機動兵器のある風景
Scene -38
総指揮官と言う事で、ドーレドーレは支援艦ブリュンヒルデに乗り込んでいた。その艦橋に陣取ったドーレドーレは、注意深く各所の戦況を見守っていた。これまで何度も繰り返された戦闘は、これまで通り自分達の勝利で終わろうとしている。万全の準備を行い、万全の体制で戦いに臨んでいるうえ、今回は新しい強力な戦力も加わっていた。それを考えれば、今回の戦いが勝利に終わるのも当然の成り行きだと考えていた。少なくとも、これから波乱が起きる要因は無いと思っていた。
それでも、僅かな綻びが破滅を呼び寄せる可能性は否定できない。過去の戦いでも、少ない数のトロルス相手に、大打撃を受けた記録も残っていた。同じことがないように準備をしているが、だから安全だと言い切ることはできないのも分かっていた。
そのためにも、広く戦場を俯瞰して危険の芽を摘み取らなければならない。そんなドーレドーレの下に、テラでのトロルス発生が伝えられた。確認された発生数は62、その中に未知の個体は混じっていないと言う事だった。そして発生したトロルスは、アフリカと呼ばれる陸地を汚染しながら、北上して人口密集地帯を目指していると言う事だった。
「総数62ですか。
報告にあるテラの迎撃態勢では、せいぜい10が限度だったはずですね」
その限度を超える進攻が行われた以上、テラの防衛体制では防ぎきれないことになる。すなわち、予想していた戦力の投入が必要と言う事になる。ただそれが必要だと分かっていても、ドーレドーレはアースガルズの戦いを優先する義務を持っていた。
一瞬、シンジとフェリスの二人だけを送り込むことも考えた。今の戦いを見る限り、二人に経験不足の問題は発生していない。シンジの指揮する後衛部隊は、確実に突入部隊の支援を行っているし、切り込み役をしているフェリスは、ラウンズの中に置いても際だった戦果を上げていた。あまりの勢いに、突出しすぎないようにシエルが押さえるのを苦労するほどだった。その二人を送り込めば、たかだか62のトロルスなど、短時間に処理することが出来るだろう。
だがその考えを、直ちにドーレドーレは否定した。それだけの力を持った者だと、戦場から抜けたときの影響は計り知れなくなる。せっかくうまく行っている戦いなのに、こちらから状況を変える理由はどこにも存在しなかったのだ。
一方で、テラの汚染が進むのも好ましくないと思っていた。汚染区域が広がれば、それだけテラ滅亡の可能性が高くなる。そうなると、テラが新たなトロルス供給源になる可能性も生まれてくるのだ。抱えた人口を考えると、その時どれほどの進攻規模となるのだろうか。今後の戦いを考えると、リスクの目は早いうちに潰しておく必要がある。
それを考慮すると、あまり支援を遅らせるわけにはいかない。それもあって、ドーレドーレは戦後処理に入ってからの派遣を決意した。そうなると、テラの戦力には半日程度持ちこたえて貰う必要があった。
「ニンフ、12時間私たちの支援が遅れた場合の被害拡大予想を出してください」
直ちにと答えたニンフは、すぐに想定拡大範囲のデータを提示した。そのデータを確認したドーレドーレは、一つの問題に目をつぶることにし、予定通りの派遣を決定した。
「戦闘範囲が拡大しすぎるのは気になりますが……」
提示されたデータでは、トロルスが扇状に広がっていくと予想されていた。それは汚染区域の拡大とは別に、戦闘区域の拡大も意味していた。数としては僅かなのだが、広がられると殲滅に時間が掛かってしまうことになる。反面、分散してくれれば、個々の驚異は小さくなるメリットもあった。ただエステルの戦力を考えたとき、この程度の数なら固まってくれた方が有り難かった。
「ニンフ、エステルにテラへの出撃目安を伝えてください。
最終的には、私の命令後テラ遠征になります」
ドーレドーレの命令に、ニンフは「畏まりました」とラピスラズリに命令を転送したのだった。
アースガルズとは違い、テラではトロルス、すなわち使徒の発生をリアルタイムで把握することはできなかった。そのため通常の観測は、国連の哨戒機による定期的な哨戒作業と、衛星によるスキャンによって行われていた。それもあって、テラが使徒発生を探知したのは、アースガルズからの連絡と同時になっていた。
「一応、アースガルズもテラを気にしてくれていると言う事か」
すぐさま招集された安全保障会議で、国連軍総司令官リンゼイ・グリーンフィールドは安堵の言葉を漏らした。支援があるとは表明されていたが、それが確実に実行される担保はどこにも無かったのだ。使徒発生の知らせが入ったことで、第一段階が実行された証明となってくれた。それは、見捨てられていないという安堵に繋がる物となっていた。
「しかし、36時間後というのは……」
同じ会議に出席した中田は、アースガルズの派遣予定を問題とした。62体の使徒に対して、個別データも添付されている。しかもこちらの戦力分析まで行われており、開戦地域に関するアドバイスもあった。だがいずれを見ても、支援を受けるまで持ちこたえられるとはどこにも書かれていなかったのだ。そして彼らの分析でも、単独では敗退すると出ていたのだ。
「それを嘆いても、今更どうにもならないことだ。
我々は、少ない時間でどこまで知恵を絞ることができるのか。
そちらに専念すべきだろう」
ライツィンガーの言葉に、その通りとリンゼイは同意を示した。すでに使徒が発生している以上、準備に時間を掛けているわけにはいかない。直ちに両特区から、機動兵器部隊を派遣するときなのである。
「確かにそうだが、我々は戦い方を考える必要がある。
使徒を倒す無駄な努力を行うのか、支援を期待して時間を稼ぐことに専念するのかだ。
すでに日本を発っているが、現地までは20時間ほど移動に掛かる。
先行するセルンも含め、戦い方を決定する必要があるはずだ」
「それは否定しないが、我々に選ぶほどの戦術がないのもまた確かだろう。
ただセルン単独での迎撃は、能力の面から言って絶対に実行すべきではない」
最終的に、レベル4を突破したのは、セルンではセシリア一人となっていた。それに対して、日本では4名を数えていたのである。使い物になる戦力を考えると、ライツィンガーの主張は当たり前のことだった。
「欧州方面軍の投入は行う予定となっているが、
過去使徒との戦いにおいて、通常兵器が役に立った実績がない。
N2兵器でないと、足止めにすらならないだろう」
「レールガンが開発されていたと聞いていますが?」
中田の質問に、陸上運用はできないとリンゼイは答えた。
「電源設備を含め、空母級でないと設備の移動ができない。
今回のように陸上を移動されると、射程の問題もあり運用することはできない。
むしろ、セルンで開発していた可搬型ハドロン砲が役に立つのではないのか?」
「あれは、機動兵器で運用することが前提となっています」
直ちに返されたライツィンガーの答えに、リンゼイは手詰まりを理解させられた。今の状況で国連軍にできるのは、目くらまし程度の支援攻撃ぐらいでしかなかった。N2による攻撃は、敢えて部隊を派遣するほどではなかったのだ。
「使徒による汚染を採るか、N2による汚染をとるのかと言うことか?」
非核兵器と言っても、N2を使用すれば環境に対する影響は甚大な物となる。それを至るところで使用すれば、アフリカの大地が焦土と化してしまうだろう。そうなったとき、地球環境に与える影響も無視できなくなる。再び大規模な気候変動が起きようものなら、それだけで大打撃を受けることになるだろう。
どちらを優先するかは、高度な政治判断を求められることになる。それでも言えるのは、自力では状況を変えうる力を持たないことだった。
「セルンの部隊展開までに10時間か……」
それが、彼らに与えられた考える猶予と言う事だった。
その頃両特区では、出撃の準備が忙しく行われていた。今回の出撃におけるレベル基準は3、日本からは10、セルンでは8が認定基準に達していた。それを輸送機に搬入し、遠くアフリカ南部まで移送しなければ行けない。常日頃訓練を繰り返してきたことだが、それが今現実となったのである。
Cタイプの輸送機は、容量だけは大きいが、足が遅いという課題があった。だが荷物の大きさを考えると、これ以外の選択肢が無かったのも確かだった。ただ米軍の涙ぐましい振り回しのお陰で、アスカ達が乗り込んだのは、使徒発生の知らせから2時間後のことだった。
「すんごいハードなスケジュールになったわね」
輸送機に乗り込んだアスカは、耳栓とアイマスクを片手にぼやきまくった。到着がセルンより10時間遅れるため、現地入り直後に戦闘となる可能性があったのだ。そのため休めるときには休んでおけとの命令で、各自に耳栓とアイマスク、そして睡眠誘導剤が支給されたと言う事である。ただそれでも、眠るのはハードルが高いのには変わりはなかった。戦いを前にした興奮に加え、輸送機特有の轟音が待ち構えていたのだ。
「睡眠薬を使う?」
「5時間して眠れなかったら、それを考慮した方が良さそうね」
輸送重量の関係で、男女に機体を分けられていた。アスカの隣に腰を下ろしたレイは、いよいよなのねと前方に示された地図を見た。そこには、アフリカ南部までの予定航路と、通過予定時刻が記載されていた。それを見ると、いよいよその時だと実感がわいてくる。
これで力の限り戦うことになるのだが、勝利のためには重要な条件があった。そして地図から目を落としたレイは、それをアスカに尋ねたのだった。
「碇君、本当に来てくれるのかしら?」
「アースガルズから、使徒発生の連絡があったんでしょう?
だったら、約束通り来てくれると考えても良いんじゃないのかなぁ。
ただ、そのタイミングがいつかってのは問題だけど」
小さくため息を漏らしたアスカは、機体から伝わってくる微音に耳を傾けた。ジェットエンジンの轟音に混じり、金属を打つ小さな音が伝わってくる。それが輸送機の重要な荷物、機動兵器がぶつかる音だった。
眠りやすいようにと暗くされているが、シェードを上げれば外には濃い青空が広がっている。その青空の下、薄暗く湿っぽい場所で毛布にくるまるのは、とても情けない気持ちにさせるものだった。少し切なげにため息を漏らしたアスカは、隣にいる相棒に声を掛けた。
「ところでさぁレイ?」
「なにか?」
「私が守るからってのはまだ有効なの?」
誰が、誰をを省いたが、しっかりその意味はレイには伝わっていたようだ。そのお陰で白すぎるレイの顔が真っ赤に染まり、心臓の鼓動は激しく高鳴っていた。もっとも薄暗い中、毛布までかぶっているからアスカにはその変化は分からなかった。
そしてアスカは、レイの答えを待たずに言葉を続けた。
「あたし達って、どこで間違えたのかなぁ」
「たぶん、始まりから全てが間違いだったと思う」
レイの答えに、「やっぱり」とアスカは小さく呟いた。ジェットエンジンの轟音の中、その小さな呟きはレイの耳にだけは届いていた。
「当然碇君も含むけど、私たちだけが変わっただけでは今を変えることは出来なかったわ。
私たちが仲良く手を取り合い使徒と戦ったとしても、間違いなく大人はそれを壊しに来たと思う。
そしてもしも仲良くできたとしても、碇君はカヲルと同じ立場にいるだけだったと思うわ」
「もしも違いがあるとしたら、あたし達が人間関係で悩まずに済んだってことか」
「それも、今となっては些細な問題だと思うわ」
レイの決めつけに、そうねとアスカは答えた。アスカにしてみれば、およそ2年間苦しんだことも、今となってはどうでも良いことにしか思えなかった。憑き物が落ちたとでも言えばいいのか、むしろ解放感を味わってもいたのだ。
「結局、あたし達じゃ駄目だったって言う事か」
「エステル様だっけ、アスカは会ったんでしょう?」
今があるキーワードは、アースガルズとエステルというものだった。そのうちのエステルを聞いてきたレイに、よく分からないとアスカは答えた。
「綺麗な人という意味では、とても綺麗な人だと思うわよ。
それにシンジとの会話を聞いていると、少し変わった人だとも思うわよ。
でもさ、それが理由だと言われると、どうしても違うとしか思えないのよね。
あたしはともかく、どうしてあんたじゃ駄目なのかと思ってしまうわ」
「私と碇君の間には、アスカにも教えられないこともあるから……」
3人目、崩れ落ちていくレイクローン。それは、他の誰にも教えることのできないことだった。それを持ち出したレイに、アスカはそれ以上の事は聞かなかった。そしてその代わり、自分も似たような物だとレイに答えた。そしてそれは、アスカとレイの二人だけに押しつけられる物でもなかった。シンジにも、自分達と同じような事情があることを二人は知っていたのだ。つまり、何かが多少変わったぐらいでは、今を変えられないと言うことだった。だからアスカは、不確かな概念を持ちだした。
「日本では、“縁”って言葉を使うじゃない。
私たちとシンジの間には、縁が繋がっていなかったってことかな?」
「その縁をどう考えるかによるわね。
今もこうして関わりがあるのだから、その意味では縁が繋がっていることになるわ」
縁が繋がっていないのなら、関わり合うこともなかったのだろう。レイの言葉に、確かにそうかとアスカは考え直した。それでも、共に歩むという意味では、縁はなかったのだろうと考えた。
「誰が悪いってことじゃなくて、置かれた環境が最悪だったってことか」
「どう考えても、まともな環境だとは思えないわね」
苦笑と共に肯定したレイに、「確かに」とアスカは相づちを打った。自分の問題以上に、置かれた環境は劣悪だった。それが責任転嫁という指摘には、子供に何を期待するのだと言い返したかった。大の大人が、よってたかって子供を無茶苦茶にしたのがネルフ時代だったのだ。
「それを考えると、今の方がよほどマシってこと?」
「特区が、そんなに良い物だと思ってるの?」
「でもさぁ、一応一つの目的に向かって努力しているんじゃないの?
政治的な権力争いがそこにあってもさ。
一応あたし達も、最後は壊すことを前提にされていないし」
その分マシというアスカに、そう言う物かとレイは疑問に感じていた。だが人間関係を取り出せば、確かに今はずっとマシになっている。それは環境の変化なのか、はたまた自分達の成長なのか、さもなければ単なる錯覚なのか。まだそれを判断できないとレイは思っていた。
ただ、戦いを前に回想に浸るのは、この程度にした方が良いと考えた。だからレイは、カウントダウンする時計の数字を読み上げた。
「あと、19時間と30分ね」
「総時間の2.5%しか過ぎていないのか……」
眠気も来ないし、かと言って話し続けるのも苦痛になる。それに自分達が話をしていると、周りは気になって眠ることも出来ないだろう。今更ながら「長いなぁ」と嘆いたアスカは、最終手段をいきなり使用することにした。薬だろうがなんだろうが、この環境を変えてくれるのなら、積極的に活用しようというのだ。
「じゃあレイ、あたしは薬を飲んで寝ることにするわ」
「だったら、私も薬を飲むわ」
眠れないで悶々とするのは、この際苦痛以上のなにものでもない。そんな苦行のために出撃したつもりはないと、レイは錠剤を口に含んだのだった。
苦行だとアスカ達は言ったが、それでもまだ余裕がある方だろう。アスカが問題としたのは、あくまで移動時間の長さと、置かれた環境に対しての苦情だった。だが日本に先行して現地に入るセルンにとって、日本が来るまでの時間が一番問題となってくる。セシリアがナンバー2の位置に居たとしても、使徒との戦闘経験を持っていないというハンデがあったのだ。
しかもセルンの場合、セシリア以外はレベル3でしかなかった。機動性能を含め、まともに前線に立てる実力は持っていなかったのだ。その上先に到着するため、現地での準備が任されていたのである。その一つとして、可搬型ハドロン砲の砲台設置と、遮蔽物構築が仕事としてあった。
「ハドロン砲1門ですか……
一応アースガルズのお墨付きは貰っていますが、何とも心細い物ですわね」
設置自体はアッセンブリ化されているため、大きな土木工事は必要ではなかった。だが可搬型の名に反し、必ず固定設置が必要というのが課題の一つとなっていた。そのあたり開発者のロイドに言わせれば、比較的容易に設置箇所が変えられるので、それを持って可搬型だと言う事だった。
「そりゃあ、エヴァンゲリオンぐらいの大きさがあれば話は変わりますよ。
小型化は可能ですけど、その分威力は落ちますからねぇ」
手持ちではないのかという抗議に対し、ロイドはスケールの問題と嘯いてくれた。特に威力を持ち出されると、それ以上のことは言えなくなってしまうのだ。それを何とかするのが技術者だろうと言いたいのだが、これでも最新鋭の研究だと言われればそれまでである。
そしてもう一つの切り札、光槍ブリューナクの配備も間に合っていなかった。出来自体は素晴らしいと褒められたのだが、数が揃わなくては話にならないのだ。たった2本で、どうやって戦えと言うのだろう。しかも虎の子の槍は、日本から遠路はるばる運ばれることになっていた。
「基本的に、時間稼ぎを作戦の目的とする。
まあ、確かに碇様が来れば、この程度の数ならばあっという間に殲滅してくださいますわ。
だから緒戦は、開発兵器の威力確認を主たる目的とすると言うのも理解できますけど」
将来のことを見据えれば、兵器の有効性確認は必要に違いない。だが練度の不足した兵に求めるには、いささか難易度が高いと思っていた。ハドロン砲の狙撃にしたところで、反撃を食らえばひとたまりもないだろう。用意した障害物で、攻撃を防ぎきれるとはとても思えなかったのだ。
更に槍での攻撃となると、手前に防御用の遮蔽物を置くことも出来ない。そうなると、投擲する者の技量が半端なく要求されてくるのだ。だから戦う前から、セシリアがため息を吐くことになってしまう。しかも問題は、こう言うときに誰も自分をからかってこないことだった。裏を返せば、それをする余裕もないほど追い詰められていると言う事だった。
気になり出すと、周りを飛び交う報道ヘリも邪魔に感じてしまう。いくら乗り切ること前提の危機だとは言え、ショーアップなどして欲しくないと思っていた。
「結局、危機感の足りてないお方が多いと言う事ですわ。
そうでなければ、怖くて怖くて堪らないと言うところでしょうか」
どっちもイヤだなと考えたセシリアは、ぶるっと身を一度震わせ自分の仕事へと戻った。セルンでは唯一の、そして世界的に見ても2番目の戦力なのである。どこまで出来るのか探る意味で、アスカと二人で使徒に挑む手はずになっていたのだ。二人とも空を飛べないのに、手の届かないところにあるコアをどうするのか。そのためにも、色々と作戦を練らなければ行けない立場だった。
「提供された使徒の攻撃パターン、そしてアスカさんの経験。
それを生かした作戦立案をしないといけないのですが……」
ぶっつけ本番となったのは、必ずしも油断からだけでないのが悩ましい。初めてづくしのため、戦いへの臨み方も確立していなかった。まず最初を乗り切ることが、これからに繋がるのは間違いのないことだった。
「ですが、毎度毎度アースガルズの支援を望めるのでしょうか?」
伝え聞いた情報では、アースガルズでは3000程度と“小規模”の進攻だったという。だから勝負が早くつくし、彼らの損失もほとんど無いと言うことだ。だがアースガルズで大規模進攻が行われたなら、テラへの支援はどうなるのか。更に言うのなら、テラで彼らの言う“小規模”な進攻が行われたとき、支援のために大軍を送ってくれるのか。これから続く戦いへの展望が、全く開けていないとセシリアは思っていた。そのためにも、数千は無理でも、この程度の進攻は自力で乗り切れるようにならないといけないはずだった。
「つまり、誰かがラウンズレベルにならないと行けないと言うことですわね」
それが本当に可能なことなのか。先日見せつけられた実力は、はっきり言って桁違いの物だったのだ。そこに至るまで、自分達はどこまで努力すればいいのか。そしてどのような人材を育てればいいのか。途方もなく長く、そして険しい道に、セシリアは呆然としたのだった。
周りのほとんどが経験者ということもあり、後衛の指揮と言ってもシンジは何もすることはなかった。詳しい戦況はリアルタイムで電子妖精から伝えられるし、攻撃の必要な場所も同様に伝えられる。それをシンジが指示する前に、遠距離攻撃部隊への指示が出されているのだ。開店休業状態というのが、今のシンジの状況を言っていた。シンジが特殊能力を使う機会も、全く用意されていなかった。
もっとも、その方が好ましいのをシンジは理解していた。シンジが攻撃に加わると言う事は、今の状況では戦力不足と言う事に繋がる。それは、前線の戦いが押されていることも繋がってくるのだ。
「シンジ様、ただ今の戦況をお伝えします。
開戦から5時間が経過し、トロルスの30%を撃破しました。
この先、順調に進むとすれば、10時間程度で全てのトロルスを撃破できるでしょう。
その後、残存トロルスの確認を行う後処理へと移ることになります」
「テラへの進攻も発生したんだろう?」
「そうですね、4時間ほど前に進攻を確認しています。
総数で62、アフリカという大陸経由で北上しています」
事実を何の誇張もなくラピスラズリは伝達してきた。
「つまり、僕達はこの後テラに出撃すると言う事か?」
「ドーレドーレ様は、後始末に入ってからとお考えのようです」
まだ10時間以上は、テラへの出撃はないと言う事になる。そこで心配になるのは、それだけ放置してテラが大丈夫かと言う事だった。そしてもう一つ、自分達が連戦となる事への心配だった。トロルスの発生数が少ないため、ドーレドーレは強行軍を選択していた。15時間で主戦闘が終わるのだから、その選択自体は間違いではないのだろう。だがエステルの軍は、それからテラでの戦いを継続することになる。
そんなシンジの懸念に、「だから後始末に入ってからなんです」とラピスラズリは口を挟んだ。
「後処理に入れば、交代制で残存トロルスの確認を行うことになります。
こちらは範囲が広いので、かなりの時間が掛かることになるのでしょうね。
ただ戦闘時とは違いますので、休息も取ることが出来るんですよ」
「そこで休息を取ってから、テラに行けと言うことか……」
「出撃していた機体の回収、そして再整備の時間を考えれば特段ロスにはならないと思います」
いくら汚染を防ぐためとは言え、テラのために無理をするのは許されないことだった。特に休息や整備を怠れば、自分を信じて付いてきている部下に危険を負わせることに繋がってくる。それを考えれば、ラピスラズリの答えはとても理に適った物だった。
それを理解したシンジは、ラピスラズリ経由でドーレドーレに一つだけ進言することを考えた。それはテラへの遠征にも少しだけ関わる、自分にも経験を積ませて欲しいと言う依頼だった。このまま何もしないと、トロルスと戦った経験が付かないというのである。
「確かに、シンジ様は今のところ何もさせて貰っていませんね。
理解しました、今後のためにも攻撃に参加させて貰えるようニンフに伝えます」
「頼むよ、そうしてくれないとシューティングスターが役に立つかどうか分からないからね」
この戦いを勝利するためだけなら、シンジが手を出す必要性は薄い。だが今後の事を考えると、直接戦闘に関わっておいた方が良いのは間違いなかった。通常下っ端の時に積むはずの経験が、今のシンジには全く無かったのが問題だったのだ。それを考えれば、今回は指揮官にならない方が良かったと言えるだろう。
そして待つこと30分、ドーレドーレから待望の攻撃許可が下りてきた。その代わりシンジに要求されたのは、100ほどのトロルスを始末しろと言うものだった。いきなりそれかと怒るシンジに、「期待されているのでしょう」とラピスラズリは言ってのけた。
実のところ、ラピスラズリはシンジに伝えていない理由を知っていた。これまでの情報で、シンジの攻撃力が大きすぎることが懸念されていたのだ。そのためぽっかりと空白が出来た部分を、シンジに任せることになったのである。初めてと言う事と、距離が離れていると言う事で、細かなコントロールも付かないだろうと思われたのだ。味方が巻き込まれては元も子もない、そんな理由を伝えるわけにはいかないのである。
ラピスラズリの転送したデータに、シンジはどこを狙うのかを考える事にした。敵の広がりは、シューティングスターをばらまくことで対処をする。味方に影響を出さないためには、どう言った攻撃をするのかを考えたのである。
「ラピス、弾の準備は出来るかな?」
「槍の材料で作った弾が用意してあります。
とりあえず1千発ぐらいお出しすればよろしいですか?」
シューティングスターの性格上、一つ一つ細かな狙いを付けることは出来ない。だからそれなりの数をばらまく必要がでてくることになる。広さとトロルスの散会具合を考え、2千にするようにシンジは命じた。
「では、2千発お貸ししますね?」
「貸すって……返ってこないよ」
なんだと思ったが、シンジは拘る事をやめた。その代わり、ラピスラズリの提供したマップを頭に浮かべ、シューティングスターの準備に入った。
以前試したときは、ギムレーの頭上で円周加速を行った。だが弾の数が多くなり、そして更なる加速を行うためには、頭上というのはいかにも都合が悪かった。広範囲にばらまくためには、高い位置から攻撃した方が都合が良いだろう。それもあって、シンジは縦方向の加速を選択した。
シンジが加速をイメージしたとき、ギムレーの周りで青い火花が飛び散った。そしてその火花から少し遅れ、高さ20mほどの光の輪がギムレーの隣に形作られた。その光の輪は、ラピスラズリの用意した弾を巻き上げ、更に光を強くしていた。
「加速の方は十分かな?」
「そうですね、すでに十分な速度に達しています。
ですが、この高さからだと死角に入る数がかなりありますよ」
地形を見れば、確かにラピスラズリの言う通りなのだろう。それならばと、シンジはそのまま50mほどギムレーをまっすぐ上に上昇させた。その状態で立体図を確認すると、目標のトロルスは全て射程に入っていた。
「近くに、味方の機動兵器はいない?」
「そう言う場所を選んで頂きました」
それならば、攻撃を遠慮する必要は無い。手のひらを天に向けたシンジは、まっすぐその手をトロルス目がけて振り下ろした。
シンジが腕を振り下ろすのに合わせて、光の輪が解けることになった。そして解けた光の輪は、流星となってトロルス目がけて降り注いだ。光速近くまで加速された物体が衝突したのだ、さすがのトロルスも無事で済むはずがない。見える範囲では、複数の光弾を浴びたトロルスは、ぼろぼろになって崩れ落ちていた。
「ラピス、トロルスはどれだけ残っている?」
「現在撃破数確認中。
80、81……85体の撃破を確認。
残数15、うち10は行動を停止しています。
まったく、身も蓋もない攻撃をしてくれますね」
褒めたのか皮肉を言ったのか、身も蓋もないと言ったラピスラズリは、次弾を用意するかとシンジに尋ねた。15体撃ち漏らした以上、追撃が必要となってくる。トロルスの嫌らしいのは、とどめを刺さない限りいつか復活してくることだった。
「いや、別の方法を試してみることにするよ。
まず、動けない10体は、フォトン・トーピドーで始末を付ける。
ラピス、座標を教えてくれないか」
シンジの指示に従い、ラピスラズリは残存するトロルスの座標を示した。それを目で実物と照合したシンジは、機動兵器同士では使わない特大の光球を作り出した。そしてその光球を、目で確認したトロルス向けて発射した。
まっすぐトロルス目がけて飛んでいった光球は、その体を飲み込んで明るく輝いた。そしてその光が消えたときには、その場にはトロルスの姿は無くなっていた。シューティングスターに被弾し、動けなくなっていたトロルスには、フォトン・トーピドに耐える力はなかったようだ。
それを確認することなく、シンジは次々と光球を作り、それを行動を停止したトロルス目がけて発射し続けた。そして丁度10回繰り返したところで、ラピスラズリに攻撃の成果を確かめた。
「行動不能だったトロルスは、全て消滅したようです。
どうして、カノン様より身も蓋もない攻撃が出来るんでしょうね」
「それは良いとして、残りは5体で良いのかな?」
命令では、100体のトロルスを倒せと言う事だった。その命令を果たすためには、残りの5体を始末する必要がある。汚染区域の拡大を防ぐためには、迅速かつ正確に命令を実行する必要があったのだ。
「どうします、遠距離攻撃はネタ切れだと思いますけど?
ファイアーリングとか、空牙とかを使いますか?」
「空牙は、意外に接近専用の技だからねぇ。
今のフォトン・トーピドーは、ファイアーリングとの合わせ技だし……
シューティング・アローって、結局は格好だけだからなぁ」
過去のデータを紐解いたときにあった技なのだが、その有効性をシンジは否定した。技自体は、特殊能力で矢を作り出し、それを同じく特殊能力で作り上げた弓で射るのだ。破壊力はそこそこ有るが、そこまでするのなら直接攻撃した方が効率が良かったのだ。だからシンジは、弓を射るという格好だけと断じたのである。
「仕方がないから、一体一体ずつ狙撃をするよ。
ラピス、シューティングスターで使った弾をいくつか用意してくれないかな?」
「また、何か面白いことをしてくれるんですか?」
わくわくしながら弾を用意したラピスラズリに、シューティングスターのバリエーションだとシンジは答えた。
「弾を一つ一つ加速して、トロルスを狙い撃ちするんだよ。
シューティングスターに比べて、照準の精度が良いのがメリットかな。
これだと、無駄撃ちをしなくてもすむんだよ」
そう言いながら、シンジはラピスラズリの用意した弾を、一つだけトロルスの方へと撃ち出した。そして撃ち出された弾は、シンジの言葉通りトロルスのコアを撃ち抜いた。それを5回続けることで、残っていたトロルスすべての撃破が完了したのである。
それを確認したラピスラズリは、見事な物ですねと思いっきり感心していた。
「これだけ遠距離攻撃能力があれば、シンジ様一人で相当数のトロルスを始末できますね」
「でも、シューティングスターも万能じゃないんだろう?
そうじゃなかったら、苦労してでも使っているラウンズが居ると思うんだ」
そして現実は、ラウンズの多くは肉弾戦へと傾倒していたのである。それを考えると、シューティングスターにも問題があったと思えてしまう。
しかしラピスラズリは、いささか微妙な問題だとシンジに答えた。
「確かに、シューティングスターにも問題はありますよ。
まず第一に、撃ち出す弾が必要と言うことがあります。
そして次に、広範囲に攻撃する場合、トロルスから狙い撃ちを受ける可能性があるんです。
だから単独では、なかなか使いにくい方法でもあるんですよ」
「だったら、僕も狙い撃ちをされた可能性があるのかな」
ぞっとしないと答えたシンジに、今の戦況ならばそれはないとラピスラズリは答えた。
「殴り込みを掛けていますので、遠方からの攻撃は目立っていないんです。
皆無とは言いませんが、ほとんど狙い撃ちを受ける可能性はありませんでした」
「だとしたら、どうしてシューティングスターは使われなくなったんだろうね。
必ずしも、習得が難しいというのが理由だとは思えないんだ」
記録と効果が残っているのだから、それを真似する物が現れてもおかしくないはずだ。それなのに、現実は100年近く使われない技となっていたのだ。技自体に理由がなければ、他に使われなくなった事情があるはずなのだ。
それを疑問にしたシンジに、「おそらく」と前置きをしてラピスラズリは推定原因を話し出した。
「この技は、加減が難しいですからね。
祭りに仕えない技は、次第に使われなくなるという傾向があります。
全体に肉弾戦系に技能が偏ってきているのも、それが原因なのではありませんか」
「祭りで良い成績を収めるため、特殊能力ではなく肉弾戦に傾いていったというのかい?
事情は分かるけど、トロルス撃退から考えるとマイナス方向の進歩だね」
「それをカバーするため、支援艦から攻撃が使われたとも考えられます。
似たことが技術開発で出来るのなら、機動兵器はそれにしかできないことを目指したとも言えます」
それが良いことなのかは、今のシンジには判断は付かなかった。だがこうして自分の攻撃が有効に使えるのを見ると、間違ったとまでは行かなくても、極端な方向に向いているのではないかと思えてしまう。
「サークラさんと相談してみるか」
逐一状況が伝えられているから、余計なことを考えてもいられる。それを理解したシンジは、戦いが終わってからこの問題に取り組むことにした。今は一秒でも早くトロルスを殲滅し、テラの支援に向かうべきだと気がついたのだ。テラ単独でトロルスに対峙することは、それだけセシリア達に危険が及ぶことと同義だったのである。
続く