブルグと言うのですが、それを惑星シルバニアと主星を挟んだ反対側に設置いたしました。それを目標にしていただきます。当然、シルバニア帝国軍が全力を上げて阻止いたします」  これが概要とのレオノーラの言葉に、投影された作戦図を見ながら「ハンデが必要ですね」とラフィールは言ってのけた。 「ハンデと仰りますか?」  作戦図では、帝国艦隊20万がガイエスブルグ周辺宙域に集結していたのだ。そしてゴースロス2番艦の侵入経路まで指定されていたのだから、まともに考えれば攻撃側が不利としか言いようがない。もう少し言うと、ガチガチに固めた状況に攻め込むのは、正気の沙汰ではなかったのだ。  その状況に置かれているのに、ラフィールは「ハンデ」を持ち出したのである。 「貴艦の制限を緩めろと?」 「いえ、その逆なのですが」  てっきり厳しすぎる条件を言われると思っただけに、「逆」と言われてレオノーラは目を剥いた。 「ゴースロス2番艦は、一切の迷彩機能を使用しません。そして亜空間バーストを使用した撹乱も行いません。また、超長距離からの攻撃も行いませんし、体当たりもいたしません。貴艦隊の直前で通常空間に復帰し、そこからは通常移動でガイエスブルグ要塞の攻略を行います。当然ですが、リゲル帝国剣士も投入いたしません」  それがハンデだと言われ、レオノーラは少し目元を険しくした。  それを見たラフィールは、「最初からガチでやりますか?」と問いかけた。 「マインカイザーからは、蹂躙せよとの命令も頂いております。ですから迎撃にあたるすべの戦艦に撃沈判定をつけてから、ガイエスブルグ要塞を破壊してもいいのですよ」 「それが可能だと言うのですね?」  面白いと口元を歪めたレオノーラは、「方針を変更します」とラフィールに告げた。 「アルテッツァ、メルクカッツ大将に連絡を」  その命令に従い、アルテッツァは直ちにメルクカッツを呼び出した。そして貴賓室にホログラムで現れたメルクカッツに、「ガチでやります」と伝えた。 「ゴースロス2番艦艦長ラフィール様が、我が艦隊全てに撃沈判定をつけることができると仰りました。それを聞かされて、手抜きの演習などできないとは思えませんか?」  好戦的な言葉を口にしたレオノーラに、メルクカッツは少しだけ口元を歪めた。 「やれやれ、知ってはいたが相変わらず好戦的な方だ」  それからノブハルを見てから、「名誉にも関わりますな」とガチの戦いを受け入れることを認めた。 「自分達がどの程度のものなのか。それを知るのも、これからの役に立つだろう」 「同意いただけたと考えてよろしいのですか?」  レオノーラの問いに、メルクカッツは大きく頷いた。 「帝国艦隊20万の本気を示してみせよう」  そう答えたメルクカッツは、ノブハルとラフィールに一礼をしてから姿を消した。 「もう一人の大将からも同意を貰いました」 「では、撃沈判定の基準を決めないといけませんね」  表情を全く変えずに受け止めたラフィールは、演習の手順でポイントとなる部分を持ち出した。 「ゴースロス2番艦には、攻撃方法は2つしかありません。その一つは、とても原始的な体当たりです。そしてもう一つが、ξ粒子観測装置の設定変更による攻撃です。その攻撃力を一度確認していただきたいと思います」 「そちらの撃沈判定も必要ですね」  落ちるのは帝国艦隊だけではない。そのつもりで言い返したレオノーラに、「それは不要です」とラフィールは言い返した。 「そちらは、本気で攻撃していただいて結構です……とは言え皇夫閣下がご乗船されておいでですから、流石に問題のある方法ですね。そちらの攻撃が直撃したとの判定で撃沈としていただいて結構です」 「順当な提案かと」  それを受け入れたレオノーラに、ラフィールは重要な確認をした。 「ガイエスブルグ要塞ですが、それは破壊していいのですね?」 「破壊できるのなら……と申し上げておきます」  レオノーラの答えに頷いたラフィールは、「面白いものをお見せします」と少しだけ口元を歪めた。 「それで、体当たりとξ粒子砲の威力はどうやって示しましょう?」 「ξ粒子砲ですか。それは、ロックオン信号で撃沈判定といたします。体当たりはどういたしましょうか」  うむと考えたレオノーラに、「確かに難しいですね」とラフィールも頭を悩ませた。 「仕方がありませんので、今回は体当たりで戦艦を落とすのはやめます」 「それでは、そちらが不利になる……のですが、流石に撃沈判定が難しくなりますか」  仕方がないと、レオノーラもラフィールの提案を受け入れた。そしてアルテッツァを呼び出し、彼女に撃沈判定に関する合意事項をインプットした。 「それで、メルクカッツ大将の準備はどうだ?」 「いつでもと言うのがお答えです。実戦では、敵は準備が整うのを待ってくれないだろうと。ましてや、これから行くと合図もしてくれないはずだと」  だからいつでもいいと言われ、「確かに」とレオノーラは大きく頷いた。 「そう言うことです」 「でしたら、こちらは「隙きを伺って」攻撃いたしましょう」  レオノーラに応えたラフィールは、「エリカ」とゴースロス2番艦のAIを呼び出した。 「ガチで行きますけど、用意の方は大丈夫ですか?」 「少し大人げない気もするけど……」  そこでノブハルの顔を見てから、「まあいいか」と小さく息を吐き出した。 「いつでも行けるわよ。ちなみに、どんな作戦を取りたい?」 「マインカイザーからは、蹂躙せよと言われています」  それに応じた作戦をと言われ、「蹂躙ね」とエリカは口元を歪めた。そしてレオノーラの顔を見て、「本当にいいのかしら?」ととりあえずの確認をした。 「双方の実力を知ることは、これからの役に立つだろう」  それが答えなのだと。レオノーラはエリカを正面から睨む……凝視して答えた。 「了解。じゃあ、これから始めますか」  面白そうねと嘯いてから、エリカは全員を所定の位置まで移動させた。正規の演習なのだから、度肝を抜くのは正攻法でと考えたのである。  1万光年の距離でも、光速の1億倍なら50分もあれば着いてしまう。そしてそれ以上、例えば10億倍の速度で移動をすれば、その時間は5分しかないことになる。あまりにも早すぎる時間は、迎撃する側と同様に攻撃する側の準備も間に合わなくなる。  そのためエリカは、作戦開始前にラフィールに「ちょっといい?」と話しかけた。 「手短に」  相手を待たせるのはよろしくない。それを理由にしたラフィールに、「役割分担」とエリカは相談の内容を説明した。 「どうする。私がやる? それとも、あなたが手を下す?」 「私に作戦への割り込み権限があれば、後はあなたがやってくれて構わないわね」  それに頷いたエリカは、「手口だけど」とまるで犯罪でもするかのようなことを口にした。 「電子戦を仕掛けてシルバニア帝国艦隊を機能不全にする方法もあるのよ。具体的には、アルテッツァとの接続を解除してやるの。アルテッツァの助け無しで、超高速移動する敵を捉えるのは不可能だから」  それが一つと説明してから、別の作戦とエリカは攻撃順序のことを持ち出した。 「ガイエスブルグだっけ? 最初にそれを「体当たり」で破壊してから、相手の艦隊を潰していく方法があるわ。要塞の破片のせいで、ますますこちらを補足しにくくなるのよ。度肝を抜くと言う意味もあるんだけど、その方が勝率は高くなるわね」 「もう一つは、相手の艦隊を潰してから要塞を破壊するのですね?」  答えを先取りしたラフィールに、「その通り」とエリカは頷いた。そんなエリカに、「最後の作戦を」とラフィールは決定を告げた。 「理由を聞いていい?」  もっとも難易度が高い作戦を選ぶ以上、その理由が必要となる。 「それが、一番蹂躙をしたことになるからです。マインカイザーが蹂躙を望まれたのですから、それに答えるのが臣民の役目と言うことになります」  だからだと答えたラフィールに、なるほどとエリカは大きく頷いた。 「そのご褒美に、もう一度可愛がって貰おうと考えているわけね」  あまりにも図星の指摘だったのだが、その程度で顔に出していては皇位継承権など持っていられない。 「それを否定するつもりはありません。ただ、それだけではないと言うことです。電子戦や奇襲をしたら、あっさりと勝負がついてしまいます。それでは、面白くないと思いませんか?」  ですよねと問われ、「趣味が悪い」とエリカは笑った。 「まあ、否定はしにくいけどね。ただ、相手が電子戦を仕掛けてくる可能性もあるわ。その時は、適当に受け流しておくわね。それから、多分だけど罠を張ってくれていると思う」 「方法としてどんな罠が?」  ラフィールの問いに、「本当に色々」とエリカは笑った。 「アルテッツァを覗けばカンニングできるんだけどね。それをすると面白くないからやらないけどね。一応想定しているのは、ダミーの配置と重力系のトラップね。いずれもこちらを捕捉するための仕掛けだと思って。ああ、キャッチネット系の罠もあると思うわ。宙域を汚染させておくと言う方法もあるわね」 「一応頭の中には入れておくことにします」  小さく頷いたラフィールは、「これで終わり?」とエリカに尋ねた。 「そうね。後は、臨機応変にってところかしら? そう言うのは苦手?」 「帝国の常識からすると、それはとても愚かしい考え方と言うことになります」  臨機応変を否定したラフィールだったが、「ただ」と口元をにやけさせた。 「その方が面白いことは認めます」 「だったら、話したいことはこれで終りね。光速の10億倍で移動するから、移動開始から5分後に戦闘が始まるわ。とりあえずスニーキングで、相手の旗艦……ブリュンヒルデだったわね。そこに近づいて10剣聖を一人潜り込ませるわ。あら、スルーズもいるのね。だったら、そちらにももう一人乗り込ませておくから」  それで仕掛けが終わりと笑うエリカに、「性格が悪い」とラフィールも笑った。 「でしたら、デコイをばらまくのも面白いと思いますよ」  ラフィールの提案に、「んー」とエリカは天井を見上げた。 「使えそうなのが見つかったから、その作戦を採用するわ」  性格が悪いわねと指摘され、「それが皇族に求められるものです」とラフィールは薄めの胸を張ったのだった。  「そろそろ来るか」とシルバニア帝国軍大将メルクカッツは、ごくりと一度つばを飲み込んだ。すでにルリ号で、相手の非常識さを一度体験している。だがこれから突っ込んでくるのは、ルリ号より性能が上のゴースロス2番艦なのである。しかも操艦を、レムニア帝国軍人が行っているのだ。20万対1とフェアとは言えない戦力差だが、叩き潰せなければ帝国軍の面目は丸つぶれと言うことになる。 「何をしてくると思う?」  上官に問われたシュミット・ハウゼンは、迷うことなく「一番難易度の高い方法を」と答えた。 「つまり、各個撃破をしてくると言うことか?」 「それが、一番蹂躙をしたことになるからかと」  シュミットの答えに、メルクカッツは大きく頷いた。 「連続空間レーダーが間に合ったのが救いといえば救いか……」  ルーモア相当の迷彩機能ならば、これで検知できると言う触れ込みなのである。相手の速度は脅威だが、それ以上の驚異が接近されても分からなかったことなのだ。  ただ間に合ったとは言っても、「試作品」をラボから引っ張り出したレベルである。予定通りの性能がでなければ、結果は蹂躙されて終わることになるのだろう。 「ゴースロス2番艦の艦影は見つかったか?」  そしてシルバニア帝国艦隊は、ありとあらゆるセンサーを周辺に向けていた。いくら巧妙な迷彩機能でも、来ると分かってさえいれば見つけることも可能だろうと。 「現時点では、反応が出ていません」 「まだ来ていないと考えるべきか……はたまた、やはり見つけられなかったと考えるべきか」  メルクカッツがううむと唸ったところで、「反応検出!」との報告が上がった。 「どこだ?」 「本艦より、100光秒離れた地点です。レキシントン隊の受け持ちエリアです。連続空間レーダーに掛かりました」  その報告に、メルクカッツは「よしっ」と拳を握った。 「つまり、まだ気づかれていない可能性が高いと言うことだな」 「そのはずかと。通常通信に、秘匿情報として位置情報を伝達しています」  これで、こちらの動きに気づかれないはずだ。その予定で動いていたのだが、すぐに別の観測報告が伝えられた。その報告が確かならば、更に50光秒離れた地点に反応が見つかったと居うのだ。 「ダミーを使ってきたか。それならそれで、ゴースロス2番艦がこの宙域に到着した証拠となる」  見えないなら見えないで、相手の考えを推測することになる。少し表情を険しくしたメルクカッツは、「戦闘機人部隊を」と空戦戦力の投入を命じた。 「各艦の周辺を、目視で確認させろ」  センサーに比べれば、まだ人の目の方がごまかしにくい。最先端技術に対して、シルバニア帝国はレガシーな方法を選択していた。 「ゴースロス2番艦の反応が、10箇所ほど見つかりました」 「本艦の近くに反応はあるか?」  狙われるとしたら、まず旗艦からだろう。そう考えての問いに、観測班からは「30光秒以内反応なし」との報告が上がってきた。 「どう思う?」 「明らかに、不自然ですね。見つかっていないとの想定なら、本艦の近くに配置されてもおかしくないはずです」  それなのに、まるで無視するかのように旗艦から離れたところしかダミーが存在していない。準旗艦のスルーズ付近にも見つからないのだから、相手の考えが分からなかったのだ。しかもダミーを配置したのに、それ以上の動きが見えてくれない。  「おかしいな」とメルクカッツが口元を隠したところで、「撃沈判定30です」と言う声がブリュンヒルデのブリッジに響いた。何事とメルクカッツが腰を浮かしたところで、目の前にたくましい男が現れた。 「リゲル帝国10剣聖が一人、エイミヤと申します。すでに、本艦を含め、司令艦30隻に上級剣士が侵入を果たしております」  まだ30代に見える男は、礼儀正しくメルクカッツに頭を下げた。 「リゲル帝国上級剣士の侵入を許したのか……」  ふうっと息を吐いたメルクカッツは、「撃沈処理を」とシュミットに命じた。 「まさか、このような手をとってくるとは想像していなかったな」 「恐らく、いつも出番のない我らへの配慮なのかと」  丁寧に頭を下げられ、「裏をかかれた」とメルクカッツは苦笑を浮かべた。 「これで、我軍は統制を取り戻すのに時間が掛かると言うことか」  メルクカッツの言葉通り、展開図の30箇所で「撃沈」マークが表示された。これでシルバニア帝国軍の指揮系統は、一時的とは言え破壊されたことになる。  通常の戦いならば、指揮権の引き継ぎを行うことができたはずだ。だが同時に30隻、しかも前触れもなく離脱したことで、その手順を取ることができなかった。渡す方が渡せなかった言う問題もあるが、受け取る方も準備ができなかったのだ。  そして混乱が収束しないまま30分が過ぎたところで、更に28隻に撃沈マークが表示された。 「こちらの指揮系統が把握されていたと言うことだな」 「100隻ぐらい潰したところで、姿を見せると伺っております」  作戦を教えてくれたところを見ると、エイミヤは解説要員として残ってくれたようだ。  それを指摘され、「ラフィール艦長の指示です」とエイミヤは認めた。 「解説をおいた方が、蹂躙された感が強くなるだろうと」 「確かに、手も足も出なかった気分にさせてくれるな」  ふうっとため息を吐いたら、新たに28隻に撃沈マークがついてくれた。都合これで、86隻の指揮艦クラスが撃沈されたことになる。統制を立て直すにしても、易しくないレベルの損害と言うことになる。  そして新たに28隻に撃沈マークがつけられたところで、ブリュンヒルデ直近にゴースロス2番艦が現れた。純白の機体に翼を広げたような姿は、無骨な戦艦とは一線を画した美しさを持っていた。そしてその船体には、大きくトリプルAのロゴが光っていた。 「さて、虐殺タイムの始まり……ですか」  エイミヤの言葉に遅れて、ゴースロス2番艦の姿がブリュンヒルデのところから消えた。そして次の瞬間、別の戦艦の鼻先に現れた。これで、その戦艦も撃沈されたことになる。そしてそれも一瞬の出来事で、次々とゴースロス2番艦は撃沈数を増やしていった。1秒に10の割合で撃沈数が増えたのだが、流石に20万隻の数は伊達ではない。全てに撃沈マークがつくのに、5時間以上の時間が掛かってしまった。ただそれにしても、宇宙を舞台とした戦いにおいて、非常識とも言える時間の短さと言えるだろう。  ゴースロスの示した超高機動に、シルバニア艦隊がついていけなかったのだ。 「メルクカッツ大将閣下に、ラフィール艦長からご招待があります」  すべての艦に撃沈マークがついたところで、メルクカッツの前にゴースロス2番艦のアバターであるエリカが現れた。トレードマークの紺のスーツ姿をしたエリカは、小さく会釈をしてからゴースロス2番艦に乗ることを持ちかけた。いつの間にと言いたくなるのだが、ブリュンヒルデの目の前にゴースロス2番艦が静止していた。 「最前列で観戦いただけたらと言うことです」 「死体蹴りをしなくてもいいと思うのだがね」  苦笑を返したメルクカッツは、小さく息を吐いてから「喜んで」と招待を受諾した。 「シュミット。お前も着いてこい」 「ご命令とあれば」  シュミット・ハウゼンが待機を命じたところで、二人の姿がブリュンヒルデのブリッジから消失した。 「さて、これから要塞の破壊と言うことになるのだが」  説明役として残ったエイミヤは、「俺も見たことがない」とこれから起こることを話した。 「だからお前達も、目を皿のようにして見ていることだ」  得難い経験だと言われ、ブリッジクルー達は観測の仕掛けをしてから正面のスクリーンを凝視したのだった。  ゴースロス2番艦のブリッジに転送されたところで、メルクカッツは船長のラフィールから謝罪を受けた。ラフィールいわく、「騙し討ち」をしたことへの謝罪らしい。ある意味、メルクカッツへの挑発にもなる謝罪だった。  ただ挑発をされても、目の前の事実は動かしようがない。小さく首を振ったメルクカッツは、「完敗です」とラフィールに向かって腰を折った。 「今回は、私達が上回っただけ……だと思っています。高名なシルバニア帝国軍であれば、次はこのようにいかないだろうと思っています」 「雪辱できれば……と考えていますが」  ふうっと息を吐いたメルクカッツは、レオノーラの顔を見てから「なかなか難しい」と吐き出した。 「技術差がある上に、あなたは少しも慢心されていませんでした。これでは、心理戦すら行うことができません」 「それが、礼儀だと理解しています」  メルクカッツに頭を下げたラフィールは、「最後の出し物ですね」と正面スクリーンに映るガイエスブルグ要塞を見た。天然の小惑星を利用した要塞は、球体を少し握りつぶした形をしていて長いところで300kmほどの大きさが有った。 「破壊方法は、どのようなものがお好みですか?」 「選択できるほどあるのですか?」  そこで顔を見られたレオノーラは、小さく肩をすくめてみせた。 「ええ……と言っても、今回は2種類だけですね。体当たりとξ粒子砲と言うのがこの船にある攻撃方法の全てですから」  そこで少し考えたラフィールは、「非常識な方から行きましょう」と笑った。 「非常識な方とは?」  すでに世界は、非常識なものへと突入していたのだ。そこに来て「非常識」と言われても、今更感がありすぎたのだ。 「いえ、最初に体当たりから試してみようかと」 「あまり、心臓に良い方法とは思えませんな」  いくら大丈夫と言われても、巨大な小惑星にぶつかっていくと言うのだ。恐怖を感じてしまうのは、それがこれまでの常識と言うことになる。 「だから、非常識と申し上げました」  小さく笑ったラフィールは、「エリカ」とAIを呼び出した。 「分厚そうで、しかも完全破壊にならない場所に突っ込んで」 「結構難しいリクエストね……」  ちょっと待ってと言った1分後、「ルートができたわ」とエリカが突入ルートを表示した。 「光速の10%まで速度を落とせば穴をあけるだけで済むでしょう」 「でしたら、その後ξ粒子砲……観測装置のリプログラムを」  もう一つの攻撃方法を指示され、「乗ってるわね」とエリカは突っ込みを入れた。 「とりあえず、準備は出来てるから」 「そちらの観測準備は大丈夫ですか?」  せっかくの出し物なのだから、有意義に活用してほしい。そんなラフィールの確認に、すでに完了しているとメルクカッツの副官シュミットが答えた。 「でしたら、開始の通達をしてからガイエスブルグ要塞の破壊を」 「要塞から10光秒の位置に到着。シルバニア帝国艦隊に通告、これよりガイエスブルグ要塞を破壊します」  エリカの連絡と同時に、ゴースロス2番艦は光速の10%にまで加速した。そしておよそ100秒が経過したところで、要塞の一番分厚い場所へと鼻先からぶつかっていった。いくら大丈夫と分かっていても、その直前にはノブハルは思わず目を閉じてしまった。  だが巨大と言っても、要塞のサイズは大きなところでも300kmしかない。光速の10%……すなわち秒速3万キロで突入すれば、通過には100分の1秒しか必要としなかった。  そして何事もなかったように停止したゴースロス2番艦は、小さな穴の空いたガイエスブルグ要塞を正面に捉えた。今度もまた、10光秒ほど離れた位置で静止していた。 「これから、リトバルトの真似事をします。射線を提示しますから、射線上からすべての艦船を退避させてください。有効射程距離が1光年ぐらいありますが、1000光秒先まで射線がクリアになったところで攻撃します」  エリカの説明に、「ちょっといいか?」とノブハルが手を上げた。 「1000光秒以上離れた場所はどうなる?」  射程と避難範囲の距離があっていない。ノブハルの疑問に、エリカは別の意味で非常識な方法を持ち出した。 「攻撃5秒後に移動を開始して、1000光秒の地点で受け止めます」  自分で行った攻撃を、先回りをして受け止めようというのだ。あまりにも非常識な説明に、ノブハルだけでなく、シルバニア帝国から連れてこられた技術者も、「あー」と天井を見上げてしまった。 「ご理解頂けたようですね。では、10秒のカウントダウン後に、リトバルトの真似事をします」  エリカの言葉と同時に、ゴースロス2番艦の前で青白い光の玉が成長を始めた。効率がよくないとの言葉通り、インペレーターに比べて、エネルギーチャージに時間がかかっているように見えた。  予告の10秒が過ぎたところで、青白く光る玉が爆ぜ、光の帯がガイエスブルグ要塞へと伸びていった。そして真っ直ぐに伸びた光は、そのまま要塞を突き抜け小さな穴を穿ってくれた。ちなみに着弾までに、10秒も要していなかった。 「じゃあ、追いかけて攻撃を相殺するから」  よく見ててとの言葉と同時に、ゴースロス2番艦が加速を始めた。そして加速をしたゴースロス2番艦は再度ガイエスブルグ要塞を突き抜け、そこから更に加速をして光の速度を超えた。  そして予告通り1000光秒離れた位置で停止し、伸びてきた光の帯を何事も無いかのように受け止めてくれた。 「これで今回の出し物は終わりになるのですが?」  よろしいですかとラフィールに声を掛けられ、メルクカッツとレオノーラは顔を見合わせてからため息を吐いた。 「ご協力に感謝します……とこの場では申し上げさせていただきます」  そこで少し天を見上げたレオノーラは、「この後は?」とラフィールの顔を見た。 「それは、ノブハル様次第と言うことになります。今回マインカイザーより、ノブハル様のご命令に従うよう命じられておりますので」  ラフィールの答えに、レオノーラは小さく頷いた。 「でしたら、少しだけ懇親会にお付き合いいただければと」  よろしいですかと顔を見られたノブハルは、「必要なのだろうな」とその必要性を認めた。 「至急手配するよう、リンディアに命じよう」 「それなのですが」  シルバニア帝国として歓迎するのなら、主催は皇帝と言うことになる。特にラフィールは、皇位継承権の上位に位置づけられていた。それを考えれば、ライラが主催と言うのはおかしくないはずだった。  だが常識を考えたノブハルに、レオノーラは異を唱えてくれた。 「なんだ?」 「いえ、軍主催……つまり、私とメルクカッツ大将が主催することをお許し願えればと」  二人揃って頭を下げられたノブハルは、「別に構わん」とその申し出を受け入れた。 「と言うことなのだが、ラフィール船長はそれでいいか?」 「喜んでお受けいたします……で本来終わるところなのですが、レムニア人には飲酒の習慣がありません。その点に配慮いただければとお願いいたします。その代わりと言ってはなんですが、リゲル帝国の上級剣士は「ザル」と耳しております」  飲ませるなら剣士の方にとの答えに、「了解しました」とレオノーラは笑った。 「飲むのより、今回は大いに語り合いたいと思いますので」 「望むところですね」  よろしくお願いしますと、ラフィールはレオノーラに右手を差し出したのだった。  シルバニア側が宴会に突入した頃、エリーゼは見知らぬベッドで目覚めを迎えていた。それだけならまだ良かったのだが、目を覚ましたのと同時に「おはよう」と声を掛けられてしまった。知らない相手ではないが、昨夜の記憶もしっかり残っていたのだ。最後の一線を越えた覚えはないのだが、かなり際どい真似をしたのも確かだった。どれだけ危ない真似をしたのか、エリーゼはおはようの一言で思い出してしまった。  そのお陰で狼狽えたエリーゼに「体は大丈夫かな?」とトラスティは声を掛けた。 「そ、その、頭に血が登ってしまったと言うのか……何か、ふわふわとしている気がします」  顔を真赤にしシーツに潜り込んだエリーゼに、「他には?」とトラスティは声を掛けた。 「そ、その、恥ずかしくて顔を合わせられないと言うのか……」  最後の方は、声が消え入りそうになっていた。一晩寝たことで、昨夜の熱は冷め冷静になってしまったのだ。そして冷静になってしまったがために、自分がとんでもないことをしたことを思い出してしまった。  そうやってシーツの中にエリーゼは潜り込んだのだが、トラスティは指をぱちんと鳴らしてシーツを消し去った。このあたりは認識ではなく、ノブハルの作った小道具の効果である。  シーツを消し去ったトラスティは、昨夜と同じように風を起こし、エリーゼを自分の前に運んできた。 「認識の力……ですか? あれは、夢ではなかったのですね」  優しく抱き寄せられたところで、エリーゼははっきりと身を固くした。熱に浮かれた昨夜とは違い、こうした小さなことでも緊張してしまうのだ。 「ああ、君に教えてあげたことも夢じゃないんだ。君は、昨晩光が弾けるのを見たはずだよ」  どうだろうと問われ、エリーゼはトラスティの胸の中で小さく頷いた。 「もう一度、周りの世界に注意を向けてごらん」 「周りの世界に……ですよね?」  トラスティの腕に抱かれたまま、エリーゼはゆっくりと瞳を閉じた。そして呼吸を落ち着かせ、言われた通り周りの世界を感じようとした。 「トラスティさんの鼓動を感じます……そして、なにか温かいものを感じる……と言うのか」 「説明はいらないよ。もっと集中して、自分の周りにあるものを感じるんだ」  一度大きく息を吸い込んでから、エリーゼは息を止めて言われた通り周りの世界に意識を向けた。するとどうだろう、なにか温かいものが自分の中に流れ込んでくるのを感じることができた。  そしてそれがきっかけになったのか、自分の中から熱い何かが湧き上がってくるのを感じた。自分の体を焼き尽くそうなほど熱いくせに、少しも不快に感じない熱いものだった。そしてその熱が炎となって彼女を焼き尽くしたところで、エリーゼはゆっくりと目を開いてトラスティの顔を見上げた。 「なにか、生まれ変わったような気がします」 「君が君であることに変わりはないんだよ」  だからと答え、トラスティはエリーゼから体を離した。そして手のひらを前に出し、「星よ集え」と世界から光を集めた。 「何をしているのか分かるかな?」 「世界に干渉している……と言えばいいのでしょうか?」  そこで小首を一度かしげてから、エリーゼは手を伸ばして世界の光に触れた。そして心の中で、「よろしくお願いします」とその光にお願いをした。  世界から集められた光は、そのお願いに答えるようにトラスティの手のひらから離れた。そしてエリーゼの手のひらの上で、更に明るく輝いてくれた。その光を少し弄ぶようにしてから、「ありがとう」とエリーゼは世界の光を解放した。 「これも、理解できるね?」  自分の周りに風を起こしたトラスティに、「こうですか?」とエリーゼは真似をした。そしてエリーゼの意思に応えた風は、トラスティの周りで少し勢いよく渦巻いた。  それに頷いたトラスティは、「今日はここまでだね」とエリーゼに微笑んでみせた。 「意識を拡大することを覚えれば、遠く離れた場所のことも見ることができるよ。多分だけど、見えさえすれば移動することも難しくないと思うよ」  試してないけどと笑ったトラスティは、「君へのプレゼントだよ」とエリーゼを正面から見つめた。 「この世界を理解しているのは、後はライスフィールだけなんだよ」  だから特別だと言われ、エリーゼは少し目を見開いてトラスティを見た。 「ライスフィールさんだけなんですか?」  瞳に熱をはらませ、エリーゼはトラスティの顔をじっと見た。それを綺麗だなと感じたことで、これで役目を果たしたとトラスティは考えた。  そんなトラスティに、「でも、まだ足りないんです」とエリーゼは口にした。そして自分からトラスティに抱きつき、「体が熱く焼けてしまいそうです」と胸元に顔をうずめた。思わず抱きしめかけたトラスティだったが、すぐに彼女が娘と言うことを思い出した。 「ここから先は、ノブハル君に任せたいと思うんだけどね」  だからと肩を押したのだが、しっかりと抱きついたエリーゼは離れようとしなかった。 「そんなに待てません。それに、途中でやめるのは責任放棄だと思います」  だからと言って、エリーゼは指をぱちんと鳴らした。ノブハル謹製の衣装チェンジシステムは、正しく命令を実行した。つまり、二人の着ていた服を消し去ったのである。 「いやいや、流石にまずくないか?」 「昨夜抱きたいと言ったのは嘘なんですか?」  体に火を付けた責任をとってください。エリーゼは責任を持ち出し、トラスティを追い詰めたのである。 続く