機動兵器のある風景
Scene -11







 アースガルズに戻ってきた翌日、つまりシンジがヴェルデの館に泊まった翌日、早速臨時の円卓会議が開催されることになった。その議題は、祭りの一部やり直しに関わる組み合わせの決定と言うことである。急遽シンジを呼び戻したことを考えれば、極めて順当な議題というところだった。
 ちなみに、この組み合わせを決めるにあたり、エステルとシンジには発言権が与えられていなかった。それは別にいじめとか、制裁とかの類ではなく、発言することに意味が無いと考えられたためである。結局は全員と当たることになるのだから、順番を多少いじったところで、やることには一切影響がないと言う理由からである。

 その会議において、10人のヴァルキュリア達、すなわちエステルとヴェルデを除く女性達は、上機嫌なヴェルデと、不機嫌なエステルという不思議な光景を目の当たりにすることになった。これまでの会議では、おおよそヴェルデは“不機嫌そう”にしていたし、エステルは何を考えているのか分からない笑みを浮かべていたのだ。それが今日に限っては、完全に立場が入れ替わってくれていた。

 普段なら“不機嫌そう”にしているヴェルデが、にこにこ、にやにやと笑みを浮かべているし、のほほんとしているエステルが、ぷりぷりと頬を膨らませている。そして「機嫌が悪いようね」と言うドーレドーレの問いかけにも、むっとした表情で「別になんでもありません」と言う答えがエステルから返ってくる有様だった。
 むくれているのは面倒だが、にやついているのは相手にしたくない。実害はないと割り切ることにしたドーレドーレは、早速本題に移ることにした。

「では、今日の議題と言う事なのですが、実はさほど議論する余地は無いかと思われます。
 ラウンズ12位の碇シンジと、誰がどの順番で戦うのかとことなのですが、
 まあまともに考えれば、11位のサラ・カエルから順番と言う事になるのでしょうね。
 とりあえず私案を出してみましたが、何か異論はありますか?」

 一番文句が出そうなエステルを睨み付け、ドーレドーレは他のヴァルキュリア質に視線を向けた。だが次に文句の出そうなアルテーミスとヴェルデが黙っていたため、ドーレドーレの提案は議論も無く承認された。「よろしい」と頷いたドーレドーレは、次の議題として対戦の日程を決めることにした。

「通常なら、中1日での対戦となりますが、これではシンジだけ負担が重くなります。
 従って、中2日の対戦と言う事を考えていますが、誰か異論のある者はいますか?」

 一人だけ連続して戦うのだから、休息は十分に必要だろう。一応の配慮を示したドーレドーレだったが、予想通りというか、エステルから異論が出てきた。ただその異論は、ドーレドーレの予想とは違う方向だった。

「そんなことをしたら、1ヶ月も時間を無駄にしてしまいます。
 こちらの心配は不要ですから、毎日午前と午後に対戦を入れてください。
 そうすれば、1週間も掛けずに終わることができます」
「いやっ、さすがにそれはあなたのカヴァリエーレの負担が大きいでしょう。
 それに機体が損傷したとき、修復や乗り換えの時間が必要となりますよ」

 まさかの申し出に驚いたドーレドーレに、「別に構いません」と拗ねた口調でエステルは答えた。

「トロルス(使徒)との戦いを考えれば、これでもまだ楽な方です。
 私のカヴァリエーレに経験を積ませるためにも、午前と午後に対戦を入れてください!
 それでも不足でしたら、午前と午後に2試合ずつ入れてくれても構いません。
 いえ、むしろ入れるべきだと私は思います!」

 頑として譲らないエステルを見たドーレドーレは、それで良いのかとシンジへと視線を向けた。そしてシンジから返された苦笑に、今は駄目かとエステルの我が儘を受け入れることにした。もちろん、午前午後に対戦を入れるのは非常識だし、1日に4試合など以ての外である。そこでドーレドーレは、エステルの提案に多少の修正を加えたのである。

「エステルの言う事にも一理あるのでしょう。
 ですが、末席のラウンズに、更に不利な条件を強いるのは公正ではありません。
 それに、そんな条件では他のラウンズ達も不満を持つことでしょうね。
 ですから、対戦は1日1対戦に限定することとします。
 ただし中日を設けず、毎日連続して行うことにしましょう。
 エステル、それでよろしいですか?」
「1日4対戦でも良かったのに……」

 ぶつぶつと文句を言いながら、「承知しました」とエステルは不満げに答えた。そして不機嫌な理由に心当たりのないシンジは、冷や汗を流しながら主の発言を見守ることになってしまった。しかもレグルスからは、呆れたという目で見られてしまっていた。
 だがシンジにしてみれば、いくら考えてみても理由に全く心当たりがなかったのだ。だからそんな目で見るぐらいなら、適切な助言の一つでもしてみろと言ってみたかった。

「それでドーレドーレ様、対戦は今日の午後からで良いんですよね?」
「お前の方にも、準備が必要なのではありませんか?」
「ラウンズは、常有戦場ですよ。
 すぐに戦えないようで、ラウンズを名乗る資格はありません!」

 やけに雄々しいことを言ってくれるが、はっきり言って普段のキャラクターから変わっている。いったい何事かと思ったが、詮索しても無駄かとドーレドーレは提案を受け入れることにした。その中で安心できたのは、いつもと同じとんちんかんさが残っていたことだろう。

「それを言うのなら、常在戦場でしょう。
 しかしエステルの言いたいことも理解しました、ヴェルデはそれでよろしいですか?」

 だが戦いは、一方の都合だけで決まるものではない。そこでドーレドーレは、もう一人の当事者、ヴェルデに都合を尋ねた。こちらはこちらで、未だににやついていてくれる。たとえ理由が分かっていても、気持ち悪いことには変わりはなかった。

「私のカヴァリエーレは、常に戦いの準備ができております」
「では、本日午後2時に、サラ・カエルと碇シンジの対戦をラウンドコロシアムで行います。
 ニンフ、賢人会議の皆さんに、組み合わせと日程をお知らせしなさい」

 自身の電子妖精に伝言を申しつけたドーレドーレは、予定より早い散会を告げた。それを待っていたように、打合せをしましょうとヴェルデがシンジに申し入れた。それが口実なのは、誰の目にも明らかだった。そして仕方が無いというか、当然の振る舞いだと誰もが認めていた。
 だがヴェルデが近づいた途端、エステルがどす黒い瘴気(しょうき)を周りに振りまいたとなると話は変わってくる。まるで目に見えるのではないかと言いたくなるそれは、エステルの心をとても良く現したものだった。そのお陰で、全員がエステルの異常行動の理由を理解したのである。そして理解したのと同時に、安堵もしつつも面倒くさいなぁと考えていた。

「多少は成長したのでしょうが、それでも幼稚な嫉妬ですね」
「これで成長したのなら、前はお子様ではなく赤ちゃんだったのでしょうか?」
「とりあえず、色気づいてきたのだからよしとしても良いのではありませんか?」
「でも、結局は自爆なんですよね」

 と言うようなひそひそ話が、ドーレドーレを中心に交わされていた。もちろん全員、エステルとヴェルデに聞こえないように気を遣っていた。ただ理由は分かっていても、対戦までに解決しておく必要があった。

「レグルスに言って、今晩無理矢理にでも抱いてしまえと忠告させましょうか?」
「だとしたら、明日は一日空けた方が良さそうね」
「賢人会議の皆さんにも、明日はお休みと伝えておきましょうか?」
「でも、午後だったら別に問題はないような……」
「でも、毎日上位者と戦うのはさすがにきついと思うわよ」
「シエル・シエルにたどり着く頃は、完全にへばってないかしら?」

 思い思いに勝手なことを口にした結果、アルテーミスの提案が採択された。すなわちレグルスを通して、シンジのお尻を蹴飛ばすというものである。どんな方法をとっても良いから、とにかくやってしまえば良いと言うのである。そうすれば、明日の朝にはすべての問題は解決しているだろうと。
 そこで結論が着いたため、話はエステルを変えた原因へと及ぶことになった。

「でも、私もちょっと良いかなぁって思ってしまいますよ」
「そうね、テラに行かせたことは正解でしたね」
「すっかり男の顔をするようになりましたね」
「こうしてみると、結構好みだったりするのね」
「あら、前から可愛いと思っていましたけど?」
「ヴェルデが壊れたのも、仕方が無いのかも知れませんね」

 いくらアースガルズを守護する女神とは言え、そこは年頃の女性には違いない。見違えるように成長したシンジに対して、ヴァルキュリア達はしっかりと品定めをしていたのだ。そこでの結論は、是非とも味見をしたいと言う今更の物だった。そうなると残る問題は、どうやって味見をするのかと言う事である。ただその問題は、ここでやりとりするような性格ではなかったのだった。

 主の井戸端会議の外で、ラウンズ達は彼らなりの話し合いをしていたりした。そして主達と同じ、さっさとやればいいのにと言う結論に達していた。ただ彼らの方が過激だったのは、今すぐ空間封鎖を掛けて、二人きりにしてしまおうと考えていたことである。

「サラ・カエルには明日戦わせればいいだろう」
「確かに、あのエステル様はちょっと違うからな」
「だが、まともになったエステル様というのはもっと違わないか?」
「私は、疲れなくて良いと思うけど?」
「でも、あそこは色々と楽しませてくれますね」
「楽しませてくれると言えば、レグルス、テラではどうでした?」
「そうそう、やり直しをする価値がありそうかしら?」

 結局シンジは、品定めをされることになるのだが、その方向がヴァルキュリア達とは違っていた。どうなのだと全員に聞かれたレグルスは、少し答えを考えてから、やってみてのお楽しみと答えた。

「やるまえに、ネタばらしをしたら面白くないだろう?」
「つまり、それなりに楽しめると言うことか?」
「油断したら、足をすくわれる程度の実力はあるな。
 それにしても、まだ何か隠している気もするがな」

 にやりと笑ったレグルスに、彼を取り巻いたラウンズ達は満足そうに頷いた。せっかく祭りのやり直しをするのだから、つまらない戦いでは時間の無駄というものなのだ。そこで納得したラウンズ達は、この後の行動に話を戻した。

「それでどうします、空間封鎖を掛けます?」
「それが一番手っ取り早いのだが、だとしたらヴェルデ様とサラ・カエルを引き離さないとな」
「ドーレドーレ様のご承認も必要ですね。
 神聖な議場で、げふんげふん、まあ、刺激的で良いのかも知れませんね」
「ここが問題なら、こちらから相応しい場所へ拉致すればいい」
「ヴァルハラ宮のベッドルームを使わせて貰うか?」
「とりあえず、この時間は誰も使っていないようね。
 どうする、ベッドルームを押さえておく?」
「でしたら、私がドーレドーレ様にお伝えしてくるが?」
「ああ、そうしてくれると嬉しいな」

 全員の意見が一致したことで、シエル・シエルはその決定をヴァルキュリア達に伝えることにした。もちろん、誰からも反対されなことを織り込んでいた。そしてその考え通り、ヴァルキュリア達は全会一致でラウンズの提案を許可したのだった。

 以前なら、その理由に気付くことはなかっただろう。そのことは“鈍感”さと言う意味ではなく、シンジ自身自分に自信がないと言うことに根ざしていた。自分が女性に思われるはずがない、好かれることなどあり得ない。そのあたりの考えは、チルドレン時代の経験が大きくものを言っていたのだ。だから今までのシンジなら、エステルが不機嫌になれば、自分が悪いことをしたと考え、嵐が収まるまで静かにしていただろう。

 だがセシリアによって、“好かれるはずがない”と言う呪縛からシンジは解き放たれた。そしてアスカ達の問題も一応の解決を見たことで、シンジの考え方は大きく変わっていた。そしてヴェルデと熱い一夜を過ごしたことで、とりあえずもてるのだと頭の中を切り替えることに成功していた。
 それでもエステルの不機嫌さの理由を理解できなかったのは、前日の態度とがらりと変わったことだった。普通ならヴェルデのところに行ったことが理由と考えるところだが、そのヴェルデのところに行かせたのがエステル自身なのである。そして何を理由にヴェルデが自分を呼びつけたのか、それを十分理解した上で送り出されたと思っていたのだ。

 だがエステルのヴェルデに向ける視線で、シンジは不機嫌さの意味を正確に理解することができた。どうして一日でと思わないではなかったが、理由が分かれば解決は難しくないと思っていた。ただ問題は、そのための時間がいつ与えられるのかということだった。何しろ毎日ラウンズとの対戦が組まれると、ほとんど一日の時間がそのためにつぶれてしまうことになる。夜にしたところで、機体の調整を含め、ゆっくり寝ている時間もとれなくなる。全ての戦いを、無傷で圧勝すれば別なのだろうが、全敗ならいざ知らず、無傷の圧勝はあり得ないと思っていた。
 どうしようかと考えていたら、急にサラ・カエルがヴェルデを自分から引き離しはじめたのだ。しかも振り返ってみると、なにやらヴァルキュリア、ラウンズ共々おかしな謀議をしているように見える。なるほど皆が同じことを考えたのかと感心していたら、目の前からいきなり全員の姿が消えてしまった。

「特権モードによる空間封鎖です。
 申し訳ありませんが、私では解除することができません」

 その理由をラピスラズリに尋ねたところ、予想通りの答えが返ってきた。そこまでするのかと感心していたら、レグルスから「今ヤレ!すぐヤレ!迷わずヤレ!」のメッセージが送られてきた。

「エステル様には、なんて説明してある?」
「原因不明の事故、と言う事でよろしかったのですよね?」

 その説明を聞く限り、ラピスラズリも賛同した企みのようだ。これなら特権モードを使用しなくても、移動することはできないのだろう。

「それで、移動可能な場所は?」
「ヴァルハラ宮の天上の間だけです」
「ご丁寧に、ベッドルームを行き先に選んでくれたんだね。
 それで、覗きへの対策はできるかい?」
「もちろん……と保証したいところですが、今回は相手が多すぎますので……
 しかも特権モードを使われたら、こちらでは対策のしようがありません」

 そこまで聞けば、彼らのセッティングの全てを理解できる。そしてシンジは、有り難く彼らのお節介に乗ることにした。ここまでしたのだから、少なくとも今日の対戦は気にする必要は無いはずだ。覗かれることに対しては、開き直るしかないのだろう。
 もう一人隔離されたエステルは、未だ事情を理解できずに狼狽えていた。そこでシンジを頼らないのは、斜めになったご機嫌が影響していたのだろう。それを確認したシンジは、早速求められる行動を起こすことにした。

「エステル様」

 多少の緊張を含み、そしてそれ以上に相手に安堵を与えるように心がけ、シンジはゆっくりとエステルに呼び掛けた。余計な刺激を与えては、余計に話をこじれさせることになってしまう。最初の一声は、十分に配慮したものでなければならなかった。
 そのシンジの呼び掛けに、エステルは一瞬驚いたような反応をしたが、すぐに「なに?」と不機嫌そうに答えてきた。

「どうやら、何かの手違いがあったようですね。
 ラピスの報告では、組紐の制御に乱れが出ていると言うことです。
 まあ、ここにいる限りおかしな事になるとは無いと思われます。
 私がお側にいる限り、エステル様に危険が及ぶようなことはありません」
「機動兵器がなければ、そこらのブレイブスにも負けるくせに!」

 まだまだ不機嫌そうな声を出しているが、さすがに動揺を隠すことができていないようだった。きょろきょろと彷徨う視線が、その証拠になっていた。

「そ、それにですよ、組紐がおかしくなっていると言うことは、
 どこに飛ばされるのか分からないと言うことなんですよ!
 し、シンジが一緒にいられる保証はどこにも無いではありませんか!」
「でしたら、離ればなれにならないようにすればいいのです」

 ばらばらになる恐怖をエステルに言わせたのだから、これで一番の関門を超えたことになる。その言葉に応える形で、シンジは背中を向けたエステルを後ろから抱き寄せた。

「だ、だれが、私に触れることを許しましたっ」
「ですが、こうしないとエステル様をお守りすることができません。
 あなたのカヴァリエーレとして、地の果てに飛ばされてもエステル様をお守り致します」
「え、偉そうに、機動兵器がなければ弱っちいくせに」
「それでも、あなたをお守り致します」

 シンジが抱き寄せる腕に力を込めたとき、エステルの口からは「ああっ」と悩ましい声が漏れ出てきた。シンジが直接的な行動に出たことで、不機嫌さは何処かに吹き飛んでいた。

「ほ、本当に、あなたに守れるのですか……」
「命に替えても、
 この誓いはあなたのカヴァリエーレになってから忘れたことはありません」
「ほ、本当?」
「あなたを守るのは、天が私に与えた褒美だと思っていますよ。
 それができるのなら、他に何を欲するでしょうか」

 すでにエステルの口からは、拗ねたような響きはなくなっていた。勝手に曲がっていたご機嫌も、シンジの行動で元通りというか、完全にデレモードに入っていた。それでも、すぐにシンジを許してはいけないなんて思っていた。そのあたりは、すでに駆け引きモードに入っていたという事である。

「で、でも、口では何とでも言えると思います」
「エステル様は、覚悟を証明して見せよと仰有るのですか?
 それとも、何か証を見せてみろと仰有るのですか?」
「ど、どちらも、同じことを言っているのでしょう。
 で、でも、そ、そうですね、証明なら、この胸の不安を治めて見せなさい」

 そしてここからが行動に移るところである。「畏まりました」と答えたシンジは、回していた右手でエステルを振り向かせた。そしてゆっくりと、桜色に塗れる唇に軽く己の唇を重ねた。

「胸の不安は、収まりましたでしょうか?」
「す、少しだけ、その、収まりました」

 つまり、もっとして欲しいと言う答えである。抱き寄せる力を緩め、シンジはエステルを自分の方を向かせた。そして少し身を屈めて、背伸びをしたエステルと口づけを交わした。
 最初よりはかなり長い口づけを終えたところで、エステルははあっと熱い吐息を漏らした。そして両腕でしっかりとシンジに抱きつき、「証明は果たされました」と静かに言った。

「ところで、これは誰の差し金ですか?」
「エステル様も、お気づきになりましたか」
「も、と言うところを見ると、シンジは知らなかったのですね?」

 責めるというより、甘える様にエステルはシンジは追求した。会話は、真実を追究するのではなく、自分のペースに引き込む道具でしかなかった。

「ええ、ただこの状況は利用させていただきました。
 そうしないと、エステル様は素直になってくださいませんでしたからね」
「わ、私はっ、別に、その拗ねてなんていませんでしたよ」
「みなさんが、心配されるほどにはエステル様のご様子が普段とは違っていましたよ」

 そう言って、シンジは三度エステルと唇を重ねた。三度目は、ただ重ねるだけではなく、少し強引にエステルの唇を貪った。

「まったく、私より先に経験したからって、強引なんだから」

 文句を言いながらも嬉しそうなエステルは、「次はどうするの?」と尋ねてきた。

「ここから先は、さすがに場所を変えたいと思います。
 ヴァルハラ宮の天上の間で我慢していただければと思っています」
「そこへなら、通路ができていると言うことですね」

 おそらく全員がぐるなのだろう。少し癪ではあったが、エステルは有り難く利用させて貰うことにした。本当はシンジの部屋の方が良かったのだが、ヴァルハラ宮なら悪くないと考え直したのだ。もう一つの選択肢がここなのだから、贅沢は言っていられなかった。

「で、でしたら、シンジに一つお願いがあるのですけど……」
「なんなりと、エステル様のご希望は最優先だと考えています」

 シンジの答えに、エステルは一瞬視線を彷徨わせた。だがすぐに決心したのか、女性として許されるお願いをした。

「でしたら、その、だっこというものをしてくれませんか?」
「畏まりました」

 理由を問うこともなく、シンジは少ししゃがんで、いわゆる「お姫様だっこ」をした。

「これでよろしいでしょうか?」
「え、ええ、後はシンジに任せますので……」

 「優しくしてください」と小さな声で告げたエステルを連れ、シンジは唯一開かれた通路を通ってヴァルハラ宮へと移動したのだった。



***



 ラウンズ同士の対戦ともなると、機動兵器の準備も万全を期さなくてはならなくなる。しかもシンジの場合は成長が早すぎたために、専用機の準備が追いついていないと言う特殊事情があった。従って、前の祭りの時にはメイハの機体を借りたという経緯があった。
 だがラウンズなのだから、いつまでも借り物の機体というわけにはいかなかった。従って、シンジに相応しい機体の用意が急がれたのである。そして滑り込みで、専用機の準備が間に合うことになった。それを確認するため、シンジのパートナー(と勝手に思い込んでいる)フェリスは、早速建造ドックを訪れることにした。

「マシロ、マシロ・フーカはいるか!」

 すでに調整に入っていると聞き、フェリスは責任者であるマシロ・フーカを捜した。だがいくら声を張り上げても、肝心のマシロから返事は返ってこなかった。そして更に声を張り上げようとしたところで、たまたま通りがかった男がマシロの居場所をフェリスに伝えた。

「フェリス様、マシロ様なら10番ドックにいらっしゃいます!」
「そうか、感謝するぞ!」

 名前も知らない誰かに感謝したフェリスは、言われた通りの10番ドックへと向かった。大切なシンジが乗るのだから、まず自分がこの目で調整具合を見なければいけない。ドック間移動用キャリアに飛び乗ったフェリスは、まっすぐに10番ドックへと向かったのだった。

「シンジの機体を確認するのは、パートナーとしての努めだからな。
 うむ、パートナー、パートナーか、なかなか良い響きだな」

 口元をにやけさせたフェリスは、いくら顔が綺麗でも少し不気味なところがあった。だが今のフェリスにと言うか、もともとフェリスに突っ込みを入れられる者など居るはずがない。刃物を持ったブレイブスは、できるだけ刺激をしないのが賢明な対処とされていた。
 周りの奇異なものを見る目をはね除けたフェリスは、すぐに10番ドックへとたどり着いた。そしてドックのゲートを手で押し開き、大きな声で責任者の名前を呼んだ。

「マシロはいるか!
 マシロ・フーカはどこにいる!」
「そんなだみ声を張り上げなくても、ちゃんと聞こえますよ」

 両手で耳を押さえながら現れたマシロに、フェリスは「だみ声とはどう言うことだ」と食って掛かった。だがその文句に取り合わず、「用は何?」とマシロは聞いてきた。エンジニアのくせに、フェリスを全く恐れないのは大した度胸の持ち主だと言えるだろう。

「シンジ様の機体を仕上げているところなんですからね。
 今は、他のことをしている余裕がないんです」
「その、シンジ様の機体を確認に来たのだ!
 ぱ、パートナーとして、ご不在の時は、私が機体管理の責任を持つ必要があるからな」

 パートナーを主張するとき、フェリスは少し顔を赤らめていた。自分一人なら良いのだが、他人に対してパートナーを主張するのは、やはり恥ずかしいところが残っていた。
 だがことさらパートナーを主張したフェリスに、マシロは胡散臭いものを見るような視線を向けた。そして本能的に、危険なものをフェリスから感じていた。いわゆる“敵”という奴である。

「管理と言われても、私がいますから何もすることはありませんよ」
「技術者風情が何を言う!
 私は、シンジ様の背中を預かる、そのパートナーとして機体を見てやろうと言っているのだ!」

 更に主張を膨らませたフェリスは、それに比例するように顔を赤くしていた。そんなフェリスに、「あなたでは無理」とマシロは冷たく言い放った。

「私は、シンジ様の為に大学をやめてこちらにまいりました。
 私の能力を認めてくださり、是非とも自分のために役立てて欲しいと仰有ったからですよ。
 ですからあなたの手助けは不要ですし、調整にはむしろ“邪魔”でしかありません。
 大人しく見ているのなら追い出しませんが、邪魔をするのなら強制排除しますよ!」
「ほほう、この私を力尽くで追い出すというのか?」

 面白いと笑ったフェリスは、躊躇わず背中の剣を引き抜いた。だがその一瞬、ドックの中に雷のような音が響き、フェリスの抜いた剣が根本から消えていた。そして小柄なマシロの後ろに、テラで言うメイド服を着た女性が立っていた。
 そしてマシロは、驚くフェリスに向かって、勝ち誇ったように「ミユです」と女性を紹介した。

「私専用の、護衛用アンドロイドです。
 機動兵器には乗れませんが、対人戦闘ならラウンズの皆さんにも引けをとりませんことよ。
 しかも100にも及ぶ武器を内蔵していますから、あなた程度では相手にもならないというものです」

 マシロの後ろに立った“護衛用アンドロイド”は、ぱっと見では人と全く区別が付かなかった。見た目だけなら、フェリスと同じくらいの年齢に見えただろう。短めの髪をした、たぶん作った人間の趣味だと思うが、美少女は、感情のこもらない声で「ミユです」と自己紹介をした。

「どうなさいます、ミユに追い出して貰いますか?」

 勝ち誇った笑みを浮かべたマシロに、フェリスは唇を噛みしめ睨み付けた。だが頼みの武器を失っては、得体の知れないアンドロイドと戦うことはできないだろう。仕方が無いと諦めたフェリスは、「見せてはくれるのだな」と屈辱に唇を振るわせながら確認した。

「あなたがナンバー3なのは間違いありませんからね。
 邪魔をしなければ、説明ぐらいはして差し上げますわ」

 勝ち誇ったマシロは、こっちよとフェリスを連れてドックの奥へと歩き出した。その横には、当然のようにミユが付き添って、マシロをフェリスから守っていた。

「それで、シンジ様の機体は準備できたのか?」
「とーぜんですわ、私を誰だと思ってますの。
 ユニバシオーネで、千年に一人の天才と言われたマシロ・フーカですよ。
 本来なら、こんな弱小ヴァルキュリアのスタッフなどに加わっていませんわ」

 薄い胸に右手を当て、少し大様にマシロは言ってのけた。長い銀色の髪は、手入れが行き届いているのか、それに合わせて綺麗に広がった。なるほどそう言う事かと事情を理解したフェリスは、この女は障害物だと心の中にしっかりとメモしたのだった。

「つまり、お前はシンジ様の為だけにここに来たというのだな?」
「あなたには、そう聞こえませんでしたか?
 もちろんシンジ様のお役に立つため、あなたたちの機動兵器も面倒を見ますわよ!」

 生意気な態度に、フェリスは殴りたくて右腕がうずうずとしていた。だが隣で護衛用アンドロイドが睨みをきかせているため、今は我慢をする他は無かった。それに機動兵器を押さえられているのは確かだから、下手に喧嘩を売ると自分の身にも関わってくる。

「それで、シンジ様の機体はどうなっている?」
「言ったでしょう、すでに完璧に仕上がっていますわ。
 あとはシンジ様にご搭乗いただき、最終調整を施せば完了です!」
「最終調整?」

 首を傾げたフェリスに、そんなことも分からないのかとマシロは軽蔑の眼差しを向けた。

「思考コントロールを確実なものとするため、精神同調の微調整を行いますのよ。
 碇様の場合、他の方に比べて思考コントロールの比率が高くなっていますの。
 おそらく体力的なところを補うためでしょうが、それを強みにすることにしましたの。
 そして、これが完成しました機体、開発コード百式ですのよ!」

 さあと言うマシロの大げさな動きに合わせ、それまで機動兵器を覆っていたシートが取り除かれた。その瞬間、反射する光のまぶしさに、思わずフェリスは手で光を遮ったほどだった。そこには、燦然と金色に輝く巨人が立っていた。

「金色をしているのか?」
「対レーザーコーティングを施していますのよ。
 これで、カノン様のフォトン・トーピドーの直撃でも耐えられますわよ」
「カノン様の攻撃をか!」

 フェリスが素晴らしいと感激した裏には、当然その効果を賛辞するところがあった。だがそれ以上に、百式の色が自分の髪と同じと言うのがあった。どんなこじつけだろうと、自分と同じものがあるだけで嬉しかったのだ。しかもそのコーティングが、第二位の攻撃を防ぐというのだ、自分がシンジを守っている気になっても仕方が無いというものだ。

「その通りですのよ。
 それに、思考コントロールのブースト性能を上げてあります。
 普通の方なら扱いきれないのですが、シンジ様ならきっと使いこなしてくださいますわ!」
「そうだな、シンジ様は格闘戦を弱点とされているからな。
 これで弱点を補えれば、シエル・シエル様とも勝負になるだろう」
「勝負になる?
 何を寝ぼけたことを仰有ってらっしゃるの?
 碇様には、圧倒的な強さを示していただかないといけませんのよ。
 そしてラウンズの頂点に立たれた碇様に、私は……うふふふ」

 何かを妄想するマシロに、やはり障害物だとフェリスは自分の認識が間違っていないのを確認した。だがこの女を排除してしまうと、間接的にシンジの足を引っ張ることになる。格闘戦なら自分が鍛えられるが、先にいるのが化け物だから鍛えると言っても限界がある。やはり得意な思考コントロールを生かす他は無かったのだ。
 そうなると、忌々しい女とも何処かで折り合いを付けなければいけなくなる。その折り合いをどこで付けることになるのか、どこまで譲れるのかをフェリスは真剣に考えたのだった。

 折り合いを付けるという意味では、マシロも同じ問題に突き当たっていた。目の前にいる暴力女は、いずれナンバー2になるのは分かっていた。主であるエステルを除けば、もっともシンジの身近にいる女性になることは間違いない。その相手を敵に回すと言う事は、冷静に考えれば得になる事は一つもないのだ。だとしたら、どこまで譲って良いのか、そしてどこで共同戦線を張れば良いのか、マシロもまた、天才と言われた頭脳をフル回転させていたのだった。

「「ところで」」

 その結果、二人の声は綺麗に重なり合うこととなった。その事実に二人は驚き、まじまじと顔を見合わせることになった。

「そちらからどうぞ」
「いや、先に発言することを許してやるぞ」
「いえ、あなたがナンバー3ですから」
「だが、技師としてはお前がトップだろう」

 そうやって譲り合いをした結果、二人は同じことを考えているのだろうという結論に達した。

「私たちは、協力し合えるとは思いませんか?」
「うむ、私たちの立場はあまり強くないからな」
「最初ぐらいは、別々が良いのですけど」
「そ、それは、私も同じだっ!」

 たったそれだけの会話で、二人の間の折り合いが付いたのだろう。「裏切りは無し」と口にして、二人は固い握手を交わしたのだった。もちろん口で言うほど、相手を信用もしていないし、どうやって出し抜こうかと考えているのも同じだった。二人とも、自分のホームに引きずり込みさえすれば、相手には手出しできないと考えていたのだった。







続く

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