機動兵器のある風景
Scene -40







 機動兵器が戻ってきたところから、メカニック達の戦いが始まる。それは支援艦ヒルデガルドでも例外ではなく、21機の機動兵器が同時に戻ってきたことで、整備場は上へ下への大騒ぎに突入した。当然のように陣頭指揮をとったマシロは、ハンドマイクを持って大きな声で指示を飛ばしていた。シンジの前にいる時とは違い、化粧化はまったくなく、綺麗にしている銀色の髪もかなり振り乱していた。

「特にリュートは細心の注意をはらうようにしてください。
 フェリス様が酷使しているから、関節や筋肉に異常が出ていないか入念に調べてください!」
「マシロ様、ギムレーはどうしましょうか?」
「ギムレーは私が確認します。
 搭乗データを吸い上げておいてください!
 とにかく、10時間で整備を終わらせますからね!」

 頑張ってというマシロの言葉に、40名の整備班は「おう」と大きな声で答えた。自分たちの世界での戦いは、後始末のフェーズに移行している。だがこれから自分たちは、正義の味方としてテラへと赴こうとしているのだ。その正義の味方が、整備不良で無様な姿を晒すわけにはいかない。メカニックとしてのプライドが、疲労の中、彼らを突き動かしていたのである。
 そのプライドをかけた戦いの中、彼らはマシロの指示通りリュートにとりかかった。エステル配下のナンバー2のフェリスは、切込隊長の役割を立派に果たしていた。それもあって、機体に掛かる負担が一番大きくなっていたのだ。そして切り込み隊長の役割は、テラに行っても変わることはない。ならば入念に整備をして、万全の働きが出来るようにしなければならない。

 一方シンジの機体、ギムレーとなると事情が少し違ってくる。後衛の指揮官を務めたシンジは、接近戦を全く行っていなかった。その代わり、特殊能力を用いて多くのトロルスを殲滅していたのである。長時間稼働による機体の疲労はあっても、フェリスのような損耗は考えられなかったのだ。だからマシロは、自分でデータを確認することにした。微妙なフィードバックの問題は、メカニック達の手に余るのだ。

「マシロ様、少しお休みになった方が宜しいのでは?
 キララの申告では、微熱と倦怠感を持っているはずだと言うことですが?」

 ふうっと息を吐き出したマシロに、後ろに控えていたミユが声を掛けた。マシロに与えられた電子妖精キララとのリンクから、主の体調不良を知らされていた。それもあっての忠告なのだが、「今は駄目です」とマシロに否定されてしまった。

「テラでは、シンジ様も前線に出ることになります。
 わずかな整備漏れがあるだけで、戦場では命に関わってくるのですよ。
 大切なシンジ様にもしものことがあれば、私も無事ではいられません。
 それに、絶対大丈夫という気が私にはしているんです」

 ぐっと右拳を握ったマシロは、自分の電子妖精を呼び出した。データ確認ならば、体に負担が掛かることはない。電子妖精を与えて貰ったお陰で、データ照合作業もぐっと楽になっていた。

「キララ、ギムレーの思考コントロールデータを表示しなさい」
「はい、マシロ様!」

 さすがに、技術者に対してはラピスラズリのクローンは許されなかった。ただクローンは許されなかったが、ベースにする許可は貰うことが出来た。それもあって、マシロはラピスラズリをベースに、「キララ」と言うキャラクターを作り上げ、自分の電子妖精としたのである。
 命令を受けたキララは、必要なデータを生のまま圧縮して転送した。常人ならゴミにしかならないデータなのだが、それをマシロは自力で解凍し、自分なりの整理を行うことができる。そしてその中に特異なものがないのか、整理をしながら検索したのである。

「本当に、他のブレイブス達とは全く違ったデータを示していますね。
 これで、どうしてあんな凄いことが出来るのでしょう」

 ざっとデータを流してみたが、特に問題となるような部分は見つけられなかった。確認したデータ自体、これまで何度もチェックしてきたものと変わらなかったのだ。だからこそ、逆にマシロは不自然さを感じてしまった。3千ものトロルスと向かい合い、圧勝とは言え激しい戦いを繰り広げてきたのだ。それなのに、普段の訓練とデータが変わらなくて良いのだろうか。

「キララ、機体データも送ってください」

 それならと機体各所のデータも見てみたのだが、これも普段と変わらないというか、普段以下の使われ方しかしていなかった。後衛での指揮が役割だと考えれば、機体を酷使しないのは当然のことかも知れない。まだ納得いく結果に、機体のチェックは切り上げることにした。長時間稼働を行ったが、受けたダメージは普段の練習以下だったのだ。これならば、自己修復機能に任せておけば、数時間後には何事もなかったようになってくれる。

「シンジ様が使われたのは、シューティングスターとフォトン・トーピドーでしたね。
 この程度では、思考コントロールの負荷も大したことはないと言うことですか……
 機体データだけを見ると、この戦いはシンジ様にとって物足りないものだと言うことですね」

 ふむふむと頷いたマシロは、次にフェリスのデータを送るように命じた。同じようにキララが圧縮データを送ったとき、マシロは軽い吐き気をもよおした。

「大丈夫ですか、少し脳に負担をかけすぎたでしょうか?」
「この程度ならたいしたことはないと思うのですけど?
 やはり、少し熱があるのかしら?」

 生唾を飲み込んだマシロは、キララに整備可能時間を尋ねた。

「今からですと、11時間後にテラに移動することになっています。
 テラ移動からおよそ10分後に出撃しますから、10時間が限度でしょう」

 出撃までの時間と、必要な整備時間をマシロは頭の中で計算した。そして十分に休む時間があるのを確認し、ミユに休息を取ると告げた。

「では、7時間ほど睡眠をとることにします」
「キララが言うには、碇様はまだ起きてらっしゃるそうですが?」
「たぶん、その情報にはかなりの欠落がありそうですね」

 苦笑したマシロは、今は行かないとミユに告げた。拒ままれることはないとは思うが、負担をかけるのは良くないと思っていたのだ。

「それに、碇様にご心配をおかけするわけには行きません。
 おとなしく、ベッドで休むことにしますわ」
「なにか、お飲み物をお持ちしますか?」

 そうねと、少し考えたマシロは、「さっぱりとする物を」と命令した。

「では、冷たいレモネードでよろしいでしょうか?」
「そうね、レモンを多めにしておいてね。
 ではキララ、寝室まで運んでください」

 マシロの命令に、「畏まりました」とキララは答え、直ちにマシロを個室へと転送した。そして転送と同時に、ミユに対して懸念材料とひとつの可能性を提示したのだった。



 テラでの戦端は、可搬型ハドロン砲の攻撃から始まった。このあたりは、一番攻撃距離が長いという特徴が生きたと言う事である。照準担当のアリシア・ジョボビッチは、ロイドの指示通りのやり方で、戦端を開く第一撃を行ったのである。

「倒すと言う、強い意志を込めてトリガを引く……」

 ただ発射するだけなら、自動的に行うことが可能だった。だがそれでは駄目だと、ロイドが主張した結果が砲手の設置だった。使徒を倒すという強い意志が、攻撃の有効性を増すと主張したのである。まともに考えれば、とても受け入れられる意見ではないだろう。だが機動兵器の動作原理にも繋がるため、ロイドの意見は採用されることになった。

 そしてアリシアの意志を込めた一撃は、まっすぐに風船型の使徒、アスカが逃げ出したくなると言う第14使徒に向かって伸びていった。
 計算上、その威力は使徒のATフィールドを貫通すると言われていた。だがアリシアの放った一撃は、無情にも直前に浮かび上がったオレンジ色の壁で弾き返された。その結果を観察したロイドは、理由をハドロン粒子の収束に求めた。

「こちらで、計算誤差を修整する。
 指示があったら、同じように攻撃してくれないか!」

 大声で指示を出したロイドは、急いで計算の確認を行った。かつて使徒を倒した攻撃よりも、貫通力のある攻撃が出来ているはずなのだ。それが通用しないというのは、何処かに計算違いがあったと言う事になる。

「ハドロン砲の出力は……計算通り。
 加速速度は……計算通り。
 照射時間は……これも、予定通り。
 収束半径は……これも計算通りだって!!」

 目を血走らせてデータを確認してみても、どこにも予定とは違うところは見つけられなかった。アースガルズからも有効性を認められたにも関わらず、あっさりとATフィールドに攻撃を阻まれてしまったのだ。そうなると、何処かに問題があると考える他は無かった。

「まさか、こんなところに砲手のレベルが関係するとは考えたくないのだがね」
「可能性の一つとしては考えておいた方が良いと思うわよ。
 だって、倒すって意志を込めて撃たせているんでしょう?」

 その可能性を信じると、アリシアでは砲手として不足と言う事になってしまう。そうなると、セルンには有効なパイロットはセシリアしかいないことになる。そしてそのセシリアは、離れたところで使徒に接近戦を挑む手はずになっていた。役に立たないというのは、実験として失敗でしかなかった。

「だがね、アリシア以上のパイロットは用意できないんだよ」
「だとしたら、アリシアに頑張って貰うしかないってことでしょう!
 アリシア、こちらでデータを修正したわ。
 お願いだから、絶対に倒せると信じてもう一度撃ってちょうだい!!」

 変更した設定はどこにも無いのだが、それも方便とセシルは目をつぶることにした。攻撃に意志が乗るのなら、それを強化するのも設定変更の一つになる。そしてロイド達に出来ることは、その程度でしかなかったのも事実だった。

「絶対に倒せる……」

 照準自体、自動的に行えると説明を受けていた。だから照準機を覗き込むのは、パイロットの意識以外に理由は無いと言われていた。その照準機の映像を正面に写したアリシアは、十字のマークを使徒のコアに固定した。まっすぐ近づいてくるお陰で、照準自体は先ほどよりも楽になっていた。

「絶対に倒せる、絶対に倒せる、絶対に倒せる……」

 ブラウンの瞳を瞬きもせず、アリシアはまっすぐ使徒を睨み付けた。そして呪文のように「倒す」と言う言葉を繰り返し、「死ね!」と叫んでトリガを引いた。
 トリガ操作に反応して、加速器で十分加速されたハドロン粒子は経路を変更された。そこからは電子レンズで光束を制御され、銃口から青い光となって発射された。発射と同時に銃口付近の空気がプラズマ化されるため、どんと言う大きな発射音をあたりに響かせた。

 だがアリシアの思いを込めた攻撃も、使徒のATフィールドを貫通するまでには至らなかった。光速近くまで加速されたハドロン粒子を、絶対の壁は上空向けて弾き返してくれたのだ。そしてアリシアの攻撃を弾き返した使徒は、何事もなかったように前進を続けた。

「これから、第三射を実行します!」

 かなりの接近を許しはしたが、まだ脱出する距離ではないと思っていた。そのあたり、戦いで高揚した気持ちも理由となっているのだろう。
 まだ大丈夫と思っていたアリシアは、使徒が自分の存在を認識していたことに気づいていなかった。だが前進を続ける使徒を照準に捕らえた瞬間、使徒がアリシアの方向へ振り向いた。そしてちろちろと、青い光が虚ろな目の中で光り出した。過去の戦闘データが正しければ、使徒側が攻撃を行う目印に違いなかった。

 それでも、こちらの方が早いとアリシアは思っていた。そしてその予想通り、アリシアは使徒の攻撃前に第三射を敢行した。「死ね!」と言う意志を乗せてトリガを引いたのだが、これも使徒のATフィールドに遮られてしまった。

「アリシア、もう逃げないと!」

 攻撃ばかり気にしていたため、使徒との距離をアリシアは計り損なっていた。ようやく補助のシフォン・ガーランドが撤退を持ち出したのだが、それはあまりにも遅すぎる提案だった。事実シフォンの逃げようという声と同時に、使徒の眼窩は更に青く輝きを増した。それを見たアリシアは、すでに手遅れだと覚悟をしたほどだった。
 だったらもう一撃と照準をのぞき込んだとき、突然使徒がその方向を僅かに変えた。それと同時に、アリシア達は強い衝撃を左の方向から受けることになった。その衝撃を受けて、使徒に攻撃されたのだとアリシアは理解した。

「使徒の攻撃が外れた?」

 どうしてと言う疑問はあったが、再び攻撃のチャンスが巡ってきたことになる。アリシアは、必殺の意志を込めてトリガを引き絞った。だがせっかくの攻撃も、ATフィールドを貫くまでには至らなかった。そして空虚な眼窩に青い光を点らせ、使徒は再びアリシアの居る方向を見た。更に間合いが詰まったため、ちょっとやそっと狙いがずれたぐらいで助かるとは思えなかった。
 だが今度も、使徒の攻撃はアリシア達を捕らえることはなかった。鈍い衝突音と共に、使徒の体が大きくのけぞったのだ。そこでアリシア達は、誰かが使徒に接近戦を挑んでいるのを知ることになった。黄色と黒の虎縞を視認して、それが日本の虎鉄だと確認した。すなわち、レベル4の鈴原トウジが乗った機体だった。

 馬鹿の一つ覚えのように、黄色と黒の機体は、アクセルを駆使して体当たりを繰り返していた。そのおかげで第14使徒は、体を大きく揺さぶられる事になった。そして新たな敵としてトウジを認識し、より大きな脅威として対処しようとしていた。

「トウジ・スズハラかっ!」
「おうよ、手伝ってやるさかい、さっさと仕留めんかい!」

 アクセルの加速は、使徒にその姿を捕捉させなかった。そのおかげで、虎鉄は使徒の攻撃を一切受けることはなかった。だが虎鉄の攻撃にしても、揺さぶるだけでそれ以上の効果は見られなかった。

「仕留められんのやったら、さっさと撤退せえや!」
「そ、それでは、あなたが危険な目に遭う!!」

 そんな真似は出来ないと、アリシアは茶色の瞳を大きく見開き、頭を大きく振って撤退を否定した。

「逃げんちゅうのなら、さっさと仕留めればええ。
 ここでこいつを仕留めれば、手柄は全部あんたの物や!」
「さっきからやっているが、ATフィールドを突破できないんだ。
 私がいくら思いを込めても、攻撃が通ってくれないんだ!」

 くそっと、いささか下品な言葉を吐き、アリシアは5度目の攻撃を行った。だが通用しないとの言葉通り、青い光は空高く反射されてしまった。

「べっぴんさんが、“くそ”なんて言うたらあかん。
 ええか、一人で足りなんだら、みんなで力を合わせればええんや。
 せっかく四人も揃っとるのやから、あんじょう力を合わせてみいや」
「わ、分かった、やってみる!」

 べっぴんさんと言われたのが効いたのか、アリシアは少し頬を紅潮させていた。そしてトウジに言われたとおり、補助に付いているシフォンに「一緒にやろう」と声を掛けた。そして補助の補助としていたアーネットとエリザベスにも、一緒に来てとお願いをした。

「なに、アリシア。
 日本のスズハラに惚れたの?」

 当然二人のやりとりが聞こえていたこともあり、エリザベスは軽口を叩いた。そんなエリザベスに、「悪い?」と少しムキになってアリシアは言い返してきた。その反応に驚いたエリザベスは、「別に」と苦笑を返すしかなかった。

「違うって言ったら、私が声を掛けようかと思ったのよ」

 それでも軽口を叩きながら、ロールの入った金色の髪をしばり、エリザベスはアリシアの手に自分の手を重ねた。こうした方が、一緒に戦っている気持ちになれるのだ。

「やっぱ、優先順位はアリシアにあるよね」

 エリザベスの反対側から、シフォンは「頑張って」と声を掛けながら手を重ねてきた。

「ちょっと、私の入る場所が無いじゃない!」
「だったら、後ろから支えてくれない?」
「ちぇっ、じゃんけんに負けるんじゃなかったな。
 そうすれば、アリシアの位置に私が居られたのに!」

 唇を尖らせ文句を言いながら、アーネットはアリシアの腰に両手を当てた。

「アリシアの恋を成就させるためにも、この一撃であいつを仕留めましょう!」
「乙女の一念で、使徒なんてやっつけてしまいましょう!」
「恋する乙女は最強だって教えてあげる!」
「みんな……微妙に話が違うと思うんだけどなぁ……」

 まあいいと諦めたアリシアは、6度目の攻撃の準備に入った。

「トウジ、こちらの準備は整ったわ。
 攻撃するから、少し標的を落ち着かせて!」
「よっしゃっ!!」

 アリシアの依頼に応え、トウジは一転して使徒から距離をとった。邪魔が無くなったことで、使徒はゆっくりとその方向をアリシア達の方へと向けた。そして無防備なコアを正面に向けたとき、アリシア達は「死ねっ」と声を揃えてトリガを引いた。
 今までと同じように、プラズマ化した空気が「どん」と大きな音を立てた。そして銃口から伸びた青い光は、まっすぐ使徒のコアに向かって伸びていった。これまでは、浮かび上がったATフィールドによってアリシアの攻撃ははじき返されていた。だが4人の意志を乗せた攻撃は、ATフィールドごとコアをごと貫通したのだった。それまで僅かに浮かび上がっていた使徒は、コアの破壊と同時に大地へと倒壊した。

「やったのっ!」
「ねえ、私たちが本当に使徒を倒したの!」
「ね、ねえ、ちょっと、本当に凄くない!?」

 この戦いにおいて、使徒撃破の第一号となったのである。機動兵器こそアースガルズの技術を借りたが、それ以外はすべて地球の技術だった。その技術を使いこなし、難敵の一つを撃破したのである。パイロットのレベルを考えると、快挙と言って良い出来事だった。それを考えれば、4人が盛り上がるのも仕方の無いことだった。しかも攻撃にまつわる“意志”が確認された意味も大きな意味を持っていた。
 ただ使徒との戦いは、未だ始まったばかりなのである。それを忘れたようにはしゃぐ4人に、トウジは「おめでと」と言いながら、手綱を締めることにした。

「ようやったな、これはあんたら4人の大手柄や!
 やがな、まだ戦いは続いとるんや。
 気ぃ引き締めてかからんと、せっかくの手柄が不意になってしまう」

 アリシア達にとって、トウジは大恩人に違いなかった。それとは別の感情も含め、トウジの言葉を素直に受け入れることが出来た。

「そ、そうですね。
 でも、射程に入りそうな使徒はこれ以上いませんわ」
「やったら、大切な武器を回収したらええ。
 さすがに、捨てとくのはもったいないやろ!
 あっちも大変そうやから、これからわいはあっちに行くことにするわ!」

 もっとも、感情という意味ではトウジは全く特別な感情を抱いていなかった。あくまで使徒を倒すという目的のため、必要な支援もしたし、ご機嫌取りをすることもした。使徒との戦いモード、すなわち熱血モードに入ったトウジにとって、男女関係などどうでも良い……と言うのは言い過ぎにしても、今は考慮すべきことだとは毛ほども思っていなかった。
 立ち去ろうとして、「ほな」と軽く右手を挙げたのも自然な行動だった。だが「あばたもえくぼ」の諺通り、一度気になってしまうと全ての行動が肯定的に受け取られることになる。トウジの行動をストイックなものだと勝手に解釈したアリシアは、立ち去ろうとしたトウジを「あの」ととても控えめに呼び止めることにした。

「まだ、なんかあるのか?」
「いえ、その、私はアリシア・ジョボビッチ17歳です!」

 呼び止められたと思ったら、いきなり年齢付きで自己紹介されてしまった。その発想に付いていけないトウジだったが、一応応えるのも礼儀かと「鈴原トウジ17歳や」とだけ答えた。そしてもう一度右手を挙げ、虎縞の機体を次なる戦場へと振り向けたのだった。

「格好良い……」

 その呟きがアリシアの口から漏れたとき、撤退の指示がロイドから発せられたのだった。



 間合いの長さという意味では、光槍ブリューナクもハドロン砲と同程度の能力を持っていた。ただハドロン砲と違い、こちらは一度使ってしまうと換えが無くなるという問題があった。だから照準精度を上げるため、確実な距離まで使徒を引きつける必要があった。

「このあたり、ネルフの頃とあまり変わらない」

 第15使徒との戦いで、レイはロンギヌスの槍を使用した経験があった。その時にでも、結局照準は目が頼りとなっていた。敵殲滅の気持ちを込めるのだから、扱いはロンギヌスの槍と変わらないと言っていいのだろう。それもあって、過去の経験のあるレイが先鋒を務めることとなった。

「やはり、大きさの差は意識に効いてくるわ」

 使徒が接近するにつれ、彼我のサイズ差が実感として突きつけられるのだ。エヴァに乗っているときには感じなかった威圧感を、今は第3使徒からしっかりと受けていた。

「そうは言っても、僕達に用意できるのは機動兵器だけだからね。
 しかもアースガルズでは、これを使って使徒を圧倒しているんだ」
「碇君のあれを見せられれば、それも理解できる。
 でも、私たちはあそこまで機動兵器を使いこなしていないわ」

 カヲルと会話しながら、レイは何度も槍を投げるトレーニングを繰り返した。確実に仕留めるためには、意志を込めるのと同じぐらいに、正確な狙いと槍の速度が必要となってくる。やり直しがきかない分だけ、慎重にならざるを得なかった。その意味で、見え隠れするセルンの機体は、集中を削ぐことしかしてくれなかった。

「彼女たちは、本気で槍が回収できると思っているのかな?」
「彼女たちに出来るぐらいなら、私たちに出来ないはずがないのに」

 意識していることを示したカヲルに、レイは「無駄な努力」とセルンのパイロットのことを考えた。そして被害を出さずに時間を稼ぐ意味では、逆に足を引っ張っていると考えていた。もしも彼女たちが危険な状態になったとき、自分達は見捨てることが出来るのかと言う疑問もあった。

「そろそろ、アスカ達の戦いも始まるわね」
「時間から行けばその通りなのだろうね」

 カヲルがアスカ達の居る方を見たとき、人類にとっての吉報が届けられた。それは、セルンの用意したハドロン砲が効果を発揮したという物だった。

「どうやら、使徒迎撃一番乗りはとられてしまったようだね」
「ならば、私が二番手になるわっ!」

 十分に体を引き絞り、レイは短い助走をとった。そのときアクセルを使ったのは、それが一番良いと考えたからに他ならない。そして槍を投げながらも、更に加速するイメージを強く持った。

「貫け!!」

 普段のレイからは考えられない強い言葉とともに、青い色をした機動兵器「蒼天」は槍を第3使徒めがけて投擲した。アクセルを二重に重ねたおかげで、槍の速度は音速を遙かに超えていた。そしてそのままの勢いで、槍は使徒のATフィールドに衝突した。そこでレイはもう一度、「貫け!」と強い思いを槍に込めた。
 レイの意志が後押しをしたのか、光槍ブリューナクは使徒のATフィールドを突破した。だが成果はそこまでで、槍はコアの前で失速していた。

 失敗かと思った瞬間、新たな槍が使徒のコアに突き刺さった。レイに続いて、カヲルが槍を投擲していたのである。レイがATフィールドを破壊したおかげで、カヲルの投げた槍は勢いを失うことなくコアの破壊に成功した。
 ゆっくりと後ろに倒れる第3使徒に、レイとカヲルは思わずハイタッチを交わしていた。二人がかりで二本の槍を使ったが、エヴァを使わずに使徒を倒したのは確かなのだ。武器の有効性を確かめられたことは、これから戦っていく上で大きな意味を持っていた。

「まだ60体残っているのだけど、これは大きな一歩に違いないね」
「だったら、槍を回収して次の使徒を殲滅しましょう!」

 二人がかりでも何でも、使徒を倒したことに変わりはない。少し気が大きくなったレイは、すぐに次の戦いへと意識を向けた。この後難物は残っているが、まだまだ自分達は戦えると思ったのだ。



 同じ頃、アスカとセシリアはレイ達と同じ第3使徒と向かい合っていた。二人の手には、切れ味の鋭い刃物が握られていた。

「別のグループは、それぞれ使徒を倒すのに成功したみたいね」

 僅か2体とはいえ、使徒を倒したことには違いない。しかもセルンのグループは、アスカをして「見るのもイヤ」と言わせる第14使徒を倒したのである。その事実は、アスカを勇気づける物に違いなかった。

「でしたら、私たちもトップの意地を見せないといけませんわね」

 右手にブラッドクロスを装着したセシリアは、「よろしいですか?」とアスカに声を掛けた。

「アクセルを使って攪乱、足下の攻撃を繰り返した後コアへの攻撃を敢行。
 私が踏み台になりますので、アスカさんが空中戦を仕掛ける手はずでしたわね」
「ごめんねセシリア、私が踏むことになって」

 少しでも高く飛び上がるためには、踏み台がある方が好ましい。どちらが踏み台になるのかじゃんけんしたら、見事アスカが勝利したと言うことだった。

「その代わり、確実に使徒を仕留めてくださいませ」
「そこんとこは任せておいて!」

 親指を立てたアスカは、「行くわよ」とセシリアに合図をした。そして合図と同時に、深紅と水色の機体が第3使徒めがけて走り出した。

「セシリア、攻撃を右足に集中するわよ!」
「了解、地面に寝転ばせてあげますわ!」

 アクセルで機体を加速させた二人は、第3使徒の右足に瞬間移動した。そして使徒が反応するより早く、それぞれの獲物でその右足を斬りつけた。そしてそのまま加速して、使徒の視界から離脱し、再度角度を変えて右足へ斬りつけた。
 それを5回繰り返したところで、それまで直立していた使徒の体が右に倒れかけた。だが完全に倒れることなく、使徒はATフィールドを利用して体を浮き上がらせた。そのとき広げられたATフィールドは、二人の立っていた地面をえぐり取っていた。

「確実にダメージは与えられたけど……」
「このままだと、やはり埒はあきませんわね」

 せっかく右足にダメージを与えたのに、浮遊されては意味が無くなる。足下を崩す作戦は、使徒の特殊な能力の前に意味を失ったのだ。

「だったら、コアに直接攻撃を加える!
 セシリア、手はず通りにお願いするわ!」

 アスカの言葉に、セシリアはアクセルで加速して使徒の正面へと移動した。さすがに機動兵器の加速は凄まじく、使徒はその動きに付いて来て居ないようだった。
 セシリアに僅か遅れ、アスカも愛機「紅蓮」を加速させた。そして使徒の直前で制止したウンディーネの背中を借りて、正確には背中に足をかけて、使徒のコアめがけて飛び上がった。

「空中で方向を変えるには……」

 そのときは意地悪をされているとしか思えなかったが、シンジはアスカを乗せて空中ターンを何度も繰り返していた。そのときシンジは、キーワードとして「空間の固定」と口にしていた。

「飛ぶのよりも、固定した空間を蹴る方が鋭い方向転換が出来るんだよ」
「空間の固定?」

 空間の固定と言われても、ぴんとくるものではなかったのだ。そんなアスカに、ATフィールドの応用だとシンジは答えた。

「防御に使うフィールドを、方向転換の足場にするんだよ。
 そうすれば、自分で足場を作って飛び回ることが出来るんだよ」

 それを思い出したアスカは、進行方向にATフィールドの壁をイメージした。そしてそこに壁があると信じ、右足で力強く踏み切った。

「出来たっ!
 だったらっ!!」

 空中に足場を作るのに成功したのだから、後は同じことを繰り返せば良いだけだ。いくつも足場をフィールドで作り、アスカは紅蓮を使徒よりも高い位置へと到達させた。そこでもう一度足場を蹴って身を翻したアスカは、進行方向に足場を作って方向転換を行った。その目的は、落下エネルギーを利用した今以上の加速。その速度を利用して、使徒のコアへ攻撃を加えようと考えたのだ。

「いっけぇっ!」

 大上段にマゴロクソードを振りかぶったアスカは、それをまっすぐ使徒のコアめがけて振り下ろした。必殺の意志を込めた攻撃は、確かにコアへと届いていた。だがアスカの一撃だけでは、コア破壊にまでは至らなかった。それでも確かな手応えを感じたアスカは、もう一度足場を作って上空へと飛び上がった。そして最初と同じように、方向転換を掛けコアへと襲いかかった。
 そのアスカの意図に気づいたのか、はたまたその動きは偶然なのか、アスカが斬りかかる直前で使徒は体を少しだけよじった。そのせいで、アスカの攻撃はコアの横を切り裂くことになった。

 アスカの切った場所からは、鮮血に似た赤い液体が吹き上がった。その液体で機体を濡らしたアスカは、再度攻撃を仕掛けるため足場を蹴った。そのとき、コアのすぐ上にある使徒の目が光り、大地に火柱が上がった。

「セシリア、生きてる!?」
「人を勝手に殺さないで欲しい物ですわ。
 こんなのんびりとした攻撃に当たるほど、私はドジではございませんことよ。
 それよりも、早く使徒を仕留めてくださいませ!」

 セシリアが無事なことに安堵したアスカは、やり直しのため上空へと駆け上がった。そして攻撃のため、三度コアめがけて加速降下した。

「こ・わ・れ・ろ!」

 再度必殺の意志を込め、アスカはマゴロクソードを振りかぶった。そして絶対に切れると言う意志の元、力一杯コアめがけて振り下ろした。

「ちっ、刀が保たなかったかっ!」

 力一杯振り下ろしたマゴロクソードは、確かにコアへと強烈な一撃を与えた。だがその力を受け止めるには、マゴロクソードは力不足だったようだ。がんと大きな音を立ててコアに叩き付けられたマゴロクソードは、根本からぼっきりと折れてしまった。
 だが特区第三新東京市謹製のマゴロクソードも、ただでは折れてくれなかった。我が身と引き替えに、コアに小さなひびを入れてくれたのだ。それを見つけたアスカは、上ではなくまっすぐコアから離れるように足場を蹴った。そして十分な助走距離を作り、まるで地面を走るようにコアめがけて走り出した。

「剣がなければ、拳を使えばいいっ!!」

 絶対の意志を拳に込め、アスカは空を駆けてコアへと疾走した。そのとき使徒に見られた気がしたが、アクセルを使ってその視線をも振り切った。

「これで、おしまいよっ!」

 十分に加速を付け、そして十分に体を捻って力を込めた。今自分に出来る限りの力を込めた拳を、アスカは使徒のコアめがけて叩き込んだ。そしてアスカの意志を込めた右拳は、どかんと大きな音を立ててコアに激突し、ひびなど関係がないのではと思える破壊をもたらした。
 コアにめり込んだ拳を引き抜いたとき、すでにコアからは光が失われていた。最初の牽制こそ二人がかりで行ったが、最後は一対一でアスカは使徒を倒すのに成功したのである。ゆっくり倒れる使徒から離れたアスカは、ひとまず地上で待つセシリアの元に戻ることにした。

「ここに来て、レベル7に到達ですの?
 こう言うのを、火事場の馬鹿力と言うのでしょうか?」

 フィールドの空中固定による方向転換は、レベル7で身につけるスキルとされていた。それをいきなり使いこなしたアスカに、セシリアは少し捻くれた賞賛を行ったのだ。

「あたしの才能って言ってくれる?
 こう見えても、あたしの方がエヴァの使い方がうまかったんだからね」

 誰よりもと言うのを省略したが、セシリアはそれが誰のことを言っているのか理解していた。

「それを、過去の栄光にすがるというのです……あれはっ!」

 笑いながらアスカに近づこうとしたとき、セシリアは何かが遠くで光るのを見た。そしてそれからほんの僅か遅れて、上空を圧倒的な光の帯が通過するのを見せつけられた。その圧倒的な力は、使徒を倒した高揚感をぬぐい去る力を持っていた。
 しかも送られてきた支援情報では、龍型使徒の接近を告げられたのだ。その上脱出用に派遣された大型ヘリは、そのほとんどが先ほどの攻撃で消滅させられていた。

「アスカさん、良い話と悪い話のどちらを聞きたいですか?」
「悪い方から聞いた方が、後から安心できるかしら?」
「でしたら悪い方なんですけど、使徒が私たちを取り囲むように移動を開始していますわ。
 このまま行くと、全員が脱出するのは不可能ということになりますわね」

 今まで広がるように移動していた使徒が、その方向を包囲に変えたというのだ。確かに悪い話だと認めたアスカは、もう一つの良い話を聞くことにした。

「先ほどの攻撃で、移動用のヘリが落とされましたわ。
 ただ、こちらの機動兵器が取り付く前なので、機動兵器に被害は出ていませんわ」
「少しも、安心できない良い話ね……」

 ありがとうとセシリアに礼を言ったアスカは、「早く騎兵隊が来ないかしら」と現実からの逃避を始めたのだった。







続く

inserted by FC2 system