機動兵器のある風景
Scene -32







 タンデム実験の犠牲者は、アースガルズとテラから仲良く一人ずつでたことになった。そのせいで、タンデム実験は恐怖の対象となってしまった。何しろそのうちの一人は、レベル9を卒業するほどの実力者なのである。容赦の無いやり方を含め、ラウンズの前には設定レベルが意味を持たないことが証明されたのだ。
 従って、シンジを見る目に恐怖が混じるのは当然だろう。それを受け止めたシンジは、平然とやり方を見直すと宣言した。多少の反省がそこにあったと言う事である。

「さて、皆さんのレベルでやるのは無謀だというのが分かりましたから……」

 そう言ってシンジは、次の犠牲者であるカヲルの顔をじっと見た。その視線は、次の犠牲者お前だと言っている様に見えていた。
 実のところ、レベル設定の問題ではなく、容赦なく限界を試すことが問題だったのだが。それを無視して、シンジはレベル設定だけを問題とした。

「カヲル君の場合、レベル4で体験して貰うことになります。
 ただレベル5のカヲル君に、とても失礼なことをしている気がするんだけど?」

 どうかなとシンジはカヲルに確認を求めた。確かにレベル5認定者に対して、今更レベル4の体験をすることに意味があるとは思えない。とても軽い挑発なのだが、さすがにカヲルも身の程を知っていた。そもそも、日本で見せられたレベル4の水準に達していないことは理解していたのだ。レベルを落としたからと言って、大丈夫などと少しも考えていなかった。

「いえ、ラウンズの能力はレベルを2つぐらい上げて考えないといけないと思います」

 従って、カヲルも身を守るための発言をすることになった。おそらくと言うよりレベル4で実験したら、アスカ達の二の舞になるのは目に見えていた。

「つまり、レベル4でも高いって言いたいのかな?」
「有り体に言えば、そう言う事になります」

 はっきりと言い切られたので、あまり無茶はできなくなってしまう。つまらないなと心の中で思ったシンジに、彼の電子妖精は「お遊びはそこまでですよ」と忠告してきた。

「男性を失神させても面白くないでしょう?」
「そりゃあ、まあ、そうだけどね」

 有り難い忠告に従うことにしたシンジは、思いっきり手抜きをするとカヲルに宣言した。ただ同意はしたが、見てみたいという誘惑も同時に感じていた。

「と言う事で、カヲル君はこっちに来てくれるかな?」
「男同士抱き合う趣味はないのだけどね」

 すかさず主張したカヲルに、「僕もそんな趣味はない」とシンジは言い返した。そして少しカヲルが近づいたところで、電子妖精に移動の指示を出した。

「ラピス、二人を移動させてくれ」

 結局手を触れる必要もなく、ラピスラズリは二人をコックピットへと移動させた。そして当然のように、カヲルはどういうことだと噛みついてきた。手すら触れなくても良いのに、どうして自分の女を抱き寄せたのだと。恋人としては、当然とも言える主張だった。

「どうやら、空間移動には肉体的接触は必要ないようだね。
 アスカの男として、先ほどの行為の説明を求めても良いかな?」
「さあカヲル君、細かいことは抜きにしてタンデム実験を始めようか。
 はなはだ不本意だけど、レベル3で高機動をやれば良いんだよね。
 さすがに全方位は難しいから、水平方向だけの移動になるよ」

 思いっきり話をはぐらかしたシンジに、ちょっと待てとカヲルは食い下がった。

「い、いや、僕はアスカにしたことの説明を求めたのだけどね」
「あ、あれ、フェリスと同様に扱っただけだよ。
 さあ、早く体を固定しないと、コックピットの中を飛び回ることになるからね」

 それをさらりと受け流したシンジは、いきなり指を折ってカウントダウンを始めた。それに慌てたカヲルは、慌ててステーに体を固定した。かちりと金具の音が響くのを確認したシンジは、レベル3で可能な移動速度にいきなり突入した。

「右、左、前、後ろ、もう一度右に行って左へターン!」

 シンジが方向を変える度に、カヲルの頭が反対側へと振られるのが見えた。それでもレベル制限が効いたため、アスカのような事態は引き起こされなかった。2分程度の高機動を実行したシンジは、終わったところで「どうだったかな?」と硬直したカヲルへと問いかけた。

「身の程を知ったと言うのが現実だよ。
 僕がレベル5で実行する速度より、レベル3のシンジ君の方が遙かに早いんだ」
「動作を加速させているんだけど、それが何か理解することはできたかな?」
「残念ながら、はっきりとは掴めなかったよ……」

 最初は戦々恐々としていたカヲルだったが、シンジが常識的な対応をしてくれたお陰で、かなり落ち着くことができた。それでも、どうやって加速しているのかは、感覚として掴めなかった。それを聞いたシンジは、提案があると実験の変更をカヲルに持ちかけた。

「ま、まさか、もっとレベルを上げようというのじゃないだろうね?」
「それをやったら、アスカ達の二の舞になるだろう。
 だから別の方法を試してみようかなと思うんだ。
 なぁに、僕とカヲル君の立場を入れ換えてみるんだよ。
 そうすれば、カヲル君の感覚を僕が感じることができるだろう」

 それならば、酷いことにはなりようがないだろう。明らかに安堵したカヲルは、逆に良いのかとシンジに聞き返した。

「僕が、シンジ君の専用機を使っても良いものなのかな?」
「僕が許可するんだから、特に問題は無いと思うよ」

 さあと促されたカヲルは、ステーからの拘束を解いてシンジのポジションに立った。そしてその代わりに、シンジはステーのところに座って、自分の体を拘束した。拘束しながら、首も固定した方がいいなどと考えていた。

「ラピス、ギムレーの設定をカヲル君に合わせてくれるかな?」
「機体性能の差分はどうしますか?」
「そのあたりは、考慮しなくても大丈夫だと思うよ」

 お気楽に答えるシンジに、何かいたずらをしようかとラピスラズリは考えた。だが何をしても、渚カヲルまで犠牲者になる事に気がついてしまった。それでは意味が無いといたずらを諦めたラピスラズリは、大人しく言われた通りの設定を行った。

「カヲル君、ギムレーのレベルはカヲル君の到達レベルに合わせてあるよ。
 ゲインも合わせてあるから、基本的な使い勝手は変わらないはずだよ。
 ただ、多少ギムレーの方が性能が良さそうだから、微妙に感覚が変わると思う」
「慎重に始めれば、良いってことかな?」

 恐る恐る動かしてみると、確かにシンジの機体の方が軽く感じた。初めて乗る機体なのだが、乗りやすさはこちらの方が上だと感じたほどだった。それもあって、素直にシンジの機体を褒めた。

「良い機体だね」
「マシロが、精魂込めて調整してくれているからね」

 本質的に同じ機体でも、このあたりでも差が出るのかとカヲルは考えた。そうなると、調整のノウハウを得るのも必要な技術移転と言う事になる。色々と考えながら、カヲルは言われた通りギムレーを操った。そしてカヲルのフィードバックを受けたシンジは、適宜必要なアドバイスを加えていったのである。

 カヲルが無事帰ってきたお陰で、パイロット達の緊張は多少和らぐことになった。次の被験者がセシリアだと考えると、こちらも酷いことになりようはないだろう。そしてお願いしますわと頭を下げたセシリアを、シンジは今までで一番力強く抱き寄せた。緊張が和らいだお陰で、アスカの時とは違い、小さいながらも黄色い声が上がることとなった。ちなみに肉体的接触が必須でないのは、すでにカヲルで証明されたことになっていた。
 セシリアに対する扱いは、明らかにカヲル達以前とは異なっていた。空間を超えたところでセシリアを解放したシンジは、今までとは違いとても丁寧にどうすればいいのかを説明した。

「そこに、体を固定すればよろしいのですわね?」
「そうだね、ところでセシリアは、空を飛んでみたいかな?」

 気軽に聞いてくれるが、それはセシリアのレベルではできないスキルと言われていた。空を飛ぶためには、最低でも二つばかり上のレベルを試す事になるのだ。はっきりと恐怖を感じたセシリアは、「碇様?」と唇を振るわせた。

「大丈夫だよ。
 セシリアの様子を見ながら、どこまでやって良いか判断するからね。
 と言う事なので、ラピス、制限を解除してくれないかな」
「い、碇様っ!!」

 少し安堵しかけたセシリアだったが、制限の解除という言葉に飛び上がった。恐怖に引きつったセシリアに、シンジはもう一度「大丈夫」と繰り返した。

「大切なセシリアに、無茶なことはしないよ。
 今からゆっくりと高速機動をするから、ちゃんと感覚を研ぎ澄ませてくれるかな?」

 「ゆっくり」と「高速」と言う二律背反したことを宣言したシンジは、確かにレベル6でのときよりゆっくりと加速した。しかも振り回すような方向転換をしたときには、直後に動作を止めて休憩する間まで入れてくれた。お陰で、アスカ達のように追い詰められることはなかった。

「どうだい、何か掴めたかな?」
「新しい動作を始める瞬間に、なにか頭の中にストレスを感じましたわ。
 これが、碇様の仰有る「イメージをした」と言う事なのでしょうか」

 落ち着いて体験できたために、セシリアも色々と観察する事ができた。そして同時に、初めからこうすればいいのにと考えていた。そうすれば、おかしな恐怖をまき散らさなくても済んだはずなのだ。

「じゃあ、次は空を飛ぶからね。
 ゆっくりとやるから、パニックにならないように気をつけてね」

 優しく告げたシンジは、「ほら」と言ってギムレーを浮かせて見せた。その時返ってきたフィードバックは、今まで感じた物とは全く異なるものだった。その感覚は、重力から解き放された解放感と言えばいいのだろうか。初めて感じる浮遊感覚に、セシリアは軽く興奮していた。その反応に気をよくしたシンジは、まるで遊覧飛行をするかのようにセルンの上空を飛び回った。

「ずいぶんと、待遇が違うんですね?」

 それまでの3人、特に最初の二人との違いを皮肉ったラピスラズリに、忠告に従っただけだとシンジは言い返した。ちなみにラピスラズリは、夜に相手をして貰えなくなると脅しを掛けていた。

「そんなことより、4人のうち、誰が一番感覚を掴めたかな?」
「誰がって……フェリス様はドゥリンダナの感覚を掴めたようですし……
 カヲル様は、加速感覚の一部を理解されたようにも思えますし……
 セシリア様も、継続して意識する必要のないことを理解されたようですし……」

 そこでアスカの名を出さなかったのは、酷い目にあっただけで得る物が無かったという意味なのだろうか。それはさておき、ラピスラズリは個々に特徴があることに気がついた。

「やはり、到達レベルに応じたやり方をする必要がありそうですね。
 もう少し正確に言うなら、できていないことを重点にするのが良さそうです。
 フェリス様の場合は、特殊能力に重点を置いた方が良さそうですね」

 うんうんと頷いたラピスラズリは、次はどうしますか? と後の対応をシンジに聞いた。ここから先は、パイロットのレベルは格段に落ちることになる。そのパイロット達に対して、何を見せるのが効果的かと言う事だった。その考えに従って、ギムレーの設定を変える必要があった。

「たぶん、日本でやったことが一番良いんじゃないのかなと思うんだ。
 自分の動きに、僕が加速を加えてあげればアクセルを体験できるだろう?」
「反対する理由はどこにもなさそうですね。
 ギムレーに乗せれば、思考コントロールに割り込むのは難しくありませんから」

 ラピスラズリの肯定を受けたシンジは、そろそろセシリアの訓練を打ち切ることにした。シンジにとって普通以下の加速や遊覧飛行は、デートには良いが訓練ではないと考えたのだ。時間の制限がある以上、先に進めておく必要があるのである。

「じゃあセシリア、最後に特殊能力を使ってから訓練を終わることにしよう」
「えっ、もう終わりなんですか?」

 色々得るものも有ったが、それ以上に楽しめたというのが正直な感想だった。だからアスカ達とは正反対のことを、セシリアは口にすることになった。そこで女性に「もっと」と言われて、奮い立たなければ男ではないだろう。だからシンジは、もう少し速度を上げて遊覧飛行を継続することにした。戻ってから、全員に白い目で見られたのは、ある意味当然の仕打ちに違いなかった。

 カヲルとセシリアの実績から、その後のシンジはタンデム試験の前に一つの質問を行うことにした。その質問が「絶叫マシンは好き?」と言うものだから、どこまでまじめな試験か疑わしくなったのだった。



 上達の過程を見せることは、訓練の上で有効である。そう主張したシンジは、全体のトレーニングプログラムの中に、フェリスへの指導も組み込んでいた。ただタンデム試験の翌日が、レーヴァンティン(大)の素振りというのはどう考えたらいいのだろう。

「素振りなら、いつもしていますが?」

 当然のようなフェリスの疑問に、昨日見せただろうとシンジは説明した。感覚が残っているうちに、覚えて貰いたいことがあるとシンジは告げたのだ。

「フェリスには、切ることを強くイメージをしてレーヴァンティンを振って欲しいんだ。
 剣を振ることではなく、剣で切ることを強くイメージをするんだ。
 もしもうまく行けば、剣の届かないところも切ることが出来るかも知れないだろう?」
「それは、この剣を使ってドゥリンダナを行うと言うことですか?」
「うまく行けば、もっと威力が出るかも知れないよ」

 そこでシンジが用意したのは、シューティングスターを試写したときに使用した壁だった。必要だと昨夜の内にドーレドーレに許可を申請したものである。終わったら持って帰ることを条件に、ドーレドーレは壁の持ち込みを許可してくれた。

「この壁はなんでしょうか?」
「まあ、何もないとやりにくいだろう?
 後は、うまく行ったときにそれを判定する道具も必要だしね。
 だから十分に離れたところでレーヴァンティン(大)を振ってくれないかな?」
「この壁を切るつもりで、剣を振ればいいのですね」

 一応得心したフェリスは、壁がレーヴァンティン(大)の間合いから十分離れるようにリュートを移動させた。そして鋭い気合い一閃、レーヴァンティン(大)を壁めがけて振り下ろした。空気を切り裂くような鋭い斬撃だったが、当然のように壁にはなんの変化も起きなかった。
 それを確認したシンジは、フェリスに向かって更に細かい指示を出した。

「壁を切り裂くことをイメージしながら繰り返して」
「壁を、切る……」

 シンジに言われたとおり、フェリスは何度も壁に向かって素振りをした。だがいくら繰り返しても、壁にはなんの変化も現れなかった。それを百振りほど続けたところで、「やめ」とシンジは中断を命じた。

「フェリス、ちゃんと壁を切るイメージは出来ているかな?」
「も、もちろん、言われたとおりにこの剣で壁を切り裂くことをイメージしている」

 少し息を切らしたフェリスは、自分が正当に訓練していることを主張した。

「でも、なんの変化も現れていない……か」

 試しにギムレーの右手を振ると、その軌跡に合わせた形で壁に切り跡が付いた。それを考えると、フェリスの素振りは本当に素振りをしていただけと言うことだ。

「壁を切るというのがうまくないのか……」

 言われた通りにフェリスがしているのなら、指示の仕方に問題があったことになる。ならばどうするかと考えたシンジに、ラピスラズリが一つ提案をしてきた。

「剣が伸びるというのはどうでしょう?
 ドゥリンダナは、あたかも剣があるように考えているんですよね?」
「確かに、鋭い刃をイメージしているなぁ」

 切ることではなく、刃をイメージしてドゥリンダナを実現している。それを考えると、ラピスラズリの言うとおり、切ることではなく剣をイメージするのも一つの方法だろう。

「フェリス、ちょっとやり方を変えてみることにするよ。
 ラピス、練習用の短い剣を出してくれるかな?」

 シンジの指示に従い、ラピスラズリはレーヴァンティン(大)の半分ほどの剣を用意した。それをフェリスに手渡したシンジは、これで素振りをするようにと命じた。

「これを、レーヴァンティン(大)だと思って振ってくれないか?
 レーヴァンティン(大)の間合いはよく分かっているだろう?」
「うむ、あれはすでに体の一部だからな。
 どの距離が間合いかは、この体が覚え込んでいるぞ!」

 力強く同意したフェリスに、それが原因かとシンジは考えた。切るといくらイメージしても、覚え込んだ間合いが強くなってしまうのだろう。だから距離の離れたところは、どうしても切れるはずがないと考えてしまうに違いない。

「昨日は、腕が剣に変わるというのを味わっただろう?
 今日は、この剣がレーヴァンティン(大)になると思って振ってくれないかな?」
「これが、わが愛剣だと思うと言うことですか……」

 短い剣をじっと見つめたフェリスは、しきりに「わが剣だ」と呟いた。そして何度か呟いたところで、今までと同じ位置で素振りをしようとした。それをシンジは、ちょっと待ってと呼び止めた。

「今度は、レーヴァンティン(大)の間合いで振ってくれないかな?」
「それは構わないが、刃が届かない位置なので結果は同じではないのか?」
「フェリスが、それをレーヴァンティン(大)だと思い込めれば結果が変わると思うよ」
「そんな物でしょうか?」

 ほんの少し首を傾げたフェリスは、もう一度「わが剣」と何度も呟いた。そしていささか長い時間が経ったところで、練習用の剣を壁に向かって振り下ろした。ただ今回少しだけ違っていたのは、シンジが内緒で思考コントロールに干渉したことだった。フェリスに気づかれないよう、ほんの少しだけ剣が伸びるようにイメージしたのである。

「い、今、確かに剣が伸びた気がしました!!」

 驚いたフェリスは、すぐに自分が剣を振り下ろした先を見た。そして僅かな傷を見つけ、剣先の届かないところを切ったことを確認した。

「どうやら、実験はうまく行ったようだね。
 フェリスはやれば出来るんだから、もう一度やってみようか。
 せっかくだから、壁を切り捨てるつもりでやってくれないかな?」
「壁を切り捨てればいいのですね!」

 いきなり成功したことで、フェリスは軽い興奮状態に入っていた。再び暗示の呪文を繰り返したフェリスは、壁を切り捨てるつもりで練習用の剣を振り下ろした。一度成功したお陰か、先ほどよりはっきりと剣撃の痕が壁に残った。

「もっと繰り返して!
 イメージをしっかり持って、壁を切り捨てるまで繰り返すんだ!」
「は、はい、続けます!!」

 成果さえ出れば、心の中の疑念など吹き飛んでしまう。シンジに言われたとおり、フェリスは何度も壁に向かって剣を振り下ろした。そして繰り返す度に、その威力は増していった。

「まだ、干渉を続けるんですか?」
「いやっ、もう干渉はしていないよ。
 少しずつ減らしたんだけど、それも必要なかったようだね。
 これでレベルを上げれば、この壁ぐらい切り裂けるようになりそうだ」

 シューティングスターの実験に使ったぐらいだから、これを破壊できれば使徒など簡単に始末できる。すでにフェリスの剣撃は、剣を触れずに使徒を倒せるレベルに達していたことになる。
 ここまで来れば、これ以上の指導は必要ないだろう。そう判断したシンジは、テラのパイロット指導へと戻ることにした。フェリスの結果は、彼らの目にも届いているはずだ。ならば何をしたのか説明すれば、特殊能力理解の役に立つはずだった。

「フェリス、これから僕はテラのパイロットを指導する。
 フェリスは、このままその技の練習をしてくれないか?
 剣の間合いをのばせることが理解できたら、次はレーヴァンティン(大)に持ち替えて練習するように」
「わが剣の間合いをのばすと考えればよろしいのですね!」

 何度も素振りを繰り返せば、さすがのフェリスも息が切れてくる。だが自分がなしえたことの前には、疲労など感じている余裕はなかった。これでレーヴァンティンの間合いを伸ばせば、自分はもっと強くなれると確信したのだ。だから何度も何度も、フェリスは精神を集中して練習用の剣を振り下ろしたのである。はっきりと成果が出たことで、シンジへの信頼は更に高まったのだった。
 その様子に満足したシンジは、一度セルンのミーティングルームに戻ることにした。フェリスに行った指導の説明を行ってから、彼らに対する指導を行う必要がある。

「ラピス、僕だけを一度戻してくれないかな?
 それから、フェリスが頑張りすぎないように見ていてくれないか。
 限界が見えたら、そのときはフェリスを止めてくれ。
 もしも止まらないようなら、そのときは僕に知らせて欲しい」
「フェリス様はタフですから、なかなか限界は来ないと思いますよ。
 でも、さすがはシンジ様というか、ちゃんとフェリス様を指導してくださいましたね。
 本当に、昨日はどうなることかと思いましたよ」

 これだけの成果が出れば、昨日のことに目くじらを立てる必要は無い。まだ17だと考えれば、多少の息抜きは必要だと理解を示したのだ。変に抑圧して爆発されるよりは、遙かにマシだと考え直しても居た。
 見直しましたとシンジを褒めたラピスラズリは、指示されたとおりシンジをミーティングルームへと飛ばした。そしてシンジには内緒で、フェリスの訓練結果を更新したした。そのデータには、フェリスはすでにレベル10を超えているとのコメントを付いていた。本人がそれを実感できないのは、比較相手をシンジにしたのがいけないと付け加えた。



 ラピスラズリのデータを見たエステルは、すぐさまメイハ・シーシーを呼び出し意見を求めた。ヴァルキュリアの努めとして、配下の実力を正確に把握する必要がある。しかも示された結果が、早急に確認を要するものだったのだ。だからエステルは、シンジを待たずにメイハを呼び出したのである。
 データを見せられたメイハは、想像以上の成果に唸ってしまった。初日の成果だけでも、カヴァリエーレに任命できるレベルに達していた。その上、新たな必殺技まで加わってしまったのだ。フェリスの得意技に磨きを掛けただけに、強力な武器になるのは間違いなかった。

「はっきり申し上げて、今の私では歯が立たないと思います。
 テラに渡った初日の訓練でも、十分にラウンズの実力に達していると思います。
 しかも、レーヴァンティン(大)の間合いを伸ばす技を習得してくれました。
 この訓練を見たら、背筋が冷たくなるラウンズも多くいるのではないでしょうか。
 おそらく、レグルス様以上でないと剣を持ったフェリスには勝てないのかと。
 フェリスのまっすぐな性格が、技の威力を増しているように思います」
「つまり、私は実力上位のラウンズを二人抱えたのと同じと言うことですかっ!」

 えっへんと胸を張るエステルに、珍しくメイハも素直に頷いてみせた。そして少し感慨深げに、こんな日が来るとは思ってもいなかったと口にした。

「メイハ、それはどういう意味ですか?」
「だって、いつ取りつぶしになるのかと不安な日々を送っていたんですよ。
 そもそも私が、ラウンズ代行をしているのが異常だったんです。
 私に出来るのは、せいぜい副官が限度なんですよ。
 そのくせエステル様は危機感の薄い極楽とんぼでしたし……」
「ぷんぷん、いくら何でもそれは言いすぎでしょ!
 私だって、どうしたらいいのかずっと悩んでいましたのよ!
 だから寝不足になって、夜も9時間しか眠れなくなったのですからね」

 だったら心配が無くなった今は、どれだけ睡眠をとってくれているのだろう。十分寝ているだろうという突っ込みと同様我慢したメイハは、話をフェリスへと戻すことにした。変に主の振る舞いを突っつくと、更なる理不尽が降ってくると考えたのだ。

「まだまだ伸びしろがありそうですから、フェリスはかなり強くなると思いますよ。
 エステル様は、ずっとフェリスを手元に置かれるおつもりですか?」
「フェリスの移籍を言っていますか?」

 頷いたメイハに、そうですねとエステルは自分の考えを口にした。

「シンジがいる以上、私のところでカヴァリエーレに任命されることはありませんね。
 全体の戦力を向上を考えれば、フェリスの移籍は真剣に考慮すべきこととは思いますが……
 その場合は、マヌエラ様のところが適切だと思いますが……
 でも、あそこはジルさんの後継に、アレーレさんが居るじゃないですか。
 そもそもですよ、フェリスがシンジから離れることを承知すると思います?」

 現実的な問いかけに、「確かに」とメイハは主の疑問を肯定した。

「あの様子では、絶対首を縦に振らないでしょうね」

 ラピスラズリのデータでは、フェリスが目を輝かせて練習に取り組んでいるのが映し出されていた。練習嫌いと言われたフェリスを思い出すと、今の姿はとても想像できる物ではなかったのである。その動機付けを考えると、フェリスは移籍を承諾するはずがなかった。
 絶対に嫌がると答えたメイハに、その通りとエステルは頷いた。その代わりメイハが考えもしなかった、シンジを手放す可能性を口にした。

 はっきりと驚いたメイハに、それほどのことかとエステルは言い返した。

「もともと、新しい血という意味でシンジの価値は高いと言われていたのですよ。
 そのシンジが、ブレイブスの指導者として優れた能力を示したことになるのです。
 全体の戦力かさ上げという意味で、新しい立場を用意してもおかしくないと思いませんか?
 ヴァルキュリアは、常に最良の結果を導くことを考えているのですよ」
「しかし、今までそのような前例はなかったかと思いますが?」

 ラウンズに属さない、ある意味それを超える立場を作ると言うのだ。メイハが言う通り、過去そのような立場が作られた前例はなかった。
 メイハの意見に対し、前例は重要ではないとエステルは答えた。

「テラからブレイブスを連れてきた前例もなかったのですよ。
 もちろん、これは私の一存で決まる話ではありませんけどね。
 あくまで、全体の強化を第一に考えたときの案にしか過ぎませんよ。
 と言うか、私としてはシンジを手放すつもりなど有りませんからね!
 そんなことをしたら、私の取り分が減ってしまうじゃありませんか!」

 もの凄く分かりやすい理由だと、メイハはほおを膨らませながら熱弁するエステルに感心した。そして男性ラウンズを抱えるヴァルキュリアとして、正当すぎる理由だと思っていた。

「ヴェルデには少し分けてあげますが、シンジは全部私の物なんですよ!」
「エステル様が、すべてシンジ様の物の間違いではありませんか?」

 すかさず言い返したメイハに、一瞬エステルは言葉に詰まってしまった。だが、すぐにそれまで以上の勢いで言い返してきた。

「私の方が年上だし、私の方が偉いんですからね!!
 だから、シンジは全部私の物なんです!!
 ええ、誰がなんと言ってもシンジは私のものなんです!」

 エステルの年齢を考えると、あと9年ぐらいは今の関係が続くことになる。それを考えると、エステルの主張は間違ってはいないのだろう。だが男女の力関係となると、果たしてこの先どちらに転ぶことになるのだろうか。ただ直に引退することを考えれば、あまり悩むことではないとメイハは達観した。

「エステル様が同意しない限り、シンジ様が離れることはないのでしょうね。
 ですが、仰有る通りブレイブスを指導する役割を担われる可能性はあります。
 現に、レグルス様がシンジ様を推薦されたと言う話も聞いています」
「確かに、フェリスの上達ぶりを見ると考えられますね」

 ふむと腕を組んだエステルは、メイハに「体制強化」の指示を出した。

「シンジを貸し出す機会が増えるのでしたら、その対処を考える必要がありますね。
 フェリスを代行に立てるのは良いのですけど、うまく指導できるというイメージが湧きません。
 メイハ、あなたには申し訳ないのですけど、引退を少し先延ばしにして貰う必要がありそうですね」
「まだ、こき使われるのですか……
 せっかく、シンジ様の子を身籠もって引退できると思っていましたのに」
「あらっ、マニゴルド様じゃなかったの?」

 驚いた主に、メイハはあからさまに憤慨した顔を見せた。

「いったい、いつの話をされているんですか?
 エステル様にとって、私のことなどどうでも良いと言うことですか?
 身内に優れた男性ラウンズがいるのに、どうしてよそで子種を貰ってこなくてはいけないのですか?
 二人目とか三人目ならいざ知らず、初めての子は自分のところで作るのがこれまでの習わしです。
 シンジ様には、次のトロルスとの戦いが終わったところでと約束をしていただいたのに……」

 はあっとため息を吐いたメイハに、エステルは「運が悪かったのよ」とあっさり言ってのけた。

「もう一人、補佐を作るまでは解放されなさそうね」
「さすがに、その候補が見あたらないんですけど……シクシク」

 もともと、エステルの所は人材が不足していたのだ。その中でフェリスが飛び抜けていたので、素行が悪くても放逐しなかった事情がある。そのフェリスが期待通り成長したのだから、普通ならしばらくは安泰のはずだったのだ。そもそもレベル10に達する人材は、そんなに簡単に湧いて出ては来ないものだ。

「ドーレドーレ様の所でも、シエル様、ディータ様以外にはレベル10を超えていないんですよ。
 さすがに候補者は沢山いるのが凄いと言えば凄いんですけど……
 すでに3人いるだけで、エステル様は十分に特殊な立場になられているのに……
 この上、もう一人育てないといけないなんて……エステル様は、私に子を産むなと言っているのですか!」
「そ、そんなつもりはありませんよ。
 で、でもですね、シンジが忙しくなるのなら、もう一人補佐を育てなくてはいけないと思いませんか?
 今のところ、それが出来るのはメイハしかいないから私は頼っているんですよ」
「手持ちの戦力を考えたら、どれだけ贅沢なことを言っているのか分かっていますか!」

 逆ギレ……と言うか正当に切れたメイハに、エステルは素直にごめんなさいと謝った。

「謝られたって、少しも解決になりません。
 引退が遅れると、周りからは可哀相な物を見る目で見られるんですよ。
 エステル様の部下と言うだけで、どれだけ周りから同情されたことか」
「ぷんぷん、どうして同情されなくちゃ行けないんですかっ!」
「どうしてって……はぁっ、自覚がないのが一番悪いって知っていますか?」

 がっくりと肩を落としたメイハは、もう良いですと意見を取り下げた。

「エステル様の仰有ることも理解できました。
 シンジ様が戻られたら、体制強化について相談したいと思います。
 まあ、レベル7以上が21名しか居ないんですから、強化が必要なのは今更なんですけど」

 もう良いですよねと投げやりに言ったメイハは、がっくりと肩を落としたままエステルに背を向けた。あまりにも「構わないでください」と言う空気が漂っていたため、さすがにエステルも声が掛けにくかった。ただ、心の中では、「物わかりの良い、良いヴァルキュリアなのに」と自分のことを正当化していたのだった。







続く

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