機動兵器のある風景
Scene -47







 ヒルデガルドから連れ出されたエステルは、そのままドーレドーレの前へと連行された。その腕には、逃走防止用なのか、樹脂で出来た手錠が嵌められていた。だがカヴァリエーレの力がなければ、ヴァルキュリアはか弱い女性でしかない。仰々しい手錠など、本来必要のないものだった。それを考えると、この手錠は“見せしめ”としか思えなかった。
 エステルの手元を厳しい眼差しで見たドーレドーレは、連行してきた兵士に向かって「下がりなさい」と命令を発した。だがドーレドーレの命令にもかかわらず、エステルの脇を固めた兵士達は、一歩も動こうとはしなかった。

 ぎりっと奥歯を噛みしめたドーレドーレは、もう一度「下がりなさい」と兵士に命じた。ただそれだけではいけないと思ったのか、「こちらが大人しくしている間に下がりなさい」と恫喝を加えた。だがそれでも下がらない兵士達に、ドーレドーレは苛つきながらニンフを呼び出した。

「議長にすぐに連絡をしなさい。
 引かないのなら、こちらにも覚悟があると伝えるように」
「畏まりました」

 脅しに効果があったのか、ニンフに命じてすぐ兵士達はエステルの脇から離れた。そしてドーレドーレに一礼もせず、ブリュンヒルデの艦橋から消失した。あまりにも無礼な行為なのだが、ドーレドーレは気にすることをやめていた。それよりも、今はエステルと話をすることを優先したかった。

「エステル、状況は理解していますね?」

 そう話しかけたドーレドーレは、「困ったことをしてくれた」とエステルに零した。だがエステルは、そう思っていないと言い返した。

「ですが、私は正しいことをしたと思っていますよ。
 それは、この結果が示していると思っています」
「確かに、あなたのお陰で被害はとても軽微なものになりました。
 壊滅しかけた私たちを、あなたとあなたのカヴァリエーレ達が救ってくれたのは確かでしょう。
 だからと言って、これでめでたしめでたしと言うわけにはいかないのも分かっていますよね」

 今までも色々と厄介なことをしてくれたが、これは極めつけの厄介に違いない。軽い頭痛を覚えたドーレドーレは、右手でこめかみをもみほぐした。
 そんなドーレドーレに、それぐらいは理解しているとエステルは返した。そもそもエステル自身、ヴァルキュリアとして認められる方策を採ろうとしていた事情がある。当然ドーレドーレが問題にしていることなど理解していたのだ。そして理解した上で、最善を探ったのがこの結果だと思っていた。

「お陰で、あなたに処罰を下さなければいけなくなってしまいました」
「決まり事を破ったのですから、一応覚悟は出来ていますよ。
 ただドーレドーレ様には、シンジやフェリスにお咎めが行かないようにお願い致します。
 それさえ許していただけたら、私はどのような罰をも受ける覚悟は出来ています」

 神妙に頭を下げたエステルに、本当にそうかとドーレドーレは聞き返した。

「ヴァルキュリアの資格を剥奪され、シンジ以外の男の子を産むように命じられてもですか?
 普通の女性として上に送られ、そこで普通と言われる生活を送ることになりますよ。
 もちろん、シンジとは二度と会うことが出来なくなりますが、それでも良いのですか?」
「それぐらいのことをしたこをと自覚しています」

 普段とは違ったまじめな態度に、それだけシンジを守ることに必死なのだとエステルの心情を理解した。裏を返せば、それだけシンジのことを愛していると言う事にもなるのだろう。そのシンジと引き離されるのだから、さすがのエステルも今まで通りではいられなかったのだろう。
 だが自分はどうなってもと言うのは、残念ながら受け入れられる条件ではなかった。何の記録も残っていないのならまだしも、ユーピテルにはシンジが反抗した事実が記録されていた。ヴァルキュリアの決定に従わなかった事実をもって、カヴァリエーレは罪を問われることになる。だからいくらエステルがシンジを庇っても、すでに庇いきれないところに来ていたのである。

「あなたの覚悟はよく分かりました。
 ですが、今回の件でシンジを無罪放免というわけにはいかないのです。
 ヴァルキュリアに反抗し、配下のブレイブス達を扇動した。
 それが、どれだけの罪に問われることかは、あなたも理解しているでしょう?」
「ですが、シンジは貴重な男性ラウンズのはずです。
 厳重注意程度で済ませた方が、円卓会議にとっても利益になるはずです!」

 だから軽微なお咎めにして欲しい。心からのエステルの懇願なのだが、残念ながらドーレドーレも認めるわけにはいかなかった。

「確かにあなたの言う通り、シンジは貴重な子種を保っています。
 ですが、犯した罪を考えると、このままというわけにはいかないのです。
 むしろ、あなた以上の罪を問われることになるのでしょうね」
「ですが、そのようなことをしたら……」

 ドーレドーレの言っていることは、これまで綿々と築き上げられてきたヴァルキュリアシステムにとって、ごく当たり前のことだった。だが当たり前だからと言って、それが素直に受け入れられるかというと話が違ってくる。そして当然、ドーレドーレもそれぐらいのことは承知していた。

「一つ間違えば、ヴァルキュリアとラウンズの関係を壊してしまうでしょうね」
「でしたらなおのこと、シンジに対して寛大な処置をお願い致します」
「ですが、この話は間違いなく賢人会議預かりとなってしまいます。
 彼らは、厳格にシステムとしての法を適用しようとするでしょうね」

 賢人会議に預かりになってしまうと、筆頭とは言えドーレドーレも一議員でしか無くなってしまう。そうなったとき、彼女が言う通り厳格に法が適用されるのは想像に難くない。

「半径数百キロを焦土とし、ほとんど全ての戦力を失うところでした。
 それを考えると、あなたとシンジの功績は巨大としか言いようがありません。
 本来罰ではなく、賞賛されるべき功績だと私は思っていますよ」
「賞賛など欲しいと思ったことはありません。
 私はただ、今まで通りの関係が続けていければと思っていただけです」
「あなたなら、きっとそう言うと思っていましたよ」

 そう言って微笑んだドーレドーレだったが、すぐに表情を引き締めてエステルの顔を見つめた。

「必要な事情聴取はこれで終わりとします。
 あなたは、刑が決まるまでサイド1で監視下に置かれます。
 電子妖精は剥奪しますので、誰とも連絡を取ることは出来ませんよ」
「シンジはどうなるのでしょう?」
「シンジは……」

 少し考えたドーレドーレは、「隔離することになる」と答えた。

「シエルと共に、除染処理のため隔離措置を執ることになるでしょう。
 その後の処置は、刑が決まってからと言う事になりますね。
 場合によっては、隔離をしたままということもあり得ますね。
 そうするのが、一番波風を立てない方法でもありますからね」
「もしもそんな真似をするのなら、私はアースガルズを心から軽蔑致します!」
「でも、この先どうなるかはあなたに知らされることはありませんよ」

 だから大人しくしていなさい。エステルを諭したドーレドーレは、連れて行って良いと兵士を呼び戻したのだった。



 それからの後始末処理は、これと言った問題も起きずに進んでいった。シエルの問題も、最終的には日程が1日遅れた程度の影響しか与えることはなかった。全ては元の通り、後始末だけを見ればきっとそう見えたことだろう。
 ただ表向きは平静に過ぎてはいたが、残した爪痕はとても大きなものになっていた。それは当事者となったエステル配下だけではなく、命を救われた他のラウンズ達にも大きな影を落としていたのだ。

 半月に及ぶ作業が終わろうというところで、サークラは同じ作業に出ていたマニゴルドに話しかけた。当然のように、秘匿回線経由の通信である。

「全くやっていられないね。
 ボクとしては、立場を放り投げたくなったよ」

 ただ秘匿回線であっても、結果的には記録が残されることになる。それを知りながら、サークラは体制に対する批判を口にした。

「今のままじゃ、はっきり言ってぼろぼろだよ。
 次のトロルス襲来があったら、どれだけ被害が出ることだろうね」
「サークラの気持ちは分かるが、だからと言って市民を巻き込んで良いわけがない。
 俺たちは、俺たちに求められる仕事をこなしていくしかないはずだ」
「だとしても、モチベーションと言うのは必要だと思うよ。
 そのあたりのことを、筆頭としてどう考えているのか教えてくれないかい?」

 憤懣やるかたないという顔で、サークラは新しく筆頭となったカノンに意見を求めた。だがカノンにしてみれば、そんな話を振ってくれるなと言うところだ。彼女の立場上、体制批判など出来るはずがなかったのだ。

「それを、私に聞くのはやめてくれない?」
「おやっ、立場上粛々と仕事をするだけだと言わないといけないんじゃないの?」
「それを含めて、聞かないでって言っているのよ」

 ぱたぱたと手を振ったカノンは、逃げるようにサークラ達の前から離れた。今更サークラに言われるまでもなく、カノン自身やる気が出なくてしょうがなかったのだ。
 だがいくらやる気が出なくても、トロルスが侵食を諦めてくれたわけではない。そのあたりはマニゴルドの言う通り、求められる仕事をこなしていくしかないと思っていた。だからこそ、効率は落ちても黙々と作業を続けたのである。

 不満のはけ口を取り逃がしたサークラは、ここにいない最後の男を話題にした。シンジが居なくなった以上、ただ一人残された若い男をもちだした。

「で、レグルス君はどうしてる?」
「相当堪えたようだな。
 あのレグルスが、眉間にしわを寄せて仕事をしていた」
「やっぱり、ぼろぼろと言う事かなぁ」

 だからと言って、サークラに何か出来るかと言うことは無かった。主のベルベラにしたところで、円卓会議の一員でしかなかったのだ。そして円卓会議を構成するヴァルキュリア達自身、その存在意義を疑い始めていたのである。サークラが言うぼろぼろは、組織として崩壊寸前という意味でもあったのだ。

 本人達が存在意義を疑う中、悪役にされたドーレドーレは賢人会議で奮闘していた。目的はエステルやシンジに対して、恩赦とも言える免責を勝ち取ることだった。だがいくらドーレドーレが奮闘しても、情勢は厳罰へと傾いていた。

「確かに、壊滅の危機を救ったことは認めましょう。
 ですがそれは、あくまで結果が良かっただけのことに過ぎません。
 次に同じことがあったとき、もしも全滅したら誰が責任を取れるのですか?」

 かつてヴァルキュリアを勤めていた議員、ミズホは淡々と道理を説いた。それはこれまで言われ続けてきた、定説を繰り返すものだった。

「私たちは、トロルスと戦い続けていくため、不確かな賭をするわけにはいかないはずです。
 それは、ヴァルキュリア筆頭であるあなたが、一番理解していることではありませんか?」
「そもそも、筆頭がトロルスに取り憑かれたこと自体、油断が招いた結果に違いない!」

 そして男性議員、カーンが綱紀が緩んでいると指摘した。過去発生した問題を反省していれば、後始末こそ慎重な対応が必要だというのだ。特にシエル・シエルが絶対的な力を持っているのなら、侵食される危険から遠ざけておくべきだというのである。
 他の議員達の主張も、ほとんど二人と同じ内容を含んでいた。一つはヴァルキュリアとラウンズの油断を糾弾し、もう一つはルールを破り、一か八かの賭けをしたことを問題としたのである。それ自体は正論であり、ドーレドーレも言い返すことの出来ない指摘だった。

「そもそも、円卓会議が増長していたのではないのかね?
 確かに君たちには、アースガルズを守るという重要な使命が与えられている。
 そしてそのために、必要以上の権限を付与しているのは間違いない。
 それは、不必要な制限を掛けて、君たちの活躍の邪魔をしてはいけないという考えからなのだよ。
 だが今回のように、増長して壊滅の危機を招いたとなれば、我々も対応を変えなくてはいけなくなる。
 ドーレドーレ、君はそれを理解しているのかね?」

 そして賢人会議の中では年長格の、ドラコは円卓会議のあり方その物を問題とした。ドーレドーレとしては、違うと強く言い返したい指摘である。だが今の立場は、それを我慢しなくてはいけないものだった。
 四面楚歌、針のむしろに座らされたと思ったドーレドーレだったが、たった一人だけ彼女の味方が存在していた。「それで?」と小さな声で疑問を呈したイシバとと言う男は、「結局どうしたいのだ?」と他の議員達の考えを質した。

「この集団ヒステリーに意味があるのなら、その意味というのを教えてくれないか?
 ドーレドーレ様を糾弾する諸君は、結局どうすればいいとお考えなのか?
 糾弾の言葉以外に、具体的な改革の意見という奴を聞かせて貰いたい。
 我々が対応を変えると言うのなら、それをどう変えるべきと考えるのか?
 安っぽい恫喝は、結局何の役にも立ってくれないだろう」
「ならばイシバ殿は、どうすればいいとお考えなのかっ!」

 安っぽい恫喝と言われたドラコは、目を剥いて言い返してきた。だがそれを冷静に受け止めたイシバは、「なぜそれを、私に求めるのだ?」と言い返した。

「そもそも、対応を変えると言ったのはドラコ殿ではないか?
 ならば、具体的にどう変えるかを提言するのは、あなたの役目ではないのか?
 まさかただ恫喝するためだけに、対応を変えると仰有ったのではないだろう」

 いかがかと言われると、具体的な妙案を出せるものではなかった。権限を制限することは容易いが、だからと言って何を制限すればいいのか考えがあったわけではない。恫喝というのは言い過ぎにしても、危機感だけでは具体的改革には進んでいかないものだ。
 だからと言って、そのままやり込められては議員など務まらない。具体策をと迫られたドラコは、「円卓会議の見直し」を口にした。

「ヴァルキュリアとラウンズだけで構成されるから増長するのだ。
 賢人会議から議員を送り込み、議事を監視すれば今よりマシになるだろう!」
「なるほど、ドラコ殿は数百年続いた伝統を破壊せよと仰有るのか。
 確かに円卓会議の改革は、傾聴に値する意見に違いないだろう。
 ところで誰が、円卓会議に出席して議事を監視するというのかな?
 議事に対して口を挟む以上、結果に対する責任を持つことになる。
 はてさて、それが出来ないからヴァルキュリア筆頭を賢人会議に引き込んだのではありませんかな?」

 手入れの行き届いていない髪を、イシバは後ろで縛っていた。ポニーテールと言うより、藁束というのが相応しい髪型をした頭を振って、面白い意見だとドラコをあげつらうように繰り返した。だがイシバの指摘したことは、賢人会議の誰もが認めることだった。そのせいもあり、ドラコは反論できなくなってしまった。
 そこでドラコを黙らせたイシバは、次にミズホを標的に定めた。

「ところでミズホ様、あなたは不確かな賭と仰有いましたね。
 今でも、エステル様とそのカヴァリエーレのとった方法は不確かな賭だと仰有いますか?」
「あれが、不確かな賭でなくてなんと言います!」

 もともとヴァルキュリアだったこともあり、作戦に対する意見は賢人会議の中では一番だという自負を持っていた。それもあって、ミズホはイシバの挑発に乗っていた。

「ではお伺いしますが、その不確かさは、具体的に何について仰有っていますか?」
「駆け出しの新米ラウンズが、トロルスに取り憑かれた筆頭を制圧すると言うことです!」

 それぐらいも分からないのかと憤慨したミズホに、イシバはいきなり21と言う数字を上げた。

「なんです、いきなり!」
「いえ、あなたの仰有る確実な方法をとったときに生き残るブレイブスの数です。
 しかもそこに残るラウンズは、あなたの言う駆け出しだけなのです。
 そしてもう一つ上げるなら、末席のヴァルキュリアが1という数字もありますね。
 敢えて皆さんが触れていないようなのですが、最善と言われる策をとったときの結果がこれです」
「私たちは、結果論で議論しているのではありません!!」

 改めて示されると、最善の策を取った結果は惨憺たるものと言って良いだろう。600ものブレイブスが出撃して、僅か21しか残らないというのだ。壊滅的打撃というのは、これ以上のものはないと思えるほどだ。それが分かるだけに、いささかミズホもヒステリックに言い返した。

「確かに、結果だけで論じるのは本質を見誤ることになりますな。
 ではヴァルキュリア筆頭に、そのときの情勢を伺うことにしましょう。
 あと何分持ちこたえれば、多くのブレイブス達を救うことが出来ましたか?」
「およそ20分と言う所です。
 それだけ持ちこたえれば、3割は確実に救うことが出来ました」
「いまドーレドーレ様が、非常に重要な情報を提供してくださいました。
 わずか20分持ちこたえれば、3割、すなわち180ものブレイブスを救うことが出来たのです。
 トロルスとの戦いが数だと考えたら、20分という時間を稼ぐことに意味があるのではありませんか?」

 違いますかと確認したイシバに、大違いだとミズホは言い返した。

「末席のラウンズが、どうして2位から4位の出来なかったことが出来るのです!
 それを期待することを、私は賭だと主張しているのですよ!」

 制圧から時間稼ぎに話がすり替えられているのだが、敢えてイシバはそのことには触れなかった。

「確かに、前の祭りでは一勝も出来なかった末席の新米ラウンズでしたね。
 ですが、祭りのやり直しでは事実上第5位も撃破しているのではありませんか?
 さて再度ヴァルキュリア筆頭に伺いますが、シンジ碇とフェリス・フェリの実力はどの程度でしょう?」
「シンジ碇は……」

 少し答えに躊躇したドーレドーレだったが、イシバの視線に促され、「シエルと互角だ」と答えた。

「シンジは、勝とうとさえしなければシエルと引き分けられる実力があります。
 それは、前の祭りでも示されたはずです。
 特殊能力という意味であれば、すでにシンジはラウンズ1の実力を持っています。
 そしてフェリス・フェリは、生身であればシエルと互角に戦うことが出来ます。
 機動兵器の扱いも、急速に成長していると報告を受けています」
「つまり、時間稼ぎに出た3人に匹敵する可能性があると言うことになりますね。
 それを考えると、勝つことは賭でも、時間を稼ぐことは賭ではないと言えますね。
 事実、20分という最低限の時間は、危なげなく経過したと報告が上がっています。
 この時点で、僅か21と言う数字は200と言う大きな数字になったと言うわけです」
「だからと言って、ヴァルキュリアの命令を無視して良いわけではありません!」

 賭という言葉を使えなくなったため、ミズホは命令違反を代わりに持ち出した。ヴァルキュリアシステムを維持していく上で、これだけは譲れないというものを持ち出したのである。

「なるほど、確かにミズホ様の仰有るとおりだ。
 自らが仕えるヴァルキュリアの命令に従わないのは大罪に違いないでしょう」

 イシバが同意したことで、ミズホは勝ち誇ったような顔をしていた。だがイシバの詭弁は、それだけでは終わらなかった。

「でしたら、エステル様の罪はどこにあるのでしょうか?
 確かにカヴァリエーレは大罪を犯しましたが、同じ責めをヴァルキュリアも負うのでしょうか?
 せいぜい教育の不行き届き程度にしか思えないのですが?
 カヴァリエーレに反乱されたら、いかにヴァルキュリアでも押さえられないでしょう。
 その中で、エステル様は最善の選択肢を選ばれたのではありませんか?
 もちろん、無罪などと主張するつもりはありませんよ。
 エステル様にも、それ相応の罰を受けていただく必要があるのは間違いない。
 ただ、最初に言われていたほど、重い罰である必要はないと言いたいだけです」

 いかがかと問われれば、違うとは言いにくいイシバの意見だった。カヴァリエーレの反乱が抑えられない以上、それを一番役に立つ形で利用しなくてはいけない。その利用方法として、脱出までの時間を稼ぐというのは、イシバが主張したとおりうまく行っていたのだ。

「つまり、イシバ様はシンジ碇こそ、厳罰に処すべきだと主張するのですね?」

 そしてその為には、責任の所在をはっきりとする必要がある。それを確認したミズホに、「その通り」とイシバは大きく頷いて見せた。

「なるほど、それならばエステルを厳罰に処す必要はありませんね。
 アヤセと入れ替えて、バックアップに回すのが適当な処置かも知れません」
「さすがは賢明なミズホ様でいらっしゃる。
 その裁定には、私も大いに賛同いたします!」

 大げさに同意したイシバは、確認するように議員達を見渡した。

「確かに、あまり厳しい処罰は士気を損なうことになりかねない」
「反乱を起こしたのは、確かにラウンズでしたね……」
「最善と言われれば、確かに最善を尽くしたことになるな……」

 ばらばらと出される意見は、ミズホの結論を追認するものばかりだった。それに満足したイシバは、「それでよろしいか?」と全員に確認した。

「エステルに対する処罰は、宙に上がってバックアップとなること。
 現役ヴァルキュリアからの格下げを、処罰と言うことでよろしいですかな?」

 イシバの確認に対し、全員から「異議無し」の答えが返ってきた。責任をラウンズ一人に押しつけることで、この場の収拾を考えたように見える誘導だった。ただその誘導は、見守るしかないドーレドーレにとってきわめて不本意なものだった。自分の事情聴取に対し、エステルはシンジを守りたいと強く願っていたのだ。だが現実は、エステルの願いとは正反対の方向へ向いていた。
 だが不本意であっても、最低よりは遙かなマシな決定だった。仕方がないとドーレドーレが諦めたところで、「ところで」とイシバが声を上げた。

「次に、反逆を起こしたシンジ碇に対する処罰です。
 ヴァルキュリアの命令に従わないだけでなく、機動兵器を用いた恫喝まで行っています。
 なるほど、これは万死に値する行為でしょう」

 違いますかと確認するイシバに、議員達は比較的消極的な同意を示した。いくら結果は重要ではないと言いながらも、結果的に一人の反乱がヴァルキュリアシステムを守ったのである。そして反乱の理由も、私欲を満たす物ではなかったのだ。それを考えると、死を与えることはさすがに行きすぎだと思えてしまう。
 だが秩序という意味では、イシバの主張には文句を付けるところは見あたらない。従って、見識を問われた議員達は、消極的ながらもイシバの意見を認めたのである。

「この件については、皆さんに異論はないようですね。
 では、反逆を起こしたシンジ碇には、一番重い罪を適用することにしましょう」

 いかがかと確認されれば、否定をすることも難しくなる。先ほどと同様に消極的同意を示した議員達に頷き、「これですっきりしました」とイシバは大きな声で言い放った。

「これで、今回問題を起こした二人に対する処罰は決定したと考えてよろしいですか?」

 そう聞かれれば、決まったとしか答えようがない。色々と文句を言っていたドラコも、渋々イシバの言葉を認めた。他の議員達にしても同様で、理詰めで誘導されたために反論が難しくなっていた。
 そしてその事情はドーレドーレも同じで、一番守るべき相手を守ることが出来なかった。その強い自責の念に囚われていたのである。

 だが議事は、ドーレドーレの思いとは別に進むことになった。議員達の同意を受け取ったイシバは、「議事進行への協力に感謝します」と大げさに頭を下げた。誰もが、これでイシバの一人舞台が終了するかと思った。だが頭を上げたイシバは、「ところで」と大きな声を張り上げた。

「今回の件で緊急動議を提出したいと思います。
 動議の目的は、功労者に対する報償を検討するものです」
「功労者、報償?」

 はてと首を傾げたドラコに、「功労者への報償ですよ」とイシバは身を乗り出した。

「何しろ、ラウンズ筆頭がトロルスに犯されるという最悪の事態に直面したのですよ。
 一時は全滅を覚悟するまでに追い詰められたのは確かなのです。
 それを、一人の犠牲者も出さずに乗り切ったのですから、功労者に対して褒賞を与えるべきでしょう。
 600に及ぶブレイブスの命と、11人のヴァルキュリアの命を救った大功労者です。
 我々賢人会議は、功労者に対して最大限の礼を尽くし、褒賞を与えるべきではないでしょうか?」
「し、しかしあなたは、その功労者に対して一番重い罪を適用すべきと主張したのですよ!」

 矛盾していると喚いたミズホに、イシバはわざとらしく首を振って否定した。

「私は、罪と功績を明確に区別して議論したに過ぎません。
 彼は、間違いなく大きな罪を犯しています。
 だが同時に、我々の世界に対して非常に大きな貢献もしてくれました。
 治療経過が確かなら、ラウンズ筆頭シエル・シエルも現役復帰できそうです。
 最悪の事態を、平常にまで引き戻してくれたことへ感謝を示す必要があります」
「では、イシバ殿はどのような褒賞を与えるべきだとお考えか?」

 展開が読めたのか、マルホーはイシバの意見を問い質した。これで胸のつかえが取れると、マルホーは考えたのである。彼自身、貴重な戦力に死を与えることには反発を覚えていたのだ。

「なぁに、成した功績に比べれば可愛いものだと思っていますよ。
 今回犯した罪のすべてを免責すればいいと私は考えています。
 せっかく久しぶりに誕生した生きの良い男性ラウンズですよ。
 しかも血の濃くなったラウンズ達に、新しい血をもたらしてくれるのです。
 でしたら、システム維持のため働いて貰う方が好ましいとは思いませんか?
 せっかくの素材を、死を与えることで無駄にすることはないでしょう」
「つまり、罪を許す口実にすると言うことですな?」

 子種を理由に免責するのは、さすがに問題が多いと考えたのだろう。だからマルホーも、口実を持ち出したのである。そしてイシバの持ち出した口実は、議員達にも受け入れやすいものだった。これからもトロルスの浸食が続く限り、ヴァルキュリアとラウンズのシステムは維持して行かなくてはならない。そして維持すべきシステムに、今は明らかな問題が生じようとしている。その解決の鍵となるラウンズなのだから、むざむざ捨てるには忍びなかったのだ。
 とはいえ、誰かが責任をとらなくてはいけないのも確かだった。バックアップ降格というのは、責任を取るにしては軽いものには違いないだろう。だが形だけでもヴァルキュリアが責任を取ったことにすれば、周りに対する説明もつくことになる。議員達にとっても、振り上げた拳を下ろす先として適当と言えたのだ。

 その口実を与えたことで、議員達はシンジ碇に対して免責を決議した。少なくとも、厳罰を与えるよりは、議員達は素直に決議したようだった。

「では議長、議事の終了を宣言願います」

 少し誇らしげに、イシバは賢人会議議長シズクへと視線を向けた。それを受け止め、シズクは会議の終了を静かに宣言した。普段通りに感情のこもらない声は、まるで行われた議事に関心がないかのようだった。



 色々と過程に疑問はあったが、賢人会議の結果は最善に近いものとなった。そしてその結果を呼び込んだ立役者に礼を言うため、ドーレドーレはイシバの部屋を尋ねることにした。当事者である自分では、会議の趨勢は押しとどめようのない流れとなっていたのだ。

 賢人会議の名の通り、構成議員は各分野で活躍した者たちばかりとなっていた。その分年齢層が高くなるのだが、その中でドーレドーレは例外とも言える若さを持っていた。そしてイシバもまた、ドーレドーレほどではないが、十分に若いと言っていい年齢だった。

「これはこれは、まさかヴァルキュリア筆頭のお出でを賜れるとは思っていませんでしたよ」

 アースガルズの中心街にある、高層ビルの最上階にイシバの部屋はあった。職住一体としているのか、イシバの肩越しに見えたのは、書類と衣服の乱れた景色だった。そのドーレドーレの視線に気付いたのか、イシバは頭を掻きながら「お恥ずかしいところをお見せしました」と謝罪した。

「それで、筆頭がわざわざ私めのところにどのようなご用でしょうか?」

 テーブルの上の書類を放り投げ、ソファーの上に散らばっていた下着は、抱えて隣の部屋へと持っていった。そうして出来たスペースにドーレドーレを座らせたイシバは、筆頭が訪問してきた理由を尋ねた。

「先に申し上げておきますが、先ほどのことへの礼なら遠慮致しますよ。
 あれは、賢人会議の議員として、落としどころへ持っていくために誘導しただけです。
 それが、アースガルズ全体の利益に繋がると信じての行動ですからね」

 意地が悪いのか、さもなければ交渉に長けているのか、イシバはドーレドーレの先手を打ってくれた。そうなると、ドーレドーレは話を切り出すきっかけを失うことになる。それもあって、「意地が悪いのですね」と少し恨めしそうに、「そのお礼を申し上げに来たのです」とイシバを見た。

「なるほど、これもシズク様の嫌がらせと言う事ですか」

 ふっと苦笑を漏らしたイシバに、どう言うことかとドーレドーレは聞いた。自分が謝礼に来ることが、どうして賢人会議議長に繋がってくるのか。
 だがイシバは「嫌がらせも嫌がらせ、とびっきりの嫌がらせです」と大げさに言った。

「男やもめの私のところに、絶対に手を出せない美女が来るように仕向けたのですよ。
 ドーレドーレ様を前に、私がどれだけの煩悩を感じていることか。
 さもなければ、少しは褒美をやろうという言うお節介でしょうか」
「つまり、今回の件にはシズク様が絡んでらっしゃると?」

 美女だとか手を出せないとか言われたのだが、ドーレドーレはそれを全く気にしていなかった。そもそもヴァルキュリアとして生まれた以上、ラウンズ以外は番う相手ではないと信じていたのだ。だから目の前にいるイシバも、生物学的なオス以上の認識を持っていなかった。そのオスにいくら褒められたところで、ドーレドーレの心に響くことはなかったのだ。
 その代わりドーレドーレは、イシバの言葉から一つの推測をした。それでも分からないのは、どうして賢人会議議長が絡んでくるのかと言う事だった。完全な調整役を務める彼女は、個別事案に意見を口にすることはなかったはずだった。そしてドーレドーレの疑問に対し、「どうでしょうね?」とイシバは答えをはぐらかせた。

「賢人会議としても、最後の砦の士気を落とすわけにはいかないと言うことですよ。
 もっとも、円卓会議が増長しているという意見は根強くあるのは確かです。
 だから、高くなった鼻をへし折ってやろうと考えている者たちもいます。
 もちろん、それは適度な警告でなければならないのは言うまでもありません。
 まかり間違って、アースガルズの存続に影響が出て貰っては困るでしょう」
「すみませんが、何を仰有ってるのですか?」

 とても気になる事を言われたのだが、具体的に何かと言う事にはドーレドーレも想像が付かなかった。だがイシバは、「一般論だ」とまた答えをはぐらかした。

「議員の中には、トロルスの進攻を甘く見ている者たちも存在しています。
 そのあたりは、色々と対策が進んだことや、ここのところの圧勝も理由になっているでしょう。
 今度の件で、皆が恐怖を思い出したのではないでしょうか?」
「何か、今度の事件に誰かの意図が入っているように聞こえるのですが?」

 落ち着いて話を聞いていると、イシバの話はとても危険な中身を含んでいた。寄生型トロルスが、様々な警告に使われたように聞こえてくるのだ。
 だが当然イシバは、何者かの介在は肯定しなかった。「あくまで総括です」と断り、新陳代謝が進むでしょうと口にした。

「あなた達からみれば、煩わしくなくて良いのかも知れませんが。
 あまりにも賢人会議は、ヘル対策を円卓会議に丸投げしすぎていました。
 それを、もう少し見直した方が良いのではと言う議論も出ています。
 ただ同時に、うまく行っている組織をいじるのはよろしくないと言う意見もあります。
 それでも、我々もヘル対策に関わっていかなければと言うコンセンサスは取れています。
 例えば、テラの扱いについても任せっきりではいけないだろうとね。
 ヴァナガルズの轍を踏んだら、我々は孤独な存在になってしまうと言う恐怖もあります」
「どのような方針転換がされたのでしょうか?」
「残念ながら、方針転換の前段階ですね。
 宙に上がった99億にも、もう少し関心を持たせるべきだと」

 簡単には進まないと笑ったイシバは、続いて間もなく元に戻るだろうと予言めいた言葉を発した。だが元に戻ると言われても、何のことなのかがドーレドーレには想像が付かなかった。
 ただ賢人会議の結果は、将来に期待の持てるものに違いない。エステル一人を犠牲にしたという負い目はあるが、それでも彼女が守りたいといった者を守ることが出来たのだ。欲を掻くとろくな事にならないと、ドーレドーレは引き下がることにしたのだった。







続く

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