機動兵器のある風景
Scene -51







 シンジがシギュンと会ったのは、ギムレー2号機の様子を見に行った翌々日のことだった。もともと予定に入れていなかったのだが、クレオから是非と言う連絡が入って顔を出すことになったのである。その時付けられた理由が、ギムレー2号機とのフィッティングと言う事だった。お披露目で模擬戦闘を行うのであれば、事前に思考コントロールを含め、機体の調整を行いたいと言う事だった。
 そこでシンジは、満面の笑みで迎えるクレオと、明後日の方を向いているシギュンに出迎えられることになった。物陰から見られているのに比べれば、顔を出しただけでも大きな進歩なのかも知れない。ただその時のシンジが感じたのは、「別に変わっていないなぁ」と言う軽い失望だった。アヤセに言われて初めて気づいたのだが、確かにアースガルズでは眼鏡を掛けた人と会ったことはなかった。だからそれを持って、変わり者というのも理解は出来た。だが眼鏡自体シンジの故郷では珍しいことではないし、格好にしてもごく普通の格好をしていたのだ。そしてお風呂に入らないという割に、特に変な臭いもしてこなかった。肩すかしとはこのことかと、期待しただけ損だと思ったほどだ。

 そんなシンジの思いとは別に、クレオの方は上機嫌だった。大きい胸を強調するように後ろで腕を組み、少し前屈みになって「行きましょう!」とシンジに声を掛けてきた。ここで行くというのは、ギムレー2号機の収納されたドックへ行くと言うことだった。

「早速で申し訳ありませんが、これからギムレー2号機の調整を致します。
 じゃあシギュンさん、私が碇様を案内してきますね」
「いやっ、別に一人で行けるけど?」
「じゃあ、私がご案内差し上げますね!」

 ギムレー2号機の収納されたドックは、シンジにとってなじみの深い場所だった。しかも組紐を使えば、時間を掛けずに移動することが出来る。だがクレオは、頑として一人で行くことを許してくれなかった。どうもクレオの言い方からすると、案内することに意味があるようだ。それを理解したシンジは、大人しく案内されると言う選択をした。「分かったよ」とシンジが受け入れたことで、クレオはにぱっと笑ってシンジの手を取った。
 そしてシンジを連れてコントロールルームを出たところで、クレオは「失礼しました」とその手を放して頭を下げた。シンジが想像したとおり、二人きりになることに意味があったと言うことだ。

「少し、碇様とお話しがしたくて……」
「シギュンさんに聞かれたくない話と言う事かな?」

 敢えて遠ざけたのだから、聞かれたくないというのは間違った想像ではないのだろう。そしてクレオも、シンジの言葉に「その通りです」と元気よく返事をした。ただそこで聞かされた中身は、想像していた方向とはかなり違ったものになっていた。目をきらきらと輝かせたクレオは、「まさか本当だとは思わなかった」と切り出したのだ。

「男で女は変わると言われますけど、それって本当のことだったんですね。
 碇様がお出でになった後から、シギュンさんががらりと変わってくれたんですよ。
 連れて行かなければ入らなかったお風呂も、あれから毎日入るようになったんです。
 しかも食事だってバランス良く取るようになりましたし、ちゃんと睡眠もベッドで取るようになりました。
 しかも視力矯正をどうするのかまで、真剣に悩み始めているんです。
 今一番の問題は、それをどうするのかと言うことですね。
 何しろシギュンさんは、薬も目にガラスを入れるのも手術も大嫌いなんですよ。
 でも、変わっていると思われたくないから、どうにかしないといけないって悩んでいるんです。
 あとですね、不摂生で崩れている体形をどうするのかも悩んでいますよ。
 服さえ着ていれば、体型は矯正下着でごまかすことが出来るんですけどね。
 でも、それだと裸になることが出来ないでしょう?
 いくら矯正下着だって、脱いだらどうにもならないじゃないですか。
 短期集中で体型がどうにかならないか、必死で文献をあたっているみたいです」

 面白いですよねとまくし立てるクレオだったが、シンジにしてみればどう答えて良いのか難しい問題だった。そのおかげというか、シンジは引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。裸になった時に体型が気になると言う事は、どう考えても見せる相手が居ると言うことになる。そして話の筋から行けば、その相手は間違いなく自分と言うことになるのだろう。
 だがシンジにしてみれば、どうして会ったばかりの相手に夜のことまで心配されなくてはいけないのだろうか。いくら種馬が隠語となる男性ラウンズとは言え、そこまで手を広げる理由はないと思っていたのだ。手伝ってくれる女性のすべてに奉仕しなければいけないと言うのは、絶対に間違った考えだと思っていたのだ。

 そしてもう一つ心配になるのは、本当にギムレー2号機が大丈夫かと言うことだった。体型補正に血眼になっているというのは、ある意味技術者が色呆けしたと言うことになる。そんな相手に、大切なギムレーを任せて良いのかと言う事だった。ある意味命を預ける相手なのだから、しっかりした相手であって欲しいと切にシンジは願ったのだった。だから一番の懸念を、しっかりしてそうなクレオに尋ねることにした。

「それで、ギムレーは大丈夫なのかな?」
「そのあたりは、ちゃんと私が手綱を締めていますから!」

 えへんと豊かな胸を張ったクレオは、続いて「奇跡です!」とシギュンの変化を称した。どうもクレオにとっても、シギュンの変化の方が重要な事のようだった。

「サイド10に居た時だって、周りにはちゃんと男の人がいたんですよ。
 でもその人達は、シギュンさんの目には全く入っていなかったんです。
 もう女を捨てまくっていたと言うか、女という自覚がないというか。
 そのシギュンさんが、女を拾い上げただけじゃなくて磨き上げようとしているんですよ。
 これはもう、奇跡としか言いようが無いと思います!」
「その割には、避けられていた気がするんだけど?」

 その対象が自分だと言うのだが、顔を合わせたときには、挨拶どころか一度も自分の方を見てくれなかった。クレオの言葉を疑うわけではないが、その割にシギュンの態度が違っていたのだ。
 だがクレオは、シンジの指摘に対して「お子様ですから」と言い切ってくれた。

「なにをどうお話しして良いのか分からないと言うのがお答えです。
 碇様が来る前なんて、「どうしたらいいのって」おろおろとしていましたから。
 普通にしたらいいって言ったんですけど、シギュンさんって普通を知らないんですよね。
 目を合わせたら正気を保てそうにないから、ずっと明後日の方向を見ていたんですよ」
「そう言われると、ますますこの先不安になってきたんだけどね……」

 それでもマシロが推薦するぐらいだから、技術の方は確かだと思いたい。だがまともに人間関係が結べないようでは、これから先が思いやられるというものだ。それを指摘したシンジに、クレオは豊かな胸を揺らして、「私が居る限り大丈夫です」と保証してくれた。

「真人間に戻るきっかけが出来たんですから、絶対に普通と言われる水準に持っていってみせます!」

 元気いっぱいに答えられると、それも良いかなと思えるから不思議だ。そしてそれだけシギュンのことを心配するクレオに、良い子なのだなと改めて思った。

「クレオさんは、シギュンさんのことが好きなんだね?」
「クレオで良いですよ。
 それからシギュンさんが好きかと言われると……」

 ううむと悩んだクレオは、「考えた事がなかった」と苦笑した。

「ちっちゃな頃から一緒にいましたからね。
 もう私より4つ年上のくせに、本当に手が掛かる子供だったんですよ。
 食べるものは偏食だし、人が怖いからって技術の方にのめり込んじゃったし。
 マシロ様に声を掛けていただかなければ、本当に研究室で腐っていたと思います。
 でも16年の人生を捨てたおかげで、天才って言われるぐらいに技術的には凄いんです」
「この前のデモで、たぶんそうなんだろうとは思っていたよ。
 それから凄いと言えば、クレオの操縦技術はもの凄いね。
 僕たち3人の評価は、シエル以上の天才じゃないかって所に落ち着いたぐらいだよ。
 クレオさえ良ければ、僕のところでスカウトしたいぐらいだね」
「ええっ、私がですかっ!!」

 スカウトするという言葉に盛大に驚き、あり得ませんとクレオは両手をぶんぶんと振った。当然のように、振った手に合わせて大きな胸がゆさゆさと揺れていた。

「機動兵器乗るってことは、トロルスと戦うってことですよね。
 絶対、絶対、絶対にそんなことは無理です!
 あんな訳の分からない物が目の前に出てきたら、間違いなく怖くて失神してしまいます。
 そこまで行かなかったとしても、考えただけで手足が竦んで動けなくなってしまいます!」

 だから絶対に無理と繰り返すクレオに、「そうかぁ」とシンジはさも残念そうにため息をついた。話のついでで出たことだが、クレオに対する評価に嘘はなかった。だからスカウトというのも、まんざら社交辞令ではなかったのだ。

「クレオみたいな天才に来て貰えれば、とても心強いと思ったんだけどね。
 でも、こういうことは無理強いできることじゃないから、残念だけど諦めるしかないか」

 そこでわざとらしく深いため息をついたシンジは、もう一度クレオの顔を見てがっくりと肩を落として見せた。その辺りあまりにもわざとらしい仕草なのだが、免疫がないのかあっさりとクレオが引っかかってくれた。本当ですかと前屈みになって、シンジの顔を覗き込んできた。

「そんなに、私が碇様の所に来ないのが残念なんですか?
 その、私じゃたぶんお役に立てないと思うんですけど……
 先ほども言いましたけど、思いっきり恐がりなんですよ」

 仕掛けた針に食いついてきたクレオに、シンジはとっさに泳がすかどうかを考えた。だが相手の性格を考えると、ここは一気呵成に行った方が成功率が高いと考え、「かなりね」と言ってもう一度ため息をついて見せた。少し針を引っ張って、確実に餌に食いつかせようと考えたのだ。

「クレオなら、間違いなく数年で僕の片腕になってくれると期待したんだよ。
 ギムレー2号機の操作を見て、それは間違いないと確信したんだけどね……
 クレオが一緒にいてくれたら、僕はもっと強くなれると思っていたんだ」

 片腕とか強くなれるとか、シンジは自分を絡めてクレオの前に餌を用意した。そして最強とも言える最終兵器を、クレオの前に差し出した。

「僕がつきっきりで指導すれば、すぐにフェリス達も超えられると思ったんだけど……」

 そして差し出した餌は、クレオが食いつく前に少しだけ手元に引き戻した。

「でも、そう言う勝手なことを言ったら迷惑だね。
 ごめん、もう二度とブレイブスになんて誘わないから許してくれるかな?
 シギュンさんが待っているから、早くギムレーの所に行こうか」

 とてもおいしそうな餌を、味見しようとした寸前に引っ込められてしまった。そうなると、どうしようもなく惜しいと思えてくるのが人情という物だ。だから背中を向けたシンジに向かって、「あの」とクレオは呼び止めたのも自然な流れだった。

「本当に、碇様が“つきっきり”で私のことを指導してくださるのですか?」
「そうは言ってみたけど、実はラウンズなんかしていると時間は限られているんだよ。
 でもクレオが来てくれるんだったら、出来るだけ時間を作ってなんて考えたんだけどね。
 でも、怖いものはやっぱり怖いよね。
 だから無理をしないでも良いんだよ。
 こうしてシギュンさんの助手をしていれば、アヤセ様の配下で居られるからね。
 そうすれば、僕もクレオの顔を見ることが出来るだろう?」

 良いんだよと微笑んだシンジは、背中を向けてから「シギュンさん、結構美人だし」と聞こえるか聞こえないぐらいの声で呟いた。おいしい餌に、更に嫉妬と競争心のスパイスを振りかけたのである。当然シンジの呟きを聞きつけたクレオは、「努力します!」と餌に食いついてきた。だがシンジは、焦らず最後の仕上げに取りかかった。

「だけど、この前みたいに全滅しかけることもあるんだよ。
 だから僕は、クレオには安全なところにいて欲しいと言う気持ちもあるんだ。
 フェリスとか霜月さんとか居るから、クレオが居なくても何とかやっていけると思うからね」

 更にライバルの名前を出し、なおかつシンジが我慢するようなことを言ってくれるのだ。完全に術中に填ったクレオは、引き上げられようとする餌に自分から飛びつき、しっかりと飲み込んでくれた。

「いえ、碇様は私が守って見せます!
 怖いというのも、絶対に克服して見せます!
 ですから、私をアヤセ様のブレイブスにしてください!!」

 よろしくお願いしますとクレオが頭を下げたところで、それまで黙っていたラピスラズリが「鬼畜ってこういうことですか?」とシンジの耳に囁いてきた。

「いたいけないお子様を、いい大人が騙してどうするんです」
「いいだろう、本人がやる気になってくれたんだから。
 それに、彼女が天才というのは本当のことだからね」

 配下の駒不足を考えると、有望な若手はスカウトしておくに限る。これでチフユの弟も連れてこられれば、次代を担うブレイブスを育てることができるとシンジは考えていた。配下を充実させることは、ラウンズの使命に違いなかった。
 その考えを否定するつもりはないが、やり方が阿漕だとラピスラズリは言い返した。そして忠告の意味も込めて、「気をつけてくださいよ」と囁いた。

「あの年代の女の子は、かなり思い込みが強いですからね。
 ちゃんとブレイブスの教育をしないと、アヤセ様を敵視しかねませんよ」
「そのあたりは、ちゃんと教育プログラムを考えるよ。
 と、今日来た目的を果たさないとね」

 今日来た目的は、あくまでギムレー2号機とのフィッティングを行う為なのだ。クレオをその気にさせるのは、たまたまその機会があったからに過ぎなかった。そう考えると、ついでで少女の未来を決めたことになる。その意味でも、“鬼畜”と言われても仕方がないことだった。
 頑張りますと力こぶを入れたクレオの肩に手を掛け、本来の目的を果たすため、シンジはギムレー2号機の搭乗デッキへと移動したのだった。軽い肉体的接触は、クレオに対する更なる餌と言うところだろう。



 そしてその二日後、新しいギムレーお披露目の時がやってきた。もっともお披露目と言っても、公式にな行事などではない。あくまで、アヤセ配下に対してのものでしかなかった。もっともシンジが注目を集めていることもあり、ラウンズとかヴァルキュリアとか言われる野次馬達が集まってきた。

「……アヤセ様、始めてもよろしいでしょうか?」

 その場で説明・進行役を務めたのは、矯正下着で体型を固め、ベージュのスーツ姿をしたシギュンだった。人前に出て説明をすると言うのは、間違いなく数日前のシギュンからは考えられないことだろう。だがクレオに対して危機感を抱いたシギュンは、埋没してなるものかと自分から説明・進行役を買って出たのである。そのせいと言うか、仕事を取られたクレオが、後ろでつまらなさそうな顔をして立っていた。

「はいシギュンさん、ギャラリーも待ちくたびれているでしょうから始めてもらえますか」
「畏まりました、では碇様フィールドに移動していただけますか?」

 多少話し方が棒なのは、それだけ慣れていないと言うことなのだろう。そのシギュンの指示から少し遅れ、訓練用施設のフィールドに、まぶしいばかりに輝く金色の機体が現れた。それこそが、シンジの新しい相棒となるギムレー2号機だった。金色がアイデンティティーとなったため、カラーリングはそのまま踏襲されることになったのである。

「では碇様、ここから先はお任せいたします」

 お披露目という名の試験の手順は、すべてシンジ任せになっていたのである。シギュンからバトンを受け取ったシンジは、最初に特殊能力から試すとアヤセに伝えラピスラズリを呼び出した。

「ラピス、シューティング・スターをやるよ。
 弾を100個ばかり用意するのと、標的の壁を出してくれないかな」
「いきなり大技ですね、畏まりました2番台に弾を100個用意します!」

 おかしな乗りをしたラピスラズリは、槍と同じ素材で作られた弾を100個転送してきた。そしてそれから少し遅れて、500mほど先に頑丈な標的の壁を用意した。特にシンジが何も言わないのは、突っ込んだら負けだと思っていたのが理由だった。

「じゃあ、始めようか」

 そう小さく合図したシンジは、地面に転がった弾を持ち上げるように右手を上に振り上げた。ただそれだけのことで、地面に転がった弾は何かに引っ張られるように上昇を始めた。そしてシンジは、昇りきるのを待たずに右手を標的に向けて振り下ろした。今までは円周加速を行って威力を増したシューティング・スターを、前段階を省いて行おうというのだ。まともに考えれば、威力は格段に落ちる物と思われた。
 だがシンジの振り下ろす手に合わせて、ラピスラズリの用意した弾は光の粒となって標的の壁へと降り注いだ。そしてそのまま壁を完全に貫通し、その後ろの地面へとめり込んでくれた。予備動作の少なさは、カノンのフォトン・トーピドーを凌いでいた。しかも威力は、頑丈そのものの壁を撃ち抜くほど強力なものだった。

「これでは、祭には使えませんね」

 驚きを押し隠し、アヤセは祭に使えないことを最初に口にした。それを隣で聞いたチフユは、「同感です」とすぐさま同意した。予想はしていたのだが、凄まじいばかりの威力にチフユも驚きを隠せなかった。

「新しい機体のせいか、特殊能力を使うための準備が短くなっています。
 今のシューティング・スターを見る限り、ギムレー2号機の改良は成功ではないでしょうか」
「でも、シンジ様は格闘性能を気にしていましたね」
「ですが格闘に関しては、碇様の技能の方がボトルネックになっていたと思います……」

 すでに、ギムレー1号機の時から圧倒的な早さを誇っていたのだ。それでもシエルを圧倒できなかったのは、ひとえにシンジの格闘技能の低さが原因となっていた。それを考えると、いくら機体性能が上がったとしても、格闘能力が上がるとチフユは思っていなかった。
 そしてアヤセも、チフユの考えを認めていた。そして訓練用のフィールドに視線を向け、これから証明されるでしょうと答えた。

「たぶん、そのあたりのことはフェリスが実証してくれますね」
「碇様のブランクを考えると、今はフェリス様の方が強いと思います」
「常識的に言えば、きっとそうなのでしょうね」

 チフユに相づちを打つアヤセの前で、シンジは次々とラウンズ達の技を披露していった。しかもその技の一つ一つが、オリジナルを超えた威力を発揮してくれるのだ。見ている方からすると、やっていられないという気持ちにさせられる物だった。

「しかし、特殊能力だけを見るとブランクがあったとは思えませんね」
「碇様が仰有るには、特殊能力で一番大切なのはイメージだそうです。
 だからそのイメージさえ固められれば、ブランクなど関係がないのでしょう」

 そうは言っても、しばらく使わなければ感覚が鈍ってもおかしくないはずだった。だが実験で特殊能力を使うシンジからは、どこにもブランクを感じることが出来なかった。それがシンジの能力なのかはたまた機体の性能なのか、見ているだけではその判断が付かなかった。
 ただアヤセの立場なら、単純に凄いと喜んでいられるのだが、チフユの立場となると、その理由を考えなければいけなくなる。そうは言っても、まだまだ下っ端にはそのあたりのことは分かりにくかったのだが。

 だが理由はどうあれ、シンジの最大の特徴が守られたことは確かだった。その実感が得られたことで、シンジは次の段階格闘性能を確認することにした。もっとも体の使い方は前と変わっていないし、基本性能がブランクによりスペックダウンしていることも理解していた。その意味で、強化された機体性能が、どう格闘戦に関わってくるのかを確認することを目的とした。
 一方フェリスにとっては、待ちに待ったシンジとの手合わせである。シンジが不在の間にどれだけ自分が努力したのか、一説には必要な仕事から逃避したとも言われているのだが、その成果を見せたいと思っていたのだ。それもあって、ブランクへの配慮はするが、手加減など全く頭の中には無かったのである。

 一方シンジはと言えば、リュートに向かい合ってフェリスの成長を感じていた。すでに時間が経っているため、リュートの機体は綺麗に磨き上げられていた。だがすみれ色に輝く機体は、以前に比べて貫禄を増しているような印象を与えてくれたのだ。そのあたりは、フェリスの自信がリュートから発散されているのだろう。

「本当に、歯が立つかどうか分からなくなってきたな」

 フェリスの充実さを前にすると、ラウンズの威厳も霞んでしまう気がした。発散する迫力だけを見れば、ラウンズの中でも1、2を争うところまで来ているように思えた。そのフェリスを前にすると、慣らしと言う名目が通用するのかシンジは不安を感じてしまったほどだ。
 もっとも、フェリスを相手にしないと、ギムレー2号機の真価を計りとることが出来ないのも分かっていた。覚悟を決めたシンジは、フェリスとの通信を開き「始めようか」と声を掛けた。

「うむ、シンジ様の居ない間、私がサボっていなかったのを確認してくれ!」

 巨大なレーヴァンティン(大)の重さを感じさせない動きで、フェリスは剣を頭上に振り上げた。そしていつものように、上を取ろうと飛び上がった。だがいつもと違っていたのは、下向きの加速を行わない事だった。このあたりは、とりあえずの手加減と取って良いのだろう。単なる落下速度で、フェリスはレーヴァンティン(大)をシンジに向かって振り下ろしたのだ。
 フェリスの配慮に感謝しながら、シンジはギムレー2号機を僅かに横にシフトさせた。大きく避けると、すぐにレーヴァンティン(大)の追撃があるのは分かっていたのだ。

 だが手加減をしていても、フェリスに抜かりは全く無かった。レーヴァンティン(大)を振り下ろした勢いそのままで、斜めに振り上げてきたのだ。ただこれも予想の範囲と、シンジはまっすぐ下がってその剣撃を避けた。もちろん、そのままの勢いで追撃されるのも予想の内だった。

「さすがはシンジ様、避けるのは相変わらず達人です」
「フェリス、そこは逃げるのはって言いたいんだろう?」

 軽口を叩きながら、シンジはギムレー2号機の感触を探っていた。今のところ、動作におかしなところは感じられない。軽く動かした範囲では、1号機よりもレスポンスが上がっているようだ。そのあたりは、特殊能力の使い勝手の良さにも通じるところがあった。
 一方のフェリスは、手加減しながらも攻撃の速度を加速していった。自分が看病するとは言ったが、再度長期離脱を避けようと言う気持ちがそこにあった。

「シンジ様、避けてばかりでは性能確認にならないと思いますが?」
「機体もそうだけど、僕自身が斬り合いの感覚が戻っていないんだよ。
 だから悪いんだけど、もう少しこのまま付き合ってくれないかな?」
「それぐらいなら、いっこうに構いません!」

 喜んでとまでは言わないが、こうしてシンジと訓練できることにフェリスは感激していたのだ。1月前には、本当にこの時が来てくれるのか闇に包まれていたのだ。

 そんなやりとりを20分ほど続けたところで、シンジは一度目の区切りを入れることにした。ブランクのせいで軽い疲労を感じたのもあるが、そろそろ全開モードに入っても良いと考えたのだ。

「フェリス、そろそろ手加減抜きでいこうか」
「よろしいのですか、今までとは桁違いの攻撃をさせていただきますが?」

 にやりと口元を歪めたフェリスに、「そうしないと確認にならない」とシンジは答えた。それを受け取ったフェリスは、「でしたら遠慮無く」と再び剣を振り上げ飛び上がった。
 慣らしの時は、落下は重力に任せた攻撃だった。だが真剣勝負と決めたことで、フェリスは落下にも加速を加えた。このあたりは、シンジに散々叩き込まれたことでもある。その攻撃を、フェリスはシンジが居ない間も磨き続けていた。

 飛び上がるのより早いのではないかと言いたくなる速度で、フェリスはシンジへと襲いかかった。その速度に驚きはしたが、もともと自分が仕込んだ技能にすぎなかった。冷静に軌跡を見極めたシンジは、避けるのではなく逆に飛び上がることで攻撃に出た。単発の攻撃であれば、未熟さが表に出ないという目論見もあったのだ。
 だがシンジにしてみれば初めての作戦でも、フェリスにしてみれば散々チフユと練習したことだった。腕をコンパクトに畳むことで、フェリスは下からのシンジの攻撃を迎え撃った。がつんと言う強い衝撃は、シンジのドゥリンダナと激突した証拠だった。

「残念ながら、その攻撃は散々チフユと練習しています」

 上を取った有利さを生かし、フェリスはそのままギムレー2号機を押し返そうとした。だが“飛行”と言う能力では、さすがにシンジの方が上だった。フェリス以上の力で、シンジがリュートを押し返した。
 特殊能力の勝負では不利と、フェリスはすぐに攻撃を切り換えた。とっさにレーヴァンティン(大)を引き、シンジの圧力をいなすことにしたのだ。そしてすれ違いざまに、引いた反動を利用してギムレー2号機の胴をレーヴァンティン(大)でなぎ払った。

「ここで、ファントムですか?」
「それが、最小の動作で避けることが出来るからね」

 なぎ払った剣の感触の無さに、フェリスはシンジがファントムを使ったのを知った。だがすでに距離が離れているため、追撃は諦め大地でシンジの攻撃を待ち構えることにした。今までなら、ここでフォトン・トーピドーを使ってくるのがシンジのパターンだったのだ。
 だがフェリスの予想に反し、シンジはフォトン・トーピドーを使ってこなかった。そしてその代わり、右手に剣を形成して、フェリス張りに上からの攻撃を敢行してきた。

 それを落ち着いて躱したフェリスは、地面に降りた瞬間を狙ってレーヴァンティン(大)で斬りかかった。だがシンジも、それをドゥリンダナで受け流し、フェリスの懐へと飛び込んだ。ぎりぎりまで間合いを詰めることで、レーヴァンティン(大)を使えなくしようというのである。
 ただフェリスも、伊達にチフユとの訓練に逃げ込んでいたわけではない。冷静にシンジの動きを見極め、跳ね上げられたレーヴァンティン(大)で迎え撃った。その速さは、ファントムを使わなければ避けられないと思われる物だった。

 だがフェリス会心の攻撃は、ドゥリンダナとは別の方法で受け止められた。空間が凝縮されたような赤い壁が、レーヴァンティン(大)を遮ったのだ。そしてそのままフェリスの懐に飛び込んだシンジは、リュートののど元に右手で作った手刀を突きつけた。

「シンジ様、今のは何なのですか?」
「確か、アイギスの盾とかいう技だったと思うよ。
 ファントムより効果的だと思ったので、試してみたんだ」

 シンジの答えに、フェリスは小さく溜めていた息を吐き出した。ブランクを考慮して手加減をしたのだが、改めてその必要がないことを思い知らされたのだ。技の切れ、そして速さは、依然と全く変わりがなかった。ただチフユと分析を繰り返したお陰で、弱点もそのまま残っていることも確認できた。

「ところでシンジ様、もっと続けますか?」
「さすがに、かなり疲れを感じているよ。
 やっぱり、2ヶ月以上のブランクはきついね」
「ですが、勘の方は鈍っていないようですね」

 フェリスの攻撃に対し、冷静な対処を行っていたのだ。それを考えれば、「勘は鈍っていない」と言うフェリスの論評も頷けるものだった。ただ体力的に落ちているのは、除染槽に漬かっていたことを考えれば、仕方の無いことなのだろう。
 今は無理をするときではないと、フェリスも練習を切り上げることを認めた。

「では、お披露目はここまでと言う事ですか。
 ところでシンジ様、新しい機体の具合はいかがですか?」
「そうだね、前よりも一体感が増した気がするよ。
 お陰で、確実に負担が軽くなっているように思えるね」

 大きく息をしたシンジは、戻ろうかとドックを指さした。思考アシストのお陰で戦うことは出来るが、体力の衰えまでは補うことが出来なかったのだ。うまく動いたと言う安堵はあったが、同時に早く休みたいという気持ちも強くなっていたのである。



 ギムレー2号機のお披露目は、野次馬達に一応の安堵を与えるものとなっていた。特にヴァルキュリア達にとっては、シンジが無事復帰したという事実が大きかったのだ。しかもギムレーが今まで以上の性能を示したとなれば、勝利のシンボルとしての位置づけが大きくなってくれる。トロルス迎撃という意味で、無事に第一段階をクリアしたことになる。

「後は、シエルが復帰してくれれば……」

 すでにエリア0から除染は完了しているとの報告は受けていた。ただトロルスの寄生の肉体的影響は排除できたが、精神への影響は未知数との報告を受けていた。同じような侵食をシンジも受けていたのだが、接触時間の長さがシエルとは格段に違っていたのだ。過去のデータもないため、その部分が不透明だと宣告されていたのである。
 そしてシンジとは違う事情を、ドーレドーレも感じ取っていた。

「あの戦いは、間違いなくシエルの願望が籠もっていた……」

 ドーレドーレは、何度もシエルの戦いを見直していた。そして一つ確信したのは、シエルがシンジとの戦いを望んでいたと言う事だった。ブリュンヒルデやジークリンデを落としたのも、そのための手段だと考えれば、完全に破壊しなかったことへの説明が付くのだ。そしてカノン達にしても、行動不能にはされたが、とどめまでは刺されていなかった。全てシンジを引っ張り出すための手段だと考えれば、いくつかあった不自然な事実の説明が付いてくれたのだ。
 だがその事実が、ドーレドーレの気持ちを重いものにさせたのだ。もしもシエルの願望が実行されたとしたら、その反動が必ず現れてくると考えたのである。トロルスの影響を排除できたとしても、その時の記憶がシエルにどのような影響を与えることになるのか。それを考えると、復帰を喜んでばかりはいられなかったのだ。
 そしてその傷がある限り、本当に復帰できるかも疑わしかったのだ。そのことは、サイド1で会ったエステルにも指摘されていたことだった。

「問題は、シンジを立ち会わせるかどうかなのだけど……」

 それを確認する手っ取り早い方法は、シンジを立ち会わせることだと思っていた。だが心に大きな傷が残っていたら、それは取り返しの付かないことになる可能性を秘めた賭けになってしまう。安全を期すのなら、シンジと合わせるのは落ち着くのを待った方が良いことになる。

 時期尚早と折り合いを付けたドーレドーレは、これからの体制のことへと思考を向けた。たとえシエルが復帰できたとしても、もはやラウンズ筆頭の役目を果たすことは出来ないだろう。それは同時に、自分がヴァルキュリア筆頭に居る理由を失うことにも繋がることだった。だが代わりの筆頭を考えると、なかなか適任者が居ないと言うのが現実だった。
 ハイドラにヴァルキュリア筆頭を譲るというのは、当初から考えていたプランでもあった。配下の能力や本人の経験を考えると、それ以外に選択肢は無いと数ヶ月前は思っていたプランである。カヴァリエーレのカノンも、ラウンズ序列第2位なのだから、実力的にも問題は無いと思われていた。

 だが先の戦いで、カノンは完膚無きまでにシエルに叩きのめされていた。サークラ、マニゴルドまで協力しても、ただ一人のシエルに歯が立たなかったのだ。それが残された者の限界と言えれば、緊急避難としての口実も立ったのだろう。だがシンジがシエルと互角以上の戦いを繰り広げ、フェリスが決着を付けたとなると事情が変わってしまうのだ。フェリスという切り札を育てたことを考えれば、シンジこそラウンズ筆頭に相応しいことになる。
 だがシンジ自身、ブレイブスとしての経験が短すぎるという問題があった。しかもその主となったアヤセは、ヴァルキュリアとして僅か2ヶ月の経験しか持っていないのだ。自分達の代わりを任せるには、二人ともあまりにも経験が少なすぎたのである。

「ここにも、エステルを罰した影響が出たと言うことですか」

 エステルならば、経験の面での問題は解消できただろう。もちろん、彼女独特の奇行を考えると、躊躇してしまう気持ちも生じてしまう。だが節目節目で見せる判断は、さすがはヴァルキュリアと言わせるだけのものは持っていたのだ。その点で、アヤセには実績がなさ過ぎたのだ。
 その意味では、ドーレドーレが筆頭を続ける事になるのだろう。だが、賢人会議の決定を含め、ドーレドーレが疲れているというのも問題だったのだ。しかも、続けることへの気力が折れているという大きな問題があったのだ。

 一方お披露目を見てたラウンズ達は、改めてシンジとフェリスの実力を見せつけられた気持ちになっていた。何しろ肩慣らし程度の戦闘でも、祭における上位の対戦に匹敵するレベルとなっていたのだ。

「ますます、技のデパートに磨きが掛かっているねぇ」

 凄いなぁと感心したサークラに、同感だとカノンはしっかりと頷いた。

「あれが肩慣らしだとしたら、シエルと互角に戦ったのも理解できるわ。
 シンジの弱点も、無理に攻撃に出なければ露見することもなさそうだし」
「しかし、4ヶ月前とは見違えるほどになったな。
 あの時も強くなったとは思ったが、まさかここまで来るとは思ってもいなかった」
「たぶん、フェリスの成長が良い方に働いたんだろうね。
 身近にこんなに良い練習相手が居れば、強くなれるというもんだよ。
 しかし、ますますレグルス君は厳しい立場に置かれることになったねぇ。
 何しろ、彼のところにはフェリスは居ないからねぇ」

 難しい顔をして腕を組んでいるレグルスをチラ見したサークラは、「総合力で負けているね」と現状を分析した。

「でも配下の構成は、むしろレグルスの方が恵まれているんだよ。
 あれだけ凄いフェリスにしても、シンジが来る前は酷い落ちこぼれだったからね。
 本人にやる気を起こさせ、しかもあそこまで鍛え上げたんだから凄いとしか言いようが無いってことだね」
「だがアヤセ様を含め、筆頭を任せるには経験不足としか言いようが無いな」
「実績という意味では、シンジは十分に満足できるんだけどねぇ。
 ただ命令無視の実績もあるから、賢人会議さんが反対するのも目に見えているね。
 その上アヤセ様は、ヴァルキュリアになって2ヶ月だからねぇ」

 アヤセが実績を積んで、シンジのほとぼりが冷めるまでは、筆頭と言う話は出てこないというのがサークラの結論だった。そしてそれを認めたマニゴルドは、頑張ることだとカノンの肩を叩いた。

「頑張るって言われても、もの凄くやりにくいんだけどねぇ。
 うまいことシエルが復帰してくれたら、筆頭の責任を押し返せるのに」
「たぶん、シエルは引退を選択するのではないか?」

 マニゴルドの推測に、「そうだね」とサークラも同意した。そしてシエルの復帰を口にしたカノンも、それが望み薄だと理解していたのである。

「シエルの潔癖さを考えると、このまま続ける選択はしないと言う事か。
 そうなると、諦めて筆頭をするしかないって事になるのね。
 やだなぁ、ベルベラ様にも諦めて貰うしかないのかぁ」
「後は、レグルス君の成長に期待するしかないようだねぇ。
 どうだい、次期筆頭候補としてみんなで鍛え上げるっていうのは」

 にやりとサークラが口元を歪めた時、何かを感じたのかレグルスが身震いをしていた。

「テラの事を考えると、シンジが筆頭と言うのは宜しくないだろうな」
「あっちはあっちで、結構手間が掛かりそうだね。
 それを考えると、シンジは身軽にしておいた方が良いって事か」
「そう言えば、テラのブレイブスをこちらで訓練するという話もあったわね」
「それがうまく行くと、アヤセ様のところに隠れ配下が増えることになるのか」

 いつの間にか時代が変わっている。それがサークラの、正直な感想だったのだ。もしもテラの戦力が使い物になることがあれば、アヤセは一大戦力を抱えることになるのだろう。







続く

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