機動兵器のある風景
Scene -13







 自分が望んだこととは言え、今度の戦いはとてもやりにくいとサラ・カエルは思っていた。そのやりにくさの意味でも、トップバッターというのは歓迎できるものではなかった。ただ自分の立場を考えると、我慢すべきと言うのを理解していただけだ。
 そのやりにくさの原因として、テラでの戦いを見せられたことが大きかった。あそこで予想外の戦い方を見せられたことで、余計なことに気を遣わなければいけなくなってしまったのだ。そう言う意味では、確認できるだけ2番手以降の方が有り難かった。まるっきりデータがないのもイヤだが、中途半端なデータというのも扱いに困るのだ。

 しかもそう言った戦いとは別の世界で、サラは別の悩みを抱えていたりした。それは何を隠そう、彼女の主の問題だった。未だ舞い上がって、正常状態へと復帰してくれていないのだ。
 前々夜というか、前日早朝の余韻が冷めやらないのだろう、未だに自分の対戦相手に熱い眼差しを向けてくれている。そのあたり、もう少しヴァルキュリアとしての体面を考えて欲しいと主張したいところだった。さすがに、昨日の今日では感情の切換が難しいのは理解できるし、初めての経験に舞い上がるのも仕方が無いだろう。ただいざ戦いの場に臨んだのだから、もう少し自分に掛ける言葉に配慮があっても良いと思う。「早く終わらせてくださいね」と言われてしまうと、さっさと負けろという意味かと被害妄想を持ってしまいそうだ。

「エステルとは、その、合意ができていますから」

 嬉しそうな顔をしているのだから、どんな合意かは今更確認するまでもないのだろう。正式な祭りではないのだから、堅苦しく考える必要がないのも理解できる。そもそも再戦を持ち出したのはラウンズ側の都合だから、ヴァルキュリアが自分の都合を持ち出すことに文句を言えるはずがなかった。しかも持ち出された都合は、ラウンズの対戦以上に優先される男女の睦ごとである。

「しかし、シンジの奴も可哀相に……」

 昼はラウンズと真剣勝負を行い、休む間もなく二人のヴァルキュリアに奉仕しなくてはいけない。いくら若いとは言え、さすがに体力的にはきついだろう。そうなると、いくら好きでもいつかは苦痛になってしまう。そのあたりは、双方が年若いことの弊害だとサラは思っていた。

「歯止めがきかない……か、私も若いときにはそう言う事があったな……」

 そう呟いてすぐ、サラは駄目だと頭を振って自分の考えを否定した。そろそろ引退のしかたを考えてはいるが、まだ自分は20代半ばの若さなのだ。年寄りじみたことを考えるような年齢ではないと自分を叱った。

 そうやって頭を振って色々と否定をしていたら、ようやく戦いの準備が調ったと連絡が入った。ラウンズ同士の戦いは、アースガルズ中央に設けられた専用コロシアムが使用される。直径5百メートルほどの円形をしたコロシアムは、ラウンズが各種制限を外した状態で戦っても大丈夫と保証されたものだった。事実、これまでこのコロシアムでは、深刻な事故が起きたことは一度もなかった。
 そこで初めてシンジの専用機と向かい合ったサラは、心からの感想を口にした。

「しかしシンジよ、それは目立ちすぎではないのか……」

 反対側に現れたシンジの機体に、サラの抱いた第一印象は「けばけばしい」だった。性格を考えれば、目立つための措置ではないとは考えられる。だが、それにしても目立ちすぎるのは間違いなかった。高く上った太陽の照り返しが、機体の金色に反射してまぶしくて仕方が無かった。

「まあ、色々と事情があったと理解してください」

 サラの言葉を聞いたシンジから、触れないでくださいと答えが返ってきた。その表情を見る限り、本人の希望でないのは確かなようだった。

「それで、その機体にはどんな名前を付けたのだ?」
「それは、現在エステル様が熟慮中です。
 金色だけを理由に、ちょっとと言いたくなるものばかり提案してくれています」
「まあ、あのエステル様だから……おおよそ想像が付くと言うところだな。
 こう言っては何だが、強い心を持って仕えてくれ」

 サラの言いように、シンジは苦笑を返すことでそれに答えた。よりにもよって、「強い心で仕えてくれ」なのだ。思い当たるところが多すぎるだけに、シンジも言い返すことができなかった。

「そのあたりは、今度ゆっくりと話そうか。
 どうせ、今晩ヴェルデ様のところに尋ねてくるのだろう?」
「この試合後、機体の調整が終わったところで顔を出せと言うことでしたね」
「まあ、今のうちのことだと思って頑張ることだ」

 そう言って励ましたら、心なしかシンジの顔が引きつったように見えた。だがそれを気にすることも無粋かと、サラはそれ以上今夜のことに触れることはしなかった。まあ、戦いを始める準備が調ったというのも、話を切り上げるのに都合が良かったとも言えた。

「では、2ヶ月前との違いを見せて貰うぞ」
「多少は、成長したところをお見せできるかと……」

 その会話と同時に、来賓できた賢人会議議長から「始め」の合図が掛けられた。そしてその合図を待ち構えていたように、サラが得意の神速を生かしてシンジに接近戦を仕掛けた。ドンと空気の壁を破る音を立てた機動兵器シコンは、周りの空気を震えさせて姿を消した。

「フォトン・トーピドーを使われると厄介だからな」

 接近してしまえば、飛び道具を使いにくくなる。その考えのもと、サラはとにかく接近戦を挑むことを試みた。シンジの弱点がどこにあるのかは承知しているし、その弱点は2ヶ月やそこらで克服できないのは分かっていたのだ。アクセルを駆使したサラの機体は、次の瞬間土煙を纏ってシンジの懐に現れた。迎撃を受ける前に接近すれば、後は逃がさないよう仕留めて終わりである。
 だがシンジにしても、自分の弱点など熟知している。その対策もせずに、戦いに臨むことは無かったのだ。従って、サラの戦術は想定の範囲である。そしてそれは、すぐに証明されることになった。

「別に、接近されてもフォトン・トーピドーは使えますよ」

 シンジの言葉と同時に、スカーレットからエネルギー反応への警告が発せられた。自分の背面に、沢山の高エネルギー物体が発生したことを知らせてきたのだ。このままでは、背中から総攻撃を食らってしまうことになる。その攻撃からの回避と、逆に自爆させるため、サラは一撃牽制の攻撃を放ってから、大地を蹴ってスカーレットの示す方向へと飛び上がった。まさにそのタイミングで、周りを取り囲んだ光球から攻撃が加えられた。
 とっさに回避こそしたが、逃げ遅れた脚部から鈍い振動が更に伝わってきた。だが素早い判断のお陰で、大事に至る損傷ではなかった。フォトン・トーピドーの上げた爆煙を突き抜け、サラの愛機シコンは上空へと駆け上がった。

「スカーレット、損傷状況を報告しろ」
「脚部に、20%程度のダメージが残っています。
 これで、地上での機動力が10%程度低下したものと思われます」

 ただ、上空に逃げるというのは、サラにとって諸刃の剣となる行為だった。地上にいることに比べ、空にいると回避能力等機動性が確実に落ちるのだ。だがあの場合、フォトン・トーピドーからの回避方法は、スカーレットの示した上しかなかったのである。

「躱した分は、シンジの奴が引き受けることになる……」

 強い加速を受けながら、サラは状況の確認を急いだ。あの状況から行けば、かなりの数がシンジの機体に直撃したに違いない。まだまだ甘いとサラが考えたとき、スカーレットから緊急警告が発せられた。

「上空に敵の反応があります!」
「しまった、罠に掛かったか……」

 フォトン・トーピドーに囲まれたとき、上に逃げることは予定されていたのだろう。シンジの力が特殊能力に特化していることを考えると、空中戦は圧倒的に不利になる。空間にフィールドを展開して急停止したサラは、反転して有利な地面へと戦いの場を変えようとした。

「たぶん、シンジの方が早く降り立つだろうな」
「ええ、こうなることは予想していましたからね」

 いきなり聞こえてきたシンジの声に、サラは再度反転して急ブレーキを掛けた。お陰で足下への奇襲の回避には成功したが、それに集中したため、背後の防御が疎かになってしまった。そしてスカーレットの警告と同時に、背中に強い衝撃を受け、そのまま、地面にたたき落とされてしまった。これで更に、自分のダメージが積み重ねられたことになる。どうも、背後からフォトン・トーピドーの斉射を食らったようだ。

「まったく、嫌らしい攻撃をしてくれる」
「精一杯知恵を絞ったと言って欲しいですね」

 地面への激突の勢いを利用し、サラはシンジから距離をとることに専念した。ダメージを重ねたまま戦うのは、こちらの性能を落とすことに他ならない。そうなると、得意の接近戦での優位がいかせなくなる。まずは反撃できるまでの回復、追撃のまずさを利用させてもらうことにした。

「スカーレット、機体の復旧状況は!」
「80%です。
 回復のため、あと数分持ちこたえてください!」

 機動兵器に備わった自己修復機能は、今のところ正常に働いているようだ。このまま攻撃を躱していれば、機体は完璧な状態に戻ってくれる。それを目論んだところで、サラは前方の大地が何かが走ったのを感じ、同時に左肩に強い衝撃を感じた。

「フォトン・トーピドーか!」
「いえ、エネルギーの集中は見られていません。
 受けた被害から想定されるのは、マニゴルド様のドゥリンダナに類似の攻撃かと」
「これで、こちらの状況は更に悪くなったのか」

 左肩の損傷が大きく、逃げるにしてもバランスが悪くなってしまった。しかも守備という意味で、左方に死角を作ったことになる。受けた攻撃の強さを考えると、戦い中の回復は見込めなかった。

「シンジの攻撃動作を伝えてくれ!」

 そうすれば、ドゥリンダナならば避けることができる。逆転のチャンスを狙うサラは、砂埃を上げながらシコンに回避行動を続けさせた。

「左腕が使えないのは、適当なハンデと諦めることにしよう」

 回復が望めない以上、こちらが有利な状況に持っていけないと言うことにも繋がる。そして離れた戦いでは、特殊能力に長けている分、シンジに攻め手を与えることになる。それを再度確認したサラは、右腕一本で接近戦に臨む覚悟を決めた。
 痛めている左肩は、ぶつける以外に使い道はなかった。捨て身の攻撃なのだだが、これでダメージを与えられれば五分に持ち込むことができる。そのためには、こちらも予想外の動きをする必要があった。

 サラはシコンに急制動を掛け、追撃するシンジを迎え撃つことにした。サラは踏ん張った右足に強い負担を感じたが、その負担を無理矢理ねじ伏せ、クイックターンを行った。その制動で巻き上がった土砂は、ラウンドコロシアムの壁を打った。

「まだまだぁっ!」

 サラは大声を上げて、自分を奮い立たせた。2ヶ月の進歩だと考えると、これは恐るべきことに違いない。だがまだ未熟な相手に、負けるわけにはいかないと思っていた。現に、自分の急な動きに着いてこられていないではないか。
 急激に方向を変えたサラに、シンジは対処が追いついていないように見えた。そして遅れた反応に、サラの奇策は成功したかのように思われた。だがサラのショルダーアタックが今まさに炸裂するという瞬間、シコンの機体は金色の壁をすり抜けてしまった。

「このタイミングでファントムとは!」

 すぐに体勢を立て直そうとしたのだが、唯一無事だった右腕を決められてしまった。何とか体勢を入れ換えようと考えたサラだったが、目の前に浮かんだ光球に己の負けを知ったのだった。このタイミングでフォトン・トーピドーの総攻撃を受けたなら、躱すこともできずに撃破されるのは明らかだった。

「……降参だ」

 体から力を抜き、サラはシンジに対して負けを宣言した。2ヶ月前は圧倒できた相手に、今度はまともな打撃を当てることもできずに完敗したのである。こんな負け方は、現トップのシエル・シエルの時以来だった。

「成長したな」
「皆さんが、戦いの中で指導してくださったお陰ですよ。
 でも、またこれで弱点をさらけ出してしまった……」

 本当に強くなっていたのなら、最初の作戦が成功したところで勝負が付いていたはずなのだ。それができないだけ、詰めの甘さと技量不足があることが露見してしまったのである。次の戦いからは、そこを徹底的に突かれる事が目に見えていた。

「贅沢を言うな、これでお前はラウンズになって初めて勝利したんだぞ。
 それを主のエステル様に報告することだな」
「ええ、そうさせて貰います……」

 あまり嬉しそうにしていないシンジに、「贅沢な奴」とサラは苦言を呈したのだった。

 シンジの戦いは、どう条件を付けるのかによって評価が正反対になるものだった。ラウンズとしての戦いという意味では、評価すべきところのない凡戦と言う事になる。だが機動兵器に乗って1年あまりのブレイブスと考えると、驚くべき進歩と褒め称えられるものだった。
 ただ二人の戦いを見ていたラウンズ達にとって、いつからシンジが乗り始めたのかというのは重要な事ではなかった。自分の順番が回ってきたとき、いかに楽しむことができるのか、それが評価の第一ポイントだったのである。その観点でいくなら、この戦いは拍子抜けという事になる。

「私が、なぜ引き分けたのか余計に分からなくなったな……」

 その気持ちを代弁したのが、シエル・シエルの一声だった。オレンジにも見える赤い髪を、ポニーテールにしたシエルは、腕組みをして難しい顔をしていた。

「だが、手抜きをしたわけではないのだろう?」

 ソフトモヒカンと言えばいいのか、短めの黒髪を剣山の様に立たせた髪型をしたマニゴルド・エルシドは、シエルの言葉に含まれる問題を指摘した。今の戦いは、言うまでもなく凡戦となるのだが、それが全てだと考えると、彼女が引き分けたことへの理由が付かなくなる。そしてシエルも、マニゴルドの言葉を肯定した。

「この私が、手抜きなどするはずがないだろう」
「だとしたら、引き分ける理由となったことがあるはずだ。
 あの時シンジは、フォトン・トーピドーもファントムも使っていない」
「観戦していた私から見ると、シエルの戦いも凡戦だったわね。
 シンジはほとんど防戦一方だし、シエルは完全に攻めあぐねていた」

 カノンの指摘に、「それは」とシエルは口を開き掛けたところで止めてしまった。そしてカノンは、シエルに構わず「想像だが」と前置きをして自分の考えを話し出した。

「そのやりにくさが、シンジの特徴だとも言えるわね。
 実際私自身、やりにくさを感じていたのは確かだもの。
 勝つには勝ったけど、勝った後の爽快感がなかったのよ。
 圧倒したはずなのに、どうしてこんなにやりにくいんだろうって」
「それは、俺も感じていたな。
 何というか、手応えがその、はっきりしない感じがしていた」

 マニゴルドが同意したことで、シエルは口を開きやすくなったのだろう。「実は」とまじめな顔をして、自分もそうだったと打ち明けた。

「はぐらかされると言うのか、さあと思ったところでタイミングを外された気がするな。
 殴り合いをすれば指一本触れさせない自信があるのに、なぜか手を出しにくく感じたな」
「そのあたりに、謎があると言うことね。
 だから今の戦いも、凡戦だと決めつけるわけにはいかないってことか……」

 ううむと考えたカノンに、ちょっと良いかとレグルスが割り込んできた。

「俺は、そのやりにくさを感じていないんだがな。
 テラでやったときも、やりにくさを感じてはいなかったぞ。
 まあ、以前に比べれば格段に動けるようになったとは思ったがな」
「あまり、レグルスの意見は参考にはならないな……」

 ふっとため息を吐いたシエルに、どうしてだとレグルスは食って掛かった。同じように戦い、一番最近拳を交えたのが自分なのだ。それなのに参考にならないというのどう言うことか。そのあたりをはっきりして欲しいと言うところだった。だがその答えは、シエルではなく割り込んできたサークラ・キノから与えられた。
 さもおかしそうに口元を隠したサークラは、タイプが全く違うと言ってくれた。

「簡単よ、レグルスの場合、考える前に手が出ているんだもの。
 なぁんにも考えていないんだから、やりにくいなんて感じるはずがないでしょう?」
「サークラの姉御、何も考えていないって言うのは言い過ぎじゃないか?
 これでも、戦いの最中はどうやって相手を追い込んでいくのか知恵を使っているんだぞ」

 一応相手の方が上位なのだから、レグルスは反発の代わりに懇願することになった。茶色の髪をマッシュルームカットにしたサークラは、くりくりとした目という特徴と合わせ、はっきり言って年下に見える女性だった。だが自分よりも3つ年上のうえに、この前の戦いでは人のことを地面に埋めてくれたのだ。やりにくいという意味では、シエル以上にやりにくい相手だったのだ。

「だってレグルスって、猪突猛進なんだもの。
 罠を仕掛けたら、面白いように嵌ってくれるじゃない」
「姉御の罠が、その……まあその話は置いておいてだな」

 性格が悪いと言いかけたレグルスだったが、サークラがにぃと口元を歪めたのを見つけてすぐに口をつぐんだ。いずれ超えてやると思っているのだが、まだまだ足がかりが見つかっていなかったのだ。しかも「面白いように嵌る」と言われるほど、ことごとく張った罠に引っかかっていたのだ。
 一度ベッドで虐めてやろうと思っていたのだが、あいにく一度も声を掛かてくれなかった。噂によると、配下に若い恋人が居ると言うことだった。

「レグルスが何を言おうとしたのかは気になるけど、まあ、みんなの言う事は少し理解できるかな?
 結局シンジって、ボクの罠に一度も掛かっていないんだよね。
 最後はぶん殴って勝ったけど、確かにすっきりとしない勝利だったわね。
 ほら、ボクの場合、罠に掛けてなんぼって所があるでしょう。
 それが一つも役に立たなかったんだから、あまり勝ったって気がしないのよ。
 そのあたりの感じ方は、脳が筋肉でできているかどうかの違いじゃないの?」
「サークラの言う事が正しければ、私たちは考えすぎていると言うことになるわね。
 確かに、レグルスのような戦い方をしたら、以外にあっさりと勝負が付いたわね」

 うんうんと頷いたことで、カノンのボルケノヘアと揶揄される髪がひょこひょこと揺れた。茶色い短めの髪を真上で縛った、山のような髪型が彼女の特徴だった。その上フォトン・トーピドーで火をぼんぼんと焚くため、ボルケノヘアと呼ばれる事になったのである。20代半ば、女として油が乗っているはずだし、見た目が悪いと言うこともない。それなのに、カノンは浮いた噂一つ聞こえてこない変人で通っていた。

「大した技じゃないと思ってはいるけど、あっさりと真似されたのはショックね。
 シエルやマニゴルドも得意技を真似されたじゃない、それって結構凄いことなのよね」
「確かに、凄いことには違いないな。
 それを考えると、武術が素人というのは残念なことだな」
「そうね、あそこのフェリスぐらい使えたら、シエル姉も処女を捧げられたのにねぇ」

 口元を手で隠して笑うサークラに、シエルは冷たい声で「そうだな」と答えた。瞳がすっと細められたところを見ると、触れてはいけないところにサークラは触れてしまったようだ。

「どうだサークラ、余興代わりに私と手合わせをするか?
 試合が早く終わったのだから、賢人会議の皆さんにサービスをしても良いだろうよ。
 今の試合が凡戦だというのなら、口直しをして差し上げるのも私たちの努めだろう」
「きれいさっぱり遠慮しておくわ。
 欲求不満のはけ口にされるのはまっぴらごめんよ。
 でもさ、話を戻すけど一応ボクの真似もされたんだよ。
 最初の攻撃で、サラが上空に逃げたでしょう。
 その後慌てて急降下したのだけど、あれって電子妖精ごと影に騙されたのよ。
 だから最初の攻撃で残っていたフォトン・トーピドーの餌食になったのよ」

 うんうんと頷くサークラは、「ちょっといいかなっ」と頬を染めて見せた。色々と分析をしていたら、なかなか好みに近いことが分かったようだ。

「ボクがみっちりと仕込んで上げたら、レグルスぐらい簡単に捻れるようになるよ」
「それは、シンジが格闘の達人になるよりも難しいんじゃないのかな?
 才能はあるが、あいつは素直すぎるからな」

 捻くれている、意地が悪いと言う言葉を避け、レグルスはシンジを「素直」と評するだけに留めた。だがサークラにしてみれば、言わなくても言ったのと同じことだった。再びにぃっと口元を歪め、「次はもっと面白いことをしてあげるよ」と予告してくれた。

「レグルスぅ、力押しだけだと、いつまで経ってもボクを超えられないよ。
 それとも、ボクの罠に嵌って喜ぶ変態さんなのかな?」
「少なくとも、俺にはおかしな性癖はないんだがな。
 そのあたり、一度夜にでも確かめてみないか?
 違った俺を見せてやることが出来るぜ」
「レグルスとぉ〜」

 ふふっと笑ったサークラは、「遠慮しておくわ」とあっさりと振った。

「マゾっけのある男って趣味じゃないしぃ、さすがにアルテーミス様と比べられたくないもの。
 それにボクには、可愛いリシャオがいるからね。
 それでも敢えてラウンズの中で選ぶんだったら、やっぱシンジの方が好みかなぁ。
 やっぱりさぁ、年下の男の子って可愛いと思わないかい?」
「ちなみに俺も、姉御より3つ年下なんだがな」
「ぶっぶぅ、レグルスって可愛いってタイプじゃなくて暑苦しいタイプだからねぇ。
 お姉さんが、色々と、そう、こうやって教えてあげるのが良いんじゃない」

 ちなみに幼く見えるサークラ相手だと、シンジの方がよほど年上に見えただろう。そのサークラが、「お姉さん」と言うのだから、違和感ばりばりと言うことになる。しかも彼女の右手は、口元で何かを掴む真似をしているし、その掴んだ何かを舌先でなめる格好をしてくれた。見た目の幼さを考えると、きわめてアンバランスな仕草だった。

「そう言う話は、もっと暗くなってからするのだな」

 おかしな方向に流れた話を、シエルが引き戻した。もともとの話は、新米ラウンズの戦いぶりを分析することのはずなのだ。お互いの異性に対する趣味は、別の場で議論すればいい。

「明日は、ジル姉が戦うことになるな。
 ところでジル姉、この戦いを見てどう対処するつもりだ?」

 話を振られたジル・スピカは、出たところ勝負と笑って見せた。

「ぽっと出の若者に、おばさんの戦い方を見せてあげるわよ。
 でも、今日よりもっと地味な戦いになるんじゃないかしら。
 まっ、その方が私には有利になるしね。
 殴り合いも良いけど、くんずほぐれつするのも面白いのよぉ」

 年の功と笑うジルに、いかがなものかとシエルは疑問を呈した。ちなみに「くんずほぐれつ」と言うのは、関節技を含む寝技全般を言っていた。

「ジル姉、お前は私とたった3つしか違わないんだからな。
 おばさんって自分のことを言うのをやめてくれないか?
 ジル姉にそう言われると、何故か追い詰められた気がしてならないんだ」
「それは、自分の年齢に対して危機感を持っている証拠だよ。
 シエルも、いつまでも少女みたいな夢に拘っているんじゃないよ。
 20代後半になっての処女なんて、あまり人聞きの良いものじゃないからね。
 下手をしたら、相手も見つからないまま三十路を迎えることになるわよ」

 ほほほと口元を隠して笑ったジルに、シエルはひくひくとこめかみを引きつらせた。あまりにも心当たりがありすぎるし、危機感を持っているのも確かだった。だがそれを面と向かって指摘されるのは、しかも周りに人がいる状況で言われるのは、思いっきり嫌な気分になってしまうのだ。
 だがこのことに関して、シエルには言い返すだけの条件が揃っていなかった。第3位にいるマニゴルドは、34と言う年齢を考えても、これから上がってくることは考えられない。第7位のアーロン、第8位のシンハは、40越えだからもはや実力的には対象外となっている。そうなると希望は、第5位のレグルスと第12位のシンジと言うことになる。だがいずれも、自分を超えるにはまだまだ時間が掛かりそうだった。そしてラウンズ候補を見ても、生きの良い男は見あたらなかった。

「なぜ、男はこうも軟弱になったのだ」

 それもあっての愚痴なのだが、その考え方自体が間違っているとジルに言われてしまった。

「何十年も前から、ラウンズは女の方が多かったんだよ。
 しかも男がトップをとったのは、この100年で5年しかなかったんだよ。
 いいかいシエル、あんたは夢を持ちすぎなんだよ。
 相応しい男なんて、現れるのを待つんじゃなくて作るぐらいの気概が無くてどうするんだい。
 素質のありそうなのが二人いるんだから、自分好みに仕込んでみれば良いじゃないか」
「自分の都合を、ラウンズの役目に優先させるわけにはいかないだろう」

 シエルの言うラウンズの役目とは、主に男性ラウンズの役目を指していた。それはヴァルキュリアの伴侶としての役目であり、ヘルの進行を食い止めるのと同じくらいに重きを置かれていたのである。特に男性ラウンズの数が減ったこともあり、更にその役目は重要性が増していたのだ。シエルが自分好みに仕込もうとすれば、間違いなくヴァルキュリア達から苦情が上げられることになる。

「そのあたりは、戦力向上とでも理屈を付ければ良いんだよ。
 脳筋のレグルスに知恵を付けるとか、軟弱シンジを鍛え上げるとか言ってね」
「さすがに、そこまで言うのは私でも可哀相だと思うぞ。
 レグルスは、あれはあれで、色々と考えているのだろうしな。
 そしてシンジは、まだ機動兵器に乗って1年しか経っていないのだからな。
 それを考えれば、よくぞここまで到達したと言えるのではないのか?」
「そういやぁ、あの坊やはまだ1年しか経っていないんだねぇ」

 しみじみと言うジルに、おばさん臭いとシエルは突っ込みの言葉を入れた。

「なに、言われてみて思いだしたってところだよ。
 そうしてみると、エステルの嬢ちゃんは拾いものをしたってことだねぇ。
 ちょっと、あっちの方も仕込んでみようかしら?」

 ふふふと意味深な笑いを浮かべたジルに、「ほどほどにしておくのだな」とシエルは忠告した。

「シンジが女性恐怖症にでもなろうものなら、目も当てられなくなるからな。
 男のラウンズを減らすと、お前の責任問題程度では済まないぞ」
「あらぁ、男を知らないねんねに言われたくはないわねぇ」
「とは言え、ジルは濃厚すぎるからな。
 確かに、シンジに間違った性知識を与えるのかも知れない」

 戦いの話から猥談に変わったため、マニゴルドは年長者として仲裁に入ることにした。当然マニゴルドは、ジルの性癖など熟知している。

「でもさぁ、ちゃんとマニゴルドは付き合ってくれてるじゃない。
 大丈夫よ、男の子は色々な経験をして大人になっていくんだから。
 その手助けを、おばさんがしてあげようって言ってるだけよ。
 それとも、年下の男に妬いてくれているのかしら?」
「ああ、それは綺麗さっぱりあり得ないな」

 あまりにもあっさりと言い切られたため、さすがにジルも言い返す言葉に詰まってしまった。同じ否定するにしても、もう少し間の一つぐらい合っても良いだろうと言いたかった。だがマニゴルドにしてみれば、本当に嫉妬などする必要はなかったのだ。

「俺にとって特別なのは、アルファーラ様だけだからな。
 お前が誰に興味を持とうと、嫉妬などする理由がないというものだ」
 そんなことを今更講釈するほど、お前は若くはないだろう?」
「そりゃあそうだけど、はっきり言い切られると癪に障るのよね。
 ほらさぁ、少し考えるぐらいのサービスをしてくれても良いんじゃないの」

 ふぅっと息を吐き出したジルは、とてもまじめな顔をして「気をつけなさい」とシエルに忠告した。

「こう言う男を最初に選んでしまうと、私みたいに苦労することになるからね。
 ちゃんと相手の性格を考えることよ、選択肢が無いからって焦っては駄目だからね」
「ならば俺は、シンジに忠告しておかないといけないな。
 エステル様、百歩譲ってヴェルデ様以外は、きっちりと割り切っておけとな。
 それでも深入りするときは、相手をよく見てから考えろと」
「なんで、忠告相手がシンジだけなんだ?」

 同じ若手として、自分が除外されるのは納得がいかない。口を挟んできたレグルスに、「シンジは繊細だからな」と言ってマニゴルドは口元を歪めた。

「なんだよ、よってたかって俺のことを虐めるのか?
 さすがの俺も、そう言うことをされると傷つくんだがな」
「お前の場合、大丈夫だと俺が保証してやる。
 ヤスリでひっかいても、お前の心に傷一つ付きはしないだろう。
 まあ、それにしてもどうでも良いことなのだが……」

 レグルスの苦情をどうでも良いと片付けたマニゴルドは、どうするのだとシエル・シエルに曖昧な問いかけをした。

「お前の初めての相手というのはこの際脇に避けることにして、
 レグルスとシンジの鍛え方を考えた方が良さそうだぞ。
 ラウンズ筆頭として、全体戦力のかさ上げに対する責任があるからな」
「確かに、マニゴルドの言うとおりなのだが……」

 祭りを含め、ラウンズ同士の戦いは、お互いの技量を高めるという目的が存在していた。ラウンズになって年数が経ったものは、すでに実力は比較的安定していると言って良いだろう。そうなると、彼女たちの役目として、二人の男性ラウンズの能力向上が求められることとなる。

「ラウンズもそうだけど、各ヴァルキュリア配下のブレイブス強化も必要なのだ。
 それからテラにしても、もう少し手を貸さないと独り立ちできそうにない。
 テラが独り立ちをしてくれないと、結局私たちが手を出さないといけなくなるのだ」

 困ったと腕を組んだシエルに、何故か手を挙げてレグルスが意見を出そうとした。

「あーっと、俺とシンジの話をひとまず忘れてくれれば、
 ブレイブスとテラの強化については、実は適任者を知っている」
「まさか、自分だと言うつもりはないだろうな?」

 全員から冷ややかな視線を向けられたレグルスは、なぜ「まさか」なのかと反発したい気持ちで一杯になっていた。だがそこで反発しても、結局「脳筋」で片付けられてしまうのは目に見えていた。そしてもう一つ、彼自身人を教えることは得意ではないという所があった。従って、シエルの「まさか」には反応せず、適任者に触れることにした。

「意外に思うかも知れないが、シンジの奴が適任だと思っている。
 確かにあいつは、格闘系はさっぱりだめだと言う問題がある。
 だが、思考コントロールの使い方はサークラ姉御に勝るとも劣らない。
 それはファントムやフォトン・トーピドー、ドゥリンダナを使ったことでも分かるだろう。
 そしてこれが一番の肝なのだが、あいつは言葉で伝える能力があるんだよ。
 俺がやったことを、テラの奴らに懇切丁寧に説明してくれたんだ。
 それを考えると、あいつは教師役に向いていると俺は思っている」
「基本的な考え方に反対はしないが、シンジ自身の問題解決も必要ではないのか?
 ラウンズとして、格闘系がさっぱりというのはやはり問題があるぞ。
 それでは、機動兵器に乗らない所での指導が出来ないではないか。
 テラならいざ知らず、われらの所ではそれだけで軽く見られる可能性が出る」
「生身の指導の時には、フェリス・フェリを付けてやればいいだろう。
 あいつに剣を持たせたら、俺たちと互角に戦える力を持っているからな。
 それにシンジのことなら何でも言うことを聞くだろうから、助手にはぴったりだろう」
「フェリスねぇ……かなり聞いていた話と違う気がするが……」

 フェリスがシンジの言うことを聞くと言う下りに疑問は感じたが、シンジの指導力という意味ではシエルも納得できるところがあった。何よりシンジが頭角を現してから、エステル配下の育成がうまく回り出したのだ。その理由がシンジにあるのは明白なのだから、レグルスの言っていることは違っていないのだろう。それにテラに指導するのには、テラ出身者の方が都合が良いのは確かだった。

「その話は、私の方からドーレドーレ様に上申することにしよう。
 それからレグルス、この遊びが終わってからお前もしごくことにするからな。
 そうだな、お前には天敵を指導に付けてやる」

 天敵という言葉に、レグルスは「げっ」と小さく吐き出し、口元をにやけさせたサークラの顔を見た。

「レグルスぅ、心配しなくても可愛がってあげるよぉ」
「と言うことだ。
 そしてシンジだが、このお遊びの状況で考えることにしよう」

 以上だと締めくくったシエルは、「存分にやってくれ」とジルにお墨付きを与えたのだった。







続く

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