機動兵器のある風景
Scene -54







 アースガルズは、地球とほぼ同じ大きさの惑星だった。そして地球と同様に、星の多くを海と呼ばれる領域が締めていた。陸地の面積は、ほぼ30%と言う所だろうか。その僅かな陸地に、およそ全人口の1割、すなわち1億の人々が生活していた。それが、ヘルと戦うアースガルズの最前線となっていた。
 そしてアースガルズ本星を宇宙から見たなら、サウスポールを中心に赤い色が広がっているのを見つけることが出来ただろう。およそ南緯60度あたりまで広がった赤こそ、ヘルによる汚染の印だった。そしてその汚染地域は、サウスポールに出来た空間の裂け目を中心に、さらに広がろうとしていたのである。

 そして視点を北半球に向けると、そこには広大な陸地が広がっていた。雪を抱く山岳地域や、広大な平原があるのは地球と似て居るのかもしれない。その中で中緯度地方と言われる場所に、アースガルズの本体セントガルドと呼ばれる都市が広がっていた。緩やかな大河の流れに抱かれたセントガルドに、賢人会議は設置されていた。
 そのセントガルドから西に1000kmほど移動したところに、サンデルヴァルドと呼ばれる地域があった。北と西を山に塞がれた平地の真ん中に位置するサンデルヴァルドは、巨大な面積に比して抱えている人口が少ないのが特徴となっていた。このサンデルヴァルドに、円卓会議は設置されていたのである。

 セントガルドとサンデルヴァルドの間は、三つの方法で結ばれていた。そのうちの二つが、いわゆる鉄道と高速道路である。なぜ“いわゆる”なのかというと、双方の区別が上を通る物だけで行われていたことが理由となっていた。いずれも磁気浮上型の乗り物が走るのだが、鉄道に分類される方にはパブリックの大量輸送型車両が使用されていた。そして高速道路に分類される方には、プライベートの少量輸送型車両が使用されたのである。
 その二つの方法は、多少原理が違っていても、地球と類似の方法と言って良いだろう。だが第三の方法は、地球の常識からかけ離れたものとなっていた。それこそが、組紐組み替えによる移動である。ただこの方法は、厳しく管理され利用できる者も限られていたのだ。

「組紐の概念が発見されたのは、ヘルの侵食がきっかけになっています。
 ヴァナガルズで発生した大規模破壊が、このアースガルズに影響を与えたことがきっかけでした。
 そこで私たちは、特殊空間で繋がれた別の世界があることを知ったのです」

 セントガルドから移動する車中で、アスカ達4人は電子妖精ラピスラズリの説明を聞かされていた。今回祭の繰り上げ開催にあたり、テラからブレイブスを招待すべしと言う提言が賢人会議で審議された。そして円卓会議ではなく賢人会議が主体となって、トップレベルパイロット4人がアースガルズへと招待されたのである。そしてそれとは別に、国連から何人かの行政官がアースガルズへの渡航が許された。
 そのあたり、賢人会議で議論された、テラへの対応方針の変更が理由となっていた。支配という形は相変わらず選択されないが、もう少し手を掛けようという決定が為されたのである。

 テラから招待された4人のパイロットに対して、賢人会議は世話役の任命を円卓会議に指示をした。その指示に対して、円卓会議は当たり前のようにその役目をアヤセに押しつけた。そのあたり、エステルがテラを担当していたという経緯もあるし、2人のテラ出身者が居ると言う事情を考慮した結果でもある。
 最初にセントガルドに招かれたアスカ達は、その足でサンデルガルドに移動することになった。そこで組紐を使わず、「見学」と言う名目で高速道路が使用されることになった。組紐を使って移動すると、見るのは建物の中ばかりになると考えられたのである。

「アヤセ様は、4ヶ月前まで宇宙にいたんですよね。
 今は地上に降りてらっしゃいますけど、宇宙との違いはやっぱりありますか?」

 案内役にヴァルキュリアが付くというのは、破格の扱いに違いないだろう。だがアスカ達にとっては、別の意味で気を遣わなければならない人選でもあったのだ。アヤセがエステルと交代することになった事件、アスカ達はその事件の目撃者でもあったのだ。アースガルズに招かれアヤセを紹介された時、事件の爪痕を見せられた気持ちになったのだ。
 比較的当たり障りのないアスカの質問に、「そうですね」とアヤセは少し考えた。そして「体が重くなった」と、こちらも当たり障りのない答えを返してきた。

「一番旧型のコロニーに居たというのも理由ですけど。
 発生している疑似重力が地上に比べて小さくなっていたんです。
 だから地上に降りてきたら、急に体重が増えてしまった感じがしましたね。
 これは内緒なんですけど、太ったんじゃないかって心配したぐらいです。
 あと、空があるというのも新鮮な驚きでした。
 円筒型コロニーに居ましたので、見上げても青空は有りませんでしたからね」
「宇宙で100億近い人が生活しているのは、今でも信じられませんね。
 私たちの世界、テラでは、そう言うのは物語の中だけで語られていたことでした」

 凄いですねと、当たり障りのない賞賛をしたアスカに代わって、セシリアは同行していたチフユに矛先を向けた。送り出す時はその立場を羨んだのだが、今は到達したレベルを羨むことになっていた。

「チフユさんには、すっかり追い抜かれてしまいましたわ。
 まさか5ヶ月でレベル10に到達されるとは思っても見ませんでしたわ。
 こちらでは、アスカさんがようやくレベル7卒業かと言う状況なんですよ」
「それは、碇様の指導方法が良かったとしか言いようが無いな。
 間違いなく、特区では出来ない指導方法だったのだ。
 そう言う意味で、私は恵まれていたと思っている」

 うんうんと頷いたチフユに、「良かったですね」とセシリアは微笑んで見せた。羨んでは居たが、妬んでは居なかったのだ。こうして送り出した仲間が結果を出したのは、自分のことでなくても誇らしいところがあったのである。そしてチフユの事情を考えると、結果が出たのは喜ばしかったのだ。

「これで、大いばりでワカバ君に会えますわね。
 確か、来月はチフユさんもいらっしゃるのですよね?」
「ああ、今回はフェリス様は留守番だからな。
 碇様には、私とクレオが同行する予定になっている。
 技術者については、今回は同行しないと聞かされているぞ」
「そのクレオさんですが……」

 アヤセの隣で笑みを浮かべている少女をちらりと見て、セシリアは少し身を乗り出しチフユだけに聞こえるように「本当に12歳ですの?」と聞いてきた。紹介されたときにはただ綺麗な子だなと思ったのだが、その後年齢を聞かされて仰天してしまったのだ。

「うむ、本当に12歳と言う事だ。
 さすがに私も、あれは反則ではないかと思っているがな」
「私もそう思いますわ。
 せいぜい一つか二つ程度年下かと思ったぐらいですわ」

 アヤセやフェリスが年相応に見えることもあり、アースガルズが早熟だという認識はなかったのだ。そこに来てとても12には見えないクレオを紹介されたのだ、にわかに信じられなくても仕方がないという物だ。

「レピス様とは二つ違いなのだが、とても二つの差とは思えないのだ。
 碇様も、紹介されたときには大いに驚いたと聞かされている。
 さすがの碇様も、実年齢を理由にあちらの方は躊躇われているな」
「でしたら、チフユさんは年齢的に問題有りませんよね?」

 そのあたりどうだと迫られたチフユは、あと一息と苦笑して見せた。ただこの話題に関しては、チフユは旗色が悪かった。何しろ目の前にいるのが、初めての名誉を持つ女性なのだ。未だにセシリアは、ヴァルキュリア達に評価が高かったのだ。しかもセシリアには、自分がシンジに「私を買ってくれ」と迫ったことを知られているのだ。
 そして苦笑を浮かべたチフユは、おかしな事になっていると内情をばらした。

「どう言う訳か、あれがレベル10突破のご褒美と化しているのだ。
 だから余計に、クレオの年齢が問題になってくるのだが……」
「今は、レベル9と言う事でしたね?」

 もう一度チラ見をしたセシリアに、「誕生日前に突破するだろう」とチフユは予告した。そうなると、シンジは12歳の少女にご褒美を与えることになる。だからこそ、余計に躊躇うことになっていると言うのだ。

「クレオからは年齢ではなく、体の準備を問題にして欲しいと迫られているようだな。
 公平にしてこそご褒美も意味があると主張していたぞ」
「さすがは種馬と言われるラウンズだけのことはあるわね」

 二人の話に割り込んできたアスカは、「その種馬だけど」とシンジにしてみれば極めて失礼なネタ振りをしてくれた。ちなみにこの移動に際してシンジは同席していないため、あまり意味のある決めつけとはならなかった。なぜシンジが不在かというと、祭の準備に専念せよと言うアヤセの命令に従ったのである。そして補佐として付き従うフェリスも、シンジと一緒にサンデルヴァルドに戻っていた。
 そこでアスカは、気になっていた祭のことに話題を振った。以前メイハに、上位の実力があると聞かされたこともあり、今度の祭の結果が楽しみだったのだ。

「今度の祭では、良いとこまでいけそうなの?」

 アスカにしてみれば、やり直しの結果は聞かされていないという事情があった。だから健闘すると言う意味で「良いとこ」と質問したのである。だがその質問は、チフユだけではなくアヤセ達まで呆れさせることになった。3人に揃って大丈夫かと言う視線を向けられたアスカは、「おかしなことを言いましたか?」と恐る恐る聞き返した。
 そしてアスカの問いに対する答えは、一番最初に質問を受けたチフユから返された。「何をふざけたことを」と言いかけたのだが、はたとそこで考え込んでしまった。

「いや、よくよく考えてみれば、知らないのも無理はないのだな。
 碇様なんだが、間違いなくと言うか、今回は全勝することになるだろう」
「……しばらく見ないうちに、そんなことになっていたの」

 凄いと感心しつつ驚いたアスカに、そうなのだとチフユは大きく頷いた。

「うむ、新しい機体の具合も良いから、取りこぼしは考えられないな。
 シエル様が引退されたから、しばらくは碇様の天下となるだろう」
「レグルス様は天敵じゃなかったの?」
「同じ条件で殴り合いをしたなら、確かにレグルス様には勝てないのだがな。
 今の碇様は、誰をも圧倒する速さを獲得されたのだ。
 だからレグルス様でも、今の碇様には手も足も出ないだろう」

 とても誇らしげに言うチフユに、アヤセとクレオもその通りとばかりに頷いた。3人の顔を見る限り、おそらく嘘も誇張も含まれていないのだろう。そして同時に、3人のシンジに向ける気持ちも理解できてしまった。それぞれタイプが違うのだが、同じように目をきらきらさせているのだ。

(本当に種馬だわ……)

 こうして会う女性女性を惹き付けているのを見せられると、以前フェリスに言われたことが、まだまだ控えめだと言う事をアスカは理解したのだった。



 前のやり直しとは違い、今回は正式な祭の扱いになっていた。そのため12人のラウンズが総当たりで、およそ1ヶ月の戦いを繰り広げることになる。2日に1日のペースで、一日に6試合ずつ行われるのである。その記念すべき第1試合に、シンジは現筆頭カノン・スピドと当たることになった。

「で、最後はレグルス様とですか?
 もの凄く恣意的な組み合わせに思えるんですけど?」

 いざ対戦というところで、シンジは反対側で準備をしているカノンに文句を言った。そんなシンジに、「演出が必要よ」とカノンは恣意性を認めた。ちなみにカノンの後には、マニゴルド、サークラと対戦が続いていたのだ。
 そして準備をしながら、カノンはシンジにお願いがあると切り出した。

「今日は、私が胸を貸して貰う立場なんだからね。
 だから瞬殺するのは勘弁して欲しいんだけどな?」

 立場ではなく実績を考えると、カノンの主張も無理もなかった。何しろトロルスに犯されたシエルとの戦いでは、3人がかりでも何も出来ずに撃破されてしまった実績がある。それなのに、シンジは一人で対等以上の戦いをしているのだ。しかもその時のシエルは、自分達を相手にするときよりも確実に本気になっていたのだ。
 だから胸を貸すというのは、カノンにとって正当な申し入れに違いなかった。そして他のラウンズ達にしても、それを当然のこととして受け取っていたのだ。ただシンジだけが、正しく自分の立場を理解していなかったのだ。だから「胸を貸して貰う」と言うカノンに対して、おかしいだろうと言い返したのだった。

「胸を貸すって……末席のラウンズに向かって何を言っているんですか。
 こちらこそ、筆頭相手に出し惜しみなんてする余裕はありませんよ」

 最初から全力で行くと言うシンジに、カノンははっきりと顔を引きつらせた。

「いや、マジでそれは勘弁して欲しいんだけど」
「と言われても、カノン様には殴り飛ばされて負けていますからね。
 どこまで出来るようになったのか、是非とも見ていただきたいんですよ」
「生身だったら付き合っても良いんだけどなぁ……」

 ちなみに生身というのは、別に色っぽい方を言っているのではない。そちらでもウエルカムと言う気はあるが、この場合は生身の殴り合いを指していた。機動兵器でのがちの殴り合いは、さすがに嫌だなとカノンは思っていたのだ。
 だが祭である以上、戦いを避けることなど出来るはずがない。もう一度「お手柔らかに」と頼んだカノンは、ハイドラに向かって準備が出来たことを伝えたのだった。

「当然、瞬殺するんですよね?」

 すでにギムレー2号機の設定は、速度と特殊能力のバランスを取るところに設定されていた。機体改良と訓練の結果、その状態でも1号機の最大速度設定を超えた動きを実現していた。それが分かっているから、ラピスラズリは「瞬殺」と言う言葉を持ち出したのだ。ラピスラズリにしてみれば、新しい筆頭のお披露目は、衝撃的であればあるほど好ましいと考えていたのだ。
 だがシンジにしてみれば、まだ迷っていたことだった。瞬殺するのは可能だが、本当にそれをやって良いのか分からなかったのだ。

「う〜ん、どっちが良いのかと考えているんだけどねぇ。
 カノン様の攻撃を全部受けきって、最後に必殺技で勝利を収めるというのも盛り上がるだろう?」
「今だと、それは弱い者いじめになってしまいませんか?
 と言うか、明らかに手抜きだと周りから見られますよ」

 賛成しないとラピスラズリが答えたのと同時に、賢人会議議長から試合開始の合図が出された。結局方針が決まらなかったので、とりあえずシンジは「瞬殺」を選択することにした。
 カノンからしてみたら、動きだしの遅れたギムレーを不思議に感じていた。だが次の瞬間その姿を見失い、軽いショックの後に目の前に青空が広がってくれた。何が起きたのかと目を大きく見開いたら、視界の片隅に金色の機体が映っていた。そこで自分がころがされたことを理解したのだが、ただ何をされたのかは理解できなかった。だからカノンは、視界の片隅に居るギムレーの操縦者に事情の説明を求めた。

「ええっと、何が起きたのか説明して貰えるかしら?」
「少し寝転がって貰ったんですよ。
 で、どうします、このまま続けますか?」

 シンジの問いかけに対して、「やめてよね」とカノンは文句を言った。気がついたら寝転がっていたのもそうだが、まだ続けるのかという問いかけも非常識に過ぎるのだ。何しろ何がどうして転がされたのか、当のカノン自身が全く理解できなかったのだ。その状態で続けたとしても、まともな戦いになるとは思えなかった。
 強くなったとは分かっていたが、これでは反則としか言いようが無かったのだ。そして手加減するにしても、もう少しやり方を考えて欲しかった。同じ負けでも、これでは間抜けな負け方に見えてしまう。

「じゃあ、降参で良いですか?」
「私としては、これ以上恥を掻きたくないわ。
 そう言うことなので、降参させて貰うわね」

 カノンが降参したことで、祭の第一試合はシンジの勝利が確定したことになる。結局ギムレー2号機に乗ったシンジの凄さだけが目立っただけで、戦いというのも憚られる結果だった。

「何がどうなったのか全く分からないんだけど?」

 従って、観戦していたアスカからも、カノンと似たような感想が上がることになった。スタンドで見ていたら、開始の合図から少し遅れて、カノンの乗ったジークが寝転がり、その隣にギムレーが立っていただけなのだ。何がどうなったのか分からないというのは、極めて正当な感想なのだろう。
 そしてアスカの疑問を、隣にいたフェリスが引き取った。ただフェリスにしても、説明に困った顔をしていた。

「何がと言われても、見たままだとしか言いようが無い。
 シンジ様が瞬時に間合いを詰められ、カノン様の足下を払っただけのことだ」
「フェリス様には、それが見えているんですか?」
「ああ、最近ようやく目が慣れたところだ。
 あの動きが見えるのは、おそらく私とチフユだけだと思うぞ」

 付いていけるではなく、見えるというのがミソなのだろう。凄すぎると感心したアスカに、これでも序の口なのだとフェリスは付け加えた。

「チフユのお陰でかなりマシにはなったが、まだ速いだけを脱していないのだ。
 ただその速さに、誰もついて行けないというのが現状なのだ。
 ただシンジ様の本質は、強力な特殊能力にあるからな。
 だが強力すぎて、祭では使えないという問題があるだけなのだ。
 特殊能力に関しては、一切隙は見あたらないのだ」
「チフユの言ったことは、まだ控えめだったと言うことか。
 でも、これじゃ祭が盛り上がらないわね」

 派手な攻防が一切行われないとなると、アスカの言う通り盛り上がらない戦いと言う事になる。まだ一戦目ならば、驚きが支配するから良いのだろう。だが同じことを繰り返されたら、間違いなく驚きも感じられなくなる。そうなったら、間違いなく退屈するとアスカは指摘した。
 ただ退屈するというアスカの指摘だったが、フェリスの考えは少し違ったようだ。

「心配するな、退屈するほどの時間は掛からないだろうからな」
「だったら、やるだけ無駄って気がしますが……」

 いずれにしても、シンジの戦いは参考にならないだろう。この後のスキルアップのために、アスカは他の対戦を重点的に見ることへと切り換えたのだった。

 そして二日後のマニゴルドとの戦いでも、フェリスの言葉が証明されることとなった。「退屈するほどの時間が掛からない」の言葉通り、開始の合図と同時に決着が付いてしまったのだ。これだけシンジの動きが速いと、達人でも備えが間に合わなかったのだ。ただ戦いまでの準備時間が長いので、いくら本番の時間が短くても、退屈することに変わりはなかった。
 そして更に二日後のサークラにしても、結果に全く変化がなかった。罠が得意なサークラでも、シンジの前にはその罠を張る余裕も与えられなかったのだ。

「ここまで速さに差があると、技術云々じゃないことは理解したよ。
 しかし、これじゃあ祭の盛り上がりに欠けるとは思わないかい?」

 開始の合図と同時に転がされたサークラは、観客に気を遣うべきだと文句を言った。サークラが言うには、強者は強者なりに周りに対して気を遣うべきなのだそうだ。しかもサークラは、シンジの考えていなかった義務まで持ち出してくれた。

「それに筆頭には、全体の戦力増強を図る義務があるんだよ。
 その為にも、他のラウンズ達の実力を見極め無くちゃいけないんだ。
 いいかい、君がこんな戦い方をすると、ボク達がどの程度出来るのか分からないだろう?
 ちゃんと、自分の責任を認識して貰いたいものだよ」

 役目を果たしていないと文句を言ったサークラに、気が早すぎるとシンジは言い返した。サークラが言う通り、筆頭ならば全体の戦力を見極める必要があるのだろう。だがサークラの言う筆頭は、現時点でカノンが務めているはずだった。だからシンジは、自分にそれを求めるのは間違いだと主張したのである。

「立場から行けば、僕は末席ラウンズのはずなんですけど?
 なんで筆頭の役目を言われなくちゃいけないんですか?
 その役目を果たすのは、カノン様のはずですよ」
「最初にカノン姉に勝ったときから、筆頭の座はシンジに移ったんだよ。
 なんだシンジは、そんなことも理解していなかったのかい?
 なんのために、最初にカノン姉と戦ったと思っているんだい」

 カノンに対して恣意的と指摘をしたシンジだったが、まだまだ考えが甘かったようだ。筆頭になるのは仕方がないと諦めていたのだが、それにしてもこの祭が終わってからのことだと思っていたのだ。だがカノン達の計略により、初戦が終わったところで筆頭に据えられたと言うことである。
 はめられたと悔しがったシンジに、そう言うことだとサークラは繰り返した。

「事情は理解できたかい。
 シンジは筆頭としてボク達に胸を貸す義務があるんだよ。
 あのシエルだって、最初はボク達の攻撃を受けていただろう?」
「ラウンズになって1年しか経っていないのに……そんなことを求めないで欲しいんですけどね」

 シンジの苦情に、サークラは口元を少し歪めた。愚痴ぐらいは聞いても、今更取り消すつもりはなかったのだ。

「シエルだって、2年目から筆頭の仕事をしたんだよ。
 1年経ったんだから、別に筆頭の仕事をしてもおかしくないと思うよ」
「つまり、次からはちゃんと攻撃を受けきって見せろと言うんですね?」

 面倒というか、そこまでの実力はないというか。同じ土俵に立ちたくないから、圧倒的な速さを生かして試合を決めたのだ。それがだめと言われると、さすがに厳しくなってしまうのだ。だから勘弁してと、シンジはサークラに謝った。ただサークラにしてみれば、謝られてもしょうがないことだったのだ。

「まあ諦めることだね。
 ああ、それからレグルス君が燃えていたからね。
 きっと最後の試合は、とても面白いことになるのだろうね。
 と言う事でぇ、エルメス、ケルベロスをドックに戻してくれるかな」

 言うことだけ言ったサークラは、さっさと電子妖精に命じて帰ってしまった。シンジも同じように帰ればいいのだが、残念なことにタイミングを失してしまったようだ。そこで気の利いた対応など出来るはずもなく、結局しらけたムードを周りに振りまいてコロシアムから退場したのである。



 シンジの戦いは、参考という意味では全く参考にならないものだった。だが他の戦いは、さすがにアスカ達にも得る物が多かった。一緒にいたチフユが解説してくれることも手伝って、一つ一つの意味を理解することが出来たのである。その説明を聞くと、ラウンズの凄さが今更ながら理解することが出来た。そしてそのラウンズ達に何もさせないことで、シンジの強さも理解できたのである。
 そこでもう一つ感心したのは、チフユの持っている知識だった。アースガルズに渡って半年にも満たないのに、驚異的な知識を持っていたのだ。細かな力の使い方など、どうしたら言葉で説明できるのだろうか。

「でも、よくも半年でそこまでの知識が得られたわね?」

 他人の動きを解説するチフユに、大したものだとアスカは賞賛の言葉を贈った。少なくとも、特区にいるときは落ちこぼれていたのを知っていたのだ。だが半年ぶりに会ってみれば、そこにはかつての落ちこぼれの姿はどこにもなかったのだ。それどころか、テラから2人目のオーバーレベル10に手が届こうと言うエリートなのだ。その間アスカが1段階しかレベルを上げていないことを考えると、よくもまあと呆れるのも仕方のないことだった。

「そのあたりは、徹底的にフェリス様に教えていただいたのが役に立っている。
 碇様と訓練した直後に、その時の動作の意図を説明していただいた。
 そのおかげで、まるで自分が操縦しているような経験が積めたと思う」
「つまり、機動兵器を動かす意識を叩き込まれたと言う事か……」

 なるほどと納得したアスカに、「自分には役に立った」とチフユはその解釈を肯定した。そしてそれが全てではないと特殊な例を持ち出した。

「だがクレオの場合、全く違うアプローチがとられている。
 クレオと一緒にエレクトに搭乗され、特殊能力のコツを教えてらっしゃる。
 その成果が出て、クレオはかなりの特殊能力を使えるようになっているな。
 シューティング・スターを習得するのも時間の問題だろう」
「個々の適正に応じた訓練方法をとっていると言うことか……」
「クレオの場合、かなり特殊とも言えるがな。
 それ以外の配下に対しては、私にとったのと同じ方法が展開されている」

 ふ〜んと説明に納得したアスカは、これからの予定をチフユに尋ねた。見ること自体訓練になると言っても、1ヶ月も機動兵器から離れては体がなまってしまうのだ。それに見たことをすぐに実戦してこそ、勉強をした意味があるという物だ。

「今日は無理だが、明日からはアヤセ様配下の訓練に加わって貰う。
 タイミングが合えば、シンジ様の調整を見学することも出来るだろう」
「調整って、具体的にどうするの?」

 中身によっては、他を犠牲にしても見学したいと考えていた。そしてチフユから返された答えに、何を置いても見学すべきだと考えた。

「フェリス様と、手加減無しの手合わせをされる。
 間違いなく、祭よりも高度な戦いを見ることが出来るな」
「他をキャンセルしてでも、見学させて貰いたいわね。
 ところでチフユは、その手合わせを手伝わないの?」
「残念ながら、私の力では準備運動にしかならないんだ」

 ラウンズの実力は、全員がレベル10を超えている。そのラウンズをして瞬殺されるのだから、レベル10のブレイブスでは準備運動と言われても仕方がないのだろう。むしろ、準備運動になるだけマシだと言えるのかも知れない。使徒襲撃を乗り越えて、少しは近づいたと思っていたアスカだったが、改めてとんでも無く遠くにいるのだと思い知らされてしまった。
 少し悔しそうにしたチフユは、早く上達したいと自分の思いの丈を吐きだした。

「碇様とフェリス様は、どうしようもなく魅力的な世界にいるのだ。
 そしてその世界に入れない自分が、どうしようもなく口惜しいのだ。
 たぶんアスカ様も、二人の戦いを見れば同じことを感じると思う」
「アスカで良いわよ、私もチフユって呼び捨てにしているから。
 でも、その二人の戦いって、一度セルンで見せて貰っているわよ」

 その時は、チフユに言うような物を感じなかった。その意味でセルンを持ち出したアスカに、今は次元が違っているとチフユは説明した。

「見て貰えば分かると思うが、その頃とは全く別物になっている。
 碇様の本気を引き出せるのは、おそらく今はフェリス様だけだからな」
「今はって、前には居たってこと?」
「ああ、引退されたシエル様がそうだった。
 私は、未だにあの時以上の戦いを見たことはない。
 だが叶うなら、二度と実現して欲しくない戦いだと思う」

 トロルスに犯されていると言う条件だったが、シンジとシエルの戦いはそのことを忘れさせる物だったのだ。早さと力強さ、そして奔放さがフェリスの特徴だった。だがその時のシエルは、早さと力強さ、そして超絶とも言えるテクニックを誇ってた。そしてすべてをねじ伏せる速さを持つシンジとの間で、壮絶な死闘が行われたのである。二人の戦いに魅せられたチフユは、その時から目標をシエルに置いたのである。
 憧れを口にしたその口で、二度と見たくないとチフユは言った。それが爪痕の一つかと、アスカはシンジの変化を思った。普通に話していると変わった様に見えないのだが、観察していると以前のような甘さが影を潜めていたのだ。否応なく大人にならざるを得なかった、アヤセと会ってみてそれを理解させられたのだった。

「アースガルズにしてみれば、僅か3000の襲来だったのよね。
 それが、こんなに大きな傷跡を残すことになったんだ……」
「その傷跡をごまかすため、この祭が行われたと言えるな……」

 大きな傷跡というのは、チフユも認めるところだった。特にシエルに会いに行く前後のシンジを知っているだけに、その大きさ深さを知っていた。

「だが私たちは、どんなに大きな傷でもそれを乗り越えていかなければいけないのだ」
「それを否定するつもりは少しもないけどね。
 ただ、いつもいつもそれを要求されるのはどうかと思っているわ」

 一度シンジが壊れていることを考えると、そこまで期待して良いものかと思えてしまうのだ。本当なら支えてくれる人が側に居ればいいのだが、その掛け替えのない人は、今は遠く離れたところに追いやられている。新しい主は、果たしてどこまでシンジの支えとなれるのだろうか。
 それを考えると、今のシンジは大きな爆弾を抱えているのかも知れない。ラウンズになってわずか1年で筆頭に立つのと引き替えに、シンジは大きな重荷を背負うことになるのだろう。

 それを考えたら、これ以上重荷を背負わせてはいけないのだろう。そのためには、一日も早く自分達が独り立ちをする必要がある。何時までも、レベルの低いところで足踏みしていてはいけないのだ。強くならなくては、アスカはそれを強く思ったのだった。



 1ヶ月に及ぶ祭は、シンジとレグルスの戦いで締めくくられることになった。このあたりの組み合わせも、シンジをして「恣意的」と言わしめる所以である。
 ガンメタのプラズマを前にしたところで、シンジは「手加減不要」とレグルスに宣言された。

「悔しいが、今の俺ではお前に勝つことは出来ないのははっきりしている。
 だからこそ、シンジも出し惜しみをしないでやって欲しいんだ。
 俺は、お前との差を認めるところから始めなくてはいけないと思っている!」
「レグルス様は僕の兄貴分ですからね。
 これまで、本当に色々とお世話になったと思っています。
 だから、出し惜しみをするなと言うのは分かりました。
 今から、全力でレグルス様を叩き伏せさせて貰います!
 その代わり、簡単にギブアップをさせませんよ」

 覚悟してくださいと口元を歪めたシンジに、望むところだとレグルスは犬歯を覗かせた。

「これで祭も終わりだからな、プラズマが壊れることになっても困らないさ」
「じゃあ、シューティング・スターを味わってみますか?」

 「ハチノスになりますよ」と言い放ったシンジは、アヤセに準備が出来たと宣言した。いよいよ、祭もクライマックスを迎えることになる。

「耐えてくれよっプラズマ!
 俺は、1分1秒でも長くシンジの奴と戦いたいんだ」

 賢人会議議長から合図される直前、レグルスは愛機に向かって語りかけた。自分よりも上位の3人が、何も出来ずに撃破されているのだ。その3人に勝てない自分が、シンジに勝てないのは分かっていた。だからこそ、1秒でも長く戦うことで、どれだけ差が付いたのかを確認したかった。

「第一撃を耐えれば、接近戦に持ち込める!」

 開始を告げる議長の合図に、レグルスは全神経をギムレーへと向けた。どんなに速くても、絶対に見逃したりしないと心に決めた。

 その気になれば、たとえレグルスでも瞬殺が可能だった。それはここまで繰り広げられた戦いを見れば、シンジにも理解することが出来た。極端な話、ドゥリンダナで首を叩き切ればそれで終わるのである。だがこの戦いだけは、それで終わらせてはいけないとシンジは思っていた。だからこそ、手加減こそしないが、攻撃の方法は考える必要があると思っていた。

「出し惜しみをしないで、全部さらけ出してみるか……」

 まずは特殊能力からと、シンジは戦いの場を空へと移すことにした。最強と言われる、シューティング・スターをお見舞いするためである。瞬時に距離をとったシンジに対して、レグルスは両手をクロスするようにして防御の姿勢をとったのだった。
 その時、いくつかの流れ星がアースガルズの空を照らした。それは、ヴァルキュリアとラウンズ達に、新しい時代の到来を告げる印となる物だった。







続く

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