機動兵器のある風景
Scene -20







 特区セルンにおいて、セシリアの立場は「パイロット」に過ぎないものだった。エースという実績に伴う指導的義務は発生しても、プロジェクト全体ではあくまで単なるパイロットの一人でしかなかったのである。
 従って、機体の強化及びパイロットの育成に関しては、責任者というのが存在していた。そして特区第三新東京市への殴り込み……技術交流に当たって、その責任者もセシリアに帯同したのは当然のことだった。そしてその責任者であるシャルル・デュノアは、ここ数日きわめて充実した日々を過ごすことになった。もととも日本に来ることを楽しみにしていたのだが、日本に来たことで予想以上に成果が上がったのが大きかった。

「ぬぁ〜んとぉ、セーシリアの嬢ちゃんが化けてくれよったかぁ!」

 その極めつけは、トップ3に追いすがるセシリアの成長だろう。おかげでセシリアから得られるデータが、格段に増えてくれたのだ。しかもラウンズと懇意になってくれたおかげで、ガリバーでの比較データまで取得することが出来た。技術者として、これ以上働きがいのあることはなかったのである。
 ちなみにシャルルは、ちょっと人を寄せ付けない風貌をしていた。190センチ150キロの巨体に、金髪をドレッドにし、しかも不遜に見える風体は、周りをたっぷり威圧していたのだ。しかも技術者らしからぬ、そして見たまんまの豪放磊落な性格は、近寄る者を大幅に制限していた。非常に優秀な頭脳を持っていると言われているのだが、責任者にのし上がったのは、その押しの強さが第一の理由と噂された逸材である。おかげで、特区第三新東京市の技術者達は、誰一人としてシャルルに近づこうとはしなかった。

「おーおー、これは良いデータが取れておるわい!
 まぁったく、ラウンズ様々と言うところかのぉ」

 結構結構と喜びながら、シャルルはデータを分類していった。ちなみに彼が使用するのは、ごく一般的に使われるノートPCだった。後ろにあるリンゴマークはさておき、機能満載の大型ノートでもある。だが彼が使うと、それが小型のモバイルPCに見えるから不思議だ。
 その小さく見える大形ノートの上でぶっとい指を縦横無尽に動かし、シャルルはちまちまと作業を続けていった。そして特区第三新東京市のエンジニア達は、その様子を見ないように自分達の世界に閉じこもっていた。下手に見ようものなら、これ幸いと捕まってしまう。それだけは、なんとしても避けなければいけなかったのだ。もっとも、いくら避けても避けきれない事実もそこにあったのだが。

 そんな作業を小一時間続けたところで、シャルルはおもむろに立ち上がった。本人としては普通にしているつもりなのだが、何しろ占める面積が非常に大きな体である。そのくせ椅子の作りが華奢と来ているから、少し何かをするだけで、結構なノイズを立ててくれた。そこで立ち上がるなどと言う大きなアクションをしてくれたお陰で、「ギシッ」と言う何かがきしむ音が執務フロアに響き渡ることとなった。
 だが本人は、それを全く気にした様子を見せなかった。そして巨体を揺らして、日本側研究者の一人のところにのしのしと歩いて行った。ちなみに彼が目指した相手は、どうしようもない威圧感に、すっかりと怯えていたのだった。

「伊〜吹さぁん、ふたぁつほどお願いしたいことがあるのですがぁ!」

 体形が理由にもなっているが、少し尊大さを感じさせる姿勢で、シャルルは日本側研究者の一人、伊吹マヤに声を掛けた。旧ネルフからの繋がりで、マヤは特区の中でも中堅どころのポジションにいた。そして立場上、逃げられないところにいたのは言うまでもない。
 シャルルに声を掛けられたマヤは、思わず背筋を伸ばして立ち上がってしまった。それでも相手とは身長差が30センチもあり、しかも体重では3分の1以下と言う事もあり、完璧に大人と子供状態になっていた。

「な、な、何でしょう、シャルルさん……」

 完全にびびったマヤに対して、シャルルはにっこりと……傍からはにやりと見えたのだが……笑ってみせた。このあたりは、フレンドリーさを装おうとしたのだろうが、はっきり言ってうまく行っていなかった。子リスを前にした熊というのが、一番ぴったりと来る形容なのかも知れない。
 だが周りからどのように見えているのかは、シャルルにとって重要な事ではなかった。彼としては、友好を前面に出して、マヤに向かってお願いの中身を話し出した。

「そちらの持っているデェータァーの提供をお願いしたいのですぅ。
 惣流ぅアスカァ・ラングレェーのデェータァーをお願いできないでしょうかぁ。
 少し、セシリアァのデーターと比較ぅ、したいのでぇす!」
「あ、アスカのデータですね。
 す、すぐに、パーミションを変更しますぅ……」

 普通のことを頼まれているのだが、マヤは強請られているような気がしてならなかった。ただそれは、あくまでマヤの都合で、シャルルは「ありがとうございますぅ」と大きな体を小さくし……あくまで本人の意識……頭を下げた。

「もう一つはぁ、ぜぇひともぉ、意見交換をしたいのでぇす!
 たぁくさんのデェータァーが取れたので、その解釈ぅを議論したいと思っていまぁす」
「ぎ、議論、ですかぁ……」

 申し入れ自体、とても真っ当なものに違いない。今後想定される使徒との戦いでは、日欧が強く連携していかなければいけないのは確かだった。そしてその戦いにおいて、勝利の鍵を握っているのが機動兵器なのである。従って、強化に関わることは最優先となるべきことのはずだった。
 だが、いくら間違っていなくても、受け取る側の心理は全く別だった。威圧感ありすぎるシャルルを前に、マヤは完璧にびびってしまっていた。その泣きそうな顔を見る限り、議論が成立するのか極めて疑わしかった。

「そぉーでぇす。
 以前のデェータァー、そして今のデェータァーを比べぇ、
 能力ぅアップのぉ鍵をぉ探りたいと思っていますぅ。
 そこで、是非ともぉ、伊吹さんのぉ、ご意見を頂きたいのですぅ」

 言葉遣い自体はとても丁寧で、マヤを立ててくれているのだが、シャルルの見た目と太い声が全ての努力を台無しにしていた。お願いされているはずのマヤなのだが、どうしても脅されているとしか思えなかったのだ。だがいずれにしても、断る正当な理由は存在していなかった。
 断れないと分かった以上、あとはどう道連れを作るのかが問題になる。早速仲間を捜したマヤだったが、隣を見た瞬間、深い失望に肩を落とすことになった。シャルルのプレッシャーで気付かなかっただけなのだが、周りに人っ子一人いなくなっていたのだ。この様子だと、影になって見えないところにも誰も居ないのだろう。

「は、はいっ、そ、それで、いつ頃始めますか……」

 データの比較が必要ならば、今すぐと言うことはないのだろう。できるだけ先送りにできれば、犠牲者(仲間)を捕まえることができるのかも知れない。
 その悲痛な決意の元に口にされた質問に、シャルルは大いに感激をしていたりした。そして感激のあまり、ずいっとマヤに迫ったシャルルは、「1時間後」と死刑執行の時間を宣言した。ちなみにシャルルに迫られたマヤは、一瞬だけ意識がどこかに飛んでいた。

「一刻も早くご意見が伺えるようぅ、死ぬ気でデェータァーを分析しますぅ!」
「い、いえ、む、無理をなさらなくても……」

 通常運転で、できれば2、3日後にして貰えれば嬉しい。その気持ちだけを込めたマヤに対して、シャルルは力強く首を横に振った。広がったドレッドヘアーが、少しマヤの顔に当たっていた気がする。

「無ぅ理ぃなぁど、まぁったくしていませぇん。
 尊敬ぃするぅ、伊吹さぁんのご意見を伺えるのでぇす。
 このシャルルゥ、粉骨ぅ砕身のぉ気構えでぇ頑張りますぅ!」

 ちなみにこのシャルル、老けて見えるがまだ20台の若者だった。しかもマヤより年下というのだから、世の中不条理に満ちていると言えるだろう。だが自分のためと張り切るシャルルに、頑張らないでとはさすがのマヤも口にできなかった。と言うか、言っても無駄だと諦めていた。

「そ、それでは、1時間後に……」

 後は、残された時間でどれだけ犠牲者を捕まえられるか。マヤはポケットの携帯電話に手を伸ばしていた。ここにいなくても、絶対に捕まえてみせる。場合によっては警備システムをクラックしてでも、居場所を突き止めてみせる。悲壮な決意の元、マヤはシャルルの申し出を受け入れた。
 一方シャルルは、マヤが承諾したことに大いに喜んでいた。彼の頭の中では、マヤというのは敬愛すべき存在となっていたのだ。しかも小柄……シャルルと比べたら、誰でも小柄になってしまうのだが……なマヤは、異性としても意識する相手となっていた。

「わぁかりましたぁー、それではぁ、一時間後にぃ、お願い致しますぅ!」

 喜色満面のシャルルは、スキップでもしそうな足取りで席に戻っていった。そして一方のマヤは、シャルルが背中を向けた瞬間に携帯電話を取りだした。そして上から順番に、電話で呼び出しを掛けたのである。だがその結果は、綺麗に二つに分かれることになった。つまり携帯の電源が切られているか、さもなければ着信拒否が為されていたのである。その結果、誰一人として呼び出し音すら鳴らすことができなかったのである。
 しかも構内セキュリティで居場所を捜してみたら、全員退出済みと出てくれた。つまりマヤが捕まっている間に、全員が施設からとんずらしたと言うことである。そしてその事実は、マヤを絶望に突き落としてくれた。今更確認するまでもなく、その広い一角には、マヤとシャルルしか居なくなっていたのだった。もちろん、今更逃げ出すことなど出来るはずがなかったのだ。



 ヘルの浸食、すなわちトロルスの進攻に関しては、詳細データがアースガルズから提供されていた。当然その中には、過去出現したトロルスのデータも含まれている。そのデータを分析し、自分達の世界に当てはまるのが、テラにとって重要な役割とされていた。そしてその研究に関しては、特区と言う制限は撤廃されていた。特区に制限されたのは、あくまで起動兵器に関わる技術と言う事になっていたのだ。お陰で、ヘルのデータだけは各国にばらまかれたのである。

 当然各国で総力を挙げて解析、そして観測している中で、トップを走っていたのが米国だった。機動兵器開発拠点の獲得競争に敗れた米国は、主導権を取り戻すべく、観測に力を入れたのである。そしてその主力は、国防総省に置かれることになった。
 そしてその研究成果は、下院に設置された超常現象管理委員会に報告されることになっていた。その委員会のトップにいたのが、ミネソタ州出身の共和党議員デイヴィット・レヴィンソンである。どこか西海岸で働いていそうな風貌をしたデイヴィッドは、まだ30代半ばの男性だった。

 委員会での報告をまとめたデイヴィッドは、その足で合衆国大統領トーマス・J・ホイットモアを訪ねた。主要な話は、たった今上がってきた観測結果の報告である。その中でデイヴィッドは、汚染地域収縮を問題とした。
 ちなみにホイットモアは、民主党から大統領になっている。お互いの基盤を考えると、水と油と言って良い関係だった。だがデイヴィッドを党内の反対を押し切り抜擢したのは、ホイットモア自身だった。

「汚染地域が減ったのなら、歓迎すべきことではないのか?」

 いかにもアメリカ人……と言うのは多分にステレオタイプな見方があるのだろうが、昔スクリーンを賑わした俳優に似たホイットモアは、難しい顔をしたデイヴィッドを前に、問題があるのかと聞き返した。
 大統領と一般の議員、所属する党が違っても、そこには上下関係が存在していた。普段以上に真面目な顔をしたデイヴィッドは、少し大げさな身振りで首を横に振って見せた。

「大ありというか、非常にいやらしい事になっているというのが現実です。
 大統領、これを!」

 そう言ってデイヴィッドが示したのは、汚染地域を示す海洋マップだった。アースガルズの干渉を受けてからの2年間、3ヶ月単位での変化がそこに示されていた。そしてそれを見る限り、ホイットモアが口にした通り、汚染地域は縮小を続けていた。歓迎すべきと言うのは、一つの見識に違いなかった。

「この資料なら知っている。
 明らかに汚染地域が減少しているのだから、我々にとっては有り難いことではないのかね?」
「そうですね、この事実だけなら歓迎すべきことと言えるでしょう」

 それを認めたデイヴィッドは、こちらをと言って別の資料を持ち出した。

「こちらが風速のデータ、そしてこちらが波高のデータです。
 このデータから何が分かるかというと、汚染されていると考えられる海水の粘性や比重です。
 2年前に比べて、僅かながら粘性および比重が増しているという観測結果が出ています」

 デイヴィッドが差し出した資料には、1ヶ月単位の推定値がグラフ化されていた。かなりでこぼこが見受けられるが、全体を見れば僅かに右肩上がりのグラフがそこにあった。もっとも、それを右肩上がりと見るか、フラットと見るかはかなり主観に関わるところだった。そしてホイットモアは、デイヴィッドと違う見方をした。もちろんそれも、デイヴィッドには想定の範囲だった。

「私には、誤差にしか見えないのだがね?」
「そう仰有ると思いまして、別の分析結果も持ってきました。
 こちらが、かつて汚染区域だった海水の分析結果です。
 そしてこちらが、セカンドインパクト前の海水の分析値です」

 デイヴィッドが示したデータは、僅かな差こそあれほとんど一緒と言って良いものだった。そしてデイヴィッドは、ホイットモアが口を開くよりも先に、新しいデータを示した。

「そしてこちらが、汚染地域だった海底に堆積していた砂のデータです。
 これもまた、インパクト前のデータと有意差は認められません。
 すなわち、汚染物質が分解した形跡がどこにも認められないのですよ」

 少し興奮したように、デイヴィッドは新しいデータをホイットモアに提示した。

「そしてこれが汚染区域海面付近の大気の成分分析です。
 これもまた、通常のエリアとの差が認められません」
「つまり、君は何が言いたいのかね?」

 一つ一つのデータを見ると、取り立てて騒ぎ立てるような性質の物ではなかった。閉鎖された空間ではないのだから、大気が均質化されるのはおかしなことではない。汚染物質にしたところで、組成自体は特殊な元素が含まれていないのだから、分解後の痕跡が見つけられなくても不思議ではないはずだ。デイヴィッドが騒ぎ立てた粘性の問題にしても、その気になってみない限りは右肩上がりになっていなかったのだ。
 だからホイットモアも、その真意を掴みかねてしまう。そんなホイットモアに対して、良くない仮説だとデイヴィッドは切り出した。

「汚染物質は、分解も蒸発もしていないという仮説です。
 科学的には考えにくいのですが、凝集していると考える事ができます」
「ちょっとまて、私だってエントロピーの法則ぐらい知っているぞ。
 少なくとも、汚染物質を凝縮させるような作用はどこからも無かっただろう。
 それなのに、どうして汚染物質が凝縮できるというのだ?」

 ホイットモアの疑問に対して、物理学的な考え方をしてはいけないとデイヴィッドは答えた。

「便宜上汚染物質と言っていますが、単なる物質と考える事に問題があると思っています。
 アースガルズからの受け売りではありませんが、
 汚染区域の拡大は、ヘルと総称される現象の意志だと考えられます。
 そして情報が正しければ、汚染物質の中から使徒が生まれてくると言う事です。
 つまりあの物質自体が、生命に類似する物ではないかと言う仮説が立ちます。
 またこれはネルフの記録にある物ですが、LCLと呼ばれる液体に人間が溶けたという報告があります。
 これについては被害者名が分かっていて、第一が碇ユイ、そして第二が碇シンジです。
 しかもネルフは、サルベージと称する作業で碇シンジを取り戻しています」
「LCLと汚染物質の関係は?」
「ほぼ同じ物だと考えられています」

 デイヴィッドの意見から考えられるのは、汚染物質自体が生命体に類するものと言う事になる。そしてその生命自体が、ヘルと呼ばれる物の正体にも繋がってくると推測される。さもなければ、ヘルの現象を説明した物と言えばいいのだろうか。デイヴィッドの誘導に対して、ホイットモアは口をへの字に曲げ、腕を組んで考え込んでしまった。
 そしてデイヴィッドは、畳みかけるように自説を展開した。

「汚染物質は、何らかの意志に類する性質を持った物と考えることができます。
 従って、汚染区域の減少は、汚染からの回復と見るのは早計と言えるでしょう。
 凝縮現象は、使徒実体化に繋がる可能性が大いに大だと私は考えています」
「それが正しいとして、我々に何かできることがあるのか?
 使徒への備えは、特区が中心になって行っている。
 特区に警告を出す必要性は認めるが、今の話だけではアースガルズの裏を取ったことに過ぎないだろう」

 研究の意味を問われたデイヴィッドは、それだけでも大きな意味だと切り返した。

「もちろん、大統領の立場ではそれだけで済ますわけにはいかないのは理解しています。
 ただ間違いなく言えるのは、アースガルズが信用に足るのかどうか判断する材料になると言うことです。
 使徒、そしてエヴァンゲリオン、その技術は私たちにとって滅びをもたらす物となる。
 その確認が取れれば、アースガルズに対する見方も変わってくるでしょう」
「未だに、アースガルズを疑っている者が多いのは確かだ。
 その前提に立ったところで、実は我々にできることは限りなく少ないのも確かだ。
 アースガルズが我々から見えないところにある以上、こちらからは手出しすることができない。
 それだけでも、相手が絶対的強者であるのは疑いようもないだろう。
 そのくせ、アースガルズは我々に何の干渉もしてこない。
 それもまた、アースガルズに対する疑問を増幅させる理由となっている」
「自分達をさておき、相手が全くの善人などと考えるわけにはいきませんからね。
 当然、彼らは彼らなりに己の利益を追求しているのでしょう」

 アースガルズに対する信義を持ち出したホイットモアに、考え方は同じだとデイヴィッドも認めた。今まで関わりを持ってこなかったと言うのも、どこまで信用して良いのか分からない。そして急に関わりを持ってきたことにも、彼らなりの理由があったのだろうと考える事ができる。
 そして干渉の理由として、ゼーレの企みが彼らの世界にも看過し得ない影響を与えると説明されていた。その裏付けは得られていないが、その後の調査でいくつか分かったこともある。そのうちで一番大きな物は、あのまま儀式が続けば、この星から形を持った生物が居なくなってしまうとが判明したことだ。ただそれにしても、アースガルズが動いた理由に結びつかなかった。

「彼らがこれまで私たちの世界に干渉してこなかった理由。
 彼らの言葉を信じるなら、私たちがどうなろうと関知することではないと言うことになります。
 発展しようが滅びようが、直接関係の無い世界だから、干渉するまでもない。
 その考え方自体受け入れがたいところもありますが、それを認めるところから始めたいと思います」

 それまでの自分達の常識から行けば、新しい世界が見つかれば、間違いなく何らかの働きかけをしてきたのだ。しかもそこに自分達と似たような存在がいれば、間違いなく接触をして交流を持つことにするだろう。その交流が、必ずしも友好的なものに限らないのは歴史が証明していた。だがデイヴィッドを含め、そうする方が自然だと言う常識を持っていたのである。
 だがアースガルズは、独立して存在する自分達に対し、なんの働きかけもしてこなかったという。彼らの言葉を借りるなら、地球で生まれた文明は、地球に住む自分達が独自で築き上げたものと言うことになる。それを誇りに思うかどうかは別として、デイヴィッド達の常識とは異なっていたのだ。

「それを認めた上で考えると、我々への干渉は自分達のためということになるわけだな」
「そう言うことです。
 ゼーレが行おうとした儀式は、私たちの世界を一息にヘルの影響下に置くものでした。
 生物がその形を失い、意識すら解け合った存在になってしまう。
 ゼーレの目的はそこにあり、人類を補完するということを題目にしていました。
 ある意味、終末思想を言葉巧みに取り繕ったとも言えるでしょう」

 デイヴィッドの説明に、ホイットモアは大きく頷くことで同意を示した。密かに進められていた企みは、蓋を開けてみれば人類を破滅に導く物でしかなかった。それを察知し防ぐことができなかったのは、大国と言われる自分達が負わなければいけない責任なのだろう。人類に代わって阻止してくれたことだけでも、大きな恩を受けたと言えるものだった。

「そして、そこまで来てようやく干渉してきたと言う事にも意味があるかと思います。
 今まで干渉してこなかったというのは、裏を返せばそれだけの余裕がなかったと言う事になるのでしょう。
 評価自体が非常に難しいのですが、アースガルズは我々よりも100年以上進んだ文明を持っています。
 そのアースガルズをして、ヘルとの戦いに勝利できていない。
 局地戦では勝利できても、大局を見れば押し込まれているのも事実です。
 それがいったい、我々にとってどのような意味を持つ事になるのか……
 意味合いの評価ではなく、対策と言う意味を考えなければいけないのでしょう。
 機動兵器を使用した対策は、我々にとって次善の策にもならないのではと言う懸念もあります」
「アースガルズですら駄目なのに、我々だけでどうにかできるはずがない……と言うことだな?」
「大統領、まさにそのことを私は言いたかったのです!」

 我が意を得たりとばかりに身を乗り出したデイヴィッドは、すぐにホイットモアから離れて「いいですか?」と大きな身振りを交えて話し出した。

「我々の保有する機動兵器……と言うより、パイロットに問題があります。
 彼らは、レベルを落としたラウンズにすら遠く及びませんでした。
 そのようなパイロットを、いくら数を集めたところで有効な対策となるのでしょうか?
 長期スパンを考えれば、確かに必要な対策なのかも知れません。
 ですが、今日明日を乗り切るためには、現有の機動兵器とパイロットの組み合わせでは不足なのです。
 従って、我々は独自の対策を行わなければいけないのですが……」
「遙かに遅れた我々に、そのようなことができるのかと言う問題だな?」

 ジレンマを正確に指摘したホイットモアに、「まさにその通り」とデイヴィッドは指を指して答えた。その態度に苦笑を浮かべたホイットモアは、話を引き継ぐ形でいくつかの課題を口にした。

「検証できるかと言う問題はあるが、考えてみなければいけないことがあるのだろうな。
 その第一として、アースガルズにとって我々の世界がどのような意味を持っているのかと言うことだ。
 確か、生物学的には兄弟のような関係だと言う事だったな?」
「少なくとも、見た目的なものは非常に似通っていますね。
 そしてシンジ碇への期待を考えると、生物学的にも同種と考えて良いのでしょう。
 彼は、子孫を残す目的での生殖行為を期待されていますからね」

 苦笑を浮かべたデイヴィッドに対し、ホイットモアも同じように苦笑を浮かべることでそれに答えた。全く新しい世界から来た住人と、生殖行動のみならず、受精が可能というのは、本来ならば歴史的は発見と言う事になるのだろう。だが歴史的発見にしても、穿った見方をするなら、かつての交流を裏付ける証拠とも言えたのだ。その真偽を確かめる時期ではないとは言え、相手の考え方は探る必要はあったのだ。

「彼らが、無償の好意を払ってくれるとは考えられない。
 その前提に立つならば、アースガルズにとって我々の世界がヘルによって滅びるのは好ましくない。
 そのためならば、彼らは我々に対して今以上の助力をしてくると考えられる」
「当面の危機を乗り切るためには、彼らは必要な助力をしてくるでしょうね。
 そうでなければ、TICの時に手を出してきたことと矛盾します」

 客観的事実を積み重ねれば、その考え方は否定できないだろう。ホイットモアの考えに同意したデイヴィッドは、話を引き継ぐ形で「助力」の中身を口にした。

「今現在は、パイロット育成への助力が行われていると聞いています。
 事実ラウンズに任命されたシンジ碇によって、
 両特区のパイロットの技能が急激に伸びたと報告が為されています。
 特区セルンに対する訪問についても、その場で言及されたと聞いています」
「だが、それだけではあまりにも不足している。
 従って、実際の戦いとなったときには、彼らの戦力が投入されると予想できるだろう。
 なにしろ、彼らにとって我々の世界がヘルに浸食されるのは好ましくないのだからな」

 その時ホイットモアが口元を冷酷に歪めたのを、デイヴィッドは見逃すことはなかった。

「大統領……」
「今のは、相手の行動を善意に解釈したときに考えられる対応策だ。
 そしてもう少し過激な見方をしたとき、我々にとって最悪のシナリオが浮かび上がってくる。
 それは、ヘルに浸食される前に、この世界を破壊してしまうと言うものだ。
 ヘルが浸食するのに、生物の存在が必要だとしたら、その生物を根絶やしにしてしまえばいい。
 我々が滅びることに良心の呵責を感じなければ、それが一番合理的な判断となるだろうな」

 その考えこそ、デイヴィッドがもっとも恐れていたものだった。これまでの分析およびアースガルズからの情報で、ヘルの浸食には生物という原料が必要なのが分かっている。裏を返せば、生物のいない世界にヘルは浸食していないのだ。彼らがテラと呼ぶこの世界を清浄に保ちたいと考えるのなら、この世界から生物を消し去れば事足りるのだ。
 ゴクリとつばを飲み込んだデイヴィッドに、「あくまで最悪のシナリオだ」と繰り返したホイットモアは、自分ならば選択しない方法でもあると付け加えた。

「なぜですか?
 ヘルの浸食地域を拡大させないためには有効な方法だと思いますが?」
「なりふりを構わぬ、愚かな指導者ならばあり得る選択だろうな。
 ただそれを前提にするなら、我々に機動兵器の技術など供与しなかっただろう。
 ゼーレの企みをくじくのと同時に、世界を破壊し尽くせば済むことなのだからな。
 最初の接触でそれを行わなかった時点で、我々の世界を破壊するという選択肢を捨てていたと考えられる」

 冷静に考えれば、ホイットモアの言うとおりなのだろう。だがデイヴィッドは、それでも釈然としないものを感じていた。そしてそれを見透かしたように、ホイットモアは最悪の判断をする場合もあると付け加えた。

「選択しないと言ったが、実行しないとは言っていない」

 目を剥いて身を乗り出してきたデイヴィッドに、「まあ待てと」ホイットモアは手で制した。

「別に言葉遊びをするつもりはないが、最悪の場合は私でもそうすると言うことだよ。
 そして私の定義した最悪というのは、私たちの世界がヘルの浸食を防ぎきれなかったときのことだ。
 そうなったとき、彼らは迷わずこの星を破壊することだろうな」
「……それ以外、自分達を守るすべがないからですか」
「地球上に、人類がいなくなりさえすれば迷う理由はないからな。
 良心の呵責に苛まれることもないだろう。
 もっとも、組紐だったか……それで繋がった世界を破壊したとき、
 彼らの住む星にどのような影響が出るのかまで私には分からないがな。
 以上が、両極端に進んだときの話と言うことになるのだが……
 現実は、助力を与える方向に進んでいるのも確かだ。
 そうなると、そこに別の意図がないかが次の問題となってくるだろう」

 そこまで口にしたホイットモアは、思い当たる節はないかとデイヴィッドに聞いてきた。

「思い当たる節……ですか?」
「そうだな、ちょっとしたSFとでも考えてくれればいい。
 私は、シンジ碇がラウンズに任命されたことが大きな意味を持つのではないかと思っているんだよ」
「しかし、彼は私たちの中でも特殊な立ち位置にいた少年です」
「だが12人しかいないラウンズに選ばれたのも確かだろう?
 偶然とは言え、ただ一人連れて行かれた人類がラウンズに任命される能力を示したのだ。
 ならばアースガルズが、我々の素養に期待することが考えられないかね?
 彼らの言うテラが、優れたパイロットを産む土壌を持っているのではないのかとね」
「あり得ないことではないと思いますが……それがどんな意味を持つかというと」

 ううむとうなったデイヴィッドは、ホイットモアの仮説が持つ意味を考えてみた。だがその仮説から導かれる世界は、好意的に考えたときと何ら変わるところはなかった。結局今現在では、地球はヘルの浸食を防ぐ能力を持っていないのは変わっていない。その結果、アースガルズの助力無しでは生き延びることは叶わないだろう。将来優れたパイロットを輩出する可能性も、今を乗り切る力にはならないのだ。そこから先の話は、危機を乗り切ったときに導かれる話でしかない。
 そんなデイヴィッドに、少し苦笑を浮かべながらホイットモアは自分の考えを口にした。

「我々の立場を、いかに強くするのかを考えていたのだ。
 今のままでは、我々の運命はアースガルズの気まぐれに左右されてしまうからな。
 技術的にはどうしようもないのなら、せめて人の面で貢献をする必要があるだろう」
「その考えを否定するつもりはありませんが、具体的にどうなさろうというのです?
 確かにシンジ碇は実績を作りましたが、両特区の人材育成は思ったほどには進んでいません。
 大統領の仰有る“土壌”を示すのも難しいことだと思いますが?」
「そのあたりは、どう話を持っていくのかだと思っている。
 両特区の実績が上がらないのは、育成方法に問題があるからとも考えられる。
 まずその支援をアースガルズから受け、育成方法を確立させる必要があるだろう。
 場合によっては、特区の拡大を持ちかけることもあり得る話だ」

 ホイットモアの説明に、デイヴィッドはその意図を理解することができた。確かにそうなれば、人類の立場は底上げされることになるのだろう。そして同時に、合衆国にも挽回のチャンスが訪れることになる。人類にとっても有益で、さらには合衆国にとっては更に有益な展開になるのは間違いない。しかも額面通りに行けば、アースガルズにとっても悪くない話となるだろう。提案としては、極めて意味のあるものになるのは間違いなかった。
 もちろん、そこまで行くのに解決すべき問題があるのをデイヴィッドも理解していた。その第一のものは、人類側の一方的な言い分でしかないことだった。ホイットモアの言う通り、「どう話を持っていくか」と言う事なのだが、その前にあるのが、「どうやって話をするのか?」と言う事だ。今現在、人類はアースガルズとの外交ルートを持っていなかったのだ。従ってデイヴィッドは、話をすること自体の難しさを指摘した。

「確かに、彼らは予想以上に我々との関わりを持とうとはしていない。
 彼らの立場ならば、統治のための行政府を置いてもおかしくはないはずだろう。
 それすらないのだから、確かに「話をすることの難しさ」と言うのは確かにある。
 だからと言って、全く手がないかというと必ずしもそうではない」
「具体的には?」

 手があるというホイットモアに、デイヴィッドはその方法を尋ねた。

「日程が確定したわけではないが、ラウンズの一人がセルンを訪問するのだろう?
 ならば彼を足がかりに、アースガルズとの交渉を行えばいい。
 交渉とまで行かなくとも、連絡を付ける方法さえできれば目的はほとんど達成したことになる」
「シンジ碇を利用すると言う事ですか?」
「今でこそアースガルズに渡っているが、彼にはこちら側にも友人が居るのだろう?
 ならばその人間関係を利用するのも方策の一つになる」

 ホイットモアの考えに、確かにそうだとデイヴィッドは頷いた。細い糸とは言え、まだアースガルズとの繋がりが存在していたのだ。ならばその糸を注意深くたぐり寄せ、更に太いものへとしていけばいい。そのためには、世界規模での合意形成も必要になってくるだろう。

「そのあたりは、私のスタッフが活躍することになるな。
 どうだデイヴィッド、共和党を出て我が党に鞍替えするつもりはないか?」
「残念ながら、個人的にはあなたのことが嫌いですからね」

 きっぱりと断ったデイヴィッドに、ホイットモアはそう言うかとばかりに口元を歪めた。もっともそうなるきっかけを作ったのが自分なのだから、あまり文句を言えないのも確かだったのだ。







続く

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