機動兵器のある風景
Scene -36







 イヤになるほど続いた戦いのお陰で、トロルスが何時進攻してくるかについては、かなり正確に予測できるようになっていた。前回の戦いでは、その精度は僅か2日という物だった。そして発生数にしても、10%程度の違いしか出ていない。今更確認の必要もないが、予測という意味では、すでにアースガルズでは確立された技術となっていたのである。
 その予測に従うと、2日後から2週間の間にトロルスの進攻が行われる事になっていた。従って最後の作戦会議開催が、そのスケジュールに従うのも当然のことだった。

 円卓会議の主となったドーレドーレは、出席した全員を確認するように首を巡らせた。そして一呼吸間を置いて、「皆の力を示すときが来ました」と宣言した。

「これまで幾度となく続けられた、私たちの世界を守る戦いが始まります。
 およそ3千のトロルスに、私たちの機動兵器は総勢605となります。
 前回の1.5倍の敵に対し、私たちの増員は僅か20です」

 そこで言葉を切ったドーレドーレは、まっすぐ視線をエステルとシンジへと向けた。

「しかし8ヶ月前には居なかった、強力なブレイブスが2名誕生しています。
 一人のラウンズは、百のブレイブスを凌駕すると言われています。
 喜ばしいことに、エステルの配下に新たな戦力2名が誕生したのです。
 しかも2名が、僅か8ヶ月のうちにレベル10を超えています。
 それを考えれば、私たちの戦力は、更に嵩上げされたと言えるでしょう。
 数が少ないと侮ってはいけませんが、トロルスを蹴散らし民達に平穏をもたらしましょう!」

 普通ならば、筆頭が檄を飛ばすのに合わせ、それが「おー」でも「やー」でも構わないが、力強い答えが返ってくるところだった。だが円卓会議においては、そのような掛け声じみた儀式は行われない。ただ全員が、自信を秘めた眼差しで、ドーレドーレの言葉に応えるだけだった。

「では再度布陣を確認することにします。
 私の指揮する甲軍には、バイオレート、ミレーヌ、クルグル、ヴェルデ、エステルが加わります。
 ハイドラの指揮する乙軍には、アルファーラ、ベルベラ、アルテーミス、ルミネ、マヌエラが加わります。
 前衛指揮はシエル・シエル、マニゴルド・エルシド。
 後衛指揮は碇シンジ、カノン・スピドが担当します。
 両軍は、東西から挟み込むように攻撃を行い、トロルスの拡散を封じ込め殲滅します。
 一匹たりとも、居住地に近づけることは許しません!」

 良いですねと全員を見渡したドーレドーレは、次に支援艦の配置を説明した。

「後方に支援艦ブリュンヒルデ、ジークリンデを出撃させ、補給作業を行います。
 それに加え、今回は支援艦ヒルデガルドをブリュンヒルデの後衛に配置します。
 目的は、テラ支援を機動的に実施するためです。
 そのため、ヒルデガルドの指揮にはエステルに申しつけることにします。
 エステルには、テラにトロルスが発生したとき、配下を連れて単独出撃を命じることになります。
 その場合、後衛の指揮をシンジからシルファに移します」

 ドーレドーレの言葉に対して、誰からも異論は出てこなかった。戦力的にドーレドーレ側が薄いという不安は、シンジ、フェリスという強力な戦力を誇示することで沈静化させたのである。そしてテラへの支援は、ヴァナガルズの轍を踏まないためにも必要だと言う認識があった。
 何度も繰り返されてきた戦いだけに、細かな作戦を伝える必要は薄かった。それだけに、チーム分けとも言える戦力の分割さえ行えば、後は自動的に迎撃の態勢が作られることになる。その枠組みを告げたドーレドーレは、作戦会議の終結へと話を進めた。

「想定通りの発生数であれば、半日にも満たない戦いになるでしょう。
 汚染地域の拡大を防ぐためにも、迅速な作戦遂行を皆に期待します!」

 よろしいですねと言う確認に、初めて全員から答えが返ってきた。23人中20名が女性にもかかわらず、「おう」と言う言葉と共に、どんと強く円卓が叩かれた。

「皆の力強い答えに感謝します。
 では、明日より特別戦闘待機に入ります。
 無駄を承知で言いますが、くれぐれも限度を弁えるように」

 何がと言わなくても、シンジ以外の全員にその意味は伝わっていた。特にラウンズ達の口元がにやりと歪んだところを見ると、限度が問題となることが行われるのだろう。だが小声で「なんですか?」と尋ねたシンジに、エステルは「さあ」と白を切ったのだった。



 エステルに任された支援艦ヒルデガルドは、テラで言う所の空母と戦艦の役割を持っていた。およそ50の機動兵器を搭載し、音速の2倍で空中を巡航する能力を有していた。主な武装は、前後に2門ずつ配備された小型電磁投射砲である。その威力は、トロルスを一撃で倒せるだけのものを持っていた。
 テラの常識で行けば、非常識とも言える規模をもつ支援艦なのだが、ドーレドーレ達の使用するブリュンヒルデとその姉妹艦ジークリンデは、その非常識さに輪を掛けていた。収容能力でヒルデガルドの8倍の400を誇り、大形電磁投射砲2門に中形8門、そして小形の電磁投射砲を20門備えていたのである。大形の電磁投射砲の威力は、トロルスの居る一画を消滅させる力を持っていた。ただあまりの威力に、これまで使用されたのは僅か1回、200年前の大襲来の時のみだった。破壊力が大きい分、引き替えに失う物も大きすぎたのである。

 その支援艦ヒルデガルドが係留されたドックでは、今まさに戦いに向けた準備が進められていた。ただ少し異様に見えるのは、なぜか作業している者達が浮ついていると言うことだった。

「メイハ様、何か様子がおかしくありませんか?」

 下っ端ブレイブスとして、チフユも準備に狩り出されていた。そこで荷物運びとか、武器のチェックとかをすると期待したチフユだったが、その手の作業が一切行われていなかったのだ。そしてその代わり、大広間の飾り付けや、大量の飲食物が運び込まれていた。補給という面で飲食物があるのは理解できたが、なぜ大広間の飾り付けが必要なのかがチフユには理解できなかった。
 チフユのそばにいたメイハは、大きな声で物資搬入の指示を飛ばしていた。そしてラピスラズリ経由でチフユの質問を聞き、「そうですね」と様子のおかしさを認めた。ただ返ってきた答えは、更にチフユの質問意図から離れた物だった。

「今回は、少し大がかりになっていますからね。
 それに、レベル7に届かないブレイブスや見習の出席も許しています。
 様子がおかしいというのは、きっとそのせいだと思いますよ」
「出撃しないレベル4の私が居るぐらいですから……
 ところで、出席とはなんの出席のことを言っていますか?」

 チフユに答えた後、メイハは再び大きな声で周りに指示を飛ばしていた。そこに再度のチフユからの質問である、五月蠅いなぁと振り返ったところで重要な事を思い出した。1週間前に加わったチフユにとって、出撃の儀式は初めての経験だった。

「そう言えば、シンジ様やフェリスも初めてでしたか。
 今行っているのは、バンチェッタ……出撃前の儀式の準備ですよ」
「儀式の割に、なにか浮ついていませんか?」

 これからアースガルズにとって、命運をかけた戦いに臨むはずだ。その為の儀式というのなら、霊験な物だと想像してしまう。だが準備をする者達の顔を見ると、厳かと言うより華やかというのが一番ぴったりと来たのだ。様子だけ見ると、これからバカ騒ぎをするようにも見えてしまう。
 そんな疑問を感じたチフユに、「カタッ苦しい儀式はしないのだ」とメイハは答えた。

「普段真面目に仕事をしている分、こういう時に羽目を外すことになっているのよ。
 通常出撃するブレイブスと随行員だけなのに、エステル様が「全員を呼びなさい」って命令されたの。
 だから余計に盛り上がって……たぶん、かなり酷いことになるんじゃないかしら」

 苦笑ともとれる笑みを浮かべたメイハは、チフユに向かって「覚悟をしておきなさい」と脅した。

「覚悟ですか……」

 未知の儀式に加え、覚悟が必要だとまで言われてしまった。どんな覚悟をすればいいのか、チフユはゴクリとつばを飲み込みメイハの言葉を待った。だがいくら待っても、メイハは覚悟の続きをしてくれなかった。それどころか、話が終わったとばかりに働いている者達に大声で指示を始めた。控えめに「あの」と声を掛けても、全く気づいてくれなかった。
 その代わり他の女性ブレイブスが近寄ってきて、「これをあっちにもっていけ」と指でチフユに指示をしてきた。楽しそうにしているところを見ると、彼女にとってもきっと良いことなのだろう。理由を聞いてみたかったが、単語をいくつか覚えた程度で話をすることは出来ない。調査を諦めたチフユは、言われたとおりに木箱に入った荷物を運んだのだった。

 それからしばらく手伝いを続けたところで、チフユは同じように荷物を運んでいるフェリスを見つけた。ちょうど良いと儀式の中身を聞こうとしたのだが、メイハの「フェリスも初めて」という言葉を思い出した。
 それでもブレイブスをしていたのだから、話ぐらいは知っているだろうとフェリスに声を掛けた。と言うか、フェリスぐらいしか話が通じないという問題が残っていたのだ。

「うむチフユか、少しは馴染むことは出来たか?」
「単語をいくつか覚えた程度なので、まだなかなか……」

 そうかと頷いたフェリスに、どういう式典なのかとチフユは尋ねた。

「これか、言ってみれば景気づけという奴だな。
 これからトロルスと戦う前に、飲んで騒いで勢いを付けておこうという物だ……と聞いている。
 ただ、どのような宴になるのかは、私も出たことがないので分からないのだ。
 噂で聞いたのだが、無礼講になっていると言うことなのだが……」
「無礼講……ですか」

 なんだっけとその意味を考えたチフユは、上下関係を持ち出さないことだと思い出した。それとメイハの言う「覚悟」を合わせると、一つの姿が朧気ながら見えてきた。ただ気になったのは、そのときの犠牲者は、シンジであり目の前のフェリスでなければおかしいと言うことだった。少なくとも、自分は下っ端だとチフユは思っていたのだ。下っ端ならば、無礼講は上役に日頃の鬱憤をぶつけるのが正しい姿のはずだった。

「立場を気にしていたら、宴を楽しめないという意味だと聞いている。
 もう少しすればエステル様が戻られるので、そのときにどのような物か分かるだろう」

 賑やかな音楽に気づいたフェリスは、ではと右手を顔のあたりに上げた。そしてチフユを一人残して、人だかりの方へ行ってしまった。結局大した情報はなかったと落胆したとき、今度は知らない男性に肩を叩かれた。
 その男性は、年齢的には自分よりは年上なのだろう。少し幼そうな顔を、鼻の下のひげで誤魔化しているようにも見えた。体格的には、まさしく戦士という逞しさを持っていた。どう見えても強そうに見えるその男は、にかっと笑ってフェリスが消えた人混みを指さした。

「あっちに行けと言う事か?」

 会話が成立しないため、チフユは素直にその指示に従うことにした。フェリスの行った先なのだから、間違ってもおかしなことにはならないだろうと思ったのだ。
 だがチフユに指示を出した男は、おとなしく歩いて行く姿を見て、にやりと口元を歪めたのである。そして寄ってきた他の男に向かって、うまく行ったとぎゅっと拳を握りしめたのだった。



 主であるエステルが戻ってくる前に、自然発生的にバンチェッタは始まっていた。大広間のあちこちで「乾杯」の声が聞こえ、局所的に宴会が始まったのである。そしていくつかの小さな宴会は、いつの間にか寄り集まり大宴会へと発展していった。ただ、無礼講という割に、どこでも騒ぎらしき物は起きていなかった。

「ところで、どうして私までこんな格好をさせられているのですか?」

 ただ、局所的に見れば、すでに被害者は発生していた。その被害者の一人、チフユはフェリスとメイハに向かって、おかしいだろうと主張していた。ちなみにそのときの3人は、隠すところの少なすぎる、水着でも厳しいのではないかと言いたくなる衣装を着させられていた。むだ毛の処理までされたのだから、どれだけ際どいのか想像が付くだろう。名前も知らない男に指示された場所に行ったところ、いきなり取り押さえられ身ぐるみを剥がれた結果である。
 だがチフユの抗議を受け取ったメイハは、何を今更とまともに取り合ってくれなかった。

「チフユは、フェリスとまともに斬り合いが出来るでしょう。
 だから周りに、一目置かれているのよ。
 あとはそうね、シンジ様に向けたいたずらかしら?
 テラからシンジ様が連れてきたから、特別な関係だと思われているんでしょう?」
「ですが、私はまだレベル4になったばかりです!
 レベル10を超えた二人と同じであって良い訳がない!」

 そう声高に主張したチフユだったが、「諦めろ」とフェリスに言われてしまった。

「慰めにはならないかも知れないが、エステル様、シンジ様も逃げられないからな。
 同じ目に遭うと考えれば、まだ我慢をすることも出来るだろう。
 他の男達など、居ないと思えば気にもならなくなるだろう。
 それに、シンジ様にはすべてをお見せしているのだ。
 この程度のことで、今更恥ずかしがる必要もないだろう」
「すべてを見せたのは、フェリス様だけでしょう!」

 自分は綺麗な体だと言い返したチフユに、「似たような物だ」とフェリスは言い返した。

「お前が、シンジ様を自分の部屋に連れ込んだのを知っているのだぞ。
 あの時シンジ様が思い直さなければ、全てをお見せすることになっていたはずだ。
 まさか、キスぐらいで気絶されるとはシンジ様も思っていなかっただろうなぁ」

 にやにやと笑って見られると、さすがにチフユもばつが悪くなってしまう。下手に言い返すと、墓穴を掘ることになると諦めた。
 ただチフユをからかったフェリスにしても、初めての時には似たようなことになっていた。それを棚に上げたのは、誰にも知られていないのが分かっていたからだった。

「そ、それでも、事後と事前の違いはある」
「私は、気持ちの問題を行っているのだぞ。
 お前は、シンジ様なら全てをお見せしても良いと考えたのだろう?」

 フェリスの決めつけに、チフユは反論の言葉がなかった。そのせいで黙ってしまったチフユに、フェリスは勝ち誇って「気をつけるのだな」と言った。

「だからと言って、他の男達に必要以上見せることはない。
 立ち居振る舞いに気をつけないと、とても恥ずかしいことになるからな」
「た、確かに……」

 これが貧しい胸なら、多少のことでも大丈夫なのだろうが、あいにく二人ともとても豊かな胸をしていた。本来誇らしいことのはずなのだが、今に限ってはその事実が著しく行動に制限を与えていたのである。的確なフェリスの指摘に、チフユは改めて自分の格好を確認したのだった。

「メイハからの伝言は、酒に飲まれないように気をつけろと言う事だ。
 そうでないと、気がついたときにはとても恥ずかしいことになっていると言う事だ」
「つまり、メイハ様はその経験があると言う事ですか」

 少し離れたところにいるメイハを見ると、確かに控えめにお酒を呑んでいるように見えた。だがその前で列を作っている男達を見る限り、その努力は報われることはないのだろう。ただ男達が酔い潰そうとしているのは、さすがに危ないのではと思えてしまう。だからチフユは、小声で「大丈夫ですよね?」とフェリスに聞いた。

「大丈夫と言うのは何を言っているのだ?」
「その、酔い潰されて、いつの間にかやられちゃったとか……」

 チフユが日本語で話しているため、周りにいる者たちには聞こえていても意味は通じていなかった。グラスになみなみと酒を注がれたフェリスは、それを嘗めながら「自分次第だ」と当てにならない答えを返してくれた。そしてお前も飲めと、自分よりも大きなグラスをチフユに渡した。

「バカ騒ぎをしているように見えても、この場は神聖な場所とされているからな。
 この場で性交するのは……まあ私たちのような者には許されていない。
 そして双方同意の上なら、場所さえ変えれば咎め立てするようなことでは無いだろう。
 酔った勢いで気が大きくなって同意をしたのなら、それは自己責任というものだろう?」
「そりゃあ、そうなんだろうけど……」

 なみなみと注がれた酒を、チフユはちょっと嘗めてみた。だがはっきり言って、自分の口には全く合わなかった。
 げっと舌を出したチフユに、気をつけろとフェリスは注意した。一方のフェリスは、表情を変えずにちびちびと酒を飲んでいた。

「口に合わない酒の方が、量を飲めないから安全なのだ。
 そんな顔をしていると、もっと飲みやすい酒を持ってこられるぞ。
 まあ、酔い潰れて後はどうなっても構わないというのなら、私は止めはしないがな」

 そう言ってチフユを脅したフェリスは、見えないところで舌を出していた。自分も良く知っているわけではないが、それ以上に知らない相手をからかうのは面白かったのだ。

 ただフェリスに油断がなかったかと言われると、さすがに否定は難しかった。メイハが集中攻撃を受けるのであれば、フェリスが見逃されると考えるのは甘いとしか言いようが無いのだ。そしてメイハに酒を注いだ男達は、当然のようにフェリスの方に流れてきたのだ。無礼講の趣旨から、立場を使って断ることもできなかった。
 普段は傍若無人なところのあるフェリスなのだが、カヴァリエーレの補佐という立場が、彼女を自制させることになっていた。そのせいで、断るに断れず、しかも酒を注いでもらうために、それなりの量を空けなければいけなくなっていた。そうなると、飲みにくい酒というのが徒になってしまう。度数が強いだけに、飛びやすくなってしまうのだ。

「いいんですか、そんなに飲んで」
「良くはないのだが、断るわけにもいかないのだ。
 し、シンジ様の補佐である以上、バンチェッタのしきたりに従う必要がある」
「でも、そんなに飲んだらあっという間につぶれてしまうだろう」

 それでも、断れないというフェリスの事情は理解できた。意外に常識的というか、それだけシンジの片腕になったのを喜んでいるというのか、可愛いのだなとフェリスを見直したチフユは、相手に自制を求めるためのアドバイスをすることにした。断るのではなく、相手に自制させるというのがアドバイスのポイントだった。

「フェリス様、勧められるお酒を減らすアイディアがあるのだが?」
「そんな良いものがあるのなら、是非とも教えてくれ!」

 差し出した藁に縋ってきたフェリスに、簡単な事だとチフユは答えた。ただその方法自体、フェリスにはかなり不本意な物となっていた。だが酔い潰されるのよりはマシだと、言われた通り、チフユに感謝する真似をした。

「フェリス様、チフユと何を話されていたのですか?」

 酒を注ぎに来た男は、フェリスの不自然な態度に興味を持った。そして何かをお願いする様に、その理由を尋ねたのである。そしてそれこそが、チフユが利用すべきとアドバイスしたことだった。

「なに、私が酔い潰れた後のことを頼んだのだ」
「介抱ぐらい、他の者でもできると思いますが?
 これから我々は、チフユにも酒を飲ませようと思っております」

 フェリスの次は、チフユがターゲットだというのだ。それを聞いたフェリスは、なかなかの策士だとチフユのことを見直した。自分を利用して、掛かる火の粉を避けようと言うのが分かったのだ。

「私自身、あまり自分の酒癖に自信がないのだ
 だから私が酔って暴れたときに、取り押さえてくれるようチフユに頼んだのだ。
 そろそろ酔いが回ってきたので、先に頼んでおいた方が良いと思ったのだ。
 レーヴァンティン(小)が無くとも、テーブルの脚があれば二三人ぐらい簡単に叩き殺せるからな」

 その程度だと笑ったフェリスだったが、聞かされた方にしてみれば冗談で済む話ではなかったのである。もしも酔ってフェリスが暴れたら、彼らの力では取り押さえることはできない。頼りのカヴァリエーレも、生身だとからっきし駄目だと言うのは誰もが知っていることだった。チフユの名が上がったのも、極めて信憑性を増す結果になった。
 だから酒を注ぐかけたところで、男はカチリと固まってしまったのだ。そして後ろに並ぶ男達も、身に危険を感じ始めていた。最近理性的になったフェリスなのだが、その理性を酒で飛ばそうとしているのに気がついたのだ。その恐怖を感じた男達は、冗談ではないと尻尾を巻いて逃げ出すことになった。当然抑止力であるチフユも、潰されることから回避することになった。このあたりは、チフユの読み勝ちと言うところがある。それ以上にあったのが、フェリスの理性が切れた時への恐怖だろう。

「フェリス様は、よほど恐れられているんだな」

 自分が来る前に、何があったのだろうと男達の反応にチフユは考えた。アドバイスこそしたが、効果が予想以上にありすぎたのだ。ただ酔い潰されることから逃れたフェリスは、それを喜ばずにしっかりと腹を立てていた。

「やつらは、私のことをなんだと思っているのだ!
 私は、これまで酔って狼藉を働いたことなど無いはずだぞ!」

 わざわざ「酔って」と言うところを見ると、素面の時なら心当たりがあったのかも知れない。きっとそうなのだろうなと、チフユは男達の反応から想像した。お陰で酒を勧められなくて済むのだから、今は有り難いと考える事にした。

 とりあえず安全を確保したところで、チフユはこの場の主の居場所に疑問を持った。出撃前の神聖な儀式というのなら、ヴァルキュリアとラウンズが居なくてはいけないはずだ。だが周りの様子を見ても、帰ってきた様子がどこにも見られなかった。

「エステル様は、まだお出でにならないのか?」
「あちらあちらで、円卓会議の儀式があるからな。
 それが終わってから、こちらに顔を出されることになるのだろう。
 心配するな、バンチェッタはちょっとやそっとじゃ終わらないからな。
 だから早めに準備を終わらせ、明日は休息日に当てられるのだ」
「進歩的なのか野蛮なのかよく分からないな……」

 100年以上進んでいると言われれば、もっとスマートな世界を想像してしまう。だが中に入り込んでしまうと、生活をしていて不自然さを感じたことが無かったのだ。ユーピテルの神髄に接していないところもあるが、100年とはこの程度なのかと思えてしまった。
 しかも戦い前の儀式というのが、どちらかと言えばらんちき騒ぎなのである。それを見せつけられると、本当にこんな方向に進むのかと疑問に感じてしまうのだ。

「なに、自分に正直に生きているだけのことだ。
 まあ、上の世界に行けば、チフユの想像に近いのかも知れないがな」

 フェリスが指さした上には、軌道上に配置された住居衛星がある。人口の99%がそこに居ると教えられたのだが、その実感も沸いてこなかったのだ。夜空を見上げても、やけに明るい星があるなという程度だった。

 難から逃れてフェリスと話をしていたら、少し離れたところで大きな歓声が上がった。何だろうと首を傾げたチフユに、「お出でになった」とフェリスが耳打ちをしてきた。

「ラピスラズリが言うには、ずいぶんと面白いことになっているようだ。
 私たちも、すぐにシンジ様のお姿を見に行こう」
「エステル様ではなく、シンジ様と言う事ですね」

 側に行くではなく、見に行くというところに、チフユはこの先の展開を予想した。きっとメイハが言った通り、シンジも逃げられなかったと言う事だろう。期待を膨らませて騒ぎの中心に行ったチフユは、そこで想像とは違う方向でさらし者になったシンジの姿を見た。

「……意外に似合っていますね。
 ただ、その格好をするのなら、すね毛は剃った方が良いと思いますよ」

 やんやの拍手の中行ってみると、そこにはしっかりと女装させられたシンジが居た。一応ラウンズの制服なのだが、その制服が女性用になっていたのと、誰のを借りたのか知らないが、少しサイズが小さめというのがポイントになっていた。そのお陰というのか、わざと用意されなかったのが理由なのか、短すぎるスカートの裾から、女物の下着がちらりと見えていた。その上、胸にはパットらしき物が入れられ、短めの髪はロングのカツラで隠されていた。しかも念入りに化粧、しかも敢えてけばけばしくされているのだから、不気味と言うほか言いようが無かったのだ。隣に普段と同じエステルが立っているので、余計に不気味さが目立っていた。
 チフユの言う事には、十分心当たりがあったのだろう。半分切れ気味にシンジは言い返してきた。

「こんな物を着せられたら、似合っているとかいないとかの問題じゃないだろう。
 それに、そっちだって、思いっきり恥ずかしい格好をしているじゃないか!」

 ムキになって言い返したシンジに、チフユは「恥ずかしいけど、不気味ではない」と言い返した。しかもそれを聞きつけたエステルは、「不気味は駄目でしょう」と参戦してきた。今のところ何もされていないお陰か、かなり余裕を持っていた。

「チフユさん、容姿のことは触れてはいけないのがアースガルズのルールですよ。
 特に侮蔑的な言い方には、私は強い指導をしないといけなくなります。
 こう言うときには、不気味ではなく、気味が悪い程度にしておいてください」
「すみませんエステル様、どこが違うのでしょうか?」

 言っている意味は全く同じだし、言い換えても駄目なことには違いないはずだ。それもあって突っ込みを入れたチフユに、シンジとフェリスが、そろって無駄だと首を横に振った。あまりにも揃った動きに軽い嫉妬を覚えながら、そこまでの人なのだとエステルのことを再度見直した。
 だからチフユは、シンジではなくエステルに標的を向けた。その裏には、エステルだけ無事なのはずるいという思いがあった。もうここまで来ると、ヴァルキュリアへの尊敬など何処かに忘れ去られていた。

「ですがエステル様は何もないのですか?
 碇様まで恥ずかしい目に遭っているのですから、同じ目に遭わないとおかしいと思いますが?」
「私は、12人のヴァルキュリアの一人ですからね!」

 えっへんとエステルが胸を張ったところで、わらわらと女性ブレイブス達が集まってきた。そして狼狽えるエステルに失礼しますと嬉しそうに謝ってから、女性達は周りを取り囲んだ。そのうちの何人かは、黒い布を持ち出して周りを囲い、何が起きているのか外から見えないように隠してくれた。中からエステルの悲鳴が聞こえてきたことを考えると、自分と同じ目にあったのだなとチフユは想像した。

 それから5分ほどして黒い布が取り払われたとき、自分はまだマシだったのだとチフユは理解した。何しろ自分達には紐が付いているのだが、エステルの場合はどこにもそれらしき物が見あたらないのだ。しかも顔には、冗談のようなお化粧がされていた。そして体には、なにやら落書きされていた。

「シクシク、前よりも際どくなっているじゃないですか!
 それになんですか、シンジ様以外お触り禁止というのは!?」

 両方のほっぺを真っ赤に塗られたエステルは、目の周りを黒い炭でパンダにされていた。真っ赤に塗られた唇は、2、3倍はあろうかと思えるほどだった。そして下を見れば、バネのような物で前後がかろうじて隠されているだけだし、上は先っぽだけ少し大きめの絆創膏で隠されていたのだ。そして書かれた落書きが、「シンジ様以外お触り禁止」なのである。とてもではないが、敬われるヴァルキュリアにして良いことではないように思えた。
 しかもエステルを裸に剥いた女性達は、微笑みながら大きなグラスを持ってきた。当然のように、そこにはビールのような液体がなみなみと注がれていた。

「エステル様、こう言うときはぐいっと飲んで忘れるのが一番です!」
「言われなくても、飲まずにやっていられますかっ!!」

 渡された飲み物を一息で飲み干したエステルは、お代わりと言ってグラスを差し出した。それも一息で飲み干したエステルは、そのままの勢いで何杯もグラスを空にし続けた。気持ちは分かるが、間違いなく後は大変なことになる。だからチフユは、シンジに水を向けることにした。ただこちらはこちらで、やけに濃い色をした飲み物を煽っていた。

「良いんですか?
 ぜったい、介抱する役目が回ってきますよ」
「たぶん、先に飛んでしまえば勝ちだと思うよ」

 そう言って、シンジも負けないペースで酒を呷り始めたのだ。これは駄目だとメイハのところに避難をしたら、こちらはすでに酔い潰されていた。そのせいで、すでに上半身は綺麗にはだけていた。右手で残骸を振り回しているのを見ると、裸になったのは自分の意志なのだろう。
 しかも周りを見渡すと、バカ騒ぎが加速しているように見える。どうもエステルが帰ってきたことで、今まで掛かっていたブレーキが外れたようだ。男女問わず裸になっているのが多いところを見ると、脱ぐのは酔っぱらいの習性なのかも知れない。だからチフユは、周りを無視してシンジに何が起きたのかを考える事にした。

「フェリス様、いったい何がシンジ様にあったのでしょうね?」
「少し待て、今ラピスラズリに聞いてみるからな」

 こう言うときこそ、電子妖精を活用しなくてはいけない。早速ラピスラズリを呼び出したフェリスは、円卓会議でのことの子細を尋ねた。伝言ゲームは面倒だと考えたのか、フェリスのラピスラズリは、小さな妖精の姿で二人の前に姿を現した。このあたりは、シンジ達のクローンの面目躍如というところである。

「別に、いつもと変わったことはしていませんよ。
 ただ、いつもの通り一番の下っ端が犠牲者になっただけのことです。
 あれから祭りが開かれていませんから、ドンケツのシンジ様が女装させられただけです。
 ただ少し可哀相だったのは、みなさんの前で裸に剥かれたことでしょうか?
 後ろからレグルス様に両手を押さえられて、しばらく皆さんに鑑賞されていましたよ」
「普通に聞くと、虐め以外の何ものでもないな」

 正直なチフユの感想に対して、あろう事かラピスラズリは「虐めですから」と認めてくれた。

「まあ、冗談で済む範囲の虐めと言うことにしてあげてください。
 ちなみに他の電子妖精に聞いたら、順番待ちの話し合いが行われたと言う事ですよ。
 ここのところ注目を集めていますから、引く手あまたなのは間違い有りません」

 そんな話を聞かされたら、弟をこの世界に入れて良いのか不安になってしまう。もちろん連れてきたからと言って、ラウンズになれるとは限らない。なれない可能性の方が間違いなく高いのだが、なったとしてもこの扱いなのだ。小学卒業後に本当に連れてきて良いのか、チフユは真剣に悩んでしまった。

「その後楽しくお酒を呑んで、ここに戻ってきたと言う事です。
 ヴァルキュリアやラウンズの皆さんは、酔ってもないのに裸になっていましたね。
 たぶん、あれはシンジ様をからかって楽しんでいいたんだと思いますよ。
 だからウブなシエル様は、頑なに裸になりませんでしたから」
「つまり、こちらの人は呑むと裸になる趣味があるというのか?」

 奔放というのか何というのか、呆れた顔をするチフユに、「まさか」とラピスラズリは否定した。

「そんな趣味があるのは、ヴァルキュリアではエステル様ぐらいですよ。
 だからほら、簡単に脱げないようにあんな格好をさせられているんです。
 チフユさん達の格好だと、紐を引っ張れば簡単に脱げてしまうでしょう?
 だから皆さん、毎回裸にならないように工夫をして、今回の形に行き着いたんですよ。
 これで駄目なら、粘着テープに変えないと駄目でしょうね」
「だったら、呑ませなければいいのに……」

 酔っぱらうから裸になるのだ。だったら呑ませなければと言うチフユの指摘は、極めて的を射ているはずだった。だがラピスラズリは、それで済まないのがエステルだと言ってくれた。

「皆さんが呑んでいるのに、エステル様が我慢できるはずが無いじゃないですか。
 何しろ、14歳の時でも、我慢できずにお酒を呑んだのがエステル様なんですよ!」
「いったい、エステル様って……」

 愕然としたチフユに向かって、「すぐに分かる」とラピスラズリは言い放ってくれた。そしてお酒を呑まないフェリス達に、「後悔しますよ」と忠告をしてきた。

「酔っぱらいの中で一人だけ素面というのは、はっきり言って間抜けですからね」

 知りませんよと、ラピスラズリにしては珍しく、とても親身に忠告してくれたのだった。







続く

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