機動兵器のある風景
Scene -42







 使徒との戦いでは、確実に人の方に大きなハンデがあった。簡単に言うなら、使徒は疲れないが人は疲れると言う事だ。そしてもう一つ、機動兵器と使徒のスケール差もハンデの一つとなっていた。アースガルズでは、卓越した技能でその差を逆転しているのだが、テラのパイロットはまだその域に達していなかったのだ。そしてレベル5のセシリアでは、その事情は変わることはなかった。現実問題として、よけ損なってぶつかるだけでも、機動兵器側が大きなダメージを受ける可能性があったのだ。
 死中に活を求めて密集地域に飛び込みはしたが、それでどうにかなるとはさすがにセシリアも考えられなかった。

 セシリアの行動自体、無謀と言われても仕方のないことだろう。だが全く意味がないかと言われると、必ずしもそうではないと言う所があった。ブラッドクロスを振り回しながら駆け抜けたお陰で、使徒達の注意がセシリアに向かってくれたのだ。そのお陰で、アスカ達への追撃が止まり、サテラの乗ったコックピットもその場に放置されることになった。言ってみれば、セシリア一人がすべての使徒を引き受けたことになる。

 気が抜ける状況でないのは理解していたが、大きさの差は悪いことばかりではないと考えていた。機動兵器が圧倒的に早いという事情もあるが、使徒が自分を捉え切れていないのが分かるのだ。密集したお陰でビーム系の攻撃もないため、相手を攪乱できるとセシリアは踏んでいた。
 一方で、明らかに破壊力不足だとセシリアは己の弱点も理解していた。これで使徒を倒しうる破壊力さえあれば、確実に数を減らせると思ったのだ。それなのに、現実はただ逃げ回るだけになっている。「今のところ限界を感じたことはない」と言うレグルスの言葉を、身をもって体験することになったわけである。

 他に成果を求めるのなら、必死の状況の中セシリアがレベル6の動きをしてることだろう。心理的ドーピングの効果とは言え、ここに来ての成果というのは間違いない。ただそれでも、単独で使徒を倒すところまで到達していなかった。
 その心理的ドーピングにしても、何時までも効果が継続するものではなかった。出撃以来ろくに休息を取っていないのが祟り、時間と共にウンディーネの速度が落ち始めていたのだ。その証拠に、今まで余裕で避けられた攻撃が、次第に紙一重でしか避けられなくなっていた。

「ブラッドクロスを捨てれば、まだ速度は上げられますわ!」

 ここに至って、セシリアはいちいち行動を口にするようになっていた。自分自身強い疲労を感じているせいで、言葉に出して自分を鼓舞しないと持たなくなっていた。
 その時機内で表示しているタイマーには、1時間10分という絶望的な時間が表示されていた。このカウントがゼロになったときが、アースガルズからの支援が来る予定時間である。見るだけで気が萎えるので、セシリアはタイマーに目を向けないようにしていた。

 そこから更に5分が経過したところで、ウンディーネの動きは目に見えて悪くなった。動き自体の速度が落ちたのと同時に、行動になめらかさが失われてしまったのだ。セシリアの体が動かなくなったのもそうだが、すでに頭が朦朧とし始めていたのである。そのせいで、思考コントロールによるアシストが効かなくなっていた。そのせいで、今まで避けていた攻撃も、次第に躱しきれず擦る様になっていた。

「き、距離をとらないと逃げ切れませんわ……」

 セシリアの頭の中では、このままではいけないという思いだけが強くなっていた。それは、このまま避け続けるだけでは、いつか捕まってしまう思いからである。そうなると、すぐに回復不能の痛手を負うことになってしまう。そのためには、使徒の攻撃が届かないところに避けなければいけないのだと。
 なぜ自分が密集地帯に飛び込んだのか、その目的が綺麗にセシリアの頭から抜け落ちていたのだった。

 移動速度ならば、まだセシリアの方が優っていた。そのお陰で使徒から距離をとるのに成功したのだが、そこで初めて、セシリアは大切なことを忘れているのを気付かされた。追撃していた使徒のうち、第14使徒の目がセシリア目がけて光り、同時に大きな爆発が襲いかかってきたのだ。移動速度のお陰で、幸い直撃を食らうことは避けられた。だが襲ってきた爆風に巻き込まれ、風に舞う木の葉のように吹き飛ばされてしまった。

「な、何が……」

 しこたま頭を打ったせいか、セシリアは朦朧とする頭で何が起きたのかを考えようとした。だがいくら考えても、自分に起きたことを理解することが出来なかった。ただ一つだけ予感のように頭をよぎったのは、「自分は死ぬのだ」と言う思いだった。敵に囲まれた中、自分はすでに動くことが出来なくなっていた。

「碇様……」

 もう逢えないのだと愛しい人の名を口にした時、「お待たせ」と言う声が突然聞こえてきた。幻聴かとセシリアが考えたとき、追いすがっていた使徒が真っ二つに切り裂かれた。薄れ行く意識の中、セシリアはすみれ色をした機動兵器の姿を見たような気がした。



 戦いが始まってからのテラの情勢は、常時ユーピテルの監視網に上げられていた。その情報を受け取ったエステルは、出撃時間の前倒しをドーレドーレに上申することにした。ここでテラ側が大打撃を受けることで、今後の迎撃体制構築に深刻な影響が出ることになると考えたのだ。そしてエステルの上申を、ドーレドーレは独断で承認することにした。出撃時間を決めたことで、ドーレドーレ自身テラへの注意が疎かになっていた所があった。

「ラッピー、直ちにシンジを起こしてちょうだい。
 私たちは、これからすぐにテラへ遠征することになりますよ!」
「承知しましたエステル様!」

 ユーピテルの情報収集、そしてそこからの適切な判断に対し、電子妖精ラピスラズリは珍しくエステルに感心していた。言ってみれば、さすがはヴァルキュリアと見直したというところだろう。従って、エステルの指示通り、ラピスラズリはシンジを叩き起こすことにした。具体的に言うのなら、寝ているシンジの聴覚に割り込み、思いっきりベルを鳴らしまくったのだ。
 聴覚に直接割り込んでの目覚ましは、外で鳴っている目覚ましのベルとは効果が違う。フェリスの手をはね除けて飛び上がったシンジは、事情が理解できずに辺りを見回したほどだった。だがいくらあたりを見渡したところで、変化が目に付くはずがない。それでもきょろきょろとしていたシンジに、ラピスラズリは妖精の姿を借りてその前に現れた。

「テラの状況が、かなりやばくなっています。
 エステル様の指示で、出撃時間が繰り上がることになりました」
「テラ……セシリア達がかい?」

 そこでようやく頭がはっきりとしたシンジは、すぐに出撃の準備に取りかかることにした。その手始めは、まだ眠っている二人の女性を起こすことだった。ちなみにこのときのシンジは、体に何一つ纏っていなかったりした。

「フェリス、メイハ、すぐに起きてくれ!
 直ちにトロルス征伐のため、テラへ出撃するよ!」

 とても気持ちよさそうに眠っていた二人だったが、さすがはブレイブスの頂点と言うべきか。出撃という言葉に、二人揃ってぱっちりと目を覚ました。そして寝覚めの様子も見せず、がばりと勢いよく起き上がった。

「申し訳ありません、直ちに出撃の準備を行います!」

 何一つとして身に纏っていないのだが、戦いを前にフェリス達には裸という意識は消え失せていた。それぞれ自分の電子妖精に命じて、出撃準備のために自室へと戻っていった。そしてシンジも、頭をしゃっきりとさせるため、そのままの格好でシャワールームへと駆け込んだ。



 シンジがエステルの前に現れたのは、頭の中で目覚まし時計を鳴らされた10分後のことだった。最初に現れたシンジに向かって、「組紐の大規模組み替えの許可が出ています」とエステルは告げた。

「機動兵器の準備ができ次第、ヒルデガルドをテラへ移動させます。
 テラに移動と同時に、全機動兵器を出撃させてください」
「畏まりました!」

 背筋を伸ばして答えたシンジは、直ちにラピスラズリに命じて愛機ギムレーに移動した。時間を繰り上げるぐらいだから、よほどテラでの情勢が緊迫していることになる。ならば一刻も早く、準備を整える必要があった。シンジは状況によっては、自分一人でも出撃する覚悟を決めていた。

「ただ急ぎますけど、無理をさせることはしませんからね」

 それを察したのか、いきなりエステルの声が聞こえてきた。それに驚いたシンジに、「フェリスも準備が出来ましたから」と付け加え、エステルは全員にテラへの移動開始を告げたのだった。

「トロルスからの反撃が予想されますから、ヒルデガルドは機動兵器出撃と同時に距離をとります。
 トロルス撃滅後、ヒルデガルドはテラの機体回収に当たります」

 エステルの後ろのざわつきが聞こえるところを見ると、いつの間にか通常通信に切り替わったようだ。そしてエステルは、良く通る綺麗な声で、「跳躍開始!」と全員に命令を発した。その命令と同時に、ユーピテルは大規模な組紐の組み替えを行い、支援艦ヒルデガルドをテラへと跳躍させたのだった。
 組紐を使えば、テラへの移動も三つ数える程度で終わってしまう。初めて見る光景が広がったところで、エステルは準備の整った二人に出撃命令を出した。どのタイプが来たところで、100以下のトロルスなど二人が居れば敵ではないと信じていたのである。

「シンジ、フェリス、直ちに出撃してください!
 二人が出撃後、ヒルデガルドは再度跳躍して100kmほど後方に下がります!」
「了解しました、碇シンジ、ギムレーで出撃します!」
「フェリス・フェリ、リュートで出撃します!」

 機動兵器ならば、ごく小規模の組み替えで通路の確保を行うことが出来る。命令の復唱と同時に、金色とすみれ色の機体は、支援艦ヒルデガルドの外へと移動させられた。そして二機が空中に現れたのと同時に、巨大な姿を見せる支援艦ヒルデガルドは、再び組紐を使って遙か後方へと跳躍したのだった。これでヒルデガルドからの支援攻撃は期待できなくなるのだが、シンジとフェリスのコンビに支援攻撃など必要はなかった。

「ラピス、フェリスと情報共有モードにしてくれ」
「すでに、共有モードに移行しています。
 現在の情勢は、出撃したテラの機体18機のうち、16機は安全距離に離れています。
 1機は大破状態、パイロットの生命は無事のようです。
 残りの1機が、トロルスの中で孤立しています。
 孤立している機体のパイロット判明、セシリア様が取り囲まれているようです!」
「フェリスっ!」
「畏まりました!」

 情報の共有モードに入ったお陰で、口に出さずにシンジの意図がフェリスに伝えられた。瞬時に加速したリュートは、まっすぐにセシリア救援に向かっていた。

「ラピス、シューティングスターをやるから、弾を1千発用意してくれ!」
「直ちに!」

 シンジの命令に、ラピスラズリはシューティング・スター実行に必要な弾丸を、空中固定で転送した。それに合わせるように、ギムレーの金色の機体が薄暮の光の中青白く発光を始めた。



 シンジの命を受けたフェリスは、リュートを音速を超えて加速させた。目指す座標は、すでにラピスラズリから受け取っている。なぜ自分が先行させられたのか、その意味を正しくフェリスは理解していた。

「早くだ、もっと早く私は動けるはずだ!」

 心の中で念じたフェリスは、更にリュートを加速させた。リュートが巻き込んだ空気は、摩擦熱を伴い赤く発光するほどだった。そしてそのままの勢いでレーヴァンティン(大)を振り上げ、セシリアの前にいた第14使徒目がけて振り下ろした。
 アースガルズでの戦いと同様、フェリスの斬撃は圧倒的な威力を持っていた。その斬撃の前には、第14使徒の持つ強固なATフィールドも敵ではなかった。直接歯が触れていないにもかかわらず、フェリスはフィールドごと真っ二つに使徒を切り裂いたのだった。その当たり前の結果を気にすることなく、フェリスは倒れているウンディーネの横に着地した。

「よく頑張ったな、後はシンジ様にお任せしろ!」

 期待したセシリアからの答えは返ってこなかったが、それに構うことなくフェリスはウンディーネを抱え上げた。そして追撃してくる使徒を相手にせず、まっすぐに後方へと転進した。目に映った使徒達は、フェリスにとって恐れるような相手ではない。だが与えられた役割は、セシリアともう一人のパイロットの救出である。期待を確実に果たすことが、今この場で一番大切なことをフェリスは理解していたのだ。
 まっすぐ破壊された機動兵器にたどり着いたフェリスは、機体の中からコックピットの球体をとりだした。薄暗くなった空に無数の流星が流れたのは、離脱しようとフェリスが顔を上げたときだった。

「これが、シンジ様のシューティング・スターなのか!」

 一瞬にして数十もの使徒を倒す攻撃は、凄まじくもありとても美しかった。奇跡の技にフェリスが感動したとき、今度は使徒の反撃が空を焦がした。ヒルデガルドが近くに居ないとなると、狙いはシンジの乗ったギムレーと言う事になる。

「し、シンジ様はご無事なのか!」

 これまでの戦いで、機動兵器の損失の多くは直接のビーム系の攻撃が理由となっていた。それを思い出して慌てたフェリスに、「当たりませんよ」とラピスラズリは気楽に答えた。

「シンジ様の動きを、たかがフジツボが捕らえられるはずがありません。
 今の攻撃は、なぁんにも無い空を焦がして飛んでいっただけですよ。
 フジツボとクリスタルへは、すぐにシンジ様が反撃なさいます。
 フェリス様は、セシリアさん達を安全な場所まで待避させてください。
 その後、撃ち漏らしたトロルスの始末をお願いします。
 数えてみたら、5体ほど残っていますからね」
「たしか、ドランゴも居たと思ったが……これは愚問だったか」

 龍型の使徒を思い出したフェリスだったが、大した相手ではないことをすぐに思い出した。空を飛ぶ能力と言っても、圧倒的に早さでは自分達に劣っている。強力なビームにしても、当たらなければ驚異ではないのだ。しかもラウンズの乗った機動兵器は、短時間であればビームぐらいはじき飛ばす力を持っていた。

「そうですね、最初のシューティング・スターで全部落としてしまいました。
 残っているのは、かなり離れていたフジツボとクリスタルぐらいです。
 後は木の陰になって、運良く生き延びた奴ぐらいです」
「そうか、さすがにシンジ様の攻撃は凄まじいな」

 砲撃型の使徒が相手でも、今のシンジならば何も心配はないのだろう。シンジに対して微塵も不安を抱かないフェリスは、ラピスラズリに命じて支援艦ヒルデガルドに戻ることにした。そこで保護した機動兵器とコックピットを下ろせば、生き残った使徒の始末に戻ることが出来る。

「ラピスラズリ、私をヒルデガルドへ運んでくれ!」
「畏まりましたフェリス様!」

 フェリスの命令に、彼女の電子妖精は忠実にその役目を果たしたのだ。瞬きする間もなく、ウンディーネを抱えたリュートは、支援艦ヒルデガルドへと転送されたのだった。

「直ちに、パイロット二人を保護しろ!」

 そこでウンディーネとコックピットを丁寧に床に下ろし、フェリスは後始末をメカニック達に任せることにした。たとえ自分が戻らなくても、使徒が始末されることに疑いはない。だがシンジと共に戦う空間に、フェリスは立ちたいと切望していたのだ。そして主の願いを叶えるべく、ラピスラズリはリュートを闇が支配した空間へと送り込んだのだった。



 フジツボ型の使徒は、攻撃力だけなら第5使徒を凌いでいた。その反面、攻撃方向が分かりやすいという弱点も持っていた。だからラピスラズリの警告さえ気をつけていれば、シンジがフジツボの攻撃に当たるはずがなかったのである。
 一方クリスタルと言われる第5使徒は、攻撃力ではフジツボに劣っていた。だが射線の調整が効く分だけ、厄介な敵と言えたのかも知れない。それにしたところで、高速で移動を続けていれば、狙い撃ちされる可能性は皆無に等しかった。

「残りはフジツボ3に、クリスタル4か……」
「シューティング・スターのヴァリエーションでよろしいかと思います」
「まあ、ど真ん中を撃ち抜けばそれで終わりだからね……
 ラピス、10個ぐらい弾を用意してくれないか?」

 電子妖精に指示を出したシンジは、ギムレーの右手を水を受けるように差し出した。この上に弾を置けというのだろう。命令に素直に従ったラピスラズリは、少し重たい弾をその手の上に転送した。

「それで、どうするんですか?」
「両方とも、上と下に死角があるからね。
 それを利用させて貰うことにするよ。
 あいつら、暗いところでも光ってるから狙いやすいし」

 これから採る作戦をラピスラズリに説明したシンジは、ギムレーをまっすぐ上空へと移動させた。すでに闇が広がっているため、金色の機体も今は目立つことはなかった。そのまま1万メートルほど上昇したところで、シンジはまっすぐ移動している使徒を見下ろした。

「やっぱり、付いて来られないようだね」
「大きい分だけ、鈍重なのがトロルスですから」
「それで、フェリスは?」
「掃討作業に入られています。
 フェリス様のことですから、シンジ様より早く終わるのではありませんか?
 あちらはたかだか5体ですからね」

 アースガルズでの実績もあり、ラピスラズリはフェリスの戦闘力を高く買っていた。

「そうだね、こちらも攻撃に移ることにしようか」

 シンジの言葉と同時に、再びギムレーは青白く光り始めた。暗くなった夜空に青白く光ったこともあり、使徒はシンジの存在に気づいたようだった。

「確かに、見つかりやすい弱点があるか……」

 単独で使用する攻撃ではないと考えながら、シンジは次々と手に持った弾を射出していった。大気との摩擦熱で赤く燃えた弾は、使徒が反撃する前にその体を貫いていった。たったそれだけのことで、残された砲撃型の使徒はすべて沈黙したのである。
 そして受け持ちの使徒を倒したシンジの元に、フェリスが後始末を終えたという連絡が入ってきた。こちらの方も、ラピスラズリの言う通り全く危なげのない戦いだった。

「アスカ達の回収は終わっているかい?」
「そちらは、メイハ様が対応されて完了しています。
 あちらにベースステーションとか言うのがあるそうですから、そちらに搬送する手はずになっています」

 アスカ達が回収されたことで、テラにおけるシンジ達の作戦は完了したことになる。そもそも100を切る数では、トロルスはラウンズの敵ではないと言われていた。それが誇張された物ではないのを、シンジは証明したことになる。

「ラピス、僕をヒルデガルドへ運んでくれ」
「畏まりましたシンジ様!」

 元気いっぱい返事をしたラピスラズリは、直ちにシンジの乗ったギムレーを支援艦ヒルデガルドへと運んだのだった。



 アスカ達が回収されたときには、すでにセシリアとサテラは診察室へと運ばれた後だった。見慣れない格納庫の景色に戸惑うアスカ達に、保護に当たったメイハは外に出るように指示を出した。

「お風呂と食事の用意が出来ています。
 疲れているでしょうから、まずは休息をとってください」

 メイハの指示は、アスカ達にとって非常にありがたかった。今更指摘されるまでもなく、長時間の搭乗で疲労はピークに達していたのだ。

「ありがたいお言葉に感謝します。
 全員、機動兵器を降りてええっと……」
「先日までシンジ様の副官をしていましたメイハと言います」
「ありがとうございます。
 全員、メイハさんの指示に従ってください!」

 セルンのパイロットに対して、アスカの指揮権は及んでいない。だがこの場において、アスカに逆らう理由は誰も持っていなかった。大人しく指示に従ったパイロット達は、機動兵器に片膝をつかせ、手すりを利用してコックピットからヒルデガルドのドックに降りた。

「ようこそ支援艦ヒルデガルドへ。
 初めましてですね、メイハ・シーシーと言います。
 先ほど申し上げたように、最近までシンジ様の副官をしていました」

 赤と黒の制服を纏ったメイハは、整った顔立ちと合わせてとても格好が良かった。それは、数少ない男性パイロットの鈴原トウジが、思わず「格好ええなぁ」と漏らしたほどだった。
 正直な感想だし、アスカも頷きたくなる感想に違いなかった。だがこの場においては、いささか失礼な呟きとも言えただろう。それをとがめ立てするように咳払いをしたアスカは、「保護に感謝します」と少しだけ頭を下げた。このあたりの加減は、先日フェリスに聞かされたばかりだった。

「自分達のために、必要な措置を執ったまでと考えてください。
 だからあまり、感謝をしなくても大丈夫ですよ。
 まあ、多少は感謝して貰った方が、気分が良いのは確かですけどね」

 そのあたりは、大人の余裕という所だろうか。僅かな笑みを浮かべたメイハは、こちらですとアスカ達を休憩室へと先導した。
 一番先頭を歩いていたメイハ、そう言えばと立ち止まってアスカを呼んだ。少し話をしながら歩こうというのである。

「それは構いませんが、なぜ私なのでしょうか?」
「あなたは、過去にシンジ様と色々とあったと聞いていますからね。
 それに私も、保護したばかりのシンジ様をよく知っていますから。
 何を隠そうというか、シンジ様に機動兵器の操縦を指導したのは私なんですよ」

 少し自慢げに言うメイハに、アスカは「はあ」としか答えようがなかった。シンジとの関係を重視したのは分かるのだが、だから何と言うのが正直なところだった。
 もっともアスカを指名したメイハも、過去のことなどどうでも良いことだった。ただ色々と伝えるためには、誰か適当な相手を指名する必要があったのだ。その為に、シンジとの関係をたまたま利用したと言うことだった。

「まず最初にお伝えしますが、セシリア様ともうひとかたは私たちが保護しています。
 お二方とも頭に衝撃を受けていますが、特に大事はないと医者が言っています。
 1時間もすれば、皆様と合流できるという話ですよ」
「セシリア達が無事だったんですね……」

 ほっと胸をなで下ろしたアスカに、「プライドが掛かっていますからね」とメイハは笑った。

「セシリア様を死なせたら、シンジ様の名誉に関わってきますから。
 そしてシンジ様の名誉は、エステル様の名誉にも関わってきます。
 強いては、円卓会議の名誉にも関わってきますから、絶対に保護する必要があったんですよ」
「そんなことになっているんですか……」

 円卓会議の名誉に関わると言われれば、そこまで凄いことかと疑問に感じてしまう。シンジとセシリアの関係は、たかがと言っては悪いが男女の関係でしかなかったのだ。それが円卓会議まで動かすと言われれば、からかわれていると感じてもおかしなことではなかったのだ。
 とても不思議そうな顔をしたアスカに、「そうでしょうね」とメイハは同調した。

「ラウンズが守ると約束をした。
 それが、大きな意味を持っているのだと理解してください。
 ええっと、一応ここを使用して貰えば良いのですが、
 適当に部屋割りをして使ってもらえますか?」

 そう言われて前を見ると、いくつものドアが並んでいた。印象的には、とても質素なホテルの通路という所だろう。小さなノブが着いているところを見ると、ここの扉は手動で開くようだ。

「ご厚意に感謝します。
 ところで、使徒……ええっとトロルスはどうなりましたか?」
「トロルスですか……すでに排除が終わっていますね。
 シンジ様とフェリスも、すでにここに戻ってきていますよ」
「も、もうですかっ!!」

 時間の感覚が多少狂っていても、アースガルズが来てから僅かな時間しか経っていないのは確かだった。いくら68体しか残っていないとは言え、使徒はばらばらに散らばっていたのだ。それにもかかわらず、僅かな時間で殲滅が完了しているというのだ。数が揃った恐怖を味わっているだけに、それを物ともしない力にアスカは恐怖を感じていた。
 そのあたりの感覚は、さすがにメイハも理解が難しかった。メイハにしたところで、カヴァリエーレ代行としてラウンズに任命されていた実力者なのである。末席の力しかないと言われていても、これぐらいの数なら自分一人で殲滅できると考えていたのである。その程度の数に、アースガルズでもトップクラスの二人が戦いを挑んだのだ。あっという間に片が付いたとしても、おかしいなどと考えるはずがなかったのだ。

「シンジ様とフェリスは、実力で5本の指に入るぐらいのブレイブスですからね。
 この程度のトロルスなら、ほんの僅かな時間で殲滅できてしまいますよ」

 一つの扉を開いて、「どうぞ」とメイハはアスカに促した。

「後ほど、シンジ様がおいでになると思います。
 詳しいお話は、そのときにでも伺ってみたらいかがでしょう?」
「え、ええ、そうさせていただきます……」

 すでに使徒を殲滅し終わっているというのは、さすがにアスカにもショックが大きかった。それもあって、それ以上何も尋ねず、大人しくメイハに言われたとおり休息をとることにしたのだった。



 ヒルデガルドに戻ったシンジは、その足でセシリアの収容された病室へと向かった。容態はラピスラズリから知らされているが、自分の目で確認をしてからと思っていたのだ。

 シンジの姿を認めた医者は、立ち上がって深々と頭を下げた。エステルをトップに抱く組織の中で、シンジの立場は圧倒的なナンバー2なのである。その上アースガルズ、テラで行われた戦いにおいて、シンジは圧倒的な力を示して見せた。アースガルズに生きる者として、シンジこそ尊敬を捧げる相手となっていた。

「幸い、打ち所が良かったようです。
 特に所見はありませんので、間もなく目を覚まされることでしょう」
「特に注意をしなくてはいけないことはありますか?」
「そうですね、相手が年頃の女性だというのを忘れないことでしょうか。
 長時間の戦闘が終わったばかりだと言うことを覚えておけば大丈夫です」

 そのあたりを要約すると、全身汗まみれだとか、排泄物の残滓があるとか、非常に空腹を感じているとか、狭い空間に閉じ込められた弊害のいくつかが上げられるだろう。間接的に指摘した医者に対して、シンジは苦笑を浮かべながら「気をつけます」と答えたのだった。それを聞く限り、医学的所見は無いと言うことになる。
 シンジの言葉に頷いて、医師はセシリアの所に案内することにした。このあたり色々と注意したのは、自分の身を守る意味も持っていたりしたのだ。

「では、こちらへどうぞ」

 医者が連れて行った先には、病院気に着せ替えさせられたセシリアが眠っていた。左腕には針が刺され、点滴のチューブが繋がれていた。それに視線を向けたシンジに、「水分補給です」とすかさず医者が答えた。

「目が覚めたら、点滴を外しても大丈夫でしょう。
 特に異常はありませんから、通常の固形食を召し上がっていただいても大丈夫です。
 ただかなり疲労が溜まっていますので、出来れば寝かせてあげるのが親切かと思います」
「ラピス、出撃してからの時間はどれぐらいになる?」

 戦闘という極限状態にあったことを考えると、単純に出撃時間だけで計れないのは分かっていた。それでもおおよその目安になると尋ねたシンジに、「14時間ほどでしょうか」と言う答えが返ってきた。

「できれば、十分な時間の休息をとらせてあげた方が良いと思います」
「どうやら、そのようだね……」

 起こしたから何をすると言うことはないが、多少の失望をシンジは感じていた。それでもすぐにそれをぬぐい去り、自分の責任に戻ることにした。

「とりあえず無事なのは確認しましたから、僕は任務に戻ることにします。
 彼女が意識を取り戻したら、ユーピテルに情報を上げておいてください」
「確かに、承りました」

 頭を下げた医師を後に、シンジは戦場の後始末に出ることにした。完全にとどめを刺しておかないと、いつ復活してくるのか分かったものではない。それを部下達だけに任せては、カヴァリエーレとして恥ずべきことになる。

「ラピス、後始末の状況はどうなっている?」
「62体中、20体ほど完了しています。
 今のところ、とどめが刺されていないトロルスは居ないようですね」
「それは、テラが倒した使徒も含めてかい?」

 攻撃力が弱いため、ただ単に仮死状態になっていることも考えられる。それを心配したシンジに、ラピスラズリは「確認が及んでいません」と答えを返した。

「戦闘地域が離れていたため、まだそちらにまで確認が及んでいないんです。
 記録を見る限り、コアを完全に破壊しているから大丈夫だとは思いますが……」

 ギムレーにシンジを転送したラピスラズリは、「どうします?」と確認位置をシンジに確認した。

「テラのパイロットが倒した箇所へ行かれますか?」
「全体の配置はどうなってる?」
「そちらに向かわれると、ちょうど反対側から確認することになりますね。
 後は、フジツボとクリスタルが少し離れたところにあります」

 ラピスラズリの情報に、シンジは少し考えてから「テラの倒した方を確認する」と決定した。数からして僅か4体、そのうちの1体は近くで確認されているため、大した時間が掛かるとは思わなかったのだ。

「では、風船の近くに移動していただきます。
 こちらは、マシロ様も関わったハドロン砲とか言う物で倒されたトロルスです」

 ああと、シンジが頷いたところで、目の前の景色がヒルデガルドのドックからアフリカの夜空へと切り替わった。折から吹き始めた東風が、ギムレーに当たって音を立てていた。

「風が吹き出したね」
「こちらの言い方で、偏西風でしたか。
 コリオリの力による、定常風ですね」
「コリオリの力?」

 何という顔をしたシンジに、中学生の知識ですよとラピスラズリは指摘した。

「調べてみましたが、シンジ様の出身地域では中学生で習っていると言うことです。
 それを知らないと言うことは、結構不真面目な生徒だったのですね?」
「そりゃあ、成績は良い方じゃなかったけど……」

 自分では不真面目ではないつもりなのだが、具体的に聞いた覚えのないことを出されてしまうと答えに自信が無くなってしまう。言葉に詰まったシンジは、「そう言えば」と話を無理矢理逸らすことにした。

「数が少なかったせいか、アースガルズの時と雰囲気が違う気がするね」
「生まれた星だからと言うことはありませんか?」
「でも、育った場所とは全く違う所なんだよ。
 そうだな、あの時は幽霊が出そうだって言っただろう?
 でも、こっちだと全くそんな空気を感じないんだ」

 どうしてだろうねと首を傾げたシンジに、「全く分かりません」とラピスラズリは答えてくれた。

「そもそも、シンジ様が感じるような感覚は私には備わっていませんからね」
「さしものユーピテルにも、そんな曖昧な感覚を再現することは出来ないか」
「そのあたりは、科学者が研究中と言うことですね。
 勘と言われる人間の感覚は、まだまだ未解明の所があると言うことです」

 そうだろうねと相づちを打ったシンジは、コアを完全に破壊された第14使徒を視認した。

「これだけ完全にコアを破壊していれば、復活してくる可能性は無いだろうね」
「そうですね、風船は罠を仕掛けるような器用な真似は出来ませんからね。
 こちらは、殲滅が終わったと考えて良いかと思います」
「じゃあ、次の奴を確認に行こうか……」

 倒し方を見れば、テラのパイロットの力も確認できる。倒された第14使徒に、なかなか頑張ったのだなとシンジはテラのパイロットを見直したのだった。







続く

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