機動兵器のある風景
Scene -31







 両特区のパイロット候補は、身体的能力という意味では、必要十分な物を持っていた。中には、身体能力だけなら、シンジを凌駕する者も多くいたのである。だが機動兵器に乗った状態では、誰も優れた身体能力を生かせないでいた。初日の訓練が終わったところで、シンジはその理由を考えることにした。

「確かに、テラのパイロットの身体能力は十分だな。
 中には、何人もシンジ様より優れた能力を持った者もいる。
 だがそれは、我々の世界でも同じではないのか?
 必ずしも、身体能力だけが優れたブレイブスの条件ではない。
 シンジ様の配下でも、よほど子供でもない限り、身体能力はシンジ様より優れいているぞ」

 容赦のないフェリスのコメントに、そこまで言わなくてもとシンジはがっくりと肩を落とした。だが嘆いていても何も始まらないと、なぜ優れた身体能力が生かせないかに話を進めることにした。

「フェリスだって、生身だと僕よりも全然強いだろう?
 と言うか、この1年で剣の使い方が特にうまくなったってことはないと思うんだ。
 それなのに、フェリスのレベルは5から9と大幅に上がっているんだ。
 フェリス自身、その差はどこにあると思う?」
「それを聞かれたら、機動兵器に慣れたとしか言いようがない」
「つまり、それだけサボっていたと言うことか……」

 呆れたとため息を吐いたシンジに、フェリスは慌てて「シンジ様の指導のおかげだ」と言い直した。

「特に今日のご指導では、私の至らないところを的確に指摘していただいた。
 おかげで、今までにない動きが出来るようになったと思います」
「いいよ、フェリスがサボっていたのは僕が一番知っているんだから……
 今更そのことをとやかく言うつもりもないし……
 やる気というのが上達の理由になるのも分かっているから」

 パシリとしてお菓子を買いに行かされたのは、誰でもないシンジ自身なのだ。その過去があるのだから、今更取り繕っても遅いというものだ。だがそのまま認めるのは、フェリスとしては不本意に違いない。初めはそうだったと弁解したフェリスは、最近は違うのだと言い直した。

「シンジ様に言われて、機動兵器を動かすことはどういうことか考えるようになった。
 そうしたら、今まで見えていなかったことが見えてきた気がするのです。
 特に今日ご指導いただいたことで、漠然としていたことがはっきりしたと思います。
 自分でも、これだけ早く動けるのだと感激したぐらいです」
「なるほどね、そのあたりセシリアはどうだい?」

 シンジに話を振られたセシリアは、はっと驚いた顔をした。寝不足と疲れからか、少しうとうととしていたようだった。それを見たシンジは、少し丁寧に質問を繰り返した。

「フェリスは、機動兵器を動かすと言うことを考えるようになったと言ったんだ。
 そうすることで、今まで見えてこなかったことが見えるようになったってね。
 そのあたり、セシリアはどうかと思ったんだよ」

 まだ頭がうまく回っていないのか、シンジの言葉を聞いたセシリアはしばらく考え込んでしまった。そして十分時間が経ったところで、似たような所があると自分の意見を口にした。少し呂律が怪しいところを見ると、はっきりとは目が覚めていないのだろう。

「動かすことに関しては、フェリスさんと同じ意見ですわ。
 たら私の場合、体と言うより目が付いていけませんろ。
 見ると言うことをレグル様が仰有りましたが、それがどれだけ重要なことは理解しましたわ」
「要するに……」

 二人の意見を聞いたシンジは、ポイントがどこにあるのかまとめようとした。だがシンジがまとめるのよりも早く、横からアスカが「意識と感覚でしょう?」と先回りをしてくれた。

「フェリス様が言ったのは、もっと機動兵器を動かすことを意識しろと言うことだし。
 セシリアの言ったのは、最終的に感覚が限界を決めると言うことだもの。
 意識は際限なく加速できても、感覚が付いて来なければそこで頭打ちになってしまうって」
「だとしたら、それを打破するためにはどうしたらいいのかな?」
「意識については、成功体験を積み上げることで改革するしかないと思うわよ。
 ただ感覚については、慣れるしかないというか、うまい訓練方法を見つけるしかないというか……
 特殊能力なんて、感覚以外の何物でもないと思うのよ」

 それが正しければ、伝えるのはとても難しいことになる。だがシンジは、伝えられなくても過去の技を再現できている。その違いはどこにあるのか、それを解明できれば訓練はずっとはかどることになるはずだ。だがそれを考えるのは、はっきり言ってシンジの手に余ることだった。だからシンジは、手近な妥協点を探ることにした。

「だとしたら、感覚を伝えるのが一番手っ取り早いことになるよね。
 でも、どうやったらそれを伝えることが出来るんだろう?」
「それなんだけどね、シンジ……様は一度鈴原やレイの手助けをしたでしょう?
 あれと同じことを出来ないかと思ったのよ。
 遠隔でもタンデムでも良いんだけど、シンジ様と感覚を共有できないかしら?」
「シンジで良いよ、ところでマシロ、感覚の共有は可能かな?」

 シンジに聞かれたマシロは、どうだろうと機動兵器操作の伝達方法を考えた。

「直接的な共有は難しいかと思います。
 ですが、空気を感じることは出来るのではないでしょうか?
 その為には、シンジ様と一緒に機動兵器に乗る必要があるかと思います。
 ただ、誰にでも適用できるかというと、必ずしもそうではないという実験結果があります」
「だったら、あたしが実験材料になろうか?
 あたしだったら、エヴァにタンデムで乗ったことがあるでしょう?
 機動兵器の方が、ずっとエヴァよりもハードルが低いじゃない」
「どう思う、マシロ?」
「こればかりは、試してみないと何とも申し上げられません……」

 いくら天才でも、知らないことを知っているとは答えられない。シンジに言われたタンデムにしても、これからデータをユーピテルから漁らなくてはいけない。今夜徹夜をしても、明日に間に合うとは思えなかった。

「これからユーピテルから研究データの検索をおこわないといけません。
 それが終わったら、テラの機体を使った再現環境の構築が必要になります。
 一番時間が掛かるのは、データの収集と整理でしょうか?
 こちらにいると、ミユに頼らないといけないので、どうしても効率が落ちてしまいます」
「電子妖精が使えれば状況は変わるかな?」
「それが出来れば、ずっと時間を短縮できますが……」

 電子妖精の貸与は、厳しく資格が制限されていた。特に技術者の場合は、ヴァルキュリア筆頭の許可が必要となっている。ラウンズの許可ですんだフェリスとは、掛けられた制限の重さが違っていたのだ。

「ラピス、ドーレドーレ様に許可を申請してくれないか?」
「畏まりました、直ちにドーレドーレ様に申請することにします」

 ラピスラズリに指示を出したシンジは、他に意見はないかと全員に聞いた。今日一日の指導で、やりにくかったところはないかというのである。

「やりにくいと言うことはないけど、さすがに体がきついというのが正直なところかな。
 シンジ君に言われて鍛えてきたつもりだけど、まだまだ鍛え方が足りなかったようだよ」
「後は、無駄な動きとか無駄な力の入り方とか……とにかく無駄が多かったって感じかしら」
「アスカも、やっぱり疲れた?」
「部屋に戻って泥のように眠りたい気分よ……」
「セシリアは……って、寝てるか」

 しっかりと船をこいでいるセシリアに、仕方がないとアスカはセシリアをかばった。

「寝不足の上に、あんなにハードな訓練をしたんだもの。
 たぶん、セシリアが一番ハードな一日を過ごしたんじゃないの?」
「明日のことを考えたら、このまま寝かせてあげるのが良さそうだね」

 そうなると、今夜のおつとめはお休みと言うことになる。下手をしたら、明日以降も同じことになりかねない。少し残念そうにするシンジに、「本当に変わったのね」としみじみとアスカは言ってくれた。

「シンジが、こんなにタフだなんて思いもしなかったわ。
 それ以上に、こんなに好き者になるとは想像もしていなかったし」
「し、仕方がないだろう、若いんだから。
 そ、それに、セシリアとはしばらく逢えなくなるし……」

 タフと言うことに関しては、慣れから来る力の配分が効いているとも言えた。だが好き者と言われると、なかなか反論の言葉が難しくなってくる。だから仕方がないので、若いと言うことに逃げることにした。

「まあ、あたしには関係ないから良いんだけどね。
 あたしとカヲルは、明日に響くから部屋に戻ることにするわ」
「私も、明日に備えて体を休めることにします。
 出来れば、明日も指導していただきたいと思っています」
「でしたら私も、ミユを使って出来るところまで進めておきます」

 気を利かせて立ち上がった二人と、立場を考えて立ち上がった二人。理由は違えど、4人は自分の部屋に帰ると言って立ち上がった。そうなると、さすがに呼び止めるのも難しくなる。4人をドアまで送ったシンジは、仕方がないと自分も大人しく寝ることを選択した。その為には、まずソファで寝ているセシリアを運ばなければいけない。

「よっと……意外と重いんだな……」

 抱え上げても目を覚まさないところを見ると、よほど疲れて熟睡しているのだろう。そして軟体動物になりはてたおかげで、普段なら何とも思わないセシリアの重さも、とんでも無く重い荷物になったように感じてしまった。しかも雑に扱うわけにはいかないから、余計に運びにくいことこの上なかった。
 それでも苦労してセシリアをベッドルームに運んだところで、ラピスラズリがフェリスから通信が入っていると知らせてきた。フェリスからと言うことで、休むというのは方便かとシンジは喜んだ。

「多少前倒しになるけど構わないか」

 フェリスのお誘いを期待して通信を繋いだシンジだったが、そこで言われたのは耳を疑うような話だった。シンジとの通信を繋いだフェリスは、良ければマシロの所に行ってあげて欲しいと言ったのだ。

「私の目から見ても、マシロはとてもよく仕えてくれている。
 ですから、シンジ様さえよろしければ、今夜はマシロの所に行ってあげていただけないか?
 こういう時こそ、色欲魔神の本領を発揮して、いたいけないマシロを蹂躙してあげて欲しい。
 今日一日も、ミユが付いていても、マシロは気が休まるときはなかったと思うぞ」
「確かに、マシロは一人で頑張ってくれたんだね」

 テラとしては、少しでも多くアースガルズの技術を引き出そうと考えるだろう。そうなると、矢面に立つのはマシロ一人だったのだ。しかも初めて来た異国で、一人頑張るというのは精神的に相当堪えるだろう。同じ境遇にあるからこそ、フェリスはマシロの苦労を理解することが出来た。そして苦労という意味なら、シンジと一緒に行動するだけ、自分の方が楽だと分かっていたのだ。

「フェリス、忠告に感謝するよ」
「いえ、必要なことを進言するのもパートナーの役割だと思っている」

 照れてますよとラピスラズリがちくってくれたが、それが無くてもシンジにはフェリスが顔を赤くしているのは見えるようだった。時々口が悪いときもあるし、横柄なところがあるのも知っていた。だがそれ以上に、照れ屋で優しい女性だとシンジは知っていたのである。ブレイブスになりたてのシンジが周りに溶け込めたのも、フェリスが気を遣ってくれたおかげだと知っていたのだ。
 もう一度ありがとうとフェリスに伝えたシンジは、ラピスラズリにマシロの様子を尋ねた。

「ちょうど、部屋に戻られたところです。
 ミユならば、私の伝言が伝わりますがどういたしますか?」
「だったら、ミユ経由で今から僕が行くと伝えてくれないか」
「畏まりました」

 シンジの指示を受け、直ちにラピスラズリはミユへ伝言を送ったのだった。



 マシロの活躍によって、木曜にはタンデムの仕組みができあがっていた。昼間がテラの技術者と行動を共にしていることを考えると、実働は水曜の夜だけと言う事になる。そのあたりは、さすがは天才というところか。意外に早く降りた電子妖精使用許可も、その役に立っていたと言えるだろう。

「複数の機体の調整は時間が掛かりますので、ギムレーを調整することにしました。
 具体的に行ったのは、タンデム搭乗用の固定具の設置及び、フィードバックバイパスの追加です。
 これでタンデム搭乗者は、感覚のフィードバックのみを受けることになります。
 この方法だと、タンデム搭乗者の制限はなくなりますが……どなたからされますか?」

 誰からと言うところで、マシロは最初にフェリスの顔を見た。このあたりは、色々と恩義を感じていると言うのが強かった。そしてマシロに目で促されたフェリスは、「私が」と手を挙げた。そしてフェリスが手を挙げた以上、それで決定と言うことになった。
 誰からと言う事が決まれば、次に何をするかが重要になる。特にフェリス相手の場合、試してみせることがかなり高度になってしまう問題があった。

「マシロ、ここの施設でフォトン・トーピドーやシューティング・スターは使えるかな?」
「準備だけなら問題はありませんが、使用する場合は思い切り威力を落とす必要があります」
「それでも、感覚を伝えることはできるか」

 速く動くことは感覚の中でも伝えやすいが、特殊能力ともなると見せるだけでは伝えることはできない。フェリスの戦闘スタイルに合うかは分からないが、何かのきっかけになるかとシンジは試してみることにした。
 そこまで決めたところで、シンジは全員に対して新しい試みを行うことを宣言した。

「では、これからタンデム搭乗を行って、上位レベルがどのようなものかを体験して貰います。
 まずフェリス・フェリで確認を行ってから、皆さんに展開することとします。
 タンデム搭乗者の制限はないようですから、被験者を選抜してくれませんか?
 はい、渚さん質問ですか?」

 シンジに指名されたカヲルは、体験レベルに関しての意見を出した。

「上位レベルと言う事ですが、最初は自分のレベルの方が良いのではないでしょうか。
 同じレベルでも、明らかにシンジ君が乗ると違う動きになります。
 それを体験してから、上位レベルを体験した方が効果的かと思います」
「確かに、その方が良いかもしれませんね。
 ただ、レベルの上げ下げを繰り返すのは辛いですから、今日は皆さんのレベルだけを試してみましょう。
 後は、付いてこられるようにパターンを決めておきます。
 まあ、レベル3の人には、動き回るだけになると思いますが……」

 レベル4を超えているのが、日本から来た二人と、セシリアだけだと言う事情があった。それを考えると、ほとんどがレベル3での実演と言う事になる。それでどこまで意味があるのかは、試してみないとシンジにも分からなかった。

「じゃあフェリスからだけど、レベルは制限解除で良いかな?」

 つまり全力全開状態のラウンズの実力を見せてくれると言う事になる。それを聞きつけたパイロット達に、一瞬ざわめきが起こった。だがその実験材料になるフェリスにとって、簡単に引き受けられる話ではない。その凄まじさを知っているだけに、さすがに臆してしまうのだ。

「か、感覚を掴むのだから、さすがに制限解除は……せめてレベル10にして貰えないか」
「フェリスだったら、付いてこられると思うんだけどね……
 まあ、最初だからレベル10から始めようか」

 別に拘る話でもないと、シンジはフェリスの意見を聞き入れた。それでも、テラでは初公開となるレベルである。思いがけない話に、パイロット達全員が緊張から唾を飲んだほどだった。

「レベル10だから、高速移動の他に僕が使える特殊能力をお見せします。
 ただ相手が居ないとできないものもありますので、そのあたりは真似事になるのを最初に行っておきます。
 後は……初めてのことですから、多少のことは大目に見ていただければと思います」

 これで前置きは十分と、シンジはマシロに準備を確認した。その確認に返ってきた答えは、いつでもどうぞというものだった。

「だったら、最初はフェリスからだね」

 こっちへとフェリスを手招きしたシンジは、正面からその体を抱き寄せた。きゃあと言う歓声がパイロット達から上がった瞬間、二人の体はギムレーへと転送された。

「だめですよシンジ様、フェリス様が発情してしまいますよ」

 コックピットへ二人を転送したラピスラズリは、やり過ぎだとシンジを責めた。確かに指摘されたとおり、フェリスの見える範囲は真っ赤になっていた。

「マシロ、フェリスは……僕の前にあるステーがそうなのかな?」

 シンジの前、1mほど離れたところに、無骨なステーが設けられていた。他に体を固定する部分がないところを見ると、そこがもう一人の乗り場所となるのだろう。

「はい、感覚共有だけですから近くにいれば事足ります。
 前方に視線を向ける形で、体を固定していただければと思います」
「フェリス、うまく固定できそうかな?」
「座れば……なんとか固定できそうです」

 座ると言っても、そこに椅子があるわけではない。どうするか悩んだフェリスは、最終的にぺたりと床に座り込むことにした。そしてその体制のまま、ステーに器具を使って体を固定した。

「マシロ、フィードバックは掛かっているのかい?」
「掛かっているはず……データでは、掛かっていることになっています」
「フェリス、何かおかしな所はあるかな?」
「おかしな所……」

 ふむと鼻の下に指を当てたフェリスは、「今のところは何とも」と答えた。実験準備をすることで、頭に上った血も下がったようだ。

「じゃあ、とりあえず動いてみるけど……フェリスが、動き方を指定してくれるかな?」
「私が指定するのですか!」
「そうした方が、次に何が起こるのか分かって良いだろう?」

 下手をしたら、ジェットコースターより酷いことになりかねない。それを考慮してのシンジの指示だった。

「では、まっすぐ前に動いてから、そのまま右に旋回してください。
 そしてそこから、急速反転して……やはり、口頭での指示は難しいと思います。
 シンジ様が、事前に動きを口にしてくださればそれで結構です……」
「それって、結構難しいんだけどな……
 じゃあ、最初はフェリスが言った動きから始めよう……
 まず、前に動いて右に方向を変えるからね」
「お、お願いします……」

 ゴクリとフェリスがつばを飲み込んだ瞬間、シンジは小さく「行くよ」と声を出した。その瞬間、フェリスは目の前の景色が溶けるのを感じた。そして感じるはずのない風を、いきなり顔一杯に感じることになった。

「ッーーーーーーーーーー」

 そこから僅か1分の時間、フェリスは言葉にならない悲鳴を上げ続けた。ただ単に景色が溶けるだけでなく、右へ左へと強力な加速を受け続けたのだ。シンジが右とか左とか言ってくれるのだが、はっきり言って役に立っているとは思えなかった。しかも衝撃の1分が過ぎたところで、シンジは更に「上下方向を加える」とフェリスに告げた。

「ち、ちょっと、まってッーーーーーーーーーー」

 今までは横方向に振られるだけだったが、それに上下動まで加えられてしまった。もうすぐレベル10になると考えていたフェリスだったが、これがレベル10を極めたものだと言われると、本当にレベル10になって良いのかと自分を疑ってしまった。もっとも冷静にそれを考えたのは、シンジに「大丈夫かな?」と声を掛けられた後のことだった。

「こ、これが大丈夫に見えますか?」
「制限を解除していないから大丈夫かなと思ったんだけどね……
 ほら、一応言われたとおり方向の指示は出したと思うんだ」

 言い訳がましいシンジだったが、フェリスには苦情を言うだけの元気が残されていなかった。どこまでがフィードバックで、どこまでが物理的に振り回されたのか、すでに区別が付かなくなっていた。

「これから特殊能力を見せるんだけど……大丈夫かな?」
「今までのように振り回されなければ……おそらく」

 明らかに自信喪失をしているのだが、今は仕方がないかとシンジは割り切ることにした。少し顔が青く見えるのは、きっと振り回しすぎたせいなのだろう。

「じゃあ、まずフォトン・トーピドから行くよ」

 ほいと言われたとき、フェリスは頭の中で何か歪んだような感覚を覚えた。その瞬間、ギムレーの周りを無数の光球が包み込んだ。

「い、今のが、フォトン・トーピドの感覚なのか」
「フェリスがどう感じているのかは、僕には分からないけどね。
 次はこれを消して、ミラージュをやってみようか」

 再び何かが歪んだと思ったら、次は目の前がちかちかしてきた。しかも自分の視界に、何機ものギムレーの姿が映っていた。しかも景色がぐるぐると回っているから、次第にフェリスは気持ち悪くなってきていた。

「そ、そこまでにしていただけませんか?
 な、なにか、とても気持ち悪くなってきました……」
「じゃあ、ミラージュは解除するよ。
 じゃあ、フェリスにとっての本命、ドゥリンダナを見せてあげよう!」

 視界が元に戻ったところで、シンジが横薙ぎに右手を振った。その動作と同時に、フェリスは何かを切った感覚を右手に感じた。

「い、いま、何かを私の右手が切りました」
「やっぱり、これが一番分かりやすそうだね。
 剣を使うフェリスだから、こっちの方面の理解を先にした方が良さそうだね」

 そう言ったシンジは、次に右手を縦に振り下ろした。そしてすぐに、十字を切るように横に振った。そうやってシンジが右手を振る度に、フェリスも右手に何かを切った感覚を感じていた。そしてそれとは別に、何か右手が別の物になったような気分を味わっていた。

「し、シンジ様、右手が何かおかしくなったような」
「いま、僕は右手が刀になったイメージを持っているんだよ。
 それを素早く動かすことで、刀の軌跡を前に飛ばしているんだよ」
「右手を、剣にしたイメージですか……」

 言われたことを反芻したフェリスだったが、すぐに難しいと零すことになった。そんなフェリスに、簡単な方法があるとシンジは助言した。

「フェリスの場合、レーヴァンティンを使うだろう。
 それをイメージすれば、レーヴァンティン無しでも切ることが出来るんじゃないのかな?」
「仰有ることは、確かにその通りだと思います。
 別の機会に、ただいまの教えを試してみたいと思います」
「ところでフェリス、少し落ち着いたかな?」

 物を切る感覚が、フェリスの落ち着きを取り戻す役に立ったようだ。それを確認したシンジは、「大丈夫だね」と確認にならない確認をして、ラピスラズリに向かって「制限解除」の指示を出した。

「ちょっ、い、今、なんと仰有いましたっっーーーーーーーーーーー」

 抗議をするのよりも早く視界が灰色に塗りつぶされ、今まで以上の加速がフェリスを襲った。その暴力的な加速に、フェリスはその姿勢のまま意識を失ってしまうことになった。すかさず制止をかけたラピスラズリが、「よくやりますね」とシンジを責めてくれた。

「シンジ様、少しやり過ぎたようですよ。
 コックピットの清掃が必要となりましたので、次の方はしばらくしてから連れてきてください。
 それから、フェリス様を皆さんの前に連れて行かないように。
 さすがにシエル様でも付いて来られない加速は可哀相だと思いますよ」
「いやぁ、ちょっと立場って奴を示しておこうかと思ったんだけどね」

 やり過ぎたかなと頭を掻くシンジに、恨まれても知りませんとラピスラズリは答えたのだった。



 みんなの前に連れて行かないようにと言う忠告に従い、シンジはフェリスをホテルへと運んだ。そのときフェリスを抱きかかえたのだが、そこで清掃が必要と言う意味を理解した。コックピットの床に小さな水たまりができ、抱えた左手がしっかりと水っぽかったのだ。
 その状態でベッドに寝かせるわけにはいかず、すぐさまミユを呼び寄せフェリスの面倒を任せた。さすがに着替えをシンジがするのは、本人の名誉の為もよろしくない。

 そこまでして特区に戻ったシンジに、セシリアが手を挙げて「フェリス様は?」と犠牲者の消息を確認した。

「ちょっとした手違いがあったから、今はホテルで休んでいるよ。
 さて、次はアスカさんで良いのかな?」

 清掃の方は、今の間で完了していた。それを確認したシンジは、次なる犠牲者としてアスカの顔を見た。チルドレン時代のことを思い出すと、是非ともここはラウンズの本気を体験させてあげたい。そんな非常に暗いことを考えていたのだが、フェリスの惨状にそれを思いとどまることにした。下手してショック死でもされたら、それこそ取り返しの付かないことになってしまう。
 もっとも、レベル6でやっても、似たようなことは可能だった。これまでの訓練で、アスカの限界は完璧に把握している。楽しみだなと、シンジは見えないところで口元を歪めたのだった。

 一方次を指名されたアスカは、断る口実がないかを真剣に考えた。だが元々提案したのは自分だし、訓練の一環だと説明も受けていた。そこまで条件が整っていては、どうやっても断る口実は見つからなかった。

「か、カヲル、先に逝くことを許してね」
「た、たぶん、僕も後から追いかけることになるんだろうね……」

 まるで今生の別れのような会話を交わす二人に、「大げさだなぁ」とシンジは笑って見せた。

「アスカさんのレベルに合わせるんだから、そうたいした事は出来ないよ。
 それに、もうすぐレベル6も卒業できそうなんだから、言うほど凄いことにはならないと思うよ」
「ほ、本当……?」
「テラトップの貫禄を見せてくれるかな?」

 ほんの僅か口元を歪めたシンジは、こっちにと言ってアスカを呼び寄せた。そしてフェリスの時と同様、その体を軽く抱き寄せた。だが周りの反応は、フェリスの時とは完全に違っていた。見送ったパイロット達全員が、アスカの無事を祈り両手を合わせたのだ。

「じゃあアスカさん、そこのステーに前を向いて体を固定してくれるかな?」
「か、体を固定すればいいのね……」
「それが出来たら、まずレベル6で高速移動を実演するからね。
 その後に、いくつか特殊能力を実演することにしよう。
 そしてそれが終わったら、レベル7を実演して終わる事にしよう」

 楽しそうに言うシンジに、ちょっと待てとすかさずアスカは疑義を挟んだ。フェリスの指導を見ていれば、最後にレベルアップしたのがとどめを刺しているのが想像できる。同じレベル設定でもついて行けないのは明白なのだから、レベル7など以ての外だとアスカは主張した。

「ダイジョーブ、ダイジョーブネ」
「し、シンジ、あんた人格が変わってないっーーーーーーーーーーーーーーーー」

 フェリスほどではないのだろうが、アスカは目の前の景色が歪むのを感じた。そして声にならない悲鳴を上げ、1分という短くも長い時間を味わうことになった。そしてその時間が終わったところで、アスカはステーに括り付けられたまま、ぐったりと体を弛緩させていた。まるで激しい運動をした後のように、呼吸も荒く胸は大きく上下していた。

「さて、今までは水平方向の動きだったけど、これに上下方向を加えるからね」
「ま、ちょっと、待って……少し休ませて」

 聞き捨てならない話に、慌ててアスカ反応し、時間をおいてくれるようにと懇願した。さすがにそれを振り切るわけにはいかず、シンジは妥協案を持ち出すことにした。

「じゃあ、順番を変えて特殊能力を見せてあげようか。
 これは動き回らないから、少しは楽だと思うよ」

 ほらと声を掛け、シンジはギムレーの周りに光球を配した。さすがにレベル10の時よりは少ないが、立派にフォトン・トーピドの完成である。そして光球を配したまま、ミラージュまで実行して見せた。

「し、シンジ、様……なにか、とても頭の中が、へんな気持ちなんですけど?」
「たぶん、それがフィードバックなんだろうね。
 でも、僕の方がずっと重たいフィードバックが掛かっているはずなんだけどね?」

 だから大丈夫と笑ったシンジは、光球を消しミラージュを解除した。

「どう、頭の中が変な感じがするのは直った?」
「直ったような気はするんだけど……まだ、少し気持ちが悪いのが残っているって言うか……」
「じゃあ、タンデム実験は短めで切り上げようか」

 切り上げるというシンジの言葉に、アスカはほっと胸をなで下ろした。今でも十分大変なことになっているのだが、それでもここで終わればまだマシだと思っていたのだ。だが安堵したのもつかの間、全方位の動きで終わるとシンジに言われ、顔からさっと血の気が引いた。

「ちょっ、シンジ……いやぁあっーーーーーーーーーーーーーーー」

 アスカの静止も間に合わず、と言うか止められてもやるつもり満々のシンジは、アクセルを駆使し全方位への高速移動を実行した。それがどのような効果をもたらすかは、当然承知した上の行為だった。
 自分の到達したレベルなのだから、フェリスに比べれば遙かにマシな条件のはずだった。だがアスカは、上下左右、そして前後に振り回され、まともに声も上げられずに失神してしまった。それを観測したラピスラズリは、「そこまでです」と呆れながらシンジにブレーキを掛けてくれた。フェリスの前例を考えれば、こうなることは目に見えていたはずだった。

「シンジ様、いじめっ子モードになっていません?」
「でもなぁ、アスカには色々とされた記憶があるんだよ。
 それに比べれば、到達レベルでやっているんだから優しいと思うんだけど?
 でも、お遊びはここまでにしておいた方が良いかな?」
「すでに、手遅れな気がしますけどね」

 これが電子妖精だと考えると、ため息を吐くこと自体不思議としか言いようがない。だがラピスラズリは、ため息を吐きながら「なんて子供っぽい真似を」とシンジに対して呆れていた。そして同時に、こんな一面もあったのだと感心もしていた。
 なにしろドーレドーレからは思慮深く、無理を言わないと信頼されていたのである。だからマシロへの電子妖精貸与も簡単に認められたのだ。それを思うと、今のシンジは全く違った一面を覗かせていた。意外に可愛いなと思いながら、ラピスラズリは必要な警告をシンジに出すことを選択した。

「ラウンズの名誉を傷つける真似をなさらないようにお願いします。
 あまり戯れが過ぎると、エステル様に報告することになりますよ。
 だから何が起こると言うことはありませんが、これまで築かれた信頼を失うことにも繋がります。
 それから、セシリア様を怒らせると、今晩も相手をしていただけなくなりますからね」
「分かったよラピス、忠告に従い大人しくやることにするよ」

 すっかり軟体動物になったアスカをステーから解放し、よっこいしょとシンジはその体を抱え上げた。そのとき感じた柔らかさに、「女の子なんだよなぁ」と今更のことを考えていた。そしてその感想は、ラピスラズリのさらなる忠告を呼び込んだ。

「アスカ様が女性であるのは確かです。
 ですが、シンジ様は「女」と言うのはどういう意味で使われていますか?
 ちなみにブレイブスでは、間違いなく男の方が弱者であるのをお忘れ無く」

 すかさず言われた忠告を、シンジは「はいはい」と受け流した。アースガルズではそうかも知れないが、テラでは女性というのは守るべき相手なのだ。その力を手に入れた今、その考えを放棄するつもりはないとシンジは思っていた。だから「女の子」とアスカに感じたのも、当然と言えば当然のことだった。ただアスカという相手に対して、まだ「強い」と言う意識が残っていただけのことだった。
 もっとも、その女性二人に酷いことをしたのは、疑いようのないことだった。その事実だけでも、シンジは十分責められなければならなかったのだ。







続く

inserted by FC2 system