機動兵器のある風景
Scene -41







 使徒同士に、意志の連携があるのかは分かっていない。それでも使徒の行動を見れば、推測できることがある。そのうちの一つが、自分達を敵と認識したことだろう。それまで全く無視して進攻していた使徒達が、3体の仲間が倒れたところで、その行動パターンを変えたのがその証拠だった。
 そして使徒達の動きは、ベースステーションがいち早く察知していた。

「使徒が、明らかに機動兵器を標的にしたようです」

 部下から報告を受けたノボセビッチは、状況の悪さにはっきりと顔をしかめていた。使徒3体殲滅と言う朗報に喜んだ直後、敵フジツボ型の使徒により、支援ヘリの小隊が全滅の憂き目にあったのだ。その上龍型の使徒が飛び回っているため、制空権は完璧に奪われてしまっていた。敵の攻撃力がある限り、普通の軍人に手出しを出来る事態ではなくなっていたのだ。
 そこに来て使徒達は、まるで機動兵器を包囲するように進行方向を変えてきたのだ。今のままだと、レベルの低いパイロットは撤退も出来なくなってしまう。いくら機動力に勝っていても、数で相手に劣っていた。しかもレベルの低いパイロットの機動性能では、走って逃げる事も望めなかった。そこで思わず騎兵隊の登場を期待したのだが、返ってきた答えは失望を招く物でしかなかったのだ。

「アースガルズの支援予定は?」
「通告時間まで、あと9時間というところです」

 騎兵隊が間に合わなければ、アラモ砦の二の舞になる。だがこのままでは、騎兵隊の到着前に人類の育てたパイロット達は全滅することになる。

「完全に使徒に包囲されるまで、残り8時間というところか。
 パイロットのみ脱出させることは可能か?」

 機動兵器ならば、予備機を使用すれば補うことは出来た。だが訓練されたパイロットは、おいそれと補充することは不可能だった。ならば優先すべきはパイロットの安全と言う事になる。
 だがノボセビッチの質問に、彼の部下は誤解の余地のない答えを返してきた。

「我々の用意できる手段では、不可能以外の何物でもありません」

 何しろ、使徒によって上空からの支援は不可能な状態となっていたのだ。そうなると陸上移動と言うことになるのだが、森林地帯と言うこともあり、通常の車両では速度を稼ぐことが出来なかったのだ。しかも今から救援車両を派遣していては、すでに手遅れの状態となっていたのだ。よほど機動兵器に走らせた方が早い、それが人類の置かれた状況となっていた。
 だが一口に機動兵器を走らせると言っても、いくつか超えなければならない問題が残されていた。上空を制圧した龍型の使徒を振り切ることが出来るのかという問題に加え、走ること自体パイロットのレベルに大きく依存していたのだ。それを考えると、全員の脱出は事実上不可能と言うことになる。

「ヘイワーズ、レベル5以上なら脱出は可能か?」

 そうなると、機動性のあるレベルの高いパイロットの脱出方法が問題となる。ノボセビッチの問いかけに、ヘイワーズは少し悩んでから一般的な答えを返してきた。

「脱出の可能性は格段に高くなりますが……
 前提として、彼女たちが使徒の標的になっていないということがあります」

 それまで勝手に行動していた使徒達が、仲間の殲滅を受けて行動パターンを変えたのである。その状況を考えれば、レベルの高いパイロット達が見逃されるとは考えにくかった。ヘイワーズの事実を認めたノボセビッチは、彼に許された最後の手段を選択することにした。
 苦々しげに「そうか」と吐き捨てたノボセビッチは、ベースステーションに備え付けられた無線の受話器を手に取ったのだった。

「ノボセビッチ中佐であります。
 機動兵器脱出のため、支援攻撃を要請致します。
 N2爆雷による、使徒の足止めをお願いします。
 了解、投下位置、投下時間をパイロットに通達します」

 大規模破壊兵器であるN2爆雷は、環境への影響が甚大なため使用を躊躇われていた。だが虎の子のパイロットを守るためには、デメリットに目をつぶる必要があった。ノボセビッチにとって、N2爆雷の使用は苦渋の選択となっていたのだ。
 本部の承認を貰ったなら、後は支援攻撃を有効な物としなければならない。それ以上に、パイロット達が爆発に巻き込まれたなら、本末転倒になってしまう。それもあって、ノボセビッチはパイロット達にN2爆雷の使用を伝達することにした。

「N2を使用して、使徒の足止めを敢行する。
 機動兵器パイロット以外の損害は考慮しないものとする」
「はい、直ちにパイロットに通達します!」

 命令の復唱、敬礼をしたヘイワーズは、直ちに回れ右をしてノボセビッチの下を後にした。刻一刻と使徒に追い詰められているのだから、僅かな時間も無駄にすることは出来なかった。

 人類に取り得る最後の作戦なのだが、地上の大規模破壊以外にも作戦は大きな問題を抱えていた。それは、使徒が爆撃機を見逃してくれるのかと言うことだった。攻撃をしていない輸送ヘリが落とされたのだから、接近してくる爆撃機が無事で済むとは思えないのだ。
 それでもリスクを下げるために、敢えて高度を上げるという方法も残されていた。だが高々度まで上昇することで、爆雷投下の精度が低下するという問題が発生することになる。そしてもう一つの問題は、そこまでしても見逃してもらえる保証がないと言うことだった。だがいくら頭を捻ったところで、他に良い考えが浮かばないのも確かだった。



 ベースステーションからの通達に、「思い切ったことをする」とアスカは感心した。これまで示された使徒の行動予測からすると、自分でも脱出は難しいと思うところがあったのだ。それを考えれば、一時的でも足止めして貰えるのは有り難かった。
 ただ決定を喜んだアスカにしても、作戦実行が容易いものだとは考えていなかった。すでに移送用ヘリが標的になったのだから、爆撃機が見逃して貰えるとは期待していなかったのだ。

 だがアスカの立場では、作戦が成功することを前提に行動計画を立てなければならない。そのためには、両特区のパイロットが共同歩調を取る必要があった。

「セシリア、セルンのパイロットを集めてくれる?
 私は、日本のパイロットを終結させるわ」
「リスクの大きな作戦ですわね。
 足止めが失敗したら、私たちは使徒に囲まれてしまいますわよ」

 アスカが意志決定者の役割を行うのであれば、セシリアはブレーキの役割をしなくてはいけなかった。アスカの指示を否定するつもりなど毛頭ないのだが、敢えてリスクを口にすることにしたのだ。
 セシリアの指摘したリスクは、アスカも十分承知していたことだった。それでも、脱出のために最善となる方策を指示する必要がある。だからアスカは、セシリアの疑問に答えることはせず、パイロット全員の終結指示を繰り返したのだった。

「レベル7のパイロット一人で、どこまで支えきることが出来るのでしょうね」
「なんで、あたし一人に全てを任せようとするのよ。
 あんただって、セルンのエースパイロットなんでしょう?」

 セシリアの問いかけは、追いかけてくる使徒を、アスカ一人で支えると言うことだった。面倒を押しつけるなと文句を言ったアスカに、セシリアはすかさず「冷静な分析ですわ」と言い返した。

「レベル5の私たちでは、足下の攻撃しかすることが出来ませんの。
 ブリューナクを使えばまだマシでしょうが、回収できなければ2回しか使えない手ですわ。
 そして使徒は、まだ69体も残っていますのよ」
「あたしだって、飛び上がるだけで空中戦まで出来ないわよ!」

 再び押しつけるなと文句を言ったアスカに、セシリアは「エースの宿命ですわ」と言葉を換えた。そしてその上で、自分達も例外ではないと付け加えたのだった。

「心配なさらなくても、私たちも出来ることはいたしますわ。
 ただ、アスカさんに比べて出来ることが限られているだけですの」
「そう言われればそうなんだけどね……」

 レベルという絶対的な評価基準があるため、それ以上アスカも言い返すことは出来なかった。そのせいで歯切れが悪くなったアスカは、話を逸らすようにぐるりとあたりを見渡すことにした。その視界には、黒と青の機体が近づいてくるののが入ってきた。渚カヲルの乗る漆黒と綾波レイの乗る蒼天がたどり着いたことになる。槍が回収されたことは、気休めではあっても戦力が増強されたことに繋がっていた。

「ちゃんと、指示は届いているのかしら?」
「待避行動を見る限り、届いていると見るのが正しいと思いますわ。
 ところでアスカさん、私たちはどの程度持ちこたえられるでしょうね?」

 セシリアの問いかけに、「嫌なことを聞くな」とアスカは顔をしかめた。

「シミュレーションの値が正しければ、狙い撃ちをされて一巻の終わりになるわね。
 私たちがアクセルで移動する距離と使徒の攻撃の破壊範囲。
 両者を比べると、使徒の攻撃の方がずっと大きいって出ているわ」
「でしたら、第4使徒側に移動するのがマシな選択ではありませんか?
 攻撃の早さでしたら、私たちの方が上回っていると思いますわ」

 光学兵器でどかんとやられるのより、鞭を振り回される方がマシだろうというのだ。だがアスカにしてみれば、どちらも変わらないというのがその答えだった。

「私たちだけを基準にすれば、多少マシだとは言えるけどね。
 でもあんたの所の7機や、うちの6機にとって攻撃を避けろと言うのは無理としか言いようがないわ」

 ベースステーションからの指示を受けながら、アスカはセシリアの提案を否定した。残っている使徒の内、1体だけなら倒せる相手も残っていた。だが複数体揃っただけで、とたんに殲滅の難易度が跳ね上がってしまう。与しやすいと考えた第3使徒でも、攻撃力だけをとれば第14使徒に遜色はなかったのだ。ましてや第4使徒となると、倒せると言う自信を持つことは出来なかった。

「でしたら、どうやって8時間30分を生き延びましょう?」
「そう言う難しいことは聞かないで貰いたいわね。
 どう頑張っても、30分前に全滅すると出ているわよ」

 周りに仲間が集まってきたため、アスカはセシリアとの専用回線を使用していた。だがいつまでもセシリアだけを相手にしているわけにはいかない。オープンチャネルに切り替え、集まってきた仲間達に指示を出すことにした。

「時間稼ぎは、軍人さんに任せることにするわ。
 これから私たちは、使徒から距離をとることを優先に行動します。
 それから、N2爆弾の効果範囲には絶対に近づかないこと。
 カヲル、何か提案があるの?」

 アスカの指示に対して、「一つ良いか」とカヲルが口を挟んできた。それを受け止めたアスカに、カヲルは「包囲網突破」の提案を行うことにした。

「今なら、まだ個別撃破が可能な配置になっていると思うんだよ。
 一か八かの所はあるけど、第3使徒を狙えば包囲網を突破できるんじゃないかと思うんだ」

 そう提案したカヲルは、使徒の推定進路と、攻撃対象を図で示した。その提案を確認する限り、確かに包囲突破が可能なように思われた。それを確認したアスカは、ベースステーションに見解を求めることにした。

「司令部、可能性はありますか?」
「5分待て、可能性を再計算して回答する!」

 カヲルの提案通り運べば、確かに包囲網突破が出来るのかも知れない。そうなると、使徒とは追いかけっこになるため、時間を稼ぐことも容易となる。思惑通りに運べば、一番成功率の高い作戦でもあった。

「提案を承認する。
 60分後の攻撃から、西南西の使徒は対象から外すことにする」

 レベル5の機動兵器2体と槍で、第3タイプの使徒は殲滅することが出来た。それに加えて、単独撃破したアスカが控えている。第3使徒ならば、包囲網に穴を開けられると司令部も判断をしたのだ。そこで考え得るリスクは、龍型の使徒が行く手を遮らないかと言うことだった。

「飛んでる奴はどうなってる?」
「ゆっくり、こちらへ向かってる」

 レイの答えを受けたアスカは、集結中の仲間の位置を確認した。撤退を決めた以上、全員を連れて帰ってこそ成功だと考えたのだ。その為に必要な移動経路、そしてその速度を瞬時に頭の中で計算した。アスカの計算上、第3使徒を1時間以内に倒せば包囲を抜けらると言う結論に達した。実績を考えれば、さほど難しい話ではないように思えた。もちろん、そこにも当然課題というのは残っていた。
 使徒を予定通り倒すことは、実は大きな問題ではないとアスカは考えていた。むしろ問題は、機動兵器に搭乗してからの時間だった。すでに3時間が過ぎていることを考えると、休憩を入れなければ使徒から逃げることは出来ないと考えたのだ。このまま6時間移動を続けて第3使徒と対戦するのは、どう考えても自殺行為としか思えなかったのだ。自分はまだしも、レベルの低いパイロットが付いて来られるのか、そこに大きな問題を残していたのである。

「あたしが先頭で移動するわ。
 全員、遅れないように着いてきてちょうだい!
 それからセシリア、あんたの所に余計なことをさせないよう釘を刺しておいて」
「了解しましたわ」

 そしてもう一つの不確定要素は、セルンと日本の関係だった。余裕のあるときなら構わないが、ぎりぎりの脱出劇の中、状況を見ない行動をされては出来ることも出来なくなってしまう。それを気にしてセシリアに釘を刺したのだが、釘を刺された方にしても心当たりのありすぎることだった。
 見えないように苦笑を浮かべたセシリアは、表情を引き締めてから仲間に向かって「脱出しますわよ!」と大きな声で号令を掛けた。「逃げることだけに専念するように」と付け加えることを忘れてはいなかった。

「アスカさんが、道を切り開いてくださいますわ。
 みなさん、遅れないように着いてきてください。
 それからアリシア、待避経路を送りますのでそれに従いなさい!
 空路が絶たれた以上、ハドロン砲の回収は不可能ですわよ」

 命令だけでなく、セシリアは全員に聞こえるようにアリシア達に釘を刺した。この指示が、セルン関係者にも届いているのを承知していた。後から文句を言われるのかも知れないが、それも生き残れてのことだと思っていたのだ。
 セシリアの指示を受け取ったアスカは、今できることを着実に実行することに頭を切り換えた。

「じゃあ、指示通りあたしの後についてらっしゃい!」

 先頭を歩き出したアスカの後を、セシリア達12体の機動兵器が続いたのだった。



 脱出経路を歩く途中、アスカ達に驚異となる事態は発生しなかった。時折龍型の使徒が接近するのだが、運が良いのか、こちらに注意を払わず見逃してくれていた。意味のあることかは分からないが、そのたびに足を止め、息を潜めて使徒をやり過ごすように注意をしていた。その行動は、間違いなくアスカ達に時間のロスとして積み重なっていた。そこで遅れた分は、先を急ぐことで挽回を図ることにした。
 しばらく歩き続けたところで、ベースステーションから指定された支援攻撃時間に到達した。だがアスカ達が目撃したのは、支援攻撃によるキノコ雲ではなく、使徒の攻撃で白く光った空だった。その後N2兵器の爆発音が聞こえないところを見ると、支援攻撃はすべて失敗したことになる。

 支援攻撃の失敗は、ある程度織り込み済みのこととなっていた。だがアスカ達にとって痛かったのは、使徒の攻撃に伴って空気が電離し、ベースステーションとの通信に支障が生じたことだった。およそ10分以上という時間、アスカ達には放電に伴うノイズしか聞こえてこなかった。

「足止めはどうなりました?」

 通信が復旧してすぐ、アスカはベースステーションに作戦の確認を行った。すでに結果は見えているが、それによって何か変更が出ていないか、それを確認する必要があると考えたのだ。
 問いかけに返ってきた答えに、アスカ達は状況が更に悪化したことを知らされた。使徒の攻撃により、ベースステーションの一部も巻き添えを食ったというのである。その影響で使徒の観測精度が格段に落ち、全体の把握がままならなくなってしまったのだ。それまで点で示されていた使徒の位置も、ぼやけた円で示されるようになってしまった。これ以降、使徒の位置を前提にした作戦は、すべて精度が落ちると言うことに繋がっていた。

 使徒の位置が不明確になったことで、脱出作戦の成功率が格段に落ちたのは言うまでもない。だが他に取り得る方法がない以上、当初の作戦を遂行するしかなかった。その中で救いがあるとすれば、最後の4機も無事合流できたことだろう。味方の位置に気を遣わなくてもすむ分、アスカ達の行動を加速することが出来るようになったのだ。

 そして全員が合流して3時間後、予想していた問題が表面化することになった。もともとアスカ自身危惧していたことなのだが、レベル3のパイロット達が限界に達したのだ。すでに連続搭乗が7時間を超えたことを考えれば、予想してしかるべきことだった。先頭を進んでいるアスカにしても、強い疲労感を覚えていたのだ。

「余裕を削るしかないか……」

 このまま見捨てるという選択肢は、アスカの頭の中には無かった。そうなると、僅かとは言え休息を選択しなければならなくなる。遭遇する使徒の推定位置、そして接近する使徒の推定位置から、どれだけ休息をとることが出来るのか。すぐにそれを計算さんしたのだが、いくつかの仮定が積み重なるため、多くの分に賭が含まれることになった。
 それでもこのまま強行軍を続けるよりマシと諦め、アスカは短い休憩を取ることを決断した。

「全員、30分の休息をとります!
 この30分で、死ぬ気で回復に努めてちょうだい!!」

 その命令が適切な物だったのは、その後の仲間達の行動を見れば理解することが出来た。アスカの言葉と同時に、何機かの機動兵器は抱き合うようにして行動を停止してくれたのだ。タフさで提供のあるトウジまでダウンしたのだから、休憩せざるを得なかったとアスカは再度確認したのだ。

 もっとも休息と言っても、直ちに全員が休むわけにはいかなかった。ベースステーションの機能低下が響き、目視による使徒への警戒が必要になったのである。その為には、誰かが歩哨に立って常に使徒の位置に目を配る必要があった。

「カヲル、レイ、セシリア、あたしが歩哨に立つからあんた達も休みなさい」

 それが出来るのは、自分以外にいないとアスカは考えていた。だがアスカの指示に対し、一番最初にセシリアから反論が返ってきた。

「歩哨には私が立ちますので、アスカさんも休んでいただけますか?」
「あたしは、あんた達に休めと命令したのよ。
 時間が惜しいから、つべこべ言わずにあんたも休みなさい!」

 反論を命令で跳ね返したアスカに、「一番合理的な判断ですわ」とセシリアは更に言い返した。

「私は、脱出作戦では戦闘の役割は担っていませんわ。
 いかに使徒を迅速に倒すのかに正否が掛かっているのですから、
 アスカさんこそ、体調を整えておく必要がありますわ!」
「僕も、セシリアの意見に賛成だよ。
 槍はレイが使うから、僕とセシリアが交代で歩哨に立てばいい」

 セシリアだけでは、アスカも引くことはなかっただろう。そこにカヲルが同調したことで、アスカも命令を取り下げる口実を得たことになった。

「分かったわ、あんた達の判断を尊重する!」

 どっかりと地面に座り込んだアスカは、すぐに休息のため瞳を閉じた。意識をしたと言うより、アスカ自身すでに限界に達していたのだ。
 アスカが休んだのを確認したら、次は誰が歩哨に立つのかが問題となる。

「では、最初は私が歩哨に立ちますわ。
 渚さんには、15分後に交代してくださいますか」

 順番を提案したセシリアに対し、カヲルは「ありがとう」と感謝の言葉を贈った。

「君が反対してくれなければ、アスカも休むとは言わなかったよ」
「私は、一番合理的な判断をしたまでだと思っていますわ。
 それよりも、渚さんも早く休息をとってください。
 あと、14分後には交代していただきますからね」

 そこでセシリアは、わざと時計を読んでカヲルにプレッシャーを掛けた。そのセシリアの態度に苦笑を返し、カヲルも大人しく休むことにした。ごろりと大地に寝転がったのは、その方が楽だと考えたからなのだろう。
 それを確認したセシリアは、ふうっと深いため息を吐いた。強がっては見ても、セシリア自身限界を感じていたのだ。初めて使徒と向き合うのは、それだけ大きなプレッシャーを受けることになっていた。そして自分の限界を承知で、一番合理的な判断をしたまでのことだった。

「……観測誤差が大きすぎますわね」

 ベースステーションから送られてくるデータでは、使徒の推定位置が大きな円で示されていた。その円が次第に大きくなるのを見ると、まともなデータを得られていないのが分かるのだ。この場にとどまるのは、自分達を追い詰めることになるのは分かっているが、全体の状況を見れば休まないという選択肢はあり得なかった。そして休んだ先にあるのが、バラ色の結果だとはとても思えなかった。ただ可能性が僅かながら有るということに賭ける他はなかったのだ。その為には、この場における安全を確保する必要があった。

「音響センサーのゲインをアップ……同じく振動センサーのゲインアップ」

 周りに高い樹木があるため、視界は著しく制限されていた。おかげで飛び回る使徒に発見されないというメリットもあるが、敵の接近を探るには大きな問題となっていた。それもあって、セシリアは耳と感覚に頼ることにした。使徒が接近してくれば、周りの大木を倒す必要がある。その音を拾えれば、接近を察知することが出来ると期待したのだ。
 ゴクリと生唾を飲み込んだセシリアは、全神経を耳へと集中したのだった。

 どれくらい時間が経ったのか、極度の集中状態にあったセシリアはそれを知ることはなかった。だが「交代だよ」と言うカヲルの言葉を聞き、15分が経過したのだと知ることが出来た。

「疲れはとれましたか?」
「それなりにね。
 君から励ましを貰ったら、これぐらいの疲れは飛んでいきそうな気分だよ」

 軽口を叩いたカヲルに、「言いつけますわよ」とセシリアは口元を緩めた。そして「今回だけですわ」と断りを入れてから、「頑張ってね」と可愛らしくお願いをした。

「ああ、どんな小さな動きも見逃さないよ」
「では、私も休ませていただきますわ」

 そう答えたセシリアは、そのままその場にへたり込んだ。休めると思ったとたん、緊張の糸がぷつりと切れたのだった。そしてそのまま意識を失うように、深い眠りへと落ちていったのだった。




 短い時間とは言え、休息をとったのは正解だったようだ。当初予定より5分延びた休息後、全員の動きが見違えるように良くなるのが分かったのだ。ただその分、時間の余裕が削られたことになる。

「30分で使徒を倒して、包囲網の外に出る……
 いや、追いかけられることを考えると10分で倒さないといけないのか」

 どこに逃げれば安全という場所がない以上、アースガルズが来るまで逃げ続けなければならなかった。少しでも生存率を上げるためには、出来るだけ使徒を引き離しておく必要がある。その為には、一秒でも早く目標とした使徒を倒す必要があった。足止めされる時間が短ければ、後続の使徒を引き離すことが出来るはずだった。

 休憩から2時間半ほど歩いたところで、計算した戦闘ポイントに到達した。そこであたりを探索したのだが、目標とする第3使徒の姿は見あたらなかった。計算を間違えたのか、はたまた使徒が予想外の行動をしたのか。今のアスカ達に確かめるすべはなかった。自分達より遙かに大きな敵のはずなのに、木々の間からではその姿を認めることが出来なかった。

「みんな、一つ提案があるんだけど意見を聞かせてもらえるかしら?」

 アスカにしては珍しく、周りの意見を求める行動に出た。それだけ自信がないことの裏返しであり、それだけ状況が厳しい証拠でもあった。

「なんだいアスカ?」

 代表して答えたカヲルに、アスカは偵察を提案した。使徒の位置が分からないのなら、分かるようにすればいい。理屈は簡単だが、この場において実行の難しい問題でもあった。

「意図は分かるが、この場で分散するのはリスクが大きすぎないかい?」
「手分けをして探すってことじゃないのよ。
 あたしが、上空に駆け上がって周りを見渡してみようってことよ。
 その場合のリスクは、使徒に目を付けられないかと言うことよ。
 後は、偶然龍型の使徒と遭遇することかしら?
 でも、得られる効果を考えたら、試してみたいと思うのよ」
「でしたら、反対する理由はありませんわ」
「そうね、アスカが最善と思うのなら」

 トップの3人から反対意見が出なければ、その場の意見は賛成と言うことになる。そして誰も、代案など出せるはずがなかったのだ。全員の合意を得たと考えたアスカは、小さく深呼吸をしてから助走を付けた。そして適当な勢いが付いたところで、地面を蹴って空に飛び上がった。そのまま勢いを殺さないように、ATフィールドで足場を作り、視界が開けるところまで駆け上がることに成功した。
 ただ、飛行能力がないためそのままの位置を保つことは出来ない。だからアスカは、手近な大木に足場を求めることにした。

「飛んでくる奴は、とりあえず近くにいないようね……」

 ひとまず安心と息を吐き出したアスカは、次に目指す第3使徒の姿をあたりに探した。当初の計画通り包囲を突破するためには、その姿を視認することが必要だった。

「思ったより、近くにいたのね……」

 そして予定の方向にある少し開けた場所に、目指す第3使徒の姿を見つけることが出来た。距離にして10分程度という所か。これまでの6時間で出来た誤差と考えれば、まず許容範囲と言えただろう。

「他に、使徒の姿は……」

 接近してくる使徒が居たら、それだけで予定が狂ってしまう。その思いであたりを見渡してみたが、木々の間に使徒の姿を見つけることは出来なかった。そして厄介だと思っていた龍型も、今は遠くの空をゆっくりと飛んでいてくれた。
 他の使徒が確認できないのは気になるが、第3使徒が単独撃破可能な場所にいてくれた。包囲網に穴を開ける場所が見つかったのだから、迷わず作戦を実行すればいい。地上に降りたアスカは、作戦の継続を全員に告げたのだった。

「ここから、北北西10kmの所に第3使徒の姿を見つけたわ。
 それ以外の使徒の姿は、目視では確認できなかった。
 ただ、あたし達を追いかけてきていると考えるのが妥当だと思う」
「でしたら、作戦の継続以外に道はありませんわね」

 足手まといの自覚があるのか、レベル3のパイロット達からは異論は上がってこなかった。それも問題だと考えはしたが、今は非常時とアスカは割り切ることにした。

「これから、第3使徒との戦闘区域に移動するわ。
 この作戦は、あたしとレイで実行する。
 槍を使って使徒を倒すから、あたしの合図で横を駆け抜けていって」
「方向は、当初予定通りで良いのね?」
「そうね、計算誤差から考えると、当初予定通りで問題はないと思うわ」

 とても簡単だが、これで全体の作戦を確認できたことになる。反対がないのを確認したアスカは、ゆっくりと第3使徒の方向へと移動を開始した。この時点で、アスカ達に残された余裕は計算上20分を切っていた。

 使徒が音に反応するのかは分からないが、気配を消すのに越したことはないと思っていた。だが密林を歩くには、機動兵器の図体は巨大すぎた。どうしても邪魔な木を踏み折ってしまい、そのたびに大きな音を立てることになってしまった。
 そして相手に悟られないように歩いて10分、ようやく森の切れ目にたどり着いた。観測してから動いていなければ、アスカの確認した第3使徒がすぐそこにいることになる。
 全員に下がるように手で合図をしたアスカは、更にゆっくり前進して森の外が見える場所に移動した。

「予定通り、第3使徒の姿を視認したわ。
 レイ、槍を持ってこちらに来てくれるかしら?」

 相手が予定通りの場所にいたのなら、勝負は一瞬で付くと考えていた。これまでとった慎重な行動の結果、計算上の時間の余裕は残り僅かなものとなっていたのだ。

「森から飛び出したら、二人同時に使徒のコアめがけて投擲する。
 そのタイミングで、全員が包囲の外にめがけて走り出す……よろしい?」
「ええ、それ以外に方法はないと思うから」

 アスカの作戦に同意したレイは、2本の内の片方をアスカに渡し、ゆっくりと森の端へと移動した。使徒の姿を確認し、有効な助走を付けられる場所を探す必要があったのだ。

「真っ正面から挑む?」
「それが、一番確率が高そうね。
 敵に攻撃される前に、槍で撃破する……」

 持っていた槍をしごいたアスカは、「行くわよ」とレイに合図した。敵の視界に入るのと同時に投擲し、第3使徒のコアを破壊する。攻撃が少しでも遅れれば、逆襲を受けることになる作戦でもあった。

「あたしがリズムを刻むから、レイが攻撃の合図をしてくれる?」
「了解したわ」
「じゃあ、ワンツー、ワンツー、ワンツー……」

 その言葉に合わせ、アスカは機動兵器を前後に揺さぶった。その動きに自分の動きを合わせ、レイは「今よ」と言って明るい世界へと躍り出た。そして僅かに遅れて出たアスカと同時に、持っていた槍、光槍ブリューナクを使徒のコアめがけて投擲した。
 2度目というのが良かったのか、レイの投げた槍は見事使徒のATフィールドを突き破り、赤く光るコアに突き刺さっていた。だがそれ以上に凄かったのは、アスカの投げた槍の威力だった。同じくATフィールドを突き破ったのだが、そのままの勢いでコアごと使徒の体を突き抜けてくれたのだ。

「みんな、力の限り走って!」

 それを見たアスカは、それ以上確認することなく全員に指示を飛ばした。影に潜んでいた時間とかで、余裕の時間をほとんど食いつぶしていたのだ。見えてこそいないが、間違いなく近くに敵が潜んでいると考えていたのだ。
 そしてアスカの指示通りに、全員が一斉に打ち合わせ通りの方向に走り出した。もしもそこに失敗があるとしたら、走る速度に能力差が出てしまったことだろう。当然のように、レベルの高いアスカ達が先頭を切ることになってしまったのだ。

 そこで全員が必死に逃げていれば、おそらく何も問題はなかったのだろう。だがレイの投げた槍が、目に付きやすいところにあったのが、ボタンの掛け違えの始まりだった。後ろの方を走っていたサテラが、使徒に突き刺さった槍に目をとめたのだ。
 そこでサテラが思い出したのは、槍の確保を命じられたことだった。ただ彼女の名誉のために言うのなら、それだけなら無謀な真似を犯すことはなかっただろう。追撃する使徒の姿が見えないことへの油断と、槍が役に立つという思いが重なり、逃げることより槍の確保に走ってしまったのだ。セシリア達が、遙か前を走っているのも巡り合わせとして悪かった。セシリアがサテラの行動に気づいたときには、サテラが倒れた使徒に取り付いたときだった。

「何をしてますの!」

 走るのが遅いのに余計なことをしてくれる。腹立ち紛れに振り返ったセシリアは、更に状況が悪くなったことに気がついてしまった。離れたことで分かりやすくなったのだが、何体もの使徒が接近しているのが視認できたのだ。それを確認したセシリアは、躊躇うことなくサテラの方へと走り出した。

「ばか、今更手遅れよ!」

 一瞬立ち止まったアスカだったが、セシリアを止めることはできなかった。能力に任せて、先頭を切って走ったことが裏目に出たのである。迫り来る使徒の姿を確認したアスカは、セシリアではなく、逃げている仲間を優先することにした。

「振り返らないで、まっすぐ全力で逃げなさい!」

 立ち止まって、走ってくる仲間に対して大きな声で叱咤した。一番後ろが駆け抜けたなら、自分がしんがりを努めようと考えた。すでに手遅れとなっているが、これ以上の脱落を防ぐという意味もあったのである。戻ったセシリアに対しては、幸運を祈ることしかアスカには出来なかった。

 2体の使徒を倒したことで、槍に対するサテラの意識はとても強くなっていた。だから槍を確保できれば、逃げるのにも有利だと考えたのである。その思いで第3使徒にたどり着いたサテラは、なんの問題もなく槍にたどり着けたとそのときは思った。
 だがいざ槍を確保して顔を上げたとき、間近に迫る第4使徒の姿を見てしまった。相手の移動速度を考えると、このまま逃げても追いつかれるのは目に見えていた。

「だったら、私が槍で使徒を倒してやる!」

 自分の手にあるのは、これまで2体の使徒を倒した槍なのだ。だったら自分にも、使徒に抵抗することぐらい出来ると考えたのだ。だからサテラは、使徒から逃げるのではなく、逆にまっすぐ走って手に持った槍を投げつけた。
 サテラの手から離れた槍は、まっすぐ使徒に向かって飛んでいった。だがレベル5のレイでも倒せないのに、レベル3のサテラに使徒を倒せるはずがなかったのである。サテラの投げた槍は、使徒の前に浮かび上がった壁に、いとも簡単にはじき飛ばされた。

「そ、そんな……」

 はじき返された槍を、サテラは呆然と見つめることになった。槍を失った以上、サテラに使徒に抗う力は残されていない。有るのは、押しつぶされそうな恐怖に負けた心だけだった。逃げようとサテラが背中を向けたとき、使徒の周りで何かがきらりときらめいた。そしてそのきらめきと同時に、サテラの乗った機動兵器は両手両足だけではなく、胴まで半分に切り取られることになった。
 セシリアがたどり着いたのは、サテラの機体が切り裂かれた後となっていた。

「コックピットさえ無事ならば、まだ助けることが出来るはずです!」

 破壊された部位を見る限り、その考えは間違っていなかった。だが今のセシリアに、サテラの乗ったコックピットを回収するだけの余裕は与えられなかった。サテラの機体を破壊した使徒が、セシリアに目を付けたのもそうなのだが、次々と森の中から使徒が湧いて出てきたのだ。アスカが上空から偵察したときには、見つけられなかった使徒達が集結していたのだ。
 そのときセシリアが下した判断は、敢えてサテラを助けないという物だった。サテラを助けるためには、使徒の目を自分に引きつける必要がある。それを利用してここから引き離せば、サテラのコックピットを守ることに繋がってくると考えたのだ。

「まったくもって、損な役割ですわ!」

 思わず文句が口を突いて出るのは、置かれた状況を考えれば仕方のないことだろう。第4使徒の攻撃をかろうじてアクセルを使って躱したセシリアは、敢えて使徒の集団へと突っ込んでいった。それが一番安全な方法だと、セシリアは腹をくくったのだった。








続く

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