機動兵器のある風景
Scene -02







 2016年の初めに、宇宙は神話的広がりを持っていることが証明された。すなわち、目に見えないところに別の世界があることが判明したのだ。多元宇宙、並行世界、様々な呼び方ができるのかも知れないが、全く別の人々が生活し、別のテクノロジーがそこに存在していたのである。

 ことの始まりは、ネルフにおける最終決戦だった。ゼーレの襲撃により、今まさにサードインパクトが発生しようとした時、9体の量産型が、どこからとも無く現れた“槍”の様な武器によって破壊されたのだ。そしてその攻撃と同時に、世界の主要都市上空に大量のヒトガタ兵器が出現した。その瞬間、世界は見知らぬ敵に制圧されたのである。その時彼らは、「アースガルズ」と自らを名乗ったのだった。

 アースガルズを名乗る者たちは、人類に抵抗の放棄と一時的従属を要求した。それさえすれば、危害を与えるどころか干渉すらしないと明言したのである。ならば何故従属させるのかという疑問に、人類の行為が彼らの世界に対して多大な影響を与えると説明したのである。その危険要因を取り除くため、一時的に管理を行うと言うのである。そして危険要因が十分に取り除かれたと判断したときには、自治権を返還すると加えられた。
 それが信用するかどうか、国連の場ではややヒステリックな議論が行われることになった。だがその中で確認されたことは、人類に選択権はないという事実だった。敵の接近を察知できないだけでなく、最強兵器エヴァンゲリオンですら一瞬で葬り去られたのだ。その事実の前に、人類は「無条件降伏」を受け入れた。

 無条件降伏こそ行ったが、恐れたような弾圧は行われなかった。それどころか、ごく一部の例外を除き、武装解除すら行われなかったのである。極端な話、占領政策すら行われなかったのだ。ただ一つの事実を除けば、アースガルズは人類に関わってこなかった。
 その例外が、人類の持つ「エヴァンゲリオン」の技術だった。その技術に対し、アースガルズは代替技術を提供することで廃棄の命令を行った。そしてその技術提供に際し、むやみな技術拡散の防止と、開発に伴う人類の負担軽減のため、双方協議の上特区が作られることになったのである。それが世界に二箇所、日本の第三新東京市とスイスのセルンに設けられた特区である。

 その特区設立に合わせる形で、アースガルズが直面している危機も公開された。その情報の真偽について、再び活発な議論が巻き起こることになった。だがいくら検討しても、示されたデータを否定する要素はないと結論づけられた。一部人類の技術では判断不能のところもあったが、それを差し引けば極めて真っ当なデータだったのだ。

 そしてその分析は、アースガルズの干渉を正当化するものだった。干渉が無ければ、人類はサードインパクトによって滅亡していたと言うのである。検証できないことを良いことに、自分達が騙されているのではないのか。それを疑問視する声は上がったが、それが結局大きなうねりになる事はなかった。何しろアースガルズは、占領した自分達の世界に興味を示してこなかったのだ。
 疑問の声は下火になり、逆にアースガルズを評価する声も上がるようになっていた。それは、ゼーレという組織の計画が明るみに出たことも理由となっていた。その声を集約すると、人類は大きな借りを作ったと言うことだった。

 人類にとって検証できない事象というのは、アースガルズを含む世界の成り立ちだった。彼らの説明によれば、世界はいくつかに枝分かれして存在しているのである。それは、時間的、空間的に、そして高次元的に繋がっているされていた。

 人類が地球と呼ぶ世界、アースガルズの人々は、それを“テラ”と呼んで己の世界と区別していた。アースガルズの説明によれば、彼らがたどり着ける世界は、全部で9つあり、限られた経路を通れば相互に行き来できるということだった。その経路は、それぞれの世界に細かく別れ、合わさり合ったところで太い幹のようになるため、人類への説明では「世界樹」とたとえられていた。もっともアースガルズでは、概念的に「組紐」と呼んでいた。彼らはその組紐を編み変えながら、いくつかの世界、そして己の世界の中を移動していたのである。

 アースガルズにとって、テラというのは近くにいて遠い隣人だった。存在自体は古来より知っていたし、その世界で様々事件が起きているのは知っていた。だが他人への干渉をよしとしない哲学もあり、テラへの働きかけは一切行ってこなかったと言うのだ。ただある事件がきっかけとして、彼らは哲学を破ってまでテラの世界に干渉せざるを得なくなったと言うのである。それが2000年起きたセカンドインパクトであり、そしてそれから15年間に起きた出来事である。
 己の業でテラが滅びるのであれば、アースガルズは傍観すると説明していた。だが己の世界にも影響が出ることが判明したため、さすがに干渉せざるを得なくなったと言うのである。すなわち、エヴァンゲリオンを用いたサードインパクト、それが彼らの世界にも滅びをもたらすと言う事だった。

「現時点で、テラへの浸食は小康状態を保っております。
 ただ南極にできた空間の裂け目が、今後どのような成長を遂げるのか分かっておりません。
 テラ以外の空間に関しては、はっきり言って芳しいものではありません。
 いくら経路を遮断しても、すぐに別の経路で繋がってしまうようです」

 アースガルズのとある場所にある会議場には、一つの大きな円卓が設置されていた。そしてその円卓の周りには、年若い女性が12名座り、そしてその女性に従うように4人の男と8人の女が立っていた。

 円卓を囲むように座った12人の女性は、アースガルズの安全を司る役目を持っていた。ヴァルキュリアと呼ばれる彼女たちは、アースガルズにとっての危機、“ヘル”と呼ばれる現象の拡大を防ぐ役目を担っていたのである。
 そして12人のヴァルキュリア達は、各々危機に立ち向かう兵士、彼女たちの言い方では、ブレイブスを抱え、機動兵器をもってヘルとの戦いを続けていた。そのブレイブスの頂点に立つのが、12人のラウンズ達だった。ヴァルキュリアとラウンズ、総勢24名で構成される会議は、アースガルズの中でもっとも重要な会議の一つと言われていた。

 文官達の集う会議は、「賢人会議」と呼ばれていた。それに対比する形でヴァルキュリア達の会議を、会議に使うテーブルにちなんで「円卓会議」と呼んでいた。役割から行けば、賢人会議は円卓会議の上位に位置していた。
 その円卓会議の場で、賢人会議から派遣されてきた代表者、ジング・キタハが賢人会議で議題となった、世界の状況を報告したのである。
 ジングの説明は、結論からいけば何も変化がないというものだった。ただ救いがあるとすれば、テラへの干渉に意味があったと言うことだ。だから円卓会議を統括する、ヴァルキュリア筆頭ドーレドーレは、少し苦笑いを浮かべジングに問いかけの言葉を発した。

「好意的解釈をするのなら、状況は多少“マシ”になったと言うことですか?」

 ドーレドーレの問いかけに、ジングは少し考えてから小さく頷いた。

「確かに、かなり好意的な解釈をすれば“マシ”になったと言えますでしょう。
 ただ言い方を変えるとすれば、元の状態に戻っただけとも言えます。
 移住先の開拓、もしくは浸食地域の浄化がならなければ、結末は変わっておりません」
「一応テラへの干渉は効果があったと言うことですか?」

 根本的対策は彼女たちの責任ではないため、ドーレドーレはテラに干渉した決断の可否を問うた。その質問に対し、ジングは再び少し考えてから、ドーレドーレの言葉を肯定した。

「遅すぎたぐらいだと言うことが出来るでしょう。
 彼らが南極と呼ぶ地、そこに裂け目を作る前に干渉すべきでした。
 そうすれば、テラの地は未だ清浄さを保っていたでしょう。
 そして彼らが儀式を行った後であれば、テラはヴァナガルズの轍を踏むことになります。
 かろうじて間に合った、賢人会議もドーレドーレ様のご決断を評価されています」

 そこまで答えたジングは、再び少し考える仕草をした。

「さらに付け加えるなら、男のラウンズを見いだしたことも成果でしょうか。
 ただこの評価に関しては、今後あの男がどのような働きを見せるかで変わって参りますが」
「私も、あの者には期待していますよ。
 それでジング様、次の戦略目標の割り出しは終わっていますか?」
「今しばしお待ちください……と言うのが現時点の状況です。
 今のところ新たな経路は出来ていますが、浸食の兆候ははっきりとは出ていません。
 しばらく、と言っても一月ほどかと思いますが、英気を養っていただくのがよろしいかと」

 うやうやしく頭を下げたジングに、ドーレドーレは小さく頷いて見せた。

「ジング様、報告を感謝いたします。
 この後私たちは、ブレイブスの強化に関して話を進めることにします。
 じつは、ちょっとガス抜きをしてみようかと思っていんですよ」

 ドーレドーレの説明に、「おお」とジングは目を輝かせた。

「それは、特別に祭りを開かれると言うことでしょうか!」

 素晴らしいと喜んだジングに、先走りすぎだとドーレドーレは苦笑した。

「まだ、祭りを開くには時期ではありませんよ。
 ですから、次の祭りまでは9ヶ月ほど待っていただきたいですね。
 ただ、前の祭りの結果に不満がある者がいますので、その解消を考えています」
「はて、前の結果でしょうか……言ってはなんですが、きわめて順当な結果かと」

 首を傾げたジングに、ドーレドーレは小さく微笑んでその言葉を肯定した。前々回の祭りに比べて、変わったことと言えばレグルス・ナイトの序列が二つ上がったことぐらいだ。それを除けば、特に順位に変動は起きていなかったのである。末席にテラの住人が加わったと言う事実はあるが、それにしても結果としては順当なものだった。
 ドーレドーレの笑みに感じるところがあったのか、ジングはなるほどとばかりに頷いて見せた。

「エステル様が、メイハ様をお連れしているのはそう言うことですか?」

 ものを知らないラウンズを、懲罰のため会議の席から外した。不満を持つとしたら、最下位となったシンジだろうと考えたのだ。状況を考えれば、極めて真っ当な発想なのかも知れない。だがそこで話を振られるのは、エステルにとっては意外そのものだった。唐突に話を振られたエステルは、驚きから目を大きく見開くことになった。そしてすぐに両手を振って、ジングの言葉を全身で否定した。

「ち、違います、シンジには私が里帰りを命じただけです。
 よ、よく仕えてくれたお礼に、1週間の休暇を取らせただけです」

 少し幼く見えるエステルは、本当に全身でジングの言葉を否定した。そのおかげというか、服の上からでも分かる豊かな胸が大きく揺れた。

「メイハは、あくまでシンジの代理で連れてきただけです」
「ほう、頭を冷やさせるために無理矢理休ませたのではないのだと?」
「2年以上帰っていないのに私が気づいたからです。
 ですから、そこに深い意味は全くなくてですね……」

 後ろで縛った黒色の髪を振り振り、エステルは精一杯否定の言葉を綴った。
 さすがにそこまで否定されると、ジングとしても信用しないわけには行かない。そうすると、結果に不満を抱いているのは誰かと考えてしまった。

「では、レグルス様が不満を抱かれていると?」

 わずか四つしか順位を上げられなかった。そのことに不満を持ったのだと想像したのである。だがその指摘に対して、指摘された本人はすぐに否定の言葉を返した。

「一位になれなかった以上、結果に不満を持つのは当然だがなぁ」

 次にジングの標的になったレグルス・ナイトは、金色をした短めの髪を掻きながら苦笑を返した。レグルスは、少し褐色の入った肌をした、精悍な顔をした青年だった。

「俺たちは常日頃、技量を高めるための努力を続けている。
 ジング殿は順当と言われたが、順当な結果となるのは俺たちの本意ではない。
 もっとも俺にしても、順位以外の不満があるのは確かだがな」

 レグルスはそう言って口元を歪めると、他のラウンズ達の顔をゆっくりと見ていった。

「レグルス様“も”不満を感じられていると……
 そのご様子を見ると、他の皆さんも同じ不満を抱えていらっしゃると……」

 確認するようなジングに、11人のラウンズ達は小さく頷いた。だがそう言われても、不満の理由が分かるはずがない。その中で想像を働かせても、不満があるのは全勝できなかったシエル・シエルぐらいだろう。それ以外のラウンズ達は、順位相応の、そして番狂わせのない結果を残していたのだ。

「やはり、私には皆さんのお考えになることは分かりませんな」
「では、そのときのお楽しみと言うことにしておきましょう。
 きっとジング様も、なるほどと感心される対戦をお見せできると思いますよ」

 口元を隠して笑ったドーレドーレに、ジングは大人しく引き下がることにした。ヴァルキュリアとラウンズ達、彼らの名誉がかかっている以上は、面白いことが起きるのは間違いない。そしてそれがアースガルズの役に立つのだから、余計な詮索は無粋なことに違いないのだ。

「では、私はドーレドーレ様のプレゼントを楽しみに待つことにいたします。
 私の役目は終わったようですので、これで帰らせて貰いましょう」

 そう言って頭を下げたジングは、彼用の電子妖精に移動の命令を出した。

 ジングの命令は、電子妖精からアースガルズを管理する中央コンピュータ=ユーピテルへと伝えられる。そして命令を受けたユーピテルは、もっとも適した回路を検索し、「組紐」を利用した空間跳躍を実行する。ジングの出した命令は、ヴァルキュリア達のいるヴァル・ハラからの退出、目的地は彼の屋敷となっていた。ユーピテルは組紐を調整し、ジングを目指す地へと跳躍させた。

 ジングが消えたのを待ち構えたように、ヴァルキュリア11人とラウンズ11人の視線はエステルへと向けられた。その視線は、明らかに不満を抱えたもの、絶対に優しくない目で彼女たちはエステルを睨み付けたのである。その視線の厳しさに、思わずエステルは背中を伸ばしたほどだった。

 人が集まれば、何らかの序列が着くのは自然なことだった。現にヴァルキュリアと言う役割では、ドーレドーレが筆頭としてすべてを仕切っていたのである。そしてドーレドーレを筆頭たらしめているのは、彼女が抱えるヴァルキュリア、シエル・シエルがラウンズ最強と言うことだった。そして祭りによって決まったラウンズの順位が、大きくヴァルキュリアの順位にも繋がっていたのである。
 その意味では、エステルの抱えるラウンズは、12人のうちの末席となっている。そしてもう一つ、抱える戦士=ブレイブスの数、能力の点でもエステルは最下位だったのである。そう言う意味では、ヴァルキュリア内でのエステルの立場は、限りなく低いものとなっていた。

 そんな立場のエステルなのだから、全員から責めるようなまなざしを向けられる意味が分からなかった。ただこの場において理解できていないのは、どうやらエステル一人だけのようだった。彼女の連れてきたメイハ・シーシーも、少し疲れたように肩を落とした。

「だから、問題だと申し上げたのに」
「でもですよ、ちゃんと許可も貰ったんですよ!」

 そんなメイハに、エステルは自分は悪くないと言い返していた。だが二人のやりとりに、ドーレドーレが割って入ってきた。

「エステル、あなたは、シエルが引き分けたことを軽く見ているのではありませんか?」
「お言葉ですが、シエル様以外にはシンジはすべて負けていますので……」

 厳しい口調のドーレドーレに、エステルは首をすくめてその顔を伺った。その心の中を覗いてみるのなら、どうして里帰りに許可を出したのだと言う所だろう。ドーレドーレの許可がなければ、シンジは里帰りをすることは出来なかったのだ。

 その祭りにおいて、シンジの戦績は1分け10敗の最下位となっていた。ラウンズに任命されたばかりと考えれば、きわめて順当な順位と言えたのだ。全敗でなくて良かった、エステルの認識はその程度だった。
 だが引き分けたのが、現ラウンズ筆頭と言う事が問題となったのである。しかも新任ラウンズの最後の対戦で引き分けたことが、事情を更に複雑なものとした。シエル・シエルが手を抜くとは考えられないため、シンジの実力が彼女に並ぶと考えることが出来たのだ。そうなると、それまで10連敗した対戦が問題となるのだ。

 従って、その結果に一番不満を持っているのは、筆頭であり引き分けたシエル・シエルだった。そして他のラウンズ達にしても、実力を出せていない相手に勝利したことへの不満があった。ラウンズの戦いが、結果だけを求めるのではない以上、それは当然の感情だったのだ。

「シエル以外すべてに勝利しているのなら、逆に問題にはなりません。
 シエル“だけ”引き分けたということが、どれほど不自然なことかあなたには分からないのですか?」
「それは、確かにそうなんですけど……それで……」

 向けられる視線の厳しさに身を小さくしたエステルは、ドーレドーレの決定を待った。その頭の中を覗くのなら、「暇をとらせるんじゃなかった」と後悔というものをしていた。

「ラウンズに任じられた者の実力は、正しく評価する必要があります。
 前の祭りで、あなたのカヴァリエーレは正しく実力を出せていないと私たちが判断したのです。
 シエルを筆頭に、ラウンズ全員が戦いのやり直しを要求しているのですよ」

 ドーレドーレの言葉に、ラウンズ11人は小さく頷くことで同意を示した。

「そしてエステル、これはあなたの資質を問うものでもあるのですよ。
 あなたの指導が不足していたため、カヴァリエーレが万全の状態で祭りに臨めなかった。
 準備期間、あなたはカヴァリエーレに、どう鍛錬をさせたのですか?」
「どう、と、言われても……」

 具体的なことは、すべてメイハに任せていた。事実を言えばそうなのだが、彼女の役目としてはそれだけで済ます訳にはいかなかった。メイハが出来ることは、あくまでエステル配下での鍛錬でしかない。ヴァルキュリア間の出稽古は、エステルが調整すべき事だったのだ。そして当然メイハからは、出稽古調整のお願いが出ていたのである。それが出来なかったのだから、エステルの責任が問われても仕方がない。従って事実だけを見れば、エステルの怠慢と言うことになる。
 もっとも怠慢で済ますには、他のヴァルキュリア達も脛に傷を持っていた。何しろ彼女たちは、エステルからの依頼を袖にしていたのだ。従って、そのことを追求するのは、むしろ逆襲を食らうことにも繋がりかねなかったのである。だから言うことを言ったドーレドーレは、「本題です」と話を強引に引き戻した。

「エステル、あなたの責任を問うのは建設的でないので控えることにしましょう。
 その代わりと言ってはなんですが、あなたのカヴァリエーレに全員と戦って貰います。
 どの順番で戦うのかは、こちらから指定いたします。
 直ちにカヴァリエーレを呼び戻し、戦いの準備を行いなさい」
「それは、命令と言うことでしょうか?」

 場のプレッシャーに耐えながら、エステルは理不尽な言われように抵抗しようとした。だがドーレドーレは、今更決定をひっくり返す気はないようだった。

「あなたを除く、全員の総意です。
 拒否権があると思うのなら、試しに使ってみることですね」

 もしも行使したらどのようなことになるのか。怖いもの見たさもあったが、試してみる前にメイハに止められてしまった。青い顔をして首を振るメイハに、エステルは己の無謀さを悟ったのだ。仕方がないと承諾を示したエステルだったが、付け加えた質問もかなり無謀なものだった。

「それでドーレドーレ様、やり直しをすることで私に何か益はあるのでしょうか?」

 かなり微妙な問題を、結構無邪気に口にしてくれたのだ。それはエステルの後ろでメイハが頭を抱えているのを見ても明白だった。当然のように、ドーレドーレを筆頭に、全員のこめかみに青筋が立っていた。

「結果によっては、お前のカヴァリエーレの立場が上がる。
 それはお前にとっての益とはならないのかしら?」
「そんな大それたことは考えていませんでしたから……」

 うんとしばらく考えたエステルは、何か良いことを思いついたのか「ぽん」と手を叩いた。

「つまりシンジが全勝したら、私が筆頭になるって事ですかぁ?」

 地位を持ち出した以上、仕組み上は存在する可能性である。ただ仕組み上存在するからと言って、実現するかというのは全く別なことだった。そして可能性がある無いにかかわらず、それを口にするのは無謀すぎるとしか言いようがない。それはメイハが、頭を抱えてしゃがみ込んだことでも理解できるだろう。
 そして当然のように、ドーレドーレを筆頭に、他のヴァルキュリア達のこめかみに、新たな青筋が浮かび上がることになった。そして素敵と喜ぶエステルに向かって、「いい加減に黙れ」と見つめ殺すような視線を向けたのだった。

「こ、公式戦ではないため、“立場”と言ったのですけどね。
 なるほど、エステルの言うことも理解できますから、
 そのときは“考慮する”事にいたしましょう」
「確かに、公式戦ではありませんでしたね。
 でしたら、筆頭というのは諦めることにいたします。
 それに私はまだ若いですから、あまり地位に拘る必要はありませんからね」

 どうしてこの人は、狙ったように喧嘩を売りまくってくれるのか。しかもそれを、意識しないでやってくれるから達が悪い。後ろで頭を抱えて踞っていたメイハは、主の天然さを呪ったのだった。そしてエステルから見えないように、他のラウンズ達に「ごめんなさい」の合図を懸命に送った。
 それが一応通じたのか、ラウンズ達は皆メイハに向かって同情のまなざしを向けてきた。ただそれも、ラウンズ同士だけで通じる話であり、ヴァルキュリア達は更にこめかみの青筋を増やすことになっていた。

「え、エステル、とりあえずそう言うことです。
 必要な通達が終わりましたので、今日は散開と言うことにいたしましょう」

 それでもさすが筆頭と言うべきか、驚くべく忍耐力を発揮し会議の終了を全員に告げた。さすがにこれ以上続けたら、全員の我慢に限界が来ると思っていたのだ。そしてなにより、最初に自分が切れると思っていたのである。
 だがエステルの考えは、更に斜め上を行っていた。分かりましたと素直に答えた勢いで、テラに迎えに行ってくると言う爆弾発言をしてくれたのだ。

「え、エステル、いま、なんと言いました?」
「すぐに呼び戻せと言うことですから、私が直々に呼びに行こうかなと。
 説明に人を介すよりも、私が行った方が早いと思いますから」

 散会の言葉にほっとしたところで、それを上回る爆弾投下である。いったいどういう才能を持っているのか、本当に無邪気なだけなのか、メイハは己の主に対する疑問を深めていた。ただいずれにしても、一番迷惑を被る相手に知らせておく必要がある。だからメイハは、小さな声でラピスラズリを呼び出すことにした。くれぐれも余計な時間を掛けないよう、お願いをしておく必要があったのだ。



 戦闘のおさらい出席希望は、パイロット候補のみならず、研究者からも多数出されることになった。その背景には、パイロットとして最高位にいるラウンズへの興味に加え、見違えるほど動きの良くなった、セシリアへの指導法への興味があったのである。お陰で多くの希望者が出たため、中田市長は研究所内の小ホールを準備するように命じることになった。これで、100名程度なら十分に収容することができる。
 堅苦しくならないようにとの指示に従い、ホールのステージには腰高の椅子がいくつか用意された。そのうち中央に位置する二つが、シンジとセシリアの席になった。そしてその後ろには、レベル7用の座席が三つ用意されていた。その配置は、シンジに一番近い席に渚カヲル、そしてその隣に綾波レイ、一番遠い側に惣流アスカ・ラングレーである。その時のアスカの顔は、綾波レイ以上に何も映し出さない物となっていた。

 会場への人の出入りが収まったのを見計らい、場を取り仕切るシンジがマイクで全員に開始を呼び掛けた。その役目は、本来特区側が行うもののはずだった。

「では、反省会を開くことにします。
 まず大勢の皆さんに出席頂いたことへ感謝をさせて頂きます。
 人数が多いため収拾が付かなくなる可能性もありますが、質問は適宜受け付けます。
 あらかじめ断りを入れておきますが、質問は反省会の趣旨を踏まえたものにしてください。
 よろしければ、まず特区日本に居る3人のレベル7に講評をお願いします」

 振り向いたシンジに向かって、カヲルは少し口元を歪めながら頷いて見せた。そして手に持ったマイクで、代表して「講評」を始めることにした。

「では映像データを元に講評することにしようか。
 ただし最初の方は、余り意味が無いから飛ばすことにするよ」

 カヲルの言葉に従い、初めの方の戦闘データは飛ばされた。そのお陰で、セシリアの無様な姿がさらされることはなくなった。

「ではラウンズ殿がロッドを下ろされたところから、講評を始めることにしよう」

 さあとカヲルが合図をしようとしたとき、ちょっととシンジが割り込みを入れた。

「立場上仕方が無いのは理解しているけど、そのラウンズ殿とか言うのはやめてくれないかな?
 カヲル君の口からラウンズ殿とか言われると、いったい誰のことか分からなくなってしまうんだ。
 もしもタメ口が難しいのなら、さんづけ程度で許して貰えないかな?」
「では、碇さんでよろしいですか?」
「まだ固いと思うけどね、まあそれぐらいで妥協しておこうか。
 カヲル君、割り込みを掛けて申し訳なかったね」

 さあと先を促されたカヲルは、突然動きの良くなったセシリアに言及した。

「冷静になり、動き自体は慎重さがでたものと推測できる。
 ただ説明できないのは、一つ一つの動作が軽快になった事だね。
 これまで行った演習との比較データでも、明らかに反応速度が向上している。
 大型の刃物を扱っているにもかかわらず、振り下ろしを含め動きの速度も上がっているね。
 このあたりは、通常レベル5から6になったときの変化に等しいと思っているんだ」

 それが3人の統一した意見なのか、レイとアスカからは何の反論も上がってこなかった。

「速度に関しては、次第に上がっているのが理解できると思う。
 そしてしばらくして、次の特徴的な事象が発生している。
 それは、ここで見られる大剣の軌跡が途中で曲がる現象だ。
 通常もう一方の手による干渉、若しくは強力な筋力によってなしえる現象だと思う。
 そして補助がないのは画像より明らかなので、これは筋力によってなしえたものと推測される。
 ……のだけど、その場合に一つ疑問が生じることになるんだ。
 使用した大剣の重量、そして振り下ろした切っ先の速度……
 それを曲げるために必要な力を計算すると、その方法では説明できないことになるんだよ。
 それは最後にセシリアが示した、いわゆるアクセルにおいても同様なんだ。
 加速度を計算したところ、レベル7でも通常の方法では実現できない力が掛かったのが判明している。
 その加速を、難なく受け止めた碇さんのやり方も理解できないと言うのが正直なところだね。
 以上が分析であり、僕達の実力を総括したものと言う事になる。
 分かりやすく言うなら、ランク付けを含め、僕達のやり方が間違っていたと言うことだ。
 と言うことなので、ここから先は碇さんに引き取って頂きたいのですが?」

 どうかと水を向けられたシンジは、予想通りの結果に小さく頷いて見せた。どうせこのあたりは、そうなることを予想していたというのが大きかった。

「では原理的なものは僕が説明することにして、具体的なことはセシリアさんに説明して貰おうか。
 ではまず原理的なことからだけど、セシリアさんを指導して気付いたことから言わせて貰うよ。
 それは機動兵器を動かすことへの、誤解があるのではないかと言う事だよ。
 みなさんも知っている通り、機動兵器を動かす方法は二つあります。
 その一つがモーショントレースと言われる方法で、そしてもう一つが思考コントロールという方法です。
 そしてここに誤解があるのですが、思考コントロールにも二つの方法があります。
 その一つが、モーショントレースを補完する形で、思考により筋肉を動かす方法です。
 そしてもう一つが、展開されたフィールドを例えば筋肉のように使う方法です。
 今回カヲル君が説明できなかった部分、そこには後者の考え方が利用されています。
 ではセシリアさん、具体的にどうしたのかを説明してくれますか?」

 シンジの隣、と言っても1mほど離れたところに座ったセシリアは、はっきりと緊張を現し、硬い表情で「はい」と言って頷いた。
 その時のセシリアは、金色の髪にカールを掛け、纏まりが良いようにと白いヘアバンドで押さえていた。そして着ている制服も、そこかしこに微妙な改造が加えられた物だった。もちろんその改造は、制服を華美な物へと替えることを目的としていた。今日のために用意したのではないが、シンジへの印象を重視したのは言うまでもなかった。
 もう一度頷いたセシリアは、緊張しながら「とても簡単な事だった」と説明を始めた。

「初めの方は、自分の行動の意味を考えるようにしました。
 自分の攻撃に対して、相手がどう反応するのか、それを考えながら動くようにしたんです。
 当たり前と言えば当たり前のことなんですが、それで動きはずいぶんとスムーズになりました。
 そしてその後碇さんは、心と体を一致させるようにアドバイスをしてくださいました。
 そうすることで、ブラッドクロス……あの武器なんですけど、その動きが加速されました」

 ブラッドクロスと言うのも、セシリアのここの中で通用する名前だった。それを口にしたのに気づき、セシリアの顔は恥ずかしさに赤くなってしまった。

「それに慣れたとき、碇さんから次のアドバイスを頂きました。
 先ほどは心と体を一致させるという物でしたが、今度は心に別のことをさせるという物です。
 ブラッドクロスの軌跡が変わったのは、そうしようと心で命令したからです。
 具体的には、心の中でブラッドクロスを横から押したんです。
 そうしたら、あっけないほど簡単にブラッドクロスの軌跡が曲がりました。
 最後のアクセルは、ウンディーネを後ろから突き飛ばすことをイメージしました」

 恥ずかしい命名を公にしたことで、セシリアの顔は更に赤くなってしまった。そんなセシリアに笑みを向けたシンジは、ここからはと言って説明を引き継いだ。

「自分の機体に名前を付けるのは良いことだよ。
 そして自分専用機に名前を付けるのは、先ほど説明したことにも繋がってくるんだよ。
 名前を付けることで、普通は自分の機体に愛着が増すよね。
 そうすることで、心と機体の繋がりが更に増すことになるんだ。
 それもあって、予想外にあっさりと第二の思考コントロールが成功したんだろうね。
 あと付け加えるなら、セシリアさんが素直に僕の言う事を信じてくれたことも大きいね。
 これは心の問題だから、疑いながらしたら全く役に立ってくれない方法なんだ。
 付け加えるなら、ウンディーネと言うのは、カラーリングにもあった良い名前だと思うよ」
「僕達としての問題は、それをレベル4のセシリアがしたと言うことだろうね。
 特区第三新東京市、特区セルン、そのいずれでもレベル認定基準が間違っていたことになる」

 事実をありのままに口にしたカヲルのコメントに、「それは早計」とシンジは微笑んだ。

「レベル認定基準はテラが独自に決めて良いことになっているからね。
 だからアースガルズと違っているのは、むしろ当然と言っていいと思うよ。
 そもそも作り上げてきた時間が圧倒的に違うんだから、同じである方がおかしいという物だよ。
 もちろんこんなコメントでは納得できないのは承知しているから、もう少し踏み込んだ話をしよう。
 まずセシリアさんだけど、思考によるアシストをあっさりと成功させてくれたんだ。
 このあたりは、アースガルズでもレベル4の到達目標なんだよ。
 つまり練度としてはレベル5昇格に必要なところに達していたと言うことだよ。
 推測だけど、レベル5以上のパイロットは、無意識のうちに思考アシストを使っていると思うよ。
 そして思考アシストの意味合いを考えると、意識して使うというのは初歩の段階なんだよ。
 いちいち意識しながら使っていたら、他のことを考えられなくなるだろう?
 だから無意識のうちに使えると言うのが、レベルを上げるのに必要な素養と言う事になる」

 他のことを考えられなくなると言うのは、まさにセシリアが実感したことだった。思考をアシストすることに集中していればいいのだが、ちょっと他のこと……モニタに映ったラウンズのことなのだが……を考えた途端、アシストがうまく行かなくなっていたのである。無意識に使うと言うアドバイスは、それだけ練習を積めということなのだとセシリアは理解することができた。

「当然、到達の最上位目標は大きく違っているのだろうね。
 アースガルズならば、レベル7は自由に飛行できなくちゃいけない。
 レベル8になると、自分で武器を作れるようになる。
 それを超えると、アクセルなんて可愛いと思えるほどの高速移動能力が必要になる。
 はっきり言って上位のラウンズは、神様と言いたくなる能力を持っているよ」

 「そのトップと引き分けたのは誰?」と言うラピスラズリの突っ込みを、シンジはさらりと聞き流した。

「僕に手伝えることがあるのなら、遠慮無く言って欲しい。
 休暇で居られる限り、手伝うことは吝かじゃないよ」

 どうせ暇だしという思いはあったが、口にする代わりに心の中に封印した。そしてアースガルズに帰るまでの時間、それをどうやって過ごすのかを考えることにした。

(日常の訓練に、イメージトレーニング……結構やることが多いんだよなぁ)

 地位を保つこと以上に、地位に伴う責任を果たす必要がある。そのためには、いつでも力を発揮できるように備えておかなければならない。末席とは言え、ラウンズの役目をシンジは思い出したのだった。







続く

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