機動兵器のある風景
Scene -14







 ジル・スピカはラウンズに任命されてから、すでに10年が経過した女性だった。女性ラウンズの平均引退年齢が28.5歳という事実と重ね合わせると、27になったジルは、そろそろ引退を考える歳となっていた。その意味もあってか、ジル自身、自分のことを「おばさん」とよく口にしていた。
 現在10位にいるジルだったが、過去5位にまで上がった実力を持っていた。ただ周りの実力向上が目覚ましく、それに取り残された形でずるずると順位を落としていった。そのあたりは、11位にいるサラも似たような事情だった。

「自分から望んでおいて、どうして追い詰められた気持ちになっているのかしら?」

 戦闘準備をしている間、ジルは口元を歪めて自己矛盾の理由を考えていた。自分で呟いた通り、祭りのやり直しを希望したのは自分自身なのである。そのくせサラ・カエルの戦いを見て、なぜか後ろ向きな気持ちになっていたのだ。

「ああ、だめだめ、いくら考えても今更意味が無いじゃないの!」

 その言葉通り、もうすぐシンジとの戦いの時刻がやってくる。いけないと頭を振った拍子に、髪留めが外れたのか、彼女の長い銀色の髪がふわりと広がった。「まったく、もう、悪いときには全部重なるものね」と文句を言いつつ、ジルは落ちた髪留めを拾い、広がってしまった髪を丸く纏めた。

「そろそろ、潮時なのかしら?」

 引退が現実のものとなる年齢まで、あと少しというのは分かっていた。それが、逆に自分へのプレッシャーになっているのも理解していた。後継者のめどが付いたというのも、時間が迫っていると考えさせる理由になっているのだろう。
 青と言うより、群青色の瞳を瞬かせたジルは、モニタに自分の顔を映しだしてみた。白い肌に尖ったあご先、そして氷よりも冷たい眼差しは、とても冷たい女性の印象を与えるものだろう。これじゃ駄目だと微笑んでみたが、顔が引きつるだけでうまく笑うことができなかった。

「まったく、戦う前に何をやっているんだろう」

 そう言って自嘲したジルは、頭を切り替えようと軽く両手で頬を叩いた。前日の戦いを見る限り、相手は2ヶ月前に戦った駆け出しラウンズではない。油断をしなくても、簡単に食われることもあり得る実力者だと思う必要がある相手だ。だからこそ面白いと、ジルはできるだけ前向きに考えようとした。

「渋めのマニゴルド、若さのほとばしるレグルス、そして知的なシンジね……
 結構具合良く男が揃ってきたのかしら?
 後は、シンジを試してみて誰にお願いするのかを決めればいいか」

 少しいやらしく、ジルはゆっくりと舌で自分の唇を舐めた。そして丁度反対側に現れたシンジに、ねっとりと絡みつくような声で話しかけた。

「シンジ、これからおばさんが色々と教えてあげるからねぇ」

 そんなジルに、シンジは苦笑と共に「お手柔らかに」と答えた。そしてジルの言葉に含まれていた単語を、一つ修正してきた。

「ジルさんは、おばさんじゃなくてお姉さんだと思うんですけどね」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわねぇ。
 だったら、たっぷりサービスをしてあげるわよ」

 シンジの言葉に、ジルは気持ちが良くなるのを感じていた。やはり「おばさん」と呼ばれるのより、「お姉さん」と言って貰える方が嬉しいのだ。ますます良い男だとシンジを見直したジルは、「確かめてみよう」と気持ちを戦いへと切り替えた。
 シンジの金色の機体と向かい合ったのは、搭乗者に似合わないねずみ色をした機体、ジルはその機体にセルペンテと言う愛称を付けていた。過去、もう少し派手なカラーリングにしたらと言われた事もあったが、目立たない方が良いとそのまま押し通した経緯がある。こうして金ぴかの機体と向かい合ってみると、もう少し派手な方が良かったかなと今になって後悔したりしていた。

「銀色に塗り替えようかしら?」

 金色に比べれば、まだ落ち着いた色に違いない。この戦いが終わった後、そのあたりをマヌエラに相談してみようと考えていた。そんなことを考えていたら、賢人会議議長のから開始の合図が行われた。

 砲撃系の特殊能力保持者に対して、離れて戦うのは愚の骨頂である。そして格闘が苦手な相手には、格闘戦で挑むべきなのである。そのセオリーに則り、ジルは開始の合図と同時にセルペンテを疾走させた。このあたりの対処は、前日のサラ・カエルと同じものだった。だがジルの動きが少し違っていたのは、直線的なサラに対して、蛇行しながら迫ってきたという所だった。その動きは、鋭さと言うより、粘質感を感じさせるものだった。
 開始早々接近戦を挑んできたジルに対して、シンジのとった戦法は前日とは違うものだった。ただその方法は、前日に比べてセオリーに則ったものとなっていた。接近戦が不利となるのなら、能力を生かして距離をとればいいのだと。

 ジルが加速したのと同時に、シンジは大地を蹴って上空に飛び上がった。そして20mほど上空で、両腕を大きく広げて静止した。その行動は、自分の得意なフィールドへ誘っているようにも見える者だった。

「付いて来いってお誘いかしら?」
「たまには、追いかけっこも良いでしょう?」

 空での戦いになると、特殊能力に優れるシンジの方が有利になる。ジルが誘いに乗らないのは、当然の対応だった。だがそうなると、シンジの得意な距離での戦いと言うことになる。「良いんですか?」と念押しをしたシンジは、両手を振るう動作をしてジルの周りにフォトン・トーピドーの光球をばらまいた。まるで土星の輪のような配置は、空へと誘っているようにも思われた。

「離れていると、僕が一方的に攻撃することになりますよ」
「だったら、降りてきてくれるとおばさん嬉しいんだけど?」

 フォトン・トーピドーに囲まれても、ジルは全く動じることはなかった。空と陸、離れてしまえばこうなることは予想されたことなのだ。そしてその場合の対処も、すでに想定済みとなっていた。そしてシンジの方も、当然のようにジルの言葉を否定した。

「組み合ったら、経験不足の僕では勝ち目がありませんからね」
「そのあたりを、じっくり手取り足取り教えてあげようと思っているのよ」

 はあととジルがウインクをしたところで、シンジはフォトン・トーピドーを発動させた。ジルの周りを取り囲んでいた光球は、セルペンテに殺到して大きな爆煙を上げた。爆発の瞬間までジルが動かなかったところを見ると、そのままフォトン・トーピドーを受けたようにも思われた。
 見ていた誰もが、これで勝負が付いたなどとは思っていなかった。そしてその確信を裏付けるように、次の瞬間シンジの背後にねずみ色の機体が出現した。爆発で起きた爆煙を隠れ蓑に、高速動作で背後をとる作戦だったのだろう。そしてその作戦通り、ジルはシンジの背後をとることに成功した。ここまでうまく行ったのだから、後は捕まえて地上に引きずり下ろせば得意のフィールドに持ち込むことができる。してやったりと、ジルが喜んだのも当然のことだった。

「やっぱり、こういう時には経験の差が出るわね。
 坊やのとった作戦は、おばさんが想定した範囲に入っていたわ。
 あんなに爆煙を上げたら、機体を視認することが出来なくなるでしょう。
 はい、捕ま〜えったっ!!」

 両手に感じる確かな手応えに、ジルは勝利を確信した。前日の戦いの分析では、接近格闘の能力は多少向上しているが、特殊能力さえ封じてしまえば、まだ驚異となるものではないと出ていた。その分析に従い特殊能力の使えない状況に持って行ったのだから、自分の勝利は固いとジルは確信した。
 だがジルが捕まえたと思った瞬間、その両手に確かな感触を覚えたと思った瞬間、腕の中にあった金色の機体が幻のように消失したのだ。

「まさかっ」

 その一瞬の驚きが、ジルに決定的な隙を作ることとなった。すぐさま後ろの防御に移ったジルだったが、そのわずかな遅れが致命傷となったのである。今まさに振り返ろうとしたとき、両脇を後ろからがっちりと羽交い締めにされてしまった。

「そのまさかです、ジルさんが捕まえたと思ったのは、僕が用意した幻影体です。
 視認できなくなったのは、お互い様と言うことです」

 シンジはそう告げると、セルペンテの飛行能力をキャンセルした。そうすることで、2機の機動兵器はゆっくりと大地へと降下した。そして巨大な体に似合わず、そしてその質量からしたら驚くほど衝撃が少なく、2機は地上に降り立つことになった。
 予想に反して、シンジはジルの得意な密着戦を、得意な地上というフィールドに持ち込んだのである。

「これで、勝ったつもり?」
「これだけでは勝ったことにならないのは分かっていますよ」

 地に足が付けば、両脇を抱えられても対処のやり方はいくらでもある。接触技、寝技なら自分の方が一日どころか数日の長があるとジルは思っていた。そしてここから反撃する手段は、両手に余るのも確かだった。
 だが反撃をしようとしたジルは、すぐにそれが錯覚だと思い知らされることになった。2ヶ月前の対戦では、赤子の手を捻るように弄ぶことができた。それが今度は、何をどうしようとしても、シンジの束縛から逃げることが出来なかったのだ。それどころか、大地に縫い付けられたように、まともに動くことも出来なくなっていた。
 反動を付けようとすれば、その反動を打ち消す動きをされてしまうし、体を捻ろうとしたら、それを強い力で押さえ込まれてしまった。いくつかフェイントを織り交ぜてみても、そのフェイント自体全く効果を示してくれない。ただ後ろから羽交い締めされただけなのに、ジルは手も足も出なくなっていた。

 一方シンジからの攻撃もないのだが、ただ攻撃しないだけだとジルは理解していた。そしてこのままの体勢を続けるのは、観客を退屈させるだけだと考えた。だからジルは、自分から戦いを終わらせることを提案した。

「ねえ、悪いんだけど今のままだと降参できないのよ。
 撃ってこなくて良いから、フォトン・トーピドーでもばらまいてくれない?
 そうすれば、降参しても格好が付くでしょう?」
「確かに、このままだと地味すぎますね……」

 勝負の決まり手が羽交い締めでは、ジルの言う通り格好が付かないのは確かだろう。そして見ている方に不満が溜まるのも理解できる話である。ただ、ここまでの戦いにしても、派手なシーンと言えば最初のフォトン・トーピドーだけである。このままだと、帰ってから前日以上に「地味」とか「凡戦」とレグルス達に責められることになるのは間違いない。
 それを考えると、今更フォトン・トーピドーを使っても手遅れに違いない。それでも口実は必要と、ジルの頼み通り百ほどの光球をジルの前面にばらまいた。

「この体勢では、逃げようがないから降参させて貰うわ。
 まったく、いつの間にこんなにずる賢くなったのかしら?」

 一言シンジに嫌みを言ったジルは、一転真面目な顔をしてシンジの予定を尋ねた。

「ところで、この後暇はあるかしら?
 おば、お姉さんの相談に乗って貰いたいことがあるんだけど?」

 そんなジルに向かって、「ごめんなさい」とすぐにシンジは謝った。どう考えても、今日の予定はぴっちりと詰まっているのだ。まじめな顔をするジルを見る限り、相談と言っても簡単に終わるとは思えない。それを考えると、割くだけの時間が残されていなかったのだ。

「機体の調整が終わっていないのもあるんですけど……
 今日も、あの二人に呼ばれているんですよ……」

 あの二人というシンジの言葉に、ジルは黒髪と赤髪の少女の顔を思い出した。三夜連続ねぇと、二人の若さを楽しく思い、そしてそれに付き合わされるシンジを哀れに思った。戦いこそあっさり終わったが、機体の準備調整、そして次の対戦相手の分析、そこに割く時間を考えると、ほとんど休みなしになってしまう。彼の主は、どこまで自分のカヴァリエーレに負担を掛けていることに気づいているのだろうか。それがヴァルキュリアと言うのは分かるし、祭りと違って結果が彼女たちの立場に影響するものでもない。しかも相手はエステルなのだから、お気楽なのも仕方が無いことなのだろう。

「……同情してあげるわ。
 あの二人って、可愛い顔をしているくせに、かなりどん欲なのね」
「そのあたりは、僕の口からは何とも……」

 顔を引きつらせたシンジに、ジルはそれ以上二人のことに触れないことにした。そしてその代わり、時間がとれたら連絡が欲しいと相談の内容を変えたのだった。

「割と真面目に、相談に乗って欲しいことがあるのよね」
「僕で良ければですけど……」

 と答えたものの、シンジにはジルの言う「相談」の中身に想像が付いていなかった。ブレイブスとしての経験だけでなく、人生経験にしても雲泥の差が存在している。はっきり言って若造の自分が、いったい何の力になれるのかが不思議だった。
 それでも上位の、上位でなくとも仲間に頼まれればイヤとは言うことは出来ない。しかも自分を頼ってくれのだから、断れないというのはなおさらだった。もう一度承諾を告げたところで、シンジはジルを解放したのだった。



 凡戦も二日続くと、そこに意味を求めたくなる。戦いの結果だけを見れば、シンジの方が強かったと言うことになるのだが、それだけでは説明の付かないことがいくつかあったし、納得できないと考えていた者も居た。そして逆に、面白いと喜んでいる者も居たのだ。前者の代表がシエルであり、後者の代表がサークラだった。
 シンジの戦い方を喜んだサークラは、なかなかおもしろことをすると張った罠の解説をしてくれた。

「ジルが騙されたあれね、ボクがよく使う幻影体に間違いないよ。
 シンジは、自分の居た場所に幻影体を置いて、自分はフォトン・トーピドーの爆煙に隠れたんだよ。
 うんうん、罠の使い方がちゃんと分かっているじゃないか。
 それに、使うタイミングも適切だったと思うよ」

 満足げに頷いたサークラに、「ジルの油断だ」とシエルは断じた。こちらが、納得できていない代表者でもある。

「サラの時もそうだが、フォトン・トーピドーが仕掛けにしか使われていない。
 最初の奴で仕留めるつもりはシンジには無いのだ。
 その考えを、完全にジルが読み違えていただけのことだ。
 だからフォトン・トーピドーの炸裂した瞬間に隙が出来ると誤解していた。
 私には、二人とも用心が足りないとしか言いようが無い」
「私としては、決め技を牽制に使われるのは不本意なんだけどねぇ。
 まっ、降参させるときに使っているから我慢はできるけどね」

 カノンにしてみれば、自分の技を盗まれただけでなく、全く違う使い方をしてくれたのだ。そのあたりに軽い不満があったのだが、それもどうでも良いことだとシエルは断じてくれた。

「シエルは、罠が決まったところで勝負を決めなかったことが不満なのか?」
「決めきるだけの技と力がないのは分かっている。
 ドゥリンダナを使ったとしても、あの距離ではジルにダメージを与えるだけだろう。
 そこから先の結果は、今の戦いと同じ物になったはずだ」

 決め手を欠くことを問題としたシエルに、マニゴルドは必ずしもそうではないと、その考えを否定した。

「おそらく、最初のフォトン・トーピドーで仕留めることは出来ただろう。
 そして、不意を突いたドゥリンダナで仕留めることも可能だったはずだ。
 だがそれでは、ラウンズ第十二位碇シンジの戦いでなくなってしまうのではないか?
 とどめのフォトン・トーピドーを使う前に、二人の勝負は決していた。
 それは、前日のサラとの戦いでも同じだったはずだ。
 それがあいつなりの、ラウンズとしての戦い方だと考えることが出来る」
「確かに、フォトン・トーピドーだけで勝つのでは意味がないな。
 その勝利は否定されるものではないが、奴に求められるものではないだろう」

 マニゴルドの答えを認めたシエルは、それを認めることで、更に戦い方に不満を感じると口にした。

「奴の戦い方に、どうしても必死さが感じられないのだ。
 一番年が若く、一番経験のないラウンズなのだぞ。
 サラとの戦いもそうだが、もっとひたむきに戦いに臨むべきでいないのか?」
「戦いにどう臨むのか、それはおのおのが考えることでしかないな。
 そしてシンジが必死かどうかは、あいつだけが分かることだ。
 シエルの言いたい気持ちも分かるが、それはあくまでお前の感じ方でしかない。
 必死でないと決めつけることは、逆にシンジに対して失礼に当たるのではないのか?
 そもそも失礼さ加減を比べるのなら、俺たちの方がよほど失礼なことをしているだろうよ」

 マニゴルドの決めつけは、前の祭りに関わることだった。ラウンズ同士の戦いで、シンジはめきめきと実力を上げてきた。裏を返せば、祭りが有るまでそこまでの戦いをしたことがなかったことになる。そして経験の無い新任ラウンズに対して、その機会を与えなかったのが彼女たちだったのだ。エステルの申し入れを受け入れていれば、祭りはもう少し違った物になっていただろう。そのくせ結果に文句を付けて、一人をよってたかって虐めるような真似をしている。それこそ失礼なことだと、マニゴルドは断じたのである。

「あいつの必死さを見たければ、祭りではなく練習の手合わせをしてやればいい。
 勝ち負けに関係の無いところでやれば、勝つための罠など張る必要はないからな。
 今回は祭りでないとは言え、ヴァルキュリアの名誉がかかってくることに違いない。
 ならばシンジの奴が、勝利を第一に考えることは間違っていないだろう。
 ヴァルキュリアに仕えるカヴァリエーレとしては、むしろシンジのやり方が正解のはずだ。
 必死さが無いのは、むしろ俺たちの方じゃないのか?」

 断言したマニゴルドは、その上で客観的分析と私情がごっちゃになっていると指摘した。

「その前に一つだけ言っておくが、ラウンズ同士の戦いの意味を間違えてはいけないぞ。
 シエルなら勘違いをしていないとは思うが、俺は必ずしもお前に勝てない訳ではない。
 ただ、お前に勝つためには、お前を殺す攻撃をしなければいけないだけだ。
 そこまでしないと、俺の力では絶対にお前には勝てないだろうし、
 正直、そこまでしても本当に勝てるかどうかは分からないがな。
 ただその戦いは、俺たちラウンズに求められるものでないことだけは間違いない。
 俺たちは、限られたルールに則り、お互いの技量を比べあっているんだ。
 その上で問うが、お前はシンジに対してどんな戦い方を期待しているのだ?
 そして、なぜそんな戦い方を求めているのだ?」
「私が、シンジに期待をしているというのか……
 私を負かす男になるかも知れないと……」

 マニゴルドの指摘に含まれる意味を、敢えてシエルは口にした。そしてそれを肯定したマニゴルドは、返す刀で男の情けなさを肯定した。

「俺では駄目だというのなら、
 今のところ、それを期待できそうなのはシンジとレグルスだけだからな。
 ラウンズ候補を見ても、めぼしい男はいないに等しいのは確かだ」

 そう言うことだとシエルに告げたマニゴルドは、レグルスに向かって「なっていない」と告げた。

「あと、2、3年もすればお前はトップに立てるのかも知れないな。
 だが、今のままではシエルやカノンの引退がその理由になるだろう。
 そのときには、サークラとシンジ、そしてお前の3すくみと言うのもあり得る」
「シンジなら、サークラの姉御に勝てるというのか。
 そして俺では、サークラの姉御にいつまでも勝てないと……」

 反発したレグルスに向かって、今のままならそうなるとマニゴルドは肯定した。

「サークラは、シンジと違って明らかな弱点はないからな。
 まともな殴り合いならお前の方が強いが、それを補ってあまりあるほどの特殊能力に違いがある。
 格闘に賭けるまっすぐさは美徳かも知れないが、それだけでトップに立てるほどラウンズは甘くない。
 シエルの後任、カノンの後任、そいつらに抜かれることも大いにあり得るだろう」
「それでも、俺は自分のやり方を変えるつもりはない!
 そして俺のやり方で、俺はトップに立ってみせる!」

 戦い方を考えろと言うマニゴルドに、レグルスは「変えない」とはっきりと言い切った。そんなレグルスに、「その意気込みやよし」とマニゴルドは応じた。

「その強い意志がない限り、ラウンズのトップなど張れないからな。
 あとは、その意志を現実のものとするための鍛錬を忘れないことだ。
 と言うことだからシエル、レグルスのことも忘れないでやってくれ」
「べ、別に、忘れていると言うことはない……ぞ」

 マニゴルドに言い返す様子を、「ちょっと良いかな」と感じていたりした。だからシエルにしては、ちょっと照れ気味に言い返した。
 そう言う事だと頷いたマニゴルドは、話を本題、シンジの戦いに戻すことにした。いくら戦い方に納得がいかなくても、ここまでの2戦はシンジの圧勝である。このまま連勝させるのは、先輩としての沽券にも関わる問題だった。だからマニゴルドは、次の対戦相手であるフラン・フランにどうだと水を向けた。

「フラン・フラン、シンジの奴を止められそうか?」
「ちょっと厄介ってところ?
 色々と作戦は考えているんだけど、手の内が全く読めないのよねぇ」

 マニゴルドの問いに、フラン・フランは少し首を傾げて見せた。そして左側で三つ編みにした髪に右手で触れ、「出たとこ勝負」と笑って見せた。

「この2戦を見ても、前の戦い方って全く参考にならないのが分かったしね。
 格闘戦が苦手って言うのも、ジルが身動きできなくなったのを見ると疑わしいしぃ。
 逆に私の手の内はしっかりとばれているから、どちらかと言えば私が不利じゃないかな」
「だが、お前には飛び道具があるだろう」

 これまでの二人と違うと言う指摘に、どこまで通用するのか分からないとフランは答えた。

「真似をしてもらえなかったんだから、その程度の威力ってことよ。
 まあ、フォトン・トーピドーが使えるのなら、空牙を使う理由もないのは確かだけどね。
 この技もばれているから、しっかりと対策を考えているんじゃないかな。
 やっぱ、課題はどうやって接近しての殴り合いに持っていくかじゃない?
 もっとも、ファントムなんて厄介な技もあるから接近戦だから良いって訳じゃ無いけどね」

 ぱたぱたと手を振ったフランは、「負けても困らないしぃ」と笑って見せた。

「シンジが強くなってくれるのは、むしろ歓迎すべきことでしょう?
 そもそも私たちが技量を高めているのは、トロルスと戦うためだしね。
 特殊系の能力がずば抜けたラウンズが加わるのは、戦いを有利に進められるって意味でしょ?
 それに、ルミネもあまり順位に拘っていないからねぇ。
 私としては、元気の良い男が台頭してきてくれるのは大歓迎よ。
 レグルスも良いけど、やっぱ選択肢があるのも重要だと思うのよね。
 しかもシンジって、レグルスとは全くタイプが違うでしょう。
 けっこう、ああ言うのって好みなのよ」

 にっと笑ったことで、浅黒い顔から白い歯が光って見えた。ただフランの答えは、かなりマニゴルドをがっかりとさせたようだった。祭りの結果に不満があって、そのやり直しを求めたのがこの戦いを初めて理由のはずだった。だが話をしていると、いつの間にかシンジの品評会をしている錯覚を覚えてしまうのだ。裏を返せば、それだけ男性ラウンズ不足が深刻だと言う事になる。久しぶりに現れた上玉を、女性ラウンズ達が虎視眈々と狙っていると言い換えても良いのかも知れない。組織の維持という意味では重大なことなのだが、何故か情けない気持ちをマニゴルドは感じていた。

「確かに、俺たちの真の役目はヘルの浸食を防ぐことだからな。
 強力な遠距離攻撃ができる奴が増えるのは有り難いことに違いない。
 ただなぁ、もう少し技能の研鑽に対して真摯になって貰いたいのだが……
 やめよう、なにか俺が年をとった気がしてきた……」

 愚痴とか説教とかが増えるのは、確実に年をとった証拠と言われるだろう。それを自覚したマニゴルドは、それ以上フランへの苦言をやめることにした。そしてその代わり、結構まじめな顔でレグルスに、「お前が確実に止めろ!」と命令をした。この後の対戦を見ると、シンジに対して相性が良さそうなのはレグルスぐらいなのだ。そこで止めないと、先輩としての示しが付かなくなる。

「言われなくとも、まだシンジに負けるわけにはいかないからな」

 これで自分が戦う楽しみが増えた。手強くなったシンジの成長を、レグルスは素直に喜んだのである。そして当然、まだシンジに負けるはずがないと思っていたのである。



 必死さが無いとシエルに言われたシンジだが、本人は必死にやっていると自分では思っていた。その証拠と言えばいいのか、ラウンズとの戦いが終わってすぐに、フェリスに機体調整を手伝わせていた。その背景には、データをとればとるほど調整ができなくなると言う、マシロの困惑があったのである。当然調整の不足は、シンジ自身体で感じていた物だった。

「私は、いっこうに構わん!」

 「悪い」とマシロに謝られたフェリスは、まじめな顔をしてそう答えたのである。もちろん顔つきと内心は全く別で、「喜んで」というのがその本心だった。ラウンズ相手に自分の技量を磨けるという殊勝な考えとは別に、シンジと一緒に居られる時間を喜んでいるのである。そして、こうやって手伝うことで、ますます深い関係が結ばれていくと思っていたのだ。本来、深い関係ではなく、固い絆と言うべきなのだろうが。

「それで、何が理由で調整が決まらないのかな?」

 ラウンズとの戦闘で得たデータを用いて、データ修正を行う。そしてその結果を、フェリスとの模擬戦で検証する。そして更にデータを得て、調整内容の検証を行う。その調整も、ジルとの戦いで二日目に突入していた。だが調整する度に、マシロには新たな課題が見つかってくるのだ。それもあって、いつまで経っても調整が完了しないという問題に悩まされていた。一緒に居る時間が長くなると、喜んでいられる問題ではなかったのだ。
 従って、シンジは問題の本質をマシロに尋ねることにした。本質が分かれば、シンジの側での対処も可能となるかも知れない。使用時の配慮で、回避できる可能性も生まれてくるだろう。

 シンジの問いかけに、マシロは小さくため息を吐き、「実は」と問題の所在に関して説明を始めた。

「思考コントロールのゲインと、モーショントレースの関係が決まらないんです。
 ゲインを上げた方が反応速度が上がるのですが、そうなると体の動きと不一致が生じます。
 その場合、モーショントレースを通してフィードバックが体に掛かることになります。
 その状態で戦いを続けると、体が過負荷に耐えられなくなる可能性が出ます。
 そこまで行かなくても、今でも問題が出ているのではありませんか?」
「今起きている軽い筋肉痛は、それが理由になっていると言うことかな?」

 話を聞きながら、シンジはずっと右の二の腕をマッサージしていた。この二日の戦いで、軽い疲労と痛みを感じるようになっていたのだ。そしてシンジの示した症状に、マシロはデータを見てそれを肯定した。

「そうですね、動こうとするよりも早く振り回されているようです。
 その時の筋肉への負荷のせいで、軽い炎症を起こしているのでしょう。
 そう言った場合の対処は、モーショントレースを切ることなんですが。
 そうすると、通常の動きが全くできないことになります。
 だとしたら、思考コントロールのゲインを落とせばいいのですが、
 そうなると、シンジ様の反応速度が体の動きに制限されることになります」

 その場合、格闘戦で劣るシンジの実力そのままと言うことになる。経験で負け、反応速度で負けるとなれば、接近戦を挑まれたらひとたまりもない。

「結局、僕の鍛錬不足が根本の原因と言う事になるのか……」

 結局は、シンジの実力不足が原因となっている。ふっとため息を吐いたシンジに、それだけではないとマシロは答えた。それだけが理由ならば、もっと対処のしようがあるというものだった。

「他のラウンズ、いえ、ブレイブスでも見かけない症状なんです。
 失礼を承知で言いますが、シンジ様の場合身体能力は三流です。
 そして思考コントロールに関しては、超一流というのも問題なのかと思います。
 いっそのこと、モーショントレースを全部切ってやれれば楽なんですけど」
「さすがに、それは僕のイメージが着いていけなくなるね。
 もう少し正確に言うと、他の能力を使うことができなくなる」

 マシロの示した解決方法は、一度シンジも検討したことのある方法だった。だが過去試したときには、思考コントロールだけにすると、それだけにかかり切りになってしまうと言う問題が出た。特殊能力が使えないとなると、結局格闘技能に劣るシンジに勝ち目がないことになる。結局、どちらか一方というのはあり得ない選択となっていた。

「そうなると、ゲインを下げるしか無くなるのですが……」
「これから当たる上位とでは、格闘戦に持ち込まれたら歯が立たなくなるか」

 シンジの言葉に、マシロはこくりと頷いて見せた。

「体への負担を避けるため、ゲインとフィードバックの調整を入れているのですが、
 その調整値自身が、毎回微妙に変化しています。
 決まらないと言うのか、決められないというのか……
 決めてもすぐに、その値がずれてしまうと言うのか……
 これ以上調整するには、自立コントロール機能を組み込まないと。
 でも、今度はその調整にも時間が掛かりますから……」
「それには、どのくらいの時間が掛かるのかな?」

 それでも方法があるというマシロに、大した物だと感心していた。

「組み込みに1週間、調整に1週間程度です」
「つまり、今のには間に合わないと言うことか」

 そうなると、調整をどうするのか判断が必要となってくる。それを考えたシンジは、マシロに向かって「現状の維持」を指示として出した。いつまでも決まらない調整でやっているより、ずれていても実績のある方がまだマシだと思えたのだ。

「しばらくは、体の方を合わせるしかないのだろうね。
 それからマシロ、自立コントロール機能の組み込み準備は進めてくれないか?
 この戦いが終わったところで、組み込み調整を行うことにしよう」
「はい、シンジ様が仰有る通りにします!」

 ありがとうと言って、シンジはマシロの銀色の髪に触れた。軽いスキンシップなのだが、それだけでマシロの顔は真っ赤に染まってしまった。そしてシンジの後ろでは、フェリスが、不満に唇をへの字に結んでいた。

「じゃあ、僕はこれで戻ることにするけど……フェリス、どうかしたのか?」
「いや、別に、何でも無いが」

 振り返った先にあったのが、フェリスのふくれっ面である。シンジとしては、当然その理由を尋ねたのである。もちろん、フェリスが正直に理由を話すはずがなかった。

「だったら良いんだけど……
 じゃあラピス、僕とフェリスをエステル様の館まで運んでくれ」

 シンジの命令に、ラピスはほんの僅かな皮肉をスパイス代わりに答えに振りかけた。

「承知しました、朴念仁のご主人様!」

 またかと思いはしたが、シンジはそれを無視することにした。たぶんというか、間違いなくこの先フェリスが問題としてくれるだろう。それにしたところで、この問題にあまり時間を割いている暇が無かったというのもある。何しろ前日に引き続き、この後ヴェルデの館に行かなければならないし、その後はエステルのところに戻ってこなければいけない。そして明日の朝には、再度機動兵器の調整が待っているのだから、そこまで問題を先送りにすればいいと考えていたのだ。「疲れたな」とシンジが呟いたのは、いったいどの理由なのだろうか。
 もう一度マシロに、「よろしく頼む」と残し、シンジはフェリスと共にドックを後にしたのだった。







続く

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