機動兵器のある風景
Scene -05







 いくら気安い仲だとは言え、分別は必要だとシンジは思っていた。それがたとえ上位者であっても、尊厳を冒されることへの文句は、正当なものとして扱われる。大急ぎで身支度を調えたシンジは、セシリアをシャワールームに押し込み、レグルスがいるだろう隣の部屋に行くことにした。

「レグルス様、これはいったいどう言うことなんですか!」

 扉を開けたら、誰かがソファーに座っているのが見えた。間違いないと大きな声を出したシンジは、次の瞬間レグルスの格好に驚きの声を上げた。デバガメのような真似をしておきながら、ラウンズの正装で現れてくれたのだ。それに引き替え、シンジは至ってカジュアルな部屋着を着ていた。

「どう言うことと問う前に、それがラウンズとしての礼儀なのか?」

 笑いをかみ殺し、わざと怒った顔を作ったレグルスは、最初にシンジの格好を問題とした。目上の自分が正装なのに、その前に普段着で出て良いのかというのである。さすがにこればかりは言い返すこともできず、シンジは頭を下げて着替えに戻る許しをレグルスに請うた。

「まあ、今のところは許しておいてやる。
 だがこれから特区の研究所に行く際は、ちゃんと正装をするんだぞ。
 おっとその前に、ええっとセシリアだったかな、彼女との朝食も正装で臨むように!」
「レグルス様も、ご一緒されるのですか?」
「なんだシンジ、俺はお邪魔虫か?」

 口元を歪ませたレグルスに、始まったなとシンジは身構えた。基本的に親分肌で、とても付き合いやすい人というのは確かだった。だが役割の割に軽すぎる性格は、時として悪のりが過ぎることが多々あったのだ。

「いえ、是非ともレグルス様もご一緒願えればと思っています」
「ならばシンジ、今から隣の部屋に行って共に第三ラウンドに臨むことにしようか!」
「はっきりお断り致します!
 ご一緒のの意味が、全く違っています」

 シンジがそう答えた瞬間、にやけていたレグルスの姿がぶれて消えた。そしてその次には、シンジの眼前に現れ、右拳をまっすぐにシンジの顔面へと突き出した。そしてシンジが紙一重で避けたのに合わせ、避けた方向に追撃の左を放った。
 だがその攻撃も、僅かなアクションでシンジは躱して見せた。だがそれでもレグルスは攻撃の手を緩めず、戻した右拳をがら空きになっていた鳩尾へとめり込ませようとした。だがシンジも、その攻撃はしっかりと予想していた。ただ避けることができなかったため、左手の平で重い拳を受け止めた。

「レグルス様、なんの冗談でしょうか?」

 右手をがっちりと捕まえたシンジは、不機嫌そうにレグルスに真意を問うた。そんなシンジに向かって、悪いなと笑いながら、レグルスはゆっくりと後ろに下がった。

「昨夜から腰を酷使し続けたのだろう?
 どれぐらい疲れが溜まっているのか、それを調べてやろうと思ったんだよ」
「あれしきのことで、疲れが溜まるような訓練はしていませんよ。
 それでどう言う理由で、ラウンズ5がテラまでいらしたんですか?」

 悪ふざけが過ぎると、言外にシンジは非難した。もちろん、そんなことの堪える相手ではない。涼しい顔をして、定例会議の話題を持ち出した。

「ああ、ちょっと会議でお前のことが話題になったんだよ。
 そこで祭の対戦に対する疑義が出され、全会一致で再戦が決まったんだな。
 すぐにでもお前を呼び戻せと言うことになったから、俺が迎えに来たと言うことだ」
「そんなもの、電子妖精で連絡してくれればいいのに……」

 たったそれだけ? と、シンジはがっくりと肩を落とした。それだけのことに、ラウンズが制服を着て現れたのだ。しかもしっかりと、デバガメみたいな行為までして。ラウンズの価値を下げないで欲しいと、シンジは切に願ったのである。
 だがシンジの抗議に対して、これでもマシな選択だとレグルスは言い返した。

「だがな、俺が来なければエステル様が自ら呼びに来られると仰有ったのだぞ」
「まったく、あの人は何も考えないで行動しようとするから……」

 もしもそうなったら、小さくない混乱が起きたことだろう。それを考えれば、確かにレグルスの方がマシなのは間違いない。きっとドーレドーレも、そう判断したのだろう。
 主に対して嘆くシンジに、「同感だ」とレグルスは頷いた。確かにエステルは、勝手にさせると不安が先に立ってしまう。それはレグルスにしても、大いに認めるところだったのだ。

「それにお前の休暇を取り消すんだからな、多少は礼を尽くそうと考えたのだ」
「大方、テラに遊びに来たかったとでも言うんでしょう?」
「まあそのあたりは否定しないな。
 なかなかテラも女が綺麗で、食い物がうまいと聞いたからな」

 それでとレグルスはシンジに近寄り、肩を抱くようにして腕を首に回してきた。

「どうだ、初めて女を抱いた感想は?
 俺が言った通り、なかなか良いものだろう?」
「そのあたりは……はい、とっても良かったです。
 女の子があんなに柔らかくて、良い匂いがして、暖かいものだと思いませんでした」

 シンジの答えに、レグルスはよしよしと頷いた。

「世界が変わったか?
 その女を守ってやりたいと思うようになったか?」

 どうだと問われ、本当にそうなのかシンジは考えた。そして実感には欠けるが、レグルスの言うとおりだと気がついた。そして一度気がつけば、それが真実なのだと思えるようになった。

「世界が変わったのかというのは実感がないのですが……
 守ってあげたいという感覚はよく分かります。
 抱きしめて、世界の有りとあらゆるものから守りたいと思うようになりました」

 シンジの答えに、レグルスは満足そうに頷いた。そのあたりは、理解の遅い弟子を持った心境なのだろう。ようやく手の掛かる弟子が、第一段階を乗り越えたとの感傷だった。

「それが、ヴァルキュリアとラウンズの関係と言うことだ。
 忠誠心なんてものより、守ってやりたいという本能の方が重要なんだ。
 だから誘われたのなら、遠慮などする必要は無いってことだ。
 そして自分から誘ってこられないような相手は、ちゃんと気持ちを汲み取ってやる必要がある」
「それが、ヴェルデ様にしたお節介の理由ですか?」
「なんだシンジ、ヴェルデ様の気持ちに気付いていたのか」

 驚かせようと思っていただけに、シンジの反応は少し期待はずれだった。それもあって落胆したレグルスに、教えられたのだとシンジは白状した。

「こちらの友人に、鈍感だと言われましたよ。
 もちろん、それが僕の勘違いでなければですけど」
「今日もお前がいると、空気が悪くなって息苦しくなると言っていたよ」
「それって、いつも面と向かって言われていますね。
 でも、思い出してみると、そう言う時って顔が真っ赤になっていましたね」
「とても面倒くさくて、そして可愛らしい性格をしているとは思わないか?」

 レグルスの言葉に、シンジはゆっくりと頷いた。全ての行動が、理由さえ分かればとても分かりやすかった。そして理由さえ分かれば、とても可愛らしいと思えてしまう。それは認めはしたが、帰る理由となるとまた別である。

「ところで、どうして祭りのやり直しをしなくてはいけないんですか?」
「それはお前、シンジがシエル・シエルと引き分けるからいけないんだ。
 なにしろシエル・シエルは、5年間トップを守り続けている姉御なんだぞ。
 その間の戦績が54勝1分けと言えば、自分のしでかしたことの意味が分かるだろう」
「でも、その前の戦いは全敗したわけだし……」

 たった一度の引き分けを問題とするなら、その前の10連敗も考えて欲しかった。だがそれを主張したシンジに、「納得できるはずがないだろう?」とレグルスは言い返した。

「相性や作戦ぐらいで、シエル・シエルと引き分けられるはずがないからな。
 そんなことだったら、姉御の戦績はもっと悪くなっているはずだ」
「それにしても、押されっぱなしだったんですよ。
 判定負けがないから、引き分けになっただけのことです」
「俺たちは、何度もシエル・シエルと戦ったことがあるんだよ。
 そして一度も、引き分けにまで持って行けなかった。
 それがお前の答えに対する反論って奴だ」

 諦めろと、レグルスはシンジの肩を叩いた。

「と言うことで、俺たち全員がお前との戦いに納得がいっていない。
 かと言って、今更祭りをやり直すわけにも行かないんだ。
 だからお前との対戦だけ、非公式だがやり直すことになったんだ。
 当然非公式だから、今の順位に影響は出ないがな」

 言いたいことは理解できたが、かと言って受け入れられるかというのは別物だった。レグルスの話が正しければ、自分は11人のラウンズを相手にしなくてはいけない。もう少し正確に言うのなら、自分だけが11連戦すると言う事だ。はっきり言って、きついなんて物じゃない。

「これって、僕に対するいじめですか?
 なんか、僕だけ苦労するように思えるんですけど」
「お前の実力が認められたんだから、喜べば良いんだよ」

 そう言ったとき、二人の耳にそれぞれの電子妖精から、セシリアの支度が調ったと知らが入った。ここから先は、朝食をとってから準公式行事へとなだれ込むことになる。

「これからレディをエスコートすることになるのだが、ちゃんと自分の役割は分かっているな?」
「色々と仕込まれた記憶はありますよ……」

 ふっと笑ったシンジは、セシリアのいる部屋のドアをノックした。そして入ることの許しを得て、レグルスから隠すようにして部屋の中へと入っていった。

「ふっ、なかなか初々しいじゃないか」

 レグルスは意外に優しいまなざしを、シンジの消えた扉に向けたのだった。

 寝室に入ったシンジには、セシリアを迎えに来たことの他に、身だしなみを整えるという重要な目的があった。何しろレグルスが正装などしてくれるから、自分までカタッ苦しい格好をしなくてはいけなくなる。

「碇様も、お着替えをなさるのですか?」

 自分を無視してクローゼットに行ったシンジに、セシリアはおっかなびっくり声を掛けてきた。何しろ扉の向こうには、もう一人のラウンズが待っている。そんなところに自分が出て行って良いのか、まずそこから不安になっていたのだ。
 そんなセシリアに、シンジはクローゼットから制服を出しながら、「嫌がらせをされた」と早口で答えた。

「基本的には良い人なんだけどね、どうも性格が軽いというか、いたずら好きというか……
 僕を迎えに来るだけなのに、しっかりとラウンズの正装をしてきてくれたんだ」
「だからお着替えをされると言うことなのですね。
 でしたら、御髪を整えるのをお手伝いいたします」
「そんなことまで頼んで良いのかなぁ」

 かと言って、自分でやるよりセシリアの方がセンスが良さそうなのである。任せると答えて、シンジは制服を着ることを優先した。

「あまりお待たせするわけにはいきませんので、簡単に済ますことをお許しください」
「いや、それでも僕がやるよりはずっと綺麗に出来ると思うよ」

 そのあたりの気配りは、はっきり言ってした覚えがなかったのだ。だからドライヤーで髪をいじられながら、そうするんだと感心していたりした。
 そしてセシリアと言えば、この上ない幸せを感じていた。何しろしっかりと愛し合えただけではなく、こうして身の回りの世話まですることが出来たのだ。雲の上の存在だとは分かっていても、特別な関係になれたのではと思えていた。しかもこのままいけば、もう一人のラウンズに個人的に紹介してもらえる。これが名誉でなくていったい何であろうか。

「碇様、これでいかがでしょうか?」

 その幸せの時間も、いつまでも続くわけではない。人を待たせている以上、どこかで決別する覚悟が必要だった。それもあって、これならと思ったところでセシリアはシンジに声を掛けた。

「ああ、普段よりずっと綺麗にまとまっているよ。
 ありがとうセシリア、君には本当に色々な物をもらったと思っているよ」

 肩に当てられた手に自分の手を重ね、鏡を通してシンジはセシリアの顔をじっと見つめた。そしてセシリアもまた、鏡に映るシンジの顔をじっと見つめた。

「どうも、レグルス様がしびれを切らしたようです。
 アレクサンドライトから催促が入っています」

 だがそんな時間をいつまでも続けて居られるはずがない。レグルスの様子を伝えてきたラピスラズリに、シンジは小さくため息を吐いてゆっくりと立ち上がった。

「あまり待たせると、何をしでかすか分からない人だからね」
「そ、そうですね、礼を失してはいけませんわね」

 今までしていたことは、思い出せば結構恥ずかしいことだった。顔を少し赤くしたセシリアは、少し早口で「参りましょう」とシンジを促した。



 セシリアを前にして、レグルスはヴァルキュリアを相手にするのと同じ態度をとった。「お会いできて光栄です」と片膝を着き、勝手にセシリアの右手をとって手の甲に口づけをした。

「なるほど、シンジがあなたを選んだのも理解できる。
 あなたならば、ヴァルキュリアの中に入っても美しさで遜色ないでしょう」

 よくもまあぺらぺらとお世辞が言える。感心しながら、シンジはレグルスのやり方を心の中でメモっていた。セシリアが嬉しそうにしているのだから、初対面の相手には効果的だと思ったのだ。もちろん、これをやるには立場と見た目が重要だということは理解していた。

「シンジと二人の所をお邪魔して申し訳ありませんが。
 これから朝食をご一緒させてはいただけないでしょうか?」

 一言一言きざったらしいことこの上ないのだが、見た目が特上のレグルスがするから一つ一つが様になっている。多少は自信の付いてきたシンジでも、さすがに比べられたくないと思ってしまう。だからそれ以上くっつくな、心の中で嫉妬心全開のシンジだったのである。まんざらでもないセシリアの顔を見せられると、なおさらその思いは強くなってしまう。

「あまり時間を使うのも良くないからね。
 朝食なら、トップラウンジのレストランの予約ができているよ」

 だから二人のやりとりに割り込むことになる。そんなシンジに、まだまだ若いなと、自分を棚に上げてほくそ笑むレグルスだった。



 朝食はゆっくりと取る。そのために必要なことは早めに済ませておかなければいけない。分かっているよなと兄貴分の脅しを受けたシンジは、副市長の冬月に連絡を入れることにした。自分が来ただけで市長まで顔を出したのだから、レグルス相手に顔を出さないことは許されない。レグルスの来訪の目的、そしてセシリアに自分たちを出向かるためのホステスを頼んだことを告げたのだ。これで自分たちといる限り、セシリアは公務をこなしていることになる。その連絡の間、シンジはレグルスのところにセシリアを残していくことになった。
 そして急いで連絡を終えて戻ってきたところ、セシリアの少し潤んだ瞳に向かえられた。

「ええっと、僕の顔になにか?」

 予想とは違う事態に、シンジはまずセシリアに理由を尋ねた。その質問に対して、セシリアではなくレグルスから答えが返された。

「色々とな、事情ってやつを説明したんだ。
 ラウンズを相手にした以上、どんなに恋焦がれても独占することはできないとな。
 テラで言う結婚という習慣、一夫一婦制はラウンズには当てはまらない。
 それを期待するのなら、シンジのことは諦めろと教えてやったんだ」
「裏をかえせば、期待しなければ諦めなくてもいいと言うことでしょう」

 物は言いよう、レグルスはセシリアを炊きつけたということである。どうして物事を面倒な方に持っていくのか、そのあたりをとことん追求したい気持ちになっていたのだが、残念ながらそのあたりはレグルスのほうが上手だった。「酷い男だな」とシンジの言葉尻を捕まえてくれたのである。

「なんだシンジ、初めっから一夜限りの関係にするつもりだったのか?
 ラウンズの心得は、一度心を通わせた女性は、生涯守り抜くことだぞ。
 それを、改めてお前に教育しないといけないのか?」
「無責任なことをするつもりはありませんよ……でも、はあっつ」
「碇様、やはり私は重荷でしょうか?」

 心配したセシリアに、少し違うのだと言い訳をした。ただその理由を語るのは、少し後回しになってしまった。自分がいない間に注文された朝食が、ちょうどワゴンで運ばれてきたのだ。

「そんなに食べるんですか?
 というか、よく朝からそんなメニューがありましたね」

 セシリアの前には、ホテル自慢のフレンチトーストに、フレッシュジュースとサラダにオムレツが置かれていた。いかにも年頃の女性らしい朝食なのだが、反対側に座ったレグルスの前には、誰が食べるのだと言いたくなるほど山盛りの料理が並んでいた。

「料理なんてものは、ちゃんと注文すれば準備できるというものだ。
 それに俺達のことは、特区の方から連絡が入っているのだろう。
 だからホテルも、粗相がないように気を使ってくれているんだよ」

 そう言って笑うと、レグルスは特大のハンバーガーを両手で押しつぶした。バンズの大きさもさることながら、挟まれた肉や野菜の量が半端ではない。しかもそれだけではなく、他にもステーキや山盛りのポテトが供されていたのだ。カロリーで言えば、5、6千キロカロリーは軽く行っているだろう。
 特大ハンバーガーを美味しそうに頬張りながら、遠慮するなとレグルスはケチャップで赤くなった指をシンジに向けた。

「どうせ、特区持ちなんだろう?
 細かなことにこだわらないで、美しい人との食事を楽しめばいいんだ。
 どうもお前は、小さなことにこだわりすぎる。
 そんなことでは、エステル様とやってはいけないぞ」
「レグルス様が無頓着すぎるだけです……」

 同じように特大ハンバーガーにかぶりついたシンジは、一緒にしてくれるなと文句を言った。そんな文句に取り合わず、レグルスは「それで」と話を振ってきた。

「それでと言われても、ピンと来ないんですが……」
「朝飯が来たので、話が途中で終わっただろう。
 いつまでも、美しい女性に不安な気持ちを抱かせるのは良くないぞ」

 うやむやにする気持ちがなかったかと言われると、さすがにそれを否定するのは難しかった。冷静になると、セシリアとの関係は難しい問題を孕んでいるのに気づいてしまうのだ。その辺りは、昨日渚カヲルに注意されたことでもある。それを忘れて雰囲気に流されたのだから、責任はシンジにあったのである。

「セシリアには感謝をしているし、大切にしたいと思っているよ。
 でも、アースガルズの習慣を押しつけることには罪悪感があるんだよ」
「シンジ、お前は一つ大きな勘違いをしているぞ。
 まさか周りの女性が、お前の思うとおりに動くとでも思っていないか?
 セシリア嬢にしたところで、お前に拘らなければいけない理由はないんだ。
 貞操のことは、犬に噛まれたと思って諦めてしまうことも出来る。
 テラの世界で、お前よりいい男を捕まえれば良いだけのことだからな。
 一度寝たぐらいで、相手のすべてがお前のものになるだなんて思わないことだな」
「そんなことは思ってはいませんが……」

 そう言って自分を見たシンジに、セシリアはにっこりと笑ってみせた。

「私は、少しも後悔などしていませんことよ。
 碇様に抱いていただいたことは、私にとって一生の思い出になることですわ。
 碇様が私を欲しなされたように、私も碇様のことを欲しかったからですの」

 笑みを浮かべながら首を少し傾けたセシリアに、「そう言うことだ」とレグルスは味方した。

「若いと言えばそれまでなのだが、女性に対して幻想を抱きすぎているんだな。
 パイロットになろうという女性なら、男の面倒を見る気概を持っているんだぞ。
 そんなものは、ラウンズの中にいくらでも例があるだろう?
 性的な意味を除けば、男と女なんてものは対等な生き物なんだよ」

 瞬く間に三つのハンバーガーを平らげたレグルスは、巨大なステーキにかぶりつきながら、だから駄目なんだとシンジを諭した。

「もちろん、それでも守ってやりたいと考えるのは間違いじゃない。
 ただそう思うのなら、命を賭けて守ってやらなくちゃいけないな。
 そして忘れてはいけないのは、俺たちはカヴァリエーレとしてラウンズに任命された。
 主のヴァルキュリアだけではなく、後見人になってくれたヴァルキュリアに対しても責任があるんだ。
 その責任さえ果たせば、ラウンズと言っても縛られることはない。
 もちろん、お前の場合はエステル様を納得させる必要はあるがな」

 健啖を通り越し、レグルスは暴食をしているとしか見えなかった。最後の締めとばかりに山盛りの野菜に食いつく様は、まさしく肉食系……だとしたら、どうして野菜なのかは疑問が残るが……の代表だった。その喰いっぷりを見ているだけで、お腹がいっぱいになるとシンジは感じていた。
 見る間に野菜を平らげたレグルスは、ナプキンで口元を拭い、ワインをがぶ飲みした。それでようやく落ち着いたのか、まじめな顔でセシリアを見た。

「美しいお嬢さん、シンジにはまだまだ教育が必要なようです。
 シンジがあなたの期待に添えるようになるまで、私にその教育をお任せ願えないでしょうか?」
「レグルス様にそう仰有っていただければ、私にはこれ以上申し上げることはありませんわ」

 にっこりと笑ったセシリアは、心の中でガッツポーズをしていた。昨日からの一日、どんどん世界が開けていくのが分かるのだ。この一日で作り上げた人間関係を思えば、特区第三新東京市のトップスリーなど、どうでもいい存在でしかなかった。

「そう言うことで、シンジを教育する話は俺が預かったことになる。
 と言うことで美しい人、あなたには一つお知らせしておくことがある。
 あなたの名前は、今回の件でヴァルキュリア達の中で有名になってしまいました。
 つまりあなたがこれからすることは、必ず彼女たちの注目を集めると言うことだ。
 同時にラウンズにも7人の女性がいる、彼女たちもあなたのことを意識することとなった」
「わ、私が、ですかっ!」

 今まで良い気持ちに浸っていたのだが、レグルスの話はそんな気持ちを吹き飛ばしてしまった。こともあろうに、ヴァルキュリア達全員から目を付けられたというのだ。同時にラウンズの女性達にも目を付けられたとなれば、さすがに冷静でいられるはずがない。
 恐怖に似た気持ちで青くなったセシリアに、今度はシンジが「大丈夫だ」と助け船を出した。

「ヴァルキュリア達は、テラに来ることはないよ。
 そしてラウンズにしても、口実が立たなければテラには来られない。
 今回だって、僕がいるからレグルス様が来る口実が立っただけだよ」
「まあ、シンジのいっていることは間違ってはいないな。
 ただその許可を出すのも、ヴァルキュリアと言うことを忘れるなよ。
 ドーレドーレ様のご機嫌を損ねた時、何が起きるのかは覚悟しておくんだな」
「普通にやっていれば、ご機嫌を損ねることはありませんよ。
 それにドーレドーレ様のお相手は、マニゴルド様ですからね」

 私生活で関わることが少なければ、それだけご機嫌を損ねる可能性も低くなる。一見正しい認識に聞こえるが、それが通用するのはシンジの心の中だけだった。そして当然のように、認識が甘いとレグルスは指摘した。

「ようやくヴェルデ様の気持ちを理解できたお前だ。
 今度帰ったとき、お前の認識が正しいかどうかを確認してみることだな」
「碇様は、おもてになられると言うことですか?」

 独占を諦めはしたが、独占欲が消えたわけではない。だが自分が最初の相手となった男性が、この世界の女神達に惚れられると言うのは悪い気持ちはしなかった。意味のないことだが、優越感すら感じることが出来た。

「12人のヴァルキュリアに、7人の女性ラウンズがいる。
 一夫一婦制の縛りがないのだから、何が起きるのかは想像できるでしょう」
「つまり、レグルス様はすでに関係されていると言うことですね?」
「そのことについては、さあと白を切らせていただきましょうか。
 いくら私たちの習慣とはいえ、美しい人にそのことは触れられたくはありません」
「と言うことで、セシリアが心配するようなことはないからね!」

 おかしな雰囲気にならないよう、すかさずシンジは二人の会話に割り込んできた。この辺りは、レグルスに対して警戒したのと、他の男に向けるセシリアの視線に嫉妬したと言うところがある。「やっぱり若いな」と心の中で笑ったレグルスは、これからのことだと朝食後へと話を変えた。

「特区第三新東京市の訓練施設に顔を出させて貰おう。
 そこで希望があれば、俺が直々に指導することも吝かではない。
 もう一つ付け加えるなら、ラウンズ同志で模範試合を見せることも考えている」
「祭りの再戦は、別のところでやるんじゃなかったんですか?」

 レグルスの指導に、ラウンズ同志の模範戦闘を見せてくれる。そのことに素敵と舞い上がったセシリアとは対照的に、「ちょっと待て」とすかさずシンジが疑義を唱えた。

「ドーレドーレ様には許可をいただいている。
 もちろん、レベルを制限してのことになるがな」
「当たり前でしょう、あんな施設で全力を出したらどうなることか……」
「だが、レベル制限を掛けるとシンジが不利になるんだがな?」

 レベル制限を掛けると、機動兵器の性能が制限されることになる。特に特殊能力の制限が著しくなるため、格闘能力に劣るシンジが不利になると言うのだ。だがその指摘は、シンジにしてみれば意味のないことだった。祭りでの戦いでは、制限が無くてもぼろくそにされていたのだ。

「前の祭りでは、ほぼ瞬殺された記憶があるんですけど?
 レベルを制限した方が、よほど戦いになるとは思いませんか」
「碇様が瞬殺されたんですか。
 レグルス様は、そこまでお強いんですね」

 女性から尊敬の眼差しを向けられれば、さすがに悪い気持ちはしない。普通なら「それほどでも」と謙遜するところなのだが、あいにくラウンズの常識は違っている。

「俺の目標はシエル・シエルだからな。
 シンジぐらいに手間取っているわけにはいかない……と普通なら言うんだが」
「なにか、普通ではないことがございましたの?」
「こいつ、54連勝中のシエル・シエルと引き分けたんだよ。
 だから全員が、祭りのやり直し……というか、シンジと試合のやり直しを希望した。
 俺がこいつを迎えに来た理由は、休暇を切り上げて連れ帰るためなんだ」
「碇様は帰られてしまうんですね」

 休みが一週間あると聞いていたこともあり、その間は一緒にいられると思っていた。それがこんなに早く連れ帰られるとなれば、セシリアが落ち込むのも無理がないと言うものだ。さすがにその辺りのことが理解できたから、レグルスも「申し訳ない」と頭を下げた。

「この決定がされたときは、まだあなたが関係される前のことだ。
 だが一度決定された以上、俺はシンジを連れて帰る義務が生じてしまった。
 ぎりぎり譲歩しても、今日一日と言うところだろう」

 明日には連れて帰ると言うレグルスは、さすがに申し訳なさそうな顔をした。自分たちの立場を考えれば、いくら出身地とは言えシンジがテラに帰る機会はほとんど無い。事実アースガルズに渡って、初めての里帰りまで2年と少し掛かっていたのだ。

「いえ、レグルス様にご迷惑をおかけすることではないと思っていますわ。
 ですが、急なお話なので驚いてしまっただけのことですの」

 それでも一日の猶予があるだけマシと言えた。逆に猶予をくれたと言うことは、その時間は自分へのプレゼントと言うことになるのだ。それを理解したセシリアは、微笑みながらレグルスに礼を言ったのだった。

「だけどセシリア、二日続けて外泊をしてもいいのかい?」
「私の所属は、特区セルンなんですの。
 ですから、最終的な外泊許可は本国に求めることになりますわ。
 その際少しだけお口添えいただけば、駄目と言われることはないと思いますの」
「それなら、俺からも一言言っておこう。
 と言うことでシンジ、今晩のラウンドは俺も一緒と言うことでだな……
 まあ、場を和ます軽い冗談って奴だ」

 祭りの時にも見たことのないシンジの視線に、すぐさまレグルスは冗談だと誤魔化すことにした。そのレグルスの冗談に、少し素敵かなとも思ったが、三人でと言うのは不道徳だとセシリアは考え直した。それにそんな真似をしたら、せっかく作ったアドバンテージが消えてしまう。

「それでレグルス様、模擬戦はどの程度のレベルに設定しますか?」
「テラの最上位者は、レベル7と言う話だったな……
 だとしたら、そのレベルに合わせることで実力を示すことが出来るのだが。
 どうだ、アル、テラのパイロットのレベルは?」

 額面通り受け取って良いのか。それをレグルスは、自分の電子精霊アレクサンドライトに求めた。だが返ってきた答えに、初めて難しい顔をした。

「こんなとんでもない奴を生んだ世界だから期待できると思ったのだが……」

 シンジを見たレグルスは、はじめの計画を変更することにした。

「おい、お前はいくつで彼女の相手をして差し上げたのだ?」
「レベル4ですが、なにか?」
「レベル4か、かなり微妙なところになるが……
 勝負が付きにくくなるという意味では、むしろ好都合と言うことか」

 多少の欲求不満は溜まっても、本番は間近に控えていると己を慰めることにした。

「レベル4にしておけば、昨日のおさらいもなることだろう。
 それでは美しい人、申し訳ありませんがここからは公務と言うことに致しましょう。
 私たち二人を、特区の然るべきところにお連れ願えないでしょうか?」
「もちろん、喜んでご案内差し上げます」

 左手を胸元に当て、少し誇らしげにセシリアは承諾を返した。こうした小さなことの一つ一つが、自分の価値を高めることだと信じていたのだった。







続く

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