機動兵器のある風景
Scene -07







 ラウンズの戦いが終わった時、展望台の中にはほっとした空気が流れ込んできた。それぐらい、彼らの戦いは常識を越えたものとなっていたのだ。どちらが勝つのか分からない、そして純粋な力に対して技量のすべてを尽くして対抗する。その結果が、引き分けという形で両者が納得したのである。その戦いは、見る者を惹き付け、そして同時に極度の緊張を強いていた。
 常識を越えた戦いを、もう少し見ていたいという気持ちは確かにあった。だがこれだけの戦いを見せて貰えば、十分だという気持ちも持っていた。それに彼らは、レベルを制限するという形で手枷足枷を付けた戦いをしていたのだ。それを考えれば、無理をして決着を付ける必要もないのも理解できた。

 およそ30分ほど続いた緊張から解放され、セシリアはほっと大きく息を吐いた。その理由として、大きな安堵があったのは言うまでもない。まず第一に、碇シンジが無事戦いを終えたこと。そしてもう一つが、自分の機体が損傷しなかったことだった。そしてほっとしながら、体がむずむずとするような興奮を同時に味わっていた。愛機ウンディーネが、シンジの手によって異次元とも言える動きを見せてくれたのだ。それがレベル4で達成したとなれば、自分も努力次第で同じことができるはずである。その可能性が、今、目の前に開けてくれたのだ。
 だがその高揚した気分に、心ない一言が冷や水を浴びせかけた。こともあろうか、トップ3の一人、惣流アスカ・ラングレーが暴言を吐いたのだった。

「なぁんだ、お情けで引き分けにして貰ったんじゃない。
 偉そうにしていたくせに、てんで情けないじゃないの」

 その言葉が吐かれた瞬間、ざわついていた室内が静まりかえった。目の前で繰り広げられた戦いに対して、それはあまりにも悪意を持った言い様だった。それをトップ3の一人、そしてかつて碇シンジの戦友だった女性の口から出るとは、誰も信じられなかったのだ。しかも不思議なことに、いつもなら窘めるはずの渚カヲルも、今回は口をつぐんだままだったのである。そして相手が自分の組織のトップだけに、誰も暴言を諫めることは出来なかった。
 だがセシリアは、特区第三新東京市に属していない。だから上位レベル者を尊重しても、隷属する必要は無いと思っていた。そして所属以前に、感動的な戦いを貶める言葉を許すことは出来なかった。

「碇様がいなければ、日本に来たことは本当に無駄足になっていましたわね。
 まさかトップ3の口から、こんな愚かしい言葉を聞くとは思っていませんでしたわ」

 皮肉たっぷりの反論は、当然のように喧嘩を売るようなものになっていた。だがその言葉に対し、アスカは直接答えず、「犬が鳴いているわね」と口元を歪めた。

「どこかで盛りの付いた雌犬が鳴いているわ。
 ああいやだ、誰彼構わずすぐに股を開くなんてやっぱり畜生は違うわね。
 いやだわぁ、部屋の空気が臭くて堪らないもの」
「ほんと、部屋の中に腐った川の臭いが致しますわ。
 あらあら、腐っているのはその目かしら、それとも頭の中なのかしら?」

 セシリアが負けずに言い返したとき、見かねたのか、ようやく仲裁が入ることになった。だがその仲裁も、セシリアからすれば身内の非を認めない酷いものだった。
 仲裁に入った渚カヲルは、セシリアに向かって「口を慎むように」と言ってきたのだ。

「所属する特区は違うとはいえ、レベルはそのまま階級に繋がるのだよ。
 君の暴言は、特区セルンの立場を悪くするものになるよ」
「でしたら、その前の暴言はどうされるのですか!」
「口答えもまた、君の立場を悪くすると気づいて欲しいのだがね。
 そうしないと、僕は君を拘束して懲罰に掛ける指示を出さなくてはいけなくなる」

 一方的かつ不公正なカヲルの言葉に、さすがにセシリアも我慢できなかった。

「腐っているのは、お一人だけかと思っていましたわ。
 はっきり申し上げますが、私はあなたに失望いたしましたわ。
 碇様とお話をされているとき、楽しそうに見えたのは私の錯覚でしたのね。
 どうして碇様が夕食に招待なさらないのか不思議でしたが、碇様はご存じだったと言うことですわね」
「彼は、誰でも良いから女を抱きたかっただけだよ。
 だから手頃な相手として、君を選んだだけのことだ。
 嬉しそうに訪ねていく君は、とても滑稽で哀れに見えたよ。
 君も自覚しているのだろう、彼は女だったら誰でも良かったんだよ。
 しっぽを振る雌犬がいたのは、彼にとってとても都合が良かっただろうね」

 トップに立つものから、どうしてこんなに汚い言葉が出てくるのか。怒りと失望から、セシリアは目眩がしていた。だがこんな侮辱を許しておく訳にはいかない。相手が上官に当たるとしても、これは個人的な問題でしかない。そもそもこれが公的な立場だとすれば、そんな組織がおかしいことになる。

「まさか、日本の特区がここまで腐っているとは思いませんでしたわ」
「ラウンズなら、誰でも良かった君に言われたくはないね。
 今晩は、もう一人のラウンズにも股を開くのかい」

 明らかにカヲルの言葉は、セシリアを挑発するものだった。そしてその挑発はまんまと成功し、セシリアはカヲルのにやけた顔に平手打ちを喰わせた。それを待っていたように、それまで黙っていた綾波レイが、セシリアを拘束するよう命令を出した。

「上官に対する暴力行為で、セシリア・ブリジッドを拘束します。
 直ちにセシリア・ブリジッドを懲罰房に連れて行きなさい!」

 上位者の命令だから、従わなければいけないと思っていた。だが今のやりとりは、明らかに彼らの上位者の方がおかしかった。ラウンズの戦いを貶めるばかりか、それを指摘した相手の人格攻撃までしている。それが分かるだけに、命令を受けてもすぐには誰も動けなかった。だからレイは、もう一度大きな声で「連れて行きなさい!」と命令した。

「立場を振りかざすことしかできない可哀想な人たちですわね。
 懲罰房ですか、喜んでは言って差し上げますわ。
 その代わり、本国の方から厳重に抗議をさせますことよ。
 ここでの会話は、すべて記録が残っていることをお忘れ無いように!」

 捨て台詞を発したセシリアの手首を、鈴原トウジがぎゅっと捕まえた。その力の強さに悲鳴を上げたセシリアに、「黙っとれ」とトウジは低い声で命令した。

「抵抗などしませんわ。
 ですから、そんなに強く……きゃあ」

 さらに力を込めたトウジに、セシリアが抵抗できるはずがなかった。手首から伝わる苦痛に顔を歪め、セシリアは部屋の外へと引きずり出された。それを見届けたカヲルは、何事もなかったかのように自分の椅子に座り直した。そして全員に対し、ラウンズの二人が現れるまで、現状で待機の命令を出したのだった。

 一方セシリアを連行したトウジは、エレベーターに乗ったところで掴んでいた手を放した。そして少し涙目になったセシリアに、「すまんかった」と頭を下げた。

「今さら謝られて、許せるとお思いですの!」

 赤くなった左手首をさすり、セシリアはすぐさま抗議の声を上げた。そんなセシリアに対し、それならばとトウジは「許してくれ」とエレベータで土下座をした。
 ことここにいたり、さすがに何かおかしいとセシリアも気がついた。もしかしたら、この男性は自分をあの場から連れ出そうとしただけではないのか。ただあの場を取り繕うためには、暴力的に自分を屈服させる必要があった。その考えが正しいとしたら、あまりにも特区第三新東京市のトップ3は異常すぎるのだ。

「分かりましたわ、あなたのことはお許し致します。
 その代わり、事情を説明してはいただけないでしょうか?」
「だったら、わいのことは許してくれんでもええ」
「つまり、事情を説明するわけにはいかないと言うことですわね」

 小さく深呼吸を二度し、セシリアは何とか自分の気持ちを静めることに成功した。特区セルンにまで名前が知れているのが、日本にいる3人のパイロットだった。その3人が異常行動を起こし、そしてこの男も触れることができない理由がそこに存在している。レベルが下の自分にまで土下座してまで庇う様な問題が、彼らに存在していると言うことだ。

「あなたの土下座に免じて、事情を詮索することと、あなたの無礼な態度はお許しすることにしますわ。
 そして懲罰房にも、期限付きですけど入ることは承諾しますわ」
「ほっか、感謝するで」

 立ち上がって膝に付いた埃を払ったトウジは、大人しく付いてくるようにとセシリアに命じた。その背中に向かって、「承諾したのは私だけですわよ」とセシリアは投げかけた。

「私がいなければ、間違いなくラウンズのお二方は事情を求めますわよ。
 その時あなた方は、どのように説明なさるおつもりですの?」
「それは、ワイの考えることやない。
 たぶん渚あたりが、どう取り繕うかを考えるやろうな」
「あなた方がぐるになっても、取り繕うことはできないと思いますわよ」

 認識が甘いと指摘したセシリアに、「その時はその時や」とトウジは背中を向けたまま言い返した。そこでちょうどエレベーターの扉が開いたこともあり、トウジは先に廊下に歩き出した。

「ちょっと、私を懲罰房に連れて行くのではありませんの?」
「あんたなら、逃げ出すような真似はせえへんと思っとるからな」
「あ、当たり前ですわ!」

 トウジを追いかけるように、少し早足でセシリアは歩き出した。明るく照らされた通路は、懲罰の目的から考えると、少し滑稽にも思えるものだった。
 そして角を二つ曲がったところで、「ここや」とトウジは立ち止まった。タッチパネル式の鍵が付いた、スライドドアだけがある部屋がそこにあった。ただ中を見回すと、窓からはジオフロントの景色は見えるし、中の調度もこぎれいなものが揃えられていた。それだけ見れば、研究所の宿舎と大きな違いは見受けられなかった。単純な比較はできないが、よほどこちらの方が広くて快適に見えたほどだ。

「あら、懲罰という割にはずいぶんといい待遇ですわね」
「惣流の前から隔離するだけやからな。
 もっとも、それが言い訳になるとは思っとらんがな」
「隔離するのは、惣流アスカ・ラングレーの前からだけですの?」

 セシリアの疑問に、トウジは答えを返さなかった。何の気無しに答えはしたが、自分が少し言いすぎたことに気がついたからに他ならない。だがセシリアは、せっかく掴んだ手がかりを逃がすことはしなかった。

「惣流アスカ・ラングレーは、私に嫉妬されていらっしゃるのかしら?」
「さあな、好きに想像しとればええやろ」
「戦友だった頃、恋愛感情を抱かれていたと言うことですわね」

 なおも追いすがったセシリアだったが、トウジはそれ以上答えを返すことはしなかった。そして黙って部屋から出ると、中から開かないようにキーパッドでロックを掛けた。中からセシリアの声が聞こえるが、それに答えることなくトウジは“懲罰房”を後にしたのだった。



 シンジとレグルスが戻ってきたのは、セシリアの問題があってから10分後のことだった。展望室に入ってきたシンジは、その時には少しだけ部屋の中を見渡したのだが、すぐに何事もなかったかのように用意された窓際の席へと着いた。
 そして全員を見渡し、「参考になりましたか?」と言う問いかけをした。

「データ通り、機体のレベルは4に設定してありました。
 その中でできることを、ほとんど全てお見せできたかと思います。
 まあ模擬戦の結果は、見ての通り僕の完敗でしたけどね。
 レグルス様は、結果に納得がいかないのかご機嫌斜めになっていますけどね。
 ですから、この先の説明は僕がしようと思っているんですが……」

 確かに隣に座ったレグルスは、極めてご機嫌斜めのように見えた。それが対戦の結果だと言われても、出席者にはすぐには理解できなかった。
 ゆっくりとあたりを見渡したシンジに対して、誰も質問の声を上げなかった。出席者は一様に、怯え、戸惑いを顔に表していた。

「質問が無いようなので、説明から入りましょうか。
 レグルス様の動きについては、ほとんど“天才”で説明が付いてしまいますが、
 それだけだと不親切ですから、アクセルで説明できない部分だけ補足をします。
 僕が最初に行った攻撃は、ラウンズのカノン・スピドが得意とするフォトン・トーピドーという攻撃です。
 光を狭い空間に閉じ込めて、それをエネルギー弾として打ち出す攻撃です。
 レーザーではないため、攻撃速度は使用者のスキルによることになります。
 威力はそれなりにありますが、光速ではないため避けることも可能です。
 事実レグルス様は、軌跡を読み切ってアクセルを使用して回避されています。
 カノン様は、避けきれないほど大量のフォトン・トーピドーを生成して圧倒されていますがね」

 これは良いかとあたりを見渡しても、誰も質問を口にしようとはしなかった。それを気にすることなく、シンジは説明を先に進めた。

「そこから先は、双方アクセルを使って格闘戦に入りました。
 こうなると、格闘センスと経験が如実に表れることになります。
 ただレベル4に制限されているため、僕でも避けきることができたと言う事です。
 その中で注目して貰いたいのは、レグルス様の攻撃パターンです。
 時々無駄に見える攻撃がありますが、実はここには深い意味が含まれているんですよ」

 そうですねと隣を見たが、あいにくぶすっと塞いだままで何も答えてはくれなかった。だからシンジは、レグルスの答えを待たずに、「深い意味」の説明を続けた。

「昨日僕は、相手の行動の先を読んでと説明しました。
 ですが、その先の段階としては、相手を自分の思い通りに動かすと言うのがあるんです。
 レグルス様の攻撃は、まさに僕をレグルス様の意図通りに導く物と言うことです。
 それをされると、どんどん逃げ道が奪われていってしまうんですよ。
 ですから、皆さんが見ていた通り、僕は次第に追い詰められていったわけです」

 そこは良いかとシンジは確認したのだが、やはり誰からも反応が返ってこなかった。そしてシンジは、それを気にすることなく説明を先に進めた。

「従って追い詰められた僕は、起死回生を図ることになります。
 これはラウンズのシエル・シエルの得意技ですが、ファントムと言う特殊能力があります。
 原理の説明は難しいのですが、これは相手の物理攻撃を透過させます。
 まるで幽霊のような存在となるため、ファントムと呼ばれることになっています。
 だからここでレグルス様の攻撃がすり抜けることになりました。
 その虚を突いてカウンターをしようと思ったのですが、残念ながらそれも読まれてしまったようです。
 ここでレグルス様が戦いをやめたのは、まあ、故郷で恥を掻かないようにとの思いやりでしょうかね。
 それにレベル制限無しの戦いが控えていますから、楽しみをとっておいたと言うことでしょう。
 以上で簡単な説明を終わりますが、何か質問はありますか?」

 ゆっくりとシンジが全員の顔を見渡したとき、誰もが視線を合わすのを恐れるように、慌てて目を逸らしていた。その反応に小さくため息を吐き、「やる気はありますか?」と静かにシンジは全員に問いかけた。その問いかけにも、誰も答えを返しては来なかった。

「何も質問が無いと言うことは、僕の説明で全て理解できたと言うことですか。
 レベル4以上の方は、同じことができると受け取って良いのですね?
 質問の一つもないというのは、そう言う事を差していると理解していますか?
 どうです渚さん、責任者としてあなたはどう言う答えを僕に返してくれますか?」
「そ、それは……」

 カヲルはシンジから視線を逸らし、「まだ消化できていないのだ」と言う答えを返した。

「見せられた模擬戦が、僕達の想像を超えていました。
 だから説明を聞いても、まだ何から質問して良いのか分からないのです」
「なるほど、もう少し時間が欲しいと言うことですね。
 でしたら午前の部はここまでにして、皆さんからの質問は改めて受け付けることにします。
 そしてその質問に答える形で、レグルス様が皆さんの代表と練習をしてくださいます」

 そう言ってレグルスに頭を下げたシンジは、全員に向けて自分達が退出することを告げた。

「ホテルに戻って食事をしていますので、後で時間と場所を指定してください」
「こっ、ここで14時からでお願いしたいのですが……」

 慌てたカヲルの言葉に、シンジは壁に掛けられた時計を見た。示されていた時間は11時半、あと2時間半後と言う事になる。

「もう少し早くても良いのですが、皆さんも考えを纏める時間が必要ですね。
 でしたら午後2時に、こちらに伺うことにします。
 ああ、送ってくれなくても大丈夫ですよ。
 ユーピテルが、便利に移動させてくれますからね」

 そう言ってシンジはラピスラズリに、自分とレグルスの空間移動を指示した。その瞬間シンジの姿は消え失せたのだが、なぜかレグルスはその場を動いていなかった。そしてレグルスは、アレクサンドライトに、ラピスラズリへの干渉を命じた。

「あいつが、しばらく戻ってこられないようにしろ」
「歩いての移動ですと、阻止するのは不可能ですよ」
「それだと、かなりの時間が掛かることになるだろう。
 俺の用件は、そんなに時間の掛かることじゃない」

 以上だとアレクサンドライトとの会話を打ち切ったレグルスは、ぎょろりと大きな瞳を動かし、明後日の方を見ているアスカを睨み付けた。

「シンジの手前黙っていたが、ここは空気が腐っているな。
 しかもトップとか言っている人間から、しっかりと腐った臭いがしてくる」

 そう吐き捨てたレグルスは、つかつかとアスカの前に歩いてきた。そして優しさの欠片もない声で、「お前だ」とアスカに向かって言い捨てた。

「あの美しい人は、目と頭が腐っていると言っていたが、なんだ、存在自体が腐っているじゃないか。
 それからお前、腐ったものにいくら蓋をしても、臭いは止められないし、腐ったものは元には戻らないぞ。
 蓋をしたつもりで、お前も一緒に腐っていくだけのことだ」

 続いてレグスルは、カヲルに向かって「バカか」と吐き捨てた。
 さすがにここまで言われて黙っているわけにはいかない。レグルスを睨み付けたアスカは、バカにするなと大きな声で怒鳴り散らした。だがそんな反応に、レグルスは口元を歪めてバカにする言葉を吐き出した。

「口答えは、お前達の立場を悪くするのではないのか?
 それともお前達の言う立場というのは、一人を袋だたきにするときだけ有効なのか?
 だとしたらまったく見下げた組織だな、こんなもの潰してしまった方が良いんじゃないのか。
 頭の腐った組織なんぞ、いくら取り繕ってもまともな働きなんかできないぞ。
 そこのお前達も、ここを出てもう一つの特区に行った方が良いんじゃないのか?
 その方が、間違いなく技量は伸びるし、世界の役にも立つことになる」
「アースガルズは、テラの運営に干渉しないと聞いていますが」
「ああ、干渉なんかするつもりはないさ」

 許される範囲のカヲルの抗弁に、レグルスはバカにしたように口元を歪めた。

「だがな、俺たちの名誉を穢す奴には、容赦しないことにしているんだよ。
 お前達は、あの嬢ちゃんを侮辱することで、俺の弟分を侮辱してくれた。
 だがな、同じことをしたらラウンズとして恥ずかしいじゃないか。
 だから俺は、ただ“事実”だけを指摘してやることにしたんだよ。
 俺の言った事が事実に反していると思うのなら、何が事実に反しているのか言って見ろ」

 そう言ってカヲル達を見下したレグルスは、「おい、お前」と一人のパイロットを指名した。

「何を言っても、お前の責任を追及したりはしない。
 俺が保証してやるから、俺の言ったことに事実に反したところはあるか!」

 レグルスに指名されたパイロット、ユウ・チャンは背筋を伸ばして「有りません」と大きな声で答えた。

「3人の言動は、極めて感情的で非論理的なものでした。
 しかも言われ無き個人への人格攻撃を、立場をかさに着て行いました。
 拘束されたセシリア・ブリジッドの抗議は、極めて正当なものだと思います」
「よし、ならばお前はどうだ!」

 ユウ・チャンの答えに頷いたレグルスは、別の女性パイロットを指名した。

「ユウの言う通りです。
 アスカさんは、すぐにヒステリックになって他人を攻撃します。
 しかも渚さん、綾波さんはそれを庇うことしかしません!」
「よし、お前はどうだ!」

 レグルスが別の男性パイロットを指名したとき、「そこまでにしてください」と後ろからシンジの声が聞こえてきた。そしてすぐに、「プロテクトを突破されました」と言うアレクサンドライトの謝罪が聞こえてきた。振り返ってみるまでもなく、そこにはセシリアを連れたシンジが現れていた。

「つるし上げをしても、何も問題は解決しませんよ。
 アースガルズとしては、テラが独自にヘルの浸食を防いでもらわなくてはなりません。
 その足を引っ張る真似をすると、レグルス様が責任を問われることになりかねませんよ」
「組織がおかしな方向に向かっているのだから、それを正してやるのは俺たちの利益になるさ」
「自主性を潰してしまうと、将来間違いなく徒になって返ってきますよ。
 テラとしては初めての試みなんですから、助言は良いですけど、過干渉はよろしくありません」

 きっぱりと正論を言い切られたため、レグルスはため息を返すことしかできなくなった。

「だけどおまえ、本当にそれで良いのか?」
「駄目だと分かったときには、賢人会議が再度の干渉を検討するでしょう。
 それを判断するのは、ヴァルキュリアであり、賢人会議の役割です。
 ラウンズの役割は、ヴァルキュリアの決定を命を掛けて遂行する事だけですよ」
「なによ、人を腫れ物扱いにして!
 言いたいことがあるのなら、はっきりと言えばいいじゃない!」

 これまでシンジに対して、居ないものとずっとしていたアスカが、ここに来て初めて爆発した。だがあげた大声は、ただヒステリックなものだった。そんな叫びにも、シンジは全く慌てることはなかった。静かな眼差しをアスカに向け、言い聞かせるようにゆっくりと話しかけた。

「僕は、アスカに何かを言える立場じゃないんだよ。
 いいかい、僕はこの2年と少し、君が何をしてきたのか全く知らないんだ。
 そんな僕に、いったい何が言えるって言うんだよ。
 僕達にあるのは、触れられたくない昔のことだけだろう?」
「あんたには昔のことでも、私にはまだ続いている現実なのよ!」
「それはアスカの都合であって、僕の都合ではないんだよ。
 もしも僕に何か期待するなら、それを自分の口で言ってくれなければ分からないんだ。
 僕だって、いつまでもアスカのことばかりを気にしてはいられないんだよ。
 僕は、エステル様のカヴァリエーレとして、命の限り戦うことを誓った身なんだ」

 アスカが激高すればするほど、シンジの冷静さが際立っていた。否、冷静さと言うより、口調の優しさなのかも知れない。そしてシンジは、アスカの隣にいたカヲルへと視線を向けた。

「カヲル君、これが君達の選んだ道でもあるんだよ。
 僕は、テラのことに関わる事はできない。
 それは、これからも変わることはないんだよ」

 静かに言い切ったシンジは、成り行きを見守っていたパイロット達に視線を向けた。

「つるし上げは良くないが、前向きの議論ならいくらでもした方が良いと思う。
 雰囲気に煽られて意見を言うのは、とても危険なことだと理解して欲しい。
 正しいことは正しいと貫く、もちろんそれが独善的になってはいけないんだけどね。
 信念のない人間が、立派な仕事をできるはずがないだろう?」
「そんなもの、きれい事よ!
 現実はそんなに物わかりが良くないわ!
 結局、力のあるものが全てを蹂躙するんじゃない!」

 きれい事だと叫んだアスカに、シンジは静かに「だから何?」と言い返した。

「アスカがそう考えているのなら、別にそれでも構わないよ。
 そしてその上で、誰からも束縛を受けない力を得ようと努力するのならね。
 でもアスカの場合、お山の大将と言っても砂場のお山でしかないだろう。
 とても小さいし、気がついたときには山自身が崩れて無くなっているんだ。
 信念も何もないから、ちょっとしたことで崩れてしまうんだよ」

 そう言う事だと切り捨てたシンジは、この話題はこれで終わりと無理矢理話を打ち切った。

「逃げも隠れもせず、午後2時にはここに戻ってくる。
 それが重要な事だと思ったら、話を蒸し返して貰っても構わない。
 個人的な事だと思ったら、個別に話しに来てくれればいい。
 テラの機体を使い、レベルを4に制限して見せたんだ。
 その意味をもう一度考え、自分達がどうしたらいいのか考えて欲しい」

 全員に告げたシンジは、レグルスに向かって「抜け駆けは無しですよ」と注意をした。その指摘に不満を浮かべたレグルスだったが、これ以上口は出さないとシンジに約束をした。

「で、これからどうするんだ?」
「初めに言った通り、ホテルで食事をするんですよ。
 あれだけ動いたから、かなりお腹が空いているんじゃありませんか?」
「あっちの方も空腹なんだが……まあ、ちょっと時間が足りないか」

 あっちの方と言う言葉に、思わずシンジは苦笑を浮かべてしまった。

「それは、今日の夜まで我慢してください。
 あらかじめ言っておきますが、人のに手を出しては駄目ですよ」

 釘を刺したシンジに、「自信がないのだな」とレグルスは口元を歪めた。

「間違いなく、俺の方が満足させてやれるのにな」

 レグルスに熱い目で見られた物だから、たちまちセシリアの頬に朱が走ってしまった。その気がある無しにかかわらず、いい男に言い寄られるのは、悪い気持ちがするものではない。

「そうやって、弟分の自信を無くさせる真似はしないでくださいね。
 ええっと、見苦しいところを見せた気がしますが、これで僕達はいったんホテルに戻ります」

 まだ大勢のパイロット達がいることに気づき、シンジは慌ててその場から撤退することを選んだ。
 次の瞬間シンジが姿を消すのを確認したレグルスは、再びアレクサンドライトに情報封鎖を命令した。しばらく時間を稼ぎ、シンジの移動を制限しろと言う物である。その命令を聞いたとき、「またやるのか?」と、居合わせた全員が呆れたほどだった。

「ああ、別に心配するようなことじゃない。
 これからの俺は、ただ君たちを激励するだけだからな。
 一応質問も受け付けるので、遠慮無く言って欲しい」

 そう言って前置きをしたレグルスは、「自信を無くす必要は無い」と言い切った。

「コツさえ掴めば、レベルアップにさほど時間は必要ない。
 実際俺は、レベル10に到達するのに2年しか使っていない。
 そしてシンジの奴は、僅か半年でレベル10を突破している。
 それだけを見れば、あいつは俺以上の適性があったことになるな」
「碇様は、それからどれぐらいの時間を掛けてラウンズに就任されたのですか?」

 シンジがアースガルズに渡ってから、すでに2年以上の時間が経過している。それを考えると、レベル10を突破してから、ラウンズになるまで1年以上の時間が掛かった計算になる。とても狭くて、困難な立場と言うつもりでセシリアは質問したのだが、レグルスの答えは期待とは違う物だった。

「あそこはメイハ・シーシーが、カヴァリエーレを代行していたからな。
 だからシンジが資格を得たことで、すぐにカヴァリエーレに任命された。
 そしてヴェルデ様を後見人として、直ちにラウンズに推挙された。
 ポストがあったお陰で、レベル10突破後すぐというのがあなたへの答えになる」
「ですが碇様がラウンズに就任されたのは4ヶ月ほど前のことではありませんか?
 僅か半年でレベル10を突破したとなると、時間の辻褄が合わないのではありませんか?」

 2年という時間を考えると、1年以上の時間が計算に合わないことになる。それを指摘したセシリアに、「ああ」と頭を掻いて、詳しい事情は知らないとレグルスは答えた。

「そのあたりは、エステル様が詳しいのだと思うが……
 エステル様の配下に加わる前は、ずっと治療を受けていたという噂だ。
 先に断っておくが、何の治療を受けていたのかは知らないからな。
 それから、それを詮索するのは本人の為にもならないと思っている。
 ただ分かっているのは、治療が必要だからアースガルズに連れて行ったと言うことだ」
「碇様が治療を受けられていた?」
「うちが収容する前のことは、そっちの方が詳しいんじゃないのか?」

 レグルスに見られたカヲルは、その時のことを思い出そうとした。だがカヲルの記憶は断片的で、レグルスの言う事情までは承知していなかった。そしてそれはアスカも同じで、気がついたときには弐号機に乗せられていたのだ。唯一事情を知っていそうなレイにしても、ほとんどシンジのことは気に掛けていなかったという事情がある。
 顔を見合わせて首を横に振る3人に、「おいおい」とレグルスは人ごとながら同情してしまった。

「お前達は、シンジの戦友という話じゃなかったのか?
 それなのに、シンジがどうなっていたのか誰も知らないって言うのか。
 そのくせシンジに向かって、良くも昔の話を持ち出すことができたな」
「それは、あなたの言う通りなのだろうね……
 僕達は、間違いなく自分達の不満だけシンジ君に押しつけていたようだ」

 カヲルはそう言って、隣にいるアスカの顔を見た。自分達は、いったい誰に向かって不満を持っていたのか。自分達の作り上げた、架空の存在に対して恨みを抱えていたのかと。だがカヲルの視線に、アスカは全く反応しなかった。それどころか、顔を真っ青にしてがたがたと震えていた。

「そんなことはないわ、あいつはあたし達を見捨てて言ったのよ。
 苦しみもがいているあたし達を、遠くで見て笑っていたのよ。
 あいつはそんな汚い奴よ、汚い奴のはずなのに、どうして何も思い出せないのよ。
 どうして、あいつの間抜けな顔しか思い出せないのよ……
 そんなんじゃ、私はいったい何を恨んでいたの、どうしておかしくなっていたのよ」
「あーっ、アル聞こえるか?」

 あまりにも予想外の反応に、困ったレグルスはアレクサンドライトを呼び出した。直ちに答えを返したアレクサンドライトは、どうしますかとレグルスにシンジの扱いを尋ねた。

「ホテルの部屋に、物理封鎖して閉じ込めていますよ。
 ユーピテルへの経路も封鎖していますから、扉を壊すしか脱出経路はありません。
 ラピスが色々としていますが、解決までにはかなり時間が掛かるんじゃないのでしょうか?」
「そのだな、シンジをここに連れてきてくれないか?」
「後始末をさせるのは、さすがに可哀相だと思いますよ」

 だからと言って、他に解決策があるとは思えない。主の不始末の尻ぬぐいのため、アレクサンドライトは全ての封鎖策を解除したのだった。こうなってしまったら、後は野となれ山となれ。ケセラセラと、後始末を任せることに同意したのだった。







続く

inserted by FC2 system