機動兵器のある風景
Scene -16







 シンジの次の対戦相手となるシンハ・リルは、ラウンズに任命されて30年近いベテランだった。通常女性のラウンズは、およそ30前に引退していた。その引退の理由は、不慮の死を除けばすべて妊娠となっていた。逆に言えば、妊娠を理由にして後進に道を譲っていたのだ。
 だがシンハのような男性ラウンズは、女性とは違い明確な引退年齢は決まっていなかった。そして引退年齢を決められない背景には、深刻な男性ラウンズ不足という現実があったのである。それもあって、シンハは第7位のアーロン・カドゥケとともに、40越えまでラウンズを続ける結果になっていた。

「ようやく、お役ご免となれるのか……」

 戦いの前には精神集中が必要となる。それを口実に、シンハは一人格納庫で愛機ハヌマと向かい合っていた。

「16でヒルデ様のラウンズになって、もう28年が経つんだな……」

 彼がラウンズになったときのヴァルキュリアは、二つ年上のヒルデだった。そしてそれから、合計4人のヴァルキュリアに仕えてきた。その28年の間にもうけた子供は、100人を超えているだろう。その中には何人もヴァルキュリア候補がいるし、ラウンズの候補も何人かいた。
 そんなシンハをして悔いが残ったのは、生まれた男の数が少なく、いずれもブレイブスとして大成しなかったことだ。そしてそれこそが、彼が28年もラウンズを続けることにもなった理由である。おかげで今向かい合っている愛機ハヌマも、すでに6代目となっていた。黄土色のベースの機体は、何本もの赤いラインで装飾されている。それは最初に愛機を得てからずっと変わらぬカラーリングだった。

「おそらく、アーロンも同じことを考えたのだろうな」

 年若い男性ラウンズの戦いを見ているときには、お互い一言も引退のことは口にしなかった。それどころか、あの若さにどう立ち向かっていくのか。ラウンズとしての戦い方を、熱心に話し合ったぐらいだ。だがその熱さこそ、引退を決心をした証拠だとシンハは考えていた。

「レグルス・ナイト、碇シンジ、いずれも良い若者ではないか」

 シンハの目には、二人はいずれ劣らぬ逸材に映っていた。徹底的に剛を追求した格闘の天才レグルスに対して、方やシンジは特殊能力の天才である。異なるタイプの天才が同時に生まれたことは、戦力強化という意味でも好ましいことなのである。レグルスに比べて未熟とは言え、ここまでの3戦を見る限り、もはや己の出る幕はないと感じるようになった。
 そして子孫の繁栄という意味では、更にシンジの登場は大きな意味を持ってくる。シンハが多くの子をもうけたことから分かるように、ヴァルキュリアとラウンズ、いずれの血も濃くなってきたのだ。そこにテラからやってきたシンジによって、ようやく全く新しい血を導入することが出来る。

「私は、この戦いで何を伝えることが出来るのだろうか……
 もはや、伝えようと考えること自体大それたことなのだろうか」

 ふっとシンハが口元を歪めて自嘲したとき、彼の電子妖精シバがローザ・リルが来たことを告げた。彼が26の時にもうけた娘は、彼の後を継ぎクルグルのラウンズになる予定だった。すでにクルグルの承諾を得ているので、後見人を誰かに頼み、円卓会議で承認されれば手続きは終わりである。

「おと、シンハ様、そろそろ出撃されないと……」

 二人きりという環境に、ついローザは普段の呼び方を口に仕掛けた。それに気付いて慌てて言い直した彼女に、シンハは気にする必要は無いと笑って見せた。

「二人きりなのだから、別にお父様でも構わないぞ。
 そうか、もうそんな時間になったのか……」

 ふっと口元を歪めたシンハは、彼の電子妖精シバを呼び出した。戦いの時が来たのなら、戦士は相応しい位置に付かなければいけない。

「シバ、私をハヌマのコックピットに送ってくれ」
「畏まりましたシンハ様!」

 彼の忠実な電子妖精は、言われたとおりにシンハをハヌマのコックピットへと送り込んだ。そこでシンハは、気合いを入れるように両手で頬をパチンと叩いた。そうしていると、なぜか腹の底からむずむずするような高揚感に襲われた。

「久しぶりだな、こんなに楽しい気持ちで戦いに出るのは」

 広がった視界の端に、娘が自分を心配そうに見上げている姿が入っていた。そしてゆっくり開くゲートの向こうに、金色に輝く若者の機体が見えていた。一部には派手すぎると言う意見もあったが、実力を示しさえすればその声も収まることだろう。そして目立つ機体は、むしろ味方に強い安堵を与えることになる。それもまたよしと、シンハはまっすぐにシンジを見据えたのである。

 とうに盛りを過ぎたラウンズに、方や新進気鋭のラウンズとの対戦である。これまでの戦いぶりから、大方の予想はシンジの一方的な勝利となると言う見方が多かった。だがその予想は、蓋を開けたところで良い意味で裏切られることとなった。賢人会議議長の合図と共に、双方が相手に対して先制攻撃を仕掛けることになったのだが、そこでは双方全く互角の戦いとなったのだ。シンジの場合、フォトン・トーピドーと言うカノンの技を使ったのだが、シンハはファイアーリングという、フォトン・トーピドーに似た、自分の技で攻撃を仕掛けてきたのである。
 両方の技は同時に炸裂し、お互いの機体は土煙に包まれることになった。そしてその土煙の中から、黄土色をしたシンハのハヌマが飛び出してきた。そして少し遅れて、シンジの機体が距離をとるように上空へと飛び上がった。

「笑止、そのような策に引っかかるとでも思ったのか!」

 右手に炎を溜めたシンハは、その炎をシンジに向かって突きだした。高速で打ち出されたファイアーリングは、狙い過たず上空に逃げたシンジの機体を捕らえることになった。だがファイアーリングが命中した瞬間、上空にあったはずの金色の機体が消失したのだ。

「やはり、幻影体を飛ばしたか!」

 そうなると、本体は未だ土煙の中に潜んでいることになる。視界が制限されるのはお互い様と、シンハは迷わず土煙の中に飛び込んだ。そのタイミングに合わせるように、再び土煙の中から金色の機体が上空へと飛び上がった。
 上空へと戦いの場を変えたシンジは、爆煙に包まれたシンハに向かって連続してフォトン・トーピドーを浴びせかけた。だがその攻撃は、シンハの突進を止める事はできなかった。迫り来る光球を拳一つで打ち砕き、大地を蹴ってシンハはシンジを追撃したのである。

 ただ単に飛び上がるだけでなく、シンハは途中の空間をフィールドで固定し、それを足場として更なる加速を行った。そうすることで、己の拳の射程圏にシンジを捉えることに成功した。

「さあ、これから何を見せてくれる!」

 気合いと共に繰り出された拳を、シンジは巧みに体を捻って躱していった。そして躱しきれない攻撃に対しては、ファントムを使ってやり過ごしていた。

 空中での接近戦は、著しく回避を難しくしてくれる。かと言って、地上に降りれば攻撃は更に苛烈なものとなるだろう。戦いのフィールドをどちらに求めるのか迷ったシンジは、一つの決断をして地上へとシンハを誘導することにした。

「ほう、いよいよ本気を見せてくれるか!」

 地上に降りたことで、シンハの攻撃は更にスピードを増してきた。ステップワークで距離をとろうとするシンジを、それ以上の速度でシンハは追い詰めていった。ただ今のところは、シンジの防御が効いていて、ダメージを与えるところまで至っていなかった。

「どうした、逃げるだけでは私に勝つことはできないぞ!」
「と言われても、こう言う接近戦は苦手だって知っているでしょう!」

 シンハに言い返したシンジは、密かにカウンターのタイミングを伺っていた。早いと言っても、レグルスに比べればまだ遅く、そして何時までも続けていれば目も慣れてくるのだ。何より早いだけで単調な攻撃は、タイミングをとるのにも都合が良かったのである。
 それでも右から左から、そして下から襲ってくる拳の速さは十分な驚異だった。お陰で防御に集中しなければならなくなり、フォトン・トーピドーの準備もできなかった。序盤の失敗は、シンジの苦手な接近戦を強いることになったのだった。

 双方の拳が飛び交う戦いに、最初の変化をもたらしたのはシンハの方だった。着実にシンジを追い詰めている中放たれた右拳は、防御をすり抜け顔面を捕らえるかと思われた。だが、今まさに顔面を捕らえるかと思われた瞬間、シンハはその拳を直前で止めた。そしてそのフェイントは、瞬間シンジの動きを止めることになった。その瞬間発生した隙を窺い、反対側の左拳でシンジの胴を打ち抜いたのである。この戦いの中で放たれた、双方にとって最初の有効打だった。機動兵器ぶつかり合いから起きた轟音が、ラウンドコロシアムの中に響き渡った。

「ファントムを読まれましたね」
「まだまだ、修練を積む必要があるな」

 なんとか致命傷は逃れたが、無視し得ない損害をシンジは受けることになった。ただそこからの追撃は、さすがに許すわけにはいかなかった。シンジは逃げる代わりに体当たりをすることで、一時的にシンハの攻撃を押さえることに成功した。機体を密着させる形で、シンジはシンハと対峙した。

「ここで逃げなかったのは、良い判断だと褒めてやろう」
「逃げても、絶対に振り切ることはできないでしょう?」

 追い詰められていたのだが、シンジはとても充実した気持ちになっていた。当初の予定は全て狂ってしまったが、戦いながら「これもあり」だと強く感じていたのである。ぶつかり合った相手は、レグルスとは違った強さを感じさせた。

「だがどうする?
 お前の苦手な、接近しての格闘戦だぞ!」
「一応対策はあるんですけど……ただ、どこまで通用するのか」
「ならば、出し惜しみをすることなく私に見せてみることだな!」

 そう言い放ったシンハは、シンジの機体を突き飛ばして距離をとった。そして再度ハヌマを突進させ、殴り合いをする間合いに飛び込んだ。大地をえぐった足跡の深さが、シンハの踏み込みの強烈さを示していた。
 さあさあと繰り出される拳を、今まで通りの動きでシンジは防御した。だがこれでは、今までの繰り返しとなり、シンジが有利になる事はあり得なかった。

「ラピス、ゲイン設定を2段階上げ、モードをVに変更してくれ」
「トレース誤差が大きくなりますが?」
「それぐらいは、覚悟を決めているよ!
 今のままだと、相手の動きが分かっても体が付いてきてくれないんだ」

 シンハと戦いながら、シンジは己の能力不足を強く感じていた。シンハの動きは見えるし、次に何をしようとしているのかも分かっていた。それを迎え撃ち、優位に立つための動きも分かっていた。だがいざ行動に移そうとすると、どうしてもタイミングが一つ二つ遅れてしまうのである。接近しての殴り合いに、タイミングの遅れは致命的なものとなる。心の動きに、体が付いてきていない。それがシンジの克服すべき大きな弱点となっていた。
 その弱点をカバーすべく、シンジは思考コントロールのゲインを上げ、動作モードを変更した。これで体より、心の動きの方が優先されることになる。動き出しが一歩も二歩も早くなるのだが、反面遅れて動く体にフィードバックが掛かる問題があった。機動兵器の動きに対して、体の動きが遅くなると言うことは、機動兵器から見た場合、肉体がブレーキの役割を果たしていると言うことになる。そしてそのブレーキを振り切る力で機体を動かせば、それだけブレーキに負担が掛かってくる。

 何を見せてくれるのか。それを楽しみに攻撃を続けていたシンハは、顔面を捕らえたと思った攻撃が、ファントムではない方法で避けられたことに驚かされた。そして追撃をかけた拳は、何もない場所で大きく空振りをすることになった。明らかに、シンジの速度が上がっていた。

「反応速度が上がった?
 だが、そんなに簡単に変わるものではないはずだが……」

 空振りをした段階で、シンハは防御のために距離をとる行動に出た。距離をとると、シンジにフォトン・トーピドーを使う余裕を与えることになるのだが、決定的な隙を与えるよりはマシと考えたのである。
 だが距離をとろうとしたシンハを、今度はシンジが追いかけてきた。今までよりも早い踏み込みをしたシンジは、攻守を変えたようにシンハに対して連続して攻撃を仕掛けたのである。

「早いが、軽いな……」

 その攻撃を受けながら、シンハはシンジの攻撃特性を分析した。そしてそこに、軽さという弱点を見つけ、それを利用しての逆転を考えたのである。円を描いて防御したシンハは、スリップする形でシンジの拳を避け、カウンターを顔面に打ち込んだ。
 これで勝ったと思った次の瞬間、強い衝撃と共にシンハの目の前がブラックアウトした。そして彼の愛機ハヌマは、その動きを永久に止める事になった。

「……俺は負けたのか?」
「ハヌマの頭部が破壊されました」

 電子妖精の報告に、シンハは肩に入っていた力を抜いた。そして両腕を下ろして、電子妖精に新しい命令を与えることにした。

「そうか、やはり俺は負けたのか……シバ、シンジと話をすることはできるか?」
「ラピスラズリとコンタクトしています。
 シンジ様が接続を許可されたとのことです」

 電子妖精の答えと同時に、シンジの情報が視覚、聴覚に流れ込んできた。それを確認したシンハは、「完敗だった」とシンジを賞賛した。最初こそ攻め込めたが、結果的に愛機は大破してしまった。それに引き替え、相手にはかすり傷程度しか与えていない。

「ですが、ハヌマを壊してしまいました……」
「なぁに気にすることはない。
 こいつも、最後に全力を尽くせて本望だろうさ。
 だが、私たちはすっかりお前に騙されていたな。
 なんだ、その気になれば接近格闘(殴り合い)もちゃんとこなせるじゃないか」

 最終的に、接近格闘でシンハは負けたことになる。そのことを賞賛したシンハに、シンジはただ苦笑を返した。確かに殴り合いで勝ちはしたが、そのやり方自体はとても満足できるものではなかったのだ。

「まだまだ、ぜんぜん未熟だと思っていますよ。
 殴り合いに集中すると、特殊能力が全く使えなくなってしまいます。
 それに、色々と無理をした結果なんです」
「確かに、シエル・シエルを抱くためには今のままでは駄目だな」
「そう、そう……はぁっ!?」

 勝つためではなく、「抱く」為とシンハは言ってくれた。常々シエル・シエルの言っていることを考えれば、確かに両者は同じことを言っているのだろう。ただ「勝つ」ではなく「抱く」としたところが年長らしいからかいの言葉だった。
 シンジの反応に口元を緩めたシンハは、この先に付いてくる話だと煙に巻いた。

「まあ、ハヌマも壊れてしまったし、この後のことをゆっくりと考えることにするわ」
「そのことについては、重ね重ねお詫びさせて貰います」
「まあ、形有るものはいつからは壊れるものだからな。
 あまり気に病むことじゃない……と、もしも詫びるつもりがあるのなら、一つだけ頼まれてくれないか?」

 気にするなと言いかけたシンハだったが、ふと思いついたことを実行するのに利用することにした。

「シンハさんから頼まれごとですか?」

 これが女性ラウンズなら、用心して掛かるところだろう。だが相手は、自分の父親ぐらいの男性なのである。そうなると、どんな頼みをされるのかに興味があった。そしてシンハが持ち出したのは、とても真っ当な頼み事だった。

「なあに、うちの若手に稽古を付けてやって欲しいんだ。
 これがなかなか強くなってきてな、私も結構手こずっているんだよ。
 一度こてんぱんに叩きのめして、さらに高見があるのを教えてやってくれ」
「こてんぱんに……お嬢さんのことを言っているのなら、逆になりそうな気がしますけどね」

 苦笑を返したシンジだったが、断る理由など一つもないと思っていた。

「ですが、その依頼は受けさせて貰います。
 私からもエステル様に伝えておきますので、クルグル様から依頼して貰えますか?」

 元気の良い少女……と言っても、実はローザはシンジより一つ年上である。その顔を思い出しながら、大丈夫かななどと少し不安も感じていたりした。稽古とかで真っ正面から殴り合いをしたら、間違いなくシンジがのされることになると思っていた。
 シンジが承諾したことに喜んだシンハは、それからもう一つと頼みを追加した。

「それからもう一つなんだが、ハヌマが全く動かなくなってしまったんだ。
 悪いが、収容ポートまで運んでくれないか?」
「壊した責任もありますからね……」

 承知したと告げたシンジは、頭部の壊れたハヌマを背負った。そしてゆっくりと、シンハ側の収容ケージまで運んでいったのだった。



 長い間ラウンズを支えてきた友の敗北は、引き際が来たことをアーロン・カドゥケに確信させた。17でラウンズに任命され、それから25年の歳月を過ごしてきている。最高位こそ5位まで上がったが、それ以上順位を上げることも出来す今は7位に収まっていた。若手の試金石となるべく頑張ってきたが、その役目もこれで終わる事が出来るのだろう。

「アーロン殿、引退されるというのは本当か?」

 一番前で戦いを見ていたアーロンに、隣に並んだシエル・シエルが確認するように声を掛けた。それにゆっくりと頷いたアーロンは、責任が果たせたとその理由を口にした。

「レグルスにシンジ、次代を担う男が台頭してきたのだ。
 お前ほどではないが、今のシンジの戦いは未来を予感させる物だったぞ。
 だがな、同時に惜しいとも感じてしまったな。
 初めからアースガルズに生まれていれば、すぐにトップに立てた素質を持っている」
「確かに、今までとは違った戦い方を見せてくれました。
 ああ言う戦いもできるのだなと、この私も感心したほどです。
 初めからアースガルズに生まれていれば……確かに、そう思わせる才能を持っています。
 ですが、それは無い物ねだりという物でしょう」

 二人に共通したのは、シンハを倒してなお感じられる未熟さだった。あれだけの早さを持っているのなら、本当ならもっと早く勝負が付いていたはずなのだ。だが勝負が付くどころか、シンハの逆襲さえ許している。そこがシンジの限界だと、二人とも承知していたのである。

「確かに無い物ねだりなのだろうな。
 ただ、まだ伸びしろはあるのではないのか?
 正しく指導すれば、相当な実力を持つことができると私は見ているがな?」
「正しく指導ですか?」

 うむと考えたシエルは、確かに必要な措置だと再確認した。前日の戦いの時にも指摘されたことだが、レグルスとシンジ、二人の実力をかさ上げするのはアースガルズ全体の利益になるのは間違いない。

「確かに、マニゴルドにも同じことを言われたな。
 だったら、アーロン殿が経験を生かして指導するというのはどうだろう」
「その役目を否定するつもりはないが、教えるのならもっと実力者が良いだろう。
 所詮私など、最高位でも5位にしかなれなかった男だ。
 将来ラウンズを背負って立たせるつもりなら、お前やカノンが教えるべきだろう」
「そうやって、私をシンジとくっつけようとしますか?」

 意図が見えるだけに、シエルは少し苦笑混じりにそう言った。そんなシエルに対して、結構真面目な話だとアーロンは自分の考えを口にした。

「マニゴルドやお前、そしてレグルスはいずれもイリアス殿の子だ。
 母こそ違うが、血が濃いことには変わりはないだろう。
 ただ、その血の濃さこそ天才を発現させた理由となっているのかも知れない。
 それをさらに研ぎ澄ませるためには、同じ血を受けた子をなす必要があるだろう。
 だが同時に、新しい血を取り込むのも重要な事なのだよ。
 お前達の血の濃さが、女ばかり生まれる理由になっているとも言われているからな」
「正確には、優れた男が生まれない理由でしょう」

 さんざん聞かされたこともあり、耳にたこができている話でもあった。そしてアーロンも、そのことを否定しなかった。

「私がもう少し若ければ……と言いたいところだが、お前の母パルティータは異母姉弟だからな。
 いずれにしても、血が濃いと言うことに変わりがないのだよ」
「だから、私にシンジの子を産めと言うのですか……」
「無理強いすることではないが、大きな意味を持つことだと思っている。
 まあ、まだ考える時間は十分にあるのだろうがな」

 シエル・シエルはまだ24になったばかりなのである。アーロンの言う時間は、4年ほど残っていたのである。その間に、最初の子を誰と作るのかを考えれば良いことだった。

「それを忘れれば、マニゴルドに頼むというのも一つの方法だろう。
 あいつならば、きっとシンジを立派に鍛え上げてくれるのではないかな?」
「確かに、マニゴルドはとても強いのでしょう……」

 どうした物かと考えたシエルだったが、結論を出すのはまだ早いと考え直した。まだ祭りのやり直しは、たった4戦しか終わっていないのだ。誰が教えるのが適任かは、残りの7戦の中で考えていけばいい。

「実際に私が戦ってみて、どうすべきか判断することにします」
「そうだな、それが一番良いのだろう。
 あまりひいきにすると、レグルスの奴がいじける可能性があるからな」

 いじけるレグルスを想像したのだろうか、アーロンは口元を押さえて小さく吹き出した。そして同じように思い出したシエルも、確かに面白いと口元を押さえた。

「ただお前よりも先に、私なりにシンジの力を見極めることにしよう。
 いや、シンハのように、新しい力を引き出してみるか」
「まだ、他に隠しているとお思いか?」
「それを含めて、確かめてみようというのだよ」

 久しぶりに楽しい戦いになる。心の底から言うアーロンに、今更ながらにシエルは、引退を決意したのだと確認したのだった。



 そしてその翌日、愛機ニケに乗ったアーロン・カドゥケは、名無しの金色の機体に乗ったシンジと正面から対峙した。最初は奇抜さの目立った金色の機体だったが、実績を重ねるにつれ頼もしく見えるから不思議だ。良い色だと感心したアーロンは、「名前は付いたのか?」とモニタ越しにシンジに尋ねた。

「名前については、現在エステル様が熟考中です。
 いくつか案を出してくれるのですが、いずれも勘弁して欲しい物ばかりで……」

 はあっと小さくため息を吐いたシンジに、思わずアーロンは笑みを浮かべてしまった。この4日ですっかり頭角を現したラウンズは、年の割に大人びた雰囲気を持っている。それでも時々、年齢相応の反応を見せてくれるあたり、話していてとても楽しいと思えてしまう。

「ならば、私から提案させて貰っても良いかな?」
「ええ、何か良い名前があれば教えてください。
 そうじゃないと、とんでもない名前を付けられそうなんです」

 再びため息を吐いたシンジに、アーロンは「ギムレー」と言う名前を提案した。その耳慣れない名前に、シンジはその意味を尋ねた。

「ギムレーか?
 そうだな、天上の上にある天、そこにある大広間という意味だ。
 金色に輝く館があると言われているところだよ。
 まあ、金色繋がりだと思ってくれないか」
「ギムレーですか……名前の由来を伺うと、ちょっと恐れ多い気がしますね」

 天よりさらに上と言われれば、何を思い上がったと言われかねないのだ。それを心配したシンジに、実績を示せばいいとアーロンはアドバイスをした。そして名が体を表すことになれば、アースガルズの希望にも繋がってくる。それを考えれば、大げさな名前の方が良いというのだ。

「その分、僕のブレッシャーになりますね」
「もともとテラから来たと言うだけで、君は注目を集めているのだよ。
 そして4つの戦いで、更に注目を集めることになったんだ。
 上位3強も、君の存在を無視できなくなっているよ」
「と言われても、まだ実力が伴っていませんから……」
「それを、今から確かめることにしようか」

 ふっと微笑んだアーロンは、準備が調ったことを主ミレーヌに伝えた。これが賢人会議議長に伝われば、戦い開始の合図が行われる事になる。そして連絡からすぐに、議長によって戦い開始の合図が出された。

「では、天才の戦いぶりを見せて貰おうか」

 静かに呟いたアーロンは、自分の特殊能力、ミラージュとファイアーボムを同時に発動した。それぞれ全く違う特性を持った能力で、ミラージュは“分身”とも言える技だった。そしてファイアーボムは、フォトン・トーピドーと同系統で、遠隔からのエネルギー攻撃だった。

 一方のシンジは、いつもの通りフォトン・トーピドーを使用した。その攻撃は、分身した5体のニケを等しく包み込んだ。そしてフォトン・トーピドーは、アーロンのファイアーボムより一瞬早く炸裂した。
 一方ファイアーボムをドゥリンダナで叩き切ったシンジは、フォトン・トーピドーの爆発を見て、分身した1機へと突進した。そして右手でドゥリンダナを構成し、アーロンのニケへと斬りかかった。

「なぜ、分かった!?」

 シンジの攻撃を、アーロンは一歩踏み込み手首を押さえることで避けた。そして、どうやって分身を見破ったのかを問いかけた。アーロンにしてみれば。5体の分身にはいずれも差が無いと思っていたのだ。それは、フォトン・トーピドーの受け方にしても同じだと思っていた。だがシンジは、正確に本体を見極めてくれたのだ。
 その問いかけに、「内緒です」と答えたシンジは、とっさに右足を払ってアーロンの拘束から脱出した。見破られたことで、ミラージュによる分身は解け、ニケはただ1体へと戻っていた。

 離れたと言っても、両者の距離はほんの僅かな物だった。だがその僅かな距離で、アーロンはファイアーボムを連発してきた。逃げようのない距離で放たれた攻撃は、全弾命中したかと思われた。だがアーロンは、放った攻撃の効果を確認するどころか、なぜか機体をくるりと反転させた。

「やはり、ごまかせなかったと言うことですね」

 アーロンが反転させた先には、攻撃を受けたはずの金色の機体があった。トリックがばれ苦笑を浮かべたシンジに対し、アーロンは「年期が違う」と笑って見せた。

「それに、こう見えても私は特殊能力を得意にしているんだよ」

 そう言ったアーロンは、再びミラージュを使用して8体に分身して見せた。そしてシンジの周囲をぐるりと取り囲んだのである。

「ミラージュは、ニケの分身を作る特殊能力だ。
 だが分身の攻撃だからと言って、避けなければかなりのダメージを受けることになる」
「ただ本体を見極めるだけでは駄目と言いたいんですね?」

 厄介なと愚痴を言ったシンジは、それならばとアーロンの技をコピーした。その結果、多少窮屈な気もするが、分身した金色の機体が、1体1でニケと向き合うこととなった。あっさりと自分の能力がコピーされたことに、アーロンは感心するのと同時に不条理を感じていた。

「つくづく不思議なんだが、どうして簡単に技を盗めるのだ?」
「そのあたりは、まあ、秘密と言う事にしておいてください。
 で、どうします? 一応本体同士が向かい合っているはずですよ」
「お前が、正しく見極めているのならそうだろうな」

 アーロンは、本体を見極めているというシンジの言葉は、自分に対する誘いだと思っていた。先ほどはフォトン・トーピドーの攻撃があったが、今度は何もなく向かい合っているだけなのだ。本体を見極めるヒントはどこにも無いと思っていたのである。だから誘いを掛けて、反応した本体に攻撃を仕掛けようとしたのだろうと。

「それで、どうするつもりだ?
 接近しての格闘戦なら、私の方が一日の長があるはずだがな?」
「それは、昨日試してみましたから……
 だから今日は、真っ正面から特殊能力で対抗させて貰いますよ」

 シンジはそう言うと、ドゥリンダナをするため右手を差し上げた。一斉に配置された分身達も、同じように右手を差し上げた。これだけを見ると、どれが本体かは全く分からなかった。

「その攻撃が効かないのは、すでに示していると思ったのだがな?
 これだけ接近すれば、手首を押さえることでドゥリンダナを防ぐことができる」
「きっとそうなんでしょうね」

 そう答えたシンジは、アーロンに向けて右手を振り下ろした。当然アーロンは、先ほどと同様に手首を押さえようと一歩前に出た。だがいざ捕まえようとした瞬間、シンジの腕がするりと通り抜けていってくれた。そしてすり抜けたのと同時に、周りから激しい衝撃を受けることになった。何が起きたのか電子妖精マリンに紹介したところ、周りに配された分身から一斉に攻撃を受けたと言う事だった。しかもそのうちの一体に、本体が紛れ込んでいたというのである。シンジの言葉を信じたために、正面にいる機体を本体だと思い込まされてしまったと言う事だった。

「私は、引っかかってしまったのか?」
「ええ、アーロンさんが僕の本体を見極めていないのは分かっていましたからね。
 だから正面にいるのが、本体だと言う偽の情報で罠をはらせて貰いました」
「お前は、私の本体を見抜いていたと言うことだな」

 相手の本体を見抜けなかったことで、アーロンの負けは確定していたのだろう。分身を本体と誤認したため、真の本体の攻撃をまともに受けてしまったのだ。マリンからの報告では、ドゥリンダナをまともに受けたことで、各部機能が正常の半分以下まで低下していた。しかも最悪なのは、気付いたときにはフォトン・トーピドーに取り囲まれてしまったことだった。球状に取り囲まれたことで、完全に逃げ場を塞がれていた。そして破壊するには、取り囲んでいる数があまりにも多すぎた。
 それを認めたアーロンは、ふうっと息を吐いた肩から力を抜いた。得意とする特殊能力で、完全に後れをとったのである。それは、負けを認めるには十分な結果と言えるだろう。「降参だ」と言うアーロンの宣言で、5日目の戦いは幕を閉じることとなった。

 そしてその翌日、若草色したシルファ・クスクスの愛機マルチが大地に組み伏せられることとなった。遠距離からの攻撃、そしてアクセルを複雑に組み合わせた格闘戦をシンジに挑んだのだが、そのいずれも全く通用しなかったのである。そして起死回生を狙ったシルファの密着攻撃も、一本背負いで粉砕されてしまった。唯一身につけていたと言うと言い過ぎの感もあるが、中学で習った柔道が役に立ったのである。

「……ねえ、格闘戦は苦手のはずじゃなかったの?」

 がっちりと押さえ込まれたシルファは、話が違うとシンジに文句を言った。僅か2ヶ月でここまで違うと、前の戦いが手抜きをしていたのかと疑いたくもなってくる。

「いえ、たまたま中学の時に習った柔道が役に立ったので……」
「チューガク、それにジュードー……なにそれ?」
「いえ、テラにいるときのことなんですけどね……」

 理解されないのは十分に分かっていたので、それ以上の説明をシンジはしなかった。

「降参ですよね?」
「これが機動兵器じゃなかったら、色っぽい方に持っていってあげたのに」

 残念と苦笑したシルファは、ボブにした茶色の髪をわしわしと手で掻いた。そして仕方が無いと、「降参!」と宣言したのである。

「ところでさぁ、別の場所でこの続きをしない?」

 濡れちゃったと笑うシルファに、「勘弁してください」と、逆にシンジが降参することになった。







続く

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