機動兵器のある風景
Scene -24







 初日の失敗に懲りたシンジは、二日目からは自分だけでシエルの相手をすることに切り替えた。テラに出発するまでには、残りはあと5日。その間に、ひとまずの区切りを付けておく必要があったのだ。座学という名の打ち合わせは夜に行い、昼間に関しては集中的に二人きりの訓練を行うことにした。
 ちなみにシエルが気に入ったフェリスは、指導をメイハに任せることにした。いかにも不満げなフェリスだったが、シンジは「補佐として必要なことを覚えて欲しい」と言う言葉で黙らせた。

「こうしてみると、並のブレイブス以下の実力しかないのにな。
 お前程度の実力なら、私の所なら少なくとも100人はいるはずなのだが……」

 目の周りを氷嚢で冷やすシンジに、つくづく不思議だとシエルは声を掛けた。まずは実力を見ると組み手を行ったのだが、開始して僅か1分でシンジはのされることになったのだ。最初の申し合わせを省くと、開始5秒という瞬殺記録である。
 ちなみに今の姿勢は、なぜかシエルが膝枕などと言う物をしていた。このあたりは、慌てたシエルにニンフが助言した結果でもある。トレーニング中ということもあり、シンジの頭の下はシエルの生足だった。

「そのくせ、機動兵器に乗せればレグルスに並ぶ実力を持っている。
 しかもお前は、この私に引き分けるだけの力も持っているのだ。
 これを不条理と言わずしてなんと呼べばいいのだ?」
「まあ、機動兵器と生身は違いますから……いてっ」

 体を起こそうとしたら、鈍い痛みが顔面に走った。小さなうめき声を上げたシンジを、寝ていろとシエルは手で押さえつけた。

「あまり無理をするな。
 私も、もう少し手加減をすれば良かったのだが……」

 はあっとため息を吐いたシエルは、もう一度「どうしてだ?」と繰り返した。

「格闘という意味では、私たちの場合機動兵器に乗ってもあまり変化はないのだぞ。
 特殊能力の得意なサークラでも、格闘戦は生身とさほど実力は変わらない。
 私の知っているラウンズの中では、お前は変わり種過ぎるとしか言いようがない」
「私の場合、機動兵器の訓練を受けたのはこの1年ですからね。
 ブレイブスの訓練も1年ですから、他の人たちとは基礎が違っているんですよ」
「それが正しければ、お前はまだレベル4あたりをうろうろとしているはずなのだ。
 だがお前は、記録的な早さでレベル10を突破してくれた。
 この私でも、レベル10を超えたのは14になってからのことなんだぞ。
 訓練自体は、その6年ほど前から受けているのだ。
 それがどれだけ異常なことか理解できるだろう!」

 もう一度不思議だと繰り返したシエルは、「お前はなんなのだ?」とシンジに尋ねた。

「お前は、私の常識をことごとく壊してくれる。
 なぜ基礎の出来ていないお前が、レグルスまで倒すことが出来るのだ?
 あそこで止まらなければ、お前は私も倒していたのか?」
「それはどうなんでしょうね。
 勝つつもりでは挑んでいきますけど、そこまでの力はないと思っています」
「それでも、引き分けることなら出来るのだろうな。
 事実私は、前の戦いでは攻めきることができなかった」

 不思議だと繰り返したシエルは、まぶしいと言って手で陰を作った。二人きりのトレーニングルームには、窓から明るい太陽の光が差し込んでいた。
 同じように手で陰を作ったシンジは、種明かしをしましょうかと小さな声で答えた。

「明かすような種があると言うことか?」
「シエル様と引き分けた理由ぐらいなら、種明かしが出来ると思いますよ」

 そのあたりは、シエルにとってずっと謎となっていたことだった。それもあって非常に興味がわいたのだが、そこをシエルはぐっと我慢することにした。

「そうか、だがそれは今は聞かないことにしておこう。
 おそらくそれが、お前と戦ったときのやりにくさの理由なのだろうな。
 ところでシンジ、そろそろ立てるか?」
「ええ、もう十分休ませて貰いました。
 まあ結構、シエル様の膝の感触が名残惜しいですけどね」

 気持ちよかったですよと言うシンジに、少し照れながら「そうか」とシエルは短く答えた。膝枕というものは知識としては知っていたが、正真正銘初めての経験だったのだ。本当に今の今まで、自分がするとは考えた事はなかった。

「私に勝てば、このすべてを手に入れることが出来るぞ」
「そう言う乗りは、10代で卒業しろと言われていませんでしたか?」

 よっと起き上がったシンジは、目元を冷やしていた氷嚢を脇に置いた。まだ少し痣は残っているが、特製軟膏を塗っておけばすぐに目立たなくなるだろう。

「焦って撤回したと言われるのはイヤだからな。
 だからお前には、早く私を倒せる実力を付けて貰いたい」
「シエル様、結構凄いことを言っているのを自覚していますか?」

 「早く自分に勝って抱いてくれ」シエルの言葉は、それを言い換えただけのものになっていたのだ。面と向かってそれを言われれば、さすがにシンジも照れてしまう。しかもシンジの指摘のせいで、シエルも全身真っ赤になってしまっていた。

「べ、別に、そんな意味で言ったつもりは無いのだが……
 だが、考えてみれば別に間違ったことは言っていないと思うし……」

 そこで何故かニンフがシンジの視界に割り込んできた。よしと拳を握りしめたニンフは、すぐに押し倒してくださいとシンジの耳元で囁いた。

「うまい具合に発情しています。
 今なら間違いなく落ちます……と言うか、すでに落ちていますから!」

 すぐやれ、今やれ、迷わずにやれとはやし立てる電子妖精を無視し、シンジは機動兵器での訓練を提案した。生身での訓練に即効性がないのだから、本来求められる機動兵器で訓練をした方が良いというのである。

「そ、そこで、私に勝つつもりか?」
「たぶん、それだと焦ったシエル様がわざと負けたと言われますよ。
 ギムレーをマシロが改良してくれましたから、それを試してみたいと思っているんです。
 あとは入院中に色々と仕入れたので、その有効性も見ていただけたらと思っています」
「そうか、お前の場合必ずしも体を動かさなくても良いのだったな」

 ほっとしたような、そして少しがっかりしたような様子を見せたシエルは、すぐに気を取り直して自分の電子妖精を呼び出した。

「ニンフ、シグナムの用意はできているか!」
「はいシエル様、いつでも出撃可能です!」

 さすがのニンフも、シエルに対してはまじめな顔を見せているようだ。それを受けてシンジはラピスラズリを呼び出した。

「ラピス、ギムレーの準備は良いね?」
「もちろん!
 マシロ様も太鼓判を押されていますよ!」

 その答えに満足したシンジは、マシロやフェリスにも教えておくようにとラピスラズリに指示を出した。ラウンズトップとの手合わせをするのだから、これ以上の教育素材はないというものだ。

「ではシエル様、12−1の練習場が確保してありますのでそちらにお願いします」
「特殊能力用の練習場だな。
 承知した、すぐにシグナムで行くことにしよう!」

 ニンフと呼び掛けた瞬間、シエルの姿はその場から消失した。それに一呼吸遅れて、シンジもラピスラズリに移動を命じた。

「ニンフがおかんむりですよ」
「僕は、僕の事情を優先するだけだよ」
「それは、まあ、そうでしょうね」

 「りょーかい」と言う軽い返事をしたラピスラズリは、直ちにシンジをギムレーへと転送した。そしてセッティングをするシンジに、少し呆れながら、「目敏い人が多すぎます」と言ってきた。

「なんのこと?」
「カノン様とかマニゴルド様とか……どこから聞きつけてきたのか、訓練を見に来るそうです。
 サークラ様やレグルス様も……なんで引退されたアーロン様やシンハ様までいらっしゃるのですか?」
「何でと言われても……どうしてだろうね?」

 これが祭りのやり直しとでも言うのなら別だが、あくまで訓練の一環でしかないのだ。そこに名だたるラウンズが勢揃いするというのは、どう考えてもやり過ぎになるものだった。絶対誰かが裏で糸を引いていると考えたシンジは、「たぶんニンフだろう」とラピスラズリに調べさせた。

「どうも、なりふり構わず既成事実を作ろうとしているようだね」
「集まられた方達は、シエル様が負けたときの証人と言うことですか?」
「きっとニンフはそう思っているんだろうね。
 ただ、集まった方にしてみれば興味本位というのが一番だろうね。
 たぶんシエル様が、僕の実力を正しく見せてくれると考えているんだよ」

 ラウンズになって、64勝1敗1引き分けというのがシエルの戦績である。誰もが認める実力は、シンジの能力を測りとるのに確かに最適の相手だろう。

「それで、設定はどうされますか?」
「まずはマシロの調整を試してみようか?」

 つまり、レグルスとやったガチバトルをしようというのである。その指示を聞いたラピスラズリは、「意外と熱血なんですね」とからかった。

「こういうものは、試せるときに試しておかないといけないんだよ。
 そう言う意味では、シエル様はちょうど良い練習台だと思わないか?」
「さすがに、フェリスでは荷が重いですからね」

 承知しましたと答えたラピスラズリは、シンジの指示通り思考コントロールのゲインを上げた。前回使用したときには、圧倒的なスピードでレグルスを制したが、過剰なフィードバックに両腕を壊した設定である。マシロの調整が失敗していたら、またしばらく戦線離脱してしまう代物である。だがマシロの努力を信じたシンジは、全く不安を持っていなかったのだった。



 ラウンズ筆頭シエル・シエルの挙動は、当然他のラウンズ達の注目を集める事になる。シンジを指導するというドーレドーレの決定があったことも、当然彼らは知らされていたのだ。だからいつ機動兵器での訓練が行われるのかを、ラウンズ達は自分の電子妖精に見晴らせていたというわけだ。従って、ニンフのお知らせが無くとも、彼らは集まっていたことだろう。

「みんな考えることは一緒と言うことか」

 マニゴルドは真面目な顔をして、集まったラウンズ達の顔を見た。数えてみれば、全員が集合していたのだ。

「そりゃあ、練習の方が色々と観察できて面白いからね。
 シンジが、シエル相手にどこまでやるか興味深いじゃない」
「ボクとしては、シエル姉が年貢を納めるところを見てみたいのだけどね」
「俺は、俺が負けた理由を知りたいだけだ!」

 「そうか」と小さく呟いたマニゴルドは、少し離れたところにいる他のラウンズ達を見た。思い思いにグループを作っているのだが、その中で特徴的なのはアーロンとシンハが後継者を連れて一緒にいることだろう。新しくラウンズに任命されたシエスタ・ハレとローザ・リルは、真剣な顔で練習場を見つめていた。

「確かに、最も興味深い対戦なのは間違いないな」
「だけど、レグルスには通用しても、シエルに通用するとは思えないわよ」
「なんで、俺には良くてシエルの姉御だとだめなんだ?」

 カノンの言葉に、すかさずレグルスはどういう意味だと噛みついた。格闘命のレグルスは、殴り合いだけならシエルよりも強いと信じていたのだ。

「あんたと違って、どこまで行ってもシエルは冷静だからよ。
 天才シエルの本領を、たぶんこれから見ることが出来ると思うわよ」
「シエルが冷静でなくなるのは、あっちのことでからかわれたときだけだからね」

 しししとサークラが笑ったところで、両者の機動兵器が練習フィールドに顔を合わせた。
 かたや引き分けこそあるが54連勝中のシグナムに、ロールアウト以来圧倒的な性能を見せつけてきたギムレーである。緋色と金色が、黒っぽい大地で向かい合った。けばけばしかった金色も、こうしてみると風格がでてくるから不思議だった。

「アル、シンジの設定は分かるか?」
「データ通りなら、レグルス様の時と同じになっています」
「つまりシンジは、シエルに殴り合いを挑むってことか」

 面白いとレグルスが笑ったのと同時に、シンジの乗ったギムレーが、圧倒的な速度でシグナムに殺到した。

 観客が多いのは気に掛かるが、シエルは目の前の特訓に頭を切り換えた。すでにシンジからは、レグルスの時と同じ設定で行くと知らされている。圧倒的に早いことは分かっているのだから、一瞬の油断が敗北を招くことになる。
 「行きますよ」と言うシンジからの通信と同時に、離れたところにいたはずのギムレーが、瞬きする間もなく目の前に現れた。

「予想してはいても、さすがに早いな……」

 レグルスがパニックに陥ったはずだと、予想以上の早さにシエルは驚嘆した。分かっていたから対処できたが、初見でこれをされたら自分でも対処は難しいだろう。攻撃は未熟でも、この早さだけでも驚異的な武器だとシエルは考えた。だが驚きはしたが、対処に一瞬の遅滞もなかった。
 シンジの早さに対して、シエルはレグルスとは逆に接近することを選択した。相手の方が早いのだから、距離をとろうとしても追い詰められてしまう。ならば、シンジの未熟さを利用しようと考えたのだ。そしてその狙い通り、圧倒的な早さも、近づきすぎては効果的には働いてくれなかった。

「見事な早さと褒めてやりたいところだが……まず体の方は大丈夫なのか?」
「そのあたりは、マシロの仕掛けが有効に働いているようです。
 おかげで、前のようなことはなさそうですね。
 あだ、その分多少性能が落ちている気もしますが……」
「そうか、ならば次の段階に進めることにしようか」

 遠慮がいら無いと分かれば、次はシエルが攻撃する番となる。いくらシンジが早くても、接近戦ではシエルに一日どころか数日の長がある。シンジのこぶしをスリップでかわし、がら空きになった顔面に右拳を叩き込んだ……つもりだったのだが、読まれていたのか見事に空振りをしてしまった。

「やはり、やりにくいな」

 大振りをして出来た隙を、シエルはとっさに両手でカバーした。そして攻撃してきたギムレーの右腕を捕まえ、振り回すようにして一度距離をとった。そして一瞬開いた距離を、大地を強く蹴って瞬く間にゼロにした。

「次は、私から行くぞっ!」

 早さで負けても、テクニックならば数段上の自身があった。そのテクニックを生かして殴りかかったシエルは、もう一度やりにくさを感じさせられていた。殴り合いにおいて、圧倒的な早さというのは強力な武器となる。そのせいで、テクニックで優位に立っても、ことごとく攻撃が避けられてしまっていた。

「ならば、これならどうだっ!」

 フェイントを交えて接近したシエルは、敢えて顔面を晒すようにシンジに突っ込んだ。当然シンジを誘う罠で、顔面への攻撃はファントムで回避するつもりでいた。
 だがこの誘いに、シンジは乗ってこなかった。頭から突っ込んでくるのを身を捻って躱し、後頭部へと拳を打ち下ろした。それをシエルはさらなる加速で避け、もう一度同じように顔から突っ込んでいった。先ほどと同じ攻撃なのだが、今度はファントムを使うつもりはなかった。

「やはりっ、読まれているのかっ!」

 同じように避けられるかと考えたら、今度はカウンターを入れるように顔面に拳が飛んできた。それを敢えて額で受けたシエルは、ぐっと首を踏ん張って右のカウンターを放った。だがそのカウンターも、シンジが後ろに下がったために空を切った。

「やはり、あの早さをどうにかしないと勝負にならん!」

 ならば組み合うまでと、シエルはシグナムを疾走させた。普段はしないのだが、アクセルに更にアクセルを重ね、止まることを無視したスピード戦法に出たのである。こうすれば、少なくとも移動速度だけは対等に持って行くことが出来る。止まれないというのは、相手の体にぶつければ解決できる問題だった。
 だがシンジは、シエルの試みをさらなる加速で回避した。たださすがに感覚がついて行けなかったため、体勢を崩したシエルへ追撃を掛けることは出来なかった。

「どうやら、そこまでが限界のようだな」
「さすがに、目が回ってきました……」

 両者距離をとったところで、どちらからと言うことなく最初の対戦は終了することになった。レグルスを屠った早さで挑んだにもかかわらず、シンジはシエルを追い詰めることが出来なかった。そしてシエルもまた、ファントムを使ってもシンジを仕留められなかった。つまり今度の戦いも、決め手を欠いて引き分けと言うことになる。

「では、仕切り直しをすることにしよう」
「まだ、目が回っているんですけど……」

 その程度のことでは、シエルを止められないのは覚悟していたことだった。だからシンジは、シエルに対するため最大加速をしようとしたのだが、意外にもシエルはゆっくりとシンジに近づいてきた。
 一瞬虚を突かれたが、すぐにシンジは何事もなかったようにシエルへと攻撃を加えた。レグルスにしたとおり、拳の雨をシエルに向かって浴びせかけたのである。それをシエルは、自ら反撃を封じ、ただひたすら避け続けた。

「やはり、攻撃は素人だな……」

 シンジに攻撃をさせることで、一つ一つの攻撃の癖を理解することができる。殴りつける前に大きく反動を付けるところとか、右拳を出す際、体が少し左側に流れるところとか、一つ一つは小さなことだし、今までは早さの中に埋もれてしまうような小さな癖でしかなかっただろう。その一つ一つを、シエルは冷静に暴き出し、シンジへの反撃の糸口としたのだ。

「このあたりの癖は、攻撃の威力が小さいことが理由になっているのか」

 殴る力が弱いと思っているから、より強く殴ろうとして大きな反動を付けてしまう。そして殴るときに力んでしまうから、体から倒れていってしまうのだろう。戦い方を矯正すれば、いずれは克服可能な癖だとシエルは分析した。だがこの戦いでは、はっきりとした弱点になってくる。負ける事でそれを知るのも訓練と、シエルはシンジを仕留めることにした。
 いくら反応が早くても、攻撃を仕掛けるタイミングは死角となってくる。右の引き手が大きくなったところで、シエルは反撃のため一歩踏み込んだ。そしてノーモーションで、右拳をシンジの顔面へと突き刺した。それを紙一重で躱したシンジだったが、反撃しようとしたところをシエルに追い打ちを掛けられた。僅かに体が傾いたところをシエルは見逃さず、シンジの右拳に自分の左を合わせた。ボクシングで言うカウンターの形で放たれた拳は、初めてシンジの顔面を撃ち抜いた。そして体のバネを生かして、追撃の右がシンジの胴を捕らえたのである。「どかん」と言う大きな音が立て続きに響き、すぐさまシンジから降参の連絡が送られてきた。

「どうやら、殴り合いは私の勝ちのようだな」
「ただ早いだけでは、シエル様に敵いませんでしたね」

 ふうっと大きく息を吐き出したシンジは、まだまだだと右手で頭を掻いた。圧倒的な早さを身につければ、もしかしたら勝てるかも知れないと考えていた。だが結果は、完膚無きまでの敗北である。さすがは筆頭と、シエルの強さを見直したのだった。

「もともと分かっていたことではあるが、やはりお前は殴り合いに関しては素人だな」
「まあ、練習を始めてから1年ぐらいですから……
 それに、そちらの方はあまり良い指導を受けた覚えがありませんし。
 基礎をすっ飛ばしたのも、素人と言われる理由なんでしょうね」
「うむ、基礎を積み重ねることは大切だぞ。
 それが分かっているなら、何年もすれば素人とは言われなくなるだろうな」

 すぐにと言わないのは、それほど簡単に技量が身につかないのを知っているからに他ならない。それがラウンズともなれば大きな問題のはずなのだが、肉弾戦の技量不足をシエルはあまり問題としなかった。それは次に確認する、シンジの特殊技能があったからである。

「シンジよ、観客が多いが次はどうするのだ?」
「このまま殴り合いを挑んでも意味がなさそうですから、ちょっと特殊能力を披露しようかと思っています。
 それに、一度試しておかないとトロルス相手に使えないと思いますから」
「うむ、次の戦いではお前には後方からの支援攻撃を期待しているからな。
 それで試してみるというのは、フォトン・トーピドか、それともドゥリンダナか?」

 これまで披露してきた技を持ちだしたシエルに、「色々と勉強したのだ」とシンジは返した。

「入院中に、過去のラウンズの戦い方を勉強させた貰いました。
 その中で、なかなか有効そうな攻撃方法がありました。
 シューティング・スターって言うらしいんですけどね。
 電磁投射砲の一種だとラピスが説明してくれましたよ。
 200年ほど前に使われていた技ですね」
「私も、記録で見た程度だな……」

 どんな技だったかと思い出したシエルは、本当にできるのかとシンジに聞き返した。

「強力な磁場を発生させる必要があるのだが……本当にできるのか?」
「それを含めて、試してみようと言う事です。
 ただ危ないですから、シグナムを的にすることはしませんよ」
「ほほう、大きく出たものだな」

 ふっと口元を歪めたシエルに、「トロルス向け」とシンジは笑った。

「うまく行けば、威力だけはあるみたいですからね。
 機動兵器同士の戦いには、ためが大きすぎるために使えませんよ。
 だから的にはしないって言ったんです」
「そう言う意味であれば、大人しく聞いておくことにしようか」
「もともと私たちの戦いは、トロルスと戦うことを前提にしていますからね。
 じゃあラピス、マシロに言って標的を用意して貰えるかな?」

 畏まりましたというラピスラズリの声から少し遅れ、実験場の地面が割れ大きな壁が姿を現した。その高さはおよそ20m、幅は50m、厚さも10mほどある丈夫そうな壁だった。表面は何かでコーティングされているのか、日の光を受けてぎらぎらと輝いていた。

「では、速射モードから試してみます!」

 その言葉と同時に、ギムレーの周りに青白い火花が飛んだのが観測された。なるほどためが必要なのだなとシエルが感心したところで、シンジは軽く右手を振った。そしてその手の振りに合わせるように、何もない大地から黒い霧のようなものが立ち上り、次の瞬間火花を発しながら巨大な壁へと激突した。

「砂鉄を飛ばしたのか?」
「砂鉄だったら、大抵の戦場で用意できますからね。
 まあ海上だったら、弾用となる金属片を持っていく必要がありますが……
 リサイクルも効きますから、あまり大量には必要ないでしょう。
 ラピス、どの程度の効果が出ている?」

 とりあえず実験が成功したので、シンジはその首尾をラピスラズリに確認した。

「う〜ん、とても微妙な結果ですね。
 機動兵器なら跡形もなく破壊できますが、トロルス向けにはちょっと力不足というか。
 防御フィールドの破壊はできても、本体に届く前にエネルギーが消失してしまいそうです」

 同じ報告をニンフから受けたシエルは、意地を張らなくて良かったと胸をなで下ろしていた。霧のように殺到されては、防御のしようが無いのが分かったのだ。そして同時に、仲間になってくれて良かったとまだ若いラウンズの機体を見た。

「加速を上げるか、もう少し質量を増すかと言うところかな?」
「その両方が必要ではないでしょうか?
 都合良く弾を用意できるとは限りませんから。
 今のままでは、トロルス相手には通用しませんね」
「じゃあ、もう少しチャージを長くしないといけないか……」

 ううむと考えたシンジに、それからとラピスラズリは付け加えた。

「砂鉄を使用する場合、同じ場所では連射できませんからね」
「そうか、使えそうな奴は使っちゃったか……」

 仕方が無いと、20mほど後ろに下がったシンジは、再びシューティング・スターの準備に入った。

「速射モードなんだから、あまりためを作ってばかりじゃいけないんだろうね……」

 そのあたりのバランスが重要だと、先ほどよりほんの僅か長いためを作ったシンジは、もう少し加速に集中して右手を振った。それに合わせるように、黒い雲が発光しながら的となった壁へと激突した。

「先ほどより威力は上がりましたね。
 速射モードとしては、これぐらいでよろしいのではないでしょうか?」
「だとしたら、次は破壊モードか……ラピス、弾を用意用意してくれ」
「りょーかいっ!」

 軽い返事をしたラピスラズリは、準備していた小さな弾を百ほどシンジの前にばらまいた。今までは砂鉄を使用したが、今度はより質量の大きな実体弾を使っての攻撃となる。
 じゃあと言って集中したとき、今までと同じようにギムレーの周りが青白く光った。ただ先ほどと違ったのは、その光がギムレーの周りで輪を作ったことだった。その光の輪は、ラピスラズリの送ってきた弾を巻き上げ、更に光を強くした。

「加速は十分にできたみたいです」
「じゃあ、やってみるから測定よろしく!」

 先ほどは腕を振ったのだが、今度は人差し指を立ててまっすぐ右腕を振り下ろした。その合図(?)に合わせるように、ギムレーの周りで加速された弾は、光の粒となって的となった壁へと降り注いだ。その光景は、技の名前通りに、まるで流星を思わせるものだった。

「ラピス、結果はどうだい?」
「再び微妙というところですね。
 加速中に結構質量が失われたようで、予定よりも威力が落ちています。
 トロルスを倒すには十分ですけど、あまり効率が良くありませんね」
「フォトン・トーピドーと比べてどうだい?」
「実体がある分、威力は格段に大きいですね」

 だから微妙と言う事になってくる。ただそう答えながら、「凄い」とラピスラズリは考えていた。オリジナルではないのを差し引いても、200年ほど使われていない技を簡単に再現したのだ。しかも使用されなかった理由も、真似ができなかったというものなのだ。それを映像情報だけで真似をしたのだから、希有な才能としか言いようが無かった。微妙とコメントした威力にしても、使用する弾の材質選択と、今後の練習で克服が可能な範囲でしかない。マシロも分析しているはずだから、すぐに答えを出してくれることだろう。
 この能力を考えたら、格闘技能などどうでも良いことにしか思えない。だからシエルも拘っていないのかと、筆頭の考え方を理解したラピスラズリだった。

「今日の出し物はそれで終わりか?」
「他はまだ勉強中です。
 これにしても、まだまだやることが沢山ありそうですから。
 色々なところに手を出していては、一つ一つが仕上がりませんからね」
「うむ、実戦で使えてこそ意味があることだからな。
 それに、その技の使いどころを考えておく必要がある。
 マシロだったか、皆を交えて反省会をすることにしよう」

 訓練の終了を告げたシエルは、「それから」と言って一つシンジに注意をした。

「殴り合いで負けたことを、あまり難しく考えるな。
 先に言っておくが、我流のせいでお前には色々な癖がある。
 その癖の修整には、正しい技量を身につけることで行わなければならない。
 癖だけに気を取られると、全てのバランスがおかしくなるからな」
「仰有る意味は理解できました。
 ただ、癖があると言われると気になって仕方がありませんね」

 苦笑したシンジに、「誰にでもあることだ」とシエルは言い返した。

「ただ、お前の場合はそれが初歩的な問題に関わっていると言う事だ。
 だからその修正は、鍛練を積む以外にはあり得ないと言っている。
 正しい姿勢、正しい体重移動、そう言った初歩技術の向上が必要となってくるのだ。
 ただ、お前の場合はそればかりに関わっているわけにはいかないからな。
 先に言って置くが、お前の特殊能力はすでに私を凌駕しているんだぞ。
 その意味を、ちゃんと理解しておくことだ!」

 シエルがそう言った瞬間、「お許しがでましたぁ!」と嬉しそうにニンフが割り込んできた。それをきっぱりと無視したシンジは、「反省会で話しましょう」と普通に答えを返した。

「部隊運用とか、後方支援の方法とか、色々と詰める必要がありますね」
「最終的には、シルファ達も交えて作戦を考える必要がある。
 それは、お前がテラから帰ってきてから行うことにしよう。
 今は、お前の力を磨くことに専念することにする。
 なに感謝の必要は無いぞ、お前が強くなるのは我々の利益になるのだからな」

 そう言うことだと言い切ったシエルは、シグナムを反転させ格納庫へと歩き出した。それを見送ったシンジに、「男前ですね」とラピスラズリが耳元で囁いた。

「それから、たまにはニンフの相手をしてやってください。
 無視されたと、本当にもう煩くてたまらないんです」
「少なくとも、ニンフは僕の電子妖精じゃないんだけどね……
 ラピス、割り込みを入れられないようにできないかい?」
「あちらの方が、権限が上ですからね……
 まあ、諦めてくださいとしか言いようがありません。
 あとは、シンジ様が権限を上げてくだされば良いんです」

 その場合、どこまで頑張ればいいのだろうか。それを考えたシンジは、すぐに重要な事に気がついた。ニンフに与えられた権限を越えると言う事は、自分がシエルに勝つと言う事に繋がってくる。そう言う動機付けをするのかと感心したシンジは、「そうだね」と言う当たり障りのない答えを返したのだった。



 格闘戦に続いて行われた実験は、来た甲斐があったとラウンズ達を納得させる出来映えだった。格闘戦については、すでにレグルスとの戦いでその実力を発揮していた。それが継続して使用できるのは収穫だし、それでもシエルには敵わないというのも今更のことだったのだ。
 だがシューティング・スターと言われる技は、間近に迫ったトロルスとの戦いに大いに役に立ってくれるのだ。特にシンジの役目が後方からの攻撃と考えると、より強力な武器が備わったことになる。

「あまり、格闘技能に拘らない方が良さそうだな」

 その結果を見たマニゴルドは、他の道を探った方が良さそうだと己の考えを口にした。

「そうだね、200年前に途絶えた技を見事にコピーしてくれたからね。
 そっちの方を伸ばした方が、ボク達の戦いには効果的だと思うよ。
 格闘の方は、そうだね、まあじっくりと時間を掛ければ良いんじゃないのかな?」
「しかしシンジの頭の中は、いったいどう言う構造になっているんだろうね。
 どうしてあんな技を、一発で成功させられるのかしら?」
「そのあたりの解明は、今後の課題というところだろうな。
 しかし、レグルスとは全く別傾向の成長と言う事になるのか。
 我々にしてみれば、非常に好ましいと言う事になるな」

 マニゴルドの言葉に、カノンとサークラはうんうんと頷いた。ただ一人、レグルスだけは納得のいかないと言う顔をしていた。それを見つけたサークラは、「どうする?」と口元を歪めてレグルスに聞いてきた。

「特殊能力を伸ばしたいって言うのなら協力するけど。
 たぶん、いくらやってもシンジには敵わないだろうね。
 これまで通り、殴り合いの能力を高めることに集中するのかな?」
「俺は、今までのやり方を変えるつもりはない!」
「まあ、そう言う答えが返ってくると思ったけどね……
 殴り込み隊長に頑張って貰わないといけないのは変わっていないんだから」

 「んで」とサークラはやり方をレグルスに聞いた。今まで通りというのは分かったが、速さだけならシンジに負けることが事実として示されてしまったのだ。それを放置してテクニックに走るのは、今までとは方針が変わることになる。

「当然、今以上の速さを身につけることにする。
 そのためのトレーニング方法は、うちの技術と一緒にすでに検討に入っている」
「うんうん、レグルス君が前向きで良かったよ。
 次の戦いまで5週間を切ったからね、落ち込んでいたらどうしようかと心配したんだ」
「落ち込む? 俺がか?」

 あり得ないと否定したレグルスは、「楽しいんだ」とサークラに言い返した。

「まだまだやることが沢山あると分かったんだからな。
 それに、同じ年代でライバルができるのは良い事じゃないか。
 進む道は多少違っているが、競い合って己の技量を伸ばすことには違いないだろう」
「いやぁなかなか良い男に育っていたんだねぇ」

 感心感心と笑ったサークラは、協力するよとレグルスに伝えた。

「君たち二人が競い合うのは、ボク達の利益に繋がることだからね。
 シンジの訓練をシエルがやるんだったら、ボクはレグルスの訓練に付き合うことにするよ。
 力押しも重要だけど、これからは頭を使うことも覚えて欲しいからね」
「いやっ、サークラの姉御のは……
 ま、まあ、感謝しておくことにするが……」

 多少の疑問はあっても、まじめに協力してくれると言うのは理解できた。だからレグルスは、余計な反論を封印して協力に感謝することにした。ただそこから先何をされるのかは、あまり考えないようにしようと心に誓ったのだった。







続く

inserted by FC2 system