機動兵器のある風景
Scene -27







 もとより晩餐会というのは、政治的意味を持たされるものだった。その意味では、アースガルズのラウンズ、碇シンジを歓迎する晩餐会も例外ではなかった。隣にドレスを着たセシリアを置いたシンジは、50を超える各国特使達と挨拶をすることになったのである。その挨拶の間、シンジは日本語以外は分からないという姿勢を続けた。従って、セシリアが不自由な日本語を使って通訳することになったと言うことである。
 そしてシンジに同行したフェリスとマシロは、少し離れたところでカヲル達といた。退屈な政治的な話をするシンジ達とは違い、カヲル達には共通の話題というものがあった。そしてカヲルは、両者に共通する一人について話題にした。そして全く言葉の通じないことの対策は、ユーピテルからデータを引けるミユが、通訳としてはいることにした。

「もしもよければだけど、アースガルズでのシンジ君のことを教えてはもらえないだろうか?」
「シンジ様のことか?
 よかろう、補佐たる私が教えてやろう!」

 少し誇らしげに胸を張ったフェリスは、「補佐」を強調して自分視点でのシンジの人となりを話し出した。

「レベル1から訓練を始めたのだが、初めから光る物を持っていたな。
 何しろ初めから私との相性の良さに気づき、将来補佐とすることを考えていたぐらいだからな。
 だから何かに付け、一緒に行動する機会が多かったのだ」

 これを意訳すると、フェリスが最初からシンジに目を付けていたと言うことになる。それを考えると、パシリにしたのも手なずける為というのが正しい見方になるのだろう。そのあたりの事情は知らなくても、初見での推測は補強することは出来た。

「そして訓練という意味でなら、綺麗に二つの顔を見せてくれたぞ。
 今でもそうなのだが、体を動かすことはど素人そのものだったのだ。
 だが機動兵器を使わせると、とても初めて乗ったとは思えない腕前を見せてくれた。
 だから生身での格闘がからっきしなのに、あっという間に追い越されてしまったのだ。
 それを考えると、機動兵器に乗ることに対して、私たちの知らないこつを掴んでいるようだった。
 そしてシンジ様が指導的立場になられたことで、配下の強化が急に進み出した。
 これで私が補佐に付けば、格闘を含め盤石の体制ができあがることになるだろう」
「生身が弱いって……確かに、シンジって普通の男の子だったからね。
 それにネルフじゃ、体を鍛える訓練ってやっていなかったから」

 ど素人と言う話から思い出してみれば、確かにシンジはパイロットとしてど素人でしかなかった。街で喧嘩を売られたときには、情けなくも殴られていたのをアスカは思い出した。よくもまあ、それでパイロットをやってきたなとアスカは大いなる不条理を感じていたのだ。しかもど素人そのもののシンジが、終盤ではエースとして扱われるようになっていた。それを考えてみると、今も似たような状況なのかも知れないと考え直した。
 そしてシンジの昔を知るアスカに、今度はフェリスがその頃のことを聞いてきた。気になると言うより、大好きな相手のことは、どんな小さなことでも知っておきたいという女心だろう。

「そのネルフという所に居たとき、シンジ様は今のように素敵な方だったのか?」
「ええっと、百歩譲っても素敵ってことはなかったわねぇ。
 ちょっと可愛いめの、普通の男の子って所かしら……贔屓目に見て」
「ちょっと可愛いと言うのは、僕も同意するところだねぇ」

 ふふふと雰囲気を作ったカヲルに、アスカは思いっきり嫌な顔をして見せた。

「ちょっとカヲル、そう言うホモっぽいことは言わないように!
 あんたら、それをやると似合いすぎて怖いのよ!」
「シンジ様とカヲル様とですか?」

 聞き役に徹していたマシロだったが、話がおかしな方向に向いたところで参戦してきた。マシロの評価では、少なくとも見た目ではカヲルが勝っていると思っていたのだ。そして愛する……まだ本人には伝えていないが……シンジとカヲルが絡む姿を想像すると、なぜか胸がどきどきとしてしまう。

「マシロ、お前が発情しているとラピスラズリが言っているぞ」
「い、いやですわフェリス様、私にはおかしな趣味はありませんわ!」

 それを語るに落ちるというのだろう。自分から白状したマシロに突っ込むか否か、相手のことがよく分からないため、アスカはとりあえず我慢することにした。

「でも、シンジ様とは荒々しいタイプのレグルス様の方がお似合いかと」
「アースガルズでも、そう言った男同士の絡みが好きな女の子っているのねぇ」

 はあっと一つ息を吐いたアスカに、それは特殊な例だとフェリスが反論した。

「わ、私は、やはり男女の組み合わせが一番良いと思っているぞ」
「力説しなくても、あんたがシンジ一筋ってのは分かっているから良いわよ」
「な、なぜ、そのことをお前が知っているのだっ!」

 相手の方が、100年以上文明レベルが進んでいると言われていた。だがこうして話をしていると、特区で他のパイロット達と話をするのと全く変わらない。なるほどシンジがやっていけるはずだと、フェリスを見てアスカは納得したのだった。

「ところで、シンジが仕えるヴァルキュリアってエステル様だったわよね。
 とても聞きにくいことを聞くけど、いったいどういう人なのかしら?」
「確かに、非常に答えにくい質問に違いないな……」

 ううむと腕を組んだフェリスは、当たり障りのないところから話すことにした。

「年齢は私と同じで18になったところだ。
 先代のノア様が急逝されたので、14歳という異例の若さでヴァルキュリアに任命された。
 ドーレドーレ様の決定なのだが、囁かれている理由は見た目の良さと言う物だった」
「見た目の良さって……ヴァルキュリアになるのが、そんな理由で良いの?」

 ヴァルキュリアの意味は、アスカ達にも伝聞でしか伝わってこなかった。だがアースガルズの安全を司る円卓会議の主にして、大勢のパイロットを抱えている存在だと言うぐらいは知っていた。その重要な役目に就くのに、見た目が優先されたと言うのはどういうことだろう。エステルの見た目の良さは理解できても、それが任命理由と言われると大いに疑問を感じてしまうのだ。
 その疑問に対して、フェリスは特殊な世界なのだと、ヴァルキュリアシステムのことを説明した。

「本来システムとしてのヴァルキュリアを語るとき、対となるラウンズの存在は外せないのだ。
 古の話をするなら、ラウンズというのは必ず男が任命されていた。
 そのラウンズの忠誠を維持するためには、ヴァルキュリアは見目麗しい女性でなければならなかったのだ。
 その頃の考えが、今現在も受け継がれているというのが実態だろう。
 加えて言うなら、ヴァルキュリアは生まれたときから大勢の候補のなから選別を受けている。
 そして10歳になるとき、最終候補とそのバックアップが選出されるのだ。
 従ってエステル様にしても、任命は早いか遅いかしか違いはなかったというのが現実だ。
 私もその頃のエステル様は存じ上げているが、確かに美しさという意味では際立っていた」
「だから、多少早いとは思ったけどヴァルキュリアに任命されたってことか……」

 そう言われると、別に不思議ではないと思えるから不思議だ。なるほどと納得したアスカは、次にフェリスの言葉に含まれていたバックアップに食いついた。その話が確かならば、今のエステルにもバックアップがいることになる。

「今の話を聞いたところによると、エステル様にもバックアップがいらっしゃるのよね?」
「うむ、アヤセ様がおいでになる。
 エステル様と同じくらいの歳と聞いているが、残念ながら私もあまり記憶が定かではないのだ。
 何もなければ、あと6年ほどでバックアップの任を解かれることになるだろう。
 そのときは、このままならシンジ様の子を身籠もることになっている。
 そして生まれた子供が女子なら、ヴァルキュリア候補として育てられることになる」
「ヴァルキュリアのシステムって、そんなことまで決められているの?」

 その話が本当ならば、ヴァルキュリアとそのバックアップには恋愛の自由はないと言うことになる。まだ一緒の時間を過ごしているヴァルキュリアはまだしも、顔を合わせてもいないバックアップまでその制限を受けるとなると、さすがに尋常ではない物をそこに見てしまうのだ。
 さすがに驚く顔をしたアスカに、さほどのことかとフェリスは理解できないような顔をした。

「バックアップとは言え、ヴァルキュリアの資格を持っていることには違いない。
 ならばつがう相手がラウンズというのは、別に不思議なことではないだろう。
 それにアヤセ様には、シンジ様の情報が大量に送られているはずだ。
 シンジ様は知らなくても、アヤセ様はシンジ様のことをよくご存じのはずだ」
「いやっ、私が気にしているのは最初から選択肢がないと言うことで……」

 一応反論はしてみたが、よくよく考えれば自分達の世界でも珍しいことではないと思い出した。さすがに現在では例を探すのは難しいが、過去を振り返れば生まれたときから相手が決められているのは珍しいことではなかった。それを考えれば、システム維持のため相手を決めることはおかしなことではないのだろう。
 そう割り切ったアスカは、ヴァルキュリアシステムを維持していく問題にも気がついた。だからアヤセと言う女性の都合より、そちらの方を聞いてみることにした。

「どうしてシンジがそちらで受け入れられたのかって疑問があったんだけど、
 そう言うシステムを維持していくためには、男のラウンズの存在がとても重要ってことよね。
 確か、12人中5人しか男のラウンズっていないんだっけ?」
「最近お二方が引退されて、今は3人しか男性ラウンズはいない。
 従って、シンジ様の立場は非常に重要な意味を持っているのだ!
 そして私は、そのシンジ様を補佐する重要な役目を負っているのだ!!」

 えへんと胸を反らしたフェリスに、ある程度の事情をアスカは掴めた気がした。そしてシンジが、チフユではなくワカバが本命と言った理由を理解することが出来た。だがそこで分かるのが、アースガルズの懐の深さだろう。さもなければ、それだけ切実な問題なのかもしれないことだった。

「立ち入ったことを聞いて悪いんだけど、ラウンズの子供を産む義務ってヴァルキュリアだけなのよね?」
「義務という意味なら、確かにその通りだ。
 そもそも、古には男性のラウンズしかいなかったのだからな。
 その両者の関係を規定すれば事が足りていたのだ」

 フェリスの説明に頷いたアスカは、女性パイロットの考え方を聞くことにした。

「一般的な話で良いんだけど、女性パ……そちらの言い方だとブレイブスだっけ?
 女性のブレイブスは、結婚って概念を持っているの?」
「結婚……ちょっと待ってくれ、その概念は私たちにはないのだ」

 右手で待てのポーズをしたフェリスは、言葉の意味をラピスラズリに問い合わせた。

「あ、ああ、ラピスラズリの説明で、おおよその概念は理解できた。
 私たちの中でも、文民や一般庶民には結婚という概念が存在しているな。
 そう言う意味では、私たちブレイブスには結婚の概念はない……とばかりは言い切れないが。
 少なくとも上位レベルのブレイブスは、その概念に縛られていない。
 気に入った男の合意を得て、その男の子を身籠もって引退をしているな。
 ただ女のラウンズの場合、たいてい相手は男のラウンズになっている」
「つまり、シンジは最低でも3人のラウンズを相手にしなくちゃいけないんだ……」

 それに加えて、12人のヴァルキュリアがいるのだ。それを考えると、さすがに大変だなぁとアスカも思ってしまった。
 だがアスカの言う「最低でも」という言葉に、「それは勘違いだ」とフェリスが否定してきた。

「たぶんシンジ様は、全員に子供を授けることになるのだろう。
 もちろんそれには、シンジ様自身の魅力という所とは別の理由がある。
 何しろシンジ様は、私たちにとって全く新しい血を持ってきてくれたのだ」
「そのあたりは気になっていたんだけどね……
 でも、そう考えるとエステル様がシンジを配下にしたのは英断だったのね」
「ああ、さすがはわが主という所と胸を張りたいところなのだが……
 さすがに、エステル様のお考えは想像することが出来ない。
 それでも言えるのは、エステル様でなければシンジ様はブレイブスにもならなかったと言うことだ。
 だから今このときエステル様がヴァルキュリアでいたことが、とても大きな意味を持っていたのだ」

 自分で説明しながら、そう言う考え方もあるのかとフェリスはエステルを見直していた。頭角を現してからならいざ知らず、テラから連れてきた男をブレイブスに取り立てる。その発想自体が、彼女たちにはない物だったのだ。それをなんの躊躇いもなく実行したところに、エステルの凄さがあったのだろう。

「シンジの話に戻るけど、ラウンズって任期はあるの?」
「女の場合、およそ28で引退することになっているな。
 続けようと思えば続けられるが、区切りを付けるという意味でその年頃になっている。
 だが男となると、明確な引退年齢は決まっていない。
 このたび引退されたお二方にしても、レグルス様、シンジ様が台頭されたことが理由になっている。
 その理由は言うまでもなく、男のラウンズがほとんどいないと言うことだ」

 その間、何代ものヴァルキュリアの相手をし、なおかつ女性ラウンズ達の相手も努めなくてはならない。それを考えると、ヘルとの戦い以上の役割があるようにしか思えなかった。

「つまり男のラウンズって、戦う以上に種馬の役割の方が重要ってことか」
「その言い方に情緒はないが、役割としては間違っていないだろう。
 先日引退されたシンハ様やアーロン様は、100を超える子を作られていた。
 シンジ様の場合、何も問題が無ければその数倍となるだろうな」
「数倍って……」

 冗談と言いかけたアスカだったが、在籍年数を考えたらあり得ないことではないと考え直した。ただそれでも言えることは、非常に特殊な世界だと言うことだろう。それをどう思うか、アスカは一般的な男の意見を聞いてみた。

「カヲル、シンジの立場を羨ましいと思う?
 男の理想にある、ハーレム状態なんだけど?」
「さすがに、ちょっと頭が付いていかないかな……
 少しは羨ましいって気持ちはあるけど、なりたい立場かと言われると……」

 う〜んと考え込んだカヲルは、「やっぱりパスだね」と肩をすくめて見せた。

「やはり、それがずっと続くのは苦痛と思えるね」
「つまりそれが、テラの男性にある普通の考えと言うことか」

 カヲルの反応を見たフェリスは、シンジがなかなかヴェルデ達に手を出さなかった理由を理解できた。だとしたら、何がその壁を破ったのかが気になるところだった。

「ならば、あのセシリアと言う女性が、壁を破るきっかけとなったのだな。
 エステル様ではないが、いくら感謝をしても足りないと言うことになる」

 本当に感謝するような様子のフェリスは、割と真面目な視線をセシリアに向けた。その頃セシリアは、シンジの通訳として代表達に囲まれていた。

「その感謝というのは、やっぱり自分のため?」
「むろん、私はシンジ様の補佐としていつも一緒にあるからな。
 より深い理解に立つためには、深い繋がりは必要なことに違いないからな。
 それはシンジ様のためにユニバシオーネを出てきたマシロも同じ考えだ」

 なあと突然話を向けられたマシロは、少し慌てながら「もちろんです!」と主張した。このあたり慌てた理由は、フェリスが自分のことを覚えているとは思っていなかったのと、過去のシンジの話を興味深く聞いていたという事情がある。それに加えて、意識がシンジの方に向いていたというのが大きかった。

 そうやってカヲル達が和気藹々と話をしているとき、シンジは面倒くさい政治的対応というのをやっていた。本来ラウンズには、政治的役割と言うのは求められていない。その役目は、すべてヴァルキュリアが負うことになっていたのだ。それもあって、賢人会議メンバーの相手をすることはなかったし、こうして政治的な話をすることもなかったのだ。そもそも異世界との交流は、アースガルズの考えの中に無かったのである。
 しかもシンジは、テラ、すなわち地球にいたときには、ただと言うには多少語弊はあっても、客観的に見ればなんの経験もない中学生だったのだ。そしてアースガルズに渡ってからも、特に社会勉強をしたと言うことはない。ブレイブスとして必要なことは教え込まれたが、こうして政治というか、外交のことは蚊帳の外に置かれていた。シンジ達ラウンズに求められるのが、いかにしてトロルスを倒すのかだから、それは当たり前のこととも言えただろう。

 だがアースガルズが、テラとの関わりを持つようになると話が変わってくる。本来賢人会議から、適切な役割の者が遣わされなければならないのだろう。だが未だその枠組みが出来ていないため、シンジが二つの世界を繋がざるを得なかったのだ。だがはっきり言って、その役割はシンジには重すぎるものだったのだ。
 とは言え、こうして矢面に立たされた以上、シンジもアースガルズ代表という顔をしなくてはいけない。政治的なことは分からないとは言っても、人類にとっての足がかりはシンジしかいなかったのだ。だから各国代表達も、手ぐすねを引いてシンジの来訪を待っていたという所である。

 それもあって、直接受け答えをしなくて良いようにセシリアが通訳に立ったと言うことである。そこまでセシリアを信じて良いのかと言う問題はあるが、背に腹は代えられないのが一番大きな理由になっていた。

「なぜ、アースガルズは占領政策をとらないのですか?」

 本来の目的を考えれば、トロルス、すなわち使徒対策が最優先されるところだろう。だが各国代表達は、自分の理解できないアースガルズの全体像を掴むことを優先していた。そして彼らが一番拘ったのは、無条件降伏を突きつけたのに、占領政策すら行わないアースガルズの考え方だった。

「詳しい話を聞かせては貰っていませんが、私に分かる範囲でお答えします。
 2年前のテラ、すなわちこの世界への進攻は、あくまで緊急避難というところが有りました。
 ヴァルキュリア筆頭のドーレドーレ様が独断で決めたことを、賢人会議が追認したことになっています。
 ヴァルキュリアは、ヘルの浸食を防ぐことを行動目的としています。
 従って、この世界への干渉にしても、それ以上の目的を持っていたわけではないんです。
 それもあって、ヘルの浸食を防ぐ手助けはしても、それ以上の干渉はしていません。
 それは、賢人会議でも認められた、アースガルズ全体の考え方になっています」

 シンジの説明は、これまでいくつか行われた推測の一つを裏付けるものとなっていた。それもあって、はいそうですかと納得の出来るものではなかったのである。それを相手の空気から読み取ることは出来たが、シンジにもそれ以上答えるすべがなかったのだ。

「申し訳ありませんが、ラウンズと言っても政治に関わっているわけではありません。
 だからアースガルズ全体の方針ということになると、聞かれても分からないというのが実情です。
 私たちブレイブスに求められるのは、いかにしてトロルスを倒すのかと言うことです。
 政治的なものは、賢人会議とヴァルキュリアに任されるものとなっているんです」

 シンジの説明に対し、アメリカから派遣されたデイヴィッド・レヴィンソンは、違う観点でのアースガルズと地球の関わりを質問してきた。

「非常に過激で、且つ極端な意見であることを先に断っておこう。
 ヴァルキュリアとラウンズの役割は、あくまでアースガルズを守ることにある。
 その点について、誤解はないと思うが間違ってはいないかな?」

 質問の仕方に、少し神経質かなと相手の性格をシンジは分析した。そしてセシリアが通訳した内容に、どう答えたものかと考えてしまった。だがすぐに、取り繕っても無駄かとはっきりと答えることにした。

「そうですね、ラウンズの使命はアースガルズを守ることだけです」
「君の考え方を聞いてみたい誘惑はあるが、それはこの際我慢することにしよう。
 その代わり教えて貰いたいのだが、アースガルズを守ることがすべてに優先すると考えて良いのかな?」

 「その通り」と答えるのは簡単なのだが、その場合に考えられる問題点をシンジはラピスラズリに尋ねることにした。そして次に行われる質問と、相手が欲する答えも同時に確認することにした。

「おそらく、私たちがテラを攻撃することを危惧していると思われます。
 そしてその答えに関して言えば、意味がないので行わないと言うことになります。
 汚染される前なら意味があったのですが、すでに汚染されているため手遅れというのがその理由です。
 根拠の補強が必要なら、ヴァナガルズが破壊されずに残っていることを上げればよいかと思います」

 そのラピスラズリからの答えを受け取ったシンジは、「そうですね」とデイヴィッドに答えた。

「そもそも、他の世界に干渉すると言う考えはないと聞かされています。
 ただ、過去の失敗が理由となって、今回テラ、すなわちこの世界への干渉を行いました。
 同じことの繰り返しになりますが、別にこの世界のためを思って干渉したわけではありません」
「その考え方を否定するつもりはないが、私たちとしてはいささか気になることがある。
 アースガルズにとって、私たちの世界は大きな意味を持っていないように思われるのだよ。
 もしも意味があるとしたら、ヘルによる浸食の緩衝地帯と言うことだろうか。
 その効率を考えたとき、アースガルズが我々を滅ぼすことがあるのではないかと恐れている」

 デイヴィッドの指摘に対し、居合わせた人々の間に小さなざわめきが起きた。そしてそれを通訳するセシリアにも、はっきりとした動揺が現れていた。

「碇様に答えられる質問ではないと思います。
 デイヴィッド氏には、答えを持ち合わせてないとお答えしておきましょうか?」

 そう言って気を利かせたセシリアに、安心させるように「心配はいらない」とシンジは返した。

「そもそもアースガルズが干渉するきっかけとなったのは、過去に類似の事例があったからです。
 ヴァナガルズと言う世界なのですが、この世界で言うサードインパクトで滅びました。
 そしてヴァナガルズが、トロルス、すなわち使徒の供給源になっています。
 ええっと、デイヴィッドさんでしたっけ、あなたが疑問に感じた点。
 その効率だけでいけば、アースガルズはヴァナガルズを破壊していなければいけませんね?」
「だが、我々の世界ではサードインパクトは起きていない。
 ならば先手を打って、我々を滅ぼし汚染の拡大を止めるという考え方が有ってもおかしくはない」
「それは、この世界が汚染されていなければと言う前提がありますね。
 忘れていただきたくないのは、すでにこの世界はセカンドインパクトによって汚染されています。
 多少マシというレベルで放置した場合、結局アースガルズは多面からの汚染への対処が必要になります。
 もちろんこれは、現時点でと言う断りがつきますし、私が知らされている範囲ということにもなります」

 よろしいですか? と言うシンジの問いかけに、デイヴィッドは攻撃の議論を取り下げた。否定されるのは織り込み済みだし、その答えも納得できるものだったのだ。だからデイヴィッドは、代わりにアースガルズにとってのこの世界の価値を持ち出した。

「緩衝地帯として維持される。
 その為に、必要な支援を受けられると言う話だったと思う。
 緩衝地帯という以外に、我々の世界に価値はないのだろうか?」
「その質問に対して、答えられるだけの知識を私は持っていません。
 繰り返しますが、私は2年前まであなたと同じ世界に生きていたんです。
 しかもその頃は、パイロットなんてものをしていましたが、ただの中学生だったんです。
 政治なんてものは遠い世界のことで、社会の構造自体も考えたことはありませんでした。
 そしてアースガルズのことに触れたのも、1年程度でしかないんです。
 そしてブレイブスに求められるのは、トロルスを確実に倒す技量を高めることだけです。
 政治的なことにかまけているぐらいなら、体を動かせと言われる立場なんですよ。
 だから申し訳ありませんが、難しいことを聞かれてもさっぱり分からないんです」

 シンジを前に勢い込んでいたデイヴィッドだったが、返された答えに驚いたように目を剥いた。そして次に目を閉じ、小さな深呼吸を繰り返した。

「すまない、君に会えて少し興奮していたようだ。
 そして返ってきた答えに、少し先走りをしていたと思う」

 言われてみれば、シンジの言っていることに間違いはない。世界を知るには、シンジはまだ若すぎる年齢だったのだ。
 シンジに謝罪をしたデイヴィッドは、「勝手な考えだ」と前置きをして、自分達の仮説を持ち出した。

「一つの前提として、君という存在がある。
 アースガルズに渡って、僅か2年で君はラウンズというトップに上り詰めた。
 だから彼らは、君という存在を通して私たちの世界を評価しているのではないかと考えたのだよ。
 技術的には取るに足らない世界だろうが、人材という意味で貢献できるのではないかと考えたのだ」
「デイヴィッドさんの質問に対して、私は肯定も否定も出来ないというのが正直なところです。
 人材というのはパイロットのことだと思いますが、
 現時点でアースガルズはブレイブスが不足しているわけではありません。
 将来に渡ってどうかというのは、それもなかなか微妙というのがお答えになります。
 人口にして100億程度抱えていますから、人的資源はこちらに頼らなくても良いのではないでしょうか。
 ただ、本当にそうなのかは、ラウンズの立場でも知らされていません。
 また、こちらでの訓練状況も伝わっていますので、私は例外に扱われている可能性もあります」

 特区の人材育成が、順調とは言えないのは共通の認識だった。それを持ち出されたため、人材という切り口は使いにくくなったとデイヴィッドは考えた。
 そしてシンジの側でも、一つの事実については説明していなかった。それは、ラウンズにおいて、深刻な男性不足に陥っていることだった。

「ただ、アースガルズではテラのパイロットを訓練する計画を立てています。
 その手始めが、今回私が特区セルンを訪問したことなのですが、
 それとは別に、テラのパイロットをアースガルズで育成することも計画にあります。
 もしもその育成過程で特異性を示せたら、デイヴィッドさんの仰有ることも現実になると思います」

 アースガルズで地球のパイロットを育成する。その考えは、今の話で初めて明かされたことだった。それもあって、話を聞いていた者達の間に驚きからざわめきが上がっていた。そしてその考えこそ、デイヴィッドの仮説にも繋がるものだった。

「つまり、私たちの世界は、アースガルズの評価を受けていると考えて良いのかな?」
「接触を持ってわずか2年ですからね、付き合い方を考えているのではないでしょうか?
 先ほど仰有ったように、緩衝地帯として期待されているのは確かです。
 ですから、出来る限りの支援を行うという合意は出来ていると聞かされています」
「だが、次の使徒襲来までに、我々の体制が整うとは考えられない。
 アースガルズは、我々の世界に派兵することも考えているのか?」

 出来る限りの支援ということで、デイヴィッドは直接の派兵を持ち出した。確かに今のパイロット達では、僅かな数の使徒相手でも、撃破はきわめて困難であるのは明白である。これが数ヶ月という単位で考えると、不可能と考えた方が間違いないだろう。

「そのことについては、お約束できる話はありません。
 先ほどデイヴィッドさんが確認されたように、考えるのは第一にアースガルズの安全です。
 従って、アースガルズでの戦いに余裕がない限り、支援の派遣はあり得ないというのが現実です。
 裏を返せば、余裕さえあれば派遣されるというのがお答えになります。
 そのときには、エステル様が出撃されることになるでしょう。
 私を含め、レベル7以上は21と少ないですが、数百程度のトロルスなら撃破は容易です」
「確約は出来ないが、見捨てることはしないと考えて良いのだろうか?
 もしもそう言う考えならば、我々も戦い方を考える必要があるのだろうな」

 ふっと小さく息を吐き出したデイヴィッドは、ありがとうとシンジに右手を差し出した。

「色々と、難しい議論を持ちかけてしまったようだ。
 だが我々にとって、アースガルズとの接点は君以外にはいないのだよ。
 だからどうしても、君という存在に頼ってしまうんだ」
「仰有ることは理解できます。
 ただ私にしても、まだまだ経験不足の若造なんです。
 ヴァルキュリアに対して、進言できるだけの知識も経験も持っていないんです。
 使徒と戦った経験にしても、ネルフでの経験以外にない新米ブレイブスなんですよ。
 それもあって、次の戦いではラウンズのトップ配下に組み込まれました」

 デイヴィッドの手を握りしめたシンジは、「まだまだです」と自嘲を込めた答えを返した。

「現時点での観測では、数週間後には戦いになるとされています。
 そのときテラで何が起きるのかは、残念ながら予想は付いていません。
 ただ過去の戦いにおいて、同時にテラでトロルスが襲来した事実はないのが現実です。
 そしてアースガルズの観測網では、小さな変化までは捉えることが出来ないんです」
「その点についてなのだが、個人的には少し気になることがあるんだよ。
 ただ、誰も賛同者がいないというのが現実なんだけどね」

 頭を掻いたデイヴィッドに、「どういうことですか?」とシンジは質問した。

「あ、ええっと、僕自身はどのような観測が行われているのかは分かりません。
 ただ、電子妖精に情報を上げれば、必要な分析はしてくれると思いますので……」
「それを、この場で出して良いのかさすがに判断に苦しむのだがね」

 賛同者がいないのではなく、否定的な意見ばかり聞かされていたのだ。だからデイヴィッドも、自説に自信が無くなっていた。その自説をアースガルズに聞かせるのは、さすがにどうかとデイヴィッドも遠慮してしまった。特にいつまでも、シンジとの会話を独占するわけにはいかなかったのだ。

「あまり君を独占していると、私に向けられる視線が厳しくなるからね。
 まかり間違って外交問題になろうものなら、私は今の立場を罷免されてしまう」
「でしたら、私よりもう少し技術の分かる者を連れてきましょう」

 そうすれば、デイヴィッドの疑問に答えることが出来る。そう考えたシンジは、マシロを呼び寄せることにした。

「なんでしょうかシンジ様!」

 自分一人呼ばれたことに、マシロはフェリスに対する優越感を覚えていた。そんなマシロに、頼みたいことがあるとシンジは切り出した。

「デイヴィッドさんと、少し技術的な話をして欲しいんだ。
 どうもテラでの観測について、意見を聞きたいらしいんだよ」
「でしたら、ミユを呼んだ方が良さそうですね」

 通訳を取り上げると、フェリスは何も出来なくなる。マシロがミユを呼び寄せたことで、おまけのようにフェリスも付いてきた。

「ここから先は、僕と一緒に行動してくれるかな?」
「私は、シンジ様の指示に従うだけです!」

 フェリスにとって、まさに棚からぼた餅という所だろう。明らかに嬉しそうな顔をして、シンジの命令に従うと答えた。

「じゃあマシロ、デイヴィッドさんの相手を頼むよ」
「畏まりました……」

 少し不満そうに見えるのは、フェリスの境遇をうらやんでいるからだろうか。ただ、この役目もシンジ直々にお願いされたことに違いない。そう頭を切り換えたマシロは、ミユを通訳としてデイヴィッドの話を聞くことにした。






続く

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