機動兵器のある風景
Scene -04







 いくら自分のカヴァリエーレが居るからと言って、テラへの訪問を軽々しく認めるわけにはいかなかった。それが公式訪問ならいざ知らず、迎えに行く程度の理由では許可などできるはずがないのだ。従ってドーレドーレは、エステルのテラ行きを禁止し、代わりの使者を立てることにした。
 そこで疑問となったのは、なぜ使者を立てなくてはいけないのかと言う事だった。テラにいても、電子妖精のシステムを使えば普通に連絡を付けることができる。それを使って、「戻ってこい」の命令を発すれば終わるはずのことだった。そして当然のように、ドーレドーレもそうしようと初めは考えていた。だがその考えに、レグルスが異議を唱えたのである。

「休暇を取り上げるのだから、それなりに配慮がいるだろう」

 そしてその理由は、ラウンズの立場は尊重すべきと言う、実に曖昧なものだった。

「電子妖精の連絡一つで呼び戻されたのでは、シンジの奴も周りに顔が立たないだろう。
 しかも今回の件は、ヘルに関係の無い理由となっているからな」
「ではレグルス、あなたはエステルが行くのが良いと考えるのですか?」

 せっかく駄目と言ったのに、またその問題を蒸し返すのか。責めるような眼差しを向けるドーレドーレに、「まさか」と言ってレグルスは肩をすくめた。

「ヴァルキュリアが自ら行くようなことではないでしょう。
 お忍びで遊びに行くのであれば、その場合は場所を考えていただきたい。
 ですから形を整えるため、この俺が呼びに行ってきます」
「結局、あなたも遊びに行きたいという事ですね」

 レグルスの答えに、魂胆が見えたとドーレドーレはため息を吐いた。だが電子妖精での呼び出しについては、レグルスの言う事も一理あった。テラへの配慮を考えたら、多少の格式を整える必要があるのだろう。同じブレイブスとして、ラウンズを送り込むのもさほどおかしなことではないと自分に言い聞かせることにした。

「ミイラ取りがミイラになる気もしないではありませんが……」

 碇シンジとの関係を考えると、確かにレグルスというのは適任なのだろう。休暇を取り上げるとは言ったが、一日二日を争うことではないと諦めることにした。

「ではレグルス、その役目はあなたに任せることにしましょう」
「謹んで、お役目引き受け致します。
 と言うことでメイハ、シンジにちくるんじゃないぞ」

 ドーレドーレに頭を下げた流れで、レグルスはメイハ・シーシーに釘を刺した。

「レグルス様、「と言うことで」と言われても繋がらないのですが?」
「シンジを驚かせてやろうってことだ。
 あまり堅苦しく考えるな、ちょっとした遊び心って奴だよ」

 楽しいだろうと言われても、直接自分がその場に立ち会うわけではない。それでもメイハは、レグルスの言葉に従うことにした。なにしろ、隣では主が嬉しそうに目を輝かせている。きっと頭の中は、レグルスと同じことを考えているに違いない。

「分かりました。
 ですが、電子妖精はラウンズの渡航に気がつきますよ」
「別に、その程度で困ることはないさ。
 なにしろ気付いたときには、俺はシンジの隣に立っているんだからな」
「後で文句を言われるのは私なんですけど……」

 そのあたりの責任は、主に押しつけることにしよう。そう割り切ったメイハは、自分の電子妖精に情報の隠匿を命じた。どうせ文句を言われるのなら、レグルスに手を貸してもおかしくないと考えたのだ。

「それからドーレドーレ様、一つお許し願いたいことがあるのだが?」
「レベルを制限してなら許可します」

 何がと言わなくても、申し出があったときから分かっていたことだった。だからドーレドーレも、制限を付けることで許すことにした。そこで制限を付けたのは、フライングは駄目と言う意味と同時に、制限を掛けないとテラの施設に回復困難なダメージを与えてしまうからだった。

「それは上等、本気は戻ってきてからだからな。
 さて、お許しも出たことだからさっさと出立することにしよう。
 アルテーミス様、お側を離れることをお許し願います」

 頭を下げたレグルスに、アルテーミスは仕方が無いと許しを与えることにした。もちろん一言釘を刺すのは忘れなかった。そしてこちらの方は、ドーレドーレとは異なる方面へのことだった。

「ほどほどにしておくのですよ」
「俺にとって、あなたこそ最高の女です」

 思いがけない言葉に、アルテーミスは頬を赤くして狼狽えた。言われることに間違いはないと思っていても、こうした場で言われるのは反則だと思っていた。だがその文句を言う前に、レグルスは議場から移動してしまった。そのおかげでアルテミスは、文句を言えなかったばかりではなく、周りから向けられた嫉妬の眼差しを、一身に浴びることとなってしまったのだった。



 形を整えると言った以上、軽装で行く訳にはいかなかった。そして顔を出したときの効果を考えると、正装した方が好ましいに違いない。電子妖精に命じて屋敷に戻ったレグルスは、側仕えに支度を調えるように命令を出した。どうせやるなら徹底的に、髪型まで含めて整えようと考えたのである。

「それでアル、シンジは何をしている?」

 いくらどっきりを仕掛けるにしても、やり過ぎるのはよろしくない。親しき仲にも礼儀あり、レグルスは彼の電子妖精アレクサンドライトにシンジの様子を探らせた。

「ラピスの監視回避に時間が掛かります……
 防御壁展開……完了、ステルス処理実行……完了、テラへの接続完了しました。
 それでレグルス様、情報は視覚情報の形でよろしいでしょうか?」

 アレクサンドライトの問いかけに、レグルスは短くそうしてくれと答えた。それが一番分かりやすいと思ったのだが、次の瞬間流れ込んできた視覚情報に吹き出してしまった。

「おいおい、これはシャレにならないぞ。
 エステルは良いとして、ヴェルデが角を生やすんじゃないのか」
「ヴェルデ様はそうでしょうが、喜ばれる方の方が多いのではありませんか?」

 レグルスの目には、薄いシーツにくるまって眠るシンジの姿が映っていた。それだけなら普通のことなのだが、隣に若い女性が寝ているとなると話が変わってくる。ベッドの周りに散らかっているものを見れば、二人の間に何があったのかは一目瞭然だった。

「すぐにでも乗り込んでやろうと思ったが、予定を変更するぞ」
「現地時間だと、あと2時間程度でお目覚めかと。
 それから隣に、別室があるようです」

 アレクサンドライトの報告に、どうしたものかとレグルスは考えた。これがシンジの初めてに違いないのだから、そのあたりは大切にしてやらなくてはいけないだろう。兄貴分としては、それぐらいの心配りが必要だと考えたのだ。ちゃんと朝の余韻……再戦まで含めて配慮しないと、一生恨まれることになりかねない。

「そうだな、朝のラウンドが終わってから移動することにしよう。
 場所はそうだな、やはり隣の部屋の方が良いだろう。
 それから行く直前に、俺が行くことをシンジに伝えろ」
「それで、レグルス様はこれからどうなさいますか?」

 叩き起こさないとなると、まだかなり時間が必要なのは間違いない。それまでの時間をどう過ごすのか、アレクサンドライトは主の意志を尋ねた。ただ待っているのは暇でしかたがないし、待っている理由を考えるとバカらしくもある。何をしたら一番有意義なのか、せっかく手に入れた情報を生かすことを考えたレグルスは、どちらにちくるべきかと二人の顔を思い浮かべた。

「エステルだと、大した反応は望めないな……
 やはりここは、ヴェルデの方が面白いことになるか」
「そうですね、それにエステル様ならラピスラズリ経由で情報を受け取っているでしょう。
 ちなみにヴェルデ様は、サラ・カエル様とお屋敷にお戻りになったところです」
「ならばヴェルデ様に、レグルスがご挨拶に伺いたいと伝えてくれ」

 畏まりましたと、アレクサンドライトはレグルスとの接続を保留にした。そしておよそ5分後、ヴェルデが承諾したとの答えを持ってきた。

「居間でサラ・カエル様とお待ちだそうです」
「ならば、すぐに“ご挨拶”に伺うことにしよう」

 着替えも終わっており、すでにレグルスは準備万端となっていた。まあすぐにでも乗り込むつもりでいたのだから、そのあたりは当然と言えば当然だった。そして彼の電子妖精は、忠実に命令を実行し、レグルスをヴェルデの元へと送り届けたのだった。



 意中の相手で無くとも、男性の訪問は意識してしまう。レグルスが挨拶に来るという連絡に、ヴェルデは慌てて身支度を調えることにした。もっとも会議で会ったばかりなので、着替えの必要は無いだろう。それもあって、カールした赤茶の長い髪を念入りに整えたのである。

「それで、レグルス様はいったい何をしに来るのですか?」

 気になるのは、レグルスの訪問目的が分からないことだった。連絡があったのは、ただ「挨拶」だけなのである。これからテラに行くことを考えると、わざわざ自分のところに挨拶に来る理由が分からなかった。
 そんなヴェルデに、彼女のカヴァリエーレ、サラ・カエルはたぶんとレグルスの考えを想像した。

「おそらく、シンジ様のことで何かあるのではないでしょうか?」
「ど、どうして、シンジのことで私のところに来なくてはいけないの。
 それだったら、エステルのところに行くのが筋というものです」

 少し頬を赤くし、そして少し狼狽えながら言い返した主に、サラは「分かりやすいのに」と小さくため息を吐いた。そして同時に、まだまだ子供なのだと幼い行動をとる主のことを考えた。体の方は立派に成長しているのに、どうも考え方が幼くて仕方が無い。誘惑ではなく突っかかることしかできないのは、精神的な幼さを現していると思っていた。
 もっともそれを受け止める方も、幼すぎると言っていいだろう。すでに体の方は立派な青年なのに、あちらの方はさっぱり疎いのだ。かなりの数の女性に秋波を送られているのに、その全てが意味をなすことなく消えてしまっていたのだ。「僕の顔に何か付いていますか?」と言われたときには、サラもぶん殴りたくなったほどだった。しかも主も天然のエステルだから、その方面での進展は望めなかった。

 ふうっとサラがため息を吐いたとき、彼女の電子妖精がレグルスの到着を告げた。同時に聞こえてきたノックの音に、主に代わってサラが迎えに出るため扉へと歩いて行った。

「これはレグルス様、ようこそおいでくださいました」

 招き入れたレグルスに向かって、ヴェルデは小さく会釈をした。ヴァルキュリアとカヴァリエーレは、一対一では主従の関係がある。だがラウンズの立場となると、ヴァルキュリアと同格というのがアースガルズの慣習だった。そしてそれぞれに序列があるため、11位のヴェルデにとって、5位のレグルスは格上と言う事になっていた。

「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああ、シンジを迎えに行く前にご挨拶をしておこうと思っただけだ。
 と言うのは、実は単なる建前で、その目的で挨拶に行くのならエステル様だというのは理解している」
「つまり、他に目的があると仰有るのですね?」

 椅子に案内しながら、ヴェルデはレグルスの真意を問うた。そしてレグルスは、他の目的と言う指摘に頷き、報告すべきことが有るのだと切り出した。

「どうやらシンジの初めては、テラの女性に掠われたようですよ」
「そっ、それが、私に何の関係がありまして!?」

 途端に声を裏返しているのだから、動揺は隠しきれないと言うことだった。そこまで動揺しているのだから、関係ないというのは説得力に欠く言葉だろう。だがそのあたりはさらりと受け流し、レグルスはまじめな顔で「ご興味がありませんでしたか?」とヴェルデの顔を見た。

「でしたら、もはや何の遠慮もいらないと言うことですか」
「れ、レグルス様、え、遠慮とは何のことを仰有っているのでしょう?」

 真剣な眼差しに、ヴェルデは心臓が一つ飛び跳ねたような気がしていた。そして体中の血が集まった様に、顔が熱くなったのを感じていた。

「ヴァルキュリアとラウンズ、今更それをお尋ねになりますか?」
「い、いえ、そ、それは承知しているのですが……
 そ、その、心の準備ができていないと申しますか、その……」

 顔を真っ赤にして、ヴェルデは盛大に狼狽えていた。まんざらではないと言うか、嬉しいことには違いないのだが、それが本人の為かというのは疑問があった。それを見かねたサラは、「そこまでにしてください」とレグルスに待ったを掛けた。

「レグルス様のお戯れは、まだヴェルデ様には刺激が強すぎます。
 それでレグルス様、シンジのことを伝えてどうなさるおつもりだったのですか?」

 凛としたサラの声に遮られたレグルスは、少しも惜しそうな顔もせずに椅子に座り直した。

「この話をエステルにしても面白くないと思ったからな。
 あのお方は美しいことは美しいのだが、どうも反応が明後日の方へ向いている」
「だからヴェルデ様なのですか?」

 分かりやすすぎて、しかも反応が良いのが自分の主なのだ。そう言う意味で、レグルスが目を付けたのは間違っていない。間違っていないが、余計なお世話だとも思っていた。ふうっとため息を吐いたサラは、それでとレグルスに先を促した。

「それでと言われても、興味がありそうだと思ったのでお知らせしたまでだ。
 だが興味がないというのであれば、俺の見立て違いと言うことになる。
 シンジはまだその女性と一緒に居るので、興味があるのなら情報をお伝えしようかと思ったのだが……」

 申し訳ないと謝ったレグルスに、本当に意地が悪いとサラは心の中でため息を吐いていた。相手の女性が一緒に居るというおいしい餌を主の前にぶら下げてくれるのだ。素直でない主が、どう反応するのかなど分かっているではないか。

「な、なぜ、私がそのようなことに興味を持たなければいけないのです。
 わ、私は、あの男がいるだけで、空気が悪くなって息苦しくなるのですよ」

 そう言う方向に理由を持っていきますか。可愛いなと思いつつ、面倒すぎるとサラは嘆いていたりした。
 もっともそのあたりの面倒くささは、レグルスにはすでに織り込み済みのことだった。そしてその面倒くささを利用して、ヴェルデをからかおうと考えていたのである。
 処女のヴァルキュリアに誰が手を付けるのかは、結構ラウンズの中での地位に結びつく話でもある。だが、引く手あまたのレグルスにとっては、ヴェルデ一人ぐらいはどうでも良いというのが正直なところだった。だったらより面白く、より楽しむことを考えた方が前向きだったのだ。

「そうですか、せっかくラピスラズリの目をごまかしたのですが、
 伝言を入れてルートを削除することにしましょう」
「呆れた、天下のラウンズ5位が覗きをしていたのですか!」
「邪魔をするといけないと思ったのです。
 それに今は睡眠をとっているようですから、覗いてもあまり面白くはありませんよ。
 まあ隣にテラの女性も寝ていますから、その顔を見ることぐらいはできますがね」

 ふうっとわざとらしくため息を吐いたレグルスは、これもまたわざとらしくアレクサンドライトと自分の電子妖精を呼び出した。そしてわざわざヴェルデに、これからルートを遮断すると断りを入れた。

「べ、別に、私は興味など有りません……
 ただ、レグルス様がどうしてもと仰有るのなら、確認することも吝かではありません」
「さすがに、ヴァルキュリアのヴェルデ様にそのようなことをさせるわけにはいきません。
 それにシーツもはだけてきていますから、いささかお見苦しいところもあるでしょう」

 「それでは」と頭を下げたレグルスに、「ちょっと」とヴェルデが慌てて声を掛けた。

「そのテラの女性は、ラウンズが関係するに相応しい者なのですか?
 相応しくなければ、ラウンズの品位を穢したことを追求せねばなりません」
「相応しいとは、見た目のことを仰有っていますか?」
「も、もちろん、それが一番で有るのは否定しません」

 ヴェルデの言葉に、わざとらしくレグルスは悩む真似をした。そのわざとらしさに辟易としながら、サラは「あなたの感想で良い」と言葉を付け足した。

「寝ているところしか分かりませんが、なかなか魅力的な女性であるのは認めましょう。
 ただ、敢えて申し上げるのなら、ヴェルデ様の方が万倍魅力的だと言う事です」
「そ、そんなことは今更口にすることではありません!」

 プライドをくすぐられたヴェルデは、満足そうにレグルスに言い返した。それを見たサラは、本当にいいようにあしらわれていると、相手のしたたかさを思ったのだった。

「や、やはり、テラの者の審美眼はおかしいと言うことですね。
 で、では、シンジの趣味の悪さを笑ってやることにしましょう」
「映像データを提供すればよろしいのですか?」
「ひ、暇つぶしにはちょうど良いというものです」

 そこでゴクリと喉を鳴らすものだから、言い訳の全てが意味のないものになっていた。ため息を吐いたサラの前で、レグルスは自分の電子妖精を呼び出した。

「ヴェルデ様とサラの電子妖精に、映像データをお送りしろ」

 命令を出してから、「リアルタイム映像を送ります」とレグルスはヴェルデに向かって頭を下げた。そして呆れているサラに近寄り、「これでお暇する」と耳打ちをした。

「ここから先、俺はいない方が良いだろう」
「まったく、意地の悪いことをしてくれますね……」

 ため息を返したサラは、恨みますよとレグルスに言った。

「なあに、俺は背中を押して差し上げただけだ。
 シンジの奴も、多少は女心が多少は分かるようになっているだろう。
 だとしたら、ヴェルデ様の思いも叶うのではないのか?」
「この話を聞けば、躍り上がって喜ぶ方がいらっしゃるでしょうね」

 具体的に、何人も顔が浮かんでくる。

「ちなみに、サラ、お前はどうなのだ?」
「レグルス、あなたとのものと比べてあげましょうか?」
「俺と、比べものになるとでも思っているのか?」

 にやりと笑ったレグルスに、サラもまた笑い返した。

「だから、比べて差し上げると言ったのですよ」

 そう言う事だと笑ったサラは、そろそろ帰れとレグルスに告げた。確認するまでもなく、主の心拍が上がり、息が荒くなっているのが分かるのだ。体臭も濃くなっているところを見ると、かなり興奮しているのが理解できる。これで行為が始まろうものなら、正気を保てるのか疑わしい。こんな主の姿を、他の男の目に晒して良いはずがなかった。

「まあ、目的も達したことだしな」

 そう言い残し、レグスルはその場から消失した。挨拶もないというのは、かなり無礼な行為に違いない。だが今のヴェルデを見る限り、それを咎められることは考えられなかった。



 ベッドで目覚めたとき、他人の体温を感じるのは初めての経験だった。レグルスの予想より早く目覚めたシンジは、左腕に感じる重さと暖かさに、昨夜のことが夢ではなかったのだと実感した。

「女の子って、あんなに柔らかくて良い匂いがして……暖かいんだ」

 レストランにエスコートをして、未成年だからとお酒抜きで食事を楽しんだ。最高級というだけのことはあり、出された料理はアースガルズの物に負けないおいしさだった。そして個室というのは、雰囲気を盛り上げるのにとても効果があった。だから食事が終わったときには、そのままシンジの部屋に行くのが自然だと二人とも感じていたのだった。そして部屋に戻ったところで、どちらからと言うことはなく、二人はそこで抱き合った。

「カヲル君の言う通り、難しく考えることはなかったんだな」

 結局、色々と考える前に体は動いていた。そして初めから知っていたことのように、特に問題を起こすことなく一線を越えることができた。テクニック云々は分からないが、満足そうに眠っているのを見れば、セシリアにとっても充実した時間だったのだろう。

「暖かくて、熱くて、気持ちよくて……」

 熱に浮かれた顔を思い出すと、今でも下半身に血が集まってくる。掛けられた熱い吐息は、今でもはっきりと思い出すことができた。セシリアを組み敷き、征服への高揚感に囚われたものだった。そしてそこから先、セシリアが眠りに付くまで、二人は何度も交わりを続けたのだった。

 起こさないように気をつけて横を見ると、自分の左腕を枕にセシリアが寝息を立てていた。化粧を落とす暇もなかったので、薄暗い中でも崩れた化粧を見ることができる。それでも元が良いのか、さもなければ化粧が薄かったのか、腕の中で眠るセシリアは、とても綺麗で、とても愛おしかった。そう思うと、もっとしたいといても立ってもいられなくなってしまう。とは言え寝ている相手に、そのままするのはやり過ぎだろう。もしかしたら起きてくれるかとの祈りを込めて抱き寄せたのだが、気持ちよさそうな顔をするだけで、肝心のセシリアは目を覚ましてくれなかった。

「生殺し……か」

 抱き寄せたために、豊かな胸がくっついているのがよく分かってしまう。そして感じる体温も、よりいっそう増してしまった。それに比例するように下半身に血が集まるのだが、目を覚ましてくれなければどうしようもなかったのである。だから「生殺し」などと口を突いて出てしまう。まあいいかと諦めるには、シンジは若すぎ、そして初めての経験は鮮烈すぎた。だから悪いとは思ったが、右手をシーツに隠された乳房へと伸ばしたのだった。
 昨夜は何度こうしたことだろう。そしてもっと力を込めて愛撫をした記憶も残っている。どこまでも柔らかな、自分にはない物体をシンジは熱心にこねくり回した。身も蓋もない事を言えば、単に脂肪の塊に過ぎないものが、どうしてこんなにも暖かく、そしてこんなにも触っていて気持ち良いのか。そしてこんなにも自分を惹き付けるのか。起きてこないのを良いことに、結構乱暴にセシリアの胸を触り続けた。

 そんなことを続けていれば、いくら眠りが深くても気がつくという物だ。シンジが更なる蛮行に及ぼうとしたとき、身じろぎを一つしてセシリアが目を覚ました。ううんと言う可愛らしい声と共に目を開いたセシリアは、間近にシンジの顔を見て驚きに目を見開いた。

「い、碇様っ!」
「おはよう、目が覚めたかい?」

 さすがに目を覚まされたら、揉み続けることはできない。それでも乳房に手を当てたまま、シンジはおはようと微笑んで見せた。

「お、おはようございます……」

 少し慌て気味に挨拶を返したセシリアは、「夢じゃなかったの」と昨夜のことを思い出した。食事をしたところまでははっきりと覚えていたが、そこから先は夢と現実が曖昧な物になっていた。だが目を覚ましたら、そこにシンジが寝ていたのだ。これを夢の続きと考えるには、やけに感覚がはっきりとしていた。

「夢のような出来事だったけど、全て現実の出来事なんだよ。
 僕とセシリアは、この部屋で一晩中愛し合ったんだ」
「碇様と私が……」

 恥ずかしそうに俯いたセシリアの顔を、シンジはゆっくりと持ち上げた。そして恥じらいを見せるその顔に、ゆっくりと近づき、少し開いた唇に自分の唇を重ねた。
 初めは重ねるだけの口づけも、すぐにお互い相手を求めるものに変わっていた。そしてセシリアの求めに従い、シンジはゆっくりと彼女に覆い被さっていった。そしてそれが当然のことのように、二人は体を重ね合ったのだった。

 色気が収まると、次に頭をもたげてくるのは“食い気”だった。十分に満足したシンジは、セシリアから離れてベッドに大の字となった。何も隠さないのは、全てを見せ合ったという気持ちからだろう。さすがにセシリアは恥ずかしいのか、シーツで胸元を隠していた。二人のお腹が鳴ったのは、ちょうど顔を見合わせたときのことだった。

「ああっ、そう言えば、そろそろそう言う時間なんだね……」

 時間を気にしないのもどうかと思うが、時計を見たら7時を過ぎていた。休暇を公言するシンジは良いとして、セシリアは研究所に顔を出す義務があった。そのためには自分の部屋に戻って、着替えてこなければいけなかった。9時までまだ時間があるとは言え、残された時間は絶望的に少ないと言えただろう。

「一緒に朝食をとっている時間はあるのかな?」
「是非ともそうしたいのですが、さすがに理由が立ちませんの」

 シンジとの関係は、あくまでプライベートのことだった。従って遅刻の理由には、極めて不適切な物に違いない。ならば休暇を取ると言うのも一つの方法なのだが、それが許される状況だとはとても思えなかった。

「着替えを取り寄せれば、少し時間はできるのかな?
 そうでなければ、僕から依頼の電話を入れるとか」
「さすがにそれは、恥ずかしくて仕方がありませんわ。
 確かに、着替えがあれば時間の余裕はできるのですが……」

 昨夜の外泊は、届が出ているので隠しようのないことだった。そしてシンジとの約束は、特区の渚カヲルの知っていることだ。従ってセシリアがどこで何をしたのか、今更隠しようの無いのは確かなことだった。だったら開き直ればいいものだが、さすがにそれははしたないと思ってしまったのだ。ここで身だしなみを整えるのも恥ずかしいのだが、同じ格好で朝帰りをすることに比べれば、遙かにマシに思えたのだ。

「ですが、着替えを用意するのも難しいと思います」
「そのあたりは、アースガルズの技術を利用すれば何とかなるんだ。
 と言うことでラピス、セシリアの着替えを用意するのは可能かい?」

 シンジの問いかけに、電子妖精ラピスラズリは「可能です」と言う答えを返してきた。そしてそれから少し遅れて、シンジに伝言が入っていると報告した。

「伝言、僕に?」

 電子妖精を経由するのだから、相手はアースガルズの誰かに違いない。だが休暇中の自分に伝言を入れてくる相手は、今のところ想像が付かなかった。何しろ彼の主エステルなら、有無を言わさず通信を繋いでくるだろう。伝言を残したと言うことは、主以外の誰かと言うことになる。

「碇様、ラピスというのはどなたですか?」
「あ、ああ、簡単に言えば、電子的なメイドと言うところかな。
 様々な情報の提供や、組紐を利用した移動までこなしてくれるんだ。
 個人個人に仮想人格が割り当てられるから、電子妖精って言っているんだけど……
 そうだラピス、用意ができたらこちらに持ってきてくれ」

 シンジの言葉が終わるかどうかのタイミングで、ベッドの上にセシリアの着替えが送られてきた。だがパンツやブラまでむき出しで送られてきたので、セシリアは慌ててその二つだけはシーツで隠した。そのお陰というのか、しっかりと背中がむき出しになってしまった。白いシミのない背中に、いくつか赤い筋が付いているのが見えた。その一つ一つが、シンジの付けたものに違いなかった。

「それでラピス、どんな伝言か教えてくれないか?」
「はい、レグルス様からの伝言です。
 至急知らせたいことがあるので、これからこちらに向かわれるとのことです。
 出現ポイントは、隣の居間とされています」
「どうして、そんな微妙な場所を指定してくるんだ?」

 相手のことを思い出すと、いきなりここに現れてもおかしくなかった。だが指定してきた場所は、ドア一つ隔てた隣の部屋なのだ。お陰で裸のセシリアを曝さずに済んだのだが、不思議なことに違いなかった。だがいつまでも不思議とばかりは言っていられない。目上のレグルスが来る以上、こちらも身だしなみを整えて迎える必要が合る。情事で汗を掻いた体で出迎えるのは、さすがに礼を失したものだった。

「ごめんセシリア、第5位のレグルス・ナイトが来るらしい。
 僕はすぐにシャワーを浴びて着替えをするから、君も後から出てきてくれないかな?」
「もうひとかた、ラウンズがおいでになるのですか!」
「ああ、僕の兄貴分の人だよ。
 近い将来、ラウンズの筆頭になる素質を持った実力者だよ」

 ベッドから飛び降りたシンジは、そのままシャワールームへと駆け込んでいった。その慌てざまを見ると、相手の立場はシンジよりもかなり上なのだろう。困ったことになったというか、恥ずかしいことになってしまったとセシリアは途方に暮れていた。ここから先いくら身だしなみを整えたとしても、自分達が何をしていたのかなど隠しようもないのだ。それをラウンズの上位者に知られるのは、恥ずかしすぎて死にそうな気持ちになっていた。
 だが問題を抱えていたのは、シンジも同じことだった。シャワーを浴び、がしがしと体をこすっていたら、「申し上げにくいことですが」とラピスラズリが聴覚に割り込んできたのだ。

「言いにくいこと?」
「レグルス様の行動が不自然でしたので、その理由を調べてみました。
 そうしたら、私に隠れてこの世界にアクセスした痕跡を見つけてしまいました。
 とても巧妙に隠されていたところを見ると、アレクサンドライトの仕業かと思います」
「つまり、僕達のことはレグルスに覗かれていたと言うことかい?」

 そう考えると、不自然な行動にも納得がいく。覗かれていたこと自体は、腹立たしいし、とても恥ずかしいことだと思っていた。だが相手がレグルスだとしたら、まだ怪我の程度は軽いと諦められた。セシリアの気持ちが一番の問題なのだが、知らせなければ気に病むことはないのだろう。
 だが本当の問題は、ラピスラズリに知らされることになった。「実は」と言いにくそうにしたラピスラズリは、情報がリレーされているのを検出したと言ってきたのだ。

「その今現在もリレーされているのですが、どうもスカーレットが転送先のようです」
「スカーレットって……」
「はい、ヴェルデ様の電子妖精です」

 つまりセシリアとのことは、すべてヴェルデに覗かれていたと言うことになる。なんてことだと頭を抱えたシンジは、すぐさま経路を遮断するようラピスラズリに指示を出した。いくら手遅れとは言え、いつまでも覗かれているわけにはいかないだろう。なんてことをしてくれるのだと、シャワーを浴びながら、シンジは呪いの言葉を吐き続けたのだった。







続く

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